少年Aの散歩

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2020.8.12(木) 名犬ジャッキー

 僕は名犬。ワンワンワン。
 自分が名犬であるとやっと自覚した。なぜこれまでわからなかったのだろう。僕は名犬だ。
 犬だとは思っていた。いろいろ考えると僕は犬なのだ。ひとたび犬と信じればすべて証拠に思えてくる。僕の寝ころぶ姿を見て「寝ている犬みたい」と言う人がいる。なぜならば僕は犬だからだ。
 そして僕はとても良い犬である。ゆえに名犬。ワンワン。
 飼い主、というよりも友達(ドラえもんとのび太を想像してもらえればよい)であるような独自の動物と散歩に出た。犬は一人では散歩できない。川のある細く長い公園を歩いていると近所の喫茶店のマスターが犬連れてベンチ座り、川を眺めていた。耳にイヤホン。ラジオか何かか。そしてタバコをふかしている。いつもうるさく吠える犬がしっとりと小さくなっていた。ちょっとまじめな楳図かずお先生のような外見の方である。半ズボン履いていた。すべてが僕にはうれしかった。「ね、あれはあのお店のマスターだよ」と僕はこっそりとみんなに言う。
 鳥が、猫が、蝉が、飛ぶ虫、川に浮く虫、小さな魚たち、そして木々。いろんな生き物がかわるがわる僕を飼う。月に向かって吠える時、その犬は月が飼っている。ペルセウス座流星群も順番を待っている。
 なんて幸せなんだろうなあ、この犬は。そう、名犬は必ずや幸福でなくてはならない。いかに悲しくとも。

 そもそも「ジャッキー」なんてあだ名をつけられるってことが、僕がずっと犬であったことの証明なんだし、あるいはあの4月の日のあの下校のときに、僕は初めて犬になったのかもしれない。それまでに犬だった証拠はない。証拠が生まれ、同時に犬が生まれた。
 それから僕は吠えるようになったのだ。それまではワンなのかニャアなのか、ミーンミーンなのかわからなかった。ワンワン言うようになって「これだ」ってなって、それでこのホームページだって20年も続いてきたのだ。
 すべては僕をジャッキーと命名したA先輩のおかげである。あの方は朝に時間があると10キロくらい走って学校にくるようなガッツある女性で、犬でなかったとは言い切れない。

 単に犬であるというだけでは誇りにもならないが、名犬となれば別だ。実はずいぶん前から自分が犬だということを知っていたのだが、とうとうここでは明かさなかった。ちょっと恥ずかしかったのである。だがお話は名犬よ。これからは気軽に「名犬!」と声をかけていただきたい。「いぬ!」よりもずっとよい。
 おさかなをよく食べるのも犬だからだ、と書こうかと思ったけどそれはどっちかといえば猫なのか。犬って何を食べるんだ? 骨は食べるのでなくしゃぶるのだろう。
 犬 主食 でググってみる。やっぱり基本はお肉のようである。これは困った。僕は大人しい犬だから魚や野菜を好むのである。まあそういう犬もいていいや。
 ワンワン。これは決して冗談ではない。僕は名犬である。その意味をきっとあなたがたもわかるようになる。
 ところで小沢健二さんの『高い塔』という曲は、東京タワーとスカイツリーという二つの塔を一つの概念としてまとめて語ったものだと理解でき、だとすれば二人の息子をそこに重ねる読み方も遊びとしては許されよう。次男「天」縫(あまぬ)氏と「スカイ」ツリーをだぶらせているわけである。そんなこととは関係なく「高い塔」というものを人間が育っていく様に重ねることだって問題ない。それは個人でもよいし「人類」だってよい。当然バベルの塔だって想起されてよい。そう考えると「0(ゼロ)から無限大のほうへ」という印象的な歌詞は「あーね」である。生命も文明も、そう。人生も。
 素直に読んで「日本の文化・伝統」みたいなことでもよい。「日本人」と言いたければそれもよし。いろんなことを象徴的に「高い塔」として括っている。
 で、それは東京タワーのあとスカイツリーが生まれたように、変わっていく。解体されることがあるとしたらよほどの事情がなければ東京タワーが先だろう。入れ替わっていく。「高い塔」が何をさすか、というのは実際なんだってよく、高い塔は高い塔なのである。それがたまたま東京タワーであったりスカイツリーであったり、自分であったり息子たちであったりする。

本当に誕生するのは パパとママのほうで
少年と少女の存在は babyたちが続けていくよ
(『涙は透明な血なのか?(サメが来ないうちに)』)

 高い塔の存在はいろんなものが続けていく。古代の未来図は姿を変え続ける。

 333のてっぺんから、634のてっぺんから、少年と少女は「飛び移る」のである。(参考文献:楳図かずお『わたしは真悟』)

 飛び移っていく。
 ところで『高い塔』の歌詞を載せたページを見るとどこもかしこも「高い塔の一つ」と書いているが正確には「高い塔一つ」と歌っているしCDの歌詞カードもそうなっている。曲はサブスクで聴けます。
 夜中に川原や公園に立ち尽くして空を眺めているようなとき、「東京の街に孤独を捧げている高い塔一つ」という気分になるし、誰にも褒めてもらえないような美しいことを信じて祈ってやっているようなときも、やはり「東京の街に孤独を捧げている高い塔一つ」というような気分になる。そういう人を見ると、「いよっ! 高い塔!」と思う。
 本当にどうでもいいのかもしれないけど僕が自分を名犬だと思い「名犬!」と声をかけてくれと言うのも、「いよっ!」と言ってもらいたいからなんでしょうし、僕が名犬の存在を続けていきたいということでもある。
 それにしても少年と少女の存在をbabyたちだけが続けていくなんてのは寂しいと思う。誰だって少年と少女の存在を続けていくことはできるはずだ。塔ばかりが高い塔なのではないように。犬でなくたって名犬になれる。小沢健二さんという人も、自分は犬であったりキャラバンであったりする、みたいなことを1993年に書いている。

 僕はすごく少年だし少女だし高い塔だし名犬なのだ。その自負と使命を背負って生きている。もちろん覚悟も。
 そしてまた時間そのものでもあるだろう。自負はまだ。

2020.8.11(水) 75点

 ある人がいて、その人には人生の伴侶と決めた相手がいる。
 その人は相手のことを「75点」だと思っていて、「残りの25点が埋められればこの人は完璧なのに」と考えている。
 人間はもちろん自分の把握できる範囲しか把握できない。そのせいもあってこの「25点」というのは、「わたしは満たしているが相手は満たしていない25点」なのである。
 ちなみにその人の自己評価は「75点」であって、相手とはその面で吊り合っていると信じている。
 自分の「75点」のうち「25点」を、相手は持っていない。これをこの人は惜しいと思う。「わたしの満たしているこの25点を、相手も満たしてくれたら、相手は100点になり、わたしは何も減らずに75点のままだから、合わせて175点になる」と夢見る。
 わかるかえ?
 つまり「わたしはトイレットペーパーが切れそうになったら買うが、あの人は気づいていても買わない」である。タバコを買いに出るならついでに買ってきてくれたらいいのに、と。
「トイレットペーパーが切れそうなことに気づいたら買う」というのが、「わたしは満たしているが相手は満たしていない25点」の象徴で、そこさえ満たしてくれたらこの人は100点なのに……と、いつも歯痒い。
 だからこう言う。「ねえ、トイレットペーパーが切れそうになってるのに気づいたら買ってきてよ?」と。これは、「あなたは、あなたの足りない25点を埋めるべきである。わたしはその25点が埋まっているので、それをアドバイスすることができる」だ。
 逆向きのこともあるだろう。「甘いものばっかり食べてるから太るんだよ」とか。

 自分は「甘いものが食べたくなったとしても我慢する」ということができる。だから「我慢すればいいじゃん」と気軽に思う。この人の相手への評価は75点で、自己評価も75点。そして「こいつが満たしていない25点を、おれは満たしている。だからこの25点について改善してもらえれば、こいつは100点だ」と思っている。

「なんで、自分は軽々と埋めているこの25点を、相手はこんなにも埋められないのだ?」と、お互いに不思議である。「あと、たった25点が埋められれば100点なのに。しかも残りの25点というのは、フツーに当たり前にこなせるようなことばかりなのに」と。
 わかるかえ??
 だいたいにおいて「二人」というのはこういうもんである。「自分にできることを相手もできれば完璧なのに」と、互いに思っているのだ。
 その前提には「自分が簡単にできるんだから、相手も努力すればできるはずだ」という信仰がある。
 でもねー言うまでもなく無理です。

「悪いところがあったら言って、なおすから!」という恋人同士のよくあるフレーズも。
「わたしにはあなたが軽々と埋めている25点が欠けている、その点について指摘していただければ、その25点を埋める努力をしますので、何卒ご寛恕願います」だ。
 わたしは75点の人間です、残りの25点はきっと埋めますからアドバイスください、捨てないでください。
 いつか100点になりますから。
 そして相手に対しても思う。「いつか100点になったらいいなあ。」
 すると合わせて200点になるのだもの。
 わたしがなおして、相手もなおしたら、200点。やったー! 満点!
 無理です。
 ふたりあわせて150点なんだから、そこで満足したほうが絶対いい。

 しかも欠けている50点は、実はお互いが25点ずつ持ち合わせているのだ。
 なんなら、そういう工夫をするために「二人になる」わけですよ。
「あなたが75点であるのは惜しい、わたしにはあなたに何が欠けているかがわかる、協力しますのであなたはがんばって100点になってください。わたしも、あなたの協力のもと100点をめざしますから」という、一見健全で建設的な約束には、けっこう無理がある。
 互いに100点をめざす過程で、だいたい関係は破綻する。
 問題はいろいろあるが、最大はこちら。点数を決めるのが「お互い」であるということ。「お互いから見て100点」ということをめざすと、「お互い」の外にある人間関係がとっても疎かになる。それでだんだん、綻びができて、大きくなって、終わります。瓦解。崩壊。
 人間は一人で生きているのではないし、二人で生きているのでもない。人は「みんな」で生きているのです。
「ある特定の人にとって100点」ということを目指すと、その過程で「誰かにとって75点」だったのが「30点」になったりする。「あいつ最近付き合い悪いよな」とか「恋人ができて変わったよね」とか。恋は盲目とはこういう話である。
 75点でいい。なんなら50点とかでもいい。無数のものとのバランスで人は生きている。ある一つのものを100点に引き上げようとすれば、他のあらゆる関係の「点数」が下がってしまうかもしれない。そういう状態を「カルトにハマる」と言う。これほんと。
 完璧なんてのはない、ということを心に留めようぜ。100点に見えるってことは、どこかでマイナスが生じている。絶対に。

 ここまで点の話をしてきたが、点なんてもんも当たり前だけど無いし、ゲージみたいなのもない。ただ現象があって、それに対する「自分の気持ち」があるだけよ。
 そして自分の気持ちというのは、がんばれば自分で決めることができる。ところがこれが、なかなかできない。
 できないからカルトにハマる。
 恋愛だってそうだ。「100点」というのは、「自分の気持ちを固定して動かなくさせる」ということで、それは実のところ「自分の気持ちを自分で決める」ということの放棄なのだ。

2020.8.7(金) フッ軽

 のび太と僕の家族の誕生日が終わりゆったりとお店の片付けをしていたら0時11分ごろ「まだ新宿にいるからおいでよ」との連絡に気づく。2分後に出て0時17分発の大江戸線終電に乗る。本当は早く帰ってカレーを食べる予定だったのだが自分が行けば良い組み合わせになると思った。合流して歩いて友達がやってる会社にお邪魔してコンビニで買ったお酒やらを広げた。僕のフッ軽も大概だがこの時間に会社にいて快く相手してくれる社長もすごい。※フッ軽……フットワークの軽さ でもフットワークって何だ?
 四人のカシコ集まれば花咲き乱れ新しい。遅くまで話し込んでしまった。早く帰れたらまた違うふうに健康的だったはずなんだけどこちらに来てしまったからにはせいぜい美しからねばならぬ。
 四谷三丁目あたりでシェア自転車に乗って湯島に戻り、自分の自転車に乗り換えて帰宅。
 寝て起きたらまた別の人から連絡があって夕方出かけた。友達と駅で待ち合わせてお店に入った。そこには別の友達もいた。あとから別の友達も来た。喫茶店に寄って帰った。
 花次々と開いたり深まることは良い。

2020.8.5(水) 残酷な「誰」が支配する

 たぶん小学校2年生の頃、まだ本格的な割り算を習うより前、休み時間に「5わる2は」という問題が盛り上がった。「4わる2」が2なのはわかる。「6わる2」が3なのもいい。では「5わる2」をどう考えればいいのか。
 僕は兄がいて算数をかなり先取りして教えてもらっていたので、すでに小数点の存在を知っていた。「答えは2てん5」と言った。どよめいた。「聞いたことがない」と、誰も判断をつけられない状態になってしまった。やがて一人の子が言った。「Nくんに聞いてみよう、Nくんは塾行ってるから。」
 自分の席に座っていたNくんのところへ代表者が行って問うと、Nくんはこう答えた。「違うと思う。」くるりと振り返った代表者は勝ち誇ったように「オザキ、テキトーなこと言ってんじゃねーよ!」みたいなことを言った。みんなは安心した顔でこちらを見ていた。脅威は去った、とばかりに。

 人々は「何」よりも「誰」を重視するのだ、という残酷な事実をこの瞬間、身にしみて知った。

 中学に入ってすぐ、廊下を掃除しながらふざけて遊んでいたら保健室の扉がガラッと開いて、養護の先生から「あなたの兄も不良なら、あなたもやっぱり“そう”なのね!」といきなり言われた。なるほど掃除中に遊ぶのはよくない、しかしその時、問題にされたのは僕が「何」をしていたのかではなく、僕が「誰」であるか、だったのだ。
 こういうエピソードばかりが幼い僕の心には残った。なぜみんな「誰」ばかりを重視して、「何」ということを考えてもくれないのか。

 ある高明なミュージシャンのTwitterでの発言が最近そこそこ話題になっている。発言者が有名人であるため、やはりその内容よりも「誰」が言ったか、ということが重視されがちだ。それだけならまだしも、それについて語る言説をめぐってさえやはり「誰」というノイズはまじる。
 まあ小沢健二さんのことなんだけど、それについていま語ろうとする人たちの様子を見て、専門家とか研究者ということについて考えた。

