Entertainment Zone / 少年Aの散歩 Since 2000.7.11
はじめに 過去の日記 BBS Mail  夜学バーtw まなび文庫 存在への対価

・重要な記事 複数の人に同時に話しかける/神禁
・夜学バー日報最新情報文通(12)
講演会 ・9月頭の旅記→諦めてません

■もくじ■
2021.5.14(金) #かわいいぼく
自伝
2021.5.11(火) 死者との腐れ縁 c/w 孤独に死す、故に孤独。
2021.5.9(日) 彼の孤高を見習いたい
2021.5.6(木) 被支配の自覚
2021.5.5(水) 発達が障害されてますから…😺
2021.5.4(火) ゴールデンウィークという常識2
2021.5.1(土) ゴールデンウィークという常識1
2021.4.27(火) セルフ聖地巡礼(自伝2)/西に開く
2021.4.25(日) 自由忌(ALL HARMONIES WE MADE)
2021.4.24(土) 緊急事態宣言
2021.4.22(木) 補足と覚書
2021.4.21(水) 古典に旅だつ
2021.4.16(金) 実績は真っ先に自分を騙す
2021.4.9(金) 雑記 神通力(予告編)
2021.4.4(日) 雑記 時間は人と比べられない
2021.4.3(土) うまくいっていない人は歩きましょう
◇この直前◇

2021.5.14(金) #かわいいぼく

 Twitterで「#かわいいぼく」というハッシュタグをつけ、喫茶店やお豆腐屋さんなどで可愛がってもらったり良くしていただいたりしたのを記録している。元ネタ(初出)は2019年8月6日のできごと(書くのが遅くなって10月のページに記載)なので、「かわいいぼく」という言葉が僕に住みついたのは意外と最近だったらしい。
 たぶん何度か書いたし先日の「自伝」でも話したのですが、2015年4月から2017年7月までの女子校勤務のなかで僕は「かわいい」ということの正当性を得た。自然にふるまったら自分はかわいいのだとわかった(みんな優しいからかわいいかわいいと言ってくれるのだ)し、そのほうが授業も生徒との関係もうまくいくようだったから、「これでいいんじゃないか」と思えた。時を同じくして、僕のことをかわいいかわいいと言ってくれる人が現れた。たぶん女子校にいたことによってそれまで抑えていたかわいい自分をよそでも少しずつ開放していけたのだろう。「女の子みたいかわいい」等々と閨等で言ってもらえることは昔からあったけど普段からそれで別にいいんじゃないかと思えるようになってきた。そのダメ押しが徳島での「かわいいぼく」事件(事件なのだ)であった。
 もっと若いうちに「かわいいぼく」を会得しておけば得することも多かったとは思われど、そしたらたぶんけっこう嫌なやつになっていたろう。今でさえこんなことを書くときっと「は? 何言ってんのキモ」「アピールおつ」「自分好きすぎ」「お前の中ではな」「黙ってりゃいいのに」といった冷徹な反応をされているんだろうと毎度心が苦しくなる。だけどあえて言うことに一定の意義ありと信じるゆえ記す。
 世阿弥は若いうちの美しさを「時分の花」として区別し、真の花盛りを30代頃とした。その後もまことの上手を極めた達人であれば花は枯れぬという。いま30代半ばの僕がもし(自分で思うように)花盛りにあれば、あとは死ぬまで咲かせられるよう努めるのみ。すべての初心を引き連れて。楳図かずお先生をお手本にいたします、もちろんとてもかないますまいが。

 実家に帰ればいつもかわいいぼくである。甥や姪がたくさんいて両親はすっかり「じいじ」「ばあば」となっているが、子を持たぬ末っ子の僕が帰省するときは「お父さん」「お母さん」となる。コーヒーを入れてくれたりブロッコリーを茹でてくれたりする。そのとき僕はかわいいぼくで、二人ともそれを喜んでくれているはずだ。今のところ僕にできる孝行はそのくらいなので、せいぜい頻繁に顔を見せるようにしている。年に何度も寄っていて、一年以上あいたのは今が初めて。
 祖母に対してもかわいい孫でい続けるのが一種の義務と思っているし、お年寄りの営む喫茶や飲み屋や豆腐屋さんなどに足繁く通うのもそれに似ている。「かわいいぼく」みたいな人がにこにこやってくることを嬉しく思ってくれる人はいる。僕のアーバン商売への貢献。
 わずかでもそれで、世の中がよくなるのではないか? という希望をこめて。

 たとえばお店をやっていて、入ってくる人がぶすっとしているよりもにこにこしていたほうが気分がいい。「かわいいぼく」の思想は、そのように世の中の景観をよくしたがる。みんながかわいくないよりも、みんながかわいいほうがよいはずだ。みんなでかわいくやりましょう。

 7時間にわたって自伝を語りました。アーカイブあります。
 
講演会もよろしくね。


●自伝いいます YouTubeライブのURL

 5月12日(水)は60日にいちどの庚申の日で、朝まで眠るわけにはいきません。いつもならお店や野外で人々と過ごすのですが今回は趣向を変えてまたYouTubeライブでもやります。23時半くらいから朝4時半くらいまで。自伝でも語りたいと思いますので、「話してほしいこと」「聞きたいこと」等々をメールフォームから送ってくださいませ。それをもとにして組み立てるので、一通一通がかなりダイレクトに構成に反映されます。ちゃんと進行表みたいなのを作って、聞くに堪える内容に仕上げる……つもりですので、できれば早めに。そして何度でも。一般的なことでも踏み込んだことでも何でもかまいません。匿名でも送れます。
 追記:みなさまありがとうございます。9通ほど届いています。きわどいものもありますがすべて(工夫して)盛り込みますので、もっともっとください! 目標100通!(5/9)
 追記2:9通で止まってます。もっとちゃぶ台! 複数回かまいません。(5/11)
 追記3:最終的に33通(!)いただきました。ありがとうございます!(5/13)

2021.5.11(火) 死者との腐れ縁/c/w 孤独に死す、故に孤独。

 2011年2月19日を命日として西原夢路は死にました。当時の日記によると訃報に接したのは21日。23日にお通夜に行った。その時に聞きそびれて今日まで命日を知らなかった。今さら彼の父親から教えてもらった。10年ぶりに交流させていただいた。
 西原は本名ではなく筆名で、インターネット上でもそう名乗っていた。学校の同級生だったので基本的には本名の名字に「くん」をつけて呼んでいたがネットで知り合った人たちの集まりなどでは「西原ァ!」などと呼ぶこともあった。今はだいたい「西原」とか「西原くん」と呼んでいて、本名の「○○くん」は口にすることがない。
 彼の家族と話すときには、相手も同じ名字なわけだからなんか変だし、下の名前は一度も呼んだことがないのでもっと変だ。仕方なく「彼」などというよそよそしい代名詞を使うことになってしまう。今後ふたたび呼ぶ可能性があるとすれば同じ大学の同級生や先生と話すときだけだが、綺麗にまったく交流がない。「○○くん」という呼び名は西原本人に対してしか使うことがなく、その西原はもうこの世にいないので、僕からはほぼ永遠に発音されることがない。○○くんは本当に死んでしまった。
 ただ、ネットで知り合った友人の中に「本名派」(?)の人がいて、その人と話すときには「○○」と言うこともある。だけどそこには原則「くん」がつかない。微妙な差異だけど、なんだか全然違うのだ。

 死後10年以上経っていきなり彼のお父さんにメールをした。10年前に届いた封書に(簡潔な名文とともに)アドレスが書いてあったのだ。というのも一昨日、近所のもんじゃ焼き屋さんに入って、「やっぱりここには来たことがある」と確信したからである。それは彼との記憶ではなく、彼のお父さんとの記憶だった。彼とも来たことがあったかもしれないが、だとすれば15年くらい前のことなので思い出せない。
 今、彼について考えていることの核心は彼のお父さんへの二通のメールに記し尽くしてしまったのでここには書かないでおく。書きたくないのではなく同じことを書くのが面倒というだけで他意はない。ともかく覚えておくべきことだけを書くことにしよう。

 彼が生まれて10歳くらいまで育った家は、今僕が住んでいる家の町内にあって、500メートルほどしか離れていないということを初めて知った。郵便番号も同じ。ちなみに彼が死んだ家は、今僕が住んでいる家から1500メートルほどのところにある。二度行ったことがあるが正確な位置を忘れてしまっていたので改めて聞いてみたら、引っ越してから100回くらいは通っている道にあった。もんじゃ屋さんはそのすぐそばで、それよりも近いPという喫茶店には幾度となく通っている。
 僕は本当によく散歩をするので、彼の生家も死家も、その前を数え切れないほど通り過ぎている。さらにどちらも湯島のお店に向かう「通学路」にあるから、自転車でもよく通りかかる。
 もっと言えば彼の死家というのは彼のお父さんの実家でもあって、六十年以上前からこの土地をよく知っているわけだ。もんじゃ屋さんのおばあさんについて「俺が中学生の頃は、娘さんだったよ」と仰っていた。僕が一番大好きだった(昨年末閉業した)喫茶店のことも知っていた。なんだか、ものすごいことだ。時間を愛する僕にとっては。

 もちろん僕は、意識して彼のゆかりの地に引っ越したわけではない。そんな感情は持っていない。本当にたまたまである。10歳頃から就職するまで、彼は埼玉県に住んでいた。僕と彼との交流のほとんどは埼玉時代のもので、生前に一度だけ本所のその家に行ったことがあるが、当時は彼はそこに住んでいなかった。まだ祖父母(あるいはそのどちらかだったかもしれない)がご健在だったと記憶している。2011年のこの日記では「そこから隅田川の花火を見た」と述懐しているが、実はその明確な記憶は残っていない。二階に上がって窓から景色を見たのはよく覚えている。その後一緒に酒でも飲んだはずだが、ほかに誰かいたか、どこで花火を見たか、あるいは見なかったか、何も覚えていない。どなたか教えてくださいませ。
 しかし、あのあたりを歩いたような記憶はある。その頃だとまず間違いなく練馬区富士見台から自転車で行っているが、家の横にでも停めたのだろう。その時に例のもんじゃ屋さんにも行ったんじゃないだろうか。彼はいろんな人を生前そこに連れていったようだから。だけどなぜだろう、全然覚えていないのだ。西原については記憶がまだらなところがある。

 一緒に自転車で東京から岐阜の白川まで走ったことがあって、箱根の山を越え、そのまま名古屋まで走って僕の実家で一泊して、関市を経由して白川まで上っていった。そこで彼のもう一つの祖父母宅にお邪魔して、おいしいお水を飲んだり、ちょっと散歩したり、妹がドラクエ5をするのを眺めていた記憶は鮮明にあるが、泊めていただいたかどうかは覚えていないし、どうやってどこまで帰ったかも覚えていない。シャーッと山を駆け下りて名古屋の実家まで戻ったような気はする。おぼろげに、「いやー、もうこのまま名古屋まで戻りますよ」と言って帰ったような気もする。でも確信がない。泊めていただいたとしたら一宿一飯の恩義を忘れた悪いやつになってしまう。記憶というのはそういうものだとわかってはいるが、特に不思議な抜け落ち方をしているような気がする。鬱で薬漬けになったことや、絶交されたり、死んでしまったのがショックで、記憶に蓋をしてしまった可能性はある。そういうケースが、ほかにもあるので。(「自伝」で語るかもね!)
 でもこういうのは、ちょっとした道すじを与えてもらうと、たとえば一つでも間違いない確かな事実を教えてもらえたら、そこからするすると記憶をたぐり寄せられる可能性もある。ただ、その最も適任たる当人が死んでいるので始末に負えない。ふざけるな。

 もしもの話をすれば、もしあの時、彼が21歳くらいのときかな、病院に行って、鬱の診断を受けて、薬を飲み始めるということをしなければ、どうなっていたんだろう。記憶では彼は、はじめ大学のカウンセリング室かなんかに行ったんじゃなかったかな。それがいつの間にか薬漬けになっていた。で、それがおそらく(個人の見解です)かなり大きな要因となって死んだ。自殺じゃなくて持病の喘息の発作のようなのだが、彼の晩年の生活は酒と薬と煙草と栄養ドリンクと猫と本とラーメンと仕事のストレスがそのほぼすべてだったはず(個人の憶測です)なので、そりゃ死ぬだろという感じだ。彼は僕の家に泊まりに来るときでもちゃんと吸入器を持ってきていて、それを使うのを見たことがある。
 こんなことを言うといろんなところから矢を放たれそうなので普段はあんまり言わないようにしているのだが、友人を悼む一環と思って許していただきたい。薬は薬を呼ぶ。薬を飲むから薬を飲むのだ。そして心身はさらに蝕まれていく。それも含めて寿命だったと言えばそうだ。だけど一方で、僕は薬によって友人に絶交され、薬によって死なれたと思っている。細かいことを書くと長くなってしまうので過去ログを「西原」とでも検索して研究していただきたいが、薬を飲み始めてから彼は明確に変わった。少なくとも僕との関係は変わっていった。僕にとっての「○○くん」はどんどん遠くなっていった。それを薬だけのせいにするのはおかしいとはもちろん思うし、薬だけのせいにするつもりもないが、ともかく彼は薬との付き合い方を誤ったし、薬というものはそれを服用する人に付き合い方を誤らせる性質をそもそも持っているんじゃないだろうか。そのくらいには危ないものなのに、みんな安易に手を出しすぎだよ。
 今の人たちは本当にカジュアルに薬を飲む。向精神薬を当たり前に飲む。「これは(抗うつ薬や抗不安薬ではなく)眠剤だから(大丈夫)」なんて言って飲む。「飲まないほうがいいのに」と僕は思うが、そんなことを言えば「何もわかってない」「あなたにはわからない」といったことを言われるかもしれない。西原からはそう言われた。だから言えない。怖い。縁を切られたもんね。すごい悪口を言われて。
 いま仲良くしている友達にも薬を常用している人がけっこういる。やめたほうがいいのに、と思いつつ、特にそれをとがめることはない。飲むべきではない、と強く思いつつ、べつにそうは言わない。久々にここに書いている。西原は死んでいるので反論もできまいが、僕は君のことを、薬に負けて死んだと思っているよ。あの時僕の言うように減薬していたらもうちょっと別の未来もあっただろうと、答えが出た今となっては勝手に主張させてもらう。しかし当時の君が僕の言うことなんて聞くはずがないし、では当座のつらさを僕が減らすことができたかというと、むしろ僕へのコンプレックスが君を苦しめていた側面も必ずあるんだから、それも難しい話だったろう。結局の所やはり歴史にIFはなく、あのルートしかなかったんだろうなと思ってはおります。
 みんなも、僕は勝手に「薬は飲まない方がいい」と思うし、僕なんかと仲良くできているんなら、どうしても薬が必要なほど重症なわけではない人が大多数だと思うし、一時的にはそうだったとしてもいつかはおくすりなくて生きていけるようにしたほうが絶対いい。そんなことわかってる、って全員思うだろう。西原だってそのくらいは思っていたかもしれない。わかってるけどそうもいかないから困るのだ。言ってもしょうがない。だから普段は言わないでいるんだけど、たまには言っておかないと誰にも届かないのでこっそりここに置いておくだけ。「わかってる」ことだとしても、雪の積もるように。
 西原が薬を飲み始めてからしばらくは、まだ仲良くしていた。だから薬を飲んだら即どうにかなるというわけではない。でもどんどん離れていったね。そりゃ僕は「薬をへらしなさい」と思うし、言うからね。嫌だったろうなあ。申し訳ない。僕のほうはうまくいっているように君には見えたのだろうもんね。留年もしなかったし。(君と違って)補欠合格ではないし!(彼はどうやらけっこう気にしていた。)
 ここには西原のことしか書いてないけどべつにサンプル1つで言っているわけではないです。一応いろいろ見てはいます。やっぱり、いつかは薬や酒に依存することをやめたほうがいい。本当にただ当たり前のことで、「そりゃそうだ」とか「うるせえなあ」としか思われないようなこと。

