少年Aの散歩

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重要な記事「複数の人に同時に話しかける」
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 メールフォームが6/1いっぱいで使えなくなったので、あたらしくしました。ぜひとも記念に……。

2020.5.31(日) 中世りりちゃん物語

 懐かしいガウェインの結婚を貼っておく。世界史を学びはじめた高2の時にこのHPを見つけて、以来かなり読み込んだ。こういうテキストサイトもあったのですよ。たくさん。今もなお残っていて、たまに更新されているのが本当にうれしい。皿屋敷さんという友達と知り合った頃、「あのサイトいいですよね」と語り合ったのもよく覚えている。彼とはたしか2007年くらいにマイミクになった。当時は「明治」さんだった。

「ガウェインの結婚」というお話では、すべての女性が望むものは何か、という問いに対して「自分の意志を持つこと」という答えが提示される。12世紀から14世紀くらいにまとめられたということで、おそらく700年くらいはむかしの話らしい。なるほどすさまじい先見性というか、むしろ普遍的な本質を突いた話に思えて、当時の僕はけっこう興奮した。
 ところが、千ちゃんという同級生の女の子は「なんでそんなに感動するのかわからない」と言った。彼女は僕なんかよりずっと先の思考をしていたのかもしれない。今の僕もちょっぴり見方が変わっている。「自分の意志を持つこと」を女性が望んでいる、というのは男性による抑圧の結果ということなんだろうが、では男性のほうは「自分の意志を持つこと」をしているのだろうか? という話。

 前にりりちゃんという人物を紹介したが、彼女のことを僕が好きなのは「男性による搾取構造」の外側にいる部分があるからだ、と言える。部分がある、という煮え切らない書き方しかできないのはりりちゃんがホス狂いの風俗嬢だからだが、実にそこが大事なところ。彼女は「風俗は利用するもの」と言う。風俗でお店(≒男性)から中間マージンを引かれながら一所懸命働く、というのではなくて、風俗はあくまでも直取引をする相手を見つけるための出会いの場にすぎない、という考え方。裏引きするためのLINEの仕入れ先くらいに思っている。裏引きはもちろんお店に一銭も入らないし、性的なやり取りもない。風俗で働くのは「引きやすい男」と知り合うために(さまざまな理由から)合理的であるという理由が主で、ほかに手段があれば別にその必要はない。出会いがどこであろうと引ける相手からは引けるというのが実際らしい。ただ最も効率がよく、楽な方法をとっているというだけなのだろう。
 そこには当然「自分の意志」というものはある。ホスクラに行くのも「自分の意志」なら、月に数十万円使ってラブホテル住まいを続けるのも「自分の意志」。一般的な価値観から見ればこれは堂々たる不健全で、「自分の意志」だから偉い、と手放しに褒めてもらえるようなことではない。(それとは別に、僕は個人的にこの人の人格やギャグセンスがかなり好きである。)

「自分の意志を持つこと」を抑圧されれば、それを望むのは当たり前のことだ。しかし「自分の意志」を持ちさえすればいいのかというと、そういうわけでもない。僕はたまたまりりちゃんの「意志」が好きだが、誰もが好きだと思うような種類のものでは絶対にない。意志にも質はある。「自分の意志を持つこと」という言い方が危ういのは、そこでは「質」が問題にされていないからだ。
 ひるがえって、さて男性はそもそも「自分の意志」を持っているのか? 持っていたとして、その「質」はどうなんだ? というと、まあ貧弱なものですよね、実際。りりちゃんが相手にしている客層のメインは「夢も希望もないサラリーマン」だという。彼らは生活の中に何も楽しいことがないので容易に女の子にハマり、その目の前の夢に目が眩んで何百万ものお金を無理にでも出してしまう。給料の大半を地下アイドルにつぎ込むモテない男性の心理とかなり近い。キャッシングする人も中にはいるだろう。となるとその差はどこにあるか。そして、そこにある「自分の意志」というのは、いったいどういうもんだろうか?

 りりちゃんにお金を渡す男性というのは、結局のところ「受け身」が癖になっている人が大半なんだろうと勝手に想像する。生き方が受動的なので、言われた通りにお金を出すことが意外と自然なのであろう。彼らの「自分の意志」というのは、そのくらいのもんである。もちろん善人だということでもあり、そこにつけ込むりりちゃんはワルイやつでもあるのかもしれないが、「夢と希望を与える対価」だと言われてしまえば、それはそれで一つの理屈としては通りそうな気がしてしまう。現代では、そのくらいに「善悪」という考え方が意味をなさなくなっている。
 彼女はお金を受け取ったあと、「それじゃあバイバイ」するわけではない。引き続きLINEのやりとりを続ける。「ありがとう! 〇〇くんのおかげで助かったよ。本当にうれしい。早くいろんなところ出かけたりしたいな。ずっと一緒にいたいよ。大好き!」とか、そういうことを言う。

 むかし見た特殊詐欺の特集番組で、オレオレ詐欺に引っ掛かったおばあちゃんに「あれは詐欺だったんですよ」と言ったら、「間違いなく私の息子です! いったいなんなんですか? 私が息子だと言ったら息子なんです!」と返された、というシーンを見た。その人の中では「困っている息子にお金を渡した母親」として話が完結していて、それが本物の息子であったかどうかというのは、外野が決められることではないのである。そのくらいに現代は、「善悪」と同時に「客観的事実」というものさえ壊れてきている。それが嘘であるかどうかよりも、救われているかどうかのほうが大事だ、という考え方はむかしからあって、それがいよいよ「見えやすく」なっているのが今の時代なんじゃないか、とか。
 政治だってそうで、誠実にやるかどうかより、結果として国がどうなるか、ということのほうが大事なのである。そんなことは昔から誰だってわかってたはずなんだけど、「誠実さが大事でしょう」という前提が近代のいつの間にか強くなってしまったせいで、「誠実じゃないですよ!」という文句ばかりが聞かれるようになった。一方で当の政治家たちは「何言ってんだかね……政治ってのはそういうもんじゃないんですけど」くらいに思って、粛々と小ずるく、しかし手堅く政策を進めている。
 ここでも僕が思うのは、「誠実じゃないですよ!」と叫ぶ優等生たちが、どのていど「自分の意志」というのを持っていて、その質はいかほどでしょうね? ということなのだ。
「質」ということを考えると、男女に差はない。女性は「持つこと(表明すること)」を抑圧されているかもしれないが、それと質とは別問題である。

 三浦大知が18歳の時に歌った『Free Style』という曲に「本当のスタイルはオリジナルであるコト」という歌詞がある。オリジナルでないと「自分の」意志とは言えないんじゃないの? と今の僕は思う。少なくとも2005年にこの曲を聴いていた時分から。

2020.5.29(金) 嫌だと言えない

 前も書いたけど僕は嫌だと言えない性格である。理由は二つ思いつく。
 まず何より「相手の希望することを通さないのは申し訳ない」という気分。拒絶する理由がなければ「まあいいか」となる。それが通れば相手の利益になり、通らなければ不利益になる。通したとして、こちらの不利益はそう大きくもない。だったら差し引き、世の中にある利益(嬉しさ)の総量は「通した」ほうが大きくなるわけだから、それは善、というふうに思うのである。
 そして二つ目、「それを通すことが、実は自分の利益にもなるかもしれない」という発想。これが非常に強い。「自分に明確な利益をもたらさないような相手の希望」というのは、当然自分の内側からは湧いてこない発想なので、新鮮なのだ。そこから想像もよらないことを知ることができたり、思いつけたりするかもしれない。そう思うと、やはり「まあいいか」となるわけだ。
 虎穴に入らずんば虎子を得ず、というか。とりあえずそういう流れが存在するのなら、乗ってみるか、と。それでこれまで莫大なものを手に入れてきた自負はある。だから別に僕は、自分が「ちょっと嫌だな」と思うようなことに巻き込まれることを、それほど避けるべき事態だとは思っていない。嫌だけど、嫌なだけで、特に問題はない。その先に宝がある、かもしれない。

 ダンスだとすると、相手が足を出してきたから、こっちは足を引いた、ということ。だから当然こっちは、自分が足を出したとき、相手がスッと足を引いてくれることを期待する。もちろん、いつでもそういうふうにはならない。相手の足は固定されてて動かず、僕の出した足はぶつかってつっかえる、なんてことはよくある。
 そういうふうな足の動かし方を知らない人が望むのは、「手を引っ張ってくれること」だ。手を引っ張ってもらえれば、自分の意志とは関係なく動くことができる。手を引っ張った人の責任のもと、自分はひたすら受動的でいられる。「ねえねえ、行こうよ」って言葉を待っている。
 仲良しとは共犯関係だ、と一面いえる。「やっちゃおうか」「やっちゃおう」ってほぼ同時に思える。「やらない?」「うん、やる」っていうのは、まだまだ仲良しのずいぶん手前。
「こっちだよ」ってんじゃなくて、「あっちだ!」って同時に走り出すようなのが仲良しというものだし、「こうじゃない?」「うん、これだね」ってのがダンスの真髄だと、僕は勝手に信じているのです。

「嫌だ」ってんじゃなくて、「そっかあ、それなら、どうしようかな。こうしてみる?」というふうにたぶん僕は常に考える。それがストレスとか、疲れとして蓄積されているのだと思うから、別にまったくこれが正しい態度だ、というわけでもなかろう。
 そう僕はたぶんそれで困っているのだ。「嫌だ」を言えなくて、「そんならどうしようかね?」と、相手の顔色や出方を見ながら、不安定な板の上をぐるぐる走り回っている。疲れますわね。
 おっとお客だ。

2020.5.25(月) 優越感のばーか

 名作漫画『ナニワ金融道』全19巻を読み返した。勢いで『青木雄二漫画短編集 完全版』も復習した。エッセイ『天下取ったる!』三部作(天の巻、地の巻、人の巻)もようやく読んだ。
『ナニワ金融道』がいかに名作で、青木雄二という人がどれほどの天才であったか(過去形なのは2003年に58歳で亡くなったから)を語ると日が暮れるので略。僕はこの人が好きである。以上。
 彼はさまざまな本で「資本主義は優越感を煽る」というようなことを言っている。僕が言いたいこともよく考えたら実はここに尽きるのではないかしら。
 資本主義という言葉は使わなくてもよい。「優越感というものを、みんな大事にしすぎじゃないの?」ということだ。よーく考えたらだいたいの問題は「優越感」というものを根底のどっかに隠している。

 僕の再三豪語する「楽しい」とか「仲良し」といったことは、優越感からそれなりに遠い。
「面白い」と「楽しい」があったとき、「面白い」はどちらかといえば他動詞的(形容詞だけど!)で、「何が面白いのか」という明確な対象を必要とする。「楽しい」は自動詞的で、「楽しい!」がその人の中で閉じている。「何が」という対象をとくに要求されない。
「楽しい〜」「何がそんなに楽しいの?」「え〜なんか楽しいんだよ〜」「だから何が?」「ん〜わかんないけど楽しいの〜」という会話は成立してしまう。「面白い」に置き換えてみんしゃい。成立する場面は「対象があるとき」に限定されるはず。
 だから「面白い」という言葉は客観的評価に使われやすい。「この本は面白い」「あの人は面白い」と。「面白い人」と「楽しい人」という言葉なら、前者は客観的評価で、後者は「(私が一緒にいて)楽しい人」という主観的評価になるか、あるいは「よくわからないけど楽しい感じの人だ」という評価不可能性を示す。(ようするに埒外、きちがいだということ。)
 優越感というのは、「ほかのものよりも優れていると評価される(であろう)ことへの快感」であるはずだ。それを刺激する機能は「面白い」のほうが「楽しい」よりも基本的にはたぶん高い。

「頭いいね」や「優しいね」は、優越感と仲が良い。
「それかわいいね」も「いい時計だね」も、優越感と仲が良い。
「素敵だね」も「かっこいいね」も何もかも。
 そういう言葉による快感を煽るのが、資本主義、というか、まあ今の世の中のだいたいだ。
「良い」ということを身にまとい優越感を得る。

「仲良いね」が優越感を煽るのは、それに嫉妬する誰かがいたときである。これは僕の大好きな「関係」の話だ。この場合、「誰かと仲が良いことで優越感を得る」ような人はとても邪悪。邪悪でない人は「仲良し」ということをただ楽しむものだ。「仲良いね」と言われれば「エヘヘ〜」であって、優越感とは別の嬉しさがあるべきだと思う。

 優越感が大好きな人は、ほかの人が優越感を得ているのが許せない。他人が優越するということは、こちらが劣っている証拠と考えるんだろう。
 そういう人は「他人との差異」を気にしますね。人と比べます。みんなの不幸はだいたいこのへん。


【しばらくわけがわからないゾーン】
「人と違う自分でありたい」なんて人はたぶんいない。「人より優れた自分でありたい」か、「自分が一番納得できる自分でありたい」なのだ。そういう人たちを見て、語彙力のない人がまとめて「人と違った自分でありたい人たち」とかって表現したのだ。
「人より優れた自分でありたい」人は、人より優れているという証拠をできるだけ多く集めるために、他人との差異を気にする。
「自分が一番納得できる自分でありたい」ほうの人は、人との差異は気にしない。気にするとしたら、「どうして同じことをしているはずなのに違うふうに見えるんだろう?」とか「どうして違うことをしているはずなのに同じように見えるんだろう?」といった観点から見ている。
 前者をA、後者をBとします。
 Aは社会的で、Bはべつに社会的ではないかもしれない。どちらかといえば。
 この場合の「社会」というのは、「優越感を煽ることによって経済がせっせと回転している社会」のことを指すから。
 なんでみんなができるだけ多くのお金を持ちたいと願い、それをせっせと使ったりするかっていったら、優越感を得たいから、というのが本当に大きいと思うんだね。
 インスタ映え〜とかそんなレベルの低い話をしているのでは決してなくて。
 もし「貧乏は嫌だ」と思うなら、かなりの高確率であなたは「優越感」ベースの考え方をしております。
「困るのは嫌だ」ならわかる。
「困らないなら構わない」とスッと思えないなら、たぶん「優越感」の側の人です。

 Bの人は、「納得」というのがキーワード。(最近よく出ますね。)
 彼らは死ぬまで「納得」というものを追い続けます。
「納得」というのは、「理解したような気になった瞬間に得られる快感」のことです。
 そのとき、きちんと理解していることもあれば、あんまり理解していないことも多々あります。
「納得」を重視する人にとって、「理解」などどうでもいいのです。「理解した」と自分が思えば、自動的に納得がやってくる、すなわち快感が得られるので、それでいいのです。
 もちろん宗教や、占いをはじめとするスピリチュアル、人生訓、自己啓発、先輩のアドバイスなどなど、「他人の考えたこと」や「自分の外部が決定してくれること」と相性が良いです。
「うちの宗教は素晴らしい、この教えを知っている自分はそうでない人と比べてなんと幸福なことか!」とか「お金を稼ぐことこそ正義! こんな真理を知らぬ人は地獄に堕ちるでしょう!」といった形で、優越感が付随する場合ももちろんあります。「納得→優越感」の流れ。
「納得」は通常、外部からもたらされますので、「自分の外部」にあるものによって優越感を得ているわけですが、まあ大きく見ればAの人だって持ち物とか属性、能力につけられたラベリングとかで優越感を持とうとする場合がほとんどなので、「外部」と見ていいでしょうね。
 ところで、Bの人たちの中には「優越感を持っていないと納得できない」という人もけっこういる。
「私が納得する私は、常に優越感に浸っている私だ」という人。
 この人はAと同じように社会性を強く持っていて、この世界で生きるのに合っています。うらやましい。

 AとBとは自己実現の典型的モデルだと思います。
 自己実現のほとんどは「自己の外部を利用した優越感」によって達成される。あるいは「自己の外部を自己として納得すること」によって。
 で「外部」の代表ってのがお金。
 お金で実現できることも含めて。

 まあちょっとわからないでしょうけど3年後くらいにまた読んでくだちいよ。
【しばらくわけがわからないゾーン おわり】


「楽しい」や「仲良し」は自分ないし自分たちの外部に頼らないってわけね。
 ずっと「内と外」について書きたかったんだけど、はからずもちょっと踏み込んでしまった。
「楽しい」も「仲良し」もその内側で完結するから好きなんだな。
 数字にもならないし最高なんだ。

 優越感はなんでも計量化してしまうでしょう?
「面白さ」だ「楽しさ」だと。
 比較可能にしてしまう。
 だから資本主義はそれを煽りたがるのだと思います。

2020.5.23(土) 手をのばせばドラえもん

 いちばんは実家だけどその次に長く過ごした家は練馬区富士見台のアパート。18歳から29歳まで住んだ。六畳に板の間がついて七畳弱くらいの部屋と、キッチンと、お風呂とお手洗いは別々、なんと庭付き。管理費込み47000円。
「あらま安いわねえ、さぞや交通の便の悪いど田舎なのでしょう?」とお思いか、さにあらずよ。西武池袋線でスッと池袋に出られるのはもちろん、副都心線直通で新宿三丁目、渋谷、横浜、みなとみらいまで乗り換えなし(本当に富士見台から一度も乗り換えないで行ける)。有楽町線直通で新木場までも一本。通学は自転車だったけど早稲田まではちょうど10キロというところ。上野に出るときは池袋から山手線が最安、あるいは有楽町線直通で飯田橋で乗り換えて上野御徒町かしら。いずれも40分くらい。本郷三丁目までならたった25分なので、夜学バーに来るならそこから歩いてみても良いと思います。頻繁に乗るなら西武とメトロの回数券を買いましょう、放送大学の学割だとさらに2割引!
 ちなみに練馬ってのは東京23区の左上くらいにある区。池袋からまっすぐ左。僕の住んでた家は練馬駅よりもちょっと先(左=西)のほうで、練馬高野台駅と富士見台駅とのちょうど間。閑静な住宅街。どちらも歩いて10分はかからない。東の富士見台方面は活気ある商店街が続き、中村橋、練馬駅へと延びていく。西の練馬高野台は新興の駅だからブックオフとかマクドナルドなどチェーン店があった。大好きな長命寺というお寺もあった。その先を川沿いに歩けば石神井公園。春はどちらへ行っても桜並木で、ちばてつやプロや虫プロダクションは散歩コース。まあめちゃくちゃ素敵な環境だったわけだ。
 有名な話ばかりして恐縮だがなぜ富士見台を選んだのかというとのび太の住んでいる町が「練馬区月見台」らしいことが15巻「不幸の手紙同好会」でのスネ夫の住所から明らかになってるんですね。実際は練馬区に「月見台」はなくて「桜台」「氷川台」「富士見台」がある。「見」がかぶってるから富士見台がよかろう。虫プロ(手塚治虫先生のかつてのお住まいでもある)もあるのだから、パワースポットとしても上々。受験しに来たその足で練馬駅前の不動産屋に行って「富士見台の物件をください」と言ったのは本当に有名な話である。そしたらスネ夫と同じ三丁目で、番地の末尾まで同じなのがあったので即決した。
 言い忘れましたが僕はドラえもんが好きなのである。かつては「ジャッキー ドラえもん」と検索窓に打ち込めばいちばん上にこのサイトが出てきたものだ。当然この練馬の家にもドラえもんは全巻備えてあった。寝床(お布団を敷いていた)の脇の、大きな本棚のいちばん下のあたりに並べてあった。もちろん「寝転がっている時にすぐ手に取れるように」ということである。これが本当に良かった。
 10代から20代の僕というのは不安定の塊で、毎日ウーウーと泣き暮らしていたわけである。布団にくるまって「もうだめだ」「死ぬしかないぞ」「みんな消えてしまえ」といつも願っていた。自らを嫌悪し、世界をのろい、立ち上がる気力もない、そんな時にでもスッと手をのばせば『ドラえもん』が何巻からでも読めたのである。これは本当にありがたいことだった。何度命拾いしたかしれない。
 本当に落ち込んでいる時、好きなマンガなんか読めない。落ち込んでいる人というのは基本的に落ち込んでいたいのである。落ち込んでいるという状況がもう気持ちよくなってしまっている。「もしかしたら自分を元気付けてくれるかもしれない」ようなものはその快感を阻害してきよる。僕も「ああ、いま、ドラえもんでも読んだら元気になってしまうな?」という状況はよくあって、「でももうちょっと、この状態に浸っていよう」なんて甘っちょろいことを、45冊並んだ黄色い背中を眺めながら思っていたのだ。そんなような記憶や感傷とさえ、ドラえもんは一緒にある。
 そしてもちろん、「よし、今だ、いまドラえもんを読めば僕はもう大丈夫だ」と薄暗い部屋の中で確信的に手を伸ばすこともあった。もちろん寝っ転がりながら。適当な巻を適当に読み、ウシャシャと笑って、「あー」とかいって「そういえば世の中の理想とか幸福というのはこういったものだったな」と復習を果たす。まったくすばらしい機能的なデザインの部屋だった。
 ストレスとかいう正体のわからない謎の物質(!)について調べていたら、スマホもよくないと書いてあった。ええ、みなさんそうおっしゃいます。でも本当にそうだよなとも思う。昨夜はすべてを忘れ、代わりにドラえもんを読むようにした。24巻と15巻を読んだ。大爆笑。うむ、人はこのように健やかになっていくのであろう。朝起きたら昨日よりは体調がよくなっていた。僕にとってドラえもんの世界はすべての始まりであり目指すべき理想郷である。夢があるだなんだって言い方は本当に嫌い。ただばからしくあほらしく、面白く楽しく、とち狂っていて仲良しなのが良い。

2020.5.22(金) ストレスとは

 高校までは「プリント」って言ってたのにそのあと急に「レジュメ」っていう言葉が出てきますよね。「僕はそんな言葉習ってないんだけどな?」と思っていた。そういうの、わけがわからなくてとてもいやだ。みんななんとなく、みんなが使う言葉を自然にマスターしていく。きわめて当たり前のことなんだけど。でも、急じゃないか? と思うことはよくある。
「ストレス」という言葉もそうだ。僕にはストレスというものがなんなんだかわからない。急に出てきた気がする。突然みんなが言い始めた。当たり前のように。戸惑ったままずーっと経って、それがいったいどういうもので、どうやって蓄積されどうやって解消されるのかまったくわからない。
 ここ数年、寝る前とかに耳がバリバリバリっと鳴る。主に右耳。インターネットで調べるとストレスが原因だろうという。耳鼻科にも行ってみた。ストレスだろうと告げられた。薬を出されたが改善しなかった。そのうちまた別の医院に行ってみようとは思う。
 火曜の夜くらいから体調が悪い。それより何日か前から、「なんとなくやる気が出ない」という気持ちがあった。症状をもとにインターネットにたずねるとやはり「ストレス」といわれる。ストレスは万病の素らしい。大袈裟な話ではなくて。
 僕はたぶんものすごくストレスというやつを抱えているんだな、というのはわかる。さっき心もちをしずめようと思って手にとったドラえもん24巻の「ションボリ、ドラえもん」という回を読んで大号泣してしまった。わんわん。のび太とドラえもんはすんごい仲良しなのだ。それだけなのだ。それが本当に素敵なのだ。「仲良し」であるということが、ほかのどんなことよりも絶対に大切だということが、完璧に真理だと僕には思える。
 でもそういうふうに思っている人はあんまり多くないんじゃないか、と考えると、つらくなっちゃうんですよね。とにかくもうずっとそう。
『宇宙船サジタリウス』というアニメを観てですね、僕は、宇宙で最も大切なものは「友達」であって、人は一人では生きていけないし、一人で生きていたってつまんないんだってことを学んだ。それは完璧な真理だと僕には思える。しかし……? みんなはそうでもないのだろうか。
 サジタリウス・クルーは時に金に目がくらむ。家族を養っていくために義を捨てかけることも何度となくあった。だが最終的には「友達ほど大切なものはない」に落ち着くし、家族たちだって、みんなで仲良く生き生きと暮らしていったほうがいいのだと考える。そういうもんじゃないんだろうか。
 理想論なのはわかってますが、「できるだけそのほうがいいでしょ?」ってのは、まず間違いなくそうなんじゃないのでしょうか。
 みんなお金の話ばっかでねえ。
 お金が大好きだでねえ。

 お金、欲望、優越感の三位一体。今日はもう言ってみますが、醜いじゃないか。「仲良しの発想」が微塵もない。
「みんな」っていう発想が、そもそもない。「わたしとそれ以外」しかない。「きみとぼく」くらいはあったってよかろうにね。
 なんて思うような価値観の人がこの世で生きていればそりゃストレスは自然とたまってくるってものなんだろうけど、「ストレス」ってものはドラえもんの世界にもサジタリウスの世界にもありませんので、僕は知らない。解消の仕方もわからない。
 それでついにここ数日でたぶんパンクしてしまった。ここまで体調悪くて情緒も不安定ってことは、たぶんまあストレスってことなんだろう。いろんなことが止まっています。ご迷惑かけてすみません。
 ちょっとしばらくストレスについて考えて、ストレスのないような生活を心がけてみますね。


