Entertainment Zone / 少年Aの散歩 Since 2000.7.11
はじめに 過去の日記 BBS Mail リンク /  夜学バーtw まなび文庫

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講演会 ・9月頭の旅記→諦めてません

もくじ 2021.7.25(日) 中央は中央、サブはサブ(五輪開会式まとめ)
2021.7.24(土) スポーツについて昔考えていたこと
2021.7.23(金) 小山田擁護を圭吾さん
2021.7.21(水) from ビートたけしのバイク事故 to everywhere
2021.7.19(月) おざあさんとおやあさん
2021.7.18(日) 平成のジャッキーさん展 追加日程2(終)
2021.7.17(土) 平成のジャッキーさん展 追加日程1
2021.7.16(金) 請求書が書けない
2021.7.15(木) 中根千枝(94)先生と感染症
2021.7.13(火) 平成のジャッキーさん展1 4日目(最終日)
2021.7.12(月) 平成のジャッキーさん展1 2,3日目
2021.7.11(日) 21周年/ミスターとの再会
2021.7.10(土) 平成のジャッキーさん展 初日
2021.7.5(月) 頂き女子のジャバ
2021.7.3(土) 女の敵は男?
2021.6.30(水) RF試論(推しについて7)
2021.6.29(火) CルドンBルー
2021.6.26(土) 僕考最メ喫
2021.6.23(水) 帰納と演繹・頭上の石
2021.6.22(火) 小沢健二・青春はいくつもある
2021.6.21(月) 超越者たち
2021.6.18(金) ガソリンの揺れかた
2021.6.17(木) 出でよ!五聖獣!
2021.6.16(水) まずマッチングアプリをやめろ
2021.6.15(火) 男と女(推しについて6)
2021.6.11(金) 理屈とポジションと気持ち
2021.6.10(木) お金が悪い(推しについて5)
2021.6.9(水) ナチュラルに性を売買する2(推しについて4)
2021.6.8(火) ナチュラルに性を売買する(推しについて3)
2021.6.7(月) 何が好きかで自分を語る(推しについて2)
2021.6.6(日) 所属、差異、従属(推しについて)
2021.6.5(土) 杉村太蔵(41)
2021.6.3(木) 雑記 予告やメモなど/後継
2021.6.2(水) 女を売った金で女を買う
2021.6.1(火) 読書と筋トレ(趣味について)
◇この直前◇

⇒この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などとは、いっさい無関係です。
2021.7.25(日) 中央は中央、サブはサブ(五輪開会式まとめ)

 メインとサブ、中心と周縁。
 ここ10日間くらい、いやもっと言えばこの1〜2年間くらいのオリンピック「開会式」をめぐる状況を僕なりに一言でいえば、「サブはサブ」である。
 オリンピックというのはスポーツの祭典で、学校でいえば運動会とか体育祭、球技大会。そこで主役となるのは足の速い子たちとか、もともとスポーツのできる子たちだった。うちの運動会は一味違いますぜ! とかいった特殊の話はまた別で、ほとんどは今でもそうだろう。
 その人たちは社会の中心にい続ける。今もそうなのだ。だから第2回東京オリンピック開会式に際して世の中は「サブはサブ」という結論を下した。

 運動会等で主役となるのは足の速い子たちで、次がそれを観戦、応援する人たちである。そして「知らねーや」と思っている子たち。この「知らねーや」の人たちが「サブ」に属する。本来、小山田圭吾さんも小林賢太郎さんも、椎名林檎さんもMIKIKOさん(広島のアイドルPerfumeの振付で有名)も、サブの人たちだと思う。野村萬斎さんのような伝統芸能の人はどちらかというと中央な気がする。運動会なら応援団か放送部くらいの位置付けか。ここまでは辞任・解任になった人たち。
 実際の開会式に出た歌舞伎の市川海老蔵さんは中央寄り。彼もいろいろあった人だし、今もリアルタイムにいろいろ言っているが、叩かれないのは「出ることが直前までバレなかった(当日午前4時のニュースにはでていたが、その前には遡れなかった)」だけでなく、やはり「中央の人」だからだと僕は思う。キー局のアナウンサーと結婚したのも中央っぽい。その奥さんが亡くなっているという同情もあるだろう。ちなみに「必要とされるなら出たい」という発言は2019年6月のニュースにすでにある。

 中央のお祭りであるオリンピックの花形行事に、サブの人たちが出てくることを人々は好まなかった。この「大いなる意思」が、小山田さんや小林さんを引き摺り下ろしたのではないかと考えるわけである。椎名林檎さんやMIKIKOさんら、初期メンバーが外れていったのもきっとその力が影響している。単純に考えれば、中央の中央にいる人たちは彼女たちの演出がわからなかったのかもしれない。初期案には『AKIRA』の金田バイクが走り回る演出があったといわれるが、「AKIRAってのはアニメだろう? そんなものオリンピックの舞台には出せないよ」と思う人がいまだにいたって僕はまったくおかしいと思わない。そういうもんだろう。いま80歳の人なら、少年ジャンプ創刊は27歳、ガンダムが生まれドラえもんがテレ朝でアニメ化するのは38歳、『AKIRA』上映は47歳の時である。
 5年前のリオオリンピック閉会式でドラえもんやマリオ、女子高生などいわゆる「クールジャパン」が強調されたのに対して、偉い人たちが遺憾の意を表明する場面は容易に想像できてしまう。みんなそんなに柔軟ではない。もしかしたらそういったものは閉会式に出てくるのかもしれないが、少なくとも開会式という最も華やかな舞台には出すべきでないと考える人はいたと思う。森喜朗(84)さんはそっちなんじゃないかな。麻生太郎(80)さんならよく漫画等の価値を認めている(こないだもゴルゴ13についての質問に申し分ない受け答えをしていた)ようだから、ゴーを出したかもしれないけど、そういう人は今最も権力を持っている内ではかなり少数派のはず。
 いえ、すべて僕の妄想です。実際はさらにいろいろ事情があってのことなのだろう。でもそういうすべてを含めて「大いなる意思」だと僕は主張するものである(ズルい)。
 それにしてもまったくクールジャパンを使わないのはどうなのか、ということでマンガの吹き出しと『ドラゴンクエスト』の「序曲」から始まるゲーム音楽が落とし所となったのかと思う。ドラクエの曲はすぎやまこういち作曲。東京生まれの90歳で、豊かな経歴とさまざまな役職を持つ。「中央」の人だと僕は思う。政治的立場は自民党に近く、献金もしている。ザ・ピーナッツの『恋のフーガ』やザ・タイガースの『花の首飾り』を作曲した人だといえば、話は通りやすそうである。
 ちなみに僕は開会式で「序曲」のファンファーレが演奏されるちょっと前に「ドラクエだ!」と叫んでいた。「序曲」のメロディが変奏されていたのである。え、みんな気づいてた……?

 これもまた妄想だが、「サブはサブ」と思っていたのはたぶん、「中央」の人たちばかりではない。むしろ「サブ」に属するはずの人こそが、小山田くんや小林賢太郎(いずれも僕なりに敬意を込めた呼び方)を非難していたようにも見えた。それは「出過ぎた真似をするな」という忠告であり、「そっちへ行かないでくれ」という悲痛な叫びにも聞こえる。サブはサブのままでいたいし、サブの人にはサブのままでいてほしいのである。そのほうが安心するのである。
 小山田圭吾や小林賢太郎が中央に登って出世できるのなら、いつまでもサブでいる俺たちはいったいなんなんだ? という話にもなる。俺たちはお前らが好きで、お前らを信じてサブに甘んじてきたのに、どうして置いていくんだ? やめてくれ、俺たちにそれは無理なんだ!
 コンプレックスは一気に噴出する。小山田やコバケン(僕は通常、この呼び方はしない)が中央に行くというのは、親友が自分を置いて一人で大人になってしまう寂しさに似ている(例:『劇画・オバQ』)。自分は底辺校に行くのに、一緒にバカやってたはずの友達は超進学校に進んでいくような。そういう気分が充満していたと、僕は見る。僕はね!
 これは『シン・エヴァンゲリオン』におけるシンジの成長やまとまりのあるストーリーにガッカリしていた古いファンの心理にかなり似ている。あれこそが「サブはサブでいてくれ! 俺とともにいてくれ!」という悲痛な叫び、そのものなのだ。
 これまで頼ってきた世界観は崩壊する。足元を失う恐怖。サブが中央に行ってしまうと、サブであることに慣れきっている自分はどうしたらいいかわからない。嬉しいとか誇らしいような気は多少するが、でも「自分」はどうしたらいい?
 だから、足を引っ張る。行かないでくれ! 戻ってきてくれ! と。もちろん、そう明確な意思を持って彼らを叩いていた個人はあまりいないのかもしれない。でもたくさんの人たちのなんとなくの気分が集まって結晶して、結果的にそのような「大いなる意思」になったのだ、というのが僕の主張である(ズルい)。

 分相応、ということを日本の人は考える。「百姓に学問は要らない」とか「女が大学に行ってなんになる」の世界である。小山田圭吾よ、小林賢太郎よ、おまえらには分不相応だぞと、多くの人が思った、ということなんじゃないかと思う。いじめだのなんだのは、口実にすぎない。
 人は、人が出世するのが単純に嫌なのである。他人の幸福が憎いのである。なんでサブカル野郎がオリンピックの花形行事の中心にいるんだよ! 気に入らねえな! 俺たちはコロナでストレス溜まってて、金もなくて辛いのによお! そういうことなんじゃないか。

 そして何よりも人は、安定を望む。下克上なんてのはフィクションや歴史の世界にだけあって、たまに浸ってスカッとできればいい。変わらないほうがいい。サブはサブでいい。中央は中央でいいのである。だから国会議員も、歌舞伎役者も、金持ちも世襲でいいと、みんな本当は思ってしまっているのである。変わることを恐れるから。成り上がりで議員になると、叩かれやすい。杉村太蔵が最高の例である。

 僕はhideの歌う「変わること恐れずにGood bye」というのが信条で、上記のような世の中の気分がもちろんすべて好きでない。そういうわけで杉村太蔵(最上級の敬意を込めて呼び捨て)をものすごく応援しているのだが、彼もけっこうな金持ちの生まれなんですよね! やはり頂き女子革命しかない!

2021.7.24(土) スポーツについて昔考えていたこと

 スポーツと、過去を掘り起こすのがブームのようなので。

 まえがき スポーツをするメリットはたくさんありますし、スポーツをすると良いことはたくさんあります。でなければみんなこんなにスポーツをいたしません。スポーツをしている人、過去にしていた人は、スポーツからたくさんのことを学び、大いに恩恵を受けたと思います。幸福だとしたら幸福なことです。スポーツを好きな気持ちも、スポーツを愛することも、素直な心からくるものであることがほとんどです。



 2008/10/10(金) 旧・体育の日に想う

 読み返してゾクゾクした。非常に烈しいことを言っている。書き加えるとしたら、「球技が苦手なのは、そういう発達をしたからであろう」とか。つまり、僕がよく頭を打ったり水をこぼしたりすることと、球技が苦手っていうのはたぶん同じ話なのだ。そのことを2008年の僕はまだ言語化できていなかったのかもしれない。
 この文章では格闘技は許容、みたいなことになっているが、それもやっぱりルールがあって勝ち負けが存在する以上は完全にこの人の嫌いな「スポーツ」である。ただ、戦ったときにちょっとくらいは強いほうがいいって考え方もあるので、勝ち負けの関係ない武道みたいなのだったらありかもしれない。
 それにしても青くさい。ちゃんと僕は恥ずかしくなっております。


 2010/01/14 原っぱと近代スポーツ
(「2010/01/17 メモ」にちょっと補足あり。「中世までキリスト教ではスポーツは悪とされた」というのをどこかで読んで、赤面したそうな。)

 この文章も、うーん、論拠も論理も弱いというか、説得力に欠けるところがありますが、僕がどのような考え方をする人間なのか、というのはわかるかも。
 このあたりの文章も、似たようなことを書いています。


 今でも、「固定ルール、数量化、勝ち負け」を前提とするスポーツなるものを僕は良いものと思っていません。じゃあスポーツにまつわるあらゆることを嫌うかといえば、全然そんなことはなく、スポーツまわりにも好きなものごとはたくさんありますし、尊敬するスポーツマンもいるし、スポーツをする友達もいる。ちばあきお先生の『キャプテン』をはじめ好きなスポーツ漫画は数え切れない。スポーツを見ているとけっこう楽しい。スポーツをするとたぶんけっこう楽しい。王、長嶋、松井の並んだ聖火リレー終盤はグッときた。巨人ファンでもなんでもないけど。
 運動はかなり好きなほうだと思います。自転車で峠を越えるのとか、気持ちよくってしょうがない。
 そういうことと、スポーツを良いものと思うか、というのは僕にとって別なのです。
「固定ルール、数量化、勝ち負け」のないスポーツがあるなら、僕は好きだと思います。ただボール蹴って走ってるだけとか。ただバドミントン飛ばして、拾いあうだけとか。蹴鞠も、落としたら負け、みたいな感じじゃなければ楽しいでしょうね。そういうのはスポーツじゃなくて、遊びの範疇になると思う。(ただし、通常遊びと呼ばれているものの中にもスポーツ成分が多めのものはありますね。)

 オリンピックが嫌いかというと、ぜんぜんそんなことはなくて、みんなが盛り上がってるのは「やっぱみんな好きだよねー」と思うだけ。相撲中継見てる喫茶店のお年寄りとかうちの両親とかに対して、「やあねえ」とまったく思わず、「いいねえ」とむしろ思う。それと似た感じ。
 じゃあオリンピックが良いものか? というと、いやべつに良いものではないんじゃないですか、と思う。スポーツを良いものと思わないのとだいたい同じ理由で、オリンピックも良いものとはとくに思わない。

 高校の時の体育祭や球技大会では、自分の出番の時以外はだいたい教室とか荷車の中とかに隠れて本読んだりしてたんだけど、今もそんな感じ。べつに水を差すつもりもありません。

2021.7.23(金) 小山田擁護を圭吾さん

 第2回東京オリンピックの開会式が終わりました。第3回が楽しみです。小山田擁護の圭吾さんをします。
 今のところ僕の言いたいことの概ねはこの記事(藤原悠馬さん)やこの記事(北尾修一さん)に書いてあり、差し引くことは特にありません。後者は7月31日夕方に消されるそうですが保存したのでどうしても読みたい未来人はご連絡ください。
 そう、未来人のために書き添えておきますと、7月14日頃からコーネリアスこと小山田圭吾さんは世界一有名ないじめっ子(たぶん)となり第2回東京オリンピック開会式の作曲担当を辞任するという流れがあったのです。その開会式がさっき終わりました。
 世間的にはもうこれで「一区切り」となるでしょうから、現時点で思うこと考えたことを書き記しておきます。

 僕は小山田くん(敬意をこめてくん付け)のことが昔から好きで、(ロッキンオン+クイック)ジャパンの当該号も中高の時に古本屋で買って読みました。2018年2月26日には某所にて勇気出して声かけてサインをもらいました。「昔から好きな人」に直接会う機会というのが、僕はかなり多いほうなのですが、みだりにサインを求めることはありません。相手も負担だろうし、水を差すようなことにもなるし、もう永遠に友達になれないような気がしてしまうからです。なぜか小山田さんは別で、生まれて初めてそれをしました。一緒にいた兄に促されたからでもありますが、名状しがたい独特のオーラに動かされたという気がします。「す、すみませんサインを……」みたいにさっき買ったTシャツを差し出したら「いいよー」みたいに軽く、素っ気なく言って、ササッと「k.oymd」とだけ書いてくれました。おおお、これが小山田圭吾という人なのか! イメージ通りだ! いい人だ! と、思ったものです。
 90年代から現在まで、小山田くんのことを嫌いだった時期はなく、今も好きなので、僕は大いに彼を擁護したいと思います。

 SNSでは何も言わずにおります。メリットがない。代わりに細々とこのホームページで書きました。19日と21日の過剰に用心した文章がそれです。どちらも擁護のつもりでありました。

 小山田くんをめぐっては「大炎上」どころか「迫害」に近く、そこに分け入っても巻き込まれるだけなのは目に見えていた。むしろその状況に加担する言論が増えるのみ。火に油。擁護も擁護として機能しない。それでもやるんだ、一矢報いてやるんだ! という態度はすばらしい、たとえば爆笑問題の太田光さんは「サンデージャポン」や「カーボーイ」でそれをやった。でもそれは太田光さんの仕事であって、僕には僕の仕事がある。このホームページを読むような人に、そっと言うこと。僕にはそれくらいしかできないし、今のところそれを最善と信じている。「現在」の読者だけでなく、未来人も多少は読むだろう。
「現在」を偏重する軽薄短小なSNSサービスで多くの人の目に触れて活躍する、そういう「係」の人もいるのだろうが、僕はちっぽけなhtmlサイトでせいぜい数十人の読者に向けてひっそりと書くような「係」なのだ。せいぜい数十人のうち、この話題に興味を持って最後まで読んでくださるのは現状10人いるかいないかだろうが、50年は残しておくつもりなので、いつか倍くらいにはなるかもしれない。

 21日の日記で、僕は「何が真実かわからない」という意味のことを書いたわけですが、上に貼った北尾さんの文章によると、クイックジャパンで「いじめ紀行」という記事を企画した村上さんという人は、「壮絶ないじめサバイバー」(つまり被害者)だったらしい。しかし記事本文において村上さん本人は「傍観者だった」と書いている。どっちが正しいのだろうか? 本人が書いているからには「傍観者」が正しいのか? それはまったくわからない。ここで一曲、フリッパーズ・ギターでドルフィン・ソング。「ほんとのことが知りたくて嘘っぱちの中旅に出る(略)ほんとのこと知りたいだけなのに夏休みはもう終わり」

 まず事実があって、それを小山田くんが語って、雑誌が記事にして、それをさらにネットに転載する。その際に少しでも手を加えたり、恣意的な抜粋をすれば、それはもう変形である。事実→小山田→村上→ネットと、少なく見て二度ないし三度の変容を経ている。さらにネットでは引用を引用してさらに引用して、というループが無限にあるので、まるで伝言ゲームのように変わっていく。ともあれ、雑誌を見たにせよネットの引用を見たにせよ、「小山田」という個人がどこまで悪いかは決めにくい。太田光さん風にいえば、決めるとしたら司法が決める。
 しかし、小山田くん個人の悪さは決められなくても、結果として出来上がった記事の悪さは決められるかもしれない。かりに自殺した人の遺書に「クイックジャパンのあの記事を読んで傷ついたので死にます、小山田という人を許しません」と書いてあったりしたら、小山田くんが実際何をしたとかどう語ったとかはともかく、クイックジャパンの記事はすごく悪いものだということになる。人を殺すパワーを持った記事なのだ。
 一方、「気分が悪くなった」程度のことなら、そこまで責められるべきではないと思う。そのくらいの悪い文章はいくらでもある。その中の一つというだけ。もちろん悪いは悪いし、それを理由にオリンピック開会式の作曲担当の辞任を余儀なくされることも全然アリだと個人的には思います。オリンピックが「そういうもの」ならば、文句はいっさいありません。

 そもそも小山田くんは悪いのか? ということでいうと、クイックジャパンの記事全文(北尾さんの記事内に公開されております)を参照いたしますと、「まあ普通に悪い」くらいなんじゃないでしょうか? 「普通に悪い」というのは、「子供とか若者とかってまあそのくらいには悪いよね」というくらいのもんです。もちろん、オリンピックに「普通に悪い」人間が関わることが許されないのなら、人選は間違っており、いったん留任したのも間違っており、辞任したのは正しい判断です。
 上に貼った藤原さんの文章で僕が好きなのは、「本能的で、子供のように残酷(大人としての分別に欠けている)だけど、子供のような純粋さ故に、差別や偏見も無い人」と小山田さんを評しているところ。これは僕が19日の日記に書いたことと実はほぼ同じです。小山田くんってのは、子供なのです。子供ってのはけっこう悪いもんなのだ。

 When Margaret grows up she will have a daughter, who is to be Peter's mother in turn; and thus it will go on, so long as children are gay and innocent and heartless.
 マーガレットが大きくなったら、娘ができることだろう。今度はこの子が、ピーターのお母さんになるのだ。こうしてずっと続いて行く。子供達が陽気で無邪気で非情であり続ける限り。
(J・M・バリ『Peter and Wendy』黒田誠 訳

 ウェンディの娘がジェーンで、ジェーンの娘がマーガレット。さらにその娘までが出てきている。小沢健二さんの『涙は透明な血なのか?(サメが来ないうちに)』という名曲に「本当に誕生するのはパパとママのほうで 少年と少女の存在はbabyたちが続けていくよ」っていうような歌詞があったと思いますが、なんかそういう感じ。こっちは、ほんっとに大人目線(なんなら神目線)の歌詞だな~、と思います。
 さてバリ曰く、子供はgayでinnocentで、heartless(非情)。
 小山田くんはそのくらいには悪いし、そのくらいにしか悪くない。

 僕も、柄の良い地域に育ってないから、特に中学校はすっごい、小山田くんが語ってるようなことはけっこう当たり前にあった。子供の非情さ、残酷さがフルに解放された土地だったと思う。AくんがEくんをボコボコにするのを、不良たちが取り囲んで見てて、「おいやめろ、死ぬぞ」みたいな感じで、良い頃合いで止めに入る、みたいなのがあって、僕は何もできずに事後、Eくんに肩を貸して家まで連れてったんだけど、なんかそういうまた質の違うヤバいノリ? ってのも若いうちは平気である。Mくんは、下級生でちょっと障害を持っていたかもしれないAくんを道ばたで見つけて、「こっち来て」って呼び寄せて、一発バーン! って殴って、「ありがとう、もういいよ」って帰す、みたいなことしてて、僕はもう何が起こったかわからないくらいびっくりしてしまったんだけど、「やめろよ、よくないよ」みたいなことはたぶん言わなかった。「おい、すげえことするな」みたいな、そういうことを言うしかできなかった。それはいじめというか、暴力への加担なんだろうか? そうだと言えば絶対そうなんだけどそれを加担と言ってしまったら、「逃げてはいけない」ということになる。逃げてもいいんでしょ? 僕は逃げるために、「ダメだよ」じゃなくて「すげえな」と言ったのだ。それは卑怯だったかもしれないが、身を守るためだった。ちなみにMくんは20歳くらいの時に死んだ。自殺だとも聞くし、ヤクザに消されたとも聞いた。近所の鉄板屋のおばちゃんは「ああ見えて心が弱かったからね」みたいなことを言っていた。
 Mくんは番長みたいな立場にいた人で、ケンカが強いのはもちろん、人を殴ったりするのにまったく抵抗がないように見えた。でもなぜか僕とはけっこう仲良くしてくれた。いっぺんなんでそうなったか忘れたけど学校のトイレで殴られそうになって、胸ぐらとか捕まれて大騒ぎになったんだけど、先生が止めに入って、あとから「ごめんな」って言われたことがある。死ぬほど怖かったんだけど、なぜか僕はMくんのことを、どうしても「いいやつ」だと思ってしまう。だけどめちゃくちゃやべえ、悪いやつなのだ。
 ナンバー2と目されていたTとか、ナンバー3のKくんとかは、少なくとも僕から見るとめちゃくちゃいいやつだった。人を殴るのも見たことはない。Gはとにかく筋力が圧倒的で、ケンカになればもしかしたら一番強かったんだろうけど、仲良くなかったのでいいやつだったかはよくわからない。でも陽気で無邪気で非情なのは確か。
 この話、どこまで本当なのだろう?

 僕の本当に仲の良いすばらしい友達に、たかゆきくんという人がいる。中2で初めて同じクラスになった。僕はすでに不良っぽい人たちとか、悪ノリのひどい人たちと仲が良くて、たかゆきくんはそういうのとはかなり遠い立ち位置にいたから、最初はあんまり仲良くならなかった。あんま覚えてないけど一度たしか、そういう悪ノリの人たちと遊んでた時に、たかゆきくんに向かって何かを投げたような覚えがある。彼はびびっていたと思う。いやこれは本当にうっすらとした記憶なんだけど、なんかすごく悪いことをした記憶として残っている。
 でもなんかのはずみで少年ガンガンの話をするようになって、急激にすごく仲良くなった。彼は僕のことをバシバシ殴ってきた。痛かった。普通に暴力といえるくらい、ちゃんと殴ったり蹴ったりしてきた。なんでそんなことするんだ? と思ったが、仲良くしていたかったのであんまり怒ったりしなかったし、それで付き合うのをやめようとは思わなかった。「普通に痛いよ!」とか言って反撃したりしているうちに、だんだん僕たちは軽く殴り合うような関係になっていった。そこに少しずつお決まりのパターンとかルールとかができて、ゲーム性が高まっていって、いつしかもう何しても楽しい、何もなくても二人でいるだけで自然と遊びが生まれてくるような感じになった。まともな言葉を交わす必要もなかった。歌を歌い、殴り合い、わけのわからない言語で鳴き合っていた。ただ歩きまわったりアニメのセリフを暗記して唱えたりした。
 友情というのはそのように育まれていくことがある。僕らは互いに一方的な暴力を振るうようなところがあったが、それがいつの間にか「暴力的なやり取り」に変わり、やがて遊びに昇華されていった。
 たかゆきくんが今さら僕に謝ることなどないし、逆もない。それでいいのだ。我々は互いの存在が幸福なのである。

 小山田くんはたぶん悪い。直接手を出すことはたぶん少なかったのだろうけど、いじめと言われるようなことに参加していたらしい。それは許されるとか許されないとかではなくて、本当にもう、子供の世界では当たり前にあることだ。別に大人の世界にだってある。悪くないと言いたいのではなくて、悪いのである。で、小山田くんはたぶん20代半ばくらいの時点でも、似たような悪さを持っていた。子供だった。
 小山田くんと沢田くん(仮名)は、僕とたかゆきくんのように、「互いの存在が幸福」という状態には至っていない。だから小山田くんは「沢田に会いたいな、僕」と(言ったとしたら)言ったのだと思う。「互いの存在が幸福」という地点の、ちょっと手前くらいにいる実感が、このとき小山田くんにはあったのではないか。だから会うことによって、それを確かめたり、進めたりしたかったのではないか、と。
 小山田くんは、この期に及んで沢田くん(を含む、いじめた自覚のある人たち)に会おうという意思を表明している。先日出された謝罪文にある。批判もされているが、僕はそのことがなんだか嬉しい。彼は終わらせようとしていない、続けようとしている。
 僕の人生のテーマは「再会」である。小山田くんは一貫して沢田くんとの再会を意識している。それだけでも、僕は小山田くんが好きだなと思うのである。

 ところで、僕はいじめられていた可能性があります。小学生の時なんか身体も小さかったし、運動もできなかったし、性格も意味不明。ずいぶんと軽んじてきたやつも何人かいた。その何人かは、僕のことをいじめていたのかもしれない。あれがいじめであったのなら、僕はいじめの被害者である。小3の時にけっこう本気で殺しの計画を立てたのを思い出す。早かったなぁ中二病。Eくんの家で「●●を殺そうと思う」って話して、ぜんぜんリアクションがなくて拍子抜けしたのを覚えている。え、僕、本気で殺そうとしてるんだけどな……意を決して君にだけ話したのに……みたいな。あとM2Oくんはほんとに無理だったなー、あんなに軽んじてくるなんてなー、引っ越してくれて助かった。危なかった。
 でもその辺のことはもう、わからない。その頃に僕を軽んじてきた人間を恨んでいるわけでもないし、べつに今や嫌いですらない。●●やM2Oとは今会っても仲良くできないとは思うけど、O橋とかY司だったら、ある程度話せる気がするんだよなー、なんてことを思ったりする。なんていうか、人間くさいところがあるんだ、この二人は。中学のMくんもそうだけど。もう、人間と人間ってのは、いろいろある。ほんとに、他人からはわからないことがたくさんある。

