少年Aの散歩

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2017.12.14(木) 踊るタイミング

 よい気分だった。最高のものを観た。夜はまだまだ長かった。
 検索で見つけた、文化系をうたうバーに行ってみることにした。その場から自転車なら数分というところだった。入店すると「カウンターとテーブル席があります」と言われた。「これからライブがあるので、ゆっくり聴かれるならテーブルのほうが」
 思ったよりもずっと広い店で、カウンターはわずか三席。うち二席にはすでに客がいる。テーブル席には十名弱の男女が座っていた。楽器はカウンターの真ん前に据えられていて、カウンターに座れば楽器隊に背を向ける格好になる。
「せっかくなのでカウンターで」と僕は告げた。文化系というわりに本やレコードはほとんど見当たらない。
 地ビールを飲み始めるとライブが始まった。リズムマシンの上にベースとパーカッションが乗り、ボーカルが加わる。50歳前後だろうか。曲目はまず、ジェームス・ブラウン。
 背中に響く音は心地良かった。一等の演奏だと思った。2杯目にワインをたのんだ。何曲か聴いていると、40代か50代くらいの女性が一人、立ち上がって踊り出した。その場にいる知人に片っ端から声をかけ、立たせ、踊らせようとする。彼女に促されて三人の女性が戸惑いながらもぎこちないステップを踏む。
 僕はカウンターから高みの見物(まさに、テーブル席より一段高くなっていた)を決めていた。すると最初に立ち上がったお姉さんがこちらへ寄ってくる。目が合ってしまった。すっかり「できあがりきった」目だ。挑発をするように、両手のすべての指を使って僕を招き寄せる仕草をした。
 僕はもちろん、一瞬を三つ重ね合わせたくらいの時間、考えた。そして立ち上がり楽器隊のすき間をぬって彼女のほうへ歩いて行った。踊り出す。
 ダンスの経験はない。だけど音感はないではない。運動神経も悪くはないし、何よりお母さんのお腹の中にいるときからずっとジャズを聴いて育ってきた。ソウルのある演奏ならば、それに乗って動くのはたぶん上手なほうだろう。演劇の経験もここで役立つ。
 踊る。れいのお姉さんの手をとって。あるいはボーカルに乗って。ベースに乗って。
 完全に初対面であった僕を引き入れることに成功したお姉さんは、ほかのお客もどんどん引き入れていく。カウンターに座っていた二人の男性も、半ば諦めたようにこちらへやってくる。見知らぬ男さえ踊り出したのだ、もちろんあんたも来るだろう? そんな雰囲気が支配する。
 同調圧力。そう言ってしまえばその通りだ。その流れを作ったのはれいのお姉さんと、僕である。気がつけば店員さんたちも含め、その場にいた十数名がみな踊り出している。こんな児童書があったな。代田昇さんと長新太さんの『たたされた2時間』。給食の時間に食器を叩き始めたら、次第にまわりも同調し、最終的には全校生徒が「ちんぼんじゃらん さらめのさっさ」とスプーンと皿もって歌い踊る、その責任をとって主人公は、5時間目と6時間目を「たたされる」という筋。それがまったく起きている。
 何度も何度も同じ節をリピートし、ようやく演奏が終わった。ボーカルの人が額の汗を拭いながら言った。「すみません、こいつ、うちの嫁でして」
 まわりの人がひそひそ話す。「奥さん、今日は叱られるね」

 ゆっくり静かに、それぞれの席に戻っていく。酒を飲む。楽器が仕舞われる。
 近くに姉妹店があるというので、そっちも行ってみることにした。

2017.12.13(水) ゲームばかりする旦那2(まとめ?)

 うまくまとまった気はしないが、これはこれで勢いがあってよいなと思ったので、記事を改めた。昨日付の文章の続きである。
 まとめてしまえば、「ゲームばかりする旦那」ってのは気が利かなくてつまんないけれども、安定を運んでくる男というのは基本的にそういうものなのだ。あらかじめわかっていたにせよあとで気づいたにせよ、その男が突然気が利くようになったり面白くなったりすることはまずないので、我慢して「安定」を享受するか否か、という話になる。我慢するならそのままだし、否というなら離婚である。
 一方、「面白くて不安定な男」というのは、不安を運んでくる。面白いんだからモテもして、浮気くらいするかもしれない。(※つまんないやつだって浮気くらいします。若いときのあなたもその「つまんないやつ」に恋してしまったんだから、若い女が「だまされる」のは、ある意味では当たり前ですね!)でも、モテるくらいだから一定の気は利くし、一緒にいて面白かったり仲良く楽しくできたりはするはず。子供からも慕われるかもしれない。ただ、そういうちゃらんぽらんな男のもとで育った子供に、どのような未来が待っているのだろうか……といった不安も、やはりつきまとう。

 ある女の子と久しぶりに会って、冗談で「(旦那と)入れ替わる?」なんて話になったのだが、それが実現しないことはお互い完璧にわかっている。なぜならば彼女は「安定」を享受する人だから。もし僕がずっと名古屋に住んでいて、定職に就いていて辞める気もなく、お店をやったり文章を書いたりいろんな人と遊んだりいろんなところに一人で出かけたり“しない”ような人間だったら、そういう未来だってあったのかもしれないが、じっさいあり得ないのだ。だってそれは、僕ではないから。彼女自身そんなことは太古の昔からもうわかっている。高校生の僕を「芸術品」と呼んだのは、この人である。

 彼女は「ゲームばかりする旦那」と結ばれる運命を、ある種あらかじめ背負って生きていたのではないか、と思わされる。僕は「ゲームばかりする旦那」にはなれない運命を、たぶん昔から背負っていたのだ。
 藤子・F・不二雄先生の『あのバカは荒野をめざす』という名作を思い出す。若き日の彼(あのバカ)は「自由」をとって「安定」を捨てた。そのなれの果てがルンペン(ホームレス)だ。それでも年老いた彼はラストシーン「なあに、おれだってまだまだ……」と心中つぶやくのである。
 それでいい、と思えるくらいの覚悟がなければ、自由の道は選べない。
(覚悟もないのに選んでしまう「バカ」もいる。)


 ところで、お昼を食べたあと、どこにも行くところがなくて、結局百貨店のエレベーター前のフカフカした椅子で二時間近く話し込んで別れた。普通なら喫茶店くらい入るだろうに。そういえば前に高校の恩師と会ったとき、ご飯食べたあとスポーツセンターのラウンジみたいなとこに連れていかれて、自販機の缶ジュース飲んで話した。名古屋人は「タダで座れる雨風のしのげる場所」が大好きなようである。お金がかからないならかからないにこしたことはない、ということか。そういうところが僕はとても好きだし、そんな名古屋で育った僕は完全にそういう人間になってしまっている。


 この「安定と自由」問題は、とても重要だ。大学四年生くらいだととりわけ身にしみると思う。どちらを選ぶか? もちろん僕のおすすめは「どちらも選ばない」である。そんなことよりもっと大切なものは何だろうか、と考えて生きていれば、後悔なく生きられると信じたいものだ。(結果的には、自然とどっちかに針が振れることになると思う。)

2017.12.12(火) ゲームばかりする旦那

 とても久しぶりだった。なつかしくランチはビュッフェにした。「前にきたよね」と言われたが僕は覚えていなかった。
 結婚して子供ができれば幸せというわけでもないらしい。子供は好きでも配偶者をずっと好きとは限らない。子を持つ友達から「旦那がゲームばかりして」という話を最近ふたつ聞いた。僕は十代でゲームはほぼやめた。
 けれども僕には安定した職がない。やりたいことや遊ぶ友達はとても多い。だから僕は「旦那がゲームばかりして」と愚痴るような女の人たちと結婚することはできないのだろう。だから彼女たちはもうしばらく「旦那がゲームばかりして」という種類の言葉を唱え続けるにちがいない。
「ゲームばかりする旦那」というようなものは、安定と引き替えにやってくるものなのかもしれないのだ。

 不安とは自由の代償である。不自由とは安心や安定の代償である。
 同時に手にすることは、非常に難しい。

 僕たちに自由を授けるために両親はどれだけの不安を引き受けたのだろう。そして今なおそれを引き受けようとしているあの二人は、なんて凄まじい人生を送っているのだろう。
 そのことに心から感謝している。しかし、こう言うこともできるかもしれない。二人は僕たちに自由を授け、また不安も授けたのだ、と。
 そのことにうらみはない。感謝さえしている。
 不安は自由の一つの証左だから、誇らしくもあるのだ。
 ただ、不安の中で自由が成立するためには、「幸せである」という土台が必要だ。
 多くの人は、その土台がなくてもがいている。

 プールにたとえよう。自由は空気で、不安は水。
「足がつく」くらいの土台があると、楽なわけだ。


「旦那がゲームばかりして」という種類のことをけっこう本気で思っている人たちは、どうやら僕がはじめ想像していたのよりもずっと多いらしい。ある友達はツイッターに「旦那が仕事中の事故で死ねばいいのに」ということをかなり真に迫った筆致で書いている。(ただのガス抜きならば平和だが。)
 その友達も「旦那がゲームばかりして」をよく言う。
「ゲームばかりする旦那」が「ゲームばかりする旦那」であるということは、実は事前にわかっているはずだ。たぶんその旦那は、結婚までの道のりをそうとうスムーズにこなしたであろうから。
 スムーズに、というのは、「喧嘩もトラブルもなく」という意味ではない。どちらかといえば「喧嘩もトラブルも乗り越えて」である。この「乗り越える」ということが「妥協」をしか意味しない場合があって、それでそのまま結婚してしまうと「旦那がゲームばかりして」になるのだと僕は考える。
「ゲームばかりする旦那」は、手順を踏むのだけがうまい。「喧嘩やトラブルを乗り越える」も手順のうちである。これは「ゲーム」に引っかけてそう言うのではない。ゲームというのは比喩なのだ。「自分の世界にのみ閉じこもって妻に不満を抱かれるような夫」のことを、いまここでは「ゲームばかりする旦那」と表現しているだけである。「旦那がゴルフばかり行って」「旦那が酒ばかり飲んで」「旦那がアイドルばかり追っかけて」などでもよい。
 そのような「旦那」は、手順を踏むのだけはうまいのである。
 ただし、「マニュアル化された手順」を。
「正社員+恋愛=結婚→出産」というのも、「マニュアル化された手順」。
「出産」のあとには「子供の成長」が細かく続くのであるが、困ったことに世間に広く流布しているマニュアルのほとんどは、「出産」以降の手順にほとんど子供のことしか書いていない。あとは住居と仕事と老後のことがちょろちょろっと書き添えられているだけだ。そして最後のページに「ま、ともあれ趣味をもとう」とか書いてあって、おしまい。みたいな。
 そういうマニュアルに則ることだけが上手な人というのは、「出産」のあとに困る。
 実は男のマニュアルに「子育て」はないのだ。世間はまだまだそんなもんである。
 殊勝な男は「子育て」の載った最新のマニュアルを手に入れているが、付箋や書き込みで埋め尽くされた女のマニュアルとは質が違う。実感と主観が、そこにはある。その溝は容易には埋まらない。

 アイドルを追いかけて、タイガーファイバー言えちゃう男は、たいていはこの類であろう。タイガーファイバー叫ぶのは「マニュアル化された手順」だからだ。「ここさえおさえておけば問題ない」とすでに認められているルール。それを遵守することに長けた人間は、「ゲームばかりする旦那」の才能がある。
 つまり「ふつうの男」ということだ。

「ゲームばかりする旦那」の多くはたぶん、本当にゲームばかりしているわけではない。ゲームをするタイミングが悪いのである。妻が「今はゲームする時じゃないでしょ」と思う時に限って、ゲームをしているのである。なぜそうなってしまうかというと、マニュアルがないからである。マニュアルがないから、手順を知らないのだ。
 そう、彼らは、「知っている手順」をこなすことは得意だが、「手順を自分で考える」ことがまったくできない。だから、「自分で考えて動く」ということが必要な局面に限って、ゲームをしてしまう。
 彼は「正社員+恋愛=結婚→出産」という「知っている手順」をそつなくこなして、それでうまくいってきたのだから、「自分で考える」という経験が圧倒的に足りない。
 ところが、「自分で考える」という経験が豊富な(というか、余儀なくされた)僕のような人間は、「正社員」の時点でつまづいている。だから「ゲームばかりする旦那」と結婚するような(正しい手順を踏んでくれている人を相手に選ぶ)女性とは、原則として結婚できない。
 よのなかはむずかしい。


「ゲームばかりする旦那」は安定を運び、安定以外を運んでこない。
「やだ」と思えば、離婚に発展する。
「これでいい」と思えば、そのまま続く。
 そういう夫婦(家庭)は、意外と多そうなのだ。

 一方、「僕のような旦那」は安定を運んでこず、がらくたのようなさまざまなものをたくさん運んでくる。
「やだ」と思えば、離婚に発展する。
「これでいい」と思えば、工夫して続ける。
 そんなところなんだろうか。

「ウチの旦那はつまらない」と思うなら、それは「安定している」ということだ。「ウチの旦那は面白い」と思うなら、それはもしかしたら、不安定なのかもしれない。
「ゲームばかりする旦那」はつまらないが、「いろんなことをする旦那」は、それはそれで大変そうだ。
 あとは好みでございましょうが、世の中はどういう傾向にあるのでしょう。「正社員」が必ずしも安定を意味しなくなったり、あまりにも狭き門になりすぎているのなら、「ゲームばかりする旦那」は、どうなってしまうのだろう。
 そう、もしも「知っている手順」が意味をもたなくなったら?
 そしたら旦那も、ゲーム以外のことをし始めるかもしれない。
 しないかもしれない。
 そこで初めて「旦那」がどういう人間なのかがわかるのかもしれない。

2017.12.11(月) ユーモラス

 僕の悩みは、「僕はユーモラスな人なのに、ネット上で僕を見かけた人は必ずしも僕のことをユーモラスだとは思ってくれない」ということです。そう! 僕はユーモラスなのです。ユーモラスであることがわかってもらえない、というのはじつにつらいことです。
 ネット上で「ああ、ユーモラスだなあ」と思ってもらうことがそれほど大切なことかどうかは知りませんが、ユーモラスであるという事実(だと僕は思っている)が歪んで伝わっているのだとしたら誤解なので修正したいとは思います。
 ところで、ネット上で「ユーモラスだ」と思われる、というのはどういったことなのでしょう。それを考えると実のところ、薄ら寒いような心地がします。そう! ネット上でユーモラスだと思われるというのは、一歩間違えるとけっこうダサい状態に身を置くことにもなりかねないのです。ダサい(この表現も死語なんでしょうね~)と思われるくらいなら、不当に非ユーモラスだと思われていたほうがマシです。
 でも、できることなら真実が伝わって欲しいので、僕はできるだけ上品にユーモラスアピールをしていきたい。

 電車に乗って富士山を見ていました。原駅から吉原駅にかけてくらいの景色が特に素敵でした。吉原駅から富士駅にかけてだと距離や角度は良いのですが工場や建物が多くてちゃんと見えないのです。東海道線から富士山を見ると北を眺めるということになりますが、労せず北を眺めるため僕は南側のシートに座っていました。すると午前中のするどい日射しが後頭部をあたため、次第に熱くなってきました。やけどしてしまいます。車両には日射しが強いときのためのブラインド的なものが設置されているので、それを下ろそうと思いました。しかし、僕の左隣の男の人が頭をグッと窓に押しつけて寝ていて、ブラインドを下ろすことができません。無理にブラインドを下ろすとその人の頭に当たります。
 仕方ないからブラインドを下ろすのは諦めて、代わりにニット帽をかぶることにしました。100均で買った黒のふつうのニット帽です。後頭部だけを覆い、前髪はぜんぶ出るような形でかぶりました。チチヤスのヨーグルトのマスコットみたいな感じです。晴れて熱さは散りました。やがて富士山は見えなくなり、代わりに読書をすることにしました。しかしブラインドを下げていないため日射しがものすごく、また障害物があったりなかったりして光がチラチラするものですから読めません。隣の男性はまだ寝ています。僕は他流試合をする人のように彼のことをしばし眺めました。数分。果たせるかな彼はもぞもぞと動きだし、ほんの少しだけ窓とのあいだにスキマができたので、今だと素早くブラインドを下げました。前に立っていた女子高生たちが僕に拍手を送ったような気がします。
 乗り換えは島田でした。少し時間があったのでお手洗いに行きました。鏡にうつったチチヤスのヨーグルトのマスコットみたいな僕はとてもかわいらしく見えました。ああ、僕はかわいいなあと思って得意になりました。僕のふたり前に用をたしていた人は、用を足している間に隣の人が二度入れ替わりました。

 こんなことを書いてもべつにユーモラスではないような気がするし、これを書いた時間をぜんぜん別のことに使ったほうがよかったような気もしますが、文章そのものについてのことを最近よく考えるので、大いに参考になりました。このような文章をもっとうさぎさんとかたぬきさんとか柿みたいなことにすげ替えて、ちょっと長めのお話を書いてみようと思っています!

2017.11.29(水) その場で考える/現場

 僕は鳥頭で、瞬時にあらゆることを忘れます。短期記憶が秒で(最近の若者言葉の中でもこれはわりと好きです)吹き飛びます。わけのわからないことをよく覚えていたりもしますが、覚えているべきことが全然覚えられなかったりもします。それどころか、「覚えない」ということを意図的にやっていたりもします。
「覚えている」ということは素敵なことですが、「むりに覚える」ということは、さして素敵でもないように思うのです。(大学受験の勉強の仕方からしてそうだったのですが、それはまた別のおはなし。)

「覚えない」あるいは「忘れる」ということは、「今現在使える状態にある知識の総量が少ない」という事態を呼びよせます。これはむしろ良いことかもしれません。
 なぜというに、「知っていることが少ない」と、「その場で考える」必要に迫られるからです。
 逆に、「知っていることが多い」と、その知識を使ってしまいます。もちろん、「知っていることの中から必要なぶんだけを取り出して適切に使う」ということが完璧にできるのであれば、知らないよりも知っていたほうがいいでしょうが、しかし人間というのはつい「知っていること」をできるだけたくさん使おうとしてしまうのです。

 年を取ると、多くの人は「経験」でものを言うようになります。「経験」というのは「知っていること」に他なりません。「経験」はその人が培ってきたもので、生きた証とも言えるでしょう。大げさに言えばその人そのものとさえ言えかねないようなものです。だから、人は経験でものを言いたがるのだと思います。「経験」を使わなければ、これまで生きてきた意味がない、と思っている人さえいるかもしれません。
 しかし、「経験」はあくまで過去のものなので、現在にそのまま通用するとは限りません。対して「その場で考える」というのは、現在にあります。

 僕は、「経験」そのものにはあまり価値がないと考えています。ゲーム(ドラクエ的なもの)でも「経験値」そのものにはほぼ価値がありません。「経験値がたまると、それに応じてレベルが上がって、そのときに各ステータス(パラメータ)の数字が上がったり、新しい魔法(技)を覚えたりする」ということに、価値があります。
「経験」そのものはすでに死んだ、過去のものです。「経験によってパワーアップした今の自分」が「その場で考える」ということで、はじめて経験が現在に活かされるのだと思います。

「その場で考える」ためには、「その場」が必要です。
「社会に出る」と言うときの「社会」には、「その場」がありません。
 なぜならば、「社会」というのは原則的に、「その場で考える」ということを嫌うからです。
「社会に出る」ということを経て、ある種の人たちはよそから見て「つまらない」ような人になってしまいます。それがなぜかというと、「その場で考える」をしなくなるからです。柔軟にものごとを考える機会が圧倒的に減り、そのために錆びついてしまうのです。
 例えば「社会」の代表といってよさそうな会社というところでは、「慣例」とか「常識」とか「ルール」とか「原理原則」というものに従わなければなりません。どんなに自由に見える会社でも、「利潤を得る」という原理原則からは離れられません。(かなり柔軟にやっている会社があるということは、それなりには知っているつもりですが、それでも、どうしても「社会ではない場所」と比べると、思考の自由度は低いように思います。)

 また、長く同じことを続けていると、「こうしたらうまくいった」という「実績」がたまっていきます。この「実績」はくせ者です。これが自分を縛ります。他人も縛ってしまいます。
「こうしたらうまくいったんだから、またこうしよう」とか、「こうしたらいつもうまくいくんだから、お前もこうすればいい」とかいうふうに考えるのは、「その場で考える」ではありません。これが「経験でものを言う」というやつです。

「家庭」や「親族」というものも、意外と「社会」になりやすいので、ここもあまり柔軟に考えられる場だとは言えません。親が子に言う「こうしたらうまくいく」や「こうすべきだ」といった言葉は、ほとんどが経験もしくはどこかで聞きかじった知識(ないし常識!)によるものです。それらは必ずしも「現在」には通用しないはずです。
「家庭が社会になる」というのを僕は主にこういうニュアンスで言っています。冠婚葬祭なんかも、柔軟さが許されない例です。

「その場」になりにくいという意味では、「職場」も「家庭」も似たようなものです。


 僕は勝手に、「その場で考える」ことがかなりの程度許されているような場のことを、「現場」と呼んでいます。
 人間は、この「現場」を離れると、錆びつきます。

 矛盾したことを言うようですが、仕事のなかにも、あるいは家庭のなかにも、「現場」はあります。『踊る大捜査線』で、あの自由で柔軟な青島刑事のいるところはまさに「現場」と呼んでもよさそうです。子育ての場だって「現場」になりえます。ただ、ママ友や親や義理の親や、保育園とか学校とかいった「社会」によって、「現場」たることが阻まれることがかなり多い、ということだと思います。
「その場で考える」ということがかなりの程度許されているような場を、僕は「現場」と呼んでいます。それが頻繁に阻まれるような状況は、「現場」とは呼べません。

 そうすると僕は、どうにかして「現場」に居続けよう、ということばかりを考えてきたようです。そこが「現場」でなくなるようならば、そこを去ります。恋愛(そんなものはないんだけど!)にも仕事にも、たぶんそのように向き合ってきました。数ヶ月前に学校の先生を辞めたのは、「このままだとここは『現場』でなくなってしまう」という予感、いや、予兆があったからです。「現場」で生徒と接するのはとても楽しいが、そうでない場所で接することは、僕にはつらい。生徒たちにも申し訳なく思う。勝手ながら、だから辞めたのだ。


「現場」を退き、いわゆる「つまらない」という状況になった(と、僕が主観的に思う)人たちを、たくさん見てきました。そうなりたくない、というのももちろんありつつ、それ以上に、「そうなってしまったら、僕はいよいよ生きるすべを失う」という怖さがあります。
 僕は、「現場」なるところにできるだけいてようやく、なんとか生活して行けるような人だと思うのです。「その場で考える」ことにはある程度の能力を発揮しますが、それ以外のことはからっきし、だめなのです。
 もしも僕が「現場」を捨て、「社会」のほうへ行ったとしたら? かなりの役立たずになっているんじゃないでしょうか。あるいは心を病み、仕事ができなくなり、のたれ死にへの道をのそのそ這い降りて行くのではなかろうでしょうか。大げさですが、とてつもない欠陥を脳のうちに仕込まれた僕の人生は、今のような生き方をしてようやくなんとかそれなりの人に良いと思ってもらえるようなものなのです。そして10年後、40年後もそうであるためには、これからもずっと「現場」にいて、柔軟さを維持していかなくてはならない、のでは、ないでしょうか。
 ……本当は、どこかで「柔軟さ」を諦めて、「安定(その場で考えなくても問題のない状態)」のほうを目指したほうがいいのかもしれません。上記のようなことを言ってられるのは若いうちだけで、年を取ってきたら「ウワー! やっぱり自分はまちがっていた!」と悔いるのかもしれません。それはわからん。そうだったらつらいけど、でも現状の(というかこれまでの)僕は、その道をしか選べなかったので、しぜんここから先も、そのルートでの最善手を常に模索し、判断し続けるしかない、というわけです。