 やっぱり、どうしても、「報われないなあ」と思ってしまうことはある。だけど「報われる」なんて考え方がばかげていることも当然わかっている。「それにしても、もうちょっと自分で考えたり判断したりしてもいいんじゃないのか?」と逆恨みしてしまうけど、もちろんそれも筋違いだ。
 粛々とやるのみなのだ。信じるように。その道で「ストレス」なるものをためてしまうのは何よりもあほらしいのだから、もうちょっとくらい上手になりたい。

2020.5.19(火) しますタグ

 ツイッターで「〜〜に抗議します」といった文体のハッシュタグが流行っている。さまざまあるが僕は一括りにこれらを「しますタグ」と呼んでいる。
 最も有名(?)なのは「検察庁法改正案に抗議します」だと思う。これはたとえば「検察庁法改正案反対」でも意味は同じだが、「抗議します」というタグをみんな使った。その後も多くの「〜します」系タグが生まれ、毎日おそらく何百万件とつぶやかれ続けている。
 漢字ばかりが続くと読みづらいし、「〜〜に〇〇します」という形式のほうがパッと見て内容がわかりやすい。そういう事情もあるだろうが、ごく個人的な見解として「〜します」には「主体的に意見を表明する」という感触がある。ここがミソだったんでないかと思う。
「します」という言葉は、主体を自分にする。そのツイートにおいて主人公は自分である。「検察庁法改正案反対」よりも「検察庁法改正案に抗議します」のほうが「主体的表明感=主人公感」が強い、と僕は感じる。言い換えれば「民主主義感」でもいい。「政治参加感」でもいい。
 観客ではない。御輿を担ぐ手応えがそこにはある。もちろん同時に「責任」だってついて回るが、流行ってしまえばこっちのもの。みんなで渡れば信号など関係ない。「青だ!」と叫びながら横断すればいい。戦う前から官軍である。

 結局みんなが求めているのって「やってる感」とか「やった感」だと思う。「いまの政権は、やってる感を出してるだけだ」みたいなことはよく言われる。これ実は庶民のレベルでもそうで、「やってる感」あるいは「やった感」というものがみんな本当に心地いいらしいのだ。いまに始まったことじゃなく。
 恋人同士の「話し合い」なるものはたいてい不毛で、たいして建設的なものではないが、そこで互いに思ってることを言い合って、泣いたり笑ったりして、なんとなく最後うやむやになったり「じゃあこういうところを努力目標にしましょうね」というあたりで手が打たれたりする。これぞ「やってる感」「やった感」の代表だと思う。そういうような儀式が世の中にはあふれている。
 デモも投票も「しますタグ」ツイートも、もちろん目標に対しての効果がゼロだというわけではないが、それだけで大きな効果が見込めるわけではない。わりと儀式的な意味合いが強いと僕は思っている。「やってる感」「やった感」の充足には寄与するが、そこが充足したぶん他の現実的なところに使われるエネルギーが削がれてしまっている、というような人は多いんじゃないかねー、と。
 だってそれは目の前に「イエスかノーか」という形で置かれたものに「イエス」と答えただけであって、その人が使ったエネルギーは実質それだけなのだ。100あるエネルギーの1を「イエス」に使って、残りの99は眠らせている。でもその「1」が「やってる感」「やった感」を充足させてくれるので、本人は眠った残りの99に気がつかない。
 100あるなら100、正義のために使ったらいいのだ。しかし「イエス」という手軽なボタンが目の前にあって、1のエネルギーを使ってそれを押すだけでなんとなく100が達成されたような気になる、というのが支配の仕組みの巧みさだ、という話で。残りの99はどこに行ったのか? というと、いろんなところに散っていくわけですよね。
 100のうちのたった1だけをボタンに使って、99をほかの素晴らしいことに使えるのならば、お手軽ボタンを押すことも有意義かもしれない。しかし1を使ったことによって99が眠ってしまうのだとすれば、そんなボタンは押さないに限る。
 また、かりにあなたが「100のすべてを有意義に使える」人間だったとしても、あなたの振る舞いを見ている他人がどうであるかはわからない。あなたがボタンを押すところを見て、誰かが真似してボタンを押した、そのことによってその人の99は眠ってしまうかもしれない。「0よりも1のほうがマシだから」と開き直るなら、まあわかる。そうでないなら、もうちょっと別の方法を考えたっていいと思うね。
「みんなでボタンを押す」という行為は、「そのボタンの効果を高める」ということに対しては有効かもしれない。しかし、もしそれで「ボタンを押す」ということがクセになってしまうのだとしたら、それ以上複雑なことはしなくなるかもしれませんよね。もちろん、「どうせほっとくと何もしないんだからボタンくらいは押させよう」というのは正論だろうけど。

 いま世の中がどういうふうにできているかというと、「みんなが平均1ずつのエネルギーを持ち寄って成立している」というようなものだと僕は思う。みんなが100とはいわないが、たとえば平均50くらいずつ持ち寄ることができれば、かなりいいんじゃないだろうかい。それをめざして、平均1よりは平均2、それよりは5、10……と増やしていけるようがんばるってのが、ほんとうのさいわいに近づいていくひとあしずつってえもんじゃねえのかいインテリさんよお?
 サボって、「このボタンを押しときゃいいんでしょ?」っていう怠惰な人たちが多いから、平均1程度にとどまっているわけで。「おういみんな、このボタンを押せばいいんだ!」とかね。手抜きの方法を見つけて、それに飛びついて拡散して、キャッキャして、また次のボタンを見つけて喜んで、というのが延々繰り返されている。あたらしいハッシュタグを見つけるみたいに。
 一人ひとりがせいぜい素敵に楽しく生きるしかない、と僕はいつでも誇らしく答えます。あなたの人生の主人公はあなたであります、人生ってのは信じられないほど壮大かつ荘厳なもので、たった1ツイートの主人公ごときにおさまっている場合ではないのですよ。

2020.5.17(日) ランタンzone

【おさらい】
 二十代前半は新宿ゴールデン街の某店で日雇い店長をやっていたが2012年11月1日に追い出され(当日解雇宣告)、同年12月1日、西新宿に「尾崎教育研究所(おざ研)」開設。ホームセンターで板買ってきて追い出された某店と全く同じ寸法のカウンター(足場付き!)を自作した。たった1ヶ月で次の物件に入居していた速度は我ながらすごい。実のところA社の社長であり某店の初代オーナーであったYさんのおかげである。「ジャッキーくんのやってることは芸術活動だと思うんですわ〜」と全面的に協力してくれた。一生恩返しを続けねばならない、と僕は心底思っているので彼のその投資は大成功だったと思う。
 西新宿の物件は定期借款だったため2015年8月31日をもって契約終了、野に放たれることとなった。しばらくは「お店」のようなことをしていなかったが記録によれば2016年9月3日〜10月31日までを中心に「ランタンzone」というのをやっている。
「おざ研」は飲食店営業の許可をとっていなかったので形式としては「会費制の飲み会」であった。一通りのバーらしい設備は揃えていたが「一杯いくら」ではない。カウンターの上に木戸銭箱を置き、そこに「千円くらい」入れてもらって、あとはそこにあるものを飲み食いし放題、もちろん持ち込み大前提で、というシステムだった。(「おざ研システム」と呼ばれる。)
 このやり方は場所を選ばない。むしろ花見とか月見とか屋外での集まりと親和する。あとは象徴がありさえすればいい。焚き火は場所を選ぶので、灯り、かつ持ち運べるもの、そうだランタンにしよう、と「ランタンzone」はできあがったわけである。
 ランタンのあるところ、どこでもその会場となる。サイゼリヤでもいいし大学のラウンジでもいい。どこでもできる。場所代は基本的に無料。経費はほとんどかからない。野外では4月〜10月以外は難しいが、11〜3月はペースを落として屋内で開催すればいいのだ、無敵、と思っていたところで、2017年初頭に「湯島でバーをやらないか」という誘いが来る。4月から「夜学バー」として運営開始、今に至る。


 2020年5月17日は「庚申の日」で、いつもならお店を夜通し開けているのだが、僕のお店は東京都の感染拡大防止に全面的に協力しているので、20時以降は営業しない。そこで「ランタンzone」を久々に、3年半ぶりに開催したというわけ。

 17時に開店、しばらくお客なし。20時ちょっと前に「まだ大丈夫ですか」とお客がいらっしゃる。ほうじ茶を提供する。ランタンのことを話したら「面白そうですね」とご参加いただくことに。明朝お仕事なのに朝までいてくださいました。すばらうれしい。
 21時、日本酒、水、ちょっとのおつまみ、コップ、おはし、スプーン、お手拭き、ビニールぶくろなど一式持って、上野恩賜公園野外ステージの真裏、不忍池を望むベンチ周辺に陣取った。
 はじめは二人。しばらくするとバイクがやってきた。こういうこともあるかもしれないと思ったが本当にあった。三年半前のランタン以来にお会いする方であった。2009年か2010年の文学フリマ(『9条ちゃん』と『パン』を買ってくれたそうな)で僕のことを知ってくれた人。旧交を温める。そういえば始めからいらっしゃるかたは去年のコミティアでチラシを受け取ってくださった方なのだった。そのあと、夜学バーによくきてくださるお客さんの弟さんが単独でお越しになる。僕さえ初対面である。彼が就活生だとのことで、四人でそのあたりの話など。
 自転車がやってきて、するりと止まる。「今日は頭のおかしな人しか来ていないと思って(楽しみにして来た)」とのこと。ここまで、僕以外の四人は全員それぞれ初対面だった。決して「内輪の盛り上がり」に堕していない、ということで、こういうふうな人を集める会をやっていて、これ以上に誇らしいことはない。その後、大学生。新社会人。学生のご友人で僕は初対面の方。社会人。このあたりでバイクの方、次いで弟氏お帰りになる。もうすぐシゴヤメ(退職)する人が尻込みしているようなので迎えに行く。
 朝方、自転車の人が一人と二人、計3名来る。中学生もいた。朝だからセーフ。でも寝てたらしい。庚申的にはアウト。(眠っちゃいけない日なのである。)

 僕を入れて13名が参加し、最後(朝5時ごろ)までいたのは11名。二、三人でゆったりやると思っていたので驚いた。なんせこのご時世だから、あまり大々的には宣伝しなかったのである。こっそりと、あちこちで囁いていたのを、意外と見てくれていたらしい。

 小さなお店を三年もやると「席が固定されている」ということが当たり前の感覚になりがちだが、公園は空間が実質無限なので、流動性は極めて高い。ちなみに「おざ研」はもうちょっと広かったので、いまの夜学バーよりはかなり人が流動的だった。とつぜん立ち上がってけん玉やったりしても何も違和感がなかったし、席の移動も自然だった。軽量なパイプ椅子(夜学にまだ何脚かあります)だったってのもあるだろうな。場のあり方の可能性について、よい復習になった。
 木登りが始まったり、買い物ついでの散歩に出たり。お話をする組み合わせがぐるぐると変わっていく。いきなり寝っ転がったり、靴を脱いで裸足になったり。飲みすぎたり。一升瓶が空になったり。ワインが増えたり。「ここだけの話」が始まって、いつの間にかそれを場の全員が共有していたり。また散ったり、忘れたり。ぼーっと景色を眺めたり。
 自由なのである。自己紹介なんてのはもちろんない。話の流れで「あーそうそう、この人はねー」とか「私ふだんは〇〇なんですけどー」とかいうのが節々にあって、断片的に、表情を知るように情報を知っていく。「その人にまつわる何か」という意味のうえで、あらゆることが等価になる。
 それが僕のいたい場所の原理原則であって、やはりこのランタンzoneは一つの原点、というか、原点よりさらに遡った、より原始的な点なのである。ここから文明的に味付けしていったのが夜学バーというわけで。この自由さを、座ったままでどこまで再現というか、顕現させられるかというのが、僕が3年前に仕掛け始めた勝負。当時ランタンをやりながら思っていたのは、「次に何かをやるときは、おざ研システムはいったん封印して、お店としてどこまでやれるかを試してみたいなあ」ということだった。どこまで、社会との折り合いをつけながら、楽しく自由にやれるのだろう、と。そしたら思ったよりはうまくできた、たぶん。今回のランタンが楽しかったのはみんなが夜学バーで「練習」してくれていたからだと思うし。(夜学バーに来たことのない人が三人いたおかげで、実践の場としてかなりいいバランスになっていたはず。みんなが「お客さん」だったら、場所を移しただけになりかねないので。)

 そのうちまたこういうことはやると思います。7月11日のオフ会(10年ぶり2度め)は、昼から夕方まではたぶん同じ場所で行う予定だけど、日の当たり具合を調査してからかな。7月の直射日光はきついので。夜はたぶん夜学で。と思ったけど、意外と逆のほうがよかったりして。夜外バー。

2020.5.16(土) りりちゃんはホームレスです

「りりちゃんはホームレスです」というTwitterアカウントがあって、フォロワーは22000人くらい。そのサブアカウントが「りりちゃんの裏引きまとめです」という鍵つきアカウントで、フォロワーは12700人くらい。推測するに、その多くは性風俗または水商売または援交、パパ活ないしそれらを視野を入れた女の子たちである。男性と思われるアカウントからの反応はほとんどない。
「裏引き」とは主に「うらっぴき」と読むらしい。ツイキャスの配信でそう言っていた。意味は「お店を通さずに直接お金をもらうこと」で、主に性風俗や水商売の世界で使われる言葉。
 りりちゃんは裏引きの達人で、その手口を細かく記したマニュアルを情報商材として9800円とか12800円で売っている。りりちゃんのフォロワーである女の子たちはそれを買って読んで裏引きし、「成功報告」としてりりちゃんに届ける。それをりりちゃんが拡散する。で僕なんかが見て「ほえー」とか思う。
 僕も友達ふたりとお金を出し合ってマニュアルを買った。友達はふたりとも女の子である。太宰治の名作掌篇『座興に非ず』ではないが、三人とも座興で買ったのではない。直接であれ間接であれ役に立たせようと思ってお金を出した。生きるための投資である。みんな大まかにいえばそういうものと無関係ではない「お仕事」の人たちなのだ。
 このマニュアルのお金がどこに流れるのかというと、まずはりりちゃんのところに行く。それはたぶん概ねはホストクラブへの支払いに消える。それがさらにどこに行くのかは明瞭でないが、一部は裏社会に流れるかもしれない。だとすると我々は「闇の世界に金を落とした」ことにもなる。ただ、一部はりりちゃんの宿代(彼女には家がないのである)になり食費になり医療費になる。彼女だって座興でやっていることではないのだ。こんど読書会やろうという話が出ているので興味のあるかたご一報ください。

 さて、りりちゃんは「裏引きマニュアル」という聞いたこともない商品を自分で作って、たくさん売って、それを読んだ、あるいは読んでいなくてもりりちゃんのアカウントに触発された女の子たちが、似たような手口で裏引きをする。総額どのくらいのお金が動いたのだろう、一度に数十万あるいは数百万引いている人さえいる。ホストに使う人もいれば、生活費や学費、借金返済に回す人もいるだろう。りりちゃんという一人の女の子(21歳とのこと)が、ここまで大きなお金のうねりを生み出しているというダイナミズムには素直に心を動かされる。
 手口は一言で言って「色恋」がほとんどすべて。りりちゃん曰く、狙い目は「夢も希望もない貧乏サラリーマン」で、お金持ってても使いみちないし、楽しみが何もないから女の子にはまる、とのこと。地下アイドルやコンカフェなどに熱を上げる人たちとある程度は層が重なると思う。そういう人を風俗にくる客や出会い系などから見つくろって、LINEで「色恋」を仕掛けるというわけだ。もちろん身体は売らないし、対面すら極力避けて、口座に直接振り込んでもらう。そのための方法論が「マニュアル」になっている。
 ちなみに、お金持ってる人には裏引きよりも「定期」がおすすめらしい。食事したりカラオケ行ってお金もらうとか。ほとんど金貸しの考え方だ。貧乏人からは短期で毟り取り、金持ちとは長く付き合って、細くだが確実に利益をいただく。
 自分たちの武器は「色恋」であって、それがある種の男性に夢や希望を与える、ということをよく知っている。彼女はある時こう書いていた。「死ぬまで裏引きしてると思う」と。そんなことできるのは若い時だけだよ、という意見もありそうだが、たぶんそうでもない。相手の年齢にかかわらず、夢や希望は湧いて出てくるものだ。夢と希望に満ち充ちた状態の相手に、「実はお金に困っていて」と持ちかける。かなり、普遍的なはず。
 りりちゃんは時々、冗談めかしてこんな意味のことを言う。詐欺ではない。色恋を通じて、夢や希望を売っているのだと。これがノーだと言うのなら、「夢や希望を売る」あらゆる商法との差は、どこにあるのだろう。

「色恋による夢と希望」で、自分だけでなく一万人規模の女の子を巻き込み巨額のお金を移動させているりりちゃん。偏在する富の再分配。
 彼女と女の子たちは「対等」である。りりちゃんは決して女の子たちを管理したり、指図したり、あるいは組織化して指揮をとったりなどしない。ただマニュアルを作成してばらまき、「がんばって」と言うだけ。女の子たちから見れば、「自分よりも技術に秀でた友達か先輩」くらいのもんだと思う。女の子たちはりりちゃんの姿を見て、一種の憧れを持ち、「私も」と自主的に裏引きを試みる。成功すればりりちゃんにお礼を言う。「りりちゃん引けたよ! ありがとう!」「よかったね! がんばったんだね!」それだけ。

 なぜこんなことを書いているのかというと、実は2006年ごろにmixiを通じて知り合った人が「メンヘラ」をテーマにしたサイトを運営しており、それが資金ショートして困窮し、関係する人たちからは依存されっぱなしで誰にも頼れず、精神的にも追い詰められてしまっている、といった状況にあるようなのだ。
 そうなってしまった理由はいくらでもあるだろうが、一つには「トップに立ってしまった」というのがあると思う。「トップ」という立場から、手を差し伸べてしまった。その時点で上下が発生してしまうということを、もっと重く受け止めるべきだっただろう。
 りりちゃんは誰にも手を差し伸べない。ただ「こうするとうまくいくよ!」というアドバイスをするのみである。そして何より大切なことに、りりちゃんを慕う女の子たちは、「これなら自分にもできる」と思って、自主的に裏引きをしている、ということだ。
 りりちゃんはマージンを取らない。ただ「よかったね! がんばったね! これからもがんばろうね!」と言うだけ。組織化してトップに立てば、「管理裏引き集団」として巨万の額を引っ張り、りりちゃんはそこからいくらか天引きして大儲けできるだろう。しかし彼女は(あるいは、彼女にもしブレーンや相談役がいるとしたら、その人たちは)それをしない。そこまですれば逮捕されるリスクが高まる、というのが一番だろうが、たぶん「仲間意識」というのもある。りりちゃんと女の子たちは「色恋を武器にし得る女の子」という共通点があって、だから「一緒にがんばろうね」という気持ちが自然に出てくるのではないかと。
 件の彼は「互助的なコミュニティ」を作りたいと思っていたのだろう。そのためには一時的にであれトップ(リーダー)が必要で、自分にはその能力も志もある、と考えたのだろう。しかし結果は「1000万近い赤字を出して困窮し、やりがいも持てないどころか精神的にも疲れ果てる」だった。最大の問題はおそらく彼の人格や考え方にあるのだろうが(その辺は古い知人なのでよくわかる)、具体的にどこがまずかったといえば、「トップに立ってしまった」ことだ。そして「お金を自分のところに集める」をしてしまった。すると負債だって自分のところにすべてやってくるわけだし、責任も一点に集中する。
「トップがいる」と、自分が主人公になれないのですよ。りりちゃんの巧みなところは、女の子一人ひとりを主人公にしたことですよ。
 トップがいるコミュニティでは、「トップが各人に役割を当て、各人がそれに満足感を得る」という仕組みになる。成員が増えれば、一人では手が回らなくなる。だからせめて、もっと小規模にやるべきだったんじゃないかしらね。

 さてさて、僕はりりちゃんが好きである。やっていることはほぼ犯罪だが、構造として非常に面白いし、やり口が本当にうまい。現代、リーダーとはかくあるべし。組織化せず、トップに立たず、「対等」を重んじる。共感と仲間意識を持ちながら、コミュニティは作らない。利害関係のない場所でカリスマとスター性を輝かす。だから憧れを持たれ、愛される。自分が主人公になろうとしちゃ、だめよ。人生の主人公は、常にその本人なんだから。裏引きに成功した女の子に対する「おめでとうございます! 努力の成果ですよ!」といった言葉がけが、そのすべての象徴なのだ。

 3年半ぶりランタンzoneします。17日(日曜、庚申)21時から29時くらいまで、上野公園不忍池南側あたり。「上野恩賜公園野外ステージ」の裏側の通りを歩いていただければ見つかるとおもいます。目印はランタンです。ささやかに光らせておきます。
 念のため説明すると60日にいちど巡ってくる「庚申の日」は1000年以上前から「眠ってはいけない日」として伝承されていて、夜通しお話をしたり遊んだりする慣習があるのです。いつもはお店でやっているのですが、20時以降は休業なのでできません。扉に貼り紙をして公園にいきます。あったかいといいな。夜は冷えるかもしれないので防寒しっかりめでどうぞ。

2020.5.12(火) 絶望の裏面

 僕に日本橋ヨヲコ先生の『G戦場ヘヴンズドア』を薦めてくれた友人は「絶望と焦燥感!」と叫び続けて死んだ。ええ、また彼を出汁にして書き始めるわけです。いま僕は彼が死んだ場所から数百メートルくらいのところに住んでいて実に運命、と感じる。
 有名なせりふを引用しよう。

 かわいそうになあ。気づいちゃったんだよなあ、誰も生き急げなんて言ってくれないことに。
 見ろよ、この青い空 白い雲。そして楽しい学校生活。
 どれも君の野望をゆっくりと爽やかに打ち砕いてくれることだろう。
 君にこれから必要なのは絶望と焦燥感。
 何も知らずに生きていけたらこんなに楽なことはないのに。

 それでも来るか、君はこっちに。

 ここから先は若干、あえて、偏ったような書き方をいたします。
 絶望と焦燥感、若者を突き動かすものはこれであらねばならぬ。
 もやもやとした理想があって、それは具体性がなかったり、あったとしてまったく的外れだったりもするけど、とにかく自分が「そこ」に届いていないということだけはよくわかっている。見えない理想に近づこうとして、どっち行ったらいいかもわからず右往左往、ときに間違え、誤り、傷つけたり傷ついたりする、ジェイポップの歌う若さそのものみたいな心境にほぼ常にいる。
 しかし正しい若者というものは、無意識に「上」へと手を伸ばす。正しくない若者、というのがもしいるとすれば、その人は「下」へと落ちていこうとする。あるいは潜っていこうとする。
 いずれにせよ、その推進力は絶望と焦燥感。理想とかけ離れている絶望と、そこへ近付きたい焦燥。もちろん時により上を目指したり下へ向かったり一定でないが、その時点でのトータルがかつてのある一地点よりも上にあれば「成長」といえるだろうし、上を見ている時にその人は「正しい」状態にある、などと考えると便利なのでそう思うことにする。
 その西原という人間は右往左往、いや上往下往のすえ、トータルで閾値を下に超えた。つまり死んだ。彼だってもちろん上を見ていたし、実際上に動いていた瞬間も確かにあった。しかし足りなかった。間に合わなかった。彼の絶望と焦燥感はついに上昇気流をつくらず排水溝の渦となってやがて消えてしまったのである。(ドヤ!)