 差別、という観点については、藤原さんの文章に付け加えることは思いつかない。むしろ小山田くんこそが差別していない、というのには完全に同意する。あと、卓球(敬意を込めて呼び捨て、石野卓球さんのこと)がすごいってのも間違いない。彼も差別のない人だ。このことは今度詳しく書くかもしれない。
 僕が会いたいのは「まこ」なんだ。ちょっと家庭環境が特殊で、本人もちょっと特殊なやつに見えるから、あれはひょっとしたらいじめられてたというか、避けられてるようなところがあったんだけど、僕はずっと、小学1年生くらいから仲良くて、かけがえのない友達というか、初めてできた親友みたいなところがあったんだけど、中学に上がってぜんぜん喋れなくなってしまった。同じクラスだったこともあるんだけど、ほかの友達との兼ね合いみたいなことがそういう時期ってあるから、交流するタイミングがなくなってしまって、学校来てもまこはずっと寝てたりするから、わざわざ声かけることもなくなって、そっから疎遠になってしまって、という。すごく心残りで、とても会いたい。
 はっきり言って、僕はまこをいじめていたのかもしれないのだ。もちろん僕は彼のことが大好きだから、悪いことは何もしていないし、無視したこともない。でも、大好きで仲良くもしたいのに、ぜんぜん仲良くしなかった時期がある。それが彼にとって、ショックでなかったとは思えない。もしかしたら途中からは、「おれはおざきと仲良くしないほうがいいんだろうな」くらいに思って、それで学校に来ても寝てばかりいたのではないか、とさえ思えてくる。気を遣われていたのかもしれない、とか。いずれにせよ、彼はそのまま孤立し続けた。
 はっきり言ってまこは普通の子ではなかったから、彼と遊びたいという人は多くなかった。だから僕と彼と、また別の人と、というふうに複数人で遊ぶことはけっこう難しい。それは本人もきっとわかっていた。それでなんとなく、そういうふうに疎遠になっていく道しか選べなかったのかもしれない。今ならきっと少しくらいはうまくやれるが、当時はそれしかできなかった。中学の時、僕はとにかくいろんな人と遊んでいたのだ。
 ちなみにその頃、僕も彼もケータイを持っておらず、たぶん彼のほうはインターネットもやっていなかった。僕もまだメアドさえなかった。

 小山田くんはクイックジャパンで、「これは果たしていじめなのか?」と言っている。そうなのだ、それがいじめであったかどうかというのは、わからないことがけっこうあるのだ。だから、そこを確かめる意味でも、小山田くんは沢田に会いたがっていたのではないかと思うし、今でもその気持ちがあるから、「大変今更ではありますが、連絡できる手段を探し、受け入れてもらえるのであれば、直接謝罪をしたいと思っております」と書いたのではないだろうか。
 僕も、いじめられていたのかわからないし、いじめていたのかわからない。確かめることはまずできないと思っていいだろう。できることは、「悪いことはできるだけしない」と思って、できるだけ良いことをするというくらいなのではなかろうか。で、小山田くんは、そういうふうに生きているのでは……?
 僕にとって小山田圭吾さんというのは、サインくださいって言ったら即答で「いいよー」って言ってくれるような人なのだ。それで僕はものすごく嬉しかった。もしも「あーごめん、今はちょっとあれだから、今度会ったらまた言って」みたいな返事であったとしても、僕はむちゃくちゃ嬉しかっただろう。たぶん小山田さんは、僕を嫌な気分にさせるような断り方はしない。それは「いいよー」で、なんとなくわかった。

2021.7.21(水) from ビートたけしのバイク事故 to everywhere

 ビートたけしさんが原付で事故ったのは1994年8月2日午前1時40分ごろらしい。約2ヶ月後、顔面に麻痺を負ったまま記者会見を開いて、その場面は幼かった僕の記憶に深く刻み込まれた。印象は強烈だった。ビートたけしという名を聞けば、事故前の顔、事故直後の顔、その後の顔と、大きく分けて三種類の顔が同時に浮かんでくる。
「顔面マヒ治んなかったら、顔面マヒナスターズってのやろうと思ってる(会見映像より)」
 マヒナスターズという音楽グループに引っかけた洒落である。直後に大きな笑い声が上がっている。

 明らかに問題発言。政治家ならば失言とされて大いに突き上げられよう。重大な役に就いている人であれば辞任を余儀なくされるかもしれない。当事者の発言ではあるが、顔面マヒの当事者はたけ氏だけではないのだ。しかしビートたけしさんはこのとき当然あらゆる仕事を休んでいた。辞めるものがない。事故直後の同情もあったろう。またこれが毒舌で知られる「あの」ビートたけしである。問題を感じた人もいただろうが、それよりもむしろ「たけし節」の健在を示した発言として多くの人は捉えたのではないかと思うし、だからこそ「痛々しい」と捉えた人もいたかもしれない。(当時をよく覚えている人のご意見をうかがいたいです。お店にでも来て~、と、営業。)
 ただ間違いなく、彼はこの発言をした。映像として今も残っている。

 マヒナスターズで長くボーカルを務めた三原さと志さんのご子息は、僕の把握している限り1994年以降の数年間に何度か、自身の悪行を語っていたらしく、そのことを多くの人から責められた。彼がその悪行を本当にしたかどうかはわからないし、編集者やライターのまとめた取材記事がどこまで本人の言葉を正確に伝えているかも知りようがない。

 かつてアップスの火曜日を3年間担当した漫才コンビのボケの方は、本人の語った言葉だけを証拠にして良いのかと訴えた。だからなんだという話ではあるが、裁判においては自白のみで有罪にすることはできない。また「自白の任意性」も証明されなければならない。もちろんそれは法の世界の話であって、個人の感情や意思というレベルになれば、そんなことはどうでもいい。自分のために利用できる言葉であれば利用する、それだけのことなのだろう。法律は許しても自分が、世間が許さない。私刑の原理である。

 かつて『ンゴイデッタイサン』という曲でソロデビューした某氏は「疑わしきは罰せずの会」という任意団体を運営していた(いる?)が、そう、疑わしきは罰せずなのである。そういえばこの某氏もいわゆる失言・暴言の類いによってちょっと前に問題となっておりましたが、それはラジオ番組で言ったことなので、これもやはり証拠がガチガチに存在している。

 中学の時、あるマンションの屋上に十数人(不良を含む)集まってるから来いよ、と言われた。屋上へ続く階段には柵があってカギもかかっていたのだが、柵の脇から空中をぐるりとまわって行くのである。落ちたら即死の高さであった。僕もNNくんに引き続いてそこを登った。その時点で僕は悪事の参加者である。不良からの誘いなので断れなかった、というのは本当だ。正直に言えばワクワクもしたが、不安もあった。落ちたら死ぬし、バレたら怒られる。そこで行われていることの内容によっては、補導もある。果たしてその場ではやはり煙草が吸われ、酒が飲まれていた。瓶ビールがケースごと置いてあって、聞けば「その辺の民家の前に置いてあったから持ってきた」とのことで、だとすれば完璧に犯罪である。ただ、それが本当かどうかはわからない。僕は現場を見たわけではない。ただその不良が自慢げに語っていただけなのだ。僕はもちろん煙草も吸わなかったし、酒も飲まなかった。ただ何するでもなく、その空気を吸っていた。はっきり言って気持ちがよかった。
 屋上の隅っこに、KNBが一人で立っていた。煙草を吸っていたかどうかは忘れたが、吸っていた気がする。何してるんだ、と声をかけたら、ラジオを聴いていると言う。『流石の源石』という東海ラジオローカルの番組だった。面白いんだよ、と言われ、翌週から僕も聴いた。想い出の番組である。また、『ンゴイデッタイサン』の某氏らがパーソナリティを務める某番組を二人とも聴いているのがわかり、リスナーだけに通じる話をしたと思う。KNBはたぶん高校に行かず(あるいはすぐ辞めて)鳶か土方(どうでもよいですが僕は元当事者であり家族に当事者がいます)になったのだと思う、実家の裏の駐車場で作業服着た姿に会って、「おう」とか言ったのが最後。生きているだろうか? 『流石の源石』の話、したいな。オールナイトもまだ聴いてるよ。

 これ、どこまで本当かわからないですよね。さらに、イキって話すなら「知らんマンションの屋上に不法侵入して煙草吸って、盗んだビール飲んでましたよぉー!」にすることは容易である。一緒にいた人間がやっていたことをさも自分がやったかのように語るのは「悪かった自慢」の常套。また、「~~くらいのことはやってましたね」みたいな感じで、本当は「~~」なんてやったことないのに、「くらい」という言葉を入れてごまかすようなことも。「タンスくらいのものは盗んでましたね」と言えば、まあせいぜいカラーボックスくらいのもんであろう。一回だけ飲んだか名刺交換したくらいの有名人を「けっこう仲良くてさ」と話すような感じで、人はエピソードを盛るものである。伝聞の場合はなおのこと信用できない。取材記事で、原稿確認もないとなればほぼ伝聞である。「こういうアイディアが出た」が「こういうことをした」に変形する可能性だって十分にある。

 ところで藤子不二雄A先生は、どうやら酒の席などではかなり話を盛るらしい。嵐の番組に出演した時に交友のある芸人から「こんな話してましたよね?」と言われ、「いやそれは大げさでね」と自ら訂正していてめちゃくちゃ面白かった。

 芥川龍之介の『藪の中』は、一つの事件についての複数の人の証言がすべて少しずつ食い違う、というような話である。森鷗外の『高瀬舟』も、喜助(弟殺しで護送中)が真実を語っているとはどうも思えない。証人は目撃してすぐ逃げた婆さんだけで、あとは喜助が自分で語ったことでしかないのだから。

 僕は三原さんのご子息を「悪くない」と言いたいのではない。「悪さの検証が不十分だ」と思う。悪いのは間違いなかろう。ただ、「絶対に悪いと断言できる部分」って、現時点では意外と少ないと思う。何しろ彼が実際に何をして、それを実際にどう語ったのかがほとんどわからないのだ。それがわからないと、二十数年間の沈黙の意味も読み解けない。疑わしいままでは罰せない。批判するのなら、そこを突いたほうが急所だと思う。「で、あなたは何をしたんですか? それをどう語ったのですか? 正確に話しなさい! 証拠があるなら出しなさい!」と詰め寄っては? 反省しているのならすべてをちゃんと語るだろうし、証拠だってあるぶんは出すだろう。他の関係者に迷惑にならないようにみんなで気をつけながら、悪さの検証を進めていったほうが、後の利益になるというか、他の人の参考になるのではなかろうか。面倒くさいなら、司法に持ち込むか、民間の雑誌社に改めて取材してもらうか。謝罪している出版社(編集部)もあるのだから、彼らなら無償でやってくれるでしょう。当時のテープや文字起こしの記録なども、ひょっとしたら残っているかもしれない。

 誰かと誰かの関係のあり方についても、第三者が勝手にその善し悪しを決められるものではない。彼らはどういう関係だったのか? そこも含めてちゃんと検証されない限り、疑わしきは罰せずになるんじゃないかしら。
 そんな時間のかかること! 速攻でキメなきゃいけない時だってあるのだ! という意見もありましょう。その通りだと思います。そのために私刑(その極致が革命)というものはあるのかもしれません。それを否定するつもりは実はないのですが、上記のような冷静が前提にないと、暴走するのではと思うのです。

 2001年11月4日に愛知県立大学でライブをした二人組も、1998年頃のコントの内容が問題とされかけている。こちらは「顔面マヒナスターズ」のように、映像として残っている。

 冷静に賢明に行われる私刑は、ひょっとしたら公の法よりも優れているかもしれない。そうでなければただのワガママに終わる。

2021.7.19(月) おざあさんとおやあさん

 むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。
 おじいさんとおばあさんはとても仲良くしていましたが、あるときお別れをしました。

 おじいさんは一度も子どもだったことがなく、おばあさんはずっと子どものままでした。
 おじいさんは一度も子どもだったことがないので、「子ども」ということについて考えることがありました。「自分は子どもだ」と思うこともありましたし、「ずっと子どもじゃダメかしら」なんて口にすることもありました。
 一方、おばあさんはずっと子どものままなので、「自分は子どもである」と思ったことはないし、「ずっと子どもでいたい」と思うこともありませんでした。

 一度も子どもだったことがないおじいさんは、小さな頃から大人みたいでした。とても頭がよく、客観的に正しいことを見極めるのが上手で、また自分の欲求や欲望をコントロールするのも簡単でした。損得をよく考え、自分にとっての利益を短期的、中期的、長期的とバランスよく獲得していくことに長けていました。おじいさんは通っていた私立中学から偏差値の高い公立高校に進み、そこから日本でいちばん頭のいい大学に入りました。
 おばあさんは同じ私立中学から系列の高校に上がり、ファッションの専門学校に進みました。

 そのうち、おばあさんに子どもができました。おばあさんはずっと子どものままなので、たいして驚くことはありませんでした。自分と同じ人間が生まれたな、と思いました。

 一度も子どもだったことのないおじいさんは、自分の子どもができて、たいそうびっくりしました。自分とはまったく異質な存在が目の前に現れたと思ったのです。
 おじいさんの驚きは大変なものでした。おじいさんは子どもだったことがないので、子どものやることなすことすべてが面白く思えます。自分にはそのような発想がないので、「子どもの発想はなんて自由なんだ!」と感激したりします。自分の子どもと一緒に、「子ども」という時間を楽しんでいます。とても新鮮です。まるで人生をイチから生き直しているような気分にさえなります。ただ、よく思い返してみると、自分も似たような経験はしているのです。おもちゃで遊んだり、まんがやアニメを好きだったことも思い出しました。するとおじいさんは、なんだか自分もかつて子どもだったことがあるような気がしてきましたが、しかしやはりおじいさんは一度も子どもだったことがないので、いまいちピンときません。「繰り返している」というような感覚はありませんし、「自分と同じだ」とも思いません。「そうか、子どもというのはこういうものなのか。自分もそうだったのだろうか? 誰もがこうなのだろうか?」そのような不思議な気分を、おじいさんは自分なりに形にして、仕事に反映させていきました。

 おばあさんもおじいさんと似たような職業でしたが、おばあさんはずっと子どものままなので、子どもの存在が仕事に影響することはあまりありませんでした。
 おばあさんはずっと子どものままなので、ずっと小さい頃の気分のままです。おばあさんは小さい頃、同級生のほっぺたにシールを貼ったことがあります。その頃クラスではいろんな子のほっぺたにシールを貼ることが流行っていました。とても楽しいことだったのです。大人になってもそのことをよく覚えていて、はしゃいで人に話したりしました。ほっぺたではなくおしりに貼ったと言うこともあったし、シールを貼ったのではなくタトゥーを彫ったのだと話すこともありました。また、友達が桃のシールを貼ったことを、まるで自分がやったかのように語ることもありました。おばあさんは桃のシールを持っていなかったのに。おばあさんはもっぱら星のシールばかり貼っていたのに。こういうことは子どもにはよくあることです。ただ間違いがないのは、その時にその子どもたちの間で、人の体にシールを貼ることが流行っていたということです。そしてそのことを、おばあさんや多くの子どもたちは、とても楽しんでいました。シールを貼られた子どもたちのどう思っていたかは、おばあさんたちにはよくわかっていません。楽しんでいた部分もあった気がするし、本気で嫌がっていたような気もします。中には死んでしまいたいほど嫌だったという人もいたかもしれないな、とおばあさんやシールを貼っていた人たちは、時々思います。

 おじいさんや、ほかの人たちは、シールを貼ったことがあったり、それを見て見ぬふりをしたことがあっても、そのことを人に話したりはしません。彼らは子どもだったことがないか、子どもであることをやめてしまうからです。おばあさんは子どものままだったので、人に話すことがありました。しかも子どもらしい無邪気さと誇大さで。それがどうやら自分に不利益をもたらすということがわかると、つまり人から叱られるようになると、さすがに言わないようになりましたし、シールを貼ることはあんまり良いことではなかったなと思いもしますが、相変わらずおばあさんは子どものままなので、ただそのまま遊んで生きていくだけです。

 子どもだったことのないおじいさんは、いつまでも子どものままでいるおばあさんのことを、「いつまでも子どものままだな」と思っているのかもしれません。おばあさんのほうは、おじいさんについて、「面白いやつだよね」くらいにしか思っていないかもしれません。

 おじいさんが子どもというものについて語るとき、かならず「ひとごと」のようになります。その視点は子どもの視点ではなく、子どもの隣にしゃがみ込んで、同じ目の高さからものを見たときの大人の視点です。おばあさんは子どもについて語ることなんてありません。自分について語ることがあっただけですが、あんまり世の中に歓迎されないないようなので、いつしかおばあさんは言葉を使わないようになりました。仕事のうえで言葉を使う必要のあるときは、あまり意味のない言葉を並べるか、誰かほかの人に書いてもらうようにしています。

 おじいさんは、ほとんどの場合、自分の言葉をつかおうとします。そしてそこにできる限り大切な意味を込めようとします。

 二人ははっきりと対照的です。二人はかつて、とても仲良しでした。枝分かれしたというよりは、直線が交差したようなイメージなのかもしれません。

2021.7.18(日) 平成のジャッキーさん展 追加日程2(終)

 昨日の記事をUPしてすぐ、追加日程二人目の来展者が。去年の9月頭に僕が泊まりに行った小諸(長野県)の山中にあるすばらしい喫茶宿「読書の森」で夜学バーの名刺を見てくださったとのこと。まったく初対面の方にとってこの「HSJ10」はどう映っただろう。
 それから少しずつ来客があり、本日は計8名。多くは夜学バーを開いてからのお客さんたちだったけど、後半は小中の同級生や大学の後輩もやってきた。二人とも数年ぶり。うれしかった。

 合計6日間開催されたHSJ10は各5,4,6,3,1,8名のご来展があり、延べ27名、ユニークユーザ数は23名。かなり幅広い年代の方にお越しいただけた。男性8(8)の女性19(15)。モテてるわーいとも思いつつ、繰り返しになるけどそもそも男性(同性)に好かれる類いの催しではないというだけかもしれない。義理のような気分もいくらかはあったかもしれない(謙遜です)。みなさま本当にありがとうございました。

 魔神英雄伝ワタルとかが好きな女の人から「小学校のときの写真はもっとないですか?」と。今回展示しなかったのもけっこうあるんだけど、それでも比較的少ないので実家に帰ったときにお父さんお母さんに聞いてみます。それとは別に、2001年からしばらくこのHPのワンコンテンツとして「そこはかとなし日記」を書いてくれていた後輩のまさやん氏から高校の頃の写真をまとめて送ってもらうことができた。次回があるとしたらそのあたりも整理してバーンと出します。どこに需要があるのか? という話もありますが、これから何年かかけて作っていきます(また維持していきます)。
 年代問わず僕の写真を持っている方、ぜひ送ってください。メアドわからなかったらフォームからおたずねください。

 小中の同級生というのはもちろん、このHPの副管理人でもある添え木(Splint)氏なのだが、彼は消滅志向(なんじゃそりゃ?)が強く、自分がその場の中心になったり注目を浴びたりすることを嫌う。そもそも人と話したり会ったりするのがしんどいらしい。30分か1時間くらいはいてくれたが、「ジャッキーさんと昔なじみである」という情報がその場に共有された瞬間に帰宅した。徹底している。あと1分でもそこにいれば、「ジャッキーさんとはいつからお友達なんですか?」とか「もしかして添え木さんですか?」といった追及は免れなかったであろう。賢明すぎる。たまたまかもしれないが。できるだけ長く生きていてほしい。
 反面、終了時刻を過ぎてからではあるが大学の後輩と二人同窓会のようになったりもした。居合わせた人には「なんのこっちゃ」な部分もあったかもしれないが、友達も含めて「平成のジャッキーさん」だということでおゆるしを。そういう偶発的なアトラクションが展示の一部になるのもよいな、と思っていたのだが、ほかの日には意外と発生しなかった。最終日特典。

 来展くださった方からもたずねられたので、改めてこの展示の企画意図を簡潔に。

・長年アーカイブしてきた自分についての資料を整理したい(これが最大の動機)
・半生を振り返ってあれこれ考えたい
・秘匿ぐせを緩和したい、恥ずかしがらずに(または恥ずかしがりながらも)過去の自分を他人に見せる練習をしたい、すなわちもっと素直になりたい
・「平成の自分展」をやっている人が見当たらなかった(調べてませんが)ので、やってみたい
・いったい誰が来るのか、どのような態度で展示を見るのか、何を面白がり、いかなる反応をするかなどを知りたい、すなわち、各資料が誰にとってどんな価値を持つかを確かめたい

 で、やってみてわかったのは、

・他人の人生をのぞき見ることによって、自分について考えてしまう

 ということ。これはかなり多くの来展者が口にしていた。
 人気のコンテンツがはっきりと出てくるのも面白かった。やはり「読む人が自分を振り返ることがしやすい」ものが多かったように思う。
 具体的には、小学校の時の「かがみ」という詩、ワープロで打った2000年3月22日の長い日記、中2から高1(一部は高3まで)にかけての手書きの日記、高2のとき出席停止になった際の反省文、教員になってから生徒たちに配っていたプリント群、が特に人気だった。いずれも「子ども時代(思春期)」や「学校生活」に関わるものだ。みんなそれを経験している。だから身近で、どうしても自分のことを考えてしまうし、そうでなくともイメージしやすいのは間違いない。
 あと、当たり前だけど恋話みたいなのは人気がありました。本人が目の前にいるのですものね……そりゃ盛り上がりますよね。でも恋にまつわる人たちの写真は一切どこにも展示しませんでしたし、お手紙はもちろん関連する資料は一切置きませんでした。ただ十数年以上を経た僕の言葉だけを、問題ないと判断できる範囲で見てもらいました。「これは文学!」との評をいただき、光栄でした。確かに今読むと、中高生の時の僕の殴り書きの文章は、かなり読ませる。めちゃくちゃ面白いです。また次の機会(n年後)にぜひ。


 展示構成の概略は下記に。

平成のジャッキーさん展(追加日程)
【追加日程】
 令和3年7月17日(土)14時~20時
 令和3年7月18日(日)14時~20時
 詳細はこの記事を参照

 リピート希望の方や、1回じゃ見られない、という方がけっこういらっしゃったので、そんなに需要はないでしょうがもう2日間だけやります。泣いても笑ってもここでおしまいです。次回は早くて1年後。


【展示構成】 ●時系列パネル
 メインです。各部ごとに写真、作文、健康診断表や成績表、日記、生徒手帳、メモ帳、落書き、名刺、幼い頃からの詩や小説や絵などの作品、ライターとしての仕事、生徒たちに配ったプリント群など膨大な紙資料を展示。ケータイ電話も使用した時系列順に飾り、操作体験や本人監視のもとで一部閲覧も可能。 ・平成元年~12年3月 中学生までの部

・平成12年4月~15年3月 高校生の部
・平成15年4月~19年3月 1st大学生の部
・平成19年4月~24年11月 流浪の部
 →無職、覚醒、中学教員、ライター、ノンポリ天皇、無銘喫茶など
・平成24年12月~31年4月 独立の部
 →おざ研(尾崎教育研究所)+ランタンzone、高校教員、夜学バーなど

●ノンポリ天皇特設コーナー
 神武天皇即位期限2669(平成21)年2月11日に即位してからのあらゆる資料を展示。(文芸サークルとして本をたくさん作っていました。)

●古いPC
 昔なつかしいWindowsXP機。デジカメ、ケータイ等で撮影された写真の中から選りすぐってスライドショーしています。ごく小さな音で当時やっていたネットラジオ「ウーチャカ大放送」の音源やラップなどが流れています。

●映像
 無銘喫茶木曜店主時代に出演したテレビ映像(ニッポンのミカタ!とあさイチ)や、高2の時に作・演出・出演した演劇、高2の博覧会(学校祭)のために監督・出演した「人間競馬」のビデオ、同じく博覧会の「半日教室」のために編集したお笑いビデオなどをモニターで流しています。音はごく小さくしていますがご要望があれば聴くこともできます。

●ミニコーナー
 アルバム、卒業論文、教員免許取得にまつわる資料などを置いています。

●その他
 随所にいろいろ置いてあったり、貼ってあったりします。


 注意:揶揄、嘲笑、許可なき撮影や読み上げ、口外、ゴシップ的に面白がっていることを単調に表明することは禁止です。質問や「分析と批評」は大歓迎です。

2021.7.17(土) 平成のジャッキーさん展 追加日程1

 平成のジャッキーさん展(HSJ10)追加日程初日。14時から20時までと言って来展者は1名のみ。じっくりと展示物を読んでくださって、雑談などもたくさんして、6時間くらいいらっしゃった。有意義な時間だったのでそれはそれでよいのだが、東京都心の最高気温は32.6℃だったそうです。
「あんたはまだ若いなどと卑怯な逃げ方をするな 時代を変えて行くものがあるとすればそれはきっと名もない青春たち」と篠原美也子さんは歌っております。(『誰の様でもなく』)
「若い」を理由にするということは、「若くない」を理由にすることと表裏一体。
 最高気温32.6℃という、令和の夏の日にしたらまだ殺人的でもないくらいの気候の時に、若い人だけが外にいて、若くない人たちは家のクーラーで涼んでいる。(と僕は被害妄想する。)
 若い人はすごいねー、こんな暑い日に外に出て。わたしらは若くないんで。
 違う。若いか若くないかではなくて、おまえがそういうやつなだけだ。

 水に濡れるのをいやがってベジータの死亡確認を怠ったザーボンさんがフリーザ様に叱られるシーンが愛知県出身在住の天才漫画家、鳥山明先生の『ドラゴンボール』という超名作にありますが

 ザーボンさんはそういうやつなのである。
 水に濡れるのをいやがることも、暑さ寒さを避けたがることも、それをおしてまでするほどのことでもないよなという判断を「今のあなた」がしているというだけなのだ。
 そしてたまたま「今のあなた」は、「今の自分は昔の自分より若くない」と思っているから、その二つの認識をごちゃ混ぜにして、「若いから」とか「若くないから」を口にするわけだが、そんなもんは単なる「一致」にすぎない。
「元気な状態の若い人」が、「元気な状態の若くない人」よりもおそらく数として多く、またそれが目立つというだけのことである。
 統計を取ればそうなるが、オマエ自身の、単体の問題とはあまり関係がない。
 若さとは関係なく、元気でいていいし、元気でいなくてもいい。ただそれだけのことである。「暑い! むり!」それだけのこと。

 ぜんぜん人が来なかったさみしさを、夏の暑さのせいにして自分を慰めているだけです。べつに、暑くなくたって誰も来なかったかもしれないのです。

 なぜ日記帳に天気を書く欄があるのか、昔はよくわからなかったけれども、こんなにも天候がさまざまなものごとを左右しているのかと、お店を始めてものすごく驚いたものです。僕は猛暑でも台風でも出かける人間なので、それまで本当にピンときていなかった。天気ってすごい。日記に書くべきだ。きっと気分だって左右させられている。
 これ書いてる今現在は翌18日の15時10分。東京都心の最高気温は34℃くらいだったとか。全国では37℃以上の地点もあったそうな。今日も展示をやっていますが誰も来ません。そういうくらいのものなんですよね。
 こないだ20年くらい前のこのホームページをけっこうがんばって復元して公開しましたが、それに対しての反応・反響はほぼゼロです。一人だけ、LINEで話している途中に言及してくれた方がいましたが、そのくらい。でもいいのだ、こんなわけのわからない個人展に、結局は20人くらいの人が来てくれているわけだから。何の問題もない。むしろすごい。インターネットを介して声をかけてくれる人は本当に少ないけれども、直接会いに来てくれる人がたくさんいるのだから、まったく幸福なことです。そして、僕は常に意識しております。何も言わずに黙って来ている全国30人のみえない読者の存在を。ありがとうございます。
 この「全国30人の」という発想および言い回しの元ネタは『七人のおたく』という映画でアイドルおたくを演じていた武田真治さん(撮影当時19歳)です。

 コツコツと、ノアがはこ舟を作るように誰にばかにされたって黙々と、やり続けるだけなのです。21周年のお祝いも掲示板やメールフォームでいただきました。嬉しいワン。
 やってみてよ! SNSに慣れきったみなさん! どんだけ孤独か!
 ひとしずくがどれほど救いになるか。

 今日(すでに昨日だということはもうバラしてしまいましたが)来てくれたのは15歳か16歳くらいの人で、僕がかつて13~18歳の生徒たちに向けて書いて、授業で配ったさまざまのプリントをほとんど読破してくださったようです。それだけでもこの展示をやった甲斐があった。それを書いていた当時の僕は改めて報われたし、彼女にとっても意味があったようだし、同じ文章を読んだことのあるけっこうたくさんの人たちも、ひょっとしたらどこかで何かが報われているのかもしれない。そんなわけはないのだがそうかもしれない。その他効能はいろいろ。
 中学~高校時代の僕の文章を読んで、「これは今の自分にはきつい」というようなことを言って、未来のブースに移動していたのがとても印象的。他人の人生を覗くと、自分の人生について考えてしまう、というのはこの展示でしっかりと確認できた。高校生が高校生の文章を読むのは、ちょっと生々しすぎるのだろう。思い出すことが近すぎる。教員時代の文章を読んだら、自分がこれまで好きになったり仲良くなった先生のことを思い出したらしくて、それも貴重な証言だ。「何を見ても何かを思い出す」というのは僕の好きなヘミングウェイの短編の邦題(題が好きなのであって内容は実のところよくわからない)だが、本当にこれ。展示する内容やその質なんてのは二の次であって、それがトリガとして機能するかどうか、なのだろう。この個人展の肝というのは。

