少年Aの散歩/Entertainment Zone
⇒この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などとは、いっさい無関係です。

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2024.10.3(木) わたしのフラワーロード(引き払いその後に)
2024.10.4(金) 引き払うってこと言ってんの Jの場合
2024.10.7(月) ゼロとマイナス(マリオ理論)
2024.10.10(木) ジャッキーさん演劇歴まとめ
2024.10.11(金) 雪渡りのかわりに
2024.10.14(月) みんなごと考
2024.10.15(火) 芝居は楽し
2024.10.16(水) 本性
2024.10.17(木) 突貫神戸/浄化作戦?
2024.10.18(金) 自己正当化・自己防衛癖(掲示板へのお返事)
2024.10.19(土) 育ちの悪さと夜職の常識
2024.10.20(日) 突出して特殊で異常な人間
2024.10.21(月) 「正解」などない
2024.10.22(火) 傍観者効果と生贄
2024.10.23(水) 歌詞の味変(Amikaさんのこと)
2024.10.24(木) ごめんなさい
2024.10.25(金) 夜年期の終わり
2024.10.26(土) 10代は騙せる
2024.10.27(日) wantとshould
2024.10.28(月) wantとshould つづき
2024.10.29(火) 杉村太蔵でも褒めるか
2024.10.30(水) 性能のいい連続体
2024.10.31(木) 雲隠

2024.10.3(木) わたしのフラワーロード(引き払いその後に)

わたしのフラワーロード』とかいう名曲がある。2016年4月24日リリースとのこと。成城学園中学校時代の教え(てない)子、「み」こと石井くんのプロジェクトで、彼が藝大4年の春。同じEPの1曲目『なせそ(NOT TO DO SO)』がそこそこバズった(YouTubeで1.4万回再生されコメントもそれなりについてる)のに比べるとずっとマイナーで、僕自身ほとんど忘れていた(ごめん)。両曲とも作詞は僕である。
『なせそ』については100%誰もが認める超名曲で、僕にしては本当にポップで誰にでも伝わるように書けた珍しい例。他方『わたしのフラワーロード』はあんまり自信がなかった、のだが、先日友達の「引き払いブ」でカバーされたことによって「いい曲じゃん!」と改めて思えた。すまん名曲。
 なんといっても石井くんはすごい。ちなみに本当にすごくてさっきTxitterで「(ヴァイオリンの)国際ジャズコンクールで3位になりました!」って投稿を見た。それがどのくらい偉大かはピンときづらいが何をどう考えても偉大であろう(適当)。ちなみにこの日記の読者にだけこっそりバラすが今度の演劇で演奏してくれる。土日どっちかはナイショなのさ(両方来い!)(こういう秘密の先行情報が得られるのはEzだけ! 有料ユーザ向けのアドバンテージだよ!)。
 石井くんにものを頼むのは本当に恐縮である。確か2017年に夜学バーで演奏してもらったことがあるが、それ以来。お芝居に演奏家を出そうと思って真っ先に思い浮かんだのは彼だったが、「いや~さすがに呼べないぜ~」とも同時に思った。でもあんまり遠慮するのも友達がいがないし、何しろ僕の30代のキャリアを総決算する作品だ。彼以外に誰がいると思いきって頼んだらたまたまスケジュールが空いていた。神様はいると思った!
 仲良くなったのは彼が中3の頃だからもう15年経つ。廊下や国語科室でよくしゃべってた。国語科室にはほぼ僕しか常駐していなくてほとんど僕のお店みたいなもんだったのだ。懐かしい。あれもすごく青春だった。思えば「おざ研」ってのは「無銘喫茶」と「国語科室」が融合したものだったのかもしれない。

 さてフラワーロード。くだんの「引き払いブ」ではセットリストの最後に配置されていた。引退の儀式だから「花道」で終わるというわけだ。ダブルアンコール(僕が勝手にしかけた)でも歌ってもらい、ちゃんと花束抱えて歌ったりSAYA花(そういうのがあるのだ)を投げたりして「花!」って感じに終われた。売上もぶっちぎりでドクターヘッド過去最高(15万超え)だそうで、少なくともイベント本編については有終の美であった。その後はいろいろあったのだがまた別の話なのでおいておく。
 で、何がしたいのかといえば自画自讃である。または自作解説。『わたしのフラワーロード』とはどういう曲なのか、ということを歌詞を引用しながらお伝えしておきたい。というか、僕の歴史の一部として日記の上にちゃんと残しておきたい。


フリージア 純潔の花 彼女にいかが?
プロポーズなら野バラ
パンジー 想いをこめて キスのおまじない
その恋 応援します

『わたしのフラワーロード』にはお花の名前がたくさん出てくる。たぶん宮村優子さんの『大四喜』みたいなことがしたかったのだろう。僕の作風の特徴といえばやっぱダジャレで、今度の演劇でも遺憾なく発揮されているんでお楽しみに。
 この曲は韻がしっかり意識されている。「フリージア」「花」「いかが?」「なら」「野バラ」と、ことごとくア段で踏んでいる。そのあとは「パンジー」「想い」「おまじない」「恋」とイ段でまとめる。偉いね~。
「彼女にいかが?」「キスのおまじない」「その恋 応援します」などはおよそふだんのジャッキーさんが書かなさそうなフレーズだが、あえてそういうのをやってみたかったというのはある。『なせそ』が極めて僕らしい歌詞であるのとも実に対照的だ。
 しかし重要なのは「その恋 応援します」というふうに、恋に対して客観的な立場にいることだ。この曲の視点人物は恋愛の当事者ではない。その点が非常に僕らしい。お花屋さんの娘が、いろんな花を理屈つけて売りつけているというようなシーン。

五月の風が運ぶカーネーションの香り
ジューンブライド彩るアジサイの髪飾り
幸せのとなりに 輝く花をお添えしましょう そっと
Do you enjoy your happy life?

「Do you enjoy your happy life?」というのは『がくえんゆーとぴあ まなびストレート!』という超絶名作アニメーションのラストシーンに出てくる重要な言葉をそのまま使った。実は石井くんも『まなび』のファンなのだ。その証拠に彼のTxitterのIDにはいまだに「straightGo」と入っており、もちろん天宮学美さんの座右の銘「まっすぐゴー!」に由来する。まなびは最終話、高校を出たあとフリーターとなりお花屋さんでバイトを始めるのである。
 それにしても「幸せのとなりに 輝く花をお添えしましょう そっと」というのは素晴らしい。花は幸せそのものではない。そのとなりにそっと添えられるだけのものでありながら、幸せをその美の中に焼きつける効用をも持つ。さりげなく。またこれも「幸せの当事者ではない」という客観的立ち位置に視点があることを示している。
「香り」「髪飾り」「となり(に)」と韻を踏んだあとに、「花を」「しましょう」「そっと」とまたオ段を積み重ねるのも憎い。天才。Aメロで春の花を並べ、Bメロで5月→6月と流していくのもすばらしい。8年半前の自分、偉い。

チューリップ 胸に咲かせた わたしの夢は
「お花屋さん」よ ずっと
ダリア 胸に咲かせる わたしのハナミチ
このみち どこへ続くの?

 チューリップを胸に咲かせるってのは、幼稚園とか小学校低学年の子がチューリップ型の名札をつけがち、っていう僕のイメージから。たまたまうちの地域がそうだっただけなのか? たぶん全国的な傾向だよね。そうでなくともチューリップってのは幼児と相性がいい。童謡にもあるし。だからこれは「子どもの頃からの夢」ってことを表現しているわけですね。ちゃんと考えられてるよね。
 ワカラナイ人のためにちゃんと言うと「チューリップ胸に咲かせたわたし」ってのは、「幼いころのわたし」ってことなのですね。
 で、この人はその頃から「お花屋さん」が夢だった。「ずっと」ってのが重要。小さいころに「お花屋さんになりたい」と思っていた人がその夢をずっと持ち続けるってのはそんなにありふれたことではない。でもこの人は「ずっと」なのだ。
 チューリップは春に咲く子どもっぽい花で、ダリアは秋に咲くやや大人っぽいイメージを持つ花。そういう対比。
「ダリア胸に咲かせたわたし」ってのは、いまのわたしってことで、「この道どこに続くの?」と将来に不安を抱いている。
 お花屋さんがずっと夢なのだから「ハナミチ(フラワーロード、お花屋さんとして働く道)」を選ぶことにはたぶん迷いはないのだろうが、その先の見通しが明るく開けているわけではない。「この道を歩いていきたいのだが、その道中には不安なことがいっぱいある」というようなイメージか。
 先ほど書いたように『まなびストレート!』の主人公まなびはフリーターとなる。不安がないわけがない。そのことが歌詞に影響しているのは間違いない。
「このみち」がひらがななのは「ハナミチ」のカタカナとの対比でもあるだろうが、「道」と「未知」とを掛詞にしたかったのかもしれない。

みんなは髪を束ね「花より単語」
それぞれの道 いろんな夢 舞い上がる
祝福のブーケは わたしのこの空にも届くのかな
Do I enjoy my happy life?

 髪を束ね花より単語、ってのは、オシャレを封じ勉強に集中して大学受験する、っていうようなことを言いたいのであろう。言うまでもなく「花より団子」のもじりであるが、「花」のような幼稚な(と見ることもできる)世界から「単語」の象徴する社会的な世界へと羽ばたいていくみんなを横目で見て焦っているわけだ。
 おそらく視点人物は高校生、バイトとしてお花屋さん(家業かもしれない)で働き、ずっとこの道を歩んでいきたいと思いながらも、「本当にこれでいいのか?」と疑問を抱いてもいる。まわりの人の「それぞれの道」「いろんな夢」が気になってしまう。「祝福のブーケはわたしのこの空にも届くのかな」とは切実な幸福への懐疑。それで「Do I enjoy my happy life?」と自問自答する。
 ちなみに「それぞれの道~」のところは、岡崎律子さんが作詞作曲し堀江由衣さんが歌う『笑顔の連鎖』という名曲にある「それぞれの道 素敵な夢 用意されてる」という歌詞が元ネタであろう。岡崎さんは『まなび』の主題歌(OPEDとも)の原曲を作り歌った人で、堀江さんはまなびの声優。
「舞い上がる」から「ブーケ」「空」に繋がるイメージの連結はじつにテクニカルでございますね。

あたまのなかも
お花畑なの
ちょうちょに みつばち 飛ぶ
道はまっすぐ

 ここでいきなり「ジャッキーさん節」が大爆発する。おいもう我慢できなくなったのか。急に「いつもの感じ」になってきた。こういうところが「あんまり自信がなかった」所以なのである。ぜんぶ上手にやれや。
 まわりのみんながいろんな夢に向かっていく姿に対して「自分は頭が悪いから……」と劣等感を抱きつつ、それでもわたしはわたしなりの道を進んでいくんだ、という決意につながるわけだ。うん。
 しかしこう、お花畑にちょうちょやみつばちが飛んでいて、だけどもそこを突っ切る道はまっすぐ、というのは描写としてすごく美しい。
 当然まなびの座右の銘「まっすぐゴー!」を意識している。

好きな道えらぶのってライラックじゃないな
ブルーデイジーになって ツユクサして カスミソウ
アネモネだなんてサ クラいシャクナゲはフキとばして デンドロビウム!

 出ました! ダジャレ! これぞジャッキーさんワールド!
「好きな道選んでよかった ありがとう神さま」ってのは『まなびストレート!』ED『Lucky&Happy』の歌詞であります。でも「マンガの世界も本当は楽じゃないぜ」(ゆらゆら帝国『ゆらゆら帝国で考え中』)ってことでございます。マンガの世界っていうのはここでは、「単語」側ではなく「花」側の価値観ってことです。
 歌詞の内容がやや暗めなので比較的(完全とはいえないが)寒い時期や地域の花が出てくる。解読すると「ブルーで意地になってツユクサして霞みそう」。「ツユクサ」ってのは「くさくさ」とか「ぶつくさ」の仲間だろう。「アネモネ」はよくわからないが「ああねえもうねえ」ってことなのか? シャクナゲは「癪」「嘆」って言いたいんだと思う。頭が狂っとる。
 デンドロビウムはたぶん言いたいだけ。でもここで「デンドロビウム!」って叫ぶこと自体が大事。メロディーと一体となって意味を持つってこと。まさに詩である。やりたいことやってんな。悪いクセだねい。
 ちなみにデンドロビウムの花言葉を調べると「わがままな美人」「天性の華を持つ」なんてのが真っ先に出てきて、「傲慢にも見えてしまうほどの美しさが由来」とある。さすがに何も考えずに「デンドロビウム!」なわけがないからたぶんこういうことを意識したんだろうな。「自分の道を進むぞ!」ってことなのだ。それがわたしのフラワーロード。

ハナショウブかけて咲き誇る 立てばシャクヤク
座ればボタン 歩く姿はユリの花
胸張ってすすもう ヒマワリの咲くまぶしいハッピーロード ラン ラン
わたしのフラワーロード シーユー!

「花」で「勝負」をかけるわけだ! 葛藤を経て、自分のハナミチ(フラワーロード)を突き進むぞという強い決意。
「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」ってのをそのまま使っている。僕はこの言葉が好きで花をテーマにするなら絶対使いたかった。中3の終わりに観にいった向陽高校演劇部の演目が『タテバシャクヤク!』というもので、それに魅了されて同部活に入ったのだ。部内では「タテシャク」という略称で呼ばれていた。たしかえりく先輩の作・演出だったと思うが、僕の作風の最大の特徴である「とにかくテンポよくセリフが飛び交う」というのの原点はたぶんこれ。今度のお芝居『夜学バー』でもある程度発揮されると思う。よろしくお願いいたします。
 ハッピーライフからのハッピーロード。ここではヒマワリのような夏の花がふさわしい。「ランラン」もダジャレ。ハッピーっぽくていいよね。
 なんで最後「シーユー」っていうのかわからないけど、めっちゃいい。調べると「シー・ユー・イン・ピンク」って薔薇は出てくるが偶然だろう。単純に「また会おうね」っていうのはすごくいい言葉だ。ここは絶対に「バイバイ」じゃだめ。


 この曲をカバーしてくれた友達の名前は、歌詞の中に入っている。お花の名前。ライブのMCでもそのことを言ってくれていた。そのあと「わたしは花なんだよね」って言っててすごく面白かった。ここからのMCがすごく良かったので引用しておく。

 わたしは花なんだよね。歌詞にもね、「わたしの夢はお花屋さんよずっと」っていうのがありますけど、幼稚園の時に、将来の夢書かなきゃいけなかったりするよね、その時にわたしはなんて書いたらいいかわからなかったので、お花屋さんと書いてました。ずっとお花屋さんって書いてました。はい、お花屋さん、なんですけど、今ね、こうやって大人になって、わたしはお花屋さんになりたいんだってことが、わかってるわけですね。
 それで、今日来ていただいたみなさん、もし欲しいと思ってくれたらですけど、そこに私が作りました花がありますので、ぜひ一枚ずつ、ブロマイド持っていってください。そうすればね、十字架にはりつけられたわたしの肉体も、空にね、自由に飛び立つことができると思います。もし残ったら、あした早朝野焼きの煙に昇りますから。私は焼きますから。みなさん知ってますか。火葬の光が人間を星にするんですよ。
 じゃあ聴いてください。『わたしのフラワーロード』です。
(語尾、言い直しなどやや編集)

「大人になって、わたしはお花屋さんになりたいんだってことが、わかってるわけですね」
 この箇所は現場で聞いていて本当にしびれた。彼女は幼稚園の時、将来の夢を「お花屋さん」と書いていたが、その時は自分がお花屋さんになりたいのかどうかがわからなかったのだ。しかし今は「わかってる」のだ。なんか知らんが感動してしまった。
 彼女にとっても「わたしの夢はお花屋さんよ ずっと」なのだ。その「ずっと」は嘘ではない。ただ昔は気づいていなかった、確信がなかったのだ。そういう人がこの曲をキャリアの最後の最後に選んでくれたのは本当に心から嬉しい。だってそういう歌詞を僕は書いたのだから。
『わたしのフラワーロード』は「ずっと」という言葉を確信に変える心の軌跡を描いた曲なのだから。(その解説が今回はしたかったのである。)

 また「お花」というものは、植物の花をのみさすばかりではない。「ハナミチ」にだって必ずしも植物の花は必要ない。わたしのフラワーロード、すなわちわたしの花道というものは、ただ目の前の進むべき道。華々しい道。まっすぐの道。そのようなふうに思ってこの曲を聴くとまた格別なものがある。
 かの友達は僕の世界観みたいなものをよく知ってくれているので、個人的には彼女の歌い方はとてもよかった。せっかくだから歌唱指導とかすればよかったな。

 ともあれみんな、ハナミチを進んでいこうね~。シーユー!