 さあ君の絶望は、君の焦燥感はいまいかほど? どちらを向いている? どう手を伸ばしているか? それが概ね「上」を志向するものであれば、未来は安泰である。そうでなければ、死に近づくと言ってひょっとしたら比喩でない。
「そうは言ってもこの無重力の(あるいは多重力の)世界でどっちが上であるかなんてわからない」、そうなのだ、だから苦しい。ただ「絶望の望を信じる」などと言うように絶望は希望の裏面であって、焦燥は強いほどスピードが増す。(ドヤドヤ!!)
 絶望をひっくり返して裏面を見よ、そこに方角はきちんと書いてある。そして焦燥を燃料に。とても単純にいえば「どうしてみんなは仲良くしようとしないんだ!」という絶望の裏面は「みんな仲良くしてほしい」で、その人の望みはそこにある。
「どうして僕は素敵じゃないんだ?」の裏面は「こうだったら素敵といえるのにな」で、だったらそっちのほうに手を伸ばす。そこで湧く「でも自分はそんなに素敵ではないんだ」の裏面は「どのくらいならば素敵なんだろう?」であるし「どうすれば少しは素敵になるのだろう?」で、そこに地道な道はあるわけだ。や、綺麗事なんですけど、それ以外に道なんて思いつかない。
「自分が素敵になるなんて不可能だ」の裏面には「どういう人ならば素敵になることが可能なのか」というのもあって、その中で自分が満たせそうな要件は本当に一つもないのか、考える。ないのなら「そもそも素敵ってなんなんだ」「素敵になる必要なんてあるのか」等々と解体していく。解体できたら当面その悩みには用はない。次の絶望へと検討を移す。
 絶望なんか、吐いてすてるほどあるのだ。

「正しい道の上にも水たまりはできる」とは奥井亜紀さんの『ハジマル。』という曲の一節。『銀河鉄道の夜』にいう「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠の上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」というのと同じ。
 若いというのは「わけがわからない」ということ。そこで安易に「わけがわかる」のほうに直進してしまうと「納得」の世界の住人になる。「しかたないよ、そういう仕組みなんだから」が口癖になる。「わけがわからない!」という絶望の裏面は「わけがわかるとはどういうことなんだ?」であって、そこから離れなければ悪いことにはならない。決して、「わけがわからない!」という絶望を脇に置いて、「わけがわかる」という安直な用紙を手にしてはならぬ。「わからない」と絶望し、そこに焦燥を抱き、「わかるとはなんだ」へと進んでいく。ザードの言う「知るコトを知るために学んでいるのだな」の答えまで、僕だって二十年以上かけてほんの少しずつ近づいているのだ。

2020.5.08(金) さしずめインテリ/都市と土着

 通学路にある、とっくの昔に閉業したかと思い込んでいた喫茶店が開いていた。こじんまりとした店内には店主夫妻と5人のお客がすでにあり、全員が全員とおしゃべりしていた。人間関係のみで構成された空間に僕も少しだけ引き込まれて、いつの間にか「上野でバーをやっている」と話してしまった。「なんて店?」と訊ねられたので一瞬ひるんだが隠す必要もない、「夜学バーといって、あの、夜に学ぶと書きまして」と答えた。それでいくらかやりとりをしたあと、「勉強の好きな人がたくさん来るんでしょう?」と言われた。
 そこにはおそらく、「てめえ、さしずめインテリだな?」というニュアンスがある。インテリの存在する世の人間は「インテリか、そうでないか」に分かれ、現代日本においては大きな懸隔がある。僕は大卒でありもちろんインテリに属する。
 大卒と非大卒の溝は深い。大卒にもいろいろあるし非大卒にもいろいろあるが大まかに捉えればそれは「ある」と思う。とくに「自分はインテリではない」と思っている人が「あの人はインテリである」と認識するとき(もちろん「インテリ」という語を用いるかどうかは問題ではなく)、それは多くの場合「非大卒による大卒への目線」であることが多かろうと想像できる。いや、「非大学進学者から大学進学者への目線」としたほうがより適当か。

 僕の卒業した中学校は、たぶん大学進学率がかなり低い。高校にすら上がらない友達がけっこういた。大親友のたかゆき氏は商業高校からコンピュータの専門学校に進んだ。今でも仲の良い同じクラスだった女の子は、そこそこの進学校に上がったものの学年(クラスだったかも)でたった一人、専門学校に行った。「だって地元じゃ大学行くのってべつに普通じゃないし」という気分もあったんじゃないだろうか。
 うちは四人兄弟だが、うち二人は大卒、一人は高校中退、一人は高校に行かなかった。父親は公務員、母親も保育園で働いている。二人とも教養深い趣味人であり人格者。本棚には本が並び、巨大なスピーカーからジャズやクラシックが毎夜流れ、パソコンは少なくとも僕の物心ついたときからあった。上の三人はピアノ(家にピアノがあるのだぞ! 昔はエレクトーンもあったはず!)を習ったりさえしてたのである。家庭環境としては全員大学か専門学校には行っててもおかしくないもんだ。それで半数というのは、我らファミリーの感覚がちょっと特殊だからというのが一番だろうけど、「地元が地元だから」もまったくないわけじゃないと思う。
 大学進学率の全国平均は50%ちょいだけど、都市部では高く、そうでなければ低くなる傾向は必ずある。下関出身の友人は「地元で大学行ったのは数える程度」みたいな話をしていた。実際、都道府県別のデータ(2019年)では40%から65%まで差が出ている。山口県はワースト2位で43%。愛知は58%もあるけど、名古屋市の周縁部、某ゾネ中学の大学進学率はどのくらいなんだろう?

 地方都市の、川沿いの荒れた中学の学区には、なんとなく「大学は行かなくて当たり前」という空気があったと思う。地域によっては「大学は行って当たり前」という空気が強いところもあるはずだ。それがそこに生まれ育った人間の意識に影響して、地区の大学進学率を左右させているという事実はあると思う。
 東京の場合は、名古屋市の周縁部やそれ以上の田舎とは話がぜんぜん異なる。私立中学に進む割合がまるっきり違うから。統計の元データのページにたどり着けなかったけど、2018年ごろの東京の私立中学進学率は24%くらい(23区に限ればもっと多いはず)で、全国平均は7%ちょい(人口の1割以上を占める東京都も含めての数値!)ということだった。
 私立中学に進む人たちは「土着の価値観」からかなり自由になれる。荒れた地域に生まれ育っても、中学から私立ならばその影響はかなり小さくなるだろう。東京の私立中学だと大学進学率が9割以上なんてのはザラにありそうだ。「専門学校などを含む高等教育機関」まで広げれば東京の私立中学に進んだ人のほとんどが該当するのでは(全国平均でさえ80%)。そういう環境にいれば、「大学には行って当たり前」という意識にたぶんなる。

 僕は中学までは「非大卒」の世界に生きていたと思う。学年が300人いて50人くらいはろくに学校に来ていないのでテストがほぼ0点でも250位くらいは取れる。まあまあ勉強すれば50番以内に入れた。学年1桁の順位をとったこともある。僕が賢いのではなくて層が薄かったのである。
 それが一転、高校は「大学進学率が99%」というくらいのところ。ここで僕は「中学までの世界」と断絶してしまった。仲の良かったはずの不良たちとは20年、連絡もとっていない。ケータイなんて持ってなかったし。「約束しなくても毎日会えた」じゃないけど、団地の合間をぶらぶらしてたら無限に友達と巡り会えて、何も言わなくてもそのまま一緒に遊んでだらだらしてたみたいな、あの緩慢で刺激的な日々はもう「まったく別の世界」になってしまった。
 そしてたぶん、あの世界はまだ続いているのである。東京の下町で居酒屋なんか入ると、なんかそう確信してしまう。
 あの頃の自分に意識を巻き戻すと、たしかに「勉強」だの「学び」だのというものはまったく遠くにある。川原でバイク、道端でタバコ、屋上でビール。公園で全部。自転車パクって万引きして自販機荒らして弱いやつ殴ってたような奴らが、すぐ隣で常に笑っていた。そこから今いるところとは、本当は完全に繋がっているはずなのに、高校一年生の僕は「飛び越えて」しまった。そうしたくてしたわけでもなく、いたって自然に。ただ、当たり前に。だって僕はタバコも酒もやんなかったし暴力も嫌だったもの。ただ「その土地にいた」というだけで価値観を共有できていたのだ。
 僕は相変わらずその土地に住んでいたけれども、上飯田のゲーセン(メイチカ)や宮グラ、六中(南荘の六棟中央)などには足の向くはずもなかった。彼らはずっとそこにいたのかもしれないし、そこから別の居所に移っていったのかもしれない。それすらも知らない。誰がいなくなり、誰が残っているのかも。ただ同級生がうちのマンションにペンキ塗りにきてて「よお」なんて言ったのは覚えてる。そのくらいのもんだ。もちろん高校のとき。

 土地というのは、「生まれた」「育った」「住んでいる」だけでは本当の威力を発揮しない。そこで「暮らす」ということがなければ。暮らすというのは、買い物に行ったり外食したり遊んだり、そこらへんを歩き回るということ。その中で人と触れ合うということ。また何よりも、そこで働くこと。「生まれた」「育った」「住んでいる」の三つの上に、「暮らす」が重ならなくては、土地というものはなかなか自分のためになど働いてくれない。
 一度「暮らす」を放棄した僕は、もうそこには戻れない。いや、もちろんふたたびその土地に戻って、「暮らす」をふたたび始めたら話は別だろう。毎日あのへんを歩き回れば。あの地域で働けば。そんなことはまあ、ありえない。
 土地に土着の価値観は限定的で、オリジナル。都市部の価値観は普遍的で、ありふれている。都市に慣れても、ときに懐かしくなる。あの鳥カゴのような見通しの良い世界が。僕が東京で喫茶店や食堂にばかり入るのは、そうやって失ってしまったものに再会したくてたまらないということなのかもしれない。「生まれた」も「育った」もなく、「住んでいる」だけを握りしめ、必死に「暮らす」で食らいついている。土の味を噛みしめたくて。

 僕の世界は、高校を経て東京に出て大学を卒業し、トンネルを抜けるように景色を変えた。非大卒の世界から大卒の世界へ、なんて言うと反吐が出るほど甘苦しい。地元から都市に出ただけだ。で、もう道端に唾を吐いてた世界と、鉛筆持って文字を書く世界との間には埋められない溝があるように思える。それは再会が絶たれるということ。そんなのいやだな、あいつらにまた会いたいな、と思っても、いったい何をすればいいのか? 実際にまた会うのか、あるいは別の誰かと、何かと、再会するしかないのか。
 今そんなことばかり考えてる、なぐさめてしまわずに。

 5月8日は同じ小学校の、ある友達の誕生日。東京でホストとかやってるらしい。彼にピッタリの職だと思う。中学を出てからは高校のときに一度か二度会ったきりだ。でも誕生日は永遠に覚えていてしまう。これも呪いのようなもの。

2020.5.05(火) こどもの日

 僕はもうそろそろな年齢なのですが自分がコドモであるということから離れたことはないように思います。離れようとしたり、離れたかなと思ったことはあったかもしれないけど、離れたことはない。それは「少年の心を持った」みたいなあほくさい言い回しのニュアンスとは違って、本当にコドモなのである。
 高校二年生のとき、ある女子校に通う一つ年上の女の子と仲良くなった。その人からもらった手紙に「あなたに対してわたしが出した結論は、良くも悪くも子供だということです」なんてことが書いてあった。この文面は(正確な記憶ではなかったとしても)一生忘れない。高校二年生にして「結論」を出されてしまった僕は、「子供」だったようなのだ。
 たぶん僕が身勝手であったこと、奔放だったこと、そして「未成熟な欲求に忠実だったこと」などのせいだと思う。
「未成熟な欲求」というのは野蛮とか貪婪みたいなことではなくって、「お菓子があればそれで満足」みたいなこと。泣いてわめいて、でもアメもらったら笑顔になるみたいな。そういう幼稚さだったのかな、などと今になって考えている。
 お菓子を食べすぎたらご飯が食べられなくなる、ということに鈍感なのだ。お菓子よりもご飯をちゃんと食べたほうが体にもいいし、家庭だって「ご飯をちゃんと食べる」ことを念頭に置いていろんなことを設計、計画しているわけだから、自分だけの問題ではない。でも「未成熟な欲求」は、目の前にあるお菓子を食べて満たされて、「ご飯はべつにいいや」ってなる。ご飯、もう用意されちゃっているのに。

 そういう未熟さ、幼稚さというのには流石にいつしか気がついて、なんとか矯正しようとやってきたのがこれまでの長い時間だったような気がする。小手先はそれなりに上手になった。でも本質は、根本的には、たぶん「未成熟な欲求」がいちばんある。
 僕は相変わらずお菓子が食べたいのだ。それでご飯は食べなくてもよくなる。「食べていいよ」と差し出されても「ううん」ってなる。
 重要なのは、「食べていいよ」と言うのはいつも大人だということ。子供同士のやりとりだったら、「おかしおいしい」「おかしおいしい」で終わりである。「ご飯」なんてのは頭にない。
 しかしいくらなんだってお菓子だけを食べて生きていけるわけがない。だったらどうするかっていうと、ご飯をお菓子みたいにするのがいい。僕の方針はいま現在、断然にこれである。
 僕はご飯をお菓子みたいに食べるのが好きで、そうできる環境にいま生きている。
「ごはんおいしい」「ごはんおいしい」の世界である。なんだ、これでよかったんじゃないか、ってあまりにも単純な喜びを、最近ようやく言葉にできた。

「成熟する」っていうのは、必ずしも「オトナになる」ということではない。「コドモのまま成熟していく」ということで問題がない。「オトナ」ってのは社会ってことでしかないのだ。それはそれとして尊敬し尊重しますけれども、十分に成熟したはずの僕たちコドモだってその辺で遊んでたっていいでしょ? っていうふうには思うわけです。
 僕はね、どんな人間だって、結局のところ「ニャー」とか「バブー」とか言うもんだと思うんですよ。それを封じているのはその人自身であって。えら〜い政治家のおじさんがSMクラブでワンワン言ってる、みたいなのがありふれているなら、それを別にどこでやったっていい。隠れてお菓子を食べるんじゃなくって、栄養のあるご飯を堂々、お菓子みたいに食べたらいいのだ。
 それで成立しちゃう世の中、っていうのが、一つの理想だと思う。


 ところで、僕はお菓子の味が好きだというわけではなくって、お菓子の楽しさが好きなのだ。だからお菓子の味が好きな人にとっては、あまりピンとこないかもしれない。
 置き換えちゃいますと、ある行為について、「気持ちいい」という部分を大切にする人と、「楽しい」という部分を大切にする人、そしてその行為の持つ「契約的な意味合い」を大切にする人と、がいますわね。いずれに重きを置くかで、その代替行為も変わってくる。
 僕はたいてい「楽しさ」のほうを重視してきたから、「気持ちいい」を重視する人や、または「オトナ」であるような人たちとはズレちゃうことが多かったんだと思う。

2020.5.01(金) 理解と納得

 水曜日、東中野で所用があり自転車で12キロくらい走っていった。最近はもっぱらママチャリである。ずっと調子悪かったが浅草橋の、おじ(い)さんが一人でやってる小さな小さなリペアショップで直してもらった。
 途中、戸山公園の端っこにある団地の一階に入っている喫茶「メルヘン」で休憩しつつ軽い昼食をとった。新宿と早稲田の間くらいの場所。サービスセットとして「じゃがコーン+サラダ+コーヒー」というのがあり初めて注文してみた。じゃがいもとコーンだけのチーズたっぷりグラタンにバターはさんだ小さなロールパンがついてきた。コーヒーは同時提供。iPadを机に立てて作業していたら「もうランチタイム終わったしゆったりして」という感じでとなりの机をくっつけて二倍にしてくれた。
 いい店なのだ。ひっきりなしにお客がやってくる。団地の一階なので、おそらくそこの住人の方と、また周辺のオフィスの方。おなじ会社の名札を下げた人たちがたくさんいた。売上を一社で支えているといった風かもしれない。
 換気とディスタンスには気を遣っている。テラス席も充実している。食べ終えて外に出るとすわりこんで缶チューハイ飲んでるおじさんが何人もいた。子供も遊んでいる。あたたかな陽気の日。汗がにじむ。
 東中野で待ち合わせ相手と落ち合い、かねてから噂に聞くコーヒーとお酒のお店へ。飲みながら話す。待ち合わせ相手が次々到着し4名となる。1名退出。次いで僕も退出。
 荒木町(四谷三丁目)の喫茶店「私の隠れ家」に寄る。飲み物だけいただくつもりだったが、「お腹空いてるでしょ、正直に言いなさい」と、ありがたいことにたべものをたくさん出していただく。最近おとうふが好きなのでおとうふにテンションが上がる。お店の未来、将来についてなど話す。頼もしい人だと改めて思う。

 立ち寄ったおとうふ屋さんで気まぐれに豆乳買って飲むようなことをこれまでの長い時間かけて奪いつづけてきたのはどこのどいつだい?
 東上野の中山豆腐店というお店で通りがかりざま豆乳買って飲んだり、そのすぐ近くにあるぶるっくすっていう大きめの喫茶店でコーヒー飲んだりしてる。500円って少し相場より高いけどそれがまた特別な感覚ゴージャスで楽しいんだ。
 豆乳は160円。

 新宿方面にとって返して四谷四丁目のあひる社7Fで浅羽先生から古本をいくらか買う。奈良本辰也『日本の私塾』、三島由紀夫『アポロの杯』、星新一『きまぐれ星のメモ』、橋本治『青空人生相談所』(もう5回くらい買ってる)、石ノ森章太郎『サイボーグ009』10巻(天使編)、河合雅司『未来の年表2』。
 5Fに降りて社長と会談。これがいつも長くなる。説明しますとこの社長という人、僕が20歳の時に迷い込み通い詰めたバーのマスターであり、僕にライターの仕事を初めてくれた(そして今でもくれている)人であって、すなわち僕の生業三本柱のうち二つの分野において師匠筋にあたる存在。残りの一つ(教育)に関してもけっこう影響受けている。数ヶ月ぶりに会うので積もる話がたくさんあった。新しい話ばかりだった。
 ふたたび東中野に戻ってバーに一軒。平気で開いていた。終電まで飲む。未来人のために説明しておくと4月11日の休業要請以降は20時以降ほとんどの飲食店が店内営業を止めている。酒類提供は19時まで。要請に従わなくたってペナルティがあるわけではないが、「協力金」という名の50万円がいただけなくなる。だからほとんどの場合は店を閉めている。あるいは、閉めているフリをしている。
 夜学バーは広い範囲に知られている(たくさんの人に知られているわけではない)お店なので不正はせず、正々堂々20時にお店を閉めて50万円をもらう予定。
 ここのお酒はとてもおいしかった。マスターの振る舞いは「ストック型」で「セッション型」ではない。どちらの場合も僕は好きだが、自分の適性は「セッション」のほうにあるだろうなと思っている。この話は長くなるので読みたい人は掲示板などからリクエストお!


 社長とはいろんな話をしたが、その中に「人ってけっこう話を聞いていない(理解していない)」というテーマがあった。教室のことを思い出せばわかりやすくて、みんな先生の話を聞いているようで聞いていない。理解しているようで理解していない。この時も僕はそのように考えていた。

 数日経って昨日の深夜、ナインティナインの岡村隆史さんのラジオに相方の矢部浩之さんが初登場し岡村さんに対して「公開説教」をした。僕はやのひろみのエピソードを中1の時にリアルタイムで聴いていて今なお毎週欠かさず聴いているくらいにはヘビーリスナーなのだが、実のところ矢部さんがいなくなってからのオールナイトニッポン(2014年10月以降)は、この際だからはっきり言ってしまうとあんまり面白くはなかった。こうなっちまうんだな、という悲しみすらあった。それでも毎週聴き続けていたのは僕が岡村さんのことをずっと大好きだからである。
 思っていたことは矢部さんの指摘とだいぶ重なる。この期におよんで風俗の話ばかりする、下ネタのハガキばかり読む、ツッコミ不在で独りよがり、イエスマンしか周りにおらず、自虐もぬるい。僕は岡村さんのことが好きなのでべつにそれでもよかったが、「岡村さんのラジオ面白いよ!」と他人に言ったことは一度もないし面白くはないのだからとても言えない。
 偉くなるというのはこういうことなのだな。誰も注意してくれないというのはこういうことなのだ。とある僕の崇敬する歌手も、50歳をこえて今ちと怪しい。僕はその人のことが好きなのでそれでいいのだが、それを面白いとか良いとはとても言えないし、純朴にキャーキャーとその言動を褒めそやしている人たちを見るのは苦しい。
 岡村さんも今年で50。岡村さんを取り囲んでいた風俗野郎Aチームたちの存在は本当にきつかった。御輿にゃ乗らんが吉ですな。
 来週からはもう、下ネタも風俗の話も一切なくして、小西さん(収録に同席している構成作家)との対話形式にして、まあ半年くらいは生放送やめて録音で、ってくらいにすると僕にとっては非常に聴きやすくなる。矢部さんがいたらもっといいけど、それは難しかろうから。

 話を戻そう、矢部さんの説教を岡村さんはどこまで理解したんだろうか? 「理解してないよね」「話聞いてない」と、その放送を聴いていた僕の信頼する友達2名のうち2名が言った。岡村さんはもちろん「お前の言う通りや」「その通りや」という意味の反応を繰り返していた。

 学校の先生をしていた経験から言うのだが、授業をまじめに聞いている生徒は、「わかった」ような顔をしている。しかし、その生徒が「理解」ということをしているかというと、非常に怪しいのである。「わかった」というのが偽りだというわけではない。決してわかったふりをしているわけではない。確かにその生徒は「わかった」のである。その瞬間には、「わかっていた」のである。
 この場合の「わかった」というのは、「理解」ではない。では何か? 「納得」なのだ、と考えたら、すべて腑に落ちた。あーなるほど。僕がここんとこずっとこだわってきたワードに行き着いたわ。
 授業をまじめに聞いている生徒は、「納得」をしているのである。「なるほど、わかった」と思っているのである。ただし、たいていは「理解」というプロセスをすっ飛ばし、いきなり「納得」に至っている。一人ひとりに丁寧に「理解」させるには、そうとうな時間と手間ひまがかかる。数十分の一斉授業で数十人に対してそれをやるのは至難の業。だからとりあえず「納得」だけはしてもらおう、というのが、学校の先生たちの編み出した苦肉の策、というか、現実的な落とし所なのであろう。

 理解と納得は全然違う。ここの説明をちゃんとすると長くなりそうなので納得だけしてもらうとしよう(便利!)。人の話を聞いて、わかったような顔をして、実はあんまり理解していない人は、意外と「納得」だけは勝手にしていたりする。や、けっこうそういうもんでしょう。
「納得のいく説明を!」というのは、「理解できる説明を!」とはちょっと違う。長々と説明をされて、「なんだかよく理解できなかったけど、こちらに対して誠意を見せてくれたのは伝わった」と判断したら、「オッケー」となるのが人の世である。それが「納得」。だいたいのことは雰囲気なのだ。
 ひょっとしたら岡村さんもこれで、矢部さんの言っていることは理解できていなくても、なんだか「納得」だけはしていた、ということなんじゃないか。「自分は悪くて間違っている、相方の言っていることは正しい」という気持ちがまず強くあっただろうから、そこを軸にしてすべて「納得」してしまっていたように僕は思う。「反省」っていうのはまあ、通常そのように行われますからね。

 理解ってのはくるとしたらけっこう後にくることもあるもんで、来週以降、少しずつ理解していく可能性はある。その中で「納得」がくつがえされる(解除される)ことだってありうる。どうなるかはわからない。なにも理解しないまま時が経って、記憶も感覚も薄れていって、また元どおり、なんてパターンもあるだろう。どう転ぶだろうな。50歳になって、人はどういうふうに変わっていくのかな。あるいは、どういうふうに変わらないのかね。なんか、ラジオ聴くのが楽しみになってきた。


 立ち寄ったおとうふ屋さんで気まぐれに豆乳買って飲むようなことをこれまでの長い時間かけて奪いつづけてきたのはどこのどいつだい?
 世の中がそういうふうになっているのって、みんなが理解すっ飛ばして納得に走っていたからだと思いますよ。それはべつに僕の生きてきた数十年っていうだけじゃなくて、少なくとも高度経済成長以降のことだし、明治維新からずっとかもしれない。たとえばお金っていうのが納得のツールとして超優秀だってこと、一つとっても。それより前は、世の中っていうのは今とあまりに違うみたいだからちょっと考えがめぐらない。
 いま起こっていることもだいたい、「理解と納得」っていう観点から見ると面白いような気がする。みんな「理解」してないで、勝手に何かに「納得」をして、その納得の上に立って何かものを言ったり行動をするでしょう。そういう人たちに足りないのは、「わからない」っていう謙虚さ。「自分は理解できていない」というのを出発点に、「だから納得なんてこともできようがない」っていうのを前提に。「ほいじゃどうしようかね?」って、落ち着かないとね、そこで。
 なんか、「わかった」ような顔をしている人がよく目につくでしょう。そういう人たちは「納得」だけしてるんだって疑ったほうがいい。なんもわかってない上に、「わからない」という謙虚さもない。ただ「納得」だけを握りしめて、振りかざし、それが不気味にかがやいている。