2021.7.16(金) 請求書が書けない

 14日(水)と15日(木)はとある事情で自宅から徒歩圏内にあるホテルにカンヅメしておりました。優雅なもんです。おかげで「請求書を送る」という一大ミッションに成功いたしました。5月あたり必死で書いていた、戦後の内閣総理大臣をまとめた文章のやつです。本が出て、現物がもらえたらご紹介するかも。
 去年あたりに手伝った対談本(文字起こしを担当)も、ようやく出るようです。750ページもの大著が送られてくるとのこと。僕の名前もちゃんと載っているそうなので嬉しい。文字起こしと言っても、個人的にはけっこうがんばって能力を発揮した。中高からの仲良しインテリ二人組なので、お互いにだけ通じる言語で話す。知識と推理力が相当ないと精確な文字起こしができないのである。それが成果物の質にどのくらい影響したかはわからないが、僕としては、はい、がんばったんですよ。

 平成のジャッキーさん展(HSJ10)で、「ライターとしての仕事はあんまりまとまってないですね」というようなことを言われた。確かに。20歳の頃から原稿の仕事をしていない年はない。どういう仕事をしてきたかもだいたい覚えている。ただ記名原稿はクイックジャパンなどごくわずか(そういうのはHSJ10に出している)なので、あんまり人にお見せするようなものはない。取材(インタビュー)記事か、上記のように与えられたテーマに沿って原稿をまとめたり、文字起こし的なものがほとんどなのだ。それでも面白いのは面白いと思うので、明日からの追加日程に向けていくらか探してみます。

 で、探してみたら懐かしいものがザックザク。デビュー作(聖心女子大学の卒業生インタビュー)はまだ見つからないが、「CごとをCたつもり」(伏せ字)というファイルが出てきた。2010年11月最終更新。とある人の文章を新書用に書き直す、という依頼を受けて書いたもので、担当のKさんは「これいいですね! 面白いです! きっと著者も気に入りますよ!」と言ってくれたのだが、すぐに著者から呼び出され「私はこういう文章を書いてくれと頼んだ覚えはない(和訳:ふざけるな)」と言われて罷免された。申し訳ないと思ったのかKさんは帰り道に通りかかった古本屋(確か東京駅の地下)で「なんでも好きな本を買いますから選んでください」と言ってくれて、適当な本を買ってもらったのだが、ギャラは支払われていない。いや、当然もらうべきだし、もらって当然なのであるが、非常に辛い気持ちであったのと、請求書を書くのが面倒だったのと、そもそもいくら請求して良いかわからないし、それをたずねるのもおっくうだったので、11年間そのままにしている。SK社のKさん(光文社で『さおだけ屋~』とかを作った、とても敏腕な人である)、今さらですがいくら請求したらよいでしょうか……。ちなみにおよそ1年後に同書はちゃんと発売されました。おめでとうございます。
 と、いうわけで僕は請求書が書けない人間なのです。請求書を書くためだけにホテルをとってカンヅメするような人間なのです。これ、けっこう本当の話です。

 なぜ僕が「ふざけるな」的なことを言われたのかといえば、文章が下手だとか内容に不備があったというよりはおそらく、オリジナリティを出しすぎたというか、僕らしく書きすぎたというか……。たぶん著者さん的には「おれの名前で本が出るのに、こんな文体じゃおかしいだろ!」ということでもあったのだと思います。僕はおそらく、その人は「監修」みたいな感じで、文章そのものは別の人が書いているのですよ、と明示する形になるのだと思い込んでいたのでしょう。ここに最大のズレがあり、そのせいで編集からの「読みやすくてポップな、面白い感じで!」という指示をあまりにも愚直に、そして曲芸的にやりすぎてしまった。別にふざけたつもりはないのだが、未熟ゆえバランスの取り方が分からなかったのだと思われます。Kさんの「いいですね!」も本当は(やべ……こんなん著者に見せたら殺されるわ……でもライターの機嫌もとっとかないとな……)だったのかもしれないけど、もし彼がある程度本気で「いいですね!」と言っていたのなら、やはりそれは本当に単なる相性だったんだと思うし、彼は本当に敏腕なので、僕の文章自体に大きな不備はなかった、と、思いたいのですけどね……。今ならもうちょっとうまくやれると思います。そのせつはお世話になりました。や、ほんとにKさんに対するネガティブな感情は当時も今もないです。ただあの頃の僕は「そのうちいくら請求すれば良いかの連絡が来るだろう」と思っていたのですが、そんな甘えた態度でいちゃダメだったんですね。とほほ。
 このKさんは『嫌われる勇気』とか『インベスターZ』なんかも手がけていて、そんなすごい人と一瞬でも一緒に仕事をできたのは僕の誇りでもあるのですが、あそこでちゃんと著者に気に入られる原稿が書けていたら、僕の人生の航路も変わっていたか。もっとも、そこで「書けない」ってことは、そっちへゆく人間ではないってことなんでしょうけども。
 ただせっかくなので、ひょっとしたら僕が書いていたら、もっと売れてたかもしれない! と自分に言い聞かせて生きていくことにはします。

 ぜんぜん別の話ですがここに書いている文章の意味や意図を、僕が意識しているのとはまったく違う形で捉えてくださっているらしいような人から何かを言われると、とても傷つく。もっと正確に読めるように書かなくちゃなあといったんは思うものの、そんなことをする義理もないよなと思いなおし、結局同じように伝わらない書き方をして、またなんか言われて泣くという未来がいっぺんに頭に浮かんで、厳しい。
 また、僕がAという立場からBという気持ちでCという言葉を発したつもりなのに対して、「D的な人間がE的な気持ちでFとか言ってきた」というふうに言われると、本当に泣きたくなります。いろんなことに向いてない。
 Dは殺してもいいとしても僕を殺しちゃだめかもしれない。その人がDであるかどうかを個人の直感で決めるのは危険だ。疑わしきは罰せずである。

 夜の中はいろいろあるから、あまり野蛮な人とは目を合わせないようにします。

2021.7.15(木) 中根千枝(94)先生と感染症

『タテ社会と現代日本』(2019)
 ※附録「日本的社会構造の発見――単一社会の理論――」(1964)
『タテ社会の人間関係』(1967)
『適応の条件』(1972)
『タテ社会の力学』(1978)

 この四冊を最近読んだ。かつてベストセラーとなった『タテ社会の人間関係』について、2019年(当時92歳!)の著で「あれは当時の現象をとり扱ってはいるが、その奥にひそむ理論の提示であるから変更の必要はなく」と仰っている。その通り、中根千枝先生が57年前から発表してきたこの理論は、色あせず今も通用する。たとえば「新型コロナウィルス感染症」の日本における広がりを考えるのにも役に立つ、と思う。

 中根先生によると日本社会は、「場」によって結ばれる「小集団」を核とする。小集団はおおむね5~7名程度の封鎖的なまとまり(たとえば家とか部署とかチームとか)で、それは数珠つなぎに連続している。
 一方でインドやイギリスなど、多くの文化では「場」よりも「資格」によって人間関係が結ばれる場合が多いという。
 わかりにくいと思うので原典を少々。

「タテ」というのは、上から下への権力関係を表したものではなく、上と下が組み合っている関係を表現したものです。うまく組み合っていれば、下位の者が上位の者に遠慮なく発言できるし、上位の者も、下位の者から自分の弱点を指摘されても甘受できる。上下ともに強い依存が見られる関係があり、それを可能にしているのが、「場」なのです。
(2019,P25-26)

 資格とは、社会的個人の属性、つまり、その人が持っている特性と考えてもらうといいでしょう。氏、素性など、生まれながらに個人にそなわっている属性もあれば、学歴・地位・職業などのように、生後個人が獲得したものもあります。資本家と労働者、あるいは地主と小作人などというのも資格です。特定の職業集団、一定の父系血縁集団、カースト集団など、そういった属性によって集団が構成されている場合、資格による社会集団といえます。
 一方、資格の違いなどを問わず、一定の枠によって、一定の個人が集団を構成している場合、「場」による設定ということになります。会社などの所属機関もそうですし、○○村というのもそうです。大学でいえば、教授・事務・学生は資格で、「○○大学の者」というのは場になります。
(2019,P21-22)

 同じ「場」を共有するタテの関係で核心といえるのが、小集団です。「タテ社会」という言葉が独り歩きしてしまったために、隠れてしまいがちなのですが、『タテ社会の人間関係』で伝えたかったことは、第一に、日本の社会構造は小集団が数珠つなぎになっているということ、第二に、しかもその小集団が封鎖的になっているということです。
(2019,P27)

 小集団が数珠つなぎになっている、というのがまだちょっと伝わらないかもしれないが、これが新型コロナウィルス感染症の日本での広がり方を決定しているのではないか、というのが僕の仮説。

 現代の日本のように、社会全体を律する確固たる倫理規範もなく、宗教的基盤をもつ社会生活の規律もなく、専門家を除いては法規定もよく知らずに、とにかくつつがなく社会生活を営むことができるのは、日本社会がタテの秩序をもちながら、本論で考察したように、一定の動的法則の働く単一体として、きわめて性能がよいからだと考察できる。
 単一体を構成する細胞のような無数の集団は、各々独自性をもち、同質で同一の構造をもって、一つの連続体を構成している。組織的につながらない各々の独立集団を連続体となしうるのは、すでにクラスターのところで考察したように、各々の相対的順位の認識である。全体構成の中で自分たち(集団)がどのへんに位置しているか、という認識でなく、各々自分の位置を中心とした隣接するものとの位置づけ(順位)についての認識である。累積というか延長というものが、全体を形成することになる。
 すなわち、すべての部分が、どこをとっても微妙な差(順位)によってつながっているということは、全体がじゅずつなぎになっているということになる。このシステムでは、各自の主要な関心は、前後の者との関係にあるから、上層部にいようと、下層部にいようと、同様な心理状態にあるといえる。
(1978,P151-152)

 日本の人は、「自分は全体の中では上のほうだ」というような考え方をせず、「あの人たちよりは上であって、あの人たちよりは下である」と常に相対的に捉える。他の(隣接する)集団との順位比較によって自分の位置を確認する癖がある、ということである。

 ここで重要なのは、上下の差がないということではなく、前に述べたように、上から下までじゅずつなぎの連続体をなしているということである。すなわち、階層的な設定が社会的にできないということである。さきにも指摘したように、どこまでが頭の部分で、どこからが尻尾なのかわからない軟体動物的な構造ということができる。このことは同時に、全体としての感度・性能は、きわめて高い単一体を構成していることにもなるのである。
(1978,P155)

「連続体」「単一体」という言葉で表現されているように、日本の人々のつながり方というのは、たとえば竜の長いからだを想像すればよく、その鼻のあたりに天皇陛下がいまし、皇族や皇室と呼ばれる、いくつかに分かれた小集団を構成されている。そこに隣接してまた小集団があり……、というふうに数珠つなぎになって、いつか尻尾に至る。皇室の方々にお目見えできるのは、頭部の先のほうに属するごくわずかな小集団の者に限られる。胴体にいる「中流」の者たちとは無縁の世界がそこにある。
 これは他の文化、たとえば中根先生がよく例に出すイギリスやインドの文化とはちょっと違う、らしい。あちらは「階層」というヨコの構造で、おそらく段々のピラミッドのような形をなしている。あるいはミルフィーユ、縞模様。日本の小集団は5~7名程度に閉じ、隣接する集団をあわせてもその数はたかが知れているが、階層の場合は一挙に何百人、何万人とつながりうる。

 日本の小集団は封鎖的であり、かつ、個人が二つ以上の集団に同時に所属することは基本的にない、と中根先生は言う。ここはさすがに少しずつ変化しているとは思うが、しかし未だに「優先して所属するたった一つの場」のある場合がほとんどだろう。複数あるとしても、職場と家庭とか、そういう話であって、二つ以上の家庭や職場に同等に所属することはまずない。
 サードプレイスなんて言葉が流行るくらい、第三の所属を求める傾向が最近は強いが、緊急事態宣言というのはその存在を一時的に潰すものなのである。趣味のつながりや、飲み屋のコミュニティとか。そろそろ本題。

 日本では例の新型コロナウィルスが広まりにくい。少なくとも欧米やインドと比較すれば。なぜかといえば日本社会は無数の小集団によって構成されており、それぞれが「閉じている」から。日本で「クラスター対策」がある程度の成功を見せた(と思います)のは、クラスターになるような集団の多くがその中で閉じているから。
 いわゆる「夜の街」が問題とされたのは、気も声も大きくなるし距離も近づくし歌も歌うし閉鎖空間だから、といった理由が一番であろうが、そこが「小集団」を飛び越えてしまう場所だから、という事情もあっただろう。驚くことに中根先生は1964年の段階でバーのこの特質を指摘してる。

 日本のサラリーマン諸氏にとって、あの「バー」なるものの必要性が高いのではなかろうかと思われる。よく観察してみると、本当にお酒の味を好んでバーに行く人は少ないようだ。最も彼らの求めるところは、緊張と闘争の連続である世界からの逃避、神経の慰安所的なものと思われる。そこで、どんな馬鹿なことを言っても受けとめてくれる、そして自分の存在を十分高く評価してくれると思われるバーのマダムとか女の子、そして話のわかる飲み仲間というものが必要欠くべからざるものとなっている。そうでもなければ、あの世界に比類のない日本の「バー文化」の発達は考えられないのである。
(1964,P164-165)

 バーという空間、いわゆる夜の街は、世間や所属する小集団から離れることのできる憩いの場なのである。そのくらい封鎖的な小集団(しかも全人格的な参加を要求される)は、ストレスがたまるというわけだ。
 すっごい余談だけど、これは星新一の作品にバーがよく登場する(有名な『ボッコちゃん』もそう)のと無関係ではないはず。浅羽通明猫先生(中根千枝先生の旧三部作はこの方から購入した)曰く、当時の日本に「そういう場所」はバーくらいしかなかったのではないか、とのこと。

 たとえば、竜の胴体にある小集団Aでクラスターが発生したとする。隣接するBに飛び火する可能性はある。Cくらいまでは到達するかもしれない。しかしDまでは届かない。日本の小集団というのは、そのくらい閉じているのだと僕は思っている。しかしバーはそれを飛び越えてしまう。だから規制されるのだ。

 小集団同士には距離があり、ある小集団でウィルスが流行っても、遠く離れた小集団ではまったく流行っていなかったりする。

 付き合いのある某社の社長が、「ジャッキーくん、コロナって本当に流行ってんの? 周りに誰もかかってる人いてへんねんけど」と言っていた。一方、大手企業で働くある友達は「社内でも、取引相手にも複数人かかった人がいて、自分もPCR検査何度も受けてるし、全部陰性だったけど自宅待機になったりもした」とのこと。二人の交友関係の広さは、たぶん公私あわせればそれほどの差はない。職場は新宿区と中央区である。ここまで感覚にむらがあるのは、所属する小集団の「位置」が違うから、ではないかと僕は推測するのである。
 僕もかなり交友関係の広いほうだと思うが、ここ数年で顔を合わせたことのある知り合いに感染者はまだ聞かない。ところが、某喫茶店の店主曰く「このあたりはバーのお兄ちゃんとかバッタバッタ倒れてるよ!」とのこと。同じ水商売(僕もバーをやっている)でも感覚にずいぶん差があるものだ。台東区と新宿区だが、繁華街の規模としてはさほど変わらないと思う。
 もちろん、「コロナかかっちゃったよー」と言いがちな人たちと、決して言わない人たちがいる、という要素もあるので、観察の難しい部分はあるが、そこをいったん無視して考えると、やはり「周囲の感染具合」の認識にかなりのむらがあることは確かで、それは交友の広さや友達の数ではなくて、「どういう小集団に属しているか」によるのではないか。
 ものすごく雑にいえば、緊急事態宣言が出ていようがなんだろうが酒を飲んで騒ぐのをやめない人と、毎日誰とも会わずにひっそり暮らしている人とでは、おそらく交友関係の質もだいぶ違うのだから、「周囲の感染具合」の認識は異なって当たり前だろう。その人たちの所属する小集団の位置は、たぶんかなり遠い。何区に住んでいるかとか、繁華街が近いかどうかとか、物理的な距離はあまり関係なく、抽象的に距離が遠いのである。竜の腹と、背くらい遠い。


 ここ最近、今の僕の主な行動範囲である墨田区や台東区の感染者数が増えてきている。これまでけっこう少ないほうだったのである。オリンピックの影響だろう。会場がいくつもあって選手村も近い江東区も急増している。このあたりにオリンピック関係者が集まれば、墨田区(スカイツリー、両国、蔵前など)や台東区(浅草、上野など)に観光に繰り出すこともありそうなものだ。ちなみに墨田区にも会場がある。なんにしても単純に、各地に人の流れは増える。
 しかし、だからといって墨田区で普通に暮らしている人が感染しやすくなるか、といったら、たぶんそうでもない。オリンピックによって何かが変化するような場の近くにいるような人はリスクが高まるのだろうが、そうでもなければあまり関係はない。僕は今のところそのように思っている。物理的な位置ではなく、小集団の概念的位置付けが問題なのだ。
 7月15日の東京都内の感染者数は「1308人」。しばらくは増えていくだろう。しかしあらゆるところでまんべんなく増えているわけではない。増えているようなところで増えている。日本が無数の小集団の寄り集まりであり、それぞれがしっかりと「閉じている」以上は、高リスクな「場」と低リスクな「場」がおおむねはっきり区別されているはずである。
 それでも、それを飛び越えて感染してしまうことはもちろんある。決して「おれは陰キャだから安心してよいな」とかいう話ではない。ちゃんと気をつけがちな人たちの多い「位置」にいるから安全度が比較的高いという話なのだ。そこからはみ出せば、いつの間にかリスキーな位置にいてしまったりするかもしれない。
 緊急事態宣言によって夜の街が静かになり、趣味など行動にも制限がかかる。それはやはり感染抑制には効果的なのだと思う。それぞれの所属する小集団を飛び越してしまうような、一種「イレギュラー」な人付き合いを抑えることによって、遠くの小集団へウィルスを移動させないようにしている。その理屈がわかるから、僕は都の要請にそのまま応じる。応じるような「位置」にいたほうが、感染リスクも下げられる。
 かなりマクロな見方をすれば、自粛しないお店で飲んで楽しんでいる人たちは、「そういう人たち」の内に閉じていて、そうでない人たちとはあまり接点がない。いやいや、酒の場では会わなくとも仕事などでそういう人たちと接せざるを得ないのでは? とも思えるが、マスクはだいたいしているだろうから、ちょっと話したくらいで感染することはまれであろうし、何よりも、そういう人たちが多い業界と、少ない業界というのが確実にある。飲み歩く人の多い業界は感染者が多く、少ない業界は少ない。そりゃそうだろう、というくらいのことだ。

 興味があるのは、オタクやインテリの「数珠つなぎ」の中に、どのくらいウィルスは入り込んできているのか? ということ。根拠はまったくないですが、まだほとんどきていないのではと思っています。お酒を飲む飲まない、騒ぐ騒がないの問題ではなく、今の歌舞伎町や銀座や六本木とは、かなり遠い位置にあるような気がするので。オリンピックとも。

2021.7.13(火) 平成のジャッキーさん展1 4日目(最終日)

 最終と言いつつ追加日程を組みました。サイト上部をご覧あれ。
 ↓の記事を書いていたら、残り1時間半というところで、教え子の女の子(当時中2)がやって参りました。そのちょっとあとにもう一人。15時で終わりだったのだが、16時前にもう一人。延べ18名、実数16名、男性5(5)、女性13(11)だと思います。

 僕の半生を展示しているのだが、やはり見るほうの考えることは「自分のこと」のようで、僕は非常に満足しているというか、じゃあやる意味があったなと嬉しく思っております。「自分について振り返ることもできました」とか、「自分も自分について振り返ろうと思っていたところだったので参考になります」とか。何を見ても何かを思い出すのが人間だから、当然そうなるものなのです。他人と向き合うことが自分と向き合うことになる、というのは、非常に高級な現象だと思います。
 今日きてくれたある友人は会うのがけっこう久々で、僕が「健在」であることを喜んでくれた。僕はこれでいいし、君もそれでいい。互いに確認できた気がする。

2021.7.12(月) 平成のジャッキーさん展1 2,3日目

 いまのところ、
 初日 5名
 二日目 4名
 三日目 6名
(うちリピーター1名)
 延べ15名、実数14名。うち男性は4(4)名で、11(10)名が女の人。男は男の展示を見てもあまり面白くないのかな……と数だけ見ると思えますが、4名中3名サマまでは腰を据えてかなり熟読してくださっておりました。お一人は展示の切り口や方向性を確かめに来てくださったという感じ。いずれにしてもありがたいことです。
 カウンターの中からご来展の方々の様子を見ておりますと、「男の人の内面を時系列で覗いていく」という行為がいかに希有なことか、というのを感じます。自分だってそんな経験はないし、たぶんみなさま、特に女の人となると、そこはまったく未知の世界ということになるのでは。立場を逆にして考えれば、男の人だって女の子の手帳をまじまじと眺めることなんてまずないわけです。同性だったらありうる、という話ではなくて、異性のほうが想像はしづらいでしょうから、新鮮さも強いのだと思います。それだけでもけっこう面白い試みだと思うし、何より僕は、記録魔、アーカイブ魔なところもあるから幅も量も膨大、かつ、ちょっぴり「突出して特殊で異常な人間」(橋本治『ぼくたちの近代史』より)なので見所も多いかと自分では思います。もっとも、特殊な人間の展示なんかよりあまり特殊でないような人の展示のほうが面白いのかもしれませんけども。どなたかわれこそは凡庸と思う方、やってください。平成の凡人展。
 これ書いてる今現在は最終日(四日目)で、残り1時間半で会期終了という時なのですが、本日はまだご来展者ありません。このまま誰も来ないかもしれない。平日の昼間だし、そりゃそうか。でも今来たら貸し切りですよ。ぜひ。
 また、追加日程として今週の土日(17,18日)14時から20時まで開展します。リピーターも大歓迎。相も変わらず1000円はいただきます。座興に非ず
 と言ってたら2009年度の生徒(当時中2)が来ました。これも女の子。

庚申チャカ大放送
 7月11日25時(深夜1時)から28時半~29時(早朝4時半~5時)くらいまで放送します。HPのことや展示のことなど。
 こっそりと旧EzをUP。限定公開です。今夜だけかも。
 スマホとかからだとレイアウト崩れるし読みづらいと思うので、ぜひパソコンから見てください。パソコンによるパソコンのためのホームページだったので。

 2001年1月12日のEz
 2002年10月11日のEz
 2003年3月30日のEz ※画像復旧済

 いちばん下のやつは画像をおおむね復旧しているので、「流離い」はここから見るといいと思います。このコーナーは現在見られないので今のうちに。
 と、思ったのだが2003年3月時点のやつだと、2000年冬の旅行記がリライトされている。画像はほとんど消され、文章もかなり違う。古いほうは2002年時点のほうで見られます。好事家は両方楽しんでください。
(2002のほうの画像もいそいで復旧します。→復旧しました。

2021.7.11(日) 21周年/ミスターとの再会

 今日で開設21周年です。ありがとうございます。
 ついでに今日は60日に一度の「庚申の日」なので、眠れません。展示のための整理をしていたら2004年のメモに「庚申」と書いてあって、これももう17年くらい続けているということになります。いつもなら人と集まって話すのですが、今回もリモートで。25時(深夜1時)くらいからYouTubeライブでお話しします。URLはこの上↑に貼りますね。
 平成のジャッキーさん展もお願いいたします。


 一昨日の金曜日、展示資料をチェックするために昔のメモ帳を紐解いていたら、なんと「ミスター」の名前と、電話番号と、住所が出てきた。教えてもらっていたんだ! そのことを僕はまるっと20年間、すっかり忘れていたわけだ。
 一秒でも早く! と、すぐに電話をかけた。誰も出ない。いや待てよ。20年前の携帯番号だ。あの頃はポータビリティ(番号そのままで携帯会社を変えられる仕組み)なんてなかった。落ち着こう。別人のものである可能性が高い。

 落ち着くついでに「ミスター」について確認しておく。彼とは2001年8月15日の夜に出会った。
 詳しくは以下の文章を。2013年4月発売の『未来回路5.0』という同人雑誌に書かせていただいたもの。「現代日本の旅人文化」というテーマだったようです。もちろんHSJ展でも読めます。



旅と文学は自由である。自由とは「選択に満ちている」ことである。(十六の夏に、旅で自由をつかんだ話)※クリックまたはタップすると開きます
 文学とは選択である。選択の連続である。と、ひとまずは考えてみる。「選択」のないところに「文学性」なるものはない。
 文学作品における選択とはたとえば「葛藤」である。ああすべきか、こうすべきか、という「選択の悩み」すなわち葛藤が、文学の一要素としてある。ハムレットの「生きるべきか死ぬべきか」が好例だ。あるいは、「こうしよう」という「選択の決定」すなわち決断も、文学を輝かせる。カエサルの「賽は投げられた」がもしも文学的であるとしたら、そこに「決断」があるからだ。「葛藤」と「決断」は、いわゆる文学作品において非常に重要な概念である。
 書き手の側にとって、「選択」はまた別の形で現れる。言葉を紡ぐ者にとって、その行為のすべては「選択」である。何を、どのように表現し、どんな順番で配置するか。「書く」という行為は「選択」の集積である。文学とは、「書く」ことの純化した一形態である。
 ここでは、そのようなものとして文学を規定する。

「旅と文学」という言葉に、あまり違和感はない。二つの言葉は、とても相性が良さそうに見える。「旅行と文学」ならばどうか? わずかな違和感を感じないだろうか。「旅」と「旅行」との差異はときおり問題にされるが、そこには「文学性の有無」すなわち「選択の有無」があるのでは、と思うのだ。
「旅」には、気ままなイメージがある。「気まま」というのは「自由」ということだ。そして「自由」というのは、「選択」に満ちているということでもある。対して「旅行」は、あらかじめ場所やルートを決めておいて出発するイメージ。「選択」は事前に済ませてある。「旅行は計画を立てているときが一番楽しい」と言われるゆえんである。
「旅」は「選択」そのものであり、「旅行」は「すでに済ませておいた選択を実行する」ものなのだ。旅は文学的であり、旅行をすることは文学的ではない。