2024.10.4(金) 引き払うってこと言ってんの Jの場合

 僕も来月の1日で他認年齢満40歳となります(自認年齢は9つ)から、いい区切りと思って引き払いを敢行します。9月30日で引き払ったれいの友達は、この年初に「誕生月(9月)いっぱいで引き払う」と僕に告げた。それで自分も「11月で引き払おう」といつか決めていた。「誕生月」は水商売とかの考え方だと思うので採用する理由はない、僕は「誕生日」で引き払う。

 一カ月で引き払うってこと言ってんの。

 僕にとって「引き払う」とはなんだろうか? まず「引き払う」ことを先に決めた。どこから、どのように引き払うのかはあとで考えようと思った。とにかく引き払うことが第一。引き払いファースト。
 それで今年は、とりわけこの一カ月くらいは「自分にとって引き払うとはどういうことか」をうっすら考え続けていた。月末の引き払いブが終わって、なんとなく一山越えた、あとは自分のことをやるのだと肩の力が抜けたところで、ポンと答えが出た。自転車乗って帰る途中に。
 もう他人のペースで生きることはやめよう。
 すべてのことを「末っ子」という属性に帰すのもどうかと思うが、どうしても僕はそこにしか遡れない。僕には僕のペースなどない。他人のペースに合わせて生きている。それが楽だし、それしかできないでいた。
 兄が三人いて、「複数の他人のペースに合わせる」ということが常態化していた。いまでもそれを続けている。しかし「複数の他人のペース」すべてに合わせ続けることは当然できない。むろん歯抜けになる。若いうちはどうにかごまかせても、どこかで「自分の軸を持つ」ということができなければならない。
 意外に思われるだろうか? こんなにも「自分」しかなさそうなジャッキーさんという人は、実は「自分」などない、たくさんの人の間隙に生じる「間」そのもののような存在なのである。だから「関係」ということをばかり重視したがる。そこにはちゃんと正しさはある。バランスを取ることは大切だ。
 その持論を捨てるつもりはない。でもその方法が「他人のペースに合わせる」というだけでいいはずもない。流されているだけだ。もうちょっと自律的に動くことを覚えたい。
 なぜこれまで「他人のペースに合わせる」ということを続けてこられたのかといえば、「根本的に他人を信用している」からに他ならない。みんなの意見の真ん中にいれば問題ないと脳天気に思ってきた。お花畑な性善説。でも最近ようやく決心がついた。「他人のペースに合わせたってろくなことはない」と認めることを。
 僕は兄たちが好きだったから、兄たちのペースに合わせていればいいと思っていた。それがたぶんあらゆる他人に延長されてきた。良い面もたくさんあった。しかし悪い面だっていくらでもある。他人と兄弟は違うのだ。
 先回りしておくが、それすなわち「強欲」と「自分勝手」と「怠惰」の結果でもある。欲深いからより多くの人間から利益を得ようとするし、その際に生じる矛盾やノイズには見ないフリをする、何より自分で考えたり判断することをサボっている。高校のころからよく言うたとえだが、「死ぬボタンは押さないし、死なないボタンも押さない」というのが僕なのだ。何も自分ではやりたくない。決めたくない。ただ流されて、その渦中で許されるだけ泳いでいたい。
 そういった我欲を捨てられず、僕は「自分のペース」というものを持てないでずっと生きてきた。そこが弱点である。誘われたら行く。何も断るということがない。「イヤだな」と思っても「でもこういうメリットもあるよな」と感情や感覚に反論する理性と理屈ばかり育っていった。疲れてきた。これからは気が進まないことは「気が進まない」と言えるようになりたい。八方美人とは、そもそも邪悪な発想なのだ。
 僕にとって引き払うということはそれなんだな。もういい加減末っ子はやめる。

 末っ子らしさをすべて捨てるってわけではない。もうしばらくは #かわいいぼく であり続けよう。だけどちゃんと断ったり、自分の意志を表明するってこともできなくちゃならない。いつもなんにでも、うん、うんって頷くだけの存在でありたくはない。
 引き払った友達は、「たぶん、人はわたしのことを自動会話相手装置だと思ってる」「人はわたしを自動応答機だと思ってるの」と言っていた。女として生きる中で、接客や接客のような人付き合いの中で、「自動会話相手装置」や「自動応答機」としての役割を求められ、律儀にこなし続けてきた彼女。僕が彼女に共鳴している部分があるとしたら、ひょっとしたらこのあたりなのかもしれない。自由奔放に生きているように見えるはずだが、同時におそろしく極端に人の目を気にして、合わせようともしている。
 もちろんこれはだいぶ大げさに書いている。僕は自動応答機ではないし、彼女だって自動応答機ではない瞬間もあるはずだ。ただ、無意識にあるいは仕方なく(諦めたように)そうなってしまうことがけっこうあって、その時は「ああ自分は」と落ち込んでしまう。
 安請け合いをしてしまうんだよな。断るということができない。そのことにはとっくに気づいていた。ひょっとしたら僕に女友達がけっこう多い理由はここなんじゃないかな。弱いのである、根本的に。立場が。女性差別ってのが男性差別なんかと比べものにならないレベルであるってことが感覚としてわかる。「弱い」ということが当たり前にされてるんだから。

 橋本治さんは「強くなるしかない」と言った(「101匹あんちゃん大冒険」最終回)。
 また『ぼくたちの近代史』という彼が39歳(!)の時にやった講演ではこう言っている。

 だから、自分が譲歩するのが何故可能かっていうと、自分が譲歩することによって自分と他人との間の距離を広げるっていうんじゃなくて、自分と他人との関係が一本線でしかなかったことを、もうちょっと譲歩すればこの道の幅が広がるから。ここが原っぱになりうる、ここで遊べるっていう。
 俺、ワリと他人に対して譲歩するのって平気っていうのは、原っぱを作っておかなければ一緒に仲良く出来ない、お互いが仲良くなるための場所っていうのが絶対に必要で、そこに入っていかなかったら、そのかわり他人の変な中に踏み込んでいっちゃうっていう風になっちゃうから。出てって――出ていって、その出ていったところで、「やっぱり君ってこういう人間だよね」っていう形で、それをどうしていくかっていう風に変えてかなくちゃいけないし、世の中っていうのはそういうもんである筈なんだけど、今の世の中っていうのはそういう風になってないんだよね。今の世の中、学校になってるだけで、原っぱには全然なってないと思う。
 だってそうだとしたら――ビー玉が禁止だったらおはじきを格闘技に変えていくんで、その変えていくことからどういうロジックが導き出されて、そのことを踏まえて、どう自分達で生きていけばいいのかっていうことが分かる筈だから、俺はいくらでも生きていける筈だと思うのね。だから自分が譲歩するのはいいけれど、他人に譲歩されるのはいやなんだよね。他人に譲歩されるっていうのは、原っぱの人間じゃなくて社会の人間だから。社会の人間が譲歩するのは、必ず譲歩させる側に権力があるっていう意味があるから。俺、譲歩されると、「俺は権力で、だから相手は譲歩してる」っていうことになるから、いやなのね。遊ばしてくれない。「さあ、どうぞ、どうぞ」って、お辞儀されてしまったら、これは譲歩になってしまって、俺は権力者になる。いやだ、俺、譲歩するんだったらいくらでもいい。
 だって原っぱ作りたいもん、っていうのあるけど、そのことを、「原っぱ作りたいもん」っていう風に解してくれなくて、「この人、許してくれるかもしれない」「愛してくれるのかもしれない」って、そういう個人的な捉え方されるけど、これは個人的なものではなくて、一般的なもので、一般的なものであるが故に一般的なものを作らなくちゃいけないんだから、“原っぱ”っていうのは《どっかに/傍点》作らなくちゃいけないのね。
(河出文庫版P192-193、河出新書『原っぱという社会がほしい』でも読めますが可能ならフルバージョン、そして音源で。譲歩についてはP86-も。)

 だいぶわかりにくいかもしれないが、しゃべり言葉が元になっているということでなんとなくご理解ください。以下僕なりの見解。
 橋本さんは、「社会の人間」に譲歩されることはイヤだと言っている。一方で、相手が「社会の人間」であっても譲歩する側にまわるのなら良いとも言っている。
 ただ、(社会の)人間は譲歩されると「許してくれるかもしれない」「愛してくれるのかもしれない」と解釈してしまう。「原っぱが作りたいんだね」と理解してくれるのはたぶん社会の人間ではない。そもそも「原っぱで遊ぶ」ことをよく知っている人間なのだろう。
 この文章には(なぜか)書かれていないが、橋本さんだって橋本さんのような形で、すなわち原っぱを作ろうとして譲歩されるんだったら歓迎するはずだ。別のところでこうも書いている。

 俺やっぱし、同じような人間じゃないとつまんないなって。遊ぶなり喧嘩するなり、向こうが攻めてくるような時にこっちは引けばいいんだし、そのことによって、こういう動きが生まれるって、ダンスなんだよね。両方が、勝手に接近したら頭がぶつかるだけで、それも面白かったら笑ってしまおうね、っていうのもあるんだけどさ、いろんな動き方ってあるわけだから、俺やっぱり対等じゃないと、いやなのね。ダンス踊るんだったら、下手な人となんか踊りたくないと思うしさ。
(文庫P87)

 ここは極めて本音だろう、僕も本音で共感する。
 橋本さんのいう「同じような人間」というのは、「原っぱを作る」ということがわかっている人間、というようなことなんだと思う。一緒にダンスを踊れる相手。教育機関としての夜学バー、あるいは教育者としてのジャッキーさんというのは、この踊り方を指南する役割を担おうとしている。んーだから今度の演劇で踊るシーンがある(あるのだ)(有料ユーザ特典!)っていうのは、まさしくこの比喩を地でやろうとしているわけだ。
 ンなんだけど、ジャッキーさんは踊り方を教える教育者でありながら、いやであるからこそ?「譲歩する」ということに偏りすぎているきらいがある。そこが目下の悩みだし、課題だし、「引き払う」ということの中身として据えようとしているもの。
 僕も「譲歩させる」ということの持つ権力性をすごく恐れているし、「自分は上手なんだから積極的に原っぱを作っていかないとな」みたいにも考えがちなのだろう(これも使命感かな)。本当は「譲歩し合う」ということがダンスなのだ。
 手引きは必要だが、それは「譲歩する見本を見せる」ということばかりでは不十分、時には「譲歩する」という実践を相手にやってもらうことも大切なのだ。
 39歳の僕は39歳の橋本治さんが言っているように「譲歩されるのはイヤだ」と思っている。でも僕はこのときの橋本さんからようやく一つ先の年齢になるんで、「譲歩する」をもうちょっと弱くして「譲歩してもらう」のほうへ進んでいきたい。ってワケ。

 そのためには「自分はこうしたい」という要求みたいなことや、「それはしたくない」って拒絶とかを言える、出せるようにならなきゃと思うんだけど、あまりにも人との衝突を恐れているんだよね。迫られると断れなくてどんな男とも関係を持っちゃう、みたいな女の子は実際いると思うけど、きっとさまざまな恐怖が根っこにあってそうなってしまうんで、ただ「押しに弱い」とか「意思がない」とかって悪く言うべきではない。僕もそういう人間なのだ。譲歩しとけば間違いない、みたいに思ってしまう悪癖、これをどうにか拭い去りたい。
 もちろん断ることも却下することもあるんだけど、かなりがんばってやっているのだ。特にお店(作品)に関することは、その質や美を担保するため歯を食いしばって適正な判断を心がけている。
 個人的な領域ではどんな頼みでもまずは断らないし、できる限り応えようと思ってしまう。あんまり気が進まないことであっても。マァ最終的には「やってよかったな」ってところに持ってって落ち着かせるんだけど、本当にそれでいいのか?って気もする。今ここ。
 僕はいいやつでいたいんだけど、それは「断らない」ということでしか実現できないわけではない。繰り返しになるがやっぱり自分の意思とか軸みたいなものをちゃんと持って、それを大事にしないとだめだ。そのうえでダンスの相手を探すんだ。
 問題は「流される気持ちよさ」とか「求められるうれしさ」といったもの。それらを否定することはできないし、捨てるのも現実的ではない。せめて「本当にそれでいいのか?」ということをもうちょっと冷静に考えられるようになりたい。来月のお誕生日を過ぎたら、徐々に意識的にそういうふうにやっていく。
 僕はねえ本当に、「妖精を信じるなら手を叩いておくれ!」のピーターなんだよ。手を叩いてくれるのを待つだけなんだ。言葉を尽くして。声をからして。それはたぶんずっと続けるよ。この日記がまさにそうだから。でも逆に、同時に、「手を叩いて!」って言われても叩かない自分になることも考えていかなきゃいけないな。
 いろいろ事情はあるんだから。
 自分の事情を大切にすることが、自分を持つってこと。

「前にも言いましたけど、あたしが大切にしたいのは……守りたいのは……」
 知恵院は、くすりと笑って、
「自分の気持ち、だけよ!」

(24歳のジャッキーさん『たたかえっ!憲法9条ちゃん』より)

2024.10.7(月) ゼロとマイナス(マリオ理論)

 ヨヤクいらんからとにかく来てよみんな! 来んとパチキじゃ。

 こないだお店で話してた話題。メンヘラは(この言葉について定義など特にないので常に雰囲気でご読解ください)ゼロとマイナスの使い分けが極めて下手である。
 たとえば面倒な男にLINEやDM等で絡まれているとき、「よーしこれは何も応えないのが最適解だ!」と思ってなぜか相手のアカウントをブロックする人がいる。「ブロックする」というのはマイナスを相手に与える行為であって、ゼロではない。相手は「ブロックされた!」と憤慨し、鬼の首を取ったように「ヤツはオレにマイナスを与えてきたのだから、オレもヤツにマイナスを与える権利がある!」とやる気を出してしまう可能性がある。ブロックすることによってむしろストーカー化したり、「恨みを買ったね今」と昂ぶってしまうかもしれない。
 ゼロとはマジで何もしないことである。ただ無視する。張り合いのない相手にバカは執着しない。反応があるから面白いのだ。

 僕はかねてより「マリオ理論」というものを唱えている。マリオがなぜ面白いのか? エーボタンを押したらジャンプするから面白いのだ。究極にはそうなのだ。右を押せば右に動き、左を押せば左に動く。マリオの面白さの真髄はそこにある。みんな、自分の行動に対して何らかのフィードバックがあると楽しくなるのである。
 スナックでママに叱られて「怒られちゃったよ~」とか言ってるおじさんたちも、叱られるからやるのであって、無視されるならやらないのではないか。好きな子にいたずらする子供も、相手が反応するからちょっかい出すのであって、無反応だったら「あ……」って悲しくなると思う。

「あの人のことを忘れよう」と思ってなぜかどうでもいい男とあえて関係を持とうとする人がいるとしよう。それも「ゼロ」ではなくて「マイナス」である。(それが「どうでもいい男」である以上は。)
 本当はゼロにすればいいだけなのに、マイナスを取らないとバランスが悪いと思ってしまう病が、いわゆる「メンヘラ」みたいな心理状況に巣くっているのではないか。単純に考えれば刺激がほしいのであろう。フィードバックがほしいのであろう。エーボタンを押して動いてくれるものを求めてしまうのだ。ブロックする、「ブロックしました」と表示される。それで「何かをした」という気持ちになって安心する。
 むろんブロックしないといつまでもメッセージが連投されてウザいというのはあるのだろうが、LINEだったら未読のまま非表示をくり返しておけば(恐ろしいことに「既読」すら反応だと思う人も多いらしい)普通ならやがてメッセージは止まる。止まらなかったらそいつはかなりヤバいヤツなので、絶対にブロックなんかしてはいけない。どうしたらいいんだろう。たぶん天に祈るしかない。
 通常は、よっぽどの気狂いでもなければ、相手しちゃうから喜んでいつまでも執着してくるのだ。完全に無視したらいつか興味をなくす。でも結局、相手しちゃうってのは「執着してくれる」からでもあるっていう心の弱さみたいなものがこれまた「メンヘラ」とか呼ばれる精神状況には巣くっているわけで。あるいは「求められたらつい応えてしまう」とか。情みたいなもんもあるし。
 けっきょく誰もが「エーボタンを押したらジャンプする」っていうのが好きなのだ。どんなに面倒なヤツでも、言葉が飛んできたら返したくなってしまう。そしたらまた何かを返してくれるから。相手してくれるから。ゆえにこそブロックしてこちらからも何も送れない状態にしておく必要があるわけだ。どうしても相手してくれる人の相手をしたくなってしまう、そのような悲しき性が「メンヘラ」なる内面状況の中に巣くっているのである。スイカゲームでも2048でも、プレイできる状況にあればやってしまう、だからソフトごとアプリごと消去しなければならない。(ちなみに僕は友達のハイスコアを抜いた瞬間にスイカゲームやめたし、2048を達成した瞬間にアプリを消した。つまり僕も依存系コンテンツに弱く、まんまと時間を溶かしがちな人間なのである。エーボタン最高! だから絶対にギャンブルと性風俗にはいかない。)

「何もしない(ゼロ)」という選択のできる人はそう多くない。つい動きたくなってしまう。エーボタンを押したくなる。瞑想とか座禅が効くとしたらそれが「ゼロ」の練習になるからではなかろうか。

 ちなみに「ガチでヤバいやつ」すなわち「無視してるのに執着してくるやつ」というのは、もう執着された瞬間に諦めるしかないのかもしれない。彼らにとっては「供給=反応」なのだ。SNSなどで執着相手の情報が発信されるや否や、エーボタンを押したのと同じ感覚を勝手に抱くのだと思われる。大げさに言えば、「お、ツイートだ。オレのエーボタンに反応したんだな!」みたいな感じに。そこまで行った人間に無視は通用しない。このパターンならブロックが効く場合もあるだろう。しかしこの手合いの中には「ブロックされた! よーし別のアカウント作ろっと」っていう発想にごく自然となる人も多いので注意しましょう。打つ手はたぶんありません。一生飼い慣らすか、飽きてくれることを泣きながら天に祈るか……。決して刺激を与えてはいけません。過剰に供給を与えては何を考え出すかわからない。すでにすべてが刺激なので、べつに無視しても喜んでくれると思います。「なんで無視するんだ!」とか言ってくる人のほうがむしろ無視が効くような気がする。まあこれらは僕の描く類型でしかなく実際は個体によってパターンは色々だと思うので参考程度に(なるなら嬉しいですね)。

 そこそこ有名な人とか界隈の中心人物みたいな存在だと、悪口をネットに書き込むことで本人は無視しても周囲が反応してくれるので、それで嬉しくなって執着が続くパターンもございます。あまりバズらないようにいたしましょう!