 幸い、いまはとても楽しいので、それでいいのだと思ってはいます。今日も友達に会って、それはかならず未来につながる。

メモ:読書と時間ワープ アニー(すでにのべた) カテゴリに「あてはめる」と…… カテゴリ分けのために抽象すると大切かもしれないものが捨象される 自分の好きな自分でいること 感性を売ることになる 根本的にものごとを考えるのは「極めて妥当性の高いこと」をできるだけ前提にしたいから(例:基本的には楽しいほうがいい) 楽しいと面白い 個性と個人度と特殊(⇔一般) 個性は新しい、単一 既存のものを楽しむ人と、複数のものを混ぜて新しいものをつくる人(答えを持っている人と、その場で考える人) 混ざらなければ集まる意味がない(双方向の過ち) 予測できない面白さと予測できる面白さ(イベント)→新規か既存か 関西の(?)お笑いは「間違える」 答えが一つに絞られるツッコミ⇔イリュージョン ほか

2017.11.20(月) 恋愛などない

 僕が初めて「恋愛などない」などと言い出して何年が経ったのでしょうか。はい、恋愛などございません。
 これはひとつの立場でございます。霊や妖怪などを考えるとわかりやすいですが、「霊はいる」という立場(考え方)の人もいれば、「霊はいない」という立場(考え方)の人もいる。「恋愛はある」という立場の人もいれば、「恋愛などない」という立場の人もいるわけです。
 神はいる(ある)、と思う人にとって神が尊いように、恋愛があると思う人にとって恋愛は尊いのだろうし、教祖を信じる人にとって教祖が神々しいように、恋愛を信じる人にとって恋愛は輝かしいものです。

 恋愛というのは、僕の立場からすると、社会的な約束。「恋愛というのはあって、だいたいこういうものだということにしておこうね」という約束を、この社会の人たちの多くがたぶん交わしています。それは神様を信じるとか霊を信じるとか、そういったノリに近い。
 僕は、神様はいないとか霊は存在しないとか、そういうことはとくだん思いません。でも、恋愛はないと思うことにしています。

 恋愛は、みんなが「ある」と思うことによって成立するもので、みんなが「ある」と思うことをやめれば、成立しなくなります。
 恋愛というのは何か? 「みんながそれを恋愛だと思うようなもの」です。それをなんとなくみんなは手探りで自分なりに実践していくのです。見よう見まねで。
 恋人(恋愛相手)がいない時はクリスマスのイルミネーションになんて興味がなかったのに、恋人ができたらなぜか見に行ってしまう。恋愛をそういうものだと思っている人は、そうするのでしょう。
 恋愛は社会的なものだから、学習して身につくものだし、見よう見まねで実践されるものです。「クリスマス」はそのためにとても重宝します。
「クリスマス」を「恋人らしく」過ごせば、「恋愛をした(している)」ということになるらしいので、「恋愛をした(している)」ということにするために、クリスマスは便利だということです。

 恋愛というのは文化の産物で、僕たちよりも先に生まれた人たちがある程度の時間をかけて作りあげてきたものです。だから、自分とか自分たちという存在とは、実は直接の関わりがありません。
 それとは別に制度があります。日本でいえば結婚です。現在の制度のもとでは、一夫一婦制と呼ばれる男女の一対一対応による結びつきを基礎に子を作り家庭を持つことになっています。
 これは「ある」です。
 恋愛は「ない」ですが、結婚は「ある」のです。
 恋愛は「ない」のだから、もちろん恋愛と結婚は関係がありません。
 結婚だけがあります。
 そして、それにまつわる法律があります。
 それだけのはなしなのでございます。


 大事なのは、それ以外には何もない、ということ。
 だからもっと自由でいいはずなのです。
 結婚という制度とそれにまつわる法律と、世間と自分と人々とのバランスを考えながら、できるだけみんなが楽しいようにやっていく。そのために恋愛というものは、あってもなくてもあんまり変わらないと思います。

2017.11.18(土)-19(日) 自己紹介のような神戸旅記/増える時間

 頭痛を抱えたまま、新幹線で神戸へ。最も尊敬する作家さんの展示、最終日。児童書を書く方で、二十五年くらい前からずっと愛読している。その作家さんをきっかけに仲良くなった友達と、現地で落ち合い、展示会場である兵庫県政資料館と、土曜日のみ公開しているその迎賓館部門を見て回った。素敵な建物だった。
 美しい建物を見たり、歩くことが好きだ。松本の「旧開智学校」に行ったときに強く思った。古いもの、昔の人がこだわって作ったもの、意味と祈りの込められたもの、そういうことの感じられる素材や意匠、存在感。いろいろと多いが、ともかくそういったものを浴びると、自分の内側に時間が増えていくような心地がする。
「自分の内側に時間が増えていく」となんとなく書いて、これは本当にその通りだ。時間というのはどこにあるのだろうかと考えると、自分の内側にしかないのではないか。それが増えたり、彩りが豊かになっていくことに、幸福が湧く。よく例に出すが奈良の平城宮跡が僕は好きで、あそこにたたずんだりうろうろしたりしているだけで、「おおお、増える増える」というふうになる。「増える増える」というのはいま考えついたことに則った表現だが、あの気持ちに言葉をつけるなら、たぶんそれでいい。「増える増える」。これは心の中で起こっていることだから、実際に容量が増しているわけではないし、数値化もできない。「ありがとう」と言われたときに心がふっと温かくなるようなことに似ている。あたたかいときのほうが体積が大きい、というのは、理科で習った。
 時間は進んでいくものではない、と思う。なぜなら時間は戻らないからだ。なぜ、戻らないものを進んでいくと考えるのか? おかしい。時間は線で表すべきものではない。時間はめまぐるしく変化していくものだ。
 時間はたとえば僕の心の中にあって、常にぐるぐる(地球のように)回り、変わり、増えていっている。(減ることがあるのかどうか、僕は知らない。)それを別の言葉でいうと「心が豊かになる」とでも言うのだろう。地球のたとえでいうならば、緑が枯れて砂漠になるようなことが、「心が貧しくなる」なのだろう。(それを「減る」と表現してよいかどうかは、わからないんだけど。)
 僕は女性から一度だけ「減るのよ(あなたのせいで私の心は減った)」と言われたことがあって、それはもしかしたら僕がその人の時間を奪ってしまった、ということなのかもしれない。彼女の心の中の緑を枯らしてしまったのかもしれない。湖を涸らしてしまったのかもしれない。

「おおお、増える増える」とは、感覚としては、心の中に花が咲く、ということでいいのかもしれない。そういえば僕はかつて漫画にそういうシーンを書いた。お花が咲く咲くよ咲く~って。ポンポンと。ああ、なるほど、そういうことなのかもしれない、と、7年くらい前にそのシーンを描いた時の自分の気分を解釈してみる。

 迎賓館部門は、すべて美しかった。「増える!」が絶え間なく流れた。
 とりわけ、三階の貴賓室と屋上庭園、それから一階大会議室の電灯が素晴らしかった。
 その電灯の下を歩きながら、思った。僕にはこの電灯を美しく撮影する技術もないし、立体で再現したり、イラストにしたり絵に活かしたりする能力もない、文章で説明することもできなさそうだ、と。
 できるのは、「ワァー」って思うことだけ。
 でもそれで、良いのだ。「ワァー」って思うとき、また僕の中に時間が増えている。その時間が、のちに、一見その電灯とは何の関係ないものに影響している。艶として。

 ちょっと横道。音楽と音とオーディオと電子機器(とあとなんか色々)をこよなく愛する僕の父が、こんなことを言っていた。以下意訳。「CDはせいぜい20000ヘルツちょっとくらいまでの音しか入っていないけど、本当はもっと高い音も倍音で鳴っていて、レコードは40000ヘルツくらいまで入っている。もちろん20000ヘルツ以上の音なんて人間の耳にはほぼ聞こえないんだけど、でも艶として全体の音に影響している。」
 この「艶(つや)として」という表現が、いいなと思った。

 人格に、あるいはその人の行動や言葉に「艶」を出すには、心の中にどれだけどんな時間があるか、にかかってるんじゃないかな、と。で、僕はあの美しき電灯を顎あげて眺めながら、「ワァー」とか思って、やがて出る(かもしれない)艶のたしにしているんだ、という感じ。

 その後はとてもとても素敵な方と三ノ宮の地下の喫茶店でコーヒーを飲んだ。あの「素敵さ」ってなんなんだろう、どっからくるんだろう、と僕と同席した友達は後に考え込んだのだが、僕のひとつの感想としてはやはりそういう「艶」とか「時間」が関わってるんじゃないかと思っている。(ほかにもいくらでも考えていることはある。)

 すでに暗くなった神戸の街を僕たちは歩き回り、暗いほうへ暗いほうへ、高いほうへ高いほうへと導かれていくと、見晴台があって、ポートタワーがよく見えた。真っ暗闇の、車も通れないような細道の果てにベンチがぽつんと置いてあって、僕らは座らなかったけれども、いわゆる絵に描くようなロマンチック、その発生装置というような風情があった。
 ロマンチック、というのは、言葉遊びみたいになるけれども、やっぱりチックであって、ロマンってものとはちょっと違う。ロマンはベンチにはなくて、夜景にもなくて、その場の時間の艶にある、のだ。(艶という言葉にハマりすぎである。)
 だからそこには何も要らないのである。
 時間はときに、人の心から飛び出して抱き合ったりする。その時に人と人とが抱き合っている必要なんてない。それを妖精とか天使とか、神様がそばにいるような時間とか、いろいろに言う。

 立ち並ぶ異人館と、丘の風景と、カトリックの教会と、イスラームのモスクを眺めたあと、そのまま北野の山の途中のカレー屋へ。「NAAN INN」という渋い名前。(南印=南インドとかけている……んだったら面白いけど、たぶんパキスタン。)最高のお店だった。また行きたい。誰かいこう。
 少しだけ時間があったので「こたん」で一杯だけ飲む。名古屋へと向かう同行者を見送り、再び街へ。Mカフェを目指すもしまっていたので、ロバアタで三杯。ティーチャーズハイボール→あかし→ハイランドパーク12。あかしうまい! キテン行ったら館主の誕生日で鮨詰め。つらかったが多治見出身の子に話しかけられて気分よくなりハートランド→ラムコーク。音楽に聴き入りながら、言葉がポンパカ浮かんでくるのを逐一スマホにメモしていった。インドで大麻やってトリップした時の手記、というのを高校のときに読んだ(これ、トップはこちら。ちなみにこの方とも後に知り合うことになる)のを思い出した。それはあとで詩にしてはてなのほうに載せよう。
 そう、僕は何よりも先にたぶん詩人なのである。絵も描けないし、楽器もできないし、文章表現についても論理と意味の壁にぶち当たっている。最もしっくりする表現の様式は「詩」なのだ。この日記も、文章と詩の間をいったりきたりしている。時間がどうの、艶がどうのというのは、僕の感覚では詩に近い。自分の文体、というのがあるのだとしたら、そこに肝があると思っている。この記事でいえば、《「増える!」が絶え間なく流れた。》なんてのは、詩に片足を突っ込んでいる。
 たぶんこの10年くらい、この日記は「論理(順を追う)」ということとの距離をはかりつづけている。10年くらい前、自分の文章が論理的に縛られすぎていることに気づいた。「そういえば昔は、もっと自由に書いていたし、その頃の文章はとても魅力的だ」と思い、それからずっと「順を追うことと、自由であることの両立」をテーマにしているのである。そのへんのことを書いた日記が残っているはずなのだが、パッと見つからない。(とりあえずこれなんかは、近いことを書いているが、もっとふるいのがあるはずなのだ)。
 詩には、順を追う必要がない。さっきの「ワァー」という気分は、順を追って説明できるものではない(あるいは、困難を極める)のだが、詩であれば、その気分を自分なりに表現することができる。クラブで音を聴いて浮かんでくる言葉というのは、「順を追う」から解放された、素直なイメージである。
 共感覚というのがあって、字やものに色を感じる、というようなものだが、そういうのが僕にあるとすれば、どんなものにも言葉が浮かぶ、ということかもしれない。黒板を見て「黒」とか「色」とか「チョーク」とかいう言葉が浮かぶのは普通だが、僕の場合は、たとえば「幽霊のひもがらみ」みたいな、ぜんぜん違う言葉がふっと浮かぶのである。そういうのを美意識にしたがって配列すると、僕なりの詩になるわけだ。で、そういう言葉をたくさん(あるいは優れて)生み出してしまうときの気持ちを、「詩情」とか呼んでいる。
 旅などをして、いろんな新鮮なものに触れると、そのような詩情がどくどくと湧いてくる。「おおお、増えた増えた」は、つまるところ僕の言う詩情の誕生する瞬間ともいえるのかも。

 多治見の女の子は、へんな髪型の若い男の子(たぶんその子とは初対面)が、どこかまで送っていった。どこまで送ったのかは知らない。その男子のことを僕は興味深く観察していたのだが、ちょこちょこいろんな女の子に話しかけつつ、僕などがその多治見の子と話しているのを、牽制するようにじっと見ていた。最終的にその子が酔ってタクシーを呼ぼうとするのを見て、すぐさま荷物をまとめ、外に飛び出していった。偉いもんである。僕はちょっとモヤモヤした。そのモヤモヤこそ、ひとつの詩情である。僕はしばらく散歩した。

 ネットカフェで眠り、元町の喫茶ポエムへ。マスターと漫画の話をする。まるで定例会である。お互いピッコマというアプリに注目しているのがわかって頼もしかった。ナポリタンとミックスジュースをいただき、古本屋を巡って、たくさんのよい買い物。センター街の中に中野ブロードウェーみたいなゾーンがあるのを初めて知った。とくに内田美奈子先生の『百万人の数学変格活用』、山本まさはる先生の『ある街角の出来事』はジャケ買いで読んでみたけど超名作! 好きなものが増えていくのはうれしい。ああ、増える増える。
 バスで名古屋。実家にて休養。味噌が赤い。両親の様子を見て幸福な気持ちになった。

2017.11.17(金) 客観のありか

 言い訳にもならないような弱さを自分は持ち合わせていて、社会的には何の効力も持たない。ただ自分を愛してくれる他人の情動に訴えかける可能性だけがあります。
 その弱さを温存して、愛されることにだけ血道を上げているような人生、とも言えるかもしれません。
 愛される、というのは大なり小なりのことです。わずかな好意を含みます。
 社会的には何の力も持たないから、せめて人文的に力を持つことくらいしかできない。そういうふうに生きているような。

 火曜日か水曜日くらいからずっと体調を崩しております。
 そうすると、どうもいろいろ考えてしまいますね。

 最近考えていることは、「要求」とか「傷つく」「不快」ということです。こういうものが「客観性」と結びつくと、厄介なことになります。ふつうは結びつき得ないのですが、どうも「結びついた!」と興奮する人が多いのです。
 客観的な基準というものは、果たしてどこにあるのでしょう。
 お金とか憲法とか、義務めいたことたち。あるいは常識、世間、礼儀、諸々。
 こういったことと「要求」が結びついたところには不幸しかないように思うのです。

 友達との関係に客観性を持ち込んではいけません。友達との関係というのは、常に一対一だからです。人数が増えれば、それが複雑になっていくだけなのです。決してそこに「客観性」を持ち込んではいけません。
「客観性」が入り込んだ途端、そこに「友達」という関係は消えます。友達とのお金の貸し借りはしてはいけない、とか、友達と仕事をするとうまくいかない、というのは、お金や仕事には客観性が入り込みやすいからですね、たぶん。

 友達というのは難しい。恋愛よりも高等です。

2017.11.9(木) ともだちしかない

 さいきん、家出少女(成人)と深夜語らう機会に数度恵まれた。
 現在↑のほうに表示されているメモのほとんどは、彼女との対話のなかで出てきた発想やフレーズを思い出して書いたもの。
 人が二人以上いると、一人で考えていたら絶対に発生しない考えや言葉がポンポン生まれ出る。それが人と人が会うことの醍醐味であり、意味であり、その舞台となるのが「場」である。(そういうことを意識的に積極的に「よし」とする場をつくりたくて、お店をやっております。)


 家出というのは基本的に「その家のメンバーとの不和」が原因となる。
 主には「親」。
 かなりの程度で本当にそうだろうと思うが、人というのは、親によって「きまって」しまう。
「自己を肯定する」とか「自信を持つ」といったことが、楽しく生きていくためにとても大切だと僕は信じるのだが、それが自然にできるためには「親からの無条件の愛情」が必要である、ということはよく言われると思う。
 ではその、「親からの無条件の愛情」あるいは「親からの無条件の肯定」を受けずに育った人間は、どうしたらいいのか?
 少女は言った。「だからみんな恋愛に逃げるんですよ」。
 かなりの程度で正しいと思う。
 でも、一般にイメージされるような恋愛をしてみたところで、「自分を肯定する」とか「自信を持つ」ということには、実のところそれほど役立たない。
 なぜ役立たないのだろう。これは経験や見聞から直観したのだが、理屈を考えてみる。
 たぶん、恋愛の相手は原則として「一人」だからだ。
 ある一人の人物からの肯定を、そのまま「自分を肯定する」にスライドさせても、結局は一本足で立っているようなもので、不安定である。
 いずれ恋愛には限界がくる。だから家庭を持つ。
 自分が親になって、新しい家庭を持つ。「生まれた家族」には期待できないから、「生む家族」のほうに期待する。
 でも悲しいかな、これもかなりの程度でそうだと思うのだが、「生まれた家族」を愛していない人は、「生む家族」を愛したり、そのメンバーから愛されたりすることが、少し難しい。
 家族と愛なるものが、うまく結びつかないのだ。
 彼らはどちらかといえば恋愛のほうが得意なので、そっちの能力を発揮すれば不倫ということになる、のかもしれない。

 それで、「どうしたらいいんだ」というと、僕と家出少女の出した結論は「友達しかない」だった。
 友達しかない。友達。それだけですべてを説明したくなるような、素敵な言葉だ。

 宇宙船サジタリウス(10年前の日記)や、イヴァン・イリイチ(これとかこれ)を思い出す。


 友人、友人……報酬を求めず、ただそのために、それ自体を楽しむただそのためだけに……(イバン・イリイチ『生きる希望 イバン・イリイチの遺言』藤原書店、2006.12 P377-378)

 わたしにはこの世界で、自分が愛する人々と共に生きること以上に素晴らしい状況があるとは思えません。(同 P378)


 宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』でいえば、
「僕たちしっかりやろうねえ。」

 この「子供」云々の話は、最終的に橋本治さんや楳図かずお先生に着地する……はずです。

2017.11.7(火) 大人から見た子どもと、子供(三) 『よつばと!』/妖精はなぜ死ぬか

 10月24日~26日のつづき。

 あずまきよひこ先生の『よつばと!』という作品があり、これを僕は大まかに二つの点においてあまり好きではない。あずま先生はとても漫画が上手なので、読ませる作品になっているし、面白いか面白くないかでいえば「面白い」と僕も思う。しかし、印象批評に堕すことを承知で、「子供」ということを考えるのに大切だと思うから、考えを述べる。

 まず一点、『よつばと!』の世界はあまりに(オタクにとって)理想郷すぎる。
 とーちゃんは翻訳家かなんかをやっていて、「出勤」ということをしない。煩わしい人間関係もなさそうだし、金に困ってもいないようだし、家もなんかしらんがしっかりしている。
 そんなとーちゃんは、なぜか謎のかわいい幼女「よつば」と一緒に暮らしている。そして、よつばととーちゃんの周りにはなんかしらんが謎のきれいな女の人たちがたくさんいて、仲良くしている。いいなあ。うらやましいなあ。すてきなポルノであることだなあ。
 とーちゃんは独身である。よつばは、拾った子である。このあたりも、実に都合が良い。めんどくさい「恋愛」「結婚」「夫婦生活」「妊娠・出産・(乳児期の)子育て」「相手の親族との関係」等々をすべてすっ飛ばして、「自分を無条件で慕ってくれる、血の繋がらないかわいい幼女」がいて、そのおかげでさまざまな女性関係に恵まれるのである。とーちゃんは。
 これを僕は僕の主観により、「うわあ……」と思う。この設定に、というより、この設定を「良い」と思う人がいるとしたら、その気持ちに、である。
 でもこのことは、直接本題には関係がない。

 強調したいのは二点目。
 よつばは、「大人から見た子ども」の典型だと思う。
 よつばは、大人にとって都合の良い、大人が愛でやすい、模範的な子供である。
 Wikipediaにはこうある。《いつも元気で自由奔放な女の子。どんなことにでも全力で接し、大人が気付かないような小さな出来事にも面白さや感動を見出す。》異論なし。そのように描かれているはずだ。
 大人が望む、理想の子ども像、そのまんまじゃないだろうか。
 もしも、よつばのような子供を読者が「良い」と思い、自分の子供(あるいは他人でもよい)にもそうであってほしいと願うとしたら、それは搾取とか虐待とか呼ばれるようなことなのでは? とさえ思う。

 大人はすぐ、「子供の自由な発想」とかいう表現を使う。
 その人が勝手に考える、「自由」の枠の中にはまった発想を、尊ぶ。
 その「自由」というのは、単純にこういうことだ。「大人ではないもの」である。
 10月25日に僕はこう書いた。

「大人から見た子ども」というのは、算数のように言えば、「人間から大人をひいたもの」である。
「人間-大人=大人から見た子ども」である。

「子供の自由な発想」と言うとき、たいていそれは、「大人が発想しないようなこと」を指す。自分たちとは何の関係もないものだと思っている。そういうものを大人は褒める。
 どうして、「自分たちとは何の関係もないもの」を褒めるのだろうか?
 そして、自分とは関係のないものを「自由」と呼んでしまうほど、そんなにも自分たちは「不自由」だというのだろうか?

 もちろん、まだ常識や知識の蓄えが少ない子供は、それらの多い大人と比べれば、自由だし、柔軟といえるかもしれない。
 でもその「多い、少ない」は、グラデーションでしかなくて、「常識や知識がどのくらいあれば大人といえるか」という閾値はハッキリしない。
 結局のところ、その時点で権力(発言力)を持っている人が「子供」と断ずるものが、子供なのである。
「自分は大人であって、あなたは子供である」と言う力を持っている人が、それを決定する。
 誰かのことを「自由」だと言えるのは、原則、その人よりも立場が上の存在だ。
 上から目線なのである。
(もちろん、対等に、あるいは下から目線で「あなたは自由だ」と言えるような意味合いの「自由」を、僕は歓迎する。しかし現実には、そのような用途ではあまり「自由」という語は使われない。がんばって僕は使う。)

『よつばと!』のよつばは、大人からみて「自由」であり、「柔軟」であり、これまたWikipediaに「日常の中で体験する様々な『初めて』や『感動』を描く。」とあるように、きわめて「無知」である。「世間知らず」と言ってもいい。体験がまだ少ないから、新鮮に感じられるものがとても多い。
 よつばも成長とともに、経験が増えていき、さまざまなことを知っていき、やがて大人になるのだろう。

 ひねくれた僕は、こう考える。「大人はそのように、大人を再生産するのだ」と。
 よつばは、何も知らない。知らないから、いろんなことを知っていく。
 大人はそれを見て、「ああ、よつばはこんなものもまだ知らないんだ」と思う。そう思えるのは、その大人がそれをもう「知っている」からである。
 よつばは、大人がすでに知っていることを、次々に知らされていく。
 すべては大人(読者)の監視の内に。

 そういう子供を自由と言うのなら、簒奪の約束された自由である。子供を「自分たちと同じような不自由」へと導いていくことが、すでに確定している。
 本当の自由は、「誰も知らないことを知ってもよい」という状況のことを言うんじゃないのか?