 それにしても、僕のような友達があり、あんなにすばらしい家族がいてさえ、死んでしまうんだから、寿命だったというしかない。みんなもそれぞれの寿命を全うするだけなんだから、僕なんかが横から何かを言うのはお門違いだ。わかっているつもり。だけどやっぱり、たまには言いたくなってしまう。
 彼は「こうあらねば」と強く思っていた。僕は「こうでありたくはない」とだけ思っていた。実のところ似たもの同士で、教員をやったり小説を書いていた、「一流の漫画読み」としては尊敬し合う僕らの最大の違いは、そこだったと思う。「こうあらねば」は、強いエネルギーにもなるが、その副作用も強い。それを薬で抑えなければならなくなったら、もう潮時だと僕は思います。「こうあらねば」はやめて、「こうでありたくはない」という消極的な美学を意識してみるのはいかがでしょうか。

2021.5.9(日) 彼の孤高を見習いたい

 他人からどう見えるか、を徹底して意識した上で、僕は道の上に寝転んだり飛び石を飛んだりする。
 一人でいる時にこそ道端でふざけたい。仲間がいるから、誰かが見てるからそれをやるというのではなくて。(そういう子供っぽさも嫌いじゃないが。)
 誰かと一緒にいるから木に登れる、というのは恥ずかしい。
 登りたいなら一人でいる時にこそ登らなければならない。
 もちろん傍目には気狂いのように思われるだろう。
 それで困るのは自分ではない。見た人のほうだ。普通の人は気狂いを見ると不安になるものだ。
 だからできるだけ誰にも見られないように木に登ったり道に寝転んだりしたほうがいい。
 誰かと一緒だからこれができる、あれができる、というような「ノリ」はいやだ。誰もいなくても逆上がりをするし、誰もいなくても縄跳びをする。
 そこには本当に誰もいないほうがいいし、仮に誰かに見られたとしても、その人に悪影響を与えないようなやり方をしたい。むしろ良い影響を与えたい。
 家の近所に長い公園がある。川が流れている。週に何度か散歩する。上流へ向かえばスカイツリー。飛び石があって、昔はとても飛べなかったけど、今は堂々と飛ぶ。恥ずかしくもないし、それが誰かにとって良い影響にならんかと願って飛ぶ。
(気狂いにならん)ギリギリの線で
 木には登らない。ちょっと悪いことかもしれないから。
 だけどもしも真夜中、本当に誰も見ていないようだったら、登りたいなと思っているし、登れなくてはならぬ気がする。
 眠れない窓から誰かが見ていてもいい。
 それがどのような影響を及ぼすかは、神のみぞ知る。だけど、できるだけ芸術的に登る。

2021.5.6(木) 被支配の自覚

 いでや、この世に生まれては、その瞬間から自分は支配されているとぞ思うべき。生まれた時点で支配は始まっている。日本に生まれれば日本に支配されている。家庭に生まれれば家庭に支配されている。
 僕は日本とA県とN市とK区とO家に支配された状態で生まれた。O家は早々に自治を認めてくれたし現在は同盟関係のようなものである。A県とN市とK区(ないし住民票を移した先のT都とS区)はただの日本の腰巾着なので、支配という観点で見るなら単純に「日本」だけを考えればいいと思う。

 生まれた瞬間からわれわれは日本に支配されている。国や行政や政治家等々に文句を垂れる人たちは、そのことをちゃんとわかっているんだろうか。われわれは被支配者様にあらせられる(謎の敬語)ぞ。大富豪、政治家、高級官僚といった名家に生まれた場合でさえ、日本の法律から無条件で逃れることはできない(条件付きで逃れることならできる場合もあろう)のだから、多少有利なくらいでやはり被支配者であることに変わりはない。人権も自由も平等もタテマエで、いっさい与えられてなどいない。(概念自体を否定するわけではない。)
 われわれは被支配者なので、時には圧政も受ける。当たり前のことだ。殺されることだってある。そういうものだ。それを必死で避けて、少しでも多くの自由を掴み取ろうというのが人生という時間である。その人生の積み重ねが人類の歴史。何千年何万年の偉大なる先人たちが死屍累々、未来を切り拓きつづけ、おかげさまで随分と暮らしやすくなっているはずだ。われわれはまだこの「人類生」の途上なのである。

 世の中は理不尽である。不公平である。なぜならばわれわれは生まれた瞬間から支配されているからだ。宇宙あり地球あり自然あるのと同様に。地震、台風と同列に。
 諦めにあらず。戦うに必須の前提である。
 何よりもまず敵を知り、己を知らねばならない。
 敵は支配者であり、己は被支配者である。そして支配者というのは金持ちや政治家や官僚ではない。彼らも被支配者に過ぎない。ただ比較的彼らに都合の良い支配が行われているというのはあろう。そこはグラデーション。貧乏人や不器用な愚者にはずいぶんと不利な支配かもしれず、だとすればそれは古代ローマの「分割して統治せよ」という支配の工夫そのものである。それのちょっとだけバレにくいやつ。

 ということは、敵すなわち支配者は、人間の形をしていない。
 だから「ある個人」だとか「ある人々」を糾弾するのはお門違いというか、ほとんど意味のないことだと僕は思っている。そんなのは仲間割れに過ぎない。

「不自由だ」「不公平だ」「政府は何をやっているんだ」そんな声はわざわざ出すまでもない、当たり前のことだ。われわれは不自由であり不公平であり、だから政府がわれわれにとって都合の良いことをしてくれる保証などない。
 われわれは支配されているのである。
 税金が高いのも仕方ない。支配されているのだから。
 知らないうちに法律が決まっていくのも仕方ない。支配されているのだから。
 その代わりこの国はかなり過ごしやすい。われわれは守られてもいる。愛ゆえの庇護ではない。支配である。
 ふだん守られるのが当たり前と思っている平和な人々は、いざ理不尽を前にすると急に「支配だ!」と叫びだす。いや、ふだんから支配されてるんだよ。
「どうして政府は守ってくれないんだ! 税金を払っているのに!」
 違う。税金を払うのは支配されているからだ。「税金を払う代わりに守ってもらう」という対等な契約関係などではない。(もっとも、かりに対等な契約関係だとしたら、「それっぽっちの税金じゃ無理です、もっと払ってください」と言われてぐうの音も出ない。)
 政府に国民を守る義理などない。義務もない。憲法だのなんだのに何が書いてあったってそんなのは言葉だけの建前だ。支配されている者が無条件に守ってもらえるわけがない。ところが国民には納税の義務がある。支配されているのだから当たり前である。アンバランスに決まってる。
 ふだん、何も考えずに税金を払って、何も考えずになんとなく「守られている」ような気になっていると、いざというときに「あれ? 守ってもらえていないぞ?」となる。そりゃそうなのだ、本当は守られないで当たり前なのだ。支配されてるんだから。それをまんまと忘れさせられていたのだ。

 支配されている、という現実を受け入れて、それを前提にすると、「嫌だな」と思う人は思う。じゃあどうするか? と考えるところから、ようやく未来は切り拓かれ始める。
 税金を搾り取られ(=働かされ)、それなのにいざとなっても助けてはもらえない。自分にとって都合の良い世の中になどなりはしない。それでも、取り立てて不満のない時期は黙っている。不満が出てくると声を出したくなってくる。しかしふだん何も考えていないので、どう声を出したらいいかわからない。何をすればいいのかわからない。仕方なく周りを見回す。すでに声を出している人の真似をする。乗っかって、わめく。
 彼らにとって「じゃあどうするか?」の答えはいつも「とりあえず誰かの真似をする」でしかない。ほかにしたことがないのだから仕方ない。そしてそこで終わる。そのうちに「取り立てて不満のない時期」が再び訪れて黙る。「運動」はだいたいそうやって窄まっていく。長く続くのは新参兵が次々と供給される場合。加えて、古参兵が「その運動を続けること」自体を目的としだす場合。
 組織や集団の参加者は、原則として「人真似」をしてそこに入ってくる。すでにあるものに加わろうというのだからそれはほぼ100%「人真似」なのである。その時点で「じゃあどうするか?」という問いは終わってしまう。未来はそこで閉ざされる。もうそこでは、「すでにいる人の真似をする」とか「先にいた人間の良しとすることをする」という道しかない。過去をなぞる機械になる。そうやって新たな支配の中に自ら進んで入っていくのだ。
 支配に慣れた人にとってはそのほうが楽だし心地よい。日本に支配され、それを嫌がって、べつの組織や集団、もしくは「思想」や「主張」に支配されに行く。もちろん、それで日本からの支配を免れることはできない。二重に支配されるだけである。何に属そうと、罪を犯せば裁かれるのだから。

 僕ももちろん日本というものに支配されていて、それを嫌だと思うこともあるのだが、仕方ないのでまずは受け入れる。そのうえで、どのようにごまかしごまかし付き合っていくかを工夫する。そしていつか遠い未来、少しでも嫌じゃなくなるようにがんばる。自分が死んだあとのことも視野に入れて。自分が死んだあと世界がどうなろうが知ったこっちゃないのであるが、遠くを目掛けて投げたほうがきっと遠くまで届くだろう。

2021.5.5(水) 発達が障害されてますから…😺

 短期記憶がバグっている。「覚えよう」と思って覚えることはむしろ得意だが、「覚えよう」と思っていないことはすぐに忘れる。都合の良い脳である。
 以前仙台に泊まったとき、ホテルの錠の暗証番号を出かける前にサッと見て「これは覚えといたほうが楽だな」と思ったので数回胸で唱えておいた。半日経って戻ってきた時にサっと思い出せて自分でも驚いた。こういうのもっとすごい人はすごいので別に自慢にもならないが、とにかく暗記は得意で、根本的に記憶に問題があるわけではない。しかし、どこに何を置いたか、とか、今何をしようと思っていたか、さっきまで何を考えていたか、とかは本当にすぐ忘れる。お店でも、営業が終わったその瞬間にはもうその日に誰が来ていたのか思い出せない。
 こういうことを言うと、「そんなの誰にでもあることだ」と言われる。幼い頃から辛さを訴えるたびそう言われるので、悲しくて、やがてほとんど言わなくなった。この際だからまとめて問おう。「あなたは毎日何十回も何百回もそれがあるのですか?」と。それなら同志だ。辛いよね。

 僕はどうも頭がバグっている。悪く言えば「自分に都合の良い脳」で、意識して「これは必要だ」と思ったこと以外は覚えられない。「何を話したか(何を聞いたか)」は覚えているのに、「誰と話したか(誰が言っていたか)」は覚えていられない。
 おそらくこういうことだろう。「面白い」とか「役に立つ」と感じたことは覚えているのだが、それを誰と話したか、誰が言ったかは「面白い」や「役に立つ」と関係がないから、覚えない。もちろん「誰が言ったか」が「面白い」や「役に立つ」と切り離せない場合は、覚えるのだと思う。まことに都合の良い脳だ。
 良く言えば、「誰が言ったか」をあまり問題としていないのである。誰が言ったから説得力があるとか、女が言ったから意味を持つとか、男なのにこういう発言をするなんて偉いとか、そういうこととは切り離して、ただ「内容」をありのまま聞いている。面白いか、役に立つかを吟味して、覚える。そういうところが僕は「いいやつ」だというのである。(やけくその自画自賛。)
 一応書いておきますが、切り離さないほうが「役に立つ」と思えば、切り離しません。

 頭の中にあんまり「秩序」というものがない。秩序とは固定されたものだ。財布や鍵の置き場所をたやすく決めて遂行できる人は、「秩序」と仲がいいのだと思う。僕は意識のレベルではまったく秩序と付き合えないので、習慣に頼るしかない。家に帰ってきたらまずここに鍵と財布を置く。出かける時はここから取ってここに入れる、といった決まり事を身体に慣れさせていくしかない。
 数年前、新幹線にスマホを置いたまま名古屋で下車し、新大阪まで飛ばせてしまったことがある。かねてより僕は傘でも帽子でも財布でも鞄でも電車に置きっぱなしにしてしまうことがよくあった。それで努力して、電車で座席を立つときには必ず振り返って自分の座っていた場所を見るように習慣づけた。新大阪までスマホを飛ばした事件の時にはすでにその習慣がついていたし、実際下車する時に自分の座っている場所をちゃんとチェックしてから出た。それでどうして忘れてしまったのかといえば、僕はその時スマホを新幹線の窓際に立てて置いていたのである。座席はチェックしたが窓まではチェックしなかったってわけ。
 見えていないのである。秩序がないからだと思う。座席をチェックした時、間違いなくスマホも視野には入っていた。僕はとても目がいいので見えないということはない。たぶんその時は座席にのみフォーカスし、スマホは背景に溶け込んでいた。スマホをスマホとして認識していなくて、模様の一部としてしか見えていなかったのだ。平面の絵のように見ていたのだ。
 頭を打つこともよくある。視界を平面としか捉えていないので、それが近いか遠いか、自分とどのくらいの距離があるか、ということに疎いのである。これも秩序がないからであろう。マンガ脳とも言える。すべてを紙の上のように見ている。
「いま、意識しているもの」以外は、すべて平等なのである。すべてが背景と化し、紙の模様の一部となる。だからお茶もこぼすし、肘で小突いてカップを落としたりもする。事件化することは長年の訓練によってかなり少なくはなってきたが、そのために費やしているエネルギーは膨大である。常にものすごく神経を使って生きている、と思う。それでも毎日こぼすし、落とす。
 記憶についてもたぶん、「いま、意識しているもの」だけがあって、過ぎ去ればすべての記憶が同列に置かれて、一様に背景と化す。つい1秒前に考えていたことも、10年前に考えたことも、みな平等に川原の砂利となる。そこからほしいものを見つけ出すのは至難の業なのだ。