2024.10.10(木) ジャッキーさん演劇歴まとめ

 だめだ能力がありすぎる……何でもできすぎてしまう……次から次へと「こうすればええやんけ」が思いつき続けて尽きないので止まることがない……もう誰にも遠慮せずにちゃんとそういうことを言っていくぞ!(かねて言ってる気もするが。)
 今日は美墨なぎささんのお誕生日にして、劇団夜学バーの本番2日前、そして何より『日本児童文学』という雑誌に載るはずの掌編小説の〆切りでもある。演劇と原稿が完璧に重なっていて、後者は頭の片隅でしか進んでいない。誰も光速では書けないのだろうか。これから朝までやってるサイゼリヤ(そんなものが本当にあるのか半信半疑だがさっき知った)に行って集中する。朝までは「今日度」ということで許してください。おっと22時までに入らないと深夜料金が加算されてしまう。
「能力がありすぎる」とはいえ「能力」以外のところでものすごく欠点の多いのが僕なのだ。なぜこんなに自分のコントロールが上手いのか。上手すぎて手を抜いてしまうのか。手を抜いた結果「やべえ!」ってなってギリギリのところでギリギリこなすので毎度「うーんなんか100%納得のいく成果物ではないな」みたいになってしまうのか。
 演劇についてはたぶん「これが現状の僕(および夜学バーおよび劇団夜学バー)のできる最高の質だ」と胸を張れるものにはなると思うが、原稿のほうにしわ寄せが来ている。大丈夫だ、すばらしく美しいものを書いてやる。面白いかどうかは知らん。いつまでも読者のほうを向けないんだ僕は。コンプレックスでもあり、誇り(自信=自分についての確信)でもあり。

 7日(月)に会場入りして、大道具に着手。カウンターとドア、背景など作った。夜からわざわざ来てくれたN氏、F氏ありがとう。対バンの劇団が組んでくれた照明と音響のセッティングを引き継ぎ、配線など確認。
 8日(火)はみんな忙しく、一人で本、酒瓶、小物、照明、時計、お酒とコーヒーを作るための道具などを夜学バーから会場に運び、照明・音響プランを練る。夜1時間ほど役者Tが来てくれたので照明位置を合わせたり、プランを調整したりなどし、無事完成。助かった。本当にありがとう。
 9日(水)はゲネプロ。むかし東海高校演劇部で「一人は電話でね!」というフレーズがなぜか流行った(理由は知らないし聞いても誰も覚えていない)のだが、「一人はズームでね!」だった。
 すごく楽しかったしそれなりにうまくできた気はするが、心配なのは土曜の撤去だな。10~15分でステージを片付けることになりそう。いろいろ工夫するけど、みんな手伝ってね!
 それにしても演劇は、基本的にみんなが「みんなごと」として考えないと成立しないものだからいいな。そこに温度差や考え方の違いがあるから不和も起きるのだが。ともあれ本番は自由に、楽しんでやろう。僕のすべての作品(HPやお店も含む)の根底のテーマは「楽しそう」なのだから。


 唐突だがここで僕の演劇歴を整理しよう。(原稿をやれ!)
 正確な日時などは調べればわかるがさすがに面倒なので後。暇な人、日記を掘って掲示場に書いといてください! あと僕マニアの人は忘れてるのあったら教えてほしい。


●『どろぼうがっこう』(1991)
 役名忘れたがなんかどろぼうの一味、せりふ一個か二個。

●(作品名忘れた)(1993)
 楽団でリコーダーかなんか吹いた気がする、せりふなし。

●『ピーターパン』(1995)
 ピーター役(ダブルキャストの後半)。ラストのラスト、緞帳下りてる最中にくだらないアドリブかまし、次の日からスターだった。

●『L^2(エルツー、Lの二乗と表記)』(2000.7.26)
 作・演出わに先輩。守山文化小劇場。ひのえきゅうすけ役。半ズボンの少年。これをもって舞台デビューとしている。

●『Dream Station』(2000.9)
 劇団池松屋本舗。103。いちおう脚本・演出のはずだったが最後のほうは僕が忙しすぎてみんなで作ってもらった。その節は申し訳ありませんでした。本番では「天使」役。タイトルもみんなでつけたのかな、確か。

●『店長百万円入ります。』(2000.9)
 作・演出わと先輩(天才)。大講義室。神宮寺役。演技に悔いが残る。

●(2000.10くらい?)
 タイトルもなんも忘れたけど瑞穂区の津賀田中学に演技指導に行った。そこで知り合った中2女子とは今でもマブである(すごい)。

●(2000.12.19) 
 既成。タイトル忘れてしまった。てっしー演出。大講義室。僕は音響を担当した。冬公演は新部長が既成台本で演出すると決まっているのだ。伝統で。

●『寓話の見た夢』(2001.3~4)
 作・演出たも先輩。どこだっけ文化小劇場+大講義室。姉たちに女装させられている蛇、シュウヤ役。ジャッキーを女装させたいために作られた芝居(演出談だが真偽は不明)。4月の新入生歓迎公演としても上演された。

●『少年三遷史』(2001.7.27)
 作・演出僕。守山文化小劇場。俊太役。言わずと知れた名作。2地区じゃなければ県大会行ってた(かった)。←一生言ってる

●『たんぽぽとかずのこ』(2001.9)
 既成。■演出。体育館。引越屋役。いい台本だったけど難しかったね~。

●『地上より永遠に』(2001.12)
 既成。やび演出。僕いちおう主演だったはずだがあまり覚えていない(なぜだ)。

●『イワンよりもばか』(2002.3の予定だったが上演中止)
 作・演出僕。本当にこれは申し訳なかった。「流される」とか「これはこれで面白いじゃない」という僕の性質が悪く出た象徴的事件だった。

●『ほうかごのこうえん』(2002.4) 
 作・演出僕+■。大講義室。放火魔役。春休みに僕んちと■んちに合宿して作った二人芝居。犬山の寺の裏とかで立ち稽古したの懐かしい。いま振り返れば「演劇はけっこうインスタントに作れる」という最初の証明であり、のちの『うさたぬ』や『夜学バー』に繋がっている。10周年オフ(2010年7月11日)に台本持ってってちょっと再現したの楽しかったな。

●『私立探偵J』(2003.3.23)
 東海高校演劇部に客演(客席でケータイ鳴らすとかそういう役だったらしい)。合同発表会、劇場は忘れた。演出はちわんちゃんだったか? 何も覚えていない!

●『なにをする!』(2003.3.28)
 作僕、T橋演出。たしか南文化小劇場。4月いっぱいで引退したのち、いろいろあって演劇部が空中分解しそうになっていたが「とりあえず合発(合同発表会)は出よう」とT橋(当時2年)とふたりで出た。早稲田大学の新入生オリエンテーションを早退して新幹線に乗り、走って本番に間に合わせたというだけでもう逸話だが、50分の枠があるのに3分くらいで終わらせる前衛さは会場を震撼、驚歎させた。顧問(今も仲良しである)からはめちゃくちゃ怒られたが、その日の「交流会」で「時間が余っているので向陽さんもう一回やってくれませんか」と言われて再演(!)したところ、2回目は割れんばかりの拍手喝采で、これほどウケた芝居はあとにも先にもやったことがない。『夜学バー』は同じくらいウケると思うけど!
 ちなみに偶然これを見ていた小中学校の後輩Nちゃん(当時高1、会場で会ってお互いめっちゃビックリした)は「演劇ってなんて自由なんだ!」と感動したと後に語っている。そしていまは名古屋の超有名劇団Uで女優をしている……いい話だ。

●(2003.3.30)
 タイトル忘れた! 劇団梵天山(東海高校演劇部OB+現役)の芝居に出たのだが、これも役名とか忘れてしまったな。会場は青年の家だっけ?
 当時の日記には「二回公演があったんだけど一回目の公演は誰一人段取りを知らずせりふも覚えてなかったので 全体の2割くらいはアドリブだったように思われます。」とある。これも『うさたぬ』や今回の『夜学バー』に繋がる。覚えてなくても演劇は成立するのである。

●『ゆでたインゲン豆のない風景』(2004.12.4-5)
 劇団破瓜。作・演出radiwo、プロデュースなみちゃん。僕は「男」役だったけど番号は覚えてない。飯田橋のCafe&Bar BRIDGEで。radiwoくん(東海)のことは心より尊敬し申し上げておりまして、彼の演出の発想は高2夏の『箱』以来かなりパクらせていただいているというか、「あーなるほどそういうのあるのか」とどんどん幅を広げてもらえた。この公演もカフェバーならではの演出効果が盛りだくさんで、これも当然直近の『うさたぬ』『夜学バー』に影響しております。いろんな意味で次のは集大成なわけです。
 演劇でいちばん影響を受けたのはケンジ、あ、いやradiwoくんで、あとは天野天街かな。それと中3の時の向陽高校演劇部(とその伝統)、やっぱ。『タテバシャクヤク』で「あー演劇ってこういうのか」とすり込まれた感じ。全て名古屋の人である(市内とは言っていない)。

●『二日で本番!!』(2011.11.14)
 演出:園田英樹。新宿シアターミラクル。インプロビゼーション(即興)演劇のワークショップで、二日目の夜に劇場を借りお客さんを入れて公演を打つ、という無茶な企画。いやー、『ライジンオー』でオタク化した身としてまさか園田さんの芝居に参加できる日がくると思わなかった。めちゃくちゃ緊張したけど楽しかった。演劇は二日でやれるくらい手軽で身近であるべきだ、と園田さんはきっと思っていて、そこに僕も共感する。それで『うさたぬ』もじっさい数日で作ったのだ。アドリブ前提の劇『夜学バー』をやる度胸と自信があるのは、これに参加したから。伏線なのだ、すべて。

●『にじいろ幼稚園のクリスマス』(2013.12.24-25)
 これを知っていたら相当なマニア……。友達の劇団の手伝いで音響を担当。ネットに残っていてビビった(芝浦名義!)。ゴールデン街劇場。

●『うさぎとたぬきと柿』(2022.11.1)
 夜学バー(301)にて。作・演出・出演・音響・演奏・照明・受付・その他すべて僕、のひとり芝居。スタッフは一切なし、すべて自分だけでやった。名作だと思っている。

●『夜学バー』(2024.10.12-13)
 今度やるやつ。絶対来てね!


 僕の演劇人生(?)は1995年の『ピーターパン』から始まったと思っている。10歳か11歳。その頃にはたぶん岡田淳さんの『扉のむこうの物語』も読んでいる。この二つが僕の演劇への興味を育んだのは間違いない。だから集大成である『夜学バー』には「ピーター」と「扉」が登場しなくてはならないのだ、絶対に。ラストシーン、本番数日前に急遽あの演出が付け加えられたのは、それを強調するためなのだ。
 僕がやるからには必ず、子供の匂いのするものでなくてはならない。勝手な僕は、みんなに、特に子供たちにその匂いを嗅いでもらおうとは思わない。僕だけにわかればいい。この態度こそが真に大人的ではないってことだもん。それは当然「色気」となって場内に満ちわたる。

 1995年の学芸会は6年が『走れメロス』、5年が『ピーターパン』、4年が『オズの魔法使い』をやった。ずいぶん前に劇団うりんこののぶちゃんとごはん食べたとき、「あの年の学芸会はすごかったよね!」って話になって、二人とも『オズ』に出てきた曲をほとんど歌えたので感動した。映画に出てくる曲ではない、学芸会用につくられた曲である。リハーサル含めても2回くらいしか聴いてないだろうに、われわれはハッキリと完璧に、歌詞もメロディも覚えきっているのである。20年も30年も。舞台の力ってのがあるとしたらそういうことだろうね。今回もどこかのシーンが、誰かの心に永遠に残るといいな。がんばるぞ。
 原稿もそういう気分で書こうというのであります。

2024.10.11(金) 雪渡りのかわりに

 午前四時前。能力がありすぎるので原稿送った(昨日の日記参照)。某サイゼリヤはまだ開いている。神! ここは定宿(じょうやど)ならぬ定ゼ(リヤ)にしたい。すばらしい。ただサイゼってだけで最高なのに朝までやってるのすごい。死んでも深夜料金は払いたくないので21時半には並んだほうがいいと今日学んだ。うし。ギリギリ間に合ったがあぶなかった。
 これでちゃんと雑誌掲載されたら、僕が原稿料もらって小説を書いた最初になるんじゃないかな。これまでないよね、たぶん。どうだっけ。小説はないと思うな。うーん。自信ないが。
 僕がいちばん好きな宮沢賢治作品は『雪渡り』で、世界中のあらゆる物語という物語のなかでたぶんいちばん好きなんだけど、これが実のところ宮沢賢治が原稿料もらって書いた唯一の小説作品なんですよね。と言って今回書いたのが『雪渡り』レベルの名作かというとそういうわけでもないんだけど、小3のときの僕のエピソードがもとになってて、今の自分ともつながるようなところもあって、個人的には! それなりに象徴的なものになったようには思う。
 昨日も書いたけど僕は徹底して「個人的には!」なんだよね。この「個人的には!」ってのも『鈴木先生』って漫画の足子先生の台詞が元ネタなんだけど、何の説明もしないからほぼ誰にもわからないんだよね。引用の美学とかそういう問題じゃなくて、ただ自己満足だし、良く言えばこうして自分だけのリズムや文体ができあがっていくってだけなんだよね。
 宮沢賢治は学校の先生もやってて自費出版で小説出してて詩人でもあって、なんか自分と重なるところがないではない。最近僕も楽器を始めたし。あとは農業と法華経か。農業についてはいつかやる可能性がないでもない。ただめちゃくちゃ宮沢賢治という人やその作品が好きかというとそういうわけでもなく、読んでないのもすごく多いんだけど。とにかく『雪渡り』は別格なのだ。『銀河鉄道の夜』も好きですね。中途半端な気持ちじゃなくて。
『雪渡り』は5人兄弟の話で、上から男、男、男、男、女。主人公は四男と長女(妹)。僕は四男だが妹はいない。いたらいいなとは思う。だからすごく僕が『雪渡り』を好きなのも「個人的には!」の世界なのだ。兄3人がね、また優しいのよ。それは僕の理想の世界だったのですよ、これを読んだ当時。小5かな。たぶん津島先生の時なんだね。僕がいちばん好きな担任の先生ね。会いたいな。それも含めて『雪渡り』には個人的に美しい思い入れがあるのさ。
『大魔神逆襲』も男の子4人の話で、いちばん小さい子が活躍すんのね。それですごくこの作品が、邦画でいちばん好き!って言うことにしばらく前、決めた。僕の処女作(小3)である『山そう村の大事けん』はあきらかにこの作品が元ネタだ、ってつい最近気づいてめちゃくちゃビックリしたんだわ。
 電池がないんで手短にしないと。僕が漫画や詩において雪をモチーフにしがちなのも、『雪渡り』と『大魔神逆襲』の影響があるんだろうな。「コアにあるのは子供の頃の正しいこと ウウウウ」って三重野瞳さんも歌ってましたが、僕の肝心なところは本当に小学生までに全部そろってんだよね。それもあって今回の作品は小3。夢小説みたいなもんです。雪渡りのかわりに、
 電池なくなっていました。移動して続きを。