2020.4.26(日) すべてが奏でるハーモニー

 女子校演劇部を舞台とした映画『櫻の園』を高校生の時に見た。そのころ金城学院とか椙山女学園の演劇部と仲良くしていたし自分の部にも女の人が多かった(というかそもそも高校の演劇部というのは女の人の比率が非常に高いと思う)ので、「うわーリアル」と驚いた。大人になって数年間女子校の教員として働いたが、その感想はとくに改められていない。
 みんなが一つの空間にばらばらに存在していて、「ペア」とか「グループ」といったかたちで結びついたり離れたりを繰り返し、そこかしこで無数の物語(会話やじゃれ合いなど)が紡がれていく。映画の中でそう描かれていたかは忘れたけど、僕のイメージはそんな感じ。
 女子校でなくとも、演劇部でなくとも、教室や部室はうまくいけばそのように流動的な遊園地になる。それぞれの物語はひたすら自由。いつ途切れてもいいし、他のどの人たちを巻き込んでもいい。黙っていたっていい。一人で本を読んでいてもいい。ずっとぶらぶら歩き回るだけの子もいる。


 某所で遊ぶ機会があった。二十代前半くらいの男性が一人、女性が六人、三十代男性が一人(僕)、四十代男性が一人。「ここはサナトリウムでありモラトリウム」と誰かが言った。女子校の教室のような空気感に懐かしさを覚えつつ、そうなんだろうなと思った。自由のある場所は人を癒し(療養→サナトリウム)、人を許す(猶予を与える→モラトリウム)。
 女子校のことを語ると「うちはそうじゃなかった」「それは一面しか見えていない」というご意見かならず出てきますので、ここからは巧妙にそういう書き方を避けていきます。


 世の中には、「やるべき」ということに敏感な人間と、極めて疎い人間がいる。宅飲みしているときにゴミをまとめたり洗い物をしたりということが自然に、あたりまえにできてしまう人は、「やるべき」ということに敏感なのだと思う。そこに無頓着な人間は、「やるべき」に疎いのである。
 焼肉や鍋を、いかに美味しく食べるかということに心血を注ぐ人がいる。この人が関心を持っているのは「やるべき」ではなくて「やりたい」のほう。「おいしく食べたい」とか「おいしく食べさせてあげたい」という欲求から行動している。
「やりたい」人たちの欲求実現を支えているのは、「やるべき」に敏感な人。両方を備えていればもちろん言うことないが、「やりたい」だけの人はどうしても出てくる。

 自由な場の自由さを支えているのは、「やるべき」に敏感な人たちだと思う。自分が何をすべきか、常に気を配っている人たち。そういう人たちは、自分がそうしているからこの場の楽しさが保たれているのだということをよく知っている。ゆえに責任感さえ持ってやっている。しかし、もしもこの人たちが「楽しくない」と思ってしまっていたら、その場の良さ、自由さは偽物である。美点のない、搾取構造の産物である。
「やるべき」を考えすぎて「やりたい」のほうを抑圧してしまったら、「楽しくない」になる。あたりまえのこと。

「やるべき」に敏感でありながら、「やりたい」とのバランスもしっかりとる。やるべきことは当たり前のようにやり、自分もきっちりと楽しむ。その場にいるみんながそのようにやれれば、みんなが楽しく自由にやれる空間ができあがる。
 いやもうほんと、当たり前のことを書いているだけ。小学生向けの説教と内容は同じ。本当に大切なことである。

 多くの人が一つの空間にいるとき、全体に気を配りながら、自分もめいっぱい楽しむ。そこに幸福みたいなものが浮かびあがる。ジャッキーさんて人が19歳のときに「愛とは場面である、局面である。ある一つのシーンである」みたいなことを、この日記に書いていた。

 愛とはある一局面、ある状勢・状態・状況のことをさす言葉であって、感情とかそういうものではない。
 たとえば相思相愛の状態であっても、恋という感情が一方通行であることに変わりはないから。それは片想いが偶然重なっているだけのこと。
 そうじゃなくて、例えば恋人同士が手をつないだりキスしたり微笑みあったりしているそういう瞬間に、なにか雰囲気とか気配のようなものとしてポッと生まれる、その一局面。状勢。状態。状況。それが愛。
 もうおわかりのように、これは僕も過去に何度か質問されたこともある、恋と愛との違いについて。僕としてはこう答える。恋は感情であり、愛は空気。気配。雰囲気。ある特定の一瞬間(あるいはそれの連続)をさすものではなかろうかね。
(2004年9月14日の日記より)

 それが成立するためには、当然「みんなが心地よい」ということが必須で、しかもちゃんとその「みんな」の中には「自分」も含まれていなければならない。でなければ自己犠牲になってしまうカラネ。
 二者間の関係だったら、「みんなが心地よい」は「わたしとあなたが心地よい」で、自己犠牲的な発想だと「あなたが心地よければわたしは心地よくなくていい」になり、利己的な発想だと「わたしが心地よければあなたは心地よくなくてもいい」になる。前者は「みんな」に自分をカウントしていない、後者は「相手」をカウントしていない。どちらもアンバランス。
 もっと多くの人がいる状況についてこのことを考えるなら、「みんなが心地よくなるために自分は我慢しよう」が自己犠牲的な発想で、「わたしが心地よくなるためには他人に不利益をもたらしてもよい」が利己的な発想。どちらも健やかでない。

 楽しくて自由な場は、「みんなが心地よくなるように」をみんなが意識している場。もちろんその「みんな」には自分自身も含まれている。


 尾崎豊の有名な曲のほとんどはデビューアルバム(83年12月発売)に収録されていて、もう何曲かがセカンドアルバム(85年3月発売)に入っている。三枚目(85年11月発売)以降にはメジャーといえる曲はあまりない。世間の皆皆様方のお好きな尾崎豊とは83年度と84年度の尾崎豊なのである。年齢でいえば19歳までの尾崎豊である。尾崎豊はそれから七年間生きた。
 僕の大好きな『自由への扉』という曲は死の直後に発売された六枚目のアルバム『放熱への証』にある。英題は「ALL HARMONIES WE MADE」。19歳の天才をありがたがっておいて、26歳の天才に見向きもしない、てえのは、愚かかもしれないよね?

全てが奏でるハーモニーに心委ねてみてもいいのさ
だって全ては触れ合いながら ひとつひとつの心を生み出すよ
きっとそこに信じていた自分らしさがあるのだから

誰もがみな自由に生きてゆくことを許し合えればいいのさ
今夜素敵な夢描いて 自由への扉を開いてみるのさ
きっとそこに信じていた全ての姿があるはずさ

「誰もがみな自由に生きてゆくことを許し合えればいい」というのが、26歳の尾崎豊による当座の結論だったのだろう。僕の理想はいまだにそこから離れない。


 サナトリウムでモラトリアムだったその場所で過ごした数時間、なんだか心地よかった。「やるべき」と「やりたい」のバランスがとれていた、調和していたということだと思う。飲みものをつくったりゴミを片づけたり洗いものをしたりということがすべて当たり前に行われていた。寝っ転がったり笑ったり宿題したり、学んだりしながら。
 それが成立したのは「やるべき」を担ってくれていた人がいたおかげだし「やりたい」を発揮していた人のおかげでもあり、そしておそらくみんながどちらでもあった。自由のハーモニー。ある旋律に、自分なりのべつの旋律を載せるようなこと。

 85年1月に発売された『卒業』という曲で尾崎豊は「許し合い いったい何 わかりあえただろう」と歌った。そのアンサーが「誰もがみな自由に生きてゆくことを許し合えればいいのさ」であるなら、七年間の懸隔はそこだ。わかりあえやしない、ってことだけをわかりあったあとは、ハーモニーなのである。ユニゾンではなくて。


【補遺】
「あと何度自分自身卒業すれば 本当の自分にたどり着けるだろう」という歌詞には、「きっとそこに信じていた自分らしさがあるのだから」が対応する。『卒業』と『自由への扉』は、照らし合わせてみるとそうとう面白い。

「だって全ては触れ合いながら ひとつひとつの心を生み出すよ」というのは、僕の言葉でいえば「関係しかない」ということで、縁起とか空みたいなことと似ていると思う。自由つうのもたぶん、触れ合いの中にしかない。そもそも心って触れ合い(関係)から生まれるらしいのだ。
 僕が思う「よき場」というのは、そういうもの。関係しかなくてよい。みんなの「やるべき」と「やりたい」の織りなすハーモニー。それをつらぬく支柱なり土台、あるいは舞台のようなものが、美意識。

2020.4.23(木) 暫定版 あいとる店

 いまの自分と未来のどなたかのためにまとめておきます。みなさんがいま読む価値はたぶんほぼありません。
「あいとる店はあいとるけどしまっとる店はしまっとる」というフレーズは2019年末に千鳥という漫才コンビがTHE MANZAIという番組で披露したネタから。その前にライブ「千鳥の大漫才」でもやってたのを見たけどTHE MANZAIのはさらに磨かれて(?)いてすごい。見つけられたら見てみてください。

 湯島(僕のお店があるエリア)界隈であいとる喫茶店はほぼ「シャルマン」のみと言っていい。ただ土日は休み。根津方面まで足を伸ばすと「サンクレスト」が土日もあいとる。確認した範囲では「ヒロカワ」「あぜくら」「バード」「ヴェルデ」「バンブー」は休業、「ボンドール」は時短と書いてあるけど、もともと短い営業時間(ランチのみというイメージ)だったはずだけどいつあいとるんじゃろうか。ここはもう一度見てこないと。サンドイッチの「北海ベーカリー」と、おべんとうの「PASCOショップ庄内屋」はあいとる。「まま家」は休業。

 アメ横・東上野もよく行く喫茶店がたくさんあるのだが確認不足。14日の段階で「丘」はあいてた模様。「マドンナー」不明。「王城」休業。「あずみ野」「シーボン」「ガルミッシュ」「ラパン」「ギャラン」「古城」「ひまわり」「六曜館(東上野のほう、アメ横にあったのは閉業)」「珈琲屋」「ぶるっくす」「クレール」「桂」あたりは隙あらば見てくる。こっそりとここに加筆するかも。
 2020/04/24加筆、「マドンナー」平日19時まで、土日休業。「ギャラン」20時まで。「古城」「クレール」「シーボン」休業。「六曜館」8〜15時の時短。「珈琲家」「ぶるっくす」あいとる。
 4/27、古城あいとる説浮上。

 上野と浅草のあいだあたりのエリアでは大好きな「リバーストン」が休業、パン屋さん「ボア・ブローニュ」はあいとる、深夜までおばあさんが待ってて(?)くれるお店。「らい」「美珈」休業、「ヤマ」「コーヒー長谷川」「ファミリースナックロッキー」あいとる。「マルセリーノ・モリ」「カフェテラスコーヒー」はテイクアウトのみ。その他いちいち書いていると大変なので割愛。「松記」は15〜20時の時短。(順次書き加えていっています。)
 錦糸町駅周辺は、「ろじーな」10−19時、「桃山」「ミカド」20時まで、「ロッジ」10ー22時の時短。見に行ったのは何日か前だけど。その他は調査中。「マウンテン」は15時までだったかな。

 僕の住んでいるあたり(旧本所区)は、ほとんど変化なく、たいていのお店がいつも通りやっている。喫茶店も、食堂も。夜やっているお店は20時までにしたりしているけど。
 向島の、深夜2時に開店するお店は相変わらず深夜2時に開店している。

 範囲を広げて僕が付き合いあるお店でいえば、中野坂上「Ajito」はランチタイムのみ営業。荒木町「私の隠れ家」は17日〜22日まで休業していたが23日から営業再開。渋谷の某スナックは平常通りだった。

 本当にきりがないのでやめておくけど、みんなそれぞれの判断でそれぞれに工夫してそれぞれに頑張っている。僕も僕なりの判断をしようと思う。

2020.4.20(月) 学校と尾崎豊

 五日後が命日ですね。まあそんなことはどうでもよくて。

 人々の心には学校が巣食っている。先生が「静かにしろ」と言って静まるのはせいぜい数分。様子を見てまた少しずつおしゃべりを始め、自然と声が大きくなっていき、また騒がしくなる。それで先生はまた「静かにしろ」と叫ぶ。この繰り返し。

 なぜ「自然と声が大きくなってい」くのか、学校の先生として働き始めた23歳のとき、すぐに気づいた。
 最初はひそひそ声なのである。しかし「ひそひそ声」であろうと声を出す人間が多くなれば、教室の音量の総和は大きくなる。教室が音で満ちると、もう「ひそひそ声」では相手に伝わらなくなる。相手の声も聞き取りづらくなる。だから少しだけ音量を上げる。みんながこれをする。「音量の総和」はどんどん大きくなり、「騒がしい」が訪れる。
 教室は社会の縮図である。間違いない。そしてその頃から人々は大して成長などしない。

 なぜ教室が社会の縮図となってしまうのかといえば、社会に出る人たちの心に学校が巣食うからである。みんな学校の決まりを内面化する。学校でしていたように生きていくことが何より楽だという状態になる。「そんなことはない、自分は会社勤めじゃなくて自由業だからね」なんて言う人だって、「静かにしろ」と言われて静かにして、様子(すなわち「先生」の顔色や同じ教室=社会にいる他人)を見てまたしゃべりだすのならば、完璧に学校に取り憑かれている。

 学校、というのがなんなのかといえばそれは「決まり」である。「制度」であり「命令」である。要請や指示だってこの中に入る。「他者によって設定された規範」ということだ。
 もっと言いますと「自分の頭では考えない」というのが僕の言う「学校」であります。

 静かにすべきか否か、を考えず、「静かにしろ」と言われて静かにするのであれば、それは立派に「自分の頭では考えない」である。学校に育てられた学校人間にはそういう習性がある。もちろん、学校人間に育てられた学校人間人間もまったく同じ。
 このあたりのことは僕が23歳のときに書いて生徒たちに配ったこの文章にきっちり書いてある。青臭くて恥ずかしいけど、そんな若い人でもちゃんと言っていたようなことなのだ。


 尾崎豊の最初期の曲『15の夜』。これは彼が14歳のときに作ったと言われていて、その歌詞世界をもって「尾崎豊的な価値観」とするのはあまりに不当である。その後26歳まで生きてとんでもない名曲を量産するのだが、それはまあまた別の話。
 14歳の少年が作った『15の夜』には次の言葉が登場する。※もちろん、その頃のプロトタイプ(原曲)にこのフレーズがそのまんまあったかどうかはわからないが、17歳でレコーディングした当時には間違いなく存在したものである

「とにかくもう 学校や家には 帰りたくない」

 この少年にとって「学校」や「家」は、「帰る場所」(意志をもてば帰ることができる場所)なのである。なんと甘えたことか、と大人からすりゃ思う。しかし学校や家以外の世界をほとんど知る術のない普通の男子にとっては当たり前の感覚である。そこをあんまり、なじりたくはない。

 学校や家に帰る、帰らないなんてことを考えている時点で、この少年は非常にダサい。自立していない証明のような台詞である。拒絶するだけ、逃げるだけ。本当は甘えているのに、虚勢を張ってみているだけ。そんなことより自分のいる場所を自分で切り開けよ、と言いたくなる。
 もちろん、だからこそ『15の夜』は名曲なのだ。彼はちゃんとこうも言っている。「行き先も解らぬまま」「自由になれた気がした」ここにはその自覚がある。含羞がある。自分には何もわからない、と白状している。そこがこの曲の最高にエモいところである。

 本当に自由であれば、「帰る」という発想自体がないと思う。本当に自由な人(そんな人が、もしいたらだが)には「いたくない場所」など、そもそもないんじゃないだろうか。どこにいたって自由でいられるのだから。「学校や家には帰りたくない」と言う少年は、「学校や家がないと(そこから逃れる、という意味でないと)自由になれない」のである。これは実のところ、学校や家への依存。これらがなくては、自由を手にすることができないのだから。

 しつこいようだけど「学校や家には帰りたくない」と言う人は、結局のところ学校や家に依存している。本当は大好きなのである。「どうして愛してくれないの?」でしかない。そういう人たちは、「学校」というものを無意識に内面化している。つまり、「学校」の価値観に骨の髄まで侵されている。言うまでもなく「家」にも。


 これを国家や政府に置き換えても同じ。みんな骨の髄まで侵されている。巣食われている。家と、学校と、世の中にあるいろんなものたちが、よってたかってそうあれと迫る。ごく幼き時分から。

 子供たちは家庭や学校やいろんなものたちから、「いい子」でいるように要請される。「悪い子」になるとしても、それは家庭や学校などの「アンチ(逆)」という範囲内に収まるように仕組まれる。「学校に行く」という規範への反抗が「学校に行かない」ことのみによって行われるよう工夫されている。
 そもそも「反抗」というのが「アンチ」でしかないのだ。反抗としてのロックを僕があんまり好きじゃないのは、それが「体制(決まり)」の存在を前提としたものだからだ。受け入れないと、反抗できない。破壊としてのパンクのほうがまだ好きだし、背徳としてのヴィジュアル系はもっと好きである。(これはたんなる余談。)

 国家や政府に巣食われている人は、たいがい学校に巣食われている人。※家のことに踏み込むと大変なので今は脇に置かせてください
「国家や政府が頼りない」と声を上げるのは、「学校や家には帰りたくない」と言う14歳(ないしせいぜい17歳)の少年の叫びと同じようなものなのである。
 もちろん、学校や家を利用できるならしたほうがいい。改善を求めて利があるならしたほうが得だ。それは国家や政府に対しても同じである。「利があるなら」する、そうでなければしなくていい。大して利にもならない文句は言いたいなら言えばいいが、まあ14歳の尾崎豊くらいエモく言ってほしいものですね。

「学校や家」というのは、「自分や周囲や世の中をよくするために利用するもの」だと僕は思っている。それは国家や政府も同じじゃないかと。もしそれらが自分を利さぬ方向に舵を取るなら、それを踏まえて防衛策をとる。それだけの話で、「本来はボクたちを守ってくれるはずでしょ?」と甘えるのはお門違いというか、意味がない。しかもダサい。

 学校は「心地いいはずの場所なのに、心地よくない! だから帰りたくない!」と言うような対象ではない。ただ互いに利用しあうだけの関係だ。家だってそうだし、国だってなんだってそう。
 すべては「関係」でできている。「どうしてそんなことするの?」と怒るんじゃなくて、「そう来ますか、ではこちらは」と応じる。ダンスのように。

 たぶん世界をめぐる事情は、一個人が想像できる範疇を遥かに超えて複雑である。その謙虚さがまず必要。わかったように言う前に、自分が何をわかった「だけ」なのか、ということを冷静に考えてみたほうがいい。
 その上で、「いま自分が何をすれば世の中全体を利するか」ということをひたすら考える。「自分にわかるのはここまでで、あとはわからないから、とりあえずこれだけはやっておくか」といったん決めて、それをやりながらもずっと見て聞いて考えて、「わかった」ことや「勘違いしてた」ことがあったら、それを踏まえて考えなおす。仮の答えを更新する。そやって一歩一歩、進んでいくのよ。

 それが「自分の頭でものを考える」ということなのだ。


 甘えるのではなくて、利用する。無数のものとの「関係」を調整することで、自分と周囲と世の中とを利する。
 学校に毒されている人や、国家に毒されている人。なんでそんな、無条件に「期待」ができるんでしょうか? 「期待していたのに、裏切られた!」と言っているだけの人、ばっかりじゃないかい。「恋愛」みたいなことや、いろんな人間関係でも、同じようにしちゃうんじゃないですか。
「文句」ってのは、期待しないと出てこないものだから。これ本当に。

「そう来ますか、ではこちらは」がすべての基本だと思うのですが。いや、「自分の頭でものを考える」人間に限定しての話だと思いますが。

2020.4.18(土) 未来理想図

 予想ではなく理想です。

 まず何度か書いているように人々はどんどんばらばらになっていく。個人が個としてより独立するようになっていく。離婚、転職、解散、脱退などはおそらく減ることがない。もはや「人と人とが一緒にいる固定的な状態」自体が難しくなっている。それは避けられぬことだし悪いことばかりではない、という話が以下。

「集まる」は減っていく。在宅勤務が可能ならば毎日オフィスに人が集まる必要はない。必要なときに必要な人が必要なだけ出勤するのでよい。会社としては定期代も光熱費も、さまざま節約できる。するとオフィスの存在意義は薄まる。レンタルオフィスやシェアオフィスでだいたいは事足りるだろう。極端にいえば社長の自宅を登記先にして事務所は廃止してしまうこともできる。倉庫や会議室は必要ならば借りればよい。
 一度に出社する人数が少なくなったら狭いオフィスで十分になる。5フロアある会社は3フロアくらいを他社に貸し出したって問題なくなる。一つのフロアを月曜はA社、火曜はB社というふうに割り振ってもいい。オフィス用地は需要が減り、余る。

 通販やデリバリー、テイクアウト、またオンラインでの交流(とりわけビデオ通話など)がさらに隆盛していけば、店舗の需要もある程度は下がっていく。買い物は通販のほか無人販売のコンビニやスーパーが主流になり、あとはかなり淘汰される。ちょっとした打ち合わせや会議はビデオで済ませられ、カフェなどは利用されない。飲食店はテナント料と人件費を削減できるデリバリーやテイクアウトを中心にし、店内飲食(すなわち席数)を減らす。すると店舗は狭くて済むか、店舗数を減らしてよくなる。あるいは店舗自体が要らなくなる。店舗用地も需要が減り、余るのではないか。

 すると今度起こるのは、「住居と職場の一体化」である。狭い用地で済むのなら、オフィスも店舗も自宅の中に作ってしまえる。すでにそうしている若い商売人は多い。自宅と古本屋と立ち飲み屋を一体化させてしまっている人もいる。平日はカレーのデリバリー、週末は居酒屋を開き、その二階に居住しているという友達もいる。フリーランスや在宅勤務も、「住居と職場の一体化」のパターンである。
 かつて日本ではそれがスタンダードだった。古くから営業している喫茶店や商店で、今残っているものの大部分は「自分の土地で店をやっている」で、その同じ敷地内に住んでいるはずだ。テナント料を支払っていてはまともな商売は成り立たない。昔からそういうもの。「自宅と職場の一体化」をしなくてもすんだのは、ごく景気の良かった一時代だけの特殊な事情でしかない。調子に乗ってたってこと。今がとうにそんな時代でないのは明白だ。だから職場は住居になり、住居は職場になっていく。
 必要とされる土地は、どんどん少なくなっていく。

 今後どうなるかはわからないが、シェアサイクルが都市部では盛んである。僕もかなり活用しているし、友達でもどんどん利用者が増えてきた。自転車には終電もないし、金額も安く、目的地までにかかる時間は公共交通機関と変わらないか、むしろ早いことも多い。健康にいい(排気ガスは吸う)。痴漢にも遭わない(事故には遭う)。総合的に見れば電車より良いと僕は思う。もちろん自家用車やタクシーの需要もかなり下がる。駐車場が要らなくなる。

 これらの例はすべて、「個人がばらばらになっていく」というところにつながっている。
 自動車は複数人で乗れるが、自転車は一人でしか乗れない。「在宅勤務」が当たり前になるということは「住居と職場の一体化」が進むということだが、家族のいるところでは仕事がしづらいとなれば「自分一人だけ別に部屋を借りる」ということにもなるのである。少なくとも「仕事をするための部屋」というのを別に確保したくはなる。そこにベッドを置いてしまえば、一つの「住居=職場」のできあがりである。
 離婚をするわけでもないが、仕事をする時は家族と隔離されていたいので、別に「部屋」が必要となる。そうやって人々はやはりばらばらになっていく。(もちろんこれには千差万別、いろんなパターンがあるが、「家族と仕事を切り離したい」が今のところは現代の気分だと思う。)
 店舗にもオフィスにも人は集まらない。「他人と同じ空間を共有する」という機会は減っていく。もちろん職種によってはそうならない場合もあるだろうが、少なくとも東京のような大都市では、これまでとはだいぶ違う様相になるだろう。

 もはや人は流れない。物流が動きのメインになる。満員電車は十分に緩和され、山手線にコンテナが積まれる可能性すら考えられる。(まあ、考えるだけならタダです。)
 道路も自家用車の割合が減る。自転車は相対的に増えるがサイズが小さいのでさして目立たない。AmazonやUber eatsなどのモノを運ぶ人たちばかりが流れていく。自動運転化が進めば「モノだけが流れる」という状況さえ訪れないとは言えない。