 みんな「専門家の言葉」を氷山の一角だと思っていて、氷山の全体を忖度して読む。「この人は専門家だから、この言葉の土台には、あるいは奥には、何らかの根拠があるのだろう」とか。(専門家の側も、「自分の発言の下には巨大な氷山があるのだから忖度せよ」という態度をとる。)
《どうしてみんな本当のことそのまんまそこに置いといて見ないの? どうしてこっちに持ってきてワクにはめて計るの?》(小林じんこ『風呂上がりの夜空に』より)
 このせりふにあるように、「そのまんまそこに置いといて見」るということを、相手が「専門家」になると途端にできなくなる。逆に、相手が専門家でないと見るや、「そのまんまそこに置い」てあるもの以外の存在を一切想像しなくなる。

 Nくんは僕が初めて出会った「専門家」であり、権威であった。Nくんは(小2ながら!)塾に行っていて、みんなは「塾」というものを知らない。だからNくんの言動は「氷山の一角」であって、その下には「塾で学んでいること」という巨大な氷山がある、とみんなは思っている。だから「違うと思う」というたった一言が、僕の具体的な解答よりもずっと大きな説得力を持った。
 僕は専門家ではないので、「2.5」という解答の外側についてはまったく想像してもらえない。たぶん僕はこう言えばよかったのである。「6年生の兄から教えてもらった」と。それだけで、「塾に行っているNくん」と「6年生から教わったオザキ」という対等さを僕は確保できたはずだ。それだけで僕はちょっとした「専門家」になれたはずなのである。
 しかし当時の僕は、すでにそれをダサいと思っていたのか、あるいは単に臆病で何も言えなかったのか、あまりのショックに茫然自失したか、わからないけどそれ以上の記憶は何もない。ただ間違いなく、僕はこの瞬間から「誰が言ったか」でものごとを判断することや、専門家や権威といったものをこよなく憎むようになったのだ。

 7月25日の記事は実話。良かれと思ってアドバイスじみた発言を図々しく行ったのが悪かったのだろう。「じゃあ、あなたはボクよりも幸せな人生を送っていると言えるんですか?」と言われてしまった。「言えるんだったら話は聞きますけど、そうでないなら……」くらいのところで、「あーもうこの話はやめ! 何を言っても誰が言ったかに還元されるような話なら、まっぴらだ!」ときっぱり打ち切った。
 この相手は「資格」を求めてきたわけだ。「あなたは専門家なのですか?」と問うのに等しい。「幸せに生きるという点において、あなたがわたし以上の専門性をお持ちであるなら、話を聞きましょう。そうでないなら黙っていてください。わたしはあなたよりも専門性が高いのですから。」ということである。
 そして、どうやらその専門性というのは自己申告でいいらしい。「言えるんですか?」という問い方だから。言えばいいんだったら言うよ、専門家同士語ろうぜ? って一瞬はそっち方面の展開も考えたけど、やっぱりどうしても「誰が言ったか」の領域には行きたくない。なんでかって、それは絶対に仲良しの発想ではないからね。
 ちなみに僕はこの彼のことをかなり好意的に捉えており、いいやつだし面白い人だとも思っている。それだけにそっちには本当に行きたくなかった。仲良しの可能性を断絶させることになる。もっとも、「あーもうこの話はやめ!」という態度は相手にとっちゃ「拒絶」でしかなかったのかもしれないけど。ただ、そういう事態ってのは、そういうふうに話を持っていくと生じるんだよってことは全力で示しておきたかった。

 専門家が何を言うか、とか、その人が専門家であるかどうか、ということを、みなさんけっこう気にしておられるはず。一方で「専門家」という言葉は最近とみに、「専門バカ」というような意味合いに使われるのもよく見る。「自分の専門に閉じこもって、他の領域のものを「こっちに持ってきてワクにはめて計る」ということをするわけだ。ところが「研究者」という言葉はまだそういう揶揄を受けない。「専門家」はネガティブにも捉えられるが、「研究者」は基本的によきイメージをまとう。
 政府が組織していた「専門家会議」も、「研究者会議」という名前にしていればもうちょっと信頼が集められたんじゃないかしら。Googleも「専門家会議 無能」などとサジェストしてくる。
 件のミュージシャンの話題でも「研究者」の方の意見がやはり持ち上げられていて、当人も意識的に「私はこれこれの研究者なんですけど!」と書き始めていたりする。「私はこれこれの専門家なのですが」ではなく。それは「ちゃんと読んでもらう」ためにはかなり有効な手続きなのだ。権威性が高いので。モチダヨウヘイさんという人はその点でとても賢い印象を受けました。

 今後おそらく「専門家」は地に落ち、「研究者」はしばらく生き残る。「専門家」は自称(自己申告)できるが、「研究者」は今のところ、大学を中心としたアカデミズムに籍を置く者の特権で、そういう意味では「誰が言ったか」が重視される文化は温存ないし強化されていくだろう。より権威的なほうへ。

 高等教育を修了する者が増え、職業も無数に増えて、あまたの専門家が跋扈する世の中においては、専門家の希少性は薄まり、玉石混淆にもなる。すると専門家の上位互換として「研究者」というものの存在が浮き上がる、というだけ。
 専門家がこうも多く、薄くなってくると、「専門家でもないくせに」という言葉は宙に舞うのだ。「武田鉄矢は専門家じゃないんだから教育について語るな」というような発言を「くだらない」と思う人にとっては、もはや専門家かどうかということはほぼ意味を持たない。(「研究者」だって、たぶんいつかはそうなる。)
 もちろん、まだまだ「専門家かどうか」にこだわる人はめちゃくちゃ多いのでしょうが、僕は冒頭に書いた個人的怨恨の延長としても「専門家」なるものへの疑義をこれからもさらに深めていこう。「研究者」についても同様に。むかし岡田淳さんの本をテーマとする読書会に行ったら一人「研究者」がいて、みんなその人に「どうですか」と意見を伺って、意見が対立した場合には無条件で「研究者の勝ち!」みたいになってた。むちゃくちゃな話だ。

 地上にはびこる、カジュアルな専門家や研究者についても同じ。Nくんが祭り上げられた立場もそうだったし、幸せ専門家の彼もそうだろう。それはもう、ダサいと思わなきゃいけない。哲学書をかじっては語りたがるのと変わらない。ポジションや属性は、あるいは経歴や経験なんかはもう、あなたの代わりに何も語ってなんかくれないよ。かつてそれが有効だったとしたら、社会がもっと膠着していたからだから。

「専門家」「研究者」といった言葉を使わずに、あらゆる意見や考えを「そのまんまそこに置いといて見」る癖をつけることが絶対に必要。「誰が言ったか」というのは、仲良しの発想ではない。自己紹介が苦手な人ほど、実は仲良しの発想に優れているのだ、っていうことでもあると思う。
 仲良しの発想というのは、それが「誰」であるか、ではなく、自分とどのような「関係」を持つのか、ということを中心にものごとを考えるということだ。自分はどこの学校の何年何組の誰です、と言わなくても、公園で顔を合わせて、なんとなく一緒に遊ぶような流れになって、楽しくて、でも名前も知らなくて、っていうようなことはいくらでも成立する。僕はこの「仲良し」ということを何よりも大切にしたいので、そういう考え方になる。
 人はそもそも何の専門家でもなく、何者でもない。ただ人と人があれば関係が生じうるというだけである。空とか縁起とかはそういうことだと思っている。そういえば今日はすんたんの誕生日。おめでとう。

2020.7.29(水) 告白

 とても好きな近所の喫茶店が数週間前から開いているところを見なくて案じていたらInstagramで「6/30閉店」と書かれた記事を今日見つけた。27日に投稿されていた。これをそのまま信じるべきでもないかもしれないが「そうかもしれない」とは思う。今はたださみしい。そこから歩いてほどないところにとても大好きな食堂があったのだが半年ほど前に閉店してしまった。どちらもかなり高齢の方が経営していて、仕方ないと言ってしまえば本当にただそれまでである。
 悔いがあるとしたら、僕は彼らに「告白」ができなかったということだ。

 今日の昼間、これまた大好きな喫茶店に行った。そこはもう昼食のメニューは表向きやっていないことになっているのだが、その以前より通っていた人には(要するに知っている人には)出してくれる。帰り際、申し出るより先に領収書を手渡してくれた。書いておいてくれたのだ。そしてまた、ちらっと話しかけてもくれた。めずらしい、というか、引っ越してきてこのかた2年くらい通っているけれども数えるほどしかないことだ。
 仲良くなるということはそういうことでいいと思う。馴染み、記憶し、語りあう。ただ、僕はなぜか遠慮してしまって、このお店ではあまり声を出せない。なんでなんだろう、恋する少年のようなのだ。
 だけどさっき書いたあの喫茶店や食堂のことを思うと、このまま「告白」をしないでいることへの焦りが募る。僕はたいていどんなものに対しても、こうやってじっくりとしてしまう。仲良くなるための道すじについて正しく考えようとしすぎるゆえか、遅すぎるほどスロウになる。
 もうちょっと思いきったっていいんだろう、きっと。行くたびにもう一言、二言、何かを付け加えるだけでいい。お店というのは、永遠にそこにあるわけではない。
 数日前、かつて訪れたことのある名古屋の居酒屋が全焼したと聞いた。マスターも亡くなったらしい。そのお店を教えてくれたのは仙台の「くも」という飲み屋の店主で、ああ、そこにだってもう一年以上は行けていない。


 ここんとこ、確かに告白ということについて考えている。恋愛とかいう関係のスタートを切るための「告白」については、くだんねーなとしかあえて言いませんが。もうちょっと広い意味での。
 僕の意見はだいたい定まっていて、告白というのは最終手段である。どうしても時間がない、という時にだけ、「すっ飛ばす」という形でそれを行う。本来はもっと正当に時間をかけた関係の育み方というのがあるのだが、そんなことやっているいとまはない、という場合、告白というものが急に意義を持って立ち上がってくる。
 告白とは「すっ飛ばす」ものなのだ。「先取りする」ということでもある。だからテキトーにやると失敗する。しっかりと見極めて、ひょっとすりゃ何十年もかかったかもしれない「時間」をすっ飛ばす。先取りしてしまう。

 高校時代に知り合った一つ年上の親友がいる。その時分の「一個上」というのは果てしなく差があって、初めはお互いに相当な距離を置いていた。彼は浪人のすえ地元で進学し僕は東京に出て、お互い大学一年生になった頃に久々に会った。その時も初めはやはり距離はあったのだが、以下のような短い会話でそれは完璧にすっ飛ばされるのである。

僕「あれ、そしたらいまは大学一年ってことですよね」
彼「そうだよ」
僕「え、じゃあ、タメじゃん!」

 対等になるために「タメじゃん!」という口実が必要だった当時の僕(ら)の未熟さはともあれ、この伝説の一言より以後、僕らの間には寸分の不純物も存在しなくなった。まったく大親友と成り果てたわけである。いや、未熟ながら賢しい。これが「すっ飛ばす」ということなのだ。おかげで蜜月は何年早まったろうか。ともすれば永遠にその日は来なかった可能性さえある。

 この「タメじゃん!」ったら、まさしく告白。その時の気分はけっこう覚えている。「え、じゃあ仲良くしてもいいんじゃん!」と昂って、けっこう勢いよく発話した。だから互いに印象深くていまだに話題にのぼる(というか、第三者に対してよく語る)のであろう。

 ここんとこ、俄かに告白っぽい言葉を受け取る機会が多くなっている。もちろん恋愛のそれではない。「タメじゃん!」とは種類が違っても、昂りや潤いを秘めた爽やかな質感の言葉を、あるいはムードを、ことの流れを伴った告白に対しては総毛立つような激しい快さがあった。
 告白が快くなるためには、必ずそこに共犯関係がなくてはならない。どちらかがどちらかに「言わせる」ことが肝要である。これは恋愛でも同じだろう。「すっ飛ばす」とは言っても、その着地点をお互いが見えていなければ、自分だけすっ飛んで終わってしまうわけだ。だから僕は「いい告白を受けたな」と思うとき、たいていは「うまいこと言わせたな」と同時に思っているし、「告白しちまったな」と思うとき、「うまく言わせやがって」と思ってもいる。それは呼吸ってもの。でなければ、告白はただ戸惑いを生むだけだもの。

 この種の告白については「見極め」がとても大切だ。できれば互いに見極められているといい。そしたらダンスともうほぼ同じで、どっちが先にステップを踏むか、というだけの違いしかない。しかもそれは適当に入れ替わればいい。まあ要するに仲良しがいいよねってことでしかなくて。僕の結論は毎回だいたい同じようなところへ旋回する。


 僕にだってすっ飛ばしたいものはある。だけどそれは少しずつリズムに乗っていつの間にか踊り出している、というようなものでなければいけない。まずはリズムを合わせよう。あとは楽しく揺れるだけ。たくさんの手遅れを糧に

2020.7.27(月) 「もうひといきじゃ 心を鬼に

 どうも自分は目の前の人に優しくしすぎる。この話は前にも二回くらい書いてるなあ。「その場」とか「その都度」とか「対等」とかを重んじるとそういう副作用があるのかもしれない。副作用と言うくらいだから主作用のほうが大事で、だからそれでしかたないといえばそうなんだけど、結果的に時間の使い方がすこぶるヘタッピになる。今は良くても十年後や二十年後の優しさやカッコよさに響くんだろうから、できるだけ副作用を削ぎ落としていく方には考えていきたい。
 心を鬼にするということは、他人に対してある程度厳しく、ひょっとしたら冷たくなるということでありつつ、同時に自分に対しても、厳しくまた冷たくなることでもあろう。自分は自分に甘いので、それをそのままスライドさせて他人にも甘くしてしまっていることがあるんじゃないかという気がする。
 とはいえ、もちろん、自分に厳しくしているから他人にも厳しくする、という発想は野蛮である。目には目を、の世界。そんなんでなしに、自分にも他人にも、うまく甘さと厳しさ、温かさと冷たさを采配できるようになるべきだというくらいの話。たぶん。
 また自分は、長い目で見過ぎだとも思う。他人に対して、今はこうだけど将来はこうなるかもしれんから、というふうに思いがち。そしてまた自分に対しても、長い目で見ているのだと思う。それは「甘い」ということと非常によく似ている。
 互いに甘さを授け合うことを、共犯という。共犯ほど楽しいことはない。だって互いが甘やかし合うのだ。でも時にはそれを解消して自分の犯罪のほうに一所懸命打ち込むということも必要なのである。それがまた共犯の質を高めていくんだし。