 ずっと僕は「自分と子供なるものとの関係」について考えている。昼間にアニメ『悪魔くん』(1989)の第1話を見て、そうそうこれこれこれなんだよって思った。僕は1988年から1995年くらいまでの子供向けアニメ(『魔神英雄伝ワタル』から『飛べ!イサミ』まで)が大好きなのであるが、平成版『悪魔くん』はドンピシャでここに当てはまる。僕はどうしても「その頃の子供」なので、その頃のことが大好きであり続けている。それだけでもうずっとやってきている。
 僕が初代プリキュア(2004・2005)大好きなのは、中学生女子が主人公でありながら恋愛が「片想い」に終わるからである。なぎさは明らかにそうで、ほのかの場合もその名のとおり「ほのかな」恋心のようなものにとどまっている。実際中学生くらいまでってそんなところがリアルな感じがする。僕はそうだった。にぶちんだったもんで。
『悪魔くん』も、たぶん当時から見ていない(再放送はあったのかも?)のでその後のことはわからないが、基本的に恋愛要素は薄かったと思う。少なくとも第一話に出てくる女性は家族と「幽子」と「鳥乙女」だけだった。それでええやないの、それで。
 ちなみに『らんま1/2』(1989)と『幽遊白書』(1992)の第1話も見た(なんで?)のだが、どちらもラブコメ的男女喧嘩に満ちあふれていて、世代的にはぴったしハマるものの僕の好きな世界ではない。もちろんらんま1話は死ぬほど面白いしゆうはく1話はだらだら泣いた。でも僕のための物語ではないような気がする。プリキュア2代目の『スプラッシュスター』(たしか第1話)でいきなり男女喧嘩が始まったとき、「ああ、今回はそっちの世界観なのね」と思ったのをすっごく覚えている。
 いや、『ママは小学4年生』(1992.1-)だってなつみと大介はそんな感じなんで、それがダメってことではないんだけど。うーん。なつみと大介、あるいは姫子と大地(『姫ちゃんのリボン』1992.10-)は好きなんだよな。なんて勝手な言い分だろう? かなりわかりやすくラブラブだからだと思うけどね。やきもきさせない。らんまとあかねってくっつきそうでくっつかないのがやきもきするポイントで、たまにデレるからイイんだろうけど、なつみ大介や姫子大地は安心感があるもんな。はい。(けっきょく、ただの好みである。さらに深い研究を待て。)
 あとなんかまあらんまとかは明らかに性的な話だもんな。いきなりお互いの裸を見るわけだし。ゆーはくはラブコメ要素どんどん減ってくから別だけども、んー、だからこそラストでちゃんと螢子とくっつくのが最高に好きなんですよ。何を言っているんでしょうね。でも重要なことです。
『スラムダンク』は最初の2巻が好きで、それはむしろギャグでラブコメだからなんだけど、それがどんどん減ってった結果、最後までハルコさんとの関係はなんだかよーわからんですよね。それでたぶん僕はゆーはくが好きで、すらだんはそーでもないんかも。流川が花道にパスするところは号泣するけど。あれは「がんばれカカロット おまえがナンバーワンだ」と同じですからね。
 こういう話はきりがないので、終わりということにいたします。(オタクってガキみてーだよね。)

2024.10.14(月) みんなごと考

 集団が一つの合意を得ているとき、その周囲にある状況は「みんなごと」となる。ここで「みんなごと」とは、「自分事」と「他人事(ひとごと/たにんごと)」とがその集団の中で一致していることをいう。つまり、自分の利益や価値観と、集団のほかの人の利益や価値観が一致しているということだ。だからみんなはすべてを「みんなごと」として考えることができる。
 ところが集団として行動するなかで、自らの利益が損なわれたり、自らの価値観とズレるようなことが起きてしまうと、「自分事」と「他人事」とが分離する。「集団の(あるいはその中の誰かの)利益や価値観を優先すると、自分の利益や価値観が優先されなくなる」という危機。ここで「自分事」を優先すれば、「この集団にはいられない」として離れていくことになる。「他人事」を優先すれば、我慢して他のために尽くすという形になるだろう。

 普通の人間が常に優先するのは「自分事」である。「自分事」が担保されることを前提として「みんなごと」に取り組むのが当たり前の行動様式。「みんなごと」は現代、通常、「自分事」の集積としてばかり立ち上がる。
 ゆえに、こうした「みんなごと」の中で「自分事」が損なわれそうになると、そこから離脱するしかなくなる。「自分はもう、この《みんなごと》のなかに身を置くことはできない」と。それが現代の普通の考え方である。
 時には集団の中にそう思う人が複数現れる。次から次へと「そうだ、そうだ」と抜けていくこともある。そして別のところで集まって、別のグループをつくって、いまだ「あっち側」にいる人(たち)を仲間外れ(敵)にして結束することもある。「ボーカル以外全員脱退、新バンド結成」みたいな。
 これが普通の、現代の、通常の集団のあり方というものである。

 ところが僕は「みんなごと」というものをただ「みんなごと」として捉えていて、「自分事」と「他人事」とに分離させるという考え方はない。そこに齟齬がある。僕はみんなが「みんなごと」を「みんなごと」として考えられるといいよねってことをずっと言い続けているのであるが、それはでもたぶん伝わらないというか、容易に共有できる考え方ではない。だからある意味ではもう諦めて、今月いっぱいで引き払いたい。
「みんなごと」ってのは「みんなごと」として始まったものなんだから、自分事や他人事ってのとはいったん無関係なはずなのだ。「みんなごと」の中に自分事や他人事があるのは当たり前なんだけど、わざわざ「みんなごと」を解体して自分事や他人事を取り出して語る必要はないのではないか。「みんなごと」を「みんなごと」のまま考えるのが仲良しの発想というもの、というのが僕の考えていることなんですね。
「みんなごと」が崩れそうになったとき、まずその「みんなごと」について考えるのが自然だと僕は思う。しかし現代人は「いや何よりもまず自分事でしょ」という発想から離れない。さらに、お節介にもそれは「あの人の自分事が損なわれそうだ!」という飛び道具としても現れる。他人事を「他人の自分事」として感情移入して、「それを損なおうとしているあいつは悪だ!」という攻撃にまで発展する。
「誰かの自分事をおびやかす悪を排除し、残ったわれわれで新たなる《みんなごと》をつくろうではないか!」というのが革命の思想で、それが現代的な発想の源泉なのだと僕は信じている。
 始まってしまった「みんなごと」を美しいまま、楽しいままで進行させるために、自分事や他人事についても考えるのが筋道と僕は考えるのだが、「誰かの自分事が損なわれそうなので、いったんこの《みんなごと》はなかったことにしますね?」というのが現代普通の考え方であり、そこの溝を埋めることはかなり難しいのだとわかってきた。
 そもそも、小説の登場人物の心情なんて本当は誰にもわからないように、誰かが誰かの自分事を忖度することは非常に難しい。だから健全な「みんなごと」の中では打ち合わせとか確認ってのが事前にある。わからないから話し合っている。どうして何も知らないのに憶測だけで勝手なことが言えるんだ?
 引き払ってからは、言葉では同じことを言い続けると思うけど、たぶんもう他人を巻き込んだりはしない。「みんなごと」を「みんなごと」として考えることができる人とはそういうふうに仲良くするけれども、そうではない人とそういうふうになっていくことは本当に難しい。客でしかないんだもん。帰れるのって客だからでしょ? 客ってのは、すべてを他人事にしていい立場の人間のこと。

「あ! あの《みんなごと》の成員の自分事が損なわれそうになっているぞ! あの《みんなごと》を破壊しなくては!」という正義感に基づいて、心地よい「みんなごと」を誰かから奪ってしまうことだって世の中にはある。当人はただ「なんで自分の好きな《みんなごと》は失われてしまったのだろう?」と思うだけかもしれない。そうやってすべて他人事になっていく。

2024.10.15(火) 芝居は楽し

 10月12日、13日に劇団夜学バーによる『夜学バー』上演いたしました。僕のこれまでの演劇歴については10日の記事にまとめておりますが、まともな劇場を借りて演出(夜学バー名義)するのは高校生以来。30代の最後に「総まとめ」みたいなことができて至福であります。