 人々は個としてばらばらになり、自宅=職場にとどまり、モノだけが流れて、集まる「必要」のほとんどを失う。
 しかしもちろん、「必要」などなくても人々は「集まる」を希求するはずである。公園に、喫茶店に、スナックに、人は集まる。児童館に、公民館に、図書館に。
 土地は余っていくのである。公園は拡充されるかもしれない。喫茶店やスナックが経営しやすくなるかもしれない。さまざまの公共施設も、「個」となった人々のさみしさを埋めるために育っていくかもしれない。理想でしかないが、そうなりゃいい。そしたら公園が駐車場になっちゃって泣いてた七歳くらいの僕が救われる。それからの僕はずっと、もう本当にそのことしか考えてこなかったのだ。ようやく、その恨みを晴らせるかもしれない道すじが、ほんのわずかだが見えてきた。

「集まる」ことを強制されなくなった人々は、それでも集まりたがるだろう。今度は「好きなように集まる」のである。そういう世で、いかにして素敵に素晴らしい空間をつくり、保っていくか? という練習を、僕は今しているのだし、ずっとしてきたのだと言いたい。
 キーワードは「さみしい」で、それを埋めた先に何があるか? ということでもある。「さみしい」を埋めた先にあるのが「虚しさ」であっていいわけがないし、単純な「快楽」でもいけない(というのは僕の信念)。「楽しい」であることはたしかにしても、さて「楽しい」にもいろんな内実がある。そこについてきちんと考えて、理屈と技術を培っておかないと、きたるべき「好きなように集まろう社会」で上手に振る舞えないんだろうなと、いま直観しているわけでござりましゅ。

 ↑の日記を書いてすぐ、2004.10.15の日記とのつながりを指摘(?)された。いわく‪、《いま、全ての個人が文字通り「個」として切り離されようとしており、それが望まれているようですらある。》‬と。19歳の時にはそういうことを言ってたんですね。記録、恐ろしい。

2020.4.17(金) あいとる店行脚ツアー

 といっても16時38分現在、一軒しか行っていない。いま百軒店児童遊園地というところでお花にかこまれた鉄棒のよこのベンチでスマホから書いている。便利。
 自転車で本所(と言い張る)の自宅から山を四つくらい越え13キロほど走った中野坂上のカレー&バーで昼食をとる。いつもの席にいつもの方がおり、だいたいいつも通り。カレーが切れていたので帯広風豚丼に。ほんの少し残っていた豚ごぼうカレーをちょっとだけおまけしていただく。コーヒーをゆっくりスゥと飲む。
 中野坂上に住んでいた頃は毎日のように行っていた。すぐ近所だったので2時台に起きても間に合った。ほとんど「離れ」のようなものである。近所の店というのにはそういう良さがある。引っ越してからはやはりご無沙汰になったが、それでも西側に用事のある際などなんとか都合つけて通っている。
 渋谷まで走る。途中、前から行きたいと思っていた喫茶店を通ってみるが閉まっていた。渋谷の喫茶店も見て回るが一軒も開いていない。本当に全滅という風情。この街は特に感染クラスタが多いという疑いがあるし、やむなし。むしろちょっと安心した。
 一時間近くぐるぐる回ってみるもとくに行く場所なく、お手洗いを探すのにも一苦労。とりあえず公園のような場所に腰を落ち着かせている。
 ふだん通らないような道をたくさん見つけた。知らないお店もたくさんあった。渋谷も奥が深い。当たり前だけど。しかしいまはたいがい停まっている。いま僕がいる公園のあたりもふだんならそろそろ喧騒の始まりかけるころだと思うんだけど、異様なほど静か。
 これから一軒だけ行って帰る。ここからはたぶんまた後で書きます。

 続き。めあてのお店は営業していた。いたっていつも通りだった。若い店主だがまるで「世界が終わってもあいとる店」のような貫禄がすでにあった。特定少数のお客に囲まれて。FF6崩壊後のティナみたいな感じだった(つたわれ〜)。
 今のこの時機に、こういうお店が必要かどうか。あったほうがいいのか、ないほうがいいのかというのはわからない。歴史が決めるかもしれないし、何も決まりはしないかもしれない。ただなぜだか僕はこういうお店を頼もしく思ってしまうし行く先を見定めたくもある。歴史が決めない(かもしれない)のであれば僕が考えるしかない(かもしれない)のである。などと。
 1時間半ほどキープしていたボトルをがぶがぶ飲んで、顔見知りのお客とあいさつをかわし、少しのお料理をいただき、自著を献呈して帰った。自転車でまた13キロほど。近所のカフェへ20時前にすべりこんでコーヒーをいただき、世間話して、錦糸町駅のあたりを巡回してほとんどの喫茶店が時短を行なっており、いくつかのバングラデシュ料理店が元気に営業していることを確認して、タイ料理屋さんでごはんをテイクアウト。

2020.4.16(木) あいとる店はあいとるけどしまっとる店はしまっとる

 未来の人のために時系列をかんたんに記しておこう。

 1月下旬 感染症が日本で話題になる お店に閑古鳥が鳴く
 2月 お客少ない 日本の感染者数は緩やかに増える
 3月 僕の体感では3月1週目の週末(6日あたり)から人々が気を抜き始め(あるいは気を張るのに飽き)、お店にそれなりに人がくるようになる。陽気に恵まれた20〜22の三連休で完全に開放ムードになり街に人が溢れる
 3月27日(金) 都知事による外出自粛要請 ここでがらりと街の(世間の)テンションが変わったと思う 店には人がこなくなり、2〜4人くらいの来客がほとんどに
 4月7日(火) 緊急事態宣言発表、8日0時より発令。僕のお店(夜学バー)は7日から20〜24時の短縮営業を実施。理由は「体力の温存」
 10日(木) 都による緊急事態措置発表、各業界へ11日からの休業または5〜20時の時短営業を要請。全面的に協力すると50万円もらえるとのことで夜学バーもこれを受け一転、11日から17〜20時の時短営業に ただしテイクアウトを始めることにより開店時間の制限はなし(テイクアウト営業に関しては時短営業を要請されない)
 15日(水) 休業要請等のさらなる詳細が発表 16日から5月6日まで業種により定められた休業または時短などに協力すると50万円。電話で問い合わせたところ夜学バーは「5〜20時の時短営業、酒類提供は19時まで、テイクアウトは時間制限なし」という対応で「全面的に協力」ということになることが確定


 というわけで現在、20時以降はほとんどのお店が開いていない。日中でさえ大部分のお店が閉まっている。この感じ、たぶんこの当時の東京を知らない人にはピンとこないと思うので、いろいろ調べてみてほしい。(こうやって未来の読者を想定して書くのはASKAさんの「本」みたいですね。)

 僕の知っているお店もどんどこ店を閉めていく。日中でさえ。40代までの若手(若手です)が経営しているお店はもう軒並み開いていないと言っていい。荒木町の名喫茶「私の隠れ家」も明日から休業とのこと。
 じつはあしたちょっと時間あるので、こんな中でがんばって営業しているお店にいくつか顔を出してみよう(もちろん挨拶ていどに)と考えていたのだ。しかしたいてい閉まっているので行けるところがぜんぜんない。中野坂上のカレー&バーはランチタイムのみ営業(お弁当中心)しているらしい。渋谷のスナックは夜の営業しているっぽい(ひょっとしたら時短かも?)。おっと忘れちゃいけない、近所で小さい子供のいる夫婦が営んでいるカフェは「20時まで」にして続けている(いつもはなんと、正午くらいから0時くらいまで不定休でやっている恐ろしいお店なのだ)。でもここは本当に近いので昨日ごあいさつをしてきた。
 僕の家の近所には古い喫茶店がとても多く、その多くは普通に営業しているんだけど、お年寄りのいるところには基本的に行かないようにしている。あまり行かなすぎるのも、と思うものの、念には念をで、なるべく。さみしい。

 夜学バーのある「池之端すきやビル」も、10軒弱のお店が入っているが営業しているのはうちだけ。アニメバーもゲームバーも閉めている。
 そりゃそうだ、というもんで、いまやっているお店のほうが異常なのだ、くらいになっている気がする。とりわけ食事提供がメインではなく、「場所」や「空間」あるいは「人」が主役であるようなお店は、いまほとんどその役割を失っているらしい。ショットバーのように「酒」がメインのお店は、どうも闇営業みたいな感じでやっているところもあるみたいだけど。Speak Easy。

 僕はもう、やれる限りやる。3時間営業で、お客はだいたい1〜3名ていど。売上は立ちませんよ。でもこれはもう、やってるとこが、あいとる店がこんだけないんだったら、むしろやめられない。未来の僕は「なんであの時休んだの?」って言うし、むかしのぼくだって「なんでやんないの?」って言うんだから。言うまでもなく金のためでもなきゃ美学、美意識のためでもない。ただ「さみしい」って誰かが言うのだ。その誰かというのは、未来の僕であったりむかしのぼくであったり、そのような「僕/ぼく」に共感するみなさんだったりするのである。
 この自粛期間中に、誰がうちのお店に来るか、なんてのは関係がない。本当にどうでもいい。社会のリスク調整を考えたら来ないほうがいいのだ。僕だってあんまり人が来たら怖い。ただ「行くことができる」という可能性を、誰にでも開いておかなくては、「さみしい」のである。これだけを僕は信じている。
 僕のお店に来たいと思ってくださっている人がいたとして、来る必要はありません。ただ「やってる」という息遣いをぜひ感じておいてください。そして「いつでも行ける」と思っていていただきたい。人間は「集まる」なんてことよりも「集まれる」ということのほうに希望を見る生き物であります。「会う」よりも「いつでも会える」ことのほうが頼もしい。地元の親友みたいなもので。それぞれの生活を生きながら、いつでも胸にいるように。
 窓は開けておかなければならない。風通しはよくしておかなければ。うさんくさい言い方をすれば社会の換気。新しい、淀みのない空気。
 僕は「ドラえもんの空き地を再現しました」なんて言い方が大嫌いだ。再現ってなんだ? 再現って言うからには、本物はどこにもないってことじゃないか。そんなさみしいことでいいはずがない。空き地はある。どこかにある。だからさみしくないんじゃないか? ドラえもんはいる。だからうれしいんじゃないか!
 体調崩したら即座にしめます、これこそ、無論。

2020.4.13(月) 貧乏を知る

 確定申告、初めてe-Taxで、すなわちオンラインで済ませた。生命線なのでしっかりやった。がんばった。しかし「医療通知書」は別途、税務署へ持っていかねばならない。実にムダだ意味無い。
 まだ請求書を送っていない取引先があるし(仕事してる感じでカッコイイ)、売る冊子も作りたいしやることはてんこ盛り。文章ももっともっと書く。

 ところでこないだ、「主な収入はライターで稼いでいる(お店などその他の収入は相対的に少ない)んじゃないんですか?」と問われた。確定申告したばかりなので間違いないが昨年の原稿料収入は30万くらい。ひどいものだ。霞を食って優雅に生きておりますよ。
 想像してみていただきたい、あれだけの頻度(月の7〜8割)で店に出て、これだけ都内を全国を遊び回り、方々でおびただしい文章を書き、なんかいっつもインターネットしている。いつ働いていると思いますか? 働いちゃないんですよ。もちろん資産も不労所得もない。現金は少しあるが、二十代までに蓄えたのをできるだけ減らさないようにしているだけ。いろいろあって出て行くお金は少ない。髪の毛さえ自分で切って。コーラも飲まず、クリームもなめず。

 なんでそんなこと言い出すのかというと、いよいよみなさんも貧乏を知っていることの強さがわかってきた頃じゃないかと思って。みんな「金くれ」ばっか言うけども、明日の飯がないでもないなら単に貧乏を知らんだけでは。
 僕は「貧乏を知りつつ、すぐには困らないくらいの蓄えを持つ」というのがちょうどいいと思ってずっとそうしている。貧乏で、本当に明日のお金もなくては身動きがとれない。明日も明後日もとりあえずお金はあるが、明々後日のために貧乏しておく、というくらいでいいんじゃないの。

 僕は幼少期より手塚治虫先生の『来るべき世界』とかちばてつや先生の少女マンガとか超愛読して育っているので、貧乏ということを知っている。小山ゆう先生もほぼ全作品読んでいる。漫画の世界には貧乏がいっぱいだ。『宇宙船サジタリウス』というアニメなんてその最たるものである。
 ただし、僕が言う「貧乏」というのは「金がないせいでまったく身動きがとれない」という状態とは違う。「貧困」や「貧窮」だと問題がある。そういう人たちが有事、迅速に「補償」を受けられることは、最大多数の最大幸福にとって必要と思う。(未来人が読んだらなんのこっちゃわからないだろうけど、いまなんかそういう話をけっこうな多くの人がしているのです。「2020 補償」とかでググってみてください。出るかな?)

「君の怖がってるギリギリの暮らしならなんとか見つかるはずさ」って若き日の尾崎豊が歌っていた。なんとか見つかるはずのギリギリの暮らしをなぜか常人は怖がるのである。
 いつのまにか3月21日の記事の姉妹編みたくなってきた。
 貧乏を知らないから「怖い」のだ。僕は『宇宙船サジタリウス』のおかげで貧乏を知っている。だからそんなに怖くはない。藤子不二雄先生の『あのバカは荒野をめざす』という名短編を知っている。おかげで怖くない。僕の心は漫画の世界にあって、まるで「現実」とやらを見ていない。
 ある親友の名言に「想像力を超える現実はない」というのがある。僕も彼も「想像力」の世界に生きているから、現実は常にそれより矮小。世界がどうなろうとSFの枠内に収まる。
「貧乏を知っている」というのは「そこに想像力が及ぶ」ということ。及ばないと、「怖い」ということになる。「どうしていいかわからない」になる。「もうおしまいだ」と思う。
 及べば、「そんな日もある」で片付いてしまう。

 僕もしかし、「やっべーなー」と思ったことは幾度となくある。「路頭に迷って野垂れ死もあるな?」と考えたことは一度や二度でない。不安定な生き方をやってきた。ただ、それでも一人暮らしを初めた18歳のときからずっと「蓄え」が危なくなることはなかった。家賃47000円(管理費込み)で11年住んだもんね。7畳弱の部屋にキッチンと庭とお風呂とトイレ(セパレートです)がついて。練馬区富士見台。ちば先生のご近所。閑静な住宅街。いつでも畳と花のにおいで蜜のような日々だったなあ。エアコンなくて五月くらいまでコタツを出していた。
 家賃47000円だと月に10万も儲ければ余裕なのです。そのくらいお金を使わなかった。学費は両親に甘えたしいろいろと甘え続けているけどそのバランスを見ながらやってったら自分なりのリズムでなんとかここまでは来られた。移動はすべて自転車、18きっぷ。家賃47000円で15万くらい稼ぐと僕の場合は月に5万くらいずつ貯まっていくわけで2年もすれば100万こえる。多い時期も少なめな時期もあったけどとりあえずちょっと働けなくなったり病気したくらいでは揺らがない財政状況は保って、あとはもう自由に。
 僕は臆病な人間なのでその蓄えが「ある程度」まで落ち込むと焦り出す。客観的にはかなり余裕があるような段階で「そろそろやばいな」と思うようにしている。
 あくせく働きたくもないし、かといって窮乏もしたくない。だから「貧乏を知りつつ、すぐには困らないくらいの蓄えを持つ」が合う。まあまあ貯めといて、あんま使わず、つかれないていどに稼ぐ。サステナブル。
 家賃10万円だったら、毎月コンスタントに15万円稼がなければならない。いや10万の家に住むような人の生活だとたぶん25万くらいは稼がないといけないんじゃないですか(適当)。それがいきなり収入10万円になったらもう回らない。家賃47000円だったら53000円あるから生きられる。練馬グリーンハイツ最高!
 もちろん家賃10万円に住んでいても蓄えが500万円くらいあれば収入が10万円になってもべつにすぐ困ることはない。蓄えが8万円くらいだとけっこう困る。そういうことでもある。
 家賃15万円だったら800万円、家賃20万円だったら1000万円くらいは蓄えておきたいですよね(適当)。

 こういう話をすると「単身者はそれでもいいだろうけど」という話にだいたいなる。でも僕は小山ゆう先生の『がんばれ元気』や『愛がゆく』を読んでいるので、子供がいようといなかろうと「君の怖がってるギリギリの暮らしならなんとか見つかる」とおもうよ。賢けりゃ十分豊かに暮らせる。賢くなかったら難しいだろうとは思う。
 賢けりゃ、状況や歩みに合わせていろんなコントロールができるんだもの。僕はむりして所得を増やそうとは思わないけど、できるだけ友達を増やそうとは思っている。商売をやる身としては「お客さん」を増やしたいとも思っている。「読者」も増やしたい。数というよりは、総重量といいますか。
 それは「金」より鮮明に未来を照らしてくれるでしょう。絶対に。それを僕はいま「コントロール」と言ったし、「稼ぐ」や「儲ける」に匹敵する(いや凌駕する)経済活動だと思っておりますよ。

2020.4.6(月) 悲しみからの未来

 もうずっと執筆中
 とか言ってたら消えた 名文だったのに とほほ

2020.4.1(水) 散歩の極意

 散歩をしていると風景が変わる。
 見えていたものが消え、何かが新しく見えてくる。
 いま見えている道のほかに、新しい道が見える。
 その道を選択する可能性が、自由が、ひらける。

 住宅街をまっすぐ歩いているとしよう。その道はどこまでもどこまでも続いているように見える。
 十字路にさしかかった。新たに左右の道を得られた。散歩する僕は三つの可能性を手にしている。そのまままっすぐ進むか、右の道を行くか、左の道を行くか。
 もちろん四つめの選択肢もある。「引き返す」だ。でも散歩する人は、ごく気まぐれにしかそうしない。新しい、未知なる道が目の前にあるから。あるいはそれをしてしまったら、もう「散歩」ではなくなるのかもしれない。

 散歩者は「より魅力的な道」を常に選ぶ。「自らの気の向く道」を行く。「散歩を楽しくさせるような予感をくれる道」を。それを何度も何度も、未知道見るたび繰りかえし、気がついたら家の前にいるのが理想なのである。次点は、まったく思いがけない場所にたどり着くこと。

 いいですか、そうしたら散歩とはすばらしき人生、そのものなのだ。
 人生を楽しくさせるような予感をくれる選択を、判断を、未知に出逢うたび繰りかえす。そのうちにまた還ったり、遠くまできたり。
 歩けば道は来る。気ままにやればいい。優れた気ままを育てるほかない。

2020.3.31(火) 再会

 歪んだこの世界に染まっちまったらおしまいだぜ!
 と、いうのは名古屋が誇る市長バンドブランキージェットシティの『クリスマスと黒いブーツ』から。

Hey you でもこれだけは言っておくぜ
オレは車泥棒 腕は一流さ
いつの日か清潔な襟をした精神科の医者がオレにこう訊くだろう
あなたはいったいどんな気持ちで車を盗むのかと
オレはきっとこう答えるだろう
子供の時によく飛び降りたあのブロック塀が壊された時の気持ちでと
(『車泥棒』)

 思えば自分は「子供の時によく飛び降りたあのブロック塀が壊された時の気持ち」で生きている。場の本にも書いたけど、僕のあらゆる憎しみ(?)の根元は幼少期、向かいの団地の公園が駐車場になったこと。
「なぜあの公園は駐車場にならなければいけなかったのか?」ということをずっと考えてきた。その答えはいつもこうだ。「その場所についての権利を持った人たちのそれを望む声が大きかったから。」いくら憎んだって僕のわがままでしかない。
 しかし憎しみは僕の勝手でもある。この「わがまま」を、どのような形でなら僕は「通して」しまえるのか? 次に考えたのはこれだった。今も考え続けている。誰にも侵されない公園を作り、たとえ壊れてもまた作り出せるように力をつけていこう。いつのまにか当たり前にそう想うようになった。
 ちょくちょく引用で恐縮だがPIERROTというバンドの『PSYCHEDELIC LOVER』の歌詞に「君がこれまで失くしたものを 僕がまた創りだそう」とある。やー、そんなこと言われてみたいもんですな! と素直に感激したものだ。ないものはつくるしかなく、それはなにも一人きりでやんなくたっていい。

「あぁ、明かりで星は伝えてる。でっかい楽しさの数、減りはしないと…。」
 これは中村一義『再会』。この星がいうように「でっかい楽しさの数」が減らんものならば、再会が約束されているってことかと思う。死んでもなんでも、「きっとこれから逢える」のだ。(この一行がすべてです。)

2020.3.30(月) 高校生

 高校生の時に僕のことを「ケースに入った美術品のような人」と評した(!)一つ下の後輩の女の子が最近「二十歳になる前で心が止まっている気がする」と言っていた。冗談っぽく「永遠の16歳」とも。そういうもんなのかもしれない。僕も17歳であれこれ止まっている。
 たぶんそのころから僕は「生存」のために生きなくなっていた。それよりも「発散(輝く)」のほうに決めた。だから「美術品」のようにも見えたのだと思う。
 16歳の夏に、「安全よりも未来永劫を面白く輝かせる判断を重視する」ことを完璧に決めた。ひとりで名古屋から北海道へ18きっぷで渡ったとき。当時は今よりずっと簡単に行けたのだ。
 そう思ったからこそ、安全というものにも気を遣えているんじゃないかという気はする。逆説的なことに。よく遊んだ方が頭よくなる、みたいな感じで。

2020.3.22(日) つらくて余裕のない人たち

 たぶん昨日のつづきです。
 つらくて余裕がない人は、わかってても動けなかったりする。
 じゃあどうするの? といえば、誰かに甘やかしてもらったり助けてもらったり、なんか良いことを「待つ」しかないんだろう。動けないので。
「待つ」ことの成功率を上げるため、つまり何か良いことが起こるためには、元気なときにどう過ごしていたかが肝要になる。
 元気な時などなかった、少なくともずっと昔にちょっとあっただけだ、という場合は、成功率のきわめて低い「待つ」をしつつ、なんとか命をながらえさせていくほかない。
 ふつう、余裕がない中で「待つ」をしていると体力や気力は落ちていく。
「待つ」が成功しない、つまりなにも良いことがない、良いほうへ転ばないとなれば、来るかもわからぬ救世主をただ待ち続けるようなものだ。それは永遠と思えるほど続く。その中で衰弱していく。
 どうするか? 待つしかない。
 絶望的だが、もうそれしかない。
 動くか、待つか、結局のところその二択だから。
「待つ」がちっとも成功しなければ、ただ弱っていくだけ。落ちていくだけ。
 しかし動くことはできない。余裕がないから。
 さあどうする? 待つしかないのだ。
 ひたすらに待つ。それで行き着く先は「救い」である。
 それは仕方がないことなのだ。世の中にはたくさんの「救い」がある。そのどれかを選びさえすればいい。発狂と呼ばれても。
 動くか、待つか。待った先に「救い」を見つけてすがりつくか。
 そういうセーフティネットが世の中にはちゃんとある。豊かなことだ。
 苦しみの果てには救いがある。それを待てばいい。

「苦しいのやだから苦しむんだよ」って好きな歌詞がある。いくつかの解釈ができる。いずれにせよその歌を歌っている人は、「あきらめないでね」っていつも言ってる。歌の中で。
「待つ」は「あきらめる」ではない。しかしその先の「救い」は一つの「あきらめ」の形だと思う。なぜならば、自分が自分であることをやめる、ってことに等しいから。救いというのは、何かに没入して一体化していくことだから。
 つらくて余裕のない人たちの行き着く先は、たぶん「救い」なのである。それがいやならば、「つらさ」や「余裕のなさ」をどうにかしなくてはならない。それが「動く」ということ。いくら「待つ」をして祈り続けても、それにはタイムリミットがある。衰弱しきれば「救い」の手がくる。その手をとれば、幸福になれる。もうつらいことはない。

2020.3.21(土) 金ヨ金金金人間の代表か

 金……固執するのも無理はない。「なんかそんな気がする」って思うんじゃろう。洗脳。思い込まされている。ここから解き放たれるのは容易でない。少し前にCMで「よく考えよう、お金は大事だよ」と歌うものがあったが、僕なぞ聞くたび吐き気がしていた。テレビの外でもそれを平気でみんな歌ってた。なんつうこったろう?
「金儲けは汚いものだ」という考え方をやめよう、というのにはべつに同意。金儲け自体に綺麗も汚いもなかろう。けど「お金はあればあっただけいい」と盲信するのはあほらしい。