 十六歳の夏、名古屋から北海道まで普通列車乗り放題の「青春18きっぷ」で行った。夜行列車「ムーンライトながら」で東京に向かい、始発で東北本線に乗ってその日のうちに青森まで。最終の列車で津軽海峡を越え、函館発の「ミッドナイト」で一晩かけて札幌へ。朝食を食べて札沼線に乗り終点の新十津川駅で下車。名古屋から運んできたキックボードをリュックサックから出し、滝川駅まで走った。
 ここで、「事前に用意していた計画」は終わってしまった。藤子不二雄マニアだった僕はそもそも、津軽海峡線を走る「ドラえもん列車」に乗るために北海道に来たのであって、北海道に上陸したあとのことは特に考えていなかったのである。夜行列車があるから、睡眠を取りがてらとりあえず札幌まで出よう、札沼線にもドラえもん列車が走っているそうだから運が良ければ出会えるかもしれない、新十津川駅から滝川駅まではキックボードで走れる距離らしい、などと、ほとんど勢いだけで滝川という、函館と稚内のちょうど中間あたりの土地まで来てしまったのだ。
 いったんは途方に暮れたが、鉄道マニアの同級生が「北海道なら美瑛がおすすめだよ」と言っていたのを思い出し、とりあえず行ってみることにした。まだ昼の二時か三時くらいだったと思う。富良野の少し北だから、それほど遠くはなかった。いきなり目的地に着いてはつまらないので、二つ手前の千代ヶ岡駅で降りて、キックボードを走らせることにした。
 しかし若かった僕は北海道をなめきっていた。駅間が長く、勾配も激しい。わずか二駅なのに、美瑛駅に着くころにはすっかり日が暮れていたのだった。
 美瑛は都会ではなかった。宿泊施設は探せばあったのかもしれないが、そんなお金はない。北海道にまで来て、ロッテリアや食パンやカールを食べていたような無銭旅行だった。今のようにどこにでもネットカフェがあるような時代でもない。野宿するにしても、夏とはいえ北海道の夜は冷える。最寄りの都会といえば旭川だ。都会に出ればどうにかなるだろうと思って、駅に着くなり改札をくぐろうとした、そのとき。
「兄ちゃん、どこへ行くんだ」
と、声をかけられた。ふり向くと、赤ら顔をした、ホームレスのような風体の、四十歳前後のおじさんが、にやにや笑いながら立っている。僕はとっさに、「旭川に行くんです」と言った。「何しに行くの?」「宿がないので、探しに……」僕はすべて正直に答えていた。「ふうん。美瑛の丘はめぐったの?」「いえ、今着いたばかりなので」そう言うと、おじさんは急に目の色を変えて、語気を荒くした。「それはいけない! 美瑛に来て、丘を見ないで帰るなんて考えられないよ。ねえ、今夜はおじさんと一緒に寝ようよ?」耳を疑った。
 こんな、見るからに怪しいおじさんから「一緒に寝ようよ?」と言われた十六歳の僕は、すっかり固まってしまった。「え、あの、いや……」くらいのことは、言ったかもしれない。そのうちに、おじさんは言葉を続けた。 「仲間もいるんだよ」「えっ?」「あっちに京都大学の兄ちゃんがいるんだけど、今夜は一緒にこの駅で泊まることになったんだ。ねえ、だからみんなで寝ようよ?」なるほど、変な意味ではないらしい。おじさんが示した先には、確かに大学生らしい人の姿があった。
 このとき、僕の人生は文学的になった。僕は「はい、じゃあ……そうします」と答えたのだった。このほんの一瞬に、さまざまな思いが駆けめぐったのは言うまでもない。「知らない人についていってはいけない」と習った。この人や、あの大学生が悪人であったなら、無事では済まない。十六歳の少年にそう思わせるくらいには、このホームレスふうのおじさんは、あからさまに怪しかった。しかし、僕の心の中の天秤は、「ここに残ったら、面白いだろうな」というほうへ傾いたのだ。それは明らかに、「安全か、危険か」という天秤ではなく、「面白いか、面白くないか」という天秤だった。「やった!」とおじさんは子供のように喜んだ。そして「じゃあ、一緒に銭湯に行こうよ。早くしないと閉まっちゃうから」と言って、僕はそれを承諾した。もちろん「断らないほうが面白いだろう」という判断だった。大学生の彼に断りを入れて、僕とおじさんは銭湯に行った。道すがら、そして銭湯の中で、いろんな話をした。
 おじさんは「ミスター」と名乗った。日本中を、また世界中を旅してきた旅人らしい。地元はどこかと聞かれて大曽根だと答えると、彼はその周辺の地理や地形について詳細に語った。曰く、「日本国内ならほとんどの土地は歩いてるよ」とのこと。「歩いて旅をしているんですか?」と聞いてみた。「昔はバイクで旅をしていたんだ。世界中走り回ったよ。でも、そのうち満足できなくなっちゃってさ。自転車で旅をするようになった。でも、やっぱり満足できなくって、今はもっぱら歩いてる。徒歩はいいよ。三百六十度、すべての景色が自分のものになるんだから」ミスターは、本当に嬉しそうな笑顔で話してくれた。
 北海道の駅舎は、暖かい。そうでなければ凍死するからだろう。朝になると大学生は電車に乗って行き、僕はミスターに貸し自転車屋を紹介してもらった。ぜひ自転車で丘をめぐってくれ、と言うのだ。「はじめはこのルートで走るといいよ。一周して、まだ時間があるようなら、次は気ままに、好きなふうに走るといい。本当に素晴らしいから」と教えてくれた。ミスターに別れを告げ、言われた通りに走ってみると、信じられないほど素敵な世界があった。特に二周目、気ままにどこまでも走りながら、僕は泣いたり叫んだりしていたかもしれない。

 このとき以来僕は、ものごとを決める際の判断基準をだいたい確立してしまった。ミスターとの出会いや、美瑛の丘を自転車でめぐることは、僕にとって本当に素敵なことだった。その素敵なことを経験できたのは、あの一瞬の判断のおかげだ。「どういう判断の先になら、ああいう素敵なことが待っているのだろうか」そんなことばかりを考えて生きるようになった。

「旅」という非日常における「選択」のすべては、自分か、自分と同行者による判断に委ねられる。他者の思惑や、既存の環境に左右されることがない。日常生活にはほぼ不可能な、純然たる「自分の選択」ができるのは、「旅」の特性である。「旅の恥はかき捨て」と言う言葉は、旅における「選択」がそれほど自由であることを表している。旅は気ままで、気ままとは自由のことである。自由とは選択に満ちていることで、選択に満ちていることは、とても文学的だ。旅は文学なのである。
「文学」も「旅」と同様に、純然たる「自分の選択」を可能にする。登場人物にとってもそうであるし、書き手にとってもそうだ。他者の思惑や、既存の環境に左右されない。もちろん、「完全に」と言うことはできないかもしれないが、そのような自由さが文学にはある。
「旅」と「文学」は、自由なものである。そして自由とは「選択に満ちている」ということである。選択の一つ一つが、豊かで、意義深いものであればあるほど、その「旅」や「文学」は豊かで、意義深いものになるだろう。僕はそのことを、旅を通じて学んだのである。十六の夏のあの旅行は、思えば確かに旅だった。改札口でのあの一瞬。少年が、自由をつかんだ瞬間だった。



 関連する日記からも少し引用しておきます。

美瑛駅でこれからどうしようかと考えていると、旅慣れしたおっちゃん(ミスター)に声をかけられて、一緒に風呂に入り、一緒に様々なことを語らい、一緒に駅に泊まった。溝田さんという京大の青年も一緒に泊まった。

16日
ミスターの勧めとはからいで僕と溝田さんは自転車をレンタルさせてもらい、美瑛の丘を巡った。
7:00~14:00くらいまでぶっ通しで自転車を漕いで、素晴らしい景色を満喫。
富良野経由で滝川へ行き、札幌へ戻る。

(2001年8月15日、16日の日記より)

 その他、
2008.11.6頃「◆徒歩は正しい! ぼくらの東京&名古屋物語」
2013.10.2
2016.4.16
 このあたりにミスターの話が出てくる。

 これらだけでなく僕は本当にいろんなところで、いろんな人に、この話をしてきた。そしていつかの再会を望んで、「ミスター 旅人」とかで定期的に検索してみているのだが、『水曜どうでしょう』の話しか出てこない。北海道なのもかぶっている。それで僕はこの番組があまり好きになれないのである。(ひどい逆恨み)
 ところが、なんてことはない、メモ帳に連絡先があったのだ。オイちゃんの住所も、もらっていたことをすっかり忘れていたし、僕は本当にだらしない。オイちゃん(高1のときにドラえもんチャットで仲良くなった友達)に葉書の一枚でも送っておけば、ひょっとしたら彼は死ななかったかもしれないのだ。少なくとも、生きている彼に会えていた可能性は高い。本当に、言っても仕方のないことだけど。
 一分一秒でも早く! と、焦って電話をかけたのはそういう理由もある。


 息をととのえ、青森のご自宅のほうにかけてみた。女性の声がした。「〇〇です」と応答した苗字がミスターと一致。間違いない! どうやらミスターのお母さんらしいが、ずいぶんお年を召されているようで耳が遠いのと、青森の言葉ゆえこちらも聞き取りづらい。コミュニケーションは難航を極めた。どうやら事情はわかっていただけて、伝言を頼むことはできたのだが、こちらの電話番号がどうしても伝えられない。「1」と何度言っても「2」と聞こえてしまうらしいのだ。「ワンツースリーのイチです」など、工夫をしてみたがだめだった。しかしそのように熱心に伝えようとしたのが通じたか、ミスターの今の携帯番号を教えていただけることになった。念のため二度繰り返して聞いたら、一回目と二回目でちょっと違っていた。あ、あっぶねえー! 確認したところ、二回目のほうが正しいようだった。
 丁寧にお礼を述べて電話を切った。すぐに教えていただいた番号にかけた。コールはするが出ない。留守番電話にもならない。ショートメールを送ってみようか? 念のため葉書も書いてみるか? と思ったが、急いては事を仕損じる。今度また電話してみることにした。
 急いては、とはいえ、あまりのんびりするのも考えものである。ミスターのお母さんがご健在だから良かったが、数年遅ければ、わからないのだ。電話が繋がらなくなる可能性もあるし、家も潰してしまうかもしれないし、もしどちらも残っていたとしても、ご年配の方は電話に出る習慣がある(だから特殊詐欺の標的になる)が、ミスターの年齢だとわからない。

 翌日。「平成のジャッキーさん展」の初日を終え、片付けに入ろうとした頃に、ミスターからショートメールが来た。
「〇〇〇です!貴方はどちら様でしょう?」
 ああ、これで僕の20年間はすべて報われた。本当にそんな気持ちになった。平成の30年4ヶ月がすべて美しく結晶してはじけ、令和にキラキラと散りばめられていった。
 なるべく短い文字数で、しかしそれだけですべてを伝えられるように、それでいて重たくなりすぎないよう、いろいろ考えて工夫して、だけど何より迅速に、文章をつくった。あああ、小学3年生のときに『山そう村の大事けん』を書いてからずっと、「書く」ということを好きでいて、それを続けてきたのはこの時のためでもあったろう。
 すぐに返事があった。曰く、知らない電話には絶対出ないのだが、「お袋」から電話の話を聞いて、メールをしてみたとのこと。何も無駄でなかった。ありがとうございます、ミスターのお母さん。
「旅人だったとは、知らずに、こちらこそ無礼でした!」
 という言葉を皮切りに、ミスターは旅について、出会った場所である美瑛について、何通かのメールのやりとりの中で改めて熱く語ってくれた。旅の仲間だと僕を認めてくれた。
「今は、お互い違う場所に居たって旅人たちは、何時だって繋がっているものさ 今日は青森は雨空だけども、同じ空の下に居るんだ 今日はお互い、呑もうぜ 再会を祈って!」
 と、絵文字で乾杯を交わした。それで僕は昨日、唐突に酒を飲み始めたわけである。(日記参照)

 ミスターは、当時すでに40代くらいに見えたし、夥しい質量の旅の話を聞くに、50代でもおかしくはないくらいだった。何しろ「大曽根に住んでいる」と言ったら、「ああ、南口から出るとこういう道路があるよね、それでこうやって歩いていくと、徳川美術館があって……」と詳細に語ってくれたほどだった。本当にあれには驚いた。
 あれから20年。おそらく60代、もしかしたら70歳くらいになっているかもしれないが、文面の若々しさ、旅に対する熱い想いは、僕の印象と何も変わっていない。たぶんミスターも、僕や「弟子」(昨日の日記参照)と同じような種類の人物なのかもしれない。だから僕は、美瑛駅の改札口の、あのたった数秒間で、「この人についていこう」と決めたのではあるまいか。そういうことは、わかるときには一瞬でわかるのだ。
 僕もよく年齢不詳などと言われるが、ミスターもそうで、経験豊富すぎて40代くらいに見えても、ひょっとしたらまだ30代、たとえば今の僕と同じくらいだったのかもしれない。なんか、そうだったのではないかという気がしてきた。昨晩、二人の古い友達と会ったせいでもあるだろう。今日の日記はぜひ、昨日のとあわせて読んでみてください。いっそう面白いかと存じます。

 何度となく書いてきたが、僕の人生の最大テーマは「再会」なのです。ミスターがその言葉を使ってくれたのが、嬉しくて仕方ない。僕の20年間は完全に一貫していた。なぜ一貫するのかといえば、そこにミスターの影響が色濃いためでもあろう。なぞるたびに強くなっていく時間という心は、再会によって磨き上げられていく。

2021.7.10(土) 平成のジャッキーさん展 初日

 僕の三半生とともに平成を振り返る個展「平成のジャッキーさん展(HSJ10)」がスタート。
 内容についてはちゃんと記録したい(目録を作りたい)ところですが今夜は体力がないので覚えているうちに書くべきことを中心に。ちなみに今は11日の午前3時33分、このホームページもおかげさまで21周年を迎えることになりました。それについては明日の記事に譲ります。
 今のところ誰からも祝われておりません。僕が毎年ものすごく祝っているのだからいいよね。その代わりみなさまは11月1日、僕のお誕生日をぜひ盛大にお祝いくださいませ。

 HSJはあと11(日)19−24時、12(月)16−22時、13(火)11−15時。普通の人には行きづらい時間帯ばかりですみません。今日は初日で土曜で14時〜19時、来展者は5名。ということは明日からはもっと少なくなるだろう、と予想しております。裏切ってほしいものです。のべ20人くらい来たらかっこつくので分身してどうぞ。(全通大歓迎。お金なかったらゆってね。)

「おざ研」(H24.12-H27.8)の時期に仲良くなった方や、拙作『9条ちゃん』(J2669=H21.5)をきっかけに無銘喫茶((H17.7-)H20.7-H24.11)にいらっしゃるようになった方、夜学バー(H29.4-)初期から来てくださっている方、ごく最近おいでになった方、過去に読書会でお会いした方など。初対面の方はいなかったけど、出会った時期でいえばかなり幅広い。とはいえ「平成」後半に集中しているのは否めない。というか、仕方ない。

 ここんとこ、特に数日間はこの準備に明け暮れていた。けっこう頑張ったのだがトラブル(SSD物理破損など)もありずいぶんともうくたびれた。明日、というか今日のうちに旧HPのUPをして、1時くらいにはYouTubeライブを始めたいところ。URL、明日の夜までに貼りますね。庚申の日なので徹夜なのです。
 眠たくてぼうっとしているから、書こうと思っていたことがスッと出ない。だらだら筆で少しずつ思い出していく。そうそう、いろんな資料を見ながらコメントしていただけるのがとても嬉しい。「この中学2年生の日記、1日ごとにものすごくソフィスティケイトされていってますね!」とか。高校の卒アル(ドラえもん1巻持って写ってる有名な写真)をとてもかわいがられたのもよかった。自分が生まれた頃のケータイをぽちぽちと触る若人の姿にもしびれた。まめ道場、懐かしい。
 いちばん「やった!」と思ったのは、「私もやりたくなりました」という言葉。そうでしょ、やりたいでしょ。いっぺんくらい総決算、しちゃいたいじゃない。でも黒歴史として捨てちゃったのも多いらしい。
 僕はある時から自分の生み出したものや自分に深く関わるものを絶対に捨てないと誓った。それは意外と早い。小学校高学年にはもう、そう思っていたんじゃないかな。それまでのものは3年生の『山そう村の大事けん』を除いてほぼ残っていないが、5年生以降のものはけっこうある。
 とは言っても泣く泣く捨てたもの、なくしてしまったものは多々ある。それは戻ってこない。これから先のものを大切にとっておくしかない。今からでも遅くないので、みなさま、ぜひとも「令和の〇〇展」お願いします、いつか。
 ちなみに、人からもらったお手紙については、幼稚園くらいからほとんどすべてとってある。実はそっちを見てもらったほうが本当に本当の僕というものがわかるのかもしれない。今は絶対に見せないけど、50年くらい経ったら開き直って展示会をするかもしれない。

 そういえば、なぜこんな展示をするに至ったか、ということに触れていない。一言で言えば、「整理をしたかったから」に尽きる。紙資料も、電子資料も膨大で、かついろんなところに分散していて収集がつかなくなっていた。平成の終わった今こそ、その範疇の内で僕なりに素材を組み直すことができるのではないか? と思ったのだ。保存するのは大好きだが、整理するのは苦手なのである。特に電子資料。中学時代からの二十数年間の全データを、できるだけ一箇所に集めておきたい。(そして念のため複数にコピーして保存したい。)
 なぜ集めておきたいのかといえば、「それが自分だと思うから」としか答えようがない。そこにあるものが自分だという意味でもあるし、そうすることが自分らしいのだということでもある。
 で、またそれを誰かに見てもらうことも重要だと思った。僕にとっては、ついに「恥ずかしい」を捨てることである。僕は昔から「知られる」ということが怖かった。知られることは食べられることだと思っていた。だけど今思うのは、「知る」なんてのはそんなに簡単でも単純でもないということだ。だから自分についての断片的な情報をいくら知られたとて、それで何かが変わることはない。変わるようなものは軽視すれば良い。もちろん不利になるような知られ方は避けたいけれども。
 僕が小学校や中学校の時に何を考えていたかとか、高校の時にどの程度のレベルだったかとか、そんなことは本当に、今の自分の一秒間よりもずっとちっぽけなのである。その一秒が魅力的ならばみんな僕を好きになってくれるんだ。たとえむかしのぼくが少しくらい愚かでも。
 むろん「こんな人だとは思わなかった! サイテー! ジャッキーさんなんて嫌い!」と、ならないとは限らない。知られるというのはそういう危険もある。それはもう、そうなるとしたら受け入れるしかないし、そうなるのが嫌ならばそれだけは知られないようにすればいい。そのバランスというか、技術みたいなものが、最近はようやく少しはついてきただろう。
 展示にあたって、比較的最近のこと……具体的には、この12、3年くらいのことはかなり慎重に選んだ。守秘義務のある教職に就いたからでもあるし、単純に新鮮すぎるからでもある。20年経てば多くのことが時効となるだろうが、10年ではそうはいかない。そういうことも、平成のうちにはまだわかっていなかったと思う。僕が今のような「質」になったのなんて、本当にごくごく最近なのだ。そして明日からもまた変わっていく。


 昼すぎ、「弟子」(いまだにこれは強調しておく)から連絡があった。数日前の誕生日にLINEしたので、声をかけるハードルが下がっていたのだろうか。「桃ありますけど取りに来ませんか」とのことで、展示のあとに行った。僕が中学校の教員だった頃に中学生や高校生であった者で、9歳年下であり、今は8歳まで縮まっている。詳しいことは明日書きますが、事情があって酒を飲まねばならなかったので、あちらの最寄り駅周辺で雨の中ぐぐび飲んだ。突然の豪雨であちらは遅れるとのことで、30分弱くらい、木の匂いと雨音に包まれながら立ってビール飲んでいた。
 彼女はまったく変わっていない。中学校3年生の頃から1ミリずつくらいの変化しかしていない。同じ髪型で同じ目つき。僕もそうなので、ああ結局のところ彼女は僕のことをもう師匠だなんだとあまり積極的には思っていないのであろうが、一時的にであれそのように思ってくれていたのは、そういうことだったんだろうなと思った。それは10年や20年経たなければわからないことなのに、わかる時には一瞬でわかってしまう。
 夜でもやってるとうふ屋で木綿と厚揚げを買った。川沿いをぶらぶらと歩いた。とくに大した話もしなかったが、昔から大した話などしたことはない。見た目はともかく内面はお互いたぶん目まぐるしく変わっているのだろうが、それは軸を中心とした回転の中で大きくなっていったり、でなければ削られていったりしたようなこと。「カコーン」と言えば「カコーン」と返す。そういう原則は失われることがない。歩きながら久々に空き缶ゲームをやったよ。世界一面白いゲームで、マリオやテトリスを超える唯一のもの。
 森のような場所にある家の前で旦那さんにご挨拶して桃持って帰った。何が変わってもその周りには木々があり、その匂いが漂ってくる。

 帰り道、西新宿の「おざ研(尾崎教育研究所)」の跡地を見て、歌舞伎町を通ってゴールデン街の「無銘喫茶(元あんよ)」を視認して帰った。そういうセルフ聖地巡礼はたびたびする。ちょうど半生を振り返る展示なぞをしているし、このサイトの21周年を1〜2時間後に控えてもいた(11日の0時開設なのです)ので、沸き上がってくる感情はひとしおだった。
 せっかくだからと四谷4丁目のあひる社にも寄った。社長と23時から25時くらいまで、2時間近く話してしまった。忙しいのに毎度申し訳ない。彼は「無銘」の初代オーナーで、僕が夜のお店にのめり込んだ直接のきっかけでもあり、僕をライターとして登用してくれた最初の人でもある。今でも毎年必ず仕事をくださる。
 僕は彼の影響で、飲食とライター・編集業を並行する道を選んだ。出会ったとき僕は20歳で、彼は34歳から35歳になろうとしていた。ついにその年齢を超えてしまった。30代のうちに彼は飲食を退いたが、最近再び始めようとしている。ただ、自分がプレイヤーになるつもりはないようだ。僕もそっちのほうへ行くのか? いや、僕はたぶん生涯いちプレイヤーなのであろう。プレイヤーであり続けるには、相当の覚悟と体力が要る。そのためのことを今から準備していかなくてはならない。社長になって人を使う適性は、たぶんこちらにはない。彼は第一子の長男で、僕は末っ子なのだ。こじつけではあるがそういうことでもあるのかも。
 社長との話はいつも面白い。そうでなければならない。僕は彼の大切な時間を借りる代わりに、少しでもその時間が有意義になるよう、できるだけ彼の興味をひく、あるいは役に立つような内容にするよう試みる。それは20歳の時から同じである。僕はたった400円で一晩中その店にいたのだ。お金はない、持ってこられるのは経験と発想力、あるいは若さだけだった。そうやって話しているうちに深夜ドアが開いて、素性の知れぬ通りすがりの客が入店してきた時の高揚といったら! それが好きすぎてまだ僕は店にいる。

 彼女と彼の二人とも、僕の平成の後半を語るに欠かせない人たちである。一方で、この日にはもう一人、僕の平成の前半に鋭くメスを入れてくださった方とも交流があった。その件は明日の記事にします。

【平成のジャッキーさん展】

 於:
夜学バーbrat 地図
 東京都台東区上野2丁目4−3 池之端すきやビル301

 令和3年7月
 10日(土)14時〜19時
 11日(日)19時〜24時
 12日(月)16時〜22時
 13日(火)12時〜15時

 入場料:1000円 時間制限なし
 絶対撮影禁止 交渉により有料で可
 全時間本人在廊 望めばガイド可
 飲食物の提供なし
 名前(偽名可)と電話番号をお伺いする場合があります

●内容
 平成元年から平成31年4月までの「ジャッキーさん(僕)」にまつわる資料を広く展示します。
 幼稚園、小学校、中学校、高校、大学、プー太郎、教員、ライター、同人作家、バーの店主といった各側面について、恥ずかしさをおして、できるだけ何でもお見せするようにします。とはいえやはり、第三者が関わることや、あまりにも沽券に関わるようなところはミッシングリンク?となることが大いにあります。ご了承くださいませ。

 落書き、メモ、写真、幼少期から今に至る各種の「作品」など、視覚資料がほとんどだと思いますが、2000年代のネットラジオや音楽、映像作品なども用意はするつもりです。
 一人の人間に物心がついて、思春期を経て、大人になって適当に自由に生きていくようになるまでの30年間を一望できるような展示にできればと思っています。読み物が多くなると思いますので、じっくり時間をかけてどうぞ。椅子に座って読めます。換気してます。もちろん、もう手に入らない本(小説とか)も置きます。この機会にぜひ。期間中何度でもいらっしゃいませ。
 30年間ためにためた自分アーカイブを、もれなく……とはいいませんが、できるだけ、歯を食いしばりながら置くだけ置きます。すべて恥ずかしいのですが、恥ずかしいからこそ意義があるように思います。「こんな恥ずかしいやつがこのように(良くも悪くも)変わっていくのだなあ」みたいなふうに思っていただけたら幸いです。
 遠方からおいでの方など、どうしても時間が合わないという方は、お知らせください。期間中は割と暇なので開けられます。

 11日の24時くらいから翌5時くらいまでは、これまたYouTubeライブで、この展示とEz(このサイト)21周年について話す放送をします。眠ってはいけない庚申の夜ですので。よろしくお願いいたします。

Ez21周年催事(確定)
 期間:7月10日(土)~13日(火)
・最初期(2000~2001年頃)のサイトを復元して公開
・7月11日は庚申につき深夜~翌朝「ホームページについて」生放送
・夜学バーにて「平成のジャッキーさん展1」(4日間)
・2000年度と2020年度の日記を製本して販売(半分受注生産、かなり高価、詳細は後日)
(2001年度~2019年度、2021年度~も順次刊行予定)
→思った以上に大変なので発売延期します……ヨヤクしてくれた人たちありがとう、必ず出します!!
・『少年三遷史』初演20周年(7月27日)のことも考えています……。
(2021年版を書き抱き合わせて書籍化したい。)
→これは難しそうだけど何かを頑張りはします

2021.7.5(月) 頂き女子のジャバ

 相変わらず僕の言っていること(前回)は伝わっていない気がする、力量不足をお互い(!)反省しましょう。興味があれば何回か読んでネ。
 ここに書いていることはずっと、とりわけこの14年くらい割と一貫していて、全てバリエーションに過ぎないところがあります。その根幹は一つや二つの記事で書き表すことが僕にはできず、単体の記述として不十分になってしまっているのかもしれません。5年分くらい読んでいただけると伝わると思うのですが……(2016年おもしろいよ)。たくさん(長く)読んでくださっている人には多めに伝わり、そうでない人には少なめに伝わってしまっている事情はあるかと存じます。という言い訳を置いといて、本題。

「頂き女子」とは、りりちゃんという現在23歳の女の子が作り上げた概念で、僕なりの解釈を簡潔にまとめると「夢も希望もない男性に対して、自分(女の子)という生きがいを与え、つきましてはお金をいただく」というようなこと。女性アイドル等が、夢も希望もない男性に生きがいを与え、つきましてはお金をいただいているのと、構造的には大体同じである。
 頂き女子は、「お金に困っている(〇〇代が払えない、実は借金がある、など)」と仄めかし、「俺が出すよ」と自発的に言ってもらい、「えーそんな」と一歩引きつつ、最終的にはお金をもらう、という流れが基本。その時、正直に「ホストに使う」「推しに貢ぐ(課金する)」「整形する」と告げる頂き女子はかなり少数だと思われる。つまり、お金を出す男性は、そのお金を本当は何に使っているかをわかっていない。
 アイドルも「彼氏はいません」と言いつつ、本当は彼氏がいたり、加えていろんな存在がたくさんいる、というようなパターンはよくあるはず。これも嘘をついてお金をもらっている例。それは詐欺とは言われない。なぜ言われないかというと、おそらく、ひとえに、法律上そういうことにはならない、ということでしょう。
 キャバクラや風俗などの色恋営業も、まず罪には問われない。頂き女子はかなり濃いグレーだと思うけど、お金を出すと言ったのは男性の側だし、相手は納得して、この子のためになるならとお金を出す。しかもりりちゃんのやり方では、その「信頼関係」は半永久的に維持される。りりちゃんから男性を「切る」ことはなく、ずっと(ある程度の)関係を続けるので、男性からの好意が原則としては途切れない。つまり「生きがい」は維持されるのである。
 たぶん、詐欺罪の立証は難しい。たとえば、頂き女子には実際借金があったとする。「借金があるの」「いくらくらい?」「いくらだと思う?」「100万くらい?」「……そのくらいかな」「俺が出すよ」「えっでも」「いいから」チャリーン、振り込まれました。そのお金を頂き女子はホストに使いました。これは詐欺か?
 頂き女子は、100万を借金返済に使おうとしていたかもしれないのである。しかし折しも担当のホストから「今日こない?」と連絡が。そしてついつい……。これを詐欺罪として引っ張るのは、かなり難しくないだろうか。うーん、気になるから法学部入ろう。
 その借金が本当は5万円くらいだったとしても、「100万くらい?」と聞いてきて、「はい100万円なので100万円ください」とは言っていない。半ば勝手に100万を振り込んできたのだとも主張できる。5万円は返済に当てて95万は返却しようと思っていたら、ついホストに……という弁護も可能である。可能か? 気になるから司法試験受けよっと。
 何にしても、オレオレ詐欺ほど完全ブラックではないわけである。起訴される可能性がないわけではないが、かなり低いと思われる。ギャンブルとしてはずいぶん割りが良い。
 結婚したが、すぐに気が変わって離婚したくなった。「おいおい、結婚するまでにお前に使った金や渡した金を返せよ!」と言っても仕方ない。それは結婚詐欺とは言われない。初めからすぐに離婚するつもりであったとしても、立証はものすごく難しい。切り出された側にできるのは、離婚の同意を拒否して裁判に持ち込むことくらいだが、その結果離婚が認められなかったとしても、誰にも得はないので、普通は同意するでしょう。

 ところで、仮に頂き女子が整形したくて「整形したいの」「いくらかかるの?」「500万くらい」「俺が出すよ」「えっでも」「いいから」チャリーン、だったなら、もちろん詐欺にはならない。何の問題もない。
 また、オレオレ詐欺の「被害」にあった老齢の女性が、「あなたは騙されたんですよ」と言われて、「冗談じゃない! あれはたしかに息子だった、変なことを言わないでくれ!」と怒る、再現映像をテレビで見たことがある。この場合、彼女は客観的事実よりも主観的な真実を選んだのである。それで満足してるなら、なぜその幸福を壊すのか? 知らぬが花、ではいけないのか? いろんな事情があって、主には「社会の秩序を守るため」、それはただされねばならんのだろう。それはわかる。しかし、その個人の幸福だけに着目すれば、わざわざ「あれは詐欺ですよ」と言う必要はないかもしれない。