 よつばだけではない。……というか、もうすでに話はよつばからずれてしまっていそうだ。『よつばと!』の熱心な読者からしたら「『よつばと!』はそんな話じゃない!」と思われてしまうかもしれない。(もしそうなら、詳しく教えてください。)
 子供がもし、「大人の知っていることを知っていく」だけの存在であるならば、子供に自由はない。
 不自由への道を歩いていくだけだ。
「人間-大人=大人から見た子ども」という等式の問題点は、「人間」というもののありようが、「大人」によって規定されてしまうこと。
 移項すると「人間=大人+大人から見た子ども」となるわけだから、「大人」が決定すれば、「人間」とは何か、が決まってしまう。子供にその力は用意されていない。

 子供は、「大人が気づかないこと」に気づくかもしれない。でも、それを大人は「自由」とか言う。「子供」という、「自分たちとは違う存在である」という枠の中に、閉じ込める。「子供だからそうなのであって、大人になったらそんな発想はしない」というふうに、「自分たちとは関係のないもの」と断ずる。そうやって既得権益を守っていく。
 子供が、せっかく気づいたことは、「子供だから」って、終わりにされる。「自由な発想」なんて嘘の褒め言葉で。

 妖精はそうやって死んでいくのである。

2017.11.3(日) 源頼朝も名古屋出身だからな……

 ある催事へ。素晴らしい会でした。愛知出身・在住の呉智英先生とは初めてお話しできました。呉先生の出身校であり僕が最も親しくしていた学校でもある東海高校の話題のあとに母校は向陽ですと話したら「名門じゃない~、ノーベル賞も出たし」と仰っていただきめちゃくちゃうれしかったですマル

 呉先生のお話はとりわけ素晴らしかった。「継体天皇はなかなか奈良から受け容れられなかったが、尾張の豪族の娘と結婚して力をつけてようやく中央に行けた」みたいなことを仰っていたと思う。愛名心のつよい名古屋人だから単純に「つまり名古屋人の協力がなければ継体天皇の血は今上天皇まで伝わっていないかもしれないのだ!」みたいに思ってホクホクした。呉先生もそういう気分がちょっとあって話したのだとしたら、なんだか面白いし嬉しい。


メモ:哲人政治しかありえないが、現実的には不可能であると思いながら、それを理想とする/儒教は道徳的な階級制社会を目指していたが、みんな自分は有徳だと思っている/臣(戦前)→みな(戦後の昭和天皇)→みなさん(今上天皇)/宗教は定義する必要がない、たんなる家族的類似である/宗教は定義できる、無限を志向しながら人間の有限さを自覚するのが宗教である。キリスト教やイスラム教は神を信じることで無限に到達することを目指し、仏教は逆に無限には絶対に辿り着けないとする/解放令は99点、明治天皇ありがとう

2017.11.2(土) 「先に手を出したほうが悪い」は本当か?

「先に手を出した」ということは、出されたほうは「後に手を出した」ということだ、として。
「先に手を出したほうが悪い」には、確かに一理ある。けんかのきっかけを作ったといえるから。ただ、逆の見方もできないか。先に手を出したほうよりも、後から手を出したほうが悪いとはいえないか。
 手を出されたほうには、「チャンス」があるからである。
「起こってしまった問題を解決に導くチャンス」である。
 反撃せず待っていれば、相手が謝るかもしれない。それで問題は「解決」に近づくはずだ。反撃すれば、そうはなりにくい。戦争。泥沼である。いくさは避けたい。
 手を出さず、そこから逃げ出したほうが、けんかになるよりマシかもしれない。
 折れるべきかもしれない。反撃より謝るほうがいいかもしれない。我を通すのをやめて、とりあえず謝ってみるのもいいかもしれない。
 手を出されたほうには、さまざまな選択肢が与えられる。どれを選んでもいい。
 反撃は、その選択肢のうちの一つである。
 そしておそらくは、たいていの場合、最悪の選択肢である。(もちろん例外はあるし、正解は事前にも事後にもわからないものだが。)
 反撃する人は、解決の「チャンス」をほぼ放棄している。

 けんかのきっかけを作ったほうが悪いのか、解決を放棄したほうが悪いのか。

 重要なのは、手を出した時点では、まだけんかではない、ということだ。一方的に手を出しただけである。手を出し合うから、けんかになる。
 そうなると、けんかを開始したのは、「後から手を出した」ほうなのだ。

 もし二発目がきて、それが具体的な不利益を生みそうであれば、それを防ぐための反撃は、判断としてありうる。その場合は、「先に手を出したほうが悪い」は成立する可能性がある。
 でも、そうではなく、一発しか手が出なくて、二発目が来ない、もしくは、二発目も三発目も、具体的な不利益を生むことはなく、即座に問題となるわけではなさそうであれば、反撃以外の選択肢を吟味する余地は十分にある。
 反撃は常に、「解決に導くための最善の方法」と信じて行わねばならない。
 その場合を除いて、「先に手を出したほうが悪い」は成立しないのではないか。
 いや、その場合であっても、その判断が明らかに間違っていた場合、反撃を「悪い」と断じられても仕方がないのではないか。

「手を出されたらカッとなるのは当たり前だ、手を出されてもないのに手を出すほうが悪いのでは?」という見方もある。
 しかし、手を出されたぐらいでカッとなるのは、野蛮である。
 どっちも野蛮なのだから、そこはイーブンでいいんじゃないのかな。
 あるいは、詳しい事情による、としかいえない。
(いずれにせよ、どっちが悪いかなんてまあ事情によるよね、ということでしかないことは、念のためことわっておきます。)


 ところで、「手を出す」というのは、殴る、蹴るといった物理的暴力に限らない、とする。
「けんか」というのは、「殴り合う」だけではなくて、「険悪なムードをかもしだす」ということも含む、とする。
 ちょっと悪口を言われたからって、悪口で返すのは、僕は、明らかに返したほうが悪いと思う。
 たとえばだが、それを冗談で返せば、「険悪なムード」になる可能性は、だいぶ低まる。
「険悪なムード」が回避できたなら、「先に手を出した」「後に手を出した」という言い方自体を、する必要がなくなる。
「先に手を出した」という言葉が発生した時点で、どっちも悪いし、どちらかというと、そんな言葉が発生するような事態にあえて導いてしまった、「後に手を出した」ほうが悪いんじゃないか、と、僕は思うのである。
 悪口を言った人も、気の利いた冗談で返ってきたら、「なんだ、面白くていいやつじゃないか」と思うかもしれない。そうしたら、「ごめん」と謝るかもしれない。事態はずいぶんと好転する。

 悪口を言ったやつは悪いし、言わないやつは悪くない。
 それだけのことですめば、「先に手を出した」という言葉は発生しない。
「先に手を出したほうが悪い」も「後に手を出したほうが悪い」も、「どっちも悪い」もいずれもなくて、「悪口を言ったやつだけが悪い」なのだ。
「ほうが悪い」ではなくて、「だけが悪い」である。
 そのほうが絶対に平和。

 今んところは、そう思う。

2017.11.1(水) オールハローズ/誕生日に自由を!

 お誕生日でした。33さいです。あまり年齢を書きたくありません。この文章を読んでいる人は、僕の容姿や様子を知っている人だけではなく、そういう人に「その人の描くその年齢の人のイメージ」で自分をとらえられてしまうのがいやだからです。僕はたぶん、ふつうにイメージされるような「33歳」に合致するような人ではないはずです。若く見える老けて見えるということではなくて、僕はおそらくきわめて個性的な人間なので。
 個性的とはどういうことか、というのは先日友達と詳しく話したので、いつか改めて書くつもりです。ともあれ、個性的な人間を既存の型やイメージに当てはめることは不可能でしょう。しかし「33歳」と言われれば、「ああ33歳か」と誰もが思います。そういうことを意識されると、なんだかこの文章があまりフラットに読んでもらえなくなるような気がして、ちょっとイヤなのですね。
 でも、「年齢がわからないけど、だいたいこのくらいかな」と勝手に思われて読まれるのも、それはそれでべつにフラットでもなんでもないので、結局のところは「年齢を書こうが書くまいがあんまり変わらない」のでございましょう。適当にします。
 本音は、「過去ログからできるだけ正確に推測してほしい」です。そういうのって楽しいじゃありませんか? というわけでこの「33歳」の部分は、ちょっとしたら伏せ字にします。もし覚えていたら。


 誕生日は好きな中華屋に行き、好きなカレー屋に行き、それから自分のお店に立ちました。お客さんは4人でした。誕生日なのに4人! というと、これはもちろん少ないので、さみしい気持ちも大きいのですが、いつもっぽい感じで過ごせたのは、とても落ち着けました。

 来年は(もの人はも)みなさん、来てくださいね!

 なんてことを書いてしまうくらい、僕は自分の誕生日というものを特別視しています。なんでだろう? 生まれた時から自分に与えられた、たった一つのこの日付を、年がら年中意識してます。意識するのが、楽しいんだと思います。
 僕は誕生日とか○周年みたいなことを、意識することをとても楽しみます。このHPの誕生日は7月11日ですが、毎年かならずお祝いしております。といって大げさなことをするのではなく、「今日は○周年です」とここに書くくらいです。お店をやっていれば、そういう話題を出してみたり、何かを持っていったりします。今やっているお店を開いたのは4月1日、僕が初めてカウンターに立ったのは4月3日で、これらの日もきわめて大切になるでしょう。そうやって好きな日が増えていくのがとても楽しいです。
 しかし、たとえば誕生日とか周年に「イベント」と銘打って、「誕生日会」をわざわざ開いたり「今日は周年なので飲み放題3000円」みたいなことをするのは、あんまり好きじゃないのです。べつにやりたくないということはないので、集まったり儲けたりする口実として使うことは、あるかもしれません。でも、あまり積極的にはやりたくないです。10周年とかになると、ちょっと何かをやるかも。このサイトも10年ごとにオフ会をします。(第2回は2020年の7月11日を予定しています。カレンダーに入れておいてください。)
 口実ということでいうと、むかしネットラジオをやっていたときに、「誕生日スペシャル」みたいなことはやりました。でも、それはラジオをやる口実です。あるいは、「あ、ちょうど誕生日だから誕生日スペシャルにしちゃえ」といった「ついで感覚」でした。誕生日というのは、基本的には楽しいものだし記念できるものだから、アピールできるものなら、したいところなのです。
 でも、「アピールする」くらいにとどめたい、という複雑な気分もあるのです。
 なぜなんだろう、としばらく考えました。答えは「だって、誕生日ってもっと自由がいいじゃん!」です。


 僕は、もう、「あらかじめすることが決まっている」ということが、どうやら相当嫌いなようなのです。
 トランプについてかつてこう書きました。「トランプをしている間は、トランプしかできない。」これはもう本当、最近ずっと気に入っているフレーズです。

 僕は高3のとき、女子32名男子8名のクラスにいました。そこには、「昼休みには7人(僕を除いた男子全員)でご飯を食べて、そのあとにトランプ(大富豪)をやる」という空気がありました。それに混じることは絶対に嫌だったので、昼になる前にお弁当をすべて食べておいて、昼休みじゅう校内を遊び回る、ということにしていました。行く場所は毎日違いました。昼になったらすぐに教室を飛び出すので、くだんのトランプ文化がいつまで続いたのかは知りません。しかしとにかく、僕は「昼になったらいつも同じメンバーでご飯を食べてトランプをすることに決まっているだなんて、そんな不自由なところには絶対にいたくない」と思っていました。

「誕生日には外食をする」とか、「周年にはイベントをする」とかいうふうに決めてしまうと、不自由になります。
「誕生日にはケーキを食べる」も同様です。「誕生日はケーキ」と決めてしまうと、ケーキ以外は食べられないのです。本当はトン足でも何でもいいのです。
 クリスマスにはケーキ、ハロウィンには仮装、そういうことも僕はあんまり好きじゃないのです。
「じゃあ、お盆にお墓参りをすることや、忌日に法事をするのも嫌なのかよ」というと、実は、けっこうイヤかもしれません。一族が集まる口実としてのお盆は嫌いではないです。「正月に帰省する」のも、顔を合わせる口実としてなら好きだと思っています。でも、そこに強制力が働くと、「不自由だな」とは思います。法事もそうです。「ああ、今日はあの人が死んだ日なんだ」と、しみじみ思い出すことは、とても好き(というと妙かもしれませんが)です。

「誕生日おめでとうメール」という文化が、たとえば、あります。僕は家族や幾人かの友達の誕生日を覚えていて、その日がくると「あ、誕生日だ」と思い出します。しかし、「おめでとうメール(ラインでもリプでも何でも)」をするかというと、あんまりしないのです。それをやりだすともう、毎年やらなければならない決め事みたいになってしまいます。それは不自由だな、と思います。「誕生日だからメール送らなきゃ」という具合に、作業っぽくなるのもイヤだし、「あの人には送ったのにあの人には……」と、気を遣うのもあほらしい。
 これもしかし、口実としては使えます。「あ、誕生日だ。そういえば最近連絡してないな。久々に話したいな。せっかくだしメールでも送ってみるか。」というのは、とても素敵な気持ちで、実際それで食事の予定が決まることもあります。なんか、そのくらいのことでいいんだよなあ。
「あ、あの人の誕生日だ」と思うと、嬉しくなります。そのうれしさを、本人に伝えたいときは、連絡するし、今年は一人で噛みしめよう、と思えば、しません。忘れてると思われるとイヤだなあ、とも思いますけれども、適当なタイミングで「いやー実は毎年覚えてるんだけどなんとなくねー」とか言えばいいかな、とか。

 もう、とにかく、「そんなか?」っていうくらい、僕は「あらかじめ決まっていて、そのせいで不自由であること」が、イヤなんですね。へんくつですね。でも、実際会ってみると、そんな偏屈な感じはぜんぜんしなくて、へんくつなくらい不自由を嫌うだけあってむしろ、めちゃくちゃ自由で柔軟なやわらか~い人であると、このジャッキーさんとかいう人、もっぱらの評判ですので、あまりこわがらないでいただけるとありがたいです。ここに書いていることは、あくまでも「考えたことを書いている」だけなのでありますので。

 そうだ、「自分で勝手に決めていて、誰も巻き込まない」ようなことならば、決めていることはあります。僕は毎年の年末、だいたい12月の26日~29日のいずれかに、どこかカラオケ(東京にいる場合はゴールデン街の「チャンピオン」というオープンバー)に行ってユニコーンの『雪が降る町』を歌うのだと決めています。これはもうけっこうずっと続いています。でも、これをやらなかったからといって、誰にも影響しないので、「決めている」けれども「決まっている」わけではありません。楽しいからやっているだけなので、無理してまではやりません。(自分で自分を縛るなら、いつでもほどけるようにしておきたいものです。)


 誕生日ということで、お店に柿を持ってきてくださった方がいました。僕は柿が大好きなので、プレゼントしてくださったのです。しかもそのいきさつがふるっています。「さっき新橋の駅前で右翼が街宣車で売ってたんですよ、面白いと思って見てたんですけど、ちょうど誕生日のジャッキーさんが柿好きだったなと」みたいなことを仰るのです。あー、もう、こういう感じはちょうどいいですね! 適当じゃないですか。街宣車の右翼が柿売ってなかったら買ってこなかったわけですよ。「ケーキを買う」と決めていたら、ひょっとしたら買わなかったかもしれないですよね。自由というのは、そういうことなんだと、おもうわけです!


 ……など、いろいろ書いてきましたが、これは「考えたことを書いている」のであって、毎年きまって祝ってくれる方に対して嫌な気持ちを持っているわけではないし、ケーキをくださった方には感謝の念しかありません。うれしいです。非難の気持ちは一切、ありませんし、「自分の考え方が正しくて、そうでない人はダメ」などと考えはしません。「不自由なやつらめ……」と思っているわけでも、ありません! ただ、「そういうことを不自由と言うこともできるし、自分はそういう状態になりたくないと表明する妙なやつなんだ」ということを言っているのみです。のみ、なのですが、のみを言って人は傷つきます。こういうことを表明することで、人は人を容易に傷つけてしまう、ということは、よーくわかっているのです。しかし、だからと口をつぐむのは、もっとばからしいことであるようにも思います。本当に、難しいのです。「考えたことを書く」とか、「思ったことを表明する」ということは。

 こういう文章を読んで、「ああ、そういう考え方もあったか」と感じて、読む方ごじしんの考えや考える方法に、何らかの形で役立てていただければ、いいなとのみ思って、書いております。のみ、を思って。

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2017.10.31(火) ハロウイブ

 あすとしをとります。祝いにきてください。夜学バー(上にリンクあります)に17時~夜中までおります。

2017.10.26(木) 大人から見た子どもと、子供(二)

 視点を変えて、「子供」と呼ばれる小さな人たちについて。
 子供は、何でも楽しんでくれる。
 だから、「子供が楽しんでるからオーケー」というのは、ちょっと危ない。

 子供は放っておけばポテチやチョコばかり食べるし、残酷なことや豪奢なことを好んだりもする。
 だけど、ポテチやチョコばかり食べたり、残酷なことや豪奢なことを好む姿勢を見せていると、自分の大好きな人(たとえば親)が、怒ったり悲しそうにしたりする。
 そこで子供たちは学習する。「ポテチやチョコよりも、ブロッコリーやレンコンを好んで食べたほうが、自分の大好きなこの人は嬉しそうな顔をする」と。
 子供たちは、ポテチやチョコばかり食べたいと思いながらも、ブロッコリーやレンコンを食べて、たまにポテチやチョコを食べる。
 子供たちは、残酷なものや豪奢なものを好みながらも、大人の顔色をうかがって、優しいものやささやかなものを好きになる。それがかしこい子供というものだ。学校では「優等生」になる才能がある。
 しかし、残酷なものや豪奢なものが好きだという気持ちも変わらずに持ち続けるから、隠れてヴィジュアル系を聴いたり、格ゲーをやったり、贅沢品を買ったり、ホストに通ったりする。
 絵本についても、親が嬉しそうに読み聞かせしてくれるものは、気の利いた子供であれば、喜んでくれる。(「イヤ!」と言う子だっているのだろうが、その「イヤ!」は実は、絵本の内容を嫌がっているのではなくて、本当は別の理由があったりもする。)「人の顔色をうかがう」ということの味を占めた、あるいは諦めて「そうすることにしている」子供は、大人しく喜ぶ。
 親が嬉しそうに読み聞かせしてくれる絵本を嬉しそうに聞かないと、親は悲しんだり、機嫌を悪くする。それで読むのをやめてしまったりする。そうなれば、子供からしたらとんでもない事態だ。何も読んでもらえないくらいなら、ちょっとくらい好みじゃなくても、楽しんだほうが効率がよい。
 だって子供は、親に遊んでもらいたいのだ。親に読み聞かせをしてもらいたいのだ。親の声色を聞いていたいのだ。
 内容なんて、二の次なのだ。「面白かったらラッキー」くらいのものだ。「不快ではない」くらいでも、とりあえず満足できるのだ。大好きな人が、自分のために読んでくれるのだから。その声こそが最大のコンテンツであり、楽しみなのだから。
 世の中には無数の絵本があり、無数の親がいるのに、「読み聞かせ」という行為は、かなり高い成功率を維持している。どんな絵本を選んでも、どんな親がやっても、かなりの程度、うまくいく(「聞いてくれる」という意味では)ようなのだ。それは「保護者の声」の持つ力だと思う。

 このページの証言は興味深い。

「名作童話を毎晩読んでくれていた。長いし間延びしているしつまらなかった。かわいそうな場面で悲しそうにしない自分を見てくる母親の視線が、子どもながらにプレッシャーだった。」(当時17歳男子生徒など)

「この本おもしろくないね、と言うと、飽きっぽい!と怒られた。お母さんが選ぶ本はつまらなかったから、聞いているフリをしていた。」(当時16歳男子生徒など)

「『7匹の子ヤギ』とか、途中で数とかアルファベットが出てくるとすかさず、10まで数えてみよう、とかABCの歌とか差し込んできた。がんばって覚えましょうね感が見え見えで嫌だった。」(当時17歳女子生徒など)

 これら証言がすべて本当かどうかは検証できないけど、「ありそうだな」と思う。これらに共通するのはたぶん、「イヤだ」と思っていても、「聞いてあげていた」ということだろう。
 子供は子供なりに、親に気を遣うものだ。それは「優しさ」というよりも、「嫌な顔を見せたら面倒くさい」「ちょっと我慢したほうがうまくいく」ということを、知っているからだと思う。
 場合によっては、「この絵本を我慢したら、次は本当に好きなあの絵本を読んでもらえるかも」という打算だって働かせているかもしれない。

 僕は、「親が選んだ絵本」を読み聞かせする場合には、必ずこのような可能性があると思う。
 親が「いい本だ」と思って、ノリノリで読み聞かせる。それを子供は、楽しそうに聞く。親は「ああ、よかった。楽しんでくれるんだ」と胸をなでおろす。
 子供は、たしかに楽しんでいると思う。「面白い」と思える部分を、ちゃんと探し出して、ちゃんと「楽しい」と思っている。それは、親の用意したごはんを「おいしい」と思って食べるようなものだ。本当はポテチやチョコやハンバーガーが食べたいとしても、ブロッコリーやレンコンを「おいしい」と思って食べる。もちろんべつに、不健全なことではない。
 でも、親のほうは、子供に感謝しなければならない、と思う。どんなごはんも「おいしい」と思ってくれて、どんな絵本も「おもしろい」と思ってくれる、子供たちに対して。


 ところで、僕が小さいころに好きだった食べ物は以下である。きな粉、ブロッコリー、レンコン。今でも変わらずこれらは好きだ。当時も本当に「おいしい」と思ってはいた。しかし今ふり返ってみると、そこに「こういうものが好きであることのほうが正しい」という考えがなかったとは言えない。こういったものを好んで食べると、親は喜んだり、面白がったりするのだ。それでどんどん好きになっていった、ということはある。
 僕は、きな粉やブロッコリーやレンコンが好きであるような自分がとても好きだ。柿やコーンスープもずっと好きである。そんな自分を誇らしくさえ思う。
 そうやって僕は、身に価値観をしみこませていった。ブロッコリーやレンコンの価値観をである。それは親の影響(あるいは顔色うかがい)だったとも言えるし、幼いながら美意識に従ったとも言える。しかし、結果としてこの「結局、ブロッコリーとかレンコンがいちばんうまいよね」という価値観を持てたことをありがたく思う。

 僕のお母さんや長兄が岡田淳さんの児童書を好きだった。僕も好きになった。岡田淳さんの児童書を好きになることは、お母さんや長兄を好きであることをなぞるようなことだった。僕はお母さんや長兄のことがとても好きだったから、とても嬉しいことだった。
 でも、もちろん、お母さんや長兄の好きなものを全て好きになったわけではないし、一時はいいなと思っても、後にそうとも思わなくなることもたくさんある。永遠に好きなものも、中にはある。

 親が愛を持って与えてくれるものを、子供はけっこうすんなり受け容れる。親が誠実に好きであるようなものを、子供はけっこうすんなり好きになってくれる。
 でも、それを喜んでいてはいけない。だって、そんなのは当たり前のことだからだ。子供は「それ」を好きになったのではなくて、「親のことが好き」がちょっと延長されただけなのだ。


 だから、昨日の例をそのまま使うと、『すてきなこども』という絵本を親が読んであげて、子供がそれを楽しんでくれたり、「好きだ」と言ってくれたりしても、それは単に「あなたのことが好きなんだ」という意思表示でしかないかもしれない。その気持ちをこそ、受け取ってあげるのが、よいと思う。
「こんな素敵な絵本を好きになるあなたはエラい」とか、「やっぱりこの絵本はすばらしいんだ」と思うのは、二の次にして、自分と子供との間に現在結ばれている信頼関係のほうに注目する。それは子供の優しい嘘かもしれない、ということも念頭に置く。
 子供は、たいていのことに喜んでくれる。下品なことにも喜ぶ。突飛なことに喜ぶ。へんなことに喜ぶ。絵本の内容にというより、そういう細部に喜んだりする。それを「この絵本(の内容)は素晴らしい」というふうに勘違いすると、子供との距離はどんどん離れていく。

『すてきなこども』の中に、オバケの絵が出てきたとする。子供はその、オバケの絵に喜ぶ。その姿を見て、親は「いい絵本だ」と思う。
 そういう状況は、やっぱりどっかずれている、と思う。
「子供ってオバケが好きなんだなあ」というのは、いえるかもしれない。
『すてきなこども』の中に、粘土をこねるシーンがあるとする。子供はそのシーンに喜ぶ。「やってみたい」と言う。それで親は、「いい絵本だ」と思う。
 それもへんだ。その子供は粘土をやりたいのだから、粘土を与えたらどうだろう。……もちろんこれは、意地悪な言い方である。子供は本当は、粘土をやりたいのではなくて、『すてきなこども』に描かれた、その粘土の絵が好きなだけかもしれないから。
 子供が本当に何を好きなのか、何に喜んでいるのか、をわかるのは、難しい。
 絵本の面白さってのはそこにあるような気もする。


 言えるのは、どんなものでも、親が与えればなんだって「親が与えたもの」になる、ということだ。それを切り離して、絵本は語れない。絵本だけではない。何も語ることはできない。


 友達が、「子供にこういう本を読んで欲しいんだけど、どうすればいいかな」という相談をしてきたから、僕はこう答えた。「絶対にむりに読ませてはいけない。読めと言ってもいけない。ぎりぎり手が届く高さのところに、さりげなく置いておけ。たまに自分でニヤニヤ読んだりして、もし読みたい、と言われたら、まあ、そのうち読めば、とか、ちょっとまだ難しいかもね、みたいにそっけなく答えるといい」と伝えた。その後聞いたら、その方法はなかなかうまくいっているらしい。
「親が与えたもの」は「親が与えたもの」になってしまうから、本当に味わってもらいたいものこそ「自分で選んだもの」として届けてあげるのが、よいだろうと僕は思ったのだ。

「与える」をすると、子供は「大人から見たこども」として、振る舞いだしてしまうから。

2017.10.25(水) 大人から見た子どもと、子供(一)

 そもそもが僕には、人間を「大人と子供」に二分する考え方そのものがなじまない。
 僕は16歳のとき、自作の舞台の台本にすでにこう書いていた。

 今のあんたを動かしてるのはだれ?
 あんたでしょ?
 明日のあんたを動かすのはだれ?
 あんた以外のだれかってことがある?
(略)
 明日の自分、明後日の自分、みんな自分でしょ?
 朝起きたらいきなり大人になってるってわけじゃない。
 20年後って一口にいっても、時間は一日ずつ過ぎていくの。わかる?