2020.7.26(日) エルツー

 2020年。これからいろんなことが20周年を迎える。今月11日はホームページ開設20周年だったが、本日26日は僕のステージデビュー20周年である。学芸会とかを別にすれば。
 守山文化小劇場で、『L^2(エルツー)』という作品。作・演出はわに先輩。僕はきゅうすけという男の子の役で、わと先輩演じるてんという女の子とシンメでニコイチ(これらの言葉当時は知らなかった)。衣装は半ズボンにチョッキみたいなので探せばどっかに画像くらいあるけど、半年後にこの先輩方にノリノリで女装させられたことを考えると「やっぱ半ズボンっしょ」というノリがどこかにあったことは想像に難くない。当時はなにも考えなかったが。今ならわかる、共感という意味で。僕だってかわいい男の子の役には半ズボンをはかせるよ。
 エルツーとは高架鉄道のことらしい。抽象的な世界観のなかで少女二人の内面を描いた深みのある作品だったと思う。台本はもちろん残しているがすぐには出てこない。自分で書いたものはすべて持ってきてるけど、これは実家。
 ビデオもたぶんMSPことまこと先輩が録ってると思うから、なんとかすれば見られると思う。まこと先輩はたぶんあの伝説の『なにしてる!』も録ってくれていた。その節はたぶん驚かせたと思います、すみません。
 人前というものに初めて立ち、本番というものを初めて味わった。幕が上がる直前の感覚は今でも覚えている。守山文化小劇場というのは何百席もある大きな劇場で、カラッとした鉄の匂いさえおそらく完璧に思い出せている。ほとんど人生の幕開けでもあったと思えるくらい、その幕が降りたという記憶はない。大会では友達もたくさんできた。僕は動き出し、加速というのをし始める。今年のどっかに、また続く。

2020.7.25(土) 石川たかや

 プロ野球選手に対して、高校までいちおう野球部だったくらいの人が、「もっと身体を柔らかくさせたほうがいいスイングができるんじゃないでしょうか」とアドバイスしたとする。
 そこでプロ野球選手はこう言ったとする。「あなたは僕よりもいいスイングができるんですか? 僕よりもいいスイングができない人にそんなことを言われても受け入れる気にはなりません」

 そういうようなことを言われたので、高校までいちおう野球部だったくらいの僕は、それに関する話を一切打ち切って、やめた。
 何を言っているか、ではなく、誰が(+誰に)言っているか、のほうを重要とされるような局面は、金輪際避けたい。
 僕は単純に、身体を柔らかくさせたほうがいいスイングができるのではないかと(自分なりの根拠に基づいて)思ったから、そのように言っただけなのだ。
 それに対してプロ野球選手は、「あなたには私にそれを言う資格はありません」と言ったわけである。
 その資格というのは、「自分よりもいいスイングができること」。

 結婚をしたことのない人間は結婚について語る資格がなく、子育てをしたことのない人間は子育てについて語る資格がない。
 んなことあるか。(グレチキ)
 こないだ「武田鉄矢は教育の問題について語ることをやめろ」という旨を含むツイートがバズっていた。金八先生を演じただけなのに、まるで語る資格があるようなツラをしていると。
 何かを語ることに資格などあるのかね。いいことを言っていればいいと判断し、よくないことを言っていればよくないと判断するだけじゃん。
 これも「誰が言っているか」を優先する例。
 たとえば、「武田鉄矢が言っていることを何でもかんでも良いとする風潮はよくない」というのであればわかる。そういう風潮があるとすれば。
 そういうところ、丁寧にやってほしいもんだ。なかなかみんな、言葉については考えない。

2020.7.24(金) たあボー家の人々

 僕は下の名前が「た」で始まることもあってサンリオの「みんなのたあ坊」がけっこう好きなのですが、このキャラクターのデビュー年が僕の誕生年と同じだということをいま知りました。こういうのうれしいな。
 それはそうと多忙。絶望の灯はだいぶ弱まった。
 お店の話なんですけど(お店をやってるんですけど)3月はともかく4月から7月の頭くらいまでずいぶん大変で。儲からないとかそういうのはまあなんとかなるからいいんですが、タボーだったのです。お店を休めば少忙になったのでしょうけど、そうするわけにはいかない美意識みたいなものが僕の唯一の商材であり「わら一筋の自負」なのです。
 4、5月は時短営業にしていたし、今も開店をちょっと遅めにしているので、労働(お店に立っている)時間自体は短くなっているんだけど、頭のCPU稼働率というか、考えてる時間と量と質、みたいなものは以前よりもずっと度が増している。未来人にはわからないでしょうが、この年なんとかウィルスが猛威をふるって世界は大変なことになっていたのですね。(こういう、未来の読者を見据えた書き方はまるでASKAさんの「本」みたいだ。←これもすでにわかんないと思いますが。ギフハブ。)

 あまり僕は「ストレス」というものを意識したことがなかった。だいたい泣いて寝ればリセットできていたし頭で考えて処理すればそれで消化(ないし昇華)できてしまっていた。「ストレス」という蓄積性のものというよりは、「こういう問題がある、どうしよう」とか「このことについてとても不安だ、おそろしい」といった眼前型(?)の困り方をしていたわけですね。それと、まあストレスを散らすのがもともと上手だというのもあったんでしょうな。それこそこういうふうに文章を書いたりとか。
 今回はほとんど人生で初めて、「あーこれがストレスかー」ということを感じた気がする。
 2017年の4月から7月にかけては、お店をやりながら学校の先生もやっていて、かつライター(文章)の仕事も毎週締め切りがあって、これは死んでしまうなーというくらいに忙しかったんだけど、それはストレスという感じではなかった。学校で生徒と会ってると本当に癒されますし、お店も楽しいですものね。
 それと今回とどう違うのかというと「さみしい」ということに尽きますわね。
 孤独感。別に僕は天涯孤独ではなく頼れる家族がいるし心通じ合う仲良しの人もいる。友達は本当にいっぱいだ。お金に困るということも今のところはない。そういった点において僕は非常に幸せなのだが、それとは「別腹」と言わんばかり、孤独というものはフュっと忍び込んで増幅するものらしい。

 わら一筋の自負、とさっき書いた、僕の唯一の商材たる「美意識」について、僕は例の数ヶ月、ずっとこう思っていたのである。「これを美しいと思うのは僕だけなのではないか?」と。カッコつけていえばそういう孤独だった。
「そんなことない、と言ってくれ!」って幾度かサインを送ってみた。その象徴が「存在への対価」なるヘンテコリンなおねだり行為で、これには想像以上に反応があった。3月から4月にかけて、まだ国や都の補償が定まっていなかった頃の僕の精神を支えてくださったのは間違いなくこれだった。あれはお店の存在について対価をもらっただけなので、僕個人がそれについてあんまり大仰な感謝はしないようにしているけど、個人的に心の支えとさせていただけたことはまた別だということにして思いきりここで感謝します。ありがとうございます。
 誤解のないように強調しておくと、夜学バーというお店を良いものだと思ってくださる方々、具体的にはお客さんに代表される人たちにはもう本当に感謝しかなく、当たり前だけどみなさまがおらんくばたぶんとっくに辞めております。そしてくだんの「美意識」なるもの(毎度ほんとに抽象的な表現でもうしわけないです)を、おおきく深く理解し愛してくださっているということは、実際ものすごく届き、響き、浸透しております。いやー、よかったよかった幸福だ。これまでがんばってきた甲斐があった……涙……と本気の本気で思っておりますよ。
 じゃあいったい僕がなんで孤独を感じるのかというと、主に「似たような世界に生きていると思っていたような人たち」に対してですね。これは自分でも意外なほどダメージが大きかった。
 えー、みんなそんな感じなの? って、すごく簡単にいえばずっと思っているのです。

 4月から7月頭までというのは、うちのお店にも本当に働き手がいなくて、僕ともう一人の若い男の子と二人だけでずーっと、無休でやってた。僕は週5か週6でお店に入ってた。その孤独感を理解してくれる人、どのくらいいるんだろうか。ものすごくつらかった。忙しいからではなくて、さみしいなーとずっと思っていたのだ。
 同業者ということでいえば、何軒か心強いお店もあったけど、知ってるお店の9割方に対しては「えー、そんな感じなの?」という個人の感想を僕は持った。
 さみしかったなー本当に。
 応援してくれる人はいくらでもいるんだけど、一緒にがんばる仲間はいない、といえば超わかりやすいと思う。「応援ありがとう、ぼく、がんばります!!」と言うための元気は無限に湧いてくるんだけど、「よーし、いっちょがんばりましょーかね!!」と拳をそろえる相手はいない。いや、いたけど。こんなに少ないもんなのか? と。
 それはなんでかというと、普段から徒党を組まないでいるからですね。どのジャンルにも属さず、馴れ合いもしない、ということを徹底していると、こういうことになるわけです。なんでも自分で決める、誰にも流されない! というふうな信念でいると、「あれ、みんなそんな感じなの?」になって、「なんか孤立してるような……」で、「さみしいよー!」になる、というのは、要するにワガママなわけですよ。僕の。
 バカじゃないので、そんなことは織り込み済みというか、覚悟の上でやっているんだから、「あー、やっぱりさみしいもんなんだなー」ではあるんだけど、「まさかここまで孤独だとは思わなかったぞ」ということで、そこは僕の計算ミスっていうか、浅はかだったところ。修行が足りない。
 すごく正直なことを言えば、お店としては孤立していてもいいんですよ。美意識だなんだと言いたいんだったら独力でなんとかするしかないんだから。しかし、……いやあ、ここから先は言葉にしないでおこう。まだまだ修行が足りないし、準備も足りてなかったな、ということに尽きる。もっとうまくやれる可能性だってあったはず。
 一つだけ言っておくと、「そういう孤独を引き受けるということを引き受ける」ような人が、実際もっといてもいいと思うし、もっといるかと思ってた。甘かったなあ。
 友達がほしいね。いるけど。もっと。数じゃなくて。きっと質でもなく。

《ああ、そんなんでなしにたったひとりのほんとうのほんとうの神さまです。》


 来月(8月)は、以前から手伝ってくれていた人が複数名復帰してくれる予定だし、新人が二人ないしひょっとしたらそれ以上加わりますので、ハー、ようやく僕は孤独じゃなくなった、と最近は毎日嬉し泣きみたいな状態でいます。実際その新人二人の目処がつくまで僕の心は荒廃寸前でした。6月は危なかった。4月、5月にいわゆる「ステイホーム」していたのであろう人たちが6月になってちょこちょこと来てくださるようになって、そのおかげで逆に「ステイホーム」が可視化されたような感じがあって、それも地味にじわじわ、きていたのでありました。
 いやだというよりは、そうか自分はそういう役割なんだなと今更ながらわかったというか。いよいよ覚悟を決めさせられたというか。「そういうことでもあるんだな」というか。古い友達がずいぶん前に、「自分は普通に会社員として働いて結婚して家庭をつくり、普通に普通に生きているけれども、ジャッキーみたいな友達がいてくれると、代わりにいろいろ楽しいことをやってくれてて、しかもたまにその楽しさを直接味わうこともできるから、ありがたいのだ」みたいなことを言ってくれた。だいぶ美化してしまったかもしれないが。僕はそういう係なんだな、ということが痛いくらいわかって、そしてその係を進んでやろうという人は、あんまりいない。それがさみしいってことなのでありました。
 でもそうと決まればもう、本当にみんなのおかげで今はつらくない。手伝いたい、支えてやろうという人がいるんだもんね。勇気を出して歩きます。

2020.7.16(木) かわいいぼく

 最近明らかに僕がかわいい。昔の写真以上にかわいい。どんどんかわいくなっている。理由はちゃんとたぶんある。
 3年前まだ僕が女子校の先生をやっていた時の卒業式の写真なんか本当にかわいい。これも理由は明白で撮っているのが生徒だから。卒業する生徒からレンズを向けられてかわいくならない道理がない。
 2015年4月から2017年7月にかけて2年4ヶ月その学校にいたのだがこの間僕は少しずつかわいくなっていった。かわいくなくては授業がうまくいかないということがだんだんわかっていったのだ。というか、かわいければかわいいほどうまくいくのだ。最近確信できたことにどうやらかわいいことが僕の本質であって、つまりかわいくあることは自分の本質を晒す行為である。
 本質(正体)を見せない教員を生徒たちは警戒し、自らも本質を隠す。彼女たちの本質も無論「かわいい」なので、こちらがかわいくあれば向こうもかわいくあってくれる。それが本質を見せ合うということでもある。本質を見せ合えるということは信頼関係に直結し、授業も日常も仲良くやれる。
 1年めと2年め、僕はちょっと本質を隠していてしまったので、ややうまくいかないところがあった。それでも1年めの2年生とか2年めの1年生はかなりうまくやれたと思う。その時の実感で「これは素直にかわいく振る舞ったほうがうまくいくのではないか」とわかり、3年めは何も隠さずに教壇に立った。最初の授業では「初恋」の話をしたのだが、それは友達にだってほとんど語ったことのないエピソードだった。あんなに素直にすべてを話せたのはみんながかわいい子供だったからだと思う。僕もその時は(というか授業の時は毎回)かわいい子供になっていたはずだ。
 その年のテーマはとにかく「嘘をつかない」で、それだけは貫き通せた。だからこそ、嘘をつかなくてはいけないような状況になる前に辞めた。今学期で辞めるよってことも6月の頭くらいにいち早く授業で話していた。先生たちには秘密だよって言ったら本当に終業式の日まで誰にも知られていなくて感動した。このへんのことは当時もいっぱい書いたけど、まあ総集編ということで。
 話すと長くなるから割愛するけども僕は19歳の夏から「他人に心を開く」ための練習をし始めた。ずっと経ってようやく最近それができはじめて、だからけっこうかわいくなってきたんだと思う。昔はもっと隠そう隠そうとしていた。閉じよう閉じようと尖っていた。
 それを開いてくれたのは生徒たちや、仲良しのかわいい人。本当に、かわいい人といると自分もかわいくなれる。もちろん見た目とかじゃなくて感性の話。みんなも好き合ってる人と一緒だとニャーンとかワンワンとか言うでしょ。夏休みの空き教室なんかで気の抜けた生徒たちとダラーっと過ごして、「先生うめぼし食べる?」なんて言われてもぐもぐしてると、その数秒がニャンだワンだの500回ぶんくらいに相当する。あるいは仲良しこよしのお友達とわけのわからない言語で掛け合っているような時、完璧にまったく新しい鮮やかなフレーズはニャンだワンだの6000回ぶんくらいに相当したり、するよね。
 そうやってふにゃやかに柔軟性を獲得していって、いまとりあえず5歳以降で一番かわいい時期になっている。この1週間で2軒のパン屋さんに計3回行って、どちらもおばあさんのお店なんだけど、もれなくサービスしてもらっている。今日もサンドイッチ二個買ったら一個余計にもらえてしまった。そりゃ行く時間やタイミングの問題で、ちょうど余ってたんだろうけど、「かわいいぼくだからな〜」と無理やりこじつけて考えるくらいには「かわいいぼく」だと自分で思っている。ちなみに「かわいいぼく」とは何かというと、たぶんちょうど一年くらい前だとおもうけど徳島のブラジリアという素晴らしい喫茶店に入ったらお客さんのおばあさんに「かわいいぼくがきたよ」と言われたのが語源。かわいいぼく。そうか僕はかわいいぼくだったのか! と驚いた。たぶん半ズボン履いてたからだろうな。
 10年くらい前にmixiで知り合ったけっこう年上の男の人が、「自分はかわいくなくっちゃいけないから、かわいくしてるんだ」と言ってて、その意味がようやくわかってきている。僕もかわいくなくっちゃいけない、それが自分の本質だから。
 冗談や惚気ではなくて、顔つきがかわいくなっているのは間違いないと思う。もうあんまり怯えていないし恨んでもいない。絶望や不安はいまだにあるけど勇気や覚悟はそれ以上に身についている。今日2017年の生徒二人と会えて、なんかいろいろ思い出した。咲いたまま落ちたキキョウを自分の髪の毛に添えてみたら「かわいい」と言われて、この子たちと出会う前だったらそんなことはしていなかったかもしれないし、今ほどお花が似合わなかったかもしれないな、とか。ちょっといい話さ。