 会話の内容は覚えているが、その相手は覚えていない、というのも、僕がどれだけ言語というものにばかり集中して生きているか、という表れだと思う。その時に交わされている言語(口から発される言葉だけではなく、非言語のものも含めて)に集中するあまり、もっと言えばその時に自分と相手との間にある「関係」というものに集中するがあまりに、「相手」が背景と化している。模様の一部となっている。正直言ってかなり、個人というものをないがしろにしている。
 個人に興味がない、と言ってもいい。「関係」なるものを僕が偏重するのはそのせいかもしれないし、「関係」を偏重するから個人への興味がなくなったという順かもしれない。同時進行かもしれない。そこは別にどうだっていい。
「片想いらしい片想い」なんて一度もしたことがない。初恋は中3(夢の中の少女に恋?をしたのは中2)で、かなり遅いと思うが、それも片想いとはいえないもの。他人に執着しすぎて身を持ち崩しそうになったことは幾度かあるが、やがて執着や恋心なんてのは自分の内側で勝手に起こっている自分本位の現象にすぎず、他人とは一切関係がないと悟った。いつの間にか自称シャカレベ(釈迦級)に達していた。シャカレベが言い過ぎなら準シャカ。恋をしない、中2より以前に立ち戻ったってことなのかもしれない。
 個人に興味がない、関係にしか興味がない。こう言うと冷めた人間と思う人もいるだろうか。まったく逆に考えておりまして、ゆえにこそ僕は熱く強く人を求めるのです。だって「関係」というものは、そこに人がいなければ成り立たない。人と仲良くならなければ成り立ちにくい。「自分」と「相手」がいなければ「関係」はできない。しかし「個人」というものは、単独で成り立ってしまう。そういうものにはあまり興味がない。
 興味がないというか、もしかしたら、自分には認識できない。
 その「個人」がどんな人であるか、決める(規定する)ことができない。したくないのではなくて、不可能。そこに自分にとって都合の良い理屈をつけてみたのが、「だってそんなの失礼じゃん」。

 秩序がない。すべて平面に見えてしまう。その中から、一度に一つのものしか認識できない。「相手(個人)」だけに集中すると、そこへ一目散となって、著しくバランスを欠く。その愚かなることは思春期に知った。
 そもそも「個人などない」と考えるのが自然なのだ。個人など幻想である。そんなものはない。諸法無我。関係しかない。僕なんかに認識できるのはせいぜいごく単純な「関係」くらいのもの。そう思ったほうがずっとスマートに生きられる。
 と、このように偉そうなことを言っているのは、ひとえに僕の欠陥のせいである。「秩序がない」という欠陥をなんとかごまかして生きていくためには、そう工夫するしかなかったのだ。おそらく秩序ある人たちからしたら「個人」なるものを設定したほうが便利なのであろうし、「恋愛」をしたほうが楽なのだろう。
「関係」について考えるほうがずーっと面倒くさいだろう。
 僕はたまたま、大袈裟にいえばすべてのものが平等にしか見えない病気なので、あらかじめ序列やルールを頭に入れて(プリインストールして)おいてそれに従って生きるよりも、その都度結び直される流動的な「関係」に目を向けたほうがやりやすい。秩序を意識するより疲れない。いや、そもそも秩序を意識することがほぼ不可能なのである。たぶん頭の作りがそうなっている。その都度考えるか、身体に習慣づけさせるしかない。前者の自由を謳歌しつつ、後者を駆使して社会に許しを乞うほかないのだ。

2021.5.4(火) ゴールデンウィークという常識2

 22歳前後くらいの友人男女が、代々木公園でピクニックをすると数日前からTwitterで告知していた。いろんなところで出会った友人同士がごちゃ混ぜになって遊べるような会がしたい、ということらしい。「初対面の方も大歓迎」とも書いてあった。おお、いい度胸やないか。5月4日、祝日、快晴、夏日、13時から日没まで。場所は誰でも知っててアクセスも良い代々木公園。ああ、なんと常識的な設定! あたしゃ許しませんよ!
 今日は10時から15時まで、他の人にお店の営業を任せていた。昼過ぎまでゆっくりおうちで休んでから、14時半くらいにお店に寄る。ちらっと覗いて特に問題がなさそうだったので湯島駅から20分ほど千代田線に乗って明治神宮前(原宿)まで。電車はかなり空いていた。立っている人はほとんどおらず座席もすべては埋まらないくらい。しかし原宿の街は、代々木公園は、やはりものすごい人だった。みんなゴールデンウィークという常識に魂を縛られているのだ。
 改めて例の「ピクニック」主催者2人のTwitter(合計3アカウント)をチェックする。「バラ園あたり」「バラ園の近く」「バラ園前」としか情報がない。いいねもせずお忍び(?)で来ているので「着いたよ、どこにいる?」などと野暮な連絡はできない。とりあえずバラ園とやらまで行ってみた。ものすごい人である。ものすごい数のレジャーシート。ものすごい数のおちゃらけた人間たちが、所狭しとボール遊びをしたり羽根つきをしたり、寝っ転がったり騒いだり、あちこちからギャーだのキャハーだのと聞こえてくる。音楽をかけて陽気に踊っている人たちさえいる。できるだけ肉体と近づかないように縫って歩く。まさかそれだけで感染もしなかろうが、怖いものは怖い。その混雑の片棒を担いでいる罪悪感も乗っかって、ちょっと来たのを後悔した。けっこう悩んだんだけど、彼らがどのような環境でどのようにその「ピクニック」を行っているのか興味があったのだ。
 15時10分くらいには代々木公園に着いていたはずなのに、ぐるぐるとバラ園の周りをひたすら歩き回り、ようやく彼らの姿を見つけたのはもう16時くらいだった。つまり、そのくらい代々木公園には人がいたのである。「バラ園前」という情報を得ていてすら、探し出すのに40分前後の時間を要したのだ。想像してほしい。僕がどれだけさみしかったかを……。でも「ごめん、30分くらい探したけど見つからないわ、どこ?」などと野暮な連絡はできない。これは本当に病気のようなもので、まあ発達障害の一種ですね。探し出すと死ぬまで探しちゃうの。彼らのTwitterは13時ごろから一切投稿がなく、もうそのあたりにはいないかもしれないのに。
 僕はこういう催しを見かけたら「行ってみたい」と思うほうなのだ。その中に知り合いが誰もいなくても、いや、いなければなおさら、「いきなり知らない人が現れたらどんな反応をするだろう」と想像し、その答えを知ることが楽しい。「誰でも来ていいですよ」と告知しても、実際本当に何の連絡もなくいきなり登場する人は少ない。それはもう十年も十五年もそういう会を(断続的に)やり続けているからよく知っている。そして自分は常に主催する側か「いきなり現れる」人間として存在し続けてきた。
 大学3年生の終わり頃だったか、学内で「うまい棒祭り」というのが行われていると人づてに聞き行ってみた。会場に着いたらすでにチルアウト気味ですっかり静まっており、うずたかく積まれた(?)数千本の(?)うまい棒の山を前にして10名か多くとも20名程度の学生がたたずんだり座り込んだりして黙々とうまい棒を食べているだけの状態だった。僕は「なんてつまらないんだ!」と憤慨し、乗り遅れをすべて取り返そうといきなり奇声を発しながらうまい棒の山に飛び込み、思いつく限りのあらゆるうまい棒を使ったギャグやら一発芸やらを狂ったようにやりまくった。そこには当然、知り合いなど一人もいない。サークルにも入っていなかったので知り合いの知り合いすらいなかったであろう。「君は何者?」と聞かれても「ジャッキーです!」としか答えようがなかった。その時の主催者とは以降ずっと付き合いが続いている。有名な「タモリ宴会乱入事件」みたいなものであろう。その時のタモリさんも「何者だ?」と問われたら「森田です」くらいしか答えようがなかったはずである。

 室内ではコンサートに同行していた山下洋輔トリオ(山下洋輔、中村誠一、森山威男)が歌舞伎の踊り、狂言、虚無僧ごっこなどで乱痴気騒ぎをしていた。そこに通りがかりのタモリが乱入し、中村誠一が被っていたゴミ箱を取り上げると、それを鼓にして歌舞伎の舞を踊り始めた。山下トリオの面々は「誰だこいつ?」と動揺するが、中村が機転を利かせてその非礼をデタラメ朝鮮語でなじると、タモリがそれより上手なデタラメ朝鮮語で切り返し、中村とのインチキ外国語の応酬に発展。表情を付けてデタラメなアフリカ語を話し始めた際には、山下は呼吸困難になるほど笑ったという。始発が出る時間まで共に騒ぎ、「モリタです」とだけ名乗って帰宅した。(Wikipedia「タモリ」)

 タモリさんが芸能界にデビューするきっかけであった。僕はこれに憧れている、というか、これがすべてだと信じている。
 ゆえに、絶対に事前連絡なしで代々木公園の彼らの居場所を見つけたかったのである。40分かかった。わかりやすい目印の一つでも教えてくれていれば、もっと早く見つけることができたし、「初対面の人」だってひょっとしたら来たかもしれない。まあ、本音を言えば来られても困るのか。実際「炎上(怒られること?)を恐れて」というようなことも言っていたし、今回は身内だけのほうが良かったのでしょう。
 僕はたぶん頭がおかしいので「知らない人であって、いいやつであるような人」を過剰に求める。異常と言ってもいい。そういうふうに人と出会いたい。自分がずっと「入れてもらう側」だったからだと思う。「入れてもらう側」としては、「入ってもいいよ」というメッセージがもらえると非常にありがたいのである。
 僕だったら、こんな時に代々木公園でピクニックなどしない。だって代々木公園には人がいっぱいいるのだもの。はっきり言って、ああいう人たちと一緒になりたくはない。恥ずかしいし、面白くもない。プライドとブランド(?)が傷つく。そんなんだから僕ってば永遠にメジャーにはなれないのだが、だからこそゴールデンウィークに代々木公園ではしゃぐような「常識の人たち」とは別の世界で生きていくことができているのだ。仕方ない。
 たとえば「湯島三丁目児童遊園」とかで僕ならやるかもしれない。何度か下見をして、いつも誰もいないようなら。隅っこのほうにシート敷いて、座して待つ。だって代々木公園である必要って何もないし、僕はむしろ怖い。普通の人はたぶん、湯島三丁目児童遊園のほうが怖いんだろうけど。結局のところ、そういうこと。代々木公園なら、代々木公園に臆さない人が来る。代々木公園なら同じようにシート敷いてる人がたくさんいるから、浮かないし、目立たない。木を隠すなら森の中。湯島三丁目児童遊園だと、一見して「何あれ?」ってなる。きちがいか? ってなる。普通はそんなの嫌だよね。みんなと一緒がいいよね。白い目で見られたくなんかない。代々木公園なら、みんな来てるし、まったく気兼ねない。
 僕も代々木公園の混雑に小一時間にわたって一役買ったわけだし、ちょっとのあいだみんなと遊べて楽しかった。知らない人とも会えてよかった。お店の宣伝もちゃっかりした。若い世代に名を売ることは夜学バーの生命線なのである。それでいいのだ。僕も同じ穴の狢だ。これまでに書いたような内容は「批判」みたいに見られてしまうのだろうが、まあそういう側面もありつつ、ただシンプルに「代々木公園で遊んでるやつなんなん?」という気持ちがすべてに独立してあるというだけである。ほんとに怖かった。こりゃ、ウィルスは収まりませんよ。ほんと。
 何が怖いの? っていうと、「自分とはまったく違う考え方をする人たちがこれだけいる」という事実を、眼前に突きつけられることですね。まったく孤独に感じた。特に友達を探して40分くらい歩き回っていた時。すべてのレジャーシートをしらみつぶしに眺めていった。そこには明らかに自分とは価値観の違う人たちがいる。僕よりもかなり高い感染リスクの中で(進んで)生きている人たちも多くいるはずだ。自分が不要に高い感染リスクの中に生きるということは、ほんのわずか世の中に感染を広めるということともいえよう。大げさにいえば実効再生産数を高める立役者たちである。いい経験だった。そりゃ、ウィルスは収まりませんよ。ほんと。
 彼らがどうして代々木公園で遊んでしまうのかというと、「ゴールデンウィークだから」に尽きる。彼らはゴールデンウィークという常識に魂を縛られているのだ。ゴールデンウィークだから遊びに行かねばならない。そしてそれは「ハレ」の場所でなければならない。それはたとえば、近所の小さな児童公園ではなくて代々木公園のような晴れやかなスポットでなくてはならない。家の中ではいけない。練馬区立富士見台児童遊園ではだめなのだ。普段から常識だけで生きていると、肝心なときに本質が見えなくてつい「いつもと同じ表層」をなぞってしまう。
 もっと独自で面白いことを考えたっていいのに、結局みんな代々木公園になってしまう。みんな忙しいってことなのかな。考えている暇なんてないのかな。休日ってのはそのためにあるんではないのかね!