 何度も引用して飽きた方には恐縮だが、2001年の夏に僕はこのような考えだった。
 で、もちろん今でもこう思っている。
「朝起きたらいきなり大人になってるってわけじゃない」。
 さかいめは、誰かが勝手につけるのだ。
 けっこう自分で。


 もちろん、大人と子供、というのは、さかいめこそはっきりしないものの、歴然とある。子供は小さい。大人は大きい。それはだいたいたしかなことだ。
 ただ気になるのは、世の中には「子供の感性/価値観」と「大人の感性/価値観」というものが存在する、というように思い込まれているらしいことだ。
 そして、どちらかが「よい」とされたり、「よくない」とされたりする。

 しかし果たして、世の中に本当に「子供の感性」とか「子供の価値観」というものは存在するのか?
 僕はそんなもん、ないと思っている。あるように見えるのは、大人が勝手に分類して、レッテルを貼るからだ。
「はい、これは子供ならではの感性ですね。素敵ですね」「はい、これは子供の価値観ですね。未熟ですね」というように。
 そして、その裏返しとして「大人の感性」とか「大人の価値観」というものが存在する。(いや、ひょっとしたら「感性」のほうは、あまり考えられていないのかもしれないが。)

 僕は、あるとすれば、「素敵な感性」「素敵な価値観」か「そうでない感性」「そうでない価値観」の別しか、ないと思う。
 貼るのならそういうレッテルの貼り方をしたほうが、よいと思っている。


 たとえ話をする。ここに絵本があるとしよう。
 題名は『すてきなこども』とでもしておく。
 多くの大人が、この絵本を読んで、「ああ、子供ってのは素敵だなあ」と思う、とする。
「大人になってしまうと、こういう感性を忘れがちなんだよなあ」
「大人ってのは、子供にくらべて、ぜんぜん素敵じゃないよなあ」
「よし、自分はもう大人になってしまっているけれども、子供のような素敵さを忘れないようにしよう!」
 そういった感想を、この絵本の読者は持つ。
 自分は大人だけれども、「子供の素敵さを理解している大人だ」というふうに、自覚する。
 そして時には、「ようし、子供のような感性を発揮しよう」と思ったりして、実際に「(その人が考える)子供っぽい」ことをしてみたりする。
 そして、それが終わると、「あー、今自分は子供のように素敵だった。さて、大人に戻ろう」と、「子供のような感性の発揮」を終了させる。
 こういう人たちは、大人の感性と子供の感性を「違うもの」「分かたれてあるもの」として捉えている。
 それで、「自分は大人の感性と子供の感性と両方持っていて、時と場合によって使い分けることができる」というふうにでも、たぶん思っている。
 でも、たぶん本当はそういうことではない。感性は一つなのだ。あなたには、「あなたの感性」だけがある。
「あなたの感性」が、どれだけたくさんの側面を持っていたって、べつに構わない。ただ「大人の感性」と「子供の感性」という、たったふたつに分割できるほど、単純なものではなかろう。おそらく。感性というものは、もっと複雑である。(そういうものが、もしあるとするなら。)

 この『すてきなこども』という絵本は、「子供は素敵である」という気持ちを読者に喚起する。加えて、「大人はそうではない」「そういう素敵さを失ってしまったのが大人である」という感覚をも与える。
 大人と子供はウラオモテであって、どちらか一方だけをしか見せることができない。
 こういう子供のことを、僕は、「大人から見た子ども」というふうに表現したい。
「大人から見た子ども」というのは、算数のように言えば、「人間から大人をひいたもの」である。
「人間-大人=大人から見た子ども」である。

 こういう等式とはなんの関係もないところに、人間も、大人も子供も、いるんじゃないのかな、というふうに、僕は考えるのだ。

 こういう絵本のことを、僕は「教科書」だと思う。
 大人からの、「子供像」の押しつけである。
 それを読んで、大人が「子供は素敵」と思うのだとしたら、そこには当然「子供というのはこういうもの」というイメージがある。
 それをもし、大人が小さい子に読ませたり、すすめたりするとしたら、それは価値観の押しつけであって、だから僕はそれを「教科書」だなと思う。
 そういうわけで僕は『すてきなこども』みたいなものが、ぜんぜん好きじゃない。


 感性は、あるいは価値観は決して、「大人/子供」というように二分できるものではない。あるいは、そうあるべきではない、と言ったほうがいいか。
 分けてしまって、しかもそれがウラオモテのような関係であったとすると、「どちらかがよくて、もう片方はよくない」というふうになりかねない。
 もっと平等でよいのではないのか?
 大人だろうが子供だろうが、どうだっていいんじゃないか?
 大切なのは、その存在がその時その場所で「よい存在か、否か」にかかっているのであって、「感性」のような形で、あらかじめその人に内在していると考えること自体、不要なのでは?


 余談。そのうち書くかもしれないけどジャニー喜多川さんやマイケル・ジャクソンは「大人/子供」という分け方をしていない気がする。極めて自然に。彼らは「(自分の美意識に照らして)素敵かどうか」ということしか考えていない、ようにしか思えない。だから客観的に見れば「少年愛」でも、彼らにとっては「愛」でしかない……のではないかと。
 一部のロリコンないし小児性愛者とかについても同様かもしれない。そういう人たちは意外と「純粋」とか言われる。たとえばある種のアイドルオタクとか。それは「大人/子供」という社会的な分類にとらわれていないから、なのではないか、とか。
『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』でも、ララアがシャア(ロリコンかつマザコンと言われがち)に「純粋」と言っていましたね。アムロの夢の中でだけど。ミライさんも言ってた。
 これは完全に僕の想像でしかないんだけど、シャアやその他のロリコンたちはともかく、ジャニーさんやマイケルは、子供と仲良くするほうが「自然」だっていうだけなんじゃないかな。彼らにはその才能というか、相手もそれを自然に受け容れてしまうような人格を(あるいは感性を)持っていた。ジャニーさんは異常性欲者のように言われ、確かに結果として、社会的にそう言われるようなことはきっとしているのだろうが、ジャニーさんからしたら「好きな子たちと仲良くしただけ」かもしれない。子どもたちがそれを受け容れたのだとしたら、権力や利害のためだけでなく、彼のそういう人格のためでもあったんじゃないか、と。うーん、このへんの話は非常にデリケートである。本当は一章を割きたい。


 マイケルといえば彼の邸宅(っていうレベルじゃないような巨大な敷地)は「ネバーランド」といった。ネバーランドといえばピーター・パンである。僕の大好きなJ・M・バリの小説『ピーターとウェンディ』における「子供観」は、面白い。作品の末尾はこう締めくくられている。

 and thus it will go on, so long as children are gay and innocent and heartless.
(こうしてずっと続いて行く。子供達が陽気で無邪気で非情であり続ける限り。※黒田誠

 この作品でも「大人/子供」はハッキリと分けられているわけだが、子供は「陽気で無邪気で非情」とされる。余計な美化がない。作中でピーターや子供達はためらいなく人を殺す。罪悪感は一切ない。ただワクワクするだけである。これも「子供像の押しつけ」という意味では一種の「教科書」なのであるが、僕にはなんとも役立ったものだ。「陽気で無邪気で非情」というのは、「子供の特徴」というよりは、「何も考えていない」である。
『ピーターとウェンディ』に描かれる子供は、「まっしろ」なのである。だから非情(無慈悲とも訳される)であり、残酷な行為に平気で手を染める。普通なら、そこに「記憶(学習)」が書き込まれていくことによって、少しずつ人格が形成されていく。「やってはいけないこと」「やったほうがいいこと」を知っていく。
 そのように人は成長(grow up)する。「ものを考える」ようになる。「ものを考える」というのは、「何かを記憶(学習)し、それを別の機会に利用する」ことが基盤にある。
「同じものに二度出会う」からこそ、「学習」は成り立つ。ところがピーターは、何をしてもすぐに忘れ、だから「同じことを二度経験する」ことが、ほとんどないのである。ゆえにピーターは永遠に「子供」というわけだ。
 このままピーター・パン論に突入してしまいそうだが、我慢する。あと一言だけ。
 バリの描く「子供」とは、「0」あるいはせいぜいが「1」という状態を指していて、「2」あるいはそれよりも大きな数ではない。小説冒頭の「two is the beginning of the end」というのはそういうことだと僕は考えている。


 まっしろな子供時代から少しずつ青春の青に染まっていく……なんて言葉もあったけど(『水色時代』)、子供時代は「まっしろ」であって、そこから少しずつ人格ができあがっていく。それはたぶん事実だと思う。そういうグラデーションを考えたとき、白っぽい段階のことを子供と呼ぶ、というのはわかりやすいが、最初に書いたようにさかいめはない。どこからが「大人」ということは、ない。
 そういうものだとすると、やはり「子供の感性」「大人の感性」というものは、なかろうと思える。人間というものは、まっしろな状態で生まれて、だんだんと濃くなっていく。便宜上、「だいたいこのくらい濃くなってきたものを大人と呼ぼう」という約束事が、社会にあるというだけのことだ。
 そしてまた、「濃ければ素敵」ということもない。「薄ければ良い」ということもない。濃さ、薄さという話ではなくて、「素敵か、そうでないか」のほうを、より注意すべきだと思うのである。

 そこには、「子供像」も何もない。ただ、人間がそこにいて、素敵であるかどうか、ということが常に問われ続けるだけだ。現状に応じて、周りの人は「よりみんなで素敵になれる」ための接し方を、調整するというだけの話だ。
『すてきなこども』という絵本の中に、「こどもはすてき」というイデオロギー(!)が隠されているのだとしたら、「それは違うぜ!」と僕は主張するものである。「こども」と「すてき」は、べつべつのこと。

 たとえば、みなさん(誰だ?)の大好きな『星の王子さま』という本の中には、かなりそういう側面が色濃くあって、僕はあんまり好きではないのだ。『銀河鉄道の夜』には、そういう区別がないように見える。

2017.10.24(火) 大人から見た子どもと、子供(序)

 大人の牛耳るこの世界では、「子供」には二種類ある。
 大人から見た子供と、子供。
 というふうにここでは、とりあえず分けてみる。


 大人から見た子供は、どこにいるのか。そこかしこにいる。
 よいこの顔をしていたり、わるい子の顔をしていたりする。
 では、子供はどこにいるのか。
 そこにいる。
 誰からも見られていない。
 見ているのは、子供だけ。
 あるいは大人だって、見ているんだけど、見えていない。そういう子供。
 それは、いたずらっことか、うそつきっていうことだけではない。
 大人は、大人になると、子供を子供として見られなくなる。
 子供を「大人から見た子ども」としてしか、見られなくなるのだ。
 だから「子供」のことは、彼らには見えない。

 子供からは、子供が見えているのか?
 見えている。
 しかし、それを語る言葉を子供たちは持っていない。
 ゆえに語られることはない。
 しかしときおり、絵本の中に登場する。
 しかしときおり、児童書の中に登場する。
 しかしときおり、まんがの中に登場する。


「大人から見た子ども」あるいは「親から見た子ども」。
 それは、『星の王子さま』とかの中にいる。
 あるいは、『アイスクリームが溶けてしまう前に』の中にいる。
 でも、子供は実はそこにはいない。


 子供はここにいる。あるいは、そこにいる。
 パーマンがそこにいるように。


「子どもだまし」をするのは、いつだって大人だ。
 子供は容易に、それにだまされる。
 だまされるのを、楽しんでいる。
 それが役目だと、割りきってもいる。
 だってそれは、大人と遊ぶ唯一の方法だから。


「あんなのは、子どもだましだよね」と言うのも、いつも大人だ。
 子供は、そんなことはどうでもいい。
 用意されているものは、与えられるものは、子どもだましだろうがそうでなかろうが、「大人から見た子ども」として、受け取る。
 ただそれだけのことなんじゃないだろうか。
 子供はただひたすら、子供である。
 ときおり、「大人から見た子ども」として、扱われてしまう。
 みんなはそれを、うまくやりすごす。
 ほんとうに、うまくやりすごす。
 大人たちと、適当に遊びながら。そのことにちゃんと、感謝しながら。


 でも子供は、ちゃんと別の場所にもいる。
 子供として生きる。
 そうでなくてはならないのだ。
 それなのに、なんでかね、わけのわからない社会の教科書を、「絵本」とかいう名目で、押しつけられるのは。
 それが絵本だろうが、社会の教科書だろうが、子供にとっては関係ないのに。
 大人たちは、「これは絵本だから、安心して楽しんでね」と言う。
 子供たちは、それが本当は社会の教科書であることを勘付いているのだけれども、「大人から見た子ども」としての役割をまっとうするために、それを「絵本」として受け取ってあげる。
 そして、楽しむ。だって楽しいのだ。
 それが大人と遊ぶ、唯一の方法だから。


 そうやって子供たちは嘘を覚えていく。
 一つの嘘を大切にすることの味をしめていく。
 世の中の渡り方を覚えていく。
 社会の教科書を「絵本」と呼ぶことに慣れていく。
 社会の教科書を「絵本」と呼べるようになるころ、その子供は大人になっている。
 つまり、子供のことが「大人から見た子ども」に見えるようになっているのだ。
 その区別がつかなくなっているのだ。
 そうしたらもうさようならだ。
 せいぜい「絵本」を大切に。


 僕は、ごく個人的にいえば、本当の絵本を読める人たちの国に住みたい。

2017.10.23(月) 選挙について

 一つのことに集中すると、その周りは見えなくなる。
 少なくとも、他のことができにくくなる。
「選挙」ということに集中すると、それ以外のことが見えなくなる。できにくくなる。


 そもそも選挙というのは、ずるい。
 選挙に行く人と行かない人は絶対にいる。
 選挙は、「選挙に行く人」の意志だけが数えられる。
「選挙に行くような価値観」だけが、ふるいにかけられて残っている。
「選挙に行かないような価値観」は、反映されない。
 だから選挙では、「選挙に行くような価値観」に支持されるような人たちが、勝ちやすくなっている。

 とても不公平だと思う。
 でも、その不公平さに文句を言う「筋合い」は、「選挙に行かないような価値観」の人には、持たされてないらしい。
 だから「選挙に行かないような価値観」の人たちは、だいたい静かにしている。


 憲法改正の国民投票は、法律上、「有効投票数の過半数」の得票で可決されるらしい。
 つまり「選挙に行かないような価値観」は、反映されない。

「選挙に行かないような価値観」が世の中にはっきりと反映されるためには、少なくとも「有権者」の過半数、できれば三分の二くらいの人たちが、その価値観を行動で表明する必要があるのだと思う。
 つまり、「投票率」なるものが五〇パーセント未満、できれば三〇パーセントくらいまで下がれば、さすがに反映されるのではないか、というところだ。
「選挙に行かないような価値観」が世の中に反映されるには、そのくらい頑張らなければならない。
 がんばって、投票に行かないようにしなければならない。それを多数派にせねばならない。
「したくないことはしない」という意志を、明確にあらわす必要がある。
「選挙に行かないような価値観」の人たちは、ひょっとしたらいつか来るかもしれないその時を、家でお茶とか飲みながら、のんびりと待っているのである。


 もしも、できるだけ現行制度を残したままで、「選挙に行かないような価値観」を反映させるのだとしたら、両議院の議席数のうち、「投票しなかった人たち」の割合のぶん、空席にすればどうだろう。
 投票率が六〇パーセントで、議席をかりに四〇〇としたら、一六〇席は空席になる。
 すると、残り二四〇席のうち与党がかりに三分の二を占めたとしても、一六〇議席ほどだから、全体(四〇〇議席)の半分にも及ばないことになる。
 これでは、憲法改正の発議は難しい。発議のためには、「投票率×改正勢力」が三分の二を超えなければならない。改正勢力がかりに全議員の八〇パーセントであっても、同時に投票率が八五パーセントくらいなければならない。そのために「選挙に行きましょう!」と与党(ないし改正勢力)は、国民に呼びかけまくらなければならない。

「民主主義」と言うのなら、どちらかといえばこっちのほうが妥当なんじゃなかろうか。
 そしたら、「選挙に行かない甲斐」だって、あろうもんだ。


「選挙に行かないような価値観」の人たちは、「選挙に行くような価値観」の人たちよりは、そのぶんちょっとだけ暇(=時間的にも、精神的にも、思想信条的にも余裕がある)なのだから、「選挙」のことなんてチラ見程度で済ませ、自分にとって大切なこと、自分が美しいとか素晴らしいとか思うものごとに、情熱や力を注ぎまくっていてほしいなと、思うしだいであります。




【補足】
 こういうむちゃくちゃな提案をすると「非現実的だ」と言われてしまう。「そんなことしたら、政治はむちゃくちゃになる」「なんならどっかの国が攻めてくる」とか。それは、そうなんでしょう。だから、今のところ半分以上の人たちが選挙に行くし、僕が書いたようなことは実現されない。「行かない」価値観の人たちはとりあえず無視しておいたほうが、国全体は幸福になるのだ、という考え方がたぶんあって、アンバランスなのは承知でみんなやっている。今はそのほうが妥当なのだろう。「行かない」価値観は、おそらく今はまだ役立たない。しかしいつか、そっちのほうがみんなにとって都合良くなる日が、来るかもしれない。それは今とはぜんぜん違う仕組みになるかもしれないってことで、まるでSFのよう。その日までそういう人たちは、力をたくわえて待つ。(だったらいいよな。)

 ちなみに5年前の選挙の記事で、似たようなことはすでに指摘されておりました。
 この「無効票」の人たちが、もしも一斉に「棄権」へと転じたら? そんなことはまだきっとないのでしょうが、いつか来ないとは限らない。

「きれいだ」ってのと「美しい」はぜんぜん違う。

 朝ってのはふしぎだ。昼でもないし夜でもないような、そのどちらでもあるような。
 夜を完全に追い出したら、もう美しくないってことかも。早朝が美しいのは、静かだからっていう気がするもの。

 朝のけしきが美しかったら、それは夜ってことになるのかなあ?

2017.10.19(木) 夜=孤独=美しさ

 19日の真夜中である。3:36。この時間まで僕は何もできていない。掃除や洗濯はしたし料理だって作った。しかしそれはもちろんのこと逃避である。どちらかといえば良い逃避だが、もう眠れないというほど眠ったのちの苦肉の策としての家事である。
 怠けて惰眠を貪っていたというわけではない。風邪を引いて苦しんでいたのだ。数日苦しんで良くならないので諦めてガスストーブを入れた。こないだ仕舞ったばかりの気がする。それであったかい部屋で本とか読んでたらちょっと元気になって、22時くらいから活動している。
 やらねばならないことは無限にあるができない。苦しいと詩を書いて紛らわせてしまう。いつの間にかそういうことが気持ちよくなってしまっている。詩は便利だ。わけのわからない気持ちをすべて詩情という都合の良い言葉で表現できてしまう。それでそのままを封じ込める。窓も開けずに月が見える。
 孤独の美しさを噛みしめる。孤独とは夜である。昼に孤独はない。そのくらい太陽は僕らに心強い。太陽が神様だとすれば、昼はいつでも神様がそばにいる。雨や曇りは、これはもう夜と言っていい。太陽を隠しているのだから。だけど夜には夜で、じつは神様がほかにいる。それは月や星だが、これは天気と関係がない。目に見える月や星は、すべてまやかしなのだ。食べられない。サンプル品にすぎない。本当にその時が夜ならばつねに月や星は僕らのそばにいるのである。
 孤独なとき、部屋を閉め切って電気を消して、太陽の光が一切さしこまないようなとき、毛布にくるまったり体育座りする僕らのまわりに月や星は輝くのであります。
 つまり僕たちの人生には絶対にいつも太陽かあるいは月や星がいるのであって、神様の種類が違うだけなのでございます。
 ……なんてことを書いているとここだけ読んだ人には気の狂った者だと思われてしまうのでもうちょっと冷静ぶったことも書いておこう。以上は詩。
 幼い頃、長兄がぽろりと「夜は世の中の音の総量が少なくなるから」みたいなことを言った。その時、うわあ、そういう考え方があるんだ! と感動したのを覚えている。そして、それからずいぶん時が経っても確かにそうだと思える。夜は音が減る。
 だから、僕が思うに、音と太陽は似ている。音と光。
 夜にドンドコ騒ぐのは、本当は昼を恋しがっているんじゃないだろうか。
 そういうわけで僕は静かな夜が好き。森の中に何もないような。

 美しさということを考えていると、どうしても無に近づいていく。

 昼や太陽は美しさとはずいぶん無縁なところにある。不思議なことだがそうなのだ。僕があまり好きではない『星の王子さま』という作品に「大切なものは目に見えない」という有名なフレーズがあるがそれはその通り。当たり前のことである。目に見えるものはすべて光。昼のもの。太陽から生まれる。それは生命の源であり、世界そのものではあっても、美しさではない。
 美しさは必ず闇の中にある。夜にある。孤独の内にある。
 適当に思いつくことを適当に書いておりますが今たしかにそう思う。
 炎が美しいのは暗闇の中なのだ。
 夜の中にも昼はあるし、昼の中にも夜はある。
 夜の中の昼は夜をより美しくさせる。昼の中の夜はそのままでさりげなく美しい。
 光のない空間。
 音のない時間。
 そういう瞬間は、昼夜問わずやってくる。
 そのときは例外なく孤独である。
 たとえ誰かが隣にいても。

(そのときがいかに幸せでも。いや、幸せであればこそ。)

2017.10.12(木) かしこくなりたい

 若い(16歳くらいの)人が「かしこくなりたい」とインターネットに書いていた。
 そうだった。僕もかしこくなりたかった。
 そのことをはっきりと自覚して、そうなるための行動を本格的に始めたのは、2001年の1月2日だったらしい。その時の日記が残っているのでわかる。その日からどうも、「ぼくすききらいいわずになんでもたべる」といった気分になっていたようだ。
 実際、このあたりから日記の様子が少しずつ変わり、2001年の3月くらいから、「それ」が板についていく(と、思う)。
 16歳だった。

 かしこくなるために僕が何をやったかというと、とにかく何でも「知る」ことだった。「見て、聞いて、味わう」ことだった。
 その手段は何でもよかった。文学や漫画や音楽や映画や芝居や一人旅が主だった。今思えば、「書く」ことや「人と関わる」こともその一環だったし、学校の授業もその一部ではあった。
(ただ当時は、「勉強している暇があったら漫画を読みたいし、読むべきだ」と強く思っていたけど。)
 もちろん、その内容は片っ端から忘れていった。そのことに焦りはあった。しかし、「忘れてもいい」と自分に言い聞かせた。「覚えている」ために躍起になることは、なんだか妙なように思えたのだ。

 記憶には、「形として残る記憶」と、「形を失ってどこかにしみこんでいく記憶」がある。たぶん。
 どちらも大切だけど、前者ばかりだとなんだかイヤだし、それは僕は得意ではないな、と思っていた。
 大好きな本で、その内容を言えと言われたら何も答えられないけど、とにかくかつて僕はその本からとても前向きで素敵なものを受け取っていて、今の自分がこうあることに大きく貢献してくれている、そんな本は、けっこうたくさんある。子どものうちに読んだ本なんて、多くはそういうものなんじゃないだろうか。
 とけて、しみこんでいくのだ。
 覚えているかどうかは問題ではない。