 法律で(優秀な)頂き女子を裁くのは、かなり難しいと僕は思う。それは多くの人が直観的にわかることなのだろう、だから頂き女子を批判する人は、「脱税」という視点を持ち出す。
 そんだけお金をもらったら、贈与税を納めねばならんだろう、というわけだ。確かに、おそらくほとんどの頂き女子は納めていなかろう。まあ、どうしても納めなきゃいけなくなったら、頂き女子してまたお金を集めるだけなので、実のところそんなに問題はないのだが。ともあれ頂き女子を犯罪者にしたい人は、脱税くらいしか罪状を挙げられない。
 ただ、法律を脇に置いてことを考えると、頂き女子はむしろ、多くの税金を間接的に支払っているとも言えるのである。(もちろん強弁ではあるが。)
 というのは、まず、頂き女子にお金を渡している男性(「おぢ」と呼ばれる)は、納税している。頂き女子が受け取るのは、納税を通過したクリーンなお金である。おぢがお金を用意するために消費者金融でお金を借りたとしたら、その利息の一部を消費者金融は納税している。頂き女子がホストにお金を払うとしたら、ホストクラブもホストも納税している(はず)。シャンパンのメーカーだって卸の酒屋だって納税している。使う先がブランドでも美容業界でも同様。何を買ったって消費税も売り手の所得税等もあれこれ発生する。りりちゃんは頂き女子のマニュアルを売ってもいるが、振り込み等の際に発生する手数料だけとっても、ばかにならない。かつて商材売場のメインだったnote社にも当然マージンが入った。
 これを「経済を回す」とか言う。りりちゃんがこれまでに頂いて、使ったお金を1億5000万円とするなら、1億5000万円をりりちゃんは「回して」いるわけだ。
 りりちゃんはお金を貯め込まない。すべて使う。おそらく本当にそうだと思う。
 その過程のほとんどで、「税」が発生している。おぢのお金がりりちゃんを通過して、世の中に行き渡っていく。「りりちゃんを通過する」時だけ、税が発生していない。その一点だけを取り上げて、「脱税だ!」と怒る人がいる。でも、ちょっと巨視的に見れば、むしろ日本経済に貢献していると言えなくもない。

 ただ、りりちゃんのお金の大部分が「歌舞伎町マネー」に変換されているのは事実で、そこはやや問題に思える。しかし当人によれば、「私の担当(ホスト)は、お金やそれによって得た経験を誰よりも有意義に使う」とのことで、それは彼女なりの投資らしいのである。これを否定するのは、ちょっと難しい。本当にその彼は、将来権力を握って世の中を良くしてくれるのかもしれないのだ。(その点について間違っていると言える人がいるなら、ぜひ言って欲しい。)
 また、りりちゃんはたぶん、一生ただのホス狂いで終わりたいと思っているわけではない。何か大きなことがしたい、もっと広い世界を見たいと折にふれ言っている。すでに実績はある。その方向性次第では、ひょっとしたら世の中によき貢献をしてくれるかもしれない、と僕は思っている。

 りりちゃんを、そして頂き女子を「悪い」と言う人の多くは、たぶん「それは法律に違反している(のではないか)」という視点で言うだろう。この世の中では、法律に反しなければ何をやってもいいという共通理解がある。あとは「他人に迷惑をかけてはいけない」なのだが、りりちゃんは徹底して「おぢたちは私のおかげで幸せになっている」と言う。すなわち「誰も損してない、誰も苦しんでいない」と。この言い分を、法律を持ち出さずに、誰が崩せるだろうか? 崩せるなら僕にとってはそれも面白いし、崩せないならまた面白い。
 ここから、更なる本題。3日の記事に直接関係するところ。
「それでも多額のお金を(時には嘘のような言い方をして)受け取っているのだから、よいわけがない」と思う人は思うだろう。しかし、それは「お金は大事」だと思っているからである。お金が大事と思っていないなら、いくらお金をあげたってさして問題はないわけである。
 たとえば、ある女の子に1000万渡す。それによって800万円の借金を背負う。以後、稼ぎの多くがその返済に消える。でも、別にそんなこと、気にしない人は気にしないかもしれないのだ。パチンコや酒や、風俗に使うお金が減るくらいのことかもしれない。その分、図書館に行って本を借りるかもしれない。世の中、何がどうなるかわからないし、誰がどう思うかも、誰にもわからないのである。
 これはカルト宗教の考え方でもある。「あなたが持っているお金は汚いので、私たちが浄化してあげましょう。稼いだ全額を渡しなさい」だ。それでいいなら、いいのかもしれない。「悪い」とするためには、個別の事情ごとに判断が必要で、一つ一つをつぶさに見ていくのが本流のはずだが、面倒だから一律に「悪」としたくなるし、そこに前提として「お金は大事」があるのは間違いない。
 個人的には、洗脳は好きではない。もしも頂き女子の「信頼関係構築(りりこみっと)」が洗脳だというのなら、似たようなことをやっている宗教団体や自己啓発、オンラインサロン、小規模起業煽り、夢という言葉、DV旦那や××彼女みたいなものたちもすべて洗脳である。(ってか、色恋はたいがい洗脳ですよね。それで僕は「恋愛などない」とか言っているところもあります。)で、僕はそれらみんな良いと思わない。
 洗脳とは、脳を「そのように」変えてしまうものだが、実のところ洗脳などされなくても、自然にそういう脳に育ってしまった人はかなりたくさんいる。そういう人たちにとって幸せというのは、ひょっとしたらりりちゃんが与えているようなことで十分なのかもしれない。
 参考文献はトルストイ『イワンのばか』。共産主義と、ロシアのキリスト教の話である。それを元ネタにして高校2年生の僕が書いたのが『イワンよりもばか』。来週の「平成のジャッキーさん展」で読めます。どうぞ。

2021.7.3(土) 女の敵は男?

 スカイツリーのあたりをお散歩してたら麻生太郎(80)さんが都議選の応援演説に来ていた。

 最近どハマりして立て続けに4冊読んでしまった中根千枝(94)先生のことも書きたいのだが、まだいまいちまとまらない。今後ここに書くことにじわじわ反映されていくと思います。
 簡潔に。やはり世の中というのは常に「すでにある大きな流れ」の中にあって、個人レベルでは(その気になれば)容易に抗えるのだが、その流れ自体を変えることは非常に難しい。ほぼ不可能と言っていい。その中でどう泳ぐか? がまず一人一人にできること。そのうえで、世の中の流れに乗りながら、少しずつ少しずつ動いていけば、川の流れが長い時間をかけて地道にずれていくように、ほんのわずか変わるとしたら変わっていく。その過程で、自分にとってすばらしい友達を見つけて、幸せになる。

 3年くらい前に見つけて、数ヶ月に一度くらい行っていた喫茶店。なぜかこの1ヶ月で4回くらい通っている。毎回領収書をもらっていたら、今日はお店を出るときにすでに用意してくださっていた。ゴディバのチョコレートをふたついただいた。おそらく80代、ひょっとしたら90近い女の人だが、真っ直ぐに立って歩く。時おり煙草を吸っているのが格好良い。店内はいつもチリ一つない。
 いつもコーヒーを2杯分くださるので、ゆっくりと本を読んだりできるのだ。メモ、平日は18時半くらいまで、土曜は15時半くらいまで。

「頂き女子」の提唱者りりちゃんが、登録者数140万人のYouTuberに見つかって、晒されて少々炎上している。タイトルにした「女の敵は男?」というのはこれのことである。
 そもそも頂き女子を生んだのは、男と金である。というか、男とは金であり、金とは男なのである。この意味はちょっとわかりづらいかもしれない。ホストクラブがどうのという話ではない。そもそも「お金」という概念そのものが、男の、男による、男のためのものだというような話。
 現代日本では、男よりも女のほうが「金がかかる」ということになっている。しかし一方で、女よりも男のほうが「金が稼げる」ということになっている。この不均衡は象徴的である。
 そして男の価値というものは、まず第一に「金があること」だということになっている。
 たとえば女が金を得て、その金がホストに移動する。それをもってそのホストには「価値がある」ということになる。
 説明するまでもなく、金のある男には価値があり、金のない男には価値がない。金のある女はそれのみでは価値を認められづらく、男に移動させることによってようやくその価値を存在させることができる。金のない女は、金で男に買われる(このような結婚は非常に多い)。
「男に移動させる」というのはホストとか担当とか推しとかいうのはもちろんだが、そればかりではない。
「金持ちの女」というのが世の中にはどれだけいるだろうか? 配偶者や父親が金持ちで、かつ健在である、というケースを除いて。いたとして、それはどこで判断されるのだろうか? 預金額? 男は、男が欲しがるようなものを「買う」ことによって「金持ちである」という証明ができる。女は?
 女が欲しがるようなものを「買う」ことによって「金持ちである」と証しうるだろうか?
 もちろん、それなりにはできるだろう。しかしたぶん女は(女の感性は)、男ほどは金で手に入るものを欲しがっていない。だから担当や推し「なんか」に大金を使えるのではなかろうか。
 整形もお洋服も、「美」や「かわいい」を手に入れるため、仕方なく買っているのだ。本当はダイレクトにそれが手に入ればいいし、そのためには結局、自分がそう思うだけでいいのだというのは、たぶん多くの人は知っている。
 一方で、男たちは自動車「なんか」に金を使っていたりする。酒や女や性交「なんか」に大金を注いでいたりする。何百万もする置き物やアートなんかを買ってみたり。そういうのは男の感性だと僕は思う。(あくまで感性の話で、必ずしも自認する性別に一致するとは限らない。)

 ちょっと飛躍しているように思えるかもしれないが、頂き女子というのは、「おぢ」(男性)の感性を女にしてしまうようなものである。
 りりちゃんのテクニックの基本は、おぢに「ガチ恋」させること。最近は「信頼関係構築(りりこみっと)」という言葉で表現されていたが、要するに「この子には俺がいないとダメだ」とか「この子にお金をあげたい」と思わせる、ということ。夢も希望もない男性に、「俺の渡すお金によって生きられている、俺のことが大好きな女の子」という存在を、生き甲斐として与えてあげることである。
 それはホストやバンドマン、ヒモ等に貢ぐ女の心理に似ている。借金してまで地下アイドルに金を出す男にも似ているが、男は自分の可処分所得の範囲内で金を使うので、そういう男は意外と少ない。(アイドル本人から激しくおねだりされたり、されていると思いこんでいたら別だが。)
 男は基本的に、金とは自分に価値を持たせてくれるものであると知っている。投機やギャンブルは「金(価値)を増やしてくれるかもしれない」と思うから、男は手を出して身を持ち崩すのである。商売もそうである。儲かると思うから金を出すのだ。女に金を出しても、金は返ってこない。だから借金してまで女に金を出すパターンは少ない。
 一方、女が男に出す金は青天井である。出せる能力の限界まで出す。借金しても風俗へ行っても。それがなぜかといえば、「金が増えることをそもそも期待していない」からである。期待しているとしたら、金を出した先のその男が出世することによって、つまりその男が将来金を増やすことに期待しているのである。金というのは、男のもとになければ価値を持たないからだ。女のところに金があっても、ほとんど意味を持たないことを彼女たちはよく知っている。金とは男であり、男とは金なのだ。

 頂き女子の革命的なところは、そのような境地に男性を誘導していくところである。自分のもとに金があっても意味がない、この子のところにあったほうが意味がある、それによって俺は生きがいを持てる、そんな気持ちにさせてしまうのである。
 それが悪いことか? というと、誰に判断できるだろうか? みんなそれをなんとなくわかっているから、りりちゃんの罪状としてせいぜい「脱税」くらいしか思いつかない。
 りりちゃんの言う「頂きやすいおぢ」とは、「夢も希望もないサラリーマン」だという。僕の言葉に変換すると、「多少の金があっても、それを自分の価値にできない男」である。そういう男を「女の感性」に導くのは、さして難しいことではないということだ。それはとりわけ、「自己肯定感の低い女の感性」と言ってもいい。

 りりちゃんを炎上させているYouTuberは男性である。なぜ炎上させるのかといえば、再生数が稼げるからでしかない。再生数はすなわち金となり、彼の価値となる。
 女の感性は、必ずどこかで金を憎んでいる、と僕は信じる。すなわち男を憎んでいる。なぜかといえば、男が金のことしか考えていなくて、そのために女が割を食っているからだ。
 女が割を食わないためには、どうにかして「金のある男」のそばにいるしかない。そういう社会構造がある。頂き女子は、「男の感性」の未成熟な男性を魔法で「女の感性」に変え、お金を頂く。問題はその先である。結局はホスト=男に行くだけならば、このような社会構造はただ維持されるのみ。頂き女子革命の肝は「富の移動」で、「どこからどこに移動するか」がその意義を左右する。
 革命の途上、それを阻むのが男性YouTuberである、というのが僕には非常に興味深い。男の感性が既得権益を守ろうとして、それが通ってしまうなら、仲良しという僕の理想はまた遠のく。

2021.6.30(水) RF試論(推しについて7)

 たしか赤木かん子さんが仰っていたはずだがソースが見つからない。読書する子供には大きく二つの流派があって、リアル系とファンタジー系である。リアル系はノンフィクションをはじめ、「本当にあった」とかたるケータイ小説や怪談などを好む。ファンタジー系は指輪物語などのハイファンタジーをはじめ、ハリー・ポッター、ナルニア国といった現実とは一線を画した舞台のものを好む。そのちょうど中間にあるのが『ズッコケ三人組』シリーズで、これはどちらの流派の子供でも読めるから、大ヒットしたのだ、と。説得力ある素晴らしい論考で、感激したのだが、原典がわからない。ゆえに僕のオリジナルな考えも混じっていると思います、すみません。

 リアル系とファンタジー系。これは「子供の読書」に限った話ではないように思う。
 先日、お友達の山猫スズメ先生にお誘いいただいて、エロ漫画研究家の方にインタビューをする企画に参加した。Twitterのスペース機能を使った音声座談で、気楽なものである。そこで「最近の若い人はエロ漫画なんか読まない」という話題が出た。それに関して、飛び入り参加した漫画家のあほすたさんが、このように語っていた。いわく、「特に女の子は、エロに興味があったら生身のほうに行っちゃうんですよ。すぐ行けるから」とのこと。
 エロにもリアル系とファンタジー系はある。生身じゃなきゃ意味がないという人もいれば、二次元じゃなきゃ無理という人もいる。その中間にあるのがなんだかはわからないが、AVとかグラビアといったものがなかなか廃れる気配を見せないのは、そのあたりがちょうどいいということなんだろう。(「ズッコケライン」とでも呼ぼう。)

 マッチングアプリを濫用するのは明らかに「リアル系」を好む人たちである。あほすたさんのいう「生身に行く」というやつだ。肉体的につながることで充足する。
「推し」というのは、基本的には「ファンタジー系」に属するもののはずである。手が届かない。しかしかなりのグラデーションがあって、認知されることもできるし、トップオタ等として「特別扱い」を受けることも可能だ。なんなら「繋がる」こともある。ことと次第によっては「リアル系」とも見える。
 個人的には、ここにおける「ズッコケライン」はジャニーズだと思う。だから覇権を取れたのだ。認知されたりつながったりすることは極めて困難(戦略次第では不可能ではない)だが、実在の人物だし、コンサートで「会う」ことは割と簡単に(ファンクラブに複数名義で入ったりして……)できる。
 一方、コンカフェや配信者あたりだと、容易に繋がれるし(ほぼ)直で金を渡して認知されるのも秒で可能。これはかなりリアルに寄っている。
 ラブライブ!とかヒプノシスマイクなど、2.5次元を前提としたようなコンテンツは、ファンタジー寄り。2.5次元要素のほとんどない二次元は、ファンタジー系の王道である。
 それと実際の子供の頃の読書傾向は、けっこう重なるのではないか? というのが、僕の仮説というか、直観。いかがでしょうか。

 ノンフィクションや、ケータイ小説や怪談のような「本当にあった」系のお話を好む(好んでいた)人は、どちらかといえば生身の人間をダイレクトに求めるのではないか。ファンタジー系の物語を好んだ人は、「推し」文化のほうに行きやすいのでは。と。ヤンキーはセックスしてオタクはアニメ観る、みたいな、みもふたもない話になっちゃいそうですが、意外とそのくらい世の中って変わってないんじゃないかという気もする。


 僕は岡田淳さんという児童書作家がとてもとてもと〜〜っても大好きですが、彼の書くお話には「学校や家の近所からなにか不思議な世界や出来事にまきこまれて、また日常に戻る」という構造のものが多い。
「本当にあった」でもなく、「完全なフィクション」とも思えない、エンデの『はてしない物語』もそうだが、現実にあった出来事なんじゃないか? いやまさか? でも……と思わされてしまうようなところがある。これも「ズッコケライン」であっておかしくないと思うのだが、なぜかズッコケほどのメガヒットにはならない。
 それは構造というよりも、また別のところに要因があるんじゃないかと思う。ファンの欲目で言うようなところもあるが、子供にウケるには、ちょっと上品すぎるのかも。
 一方で岡田淳さんには「こそあどの森」シリーズのようなハイファンタジー(?)もあって、これはけっこうヒットした。きっとファンタジー系の子供たちに響いたんだと思う。
 そんな彼を敬愛してやまない僕は、マッチングアプリもやらないし、推し文化にもはまらない。きっと現代の文化に染まるには上品すぎるのだろう。というか、大人になるということは、言い換えれば、社会に適応するというのは、そういうことなのでは。僕には愛する「大きな岡田淳愛読者」が何人かいるが、みんなあまりにも美しすぎて、とても社会に適応しているとは言い難い。
 でもだからこそ僕たちが幸せになることは義務だと思います。

2021.6.29(火) CルドンBルー

 シールドンビールーという三ノ輪の洋菓子喫茶に行ってきた。あす6月30日で閉店だという。行ったこともないお店に滑り込みでスタンプ押しに行くような真似はあまり好きではないのだが、よく通りかかっていたし、人のすすめもあったので、というか行きたかったので、恥をしのんで。
 恥をしのんで、という感覚は大切だと思う。僕はこれから、欲望を満たしに、果たしに、ほぼそのためにのみ、行くのである。恥でなくて何であるか。どうしたって醜態を晒さざるをえないわけであるから、できる限り気配を消して、遠慮がちであらねばならない。
 昨年末に閉店したビーラジルシーヒーという喫茶店は、本当に大好きだったし、かなりよく通っていたお店だったのだが、それでも終盤毎日のように通って行ったのはそれなりに恥をしのんだ。しかし、きっと僕らのような者が惜しんで通うことが店主さんたちのある種の励みにもなるはずだ、そうあってくださいと願いながら、毎日毎日、静かにコーヒーを飲みに行った。結果的にそれは正解であったと思う。

 9時開店。5分前に着いた。雨が降っていた。合羽ついた自転車置いて、5分散歩して、戻ってくるともう二組のお客がいた。「三千何百何十円です」。330円前後のケーキを10個くらい買ったわけだ。次の方は「千何百何十円です」。こりゃー、あっという間になくなるわけですよ。昨日はお昼には完売していたらしい。今日はもっと早いのでは。
 順番を待っている間に、おばあさんが計ふたり、ケーキコーナーを素通りして喫茶スペースに入っていった。僕のような恥ずかしい(?)存在とは違って、毎朝あたりまえにコーヒーを飲みにやってきている「常連さん」なのだろう。
 店名シールのついた180円の焼き菓子と、すすめてくれた友達へのお土産としてフルーツタルトを持ち帰りにして、店内で食べられるケーキセットをブルーベリーケーキで注文。お席でしばらくお待ちください、あとでまとめて会計します、ごめんなさいね今ちょっと人手がなくて、というような感じで、本当に忙しそうであった。僕の後ろにはすでに列ができていたのである。えっ。ケーキの箱詰め、会計、喫茶営業を一人でこなすのであろうか?(人手はあとでふえました。)
 4人がけのテーブルが4つ、6人がけが1つ、2人がけが1つ。さっき別々に入って行ったおばあさんふたりは、2人がけの小さなテーブルについていた。混むことがわかっているのかもしれない。僕は一番奥の、4人がけの席についた。朝日新聞と東京新聞があったので、いつも読まない朝日新聞のほうを広げて待った。途切れることなくケーキを買いにくるお客さんがあり、喫茶スペースにも人が増えてきた。
 手が空いてきたわけでもなかろうに、お店の方がおしぼりとお水をたくさん持って、座っているお客に配っていった。「ケーキセットはなんだっけ? ブルーベリーだっけ?」「はい、ブルーベリーです」と答えたあと、また戻ってきて、「ごめんなさい、お飲みもの」「あっ、ホットコーヒーで」聞かれないということは問答無用でホットコーヒーなのかなと思ったのだが、ちゃんと言えばよかった。
 席に着くなり写真を撮りだしたムスッとした顔のオシャレっぽいおばさんがクリームソーダを注文。お店の方は一瞬、厨房のほうを見て、「あ……」というような声を出したが、「はい、大丈夫です、クリームソーダ」というような答えを返した。「それと、イチゴのショートありますか」イチゴのショートは、少なくとも僕がきた時には一つもなかった。しかしその後、そのおばさんのところにはちゃんとイチゴショートが届いていたので、新たに作って持ってきたのだろう。それがわかって聞いたのだろうか。意外とベテランなのかもしれない。そもそも僕のような新参はなんの文句も言うべき立場にはないが、いやいやこんな忙しそうにしてる時によーもクリームソーダとか、店頭にないケーキを頼めるな? とは思った。よく来ているのか初めてなのかは知らないが、こういう時には歯を食いしばってコーヒーか、カフェインを取りたくない時にはミルクか何かを頼むのがセオリーだと僕は勝手に思っている。もちろん、クリームソーダを摂取したり撮影したいという欲望を満たしたい、果たしたい、という気持ちは尊重されねばならないが、それこそ恥をしのんで、という感覚はとても大切であって、あんなにムスッとしたまま注文しなくても、と、ぼくは思います!(C)ちばてつや先生
「ごめんなさい〜お忙しいとは思うんですけどどうしても最後にここのクリームソーダが摂取したくて〜」というような顔をするのが、けっこう大事だと思うのだ。とくだん言葉にしなくても、顔でいいと思う。顔で伝わる。なんせ何十年も商売をやってきている相手なのだ。少なくとも、伝わるようにがんばるのは、たいせつ。
 そういえばさっき書いたビーラジルシーヒーの終わりかけの時も、初めて来たような人ほど複雑なメニューを頼んだり、おかわりしたりするのであった。それはお店の人からしたら嬉しい部分もあるかもしれないが、90歳も近いおばあさんが連日、いつもより数段忙しく働かなければならなくなるという事情を、想像してのことだろうか? せめてそういう顔をしてほしいものだ、とその時も思った。いや、第三者の勝手な要望ですけれども。僕らは歯を食いしばっていつもコーヒーを頼んだ(コーヒーの味こそ絶対に忘れたくないと思ったからでもあった)。とはいえ、モーニングはよくいただいていたし、毎日のようにやってきて地味に忙しくさせてるのは誰あろう我々のような名残惜しみ系のお客でもある、というのも間違いないのだが……。
 9時半過ぎくらいまで僕はいたのだが、意外と「野郎」系の喫茶利用者は少なかった。野郎というのは山田芳裕先生の名作漫画『大正野郎』を語源とする造語で、「レトロ好き」とか「純喫茶好き」みたいな人たちのことである。もちろん僕も野郎なのであるが、野郎であることはけっこう恥ずかしい側面もあるし、やるなら堂々と、振り切ってやったほうがいいというのも『大正野郎』から学んだ。昭和に生まれたが大正に憧れすぎて、大正時代っぽい価値観や生活スタイルをできる限り身に纏っていようと努力する青年が主人公である。いま世の中には昭和野郎や平成野郎がけっこういますよね。いやー、山田芳裕先生はすごい。「野郎」というのはかなり普遍的な概念なのだ。
 喫茶スペースにいたのは、およそ半数がいつも来ているらしいおばあさんたち。おじいさんは一人もいなかった。おそらく洋菓子喫茶というのが大きいのだろう。女性を呼ぶ。コーヒーでなく紅茶を飲んでいる方もいらっしゃった。ワクチンはいつだとか、どういう感覚だったとか、そういう話が聞こえてきた。
 最初に来ていたおばあさんふたりのテーブルにトーストが運ばれてきた。モーニングだという。そういうのもあるのか! バターとジャムをつけてもらっていた。すると別のおばあさんが「この人たちだけなのよ、ジャムバターをつけてもらえるのは!」と、また別のおばあさんに解説していた。
 コールドン・ブルー(CORDN BLEU)というお店は彼女たちの日常の中にあって、その日常は明日も明後日も続いていく。これからはどこで朝の一服をするのであろうか? 最終日でもないからか、すでに語り尽くしたのか、そんな話は一切聞こえてこなかった。ただ今日という日常の中で、あすワクチンを打つだとかそんな話をしていた。最後まで、人々の日常の中にありながら終わっていけるみたいだ。とても美しい気持ちになった。僕は今日、ただここに欲望を満たしに、果たしにきてしまったのであるが、もちろんそれだけで終わらせてはいけない。そういう行為に手を染めてしまったからには、ここで知った美しさを、自分の人生の中にちゃんと取り入れていって、輝いてみんなに見せていかなければならない。
 南千住駅近くにあるMというお店でモーニングをいただこうと自転車で走る道すがら、古い喫茶店を見つけた。覗いたら店主はおじいさんで、お客もみんな男の人だった。ここにもまた、別の日常が続いているのだ。

2021.6.26(土) 僕考最メ喫

 僕が考えた最強のメイド喫茶。
 まずそれは飲食店ではない。椅子と机がある。その空間にメイドがいる。終わり。
 あ、なぜ最近メイド喫茶やコンカフェの話ばかりするのかというと、そこが「(主としてある程度文化的な背景を持つ)女が女を安売りする現場」として代表的な場所だと思うから。
 なぜ安く売ってしまうかというと「みんなけっこうやりたいから」で、つまりそこは「やりがい搾取の現場」でもある。「やりがいを持って女を安く売れる場所」なのである。
 また、だからといって数ある職種の中からなぜそれが選ばれるかというと、メイドの店で働く人たちは「メイドの店で働く以外の発想を持っていない」からでもある。それが最も楽に、楽しく働けて、そこそこ稼げるのだと思っている。それは他の選択肢を「知らない」ということでもあるだろうし、実際に「ない」ということでもあるのかもしれない。それは教育と社会の不備である。
 で、さて、そこに「お給仕」はない。何もしなくていい。飲食店の届け出はそもそも出さない。どんな場所でもできる。
 客は入場料を払う。また一定時間ごとに料金が加算される。飲食代は発生しない。チェキや物販はメイドが自由に用意し、自由に価格を設定する。その場で作った折り紙の鶴を千円で売るなどして良い。
 階級制を導入する。仮にブロンズ会員、シルバー会員、ゴールド会員とする。ブロンズ会員が入場料1000円、10分につき500円だとしたら、シルバー会員は入場料2000円、10分につき1000円。ゴールド会員は入場料5000円、10分につき3000円、といったようにステップアップしていく。通えば通うほど、お金を使えば使うほど高くなっていく。たとえば10回来店したらシルバーになり、プラス5回でゴールドになる、など。その上のプラチナ会員は入場料10000円、10分につき10000円とか。
 メイドはそこに「いる」。客はコミュニケーションを試みることができる。客の個人情報は顔写真とともに管理する。
 もちろん「つながり」「ストーカー」などが発生する。
 おわり。

2021.6.23(水) 帰納と演繹・頭上の石

 これから書くことは僕が考えたのではなく僕のポケモン(そして僕もその人のポケモンでもある)が話していたことを僕なりに変奏して書くフィクションです。実在の(略)
 大昔から表示させている「⇒この作品は~」という文言は唐沢なをき先生の『ホスピタル』のオマージュです。

 帰納型と演繹型がある。
 帰納型は、たくさんのサンプルを収集し、そこから法則を導き出す。
 演繹型は、すでに身につけた法則をもとに、具体的な事例に対処していく。
 対人関係の話でもある。

 帰納型の人は、いろんな人と関わり、その人のことを知ろうとする。
 演繹型の人は、すでに知ってしまったことをすべての事例にあてはめる。
 もちろん一人の人間の中には帰納も演繹も備わっているものだが、どちらに偏っているか、というので「型」と呼んでみた。

 たとえば、キャバ嬢の帰納型と演繹型を考える。
 帰納型キャバ嬢は、たくさんの客を個別に研究する。そしてやがて、「客とはこういうものか」「営業職はこういうヤツが多い」「広告系はこれだから」というふうに、法則を導いていく。
 演繹型キャバ嬢は、そのような法則をもとに、「客にはこう接すればいい」「営業職だからあの手を使ってみるか」「広告系にはこれが効くんだよな」というふうに、各事例に対処していく。
 すなわち、帰納型キャバ嬢は「新人キャバ嬢」の振る舞いに見え、演繹型キャバ嬢は「ベテランキャバ嬢」の振る舞いに見える。その定義からして当たり前だが、「帰納⇒演繹」という順序をとるのである。
 優秀な人は、帰納と演繹を繰り返して「法則」に磨きをかけていく。常にアップデートしていく。新人とベテランの間を行き来する。
 しかしいつか、「法則はもうこれで十分だ」という境地に達せば、「演繹」だけでやっていくようになる。もう「サンプル」は要らない。

 頭上に投げた石はいつか止まる。一番高いところで。

 演繹型に固定されるというのは、「結論」が常に先にあるということだ。
 学校の先生は5年か10年も働けばだいたい演繹型になっている。
 生徒のサンプルはもう1000人規模で集まっていて、もう十分と思うのだろう。
 それでも個別の生徒に一人ひとり手ぶらで(結論を用意せずに)向き合ってくれる先生は、いい人間だと思う。(大切にしよう!)