 2公演あって総勢100人くらいはお客があったと思う。土曜日のほうは13時半開演で16時には撤去を終わらせねばならず、かなり緊張感があった。アドリブ中心の劇なので時間調整が難しいのだ。しかし蓋を開ければほぼオンタイム、舞台にもたくさんのお客さんが入店(飛び入り出演)してくれて、ある人は「いつもの夜学バーとほとんど同じ空気感だった」と言ってくださった。まったく知らない人もちゃんと入ってきてくれたし、小学生が一人でやってくる場面もあった(仕込みではない)。何から何まで大成功だった。長野県から来て参加してくださった(練習のほとんどやゲネプロはZOOMで行った)役者の方もすごく熱のこもった感動ツイート(現在は削除済み)をしてくださってものすごく嬉しかった。
 初回(土曜)は僕にとって100点満点、ほぼ完璧であった。肩の荷が下りて、「明日は打ち上げのつもりでやる!」と宣言していた。撤去後、みんなでサイゼリヤに行ったら女児妖精役の子が「酒が足りん!」と言わんばかりにグラスワインを飲み、そのあとで1500mlの赤ワインを頼んでいた。公演中に二人でテキーラ半分(350~400ml?)飲んだあとだというのに。すごすぎる。さらに別のお店で二杯ずつ飲んだ。その後、信じられないことだが女児妖精は朝6時半まで自分のお店を営業しテキーラも飲みまくったそうな。そして夕方にはまた会場入りしていた。
 2回目(日曜)はそもそも土曜より30分長く確保していたうえ撤去もゆったりでいいので、「時間を気にしない」「全力でやりきる」ということを自身のテーマにしていた。役者たちにもそう言っていた。特にテキーラを無限に飲み合う(そういうシーンがあるのだ)妖精とは「死ぬ気でやろう」と熱い誓いを交わし合っていた。
 このシーン(通称:くり返しテキーラ)、そもそもはすべて麦茶でやるつもりでいた。あとあと本物のテキーラも使おうということになったが、飲むとしても一杯か二杯で「妖精が急性アルコール中毒で倒れる」というシーンに繋げるつもりであった。というか、当初は本物のテキーラが出てくることを「次のシーンに進むキッカケ」にしようという話だったのだが、妖精がいくらでも飲めてしまうし、飲めば飲むほど当然ハイになり面白い展開も思いつきやすくなる(このシーンはアドリブが要なのだ)のもあり、稽古の途中で「遠慮せずガンガン飲ませろ」と妖精様よりお達しがあった。ゲネプロは実際へべれけになるまで飲んだ。
 土曜公演はたぶん麦茶をまず10~20杯くらい飲ませ、そのあとでテキーラと麦茶を適当に配分しながら無理のない範囲で二人で飲み進めた。彼女には夜の営業があるので遠慮したのはある。しかしその間に大量のワインと2杯の茶割りを自ら頼むとは化け物すぎる。その際に言われた。「あのさあテキーラの混じった麦茶ってマジ不味いしテンション下がるから全部テキーラにして。」いやそんな、人殺しにはなりたくないし……どうしよう、と思ったが、結局は「死ぬ気でやろう」という話になった。なんせ本番中、僕が麦茶を連続して注いだら「かかってこいよ!」とブチ切れてきたような人なのだ。
 日曜のくり返しテキーラは、最初の300mlくらいすべて麦茶にした。「テキーラの混じった麦茶はまずい」ということは、麦茶単品ならよいのであろう。水分をとらせて酔いにくくする目論みもある。
 くり返しとは同じ台詞と動きで一定の問答をくり返す技法で、愛知県の劇団「少年王者館」の天野天街が得意とした(たぶん開祖)。天野さんがつい最近亡くなってしまったので追悼の気持ちもあったが、なにしろやってみたかったのだ、高校時代から。ちなみに芝居の途中で出前を頼むのも天野天街リスペクトである。
 テキーラを飲む→「おおー」「いい飲みっぷり!」「ショットるだけあるね~」「おいしい?」「なんともない?」「何飲ますんだよ!(リコーダーで殴る)」「わー(倒れる)」「きゃー(驚く)」「自分で飲むって言ったじゃん!」「お前飲んでみろよ!」「いや未成年なんで」「そうか、わりい」「おかわり?(立ち上がってテキーラを注ぐ)」「もう一杯~?」「飲んで飲んで~」「アルハラだ!」「女の敵!」「要らん!」「テキーラですね~」「バカじゃねえのか?」「バカじゃない!」「リコーダー」「あははは(笑う)」「面白いんだ~」「げほげほ(むせる)」「大変!」「むせてる!」「お水飲んで!」→テキーラを飲む→「おおー」この流れを、5人の役者で無限にくり返すわけである。ちなみに殴られて倒れて立ち上がってテキーラを妖精に渡すのは僕の役で、いちばん運動量が多い。これをテキーラ飲みながらやるのだから本当にキツいわけだが、どういうわけだかあんまり褒めてもらえない。褒めて!
 誤解なきよう断っておきますが、夜学バーというお店にはこのような文化はない。そもそもテキーラを凍らせてない。夜の世界へのリスペクトと憧れを込めてシーンにしてみた。テキーラを中心的に飲む女児妖精は実は近所のガールズバーの店長さんであり、彼女のふだんの仕事を参考に当て書きした場面でもある。
 麦茶が終わるとき、「これは麦茶ですよ」というサインのつもりで最後の50~100mlくらいは僕がビンごと一気飲みしたのだが、ただのきちがいに見えたかもしれない。演出効果上はどちらでもいいのだ。そこからはテキーラオンリーにシフト。とはいえ一回につき5~10ml入れればじゅうぶん入っているように見えるグラスなので、思ったよりペースは遅い。
 このくり返しテキーラは数十回くり返したあたりでだんだん差分が出てくるように演出している。観客が飽きすぎたくらいのところで殴るところをビンタとかグーにしたり、蹴ったり、リコーダーを持つ人を変えたりお客さんいじりをしたり、台詞の言い方やテンポを変えたりなどさまざまな変化をその場のグルーヴに合わせてアドリブでやっていく。たぶん天野さんのくり返しより「崩し」とか「回ごとの自由度」は大きいと思う。そこは僕なりのアレンジである。
 本当は、この差分の一環として僕がテキーラを飲むという展開になったほうが面白いのだが、千秋楽は「一緒に死のう」みたいなノリでやっているので、何も言わず同量注いで飲んでいた。僕が飲む理由はどこにもないので、それもまたキチガイっぽく見えたかもしれない。個人的には! 土曜も観た人がその違いを感じてくれればいいなとだけ思っていた。「ああ、最後だからジャッキーさんも死ぬほど飲もうとしている」と。
 水は一応用意しているが妖精は飲まない。途中お客さんから差し入れられたウコンの力は少し飲んでいた。いつの間にか昨日開けたテキーラは空けてしまった。そして2本目のテキーラが投入される。このあたりからわれわれ二人だけでなく、他の役者やお客さんにもテキーラが振る舞われた。N氏役のN氏は事前に「最終公演はあたしもテキーラ飲みたい~」とか言っていたので、その場面は織り込み済みである。ちなみにめちゃくちゃボコボコにされていた未成年のS氏も、「明日は思いっきり殴ってください、遠慮せず!」みたいなことを言っていた。みんなアレなのだ、酒でハイになってるんじゃなくて、演劇でハイになっているのだ。公演前に、すでに。
 妖精はエンタメのプロであらせられますので(そういう仕事もずっとしている)、きちんと冷静に、お客さんにテキーラ渡すときも知り合いのお店のママだったり、人を選んでやっていた。偉いものだ。お客さんをビンタする場面もあったが知っている人や顔を差し出してきた人には強めに、あんまりよく知らない人は触れる程度(もうちょっと強かったとしたらすみません)にとどめていた。
 ちなみに僕が妖精をビンタしたり首を絞めたり(!)する場面もあったのだが、ここがクローズアップされて「ジャッキーさんとかいうきちがい恐怖人間が場を支配し、女性に暴力をふるっていた!」みたいな怒られが一部で発生しているような気がするのだが、それは一面の事実でありつつ、その数十倍の暴力を僕(とS氏)は妖精から受けているのであって、やはり「男が女を殴る」のと「女が男を殴る」のとでは人に与える印象、インパクトがまったく違うのでありましょう。大事なことだから言っておきますが、舞台上で暴力をふるっていたのは99%妖精(若い女性)で、僕は一回ビンタし、首を絞めた(力は少しだけ入っている)(※16日追記:ごめんなさい動画で確認したら妖精が背負ったランドセルを僕が蹴り飛ばすシーンがありました。肉体には直接触れておりませんがこれも暴力でございます。お詫びして訂正いたします。またリコーダーを客席に投げ込んだあと、ハッキリと「これは加害だ!」と僕は叫んでいますので、これも暴力の一種だと思います。申し訳ないです。)妖精による各種暴力と僕のビンタについては事前に打ち合わせと合意と練習がある。首絞めについては事前に練習のようなことはあったが、本番でやると決まっていたわけではない。テキーラがからっぽになってるのにまだワインを使って演技を続けようとするので、なんとかシーンを終わらせるためにやってしまった。これについては確かに、少しの力でも首は危ないし、力の加減も酔っ払っていれば難しいのだから悪手であった。ここは最大の反省点。
 くり返しテキーラの終わりは、妖精がテキーラ(ないし麦茶)を飲み干したあと、「もうダメ、死ぬ……」と言って下手脚立のほうへ歩いていく。すなわち妖精がキッカケであり、妖精がやめようと思わなければやめられない。そこについては僕は彼女に一任していて、エンタメのプロであり、酒を飲むプロでもあるからと安心もしていたのだが、どこかでキッカケを見失って(忘れて)しまったのかもしれない。一回フェイク(脚立のほうまで歩いて行ったのち、振り返って「何飲ますんだよ!」をやる)挟んだけど、あのあたりでやめてれば丸かったよね(to 妖精)。途中、舞台上のバケツ(僕がドリンクを作る際の排水のために置いていた)に吐いてしまったのだが、吐くこと自体はその仕事をしていれば珍しくもないことで、むしろ吐くことによってまた飲めるようになってしまうことのほうがここでは怖い。いつまでも続き続けてしまうからだ。「全部テキーラで行こう」と決めるとき、キッカケをほかの誰かに預けるか、マジで酔いすぎた時の策をきちんと用意しておくべきだった。これは土曜公演がうまくいきすぎたわれわれ(主として僕と妖精)の甘えであった。無理やり脚立に押しつければよかったのであるが、そのタイミングを現場で見計らうのは難しいし、僕はやはり、あくまでもキッカケを妖精に任せたいという気持ちがあった。「与えられた仕事をやりきる」ことがここでの彼女の誇りだと理解していたので。
 お客さんの中には「止めればよかった」と後悔している方もいるという。なるほど確かに、それが演者としてもいちばんありがたかった。「いつでも入店していい」というシステムなので、扉を通して入ってきてしまえばそれは芝居の一環なのだ。芝居として「何やってるんですか! そんなにテキーラ飲んだら危ないですよ!」とでも割って入って、取り上げてくれたらば、また違った展開になったはずなのである。お芝居として、ものすごく面白い。たぶん僕はそこで一通りボケかましたあと、「だそうなので!」と脚立を指さした、と思う。
 首絞めのあと、彼女は座り込んで泣いてしまう。その前後でお客さんが舞台に(扉を通らず)やってきて、彼女を取り囲んだり僕の腕を押さえるなどした。全編動画が残っている(撮影班がカメラを止めたあとも、お客さんが撮影を続けていた)ので、何がどう起きていたかは検証が可能だし、今僕もこれを書きながら適宜それを参照している。彼女はやがて歩いて会場を去り、近所の喫煙所で大号泣したらしい。本人曰く、「やりきることができなかった!」「遂行できなかった!」等と思いながら。
 会場では、役者の一人が怒って帰ってしまったり、お客さんが少しずつ帰っていったりしたのだが、それは仕方ないことだと僕は思う。しかし、あるタイミングで客電がつけられたり、撮影が止められたり、スタッフが客席に帰宅を促したりしたのが、僕は本当に失敗だったと思っている。それによってお芝居は続けにくくなってしまったし、何より観るお客さんが一気に減ってしまった。大事なことだから書いておくが、お客さんたちの相当の割合は自主的に帰ったのではなく、スタッフに帰宅を促されたから帰ったのだと思われる。あの時点ではまだ終演時間にもなっていない。少なくとも、あとで夜学バーに来てくれたお客さんの一人は「本当は最後まで観たかったけど帰らされたので」と言っていた。そういう人だっていたのである。それを悪趣味と断じることもできるかもしれないが、当の妖精は「やりきりたかった」人なのだ。彼女が一所懸命がんばってやれるところまでやってくれた芝居を僕は止めたくなかったし、「自分のせいで芝居が中止されてしまった」ということで彼女が落ち込むところまで予想できた。彼女の強いプロ意識と責任感を考えると、絶対にラストシーンまで続けねばならない。幸いにも彼女のお店の従業員やそのお客さんが来場していて付き添っていてくれていたので、いったんは任せて続けることを選んだ。もしその人たちがいなかったらもうちょっとちゃんと容態を確認して、そのうえで中止にしていた可能性はある。
 ものすごく趣味が悪いと思われるだろうが、僕はその時点で「めちゃくちゃ面白い芝居になってしまった」と思っていた。お客さんが怒って帰るだけならまだしも、役者が怒って帰るのは前代未聞だ。観客が舞台に飛び出してきてマジメな顔で役者の身体を押さえつけるなんてのもすごい。スタッフも強制終了を促すように客電をつけ、お客さんを帰らせる。続けるか、続けないか、いやこれで続けるのはキチガイのすることですよね?みたいな空気になっていた。でもShow must go onなのだ。僕は続けなければ妖精に悪いし、続けたほうが面白いし正しいと思っていた。
 客電を消せ、誰でもいいから撮影か録音しろ、と呼びかけた。頭がおかしいように見えたとは思う。でもやんなきゃなんです。そんで妖精が死ぬシーンからやり直すことにした。帰れと言われても帰らなかったお客はたぶん3名、そのうちの一人、演劇経験のある女の子に妖精役を急遽頼んだ。「その脚立で死んで!」「絶対に殺すって言って!」
 ちなみに残りは、その直前に妖精にフツーの力でビンタされた3名のうちの2名である。夜学バーのお客さん。みんな頭がおかしい、というか、頭がおかしいようなことをも面白いと思ってしまうような人たちなんだろう。
 僕は自分で照明と音響を動かし(この芝居、ほぼすべての音響と照明を僕が操作するのだ)、ラストシーンを演じた。付き合ってくれたメインキャスト二人、本当にありがとう。嫌だったらごめんね、事情や考えていることはお互いにある。それだけなのだとご理解いただきたいです。
 で、最後の最後で「書類を破り捨てる」という重要な演出を飛ばしてしまった。ゲネプロでも忘れちゃったやつ。これについては本当に悔いが残る。遂行できなかったー。
 それでカーテンコールいちおうして撤去。これも一緒にやってくれた人たちありがとう。さすがに一人で片付けてたら死んでた。そいでこのとき、あまりにも悲しくなって慟哭してしまった。なにが悲しいって、だいたい昨日の日記に書いたこと。孤独すぎるだろ。
 日曜の公演で何が起こったのかといえば、「調子に乗りすぎた」のと、「面白いと思ってやったことが意外とスベった」ってことだと僕は理解している。ズレているのだ、世の中と。
 ところで、大の大人が一所懸命泣いている姿を馬鹿にする人が、もしいるとしたら絶対に許せないです。僕はよく泣くので。社会とかいう大人の世界で生きていないので。9歳児とか伊達や酔狂で言ってるんじゃなく本当にそういう障害で、時に常識を守れず他人を不快にさせる。申し訳ございません。
 撤去後、夜学バーへ。営業を開始するが飲みすぎの泣きすぎで心身が動かない。二人の若者が手伝ってくれて僕はカウンターでサボってしまった。本当にそのせつはありがとう。お客さんは何人かきた。役者やスタッフはほぼ来なかった。
 どうも役者は僕だけ抜いたようなグループラインを急遽作って集まって、どっかそのへんで(朝まで?)話しこんでいたらしい。面白い。そこまで含めてドキュメンタリーとして上質である。僕とか夜学バーというものから離れてクールダウンするって意味も含めて、「これはなんだったんだ?」ということを整理するとか単純に打ち上げとか、そういういろいろな意味ですごく大切な時間だったんだと想像します。ただ僕は事実上「仲間外れ」にされて、そのことを知らされていない。特に深い意味はないのかもしれないし、ただどこにも波風を立たせたくないってだけなのかもしれないけど、さみしいかさみしくないかでいえば、さみしいでございます。僕が悪いとかそういうことは置いといてね。チームから外されたってことだから。もし因果応報ってんなら、みんなが僕を「悪だ」と決めたってことだから。
 女児妖精は深夜2時ごろお店に来てくれた。「遂行できなかったゴメン」と謝られたが、そんなことはどうでもいい。ともかくお互いがんばったのだし、お互い楽しかったし面白かった。もちろん彼女が死んでいたり重篤な症状になっていたら話は別なのだが、お互いお酒のプロなのだ。
 彼女が飲んだテキーラ量を計算すると、たぶん300mlくらい。常識的なワンショットを30mlとするなら約10杯ぶんに相当する。彼女のお店ならそのくらい一晩に飲むことはザラにある。むしろそれだけなら酒量として多いほうではないと思う。ただ今回は動きながらなのと、短時間だったのがさすがにヤバかった。僕も同じくらい飲んでいるのだが、事前にヘパリーゼの1800円くらいするやつ飲んでるし、水も飲んだりしているので倒れていないだけだと思う。そんなに強いほうではないので。
 なるほど彼女の「一晩の」限界量を考えれば少ないほうではあるので、わりと短時間で復活できたのかもしれない。のちに語ったところによると「二日酔いみたいなのも全然ない、今度からドリンクもらうとき全部テキーラにしようかな」だそうである。強すぎる。
 われわれはけっこう仲がいいのだ。だからそこにしかわからない共通認識とか呼吸とかがある。それが外部からは見えないから、不安になって当然。そこの目配りが僕には足りなかった。妖精はかわいくて若い女の子だから、「酒を飲まされてかわいそう!」という印象になりやすいのもあるんだろう。それは先入観のたまものだし、差別でしかない。
 総括すると、土曜公演は完璧で、日曜公演は不完全だったけどドキュメンタリーとしてすごく面白く、個人的には世間の中での自分の価値観の位置がよりわかった。つまんないと思った人、不快に思った人もいれば、めちゃくちゃ面白かったと絶賛してくれる人もいる。感想は人それぞれであり、僕と妖精が深夜語り合った結論としては「マジ楽しかった~」に尽きます。みなさまありがとうございました。

2024.10.16(水) 本性

 あちらを立てればこちらが立たず。みんなを「納得」させる言論は難しいのでございますが、そこを少しでもカバーするために膨大な文章をいろんなところに書いています。怖いので個人的に送られてきた文章へのちゃんとした返信とかは遅くなったりしておりますが……。それは僕の弱さ、責任感の欠如、優先順位のバグ等によるものと考えております。これは言い訳であり免罪符でもありえますが、前向きな自己分析のつもりです。ゆくゆく是正を進めるための。