2021.5.1(土) ゴールデンウィークという常識1

 ゴールデンウィークが始まりました。街には色とりどりの花を持った貧乏そうな顔つきの国鉄の客。上野公園あたりは人がいっぱいで、隣接する上島珈琲店には列ができていたし、カヤバ珈琲という谷中の洒落た喫茶店の前を通りかかったら満席で入れない若者たちが店員さんからその旨説明受けていた。
 僕はお腹がすいたのでAというお店でカレーライスを注文。らっきょと揚げ豆腐とおひたしがついてきた。いつもお年寄りしかいなくて、これまで(まず間違いなく)一度も最年少でなかったことがない。よく可愛がってもらっている。今日もいつも通り。人が増える場所もあれば、何も変わらない場所もある。
 感染症は相変わらず大流行なのだが、人々は「まあ大丈夫っしょ」「そうなったらそうなったで」というノリでおそらくいるようだ。もちろん愚かだと思うが、それが人の常なので仕方ない。その程度の「人の常」しか持ち合わせない我々人類が悪い。
 自分のお店(夜学バー)は5月1日から3日まで「10時から13時」に営業する。4日と5日は別の人に任せる。6日と7日は平日なので「15時から18時」で、8日の土曜日は「7時半から11時半」。少しずつ早起きに身体を慣らせてはいるものの、さすがに7時過ぎに家を出るのはつらいなあ。でも決めちゃったからなあ。
 すなわち原則として、土日祝は朝、平日は夕方。絶妙に行きづらいでしょう。そこがねらいよアクダマン。翌日が平日の日曜日だけは「17時から20時」で、これも同じ意図だけど、やっぱり朝にすればよかったかな、と今は思っている。
 来てほしくないわけではない。むしろすごく来てほしい。だけど混んだらそのぶんリスクも高まるので、難度調整によってコントロールしている、つもり。実際お客は毎日だいたい2〜3名で、5名以上の日はかなり少ないし、1名もなかったのは3月9日以降は1回のみ(4月16日金13時から16時)である。我ながらいいバランスで設定してきたと思う。詳しくは夜学バーの日報をどうぞ。

 いま広がっている変異株は射程範囲(感染力)がかなり大きいという話があって、それがやや気になる。去年の今ごろも、このウィルスがどのくらいの感染力を持つのかがいまいちわからなかったのでのりしろを大きめにとって警戒していたのだが、今回も似たような感じ。他流試合をする人のように、じっと見据えている段階。
 上記の開店スケジュールは、ちょっと前に決めたものだ。当然ながらちょっと前よりは時間が進み状況が変わっていて、僕が予想したよりも「蔓延しそう度(感染が自分の周囲に及びそう度)」がちょっと高い。まだ予定を修正するほどではないが、12日以降はもっと絞ったものにするかも。開店頻度と来店難度を改めて調整したい。
 ニュースを見て、いろんな街に出て人の様子を見て、さらにはもっと具体的に、自分が直接接触しうる人たちの日々の動きを観察して、総合的に「ちょっと怖いな」がいま、僕のお腹の中にある。
 時が経てばまた所見は変わるだろうが、そろそろ自分の周りに感染が発生するだろう、それは一人や二人ではなく、いわゆるクラスタと言われるものだろう、という予感がある。根拠はない。ただ状況だけがそれを匂わせてくる。この辺りでサッと引いた方がいいタイミングだ。サッと引けば自分にそれは及ばないが、引かなければ自分にも及ぶ、そのくらいの瀬戸際と直観している。えー、全く無根拠に
「人の常」のど真ん中に生きる人たちは「まあ大丈夫っしょ」「そうなったらそうなったで」というノリで生活している……ように僕には見えるので、彼らと接触するのは感染リスクが高いし、彼らと接触している人と接触するのもそれに準ずる。「人の常」の中枢と繋がってしまうのが、いまはちょっと怖い。
 日本はクラスタ社会である。階級、階層と言ってもいいが、序列を考える必要はない。教室に発生する「グループ」が大規模かつ抽象的になったような感じ。たとえば中卒というクラスタと大卒というクラスタがある、というように。この二つのクラスタが交わる機会はかなり限られている。だからたとえば、大卒クラスタで蔓延するウィルスは中卒クラスタにはすぐには蔓延しない、と思われる。
 交わることが全くないわけではないので、大卒→中卒という感染の流れもある。ただし、「大卒という一つの巨大クラスタ」「中卒という一つの巨大クラスタ」というふうな一枚岩ではなく、実際は「大卒クラスタA,B…」「中卒クラスタa,b…」というふうに「小さな閉じたクラスタ」が無数に存在しているイメージだろう。大卒クラスタAから大卒クラスタBへは感染しやすいが、大卒クラスタAから中卒クラスタaにはなかなか広がらない。またそれぞれのクラスタは基本的には閉じているので、他のクラスタに一切うつさないクラスタもたくさんあるはず。そう考えると、おそらく「大卒クラスタ」で流行ったウィルスはおおむね大卒クラスタの中で蔓延し、たまに中卒クラスタに飛び火したとしても早晩消し止められて、結局は大卒クラスタのほうにより多く長く生き延びる、ということになるのではなかろうか。
 本当にこれはなんとなくでしかないけど、日本ではこの新型コロナウィルス、ある程度富裕層というか、「お金を使う人たち」の中に多く蔓延しているように思う。特に「お酒を飲むのにお金を使う」人たち。その辺の立ち飲み屋で1000ベロしてる人や、カップ酒持って歩いたり一升瓶抱えてうずくまったりしている人ではなくて、座ったまま何千円も何万円も何十万円もお金を使うような人たち。そしてそのクラスタの外には、意外とあんまり広がっていない。(実感に基づく仮説です。)
 こないだ歌舞伎町を歩いたが、「歌舞伎町だけは集団免疫が成立している」というジョーク(だと思う)があるくらいで、フツーに夜の街を満喫している人がたくさんいた。未来人のために記しておくと、4月25日から5月11日まで(延長の可能性あり)東京都では「朝5時から20時まで」という営業時間制限に加え、「飲食店での酒類提供」も事実上禁止されている。しかし歌舞伎町の人たちは「そんなん知らんがん」(名古屋弁)と夜の街を謳歌していた。いや、もちろん時短したり酒類提供を控えているお店も非常に多いのではあろうが、そうでないお店もものすごく多いのだ。このあたりは4月27日の日記参照。
 いま歌舞伎町にいる人たちのほとんどはおそらく「プロ歌舞伎スト」的なもので、いわゆる歌舞伎町に生きる歌舞伎町の住人たちであろう。上記の僕の仮説でいえば、その人たちの中で蔓延するウィルスは容易にはその外へ出ない。出るとしても、似たようなクラスタにまずは行くだろう。新宿2丁目の住人とか、渋谷や六本木の住人とかへ。ゆっくりと。
 もちろん住宅街にも飛んでいく。中野区や杉並区、練馬区なんかにも。しかし住宅地での感染広がり力は繁華街ほどではない(特に歌舞伎町とは比べ物にならないほど弱い)ので、緊急事態宣言下での比較的おとなしい振る舞いの中でなら自然に収まっていくだろう。それで結局、「元気のいい繁華街クラスタ」のほうにだけウィルスは残る……んではないかと。だから、全体としてはいったん収まったかに見えても、またそこから広がっていく。
 夜の街が一環して「蟻の巣」であることを僕は疑わない。それを絶たぬ限りは蟻も絶えることはない。しかし絶つことはできない。そうなると、本当に歌舞伎町に代表される歓楽街、繁華街の中でだけ集団免疫を成立させるしか道はないのでは? とさえ思う。つまり、そのエリアを隔離して特区とし、そこで遊びたい人たちに優先的にワクチンを接種する、というような。無理なんでしょうけど……。

 今また喫茶店にいる。ここはさっきのお店よりは比較的「見つかっている」お店ではあるけれども、都内でもまあまあマイナーな土地だし「映え」って感じでもないので、基本的には地元の人しかいない。遠方(?)から週に複数回通っているのは僕だけじゃなかろうか。おそらく、いまウィルスの蔓延している「クラスタ」とはかなり遠いところにある。いまちょうどお客は僕以外に一人もいなくて、人に溢れた上野とは(2〜3キロしか離れていないのに)大違いだ。あ、お客がやってきた。座ってアメリカンを注文する。そのテーブルにそっと週刊文春が差し出される。
 ここにいる人たちだって「人の常」で生きていると思うのだが、いったい何が違うのだろう? 人と一口に言ったって、それももちろん一枚岩ではない。人の在り方は多様であって、それをみんなは選択できる。選択の結果、似たもの同士で形成するのが「クラスタ」なるもの。たぶんいま、みんなは知らず知らずと、「自分がどんな人間であるか」を見つめさせられている。自分がどんなクラスタに属しているのか、どんなクラスタと近く、どんなクラスタと遠いのか。
 はっきし言って、普通の人はそれが怖いんじゃないですか? ウィルスのことを意識すると、「自分が何者であるか」と向き合わなければならないので、考えないようにして、「連休だから出かけよう、出かけなきゃ!」という従来の「常識」のほうを取っている。「自分が何者か、自分はどんなクラスタに属しているのか」ではなくて、「今はゴールデンウィークだ」という、より広く普遍的なように見える巨大な世間のほうだけを見つめようとしているのではないですかね? だからクリスマスや年末年始も、あんなに盛り上がっていたんでしょうな。
「考える」なんて事態には遭遇したくもないし、したとしてもそのやり方はわからない。だから「ゴールデンウィークだ」というふうに、目の前にとりあえず「決まりきった発想や行動を促してくれる馴染みの概念」があるのはとてもありがたい。去年「自粛しましょう」という言いつけを守ったのも、自分で考えたくなかったというのみ。今年はそれを守らないというのは、単純に、迫力が足りないってことなんでしょうね。それよりも「ゴールデンウィークだ」のほうがリアリティ(臨場感)があるんだもの。どんな災禍も習慣には負けるのかしら。絶望のような、希望のような。

2021.4.27(火) セルフ聖地巡礼(自伝2)/西に開く

 午前のぎりぎり自転車で出立、南下して新大橋をわたり人形町を通る。初めの目的地は中野坂上なれど「O珈琲」の様子を確かめるため迂回、果たして「CLOSE」の文字と灯りのない店内。インターネットでも1年か2年情報がない。
 日本橋、東京駅の北側を通って竹橋から皇居と武道館の合間を抜けて千鳥ヶ淵へ。緊急事態宣言など知らぬ風に人出はどこも多く、しんみち通りはランチタイムで人いきれ。四谷四丁目の交差点で停め突発的にA社を訪ねる。5階に登ると社長のみおり、小一時間雑談と軽い打ち合わせをする。いつ行ってもたいがいいるし、事前に知らせずとも嫌な顔一つしない。昔ながらの「システム」が実に心地よい。
 新宿二丁目と歌舞伎町の様子を見る。普通の人がたくさん歩いている。昼はこんなものか。職安通りを西へ、「おざ研」跡地は未だ更地。取り壊しのため退去させられてからもう6年近く経つのに何もできていない。だったらもうちょっと使わせてくれたってよかったのに。ちょっと前にある女の子から「あそこは私の青春です」と言ってもらえて嬉しかったのだが、そういうふうに思ってくれている人はたぶんそれなりにいるのだろう。当たり前だけど、僕もそうだし。自分で言うけど、あんな場所は後にも先にもありませんよね。意外と、ないんですよね。ああいうのは。(気になる方は↑のURLなどから研究をお進めください。)
 稲垣商店は相変わらず坂上バーガーとお弁当を売っているし水曜発売のはずのサンデーとマガジンを並べていた。犬の看板を右折し喫茶モンプチを存在確認、そのまま堀越学園に抜ける道すがらにある我が旧居を目視。想い出ストーカー。とっくに他の人が住んでいるのだからもう何も関係はない、理屈では知れどやはり見に行ってしまう。住んだ数年間が一斉に胸に広がる。別に聖地巡礼のつもりはなかった、本格にするのならまず上京してから11年住んだ練馬区富士見台に行かねばならぬ。
 昼ごはんをどうしてもカレーにしたかった。Aという馴染みの店でジンジャーあずきカレーと秘伝のドライカレーのハーフ、サラダ、ホットコーヒーそして粟島の千代華(ちよか)という和の焼き菓子(とでも言えばいいのか)をいただく。世間話をする。このわたりに住んでいた頃は目が覚めたらまずこのお店でカレーを食べていたものだ。坂上時代の聖地といえばまずはここ。それもあってか、ところでチャンベビの『コーヒー』という曲がとても好きである。サブスクにあります。
 山上の某所に自転車を置き、中野駅から中央線で国分寺。某喫茶で休む。今年で94歳になるはずだが足取りもお話もはっきりしている。耳も遠くない。僕もこのくらいずっと現役でいたいものだが、さて。
 なんとなし電車に乗るのが嫌になったので駅前でシェア自転車をレンタル。15分70円のやつ。地図を暗記してひた走り三鷹駅南、禅林寺近くの「成田光房」へ。ノックもせずに開けると目の前に成田さん。連絡もなしに急に訪ねたというのに嫌な顔一つせず昆布で昆布茶を作っていただき縁側に出て語らう。写真などさまざま見せていただき数年ぶりに詳しくレクチャー? を受けた。
 成田光房は成田さんという老爺の営むアトリエ兼ギャラリー兼自宅でちゃんと暗室もある。かつては湯島天神近くのかなり目立たぬ場所にあったのだが散歩で見つけて仲良くなった。一言で言ってどんな場所かといえば、たとえばこれを読んでいる若い人、すぐにでも三鷹市上連雀4丁目13-13(0422-26−6699)を訪ねなさい。平日と土曜の10時から17時くらいの時間ならいると思います。たぶん日曜や祝日でも。「オザキさんの紹介で」とでも告げれば何も怖くありません。そして若くない人、何だろう? と思ったら訪ねてみてください。とにかく稀有な場所なのです。ああいうものは、昔はけっこうあったのかもしれないけど、今見つけるのは至難の業です。「こういうものがあるのか」と、今のうちに知っておいたほうがいい。成田さんが元気なうちに、さあ早く! そこから始まるのです。
 こういうものは人から人へ伝わるものだ、と成田さんも言っていたので、SNSで「行ってみて!」とは言いませんが、このHPならほぼ口コミと同じでしょう。今は特に、直接伝えられる機会も減っているし。ああいう場所を知ることは、必ずや自らを豊かにするはず。
 思ったより長居してしまった。いったん吉祥寺駅前で自転車を返却、歩いて喫茶Pに行ってみたが閉まっていた。また少し歩いて再び自転車を借りて西荻、荻窪と進む。かつて勤務していた女子校の前を通る。聖地、聖地。18時すぎ、阿佐ヶ谷の1番街はほとんどのお店が閉まっていた。中野サンプラザで自転車を返して某所で自分の自転車に乗り換える。馴染みの中華屋雪だるまは5月11日までお休みとのこと。ちょっと前までは17時から20時って感じでやってたんだけど、お酒が飲めないってなるとさすがにってことか。もう50年ここでやっているお店。マスター元気でいておくれ。
 西新宿の喫茶マックスは18時くらいで閉めたのか片付けをする姿が見えた。くるりと曲がって新宿中央公園、かつて「新宿青姦遊撃隊」「花見沢俊彦」「ランタンZone」が開催されていた聖地である。横目に見てグッときながら坂を登る。青姦と花見沢についてはこちらのサイトの下のほうに関連URLまとめがありますので研究を進めてください。※主催は僕ではありません。中心人物が未来(会津)に帰ったので途中から僕が引き継いだものです。