 お金は何かのために使うものだ。使い道の定まった人にとっては「手段」でしかない。しかし使い道のない人にとっては「無限の可能性を持ったもの」になる。ここが問題の核心なのじゃ。
 お金の使い方がわからないから、お金が「万能」に思えてくる。未来が見えないから、とりあえずお金という保険が欲しくなる。使い道がわからないから、とにかく確保しておきたくなる。お金について考えたことのない人ほど、「お金は大事」と盲信している。
「自分とお金との関係」をきちんと考えてないから、「お金は大事」になる。自分とお金とを切り離して考えてしまう。「お金」が独立した基準になると「高いものは良いもの」になる。「こんなにお金を払ったんだから気持ちいい(はず)」にもなる。「お金を使った! ああ気持ちいい!」にもなる。オワカリカ。
「わたしはまだそこまで行っていないからセーフ」などと思う人よ。もうすぐだぞ。もうそこまで来ているのだぞ。
「安いから良い」も、「値段に対して妥当」も、「お値打ち」さえも、「お金が独立した基準になっている」という点ですべて似たようなものなのだ。お金に支配されている。
(「お金を使わなかったから気持ちいい」も、お金の基準の内にあるわけです。)

 これは僕のずっと使ってきた言葉でいえば「数直線的な」考え方なわけですね。高い低い、多い少ないと、ごく単純な量的な判断しかしない、手抜きの感覚。手間(てま)ならぬ頭間(あたまま?)が少なくて良いわけです。
 現実を、肉体を見て、生存のことを具体的に考えたとき、「手段としてのお金」が見えてくる。生きるためにとりあえず必要なお金がわかってくる。いくらくらいあれば、とりあえずどのくらいの期間健康に生存できるか、わかってくる。ただ自動的にはわからない。自分で考えないとわかんない。自分のことだから。誰も代わりに考えてなんかくれない。
 親は考えてくれない。親はむしろ「できるだけ多くのお金を確保しなさい」と言ってきたりする。心配なのだ。
 親には「子供の金の使い道」がわからない。考えてもまず見当外れに終わる。親にとって子供の持っているお金は、まったく「手段としてのお金」には見えてこないのである。ただひたすら「無限の可能性を持ったもの」でしかない。だから「できるだけ多く確保しなさい」としか言わない。無理もない。それしか言えない。わからないんだもの。

 大事だから繰り返す。親という生き物の多くは「できるだけ多くのお金を確保しなさい」と言う。なぜならば親は、「子供とお金との関係」を知らないのだ。自分の人生ではないのだから、どう考えてもわからない。「わかる」と思い込んでいるのは、子供の人生を思い通りに操作しようと目論んでいる支配者的な発想を強く持った親だけである。すなわち「自分の人生=子供の人生」というふうに、子供を自分の分身か何かだと思い込んでいる親である。(母娘関係によく見られるネ!)そういう場合であっても、たぶん言うことは同じだろう。「できるだけ多くのお金を確保しなさい」だ。別のパターンもあるかもしれないが、九割方はそうじゃないかね。
 そういう親にとってお金というのは「万能」で、「無限の可能性を持ったもの」。何も考えてない人は、お金に対してその程度の認識しかない。お金が「ある特定のことに対する手段」だという発想がない。あるとして「子育てにはお金がかかる」とかいった一般論くらいだ。「あなたは〇〇になる/〇〇をするんだから、そのためにはお金が必要でしょ?」という支配型の言い方もあるかな。
 その何が問題かといえば、「手段といえばお金である」という発想になりがちなところ。世の中には無数の「手段」があるのに、すべて「お金」で一本化しようとする。「お金はあらゆる手段の代替になる」と思っている。違うだろー。お金ってのは無数の手段のほんの一部でしょ。
 何をするにもお金があれば安心、としか思っていないから、「できるだけ多くのお金を確保しなさい」になる。「それがあなたにあらゆる可能性を約束してくれる」と信じている。間違っていると断じるわけじゃないよ、でも「それによって消えていく可能性もありますよ」という声を、そういう人はまったく取り入れようとしないよね。
 お金でできることは「お金でできること」だけなのだが、「お金は万能」とまず信じている人たちは「お金でできること」を世のすべてだと思っていて、「お金でできないこと」や「お金とはほぼ関係のないこと」を意識から抹消する。「そんなこと、お金でできるじゃないの」と言って実現されるものから、何がこぼれ落ちてしまうのかを知らない。
 めっちゃ単純にいえば、どろだんごを作るのと、どろだんごを買ってくるのとの違いよ。オオクワガタをつかまえるのと、オオクワガタを買ってくるのとの違い。なんかタクシー乗りたがったりね。
「タクシーのほうが楽だし早く着くのだから、お金を払ってタクシーに乗ったほうが正しい」という確信は、いったいどっから来るんだろう? 「楽」や「早く着く」が、そんなに良いことか? お金によって実現されることはすべて善い! と信じてるだけじゃないの?
 あるいは「タイムイズマネー」とか本気で思ってるのか? 「タクシーに乗れば時間が節約できる」と無邪気に言う人は、時間ってなんだと思っているんだろう? どこに売り渡してんだ?

 空を眺めるのにお金はいらんやろー、ということ。ところが「きれいな空」を見に行くための交通費や宿泊代、食事代、お土産代その他の諸費用を「空を見るための費用」にまとめてしまうのが、お金のことしか考えていない愚か者の習性なのですぞ。歩いて行って、何も飲み食いせず、何も買わなかったらタダなんだよ! そこまでいくと極端なら、自転車で行って、コンビニで水とおにぎり買って食べて、寝袋で寝る程度のお金で、あなたの言うその「きれいな空」は見えるのだし、なんならもっと輝いて見えるのかもよ。
 こう考えると、この「あなた」というものが、いったい何にお金を払っているのかが見えてきますね。「結果」が欲しいんですよね、求心的にね。
 お金でできることってのは、「お金」と直結していることだけなのだ。
 お金には答えがある。このお金を払うと、何が手に入るかがあらかじめ明白である。だから何も考えなくて済む。お金というのは、僕のきらいな「一対一対応」の最たるものなわけだ。
 テストに答えるのと同じってことだ。

 お金とテスト、この二つによって骨の髄まで「一対一対応」に馴らされた人間は、「Aには対応するBがただ一つ存在する」と信じてやまない。それが貧しさそのものであるということに気づかない。
 だからすぐ「付き合う」とか「結婚」とかいうことにもなるのです。オワカリカ。
 全部繋がっとるのだぞ。

 親が、常識が、何を言ってくるのか僕は知りませんが、そういうのはすべて「他人のたわごと」であって、「自分とお金との関係」を考えられるのは自分だけ。
 身動き取れないほどひどい環境だってあるんだろうけど、それを踏まえてなんとか冷静に、「どうするといいんだ?」と考えるのは、つらいことだが自分の仕事なのだ。
 体力があるうちに、少しずつ練習していかなければならない。
 まあ簡単じゃないことはわかりますよ。
 あんたは恵まれた環境にあったからだと言われれば僕に関してはそれはそうなのかもしれません。(何にも知らないくせに、とは思いますが。)
 でもそりゃしょうがないことなんだから、泣きながらでもちょっとずつなんとかよくしていこうと思わないと、ずっとつらいまんまだし、「まあこんなもんか」と思って生きて、死んでいくだけ。それを面白いと思えるならいいが、思えないなら面白くないね。面白くないだけだけどね。

 たいていのことは面倒がってるだけなんだってのを、本当はみんなわかってるでしょ。親のことでいえば、「いまの親との関係を変えるのが面倒」ってだけの場合は本当に多い。わかるよ、面倒だよ。できることならどんなことでも、現状維持がいちばん楽だよ。
 でもそれだとあなたのその辛さも現状維持になる。で、正直言って、「こうやってうだうだいじいじ悩んでる」というのが楽になっちゃってるんだな。Kに言わせりゃ「精神的に向上心のないものは、ばかだ」ということなんだ。
 うだうだいじいじ言ってるのが楽だから、もう動きたくなんかないんだよね。
 何かを変えることほど面倒なことってないものね。
 だったらもう僕らは平行線から手を振りあって笑って生きていこうね。

2020.3.18(水) 星の光(しごやめぶり、しごはじぶり)

 七、八年ぶり(?)くらいに友人と会った。お店にきてくれた。僕の好きな再会である。当時僕が言っていた粗削りな考え(「原っぱの論理」まわりのこと)を覚えてくれていて、それがこれからの新たな針路を選ぶ理由の一つになったという。現状の仕事について「これは違う」と思ったとき、僕の言ったりやったりしていたことを思い出してくれたらしい。
 星の光は長い時間をかけて届き、その反射はまた同じだけの時をかけてもとの星に返る。彼女がこれから取り組むことの結果はきっと僕のこれからをもより輝かせてくれる。
 二年間(正確にいえば一年と四ヶ月)国語を受け持ったある生徒と初めて連絡をとった。似たような趣味の感性を見つけて嬉しくなった。近いうち会って話し歩く予定。在学中はまともに話したことがなかったが、小テストの裏だとか日々の目線だとかで少なからぬ交流があった。ずっと「届け」と祈り続けていた相手だったのでほんとうに喜ばしい。ただものでないというのはすぐにわかるし、好意も目で届く。
 夏目漱石の『こころ』という小説で、先生は人の「目」をひどく気にする。目や目線、見るということに注目してあれを読むとまたひとしおである。好意は目で届くのだが、目の届かないところにいる人の好意は、様々の遮蔽物に妨げられて遠い。「見えるところから見る」ということが、仲良しのために歩み出す第一歩なのだろうな。木陰に隠れては「入る?」とは言われない。また密室で遊んでいても「入れて?」とは言われない。見られる側だって見えるところにいなければならないのだ。お互いに見えるようにしておく。そのためにホームページがあり、そこにはメールフォームや掲示板も用意されている。扉を開ければお店に入れる。
 最近福岡のブックバー店主と文通めいたことをしているが、彼が僕のことを見つけてくれたのは非常にうれしい。いまものすごく彼は僕の言っていることを吸収してくれていると思う。僕もなんだか偉そうなもんだが単純にお店とか場みたいなものについて考えてきた時間がものすごく長い(それこそ七、八年前には他人の人生を動かすくらいには育っていたとこのたび証明されたのだうれしい)のでしばらくはそうなって不自然ない。もうちょっとしたら僕は彼から途方もなく大きなものを受け取るだろう。一人で考えないために一人で考えてきたことを世界に開くのである。
 前にも少し書いたが夜学バー従業員のK氏と最近いろいろなことを話す。出会ってもうすぐ三年になるがちょっと前まではあれほどまとまった話を対等にできる感じではなかった気がする。おおいいぞいいぞ、もっとクレクレおいしいおいしいと僕は思っている。これだから時間というものは愛おしい。ずっといろいろ話してきたような人たちとは相変わらずいろいろ話す。
 枚挙にいとまなし、このくらいにしておこう。光れば返る、それだけの単純な話。光を放つというのはもちろん消耗するし、漏れた光はどこにも行かずに消えるだけのようにも見える。(せめて優しさの中に消えていったり夢に飲み込まれて鮮やかになってくれたらいいな参考文献小沢健二流れ星ビバップhideMISERY)
 だがそこで腐ってはいけないのだ。毎日キラキラハッピーエブリデイジャッキーの日記はどないさかい→いまはまだ小さなアヒルの子いつかはなりたい白鳥の湖どうも広瀬すずでしたまた読んでポーン参考文献白桃ピーチよぴぴ

2020.3.15(日) 貢献とマネタャーズ

 このホームページを開いて19年と8ヶ月、かかったお金は月にいくらかのniftyへのプロバイダ料のみ。(しかもおとうさんの家族アカウント?的なものなので僕は払っていない……。)
 収入はもちろんなし。広告は美しくないしアフィリエイトは面倒だからやっていない。クラウドファンディングやnote等でサポート募るのも好みじゃないしほしいものリスト公開も投げ銭お願いしまーすで口座さらすのも嫌なのでインターネット集金に向いていない。今後もまあ間接的にしかmonetize(!)することはないと思っていたのですが夜学バーのほうでとりあえず口座(個人のではなく店の)だけ載せることにしてみました。

「間接的にmonetize」ってのがなんなんかというと、このホームページを見ている人がお店に来てくれたり自費出版本を買ってくれたりするということ。あるいはお店や本をきっかけに僕およびこのホームページを知ってくれた人が「この人面白いからまたお店行ったり本買ったりしよう」と思ってくれるとしたら、それもそう。このホームページとしてはそれで十分すぎるくらい。でも「お店」ってことを考えたらまーちょいマネタャーズ(名古屋弁)を考えんとかんか知らんという思いがつと湧いてきた。ずっと考えていたことではあるけど。

 夜学バーというお店ははっきり言って「儲ける」ということに向いたつくりをしていない。僕がやるのだから当たり前だ。ただ僕もばかではない(どころかかなり賢い!)ので「維持する」というくらいはできるよう計算してやっているし実際まる三年は維持できた。感染症の影響もありこの二ヶ月弱くらいかなり客足が減っているがべつになんとかなるくらいにはちゃんとお店は育ってくれていたようだ。
 横道にそれるけど、うちがとりあえず大丈夫なのは「店にそれなりのたくわえがあった(名古屋人はまず貯金するのだ)」「それでも来てくれるお客がたくさんいた」「知名度は少しだけあるので新しいお客もそれなりに来る」という三点のおかげかなと思う。あとは僕が言うのもなんだけど従業員やお客さんたちがみんなずいぶん賢いからか。本当に人に恵まれている。コツコツと「夜学バー」ちゅう畑に水や肥料をまき雑草抜いてみたいなことをしてきたのが実をつけたのだ多分。
 ただ僕ができるのはそこまで。「よほどのことがなければ維持できる」というていどの畑ならつくれるが、「とんでもなく売れる作物をたくさん実らせる畑」にはできない。それはもう本当に向いていない。僕が楽しくて僕が正しいと思うようなお店づくりをしたらどうしてもそうなってしまう。
 僕だって可処分所得は多めにほしいし暇もほしい。でもそこを優先させると美しさが(バランスが)保てない。そこを上手にやれるほどの能力と余力は今ない。

 たとえば夜学バーが儲けるための最も単純な方法は「客単価を上げる」か「来客数を増やす」、あるいはその両方である。
 客単価を上げて「来てほしい人が来てくれなくなる」のを僕は恐れる。僕だったら、今の夜学バーよりも高い店にはまず行かない。だから全体の単価を上げるわけにはいかない。安く飲むことも高く飲むこともできるように「高額商品も充実させる」ということで今後ちょっとずつ「客単価」の幅を広げていこうとは思っている。
 来客数を増やすと「人がたくさんいる」状態が多くなる。「場を共有する」ということがメインテーマのお店なので常にぎゅうぎゅうみたいなことになると「満席コミュニケーション」(適当にいま名付けた)一辺倒になってしまう。少人数でしっとりできる時もあればそれなりに人がいてぐるぐる入れ替わる楽しさも両方ある、というようなのが理想。
 ちなみに原則としてひとり営業なので、人が多いときはけっこう大変である。カウンターの中にいる人は臨機応変にどんな場でもうまく調整役に回らなければならない。調整は当然、人が少ない(要素が少ない)時のほうが楽である。人が多いとうまくいかないことは多くなる。僕はだいぶ慣れているのでそれなりにいろいろ考えながらやれるけれども、それを僕しかできないとなるといよいよ人にお店を任せることが難しくなってしまう。ドリンクを作ったりお皿を洗ったりするオペレーションも増え、営業後はどっと疲れる。充実感はあるけれども。
「人が多いときもある」がいちばんよくて、「いつも人が多い」だとお店の持ち味が失われてしまう。

「客単価」については「幅を持たせる」ことで向上させ、「来客数」は、今よりはもうちょっと多くしたい。三年もやっていまだにほとんど誰も来ないような日もけっこうあるのだ。「常に人がたくさんいる」ことを恐れるのはずいぶんあとになるだろう。
 僕が僕の信念をこのまま一切曲げずに行くなら、まあこのていどの集客具合が延々続く可能性はある。すると「あまり儲からない」まま進む。起死回生の一発などない。ただじわじわと「みなさま」に訴えかけるのみ。時間のかかりそうな方法しか僕はとれない。

 そこで存在への対価みたいなことを思ったわけである。このリンク先に口座が載っていて、そのあとつらつらと蛇足を書き連ねている。
「時間のかかりそうな方法」というのは、単純にいえば「遠くの人に目を向けた方法」である。「遠い」というのには三つの意味がまず浮かぶ。「物理的に遠い」「時間的に遠い」「生活的に遠い」。
 物理的に遠いというのは「遠いところに住んでいる人」をイメージしてほしい。「時間的に遠い」というのは、まだ子供であったり学生であったり、若い人たちがわかりやすい。「生活的に遠い」というのは、忙しかったり、夜学バーは好きだが自分が行く必要は感じていない人、という感じ。夜学バーに通う必然性はないが夜学バーがないとちょっと寂しかったり困ってしまう、という人はいるはずなのである。(そういうことはちょっと「存在への対価」に書いた。)
 物理的に遠い人は、たまにしか来店できない。時間的に遠い人(ex.若い人)は、まだ頻繁には来店できないか、多くの額を払えない。生活的に遠い人は、お金を払う方法をそもそも持たない。
 お店は、とりわけ飲み屋というものは、できるだけ「近くの人を捕まえる」というのが鉄則だと思う。家や職場から近くて、たくさんのお金を払える年代で、頻繁に通う生活的必然を持っている人。
 僕はこの鉄則(と僕が思っていること)を破って、「遠い」人に積極的にアプローチしている。もちろん夜学バーには近所に住んでいる人もたくさん来てくれるし、お金を使える年代の人(=社会人)が当たり前だけどコア層だし、通う生活的必然を持っている人が当然多く来てくれている。
 が、そういう「近い」人たちがなぜ来てくれるのかというと、「遠い」人たちと会えるからだ、と思うのですよ。
「近い」人ばかりが来るのではなく、「遠い」人たちもきているから、お店に「幅」ができる。豊かさで満ちる。
「ネットで知って、たまたま出張があったんで長崎県から来ました」という人がいると、東京の人はそれだけで「おおー」と思う。うれしい気持ちになる。「高校生です」といわれれば、社会人は新鮮な気持ちになる。「お酒をまったく飲まないのでバーには初めて来ました」という人をみれば、日頃からバーに行ってお酒をたくさん飲むような人は「そういう人とバーで出会って話せるのは面白い」となる、と思う。
「近い」人にとって「遠い」人はそれだけでものめずらしく、うれしい気持ちになる存在なのだ。だから僕はできるだけ遠く、遠くへとアプローチする。その「遠い」人は経済的には大きな利益を直接もたらさないかもしれないけど、お店のあり方をものすごく豊かにしてくれる。そういうお店だから、たくさんの「近い」お店の中から、夜学バーを選んでくれる「近い」人たちがいるのだ。きっと。

 このやりかたは、それにしても遠回りである。経済的にはほんとうに即効性がなく、遅効性があるかどうかもわからない。ただそれが僕の趣味だというだけ。もしそれを「まったくしょうがねえなあ」と思う人がいたら、「存在への対価」について思い巡らせていただけたら超うれしいという、ことです。
 夜学バーは芸術的すぎて、ほんとうに儲からないのです。正攻法の「営業」だけでは限界があり、その限界を突破しようと思えば、芸術性が薄れてしまう。だったら「正攻法でない営業」をもうちょっと試していこうと思い、「まなび文庫」もその一環でつくりました。
 このホームページには課金システムがございませんので、課金したい方は夜学バーという存在へ。みなさまのあらゆる想像力に期待いたします。

 おまけ:セビリヤの理髪師

2020.3.9(月) どうして人に優しくするか

 最後に付記(引用)する『銀河鉄道の夜』(第三次稿を含む部分)にすべて書いてあり、以下それに寄り添って書きます、お時間のある方はそちらも併せて読んでいただくか、より興味があればちくま文庫の全集などでご確認ください。個人的には最終稿(第四次稿)がやはり好きで、より詩的に完成されたものだと思いますが、三次稿はその「解説」として非常にわかりやすいものと思っています。まず最終稿を読んでから、三次稿を読むと、「やっぱりそういうことでよかったんだ」と、自分のただしく感じたことに確信が持てるかと思います。


「おまえのともだちがどこかへ行ったのだろう。あのひとはね、ほんとうにこんや遠くへ行ったのだ。おまえはもうカムパネルラをさがしてもむだだ」
「ああ、どうしてなんですか。ぼくはカムパネルラといっしょにまっすぐに行こうと言ったんです」
「ああ、そうだ。みんながそう考える。けれどもいっしょに行けない。そしてみんながカムパネルラだ。おまえがあうどんなひとでも、みんな何べんもおまえといっしょに苹果(りんご)をたべたり汽車に乗ったりしたのだ。だからやっぱりおまえはさっき考えたように、あらゆるひとのいちばんの幸福をさがし、みんなといっしょに早くそこに行くがいい、そこでばかりおまえはほんとうにカムパネルラといつまでもいっしょに行けるのだ」

「みんながそう考える。けれどもいっしょに行けない。そしてみんながカムパネルラだ。おまえがあうどんなひとでも、みんな何べんもおまえといっしょに苹果(りんご)をたべたり汽車に乗ったりしたのだ。だからやっぱりおまえはさっき考えたように、あらゆるひとのいちばんの幸福をさがし、みんなといっしょに早くそこに行くがいい、そこでばかりおまえはほんとうにカムパネルラといつまでもいっしょに行けるのだ」
 この文章はどう解説してもうまくいかない、のでもう一度引用してみた。
「そういうわけで僕は人に優しくするのだ」と言うことしかできない。
 もう少し具体的に言おうとがんばるなら、「僕はカムパネルラとほんとうにいつまでもいっしょに行くため、カムパネルラのみんなといっしょに行かなければならない」。
 僕のよく使う言葉でいえば、「みんな仲よく」をめざさないといけない。

「ああぼくはきっとそうします。ぼくはどうしてそれをもとめたらいいでしょう」
「ああわたくしもそれをもとめている。おまえはおまえの切符をしっかりもっておいで。そして一しんに勉強しなけぁいけない。

 そのために、僕は自分の切符をしっかりともち、そして一しんに勉強しなけぁいけないのだ。
 自分をはっきりと持ち、自分と世界との関係を知るために学ぶ。
 ザードの言う「知るコトを知るために学んでいる」と似ているかもしれない。(参考文献:夜麻みゆき『レヴァリアース』)

 べつにたくさんの人と友達になることが必要というわけではない。
 僕の場合は、「みんな仲よく」の道すじとしてそれがけっこう自然で楽だから、わりとそういうことをしてみているというだけ。
 ほんの少しの友達しかいなくても、すてきな陶器を焼くことができるなら、それで十分かもしれない。
 一人も友達がいなくても、きれいな景色の一部になれるならそれでいいのかもしれない。
 カムパネルラとほんとうにいつまでもいっしょに行くためには、いろんな道すじがある。

「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら、峠の上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから」
 燈台守がなぐさめていました。
「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです」
 青年が祈るようにそう答えました。

 大切なのはその人の「ほんとうの幸福」「いちばんの幸福」であって、それはたぶん人によって違う。持っている切符によって道すじは違う、と言ってもいいのかもしれない。

ぼくたちはぼくたちのからだだって考えだって、天の川だって汽車だって歴史だって、ただそう感じているのなんだから、そらごらん、ぼくといっしょにすこしこころもちをしずかにしてごらん。いいか」
 そのひとは指を一本あげてしずかにそれをおろしました。するといきなりジョバンニは自分というものが、じぶんの考えというものが、汽車やその学者や天の川や、みんないっしょにぽかっと光って、しいんとなくなって、ぽかっとともってまたなくなって、そしてその一つがぽかっとともると、あらゆる広い世界ががらんとひらけ、あらゆる歴史がそなわり、すっと消えると、もうがらんとした、ただもうそれっきりになってしまうのを見ました。だんだんそれが早くなって、まもなくすっかりもとのとおりになりました。
「さあいいか。だからおまえの実験は、このきれぎれの考えのはじめから終わりすべてにわたるようでなければいけない。それがむずかしいことなのだ。けれども、もちろんそのときだけのでもいいのだ。ああごらん、あすこにプレシオスが見える。おまえはあのプレシオスの鎖を解かなければならない」

 僕は「世の中をよくする」という言葉を最近よく使う。それについて、「世の中ってなんですか?」と先日たずねられて、こう答えた。「宇宙と、過去や未来もいっしょになったあらゆる時間。」
 すべての空間と時間にわたるものが「世の中」なのだ、とても大袈裟にいえば。「このきれぎれの考えのはじめから終わりすべてにわたる」ということ。それはあまりにも膨大で、だから「それがむずかしいことなのだ。」となる。難しいから、「けれども、もちろんそのときだけのでもいいのだ。」と言われる。
「ただそう感じているのなんだから」というのは、これもまた僕がよく言っている「恋愛などない」に象徴される、「それってたまたまそういう言葉で表現されているだけでしょ?」の類のものに似ている。あまりにも「思い込み」が多い、ということにみんなまったく意識的でない。