 帰納をやめて演繹のみに生きるようになるのは、人のさだめといえるくらい自然なことかもしれない。頭が固くなるとも言う。
 これがすごく若い段階で訪れることもある。「どうせ私なんて」「どうせ男なんて」「結局女は」といった発想は、もう帰納する気がなくなった演繹人間たちの口癖である。十代二十代ですでにそうなっているケースはかなり多い。

 どこかで帰納を再開しなければ、頭上の石はそのまま落ちてくる。

「何をしてもうまくいかない」というのは、「何」の中身をもう増やす気がなくなったということだ。そのくらいつらかったのだろう、そう思うのも仕方ない。
 しかし、それを放っておくと、その法則をもとにあらゆる事例に対処するようになる。
「何をしてもうまくいく」というのも、「何」の中身をもう増やす気がないということだ。いや、増えたとてうまくいくと信じているのだ。そういう人は、うまくいくことばかりするようになるか、うまくいってなくてもうまくいっていると思い込むようになりがちだと思う。「同じ法則が導き出されることを前提に帰納を行う」である。でなければ演繹の際に用いる法則が変わってしまう。それはあまりにも都合が悪い。
 人間は変わりたくないのだ。恒常性(ホメオスタシス)を維持したいのだ。体温からしてそうなんだから。
 帰納は、すでにある「法則」をぶっつぶす可能性を常にはらむ。
 それにワクワクしなくなった時、希望を持たなくなった時、頭上の石はそこで止まる。

 泣いている時、「泣いている」という状態を維持することが気持ちよくなってしまうようなことがある。
「私なんて」を維持したほうが楽なのだという境地はそれに似ている。

2021.6.22(火) 小沢健二・青春はいくつもある

 保健所の検査通りました。29日(以降)に新しい営業許可証がもらえて、そこに有効期限が記されているはず。前回と同じ6年間なら2027年6月いっぱいの許可になる。夜学バーは2017年4月開店なので、ほぼ10年。(※ややこしいのだが、僕がお店を始めた時には「Bar brat」としてすでに2年弱営業していた。)

 2017年2月22日に小沢健二さんの『流動体について』というシングルCDが発売された。「意思は言葉を変え 言葉は都市を変えてゆく」というフレーズを当時、東京の街でお店を営むことになったばかりの僕はいつも口ずさんでいた。意思はお店を変え、お店は都市を変えてゆく。宇宙の中で良いことを決意する都市に。
 さらにさかのぼって2016年5月6月のライブ「魔法的」で、この『流動体について』を含む7つの新曲が発表された。その後音源化された曲としてはほかに『シナモン(都市と家庭)』『フクロウの声が聞こえる』があるが、どちらも歌詞に重要な異同がある。また『涙は透明な血なのか?(サメが来ないうちに)』『飛行する君と僕のために』『超越者たち』『その時、愛』はいま聴くことができない。
 それでも超空間の航路を通り、時間軸を曲げて、「魔法的」のことを思い返してみる。ちょっと検索すれば歌詞を文字起こししているページが複数見つかるし、勝手に歌詞カードを作った友人もいた。ブートは無数にあるということだろう。そういったものの助けを借りつつ「魔法的」について考えれば考えるほど、48歳であのようなすばらしい作品を新たに創り出せる人物を僕は永遠に尊敬していかなければならない、としか思えない。
 今は子どもがまだ8歳と4歳ということだが、これが16歳と12歳とかになったら、また創るものや語ることが変わっていくのだろう。
「魔法的」の頃には小さな第一子しかいなかった。おそらくそのため、魔法的の歌詞はむしろ難しい。彼がいつか大人になったとき、「うちの父ちゃんは自分が3歳くらいの時にすっげえ歌詞を書いていたんだな」と驚くのではないだろうか。つい最近発表された『ウルトラマン・ゼンブ』『エル・フエゴ(ザ・炎)』『泣いちゃう』という曲たちは、「8歳でも十分に理解できる歌詞」だと僕は思う。もちろん「理解」にもいろいろあるが、まったくピンとこないことはないだろう。小沢さんもそのようなものとして書いたのだと思う。一方「魔法的」の曲については、たぶん「3歳のこの子が理解できるように」という気持ちはない。「いつか理解してくれたら」と、かなり遠くを見て書かれたのではないかと勝手に思っている。
 僕が「魔法的」の新曲を、とりわけその歌詞を果てしなく好きな理由はたぶんこれ。ひたすら遠くを見て書かれている。
 2019年11月のアルバム『So Kakkoii 宇宙』で初めて発表された(先行シングル含む)4曲の中では『彗星』『失敗がいっぱい』『薫る (労働と学業) 』はどちらかといえば小さな子どもにも分かりやすいようなもの(『彗星』はやや難しいけど)だと思うが、『高い塔』はもっと遠くを見た曲だと思う。これのみライブで演奏されていないし、なぜかカラオケにも入っていない。僕はこのアルバムでは、最も詩的と思えるこの曲が圧倒的に一番好きである。
 だからといってそうでない曲が嫌いだというわけではない。『ウルトラマン・ゼンブ』は次男の発想がもとになったという。だからその4歳次男がわかるような曲になっているんだと思う。『エル・フエゴ(ザ・炎)』は長男の発想だという。だから8歳長男がわかるような曲になっているのだと思う。それはそれであまりにもすごいことだ。
 小沢さんとエリザベスが映画をつくって上映していた頃、ある友達が「小沢さんは新しいフリッパーズ・ギターを組まはったんや!」と言っていた。その表現がどうかは置いといて、小沢健二さんという人は一貫して「合作」の人なんだとは思う。実は孤高の芸術家ではなくて、ほとんど常に誰かとの合作の中で作品を生み出している人なのだろうと。だからこそ、バンドは数年で解散し、以降は「ソロ」としてずっと活動している。その都度、いろいろな人たちといろいろな「合作」をするには、むしろソロでなければできない。わかりやすい例では『ブギー・バック』や『球体』は合作そのもの。
 今はその主たる合作相手が、長男や次男だったりするのではないか。ということは、彼らが育つごとに、違った雰囲気の作品がどんどん出来上がってくるということも想像できる。もちろん、子供たちとばかり合作をするのではないだろうけど。
 最近の小沢さんの作品の一部は「幼稚」と表現することもできるようなものだが、子どもとの合作なんだから当たり前である。そしてその子供たちはやがて思春期を経験し、大人になっていく。そうしたらもう「幼稚」ではない。ふたたび「若者の葛藤」や「青春」が歌われ、ひょっとしたらフリッパーズ・ギターをしのぐほどのすさまじい作品を生み出してしまうかもしれないのだ。『青春はいちどだけ』という曲がフリッパーズにはあるが、それも「僕が飛ばしすぎたジョーク」ってことになってしまう。青春は、いくつもある!

 小沢さんは、これも勝手な分析にすぎないが、「合作」の時はかなり相手と溶け合って作る人だと思う。自分のイメージを具体化するのを手伝ってもらうというよりは、相手の価値観や技術にむしろ融合してしまう。夜中にコンビニ行ったりしながら「ラララ~」とか言って作る。意外と他人に影響されやすいというのもあると思う。だから自分の作品でありながら「みんなで作ったもの」に当然なる。「僕のコンサートって、なんかレイブみたいなんですよ」というかつての発言もたぶんそのようなニュアンスなのだろう。
(ここでいう「合作」とは、実際に作業をともにするというだけでなく、『アルペジオ』が漫画家の岡崎京子さんとの合作だと言うようなニュアンスも含む。)
 逆に「合作度」があまり高くないような時は、『高い塔』のようなものを作ってしまうのかもしれない。いや、それはあまりにも勝手な推測だ。『高い塔』だって「そういうものを作らせてしまうような相手」との合作かもしれないのだから。となると「魔法的」というものは、「3歳の子ども」という脅威的な可能性の容れ物を相手にした合作だからこそ、どこまでも遠くへ、無限に行けてしまったのではないか、という気がしてならない。

2021.6.21(月) 超越者たち

「よき風を吹きおこす人々 君は友達と呼ぶだろう 長い時間続いていくよ 友情」
 すばらしい歌詞だ力あふれすべてを捨てて僕は生きてる。
 22日、すなわち明日、というか実はこれを書いている45分後の15時半、保健所がやってきて営業許可更新のため立ち入り検査があるので、掃除や補修、備品の買い足しなど色々してへとへと。お店は趣味同然だがこういう時はやはり労働である。ここ数日はそれで潰れた。夜通し作業して朝の9時半に寝て13時半に起きた。たくさん寝たい。
 これに通ればもう5〜8年くらい(よくわからない)営業できるわけだが、今回いろんな箇所をチェックしていたら、同じ場所で続けるのは今回の更新で限界という気がする。2017年4月開店の夜学バーは、2026〜27年にはもうないかもしれない。10年も同じことをやったら長すぎる気はするし、まあいずれにしてもそんなもんだろう。ってことは、次のことを考えねばならない。ブレーン募集。
 ちなみに通らなかったら十中八九しばらくのあいだ営業停止です。
 今は通学路をちょっと外れた「Iコーヒー」にいて、しょうが焼き定食を食べ、コーヒーを飲んでいるところ。ここはたぶんほぼ「喫茶好き」的な人たちに見つかっていない僕の聖域である。もちろんサンクチュアリと読んでください。おばあさんと娘さんと、さらにたまにその娘さん(小学生)がいる。長い時間続いていくよ。あそろそろ出ないと。たっぷりのサラダに味噌汁、コーヒーにはお菓子もついて、750円。

 子供のころに見た幻だと 大人になった君は思うかな
 だけど怪獣が炎を吐く天空に
 超空間の航路はあり 純粋な力だけが通る

2021.6.18(金) ガソリンの揺れかた

 ガソリンの香りがしてる
(BLANKEY JET CITY『ガソリンの揺れかた』)

 この「してる」は名古屋弁である。
 標準語の「してる」は標準語の「自殺」の発音(たぶん)。
 名古屋弁の「してる」は標準語の「ウケる」「ビビる」の発音(たぶん)。
 ブランキージェットシティは名古屋のバンド。作詞作曲ギターボーカルの浅井健一さんは名古屋市名東区出身の生粋で未だに正統の名古屋弁で話す。曰く「地元の言葉で喋るのは当たり前のことだしね」。かっこいい。僕も名古屋弁で喋りたいけど、なかなか彼ほどは出せない。
 ブランキーおよび浅井さんの曲は、名古屋弁ならではのメロディ(ピッチ)や言葉遣いがけっこうある、と僕は見ている。いちばんわかりやすいのがこの「してる」だと思う。
 ぜひ曲を聴いていただきたいが、引用したのは第一声。いきなり名古屋弁フレーズで始まる。「してる」の「て」が一番高く強い音になる。この発想は名古屋人ならではなんじゃないか。
『クリスマスと黒いブーツ』という曲の「君の顔を見てるんだ」の「見てる」も、ちゃんと名古屋弁の発音になっている。標準語の人ならもうちょっと「て」を低くするのでは。
 標準語を使いこなす名古屋人も、この「してる」の発音は抜けづらいらしい。最近仲良くなった18歳の名古屋出身女性は、これを方言だと気づいてさえいなかった。ちなみに「やってる」「知ってる」は標準語の「引っ張る」みたいな発音になる。
 この若い娘さんもベンジー(浅井さんのこと)を知っていた。名古屋では一番のスターなのだ。こないだテレビでスピードワゴンの小沢さんが、「なぜスピードワゴンは二人とも愛知県出身で名古屋吉本(NSC名古屋校)出身なのに、あんまり名古屋をアピールしていないのか?」と問われて、「名古屋の代表はブランキージェットシティなんですよ」と答えていた。

 もう二度と出会えれないなんて
(BLANKEY JET CITY『黒い宇宙』)

 この「出会えれない」は、名古屋人からしたら割と自然。名古屋の人(特に子ども)は「もう食えれん」とか平気で言う。ちなみに「れ」に強いアクセントがある。「食べれん」も言う。「ら抜き」も「れ入れ」も、名古屋ではそれなりに普通に使う、と思う。
 たぶん、名古屋人にとっては「れない」「れん」というのが大事なのである。「歩けれん」とかも言う人は言う。「殴れれん」とか。

『ガソリンの揺れかた』ではほかに、「揺らしてるだけ」の「だけ」がちょっと名古屋っぽい。「だ」がすごく強い。「だけ」とか「いる(居る)」は「射る」「蹴る」のような発音になる。
「揺れかた」の「かた」も「射る」みたいな発音になるので、「青空」みたいな感じになります。「か(ぞ)」が強い。

 と、書いてはみたけど、あんまり標準語のイントネーションに自信がないのでものすごく間違っている可能性も。
 方言というものが、その人の作って歌う曲に強く影響を与える、というのは浅井さんの場合はまず間違いなくあって、そこが独特の味を持たせるし、名古屋で(もちろん全国的にもだが)未だに人気があるっていうのも、それと無関係ではないような気がしている。名古屋人の言語感覚、いや「音感」にマッチしているんじゃないかと。

 で、僕の音感も名古屋なので、文章にもどこか名古屋っぽいものがにじみ出てるかもしれない。「にじみ出てる」は「て」を強く発音します。
 最後から二番目の邪魔者。←とくに意味はなし

2021.6.17(木) 出でよ!五聖獣!

「久しぶりー」
「久しぶり」

 ここは地の果て、流されて、俺。

「わーなんか、老けたね」
「え? あ、そ、そう……? タハハ」

 今日もさすらい、涙も枯れる。

「かんぱーい」
「かんぱい」
「はーおいし。ん? ドッタノ。もっと明るい顔しなよ」
「してるよー、何言ってんの」
「最近さえてないじゃん。大丈夫?」
「大丈夫大丈夫」

 ブルーゲイル。涙はらって。
 ブルーゲイル。きらめく力。

「あ、たばこ吸っていい?」

 海をめざして翼をひらく。
 はがねの機体、野心を乗せて。

「改札口で叱られてるの、お前の父ちゃんじゃない?」
「え?」

「昨日、幼稚園で何やってたの?」
「え?」

「お前の寄せ書き、スカスカだな!」
「え?」

「お前の弟がいじめられてる原因、お前なんだぞ!」
「え?」

 風か嵐か、青い閃光!

「疾風のように、ザブングル、ザブングル」
「ハヤテのように、ザブングル、ザブングル?」

「正体を見せろ! キエエエーー!」
「ギャーアァ! ワアアアギャー! ギャーアァ!」

 キラキラ……パラパラ……。
 グエー! バサバサバサバサ〜〜。

「お待たせー」
「あっ、久しぶり」
「久しぶりだねー」
「わーうれしいなー」
「んふふふ、何言ってんだか」
「だって何年ぶりだろう?」
「変わんないねえ」
「きみもほんとにかわいいよ」
「何言ってんだか」

2021.6.16(水) まずマッチングアプリをやめろ

 マッチングアプリで出会えるような人間はマッチングアプリをやっているようなやつだけ。「マッチングアプリをやっている人にもまともな人はいるよ!」あ、そ、そうですか……。
 こっから本当にテキトーな偏見というか思い込みを書きます。マッチングアプリは圧倒的に男性に有利です。なぜならば、マッチングアプリをやっているような男性は徹底して低レベルだが、マッチングアプリをやっているような女性の中には、それなりにまともな人間がいるから。
 なぜそうなるかというと、女性が安売りを強いられているからですな。
 いろんな事情で。
 比較的まともな女性が、出会いがないので、仕方なくマッチングアプリで男をさがすわけですが、そこにいるのは「徹底的に低レベル」な男だけ。もちろん彼女たちもそのくらいは当然わかっていて、「その中から掘り出し物を探す」能力を高めようとするが、これがなかなかうまくいかない。そこに良い男なんていないので。
 うまくいった! と思うのは、「まあこのくらいの相手で別にいいか」と妥協しただけ、ということだと思う。
 いやいやジェッキーさん、いまはどんな男もどんな女もマッチングアプリをやっていますよ、むかしとは違うんですよ。そこにはすべての人間がいます。
 そんなことはありません! 「そこにいる人間が人類のすべて」だと、あなたが思っているだけです。
 僕の友達のぺ~こくんは、めちゃくちゃいい男ですが、たぶんマッチングアプリをやっていません。(よね?)
 それは「Twitterに表示されている情報が世界のすべて」だと思ってしまうことに似ております。自分向けにカスタマイズされたタイムラインでしかないのに。
 世界を狭めると効率化します。だからみなさん積極的に世界を狭めておいでです。
 スマホの中の狭い世界を、さらにどんどん狭くしていきます。
 あと人間は自分の働いている業界(つまり所属)を世界のすべてだと思っちゃうね。少なくとも自分の働いている業界の外は「お外」だと思うようになるね。で、自分の働いている業界のことを誇りに思うようになって、自分の働いている業界を過剰に良いモノと思ったりするね。そのくせ口では「いやー」とか言うね。
 そして果てには、自分の考えていることを全てだと思って、その外は「お外」だと思って、自分の考えていることを誇りに思って、自分の考えていることを過剰に良いモノだと思います。え? 僕もそうですけど、あなたもそうだったらそういうことじゃん。
 それなんでそうなるかっていうともう世界が狭くなっちゃってるからだね。いろんな本を読もうね。
 僕は昔の本を読んだりしますね。今日はえんどコイチ先生の『死神くん』と『アノアノとんがらし』を読みました。
 それは別に世界を広くはしないけど、狭まってしまった部分を自覚することはできるね。
 むかしのぼくを思い出せるから。

 マッチングアプリはどんどん「条件」を狭めていく。
 狭くして狭くして、最後に残った人間たちと「会う」わけですから。
 それを繰り返していくと、「どうやらこの条件は正しいな」「この条件は違うな」と、学んでいって、「条件の最適化」が行われて、「比較的マシな相手」と出会える可能性が高まっていく。
 世界を狭くするというのは、条件を絞っていくということ、すなわち、徹底的に要らない情報を捨象していくことである。
 そろそろつまんなくなってきましたか? そういうことですよ!(負け惜しみみたいですけどね)
 もちろん狭くしていくってのは求心的ってことです。「最高の条件が揃った人間」に向かって行く。そして広くしていくってことは、遠心的、とにかく遠くへ、すべての条件から解放されること。博愛という、自由!
 自由になりたいなら今すぐにマッチングアプリはやめたほうがいい。世界を愛したいのなら。が、いろんな事情で、それしかないっていうのなら、もうそれしかないのでしょう。
 あとあれです、マッチングアプリ「も」やってたほうが世界広いじゃん、っていう考え方もある。それはそう。だからタイトルにある「やめろ」というのは言い過ぎた。
「うるせー! どうでもいい! 暇つぶしだしストレス解消だし気持ちよくなりたいしとにかく恋愛がしたいの!」
 あ、そ、そうですか……。そうですよね。
「ほかにねーんだよ! 急いでるんだよ! おまえがいい男を紹介しろ!」
 将棋道場に行くのはどうでしょうか。年寄りと子どもしかいないようなとこがいいと思います。
 年寄りからパワハラを受けたらごめんなさい。
 なんとかなりませんかね。
 マッチングアプリしかないっていうのもわかるような気はする。
 ここが男性としての僕の限界だ。
 フラメンコ教室でどうでしょう。

2021.6.15(火) 男と女(推しについて6)

 しっぴつよてい
 ポジショントークの話↓うまく書けなかったが、この話題につなげたいと思っていたのかもしれない。男がこれを書いているのだ、ということを僕も読む人も意識すべきだろう。
 男は得をしているとか有利だとかそういう話というよりは、非対称性をどのくらい意識しているのだろうか? ということを僕は問題にしたいのだと思う。
 あときもい男性のきもさについて。「おぢ(おじさん)」というのは、男性のきもさを凝縮した概念であって、男性嫌悪でもなければ30代以上の男性を嫌悪する表現でもない。主として男性が他人に対するときに発現させるきもさ、うざさ、むかつくところ、そういうものの宿りきった人間のことをさしている。「おぢなどと言って年を取った男性を差別するのはひどい」という文句を聞いたことがあるが、年を取った人間を差別したいのではない。きもさを糾弾したいだけである。
 しっぴつよてい

 ↑ひとまずこれでほぼ言い尽くしているのでまた今度。
 自分は男であって、能力があって、家族にも人にも恵まれて、おそらく今後も「なんとかなる」。
 誰が言うか、が重視されるこの世では、僕の言うことは大きな意味を持たない。
 それどころか、僕が「誰」なのかということだけが問題にされる。
 あほくさい。そんな構造には付き合っていられない。
 僕がどのような属性を持っていて、あなたが僕のことをどう思ってきているのか、ということをベースにして読み取りを始められるのはやっぱり不快だ。まあそれはある程度仕方ないというか当たり前のことなんだろう。うんざりしてきたな。みんなが書くのをやめちゃう理由がよくわかる。
 嫌いだ。人を「誰か」だと思うことは、その人を潰すことになる。なんでそんなことがわからないんだ?
 個人なんてない。そういう発想がつまんないって思うなら、もう忘れちゃってるからだよ。
 飽きるってのは忘れちゃったってことだからね。
 それは何かをどこかに固定させて置いてきたってことでしかないんだよ。
 人と共に生きるっていうのは、「一緒に行く」ってことでしかない。がんばろうねカムパネルラ。(光よ、一緒に行こう。)

2021.6.11(金) 理屈とポジションと気持ち

 金持ちと貧乏人がいるとする。そこへどこかから声がする。「金持ちはみんな性格が悪いんだよな!」と聞こえたら、金持ちは怒るだろうか? 怒る人もいるだろう。「あ? 俺の性格が悪いってか?」と。「貧乏人ってのはみんな根性がねじくれてんだよな!」という声が聞こえてきたら、怒る貧乏人はいるだろう。「あん? 俺の根性がねじくれてるってか?」
 声は、その金持ち(金田さんとする)を悪く言ったわけではないし、その貧乏人(ビボちゃんとする)を悪く言ったわけではない。ただ意見を表明しただけである。
 それを間違っていると思うなら、「金持ちにも性格の良い者はいる」「根性のねじくれていない貧乏人もいる」などと反論すればいいし、無視してもいい。
 世の中には愚かな考えの人がいるもんだ、と絶望に浸ればいい。
 だから「絶望させやがって!」という怒りならわかる。「バカは死ね!」とか。
 でも実際はたぶん、自分が悪く言われたような気持ちになって怒ったり嫌な気持ちになったりする人が多いのだと思う。
 もちろんその声の主が明らかにこちらを金持ちや貧乏人と認識しており、自分もそれを否定できないという状況の中で、面と向かって言われたのであれば、それを攻撃と受け取ってしまい、怒ったり傷ついてしまうのは自然かもしれない。でもそうではなくて、金持ちは性格が悪いという主張を聞いたというだけなら、別に何も感じなくていいと思う。
「東大生って〇〇だよね」という声を聞いた東大生(戸田くんとする)は、「そういう東大生が多いとこの人は思っているのだな」と思うしかない。
 これも東大生と知った上で面と向かって(耳に入るとわかっている状況で)言われたなら、攻撃かもしれないので、そこを確かめた上で、怒っていいかもしれない。でもそうでないなら、別に何も感じなくていいと思う。
 一般論としての意見と、自分の属性とは、分けて考えたほうが平和である。

「金持ち」や「貧乏人」や「東大生」という属性と、自分自身とはイコールではない。「すべての金持ちは嫌なやつなので、金持ちであるあなたは、嫌なやつである」というところまで言われて、初めて「失礼だ!」とか「そんなことはない!」とやり返すべきである。
「金持ちはみんな嫌なやつだ!」と言われただけなら、「自分は金持ちとカウントされていない」という可能性がある。「金持ちはみんな嫌なやつだ! あんたは金持ちだ!」まで言われたら、これは自分が攻撃されていると認定して良いだろう。殴りましょう。
 コンカフェオーナーは全員キモい、と誰かが言うかもしれない。「じゃあ俺はキモいってことか!」と嫌な気持ちになるコンカフェオーナー(コンちゃんとする)はいるでしょう。しかしその「コンカフェ」という範囲の中にそのお店が含まれているかどうかはわからないのである。「あ、ごめんなさい私の中でそのお店はコンカフェではないのであなたはコンカフェオーナーではありません」という場合もある。逆に、「うちはコンカフェではないので自分はこの範囲に含まれないな」と思っていても、「えっ、いやあなたのとこはコンカフェですよ、だからあなたキモいですよ」となるかもしれない。
 望月めるという人がかつて、「コンカフェのオーナーやるような奴は全員キモいから言う事聞かなくて大丈夫」とツイートしていた。これに対して怒ったり傷ついたコンカフェのオーナーやるような奴がいたかどうかは知らないが、「へーそうなんだ」と思うしかないのではないか。
「だいたいバーやるような奴はみんな自意識過剰だしまともな仕事つけない奴なんだよね」と言われても僕はまったく気にならない。ほぼ当てはまるので反論もしない。また「バーやるやつってみんなバカだよね、頭悪いよね」と言われても、僕は頭がいいと思うので何も傷つきません。「お前はバカだ!」と言われたら、「はぁ?」と胸刺してから言います。
「バーをやる人間はバカで、あなたはバーをやっているので、あなたはバカだ」と丁寧に言われたとしたら、それは僕に対する攻撃だし、間違っていると僕は思うので、暇な時だったら「え、なんでバーやる人間はバカなんですか?」というところから解きほぐしてみるかもしれない。なんであれ自分にとって面白い流れになるように努める。面白くなりそうだったら深掘りするし、そうでもないなら適当に笑いにして流す。
 あと、お店の名前に「バー」がつくというだけで自分としてはあまりバーをやっているという気持ちはない。お店をやっている、という気持ちである。お店は良い。お店というものが大好きだ。だからバーをバカにされたところで何も感じないし、もちろんお店をバカにされたところで、それで僕の「お店というものが大好きだ」という気持ちは損なわれやしないので、特に何も思わない。暇で面白そうだったら何か言うかもしれないというだけ。
 コンカフェのオーナーは全員キモい、と言われて、キモい自覚があるんだったら「まあそうだな」だし、ないんだったら「自分はキモくないから関係ないな」で終わりなわけだ。「そんなこと言うなよ、〇〇さんが泣いてるじゃないか! 〇〇さんはキモくないとおれは思うよ!」とかはまあ、言ってもいいのかもしれない。

 そのように切り離す、「分けて考える」のが僕の基本信条なのだが、「ポジショントーク」が嫌いなわけではない。むしろすごく好きかもしれない。その立場でなければ、その人でなければ言えない、説得力を持たない、面白くならない、そういうことはある。
 だからこそ、ポジショントークであることを隠すべきではないと思う。しっかりと、私はこういう人間で、こういう立場だからこういうことを言うのである、と表明したほうが潔い。
 たとえば夜にお酒を出す飲食店を経営している人が、「時短営業も酒類の提供停止も間違っている」と言ったとする。そこにどこからも文句の出ない、筋の通った理屈はあるだろうか? 時短営業や酒類の提供停止をしたほうが感染者数が少なく済むのだろうから、そっちのほうがよいではないか、という理屈をひっくり返せるだろうか? 「だって経済を回したほうがいいじゃないか」との言い分はあろう。でも果たして営業時間と酒類を制限するのとしないのと、どちらが「結果的に」経済がよく回るのか、ということの計算をした上でのことだろうか? そしてその計算は、妥当なものなんだろうか?
「経営が苦しいんすよ、正直金がないんす」と言ったほうがわかりやすいし、誰が聞いても「そりゃそうだろうな」と思うだろう。
 これは「あのですね、そういうことするとダメなんですよ」と一般論を言うよりも、「嫌なのでやめてください」と個人の感情や気持ちを示すほうが効果的である、というのに似ている。「それはあなたの感想ですよね?」と言う人もいるだろうけど、「はいそうです」と言えばいいだけのこと。
 無理して穴ぼこだらけの一般論を唱えるよりも「経営が苦しいんすよ」という声を発したほうがいいかもしれない。その声とそれへの同情は「票」にもつながる。それをこわがって、エライ人は少しくらい何か考えてくれるかもしれない。
 もちろん、一般論は一般論で強い。理屈は理屈で力を持つ。だけど不完全な理屈は逆効果なことも多いのだ。不得意な人が無理して理屈を唱えるのは本当によくない。素直に言えばいいのだ。