 お腹がすいてきた、新宿は(感染症的に)怖いのであんまり飲食店にも入りたくないが、あまりにペコなので仕方ない、できるだけ大人しいお店を選ぼう。長野屋に行こうか? と思ったが、たつ屋にした。20歳前後からたびたび通っている青春の店。あの頃とぜんぜん変わらない。悩んだすえ牛丼の並にした。いつもそうだ。美味しい。新宿で一番好きな食べ物屋さんだな。ぜひ。
 19時を過ぎた。区役所の向かいに自転車を停め、ゴールデン街を歩いてみる。ほとんど明かりがついていない。一つの筋につき営業しているのは5店舗前後、という感じ。街全体でせいぜい20〜30店舗くらいだろうか? 開いているのは多く見積もって10軒に1軒くらいだと思う。そのうちのほとんどが、おそらくアルコールを提供している。満席のお店もいくらかあった。「ノンアルで営業します」と店頭に明示していたのは僕が見回った限り3店舗のみだった。
 そのうちの1軒、HALOというお店が気になった。「本」を売り(の一つ)にしているようだ。比較的新しいお店。お客が誰もいないようだったので入ってみた。バナナジュースを注文し、少し話す。「自分の人生を変えた本」をお客さんが持ち寄っているとのこと。この状況で、アルコール抜きで20時まで、という縛りを受け入れて、正々堂々やろうとしているのが素晴らしい。「本」をテーマに掲げ出したのは去年の6月から、つまり前回の緊急事態宣言が明けてからで、バナナジュースもそうらしい。こんな時だからこそ新しいことをやりたい、という気概、イイジャ ナイノ。行ってみてよかった。
 僕もかつてはゴールデン街明るい花園一番街の「無銘喫茶」というお店に毎週木曜、立っていたのである(木曜喫茶)。初めて通ったバーもそこだった。冒頭に寄ったA社の社長が当時はオーナー兼水・木の店主だった。その後オーナーが変わり、どんどん僕の知っている感じではなくなっていったようだが、内装などはほとんどそのままのようで嬉しい。今日ももちろん、そのお店の前を通った。たたずまいはまったく変わらない。永遠にそうであってほしいものだが。
 物見遊山は風まかせ。その後、歌舞伎町をぶらりと歩いた。普通の人は一人もいないが、いわゆる「歌舞伎っぽい人」は全員いる、という感じ。みんなめちゃくちゃ元気。それにしても歌舞伎町はいつ歩いても懐かしい感じがする。20年前と比べたらわからないが、15年前からだと意外と変わらないものも多い。青春のカレー屋シディークはなくなったけど、コーヒーショップクールはまだあるし、20時を過ぎてもしっかり営業していた。さすがである。入らなかったけど、やってるだけで心強い。
 二律背反である。歌舞伎町がちゃんと静かになって、みんなで大人しくしていたら感染症がおさまりやすくなるのは明白、しかし世の中にはこういう場所がなくてはならないし、どうしても存在してしまう。そういう歌舞伎町の姿を見て、不安と同時にまた心強さも湧いてくるのだ。歌舞伎町の人たちが歌舞伎町のみに閉じていてくれるならあまり問題がないのだが、彼らの一部は昼間歌舞伎町の外にいる。そこが問題といえば問題なのだろう。
 人間の弱さと強さ。人間らしいとはどういうことか。両極があって、どっちが正しいというのでもない。ただみんなが自分なりにバランスをとって生きていく。必死に。愚かなるも賢明なるも。
 人殺しが街のゴミを一つだけ拾う、というような希望もある。それだって世の中の全体を、ほんの少しだけ「いい子」に傾かせるのだ。人を殺す。それはとりあえず止められない。仕方がないのだ。ゴミを拾う。それはそれとして独立して、街を少しだけ綺麗にしている。
 自転車でまた10キロ走って墨田区の自宅に帰る。新宿やそのさらに西のエリアはすっかり遠くなりにけり、だが時間を見つけてたびたびこのように訪ねありく。東京に閉じてはいけない。東京の東側にのみ閉じるなど笑止。「界隈」は否定していきたい。50キロ近く走ったので、心地よく寝た。

2021.4.25(日) 自由忌(ALL HARMONIES WE MADE)

 尾崎豊の命日。物心ついて間もなく亡くなった。『OH MY LITTLE GIRL』がドラマ主題歌としてリバイバルしたのが小3の時で、全部覚えて歌っていた。後に不良となった兄がどハマりして一日中家に鳴り響き、ほとんどの曲を覚えることになる。その時は『Forget-me-not』なんかが好きだった。フツーであろ。

 尾崎については何度か書いた。「自由」とやはり切り離せない。古い文章で恥ずかしいけど2015年12月12日の日記は尾崎豊を下敷きにして自由を考えた文章としてはそれなりにまとまっていると思う。去年の今ごろ、つまり命日付近である2020年4月26日の日記もわかりやすいと思うので、良かったら。
『存在』という曲について触れた2013年7月22日の日記でも自由について考えていた。

 受け止めよう 目まいすらする街の影の中
 さあもう一度 愛や誠心(まごころ)で立ち向かって行かなければ
 受け止めよう 自分らしさに打ちのめされても
 あるがままを受け止めながら 目に映るものすべてを愛したい
(尾崎豊『存在』)

「愛や誠心で立ち向かって行かなければ」という決意は、僕でいえばまさに昨日書いた「いい子の世の中」にしようって想いとたぶん同じ。
 自らに由(よ)って生きる人たちが調和(harmony)して世の中ができる。それがうまく行かないのが「悪い子が強い世の中」。
「いい子の世の中」は、自由な人たちが調和する世の中。
 愛や誠心を持った人たちが、自分のこととみんなのことをバランスよく考えている世界。

 最近考えていることの中心に「自己決定」というものがある。
「あなたが決めたんだから、いいよね?」というときのニュアンスである。
 たとえばリベラルな思想を持った芸能人が、7歳の子供に「テレビ出たい?」と聞く。子供は「出たい!」と言う。「全国の人たちに顔と名前を知られて、芸能人の子供だってこともわかっちゃうけど、いい?」と聞く。「いいよ! テレビ出たい!」と子は言う。
 これで「自己決定」の手続きは完了である。
 このあと、「やっぱテレビなんか出るんじゃなかった」と子がぼやいたとしたら、親はこう言うことができる。「君が出たいと言ったんだよ」。
 こういう場合、「自己決定」は「自己責任」とセットだというわけだ。

 親も先生も、何かのコーチも先輩も上司も、すぐにこう言う。
「きみがやろうと決めたことなんだから、責任を持って最後までやるべきだ」
 これも「自己決定=自己責任」である。
 僕はこういう考え方をまったく好まない。仲良しの発想じゃない。
 仲良しの発想とは「調和」である。
「きみが決めた」などといった個人の事情などどうでもいい。
 何かあったら「困ったねえ」から始まるのだ。

「やっぱテレビなんか出るんじゃなかった」「困ったねえ」
 と、こう。
 で、「どうしようかねえ?」と続く。
「こうしたらどうだろう?」「いや、こうしては?」と続いていく。
 それでいつか、きっと「こうだよね!」「そう、それだ!」がやってくる。

 自己よさよなら。個人なんてもう、考えない方がいい。
「どうなるか」だろう、大事なのは。
「あなたが決めたことだから、それはあなたの問題であって、私には関係ない」ではない。
 だって、関係があるのだ。少なくとも、どこか遠いところでは。
 そう思うことも仲良しの発想。「遠く遠く繋がれてる君や僕の生活」。

 同様に、「これは私の問題であって、あなたが口を挟むことではない」というのもやめにしよう。「うっせーな!」で済ませたい。誰の問題であるか、なんてことよりも、「不快だ!」と言った方がまだ正確だもの。だってどんな問題だって、それが誰のものなのかなんて、誰にもわからない。
(僕ならそんなとき「君の介入は役に立たないからやめてくれ」と言いたい。)
 しかしもちろん、「ねえ、どうしよう?」「困ったねえ、どうしようか」「こうかな?」「どうだろう。こうとか?」「うーん、こう?」「そうだねえ、ちょっと考えてみるね」なんて感じだったら、ただ仲良しの日常をやっているだけで、そもそも「介入」ですらない。

 自己決定と自由は、似て非なるものである。正反対と言っていい。
 自己決定=自己責任という考え方には、調和がないからである。
 自由とは、調和を前提としたものでなければならない。そうでなければワガママだから。
 殺す自由を謳歌したら、生きる自由を侵してしまう。だから調和がなければならない。

「いいって言ったんだからいいんだよね?」というのは、「言質を取った!」ということでしかない。そこから自由は制限されていく。
 あなたはこう決めたんだから、あなたはそうするしかないのです! と、行動が決定に縛られていく。自縄自縛とはこのことだ。
 でもよく考えてみますと、人が一人で決定できることなんて本当はありません。あらゆるものとの関係の中でしか、人は行動できないからです。実はみんなで決めているのです、すべて。
「決定」などない。
 意思があるだけ。
 そして意思は調和をめざす。そうでなければワガママだから。
(そして意思は言葉を変え、言葉は都市を変えてゆく。)

 スクランブル交差点を誰ともぶつからず渡りきる。
 みんな笑顔で、手を振るくらいで。

2021.4.24(土) 緊急事態宣言

 感染する人が少なくなることを僕は願うしみんなもそうだとここでは仮定します。
 そのために様々なことを制限しましょうという動きが今世の中にある。
 政府や自治体はそれを効果的(現実的に妥当な内容)と信じて行う。
 しかしその一連の制限について、妥当ではないと思う人たちもいる。なぜこれを制限するのか? これについては制限しなくてもいいのではないか? とか。もっと制限しろ! という人もいると思う。いろんな人がいる。
(「そもそも感染を抑える必要はない!」という考えもありますがここでは無視します。)

 これから書くことについて早とちりしないでね。
 途中で「ああ、そういう主張ね」と読むのをやめた場合、それとはずいぶん違った内容を全体としては述べている可能性が高いと思います。

 とにかく感染を抑えたい、とする。
 制限をせずとも感染がおさまるなら、何も制限する必要はない。みんながウィルスの特性についてよく学び、よく知り、可能な限りの努力をすれば、何も制限せずとも感染は収まると僕は思う。映画館も演劇もライブも、飲食店も通常通りでいい。酒だって飲んでいい。
 くれぐれも僕は、「制限しなくても感染がおさまる可能性がある」とだけ言っています。
 映画は黙って見ればいい。演劇は換気をよくして、前のほうの席を(役者の唾液が飛ばぬよう)空けるくらいのことはした方がいいかもしれない。ライブは叫び声を上げず、暴れずに目と耳を中心にして楽しむ。飲食店でも、換気してそれなりの距離をとって小声で話せば問題はないはずだ。全てにおいて、喋る時はごく小声で、距離や方向などもよく考えてする。全国民が!
 お酒だってそうやって飲めばいい。上記のような努力を維持し続ければいい。声を大きくしなければいいし、不要に身体的距離を近づけなければいい。
 でも、そうする人が(必要なよりもずっと)少ないから制限が必要だと行政は考えるのです。
 僕もそうだと思います。おわり。
 日本にいるすべての人が、まあ乳幼児とかを除いて、上記のような注意を理性的に常にできるのなら、まあ少なくとも僕くらい意識してするのなら、何も制限なんていらないのです。
 飲食店も24時間営業していいし、お酒だって出していい。でも、暴れる人、騒ぐ人、うるさい人がいるから、制限が必要だというだけ。
 移動が悪いんじゃないし飲食が悪いんでもない。エンタメが、娯楽が悪いのでもない。ただ「感染力を持っている場合に他人に感染させる可能性の高い行動をする人」が悪い。
 そういう人たちの「せい」で、割を食っている真面目な人たちがいる。教室と同じです。
 たとえば8割の生徒が黙って授業を受けていても、2割の生徒が騒いでいたら、「騒がしい教室」になる。で、たいていそういう教室では、次第に喋る生徒が増えていって、最終的には7割から9割くらいの生徒が「おしゃべり」をするようになる。ひどい場合はほぼ全員が。
 それを「先生がいい授業をしないからだ」「指導力が足りないのだ」と責めるのが、行政を責める人たちです。
 騒いでるのは生徒たちなのに、それをうまくコントロールできない先生が責められる。
 感染を拡大させているのは「国民」なのに、それをコントロールできない「行政」が責められる。
 仕方ないから「授業中の私語は禁止! 成績を下げます!」と言えば、「圧政だ!」と声が上がる。「自由を!」と。
 今はそういう状況です。文句を言っている人たちは、僕にはだいたいそう見えます。
「生徒気分」が抜けていない。無意識なのか、自分が何かの「庇護下」にあると思うらしい。「支配下」ならばまだわかるけど。

 行政(国や自治体)のことを先生だと思ってる。学校だと思ってる。
 もうやめようよ〜そんなこと。って僕はほんと、単純に思います。いつまでそんなつまんない子供なの?
 おもしろい子供になんなきゃだめよ。

 みんなが大きい声を出すと、感染の広がる可能性が高まるでしょ?
 みんなが小声で話せば、感染の広がる可能性は低くなるよね?
 授業でも一緒で、大きい声で話すから、うるさく感じるのです。みんなが小声で話せば、そんなに気にならない。一番いいのは無言だけど、それじゃ息が詰まっちゃうし、つまんないから、僕が現役の教員だった時はずっと「声帯をふるわせるな〜」って言ってた。それで「なるほど!」と思って本当にそうしてた子は、感染にも気をつけられてるんじゃないかな。思い出してくれてたら嬉しいんだけどな。

 授業を成立させる努力をおこたり、先生や学校のせいにする生徒たちが(かなりたくさん)いるから、校則とかルールが増えたり、厳しくなったりしていくのです。学校ならそれで仕方ないのかもしれない。みんな小さいんだもん。
 でも今問題になっていることに関しては、大きい小さいは関係ない。いわば平等に感染を広げている。平等にみんなが、感染をコントロールする力を持っている。
 真面目な子たちは力として弱くて、負けちゃったから、「制限」が必要になっちゃった。そんだけの話。
 敗北したんだからしょうがないよね。
 敗北した真面目な人たちは可哀想かもしれない、でも、仕方ないよね。だから僕たちは、真面目な人たちをもっと世の中に増やすよう努力しなけぁいけない。極めて広義の教育によって。
(極めて広義の教育ってのは、あなたの道の歩き方とか表情とか、そういうことも全部含めてってこと。それを見ているのが子供だろうが老人だろうが関係なく、それは教育なんだと僕は考えているのです。)
 現状、この世の中は、真面目な人たちの勢力が弱いってこと。
 それは仕方ないよね。「嫌だ!」と思うなら、力をつけなきゃ。教育をしなきゃ。それをサボってたから、今、負けてるんだからね。
 人のせいにしちゃダメなのよ。今からでも遅くない。少なくとも自分の周りくらいは、安全度を高められるかもしれないんだし。いい子の責務よ〜。

「映画館では感染しません!」とか「書店では感染しません!」とか。
 言いたいことはわかるけど、映画館に行ったついでにみんなで居酒屋に行って、酒飲んでガハハと酔っ払って、そのままキャバクラに行く人だっているんです。想像以上にたくさんいるんです。
 それは「悪い子」ですよ。でも悪い子っているからね。
 いい子だけの世の中じゃないんだもん。
 映画館行って帰りにチューして、それで感染して、家族にうつして、その家族がギャハハーな飲み会に行ったりしますからね。
 本屋さんの店員が帰りにダーツバー行って騒ぎ散らすかもしれませんしね。
 そういう人たちを野放しにしてた責任は、やっぱ全員が持つんじゃない?
 いい子は、いい子でいたいならちゃんと頑張んなきゃダメなんだよ。ずっと。みんながいい子になるように、諦めないで。
 それを「損じゃん!」って思うのは、悪い子なんだって、そう思わないと、ほんとに悪い子になってっちゃうからね。自分が。そんなのやじゃん。