「形として残る記憶」は、間違っているかもしれない。間違ったことを覚えているよりも、忘れてしまったほうがいい。それよりも、「いま正しいこと」をその場で考え出せるほうがいい。
 僕はそのように考えたのかも知れない。
 もちろん、知識が不要だと言っているのではなくて。それを「覚える」のは最低限でもいいから、もっと大切なことを、そこから学ぼう、ということだ。

 これまでに食べたパンの枚数を覚えてなくても、そのパンが自分の身体を作ってくれていることは間違いない。そのパンのおかげで、自分はあって、生きていられる。
 どのパンが美味しかったか、ということは忘れてしまっても、「パンのおいしさを知っている人」にはなれる。

 これまでに読んだ本の冊数を覚えてなくても、その本が自分の心を作ってくれていることは間違いない。その本のおかげで、自分はあって、生きていられる。
 どの本が素敵だったか、ということは忘れてしまっても、「本のすてきさを知っている人」にはなれるのだ。

 何もかもを忘れてしまっても、それは自分の一部になるのだから、無駄じゃない。そう自分に言い聞かせて、いろんなものを見聞きしては、片っ端から忘れていった。

 で、いつの間にかかしこくなっていた。


「かしこい」という言葉を使っているが、実際にかしこくなってみると、自分が求めていた「かしこさ」というのは、「すてきなかしこさ」だし、「かしこくていいやつであること」だ、ということがわかった。知識が豊富だったり、思考力が優れていたりすることよりも、そういったことがたとえ中途半端なものでしかなくても、それを素敵なふうに使えることのほうが、自分にとっては大事なんだということが。
 素敵でいいやつになるために、いろんな方法があるとして、そのなかで自分に向いたやり方が、「かしこくなること」だったのだ。
 ほかにも無数にやり方はあって、人それぞれに向き不向きがある。僕は漫画を読んだけど、漫画を読まなくたっていいやつにはなれる。かしこくもなれる。
 たぶん、「何を自分の一部にしていくか」ということが大切なんだ。「何を」ということだけで足りなければ、「どんなふうに」と加えてもいい。
 生きていく中で、自分が素敵だと思えるものを、たくさん「素敵だ」と思って、そして、忘れていく。いつの間にかその素敵さは、自分の心の中にある。
 なまじ覚えていると、応用がきかなくなりやすいけれども、忘れてしまえば、曖昧な記憶をたよりに、その都度自分で考えることになって、それで訓練されていく。「たしか、こっちだったよな?」と探り探り、素敵なほうへ進んでいく。

「かしこくなりたい」と願う若い人たちはいまだ多いようだし、自分もかつてそうだった。かしこいということは素敵であるということだ、ということさえわかっていれば、あとは素敵なものに出会い続けるだけである。そうすればいつの間にか、素敵でいいやつになっていて、かしこさも必ずそこにある。
 本が好きならば読めばいいし、セーターを編むのが好きならばそうすればいい。というだけのことだと。

2017.10.10(火) 歌は心

 テレビ朝日の「しくじり先生」が終わって、新たに歌のコンテスト番組が始まった。録画されていたので見た。
 参加者が歌を歌う。審査員が審査する。それだけの番組である。審査員は、カラオケ採点ロボットと、歌のプロ4人。ロボットが100点、審査員一人ずつがそれぞれ25点の点を持ち、200点満点で優勝を競う。
 ロボットは当然、音程とかビブラートとか、そういうところで評価する。メイジェイさんとかさくらまやさんとかが得意なアレである。
 ところが、歌のプロである審査員たち(本業はボイストレーナーとか)は、そういう小手先のところだけでは審査しない。表現力とか、その歌を通して何を伝えたいのか、とか、「聴き手」への影響力がちゃんと伴っていなくては、評価されない。
 コンテストは予選と決勝に分かれており、予選を勝ち抜いた2名が、一週間後の決勝に臨む。
 その一週間、トレーナーがそれぞれついて、練習に励む。その風景も放送された。「性格と生き様が全部歌に出る」と先生は断言する。さらに、「心に問題がある」「自分を愛せてない 自信がない」そういった部分が、歌の邪魔をしている、と言われたそうなのである。
 そういうことを、ちゃんと提示してくれる番組があるのは、かなり健全だと思う。

 番組自体は、昔やっていた「マネーの虎」にかなり似ていて、審査員たちの辛口な批評を楽しむことが主眼のようだが、その言葉は例の「虎」たちと同じように(おそらくはそれ以上に)正論である。見ていて素直に「なるほどなー」「確かになー」と思う。
 さくらまやさん(僕はデビュー曲『大漁まつり』からの大ファンである)が、歌詞の内容をちっとも理解せずに歌っていることを看破されたシーンは特に印象的だった。小手先の技術でコーティングしても、本質のずさんさはすぐバレるのだ。
 僕もカラオケに行くのですが(この言い回しは、「僕もギターを弾くのですが」のパクりです)、なーんか、いろいろ考えてしまった。世の中にはカラオケに行くような人が多いので、なーんか、いろいろ考えてしまうのではないだろうか。

 kannivalismやバロックというバンドが僕は好きで、この人たちの曲をカラオケで歌うときなんかは、本当に心で歌っているような気分になる。もちろんそれも「自分が気持ちよくなるために歌っている」の類いにはなるんだろうけど、どっかで誰かのために歌えたらいいな、という気持ちにはなっていると思う。

 9月30日にAmikaさんのライブに行って、「歌」が本当に極限まで力を持つ瞬間、みたいなのを目の当たりにした。これが一人の人間から発せられているものなんだから、ほんとにすごい。(もちろん、演奏家の力だってあるんだろうけども。)


 で、このことはやっぱり「歌」だけに限らなくて、なんだってそうだと思うんですね。ありきたりなまとめ方だけど。文章だってそうだし。自分の生業に引きつけるなら、授業だってお店だって、なんだって。
 なんだって、性格や生き様が全部出るのだ。

2017.10.09(月) 純粋な声援

「お客さん。甲府へ行つたら、わるくなつたわね。」
 朝、私が机に頬杖つき、目をつぶつて、さまざまのことを考へてゐたら、私の背後で、床の間ふきながら、十五の娘さんは、しんからいまいましさうに、多少、とげとげしい口調で、さう言つた。私は、振りむきもせず、
「さうかね。わるくなつたかね。」
 娘さんは、拭き掃除の手を休めず、
「ああ、わるくなつた。この二、三日、ちつとも勉強すすまないぢやないの。あたしは毎朝、お客さんの書き散らした原稿用紙、番号順にそろへるのが、とつても、たのしい。たくさんお書きになつて居れば、うれしい。ゆうべもあたし、二階へそつと様子を見に来たの、知つてる? お客さん、ふとん頭からかぶつて、寝てたぢやないか。」
 私は、ありがたい事だと思つた。大袈裟な言ひかたをすれば、これは人間の生き抜く努力に対しての、純粋な声援である。なんの報酬も考へてゐない。私は、娘さんを、美しいと思つた。
(太宰治『富嶽百景』)

 ある高校2年生の女の子が、このHPをよく見に来てくれているようで、更新されてないとがっかりする、というか、「更新されてないな」と思って、つまんないようだ。そういう読者が一人でもいてくれるなら、もうちょっと書く気にもなる。みなさまの「純粋な声援」が、ずぼらで妙に慎重な僕を動かします。よろしくです。
 読んでなくていいので、「読んでます」とでも。ぜひ。

2017.10.07(土) 楳図かずお先生

 井の頭公園でおこなわれた「吉祥寺アニメワンダーランド2017」に行ってきました。グランドオープニングで楳図かずお先生がご出演されると聞いたので。ところで「グランド」ってなんなんでしょうね?
 オープニング自体にはさほどグランド感はなかった気がするけど、 楳図先生はまちがいなくグランドだった。81歳にして、小走りでステージに登場し、終始明るく元気に、ユーモアたっぷりにお話ししていた。言葉も聴き取りやすくて、いわゆる老人らしいところはない。
 僕は、「この人みたいになりたい」とか「この人を目標にがんばる」というような(求心的な!)考え方は、ほとんどまったくしない。(尊敬する人は無数にいる。)でも、楳図先生だけは、そういう存在かもしれない。あんなに背筋の伸びた、素敵な人でいられたらいいなあ。
 ほんの10分くらいだったけど、楳図先生の繰り出すギャグやジョークに笑いっぱなしだった。漫画はもうしばらく描いてないけど、楳図先生は生きているだけで漫画以上にすばらしいものを日々、生み出し続けているのだと思う。ある人は「神様に一番近い人」という表現をしていたけど、まったくほんとにそうだ。
 神様になりたいわけではもちろんないけど、楳図先生が実際はほかの人と何も変わらないふつうの人である以上、どんな人だって楳図先生みたいになることはできて、実は誰でも神様のようになれるんじゃないのかな? と思うことはあって、だったら自分もそういう素敵な人になれたらそれがいいよな、と。

 ある女友達から、「ジャッキーさんてそのまま年とって楳図かずおみたいなおじいさんになりそう」と、冗談で、半ば揶揄するように、「なりたくないよ!」なんて突っ込みをでも期待するみたいに、楳図先生に敬称もつけずに(!)、言われたことがあるけど、僕は素直に「そうなれたらほんとうに嬉しい、がんばるよ」と思った。その場では「しつれいなっ。『先生』をつけなさい!」とでも言ったような気がする。

 楳図先生のことをよくしらない人は、ピンとこないかもしれないけど、僕はもちろん「年をとっても派手なかっこうをして陽気にふるまう」という姿にのみ憧れているわけではない。人格そのものに強く惹かれる。あのしなやかな優しさを自分も持ちたいと思う。あの優しいかしこさを身にまといたいと思う。すてきにすばらしい「美意識」を。それは作品のなかにくっきりと現れている。『イアラ』という長編を読んだとき、「僕はこの人が本当に好きだ」と確信した。たとえば『イアラ』にあるような優しさ、素敵さ、美しさは、楳図先生のありとある言葉や所作にも現れている。目指すならばそういう人を目指したい。まねっこではなくて。だから、赤白のボーダーはまだ着ません。楳図先生が亡くなったら、一年目はいつもの白黒のボーダーを着て、翌年からは赤白も着始めるかもしれない。

2017.09.25(月) お金のこと

 りょうくん誕生日おめでとう。こないだ夢で君の生きているところを見た。もし本当に生きているなら連絡ください。


 すずしい顔をしているが仕事をひとつやめたため収入が半分になっている。その代わり時間はできたのでよく寝ている。さすがに最近そろそろもうちょっと起きていたほうがいいような気がしてきた。
 お金はじりじりと減っていく。お店を開いておいてなんだが、僕はお金をつくることが苦手である。
 ところが先日うれしいお客がきた。差し向かいでしばらくお話をした。よい時間だった。
 その方は僕がインターネットに書いた文章を読んで、「ぜったいにいかねば」という気分になって、きてくださったそうである。
 ということは、僕の文章がお金を産んだ、ということでもある。間接的に。
 このホームページをはじめ、僕がインターネットに書くものはお金を産まない。一銭にもならない。友達にも呆れられる。
 けれども、それを読んでお店にやってくる人がいるということは、それが一応お金になっているということである。それはひょっとしたら、ひと記事いくらで読んでもらうことよりも、嬉しくてしかも健全なことかもしれない。

 ……25日の昼にここまで書いて、時間がなくて止めておいたら、その夜(つまり25日の夜、じつは今は26日です)にも、「サイトの文章に共鳴して」という方が来てくださった。
 とても長い目で見れば、もしも僕が文章を書いてなかったら、またサイトを続けてこなかったら、いま友達ではなかったり、お客として来てくれてはいない人は、けっこうたくさんいるはずだ。だから、このホームページは実のところ、たくさんの友達を連れてきてくれたし、かれらとの間をつないでいてくれたし、また、わずかながら「お金」にもなっているのだ。風が吹けば桶屋が儲かる、というくらいには。
「一銭にもならないのに」というのは、誰かから言われなくても自分がいちばん思っていることだが、しかしそれは本当のところは違うのである。僕はこのホームページとかの文章で、かなりたくさんのよいことを得ている。記事ごとに賛否や善し悪しはあったとしても。

 ここに書いていることは、内容の面白さというより、「僕」という人の様子が伝わればそれでいいんだと思う。
 それで、こういう僕がつくって、みずから立っているお店が今はあるので、興味のある人は来てくださるとうれしい。ここにある文章は、たぶんいつまでも無料だから。

2017.09.16(土) CUTE 可愛くたっていいじゃない

 むかし友達が、「かわいくあろうとしている」ということを言っていた。その人は当時もう30代半ばか、むしろ40歳に近い男性だった。でも、たしかにその人はかわいい人だった。彼は、かわいくあろうとして、その通りにかわいくあった人だった。
 まだ二十歳そこそこだった僕には、その言葉があんまりピンとこなかった。
 今になって僕は、彼の言葉に「うんうん」と思えるが、当時は、よくわからなかったのだ。
 だからこれから書くことは、けっこう多くの人にとって、「は? 何言ってんの?」と思われるようなことかもしれない。「意味わかんない」かもしれない。「うーん」かもしれない。わからないけれども、とにかく思ってしまったのでそのことを書きます。

 今日、初めて会う人とお茶していて、ある瞬間に「あれ?」とふと我に返った。「今、自分はかわいかったぞ」と思って、ちょっと照れた。
 そのとき、向かいに座っていた相手が、「かわいい」と思ったかどうかは、知らない。たぶん思っていないだろう。でもなんか、自分は自分で自分のことを、「あ、いまちょっとかわいかったな」と思った。
 それから、ちょっとテレながら、「かわいくない人よりも、かわいい人のほうがよい」という真理に思い当たり、なんだ、それならこれは、よいことだ。と考えた。
 ただ、自分で自分のことを「かわいい」と思っている人間というのは、どうなのだろう。世間ではそれを「ぶりっこ」などと言って、きらうのではなかったか。いやあ、嫌われたくないなあ。
 そこで、ちょっと考え込んだ。(ほんの短い時間であったが。)

 対面に渡る横断歩道を左手に眺めながら、地下鉄の出入り口に向かっていく途中で、ひとまずわかった。
 何かを「かわいい」と感じる気持ちがあるのなら、それが自分自身に向くことは、不自然なことではない。なんなら当たり前のことだ。
「かわいい」と感じるのは、美意識である。
 美意識が、自分を「そうだ」と肯定する、自分の在り方を、積極的に許す。「自分で自分のことをかわいいと思うとき」というのは、そういうときなのかもしれない。
 美意識が、自分を包み込んで、ひとつになる。
 それはさっき、素敵なお店の内装や調度品を見わたして、「ああ、ここに僕は永遠に座っていられる」とかっこつけて考えていたときの気持ちと、だいたい同じだ。お店と、そこにいる自分と、自分の美意識とが、すべて渾然一体となったような、気分。
 そんなふうに、何かを「かわいい」と思える自分自身と、僕は永遠にともに行くのだ。それは非常に、心強いことである。

 問題は、その「かわいさ」というものが、どういうふうなかわいさなのか、ということ。
 僕が、自分自身を「かわいい」と思った、そのときの「かわいさ」は、果たして、ほかの人から見ても「かわいい」もんなんだろうか。
 そんなもん、知らんが、でも、そうだとよい。
 そのことを確かめたくて、人は「かわいい」とつぶやくのだろう。自分の信じる、この「かわいさ」は、ほんとうに「かわいい」んだ、と、確信を持つために、僕たちは「わー、これかわいい」とかみたいなことを、言い合うのだろう。喫茶店とかで。
 なんかすごい「女子力」の高そうな文章である。

 自分の美意識は、他人にとってはどうなのか。それを確かめるために、僕たちはいろいろ本を読んだり、かわいいものをかわいいと言ったり、自分をかわいくしてみたりする。
「かわいい」の共有できる友達と、仲良くする。
 そうやって美意識を育んでいく。
 自分で「かわいい」と思える自分として、友達とふれあって、楽しくて、その友達ともっと仲良くなれたら、その「かわいさ」は、きっと正しい。正統派の「かわいい」である。たぶん。

 自分で自分を「かわいい」と思うとき、とは、自分の美意識が自分を「これだ」と指さした瞬間である。それをいやだと思わず、むしろ心地良いと感じてくれる人がいるならば、それはとてもよい友達である、はず。
 できることなら、ずっと「かわいい」ようすでありたい。そのときにそばにいてくれる人は、きっとすてきな友達だ。そして、そのようすが自然になって、いつでもそのようでいられるならば、それをこそ幸せな状態と言うのでは、なかろうか。


 そう考えていくと、僕はけっこう、これまで生きてきて、「かわいい」ということを、あまり積極的に自分に許してはこなかったんじゃないか、と思えてくる。
 もっと、かわいくてもいいんじゃないか。もっともっと、かわいい瞬間を増やして、いいんじゃないか。んで、そのときに、「あ、今の自分はかわいい」と、思っちゃったって、べつになんにも悪くなんか、ないんじゃない?
 僕はたぶん、同年代の男性と比べれば、わりとかわいい瞬間の多い人間だと思うんだけど、それでも、なんか、自分で自分のことを「かわいい」と思うことは、あんまりよくないことなんだ、というわけのわからないブレーキが、かかってたような気がする。
 でもべつに、それがうそってわけじゃないんなら、何の問題もないんじゃん、って、今は思う。

 それは、女子校の先生っていうのを二年半くらいやって、わかった。
 いちばん生徒たちとうまくやれるのは、自然な自分でいるとき。自分が好きだと思えるような、自分でいるとき。そのことは、すぐにわかった。
 だけど、「自然」と言ったって、いろんな「自然」があって、たとえば高校の同級生たちと「自然に」話すときの僕と、教室で生徒たちと「自然に」話すときの僕とでは、やや違う。(違わないほうだとは自分でも思うけど。)
 高校の同級生だったら、多少はかっこつけるけれども、生徒たちの前では、かっこつけない。つけるとしたら、「かわいつける」のほうがしていたかもしれない。
 それは、生徒たちに媚びてたっていうよりは、「ああ、女子校っていいなあ。僕がかわいくしてても、許してくれるんだもん」っていう感覚だった。もちろん、むりやりかわいこぶってるわけでは全然なくて。「やべ、いま僕ちょっとかわいかったぞ」と思うようなときでも、自然に受け容れて、笑ってくれるのが、ありがたかった。「かわいいかよ!」とか言って。
 それはぜんぜん、うそじゃなかったんだよね。自分にはたくさんのかわいいところがあって、そこがみんなの前だと、思わず出ちゃう、というような感じ。ぽろっと。
 かわいくなっちゃう瞬間って、ちょっと恥ずかしいんだけど、それを(苦笑まじりとはいえ)受け容れてもらえると、「あーよかった」って、ほっとする。「ここには、僕がちょっとかわいくしてしまったからって、ばかにしたり、ひどいことを言う人はいない」と。
 もしも、「へっ、かわいいとでも思ってんのかよ、このブス!」なんてことを言う人がいたら、僕は立ち直れない……というわけでもないけど、「うわあ、ここはこんなにこわいところだったのか」と、それ以降、かわいくすることをやめてしまうだろう。(そんな人、どこ行ったってまずいないだろうとは思いますけれども。でも、いるんですよ、絶対。)
 僕がけっこう、かわいい状態でいられたとしたら、それを受け容れてくれたみんなのおかげ、なのですよ。ほんとうにありがとう。

 ところで、「ブス」って言葉、最近じゃ男女問わず使われるみたいですけど、むかしって「ブス」といえば女性のことを指すのではございませんでした? 男性には「ブサイク」だったような。こういうところでも男女同権(?)てきなことが、進行しているのでしょうかね。
 あるいは僕が、特殊な世界にいただけなのかな。

 そう、男性であれ女性であれ、どんな性自認のひとであれ、「かわいいとでも思ってんのかよ!」みたいな言葉を、視線を、浴びてしまえば、その人は「かわいい」をやめてしまうんじゃないか。
 僕も男性として生まれて、育って、生きてきて、「かわいい」という言葉から、できるだけ遠ざかるように、という無言の要請を、(かなり勝手に)感じていたはずである。でもそれは、たぶん無用なこと。かわいくて悪いことなど、あァる、もンかァ!


 帰り際、向こう岸のホームに立っているはずの彼女のことを、電車の窓から探してみた。こちらが気づくのとだいたい同じくらいに、向こうもわかってくれて、僕はバイバイと手を振った。
「かわいい」というのは、向こう岸のホームに立っている友達の姿を探すこととか、見つけたら手を振るようなことのなかにあって、その目線だとか、身振りに宿る。そうだとしたら、「かわいい」というのは仲が良いとか楽しいとか、嬉しいとかいったことたちと、ものすごく関係が深い。だからべつに、いくらかわいくたっていいんじゃないかな。

2017.08.31(木) ぼくたちの近代史

 永遠に、9月1日なんて来なければいい。
 学校が始まる、ということは、「制度」が再スタートするってことで、学校的な時間の中に、また取りこまれると言うことだ。
 学校的な時間。「時間割」。我らが社会の偉大なる時計(great clocks of our society)。
 僕はずっと、「割り算は邪悪」ということを言っている。
 もちろん冗談も含まれているが、けっこう本気で
 割る、というのは、分ける、というのとはちょっと違う。
 割る、というからには、「均等に」というニュアンスが含まれる。しかも、「物理的、数量的に、均等に」。
 三人のきょうだいがいたとして、三人がひとつのりんごを、三等分して食べる。そのような様子を、僕は良いと思わない。
 ひとりひとりの事情をすべて無視して、均等に割る。物理的に。数量的に。


「時間割」というものは、時間を割るのである。
 物理的、数量的に、均等に。
 学校というのは、そういうところだ。あらゆるものを、割ってしまう。
 割ろうとするから、「割り切れない」ということがでてくる。しかし本当は、世の中に割り切れるものなど、そんなにない。
 それでも、学校は「割る」。

 学校は「分ける」という考え方をあんまりしない。「割る」だけだ。
「分ける」という言葉には柔軟性があって、均等に分けてもいいし、均等でなくてもいい。

 そういえば近年、「シェア」という言葉がふつうに使われているが、これは「分ける」というより、意外と「割る」に近いのだと思う。
 物理的、数量的に、均等に。そうなっている。そんな気がする。
「シェアしましょう」と言うとき、「均等に分けましょう」という意味で、多くの人はとらえる。
「わかちあたえよ、わかちあたえよ」と唱える人たち(筒井康隆『美藝公』参照)が、たくさんいるから、「わかちあたえますよ、わけあいましょうね」というふうに、平等がめざされる。
「自分ばっか、ずるいぞ」という気持ちが、「シェア」という言葉を育てた、のではないかと、僕は思っている。「フェア」と語幹が似ているのも、その一因なのでは? 考えすぎかな。
 平等については僕はいろいろ書いているので、暇なひとは過去ログの検索欄で「平等」とでも打ってみてください。端緒となったのはこれだと思うので、これ以降の日付だったら似たようなことを言っているはず。


 僕は、「シェア」よりも、「ちょっとあげる」とか「一口ちょうだい」とか、「みんなでつつこう」のほうが好きである。
 均等な場所に、バランスは存在しない。
 ただ止まっているだけだ。

 シーソーは、つり合って静止することをめざす遊具ではない。楽しいのは「ぎっこん、ばったん」だし、前後に動いていろんなバランスを試してみたり、その上を歩いてみたり、きゅうに飛び降りてみたりするのが、醍醐味であったりする。(よいこはまねしない!)
 いっぱいのこどもたちがみんなで乗っかってみたりね。
 それでなんか、五人とか六人とか乗ってんのに奇蹟的に一瞬だけ、シーソーが水平になって止まっちゃうような瞬間があって、「おー、すげえー」なんていって。
 バランスっていうのは、つりあっていないはずのところに、りくつをこえて一時的に誕生する奇蹟のことを言う、のだと思う。
 だから「美意識はバランス感覚」(by楳図かずお先生)とも言われる。美というのは、よく整理されたところにではなくて、むしろ渾沌の中にあるもんなんじゃないか。ミロのヴィーナスや磐梯山は美しいのである。


 9月1日というのは、「ぎっこん、ばったん」や「おー、すげえー」の世界から、「今日の掃除当番は6班です」とか「4対3でBチームの勝ち!」とかって世界へ、子どもたちを連れていく。
「1時間目は算数です」「カレーはおたま1ぱいぶん」「紙粘土を配りますので動物をつくりなさい」そんなことの延長が、たいていの場合、死ぬまで続く。
 カップに入ったプリンがひとつの机にひとつずつ置かれる。同じプラスティックのスプーンが、一本ずつ配られる。
 それは別に、楽しい。それが当たり前になってきて、べつの楽しさなんかどうでもよくなってきたら、「割り算」の世界の住人になる。

「時間割」の世界。「時給」の世界。「年金」の世界。

 あらゆる四則演算は、「さいごの割り算」のために、活用される。
 もちろん、その「割り算」をする権限を持った人たちは、こっそりと自分の分け前を多めにしている。
「割る」という行為は常に、「AがBを割る」という具合に、主語と目的語が必要になる。割る側と、割られる側が出てくる。
 そういうこともあって、割り算は公平なようでいて、不公平をつくりやすい。


 そういえば、いま僕が書いているような、連綿と続く文字の流れは、割り算とはあんまり関係がない。
 割り算と、長い文章は仲が悪い。
「割ろうとするから、割り切れない」とさっき書いたけど、そうなんだ。べつに割る必要なんてない。だけど、「割り算派」の人たちは、必死になって長い文章を割ろうとがんばる。
 割ろうとしなければ、長い文章は永遠に平和に暮らせるのに、そこにむりやりノコギリを入れようとする人たちがいる。
 ツイッターや短歌が流行って、文学部は解体される。

 ジャンルは細分化されていき、そのすべてが一様に尊重される。
 割り算の世界。
 多様であればあるほど、豊かだとされる。
 本当にそうか? その「多様」というのは、根っこから生えてきたものたちの集まりではなくて、大きな花の花びらを一枚ずつちぎり取っただけのものなんじゃないの?