 演劇が終わり14日は寝たり銭湯に行ったり(体重が50キロちょうどだった=スペ120)、録画したテレビ見たりしてぼんやりと過ごした。深夜くぼくん(これの人)と1時間ちょっと電話した。彼は決して僕のイエスマンなどではないし、むしろ意見が合わないこともかなり多い。しかし先に紹介した記事のように僕のことを結構よく理解してくれている人間ではある。だからこそ冷静に(面白がりながら)今回の演劇についても考えてくれているのだ。昨日までに4000回再生されたというTxitterのスペース(声の談話室みたいなの)を主催したのも彼である。「夜学バーの演劇はハラスメントだったのか」とかいう題。僕もそのスペースに彼から招かれていて、リアルタイムで気づいていたのだが怖いすぎて再生すらせず無視していたら、終了後にねぎらいのようなメッセージが来ていたので、「結局何が問題なの?」と雑に問いかけてみた。(いつものノリであります、失敬。)
 そしたら「電話しませんか?」ときたので、7年半くらいの付き合いで初めてLINEを交換して通話した。自分の肖像のスタンプばっかり送ってきたさすがだなと思った。
 そこでくぼくんには僕の視点からの諸々を伝え、彼もスペースの内容を(僕が傷つかないような言い方で)伝えてくれた。今に至るまで僕はその音声を1秒も聴いていない。まず間違いなく傷つくので……。ただくぼくん含め参加者やリスナー(いずれも信頼できる賢い人たち)から聞いたところ、事実誤認に基づいた憶測をベースにした批難とか、そういう内容も多分に含まれていたようだと思われた。それで電話が終わったあと、朝までかけて昨日付の日記を書いたのだ。
 くぼくんという人はどうやら、「ジャッキーさんがそんな考えのないことをするはずがない。したとしたら、ジャッキーさんは狂ったのだ!(面白い!)」みたいなスタンスで話していたようである。いやごめんなさい、「面白い!」とその時点でどのくらい思っていたかは定かではありません。面白いと思って書いてしまいました。
 彼は僕の人格や賢さや考え方などをかなりよく知っていて、それについてさまざま考えたりもしてくれているので、「そんな考えのない無茶苦茶なことをジャッキーさんがやるわけはない」ということは確信してくれていたらしい。しかし周りのみんなは「このようにこんなにひどかった!」と言うので、「なるほど! ということはジャッキーさんは本当に狂ったのかもしれない!(面白い!)」と思ったには思ったんだろうと思う。たぶん。いや面白いと思ったかどうかは定かではありませんが。(こういう書き方も内輪ノリみたいでつまらないと言われるのかもしれませんけど、すみません、僕は書きたいのです。あ、掲示板面白いのでみなさんどうぞ。思うのは自由です。書くときはご覚悟を。)
 こういうどうでもいいことを僕がつらつら書くときはだいたい、最後まで読ませないためだったりもします。途中で帰っていただけるように。
 ちなみにくぼくんは日曜公演に来ていて、テキーラシーンがつまらなすぎて途中で帰ったらしい。「いやー僕は本当につまらないと思ったんですけど、みんなどう思ってるんだろうと思ってけっこう周りを見回してみたんですよ、そしたら割と……多くの人が……つまらなそうにはしてませんでしたね。でも僕はつまらなかったので帰りました!」みたいなことを言ってた。「つまらなかったので帰った」が僕を傷つけないとでも思っているんだろうか。(くぼくんに言われると不思議と傷つかない。)
 そう、テキーラのくだり、序盤のほうは会場(全員ではないですよ)から拍手喝采くるくらい盛り上がっていたのである。だいぶ笑い声も上がっていた。それで僕らが調子に乗ってしまった(高揚してしまった)のも間違いなくあります。そして、その盛り上がってしまったことをもって「加担して(させられて)しまった」と悔やんでいる方もおられたらしい。ミルグラムの電気ショック実験と同じようなことをやろうとしたのではないか?と思った方もいたとか。止めるか止めないか、そのまま飲ませるのか、観客を試したのではないか?といった意見もあったようだ。そんなことは一切考えておりません。事実は「ただ合意してつくったシーンを面白い、これはきっとウケるぞと思ってやっていたら実際ウケたので盛り上がりすぎて羽目を外し、一人が潰れてしまった。安全策も多少(昨日の日記に書いた程度)講じてはいたが不十分だった。最後のほうはウケるところか空回りしてドン引きさせてダダ滑りした」ということだと僕は認識しています。それはその点大失敗だと思っております。
 当日パンフレットに「万が一観劇を通じて『傷ついた』『被害を受けた』と感じましたら、決してアンケートには書かず、心のうちにしまったのち夜学バーにて昇華させてくださいませ。」と書いたのも、皮肉でも挑戦でも伏線でもない。あれは「終演後に読んでください」と呼びかけてあった裏面に記載されているもので、劇中にある「演劇のアンケートに『私は傷つきました』と書かれて傷ついた(ほぼ実話)女の子が、夜学バーに来てそのトラウマをちょっと和らがせる」という流れを汲んだものでしかない。ちょっとした小ネタのつもりだった。それを書いた時点では「麦茶を挟むな、テキーラだけでいい」という妖精からの申し出すらまだなかったのである。
 僕は1ミリたりとも、今に至るまで、「よーし演劇で人を傷つけてやるぞ〜」と思ったことはない。ただ「誰も傷つけない演劇」というものを狙って作ることは不可能だろうと考えていた。結果的に人を傷つける表現ができ上がってしまうことは不可避であり、それを避けようと努力することも大切だが、別にそこにばっか力を尽くすこともないよね、ゼロにするのは無理なんだし!みたいな考え方を僕はしてきている。誰かが傷つくかもしれないリスクは多少犯してもいいだろうと。むろんそれは「多少」でなくてはいけない。「これ絶対に誰か傷つくけどやっちゃおーっと」という発想を持ったことは一度としてない。当たり前のことですがこれは本当です。しかし衝動で動いたらそうなっちゃったってことは、このたびあったんだと思います。
 日曜公演の中でその女の子(F氏)は、「(傷ついたとアンケートに書かれた芝居や演技について)そんなにヤバいと思ってなかったってことにも傷ついたんですよ。普通にやったつもりなのに悲しませてしまった」と言った。それに対して僕は「無意識にも人は人を傷つけてしまう」と受けている。この場面は、話の中身をおおむね決めてあるだけでほとんどアドリブである。だから練習ごと、公演ごとに言葉は全然違う。さらにその後、「人を傷つけるだけのパワーがある役者ってすごいですよ」と僕は言っている。動画で確認しました。これらがなんと無意識に、かのテキーラシーンへの伏線に、図らずもなってしまっているわけです。ここを演じているときはまさか誰かを傷つけたり怒らせたりしてしまう、とは思っていなかったのです。無意識なのです。
「くり返しテキーラ」の途中で席を立って帰るお客の一人が、「人を傷つけようと思ってやる芝居は芝居じゃない」とその場でおっしゃっていた。おそらくこの発言が出てきたのも、上記したいくつかの無意識が伏線として機能してしまったゆえでもあると思う。もちろん僕がその直前に叫んだ「これは加害だ」という言葉(これは明らかに失態、これによりすべてが「加害」というワードで包まれる行為になってしまった)を受けたものでもあろう。この場面は本当に、ジャッキーさんのヤンキー感が全開になっていて恐ろしい。さすがにここはひどいと思いました。
 いま気になったところを動画で確認しながら書き進めているのですが、これを自分で見るのはものすごく心にくるものがあり、正直とても苦しい。自分が調子に乗った(羽目を外した、キレた)姿を見るのがってのもありますが、これによりいろんな人をいろんな気持ちにさせ、いろんな言葉を生み出させてしまっている(簡単にいえば多くの人に迷惑をかけ、負担をかけ、不快にさせた)ので、いろんな感情が複雑にどしんと乗っかってきてしまう。しかしできる限り正確に書かないとズルすぎるので、ちょっとの心の痛みくらいは当然引き受ける。動画によって新たに確認できたことなどは15日の記事にも追記していく。
 僕は「傷つけようと思って」芝居をやっていたわけではないはずなのだが、そのように見えてしまった。傷つけようとなんて思っていなかったはずなのに傷つけようと思っているように見せてしまった。むろん、リコーダーを投げるという局所だけ取れば「加害しようとして加害してる」ということにしかならないし、そのあとに「これは加害だ!」という言葉まで発しているのだから、あの方が何かを誤解したという話では全くない。
「これは加害だ!」という言葉とその前後についてはちょっと自己擁護できない。「これは加害ではない!」よりはマシだけど。その後は「かかってこい、こら!」と続く。ひどすぎる。土曜公園で妖精が僕に言った「かかってこいよ!」を受けたものでもあるだろうが、明らかにガチでキレてもいる。本当に申し訳ありませんでした。その時の僕の理屈としては「加害してしまったのだから喧嘩するしかない」みたいなことだったのかもしれないが、発想がヤンキーすぎる。先ほどの方の発言は、まったく正しいのである。僕はそれに対して反論もしていない。「帰りたい人は帰ってください、今日はおしり(終了時間のリミット)ないんで」と急に冷静な感じになって客席に呼びかけている。そこまでの数分間は、さすがに芝居ではなかったかもしれない。
 ただ、今動画で振り返ってみても思うのだが、このジャッキーさんという人は、これらをすべて含めて「面白い」と思ってしまっている。「あ、やりすぎたな」とか「こんなこと言わなきゃよかった」とはリアルタイムでも思っているのだが、「面白くない」とは思っていないと思う。それは大いなる勘違いを含む。もちろん「面白い」と思ってくれたお客さんもいたのだが、本当は僕はもっと、多くのお客さんに「面白い」と思ってもらいたかったし、そう思ってくれているとも多少思い込んでいたのである。
 それにしても日曜のテキーラシーンは長すぎる。僕はもちろん「妖精そろそろ終わらせてくれ〜」と思っていて、しかし昨日書いた友情譚(!)にも書いているように、任せてしまった。それもやっぱり失敗だったなと動画を見るとさらに強く思う。客を帰らせようとする気持ちもわかる。ごめん。それは僕を守るためでもあったよね。
 ただ揺るぎないのは「全体としては」面白いと僕は今でも思ってしまっていて、そこが最も軽蔑されるべきところだと思う。反省できるところは反省したいが、どうしても「これは面白いな」というサイコパス心情?が拭えない。正直に言って。それが僕の本性なんだと思う。がんばって抑えてきたものがあの日にすべて出た。だからこれをもって僕を嫌いになったり関わることをやめたりするのを僕は止められないし、悲しむことすらできない。当たり前だから。
 この文章は個人的なものであって、自分のために書いていて、説明責任とか謝罪文とかそういうものではない。だから堂々と自分の話を書き記す。10月いっぱいで引き払う、と意味のわからないことを僕はずっと言っておりますが、その直前に「本性」なるものを一部であれ親しい人たちに見せることができたのは幸いかもしれない。僕はなるべく人に嫌われたくなくて、良さそうな顔をしつづけてきた。本当は暴力的なヤンキーで、自分が面白ければなんでもいいと思っている利己的な腹黒い人間で、常識に則る気がまったくなく、多くの人が当たり前に持つ感性が全然育っていないガキなのだ。ずっと。

2024.10.17(木) 突貫神戸/浄化作戦

 15日の深夜3時過ぎ、三ノ宮のホテルにおります。なんで日付が17日なのか? たくさん書いているからで、それ以外に理由はありません……。16日の記事もつい今しがた書きあげたもの。
 僕の精神は8月末に比べたらずっと元気であります。「やっぱりそうだったんだ」と晴れやかな気持ちも少しあります。「僕ってヤバいやつだったんだ」ということが確信できたってことなのかも。仲良くしてくれてきた皆さん、ごめんなさい。最後までがんばれませんでした。今後はそのことを前提として生きていきます。自分は本質的には(本性を表した場合には)世の中に大きな迷惑をかける存在になりうるということを。

 実は15日の17時まで、兵庫県西宮市で岡田淳さんの個展が開かれておりまして。行きたいなとは思っていたがそもそもスケジュール的に難しそうだった。13日まで演劇で、14日は一日中寝るだろうから15日しかない。でも16日にはお店に出たい。一晩のために兵庫まで行くのか〜往復30000円かかるからな〜、なんて考えていたわけです。
 14日になって、あまりにも疲労がとれない。こりゃ15日は無理だ、こんな状態で遠出なんかしたら心身ぶっ壊れてしまう。文章も書きたいし。やることは無限にあるし。しばらくお酒はあんまり飲みたくないけど旅先ではどうせお店に入っちゃうし(研究ですから)。だけど15日の13時に目が覚めて、「歩ける。行こう。」みたいな感じ(『走れメロス』ね)で駅に向かった。きっぷ買うのに手間取って13時33分発に乗った。
 東京都区内↔︎朝霧の往復割引きっぷに、東京・新大阪の新幹線自由席2枚、27540円。朝霧までなのは往復割引の要件である片道601キロを超えさせるため。13時に起きた割には機転がきくものだ。途中下車も可能なので、個展のため甲子園口で降りて、それから三ノ宮まで来た。明日もうちょっとだけ西のほうに行く。せっかくだから朝霧に行ったっていいけど何があるんだろう。
 ところで、疲れ切っていたのになぜ急いでまで新幹線に乗る気になったのか、説明が難しいんだけどまあたとえていえば、「引きこもりの友達が何年も会っていない妹の結婚式に間に合わせるため必死に神戸まで走ろうとしているので、ゴール地点に迎えに行ってあげたかった」という感じ。13時に起きてLINE見たら「今走ってる」みたいなことが書いてあったので「マジで!? 引きこもりなのに? 応援しなきゃ!」とやる気が出ちゃったわけだ。おかげで展示に行けたので本当にありがたい。
 走った友達は日没から3時間遅れたがぶじ妹の結婚式に出ることができた。僕もそこに参列することが叶った。よかったよかった。その宴が終わってホテルに戻り、今これを書いているというわけ。

 甲子園口(西宮)の話をしていなかった。乗換案内アプリでは13:33に乗ると16:58に着くことになっている。個展は17時までで、2分で行くことは不可能。おつかれさまでした!と思ったのだが、東京駅で急いだら一本早い新幹線に乗れた。16:43到着となって「すべり込んだ」という形にできた。
 実のところ岡田さんとは親しくさせていただいておりますので多少遅れても少しくらい大丈夫ではないかという甘えもあるにはあるのだが、さすがに時間を過ぎてから入るのは僕が許さない。17時に間に合わないようなら直接三ノ宮に行こうと考えていた。でもよかった〜。ハァ〜。本当に行ってよかった。
 まず展示内容が素晴らしかった。「僕の展示の中では一番大きい」とおっしゃっていたが、たしかに見たことのない作品ばかりで驚いた。1970年代の古い作品もずらりとあった。販売されている絵が多かったのもビックリした。エー! こんなに買っていいの? 買っちゃいますよ? 最終日の最後なので売れているものが多かったが、幸いにも僕が特に欲しいと思った2点はちょうど残っていた。運命なのか、僕の好みがやっぱなんかズレてるってことなのか。
 33000円の大きいのと、16500円の小さいの。まさか自分が絵を買うようになるとは。晩年のトルコロックさん(アル中で亡くなったお客)が、「最近絵を買うようになったんですよ」と語っていたのを思い出す。満39歳没。ああ、僕もついに彼が死んだ歳になり、それももうすぐ終わってしまう。トルコロックさんを通り越してしまう。そのことも実は引き払い云々の背景としてちょっとある。
 そのほか、リュウ(『二分間の冒険』)のバッヂと、ついに復刻された私家版画集のボックスと、中国語版の『こそあどの森の物語』1〜5巻セット、タイ語版の『星モグラ サンジの伝説』を購入。中国語はまだしもタイ語を読めるようになることはまずないと思うけど、いつか日本語のあまり読めないタイ語話者と友達になったりなどしたら貸してあげたりはできる。けっこうな額になったが、いいのだ。そのために来たのだ。お金を使ってストレス解消!みたいなことではないが、それをする人の気持ちが少しわかった気はした。
 絵はお店に飾ります。幸福だ。この岡田淳さんという人が生きている限りは、僕は恥ずかしいことはできないのである……と言いたいところなのだが、すでに恥ずかしいことは山のようにしてきてしまった。お恥ずかしい限りだ。
 小さい頃、僕は本気で、心からこのように思っていた。「どうして僕が好きなものは美しいのに、僕はこんなに美しくないんだろう」と。それは主として内面的な話である。たとえば岡田淳さんの物語や絵であったり、奥井亜紀さんの歌であったり。その素晴らしさを僕は誰よりもきっと知っている、わかっているのに、なぜ僕自身の心はこんなに醜く、どす黒く、ちっとも正しくないんだろう。どうして悪いことばかりを考えてしまうんだろう?と。小3の時には同級生を殺そうとしてたんだもん、本気で、心から。小4の時は担任の先生を呪い殺そうとしていた。
「このままだと人を殺しかねない自分をいかに浄化するか」ということが僕の半生のテーマだった。そのためにがんばってきた。ああ、『宇宙船サジタリウス』のベガ第3星編に出てくる「10年前の姿に戻るう〜」の修行者を思い出しますね。10年修行して聖人になりかけてんだけど、ちょっとした邪な気持ちで怪物に戻っちゃうのだ。まあそういうようなことなんですよ。『サジタリウス』が好きなのってたぶん、本質的に弱くて醜い人間がどうにか助け合って醜くないように生きていくための話だからなの。
 岡田さんの作品を素敵だと思い、それに見合わない自分に絶望し、少しでもその世界に近づこうと弛まぬ努力を続けてきたから、つい数日前までみんなに尊敬されていたジャッキーさんという人が成立したのでありまして、僕は心から岡田さんに感謝している。「オレは〇〇に感謝している。〇〇がなければ猟奇的殺人者になっていたから……。」という言い回しが僕、大好きなんだけど、けっこう本音なのだ。
 ただ、どんだけ努力しようが本性ってもんはそう変わらない。「30年前の姿に戻るう〜」って感じ。それで自分を9歳だって言ってるところもある。つまりね、僕が9歳だった頃って、本気で人を殺そうとしていた時期だから。バカな話だけど理科室で薬品くすねてきて給食に入れようってのを真剣に計画していたんだから。ひょっとしたら歴史に残る大事件になってたかもしれませんわ。
 泣き虫で、人を殺そうとする。それが僕の本質なのである。それだと生きていくのが難しいとわかったから、10歳になって一念発起して人格改造を志した。ここからはもう有名な話なので割愛。
 で、30年くらいがんばって色々調整を重ねながらやってきたけど、やっぱり本質的に人を傷つける人間であるということは変えることができない。酔っ払ってやった演劇のことだけではない。それは象徴にすぎない。本当に僕は人の気持ちを大切にすることができない。能力としてできない。まったく、何にもピンとこないのだ。
 今日個展を見て、岡田さんにお会いして、色々お話できて、絵などを買って署名を入れてもらったりなどし、ギャラリーの方のすすめで写真まで撮っていただいたことで、少しは僕もまたよくなっただろうか。汚れっちまったら洗えばいいが、もともとが汚れているんじゃどうしたらいいんだか。
 あー、中也を愛した古本屋の店主(友人)は死んでしまったなあ。もっと話しておきたかった。今回「劇団夜学バー」の対バンだったお芝居に中也の詩が出てきた(『サーカス』と『汚れっちまった悲しみに』)ので、そんなことも思い出してしまった。
 浄化作戦を進めねばならない、のだろうか。意外と今は絶望とかしていない。気分も悪いわけではない。むしろ、すでに書いたが晴れ晴れとしている。原点に戻れたように思う。僕は人を殺そうとしていて、でも岡田淳さんの作品のようなすてきですばらしいものを愛する子供だった。それは同時にあった。前者を隠し、後者を育てて生きてきた。でもそれには無理があったのかもしれない。もっと自分の醜さを認めたほうがいいのかもしれない。僕は全然綺麗ではない。人を傷つけることしかできない。それを隠そうと必死にがんばってきただけなのだ。これまでは。これからは、さあどうしようかなあ。治すならたぶん僕には不可能だから病院に行ったほうがいいだろう。
 たぶん引き払うってのは、10歳の時から創りあげてきた自分っていうものを壊すことでもあると思うんだけども、それって実は19歳くらいの時から意識してはいて、でも全然無理なんだよね。本当に、どうしたらいいんだか皆目わからない。でも頑張るぞ。がんばって引き払う。

2024.10.18(金) 自己正当化・自己防衛癖(掲示板へのお返事)

 史上稀に観るほど疲労が募り無限に睡眠が必要そうであるのに上手く眠ることができない。変なときに冷や汗みたいなのもいっぱい出るし動悸は不安定だし自律神経がバグっているのだと思う。しかしまったく眠れないということはなく結局2回に分けて計6時間くらいはたぶん寝た。まだ眠いのだが覚醒もしてしまっているし書きたいこと書くべきと思うこと溜まりに溜まっていて心がしんどいのでパソコンに向かっている。
 昔なみちゃんに「ジャッキーは鬱の才能がないよね」と言われたのを思い出す。不眠に縁がないという話をした時だと思う。なみちゃんは高校時代からの友達(本名はイチロウ)でこれも20年くらい前の話だが今でも継続的に眠れないってことは一切ないので本当に鬱の才能、不眠の才能はないのであろう。今日の話はたぶんそこに少し繋がる。どうやら僕は自分を守ることに非常に長けており、優先順位のかなり前のほうに置いているのだ。

 ホームページの読者です。演劇は見ていないのですが、日記は長年楽しみに読ませてもらっています。 ここ数日の日記を読んでいると、何が起きたかよくわからないなかではありますが、ジャッキーさんあるあるというか、実にジャッキーさんらしい性質が強く文面に出ていると感じました。
特にそう感じるのは「本性」という日記の締めの部分です。
素朴な疑問ですが、何かしらのトラブル?行き違い?が生じた時に、最終的に自己正当化に落ち着きがちなのはなぜでしょうか?
十分な検証をしたうえでの結論なら「そうですか…」と思うのですが、なんとなくゼロヒャク思考で落ち込んでいるのではないかと見受けられ、こちらも悲しいです。それとも演劇が、明らかにマジでヤバかったのでしょうか?そしてそれは本当にジャッキーさんの本性に依るものでしょうか?
あなたを非難するつもりは一切なく、この10年以上日記を読んでいて感じたことなので、勇気を出して書き込んでみました。
賢くて面白くて、謎に堂々としているジャッキーさんをこれからも応援してます。

 掲示板への書き込みで、内容は非常にバランス良く、かなり嬉しい気持ちにしていただきました。手が回らず返信が遅れてしまったのと、またかなり重要な指摘を含むので日記でしっかり採りあげようと思いました。それにしても時間が経って向き合うことが辛くなってきていて、これをコピペしただけで(その際に掲示板の新しい書き込みを初めて見たこともあって)一瞬にして身体の全体が鈍く、不安定になりました。それもこれから書く「自己防衛」に関係のあることです。即座に自分は自分を守るためのことをして、とりあえずの生存を確保しようとします。しかしそれが終わると視野が少しずつ広くなってはいきます。その時には自分を守ろうという専心は弱まっているので、徐々に傷ついていきます。ただこの頃には時間もだいぶ経っていることもあって大事に至るほどではありません。こうして書き進められております。

>素朴な疑問ですが、何かしらのトラブル?行き違い?が生じた時に、最終的に自己正当化に落ち着きがちなのはなぜでしょうか?