 これはいい子と悪い子の勢力争いなの。で、それでいい子は負けてるの。
 いい子の世の中にしたいから、僕はせいぜい頑張っているよ。みんなも頑張ってよ。お願いします。

2021.4.22(木) 補足と覚書

 まだ読んでないんだけど(これから読む)世阿弥の『花鏡』には「離見の見」という用語が出てくる。能楽用語辞典では「演者が自らの身体を離れた客観的な目線をもち、あらゆる方向から自身の演技を見る意識のこと」とある。「自分を疑いなさい 多角的に見なさい そんなちゃちな物差しじゃ 絶対にサバ読んじゃうもん」と歌うのはcali≠gariの『フラフラスキップ』。
 某私立中学で23歳の僕が国語を教える教室にいた当時中2だった男子(要するに教え子)からメールが来た、イスラームのラマダンについて書いてあった。彼は10年以上にわたってたびたび連絡をくれては、新鮮な知見や発想を与えてくれる。ラマダンの断食は「食」から遠ざかることでむしろそれを強く意識するという意味があるようだ。またその期間は配偶者とも距離をとって生活するのだという。性や愛の対象を遠ざけることで、強くその素晴らしさ、有り難さを感じられるように、ということなのだろう。
 これらは「離れる」ということでありながら、「離れたところからそれを見る」ということなので、むしろその対象と仲良くするためのものである。古典を読むことが「自分自身を現代から隔離する」ことであり、同時に「隔離された場所から現代を見る」ということでもあるのと同じ。改めてよく知るために、離見の見をもつ。「海外に渡って日本を知る」的な、当たり前のことしか言っておりませんが。
 話は変わって「一つのことをする」が中心の時代はもう終わっていますよね。「たくさんのことをする」が当たり前になっています。一つの職場で働くのではなく、複数のところで働く。それによって各所で働く自分の姿それぞれについて「離見の見」をもつ。職場そのものに対しても、ちょっと離れたところから客観的に見つめ、改めてそこがどんな場所であるかを知る。
 囲い込む、囲い込まれる、というのはもうやめたほうがいいと僕は思うのですが、過渡期なればこそ既得権にしがみつく人はより必死になります。自分が望んでいるのは単なる「所有」に過ぎないということを、改めて自覚すべきと存じます。
 人間関係、すべて同じ。恋人や子や使用人が何をしていようが自由だ、ってのは根底にあって、でもそれは嫌だ! っていうのなら、持ち出すべきは常識ではなくて「あなた自身の自由」以外にはありません。それを持ち寄って相談したり落としどころをみつける、その手間を惜しんではなりませぬ。そんなこともわからないような遅れた(!)人間とは即刻の契約解除をおすすめいたします。

2021.4.21(水) 古典に旅だつ

 丸山眞男が(珍しく?権威のありそうな引用から始まる)、古典を読み学ぶ意味を「自分自身を現代から隔離すること」(『「文明論の概略」を読む』上P9)と言っていた。そのためにあえて現在流行していない古典、もしくは不評判なテーマに関わる古典を選ぶべしと。
 世阿弥『風姿花伝』を先ほど読み終えた。これから『三道』『申学談儀』『花鏡』あたりに進む予定。並行して正岡子規『歌よみに与ふる書』も読んでいる。高浜虚子『俳句への道』と三好達治『詩を読む人のために』もこないだ買ったのでこれから読むつもり。いずれも「いまさら」だけど、むしろ良いタイミングかも。流行でも評判でもないだろうし。
 世阿弥の考え方は僕が授業やお店づくり、人との接し方について考えることとかなり重なる。子規のは「古今集以後の和歌はほとんどダメ、俺が本当の和歌ってもんを教えてやる」というような話で、現代短歌が嫌いな僕はこのあたりから検討を始めるのが適当な予感がする。
 僕は現代に蔓延る短歌のほとんどが好きじゃないのだが、それがなぜなのかということを考えるのに大きなヒントとなりそうなのだ。自分が子規側につくのか、彼の批判する「歌よみ」側につくのか、そのどちらでもないのかはまだわからない。とりあえず岩波文庫で『歌よみに与ふる書』本編すべてと『あきまろに答ふ』を読み、ちょっと飛ばして『曙覧の歌』を読んでいるのだが、今のところ子規の言うことはだいたい好意的に理解している。
 それはそれとして最近の生活は相変わらず散歩と喫茶。とは言ってもここんところ毎日のようにお店に出ているのでなかなかまとまって歩くことがない。平日はおおむね13時から16時まで営業していた。起きるのが遅いので昼食を喫茶店でとり、お店に行って、その後時間があれば一軒か二軒寄って帰る。移動は自転車だからなかなか歩かない。今日は非番だったのでけっこう歩いた。明日から「15時から18時」というふうに時間をずらすので、またちょっとリズムが変わるはず。楽しみだ。
 古いお店にばかり行くからか、よく豆腐屋さんで油あげをもらったり、パン屋さんでパンをよけいにもらったり、喫茶店でもおにぎりやパンや柿の種なんかを特別に出してもらえたりする。だいたいはおばあさんのお店。コーヒーまたはミルクコーヒーにゆでたまごとトーストがついて250円(モーニングではなく終日)というわけのわからない価格のお店によく行くんだけど、たいていいちごジャムをつけてくれるし、こないだなんか200円におまけしてもらった。それはもちろん僕がかわいいから(!)なんだけど、そういうバッファ(?)のある世界観だってことでもあるんですよね。それこそ『三丁目の夕日 夕焼けの詩』みたいな、昭和30年代の感覚がそのまま残っているような感じ。
 古典を読み学ぶとは「自分自身を現代から隔離すること」と冒頭に引用した。もちろんそういう豆腐屋さんやパン屋さんや喫茶店だって「現代」の一部ではあるんだけど、相対的には「古典」であるとも言えるはずで、それを味わい学ぶことは「自分自身を現代(新しい風潮)から隔離する」になるのだと思う。現代しか見ぬのは視野狭窄、もっと広い視界を得なければならない。
 新しいものばかりを追っていると目の前のものしか見えなくなって、近視眼的になる。どうしたらもうちょっと引いた目線で見られるのかといえば、いったんそこから退くしかなくて、そのために古典は有用なのだ。いま目の前にあるものは、所詮一時的なもの、流行のもの。決して絶対のものではない。では普遍的なものとは? 本当に大切なものとは何か? なんてことも自分なりにわかってくる。
 ところでこないだとあるおばあさんのお店でお手洗いに入ったら、お客のおばあさんと「あの子かわいいわねえ」なんて話しているのが聞こえてきた。おお、やっぱり僕はかわいいのだ! 証拠をつかんだぞ! とじつに嬉しくなった。お店を出るときにはいつも「またきてねー」とか「モーニングも食べにきて」なんて声をかけてもらえる。なんか色々と時間がバグったような、現代にいて現代にいないような気にさせられて、瞬間あらゆる制約から解放されてしまえる。至福、だが古いお店は遠くなく消えてしまう。どうしたら古典を永遠に残しておけるのか? 愛するしかない。何を? いつも通りのお話ですが、時間をです。時間瞬間を愛する、その気持ちが詩情であって、あらゆる素敵なものの源なので。
「詩歌に限らず総ての文学が感情を本とする事は古今東西相違あるべくも無之」とは子規の言。僕はそのような文学的または芸術的なお店屋さんが大好きです。詩情ある空間をすこしでも。

2021.4.16(金) 実績は真っ先に自分を騙す

 30歳くらいになると持論ができあがってくる。結論から言えばそれでは遅すぎる。30歳くらいになってようやく持論が固まってきた人は本当にそこで固まる。それでそれしか言わなくなる。持論を持つのは早ければ早いほどいい。そうすると持論は自然と変化していく。変化することが当たり前になる。そりゃそうだ若いうちに考えたことなんて歳を取れば変わるに決まってる。しかし30歳の時に考えたことはひょっとしたら永遠に変わらないかもしれない。
 もちろん10歳の時に考えたことをずっと持ち続けることもある、でも変わる部分だってあるだろう? 永遠にそれでいこう。
 なぜ30歳くらいで固まりやすくなるのか、実績があるからだ。実績が裏付けをしてくれるから。若いうちは実績がない。いいかね、実績が土台になったらおしまいだ。
 実績はまず真っ先に自分を騙す。「こういう実績があるのだから、お前はそのままをやればいい」とそそのかす。しかしあらゆる状況は刻一刻と変わっている。二度と同じパターンは巡り来ない。だが人は騙されてしまう。楽すぎて。
 しまいには「考えたという実績」すら持ち出して「お前よりこちらの方が正しい」という確信を持つ。それで人の話を聞かなくなる。
 自分はお前よりたくさん考えてきたし、たくさんの結論を出し、判断をし、成功(や失敗)をおさめてきた。経験が違う。成功した回数も(失敗した回数も)違う。だからこちらの方が正しい。そのように考えている。どんどんみんなそうなっていく。
 もっと言えば、「正しいかどうか」ということを優先的に考えるようになる。歳をとるとはたぶんそういうことなんだろうな。
 しかし「正しいかどうか」なんてどうでもいいのだ。「自分はこれを正しいと思う」ということだけがあって、それの真偽は検証のしようがない。対抗できるのは「自分はそれを正しいとは思わない、なぜならば……」という反論だけ。「それは正しくない」と言うことはできない。当たり前のことなのに、なぜか忘れてしまうらしい。
「自分はこれを正しいと思う」と言う人に対して、「それは正しくないよ」と言うのが、「固まった」ということなのだ。あるいは、「どうしたらいいのでしょうか」と尋ねる人に対して「こうしたらいいんだよ」と(ギャグでなく)答えるとか。つまり、相手の広がりを自分の狭さの中に押し込めてしまう。
 ソクラテスは正しい。問答するしかないのだ。彼は「正しいかどうか」を最初には考えない。「君が正しいと思うそのことについて、今から一緒にチェックしていこう」という態度を取る(と僕は勝手に理解している)。点検である。
 ああ、実績の上にあぐらをかく人間は点検をしなくなる。
 実績はまず自分を騙す。「それでいい」と洗脳する。「お前は正しい」と甘く囁く。
 しかし、ここが一番大事なので繰り返すが、「正しいかどうか」などどうでもいいのだ。
 大切なのは「相手(他人)が何を言っているか」でしかない。自分が何を考えているか、などというのはどんな時も意味を持たない。
 自分が考えていることなど、単独では何も意味を持たない。関係の中で変奏され初めて意味を持つ。
 誰かが何かを言う。そうなんだ、と思う。わからないことや気になったことがあれば引き出してみる。そうなんだ、とまた思う。その上で、役に立ちそうなことが言えそうならば言う。「正しいかどうか」ではなくて「役に立つかどうか」なのである。それによって世の中は良くなるか。それだけ。

2021.4.9(金) 雑記 神通力(予告編)

 角テー申告〆切まぢか故あっさりとまあ。
 突然ですがドラゴンボールクイズ! 界王星で修行中の悟空が界王さまの飛ばしたレンガを教わりたての元気玉であっさりと破壊した際の界王さまのセリフは?
 もう一つ! 第1巻の冒頭における悟空の最初のセリフは?
 む〜〜んむんむん ではないぞよ。

 特に何も関係ありません。何かを言おう。
 今日書こうとしていたのは失われてしまう神通力についてのことです。もともとジンツーリキなんてたいそうなもんでもなかったのかもしれませんが。
 侍魂の健さん(懐かしいですね〜)が「テキストサイトができるのは学生のうちだけ」みたいなことを(7年くらい前の記事で)言っていたのをたまたま見た。なんで学生じゃなくなるとテキストサイトができなくなるのか? 「忙しいから」で済む話なんだけど、なんで忙しくなるのか? 忙しくなるってのは、神通力を働かせる余裕がなくなるというか、神通力を用いない時間が生活のほとんどを占めるようになるってことだと思うんですが、すなわち神通力なんてものに価値を認めなくなるってことなんじゃないかな。
 僕は神通力こそが全てだと思っている。言い換えればこれも詩だと思う。詩を失っちゃいけない。

「夢を失くしたらもう お空にゃなれないよ」
 久保田洋司さんが10代の時に作った『イタバリ・ローカ』という曲の歌詞である。
 この方はジャニーズにたくさんの歌詞を提供しており、僕の大好きな『ファンタスティポ』もそうだ。堂本光一さんのミュージカル『endless SHOCK』のテーマも作詞している。
「大空が美しい 届かなくても かつてそこに いた気がする」
 初めて聴いたとき、なんてすごい歌詞なんだ! と思ったら久保田さんだった。さすが。

 夢を失くしてお空になれなくなった人は、大空を美しいと思うくらいしかできないのかな。
 神通力とは「お空になる」ってことだろう。
 どうしてそれが他人事や過去になってしまうんだろうな。
「かつてそこにいた気がする」じゃなくて、「僕はお空さ」でいい。
 どちらの歌詞も凄いし好きだけど、それはそうとお空になりたい。

2021.4.4(日) 雑記 時間は人と比べられない

 友達や人付き合いのことを中心に、ザッパクとした近況。


 出会ったのは十年以上も前で、僕は大学を出て間もない非常勤講師、彼は中学二年生であった。それからつかず離れず仲良くしている。自分のお店でない場所で、一対一で話すのは久しぶりだった。数日前のこと。
 面白かった話のひとつを、僕なりに変奏して書いてみる。
 自分のからだは自分のものではない。
 ある教えでは、肉体というのは神がつくったもので、自分はそれに宿っているにすぎない、という。(そういう考え方をする宗教はけっこうあると思う。)
 実際、自分のからだのすべてが、自分の自由になるわけではない。
 身体というものは脳にとって他者である。脳にとって、あるいは意識にとって、心にとって、自分にとって、身体は自然の一部であって、自分の「外部」である。
 ただ、自分は自分のからだに「動け」と命令することができる。
 それしかできない。
 昨日書いた話につながっている。生きるとは、「現実を自分にとってましな方に変えて行くこと」なのだ。それは具体的に、「自分のからだに命令をする」ということによって実現される。
 人生は、ある程度勝手に動いていく。自分はそれを調整することができる。
 それしかできない。


 先月下旬、高校一年生の時の同級生と長電話をした。最後に会ったのは2018年らしい。顔を見ないで話をしたのは初めてかもしれない。
 出会った頃からお互いに「こいつくらいにしかわかってもらえない領域」というのを意識し合っていたと思う。面白いことが思いついても、それを面白いと思ってくれるのはこいつくらいなんだよな、という相手。学校ではそれぞれにそれぞれの人間関係を持っているけれども、たまに話す機会があれば「お互いにしかわかってもらえないこと」を共有し合っていた。感覚が合うからまとまった時間があれば「ボケにボケを重ねて大河となす」というような芸当もできた。発想の上に発想を積み上げて美しき城を作る。その貴重な関係が未だに続いている。
 この一年、僕が帰省できていないこともあって、あまりにも前回から間が空いてしまっていた。しびれを切らして「話そう」と持ちかけたのだ。日付の変わるくらいまで数時間繋げた。長い公園を歩きながらイヤホンマイクで話していたのだが、彼も同様に外を歩きながら話していたそうだ。こちらは東京で、あちらは名古屋。