 9月1日というのは、散らばっていた自由分子が、また一つの箱におさめられ、均等に並べられる日である。教室に机と椅子が並んで、その距離は等間隔がよいとされる。
 その教室だって、子どもたちを年齢で割り、学校で割り、学年で割り、クラスで割ったものである。性別や成績で割る場合もある。
「子どもたち」は何度も何度も割り算されて、その机に座る。
 分類される、と言ってもいい。高校なんかはまさにそうだ。

 だから僕は、永遠にそんな日はこなくていいと思うし、8月31日のカレンダーをめくったら「9月0日」が出てくるようなことに、心底ワクワクするのである。
 0は割り算を拒絶するから。


(参考文献:岡田淳『扉のむこうの物語』、さとうまきこ『9月0日 大冒険』)




 ところで現在、9月12日です。そんなことが増えていて申し訳ない。本当は毎日書きたいのです。
 おととい友達に、「あんな長い文章を一銭ももらえないのに書き続けていてすごい。才能の無駄遣い」と言われました。その友達は「お金になる文章」をたくさん書いているので、僕のしていることは非効率にうつるのかも。僕には「マネタイズ」とかいうことの才覚がほんとにないので、お金になるような方向性でものなんか書けないのです。フリーライターでもあるので、依頼されたものは何でもやりますが。
 もっとも、その友達は「毎日」と言ってくれたんだけど、最近はぜんぜん毎日じゃないですね。月に数本、なんてこともザラにあります。書き始めたら数時間、キーボードから離れられないので、それなりの覚悟や準備が必要なのです。
 十代のころは、何も考えずにパソコンに向かって、サラサラと五分くらい書いて、そのままアップしてたようなこともあったけど、いつからかそれがなかなかできなくなりましたね。かつては今とはぜんぜん違う意味で「伝わる必要などない」と思っていたのでしょう。自分にしか、いや自分でさえもまったくわからないようなことを、平気で書いていました。今は、「伝わらない部分があるとしても、そこが詩になっていれば問題ない」という謎の割り切り方をしています。

 なぜ、この日記が8月31日の日付なのかというと、この日は僕にとってとても大切な日で、何も書かないわけにはいかない、と思っているからです。しかも、それなりに意味のあることを書きたいな、などと贅沢なことを思って、それで暖めているうちに、二週間近く経ってしまった、というわけ。
 なぜ8月31日が大切なのかといえば、それはこの日が、夏休みの終わりの日だから。
 それ「以上」の理由はありません。「未満」の理由はあるかもしれないけど。

 タイトルの「ぼくたちの近代史」とは、橋本治さんが1987年11月15日にした講演と、それをもとにした書籍のタイトルです。
 僕が考えていることの根本はだいたいここに語られています。
 改めて、8月31日に置いておきます。まずは講演を聴いてみてください。


 そして冒頭の言葉に戻る、というわけです。

2017.08.30(水) アニー/母をたずねて三千里

『アニー』というお芝居を観た。
 アニーといえばかつて西田彩香さんという人が主演していた作品、ということだけ知っていた。1994年のドラマ『家なき子』で、まゆみといういじめっ子を演じた人である。当時は僕も小さくて、本当にコワかったのでよく覚えている。
 赤毛のアニーという少女を、子どもが演じる。そのくらいの知識しかなかったが、誘われるままに行った。
 結論をいえば、観て良かった。おかげで、自分の好きなものはなんなのか、ということが改めて浮き彫りになったような気がする。

 11歳のアニーが両親を探すため孤児院を抜け出し、野良犬のサンディと出会って、迷い込んだ貧民窟で彼らとともに歌い、踊る――という、第一幕の冒頭20分くらい? までは、ほとんど完璧と思えるくらい素晴らしい。歌や踊り、舞台演出などはその後もずっと素晴らしいままだが、「おはなし」としては、僕はここまでが好きだ。
 抜け出す前の、アニー含む七人の孤児たちのシーンもいい。孤児院ではハニガンさんという管理人(?)みたいな人が圧政を敷いていて、孤児たちはみんな生活をつらく思っている。しかし、アニーだけが外の世界へ飛び出していくのをいやがるものは一人もおらず、むしろ応援する。ややリアリティがない気もするが、たぶん孤児たちは自分たちの「やりたいけどできないこと」を、度胸と行動力のあるアニーに託したのだろう、とでも考えれば、いい話ジャナイノ、と思える。七人で歌い踊るシーンは実によかった。

 さてそうしてみんなの想いを背負ったアニーは外に出て、大冒険の始まり! かと思いきや、このあとの展開に僕はあっけにとられてしまった。貧民窟にがさ入れ(?)が入り、すぐさまアニーは犬のサンディと引き離され、孤児院に帰されたのだ。貧民窟の人々はもう二度と出てこないし、サンディも数えるほどしか出番がなく、カーテンコールにもその姿はない。(これは、ほんものの犬を起用している以上しかたないのだろうが。) このあとアニーは大富豪のウォーバックスさんに一時的に引き取られることになり、いろいろあって(ここが物語の肝である)そのまま養子になる。
「いろいろ」というのは、主に「大人たちがラジオ番組やFBIなどを使ってアニーの両親を探す」「アニーの両親を騙る悪者たちを大人たちが撃退する」といった種類のことである。また、「ウォーバックスさんとアニーとの仲が深まる」とか「孤児たちがウォーバックス邸のパーティに招かれ、結果的に学校に行けるようになる」といった素敵なことも起きる。
 つまり、僕は最初の20分くらいを観て「アニー、孤児たち、サンディ、貧民窟の人々」が中心となる話だと思い、血湧き肉躍らせたのであったが、実のところはさにあらず、それ以降は「大富豪のウォーバックスさん」を中心とする「大人が子どものためにがんばって、悪を排除し、幸せを勝ち取る話」だったのである。
 そしてこの「幸せ」は、舞台となっている恐慌下のアメリカが、アニーによって鼓舞された(!)フランクリン大統領のニューディール政策によってふたたび返り咲く「もう一本のストーリー」と重なっている。

 まとめますと、ミュージカル『アニー』は、

1.「アニーとウォーバックスさんが仲良くなる話」
2.「孤児たちが学校に通えるようになる話」
3.「悪人が懲らしめられる話」
4.「アメリカの景気がよくなる契機を描いた話」

 といった感じの物語、らしかったのだ。
 子どもが大活躍してワクワク、という話ではないのである。知っている人にとっては今さらだろうけど……。

 上記1~4までを改めて眺めてみると、いやあ、教育的なおはなしだなあ。僕が勝手にまとめたものではあるけど、こういう要素があるのは確かだ。「親子でみにくる」理由がわかるなあ。イデオロギッシュでござるぜよ。

 ウォーバックスさんは、お金と権力をつかってアニーの両親を探す。両親には五万ドルあげます、とラジオで言う。あるいはアニーにすてきな洋服を着せたり、映画に行ったりする。金で解決なのである。別にいいんですけどね……。


 両親を探す話、といえば僕はアニメ『母をたずねて三千里』が大好きなのだが、主人公マルコは大人におんぶにだっこでなく、ひとりの力で旅をする。もちろんお金はない。だから大冒険になるのだし、だからこそ素敵な大人たちが「そのつど」力を貸してくれるのだ。サルのアメデオと旅をするのもアニーと好対照をなしている。
 アニーの両親は死んでしまっているが、マルコはお母さんに会うことができる。アニーはウォーバックスさんが新しいお父さんとなり、悪く言えば玉の輿に乗ったようなものだが、マルコのお母さんはもともとお母さんだから、親子の関係にも経済状況にもとくに変化はない。
 マルコのお母さんは病気だったけど(マルコに勇気づけられて?)手術は成功し、マルコは医者になることを決心する。マルコとお母さんは一緒にアルゼンチンからジェノバに帰国する。そして一家は、(マルコのがんばりのおかげで?)元通りみんな一緒に暮らせるようになるのである。

 これはもう、どっちが好きなのかというのは、考え方の問題なのかもしれない。「血の繋がった親子の関係よりも、そんなしがらみのないところで生まれた人間関係のほうが素敵なんだ」と取り立てて強く考える人は、『アニー』を素晴らしいお話だと思うかもしれない。「家族は嫌いだ、金があればいい」と思う人も。
 僕だって「血の繋がった家族」至上主義というわけでは、ぜんぜんない。血がいかに面倒なもんであるかというのは、わかっている。でも、僕の場合はこのあとに「だからこそ」とつくのである。
 だからこそ、のあとにはさまざまな言葉が続くが、たとえば「だからこそ、僕は『母をたずねて三千里』が好きなんだ」とかである。

 アニーのような幸せは、僕には「苦肉の策」としか思えないのだ。もちろん、その「苦肉の策」によって幸せを手にする人だって多くいるのだろうから、そういう物語をよくないと言いたくはない。
 でも、「大人の物語に子どもが巻き込まれている」という状況には、「好きじゃない」と言いたい。アニーという物語と、この物語をめぐる状況は、たぶんそうなっていて、それはちょっと、いやだなと思う。
 大人の意志と、お金が動かす物語なんだ。アニーは、せっかく外に出たのに連れ戻されるし、ウォーバックスさんやグレイスさんの意志で引き取られる。アニーは、「養子になるか」という問いにイエスと答えるだけなのだ。
 こんなお話は、ほんとうに「苦肉の策」でしかないと僕は思う。自分で選び取るのは構わないが、大人が選んで与えるようなものではないんじゃないかな、と、思う。
 子どもが自らの気持ちで、自由に生きて歌って踊るようなおはなしが、僕は好きなんだと思う。もちろん大人に関しても、動物でも、そう。


『アニー』とわりかし似ている設定のお話に『赤毛のアン』があるので、アニメ版を観てみようと思います。

2017.08.20(日) 岡林信康とタケカワユキヒデ

 前回の日記はややとち狂った感じのものだったので、平静なものを。

 19日は熱海の起雲閣で岡林信康さんの弾き語りライブ、20日はすみだストリートジャズフェスティバルでタケカワユキヒデさんのライブを聴いた。岡林(敬意をこめて敬称略)は7月で71歳になり、タケ(敬意をこめて愛称)は10月で65歳になるという。

 岡林の曲目はすべて覚えている。
 永遠の翼、山谷ブルース、流れ者、俺らいちぬけた、26ばんめの秋、橋~“実録”仁義なき寄り合い、あの娘と遠くまで、モンゴル草原、チューリップのアップリケ、君に捧げるラブ・ソング、山辺に向いて、虹の舟歌、自由への長い旅。
 これで間違いはないと思う。なぜ完璧に覚えているかというと、りくつがある。山谷ブルースからモンゴル草原まではほぼ時系列に沿った定番曲だし、その後も定番の羅列が続き、アンコールの二曲は印象深すぎて忘れられない。ツイッターにUPされていた2月のセットリストを確認したところほとんど同じ(『さよならひとつ』が『橋』になっただけ)だったので、ほぼこれで間違いないだろう。ありがたく、これでプレイリストを作らせてもらおう。
 岡林を生で聴くのは初めてだったけど、「聴きたかった曲はほとんど聴けた」と素直に思える、過不足のない選曲だった。あれもこれもと欲を出せばキリがないが、最低限これは、というものはほとんど入っている。個人的に『26ばんめの秋』が聴けたのは本当によかった。『あの娘と遠くまで』や『山辺に向いて』は、「こんなにいい曲だったのか!」と改めて思い知らされた。『自由への長い旅』では、感極まってちょっと泣いてしまった。
 新しめの曲やマイナー曲も聴きたかった、そんな気もしないではないけど、今の岡林が歌うべき曲は、今回歌われた曲だったのだ、とも思う。
 たとえば『みのり』って曲が僕は好きだけど、あれは今ライブで歌う曲じゃないんだろうな。娘さんについて歌った曲だし。2月に歌われたらしい『さよならひとつ』は孫(「みのり」さんの息子?)のことを歌った曲だけど、録音から5年半経っているので、そろそろ賞味期限が切れてきたのではなかろうか。(もちろん、『みのり』や『さよならひとつ』が歌われるべきタイミングはこれから先、あるかもしれない。)
 最後の『自由への長い旅』は、50年近く前に作られたものだけど、普遍性のかたまりみたいな曲だから、たぶん死ぬまで彼は歌い続けるのだろう。そういう曲だから、ものすっごく感動してしまった。

 私がもう一度 私になるために
 育ててくれた世界に 別れを告げて旅立つ
 信じたいために うたがい続ける
 自由への長い旅を 一人
 自由への長い旅を 今日も

 この部分なんか、本当に、普遍的というか。僕は「ああ、そうだなあ。自分はそのようにしか生きていけないなあ」と、思わされてしまう。
 一時的に誰かに、何かに、あるいは環境に、「育てて」もらうことはとても大切なことだけど、それによって「私」というものが、損なわれたり、わからなくなってしまうことは、ある。だから、さよならを言わなくてはいけなくなる。「別れを告げて旅立つ」ことで、「私がもう一度 私になる」ことができる。
 僕はそうやっていろんなことをやめてしまった。申し訳ない気持ちも当然あって、それを思うと、この世に、いたたまれない。
 だけど僕はこれからまだ何十年も、生きていくだろう。


 岡林さんは、71歳。僕の最も崇敬する児童書作家である岡田淳さんと同じ学年だということが今日、わかった。
 しかも岡田淳さんは、同じ日、同じ時間に鎌倉で、講演会をしていたのだ。なんたる奇縁! 岡林のチケットを取る前にそれを知っていたら、岡林は18日の浜松ライブにずらしたのに……。(講演会の発表があったときすでに浜松は完売していた……。)
 それにしても。71歳。そんな三回り以上も年の離れた人たちを、僕は心から好きだと思っている。そのこと自体が最高に素敵だ。好きだと思える年上の人がどれだけいるか、その人たちがどんなに、どのように素敵であるか、ということは、未来のすばらしさにそのまま繋がっているように思う。


 20日はタケカワユキヒデさんのライブに行った。こちらは今年で65歳。
 よく、昔のゴダイゴを知っている人が「タケはもう声が出なくなって」というようなことを言うが、とんでもない。「円熟味」とはあのことをいうのだろう。素晴らしい歌声だった。より自由に、自在に、柔軟になっているような印象さえある。声量や声の伸びや、といったことであれば年相応の衰えはあるのかもしれないが、熟練者ならではの最高のパフォーマンスを発揮していると思う。
「昔はもっとすごかった」と言われれば、そりゃこの人が若い頃ならば、さぞ、と納得はするものの、「今だって別の凄味があるですよ」とも思う。
『WHAT A WONDERFUL WORLD』『SOMEWHERE OVER THE RAINBOW』といったスタンダードナンバーを、タケにしか歌えないような自由な歌い方で、その場のグルーヴに乗って、本当に楽しそうに歌っていた。演奏も含め、どこまでアドリブなのかわからない。ジャズフェスなのだし、こうでなくては。
 ラストは『ビューティフル・ネーム』『銀河鉄道999』。この二曲はテレビでもたびたび演奏されるが、タケカワさんの魅力ってスタジオライブでは伝わらないのでは? と思ってしまうほど、素晴らしかった。「音楽家タケカワユキヒデが俄然輝きを増す」という風情だった。(参考文献:エレファントカシマシ『歴史』)
 11月のさいたまのイベントも行こうっと。


 岡林さんにしろ、タケカワさんにしろ、そしてもちろん、岡田淳さんにしろ、自分が「好きだ」と思う人には、機会があれば積極的に同じ空間を過ごしにいきたい。いくべきだ。そんなことをこの二日間で、改めて思った。
 みんな、そのうち死ぬから。
 岡林さんやタケカワさんとは、お話をしたことはない(サインをいただいたことさえない)。今のところは、それでいいのだと思ってきたけど、やはり自分がどんなふうに感じてきたか、思ってきたか、考えてきたか、ということは、死ぬまでにご本人にお伝えしたい。それをしてどうなるのか、というとよくわからないけど、しないよりは、したほうがよさそうにおもう。
 自分だってそのうち、死ななければ、65歳とか71歳になるわけで、そういう年齢になったときに、自分の年齢の半分よりも下の人間から、「好きです」と言われたら、単純に嬉しい。しかも、それは言われた側(年上の人間)にとって、年下の人間へちょくせつ何かを伝えるチャンスでもある。
 僕はたぶん、若い人から好意を伝えられたら、何かその人のためになるような言葉を、返したくなってしまうだろう。そしてその「返す」という行為を、気持ちよく感じるだろう。自分のこれまで生きてきた意味さえ、そこに見いだしてしまうかもしれない。若い人が、そういう機会を年寄りに与えるのは、善行だと思う。そういう善行を、どうにかどんどん、やっていこう。
 だから岡林信康さんやタケカワユキヒデさんのいるところには、また行けるときに行く。あるいは、いろんなところに。

2017.08.18(金) 夢は逃げ先/誰だって気は狂う

 ここんとこ体調が悪い。アップダウンというのか。で言えばダウン。頭痛でも胸焼けでもなく元気がない。そんな日々は定期的に訪れる。
 これは病気なのだろう。病名は不安である。自由の副作用。疲労というよりはストレスがたまって、眠りが必要になる。一時的に逃避がほしくなる。意識を失って夢の中で生活していたくなる。
 そうすると不思議なことが起きる。夢の中で親しい人に会うのである。親しいと言っても、夢の中でだけ親しい人である。
 夢の話なんてするのは僕としては珍しい。夢の話なんてつまんないだろうと思うけど、いまは夢の内容を話題にしたいのではない。頭がおかしくなる、ということについてあわせて考えてみたいのだ。
 ちなみに、これは論理的整合性のある文章では、たぶん、ない。だから「話の繋がりがおかしい!」なんて感想は、はじめからどこかへ仕舞っておいていただきたい。

 僕は夢の中で、「夢の中でだけおなじみの親しい人」と会うことが、けっこうよくある。起きてから愕然とするのだが、その人は現実にはたぶん存在すらしていない。しかし夢の中にいるうちは、その人のことを僕はずっと昔から知っている人として認識しているのだ。
 その人のことを僕は多大なる愛着をもってとらえていて、とても初対面とは思えない。昔からよく知っているはずだ。しかしまた、どう冷静になってみても、その人と僕とは現実世界での接点は何もない。それどころか、たぶん存在もしていない。ググったって何も出ない。僕が勝手に、その場限りのキャラクターとしてでっち上げた夢の登場人物なのだろう。だけどあまりにリアルだし、どうしてもその人は「いる」気がする。少なくとも夢の中では、何度も何度も会っているような気がしてならない。
 起き抜けの僕が出す結論はいつもこうだ。「あの人は僕の夢のレギュラー的な存在で、僕の夢にだけ何度も登場する、おなじみの存在なのだ。しかし起きてしばらくすると、すっかり忘れてしまう。夢を見るたび思い出しては、また忘れてしまっているのだろう。」
 だが、さらに時間が経つと考えはこう変化する。「待てよ、ひょっとして、あの人へのあの強烈な愛着すら、夢の演出の一部なのではないか? 本当は初めて会ったのに、何度も会っているように錯覚しているだけなのでは?」と。
 つまり、「何度も会ったことのある記憶」そのものが、その日見たその夢の中で臨時に捏造された、ニセの記憶だということだ。こっちのほうが理屈としては、納得しやすい。

 僕はその人のことを、現実に存在する人のように、夢の中では思っている。しかし次第に覚醒してくると、「夢の中でだけ何度も会っている人」のように思えてくる。(こういう夢を見ている時は、現実に戻るのが大変なので、少しずつゆっくりと目が醒めるのである。その過程のうちにも、夢は続いている。具体的には、夢の中にいてこれは夢かと自覚するようなタイミングが、ここに相当する。)しかし起きてから時間が経つと、「その人の出てくる夢をすでに何度も見ている、ということそれ自体が、夢による記憶の捏造なのではないか、という気分になってくるのだ。
 今はかなり冷静に、「たぶんあれは、登場人物への強く長い愛着も含めて、夢が見せた幻なのだろう」というふうにも思ってはいるが、しかし一方で、「いや、夢の世界というのはしっかり存在していて、起きている時はその記憶が封印されているだけなのかもしれない、またいつかあの夢の続きを見ることはあるだろうし、今は忘れているたくさんの夢の世界が同じように封印されているのじゃないか」とも考えている。
 書いていて改めて思うが、これはほとんど、きちがいの言い分なんじゃないだろうか。きちがいと言えば言い方は悪いが、論理的な世界の外にあるものを、無理矢理論理にしようとすると、どうしてもわけのわからない物言いになってしまう。少なくとも僕の表現力ではうまくできない。
 こういう体験はみんながするものか、それともそうでもないものか、それもよくわからない。
 思い返せば、僕の初恋は夢の中だった。たしか中学二年の夏休みだったと思う。胸がドキドキして、気持ちがおさまらなくて大変だった。僕が初めて書いたオリジナル小説(的なもの)は、その子にまつわるお話だった。
 その頃から、僕にとって夢と現実というものの境は、ずいぶん曖昧なものだったようだ。
 初めて殺されたのも夢のなかである。当たり前だけど。
 その夢では、一家全員が皆殺しにあったのだが、余りにリアルで、起きたときすぐさま、二段ベッドの上で寝ていた兄を揺さぶり起こした。生きているか確かめたかったのだ。ひどい迷惑だが、その時は本当に、夢と現実の区別がついていなかった。「寝ぼける」というのはああいうことなんだろう。兄がムニャムニャと文句を垂れたときの、ほっとした気持ちは忘れられない。

 ここんとこ、不安といろんなストレスで、眠る時間が増えている。それは現実逃避である。逃げる先は夢である。起きていようが寝ていようが、夢はいつでも逃避先。夢を見ている人というのは、逃げているのである。僕は起きている時にはできるだけ逃げたくないので、夢は持たない。そのぶん、寝ながら多くの夢を見る。「逃げ欲」は、そこで極力消費したい。