2020.7.15(水) 積み増える

 高校生のころとかは書くこと特に思い浮かばなくてもなんとかひねり出していてそのせいでわけわからん日記が多いのです。
 今日はお店が非番であった。めっちゃ寝て起きて少しのことをして散歩がてらおこわとどら焼きを買い素晴らしい食堂で満腹になり帰りに喫茶店に寄って帰って寝て23時くらいになっていたので少しのことをやったりおこわとどら焼きを食べたり古いiPadを調整したりWindows10のメンテナンスをやったら朝になってしまった。お風呂に入って今に至る。
 暮らしはちょっとずつよくなっている。やらねばならぬと思っていることは積み増える。
 古いiPadのメモに詩のようなものが入っていたのでUPしようと思ったがそのままの形では今の気分に合わなさすぎるのでリペア(?)して載せた。過去の気持ちをそのままにしておいたほうがいいような気もしたが、どういう気持ちでメモに留めておいたのかがわからない。たぶん仕上がりがあんまり好みじゃなくって放置したのだろう。当時の僕には完成させられなかったものなのだ。だからちょっとだけ変えてみた。
 昔の詩を読み返すと、何割かは出来がよくない。せっかく書いたので公開しましたという程度のものさえある。詩はすべてアドリブで推敲なぞほとんどしないので口演がそのまま文字になってしまうようなもの。だから神回もあれば駄作も多い。好きなのだけ集めて本にしたいとずっと思っていたが面倒くさいから実現していない。先日やりますよ私という奇特な人が現れたのでその人次第では本になるかもしれません。みんな買ってね。

【オフ会終了】
 ↓のあとすぐにもう1名いらっしゃったので、オフ会参加者は総勢(僕含め)4名でした。2010年のオフ会には(僕含め)15名きていたようなのに。どうも、いろいろなことを感じますね。今回は頑なに「HP以外では宣伝しない」と心に決めて、実際に本当にどこでも(自分のお店でさえ!)口に出さなかった(読んでくれているとわかっている人しかいない場では別)ので、その差なのかも。「行けなくなりました、10年後かならず!」とわざわざ連絡くださった方もいたし、BBSやメールフォーム等からお祝いしていただいたり、もちろん19時以降お店に来てくださった方もたくさんいて、気持ちは幸せでしかなかったのですが、それにしても、3人か! とは思いましたね……。副管理人(今やすっかり僕が勝手に言ってるだけみたいな感じになっている)の添え木もこなかったし……。(彼だけは直接声をかけてよびました。)
 夜学バーには20人ものお客さんがきてくださって、年に一度あるかないかの大繁盛。そのうちの何割かはここの読者だったと思います。たぶん7〜9人(うち3人はオフ会参加者)くらい。
 もちろん今回は流行病の影響もあって、それがなければまた違ったはず。ちょっと残念ですね。オリンピックみたいに来年に延期すればよかったのかな? でもまあ、それも含めて10年に一度の重みってものです。
 まだ僕に会ったことのない人がもしいたら、ぜひ勇気か何か出していつかお店に来てみてください。あるいは「お茶しませんか」でもいいです。再会のために再会しましょう。
 今回のためにサイトを開く直前(14〜15歳)の文章をあれこれ読み返していたのですが、恐ろしく拙く、そして鋭い。20年という時間をこういう形で実感できるというのは本当に面白いです。ちなみに2000年3月22日の僕の文章を読んだのははじめにきた2名だけで、ドラえもんとのび太みたいに同じ文書を一緒に覗き込んで読んでくれていて、本当に嬉しかった。裏Ezは印刷して持っていきましたが黙っていたら気を遣ってか何も言われなかったので誰にも見せずに封印しました。また10年後に。
 次回開催は2030年7月11日(木)です。
 ところで、僕が男の人だからなのかもしれないけど、こうして可視化される読者像はやはり女の人が圧倒的に多い(もちろん男の人もいる)。たぶん単純に、男の人は読んでるとしても黙って読んでるんじゃないかな。あと反応をくれるのはやっぱり若い人が多い。15年くらいずっと見ていてくださっている方ももちろんいるけど。若い人たちの中には「自分と同い年(あるいは年下)のときのジャッキーさんは何を考え、書いているのか?」といった味わいを楽しんでいる人もいるらしい。あるいは「適当な単語でサイト内検索して出てきたのを読んでいる」という人も実際いた。積もり積もった20年の過去ログが何か教材のような機能をいつのまにか果たせているのだとしたら教育家(!)として望外の喜び。みなさんありがとう。むかしのぼくも本当にありがとう。
 どんな読み方をしているどんな人も本当にありがとうございます。できたら途中でたくさん、感動できたらなおさらいいぜ。

18:29
 あと30分でお店(夜学バー)に移動して通常営業しますが現在総勢(僕含め)3名です! 3年くらい前から告知してたのに! 10周年には15人(僕含め)くらいきたのに……。2030年7月11日はどうぞよろしくお願いしますね。(何人かはお店のほうにいらっしゃるのだとは思いますが。) ちなみに添え木きてません。

17:43
 陽が隠れた(そしてたぶん二度と出ない)のでベンチに戻りました。まだひとりしかきません。あと1時間ちょい……。

17:01
 1時間経ちました。だれもきません。ひとりでぼんやりしています。陽が出て暑くなってきたので日陰(野外ステージの裏門があるところ)に移動。水音が聞こえます。さっき突然強風に見舞われ、次いでお天気雨がサァーっときて神秘的で感動しておりました。と、書いたところでひとりめが。やったー!

 お店にしろ、ランタンZoneにしろ、10年に一度のオフ会にしろ、「誰か来るかもしれないし誰も来ないからもしれないし誰が来るかもわからない」という状況はたまらない。楽しいばかりではないがきっと好きなんだろう。その原点は幼少期の「公園ジプシー」だろうし、ずっと窓の外を眺めていた中学3年生から高校1年生にかけてのあの時期もきっと同じような気分だった。いつのまにか「待つ」ということの中毒になっている。だから僕は辛抱強く、サイボーグのようにめげずに動き続けるし滅多に怒ることもない。ただ「待つ」ということの苦しさ、切なさ、心細さというものが常にともにある。そこがまあ味噌なのだとは思うけど。
 笹舟だ瓶だ風船だと言っているのは、あるいは祈りというものは、そういうことなんですよね。

16:11
 不忍池のほとり(南側、野外ステージ裏)のベンチにおります。人を待ちます。誰か来るだろうか。思ったより暑くないが、やはりまだ陽は高いです。まあ気長に。

14:50
 プレEz日記をほんの少しだけ公開。

 1998年11月22日
 本文にもあるように、これが僕の「日記」の最初と言っていいと思う。「せめて一冊分」と言って22年続いているわけです。さくらももこ先生って本当にすごいんですね。で、やっぱ『ちびまる子ちゃん』って6巻くらいまで?がとにかくいいよね。

 2000年4月29日
 開設直前の文章。5〜6月は公開できない内容ばかりだったので。真理ちゃん元気かな。ジョセフは添え木です。

 ほかは10年ごとに(興が乗ってきたら)おみせするかも。主にオフ会(本当に10年に一度しかやりません!)で。あとせいぜい5〜6回しか機会がないと思うのでぜひ。

2020/07/11 13:04
 お店で待機中です。雨降らないようなので16時になったらでっかいドラえもん持って野外ステージの裏あたりに行きます。よろしくお願いいたします。ここでしか読めない文章、ここでしか見られない写真、などあります。添え木(副管理人)も呼びました。来るかな。
 現在フォームからのメールが一通、掲示板の書き込み一件、届いております。ありがとうございます!

 このホームページを開いて7月11日で20年経ちました。お祝いのメッセージくざさい。メールフォームも掲示板もございますので。

【オフ会のお知らせ】
 20周年を記念して10年ぶり2度目のオフ会を開催します。
 7月11日(土)16時〜19時 上野公園不忍池南側のベンチ周辺、「上野恩賜公園野外ステージ」の真裏あたり。暑いとやなので夕方にしました。持ち物、参加費、とくになし。飲食物など自分に必要なものを。
 目印は大きなドラえもんです。
 雨天時は夜学バーで。また、13時くらいからお店(徒歩1分)で待機している予定なので、昼しか来られないという方はそちらにどうぞ。0次会ですね。
 19時からはお店を営業しています。(きてね)
 行けない、って方は電報よろしくです。

 10周年のときはわざわざ遠くから来てくれた人(高校の同級生とか)もあり面白かった。10年に一度しか開帳されない(かもしれない)秘蔵の何かを見繕ってもっていきます。裏Ez(!)とか探せばどっかにあるはず。写真とかもいいかもしれない。こんなやつが書いてたんや、っていうの。

 追記。裏Ezを発見し読んでおりますがこれは無理です。手書き日記と同じくらい無理。16-19時のあいだにはいちおう持っていきますが30周年に持ち越す可能性さえあります。「2000年3月22日」のはギリいけるかな……。黒塗りくらいはするかも。

2020.7.10(金) オフ会やります

 裏Ez(!)らしきフォルダと、2000年3月22日(中3の終わり)のできごとを記述した古文書などが出てきました。中2から高1の夏までにかけての日記はノートに書いていてHPと関係ないやんけ、という感じなのですが3月22日のは初めてパソコンで書いた日記で、ある意味これの原点のようなものなのです。顔火だけど、これらとそのほか見つけたらものを持っていきます。詳しくは↑。