 古い友達とは、生き方の種類やリズムがだんだんずれてくるものだ。「僕らは離ればなれ たまに会っても話題がない」とはよく言った。ユニコーンの『すばらしい日々』という曲の歌詞だが、それこそ高校の時にカラオケでよく歌っていた。皮肉な伏線である。三十代ならおおむね昔話か家庭の話に終始してしまうだろう。さらに年をとると病気の話や孫の話になるのだと思う。かつてはシーズンごとに会っていた友達も、次第に年に一回くらいになり、数年に一回になり……と、だんだんペースが緩んでくる。互いに変化がないからである。
 変わらないどころか、「つまんなくなったな」と思ってしまうような友達もいる。別にその友達が悪いのではない。そいつはそいつなりに、そいつの生活を全うしているのだ。友達から見たら「つまんない」でしかなかったとしても、本人にとっては充実と幸福のかけがえない日々だったりする。働いて結婚して子供がいたら、それだけでもう人生として過不足ない。他人から見て面白いかどうかなんてどうでもいいし、他人と話して「面白い!」と思ってもらえるかどうかもどうでもいい。
 ただ、気をつけるべきことがあるとしたら、子供たちから「うちの親って超すてき!」と思ってもらえるように生きること、だと個人的には思う。それが最も手軽で堅実な教育だから。そのためには友達からもあんまり「つまんなくなったな」とは思われないほうがいいはずなので、僕もせいぜい気をつけます。

 子供にとって「超すてき!」だってことは、たぶん僕から見ても「超すてき!」だろうと思う。このたび電話した友達は、「超すてき!」である。
 転がる石には苔がつかない、と言う。彼は転がっているので苔がない。少なくとも転がる体力のあるうちは、苔のないほうがすてきだと僕は思う。
 具体的には、教員をやりながら、塾を運営したり、教員志望者を支援する仕組みをつくったりしている。会うたび話すたびに進展がある。とても刺激になる。たぶんお互い様だろう。
 何か違うことをする、というのは「遠心的」な姿勢。そこも気が合うところかもしれない。ともかく遠くへ行きたい。求心的であることを否定したいのではなくて、ただ我々はきっとそうなのだ。

 彼とは現在の話ができる。とても有り難いこと。でもたぶん本当は、どんな友達とだって現在の話をすれば楽しくて刺激的で、実りあるものなのだろう。ただ、そのとっかかりがだんだんわからなくなってしまうだけなのだ。あまりにも生活と、考えていることが違いすぎるから。
 今度また古い友達に会うときは、ちょっとそのあたりを意識してみよう。


 高校生に受験指導をしている。この春から三年生になる。三月末に喫茶店で会って、期末テストの振り返りとか今後の計画とかについて話したが、いつの間にか雑談が膨れ上がってめっちゃ楽しかった。
 お世辞でないことを祈るが、話の聞き方を褒められた。否定するでもなく、適当に共感したり慰めたりするでもなく、面白がったうえで持論をのべてくれることが心地よいという。それをうれしがるあなたがすばらしいのだよ、と今なら思えるが、その時は「ほんと? うれしい!」と思うばかりであった。素直に。
 喫茶店でぼつぼつとしゃべれる、ってのはいいな。僕はもう、せっかく勉強教えるんなら友達になれないとやだから、とても安心した。かしこい人と仲良くしてると自然とかしこくなっていくもんだと思うので、この調子でいければきっと大丈夫。
 受験科目は英語、数学、生物。なんと理系。僕自身の受験科目は英語、国語、世界史なので、英語しか重ならない。それでもまあ、いちおうは放送大学で数学を専攻(?)しましたし! 復習のチャンスだと思ってがんばっています。今日彼女のための参考書を神保町の三省堂へ探しに行って、ついでに長岡亮介先生の『論理学で学ぶ数学 ――思考ツールとしてのロジック』を自分用に買った。一般書のようなタイトルだけど、なんと旺文社の『大学受験 総合的研究』シリーズ。学習参考書である。しびれる。僕はべつに受験するわけじゃないので、こういうある意味悠長な教材にも手が出せる。
 それから『俺の家の話』に影響されて岩波文庫の『風姿花伝』を買った。けっこう単純な人間なのだ。古本コーナーで100円だったからつい。訳は載ってないけど、パラパラしてみたらなんとか読めそうな文章だった。(いちおう国語の先生なので、少しくらいは古文が読めるのだ。)
 森博嗣『お金の減らし方』『勉強の価値』をざっと立ち読みした。彼の本でまともに読んだのは『集中力はいらない』と、せいぜいあと一冊か二冊くらいだが、不遜ながら僕と似ている部分がけっこうある。名古屋人だし。ブログなどもちょこちょこ読んでいたので、だいたい彼の考え方はわかっているつもりだ。だからパラパラ~っとしただけでだいたい把握はできた。うん、全面的に賛成! ゆえに買わなかった。


 今年の頭くらいに小学四年生の友達ができた。本人が「友達」と言っていたので間違いないだろう。それから3月22日のこと、今年90歳になる(と推察される)方からお呼ばれしてコーヒーと玉子サンドをごちそうになった。友達とふたりでお邪魔した。僕は『ひとりでいらっしゃい』というお話が好きだけれども、『雪渡り』というのも大好きで、こちらは兄妹ふたりで狐にお呼ばれするお話。狐の幻燈会には11歳以下しか行かれない。今でいえば小学四年生はセーフということになる。ああ、そういうことかもしれない。


 人から2020年5月25日の日記について言及を受けた。「優越感」についての文章だと言われたが、ぜんぜん内容が浮かばなかった。確認してみると青木雄二先生の「資本主義は優越感を煽る」というフレーズが引用されている。ああ、思い出してきた。

 優越感が大好きな人は、ほかの人が優越感を得ているのが許せない。他人が優越するということは、こちらが劣っている証拠と考えるんだろう。
 そういう人は「他人との差異」を気にしますね。人と比べます。みんなの不幸はだいたいこのへん。

 この記事に書いてあることは、森博嗣さんの言っていることと基本的にはたぶん同じです。が、なんだかとてもわかりにくいですね。うーん。粗い。全体的に伝われ~。(by 佐久間一行さん)
 でも、いいことをちゃんと言っている。人と比べる、ということは「外部(自分の外側にあるもの)」に依存するということだもんね。みんなの不幸はだいたいこのへん。ほんなこつ。
 僕が愛しているのは時間。時間は人と比べられない。もちろん数値化された「何時間」とか「何年」ってのは単純に比較ができますよ。そうじゃない、概念としての「時間」のこと。流れもしなければ過ぎ去りもしない、いつも動かずにここにある「時間」のことね。
 石と石とを比較することはできない。「石の質量」や「石の色」とかなら比較ができる。しかし「石と石とを比べる」ということはできないのである。
 そう考えると、あなたが比べているさまざまなものは、本来は比べることができないものなんじゃないのか? と思う。

2021.4.3(土) うまくいっていない人は歩きましょう

 やだやだ! 僕のことを嫌いにならないで!
 偉そうなことを言うヤなやつだって思わないで!
 いいよね、あなたは、うまくいってて、とか
 あなたにはわからないんだよ、とか。
 そう、「お前にはわかんねえんだよ」と言って死んだ友達もいました。(西原くんという人。)
 彼が僕と縁を切ろうという頃、「実家の太さ」を自慢してきましたね。どういう意図だったか知りませんが、「そういうところも含めて、お前とは世界が違う、わかりあえない」ということだったんだろうな。
 何度もすみませんが大事なこと。

 人生というのは!
「現実を自分にとってましな方に変えて行くこと」
 です。
 そのために用意された期間であります。

 弱っている人や、うまくいっていない人、少なくとも僕が勝手にそのように判断してしまっている人が、周囲に何人もいます。
 そういう人たちに僕は基本的に何もできません。
 話を聞いたり、何かを言って、少しでもつらさを和らげることならできると思うし、実際やっていますが、
「彼らのため」などと言ってこんなところに何かを書いてみることは、逆に反感を買う可能性さえあります。
 やだなあ、それがほんとうにいやだ。
 いやなのはこっちだよ、と言われるのを想像してまたいやだ。
 だからといってこれから書くようなことを直接告げられるタイミングというのは、いつ来るかわからない。
 会ったこともない誰かに届けることに意味がないとも思わない。
 回りくどい言い方ですが、僕なりには、いま書いていることは具体的な複数の友達に向けていることでもありますし、ぜんぜん別の誰かに対して言うことでもあります。そこを分けて語ることは僕の力ではできませんので、言うか、黙るか、という選択となって、性分で、書きます。

「もうだめだ」と思っている人に、「大丈夫だよ」と言うのは、とても大切なことですが、タイミングを間違えれば、「お前に何がわかるんだ」にもなるし、「あなただったら大丈夫なんだろうけど、わたしには無理」となるかもしれない。
 だからすごくいやだ。
「いやだ」と繰り返し書くことで、「は? なんなの?」って思われるのも怖い。そういう人はもう読むのをやめてしまうような気もするし、そういう人こそ地の果てまで読むような気もする。
 ああ、なんというか、そういうことが最近ずっと考えていることです。自分には何もできないし、何かをやろうとすれば裏目に出る。本当はただ静かに、笑って近くにいることが一番だと思う。

 何を言っても説教になってしまうのではないかと。
 そして説教というのは、嫌われるのではないかと。
 嫌われるのは、嫌だということ。
 嫌わないで! って心から願う。
 だから普段は黙っているし、しゃべろうとするとこのような時間が必要になる。

 それなりに生きてきて、何を言っても無駄、という徒労は存分に味わった。これまでたくさん喋ってきた。
 だからもう喋りたくない、と思ったことはたくさんあって、去年の誕生日に書いたことは言葉を換えればそういうことでもある。
 たとえば友達がいる。その友達は大変な状況にある。「こうしてみたら?」とか、「こう考えてみたら?」と言うことはとても簡単だ。だって僕には「考え」というものがすでにあるのだ。
 少しは自信もある。その考えはその人にとってそれなりにかなり正しいだろう。ただ、その人がそれを受け入れるかは全然別のことだ。
 受け入れるにはタイミングがある。
「大丈夫だよ」と言っても、「大丈夫なわけない!」と思われてしまうタイミングもある。
「そうだね」と受け入れてくれたとしても、それを続けられるかもまた別だ。「やろうとしたけどダメだった」ということがほとんどだろう。「すぐには難しいよね。少しずつしかできないよね」と言っても、「そんな悠長なこと! いつまでかかるのか教えてよ! 一生できないかもしれないよね? わたしはそんなに立派な人間じゃないんだ!」となるかもしれない。そういうタイミングもあるだろう。かなり多いだろう。だからつらい。
 そんなに上手じゃないと思う。
 僕はその係じゃない、むりに係を引き受ける必要はない。そう思ったほうがいいこともたぶん多い。
 僕じゃなくて、ほかの人とかものがなんとかしてくれることもあるだろう。
 だから僕は何もしないでいい。しないほうがいい。結局は自分でなんとかするしかないのだし、そのきっかけを与えるものとは偶然にしか出会えない。彼や彼女のタイミングの問題でしかないのだ、と。

 僕はただ何もしないで、ただ友達でいつづければいい。そのように今は考えている。
 そうできるようになってかなり楽になったし、楽になった相手も何人かいると思う。
 何も引き受けず、ただ他人として、ただ友達として存在するだけ。

 だけど、やっぱり気になってしまう。これは性分だろうな。
 でも、心が弱っている人や、心が変になっている人に何かを言うのは恐ろしい。何も言いたくない。しかし言いたい。
 たった一行のことだ。生きるってのは、現実を自分にとってましな方に変えて行くこと、なのだと。
 
 そんなことはわかってるよ! と言われそうだ。それで終わってしまう。
 だけど「わかってる」と「そうしてみる」との差は大きい。みんな何をやればいいかわからないのだ。僕はたいてい、散歩をすすめる。歩きなさいと。できるならお日さまのある時間に。
 歩くことから始めるのだと。外を歩けないなら部屋の中を歩くことから。それもむりなら転がることから。
 もちろん、その人の状態とか性質とか、望みとかによって変わるはずだけど、ベースはそんな感じ。
 現実を自分にとってましな方に変えて行くってのが、歩くことから始まる、というのは、想像がしにくい。そして、「そんなもんかね」と思って歩いてみても、たぶん取り立てていいことはない。「なんも意味ないな」と思って、やめてしまうのを想像できる。
 だけど出発点はそこで、意味がないと思いながら歩き続けることが重要なのだ。
 それが、意味を自分で作る練習になる。
 意味ということを理解する一歩になる。
 世界というものの中にある、ふだん意識していないものを感じて、そこに意味を見いだしたり、意味を作り出したり、意味と意味とを結びつけたりすることを習得していく。
 そのうちに、だんだん複雑なことができるようになって、「現実を自分にとってましな方に変えて行く」ということが少しずつ実現していく。
 それにどのくらいの時間がかかるか? それが、わからない、というか、永遠にかかると言ってしまってもいいかもしれない。べつにゴールなんてないのだ。
 ただゆるやかに何かが良くなっていくのを感じられる可能性は高い。
(と僕は信じる。)

 でも、それは悠長である。あまりにも。
 そんな時間はない。余裕もない。現実的には、お金がない。
 歩いていてお金が儲かるか? 儲からない。
 ただ減りもしない。おなかは減るし靴も減るけど。体重もたぶん減る。
 同じように寝っ転がっていても、スマホを見ていても、儲からないし減りもしない。電池は減る。
 だったらそのぶん歩いてもいい、と思えることが、だいじ。

 目的もなくとりあえず歩く。そうすると、たぶん最初は呆然とする。「どこへ行ったらいいんだ?」と。「目的もなく歩くなんてことが可能なのか?」と。で、大げさにいえば、そこから自分と世界との対話が始まる。
 自分は、目的もなく歩こうと思うとき、どこをどう歩くのか? この町に自分が歩きたい場所があるとすれば、どこなんだ? と。

 僕の考えでは、現代人の抱えている問題のほとんどは、たいていこれによって改善が見込める。
 もちろんそれで直接的に借金が減るわけではないし、家賃が払えるわけでもない。職が決まるでもない。そんな即効性はない。でもそっちに向かっていくための第一歩としては、それほど間違ったことは言っていないはずだ。
 散歩する、ということだけが決まっていて、どこをどう歩いて、どこに立ち寄るか、ということは何も決まっていない。そこを自分で考えて決めなければならない。せっかく散歩をするのだから、それを充実させるために工夫しないと損である。さあどのように「自分にとってすばらしい散歩」にしてやろうか? そう思えたら、もう「現実を自分にとってましな方に変えて行く」ということを始めているのだ。
 人生というのは、「生きる」ということだけが決まっていて、それ以外のことはすべて自分で決めることが(本当は)できる。それを「自分にとってましな方」に導くために、いろいろ工夫をするものなのだ。その練習としてちょうどいいのが、僕が思うには散歩なのである。