 現実と夢の区別がつかなくなる、というのは、頭が狂っているしるしだと思う。ほとんど能力がなく、人間的魅力にも乏しいのに、自分が小説家になって大きな賞を手にできると信じているような人も、頭が狂っているのかもしれない。あるいは僕のように、夢の世界が現実世界にはみ出してしまっているような人も、狂っているような気がする。夢を夢として完結させることができず、恋をしたり恐怖したり、友情を育んだりさまざまな愛着をこちら側にまで引きずってしまっているのだ。
 それらは集団ストーカーとかの被害妄想と、紙一重ではないのか? という気さえする。「わたしは盗撮・盗聴されている!」と主張することと、「おれは将来歌手になって大成功するんだ」と豪語すること、そして「夢の中には夢の世界があって、夢は繋がって、つづいているんだ」などとわけのわからないことを語るのと。さして差はないんじゃないだろうか。
 そもそも、人間ごときが、ひとすじの論理にのみのっとって生活していくのは難しいのかもしれない。現実と夢の区別がつかない、というのは、複線的な論理がごちゃごちゃに絡まっている状態だ。物理的世界と精神的世界が交錯し、生活の中に神が介入してくるようなこと。そうだ、神とは夢なのかもしれない。
 物理的世界、と呼ばれるようなこの現実の世界の論理は、それはそれとしてあって、しかし同時に、神の世界に代表される「夢」の世界も同時に(たぶんたくさん)存在していて、それらは時に統合されてしまう。集団ストーカーとかテクノロジー犯罪といった妄想は、神による奇跡を信じることとたぶんあんまり差はないし、僕がこうして夢について考えてしまうのも、似たようなものなのではないだろうか。
 今日はたまたま(?)こうしてわけのわからない書き方をしているが、僕は基本的にとても冷静な考え方をする人で、精神世界をこちらの世界に介入させることは、原則としてはほとんどない。むしろ精神世界と呼ばれるものを、こちらの世界の言葉で語りたがるような人間である。しかし、夢の中まではその気持ちは及ばないらしい。夢、という話になってくると、突然に僕はこちらの世界の論理をなくしてしまうのである。(つまり、寝ぼけているということだ。)
 ある人はこう言うかもしれない。「わたしはとても冷静な人間で、物理法則であらゆることは説明されると信じているが、しかしそれらもすべて神が決めていることである」と。僕が言っているのはそういうこととたぶん同じだ。
 一見、気が狂っているわけでもなさそうな人が、ふつうに日常生活を送っていて、それでもたまに「最近また集団ストーカーされててさー」なんて語り出す、ってことも、あるかもしれない。たぶんある。
 
 宗教に殉じている人や、集団ストーカー被害に悩まされている人を、そうでない人たちは、特殊なものとして捉えるのかもしれないが、実はそう遠くはないのかもしれない。僕は極端な人間なのでこんなことを言ってみてしまうが、「自分には夢がある」と自覚している人は、みんなどこかで夢と現実をごっちゃにしているんじゃないだろうか。
 たとえば「看護師になりたい」という夢を持つ人は、「神はいる」と言っている人と似たようなもんである。……いやいや、そんなわけあるかよ!
 って、反射的には思うけど、よくよく考えてみると、そんなに差はないのかもしれない、と思えてくる。なぜか。僕は。
 そして、そうだとするとそれは「わたしは盗撮・盗聴されている!」にそのまま繋がっていくのである。
 僕はわけのわからないことを言っているのだろうか。誤ったことを書いているのだろうか。
「ついにくるったか」と、思われてしまうだろうか。しかし、これはちょっと大事なことかもしれない。
 たぶん誰だって気が狂う才能を持っているのだ。


 ひょっとしたら、僕が不安にさいなまれて、眠りこけ、夢の世界にはまり込んでしまうのは、起きている間に夢を見ることができないからなんじゃないだろうか。起きている間に気を狂わせることが苦手だから、寝ている間に(あるいは寝ぼけている期間に)気を狂わせて、なんとかバランスをとっているのではないか。
 人は理屈の世界にのみは生きていけない、と思う。だから宗教はあるのだし、妄想も生み出されてしまう。僕はうっかりするとそのあたりのことをことごとく、理屈のハコの中に放り込もうとしてしまうような人で、だからこそ意味のつながらない詩を書くことや、夢の中でしばらく過ごすことが必要になるのかもしれない。放っておけば理屈のほうへ向かっていってしまうから、意識して反対の力を入れていかないと、帰ってこれなくなってしまう。疲れてしまうのだ。
 夢日記を書くと発狂する、なんてことを聞いたことがある。そんなことも関係があるのかな。

 僕が勝手に立てた仮説では、人間というのは、理屈の世界のみにては生きていけない。もう一方の世界を何に求めるのかは人それぞれで、選ぶものによって「気が狂った」とか「頭がおかしくなった」と言われてしまうんじゃないだろうか。このことはちゃんと意識しておかないと、まっとうなバランスの取り方ができなくなるかもしれない。
 そうだとしたら、恐ろしい。(勝手に言ってるだけだけど。)
 で、僕は、詩と夢でそのバランスをとっているのかもしれない。

2017.08.07(月) 実るほど神戸を垂れる名古屋かな

 寒いタリーズでしばし、雨を避けながらカタカタとし、待ち合わせが近づいたので外に出るも、相手を待って呆然と時をしばし過ごす。なじみの喫茶店は台風で臨時休業。けっこうそれはそれで、ぼんやりともの思いをしていた。久々の友達と餃子しか出してない店に行って餃子を食べた。ビッグバンのライブで名古屋からやって来ていたほかのお客さんと大曽根の話題など。ジャンカラに行ってばいばいした。
 台風の影響で大幅にJRが遅れ、辟易して、特にどこにも寄らず実家へ。のんびりと寝た。
 翌朝は10時くらいに家を出て、そのままお店へ。

2017.08.06(日) コー(チ→ベ)

 ゲストハウスで寝て起きて日記を書いて、11時ごろ外に出た。かるぽーと近くの、去年と同じおべんとう屋さんでおべんとうを買って、去年と同じ公園で食べて、まんが甲子園の会場へ。毎年地元の高校生たちが自分たちの部誌を売っているので、今年も買いまくろうと思ったのだが、台風の影響か、早めにすべて販売終了していた。なんてことだ。惜しい。
 12時から声優の濱健人さんのトークショー(?)を見る。13時からMoo.念平先生そっくりのまんが家、無有念兵衛先生による「大笑いまんが道場」を見る。無有先生が大喜利のお題を出し、回答者がまんがで答える。ほとんど僕はこれが目当てで来ているのだ。
 チーム戦で3チーム。プロまんが家4名による「創業113年」チーム、愛媛県の専門学校の先生と広報さんによる「いいとしーず」チーム、高校生4名による「美味しいメロンパン」チーム。見るのは二度目だけど、去年よりも回答のペースがよくて内容もうまい、面白いものが多かったと思う。
 大喜利のテーマは覚えている限りで「新しい相撲(シン・スモウ)、どこが違う?」「新しいバナナのむき方は?」「ピョンちゃん五輪とは?」「29連勝をおさめた藤井四段、もう一歩で30連勝でしたが、あなたが30連勝または30回連続でしていることは?」だったかな。
 それにしても毎度驚かされるのは、無有念兵衛先生の博識と、柔軟なツッコミ。どんなネタが来ても適切に打ち返す。時事ネタや最近の流行などについても「知らない」ということがまずない。Moo.念平先生と同い年だとすれば54歳、「ソシャゲのガチャ」という言葉にもごく自然に対応していて、さすがです。
 たった一時間のイベントだけど本当に面白く、勉強になることも多いので、あー来てよかったと思える。よい回答が出たときの「やられた!」って感覚は、とりわけ気持ちいいですね。
 イベント後は若者たちとお茶をした。19歳の男子ふたり。去年のまんが甲子園で彼らが高校時代に合作した『麺の島』という大長編SF(とその続編)を読み、いたく感動し、連絡先を交換したのであった。
 ふたりはかなり違ったタイプの書き手らしいが、中1から仲が良く、今後も合作をもくろんでいるのだそうだ。藤子不二雄好きの僕としては心の底から応援したい。今回はじめてじっくり話を聞いたが、やはりどちらもただ者ではない。漫画や物語について本当によく理解していると思う。
 互いに話し慣れてきた頃、「理屈を超える」という話題で盛り上がった。「現実的かどうか」よりも、「読者に伝わるかどうか」が大事だ、というような話。読者を感動させる物語をつくるためには、何も現実的でなくたっていいし、極端にいえば理屈を通す必要さえない。僕が『ふたりはプリキュア Max Heart』のラストについてそんなことを語ったらば、彼らのうちの一人が『マクロス7』のラストバトル(合唱?)や雷句誠先生の『VECTOR BALL』などを例に補強してくれた。非常にすばらしいオタクどうしの会話だったと思う。
 一回り以上離れた若者と『マクロス7』や『あ~る』『パトレイバー』などで通じ合えるというのは、じつに嬉しい。名作は世代を超えるのだ。Moo.先生ともずいぶん年が離れているけど、とうぜん同じ漫画を読んでいたりするから、けっこう共通の話題がある。とてもうれしいことだ。
 そうだ、なぜプリキュアの話題になったかというと、「子ども向けの作品のラストは、別れがモチーフになることが多い」という話からだ。ひょっとしたら話の順序が前後しているかもしれないけど。それを言い出したのは僕ではなく、例の『マクロス7』好きの彼である。子どもにとって「別れ」と向き合うことがどれだけ大事か、ということを彼はとうに知っているのだ。それだけで本当にすごい。理屈だけでなく、心で、魂で物語というものを理解している感じがした。
 もう一人のほうはまた違ったタイプで、天才型というようなものかもしれない。一人で描いた作品も読ませてもらったが、すばらしい感性だと思った。物語を一本の筋というより、全体の姿として捉えているような……? うーん、もうちょっと読んでみないとわからないけど。
 なんにせよ新作が楽しみだ。あまりプレッシャーにならないよう、こっそり期待だけしておきます。

 彼らと別れ、また会場まで戻るついでに「横山隆一記念まんが館」に立ち寄った。こいつはスゲー……。古今の名作まんがの数々が無料で読めるのだ。「立川まんがぱーく」とか「京都国際マンガミュージアム」の縮小版といった風情。蔵書は少なめだが質がすごい。棚を眺めながら、吐きそうになるくらい感動した。僕の好きな作品でいえば、『デビルマン(完全復刻版)』『風雲児たち』『蛍雪時代』『鈴木先生』『Dr.スランプ』……。手塚は講談社の全集がずらっと並んでいるし、藤子はF短編PERFECT版とかまんが道、愛しりなど重要作品をおさえている。ちばてつや全集もたいがい揃っていた。名タイトルは枚挙に暇がないが、「こんなのもあんのかよ……」という余分なものが全然なく、どれを引いてもだいたい面白く読めるはずだ。「センスのいいオタクのおじさん」の本棚そのもの。僕が近所の子どもだったら毎日通って全部読んでるよ。ちなみにMoo.念平先生の作品は『あまいぞ!男吾 傑作選』と『宅配ビンちゃん』があった。
 これが、はりまや橋から徒歩数分の立地で、かつ無料なのである。高知市民、みんな行くべきである。通うべきである。こういうことが教育であり、文化をつくっていくのであるから。全国の自治体は見習ってほしいでござるよ。

 まんが甲子園の結果発表。僕のイチオシだった明和県央は、審査委員長賞にとどまった。その理由はよくわかる。弘前実業は入賞ならず。この二作は、絵としてはすばらしいものの、「123」というお題へのアンサーとしてはやや不足かなと思う。しかし部屋に飾りたいのはやっぱ、この二枚だなあ。京都文教もお題との微妙なズレがネックだった気がする。そこへいくと優勝した韓国の全南芸術はよくできていた。ぐうの音も出ない。
 その後ちょっと時間ができたので一昨日紹介された音楽イベントのやっているお店へ。心細くしていたらクラブで親切にしてくださったお姉さんがやってきて心強くなった。時間がなかったのですぐ出てしまったが、今度きたらまた寄ろうと思う。サニーデイのCDとか大瀧詠一の本とかあった。
 はりまや橋で待ち合わせ。またもかつおを食べる。ビールと司牡丹。この店、ソフトドリンクより日本酒一合のほうが安かった。途中から人が増えて五階のバーへ。Moo.先生、ひのもと先生を囲みまんが甲子園の感想を言い合う。23時ごろバスに乗るためりだつ、かいさん。神戸へ。
 早朝に着いて暇だったので、友達がかつて住んでいたというポートアイランドにキックボードを走らせた。光が丘公園とお台場を合わせたような土地だった。ずっとゴダイゴの『ポートピア』歌ってた。モノレールに乗って三ノ宮に戻る。24時間やってる中華屋に行くが味が濃くて死にそうになる。タリーズでカタカタ。

2017.08.05(土) マルチ to マルチ

 ○駅から○ノ宮まで18きっぷで行き、そこから○知行きのバスに乗った。18きっぷは2370円(相当)、バスは学割(放送大学!)で4430円なので、○知から(あるいは○京から)○知まで6800円で行けるというわけである。これは本当に安いし、○知の○駅から○ノ宮までが新快速で3時間半くらい、バス乗車時間が4時間くらいなのでわりと速い。すべて18きっぷだと一日で○知から○知に辿りつくためのルートは数本(確認したぶんだと7時ごろ発と9時ごろ発の二パターン)しかなく、どちらも11~12時間前後かかるのである。

 金曜の夜に着いて、はりまや橋で待ち合わせ。○oo.念平先生のファンサイト「○道場」の集まりである。先生ももちろんいらっしゃった。今さらながら年齢一桁の頃から愛読している(そして人生に多大なる影響を受けた)作品を描いた先生とこうして親しくできるというのは幸福極まれりというものだ。そして○知のカツオは本当においしい。
 そもそも○知には「○んが甲子園」というイベントに合わせてきているのだ。○oo.先生は毎年、この大会の審査員をしておられる。全国から高校球児ならぬ高校ペン児たちが集まって漫画で競い合う、というすばらしいイベントで、去年初めて観戦したのだがこれがまた面白くって、今年も来てしまった。ちなみに○知に来るのは三度目である。
 23時過ぎまで続いた宴のあとは、皆さんと別れて、飲みに。ググったらロック系のイベントをやっているクラブを見つけたので行ってみた。入ろうかどうしようか、二の足を踏みながら音漏れに耳を傾けていると、なんと渡辺満里奈さんの『大好きなシャツ』が流れてくるではありませんか。言わずと知れた(?)、フリッパーズ・ギターのプロデュースした曲。これはなんともストライクな曲がかかったものだと安心してクラブに入る。ハイネケンを飲む。
 そこにはやはりというか、インテリ系音楽オタクのような人たちがずらっと踊っていた。DJのお姉さんが気さくに話しかけてくれていろんな人を紹介してくださったのでさっそく何人かとお友達になった。もちろん小沢健二さんのファンもいたのである。引きが強いというか、これも嗅覚ですね。
 いろいろと週末のイベントやら何やらを教えてもらい、そのうちのある場所へお姉さんに案内してもらうことに。町から少し外れた川沿いの店。しかし到着した時にはイベントが終わっていて、町へ行く主催者さんとすれ違った。仕方なしにお姉さんと別れ、町に戻ってラーメンを食べてみたら、さっきすれ違った主催者さんたちがいた。これも引きが強いというか、嗅覚ですな。「さっき○子さんと一緒に、すれ違った者です。偶然ですね」と言ったら、「やっぱりラーメンといえばここですよ。マスターピース!」と返された。友人の○原とともに○田馬場で磨いたラーメンのセンスがこんなところで発揮されるとは……。
 その後はぶらぶらと歩く。行くつもりだった店を覗いたら店主のじいさんがカウンターでぐうすか寝ていたので、「今日はもうないな」と思って宿(スパ)へ。ぐうぐう。

 起きてお風呂に入り、外に出る。とりあえずシュシュというお店できまぐれランチとコーヒーをいただく。すぐにまんが甲子園会場に行ってもよかったのだが、ちょっと古本屋などに寄ってみた。いい店だったがいまピンとくる本はなかった。そしたらなんだかわからないけど寺田寅彦記念会館に行かなければならない気がしてきて、行ってみた。高知城のすぐ北側である。キックボードならすぐなのだ。
 寺田寅彦記念会館は彼が幼少期を過ごした家を復元したもので、立派な日本家屋だった。芦花公園にある蘆花の家のような感じ。いろんな資料をもらい、あれこれお話をうかがって、うんあとで寺田寅彦をちゃんと読もう(あんまり読んだことがない)と決心。僕のほかには鮮やかな色のコスプレイヤー女子が三人いて写真を撮っていた。ありがとうございますとお礼を言うと、「武家屋敷に行ってみたら」とすすめられた。歩いて10分くらいというので、キックボードならすぐだと行ってみた。そしたら、最高だった。
 見学者は僕だけだったので、管理人のお姉さん(もう17年この武家屋敷の管理人をつとめているという)から二時間くらい解説を受けた。なぜ屋敷のこの部位がこのようになっているのか、という理由を事細かに聞いた。すぐれた建築(庭なども含む)には無駄なものなどないのだ、ということが実感的にわかった。これタダでいいの? と思えるほど、学びの多い素晴らしい時間だった。本当にいろんな話を聞いたので、忘れないうちにまとめておきたいのだが、今その時間がない。ちかぢか誰かに話そう。裏には資料館もあったが、そこをじっくり見る余裕はなかった。また行こう。庭の畑にはイモとミニトマトが植わっていた。お姉さんはミニトマトを一個、二個ともいで僕にくれた。おいしかった。

 ずいぶんと時間をかけてしまった。のどがかわいたのでひろめ市場に寄ってゆずジュースを飲む。武家屋敷のお姉さんにすすめられた山内容堂の下屋敷長屋を見学し、ヨヤクしているゲストハウスへ荷物を置きに。ついでにおすすめの場所を聞く。昨日カウンターで寝てたじいさんの店も名が挙がった。やはり。去年初めて行ったのだがすごい店だもんな。
 そしてようやく、まんが甲子園へ。第一次競技の結果発表には間に合った。明和県央、弘前実業、京都文教あたりが気に入った。どれも決勝に出るので、これらのうちどこかが優勝したら、喜ぼう。
 その後はまた、○道場の方々とカツオを食べ、その後ドボンとかやいふ喫茶店へ。コーヒー。そのうちのお一方とゲストハウスのお兄さんにすすめられた○イカフェというところで一杯だけ飲む。一人になって、去年きたときに例のじいさんの店で知り合った女性と合流し、深夜喫茶○るがんでコーヒーと、角のロックを。生い立ちを語ってしまった。彼女はカーでご帰宅。
 宿の近くにロックカフェがあったのでハーパーを一杯だけ。こめかみにばんそうこう貼った年季の入ったロックお姉さんからべいびーめたるのロンドンライブのDVDを見せられ、いろいろと解説されたが、音が大きかったのとお姉さんが酔っぱらっていたのとで半分くらいわからなかった。でもべいびーめたるはすごいなとおもいました。帰って寝ました。

2017.08.04(金) ぼくらが旅に出たときに飲み歩く理由

 一日経つともう昨日書いたことが恥ずかしくなっているのですが、それも文章の面白さというか、醍醐味の一つですね。そのままにします。あしたも恥ずかしがるのでしょう。

 23時10分に名駅に着いた僕はググって気になっていたSというバーに行ってみることにした。キックボード、そういえば五年半以上(購入は2011/12/07、翌日発送)も乗っていてまだ名前をつけていなかった。よし「ブルーレイ」にきめた。グリップやストラップが青いから「ブルー」は必須。そういえば僕の乗り物は青が多い。もう12年前くらいに買ったロードレーサーも青白のカラーリングである。あとで気づいたがドラえもん色。偶然なのか、どこかでそういう意識が働いているのか。名前は「ロバ」である。アメリカ人の友人が見て「ロバ!」と叫んだのがその由来。今メインで乗っているママチャリも水色だ。さて「レイ」がどこから来たのかというと、商品名が「JDレーザー MS-130B」だから、レーザーのレイ。「MS-」というのもモビルスーツっぽいし、青といえばランバ=ラルだから、ガンダムを連想させる「レイ」はちょうどよい気がする。
 名駅からブルーレイで数分、錦のSではクサラックというレバノンのお酒とセドラティンというチュニジアのお酒、それからクスクスのカレーらしきものをいただいた。本も音楽もチラシも多く、じつに文化に満ちたお店であった。店主さんとも話が弾んだ。音楽が専門ということらしく、小沢健二さんとコーネリアスとの対比をキリンジ兄弟に重ねる視点はとりわけ面白かった。
 ここで鶴舞のYというバーの名前が出たので、行ってみることにした。円頓寺のPやTに寄ろうかと考えていたのだが、あらかじめ定めていたことに縛られないようにしたほうがうまくいくことが多い。ブルーレイで走っていると大須を通りかかったので、以前から気になっていたTという酒場を思いだし、行ってみることにした。途中で藤一番に寄った。しょうゆラーメン650円が深夜料金で100円増しであった。組織的犯罪である。
 Tではビールとジェイムソンを頂いた。重めのお通しと近所のお店から差し入れられた肉まん様のものをいただいた。藤一番など寄らなければよかった。隣りあった女性が偶然Oという劇団の手の者で、とうぜんYさんは共通の友達であった。じつはさっきSでもOの話題が出ていて、世間の狭さを、というか、名古屋という都市の小ささを感じさせる。そういえば以前PでもOやYさんの話になったのだった。(すっげーわかりにくい!)
 そしてこれまたこのTというお店でもYというバーの話題が出た。これは行くしかないということだろう。飲み終えてもう午前三時だったがまた走った。
 Yに入るとカウンターに座っていたお姉さん(あとでわかったが僕の年齢に僕の年齢を足したくらいのお歳)がいきなりあれこれと話しかけてくれて、もう一人座っていた青年と、マスターを交え四人でいろいろと話した。僕のことをとても気に入ってくださったようで、嬉しかった。オールドパーをごちそうになり、そのあとターキーを飲んだ。お通しで味ごのみ的なものをいただき、サバカレーをごちそうになり、かつそのあと荒畑のSという喫茶店でモーニングの和定食(ごはん、赤だし、味付けのり、目玉焼き、シャケ、梅干し、こんぶ、コーヒー)をごちそうになった。もちろんすべて完食したが、藤一番など寄らなければよかった。本当に素晴らしい夜だった。自分の嗅覚と直観、そして人と接するときの心がけがすべて良いように転んだが、藤一番に寄ったことだけが失敗である。おいしかったけどね。
 そういうわけで藤一番のCMを貼っておきます。

 僕は名古屋に18までしかいなかったので、夜の町を知らず、知るツテもなく、だから今こうして異邦人として飛び込みでいろいろ行ってみて少しずつ名古屋を知っていってさらに時を重ねてひとつずつわからなくなって愛が消えていくのを夕日に例えてみたりしてそこに確かに残るサウダージなわけですが、このやり方は名古屋だけでなくて、ほかの地方都市に行ったときも同じです。これまで大阪、神戸、仙台、金沢、新潟、高知などいろんな土地でひとり飲み歩いてみましたがインターネットで知れたり把握できることは本当にほんのわずかであって、はじめのとっかかりやひとつの手がかりとしては確かに役立つのですが結局は直接看板と入口を見たり実際に入ってみたりしないとわからないものです。店主やお客さんといろいろ話して次に行く場所を決めたり決めてもらったりして、最終的に楽しい夜になると心底幸福を感じます。
 しかしなぜそんなことを僕はするのでしょう。一晩の楽しみがほしい、というわけだけではなく、いろいろと効用があるのです。
 何よりも、直観が磨かれる、というのでしょうか。最初にどの店に入るか、という直観も大事だし、そこでどのように振る舞うか、というのも、理屈で考えるよりむしろ直観で選んでいるように思います。その場が自分にとって楽しくなるかどうかというのは、かなりの程度自分の振るまいによって決まるものですが、それはまず第一に直観です。高知であるバーに入ったら、いきなり店主のじいちゃんに「オ~イェイ!」と叫ばれたのですが、そこはもう何も考えず、間髪入れず「オ~イェイ!」と大声で返すのが正解ですよね。「どうするのが正解だろう」と考える間もなく、僕は「オ~イェイ!」と叫んでおりました。それでずいぶんやりやすくなりました。直観はたいせつ。
 時には一杯だけ飲んですぐに出て、別の店に行くということもあります。それこそ直観。あと三十分そこにいたほうが楽しかったかもしれないけど、なんだか何かに呼ばれる気がして今この瞬間出て行かなければならない、というような気分になったり。ギャンブルに似ています。損切りといえばやな言い方になりますが、引き際を見極めるというのは、理屈ではない気がしますよね。
 そうやっていろんなお店に行って、いろんな人たちと触れあっていると、経験が増えていきます。その経験が知識を増やし、直観を磨き、ほかのところでまた役立ちます。人と話すことが上手になります。
 今回最後に行ったお店で、お姉さんにいたく気に入られたのも、そうやっていろいろ経験してきた一つの成果だろうから、とても嬉しいです。入店してすぐに、僕は何気なく(いや~ポリポリみたいなジェスチャーとして)髪をさわってしまったのですが、彼女はすぐにそのことをたしなめました。清潔でない、という意味だと思います。その後数時間、彼女と別れるまで僕は一度も髪をさわらなかったし、身体をかいたり口や鼻に触れたり、清潔でなさそうな部位に手指で触れないよう努めました。そういうことはたぶんけっこう大事です。しかし、それは「とにかく相手に合わせよう、媚びよう」ということでもありません。僕が「お父さんお母さん」という言葉を使ったとき、彼女は「その年齢だったら、父、母、あるいは両親と言いなさい」とまたたしなめたのですが、僕はほんの少しだけ考えて、「いえ、これは僕のポリシーとして、かしこまった場でなければこう言うようにしています」と返しました。彼女もかしこくて柔軟な人だから、「わかっててあえてポリシーとして言うんだったら、むしろかっこいいね。今はプライベートだもんね」と仰った。相手に合わせることと、我を通すことのバランス。また、そのときの言葉選び。そういうところも、いろんな人と接していくうちに鍛えられていくような気がします。彼女はまた、僕の使う「ヤッター!」「うれしい!」「ワクワクします」などの言葉も、褒めてくださった。まったく意識してなかったけど、たしかに僕はけっこう、何か反応するときに、ちゃんと個別に言葉を選ぶことが多い。「そうですか」「ありがとうございます」「はい」「わかります」といった、一般的な言葉だけでは、やはり味気なくて、自分の人格から出てくる言葉を、できるだけ使うようにしているのかもしれないな、と彼女に指摘されて意識しました。「ヤッター!」とかは、他の人はたしかにあんまり言わないのかも。彼女は元国語の先生で、本も出版しているそうだから、とりわけ言葉には敏感なのでしょう。そういう方に褒められるのは、ほんとうにうれしい。