2020.7.9(木) 風読みリボン

 夕方家を出て台東区の旅。Kという土地を最近気に入った。今日はLという喫茶店に初めて行ってみた。おじ(い)さんが入り口に立っていて、僕が自転車を停めると中に入った。入店すると「いらっしゃい」とその人に言われ、おしぼりと水を渡されたので「ホットコーヒーくざさい!」と申し出たところ「もうすぐママさん戻ってくるからね」と言われた。よく見るとその人は店の奥でJINROを飲んでいるようだ。お客さんなのだろうか。待っている間によかったらと3ヶ月くらい前のヤンマガとスピリッツを目の前に置かれた。優しい。
 ちょっと前の週刊文春もあったのでせっかくだからと渡部氏の記事を読んでいるとママさん戻ってきてホットコーヒーをいただく。400円也。いいお店。
 前に行ってサイコーだと思った喫茶店Sに行ってみる。「通院のため午後5時ごろ戻ります」との貼り紙。時刻は16時50分くらい。あと10分待てば戻るんだろうけど雨だしなと、合羽着て再び自転車で走り出す。
 通ったことのない道を通る。見たことのなかった居酒屋を見る。そこを通り過ぎたあとで、視界の端に何かが映った。このように「何か」を感じとる習性や、感じたものについて面倒くさがらずにちゃんと戻って確かめる癖が、いつの間にか鍛えられている。雨のなか自転車で方向転換することさえやや億劫なのだが、その「何か」がとんでもない「何か」かもしれないのだから仕方ない。
 この時点では本当に「何か」と言うほかないようなシンプルな直観でしかなかった。定まらぬ全方向の予感。それが建物であることだけはわかっていたし「お店」であるという可能性もよぎってはいたが、確信はおろか予想さえ追いつかない、そのくらいのスピード感でまずは「何か」だけがやってきていた。
 と大袈裟に書いてみたがほんの一秒後には「何か」なるものは具体性を帯びる。風呂場でメガネが曇るくらいの速度。それはまず単に家である。目立つ看板や装飾はなにもない。扉が開いていて内部が少し見えた。テーブルが見えて飲食店の予感があった。とするとあのほんのり電気がついているエリアはカウンターか。よくよく見ると開いている扉のガラスに薄い茶の字で「コーヒーの店 R」と簡単な飾り付きで記されていた。わ、喫茶店やんけ。ぼく、喫茶店を見るなら、ほんとうにすきだ。(こういう断りのない引用を僕は未だによくする。ちと改変してます。)
 しげしげと眺めていたら中にいた方が気づいてくれたので、営業時間と定休日をうかがった。平日の7−12時くらいとのこと。「よかったら今度寄って」と。嬉しい。
 あとでそのお店をインターネットで調べてみたのだが、Googleマップ、食べログ、Rettyはおろか、ブログや個人サイトに至るまでグーグル検索で見つかる情報は何もなかった。TwitterとInstagramでも調べてみたが何もなし。すごい。狐のお店を見つけてしまったのだ。
 途切れのない喫茶店ブームにより23区内でインターネットに捕捉されていない喫茶店などほとんどないと思っていたが、ほとんどないだけで僅かにはあるようだ。散歩の成果。足で稼ぐとはこのこと。幸福な気分のまま日本堤の商店街にあるリサイクルショップでずっと欲しかったカビンを買った。800円。
 そういえば吉原の真ん中に小さな喫茶店があったなとソープ街に潜り込んでKというお店でコーヒーを飲む。350円。ここもじつに素晴らしかった。
 お腹がすいたのでTという食堂でカツカレーを食べる。サラダにブロッコリーが入っていて好物ゆえ昂った。食後に「よかったら」とすいかが供される。いいことづくめ。
 そこから上野に向かう途中で知らなかったお店を二つばかり見つけたので心にメモった。
 19時から1時すぎくらいまでお店にいて、1時40分くらいにT町のBというパン屋の前を通りかかると、果たして開いていた。吸い寄せられるように入店。おばあさんに「朝食べる?」と聞かれたので「朝も、今からも」と答えると玄米のサンドイッチをすすめられた。すでに100円引きになっていたカツサンドをもう50円引いてくれるとも行ってくれた。もう一つ甘いのを買おうと思ったらチーズのおいしそうなやつがあったので手を伸ばそうとするとおばあさんも同時に手を伸ばして「これおいしいよ」と言いかけたところで僕がすでにそのパンに手を伸ばしてることに気付いて「あっ」と小さな声をおあげになった。(これは太宰治の『斜陽』冒頭を意識しております。髪の毛?)
 そしてあらためて「これおいしいんだよ」とつぶやいたものである。
 お金を払おうとしたところ一万円札しかなかったのでコンビニに走って116円の納豆を買った。戻ってお会計をしたらサンドイッチ180円→120円、カツサンド300円→150円、チーズのやつ180円→0円ということになった。合計270円。早起きは三文の得である。
 大好きなKという居酒屋のような食堂へ。営業時間は「1:30〜12:00、14:00〜16:00」と、見事に食堂と居酒屋のゴールデンタイムを外した営業時間。早めの時間(午前2時とか)に行くとだいたいお客は僕くらいなんだけど今日は先客があって座敷で寝袋に入って横たわってるキャップかぶった男性がいた。終始ほぼ無言だった。牛乳ハイとカレールー頼む。770円。ちなみにカレーライスは300円でルーのみだと400円。
 朝10時までやっている大黒湯へ。久々なので間違えてタオルセットの券を買ってしまった。520円。小さいのだけなら30円安いのだ。お酒をちょっと飲んだからなあ軽めに浸かって出た。
 3時半ごろ帰宅して5時ごろ眠る。10時ごろ起きる。件の喫茶Rに行くのだ。ぽつぽつと降るなか行った。2席のテーブルが3つ、4席のテーブルが1つ。合計10席の小さなお店。「小さくてびっくりしたでしょ?」と言われる。たぶん昨日のことは覚えていた。500円の豪華なモーニング。トースト、茹で卵、お味噌汁、サラダとお肉のお皿(この部分は日替わりらしい)に飲み物は「ホットかアイスか」のみ聞かれたので基本はコーヒーなのだろう。
 僕が来たあとも2名の来店があり、僕をのぞいてお客は5名。みなお年を召した女性。新潟県上越市の「秋」という名喫茶を思い出す。女性店主で女性ばかりの集まるお店には独特の雰囲気があって好きだ。
 ひと段落したママさんが僕の向かいの席に腰をおろしぎこちなくスマホを使う。メールしているようだ。それが終わると僕にいろいろ写真を見せながらお話をしてくれた。46歳で開店、78歳で油絵を始めていくつかの賞を取り、現在82歳とのこと。
 お店を出ると口々に「まご?」「マゴ?」「孫?」とささやきあう声がきこえた。噂話。女子。
 Sの前を通ると老齢のマスターがいつもの場所に座っていた。ここもコーヒーしかないので今日は遠慮した。朝から何杯も飲むのはちとこたえる。
 といってM駅前の喫茶M(ここも地図にない)ではついミルクコーヒーを頼んでしまった。ここはコーヒー350円でミルク350円だがミルクコーヒーは450円。わかるようなわからないような値付けだ。コーヒーは作り置きのはずだから原価でいえばミルクがいちばん高いのでは。ここでこの文章を書き始めたが、13時くらいに閉まってしまうらしい餃子屋に行くため途中で切り上げた。
 J商店街にあるそのお店はシャッターが降りていた。定休日ではないはずだ。休んでいるのか、すでに閉めたのか。しかたなく商店街をとぼとぼ歩いていたらすばらしい(と思う)出会いがあった。「なにかし堂」という謎の私設図書館ができており、入って話を聞いてみると思った以上に志のある場所だった。十代の若者にフォーカスした「居場所」的なものを志向しているようなのだが、あまりダイレクトにそういう表現をしたがらないところに好感が持てる。教育らしからぬ教育、という方向性が見てとれて、共感。たまに顔を出そう。思わず『小バー』を寄贈してしまった。こういうところから若者を夜学バーに誘致したいものだ。
 別のお店で餃子を買い(16個660円)、また違うところで紅生姜天ふたつとチーズのなにか(370円)を買い、この文章を仕上げるためOという喫茶店に入った。メロンミルク450円。これからいったん家に帰るが、Hというお店に寄ってみるか、考え中。
 M島のHにきた。(リアルタイム追記。)ミルクセーキ450円。液体ばかり飲んでいる。いったい自分はなぜ液体をこんなに飲みに行くのか。僕にとっては本を読むのと同じである。ここにいながら本を読んだり作業をしたり、テレビを見たりすることは一石二鳥。
 夜です。お店にいます。少しだけ。ミルクセーキを飲んでお手洗いに立ち帰ってくると店主さんから 話しかけられ、夫妻のお話を写真を交えて小30分ほどうかがった。そこから家のほうへ数十メートル行ったところに魚屋さんがあって、何度も素通りしてしまっていて今回も一度は通り過ぎたのだが透明なガラスケースの内側にパンが置いてあったのが面白くて引き返しまじまじと見た。パンのほか空っぽでお魚はなかった。それからもういちど出立したのだがケースの貼り紙が気になって10メートルほど走ってからまた戻った。すると「魚は冷蔵庫にあります」というような意味のことがむずかしい文字で書いてあった。意を決して奥にいるおじいさんに話しかけてみるととっても丁寧な対応をしていただけて鮭を二切れ、サバを二切れ、煮豆と紅生姜をひとパックずつ買った。ちょうど1000円。帰宅。

2020.7.7(火) 七夕の夜、君に会いたい

 日記タイトルは歌詞(または曲名)に限りますな。
 十代の頃とかの僕の日記を読むと引用だらけで、鉤括弧も出典もなかったりするからどこまでが僕の言葉なのか他人にはぜんぜんわかんなかったと思う。引用の理由は当時から「文体を盗むため」。好きな言葉を散りばめて違和感がなければその言葉はもう僕のものだと勝手に思っていた。
 読むほうはシラけてたかもしれないけど僕は本気で、未熟ゆえ言葉にできない感情や思考を、借り物でもとにかく吐き出したかったのだろう。それが栄養になっていくような実感も確かにあった。いつか自分の言葉で書けるようになるために、という気分は持っていたんじゃないかしら。
「七夕の夜、君に会いたい」は名作コピーのようなフレーズで、響く。毎年七夕で思い出すのは弟子()の誕生日とこの曲だ。作詞は松本隆さんだけど、曲名もなのかな。作曲は細野晴臣さん。あわせたらタカオミですな。笛が足りない。

2020.7.6(月) 僕たちの目は見えすぎて

「遠くまで見える目には流れ出す 5月の涙を僕らは誇りに思う」(フリッパーズ・ギター『偶然のナイフ・エッジ・カレス』)

 歌手のAmikaさんがこんな記事を書いていた。サブスクリプションサービスでアルバム2枚聴けるのでぜひ。とりあえず1stの『世界』『住宅』『ふたつのこころ』(デビュー曲)あたりをじっくり聴けばどれほどすごい人かはすぐわかるでしょう。あとはYouTubeにあるPV等をなめるようにご覧ください。サブスクにないものについてはご相談ください。僕は2005年発表の現時点での最新スタジオ録音オリジナル曲(のはず)『日々を繋ぐ』が本当に好きだなー。
 公式HPはAmika.jp。こちらはご本人が自力で作っているようです。そういうところもすばらしい。自力ですよ自力、これからは。

 Amikaさんは「極度の遠視で、調整すると視力が軽く2.0以上にな」るということにどうやら最近気づいた(なんなら近視だと思っていた?)ようで、こう続けます。有料部分ですがほんの少し引用。

遠視は、普段から強過ぎるレンズ(眼)でいろんな物が見えて情報量が多過ぎてしまうということ。 だから逆に「映っているのに見ていない」ということが多く起きているそうで。

「周りが全く見えてない」というのはメタファーでも何でもなく身体的特徴からだったのかと知り、腑に落ちました。
自動的な情報の取捨選択?

 このあと、「食事中に飛んでる蚊を箸でつかんだことがあ」るとか、「無意識に視界の端に飛んでた蚊を裏手で払いながら3匹一気に捕まえることもある」とか、「交通事故に遭った時にギリギリのタイミングで自転車から飛び降りて無傷だった」とか、すごいエピソードが続出します。
 歌を聴いていると視点の鋭さに驚かされっぱなしなのですが、この「身体的特徴」の結果でもあるのかも。

この「普段は全く見てないけど実は見えていた」というのは遠視が関わってたんですね。
見えてたけど見ていなくて、
見ていないのに見えていた、と。

 僕は遠視というわけではないと思うけど両眼とも1.5くらいあって、ちょっとだけわかるような気がします。自転車で事故ったことは何度もあります(!)が、それで怪我をしたことは一度もありません。すべて無傷。蚊を箸で捕まえたことはないけど。
 一方で毎日のように頭を打ちます。当たり判定がバグっております。でも自転車の操縦はとても上手だと思ってます。見えるはずのものが見えてなくて、え、それ見えてたの? というものが見えていたりする、という感覚はなんとなくあるわけです。

 遠近感ってもんがないのかもな、とも思います。近いか遠いかの判断があまりできていないのではないか。そもそも立体的なものを把握するのが苦手で、絵筆を持っても郵便ポストすら満足に描けません。数学でも立体図形の問題になると途端に正答率が下がってしまいます。
 自転車に乗っている時も歩いている時も、実のところ頭の中は縦スクロールのシューティングゲーム(ゼビウスやツインビーみたいなの)をやっているようなイメージ。平面の上で敵機や弾を避けながら自機を進めていくような感じです。遠近を直観的に捉えているのではなくて、平面に移し替えた時にどのくらいの距離になるか、というように変換している感覚さえあります。
 それはひょっとして目の特性で、近いものも遠いものも等しく見えている、ということなのかも。「縦シュー」をやる人はわかると思いますが、近くの敵と遠くの敵とを「同時に」見て、位置や動きや弾の方向を常に「同時に」確認しながら自機をコントロールする、というのが基本なのです。ちなみに僕はそれなりに縦シュー上手です。
 誰かと街を歩いていて、我とかれとで見ているものが全然違うことに驚くこともけっこうあります。大阪の十三で「家庭料理おかわり」というお店を見つけた時も、百メートル以上向こうの看板を指差し「あそこ行こう」と友達に言った覚えが。

 近いものと遠いものとを同じ感覚で見ている、ような気がする。そうだとすると、この「身体的特徴」は僕の基本的な考え方と直結しているのでは。すべてフラットに見ようとすること。

 宮城県の松島に行った時の感動を僕はこう記述しております。(2018年1月22日の日記、1月10日の項)

 たくさんのものが、いろんな距離にあると、脳はいそがしい。松島の海では、どの島がどのくらいの距離にあるのか、それぞれの座標を瞬時に把握しなければならない。それも、完全に同時に。
 そのことを諦めたり、やめたりして、すべてを平等に感じるような美しさ、壮大さもあると思うし、そのまま見続けて、慣れていくことにもある種のトランスがあるのかもしれない。

 たぶん、僕が一瞬で松島の虜になってしまったのは、近景と遠景のグラデーションがすべて同時に脳内に入ってきて、そのいずれもが美しかったせい。膨大な上質の情報で幸福にパンクした、というような。あんなに無数の要素があるのに、まるで一枚の抽象画のようにダイレクトに迫る。
 それが「すべてを平等に感じるような美しさ」であって、それは2005年に書いた有名な詩「全てが美しい」にすでにあらわれております。

川に降りる
声を聴く
生命を感じる
草むらの中にキラリと光る
さっき投げたビー玉
橋の下に住む老人達の寝息
風のざわめき
川のせせらぎ
発狂寸前のこの心
土の混じった爪の垢
全てが美しい
全てが美しい

 当時これを褒めてくれた(なんなら未だに褒めてくれる)のは僕の友達の中でもけっこうな埒外人間である雷帝ことGroznyくん。高校の頃の日記にたまに出てくる、急に金髪で登校してきた子(2002年11月13日)。さもありなん、ありがたいです。

 僕のテッテした平等主義(過去ログのページから「平等」という言葉で日記内検索していただけると捗ります)の象徴が松島であって、夜の川原であって、散歩で目に映る風景なんだと思います。
 夜、奈良の平城宮跡に行った時の感動もたぶん同じで、「悠久の前にすべては平等!」という気分だったのかも。まだ工事が進んでなくて、真っ暗でだだっ広い野原の真ん中に遺る紫宸殿跡の上で冷たい空気を吸い込んでいた。1300年という壮大な時効の上に立って、「はあああ」とあらゆるしがらみからの解放を感じたのでしょう。「これだ、これが時間なのだ」とか叫びながら。(「平城宮跡のように」という詩もありました。)

 すべてが見えていつつ、何も見えていない。まったく意味がわからないような書き方ですが、本当にそれしか言いようのない見え方があるように思います。情報量が多すぎて、そのせいで捨てているものが多くなる。広すぎるはずの視野を、無意識に自分で狭めている。
 生きているだけでめちゃくちゃ疲れるのはものごとをいちいち考えすぎるからかなと思っていたのですが、見えすぎるとか聞こえすぎるみたいなことのほうが問題なのかも。
 聴力についても同じようなことを思っていて、どうも音を音としか認識しないらしい。それが言葉であるかどうかとか、どういう意味を持つのかといったことはその都度判断しなければならないようなのです。声をかけられても聞こえていない時がよくあります。すべての音が聞こえているんだけど、何も聞こえていないというか。聞こえすぎているはずなのに、すべてを聞いてしまうわけにはいかないから、聞いているもの以外は聞こえないように自分で狭めている、のかも。
 狭めるから、その狭い部分に集中する。それを過集中とか言うんでしょうなあ。
 集中しているものに対しては恐ろしく集中するけれども、それ以外のものには散漫になる。普段はすべてを散漫に感じている。そんなふうかしら。
 この場合、散漫とは平等であって、集中とは贔屓、ないし差別です。
 僕の行動とか考えることというのは、たいがいこれで説明できそう。