 これはまさに、この日記がまず、24年の昔からずっと、自己正当化のために書かれているからです。森鷗外『舞姫』の最後で語り手の大田豊太郎は「嗚呼、相沢謙吉が如き良友は世にまた得がたかるべし。されど我脳裡に一点の彼を憎むこゝろ今日までも残れりけり。」と述べていて、これが最後の一文となっております。そもそもこの作品は豊太郎がドイツから日本に帰る途上で書かれる手記という体裁をとっていて、それは「心の整理」「言い訳」「自己正当化」という機能を持つと解釈できます。一連の事件を振り返った結果、最後の総括として「けっきょく、ぜんぶ相沢が悪い(自分は悪くない)」と書いているように読者には見えるわけで、それはけっこう日記や手記の機能として自然であると思えます。
 僕は書くことによって癒されます。そして書いたものを公開せずにはいられません。これは趣味の問題でもあるし、公開することによって癒しの機能が高まると考えているのでもあると思います。それは僕のまた根本的な性質の一つである「人を巻き込みたがるさみしがり屋」がもろに出た結果と認識しております。

>十分な検証をしたうえでの結論なら「そうですか…」と思うのですが、なんとなくゼロヒャク思考で落ち込んでいるのではないかと見受けられ、こちらも悲しいです。それとも演劇が、明らかにマジでヤバかったのでしょうか?そしてそれは本当にジャッキーさんの本性に依るものでしょうか?

 ここについては、十分な検証をしていないとは思いませんが、十分な検証をしたとも別に思わないですし、少なくとも十分な検証を読者に提示したとは思っておりません(何も思ってないんかい)。しかし「ゼロヒャク思考で落ち込んでいる」という表現にはあたらないと僕は思っておりまして(ようやく思い始めた)、ゼロヒャク思考をしていないとは言いません(してるとも言いません、それこそ僕がゼロヒャク思考であったということに十分な検証がなされていないと思っています)が、落ち込んでいるというのもあの時点ではあたらないように思います。あれは落ち込んでいるというよりは、どうにか自分を守ろうとしているのです。理屈によって。文章によって。
 たとえば高校生の時の僕の日記はだいたい狂っております。家族のことや「女」のこと、社会(あの頃は主に学校)や友人とうまくいかないこと。それをどうにかしようと思って思いを書き殴り、癒やしとなし、その積み重ね(一種の訓練)で僕は非常に「賢くて面白くて、謎に堂々と」なってきたのでしょう。しかし、当時から僕の文章はかなり暴力的でした。まず自分を守ることに専心しているからだと思います。読む人を多く傷つけてきました。ある時期から気をつけるようにはなったのですが、それでも折にふれ読み手を傷つけている自覚はありますし、時には「傷つくかもしれない」と想像した上で書くことさえあります。それは「人を傷つけない言論なんかないんだから仕方ない」と開き直っているというよりは、「申し訳ないけれども自分は自分を守らせていただく」という利己心によるものです。
 自分はどんなときでも自分を優先します。余裕のあるときは「まわりまわって自分に利益がくる可能性に賭けて、いくらでも他人に譲歩したり、他人のために尽くしたりする」ということが標準よりもおそらくかなり多く、強く、丁寧にできる人間だという自負はあるのですが、ひとたび余裕がなくなれば「ちょっとごめんここは自分を守らせてもらいます」というふうに一転して「即座に自分に利益となること」を優先し始めます。これは僕の癖であり、人格であり、本性だと思っています。演劇の本番中、周囲が問題を感じ始めたあとでの僕の「明らかにマジでヤバかった」(のです)言動も、「いかにして自分を守るか」という課題への対処でまずあったと振り返れば思います。
 演劇は明らかにマジでヤバかったので、今回はとりわけ過剰に僕は自己防衛に専念する必要があり、それであたかも「ゼロヒャク思考」に見える(十分な検証をすればそう言えるかもしれない)書き方をしてでも、思考の落とし所を毎日、ものを書くたびに見つけて、着地しなければならないのです。そうしなければ自分は壊れ、究極の暴力を自他いずれかに向けてしまう可能性もあります。まあ、可能性だけであって、自分がそんなことをするとは微塵も思っておりませんが、自己防衛をやめたことがないのでそのへんはわかりません。やめてみたほうがいいのかもしれませんので、それは今後長きにわたって考えていくことです。この自己防衛癖は、明らかに欠陥でありますから。

 お返事はこんなところです。書き込みしてくださったこと、またその内容に関しても、本当に嬉しかったです。10年以上も読んでくださっていること、そして勇気を出して(身銭を切って)自分に関わってきてくれたことに感謝いたします。僕は「くろ」さんのことを自分のファン(というのが大げさであれば好意的な読者)であると認識しております。ところで、「がんばってますねと言って!」と僕が訴えていたとき、「がんばってますね」的なことはどこかでおっしゃっていただけたでしょうか。あなたを非難するつもりは一切なく、素朴な疑問です。参考にしたいです。また購読料はお支払いいただいておりますでしょうか。お返事は必要ではない(不要でもない)ですし、この日記に本当に悪意は一切ありません。ただ、上記2点(がんばってますねと購読料)のアクションは控えていたけれども、今回は勇気を出せたということだとしたら、相当今回は大きな出来事だったんだな、というふうに思えるので、どちらなのだろうと気になっただけです。
(2024年10月19日 15:53書き終わり。)

2024.10.19(土) 育ちの悪さと夜職の常識

 まだまだお芝居に関わることを書いていきます。これは僕にとってものすごく広い裾野を持っていて、おおむねを書きつくすまでにどのくらいかかるかわかりません。ここに書いていることはまだまだものすごく不十分で、到底多くの人の満足に足るものではないと認識していることはお伝えしておきます。引き払い、すなわち10月いっぱいまでには一通りの内容を記せればと思ってはおります。

 まず僕は育ちが悪いです。夏に「上飯田落語」と称した自作の古典落語(古典を騙ったオリジナル)を演ったのですが、上飯田とは僕の中学校学区を代表する地名で、地元の人は「かみいだ」と発音します。上飯田落語『上飯田の夏』は僕の中学時代の夏休み×3年間を振り返って描写したもので、そこにはほぼ犯罪しか登場いたしません。
 恐喝、万引き、暴力、深夜徘徊、自販機の鍵を開けて現金を抜く、民家からケースごとビール盗んでマンションの屋上に忍び込んで飲む、他人の傘を壊して引っこ抜いた金具で他人の自転車の鍵を開けて盗み二人乗りで移動する、夜中に市民プールで勝手に泳ぐ、警察が来たら散って逃げる、そういえば演じなかった気もしますが喫煙も当たり前でした。すべて実話で、聞いた話ではなく僕が実際に体験したことです。ただ僕は落語の中でも語っていますが基本的には「傍観者」で、その場に一緒にいた、便乗した、あるいは被害に遭いかけたという立場でした。誠実に白状すれば屋上と市民プールには侵入していますし、万引きや自転車窃盗による利益の分け前は受けています。飲酒、喫煙、その他のことはしていません。けっこう絶妙な罪状で、なんだか小山田圭吾さんを思い出します。最近またとみに彼の冤罪(僕はそう捉えています)について考えております。
 育ちが悪いと書いたのはそういうことです。自分がどこまで「手を下したか」はさておき、それが当たり前の環境に15歳まではいたということです。また兄のうち一人が有名な不良だったので家庭内にもそのような価値観は入り込んできていました。その地域においては比較的裕福な家庭で、もともとはかなり平和で上品だった(自宅でピアノ習ってたし)のですが、彼の存在によって塗り替えられたところはあると思っています。
『上飯田の夏』では、そのような夏休みにリアルタイムで楽しさ、非日常の興奮、また格別のエモさなどを感じながらも、いつまでもこんなところにいるわけにはいかない、少しでもいい高校に行こうかな、と件の屋上で夜景を眺めながら僕は思います。そして実際だいぶ偏差値のよい高校、大学へと進み、大人になってまた上飯田に帰ってくるという筋でした。藤子不二雄A先生の『少年時代』に大きな影響を受けております。
 向陽高校は温泉のようにあたたかく穏やかで、波風のほとんど立たない優等生ばかりの環境でした。しかし演劇部の地区が同じだった東海高校の人たちと仲良くなるとまた上飯田のような環境が一部戻ってきます。東海は向陽なんかより遥かに偏差値が高いのですが男子校なのもあり暴力まがいの悪ふざけやいじりのようなことはあったと思いますし、飲酒、喫煙、性的逸脱などは当たり前にありました。部室でマリオカートやって授業サボるといったふざけ方、手の抜き方も標準的に存在していました。彼らのほとんどはものすごくお金持ちの家庭なので居酒屋の個室を貸し切って飲む、なんてことも平気でやっていました。
 早稲田大学もまた、「破天荒であればあるほど偉い」という価値観がまだ温存されており、3年生の終わりくらいからはとりわけその傾向が強い場に参加することが多くなりました。想像もつかないような変なことをやればやるほど「ジャッキーだけはガチ」と褒められるような環境でした。
 それと並行して20歳から新宿ゴールデン街に通い、そのまま夜の世界に入っていくわけですから、僕の人生はずっと通じて「育ちが悪い」ままなのです。向陽高校にいるときとか、学校の先生や塾の先生、家庭教師などをやっている時はもちろん常識的な人間を演じるのですが、それでも停学になったりはしましたし、本質的にはそのような、「スラム街出身の夜職の男」というべきようなものなわけです。ものすごく頭がよくてユーモラスかつ見た目もかわいいゆえ、隠すべき時にはうまく隠しおおせることが多かったというだけなのでしょう。

 先日の演劇の話をしますとテキーラを飲んで暴力を振るう役の女の子は、彼女自身がなにか悪いことをしていたということではないようですが、「週に3回くらいの割合でトイレにタバコが落ちている」ような中学校ではあったようです。校庭をバイクが走り回ったり、女の子がプーッと口でコンドームを膨らまして遊んで(?)いたりするようなことはあったと聞いております。ああ、そうそう学校のガラスって定期的に割れるよね、みたいなことが感覚で共有できてしまうのです。
 彼女のことを「育ちが悪い」と断じるわけにはいきませんが、きわめて育ちの悪い僕と共感できるくらいには育ちの悪さについて慣れているのだとは思います。そして長くエンタメ業界や夜職(キャバクラ、スナック、ガールズバーなどの水商売)の世界にいることによって、独特な価値観、世界観が醸成されているのは間違いないでしょう。
 夜職というのは、おそろしい量の酒を飲み、それがすなわち換金される世界です。そのために鏡月(焼酎)のビンに水を入れておくとか、テキーラと麦茶をすり替えてしまうとかもお店によっては悪気もなくやっているはずですし、飲んでは吐き、飲んでは吐きを繰り返してとにかく一時的にでも胃の中に水分を入れることがそのまま稼ぎ、儲けになるという世界です。
 いわゆる「夜職」の女の子で、仕事で嘔吐したことがないという人はほとんどいないのではないかと思います。もちろん世の中にはだいぶ平和な(いわゆる治安のいい)お店もたくさんあるのでそうでない文化も存在はするのでしょうが、標準的なキャバクラやガールズバーなどでは、とにかくたくさん飲むことが利益を生むし礼儀でもあるし、場合によっては誇りでさえあるので、多くの女の子は自分が飲んだ量や種類などを把握して、適切なタイミングでお手洗いに立ち、胃の中のものを吐き出して戻ってきます。そしてまたシャンパンやワインなどを開けていきます。毎日そんな感じだというのはよほど治安が悪いか儲かっているお店(ないし嬢)ですが、少なくとも周年とか生誕とかのイベントだとそういうふうにやらざるを得ないことがかなり多いでしょう。
 あるいは同伴という文化がありますが、同伴でお腹いっぱい食べさせられて、お酒もたらふく飲まされて、というのではそのあとお店に行ったとき仕事になりませんから、同伴で入れたものはお店に着いたら即吐いて、改めて身体にものを入れていくという人もいます。夜職の女の子は身体の小さい痩せた人が多く(そのほうが一般的には売れるので)、胃の許容量もアルコールの許容量も普通に考えたら小さいし、たくさん食べて太ったり、たくさん飲んでむくみたくもないので、いろいろ考えたら吐いてしまうのが効率的なときもけっこうあるのです。
 ちょっと違う話ですが男性のいわゆるホモソ的社会でも、一次会で死ぬほど飲む(先輩などに異常な量を飲まされる)ので下っ端はほぼ全員、絶対に一度は吐いてから二次会に行くという話を聞いたことがあります。「吐く」ということが「手段」になっている世界もけっこうあるということです。それを僕は当然不健全だと思いますが、実際にあるということは事実だと思います。
 世の中には、飲んでしまったから吐く、という順序ではなくて、さらに飲むために吐く、という考え方や習慣も当たり前にあるところにはあります。本番中、妖精さんが嘔吐した時に僕がまったく驚かなかったのはその常識を腹に入れて生きている(また彼女もその常識の中にいることを知っている)からです。僕も昔からピエロなのだし。むしろ「こいつまだ飲む気かよ」と戦慄さえしました。吐くということはまだ飲めるということなのです。もちろん、あの場では「飲んでしまったから吐く」という順序でもあったことを疑いはしませんが、ちゃんと冷静に、舞台の端っこに排水用として置いてあったバケツを見つけ、そこまで移動して、あんまり客席からは見えないようにして丁寧に吐ききった姿はエンタメと夜職のプロであるとしか捉えようがなく、「すげー女だ」と感心もしておりました。心配だってしてはいましたがそれ以上に「まだやる気なのか」という驚きのほうが強かったです。

 問題となった日曜公演には僕やその子の知り合いやさらにその知り合いであるところの夜職の人や夜の世界に生きている人が何人も見に来てくださっていましたが、あるお店のマスターは「ふたりともさすがっすね! 僕あんなに飲めないっすよ!」とあっけらかんと言っておりましたし、あるオカマのママやその同伴者も似たような温度で「ずいぶん本気で殴ってたわね~見てて気持ちよかったわよ~」等と感想をくださったそうです(後半は妖精からの伝聞)。あるいは騒動を目にはしていない夜職の女の子たちとも上記の嘔吐観は共有でき、「そのくらいで(ビックリするなんて)」と完全に文化の違いを見せつけてくださいました。
 そう、これは文化の違いなのです。文化が違うからこそ気をつけなきゃいけないことがあるということです。同じ文化を共有している人たちしかいない場であれば齟齬は起きないが、いろんな文化背景を持った人たちが集まったところである一つの偏った価値観に寄り添った場面が展開したら、それを理解できず混乱してしまうのは当たり前なのです。そこに当日配慮できなかった人間に落ち度がありました。
 それはしこたま飲むとか殴るとか首を絞めるとかもそうで、そういったことが横行する環境にいる(いた)、あるいは自分も遊び半分でよくやっている(いた)という人たちと、そうではない人たちとではまったく捉え方が変わってきます。そのことを僕は酔っ払ったせいもありよく理解できていなかったわけです。