「みんながどう感じるか」「みんながどういう言葉でそれを把握するか」といったことによって、世の中は変わる。
 それを素敵にする。「意思は言葉を変え 言葉は都市を変えていく」なんてのとも似てる。(参考文献:小沢健二『流動体について』cf.「宇宙の中で良いことを決意する」)

 そのときだけのでもいいし、はじめから終わりすべてにわたるのならなおよいが、とにかく「こころもちをしずかに」するとか、「実験」とかってことによって、世の中をよくしようと試みる。
「あらゆるひとのいちばんの幸福をさがし、みんなといっしょに早くそこに行く」ということをする。


 僕は僕の仕方で、誰かは誰かの仕方で、いちばんの幸福を探す。自分だけでなく、みんながいっしょにそこへ行けるように努める。それによって、「カムパネルラとほんとうにいつまでもいっしょに行く」ということが実現する。
「こころもち」のありよう次第で、できることだと思う。それがたとえば僕の言う「優しさ」かもしれないし、「かしこさ」かもしれないし、「美しい」と感ずる心かもしれないし、「強い」ということでもあるのかもしれない。


「強い」といえば、このたびモーニングに掲載された福本伸行先生の『新黒沢 最強伝説』最終回から言葉を借りれば、「上出来の人生」を送りましょうということだ。あの最終回は、まさに今ここに書いているようなことと近いと思う。黒沢はカムパネルラなのかもしれない。川に流されて見つからない、というところまで一緒だ。川の中で黒沢に助けられる恋之助はザネリであり、もちろんジョバンニでもある。



▼ 『銀河鉄道の夜』(角川文庫より、最終稿で削られた部分を中心に)

2020.3.8(日) 運命はナワ/小バーのゆくえ

 昨日の記事のように悲しいこともありますが運命なんてものはナワのようにいいこと悪いことがからみあっているんだとドラえもんが言っていた(44巻「サイオー馬」)ので問題ありません。
小学校には、バーくらいある』は順調に読まれているようです。お店(夜学バー)にくる人や、遠くの友達、仲のよい人たちの場所(東陽町「マーブル」、福岡「ひつじが」、四谷「あひる社」)でも売ってもらっているし、通販でもいろんな方に買ってもらっています。
 基本的に「献本」はしていませんが、それでもいちばん大好きな児童書の先生や、尊敬する児童漫画の先生など数名の方には差し上げました。児童書の先生には11月末にお送りし、なんとその月のうちに読んでくださり、12月の頭には直接ご感想を伺う機会に恵まれました。小学校低学年のころから愛読している先生に、自分の本を読んでもらえて、差し向かいにその中身についてお話しできたというのは至福の極みです。
 児童漫画の先生には2月末にようやくお渡しでき、早くも読んでいただいて、7日の夜に長い感想のFAXが届きました。大変絶賛してくださいました。この方の作品も小学校低学年のころから愛読していたので、28年(くらい?)の読者歴に恥じないものができたのだなと胸がいっぱいになりました。それからまったく減りません。
 僕が「子ども」というものに向き合うとき、必ず意識するのはこのお二人の姿勢です。一言でいえば、「子どもをばかにしない」ということに尽きます。もちろん、たぶんご本人たちはそういうことをわざわざ口にしないし、したとしてもまれ(言うべきときに限る)でしょう。年齢で人を差別しない、なんてのは当たり前のことだから。「子どもを尊重しましょう!」なんて声高に叫ぶのは変てこりん。尊重すべき人を尊重するだけ。
 そういう人たちに、悪いものだとは思われず、むしろ良いものだと判断してもらえたという実感は、「この年月に間違いはなかった」という証拠になります、僕にとって。ハア、これほどうれしいことはない。「これでよかったのだ」と思えることなんて、なかなかないもの。
 小学校二年生くらいから先の自分は、もちろん「人に迷惑をかけた」ということは山のようにあったけど、それでも今が「おそらく正解」なんだとしたら、これから先はなんとか生きるに値するような良い道を歩いて行けるような気がします。
 小学校二年生くらいから続いている今が「とりあえず正解」らしく、その先に立派な人たち(先に挙げたお二方のような)が待っているのだとしたら、ここからはなんとかなるんじゃないか、と思えるわけです。自分だけでなく、ほかの人と一緒に楽しく暮らしていけるのではないか、と。過去のあやまちは消えないとしても。未来、なにも間違わないということではないとしても。そっちをめざすくらいはできそうな。
 また嬉しかったのは、僕と同様にその先生の児童書を何十年も熱心に読んできた方からも、よかったと言っていただけたこと。しかもさすが、僕がまったく意識していなかったところに着眼してくださって、そのおかげで僕の考えも進みそうです。本当にありがたいです。
 自分の教え子にも良いと言ってもらえた(れおんのくだりは僕も泣いちゃう)し、子どものいる方々には「子どもにも読んでほしい!」とたくさん言われるし、うむ、では良い本なのだろう! と思っています。僕もそう思います。
 今のところ読んでくれた人の最年少は小学三年生。上はわからないけど、85歳くらいの、新潟県上越市の喫茶店のママが読んでくれたかもしれない。中一が読んで、おもしろいので学校に持っていってクラスの子(たち?)に貸し出している、という話も聞いた。少しずつでもいいから、小さい人たちの目に止まってくれたらいいな。親の本棚や、喫茶店の隅やらで「なんだか光っている本があるな」みたいに発見されたら。誰に褒められるよりも、めざすのはそこです。

2020.3.7(土)朝 優しい人はつらい

 さっき真夜中に泣いてしまったのだが、なぜ泣いてしまったのかを眠らないままの朝に考えてみる。
 優しさにはたとえば二種類あるとする。無意識の根拠なき自信に裏打ちされた優しさと、戸惑いながらなされる優しさと。
 たぶん僕は「無意識の根拠なき自信に裏打ちされた優しさ」に耐えられなくなったのだ。
 念のためフォローしておくとそれはその時に関わっていた人とはあまり関係ない。これまでのいろいろなことを思い出して泣いてしまった。
 戸惑いなく、「これは優しさである」と無意識に信じ込んだ上でなされる行為は、いったい誰のための優しさなんだろうか?
 自分のためだろうよ、と。
 その「優しさ」がズレていることに対して、責任を取るつもりは毛頭ないと見える。

 僕の思う優しい人というのは、「いったい何が優しさなのだろうか」と常に戸惑いながら、賭けるようにそれをなす人である。
 知るよしもない相手の事情をできる限り想像して、一番妥当だと思える優しさをする。
 それが結果として相手を傷つけたり、相手のためにならないことになるかもしれないと常に危惧し、そして実際、いくらかは裏目に出るだろう。
 それでも優しい人は優しいことをやめない。

 で、泣いていたもう一つの理由。
 優しい人は「優しい」ということを引き受ける以上、「優しさにつけ込まれる」ということを避けられない。
 優しい人にだって事情があり、人並みの気持ちや感覚がある。しかし優しさが発揮されるとき、その優しさを受ける人はそのことをまず考えない。
 だから優しい人はいつも寂しい。いつも孤独である。
 優しさを受ける人は、優しさは無尽蔵だと思っている。
 いや、別に思っていないか。言い換える。優しさが有限だとは思っていない。
 保護者が食事を用意してくれるのを当たり前だと思っているクチ。
 優しさは「ありがたい」ものではあるが、「ありがとう」で済むものだと思っている。
 優しさをくれた人の事情はまず考えない。
 優しさをくれた人が、そのことによってどのくらいの不利益を被っているかを想像しない。「優しさ」というポジティブなものに、ネガティブなものがまとわりついているなどという想像はしない。
 優しい人は、不利益に耐えている。
 優しい人の多くは、それを麻痺させようとする。うまくいく人もいる。ため込んで爆発する人もいる。
 僕はとても優しい人だと思うのだが、はっきり言って何も麻痺させることができない。
 ひたすらにつらいなあと思いながら『銀河鉄道の夜』の名文句たちを頭に浮かばせるだけである。
 そんなふうに言えば、「自分はちゃんと優しい人の事情について考えている、そして申し訳ないと思う」なんて言葉が聞こえてきそうだ。
 そう言う人がもしいるとしたら、その人は、「申し訳ないと思う」くらいの甘えた言い分で充分だと思っているのだろうか。
 ここで、「申し訳ないと思うが、自分にはいっぱいいっぱいで、それを避けることができないのだ」という人がいるとする。
 となると、そういう人に対して優しさを向けることは、優しい人にとっては「たださみしくてつらい」 という結果をしか生まない。それが嫌なら、最初から優しくしなければいいのだ。優しくするのならば、そのつらさを引き受けろと、こう天の声は優しい人に言う。そして優しい人は「そうなんだよな」と思ってしまうのである。
 優しい人は、優しいから、「それだと自分は困るんですけど」と言えない。優しいので、何も言わず、「困るな」とだけ思って、優しさを与え続ける。
 このとき、「嫌だ」と言えなかった優しい人は、「嫌だ」と言うことだってできたわけだから、どれだけつらい思いをしようとも、「すすんでそれを引き受けた」になる。「嫌だ」と言わなかったその人が悪い、となる。それが嫌なら「嫌だ」と言えばよかったじゃないか。「嫌だ」と言わなかった以上、その結果を背負うのは自分でしょう? と。
 これが「優しさにつけ込まれる」である。
 優しい人は「嫌だ」なんて言えない。優しいんだから。
「嫌だ」という気持ちより、わずかでも「優しくしたい」が勝れば、その割合がほぼ半々くらいであろうと、優しくある方を選んでしまうのが、優しい人である。ともすれば、「優しくしたい」よりも「嫌だ」のほうが何倍も巨大であろうが、ほんのわずかでも「優しくしたい」が残れば優しくしてしまうような究極に優しい人だっていると思う。
 これはもう優しい人が自分で自分にかけた呪いのようなものだから、どうしようもない。
 自分はどうしても人に優しくしてしまう。優しくした相手は、「ありがとう」や「ごめんなさい」は思っても、優しい人の「つらい」という気持ちをなんともしてくれない。そういう気持ちにさせるのを回避しようとはしてくれない。なぜならば優しくされる人というのは、その時点で優しい人よりもつらい気持ちでいるからである。そう思うと、優しい人は「この人のほうがつらいのだから自分のつらさなどどうだっていい」となる。
 それはそれは「仲良しの発想」とは遠いのである。
 本当は、双方が優しければいいのだ。あまりにつらいときには、それができなくなってしまうこともあるかもしれない。それは仕方ない。経験値や性格やその他いろいろな事情で、二人いればどちらかの優しさのほうが大きくなってしまうようなこともあるだろう。それも仕方ない。
 仕方ないんだ。それが嫌なら、強くなるしかない。
 優しさを引き受けるっていうのは、「つらい」ということを引き受けることだ。
 二人いるとして、二人ともが優しくて、二人ともがつらければ、「つらいね」って言える。
 こっちのほうが「仲良しの発想」とずっと近い。

 もしも、優しい人のつらさがあまりにもひどくなってしまったら、優しい人はついに優しいことをやめてしまうかもしれない。
 そのことを、優しくされる人は想像しない。優しさが有限であるなんてことは考えもしない。「考えているよ」という人でも、たいていは「でもだからといって何かをする余裕はない」だろう。優しくされる人には何もできない。だって、優しくされる人はもっとつらい気持ちでいるのだから。
 だから優しい人は、基本的には優しいことをやめるわけにはいかないのである。そんなことをしたら、世界から優しさが消えてしまうのだ。
 優しい人のほうが、優しくされる人よりもずっと強いんだから、そのぶん頑張んないといけないのだ。
 優しい人は、常にそのように考えてしまう。
 これをどうにかしたいと思うなら、みんなが強くなるしかない。
 優しい僕は心からそれを望みます。

 一気に書いた。とくに読み返さない。誤解も恐れない。そのくらいってことです。

2020.3.4(水) 時間がかかる

 夜回り先生こと水谷修先生が言っていた。自分には何もできない。ただ黙ってそばにいることしかできないと。
 明日をつくるのは彼ら彼女らであって、第三者たる自分ではない。そこを見誤ると「義侠心」みたいになる。で、ともに沼にはまりこんだり、堕ちていったりする。
 自分には何もできない。「救う」なんておこがましい。何かをしたいと思うなら、何も言わずにそばにいるしかない。
 それには大変、時間がかかる。

 あるいは時に、離れるほうがいいこともある。そばにいないほうがいいことも。
(ここまで書いて、時間切れ。とくには続かない。誤解も恐れない。)

2020.3.3(火) 時間をかけて仲良くなる

 昨日の記事でも少し触れたけど、大事なのは「距離感」。
「仲良くなる」ということを考えるとき、「距離を詰める」「距離を縮める」ことをすぐに思い当たる人がいるようですが、「仲良くなる」というのはたぶんそういうことではない。
「仲良くなる」の本質は、「距離感を合わせる」だと思う。

 距離についての感覚や価値観、把握の仕方がズレている状態で「近づく」をすると、「距離の詰めかたがおかしい」ということになる。
 敬語を例にするとわかりやすい。自分が「そろそろタメ口でいいだろう」と判断したとしても、相手が「まだ敬語じゃないと落ち着かない」と思っているならば、「いきなり距離を詰められて困惑する」になってしまう。
「さん」「くん」「ちゃん」などの呼び方も、「二人きりで会って話そう」といった提案にしても、互いの距離感がズレていると困惑や違和感を呼ぶ。
 逆に、「自分たちはもうちょっと近しい関係な気がするんだけど、なんでこんなに丁寧すぎる接しかたをしてくるんだろう?」というパターンもある。「もっと近づきたいし、実際近づいていると思えることは多いのに、やけによそよそしくしか接することができない」というのも、どちらかが、あるいは双方が、距離感を、あるいは距離を、間違えているのだろう。

「仲良くなる」には時間がかかる。必ずしも「長い時間がかかる」ではない。とにかく「時間」というものが必要である。それを適切に見定めないと、「間違える」ということになる。
 だいぶ前、知り合って間もない同い年の人から、「自分がジャッキーさんと仲良く話をするにはたぶん二年間くらいかかる」と言われたことがあって、「なんという冷静で的確な判断力なんだ」と感動したのをよく覚えている。それからたぶん二年は経っていて、たしかに僕らは仲良くなった。
 具体的な期間を想像すべきかはともかく、「時間がかかる」という意識は大切だ。「君の唇を僕の形にするにはもう少し静かな夜が必要だろう」とはSOPHIAというバンドの『STRAWBERRY&LION』という曲。いい歌詞だと思う。

 もちろん「時間」さえあれば仲良くなれる、というものではなくて、その時間を互いがどのように使うか、ということに尽きる。きっと「距離感を合わせる」ということのために使われなければならない。そのために「雑談」があったり、「目線」があったり、あらゆる言葉や振る舞いがある。
 少しずつ相手を知っていって、「相手に向き合う時の自分」についても知っていく。これが「関係」を育てる基礎だろう。ある程度までは、あっという間に進んでしまうこともある。「初めて会った気がしないね」なんて話にもなる。そこからも当然、関係は育ち続ける。
 ずいぶんと時間がかかる場合もある。でもべつに焦るべきではない。「距離感」を見ながら、ちょうどいい付き合いかたをしているうちに、いつのまにか仲良くなる人とは仲良くなっている。「仲良くなりたい!」といくら思っても、距離感を誤れば近づけない。「困惑」されるだけ。
「仲良くなりたい!」というのはただの欲求で、それをそのまま野放しにしていいわけがない。「好きだ! 会いたい! すべてを知りたい!」という欲求に素直に従えばストーカーじみてくる。相手のことと、相手とのことをしっかり考えねばならない。すなわち「距離感を考える」。

 これは「恋愛などない」みたいな僕のいつもの言い分と同じようなこと。たいていの感情はいくつかの「欲求」に分解できる。「もやもやした気持ち」は、複数の欲求が絡み合ってわけがわからなくなっているだけのことが多い。(もちろん「欲求」以外のものもあるだろうから、それも適切に分解する。)
 片想いというのは、もちろん自然なことだし、してはいけないわけではない。ただ、自分の欲求をなんとかするために「距離感」を間違えたら、相手に負担をかけることになる。片想いは、まず秘めて、「距離感を合わせる」ということが自然に行われるよう、相手と相手との関係を常に見定めようと心がけながら、自分のあり方を少しずつ調整していく、というくらいの態度を僕はおすすめいたします。

2020.3.2(月) 複数の人に同時に話しかける

 やはり問題は「複数の人に同時に話しかける」をできる人が少ないってこと。

     |
     |
     |
_____|

 こういう形のカウンターがあって

     |
  ○  |
     |
_____|

 ここに店員がいて

     |A
  ○  |
     |
_____|
 B

 こういうふうにお客さんがいた場合。

 ○がこの位置でAさんのほうをまっすぐ向いてAさんと話す場合、Bさんにはほぼ背を向けることになるしAさんBさんと同時に会話することはほぼ不可能。
 するとBさんはさみしい。ないしは、手持ち無沙汰になる。
 逆も同じ。

     |A
  ○→ |
     |
_____|
 B

 これだとBさんがさみしい。

     |A
  ○  |
  ↓  |
_____|
 B

 これだとAさんがさみしい。

     |A
  ○→ |
  ↓  |
_____|
 B

 このように、代わりばんこにAさん、Bさんのほうをキョロキョロと見て、はいAさんと話す、次Bさんと話す、そしてまたAさんと話す、たまにAさんがBさんに話す、あるいはその逆、みたいに、ピンポンだま飛ばすような「キャッチボール」なら、できるかもしれない。すなわち「一対一コミュニケーション」の回数を増やすことによって、なんとなくみんなで話しているような雰囲気を醸し出す、と。
 だが個人的にそれは好きではない。せわしないし、結局のところ「一対一」でしかなく、「みんな」ではない。「順番」にすぎない。溶け合わない。掛け合わない。広がらない。
 そこで「複数の人に同時に話しかける」。

 ◎   |A
     |
     |
_____|
 B

 AさんとBさん、双方に同時に話しかけるのだ。
 そんなことできるのか? といえば、なにも難しいことはないはずである。しかし、これをやっている人はとても少ない。僕はずっと(去年くらいまで)こんなこと誰だって当たり前にしているもんだと思っていたが、実のところほとんどしていない。接客業をしている人でもたいていはやっていないと思う。きわめて授業の上手な学校の先生ならば、ひょっとしたらやっている人もいるかもしれない。あるいは、舞台上での演技や芸をよく研究している人ならば、もしかしたら。
 僕は本当に、ずっとこのことにこだわっているのである。ちょっと前の日記にもさんざ書いた。「場をつくる」みたいなことの根幹、基盤はこれに尽きる。

 上の図で、◎はどっちの方向に話をするか? たいていは「あさっての方向」にするのである。Aさんにだけ向いたらBさんに向けない、Bさんにだけ向いたらAさんに向けない。両方同時はありえない。だからどっちのほうも向かず、どこでもないどこかを見て「話しかける」をする。
 これは単純に技術が要るし、やってみるとわかるが勇気も要る。だって、だれからも反応がないかもしれない。二人から同時に「べつに自分に話しかけているわけではない」と認識されたら、自分の言葉が、ただ宙に浮いてしまう。それが怖いから、人は複数の人と対するときでも、たいていは誰かのほうを向いて話している。安心のために、「一対一」になんとか持ち込もうとする。(「二人の人の顔を交互に見る」も、結局は「猛スピードで入れ替わる一対一」である。)
「わたしはあなたに話しかけているのだ」というサインを、ほとんどの人は「その当人に視線を向ける」とか「その当人に身体を向ける」ということによって表す。しかしそのとき、「向けられていない人」は宙に浮く。意外とそのことは意識されない。べつにそれでなんの問題もないと思っている。しかし、本当にそれでいいのか? 僕はさみしいんだけどな。


「一対一コミュニケーション」において、コミュニケーションは線である。二者はまっすぐ向き合うことが多い。ほとんどは対面か横並びである。
 では、かりに「三人」となったらどうだろうか? ある二者がまっすぐ向き合ったら、三人目は入る余地がなくなってしまう。対面でも、横並びでも、それが「一直線」である限りは、「みんなで話す」ということはまずできない。いくらか「三角形」を作る必要がある。
 三角形を作っても、さっき言ったような「線」のコミュニケーションをしている限りは、「順番」ということになる。A→B、B→C、C→A……というふうに、ボールがパスされるだけである。これを僕はあんまり「みんなで」の良い形だとは思っていないんですね。
 仲良し三人組、という状況を体感したことがある人ならば、実際はそんなふうでないことをおわかりでしょう。A「昨日ホットケーキたべたんだー」B「おいしそー」C「喫茶店いきたーい」という会話の、A「たべたんだー」は明らかに、どちらか一名に向けたものではなく、二人へ同時に言っている。Cの「喫茶店いきたーい」に至っては誰にも向けていないが、それが聞こえているのが明らかな以上、二人はそれに反応する資格を持つ。
 べつに、自然にやっていることなのだが、どうもそれは「ごく仲の良い相手」にしかあまりなされないことのようなのだ。

 ここで、この「複数の人に同時に話しかける」という類の行為を、「面」のコミュニケーション、と呼ぶことにする。
「面」とここで言うのは、「線が集まって面になる」というイメージではなく、「面をぶつける」感じ。ベニヤ板みたいな大きな平面を、複数の人がいるほうに向けてえいやって押しつけちゃうような。すっごくわかりやすくいえば、スピーチとか講義ってのは、「面を押しつける」形式。
 授業が下手な先生は、教員のくせにこの「面」がぜんぜん得意でない、という可能性がある。校長先生の話が上滑りするのは、「線」のコミュニケーションしかやったことのないような人が、無理して「面」をやるからかもね? まじめな人ほど、「面」が苦手なイメージがある。もちろん、ただぶつぶつと、独り言言ってるようなのはぜんぜん「面」じゃない。「点」です。授業のつまんない先生はまずこれだと思っていいんじゃないかしらね。
 日本人はスピーチが苦手、みたいなことをよく言われるけど、「複数の人に同時に話しかける」という行為を、社会的なものとして練習する機会がいっさいないからなんじゃないでしょーか?