 本当はすべてを散漫に、平等に、松島を眺めるみたいに捉えていたいんだろうなあ、と思います。それだと生きていくことが難しいから、どうしても集中しなければならない。ミクロにもマクロにも、そういうふうになっている。はあ、いくつになってもわかることが毎日多い。自分をわかっていくことは魅惑的で楽しいのですが、これほど疲れることもまたほかにないです。


 ところで仏教の悟りというのは「すべてのものが平等に感じられる」境地のことを言うのだと聞いたことがあります。自分の親とそのへんの石ころを等価に思えるような。さすがにそこまでは難しいよなと思いますが、究極には理想ってそういうレベルのもんだろなとは考えます。

2020.7.5(日) 時間がかかる

 当たり前のことだけど時間はかかるし、時間がかかるまではつらい。
 つらい中で時間をかけなきゃいけないからとても大変である。
 死ぬまでに時間がかかりきらないかもしれないこともたくさんある。
 それでも優しさを手抜きしないということが時間をかけるということなのだろう。

2020.7.4(土) スプーン

 昨夜は家に帰ってドラえもんを読み、心もちを静かに落ち着かせて、ドラえもんとモンガーと一緒に布団に入ってみたらとめどなく涙があふれた。もうほぼ限界である。
 今のところ僕にはどんな時でも味方になっていてくれる人がちゃんといるので転んでしまうことはないと思う。夜中に友人からの依頼(文章に関するもの)をうなりつつこなし、4時間くらい寝たら目がさめてしまったので好きな喫茶店に来た。いまコーヒーを飲んでいる。
 平日は朝8時から13時10分まで、土日祝は8時から11時まで。不定休。近所でなければなかなか通いにくい。ここらに住んでいて本当に良かった。実家のそばに「つねかわ」があるように、好きなお店が存在していてくれるのは心強い。ただしもちろん永遠ではなく、たぶん僕が死ぬよりはずっと早くなくなってしまう。そんなことにさえいちいちセンチメンタルになる。
 なぜそんなに傷心であるのか。昨日も書いたけど、それをわかってくれる人が一人でも多くいてほしいよ。全然質は違うんだろうけど、黙々と家事をこなすお母さんの気持ちがわかる気がする。
「当たり前じゃねえからな」ってめちゃイケの、久々に山本圭壱さんが出演した回で加藤浩次さんが言ってましたね。当たり前じゃないんだ何もかも。みんなそれぞれ大変なのだ。
 最近バズってたWebマンガで、カレーを食べようとした夫が「ママ スプーンがないよ」ってつぶやくシーンがあった。いつだって目の前にスプーンがあるの、当たり前じゃねえからな。ってことだと思う。
 あす都知事選なので都内はわりかしその話題。この喫茶店でもゆらり聞こえてくる。当たり前じゃねえからな。みんな何だって「当たり前」と思ってるんだろうか。
 準備されてるんだ。スプーンと同じ。みんな何気なくそのスプーンで食べてる。スプーンがどこから来てどこへ行くのか想像さえしない。
 僕が怒りたいのは、「スプーンさん来てくれてありがとう」とか「スプーンを大切に使わなければ」とかいった人たち。じゃなくって、スプーンとは結局なんなのか、そもそもスプーンを使う必要があるのか、とかいったところから考えてみてくれよ、いっぺん、っていうようなこと。
 例の漫画では、「これ手で食べるタイプ?」というセリフがつづく。手で食べりゃいいじゃん。手で食べるタイプだと思ったら手で食べればいい。でもみんな、「手で食べるタイプ?」と聞くだけだ。そんでスプーンを待つ。
 この漫画に対する感想として正解は「夫よ、スプーンくらい自分で用意したまえ」だと思うのだが、それとは別に思うのは、「手で食べるタイプ?」というところまで到達したなら、あと一歩なのだぞ、ということ。手で食べろよ、マジデ。あるいは犬みたいに。
 何を怖がっているんだ。
「スプーンがいつだって目の前にあること」を当たり前だと思ってはいけない。同時に、「カレーはスプーンで食べる」ということを当たり前だと思う必要はない。
 ところがほとんどの人は「手で食べるタイプ?」と口にするにとどまる。そういうことに僕はいちいち傷ついている。(意味がわからないとは思いますが。)
 僕の友達には良い子が多いので、「スプーンを自分で用意する」ことくらいできるだろう。しかし、「どうすればいいかを自分で考えて実行する」ということをどのくらいできるかといえば、かなり疑問である。
 その場にいるみんながスプーンを使っているなかで、自分だけ手で食べたり犬のように顔を出して食べるのは孤独だし、顰蹙さえかうかもしれない。
 人を不快にはさせたくないから、たとえば隠れて手で食べるよね。
 傷つけられたくもないし。
 そいで泣きながらあとで手を洗う。こっそりと。
 僕の住む街にとてもおいしいバングラデシュのカレー屋さんがあって、最初のうちは僕もスプーンで食べてたんだけど、「おいしい」と伝えると「手で食べたらもっとオイシイヨー」と返されるので、いつからか手で食べるようになった。そしたら確かに、めっちゃおいしい。よく混ざって、そのせいか胃もたれもしない。手触りでわかるから、口の中で骨をより分ける必要もなくなる。ものすごく合理的な食べ方なのだ。
 選挙があるから選挙の話をして、投票に行って、ってのは結構なんだけど、それをやりながらでもなんでも、それが所詮はスプーンの一本でしかないということを考えてみてほしいのですよ。
 バングラデシュのカレー屋さんたちはたぶん参政権がない。投票できない。カレーは手で食べる。彼らは彼らなり考えてる。地球はいつでも回ってる。195カ国の夢を乗せながら。
 結局、自分ってことなんですから、与えられたものにイエスノー言ってるばっかじゃなくて、オリジナルのことをなんでもいいからやってみって。
 そういう、つまり「返事じゃない言葉」みたいなのを、僕はもっと聞きたい。そういう人たちが集まる場所を確保するのが僕の目あてで、そのために孤独を引き受けているつもりなのだ。
 そうやってがんばっている最中、蜘蛛の子散らすように「孤独」から脱けて、「みんな」になって安心な顔してる、みたいな人たちが見えてしまう。疲れているからだな。
 まあ、そろそろ休みます。覚悟を捨てるほど腐りはしません。このうらみ、忘れないので。

2020.7.3(金) 孤独のしくみ

 さみしい。孤独である。なぜといえば、みんなが「みんな」だからである。すなわちみんなが孤独でないからだ。
 孤独な人間が共感するのは孤独な人間。孤独というのはたった一人ということなんだけど、たった一人を選び取ろうという人があまりにも少ないように見えて、僕はさみしい。
 とりわけ、この数ヶ月で見せつけられた。ほとんどのみんなは「みんな」という行動規範を選ぶ。「たった一人」であるような自分の行動をとることをしなかった。それを見て僕は「ああ、そうか自分はそこまで孤独なのか」と思わなくてはならなかった。孤独な人間ってのはそんなにも少ないのかと。
 僕は孤独にしている。とてもさみしい。だから「こんなに孤独な人間がここにいるよ」という発信を常にしている。孤独な人間に共感する孤独な人間は、きっとそれを見て会いにきてくれるだろう、「わかるよ、孤独だよね」と声をかけあえるだろう。そう信じてきたふしがある。
 吐きそうになりながら瓶や笹舟を流し、風船を飛ばす。どこかの孤独にたどり着くように。それによって自分の孤独がいつか癒されるために。
 実りがないとはいわない。十分にある。しかしなにか違う。いったいこの満たされなさはなんなのだ? と思ったとき、やっぱり「いざという時にあえて孤独になろうという人なんていない」という予想が浮かんだ。
 孤独でない人間は孤独でない人間を癒すことができる。あるいは、孤独な人間を「孤独でないほう」へいざなうことができる。しかし孤独な人間を孤独なまま愛せるのは、孤独な人間だけなのだ。
 その孤独な人たちのために、あえて孤独でいようという人が、もっといてくれたら、僕の孤独はもうちょっと救われるはずなんだけどな、と今さっき思い当たった。
 みんなは「みんな」になろうとする。自分であることをいったん捨てる、あるいは忘れる。「みんな」になるため孤独を捨てる。そしてことが終われば、また孤独を気取る。
 ずっと孤独でいることは本当に孤独だ。好きな時に孤独になって、好きな時に「みんな」になっていいのなら、どれだけ楽だろう。
 もちろん世の中には選ぼうと思っても「みんな」になれない人もいる。そういう人はもっとつらいと思う。僕は選ぼうと思えば選べるのかもしれない。だから孤独でいることの責任は自分で負うのが筋である。嫌ならやめればいいんだから。
 文句を言うつもりはない、自分が勝手にそうしているだけだから。と、ここが最大の孤独ポイントなのですね。
「やりたくてやってるだけ」なんだから、いやならやめればいい。それがわかっているから、誰にも何もいえないのだ。
 孤独がいやならこっちにくればいいじゃない、あなたも「みんな」になればいいじゃない。という声は当然、ここにも聞こえてくる。それを選ばないのは僕の勝手だ。そういうへそまがりは、そっぽ向かれたって仕方ない。
 それでも孤独を決め込むのは、それがカッコいいと思っているからだし、それによって癒される孤独があるということを知っているから。
 その「癒される孤独」ってのは、「孤独な人の孤独」だけでなくて、「孤独じゃない人の心にたまに浮かぶ孤独」でもある。だから、重宝はされる。
 見返りもある。得はする。だけど孤独が癒されるってことは別にない。
「さみしいね」と言い合える相手がもうちょっとだけほしい。(いるにはいるのです。いつもありがとう沢山の友達。)

2020.6.24(水) 書くことの速度

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飛び出しナイフは好きです
ぞくぞくします
なんて書いたやつがいた
そんな書きかたには速度がない
ってこう書くのもおっつかっつだけど
でも書くことの速度がへんにゆっくりで
いらいらすることがある
誰も光速では書けないのだろうか
(谷川俊太郎『少年Aの散歩』)

 手塚治虫先生が晩年、アイディアだけは売るほどある(でもそれを書く時間が足りない)というようなことを言っていたらしい。偉人たちになぞらえるんじゃないが、忙しい現代人の一人である僕も書くことが追いつかない。
 書くことが仕事であるような人たちでさえ、書くという仕事に追われて書く時間が足りないということはいくらでもあるだろう。沙村広明先生は代表作『無限の住人』について「俺の30代を食い潰した漫画」と書いていた。
 引用した詩の一節はニュアンスがちょっと違う。たぶん「書くことの速度」というのには二つの意味がある。若き才人にありがちなことだが脳細胞が暴走気味に加速して溢れ出す言葉に対して筆や口がついてこず、それで周囲を振り回してしまうというようなのが一つ。そしてまた一つは、表現そのものの速度である。この詩の少年の焦燥感は主に後者のほうだろう。
 言葉には速度がある。それを自在に操るのが詩人というもので、僕はそれに憧れて、目指して詩人を標榜する。
 時に光速に近いような表現を目指して芸術家は奮闘する。時にその逆で、止まったように遅々とした時間を作り出すことにも尽力する。そしてその二つは当然似たようなものである、というのが芸術家の常識であろう。だから永遠と瞬間はたいがい同一視される。見つけたぞ、何を、永遠を、それは太陽に溶ける海だ、というのも一面はそうだと思うし。
 長々と書くのが僕の癖だが、しかし光速のように一瞬で描ききることも趣味である。どちらかを理想とはしないでおきたい。どちらも行き来できるのが詩人だと思う。タイムトラベラーのようなものである。
 昨日久々に佐藤春夫の詩集をぱらぱらとしていた。「魔女め/魔法で/おれの詩形を/歪めをつた!」というごく短い四行で、十分にものは伝わる。そしてカッコいい。かと思えば、永遠のように永い(しかし頁数にしたら驚くほど短い!)小説もつくれるのが佐藤春夫の凄さだと思う。
 何度でもカッコつけて書くけど僕は時間を愛している。時間は詩人のものである。

2020.6.21(日) 精神的過労

 精神的に過労。肉体的にはやや労。
 どっかでドカンと休むぞ僕は。いつまでもあると思うな無休の店。
「ドラえもんに休日を」という有名な話がありますがジャキえもんにも休日がなくてはならない。とりあえず6月中はあれこれやる。7月どうなるかわからないが8月、半月くらい休みたい。あるいは一月まるっと休んでもいいかもしれない。7月20日から8月31日までが理想。お店だけでなく、あらゆるジャッキーさん的活動を休みたい。不可能だし日記はむしろ書くと思うけど。
 SNSに吐きたくないのでこちらにいろいろ書いてしまおう。

 具体的にいいたくないことだらけなのでがんばって抽象的に。
 みんなあたまわるい! ということに尽きます。おわり。

「みんなあたまわるい」というのは意訳すれば、「みんな勝手だ」ということ。さらに意訳すると「決して僕にとって都合の良いように振る舞ってくれない」ということ。
 つまり僕は勝手なことを言っているわけです。それをわかるから、どうにもなんなくて、あーあ、って思うだけ。

 僕はお皿を二つ用意して、一つには柿を、一つにはりんごをそれぞれ切る。僕は柿が好きである。柿は僕が食べるつもりで用意している。ゆえに柿を僕の席の前に置く。りんごはみんなのいるテーブルの上に置く。さらに、柿を勝手に食べられないようにラップをかけておく。そしていったん、僕は退出する。
 しばらくして帰ってくると、ラップは勝手に剥ぎ取られ、柿はひとかけらも残っていない。テーブルのうえのりんごは手付かずである。僕は泣く。おしまい。
 そういうことばかりがあるのだ。
 そりゃ何も言わずに柿を置いといたら、食べていいと判断する人もいるだろう。僕が悪い。おわり。