 鍛える、とか磨く、という言葉をたくさん使っていますが、それは「ある能力を数直線的に伸ばしていく」というニュアンスでは、ぜんぜんございません。人間の魅力というのは、絶対に数直線ではなく、僕はよく地球に喩えるのですが、そのように、常に流動し続ける有機体のようなイメージでとらえております。
 ある能力を伸ばしていく、というよりは、「僕という惑星をより豊かなで素敵な状態にしていく」という感じ。だから常に回り(動き)続けてなくては。回転をやめてしまうと、惑星の片側だけが熱くなり、もう片側だけが冷えすぎてしまいます。バランス良く日光を当てるには、回転していなければならない気がします。それで植物や動物は活気づいて山も海も豊かになっていきます。四季がめぐります。自分を地球のような惑星にたとえたとき、それができるだけ素晴らしい星になるように努めること、それが「鍛える」とか「磨く」ということだと思って、僕はそれを人生のひとつの指針にしているようです。
 僕が地方都市で飲み歩くのは、そういうふうなことの一環だというわけなのです。

2017.08.03(木) 肯定する私信2

 日を改めて、昨日と同じようなことを書きます。
 今度は私信と言っても、ある特定の個人にあてたものではありません。ある個人(昨日とは別の人)を、モデルとして想定はしますが、もっと大きな意味で書きます。

 あなたは正しい。正しいし、正しいままでいたくって、つらいと思う。つらくないように生きるのは、大変だと思う。
 でも、大変なことを、するしかないのだ。
 だって正しいことは美しいし、かわいいし、かっこいいから。
 大変なことを放棄するのは、実のところ、美しさ、かわいさ、かっこよさを放棄することなのだ。
 僕も、そのようにいたいから、あらゆる苦しみと不安を引き受けて、「大変だ~」と思いながら、生きています。
 逃げようと思っても、逃げ場はないので、そうするしかないのです。醜いほうへ行くことはできないのです。
 とにかく、自分が好きだと思えるような自分でいることだけが、大切だと信じます。
 そう思えるような、美意識を持った人が、僕は大好きだし、自分もそのようにありたい。なかなか難しいんだけど。


※「正しい」という言葉を無条件で使用することに反射的な拒否反応を示す方がいらっしゃることは存じておりますが、僕は「正しい」という言葉には「正しい」という意味しかないと思っていますので、堂々とそう使います
2017.08.02(水) 肯定する私信

 僕はときおり、ここに私信を書きますが、それは「不特定多数に向けて書くことに意味があると信じる」からそうするのだし、「不特定多数に向けた書き方」にもしています。どうかご理解くださいませ。
 いろいろ考えてここに書きます。
 これから書くことは「肯定」ですが、ある一個人を肯定しつつも、ほかのそういう誰かをも同時に肯定できるようなものになればいいなと願います。


 すすめてもらった小林秀雄『学生との対話』を読みました。「ジャッキーさんみたい」というような感じですすめられたので、「ほんまかいな」と思いましたが、読んでみてもう、これは僕だ、僕が服着て歩いているような感じだ……と感じ入りました。よくぞこんなものを見つけてきましたね! そして、よくぞ小林秀雄と繋げられるほど、僕のことを理解してくださっていますね……。そのことが率直にいちばん、嬉しいです。
 小林秀雄という偉大な人物と自分とを結びつけるなんて、なんと不遜な、と思われてしまうかもしれないが、しかし、小林秀雄がこの本の中で言っていたことは、方向性として、僕が普段から言ったりやったりしていることと重なる部分が多い、というのは本当だと思う。ものの考え方や、態度がとても似ている。
 それはおそらく最近言っている遠心的ということに関係があるし、また「直覚(直観)」を第一の道しるべとするところとか、まず感動がある、ということや、「科学」に対する考え方とか。
 ここであえて小沢健二さんの言い方を借りると、「科学と文学」(『飛行する君と僕のために』)。この二つを両立させる、それを当たり前とする態度が、たぶん共通する。
 僕はもともと文学の人で、だから詩を書いたりもするんだけど、それを追いかけるような形で、科学や論理というものを使う。
(まず直観が先にくる、そこから論理を継ぎ足していく……というのは都留泰作先生の『ナチュン』第一話でも言われていました。)
 小林秀雄の言葉でいうと「直覚も分析も」どっちも使う、それが当たり前。分析ばかりを意識すると「抽象的な」思考に堕ちてしまう。

 僕は小林秀雄の本をずっと読まないできたんだけど、いいタイミングでちゃんと出逢えてよかった。そういえば、プラトンのことを思い出させてくれたのもあなたでした。本当に、感謝しています。あなたは超能力者なのではないですか?
 小林秀雄も、プラトンも、僕にとって本当に大切な存在です。それを、ちょうど良いタイミングで、はい、と君は手渡してくれたのです。彼らの本を味読することで、僕の精神はずいぶんと豊富になりました。もともと方向はそっちを向いていたので、簡単にぐっ、と加速したわけです。

 この感謝が、そのままあなたを肯定することになるかはわかりません。しかし間違いないこととして、僕は君ととても素晴らしい時間を過ごしたことがある。そのとき僕らは、絶対に「ぼくら」と呼びたくなるような二人であったと思います。小林秀雄の言葉でいうと、「対話というものが純粋な形をとった時、それは理想的な自問自答でありえる(P161)」というのを、体験した気がする。
 少なくとも君は、誰かとそういう時間を持つことのできる素晴らしい人だ、と僕は思う。誰もが「ぼくら」になれるわけじゃないのだ。
 君は少なくとも、僕という一人の人間をかなり幸福にさせた。その手伝いをたくさんしてくれた。もしかしたらいろんな人に対して、そういうことをしているのかもしれない。でも「そうだ」と面と向かって言ってくれる人は、たぶんなかなかいないだろう。(いたとして、だし。)

 しばらく会ってなかったけど、先日ひさびさに会えて嬉しかった。元気にやっていてください。今はもしかしたら、わりと元気なのかもしれないけど、呪われたことにものを感じたり考えたりしやすい人間というのは、どこかのタイミングでたいてい元気のない時期がきます。特にあなたのような旅人は。
 しかし、忙しい毎日のなかで小林秀雄の本なんか読んじゃったりしてるところをみると、そういうことをたぶんよーくわかっているんじゃないでしょうか。音楽を聴いたり本を読んでおくことはたぶん蓄えのようなものなのでしょう。アリとキリギリスのアリみたく、寒い冬を越えていくための。僕は勝手にそう思います。
「まぁ、歩いて、気合抜いて、歩いて、休み入れて、歩き続ければいつかは会える。」(中村一義『謎』)なんて歌もありましたが、君には歩く才能があるんだと思うよ。だから、もしよかったら、そのまま歩き続けていてください。これまた勝手な要望だけど。
 そしてその過程で、何か見つけたら、教えてください。プラトンやアウグスティヌスや、高野悦子や小林秀雄のように。

 君の人生はぜったい大変だと思う。「つらい」とは言わない。「大変だ」と思う。で、その大変な人生を、つらくなく過ごすのは、これまたもっと大変だと思う。だけど、あなたにはその才能がある。だから、心配しなくていい。してないかもしれないけど、いつかするかもしれないから、今のうちに言っておく。心配しないでいい。あなたには歩く才能がある。
「誰かの待つ歩道を歩いてく」(小沢健二『ラブリー』)なんて歌もありましたが。

 僕はあなたと出逢えて、仲良くなれてよかったと本当に思っています。心から思っております。こんなことはLINEでは言えませんので、ここに書いているのかもしれません。というのはたぶん嘘で、べつに僕は君にならLINEでも電話でも顔を見てでも言えます。むしろまだ言ってなかったのはここでだけかもしれません。色の上に色を塗るように、残しておきましょう。意外と大切なことです。
 これをもってあなたという存在が肯定される一助となることを願っています。

 同じことを何度でも言うのは、「まだそれは続いている」ということの証明です。この証明は死ねばできなくなるので、生きているうちに何度でもやっておきます。

2017.07.11(火) 17周年+ここんとこのこと

 2017/07/23に書いています。なかなかいろいろありすぎて書き切れないので、ダイジェストで。

【11日】
 Ez(このHP)17周年記念~ということでお店に行ったのですが、全国に30人いるはずの読者の方々はどなたもいらっしゃいませんでした(告知しなかったので当然といえば当然ですが)。その代わり、「僕=HP」(そういう時期も一瞬あった)なんかでは全然ない、最近知り合った若い人たちが何人か来てくれて、なんだか意外に幸せでした。
 やはりウェブサイトというものは、ひっそりと日常的に続き続けていくことに意義がある、それはお店でも、生きるということでも同じだなあ、などと、考えてしまいます。管理人の死んだ「閑古鳥の止まり木」は、当たり前に相変わらず、更新が途絶え続けております。これからも途絶え続けて、いつかなくなってしまうのでしょう。

 ところで、お店の前は勤務校の体育祭を観に行ってきました。学校ではふだん写真を撮れないので、生徒たちはここぞとパシャパシャしまくります。修学旅行などの行事に原則参加しない僕のような非常勤講師はとりわけレア度が高いので、「写真とろ!」ってめっちゃ言われます。
 昔は写真がとても苦手で、レンズを向けられるとぎこちない苦笑いのようなハニカミを浮かべることしかできなくて、だから僕の写真ってのはだいたい写りが悪いと(自分内)定評があったんですけれども、「楽しそうに撮ったらどうしたってかわいく写る」ってことに最近気づいて、思いっきり「ニコ!」って、ポーズなんかもするようになったら、その結果がどうだっていうのはあんまりわかんないんだけど、ともあれ写りを気にするようなことがなくなりました。

「自信ってのが何より大事」って僕は本当に最近強く思うんですよ。でも、「自信を持たなきゃダメ」っていうときの一般的な意味合いとは、やや違う。僕なりに「自信」ってことを考えると、それはやっぱ6/30に書いた「自分らしく」ってことで、すなわち「自分が好きだと思えるような自分でいる」ってことなのではないかな、と。

 自信という字は、「自分を信じる」「自分への信頼」「自分であると確信する」などなど、いろんな読み方ができると思うけど、「信」は「まこと」と読むこともできるので、「信の(うそのない)自分」というふうに考えたって、いいわけです。

 2013/5/25にも書いているけど、『レヴァリアース』で「おばば」がシオンに言う、あのせりふ。

自分の気持ちに… 感情のままに… 素直であってくだされ…
でなければ いずれ わからなくなってしまいます
(夜麻みゆき『レヴァリアース』第3巻P178

「信(まこと)の自分」ってのは、「真(しん)の自分」とは違う。
「真の自分」と言ってしまうと、「これが自分だ!」という確固たる答えが唯一、常に存在するかのような感じが、してしまう。
 対して「信の自分」というとき、それは「そのつど素直である」というくらいの意味しかない、ように思う。
 だから僕の言う「自信を持って」っていうのは、「君はできるんだ、やれる、がんばれ!」という励ましではなくって、「そのつど素直に」という助言に近い。そのつどそのつど、素直に考えて、振る舞って、「これでいい」と思えることが、「自信」なるもののまったく良き姿であろう、と、思うわけです。
(もうちょっとわかりやすく考えるならば、自信を持つ、というのは「自分の信(まこと)」を持つ、というふうに表現すべきかもしれません。このへんを掘るとさらに大きな話になりそうなので、またいつか。)

 生徒にカメラを向けられたら、そのことは嬉しいし、そのときは楽しいし、かっこつけたいし、かわいくもありたいし、「ノリがいい!」って喜んでもらいたくもある、んだから、ニコって笑ってダブルピースするのが、僕なりのそのつどの「素直さ」ってもので、それを僕は「これでいい!」と思えるのだから、それは自信、ということなんだろうなあ、と。

 で、実は、そのようでいたほうがいい、と思えるようになったのは、漫画家のMoo.念平先生のおかげなのであります。ということで、つづく。


【15日】
 Moo.念平先生ご出演のトークイベントへ。
 イベントの終わりに、壇上の出演者たちを会場のみんなが撮影できるよ、という時間がありました。Moo.先生は写真を撮るとき、おどけた表情やポーズを必ずとります。この日も例に漏れず、写真撮影タイムのあいだじゅう、あれこれいろんなふうにキメていました。僕の知る限り、Moo.先生がただマジメな顔をして写真を撮られているところは、見たことがありません。31年前に出た初単行本『あまいぞ!男吾』1巻の著者近影からして、両手の小指を口につっこんで広げ、ベロを出して目を見開いている様子なのです。たぶん30年ずっと、こんなふうな写り方をしているのだと思います。
 僕はそれをいつからか、「カッコイイ!」と思うようになりました。それで、上に書いたように、生徒と一緒に写真を撮るときなんかは特に、ニコッと笑ってポーズ! ってのを、するようになったのです。
 Moo.先生のモノマネをする、ということではなく、Moo.先生はMoo.先生らしく写真にうつるのだから、僕も僕らしく写真にうつろう! というわけです。

 いやはや、本当に、僕はMoo.念平先生にめぐりあえてよかった! 『あまいぞ!男吾』を小学校低学年から読んでいた、というだけで幸福なことだし、今に至るまで心の底から愛し続けていられることも素晴らしい。大人になってもずっと追いかけ続けていたからこそ、こうしてイベントに出かけ、熱く言葉を交わしたり、冗談を言い合ったり、一緒にはちきんガールズのライブを鑑賞したり(!)できて、その中で、僕は今なお、たくさんのことを先生から、その言葉から、振る舞いから、在り方から、学び、吸収しています。「ニコっと笑ってポーズ!」みたいに具体的なことだけじゃなくて、心の奥底にある大切なものも、たくさんその光を浴びています。

 イベントの終わりに、司会者から「最後に一言!」と求められたMoo.先生は、ちょっとだけ迷ってから、以下のようなことを仰いました。
「ぼくは小さい頃から、もっと漫画を描きたい、24時間漫画を描いていられる身分になりたい、と思い続けてきました。そして今、そのような状態になれています。これからもそれを続けて行きます。小さい頃の自分のあの気持ちを、裏切ることはできません」
 この時の発言には、「読者への感謝」だとかほかのいろいろな内容も混じっていた気がしますが、そのあたりは記憶がおぼろげなので、比較的正確なはずの、僕の記憶に鮮烈に残った部分だけを抜き出したのが、上記です。
「小さい頃の自分を裏切ることができない」と言うのならば、僕もまったく同じで、小さい頃に『あまいぞ!男吾』を読んで、「これは素敵だ」と思った、その気持ちだけは、絶対に裏切ることはできません。時に迷うことも、くじけそうなこともあるけど、そのたびに「いいのか?」とブレーキをかけてくるのは、小さい頃の自分だし、小さい頃からずっと続いてきた、自分の変わらない気持ち。それを大切にできないような人には、なりたくないなあ、という、美意識。そんなところも、いつの間にかきっと、Moo.先生から受け継いでいたのだ、あるいは、共鳴していたのだなあ、と、思います。
 橋本治さんも『ぼくたちの近代史』の中で、「17の自分に対してやめられない」と言っていました。こういう気持ちを「過去にこだわる」と斬り捨ててしまうのはやはり雑で、だってそれは「自信」っていうことに深く深く関わることなんだから、絶対に無視なんかできないよ、って僕は思います。
 自信、というものが「信の自分」、すなわち「自分らしい」ということだと考えるならば、そこに「過去の自分」が関わってこないはずがない。小さい頃の自分や、17の自分を、裏切ってしまえば、ある意味で生きやすくはなるかもしれない。でも、それで失われるのは「自信(自分の信)」です。それを失うと、たぶん10年、20年という長い時間の中で、少しずつひび割れが生じてくるんじゃないのかな、と。今年で54歳を迎えるMoo.念平先生の、ほんとうにカッコイイ姿を見ていて、そう思うのです。
(ちなみに、Moo.先生は「ぼく」「おれ」「わたし」という一人称をかなり柔軟に使い分けています。そんなところも、「そのつど感」があって、とても好きです。)


 そういうわけで17周年を迎えたこのサイトも、「15歳の自分」のことを考えれば、永遠にやめることはできません。
 本当に、今だから言いますが、やっぱり圧力はあるんですよ。インターネットで自分の思うことを表明し続けるっていうのは、家族や恋人や友人たちに、少なからぬ影響を与えます。だから暗に、「そんなことやめなさいよ」と言ってくる人はいるのです。そう書けば当事者は「私はやめてほしいなんて言っていない」と反論するでしょうが、「私が嫌な気分にならないことだけが書かれるべきだ、私が嫌な気分になるような過去の記事は書かれるべきではなかった」というオーラを気の小さい被害妄想の僕はどうしても感じてしまって、「ああ、もうやめたほうがいいんだろうな」「過去ログも消してしまおう……」と、半ば先回りして縮こまってしまうのです。
 社会や世間だってそうです。もちろん、これも被害妄想、自意識過剰、行きすぎたリスク管理といったことなのですが、普通の男が15歳から32歳までに書いてきた文章の中には、探せば炎上の口実なんて無数にあります。だから、こんなもん公開したってリスクがあるばかりです。特に「学校の先生」という肩書きがつけば。
 でもねえ、僕は過去のあらゆる自分を愛していますから……。そうであることが大切だと思っていますから……。間違っていたこともたくさんあるけど、間違いに気がつくことがなかったのなら、間違ったままだってことなんだから、間違っていたという証拠がいつでもわかっていたほうが、戒めだってしやすいんじゃないですかと……。
 普通に、一般的に考えたら、こんなものは消したほうがいいし、もう何も書かないで、フェイスブックにでも閉じこもっているべきなのかもしれないんだけど、そんな自分を自分で「好き」だと思えない。
 カメラを向けられたらピースするように、当たり前に「これでいい」と思えるようなことを、し続けていたいのです。それをするなというのは、Moo.先生に「漫画を描くな」と言うようなものだと思います。「Moo.先生みたいに能力があって、ちゃんとファンがついてる人が言うのはいいけど……」なんてことを、言われるかもしれませんが、そんなことは関係ないのです。それも社会とか世間からの目線ですから。そうじゃなくて、人間がどうやって「自信」というものをもって、かわいくかっこよく、楽しく生きて行けるのか、という話をしているのです。

 ということで、17周年でした。あと3年で20周年。20周年のときは10年ぶりのオフ会(第二回)をやります。2020年7月11日の予定はあけておいてくださいませ。土曜日です。

 7月11日です。17周年でございます。掲示板ぶっ壊れているので、お祝いのさいはメールなどくださると嬉しいです。17時から終電まで「夜学バー」営業していますので、お時間のある方はお立ち寄りください……!
 お店に来てくださった方には、今夜限定で過去ログ読み放題(?)にいたします!!

2017.07.10(月) 係

 生徒たちからさまざまなことをしていただいた。感謝の念に堪えない。
 僕はけっこう前から「係」という言葉を好んで使う。給食係とか、保健係とかの「係」である。僕は僕という「係」なのであって、ほかの「係」にはなれない。
 僕はたとえば、いろんなことを考える係だし、自由っぽく見えるように生きる係だし、みんなが集まる場所を作る係でもあるし、「楽しい」ということを優先して行動する係だったりする。ほかにもいろんな種類の役割を請け負っている。
「先生はそういう係だからしょうがない。これからも先生らしく生きてください」
 だから、僕にとって、これほどにふさわしいエールはないのだ。
 どうやらそういうふうに送り出してもらえたと思う。本当にありがとう。

 僕はそのように勝手な人間だけど、そのように勝手な人間をそのように受け容れたり、送り出したり、あるいは認めたりする、ということは、僕の側から言うのもなんだけど、けっこう大事なことなんじゃないか、と思う。
 世の中にはいろんな人間がいて、その人ごとにふさわしい生き方がある。その生き方にしたがって、場ごとにふさわしい振る舞いをするのが、人間の自由というものだ。
 愛しき子供たちに、なんとなくでも伝わったら良いなあ。

 僕自身が、ずいぶんとなめられてきたから、未だに強く強く思うんだけど、本当に、子供をなめてはいけない。彼女たちは、あるいは彼らは、とても勘が良い。少なくとも、勘が良い子たちはとても多い。単純な知識や論理的思考力だけでいったら、多くの大人よりは劣っているかもしれないけれども、大人のほうは錆びついて、すでにある知識と、使い古した一直線の論理だけでもってあらゆることに対応しようとする。これは本当にそうなのだ。「職員室」みたいな空間にそれなりの時間生きていて、少なくとも「学校の先生」という人たちのかなり多くが、そうであるということが痛いほどわかった。
 一応断っておかねばならないが、これは悪口とか、非難のつもりで言うのではない。「そういうものなのだ」という報告である。
 それが一般的なことだし、普通のことだし、それ自体悪いことではない。むしろ、そういう真面目な人たちのおかげで今の世の中は成り立っていて、僕のようなはみ出した人間は彼らの恩恵を受けて何とか生きている。その点ではじつにありがたく、申し訳なくさえ思う。
 ただ、そういう大人の人たちと関わっていると、「こういう人たちが、またこういうたちを再生産するんだとしたら、この世の中はこのようなまんまでずっと行くのかな」と、暗澹たる気分にはなる。今の世の中を支えてくれているのは「そういう人たち」だから感謝はするけれども、「今の世の中」に対して「これでよい」とは思わない。もっとかしこくてやわらかくて素敵な人たちばかりだったらいいなとは夢想している。
 生徒たちを見ていると、かしこくてやわらかくて素敵な人たちが本当に多くて、どうぞそのまま、素敵なところだけは残して生きていってほしいなと心より願う。変わっていくことは多いだろうし、それは何も悪くもおかしくもないことだが、今のこの、かしこくてやわらかくて素敵であるような、輝きみたいなものは、絶やさずにいてくれたら、世の中はほんの少しずつ「僕ごのみ」になっていく。
 荒れる海原に舟を出そう。(奥田民生さんの『愛のために』という曲の言わんとするところが、ようやくわかってきた気がする。めっちゃくちゃいい歌だ。)

 善き勘の感覚を忘れないで、手を抜かないで生きていけば、絶対に素晴らしく生きていける。ただ、現実は厳しい。厳しいからこそ、僕のような「係」がちゃんといることは、きっと意味のあることだと思う。(思わないと。)

過去ログ
移転完了しました。ありがとうございます。ちなみに前URLは2016/11/10(木)に消滅しました……。