「…ねえ つきあうって何?
 佐藤君は どうしたいの?
 何がしたいの?」

「ど… どうって……
 オレは オレは
 オレは
 山田さんに さわりたい

 そうか
 最初からこう言えばよかったんだ」


 多分 君達は言葉が多すぎる
 多分 君達は考え過ぎている
 多分 君達はいつか別れて
 この告白さえ思い出になる日が来るだろう

 だから若人よ
 嘘臭い くどき文句を語るのなら
 いっそのこと体目当てだと言って欲しい

 それは意外に純愛だ

 (日本橋ヨヲコ『CORE』)

2021.6.10(木) お金が悪い(推しについて5)

 ぜにのないやつぁ俺んとこへ来い!
 俺もないけど心配すんな
 みろよ青い空 白い雲
 そのうちなんとかなるだろう! ハッハッハ……!
(植木等『だまって俺について来い』)


 とにかく金が無い、らしい。ある人が就職してしばらくした頃に「みんな金がないんや!」とよく言っていた。数年前のこと。マスコミ・エンタメ業界のけっこう中枢で、流行を扱う仕事だから、その感覚はきっと妥当なものだろう。たぶん今も「みんな金がないんや!」ということに変わりはないと思う。
 ほかにもいろんな友達(特に女の子)から「結局、みんなお金がないんだよねー」とここ数年、よく聞く。なんか、どうもそうらしい。そういえば僕にもお金がない。ハッハッハッ!
 飲食店の時短営業や酒類提供停止により急増した路上飲みは、けっこう前から流行る兆しがすでにあった。みんなお金がないのだ。ストロングゼロ的なものもすでに覇権だった。歩きながらとか、座り込んでとか、そういう飲み方は増えていたと思う。みんな金がないから。
 本当にさまざまなことが「金がない」で説明できてしまう。こじつけだろうが辻褄は合ってしまう。
 またある友達が、「(みんな)旅行とか行くお金ないから展覧会や映画行くのよね」と言っていた。これもけっこう前からそうだった。「推しについて2」で取り上げた短歌も、お金のかからないのが人気の秘密であろう。SNSもお金がかからない。いわゆる「純喫茶」なるものも、客単価は数百円。フルーツサンドとクリームソーダとプリン頼んだって余裕で千円台に収まるはず。
「お金がかからない」ことが流行るのは僕はうれしい。それでいいじゃん、別に金かかることしなくてもさって思う。だけどみんな(誰?)は、お金がかからないことを積極的に好むわけではない。お金がないからやっているのだ。お金があるなら別のことをするだろう。
 お金がかからないことを積極的に好むなら、「青い空 白い雲」これだけでよい。散歩して花でも見たらいい。でもみんな(誰?)は、お金の量の調整レバーを上げ下げして、時に応じた額を払う。こんなこと言いたくはないがそれは良いとか悪いではなく当たり前のこと。1円も使わないとなると選択肢はかなり狭くなる。お金を使ったほうがそりゃ選択肢は広くなる。たくさんのことができるようになる。すると楽しめる可能性は高まり楽しみ方も増えてハッピーである。当たり前。
 みんなそれぞれのお財布事情の中で、それに応じて「やること」を決定している。そりゃそうだ。僕だってお金がないので高いお肉は買わない。
 でもたとえば僕の場合なら、お金をあんまり使わないから、あまり稼がなくていいのだという順番である。それであんまり普通の生き方をしていない。
 高いお肉を食べたいなら、たくさん稼ぐ必要があるが、僕は別に高いお肉を食べたいと思わないので、稼ぐ必要を感じず、稼がない。それで永遠に貧乏である。
(論理的には、高いお肉を食べたくなくても高い野菜を食べたいなら稼ぐ必要が出てくるので前の一文には不足があるのだが、そういうことまで説明したくなるのは僕の非常に悪い癖なので、説明しないように頑張ります。)
 一方、「高いお肉を食べたい」と思う人は、稼がなければならない。
 10万円の服を着たければ、10万円よぶんに稼がなければならない。
 楽しく生きていくのにはお金がかかる。お金はどこからやってくるのか? 自分で稼ぐのだ。しかし「実家が太い」人の場合は、それほど稼がなくてもお金を確保しやすい。(「太い」というのは利用可能であることも含んでいます。(また説明してしまった。))
 たくさん稼いでいる人が豪華な生活をしているのであれば仕方ないと納得もしやすいが、自分とそうは変わらない収入のはずなのにどう考えても自分より豪華な生活をしているのを見ると、ズルいと感じる。自分もそのくらいの生活はできなくてはおかしいし、できないと嫌だ。無理をしてでもその水準を実現したくなる。
 5000円のものよりも20000円のものを使いたくなる。だって20000円のを使ったほうが褒められるし、良いと思ってもらえるし、モテるし、自分の気分も上がるし自分を認めてあげることもできるし良いことばかりなのだから。それを「実家が太い」というだけでいともたやすく実現している人たち! あるいは、たとえば容姿や「性」などを活かして誰かから提供(援助)してもらえている人たち!
 お金が悪いのである。
 そしてそのお金というものは、誰にでもたやすく、すぐに、たくさん稼げるものではないのである。
 世の中はそういう仕組みになっている。なぜだかわからないが。
 どうしてNHKの正社員とコンビニのアルバイトとではあまりにも得られるお金が違うのか?
 同じでいいじゃん、それが文化的ってことだろ、と思うのだが、いろんな理屈と歴史があって現在はそのようになっている。
「お金がほしい」と思っても、そう簡単にお金は手に入らない。
 では「お金がほしい」と思わなければいいのだが、なかなかそういうわけにもいかない。なぜならば、お金があったほうが圧倒的に「得」で、たいていの人は「得をしたい」と強く願っているから。
「最低限の生活ができるお金があればいいよ」と言える人は平和である。ただ、意外とその人の描く「最低限の生活」というのは、それなりに高めの水準だったりする。
 みんな(誰なの?)はお金におびえている。かなりたくさんのお金がなければ楽しく生きていけないし、子供を「満足に」育てられないと信じている。お金は、人々をそのように脅す悪いものである。
 人々は脅されて、こわがって、あまりお金というものを直視できないでいる。「とにかくたくさんあればあるだけよい」と思っておけばいいのだと信じている。そのくらいお金が、お金がないことによってもたらされると信じこまされている将来の不幸が、怖いから。

「君がこわがってるギリギリの暮らしなら なんとか見つかるはずさ」と歌った尾崎豊は26歳で死んでしまった。絶望的なことである。
 お金と幸福との排他的癒着を解き、本当の幸いに至る別の方法も考えたほうがいい。リスク管理として。お金が簡単には得られないなら、お金以外のものもちゃんと懐に確保しておいたほうが安全ではないか。仲良しはその一例である。散歩もそう。みろよ青い空 白い雲

2021.6.9(水) ナチュラルに性を売買する2(推しについて4)

 若い世代にとって「売る」ことはもう当たり前である。「買う」ことが当たり前なのと表裏一体だと思う。自らが「推す」という行為を自然にするので、「推される」ことも自然に受け入れる。
 自分が誰かのプロフィールの一部となることに抵抗がない。P2Pのイメージに近いかもしれない。みんながみんなのプロフィールをお互いに補完しあっている。
 誰もがみんな「アカウント」という形で、自分の依り代(これもポケモンの一種か)を作る。それに「フォロワー」というものがついて「いいね」と褒められる。そういうことに慣れているから、「推される」ということにも別に抵抗がない。むしろ「推されたい」とさえ思う。
 その気持ちに何も悪いことなどない。みんながみんなを好ましく思い合う、というのは平和である。ただ推されるためには性的アピールが手っ取り早いし、性的な部分を認められると簡単に気持ち良くなれるという場合もとても多いので、そういうものが多くなる。それは果たして健全だろうか? 健全と思う人は思えばいいが、僕は不健全だとはっきり思う。
 なぜ不健全かは説明できない。同様に売春も不健全と思うが、その理由を説明できない。そして、不健全だからなくすべきかというと、世の中には「必要悪」という便利な言葉があって、それを存在させなくするのはかなり難しいということになっている。

 僕なりに言えば、性の売り買いは「仲良しの伸展」を阻害するから嫌いである。僕は「仲良し」をよしとする。
 他人の性をその手にしたいのであれば、仲良くなればいい。そのために努力すればいい。それによってみんなが仲良しを上手になる。それを僕は良いと思う。でもお金はその過程をすっ飛ばす。「だってモテる奴が得するじゃん、自分らみたいに絶対モテない人間は永遠に他人の性を手に入れられないのですが?」という声が僕には聞こえる。「必要悪」はそこに生まれる。「絶対モテない」と自認する人たちの救済のために。
 すなわち、「性を手に入れる努力を諦めて、金を手に入れる努力をする」という方向性が許される。資本主義とは(そして男性社会とは)そういうものらしい。(それにしても、「性を手に〜」という表現は便宜上としても品がない。やめよう。)
 初めからお金を持っている人は楽である。この考え方を導入するとまた話が長くなるのだが、いわゆる「実家の太さ」というやつ。実家が太いと、「金を手に入れる努力」すらそこそこで良いことになる。また、自らを売ってお金にしなくても生きていけるわけだから、性的アピールに必死になることもない。(金持ちは自分を売らない、と言っているわけではありませんが、売っているケースは貧乏人と比べて少ないでしょう。)
 その不公平さ、選択肢の偏りを、僕は不健全と思うのかもしれません。
 みんなに等しく売買(春)の機会が与えられているのではない、ということ。金があるやつはいくらでも買えるし、金があるやつは売る必要に迫られない。モテるやつは金に頼る必要がないし、モテるやつは売ればいくらでも売れるから金が集まってくる。そういう非対称さ。
 それでいえば「仲良し本主義」のほうがまだ公平な気がする。もちろん「わたしには生まれついて仲良しの才能がねえんだよ! どうしようもなくねえんだよ!」という人もいて、そのセーフティネットはあったほうがいいのかもしれませんけど。それでも生まれながらの差は、お金や容姿ほどにはないと思う。それに、人と人とは仲良くしたほうがいいと僕は心から信じている。
 お金で性を買うのではなくて、仲良くなって性的に成就するほうが「健全」である、という主張なのだ、これは。
 性を売ってお金や自信にするのではなく、人と仲良くなって生活や精神をよくさせるほうが「健全」なのではないか、という提案でもある。
 それがすぐに誰にでもできることではないのは承知だが、わずかずつでもそっちを目指したほうがいいのではないか、という気持ちの表明である。

「推す」「推される」という関係に「仲良し」は前提とされていない。推す側の片想いを、推される側が許容するというだけだ。
 そこでやりとりされるものは性であったり、「(主としては性的な経路を通る)癒し」であったり、「承認」や「自信」や「お金」や「肩書き(プロフィールの一行)」であったり。あるいは「恥ずかしさの払拭」「コンプレックスの解消」といったものもある。悪いことばかりでもない。最近読んだ『新人漫画家、風俗嬢になる』という漫画は、「(必要がないならやらないにこしたことはないが)私は風俗をやってよかった」と提示していた。コンプレックスがなくなり、自分らしく生きられるようになった、というようなニュアンスである。
 人と仲良くなる、そういう能力を身につけるためのステップとして「売る」ことが一時的には必要であったり、手っ取り早かったりすることはある。何より具体的には、お金が手に入る。上記の漫画でも、風俗で稼いだお金をまず腋臭症の手術にあてている。それをしていなければ、この主人公が前向きに自分の人生を生きていくことはかなり困難だったはずだ。
 まったく自信のない人が、「推される」ということによって自信を手にして、そこから自分の人生を作っていく。そういうルートは多々ある。だから個人的には、そこにいつまでもとどまっていたってもうそれ以上いいことはないのではありませんか、と思う。でもわかる。同じところにいたほうが楽だから。それに、自分は本当に自信がついたのだろうか? というのに確信を持って答えるのはかなり難しい。そこにいれば自信が供給される。「その道」を歩くことの既得権益が目の前にあるのに、それを捨ててまで別の道に進むことはないだろう。実によく理解できる。
 性を売る(ものすごく広義に捉えてください)ことによって、とりあえずの「仲良しっぽい関係」は成立する。買う側にとってもそうである。性や金を介さずに人と仲良くする自信はないが、それさえ介せば仲良さそうな関係がつくれる。だったらそれでいいではないか。
 だってそれが資本主義であって男性社会なんだから。
 核心はここで、資本主義であって男性社会であるようなこの世の中を最高〜!って思うなら、きっとそのままでいいんだと思う。
 僕はそういうものが嫌いだし不健全と考える(条件なしの仲良しこそが真の健全!)ので、性や金が「仲良し」よりも前に来るのは嫌だ。

 やむにやまれず性を売買することを否定はしないが、そこがゴールだという人は、「金と男を至上とする」価値観を良しとするんだろう。それが自身にとって都合が良いということだろう。それでいいならそれでいいが、そりゃーモテないぜ、と思う。だからモテるために金や性が要るループ。それが「今まわっている社会」というものなのだ。

2021.6.8(火) ナチュラルに性を売買する(推しについて3)

 この話は書き出すと長くなりそうなのでいったんごく簡潔に。(もうすぐ寝るから。)
 推しというのは「推す」と「推される」のセットで成り立つ。
 それは「売る」と「買う」でほぼ置き換えることができる。
 推しとは人間やモノ、概念の売買である。その中心にあるのは「性」である。

 若い女の子はナチュラルにコンカフェやガールズバーで働く。ナチュラルにパパ活をする。

 若い女の子は自分がおじさんたちから求められていることを知っている。それがお金になることを知っている。だから、無料でおじさんたちと接することがもったいなくて仕方ない。
 どうして私(たち)は、お金をもらって提供できるようなことを、無料でやっているんだろう? これは搾取だよな。だったらお金をもらったほうがまだよくないか?
 彼女たちは、かつて「男性に気を遣う」ということを求められたことがある。それを無料でしなければならない空間と、有料でする空間があることも知っている。どちらも避けられないのであれば、お金をもらったほうがよいではないか、というのは自然な発想である。
「男性の前で、(男性が望むような)女性として振る舞う」ということが、それだけでお金になることを知っているし、お金にならない場所でも、それを求められることがいくらでもあることを知っている。
 しかし、彼女たちはすでに「平等」という概念を知っていて、それがいかにおかしなことかをわかっている。どうして男性と女性とは平等であるべきなのに、私たちは男性の前で「相手の望むようなあり方」を強いられることがあるのだろうか?
 どうやら、それは避けられないらしい。テレビを見ても学校にいても、家庭でもインターネットでもどこでも、男性と女性とは明らかに非対称である。「平等」というのはタテマエで、達成の目処のない努力目標で、つまり現状じゃウソらしい。
 そういう状況は明らかにあって、別にフツーのことだから、それを徹底していやがるのは損である。それに、「男性が望む女性」というものを、自分がすべて拒絶したいわけではない。男性が女性に「着てほしい」と思う服の中には、自分が「着たい」と思うものもけっこうある。メイド服はまさにそれだし、たまにセーラー服とか着られたらなおよい。それで褒められてお金ももらえる仕事がある。それが男性に搾取されることでしかないのはなんとなくわかっているが、どこにいたって同じようなものなんだから、まあいいんじゃないの。そういうもんでしょ、とりあえず。
 男性の前で(男性が望むような)女性として振る舞うことが、得意であったり、今のところ特に苦痛も感じないという人もいる。その場合、ガールズバーは比較的楽で、少しは時給の良い仕事である。ガールズバーとは呼ばれなくても、「若い女の子が主に店番を務める、専門的な調理技術などは求められない飲食店」というのは(都会には)たくさんある。そういうところでも、男性に対して無理に「いい顔」をして接客しなければならない(客がそれを望む)場合は多々ある。それが嫌でなければ、あるいは老舗スナックのママのように上手くコントロールできるのであれば、向いているだろう。どうせどこにいたって、「女」でいることを求められる点では大して違いはないのだ。
 完全に私見で、すべてのケースがそうであると言うつもりもないが、今コンカフェ(メイドの店含む)・ガールズバーやそれに準ずる「性を売る店」が大流行している背景には、働く女の子たちのそのような「諦め」があるのだと思う。
 どうせどこにいたって、「女としてのいい顔」をしなければならないんだから、だったらそれを逆手にとって、自分に都合の良い働き方をすればいい。これがさらに開き直ると、パパ活(もちろん大人なしの場合もある)や頂き女子に発展していく。
 男ってのは基本的にそういうもんなんだから、客として割り切って接すればいいんだよね。
 と。

「推される」ということは「売る」ということである。
 僕はそう思うが、当事者がそう思っていない場合はけっこうあると思う。そういう人は、たぶんここに書いているようなことも考えたことがない可能性が高い。売らせる側や買う側にとっては、そのほうが都合が良い。
「推す」ということは「買う」ということである。
 僕は買う人にそう思っていてほしいのだが、「応援する」とか「推す」という言い方によって、「彼女(と自分)のためにお金を出しているだけなんだけど、何が悪いの?」とシンプルに思っている場合もかなりあると思う。
「そこには応援してほしい人と応援したい人との合意があって、そのあいだをお金が動いているだけなのだから、何も悪いことはない」と、みなさんそうおっしゃるのでしょう。
 まあでもそこで売られているのは性ですよね? と僕は思うが、「違う。性ではない。個性だ。この女の子そのものだ」と言われたら、そうですかと引き下がるしかない。売る側も、「そうなんです私は性を売っているのではなくて個性を、人格の全体を、わたしという人間そのものをある種の作品として表現し、それにお金を出していただいているんです」と言うかもしれない。お店は「そういう人たちをつなぐマッチングシステムがコンセプトカフェというものなのです」とか言うのかもしれない。
 たいそうなことでございますが、人をお金で売り買いするというのは、そもそもあまり健全ではないと僕は思います。見返りは一切なしに「応援」するっていうのならまだ理解はできる。会いもしないし話もしない、メッセージも送らない。お金だけ送る。

 メイド服など特殊な衣装を着た不特定多数(キャストに増減や入れ替わりが全くないのならちょっと違った意味合いにはなる)の女の子たちと「会話ができる」ことを売りにしているようなお店や、むしろ会話のほぼないことを実質的な売りにしているようなお店に男の人がたくさん来てたら、どこをどう見ても「性を売っている」のだと僕は思うのだが、どうもいろんな理屈があるらしい。そこをいかに説明(言い訳)するか、ということも昨今の「性売り」業界の一つのトレンドであるような気さえする。

 もっとも、当事者たちはいたって単純に「まあべつにいいじゃんそんなこと」と思っているんじゃないかと思う。
 女の子、お店、客、がここで言う当事者。
 そういう仕組みがすでにあって、もう回っているし、それに納得する人だけがここにいるんだから、何も問題はないでしょう、と。
 もちろん、何が消耗し、何が失われてしまうか、さまざまな具体例を「当事者」は見ているはずで、良き面ばかりではないことは承知であろう。しかしすでに自分たちは参入してしまっているし、時を戻すことはできないから、これでこのまま、マイナス面でなくプラス面を見てやっていかなければならない、と思っているんじゃなかろうかと想像する。かりに悪だとしても必要悪であろうよ、とか。
 あるいは、何も考えておらず、「この《文化》はすばらしい!」と信じ込んでいるだけの人もいるのかもしれない。まあそれはそれでよい。疲れた人間を癒やす職業があって何が悪いか、といえば、何も悪くないのだ。キモいだけで。
 疲れて帰って夜中にテレビつけたら『けいおん!』がやってて、あずにゃんカワユスなあ~とか言って癒やされることを悪く言うつもりはない。(それに癒やされねば生きていけないような状態に陥ることは予防したほうがいいとは思う。)

 ねます。この話はもうちょっと続くと思います。(って書く時ほど続かなかったりするので、読みたい人は何か一言……。)

2021.6.7(月) 何が好きかで自分を語る(推しについて2)

 昨日の記事を書いてから、この記事(稲田豊史「『オタク』になりたい若者たち。倍速でも映画やドラマの『本数をこなす』理由」)を読んだら、根本的にはかなり似たようなことが書いてあった。僕のほうが1日はやく公開している。しょうこはこちら

「所属」ということが可能なほど大きなもの(メジャー)はもうない。だから小さなものをいくつも「従属」させるしかない。というのが、僕とこの稲田さんに共通する大意だと思う。
 似たようなことを書いているのにバズり具合は全然ちがいますなあ、ワッハッハ。
 もし僕がここに書くものをそのままどこかのネット媒体に転載したら、果たしてバズるだろうか、と考えると、まあバズらないような気がします。炎上もしない気がする。そのような書き方をしてしまっている。
 でもいいんだ僕は30年後にバズるから……。2050年の「Ez50周年オフ会」には時の内閣総理大臣(杉村太蔵)も出席する予定だから……。

 ずいぶん前から時おりネットで見かけるマンガのセリフで「何が嫌いかより 何が好きかで自分を語れよ!!!!」(西公平『ツギハギ漂流作家』最終話より)というのがある。2006年だそうな。週刊少年ジャンプで半年もたず打ち切りになったようだが、このセリフだけは(『ONE PIECE』が由来という勘違いを受けつつも)生き続けている。15年前、この言葉がウケるような状況があって、今も続いているのだろう。実際Twitter検索にかけるといまだに毎日大量にツイートされているのがわかる。
 何が好きかで自分を語る、というのがまさに「推し」という文化である。2006年といえばAKB48が『会いたかった』でメジャーデビューする年であり、その状況はまさに熟しつつあったと言えヨウ。
 この方向性が行きすぎた結果、みんな「何が好きか」でしか自分を語れなくなってしまっているというわけだ。
 その極致がホストブーム、ホス狂い女子の増加(物的証拠なし)だと思う。
 いずれも今に始まったことではないが、スマホゲームやアイドルやバンド、コンカフェ等々への課金も「何が好きかで自分を語る」ということの発展というか、安直な具現化である。

 昨日も書いたけど写真を撮ってSNSに上げるとかいうことも、「私はこれが好きです、これをいいと思いました」という表明によって自分を語ろうとしている。そこではただ「映えているか」ということだけが問われる。いや最近はもはやそれさえ重視されていない。ストーリーやフリートはすぐに消えていくので、それほど映えにこだわらなくても問題ない。とにかく「何が好きか」「何をよいと思ったか」を表明すればよいことになってきた。「映えているかどうか」という「差異」の時代は終わりつつあるのだと僕は思っている。みんなが撮っているものを撮ればそれでいいのだ。クリームソーダとかね!
(そもそもそんなに映えばっか考えて生きている人は多くなかったんじゃないかとも思いますが、しかし一時期は少なくとも今以上に意識されてはいたはず。)
 写真だけでなく、もちろん文字でも同様。「好きである」「よいと思った」という表明が手軽な自分の説明となる。Twitterでは「ほんとすこ」(古い)とか「すき」「しゅき」「よき」「尊い」等々をよく見る。
 と、僕は思っているのですがどうでしょう。ご意見ください。

「何が好きか」だけでなく、「何をやっているか」「何をつくっているか」「何をかじっているか」も、「何を従属させているか」のうちである。今の人は、複数のものを従属させることによって自分を語ろうとする。昨日の記事も参照。
 みんな(誰?)がすぐに短歌をやりたがるのも、というか、「短歌やってる」とTwitterで表明する人が多い(僕の観測範囲の偏りもあるにせよ)のも、短歌というものがものすごくお手軽に「なんかやってる感」「芸術(創作)かじってる感」を持てるからだろう。「短歌やってます」というのは誰にでもすぐ通じる。説明がしやすい。もちろん絵もそうだが、短歌は絵よりも善し悪しの判別がつきづらいので、かなり気楽に参入できる。
 写真もそう。善し悪しの判別が難しい(あるいは、そこそこのものでも良く見えやすい)。ただ機材を買ったりなど参入障壁がそれなりにあるので、やはり短歌に軍配が上がる。
 小説は書き始めるハードルがやや高い。また、ある程度長く書く必要があるし、優劣の判別もしやすい。
 短歌が最強だと思う。次が写真。「歌人。写真も少々。」みたいな自己紹介の人を僕はかなり怪しんでいる(差別)。

自称写真家で詩人で歌人で俳人で廃人な酒呑み。鉄道と艦船と航空機とサッカーと美術鑑賞とアニメと漫画と特撮と海洋生物とDARIUSが好きなZUNTATAファン。吉田類の酒場放浪記観ながら呑むのが生き甲斐。出身は新潟。中二病罹患中。早く老害になりたい。

歌人・エッセイスト・写真家。何気ない世界を何気なく生きる。あいまいを愛しています。ことばと短歌。日常をフィルム写真やフィルム風エディットの写真で残しています。/ Photography / film /daily lives / poetry / #100of100portrait #午前の空気

短歌/カメラ/映画/ハロプロ #asu_tanka.#asu_camera

福岡市在住。34歳。 今後、福岡でクロスアートのコミュニティ作りたい。短歌。音楽。最近急激に映画をたくさん見始めた。お勧め知りたい。リーマンヒップホップ(サブスクで配信中)。お笑い。ランニング。iPhoneカメラでプチインスタグラマー

ツイートはすべて愛です / 絵と写真と短歌 / ご依頼はDMまで

自然 花 ワンコ 神社 写真 短歌 焚き火 日本人はおにぎりおむすび(御結び)と言おう 足るを知る『ら』抜き言葉は美しくない 椎名林檎赤いリンゴ hide BUCK-TICK GONZO 海外ドラマ 岩下の新生姜 蛙監督カエルの顔 自衛隊に感謝!!マーク

エッセイを書き、短歌を詠み、写真を撮っています。読んでよかったテキストをよくシェアします。服と本屋も好き。

超多忙中につきリプ出来ません。 詩や短歌や写真、呟きなど。読書大好き。怖い話好き。紫陽花大好き。画像は撮った物とフリー素材。セクハラ勧誘即ブロック。DM基本しません。 #夏彩妙 時折つける自作タグ #ASD #生きる #詩 #写真 #エッセイ #140字小説 #短歌 #俳句 #本 #読書 #積本

 たとえばこんな感じ。何が好きか、何をやっているか、つくっているか、かじっているか、で自分を語っている。それを複数挙げて、自分の輪郭をふちどっている。エッセイや読書も人気ですね。手軽だから。
 今に始まったことではないが、だからこそ、そろそろその空虚さに気付いたっていいと思う。

2021.6.6(日) 所属、差異、従属(推しについて)

 何かに「所属する」ことによって自らの確かさを確認していた時代があった。アイデンティティの基礎を「所属」に置いていた。それがいつしか「差異を誇る」時代へと変わっていった。他人と違う自分を見つける、主張することをアイデンティティとしていた。最近はそれが「自分に従属するものを説明する」という行為に置き換えられている。
 自分に従属する、というのは、何かに所属することとは気分として逆である。「俺は生活保護を受けている!」と誇るとき、その人は生活保護に所属しているのではなく、生活保護を従属させている気分なのである。生活保護という外部によって自分を表現しようとしている点では同じだが、気分はずいぶん異なると思う。
 その気分の象徴は1996年に登場した「ポケモン」だと思うが、さらに遡ると『ジョジョの奇妙な冒険』第三部以降(1989〜)からメイン戦闘システムとなる「スタンド」がある。ただ僕の肌感覚としては『ジョジョ』が現在のような覇権を握るのは2000年代に入ってからで、とりわけ2ちゃんねるを中心にネットの共通語となってから、さらに言えばニュー速VIP板のできる2004年以降なのではないかという気がする。おそらく最も読まれていて人気があるのは第五部(1995〜1999)までだが、2000年前後にそこまでをまとめて読んだ読者が多かったのではないだろうか。ネットでよく引用されるシーンやセリフも第五部までのものが多いと思う。この時期に多くの人が、「ああ、そういうふうに面白がるものなんだ」というふうに、ネットから『ジョジョ』の読み方、楽しみ方を学んだのではないか。
 ポケモンもスタンドも、すごく大雑把に言えば「主人公の代理で戦うもの」である。デュエルモンスターズ(1999年〜)のようなカードゲームも似たような性質を持つ。自分ではなくキャラクターが代わりに戦うといえばどのゲームもそうだと思うが、たとえばマリオやドラクエなどは「主人公=自分」という感覚が強い。「従属」の感覚はなく、単純な「同化」に近いものが多かったと思う。ポケモン、スタンド、デュエル(『遊戯王』)はいずれも、明確に「戦わせるもの」と「戦うもの」が分かれている。「戦わせるもの」は「戦うもの」を従属させ、使用する。ユーザや読者は「戦わせるもの」のほうに同化する。