2020.6.18(木) 寅さん

 9時の回で錦糸町楽天地『男はつらいよ』第一作観て葛飾柴又、高砂、立石、四つ木あたりうろついてきた。15時間くらい外にいた。
 寅さんがもしカッコいいのだとしたら彼がオリジナルのスタイルを持っていて、それがキマッてる、サマになっているからだろう。物売りの口上がスラスラ出てくるのも一つ。単純にその真似をしても仕方ないことはわかりきっている。ではいったいカッコよくありたい僕のような人は寅さんのどこを参考にしたらよいのだろうか。
 とりあえず何も参考にしない。「サマになんなきゃしょうがねえな」ということを学ぶのみである。さあ自分は何がサマになっている。何をキメられる。そういうところ。
 知らないお店に入って知らない人と出会う時、僕はどういう人として捉えられるだろうか。何か一つの良き統一感を持った存在としてそこに居られるのであれば、たぶん「カッコいい」というんでいいと思う。まだまだ全然それはだめ。
 もちろん僕は「自分はこういうものである」というカッコたる自己イメージを持たないようにしているし、「時と場合によって自分の在り方をどのようにでも変えていく」ということを是ともしている。それが得意であるとも思う。そうであっても、それを一つの良き統一感としてまとえることができなければ、「なんかしんないけどこの人はカッコいいな」にはならないのだ。きっと。
 しばらくの僕の課題。文章を詩にする次は、存在を詩にせねばならない。

2020.6.8(月) かっこいい世界は探せばきっとある

 視野ということでいえば、こんな話をまさに今日聞いた。
 普通の人の中には、「あんまりやる気がない」という人たちがいる。この人たちは放っておくと働かない。働かないのに浪費するからお金に困る。そこでサラ金がこの人たちにお金を貸す。サラ金はしっかりと取り立てる。取り立てが来るからヤバイと思って金を用意するため働く。その働いたお金の一部が税金として国に渡る。サラ金が取り立てた利息の一部ももちろん税金として国に渡る。
 サラ金の存在意義とはそういうところにあるのだ、という話。放っておくと働かないような人にお金を貸すことによって、尻に火をつけ働かせる。借金をガソリンにさせるようなイメージ。それで国全体の生産性はちょびっと高まり、税収も増える。経済は回っていく。サラ金はそういう意味で「世のため人のため」になっている……という理屈があるのだと、かつて某消費者金融で働いていた人から聞いた。研修とかで教えられるのだろうか。
 サラ金がなければ発揮されない生産性があり、サラ金がなければ発生しない税収がある。サラ金(消費者金融)を利用したことのない僕は、考えたことがなかった。ちょっと視野が広がったぞ、やったー。

 もしサラ金にそういう存在意義があると認めるのなら、例のりりちゃんの裏引き(うらびき・うらっぴき)ってのにも、ひょっとしたらちょっとはそういう面がある。(※女の子が男性から対価なしにお金を受け取ること。主に虚偽の事情や虚偽の恋愛感情によってその気にさせる。5月16日5月31日参照)
 またその話か、と辟易するのは早計にござる。けっこう大事なことなのだ。
 りりちゃんの主な顧客(?)は「夢も希望もない貧乏サラリーマン」らしい。女の子にモテたことはなく、SNSも苦手、これといった趣味もない。たまの風俗がけっこうな楽しみ。仕事は真面目に勤めているが、それが生きがいというほどでもない。いまだにガラケーだったりする。といった人物像を僕は想像している。
 無茶苦茶なことを言うようだが、もうサイコパスだと思われてしまうかもしれないが、お金に困っている(という設定の)りりちゃんにお金を渡すために多額のキャッシング(借金)をして、その返済のために労働意欲が多少は湧き、もしかしたらちょっとくらいはその人の生産性が上がるかもしれない、という発想も、あるにはある。ただ漫然と働いていただけの生活に、とりあえず「借金を返す」という目的が加わる。その借金は、かわいそうな女の子を救うために自らの意志で背負ったのだ、というカッコよさもあると思えばある。
 それがいいとは言わないが、おそろしく悪いとも言い切れないのではないかな、というふうに、視野を広げに広げると思えてきてしまう。

 僕の最も古く最も親しい友人は、希死念慮(死にたい気持ち)が非常に強い。10年くらい前からずっと「借金(奨学金)を返し終わったら死ぬ」と言っている。彼が生きている理由は、曰く借金のみなのである。
 僕としては、彼が生きる理由をもう一つくらい持ってくれて、借金を返し終わったあとも生きていてもらえたら都合が良い。しかし彼にそれを望むのは酷である。だから次点として、「年老いて死ぬまで借金を返しきれなければいい」とも思う。永遠に借金を返し続ける限り彼は死なないのであるから、永遠に借金がなくならなければ彼は永遠に死なず、僕は永遠に友を失うことがない。
 彼を殺さないためには、たとえばこういう方法がある。僕が彼に土下座をして「金を貸してくれ」と言う。しかし彼は借金返済中の身であるから、貸せる額には限度があるだろう。それでも僕は血を吐きながら「もっと貸してくれ」と言い続ける。情に厚い彼(大企業の正社員!)は、サラ金で借りてきて僕にお金を貸してくれるかもしれない。(あくまでフィクションであり、彼にお金を無心するつもりは微塵もありません。)
 すると、彼の借金は増える。おいそれと返せなくなる。死ねない。めでたし、めでたし。(リアルに考えるとたぶん彼は途中で精神崩壊を起こしてまったく働けなくなるので絵に描いた餅です。)

 くだらない冗談に時間を使ってしまったが、まあ、その、そういう考え方も極端にいえば、あると思うです。本当に、何がしあわせかわからないので。
 26歳で死んでしまった西原(にしはら)という友人も、「ばあちゃんが生きているうちは死ねない」とよく言っていた。彼が死んだ時、そのおばあちゃんがご健在であったか僕は知らない。
 人は意外とそういうささやかな執着で生きているような場合もあると思う。
 何が人を生かすか、とか、何が人を動かすか、何が人の生きがいになるか、というのは、外野にはわからない。りりちゃんを例に出せば、彼女に300万円を渡したある「おぢさん」には家族がまったくおらず天涯孤独で、りりちゃんを「娘」だと思っているそうである。りりちゃんも彼を「お父さん」のように思っている、という設定なのだ。その関係のベースには「嘘」があるわけだからもちろんちっとも健全ではないが、真に邪悪かといえば僕らには何も言えない気がしてくる。
 お金は流れていくもので、本質的には数値でしかない。りりちゃんは前の担当(ホストのこと)に、たぶん20歳から21歳にかけての間で6000〜7000万円ほど使ったとのことだが、そういう世界も存在するのだ。普通の人たちの視野にはまず入らない、広大な片隅の世界が。

「がんばる」という価値観は、こういった視野の中ではちっぽけなもんだ。生きるというのは本当は、圧倒的に「質」の問題。どれだけのお金を持っていようが、どれだけの借金を抱えていようが、それが数量化できるようなものである以上、あまり格別の意味は持たない。問題はそのことが「質」として当人にどう迫ってくるかである、と、思う。
 僕はそのりりちゃんという女の子のことをどうしても「カッコいい」と思ってしまう。それは彼女が「質」の世界で生きているように見えているから。オリジナルである、ということ。彼女の言葉は借り物ではない。今まで誰も言ったことのない言葉を話している。
 そういう自負はありますか。

 たぶん「カッコつける」はその自負を持つことで完成する。
 K DUB SHINEというラッパーの曲に『オレはオレ』ってのがあって、「誰もオレからオレを奪えねえ 絶対オレよりオレを使えねえ」ってのでPV含めて超面白くて僕はめっちゃ笑っちゃうんだけど、バカにするってニュアンスではなく凄すぎてもう、突き抜けすぎて笑うしかなくなっちゃう感じ。ケーダブさんってめっちゃカッコつけてて、行きすぎてて滑稽にも見えたりするんだけど、本気っていうのは間違いないからリスペクトも同時にしちゃう。金八先生みて感動しながら爆笑しちゃうような。そういうパワーってのはもう「質」だなと。ケーダブさん、自分のカッコよさを信じて疑ってなくて、しかも確かにオリジナルだから。

2020.6.7(日) カッコつけたくなる夜がみんなみんなみんなあるから

 前回

 関西出身の友達と「カッコいい」「カッコよくない」ということについて話していたら、「ジャッキーさんの言うカッコよくないってのは、おもんないってこと?」と言われた。その通りだと思う。「ダサい」と「おもんない」はたぶんだいたい同じ。だから「カッコいい」と「おもろい」も近いはず。
 そう、面白くないのだ。独自でない言葉は、おもんない。どっかで聞いたような言葉。すでに誰かが言ってたようなこと。受け売り。儀礼としての意味しかない。

「がんばる」には失敗がない。がんばっておけば無難である。がんばるだけで安心できる。不安も心配も発生しない。「がんばる」だけで面白くなる可能性はほとんどないが、怒られたり叩かれたり非難されることもまずない。

 儀礼的な意味しか持たないような言葉、というのはすなわち「がんばります」のようなこと。とりあえず「がんばります」と言っておけば無難である。面白くはない。沢尻エリカさんみたいに「別に」と言ってくれたほうが面白い。ただし、怒られる。
 普通の人は「がんばります」のほうを取って、「別に」とは言わない。
 そりゃ「別に」じゃまずい、面白いけど怒られる。だから「面白いし怒られない」という線を狙ってコメントするのが「上手」ってもんだと思う。おもろい奴、というのはそういうバランス感覚に長けているのだ。

 独自性のない無難な言葉は、面白くないけど怒られない。独自性のある言葉は、面白いかもしれないけど怒られるかもしれない。どちらにも「かもしれない」がつくというのは、言ってみるまでわからないということ。つまりギャンブル、賭けなわけだ。「おもろい」とか「カッコいい」といった称賛は、賭けの結果にしか得られない。ウケるかスベるか、言ってみるまでわからない。ギャグやジョークや冗談は、常に賭けごとなのである。カッコいいかどうかだって、カッコつけてみないとわからない。勇気も度胸も覚悟も必要。そういうようなものだからこそ、あえてそれをする人はカッコよく見えるんだろうし、面白くも思えるんだろう。
 この、新型コロナウィルスって言うんですか? 2月くらいからの数ヶ月で、その人が面白いかどうか、カッコいいかどうかってのが、SNSやなんやを通じてずいぶん見えてしまいましたよね。僕の見る基準は、独自かどうか。すでに誰かがどっかで言っていたようなことじゃないか、どうか。その人自身の、胸から湧いた言葉であるか。ちゃんと自分の頭で考えてひねりだした発想なのか。勇気や度胸や、覚悟はあるか?
 だいたいは借り物の言葉を書いているか、自分の言葉と無邪気に信じてクリシェ(久々に使うなこの言葉!)を吐いておりましたわね。風潮に流されて。しっかりと大地に足を踏み締めて、自分だけの言葉を握りしめておかなければ、アイキューみたいなもんは維持できない。ただなんとなく決定してしまったことに、なんとなくそれっぽい言葉を言い訳のように付け足しただけみたいな文章が無数にあった。もうちょっとカッコつけたっていいのにな。もうちょっとくらい面白くたって、べつにバチなんて当たりませんよ。

2020.6.6(土) やな事あってもどっかでカッコつけろ

 いちおう前回の続き。

「ダサい」という言葉を僕はけっこう使う。もう死語なのかもしれない。今、特に若い人は「ダサい」という事態をそれほど恐れていないように思える。
 僕は「ダサい」ということをかなり恐れている……というよりも、「カッコいいほうがいい」と信じている。みっともないのは嫌だ。できるだけカッコいい振る舞いをしたい。
 ところが、「カッコつける」というのはどうもコスパが悪いと思われているらしい。確かに、カッコつけるにはコストがかかる。資材も覚悟も能力も要る。時には我慢すら要求される。そうやって全力でカッコつけたところで、「カッコいい!」と思われてそれで終わり、一文の得にもならない、というんでは、やってられんというわけだ。
 SNSをご覧。「見栄を張る」くらいなら多少あるかもしれないが、「カッコつける」はなかなかない。バズらない。「これカッコいいよね」「いいね」という第三者同士の共感によって「カッコよさ」がバズることはあるかもしれないが、カッコいいと思っているその普通の人たちはべつにカッコつけていない。
 カッコつけてる人もいると思うし、つけてスベってる人もいるだろうけど、ともあれ僕は、SNSってのはカッコつけるのに向かないと思っております。それが流行るってことは、やっぱカッコつけるってのは時代遅れなのかもしれない。


 僕がなぜ、このHPを続けているか。カッコつけているのである。これ本当に。「15歳の時につくったテキストサイトを20年間続けている」ってな、カッコいいではありませんか。SNSが流行ったからずーっとSNSばっか見てて、昔作ったサイトやブログはすっかり放置してしまっている、というのは、僕からしたらずいぶんダサい。
 そりゃ、SNS、たとえばツイッターのほうが、手応えがありますよ。こんなホームページやってても誰からも「いいね」されない。掲示板やメールフォームが動くのは年に数える程度。のれんに腕押し、さみしいですよ。どんな長文を書いたって、いくら心をこめたって、読まれたかどうかさえわからない。評価は良し悪し以前にまったくゼロ。こんなことやっててなんか意味あんのかな、と幾度思ったか。それでもやめないのは、やっているほうがカッコいいと思うから。そしておそらく本当に多少はカッコいいのであるから、たまにある手応えがガツンと大きかったりする。その喜びがまあ競馬で大穴当てたくらいの中毒性で、ほんだらまーちょっとこの調子でやったろまいかと思うわけです。※やったろまいか=やってやりましょうか
 それにしても、どんだけ何を書いたって誰からも何も反応がない、というのはツラいことです。僕は独り言のつもりで書いているのではなく、誰かに伝えようと思って書いているのだから、その感触がまったくないのはじつにさみしい。そこで、僕の読者は全国に30人くらいいるはずだ、その30人は黙ってこの文章を読みながら、それぞれに何か感心したり役立ててくれているにちまいない、と信じることで、なんとか心の平安を保っているわけです。だから別に、こんなことを言っているからといってわざわざメールとかくださらなくてかまいません。なぜならば、「反応がなくてさみしいので何か言ってください!」と懇願するなんてのは、それこそカッコよくないもんね。「反応がなくてさみしいけど粛々と更新し続ける」という姿のほうが、断然カッコいい気がするじゃない。だったら僕は「カッコいい」のほうをとりたいのである。

 ツイッターでも、僕はちっともバズらない。バズりたいんだけど、「○○、××だから△△なのに、□□なの最高なんだよな」みたいな、バズツイートにありがちな文体はマジでダッセー気がするので徹底的に避ける。代弁者ぶるのも共感を煽るのもカッコ悪い。批難や炎上はさらなり。そうならないよう慎重に、「客を選ぶ」ような書き方をする。わざとわかりにくいというか、よく考えないと少しもわからないようなことを言う。そうするとフォロワーもさして増えないしいいねもそれほどもらえない。むしろいいねが20か30くらいつくと「カッコ悪いことを書いてしまったのではないか」と反省し、削除したりする(病的)。
 もちろん「カッコいいこと」を書いてそれなりの反応をもらえることもあって、そういう時は素直に嬉しい。だいたいせいぜい30くらいなんだけどね! ひとクラスぶんくらいが、たぶん僕のキャパシティの限界なのだ。