「散歩ならしてるよ。ほかにやることないんだから」という人もあるだろう。
 その人はもう、よくなりかかっているのだ、そう信じるしかないと思う。
 そのまま歩きつづけるのをおすすめします。
 たまに走ってみたり、知らない店に入ってみたり、どんどん遠くまで行ってみたり、いろいろバリエーションをつけていくと、また違ってくるかもしれない。

 ある人が言っていた。「悩んでいる人には、はっきり言ってアドバイスができません。そういう人の悩みの原因は、何年も前にあるものなのです。したがって、今から手を打っても、問題が解消されるのには、また長い時間がかかる場合がほとんどです。」
 悩んでいるということは、すでに手遅れなのだと。
 そんなことは実は誰だってわかっている。でも「何年も前に戻ってやり直す」なんてことはできない。だから多くの人は諦める。
 あるいは、「まだまだこの路線で、一発逆転のチャンスがあるはずだ!」と夢想する。競馬の負けを競馬で取り返そうとする感じ。損切りができない。
 でも「やり直す」というのは、「スタート地点まで戻る」ということだけではない。「ここをふたたびスタート地点とする」ということでもある。
 同じ地点まで戻ったところで、また同じ道をたどる可能性も高い。パチンコで身を持ち崩した人がパチンコを始める以前まで戻っても、またパチンコを始める可能性は高い。
 だから今この地点から、ぜんぜん違うほうへ歩き出したほうが成功の芽はある、かもしれない。
 歩こうというのはそういうニュアンスでもある。

「全然違うほうったって、何も思いつかないよ」という人がほとんどだろうから、「意味もなく歩く」ということを、ばかばかしくなるくらいやらないといけない。
 それはべつに「歩く」じゃなくてもいいのかもしれない。意味もなく目についた本を図書館で借りてきて読みまくる、とかでもいいのかもしれない。
 ただそれは、児童書コーナーとかでやるのがよさそう。大人向けだと、ついつい「これまでの自分」に関連したものを選んでしまうだろうから。
 ぜんぜんどうでもよさそうな、「古い柱時計のひみつ」みたいな本をひたすら読む。
 それはたぶん、歩くための体力づくりにもなると思う。

 ここまで書いたからにはもうちょっと書く。うまくいっていない人はだいたい、「自分はこういう人間だ」という思い込みが強い。現状そうだとしても、ずっとそうであるとは限らないのに、「ずっと自分はこんなものだろう」と決め込んでいる。あるいは無根拠に、「本当は自分はこういう人間なのに」とか「いずれ自分はこんな感じになる」と思っている。
 いったんすべて忘れて、「自分はなんだかよくわからない」とリセットミーしたほうがたぶんよい。
 どうして「自分はこういう人間だ」と思ってしまうのかといえば、「過去こうだったから」が根拠であることがほとんどである。過去に縛られている。
 あるいは、「自分はこうであるべきだから」という理想に縛られている。
 それはなぜかというと、「過去ずっとそう思ってきたから」で、やはり過去に縛られている。
「自分は将来こうならなくてはいけない」という想いも、結局は過去ずっとそう思ってきたという事実を、捨てられないから。過去に描いた未来像に縛られている。過去に縛られていて、未来像を捨てられない。
 過去なんて気持ちひとつでどうだって変えられる、捏造できるもんなんだから、縛られるなんて損だ。体よく利用してやればいい。それができりゃ苦労しないんだろうが、それさえできりゃ苦労しないのだ。できようぜ。
 もちろん、過去の自分を裏切るとか傷つけるってのはあんまりよくないから、そこは相談したうえで。

 散歩っていうのは現在を一歩一歩踏みしめながら判断を積み重ねていく行為ですから、過去から解放される練習にもなります。また、目的がないのだから未来のことも考えなくてよろしい。
 あと孤独になれます。これ大事。

 別に誰からも何も言われないでしょうが、それにしても「うぜー」とか「だるー」と思われてしまうような気はしてしまう。あーやだやだ。わかってもらいたいよ。
「面倒くさい、っていうか、考えたくない。」

 なんだかうまくいっていない人は、とりあえず自分の精神が自分の思っている以上におかしくなっていると仮定して、それを是正するためにまず歩く、というのを僕はいいとおもいます。
 歩くのはとりあえず無意味なので、意味を生じさせるために考えたり、工夫をします。そこに「自分」というものは芽生えてきますから、その芽を大切にすることです。(説教おわり)
 僕のことを嫌わないで! 本当に。いいやつなんだから……。

○参考文献
 現実を自分にとってましな方に変えて行くことが、“生きる”ってことなんだね。
(橋本治『青空人生相談所』ちくま文庫P29)

 悩んでいる人には、はっきり言ってアドバイスができません。そういう人の悩みの原因は、何年も前にあるものなのです。したがって、今から手を打っても、問題が解消されるのには、また長い時間がかかる場合がほとんどです。
(森博嗣『集中力はいらない』SB新書P173)

2021.3.29(月) エヴァーのテーマは「仲良し」です!

 まーたその話かと思われるかもしれませんが、僕はいま、「ようやく95年が終わる!」とめっちゃくちゃ喜んでいて、95年からの26年間に区切りをつけるために、すなわち今後の自分のために、ちゃんと書いておかなければならないのであります。
 このホームページをくまなく調べていただければわかりますが、僕は本当にエヴァンゲリオンという作品をほとんど見ておらず(最新作も見ていません)、日記等の中でまともに言及するのもほぼ初めてです。たまりにたまっているわけです。

シンジ 僕は僕を見つけるために、いろいろな人とふれあわなければいけない。僕の中を見つめなければいけない。
(『新世紀エヴァンゲリオン』25話より)

 96年3月に主人公の碇シンジくんはちゃんとこう言っているのです。それから25年経っております。
 エヴァーを愛するみなさまにおかれましては、さぞやいろいろな人とふれあって、自分の中を見つめ続けた25年間であ
 りはしませんよね。(全員がそうとは言いませんよ! もちろん!)
 エヴァーと95年以降の世界を僕が大嫌いだったというのは、その一点に尽きるのです、たぶん。

 エヴァーが好きなら、いろいろな人とふれあって、自分の中を見つめろよ!
 と僕は思うのであります。
 そうでなくて「庵野殺す」になる(なっていた)人たちが僕は本当に、心底嫌いです。「綾波〜〜デュフフ〜〜」や「謎〜〜考察〜〜〜ブヒ〜〜〜〜」等に終始する現象も当然好きにはなれません。
 TV版の25話と26話に出てくるセリフから僕なりに言葉を選んで再編成すると、そこで言われているのは、

「いろいろな人とふれあって、自分の中を見つめて、自分を知り、自分を好きになって、人に好かれることに慣れて、人を好きになって、人を信頼するようになりましょう。」

 ということで、97年の再放送を見ていた幼き僕はしっかりとそれを感じ取っていたようです。それは94年1月から96年5月にかけて発表された夜麻みゆき先生の超名作『レヴァリアース』と深く通ずるテーマだったと思います。昨晩この2話を24年ぶりに通して見て、いろいろ思い出しました。
(26話のラストシーンについては前回の記事をご参照ください。)

 もちろん、24話まで積み重ねてきた物語を、最後の2話で放り投げられたようにしか見えないのは確かで、それを「なんやねん」と思うのは理解できます。しかし「怒る」ってのは本当にわかりません。だってそこ(アニメの世界)ではそういうことが起きたんだから、それを踏まえて感じたり考えるしかこっちにはできないじゃん。

「おれたちは24話までにこのような快楽を得てきた。残りの2話でも同じような快楽を与えてくれると信じていた。でもお前(ら)は裏切った。だから許さない。」

 そう考える人が多かったのだろうと僕は推測します。

「これまでにおれたちが得てきた快楽を、お前は引き続きおれたちに与える義務がある。お前(ら)はその義務を放棄した。殺してやる。」

 と。
 別の派閥もあったでしょう。

「24話までの快楽をなかったことにはしたくない。最後の2話に関しても、どうにかその延長線上で快楽化させたい。どうにか理屈をつけてこの2話を分析し、解釈し、気持ちよくならなければならない。」

 とか。(「謎〜〜ブヒデュフ〜〜〜」側の感想ですね。)

 そして後者の派閥の勢力がかなり大きかったからこそ、この作品は超人気作となり、今に続いているのだと思います。
 それは結構なことというか、作品の強度を証明する事情でしかないので、凄いと素直に思うのですが、さっき僕が書いたようなこと(超要約すると、「自分や他人と仲良くしましょう」)があんまり強調されてこなかったから、僕は個人的に不満だったのでしょうね。
 25年間、僕は「エヴァを見て、人と仲良くしようと思いました!」といった感想を聞いたことがありません。

 エヴァーというのは、僕にとっては初めから、「仲良しの発想」を結びとして終わるアニメだったのです。
 どうやら『シン』はそっち方面でまとまったらしいので僕はとても嬉しいのですが、なんでそれに25年も掛けなきゃいけないんだよ! と思うわけです。25年前にちゃんと言ってたことじゃん! と。

 いまTwitterで「エヴァ “自分を好きに”」で検索したらけっこう出てきましたが、その半分以上がここ1年半に集中しております(最古のツイートは12年前)。シンエヴァ公開以降に爆発的に増えるというわけでもないので、Twitter人口の増加だけではたぶん説明がつかない。もちろん当時からのすべての視聴者の感想はわからないし、衝撃的なクライマックスなのでおそらく(むしろ新劇のなかった頃こそ)注目する人は少なくなかったでしょう。でももし最近になってあの場面について考える人が増えたのだとしたら、時代が変わってきたというか、熟してきたのだと思えなくはないですよね。
 ちなみに「エヴァ “他人と仲良く”」だとさすがに1件(2021年3月15日のツイート)しかヒットしないし、「シンジ “他人と仲良く”」も関連しそうなのは数件。「仲よく」に変えるとどちらもヒットなし。「エヴァ “自分を見つめる”」は実質0件。「シンジ “自分を見つめる”」は完全0件。このあたりを最重視する向きはやはり少数派だっただろうとは思います。
「自分を好きになる」のような、自分に対して内向きな発想はそれなりに注目されてきたようなのですが、「他人と仲良く」のような外向きの発想はあまり意識されていないように感じます。少なくともTwitter上では、「いろいろな人と(色々な人と)」というフレーズに注目している人は見つかりません。(前後のセリフを含めて引用していたのが1件だけありました。)

 旧劇場版も同じテーマを違う形で語っていると思います。結局は「しっかりと自分を知る(イメージする)」「そのうえで他人と生きていく」でしょう。好きだ、という言葉とともに。
「気持ち悪い」に至るエンドは、「これから先、二人がちゃんと向き合って仲良しにならないことには、人類はここで終わります」という脅し(あるいは鼓舞)のようなものとも見えます。そうすると「やっべ、そりゃ気持ち悪いわな。世界に二人だけなのに大変だ。よーし、気持ち悪くない、立派でキレイな人間にならなきゃ! そしてみんなと仲良くするんだー! 人類の繁栄!」という感想を持ってもいいようなものですが、24年間一度も聞いたことがありません。(いないとは言ってませんよ!)

 繰り返しますが僕にとってエヴァーは、「自分を好きになって他人と仲良くしたほうがいい」ということを言っているアニメでしかありません。それがたぶん、『シン』である程度、わかりやすい形で描かれたってことでしょう。でも、TV版もEOEも、すべて同じことを言っていたと思うんです。


 庵野秀明さんは富野由悠季監督の『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』という映画がとても好きらしくて、エヴァーもその影響を強く受けているんじゃないか、と同じく逆シャアをこよなく愛する僕は勝手に考えます。
『逆シャア』は、愚かな地球人を粛正するために地球を死の星にしようとするシャア(ネオ・ジオン)と、それを阻止しようとするアムロ(ロンド・ベル)、という構図なのですが、人類補完計画を達成しようとするゲンドウ(ネルフ)と、それを阻止しようとするシンジ(ヴィレ)にとてもよく似ています。
 アムロもシンジも、よりどころは「人の心の光」です。
「人の心の光」という言葉は『逆シャア』に出てくるのですが、それがいったいなんなのかは特に語られません。で、それを語ろうとしたのが『エヴァー』なんじゃないでしょうか。
 エヴァーで語られる「人の心の光」というのは、思い込みや勘違いをただし、自分をよく見つめ、自分を知り、自分をしっかりとイメージして、人に好かれることに慣れ、他人を好きになって、他人を信頼して、他人と仲良くすること、だと僕は解釈しております。
 逆シャアでは「サイコフレーム」がその象徴だったと思います。だからギラ・ドーガまでもがアクシズを押すわけです。(4月2日から全国7館で上映するらしいので観てね!)

 26年間エヴァーはそのことだけを言い続けてきて、ようやく言い終わって、みんなに伝わったようです(そう信じたい)。すなわち、これからが「仲良しの時代」なのだということです。


 1995年から2020年にかけては、「仲良しの大切さを訴えても、誰にもわかってもらえなかった時代」です。エヴァーがそれを証明しています。あんな描き方じゃ、わかんなくて当たり前だろ! と言われてしまえばそれまでですが、「仲良し」というテーマを持ったはずのエヴァーが「ああいう描き方」しかできなくて、そのうえで大ヒットしてしまったというのは、やはりそういう時代だったからなんだと僕は思うのです。
 僕はずーっと不満でした。
「自分を見つめて、他人と仲良くする」ということを(最終的には)訴えている作品が、「綾波~~」「アスカ~~ブヒブヒ~~」「プラグスーツ~~エッロ~~」「謎~ブヒヒ~~~」「解釈~~考察~~専門用語~~~エログロアングラ~~サブカル~~」みたいなことにしかならなかったの、マジで許さん! っていうことです。

 もう、2021年度からは、リセット!
 時代はようやく、仲良しに向かっていきます。
 そのへんのこと、詳しくは講演会で話しています。
 仲良しの発想。
「集団」として固定される時代は終わりです、スマスマもめちゃイケも終わりました。どちらも96年に始まった番組です。
 SMAPはいなくなりました。
 嵐も活動休止です。
 TOKIOの長瀬くんも明後日で引退。
 V6も解散します。
 これからは、個人が個人として立ちながら、みんなと柔軟に仲良くしていく時代です。
 それをエヴァーは予見して、「ちゃんと自分を見つめて、他人と仲良くしなきゃだめだよ!」ということをずっと言い続けていたのデス!(ここにきて断言)
 人類補完計画というのは究極の「集団」ですが、それに「NO」と(最終的には)言うのが、碇シンジくんですよね。
 だからといって「個人に閉じる」というのではなくて、「関係に開く」というのがエヴァーの本質だと僕は思います。

 時代はどんどん「関係」のほうに進んでおります。
 個人は「社会的関係の集中的な表現」として存在するだけです。(前々回参照)
 だから「いろいろな人とふれあわなくてはいけない」という話にもなるのです。

過去ログ





前URLは2016/11/10(木)に消滅しました。

尾崎昂臣/ジャッキー