 コミュニケーションには「線」と「面」があって、「線」は社会的なものとして練習する(敬語なんかその象徴)し、大人だったらその方式は当然身につけているものだけれども、どうも(少なくとも日本では)「面」のコミュニケーションは社会的なものとされず、練習もあまりされてこなかった。最近になって「スピーチ」みたいなものが大切だと叫ばれるようになって、教育現場でも活用されているけれども、かつて日本の人たちのプレゼン下手は本当にすさまじいものがあった。いまだってそれほど大きくは変わっていないと思う。
 それがなぜかというに、「面」のコミュニケーションが成熟していない、ということなんじゃないだろうか。ほかの国のことは知らない。個人の主張を重んじるような風潮が強ければ「スピーチ」や「プレゼン」の能力も育まれやすそうだというのはなんとなく想像できる。それ以上のことを僕はいま考えられないので、とりあえず日本のことだけ。

 なぜ「面」が「ごく仲の良い相手」にばかり用いられるのかといえば、まず思い当たるのは敬語。距離感の違う相手が複数いると、同じ言葉を使ったらどちらかに失礼になってしまうのである。
 敬語を使わなくても許される幼い子供は、「複数の人に同時に話しかける」みたいなことをしているかもしれない。だんだん成長してくると、「相手との距離感によって言葉遣いを変える」ということが必要になる。
「線」でそれをやるのは慣れてくれば難しくないが、「面」でやるのはなかなか難しい。目の前に同僚と上司がいるとき、その二人に同じ言葉で話しかけるには、かなり絶妙なバランス感覚が必要になるだろう。タメ口では絶対にいけないし、丁寧すぎる敬語も不自然になる。
 日本語で「複数の人に同時に話しかける」をするには、この問題をクリアしなければならない。それなりに頭がよくないといけないし、それなりに言葉が上手じゃないと難しい。
 逆にいえば、それなりに頭がよくて、それなりに言葉が上手であれば、困難でもないと思う。

 まず、「ベースを敬語にする」というのは原則だろう。そして「その場にいる人それぞれとの距離感を適切につかむ」をする。そのうえで「どういう言葉であれば、この人たちに同時に話しかけることができるだろうか?」と考え、それを口に出してみる。
 それだけである。
 そこから、話の内容やリズム、距離感の変動に合わせて、柔軟に言葉を選び続ければいい。それを「面倒くさい」と思う人がたぶん多くて、あんまりそういう場面を目にしない。
 たしかに手間はかかるし頭も使うし、緊張もするものだが、これが「みんなで仲良くする」ためのスタート地点に立つ第一歩なのだからしかたない。
 これさえマスターしておけば、どんな場でも「昨日ホットケーキたべたんだー」みたいなことが、言えるんだもんね。
 自分が誰かに「ホットケーキたべたんだー」を言っているあいだ、その場にいるべつの人がさみしい思いをしないように、そして、「おいしそー」とか「喫茶店いきたーい」といったなんらかの反応ををもらうために、このていどの工夫は安い、安い。
 そっからみんなはだんだんと、少しずつ仲良しに近づいていくのだ。「返事じゃない言葉」で話すように、なっていく。

 いま私たちが考えるべきことは、《「面」のコミュニケーションを成熟させる》だと、思うんですよね。「複数の人に同時に話しかける」ということを当たり前にできるようになったら、「みんな」とか「みんなで」っていうことが、わかってくるんじゃないかしら。



 こっからはまあ、余談と思って聞いてください。詩になります。
「線」は大人のことです。「面」は子供のことです。「点」はもっと子供なんですね。
 点、線、面、っていう順番じゃなくて、点、面、線なんですよ。線がいちばん最後で、いちばん大人。

 僕が好きな「場」は、点・面・線のすべてが共存できる空間、時間です。
 メインは、あいだをとって「面」なんです。
「線」がメインだと大人すぎるし、「点」がメインだと子供すぎる。
「面」がいちばんちょうどいい。僕にとってはね。
 世の中はあまりにも「点」と「線」すぎますな。
 ネット上であれこれ、なんかの批判とか文句とか書いてるのは、すっごい点でしょ。だから幼稚なんです。そもそも「つぶやき」ってのは独り言ってことで、まあ点です。でリプライとかコメントは「線」だよね。
 ごくまれには「面」のようなつぶやきをする人もいる。僕ももちろん、(とりわけお店のアカウントでは)心がけている。
 グルチャは多少「面」的要素もあるけども、個チャやメッセージの類は線。

(線を「近代」や「理性」、点を「古代」や「原始」に置き換えたっていいですよ。すると面は、「中近世」で「詩」ってことになる!)


 人と会ってても点と線だらけって感じます。
 それはたとえばバーに行ったとき。僕が行こうと思うようなお店は「会話」が発生しやすいところがほとんどで、実際なんらかの「会話」はほぼ必ずすることになる。そのとき、「面」をやってる店員さんってのはまずいない。「複数の人に同時に話しかける」を、しない。していたとしても、「ごく仲の良い相手」にしか、しない。つまり、はじめて来店した僕なんかは、「別枠」として置いておかれる。
 さみしいな、入れてくれないのかな、と人並みに僕は感じるのですよ。
 これは「警戒されている」とかそういう次元の話じゃない。無視される〜とか愚痴ってんじゃないし、「世間」(または「コミュニティ」)意識の強い場だと、壁がどうしても高くそびえるのは承知している。そういう場合だけでなく、かなり快く受け入れられたな、と感じる場合でも、「僕を含めた複数人に同時に話しかける」ということをまずしない。「りんご食べる人〜?」ではなく、「りんご食べますか?」と個別に言われる感じ。たぶん技術と、意識の問題。

 僕はいつでも「みんなでなかよくしたい」と願うだけの子供なので、「どうしてみんなで仲良くしようという前提を持っていないようなんだろう?」と不思議なのだ。
 たぶん、みんな意外と「みんなでなかよくしたい」なんて思ってないのでしょう。

 僕はもちろん「みんなでなかよくしたい」を当たり前としたお店を作っているつもりだし、基本的にはどこにいたって(事情がなければ)そういう気持ちでいる。
 孤独ではない。「いい店だ!」と思うお店はいっぱいあって、本当に愛している。ありふれるほど多くはないけど、たしかにあるし、いる。
 いくらか形は違っても、「みんなでなかよくしたい」を思っている人に出会うと、嬉しくてたまらなくなります。
 そういう人の中には、人と会ったり話すことが得意でなかったり、負担に感じやすい人もけっこういる。でも、「みんなでなかよくしたほうが絶対にいい」とは思っているのです。「優しい」とか「さみしいということに敏感だ」ということだと思います。

 もう二回くらい読んでください。

 2020年6月1日をもっていま使っているメールフォームが使えなくなる(サービス終了する)ことがわかりました。もちろんべつの方法でメールを送れるようにするつもりですが、どういう形になるかわからないし折角なのでもしその気があったらなんか送ってみてください。飛んで喜びます。あと、7月11日に10年ぶり二度めのオフ会やります。土曜日です。昼間、場所は自分のお店(夜学バー)かな。遠くから眺めたり、一瞬だけ来て去ったりしやすいように上野公園あたりから移動する二部制にしようかと考え中。10年に一度しかやらないつもりなので、ぜひ予定あけといてください。来られない方は、それこそメールかなにかで「電報」を。

2020.3.1(日) 第169話 人犬

「ジンケン!」
「えっ……。」
 急におそろしい言葉が聞こえてきたのでジャッキーはつらくなった。
「センキョ!」
「や、やめ……て……。」
「ケンリ! セキニン! ギム!」
「ウ……ウウウ……ウ……。」
「コドモ! ジンケン!! マモル!!!」
「アアア……アアーーーーーー!!
 ジャッキーは灰となり消えた。

 ジャッキーはその後一本のタバコとして生まれ変わり箱の中で吸われるのを待っていた。
「ジンケン……。」
 かしこそうな顔をした男性がジャッキーを手に取って火をつけた。ふしぎと熱くはなかった。骨の髄までタバコになってしまったということだろう。
 ジャッキーをひとふかしすると、男はフウ〜と煙を吐き出した。
「ケンリ。」
 とセクシーな女5がやってきて言った。
「ギム!」
 男が叫ぶ。
「セキニン。」
 女は眉ひとつ動かさずクールに返す。
「……センキョ。」
 男はいま火をつけたばかりのジャッキーを灰皿にゴシゴシと押し当てて席を立ち、女とどこかへ去っていった。
 ジャッキーは物足りなかった。命拾いをしたといえばそうだがタバコとしては不完全燃焼である。誰かこのシケジャキをひらいに来てくれる者はおらんだろうか。
「だいたいね。」
 新しい男が来て座り、ジャッキーを手に取った。
「人権だの権利だの責任だの義務だの……そんな言葉を使ってしかものを言えない人間はいかんよ。詩情というものがないね。」
 ほかに人もいないのに、男はべらべらとしゃべり続ける。
「君はそんなこと言い出さないからいい。」
 そう、彼はジャッキーに向かって話しかけているのだ。
 タバコにジンケンもなにもない。口もない。
 安心してどんなことでも言える。だから彼は喫煙をしない。大切な話し相手が灰になって消えてしまうのはつらいから。
 ジャッキーは人間だった時のことを思い出した。
 ジャッキーは人権に親を殺されている。
 ジャッキーは人権という言葉を聞くだけで耳がとれる仕組みになっていた。
 耳も安くはない。ジャッキーは常にお金がなかった。
 タバコには耳がないので、もうその心配もない。
 その日から2人は友達になった。楽しく暮らした。次のセンキョが来るまでは……。
「トーヒョー!」
 百万人の兵士が部屋に雪崩れ込んできて彼は殺された。ジャッキーもつまみ上げられた。
「トーヒョー!」
 兵士たちはジャッキーを紙切れでぐるぐる巻いた。
「トーヒョー! トーヒョー!」
(やめて……くれ……!)
 かわいそうなジャッキー。もう、やめてあげてほしい。署名を集めます。宛先はこちら。

2020.2.29(土) 第168話 見せてくれ 心の中に ある光

「あなたは、かわいそうなひとをすくおうとおもわないのか?」「世の中から不幸を減らそうとは思わないのか?」
「目の前の人と、とても多くの人を少しでも幸福にしたいと思っています。自分も含めて。」「そのために、そのようなことは効率が悪いと思っているのです。」
「わたしたちの主張するようなことが?」
「そうです。」
「ならば! 今すぐ愚民どもすべてに叡智を授けてみせろ!」
(1時間後)
「わかってるよ、だから! 世界に人の心の光を見せなくっちゃならないんだろう!」

2020.2.29(土) 第167話 シュシュにフリル、チュニックで

 ここ数日「第何話」とかいってふざけた書き方しているのは、本当に言いたいことを言うためです。
「うそでなければ語れない真実もある」と言うように、フィクション仕立てにしたほうが表現しやすいような本当のこともあると思うので……。

 ドラフトで下位指名されたジャッキー。
 会社名は秘密。
 全人類が同じタイミングでトイレットペーパーを買い置きするとお店からトイレットペーパーがなくなる。
 しかしトイレットペーパーを買い置きすることは自然な行動で、
 全人類が同時にそういう気分になることは普段だってあり得る。
 確率ノ低サハ超天文学ダガゼロジャナイ(藤子不二雄『ドジ田ドジ郎の幸運』SFマガジン1970年11月号)
 みんなが同時に買い置きしている。
 それだけなのだ。
 お店からトイレットペーパーがなくなり
 あまり買い置きをしていなかった人が買いそびれると「不足」という事態にもなる。
 だがまあそれは普段でも起き得ることだ。
 できるだけ起きないようにみんなが努力していて
 その努力が届かないこともあるというだけ。
 普段から買い置きしている人はとりあえず涼しい顔している。
 余裕があるとはそういうことでもある。
 常に「かもしれない運転」。


 さて、ジャッキー、ブックバーに行くの巻。
 いや正確にいえば「ブック&バー」に行くの巻。
 ジャッキーはブック&バーという響きに友達を感じていた。
 そこには友達がいると思っていた。だから行ってみた。
 ブック&バーには人が詰まっていた。
「もうすぐそこの、角の席が空くんで。」
 しばらく待ってくれと言われて隅の席で待った。
 本棚に詰まっている背表紙を眺めて待った。
 お客たちはゆっくりと会計をして、ゆっくりと世間話をして、アハハと笑い合って、ゆっくりと一人ずつ帰っていき、合計で四人くらい帰った。
 十分くらい経ったろうか。
 お店の男性がカウンターの外に回り、机を拭いて、「どうぞ」と僕を案内してくれた。
 案内してくれてありがとうございます。
 残ったお客は2名、ヒックと酔っ払い、流行の話をしている。
 お店の男性はそのお話に相槌を打つ。
 その配偶者らしいお店の女性はカウンター越しに僕の目の前に立ちうつむいてスマホをちくちくと操作している。
 メニューを見た。ソフトドリンクのみの御注文は遠慮願いますとあった。僕はビールを飲みたかったので僕には何の関係もなかった。ビールを注文した。
 ビールがきた。ビールを飲んだ。
 途中、お客の1人がお手洗いに立った。
 もう1人のお客がお店の男性と会話をしながら、「あなたはどう思いますか?」未満の視線をこちらに投げてきたので、一言だけ口に出した。「専門用語も、多そうですね。」
「そうですね」未満の反応が返ってきて、そのあと僕は霧に包まれて何も見えず、何も聞こえなくなった。
 錯乱し、目の前に並んでいる文庫本の中から懐かしいアゴタ・クリストフの、『悪童日記』という本を引き出し、その「学校再開」という章のページに自分の名刺を挟んだ。
 ビールを飲み干した。
 ごちそうさまです、ありがとうございましたと言ってお金を払い、領収証をもらった。
「ありがとうございます」と言いながらお店の男性と女性は初めて僕の顔を見た。
「ありがとうございました」と僕はもう一度言って外に出て、扉を閉める時にもう一度おじぎしようとすると、お店の男性と女性はすでに僕のほうを見ていなかった。五回おじぎしたが気付いてもらえなかった。それで八十八回おじぎしたところで、女性のほうがようやくこちらを見て、怯えたような表情をした。異変に気がついたお店の男性が僕のほうを見て、とても悲しそうな顔をした。僕はにっこりとほほえんだ。


「常連(モンスター)が滅んだ世界が平和なのではない。」
 ジャードは言った。
「一見(にんげん)と常連(モンスター)が共存する世界が本当の平和……。」
 そのために人間と魔物は互いに歩み寄らなければなりません。
 今はまだ小さなアヒルの子、いつかはなりたい白鳥の湖!

 トイレットペーパーを買い置きする世界が平和なのではない。
 トイレットペーパーを買い置きしてもしなくても別にまあなんとかなる世界が本当の平和……。

 ジャッキーはブック&バーで友達と出会うことはできなかった。
 しかし彼はブック&バーのことを責めはしない。そういうものなのだ。
 生まれた時からコンビニがあり、しかしそこには普通「なた」なんて売っていない。
 ジャッキーは「なた」が欲しいのだ。
 しかし近所のコンビニでは買えない。それは仕方がないことだ。
 だからジャッキーは金物屋に行く。そこにも、ひょっとしたら「なた」が売っていないかもしれない。
 泣きながらホームセンターに行く。
 Amazonやメルカリを見る。
 いつかは「なた」に巡り合える、そう信じて。
 それで死ぬまで「なた」を手にすることがなかったとしても、恨みはしない。
 彼は「なた」のことを知っているからだ。
 まだ見ぬ「なた」との思い出を、すでに持っている。だから苦しくなんてない。
 そう、彼は友達のことを知っている。だからブック&バーに友達がいなくったって、目を閉じればそこに……。


 生まれた時からすべてはある。すでにある。
 それに対して文句を言って、なににかはせむ。
 風が吹き、地震があり、宇宙から光が差し込むのとどう違おう?
 自分など、たまたまこの時代、この場所に生まれ落ちた小さな小さな存在だ。
 そんなものが何かを左右させようなどおこがましいとは思わんかね?
 言うのは勝手だ。僕は叫ぼう。「コンビニは邪悪! 自動車は邪悪!」と。
 しかしそれは詩だ。詩として、言ってみたいのだ。
 本当はたくさんの事情が複雑に絡み合ってそうなっているのだと知っているから。
 そしてそのほとんどは自分の生まれる前から決定していたことなのだ。
 それをひっくり返すのは、ワガママであって、すなわち享楽ごと。
 享楽に命捧げるならそれもよし!
 できれば、謙虚に。

2020.2.28(金) 第166話 第二部、最終回

「セーフ! 信用できない!」
「信用していたの?」
「信用したことなんてない!」
「信用されるべきだと思う?」
「思う!」
「なぜ?」
「ゼーを使っているからだ! ゼーを使う以上、信用されるような行動をとるべきだ! 信用されないようなことをするなら、ゼーを使うことは許されない! ゼー、ゼー。」
「そう……なの……?」
「そうさ。」
 ダグラスはグラスを傾け氷がカラーンと鳴った。
 ジャキ子は

 紅茶のみほして、ゆっくりと笑った。

 ダグラスはつまらない男だったわ。
 だから殺したの。
 あの人のことは信用できない。

「なぜ?」
「愚かだから。」

 あたまがわるい。だから殺した。
「わたしには青空があるの。あの人にはなかった。」

「ダグラスにだって青空くらいあったろう。」
「ないと思う。わたしたちは一度も青空の下で会わなかった。」
「青空とはブルースカイのことか。」
「そう。」
 わたしはダグラス2を殺した。

 次にわたしの前に現れるのは、たぶんダグラス3。ダグラススリー。言葉の無駄遣いだ。ダグラスリーでいいじゃないか。ブルースリーのように。
 ブルースリー。青三。ぐーるぐるーぐるぐるぐるるーぐる。
(ぐーるぐるーぐるぐるぐるるーぐる。)
「さあ、みんなで一緒にぐーるぐるーぐる。」

 ダグラスのような男はみな一律でもうダグラスでいい。
 それこそ言葉の無駄遣いじゃん。だって。
 わたしは憎んでんの、すべてのダグラスを。途中からみんなダグラスはそうなる。

 わたしと青空を浴びてくれる人はいないの? 太陽のない青空を。
 みんな太陽のことばかり言うよ。

 かしこい人は青空からすべてをつくりだすじゃないか。


 魚のように泳いだり、鳥のように飛んだりはできないわたしたちは、地上にいてすべてを感じなくてはいけないんだから。
 わたしが信用するのは、それをしようという人だけ。

「ねえねえ! 天が、おそらが、この星のなかに!」
「そういうこともあるんだね。」って。

 狐に会った日もそうだった。

2020.2.27(木) 第165話 ジャゲイン3

 ジャゲイン! 誰もがみんな一人ぼっちを抱きしめながら生きている! ジャゲイン! 泥だらけの靴だって何度でも歩き出せるさ!!(オープニング・テーマ)
 ドロシーは言った。「助けてほしい」と。ジャッキーに。
 そこは宇宙空間だった。
 遊泳しながらジャッキーは言う。「僕にできるのはこうして一緒に星を眺めることくらいだよ。」
「たすけて」ドロシーは繰り返す。
 ジャッキーはオリオン座の砂時計をくるりと返して目の前に置いた。三つ星の合間を星屑が通り抜け、ささやかに少し天の川のように広がりながら落ちていく。押し寄せる波が砂浜をつくる。
「銀河は同心円状に広がっていくんじゃない、こうやって、虹が崩れるみたいになるんだよ。」
 泣きじゃくりながらドロシーは星々を眺める。きっと煌めいている。
 ジャッキーはくるりくるりと落ち葉が舞うように飛び続けた。
 ドロシーも同様な動きを見よう見まねでやってみる。ぎこちない運動はやがて惰性に変わり軌道となる。リズムに乗る。踊る。
「ぐーるぐるーぐるぐるぐるるーぐる」
 さあ、みんなで一緒に、ぐーるぐるーぐる。
 二人は草むらのベッドで寝転ぶように安定して、回転の動きをまちまちにした。
「無重力っていいね」ドロシーは笑う。
 星々のちいさな隙間を縫う。星々もよける。みんなは仲よくやっていける。
 砂時計はすっかり終わって、粒たちはその中で渦を巻いたり舞い上がったり自由に遊んでいた。
 彼らは永遠にそのように遊び続けるのだった。
 メーテル、また一つ星が消えるよ。赤く、赤く燃えて、銀河を流れるように。銀河を流れるように……。(エンディング・テーマ)

2020.2.25(火) ふるさとについて

 There's no place like home. とは映画『オズの魔法使』(1939)に出てくるフレーズで僕の観たバージョンでは「おうちほどいいところはない」と訳されていたと記憶する。しかしhome=おうちというのはもしかしたら「自宅」というだけの意味ではないのかもしれない。親そのものがhomeであるという人は多いだろうし僕にとっては矢田川という地元の川こそがhomeだったりする。それが許されるのならば愛しい風景はすべてhomeと言ってしまいたい。あの風景。あの気持ち。あの時間。あの甘い旋律。
 友達もhome。友達のいる場所、友達のつくっている場所はhome。homeのもとはラテン語の「homo=人」らしい。『オズの魔法使』ではかかとを三回鳴らしてThere's no place like home. と唱えたドロシーはカンザスの自宅ベッドで目を覚ます。たくさんの友達に顔を覗き込まれながら。

 ふるさとは心にある。そう思うことが大事だと思う。誰の心にもふるさとはある、とは言い切れないが、「あるはずだ」と思って生きることはとても大切だと。
 妖精が目に見えないとしたら、「見えるはずのものが見えない」というだけである。本当は見えるはずなのだ。だってそこにいるのだから。
 妖精はいて、本当は目にも見えるはずなのだ。しかしどうやら見えないらしい。たいていのことはそういうしくみである。
「自分はかわいくない」と思っている人は、自分の「かわいい」ところが、見えていないだけなのである。そう思っていて間違いは無いと思う。
 自分にhomeなんてない、と思っている人は、まず「自分にもhomeはあるはずだ」と思うところから始めなければならない。「ここが自分のhomeだと思い込む」ことはしてはいけない。そうではない。「homeはある」とだけ思うのだ。すると、ふとした瞬間にのみ、「あ、home?」と思うことができる。
 親を愛せない人が、「でもこの親が自分のhomeなんだ」と思い込むのは不健康かもしれない。「この親はhomeではない」と思うのもわびしい。ただ「自分にhomeはある」とだけ思うほうが健全だといま、僕は思っている。遠心的というやつである。
 恋人がいて、その人をhomeだと思うのは危険かもしれない。「この人はhomeではない」と思いながら付き合うのも妙なこと。ただ「自分にhomeはある」とだけ思う方がいいだろうと僕はいま、思う。
「今の自分はかわいい」といくら思っても、証してくれる根拠はない。「かわいくない」と思うことも同様。ただ「かわいいはずだ」と思うことしか、できない。「わたしはかわいい!」は誰も証明してくれないが、「かわいくいたいな」とは誰でも思える。
「ここがhomeである」を証明する方法はないが、「homeがあったらいいな」とか「homeがあるはずだ」とは誰でも思える。思っていい。思ったほうがたぶんいい。
 で、homeらしきものと出会ったら「homeなのかもな」とほんのり思う。そのくらいで人は十分に幸福だろう。
 妖精らしきものと出会ったら、「妖精かもな」と思えばいい。

 20歳のとき、当時35歳とか39歳くらいだった人と友達になって、未だに仲良くしている。会うと「homeかもな」と思う。今日会った。その時間は心地よく、まことにhomeじみていた。そういう人や場所がいくらかある。なんと素敵な人生だろう。苦しいことも辛いこともまだまだあるが、人生そのものは「素敵」という言葉から動かない。かかと三回鳴らして、帰る場所があるはずと思えるゆえ。(だから好きだ、ガンダムやザンボット3の最終回。)

2020.2.20(木) 白い飾り

 直観が通り過ぎて枯れたあと、覚えていることが散漫と広がっていく。
 完璧な瞬間からうっすらの幸福へ。

 湿った身体が風に冷やされてさみしくなった。
 幸せと寂寥は対になっていて、天秤のように傾く。たいがいはいくらか同時にある。
 体温と外気、寒い日に点のような赤い丸。
 暑い日にはとろけてしまう。
 手を繋いで歩くとき、寒暖で感覚が違って、どちらも想像できる。
 湿った手か乾いた手か。
 なんとなく湿っていて少し冷たかったり、乾いているのに妙に温かかったり。

 はじめはもっと巨大な直観があったんだけど、今はせいぜいその程度。

 熱情は想像に変わる。
 昂奮は幸福になる。
 うっすらと、平べったい心地よさ。
 想い出と想像はほとんど等しく、そういうものが豊かな人は幸せに暮らせるというわけだ。
 過去も未来もないということ。
 ただ想うということだけがある。
「愛しているだけで十分」って境地。
 さみしいけどね。さみしいってのは、熱情が消えてひらべったくなった状態を言うから。
 悟りというのは、それを「いやだ」とも思わないことなのかもしれない。
 僕はたまに捨てたいと思います。

 けどまあうっすらとしたミルフィーユみたいな愛も存外捨てたもんじゃない。
 幸福はうっすらと巻きついてくる。何重にも。
 その中心は外から見えない。
 こっそりとそこで可愛く生きるのだ。

 声明

 最近、福岡の人と文通したり夜学バーのジャーナル書いたりと、文章あれこれ書いているのでそちらもどうぞ。あと超なんかあったときとかに詩も書いてます。(こないだ3ヶ月ぶりくらいに更新した。)

2020.2.17(月) 追儺

 いろんなことを同時に考えていて、そのすべてが繋がっているから、なかなか文章にできない。とにかく一言で言ってしまえば前回書いた「第三者」ということだし、全体と個ということだし、自分と他人ということである。みんな、少なくとも僕の周りの人たちはそのあたりのことで悩んだり苦しんだりしている。裏を返せば、そのあたりのところをしっかり見据えておけば、うまく生きていけるということでもあるだろうと僕は直感しているので、このままそのあたりを考えていきたい。それは僕のずっと考えている場だのなんだのということにも関係が深いはずだし、まあなんというか普遍的なことなんだろう。ただ、それについてどう考えるか、どう言葉にするか、といったところはそんなに普遍的ではないから、いちいち時と場合にあわせて考えていかねばならない。

 ここまで書いて時は過ぎ、今20日の深夜なのですが、実は何度も書いては書けず(しばらく15日の日付だけUPして放置してしまった)、更新できずにおりました。大作を書けるだけの考えはたまっているのですが、なにぶん大作すぎて本一冊ぶんくらいになりそうなので今年中に本一冊にする予定です。
 なんかもそっとくだらないかっこいいこととかも書きたいものだ。

過去ログ

移転完了しました。ありがとうございます。ちなみに前URLは2016/11/10(木)に消滅しました……。

尾崎昂臣