 ところで、2000年代半ばくらいまでは「ジョジョが好き」というのは「差異」だった。「ジョジョが好き」ということで「他人と違う自分」という気分を持てた。それこそが、当時まだジョジョが今ほどの覇権作品でなかった証(物的証拠はないが……)だと思う。2021年の今となっては、「ジョジョが好き」と言っても他人との差異は生まれない。「ドラゴンボールが好き」や「スラムダンクが好き」と似たようなものになっている。
「鬱病」や「服薬」もその頃までは差異だった。「病んでる自分」「薬を飲んでいる自分」が特別なもので、それをアイデンティティの拠り所にできた。今は誰もがカジュアルに鬱病を表明し、服薬を隠さない。もう特別なものではない。いま、人々はそれらを「従属」させるようになっている。病気や薬をポケモンのように操って、それをもってアイデンティティの一部となしている。
 どう違うか。かつて、「鬱病なんだよね」「薬飲んでるんだ」「手首切っちゃった」といったことは、その人の「全体」であった。メンヘラという一言の中に所属することであり、それによって他の大多数の人間たちとの差異を誇ることができた。ずいぶん少数派であった時代はそうだった。いまはとても少数派とは言えないので、所属とも差異ともならない。今は、それが自分の「一部」として説明されるものになった。
 現代は「説明」の時代なのである。自分というものを説明したがっているのである。それは何かに所属することでなくてもいいし、他との差異を強調するものでもない。ただ「自分はこうである」と説明できさえすればいい。アイデンティティの確保も、一時期と比べればずいぶんと楽になったものだと思う。
 ただ、たった一つだけでは「説明」にならない。かつては何か一つの巨大な性質を主張するだけで「自分」というものを立ち上がらせることができたが、今はそうでない。「私はこうで、こうで、こうなのです」という説明がしっかりと必要になってきた。ポケモンを複数持たねばならんのである。カードゲームでたとえるならば、デッキを組む感覚に似ている。

 私は□□という薬を常用しており、〇〇くんを推しています。△△というコンセプトカフェに通っています。
 このようにカードを並べるわけだ。
「推し」という文化が流行るのは、手軽にいくらでもカードを手にできるからであろう。「〇〇推しです」と表明するだけでよい。そこに多少の(もしくは多額の、だが)課金をすれば、「推し感」は高まる。「推し」というのはまさにポケモンである。自分の代わりに戦ってくれる存在である。
 推しを三つくらい作っておけば、説明に困ることはない。「おまえはだれだ?」「自分とはいったいなんなんだ?」といった声に怯えなくてすむ。
 推しは自分に従属するものである。自分が主で、推しが従である。推しは自分の代わりに戦う。輝く。良いことをする。自分は何もせず、推すだけで良い。
 こういったことはもちろん、今に始まったことではない。でも、今とりわけ強くなっている風潮だとは思う。
 もう所属も差異もいらない。「何かが好き」という気持ちさえあれば、それがどんなものであろうと、どんなにありふれたものが対象であろうと、「推し」を作ることができて、それが自分を説明する一行となる。
 向精神薬だって、みんなカジュアルに飲んでいるし、もはやそれだけで「メンヘラ」とは呼んでもらえない(呼んだら誰かから怒られるだろう)。だけどそれが、自分を説明するための一行になる。自分の記述が一行増える。それだけで現代の人は安心するようだ。
「本が好き」とか「純喫茶が好き」とかも同じである。所属と言えるほど本気で好きなわけではない。趣味としてはありふれている。でもそれでいいのだ。記述が一行増えるから。そのためにクリームソーダを頼むのだ。
 エヴァを見るのも映画に行くのも、記述を増やしているのである。
 あらゆるものを写真に撮るのもそうかもしれない。
 自分に従属するものを増やしていく行為である。
 自分の外部にあるものを寄せ集めて、一所懸命自分を説明する。
 そうやって自分を無くしていくのである。
 そうやってわからなくなっていくのである。

「自分の外部によってお手軽に自分を表現しようとした結果、自分のことがさっぱりわからなくなる」というのは、長らく変わっていない。
 とはいえ、雑なでっかいカテゴリに所属したり、他人と比較したりというよりは、「説明」のほうがずっと高級で平和だろうと思いはする。

2021.6.5(土) 杉村太蔵(41)

 橋本治最後の大予言は「杉村太蔵の未来」だったのかもしれない。

 公募のレポート一通で自民党の比例区選出の議員候補になって、二十六歳の若さで当選してしまった小泉チルドレンの杉村太蔵は、順当にいけば「シンデレラボーイ」であってもいいようなもんだったが、あまりにも幼稚な発言を繰り返していたので、政治家としてはまともなものとして扱われなかった。案の定、次の選挙では出番をなくして「元政治家」になり、「あの人は今」的な存在からハイテンションのおかしなキャラを買われて、バラエティ番組の人となっている。
 今の人は忘れっぽいから、うっかりすると杉村太蔵を「お笑いの人」と思っているかもしれないが、私はやっぱり「杉村太蔵はどうするんだろう?」と考えている。それは、京都の祇園で酒飲んで遊んでいる大石内蔵助を見て、「彼には果たして浅野内匠頭の仇を討つ気があるんだろうか?」と思っている吉良のスパイの考え方に近い。
 私はその初めから杉村太蔵には、さっさと落選してもらいたいもんだと思っていた。落選して、「俺はこのまんまじゃだめだな」と反省して、政治家となるような努力を改めてしてもらいたいと思っていた。「そういうことしてくんないと困るんだよな」というのが、期待ではなくて、杉村太蔵に注目する理由だけど。
(略)一番むずかしいのは「政治家って、本当のところどんなもんなの?」ということを、政治家以外の人間が知らないことだ。
 知らないから分からない。分からないからなりようがない。となると、まともな政治家を生み出すプロセスとしては、「若い内に一度政治家になり、“ああ、これじゃだめだ”と反省し、落選してその後にやりなおす」というものが考えられる。そういう風に考えると、杉村太蔵はまさにそのモデルケースを歩んでいるわけで、期待出来るかどうかは知らないが、日本の未来は杉村太蔵の出来如何かもしんない。
(橋本治『バカになったか、日本人』「杉村太蔵に見る日本の未来」集英社文庫 P139-140、初出「週刊プレイボーイ」2011年7月4日号 太字僕)

 杉村太蔵(親しみを込めて敬称略)は2005年に衆議院議員となってから16年間で著書を2冊しか出していない。2014年10月発行の『バカでも資産1億円 「儲け」をつかむ技術』と2021年4月発行の『〝投資〟〝副業〟お金の基本がゼロからわかる 稼ぎ方革命 』。どちらも読んでみた。彼はほぼ橋本治(崇敬を込めて敬称略)の示した通りの道を歩んでいる。
 ここんとこしばらく、杉村太蔵をテレビで見るたびに、まともなことばかり言うので驚いていた。そして橋本さん(尊敬を込めて敬称)の慧眼に改めて感服し、自分が今さら「そのこと」に気づいたのを恥じた。
 議員時代のことはほとんど覚えていない。名古屋から持ってきたテレビがどうがんばってもフジテレビだけ映らず、大好きな『めちゃイケ』が見られないことにすべてのやる気をなくしてほとんどテレビを見ていなかった時期なのだ。バラエティタレントとしての杉村太蔵は初期(2010年9月19日に「サンデージャポン」初出演)からけっこう好きだったが、「杉村太蔵は面白いなあ」という、まさに「お笑いの人」としての認識であった。
 橋本さんは、いったいどこまで「わかって」いたのだろうか。杉村太蔵の能力について。杉村太蔵が実はその初めから努力と思考と行動の人であって、落選後どころか当選前から着実に「勉強」を重ねてきていたことを。そのあたりはたった2冊の著書に集約されている。『バカでも資産1億円』は自伝的要素が強く、『稼ぎ方革命』には彼の思想とその実践について詳しく書かれている。
「公募のレポート一通で」と上記引用にあるが、なぜそのレポートが書けたのかといえば、すでに彼にその能力があったからである。そしてそのレポートを書いたあとも、自民党に望まれて「教育についての論文」を提出しているし、何度も面接も受けたうえで候補者となっている。そのすべてで彼は能力を発揮している。だから通ったのである。決して運と勢いだけの人間ではない。2冊の著書に書いてあることがウソだらけであれば別だけど、そんなことはないと思う。

 杉村太蔵は大学を中退して派遣社員としてビルの清掃をしていた。するとそのビルに入っている外資系証券会社「ドイツ証券」の偉いドイツ人に「ウチの会社に入りなさい」とスカウトされる。なぜ彼が見込まれたかといえば、「全力で掃除をしていた」ことと「受け答えに魅力があった」ことと思われる。そのドイツ人も杉村太蔵の能力を見抜いていたわけである。筆記試験と面接までの1週間、死にもの狂いで英語をやり、「証券外務員の参考書」を買って勉強する。そして見事に入社する。
 それから「レポート」を書くまでの1年強、彼は証券会社でさまざまな「努力」と「勉強」を続ける。「レポート」の内容も株価や金融に関することだったそうだ。ちなみに続けて書いた「教育について」の論文は、「教育における規制緩和」をテーマとしたとのこと。
 本人の弁によると、国会議員としての仕事もしっかりやっていたようである。失言によって辞職したわけではなく、4年間まるまるつとめ上げている。それなりに信頼もされていたようで、党関係者約3000人を前にしての「立党50年宣言」読み上げを任じられ、400字ほどの原稿をサプライズで暗誦してみせたエピソードなどは感動的。能力、胆力、行動力に恐れ入る。これは1冊めの著書に詳しい。

 2冊めの著書は(ある種のマウンティングとして)2020年6月9日に武部勤から電話があり、小泉純一郎、二階俊博、山崎拓、中川秀直との宴席に突然呼び出されて3分後に到着した、というエピソードから始まる。
 この『稼ぎ方革命』という本は徹底して「お金」の話だが、彼のフィールドは「政界」「芸能界」「民間」と広く、単に副業や投資について語っているのではない、他の人にはまず書けない内容になっている。
 彼の話は地に足がついている。実用的である。とりわけ、無料の社会的リソースを使い倒そうという提言には力がある。役所への相談は無料だから使うべし。銀行や信用金庫も、無料で金融のプロに相談できるのだから使わない手はない。議員の利用もタダである。地方議員ならメール一本で会ってくれるし、国会議員でも地域の問題などについてグループ単位で声をかければ意外と簡単に会ってくれるそうだ。具体的には5人以上が集まれば「地元選出の国会議員は会ってくれます」とのこと。これは「選挙に行きましょう」よりもおそらくずっと実効力がある。
 選挙に行くこともけっこうだが、それで変わるのはたったの1票である。ところが実際に議員に会ってみたとする。その印象を近所の人に話す。その噂は町中に広がる。投票に行くのが年寄りばかりだというのは、むしろ好都合かもしれない。彼ら彼女らの噂話は喫茶店や床屋さん、町のあらゆるところを伝って広まっていく。民主党政権が実現したのも、「政権交代すべきよねえ」という雰囲気が、喫茶店や床屋さんを伝って広まったからではないか? と僕は思っている。(そしてその火付け役はやしきたかじんの『そこまで言って委員会』だったと思っている。放送されていなかったので東京の人はピンとこないかもしれないが、地方でのあの番組の影響は当時、絶大だった。橋本徹もこれのレギュラーでなければあんなに力を持てたか怪しいし、安倍晋三も第2次政権前から複数回出演してはヨイショされ、支持基盤の強化に一役も二役も買っていたはずだ。)
 地に足のついた彼の2冊めの著書では、投資や副業のアドバイスもじつに地道で具体的なものだし、実現可能性の比較的高そうな政策提言も多数あって、いずれもなるほどとは思えるものばかり。買って読んでみてください。

 橋本治さんは「まともな政治家を生み出す」ためには「若い内に一度政治家になり、“ああ、これじゃだめだ”と反省し、落選してその後にやりなおす」プロセスを提案している。それは「政治家って、本当のところどんなもんなの?」ということを、政治家以外の人間が知らない、ということを問題としているからだ。その点で橋本さんは杉村太蔵に注目しているというのだが、もう、まさしく杉村太蔵はそういう存在でしかない。
 杉村太蔵は政治を知っている。自民党の国会議員として4年間、国政についた。小泉純一郎だけでなく安倍晋三ともそれなりに仲がよいらしい。彼は投資を知っている。証券会社に勤務し、個人としても投資で成果を上げ続けている。また株だけでなく、地元の旭川を中心に民間への直接投資も進めている。彼は民間を知っている。テレビという芸能界のど真ん中におり、国民からバカにされて親しまれ、全国をロケや講演で飛び回る。慶応の大学院に通ってベーシックインカムを研究し、地元の北海道で社会実験も行っている。また彼自身が商社の経営者でもある。
 そんな人間はほかにいない。杉村太蔵はすごい。

 では、彼は政界復帰を狙っているのだろうか? そうかもしれない。だが、彼は第1の著書によれば「一品加える」「台本を超える」人間である。
 杉村太蔵は明らかに政治を意識している。2冊めの著書には旭川信用金庫との関わりや、旭川駅前のシャッター街を利用した商店街事業への投資、音威子府村でのベーシックインカムを応用した地方活性化実験などについて書かれている。どう見ても地元を地盤としてふたたび立候補することを視野に入れているとしか思えない。だが彼の発想は「自らがふたたび議員になる」というところにはとどまらない。

 もう少し投資家として成長したら、いずれは政治に志を持つ人を支える会社をつくりたい。各党の公認を得て立候補し、ある程度の票をとって落選した場合には、その人をその後10年にわたって経済的に支援する、といった会社をつくれればいいなと思っています。そのために、投資家としてお金を出す。この本で繰り返し述べてきた、「投資家目線」での社会変革の一つです。
(杉村太蔵『〝投資〟〝副業〟お金の基本がゼロからわかる 稼ぎ方革命』「おわりに」P270、2021年4月発行)

 ここでいう「投資家として成長したら」というのは、「株などをうまく運用して資産を増やしたら」ということではなく、もちろん「投機」によって財をなすということでもない。「民間に投資することによって社会を変えていく道筋が確立してきたら」、というくらいの意味だろう。旭川市や音威子府村での活動に精を出しているのは、地盤固めでもあり、「投資」の練習でもあるのだと思う。

 おそらく、これは勝手な僕の想像だが、彼は今のところ「一人一人の一票」というものを大して信じてはいない。議員に直接会うことのほうが(彼はそんな言い方はしていないが)意義があるし、(本にそう書かれているわけではないが)それをきっかけに世論(多くの票)が動いていくこともある。一人が一票を投じるだけでなく、一人で何票も動かせる方法を考える。20万票を得て当選した政治家を直接動かせたら、20万票を動かしたと言える。噂を流して50人が投票先を変えたら、50票を動かしたことになる。
 議員を動かそうとか、噂を流そうといった話は、杉村太蔵はしておりません。僕が言っているだけです。彼はあくまでも「議員に相談しよう」というアドバイスにとどめている。ただ、こうは書いている。「国会議員にとって、地方議員の応援というのは非常に重要です。そこで『○○議員は地元の有権者を大事にしない』という評判が立つのはとてもまずい。というわけで、都道府県議会議員から声を伝えてもらえば、会ってもらえるということもありえます。」(『稼ぎ方革命』P56)
 国会議員を直接動かすのは難しくても、有権者→地方議員→国会議員という流れを作ってしまえば、影響を与えられる可能性はある。ということは、たとえ50票しか動かせない噂話でも、地方議員の選出に多少でも影響させられれば、回り回って国政にも影響を与えたことになりうる。たった一票を投じることしか考えないよりも、政治(世の中)に与える影響はずっと大きくなる。議員はやはり「評判」を気にするのだ。
 そして、そのように政治や政治家が身近になることで、候補者を見る目も養われ、一人一人が有権者として成熟していく。すなわち日本の民主主義が成熟していく。杉村太蔵が直接言っているのは、これである。
 最終的には「一人一人の一票」が大切だという考えに落ち着きたいはずだが、今のところ日本の民主主義なるものはそこまで成熟してなどいない。だからその過渡的な(?)時期には「一人で何票も動かす」ことを意識する人が多いほうがいいのではないか、また、票よりも「投資」などほかの方法による社会変革に多くの力を割いたほうがよいのではないか、というようなことを、少なくとも僕は考えています。

 杉村太蔵に関しては、橋本治さんの予言が当たった……というか、「提言をなぞった」形になっている。まるで杉村太蔵のほうが橋本さんの言葉に寄せていったかのように、まさにその通りになっているのだ。彼は「26歳から30歳までの間に国政の中心近くにいた人間」だが、それがいったん現役を退き、芸能界(お茶の間)や投資事業、民間企業などに関わることで「外堀」を着々と埋めていこうとしている。いつか何らかの形で政界に返り咲くことを僕は「ある」と見る。彼自身ではなく「杉村チルドレン」の当選かもしれないし、まったく違ったやり方をとるのかもしれない。杉村太蔵が総理大臣にでもなったら、若い頃から彼を知る僕たちは大爆笑しましょう。北海道知事くらいなら「まあ、そういうこともあるだろうな」と思えるような存在ではあると思う。

2021.6.3(木) 雑記 予告やメモなど/後継

 予告 こんど杉村太蔵について書きます。杉村太蔵はすごい。
 岩泉舞先生の新作『MY LITTLE PLANET』についても何か言いたい。
 夜学バーHPのリニューアルを一応終えた。もう何が正解かわからないが、ともあれ構造をややシンプルにした。こないだまで左上に「三」みたいなのつけて引き出しメニューをやってたけど、ああいうのは背伸びだったな、僕には。もうちょっと身の丈に合った作りにしました。読みにくかったらすみません。ご意見ください。ちなみにSafariだとスクロールしないので本来の動きを確かめたい人はべつのブラウザで試してみてね。
 2000年度と2020年度の日記を来月11日までに書籍化したくて、添え木(副管理人)の力も借りて割と順調に進んでいる。値段は未定だけど、ページ数が多くて少部数になるので安くはない。少部数って4冊とかですよ。4冊限定。ヨヤクがあればもっと作るけど。まだ値段決まってないけど絶対買うって人はぜひヨヤクしてください。
 こないだ試算したら500ページの場合、原価が2500~3000円。利益ほぼゼロで売っても、日記だけで1年に1冊として21冊ぶん、約60000円です。利益ほしいので4000円としたら80000円。いやー、買ってほしいな。誰が買うんだ。いずれにせよ少しずつ制作するので少しずつ買ってくだされば幸いです。
 実際のところ原価2000円で3000円で売れるくらいだとちょうどいいな。なんとかがんばってみます。
 ああそうだ、歩いて4キロ(歩かなくても4キロ)くらいのところによく行く喫茶店があるのですが、マスター(80代)から「ゲーム台の調子が悪くなってきたけど、直せる人がいなくて困っている」との相談を受けた。僕に修理は難しいだろうし、友達にも心当たりがない。お父さんだったら直せそうな気もするけど名古屋だしなあ。と思っていたら「SNSに投稿したことありますか?」と言われて、ああSNSという手もあるなと思って投稿してみたら、けっこうな反響があり、その日のうちにお手伝いしてくださる方が現れ、翌日に来てくださった。いま部品を探していただいているところ。
 高齢のママの代わりにペリカンのパンを仕入れたり、高齢のマスターの代わりにゲーム台の修理の仲介をしたり、そのていどのことだけど役に立てて本当に嬉しい。すばらしいものをできるだけすばらしい形のまま残していくことだけが僕の役目。SNSなどで広めてお客を集めたり、余計な口出しをしたり、ましてやお店を買い取って後を継いだりなんてことは、僕の仕事ではない。それは愛する時間をねじ曲げることでもある。今そこにあるもの、ずっとそこにあったものに寄り添っていたい。可能な限り気配を消して。しかしほんのりさわやかに。「若い人がくる」というのは、ものすごく大事なことなのである。しかし「若い人」ならば何でもいいかというと、そういうわけでもないのだと思う。なんとか違和感のないように、だけどちょっとの活力となるように、さりげなく通って存在したい。
 50年もペリカンのパンを出していたお店からペリカンのパンがなくなってしまったり、おじいさんたちが楽しみにしている麻雀のゲーム台が使えなくなってしまったり、というのは、防げるものなら防ぎたいのだ。そういうときだけは僕だってちょっと出しゃばる。すばらしいものをできるだけすばらしい形のまま残していきたい。彼らが生きている限り。本当はずっとと願うけど、なかなか難しいのもわかっているから、せいぜいそうやって僕はいろんなことを感じて学んで、すばらしい老人になっていこう。それが僕なりの後の継ぎ方なのら。

2021.6.2(水) 女を売った金で女を買う

 風俗店を営む人が客として風俗店に行ったなら、それは「女を売った金で女を買う」である。コンカフェ(メイドの店含む)の経営者が風俗店に行くのも「女を売った金で女を買う」だし、コンカフェ(メイドの店含む)の経営者がキャバクラやガールズバーやコンカフェ(メイドの店含む)等に行くのも、「女を売った金で女を買う」である。実際コンカフェ(メイドの店含む)経営者でコンカフェ(メイドの店含む)やキャバクラやガールズバーやピンクサロンやソープランドにお金を払っている人がいるのを僕は知っていて、なるほど女を売った金で女を買っているのだなあと思っている。
 コンカフェ(メイドの店含む)の中には「私たちは女を売っているわけではございません」という顔をしているのもあるが実際は女を売っているのでしかないと僕は思う。「当店には女性だけでなくさまざまな性自認を持った人が働いておりますので女を売っているわけではございません」というのは、女だけでなくさまざまな性(自認)を売っているというだけのことである。
 性を売っているのである。なんにしても。
「違う、われわれはメイド(ないし各種コンセプト)を売っているのである。性を売っているのではない」というのは無理がある。彼らのいうメイド概念の中には間違いなく「性」が含まれている。しかもほとんどの経営者たちはそこから性を引っこ抜こうという努力をしていないし、仮にしたフリはしていても実現はできていない。
 彼らはメイド(ないし各種コンセプト)と、そこに内包される(もしくは、それを内包する)性を売っているのである。
 それは野放しにされている。性風俗店やキャバクラやガールズバーが野放しにされているのと同じように。もちろん各種の「アイドル」も。
 なんなら、女性が店主を務めるスナックも野放しにされている。あの業態もほとんどの場合、広い意味では女という性を売るものである。
 いったい、どこまでが「許される」範囲なのか、ということが、これから検討されていくべきだと僕は強く思う。
 性を持つ者は性を求める。それは自然なことかもしれない。
 おばあちゃんのスナックにおじいちゃんたちが集まる、それは自然なことである。
(おじいちゃんたちはおじいちゃんのスナックにも集まるが、それはそれで性とはあまり関係なく自然なことである。)
 どこまでを自然の範囲として、どこまでを「許す」とするか。
 その認識がみんなバラバラだから、チグハグさに泣かされる人が出てくる。
 そこにできるだけ欺瞞がないようになるといいなと願っている。
「女を売っているのではありません」という顔をして、女を売り、その金でしっかり女を買う。
「女を買っているのではありません」という顔をして、しっかり女を買う。
 その顔に騙されてしまう人たちがいる。
 それで知らずに売り過ぎてしまう人もいる。
 しっかりと、売る人も、売らされる人も、買う人も、それを外から眺める人も、共通認識をもてればいいのに。

2021.6.1(火) 読書と筋トレ(趣味について)

 読書が自己目的化する
 すなわち本が好き! とか本を読むのが好き! みたいになっていることと
 筋トレをすることは似ていると思った。
 相違点もある
 筋トレは目に見えて効果が出る(基本的にはそのためにする)が
 読書は筋トレのような身体の変化はない
 しかし読書は「○○という本を読んだ」「○冊読んだ」という具体性を持つ。
 また「面白かった」などの形で評価を下すこともできる。
 ただそれらはカブトムシとクワガタムシくらいの違いな気がする。
 同じ蜜を吸う、似たような色した昆虫である。

 現場でたくさんのセメントを運ぶことによってついた筋肉と
 筋トレでついた筋肉と
 同じだろうか? たぶん違うのである。
 筋肉そのものの質も違ってくるはずだし、
 伴って身につく技術も違う。セメントを運ぶ技術と筋トレの技術である。
 筋トレが趣味ならば筋トレの技術が上がるのは喜ばしいことだろう
 趣味というのは閉じている
 その趣味の中で完結することを趣味と言うのである。
 自己目的化こそが趣味の原則であって
 読書が趣味の人は読書という行為の中に閉じていて
 むしろ趣味としてはそれが当たり前とも言える。

 趣味は趣味でよい
 だがその場合 趣味を趣味とわきまえたほうがよい
 閉じている限り 趣味でしかない
 そしてもし開くのならば それは趣味の域にとどまらない
 そのことは自覚されなければならない
 趣味の域を飛び出したいならば 開く 世の中に開く 外に開く
「趣味だから」という言い訳は通用しなくなる
 言い訳したいのならば趣味を趣味としてわきまえ とどめ 決してそこから出ないこと

 そうすると僕には趣味がない、いや、あったとしてもほかの誰にも知られないようにしているだろう。ごく身近な人には話したことくらいあるかもしれないが。あまりお外には持ち出さない。
 開いた瞬間、それは趣味ではなくなる。それが嫌で出さないのではない。出したくないし、出す意味もないから趣味にとどまっているのだ。
 それはその中で完結しているものだから。

 趣味を外に開いて、それでも趣味と言い張ることはできる。でもそれはよくないことだ。
 ちょっと例を考えてみる。
 本を読むことによって賢くなったり、考えることが増えたり変わったりする。本に書いてある内容を何らかの役に立たせたり、引用して人に伝えたりもする。そのとき本を読むことは「趣味」にとどまるだろうか?
 読書を読書にのみ役立て、伝える相手が趣味仲間に限るならば、それは趣味にとどまると言えるだろう。しかし読書を読書以外の役に立て、伝える対象を広く持つならば?
 それは世の中への干渉。他者への働きかけ。
 それは世の中を変える可能性を持つ。他者を動かす可能性を持つ。
「趣味」と言い切ってしまうのは、無責任に思ってしまう。

(うーん、もちろん、趣味が趣味からいっさい漏れ出さないケースなど厳密にはないのです。どうしたって趣味はその趣味の外側に影響を与えてしまう。それは程度問題ということで。ある程度までは誤差ということで……。)

 たぶん、「本が好き!」と言っている人たちのほとんどは、このような意味においては立派に趣味にとどまっている場合が多い。ただ、たまに「読書はよいことです」などと広くうったえかけるような人もいる。それはもう政治活動に等しい。
 世の中を変えうるおまえの思想を「よいものです」と他者にプロパガンダしておいてそれを「趣味です」と言えてしまう人がいたら、ウソだろと思う。詐欺師の可能性がある。
 ちなみに僕は、主として世の中をよくするために本を読むのであって、断じて趣味などではない。なんなら読書という行為それ自体はちょっと嫌いなくらいだ。手も目も疲れるしお金もかかる。肩がこり姿勢悪くなる。時間もとられる。情報を得る効率もよくはないし快感もたまにしか得られない。
 しかし僕は読書を「よいものです」と言うだろう。なぜならば世の中をよくするにはかなり役に立つ行為だからである。みんながそれぞれ、一人の時にできて、それによって賢くなったり考えることが増えたり、(よきほうへ)変わったりする可能性が高いから。みんながそれを(適切な仕方で)いっぱいするようになれば、どちらかといえば僕に心地よい世界に変わっていくのではないかと思うのだ。
 僕が「読書はよいものです!」と言うとしたら、それは世直し運動のようなもの。
 散歩も世の中をよくすると思っております。

 では、筋トレは世の中をよくするだろうか? 僕は(歩いたりセメントを運んだりすることに比べると)そうは思わないので、これを「よいです」とは言いません。歩いたりものを運んだりして自然に筋肉をつけていくほうがいいと思う。必要なだけのエネルギーを摂取するだけでいいのだ。無駄に食べるのはもったいない。筋トレをする代わりに歩いたりものを運んだりするほうがむだがないと思う。そのようにして生活に役に立つぶんだけの筋肉をつけることは、世の中をよくするかもしれません。
 もちろん筋トレによって世界はよくなる! という主張もあることでしょう。それは筋トレがその人にとって心地よい世界を導いてくれるということで、それは価値観というか、好む世界観の違いというだけ。
 僕が言う「世の中をよくする」というのは、「(自分の知覚する世界を)自分の好む世界観に近づける」ということなので、非常に独善的な発想で、他の考え方との戦争でもあります。
 それを「趣味」と呼んでしまうのは、ちょっと卑怯だと思っています。

(筋トレをするな、という話ではないです。筋トレが趣味にとどまるならば、それは何とも関係のないことです。プラモを作るのと同じです。また、ある目的のために即席に本を読んだり、ある目的のために筋トレで即席に筋肉をつけたりするのは、「手段」として当たり前のことだとも思っています。)

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尾崎昂臣/ジャッキー
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