「カッコいいかどうか」「ダサくないかどうか」を、僕はそのくらい気にしている。緊急事態宣言の前後(現在も含む)、お店の経営者として、どう振る舞ったら、どんなふうに対応したらカッコいいだろうかと、ものすごく考えている。
 お店を閉めるか、開けるか。開けるとしたらどのように営業するか。いずれにしても、どこでどのようにそれを表明するか。考えるべきことは無限にあるのだ。

※都の基準によると飲食店の場合、「休業」でも「時短営業(ふだん20時~5時のあいだに営業していた場合)」でも感染拡大防止協力金はもらえることになっている。もちろん、協力金は要らないから通常営業する、という選択肢もある。協力金をねらいつつ、こっそりと夜間営業する悪い店も少なくない。

 単純に「感染者数を増やさない」ことだけを考えるなら、お店を完全に休業させるのが一番だというのはまず疑いない。そうするとして、ではどのようにそれを言えばカッコいいのか、というのを次に考える。「こういうわけで休業いたします」という、「こういうわけで」の部分が鮮やかでなければカッコつかない。たとえば、「感染者数をできるだけ増やしたくないので休業します」というのは、まあただの普通の発想なので、とりたててカッコよくはない。鮮やかでない。それどころか、「とにかく一人でも感染者数を少なくしたいのだ」という、一種盲目的な単一の目的にのみ心を奪われているように見えるという点で、僕からしたらあんまりカッコよくないのである。つまり、「あんまり考えてない」ように見えるのだ。実際、考えれば考えるほど「一人でも感染者数を少なくする」ことのみに集中するのは視野が狭いように思えてくる。
 まずどのくらいのペースでどのように感染者数を操作していくのがベターであるかとか、あるいはそもそも封じ込めをすべきかどうか等々という議論があると思うけど、そのへん深く立ち入るのはやめて、その他で。
 たとえば経済的な事情。僕の実入りは当然減る。世の中のお金の流れもそのぶん鈍くなる。あるいは精神的な問題。好きなお店が閉まっていて、何があっても絶対に行くことができない、という状況はささやかな絶望である。一つの選択肢がいっさい奪われることになる。実際に選ぶかどうかは別として、「選びうる」ということによる安心感は意外と大事。夜学バーに行くことができる、ジャッキーさんという人に会うことができる、というのを「安心」だと思う人は、いないとは思えない。このホームページだって、「ある」というそれだけで安心してくれる人はいるだろう。20年もやってるんだから。5年ぶりに開いて、「ああ、まだあった」と思って、なんとなく嬉しい気分になって、特に読まずにブラウザを閉じる、という人だっているんじゃないか。「おいおい読んでくれよ」と思うより先に、「存在そのものが価値である」という動かぬ事実に僕は歓喜するでしょう。夜学バーだって存在(営業していること)そのものが価値であると僕は信じているし、世の中をよくするという大義を持ってやっているのだから、閉まっているよりは開いているほうがいいはずだとも思う。
 また、そもそもの話、「この小さなお店がいま完全休業することによって、感染拡大防止にどのくらいの貢献ができるだろうか?」という疑問がある。もちろんゼロではないし、もし僕が感染してしまえば、そこから複数の人にうつしてしまうこともあり得る。消毒、換気、身体的距離など相当気を遣っているつもりではあるけど、大丈夫ということはまったくない。しかし、それは当然ながら可能性としてかなり小さい。少なくとも4月上旬にはそう判断していた。毎日いろんなデータや意見を注視したうえで、自分なりにそう考えた。状況が変われば、「小さい」から「けっこうなハイリスク」になったかもしれない。そうしたらまた違う判断を改めてしただろう。
 要するに僕は「賭け」をしていたのだ。リターンに比してリスクがごく小さければ賭けるし、大きければ賭けない。ごく小さいリスクで経済的精神的に自分や周囲や世の中を利するのであれば、賭ける。そのリスクが大きくなってきたら、スッと身を引く。そういうふうに考えていた。で、そうすることがカッコいいだろうとも思っていたわけだ。

 結果として、お店は毎日営業させた。SNSをほぼ停止し、情報は公式HPにだけ載せるようにした。路地に立てていた看板も撤去した。東京都から「感染拡大防止協力金」をもらうためには20時までの営業にする必要があったので、17時から3時間だけ営業して、日に0~3人程度のお客があった。
「一度に入店できるお客は○人までといたします」とか「○人以上連れ立ってのご来店はお控えください」とか「混雑時は入店をお断りすることがあります」とかは、書かなかった。書かないほうがカッコよかろうと思った。たしかにあの張り詰めた時期にたとえば10人というお客を一度に入れるのはちょっと厳しい。しかし、そんなことにはならないとほぼ確信していた。宣伝をあまりせず、来て下さいとも言わなければ、多くともせいぜい2~3人の来客にとどまるだろうと。実際その通りだった。今ふり返れば、もうちょっと来てもらえるように工夫したほうがよかったかな、とも思うが、マアあんなところが落とし所でしたでしょう。
 なぜ「書かないほうがカッコよかろうと思った」のかというと、「門前払いする可能性」を感じさせたくなかったから。「来てもいいけど、混んでたら入れませんよ?」という態度はとりたくない。それはもちろん感染拡大防止のためなので正しい態度ではあるのだが、同時に冷たい態度でもある。こう書くと、「うわあウチの店はそれ書いてた、批判された~」と思ってしまう方もいらっしゃるかもしれませんが、これは夜学バーの場合の話。うちは徒歩圏内にお住まいのお客さんが現状あんまりいないので、たいていの人は「わざわざ」おいでになる。そういう人を門前払いするわけにはいかないなと。顧客のほとんどがご近所さん、というお店の場合は、「ごめんなさいまた今度~」でもいいんじゃないかしら。


「お店を完全に休業させる」か、「工夫したうえで毎日開け続ける」かという選択が眼の前にあって、僕は後者を選んだわけだけど、その理由は、「そのほうがカッコいいと思ったから」でしかない。結局のところ。要点は「工夫」である。ただ毎日開け続けるだけなら、別に大してカッコよくはない。その中でどういう工夫をしていくか、というところが、カッコよさの見せ所。毎日最新のニュースやデータとにらめっこして、政府や都の動向をうかがいつつ、「それならこうする」「そしたらこうだ」という具合に、一日一日、考えて考えて判断し続ける、そういう姿勢を常に見えるようにしておくことが、カッコよさの演出としてはよかろうと思って、そのように工夫した。見えすぎないよう、こっそりと、しかし見たいという人の目には届くように。その案配が、カッコよさというものを生むのだと信じて。

 休業を選ぼうが、時短営業しようが、通常通りやろうが、秘密裏に闇営業しようが、結果的な判断は僕にとってはどうでもいい。その姿がカッコいいかどうか、なのだ。問題は。
 そういう観点で言うと、個人的にやだったのは、「こういうわけで」をしっかりと表明してくれるお店があんまりなかったこと。「こういうわけで○○します」の「こういうわけで」がなくて、ただ「○○します」だけを言う人の多さ。あるいは、「こういうわけで」の中身が、ただの一般論だったり、政府や都の言うがままだったり、すなわち「自分の言葉」がそこにない、という場合の、多さ。「本当のスタイルはオリジナルであるコト」(三浦大知『Free Style』)って歌詞をこないだ引用したけど、その人独自の言葉っていうのが、あんまりなかった。もちろんその人が書いてるんだからその人の言葉ではあるんだけど、どうも「どこかで誰かが既に言ってた」というようなことばかりで。

 なんでそういうことになるのかというと、たぶんみんなは「カッコいいかどうか」というのをあまり問題にしないんでしょうね。なるほど、僕の孤独の核心はそこなのかと、思わず膝を打ちました、そう思った時に。
 カッコつけるというのは、コスパが悪い。じゃあ、どうすればコスパがいいのかといえば、「努力」ですね、もう。「がんばる」ということです。うー、ようやっと「カッコつける」の対立概念(だと僕が急に考え始めた)「がんばる」というのが出てきた。さすがに長いので次に続けます。


 忘れないように大事なところだけ書いておく。

「がんばる」というのは、数直線的な、度合い的な、数量化できるものなんですね。「質」というのは問われない。しかし「カッコつける」というのは、質しか問われない。
「がんばる」というのは結果を求められない。求められたとしても二の次になる。「がんばったからえらいね」というふうに言ってもらえる。しかし「カッコつける」というのは、結果以外は何もないようなものである。
 だから「がんばる」はコスパいいのだ。「がんばる」をしさえすれば、褒めてもらえるのだから。数直線的にただ積み上げていくだけで、そのぶん評価をしてもらえる。ところが「カッコつける」っていうのは、ただそれだけで褒めてもらえることはないですね。結果として「カッコいい」が現前しない限り、ほとんど無意味。だから誰もやんねーのかー! と、僕は驚いております。よかった、気づけて。

 すなわち、「○○します」とだけ言えば、とりあえず「がんばった」というところにカウントされるのだ。「こういうわけで」は質の部分だから、別になくてもいい。そこでヘタを打つよりは、何も言わずに「がんばります」だけを言ったほうが、失敗がない。
 そう、失敗がないのだ。「がんばる」は失敗ということがない。「カッコつける」なんてもう、失敗だらけですよ。あるいは、失敗か成功か、判定できないことばっかりです。だって基本的に、手応えってえもんがないんだから。
 だからね、「休業」を選択する人が多かった理由はこれでわかる。休んだら失敗がない。営業したら失敗するかもしれない。そこなんだろうな。「カッコいい」を考えてしまう人は、「営業しないと工夫のしようがない、工夫しないと、カッコつけられない」ってところに頭がいくんですよね~。そんでついつい、「賭け」じみたことに手を出してしまう。

 こわいので念を押しますが、休業という判断をディスっているわけではまったくありません。毛頭。その理由についても、みんないろんな事情があるんだから、文句も何もないのです。ただ、あんまりみなさま、「見せ方」ってのを工夫しませんよね、と。
 判断があって、その理由がある。そこについては、他人がとやかく言うことではない。僕がとやかく言いたくなっているのは、「カッコよくなくてもいいの?」ということ。どんな判断であれ、理由であれ、できるだけカッコよく見せたほうが得だと僕は思うんだけど、どうもそういう工夫を目にしない。それよりも「自然体で誠実そうな感じ」を伝えたほうがメリットがあるということなのだろうか。うん、たぶんそうなんだろうな。というのが、今のところの僕の感想。

 やー、ほんとに、たとえば「残念ですが休業します」と言ってた人! いったい何が残念なのですか? 「○○なのが残念ですが」といった明確な説明が、意外とされてなかったりする。また、「残念だけど、こういう事情があるので、休業します」という、「こういう事情があるので」も、言わない。そこがちゃんとわかんないと、「残念なんだったら休業しなければいいのでは?」という疑問がわいてしまう。そしてできれば、「こう考えて」というのもほしい。「○○なのが残念ですが、こういう事情があるので、こう考えて休業します」だったら、わかるのだ。カッコいい可能性が、ようやく出てくる。


 でもほんと、たぶん、カッコよさなんてのはどうでもいいんじゃろう。
 僕は大事だと思うけど。
「みんなと同じようにしたほうが得じゃん」が、源泉なんじゃないかな。「カッコいい」ってのは基本的に独自である、オリジナルだということなので、正反対。(僕の思うカッコよさ、ということかも知れませんが。)
「○○なのが残念ですが、こういう事情があるので、こう考えて休業します」のように言ってしまうと、独自性が出てしまう。だから「残念ですが」くらいがいいんじゃろうのう。
 そのほうが、「みんな」の仲間として溶け込めるのだもの。
 そうしたら孤独じゃなくいられるんだものね……。
 孤独でもカッコよければ孤高と言われるんで、なんとかそこでやっていきたいな。

2020.6.3(水) ペロ……これは青空

 すごい、面白い、すてきな、かしこい、美しい、などなど人を褒める言葉は無数にありますがここではそういったプラスの言葉をひっくるめて「ペロい」とでもしておきましょう。僕はペロい人に会いたい。
 ペロい人のいるお店に行きたい。だがしかしなかなかペロい人てのはいない。ペロい人がやっているお店だとかペロい人たちが多く集まるお店というのは本当に数少ない。年数を重ねたお店であれば自然とペロみが出ていたりもして、そのような喫茶店なり居酒屋なりというのに最近はよく通っている。ただ、そのペロさはあくまでも「重ねた年輪」のペロさであって、古木の圧倒的な存在感というものである。澄んだ青空のような普遍性とはちょっと違う。
 僕が真に求めるのは、青空と浮かぶ雲のようなペロさであって、変幻自在にその形を変えていくようなものである。夕暮れも夜も明け方も飲み込むような空である。僕はそういう人でありたいしそういうお店や場所を作りたいと願うので、できるだけペロさに磨きをかけるべく日夜ペロペロがんばっている。
 本当にもう正直な言い方をしてしまうと、せめて僕くらいにはペロい人がもっといなければいけないと思う。そういう人たちを探して東奔西走、どこにでも行ってみるのだが、どうもペロんない。ペロフェッショナルなハイペロー空間にはなかなか巡り合えない。
(パロ→ピロ→プロ→ペロ→ポロと出世していく)
 もちろん食べ物や飲み物がおいしいだとか優れた商品を扱っているとかいうことはある。内装が素晴らしいということもある。しかしそれは「プロ」ということではあっても、人の持つペロウな魅力とはまた別のこと。いくらコーヒーが美味しくても、それだけでは「プロ」にとどまる。ペロというのはもっと総合的な、全人格的なことなのである。

 と、いうところまで書いてしばらく放っておいてしまった。どうも要素が足りない気がした。一日置いて、何人かの人と話してようやくわかった。そうか重要なのは「かっこいい」(あるいは単純に「良い」)ということについてオリジナルの価値観を持っているかどうか、なのだ。それがペロ。待て、次号!

 キリ番440000を踏んだ方からメールフォームでキリリク代わりに「2010年3月21日2020年3月1日の文章」が好きだと言っていただけたのでご紹介しておきます。
 豆腐のやつ、なんとなく覚えていますね……。いったい何を思って書いたのだかはよくわかりません。ちょうど10年の幅がありますが二つともノリが似てていいですね。こういうのもどんどんやっていこう。

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尾崎昂臣/ジャッキー