 話をちょっと飛躍させますと、異常者にしかわからない領域というのがあるのです。異常者、とはたとえば僕のことですが、これは自分を「特別に優れた人間だ」と主張したいばかりではありません。結果的にはそういうニュアンスを含むことを否定はしません(事実でもあると思うし)が、異常者(きわめて少数派)であると自認せざるを得ないことがいかに悲しく、さみしく、孤独であるかということもご理解いただきたいと思います。

 育ちの悪い世界でしか通用しない感覚、夜職の世界でしか通用しない感覚、また異常者にしか持ち得ない感覚というものはあると思っています。それを他人に押し付けたり、押し付けないまでも無理やり見せつけたりすることはそれ自体暴力になり得ます。そのことに当日の僕は鈍感だったと反省しています。
 次の記事はこの直接の続きです。ちょっと分けます。
(2024/10/20 18:13書き終わり)

追記
 26歳で死んだ西原という友達がいる。晩年僕は絶交されたが、しばらくして共通の友達から「西原が死にそうだから電話してやってくれ」と言われたので渋々電話をかけたら、出て、ため息つきながら「ジャッキー、お前にはわかんねえんだよ」とだけ言われた。死んだあと家族が「ジャッキーくんに知らせなきゃ」と彼のケータイを探したが、僕の連絡先はすべて消されていたという。
 異常者にしかわからない、というのは、異常者同士がわかりあえるという意味ではない。異常者の孤独は、本質的に独立した孤独なのである。本来は。
 ただし僕は西原のように閉じる、閉ざすつもりはない。異常で孤独な人間がいかにして他者へと開いていくか、というのが僕の人生のテーマであり、ある意味では西原への供養でもある。

 次の記事ではこのあたりのことが展開していきます。

2024.10.20(日) 突出して特殊で異常な人間

 現代社会を構成し維持していく成員としての「みんな」を考えた時、その中で自分は突出して特殊で異常な人間だと思っている。
「突出して特殊で異常な人間」というフレーズは橋本治さんが『ぼくたちの近代史』の講演テープの冒頭で自分について形容したフレーズで、「ですので、わかりにくいんですね、普通の人は、わたしが。」と続く。
 僕が橋本治さんに強く共感し続けているのはこの自覚によるところもかなり大きい。

 何が一番つらいかっていうとねえ、橋本治という思想家が存在しなかった時代の橋本治が一番つらいんだよね。だって、自分の思想ってなんにもないんだもん。〈どうすればいいのサァ、とかって思うの。〉だからやなんだよね。なんか、一直線で真っ直ぐで、自分の前には一直線の何かがある筈なんだけど、見えないわけ。だから誰かが手を伸ばしてくれるんじゃないかと思ったんだけど、来ないわけ。でもそれはやっぱり、自分でやってかなくちゃいけないことだと思うから、だから作るのよ。だけど作ってく段階って、つらいもの。こんなことやってて、「じゃあ、こんなもん作るっていうこと自体が自分は異常な人間なんじゃないのっていう証明じゃないの?」って思うしさ、でもやっぱり、「それがなかったら誰からも愛されないし、誰にも褒められないような存在じゃないの?」って思うから、作るよね。で、作れば作るほど孤独になるって。あー、いやだって、それで泣いてばっかりいたっていうのあるんだけど、でもやっぱり、俺さ、三十くらいになるじゃない。で、物書きになったじゃない。で、つらいと思うじゃない。でもつらいと思ってもさ、でもこれで俺、やめられないと思うのね。
 で、何に対してやめられないのかっていうと、十七の自分に対してやめられないのね。「やだ、僕はやだ、こっちじゃなくちゃ、やだ」って言うから、「分かってるよ、そんなこと分かってるよ、うるさないな、こっちだろ」ってことやってるから。ある意味で自分の中に定点が二つあるから、直線はいくらでも引けるんだよね。一つだけだったらダメだけど、「僕が幸福であるっていうことは、そういうことではない」っていうこと出していけば、「これはそうだ、でもこれは違う」って風に、十七の自分は言うのね。でも、三十の自分なら、「あなたはこれを嫌うかもしれないけど、こういうルート通っていかないとダメだよ、それやらないかぎりはあなたはただのわがままで終わるよ」とかって思うんだよね。
 だから、なんか、その十七っていうより少年の感性持ってる人間がどれだけ孤独なのかっていうのは、多分知ってる。おばさんの感性持ってる人間って、孤独じゃないんだよね。孤独に平気でいられるんだよね。少年の感性持ってる人っていうのは、ドメスティックな部分で〈晴らす※1〉ってことが出来ないから、孤独であることがすごくつらいんだよね。つらいから、何かを麻痺させていくんだよね。麻痺させていって、少年の感性がよくなっていった試しはないんだよね。少年の感性というのは開花することによってしか、まっとう出来ないようなものだもん。だって、子供なんだもん。大人にならなきゃいけないんだもん。で、そうなった時にどれだけつらい思いをしているだろうかっていうのは、俺は誰よりも知ってるような気がする。で、「こっちでしょ? こっちでしょ?」って、あなたが何考えてるか分かってる。でも、分かってるけど、そのことは一言も言えない。だって、俺は生身の人間じゃない。本書いてる人間だもん。本を書くことによって、それをやるっていうことは、そのことを一言も言わないってことだもん。絶対に言わない。ただ「分かってるよ、分かってるよ」っていうような、そういう言い方でしかやってないのね。
〈でも、〉結局本書くってことはどういうことかっていうと、〈「届くかな? 届くかな? 届くかな? 届くかな? 届くかな? 届いて、届いて、届いて届いて……!」って言って、※2〉「ああこれは言ったんだからいいや」っていう風にして、“一遍消す”っていう作業なんですよね。だから多分、「届いて欲しいなァ」って思ってて、「届きました」なんていう答返ってこなくて、俺いいもの。だってそれが一つの役割なわけで、役割まっとうするのが社会人なんだから、後は好き勝手生きて、でいいわけじゃない。


橋本治『ぼくたちの近代史』あるいは『「原っぱ」という社会がほしい』より
〈〉内は講演テープ(ニコニコ動画にあり)をもとに僕が修正したもの。この本のテープ起こしや校正がどのように進んでいったかはわからないので橋本さんの意図がどっちにあったかはわからないのだが、個人的に正しいと信じるほうをとった。※1は書籍では「話す」となっているが明らかに「はらす」と発音しているし、意味もこっちが通じる。※2は書籍では「届いた届いた」となっているが、ここは届いていてもいなくても関係ないというニュアンスだと僕は思うので、実際に発音しているとおり「届いて届いて」とするのが正解だと思う。

 引用部の「橋本治」を「ジャッキーさん」に、「本」を「日記」に置き換えるとだいたい僕の気持ちと重なるのであります。

 自分の思想を作っていくということは、自分が「異常な人間」であることの証明でもありうる。でもそうしないと「誰からも愛されないし、誰にも褒められない」ように思えるから、作る。その過程や結果はたいてい孤独である。
 異常であるという自認は孤独であるという自認とほぼ重なる。だからこそ「その異常さは優秀さでもある」という意味合いを付け加えなければやっていけないし、実際そう言えなくもないのだからぜひ許されたい。

「僕は異常じゃないよ! みんなと同じだよ!」と嘘をついたり隠したりするつもりはない。一方「異常だ」と表明するうえで「自分は優れている」というニュアンスを含んでしまうことも認める。実際そのような自負もある。そして同時に、自分は「みんなと一緒にいたい」と思っている。そのために社会のどこか片隅にでもいてよい場所を見つけ、ささやかに存在させていただけないかと考え実践している。そのくせに傲慢であるのも事実かもしれないが、そのような性質があることも含めて「自分は社会のどの辺にいてよくて、そこでどのようにあるべきか」という程度問題、度合いのことを検討している。
 その検討や思考のプロセスを公にすることに異議はあるかもしれないが、趣味としてやってしまっているのがこの日記だ。このようなことも自身の異常性(異常に面白がりたがり、不必要に他人巻き込みたがる自己中心的で構ってちゃんなさみしがり屋)の一部として僕は勘案している。
 その異常性は治療すべきものかもしれないし、自分の努力で是正していくものかもしれなくて、このように開き直るべきものではないのかもしれない。わからないが、とにかく現在まで自分はそのように生きてきてしまったし、これからの生き方を考えても途方に暮れるほど他にどうしたらいいかわからない。考えることをやめるつもりはないので「開き直って終わり」には絶対にしないが、今現在開き直っている(少なくともそのように見える)ことについてはいっさい否定しない。
 自分が異常である、と自覚し、そのことを表明し始めたのはどうやら2019年の12月のようだ。自分の嫉妬深さとか独りよがりさ、「恋愛などない」ということについても言及している。面白いのでよろしければ。
 その中で僕はこのように書いている。

 橋本治さんも、何が異常だって、自分のことを「異常」だと思って、「だったらどうすればいいんだろう?」をひたすら考え続けることが異常なんでしょうね。ふつうは、9:1で9の人だったら自分を「異常」とも思わなかったり、思ったとしても「それが何か?」「むしろすごいっしょ?」で済ませてしまう。ところが橋本治さんは、「だったらどうすればいいんだろう?」にいった。僕もたぶんそうで、だからこそ彼の本を浴びるほど読んだんだと思う。

 なんて言うとネー「わたしもそうです」って人が現れると思うんだけど、たぶんそういう人のほとんどは「自分が異常だと気づいて、正常のほうに矯正した」人ですね。どういうんかっていうと、まあ、「私は異常だ!」と思って、「そう思ったみんなと同じことをする」人たち。つまり「自分の異常性」を「異常を自覚した人たちのスタンダード」の中に埋没させていく、というわけ。世に「アングラ」とか言われるものだったり、いろんなマイノリティの世間だったり。
 Twitterなんかでおんなじ文体使って「俺ら異常すぎて草」とか言ってる(まあ実際そう言ってるかは別として、そういう態度ってあるでしょう)人たちも、そうですね。「異常だ」で思考停止して、「じゃあほかの異常な人たちと同じことをしよう」って言って、「異常の中の正常」のうちに安息の地を見つけようとするのですね。
「俺みたいな中3でグロ見てる腐れ野郎、他に、いますかっていねーか、はは」というコピペ(知らない人は調べてね)って、まさにその「異常の中の正常」のスタンダードナンバーを奏でてるから面白いんでしょうな。みんなバカにしてるけど、やってることはまあ似たようなもんなわけだ。だから「バカにする」で終わらずに「面白い」になるんね。あれを面白がっていたメイン層は「俺ら異常すぎて草」の人たちじゃないかな。

「だったらどうすればいいんだろう?」のすごいところは、その中に「もっと良くなりたい」が含意されていることです。「俺ら異常すぎて草」には当然、ない要素。あるいは、ある「異常な世間やコミュニティ」の中に入っていこうとするのも、「そこに安住しよう」という意思がたいがいはあって、「もっと良くなりたい」があったとしても「その範囲の中で」が注意書きされてしまう。
「自分は嫉妬深いな」と思って「嫉妬深い人どうしで仲良くするコミュニティ」に入ったって仕方がない。「自分は嫉妬深いが、この嫉妬という感情とどのように付き合っていったらもっと良くなるのだろうか?」を考えるとき、「嫉妬深くなくなる」という選択肢も持ったほうがいいはずだから。
 で僕の場合は「嫉妬深くなくなる」をめざしたわけですね。まったくゼロにはできないまでも、「嫉妬ってのは意味もなくしないほうがいいよな」と思って、「意味のある嫉妬以外はしないぞ!」と決め、「ところで意味のある嫉妬ってどんなんだ?」と考えてみたりする。まあそんな。
 多いのは、「嫉妬深い」がアイデンティティになってしまう場合。これ別のことにもぜひ、置き換えて考えてくださいね。「嫉妬深い」がアイデンティティならば、同じアイデンティティを持つ人たちどうしで固まったら気持ちがいい。アイデンティティってのはここでは、「嫉妬深い自分こそが自分なのである!」と考えているってこと。そうすると自分の「嫉妬深い」要素がどんどんクローズアップされていって、「自分=嫉妬深い」になりすぎてしまう。自分の中のその他の要素が、自分の中で軽視されるようになる。そういうことって本当に多いのですよ。
 自分は〇〇のファンだ、って思いすぎると、「自分=〇〇のファン」になって、それが生きがいになって、それ以外の要素が忘れられてしまう、みたいなね。それでいいんならいいんだけど、よくないんならよくないですわね。(THE MANZAIの千鳥、おもしろかったな?。)
「自分=〇〇」は、全部そう。「自分=異常」でとどまってしまうと、自分の中の「異常」だけがクローズアップされてしまうよ、っていう話。「だったらどうすればいいんだろう?」には、自分の中のあらゆる要素でバランスとっていくっていうことが前提になっている、と思うんデス。

 かなり長い間僕はこのように考えてきたのだと思われます。Txitterなどで形成されがちな「界隈」というのはまさに、近しいアイデンティティ同士で固まって、「おれたちが正しいと思うものを賛美し、間違っていると思うものを叩こう!」という不文律で共闘している。そこに「ハラスメントですとな? 叩きに行くなら加勢しますぞ!」みたいな友情(?)も生まれる。
 自分はある性質を持っている、それがたとえば「異常」という二文字で表現できそうなものだと自覚したなら、「異常」とはいったいどういうことで、自分はどうしたらいいのだろうか?と考えることを僕はできる限りしていきたいと思っているらしいのです。

 このことは、11月9日土曜日の夕方に夜学バーで行う予定の「180分で名著2 橋本治『「わからない」という方法』」の内容にダイレクトに繋がると思われます。よろしければおいでください。宣伝。16時から19時かな、たぶん。僕が(必要に応じてお客さんと対話しながら)講義する形式なので、みなさまは本を読まなくていいし、ご持参も不要です。ちなみにこれは夜学バーの「受注」システムによって決まった企画で、僕の発案ではありません。参加費は1000円。配信がある場合は、それを見た人もあとで1000円ください。タダ乗りを許さないと明示しているものにタダ乗りする態度を僕は許しません。タダ乗りは許しません。

 次の記事はできれば「正解」ということに関して書きたい。上記講座の先取りにもなってしまうが『「わからない」という方法』の内容にちょっと触れながら、演劇『夜学バー』について思うことをまだまだ書き継いでいきます。

2024.10.21(月) 「正解」などない

 今日はひさびさに用事が何もなくゆっくりとしていた。また昨夜はお客さんが一人しか来ずお芝居の話にもならなかったので脳と心がずいぶんと休まった。みなさま日曜の夜はねらいめです、団扇(プラカード)持ってどうぞ。ファンサします。
 ようやくできた時間で今日は『人生は心の持ち方で変えられる?〈自己啓発文化〉の深層を解く』(真鍋厚、光文社新書)という本を読んだ。とても面白かった。いま僕が考えていることと完璧にマッチした。人間というのはすさまじいもので、必要な時にちゃんと必要な本を開くものである。

 橋本治さんの『「わからない」という方法』は2001年の4月に出た本だが、驚くべきことにこの時点でもう「二十世紀」というものを総括してしまっている。曰く二十世紀というのは「わかる」=「正解がある」ということを当然とした時代だった。そして二十一世紀は「わからない」をスタート地点とするのだと。
「どこかに正解があるはずだ」と思い込むのは「二十世紀病」であると橋本さんは言う。探せばどこかに正解があるだろうと、「考える」とか「探る」のではなくて「探す」。正解のありかを見つけることがあらゆる問題の解決につながるはずだ、と現代(これは二十世紀以降をさしてたぶん僕は言っている)の人は思う。
 僕はミステリ小説を読まないし、クイズも謎解きも好きではない。それらは「正解が先にあって、それを探すことを楽しむ」もので、学校の試験と変わらないから。森博嗣(敬称略)が難なくミステリィを量産できて、それを楽しいとも思っていないようなのは、「答えを先に設定したら、あとは逆算して書くだけ」だからなんだろうと僕は勝手に想像している。違うご意見ぜひうかがいたいです、僕は森博嗣さんが大好きですが小説は一作も読んだことがないので。
 学校ってえもんはとにかく「正解があるので当てましょう」ということばかりをする。少なくとも二十世紀はずっとそうで、最近ようやく違うことが言われて実践もされてはきているが、概ねは旧態依然としている。この「二十世紀病」が抜けるには100年かかるかもしれない。なんだかんだで効率は悪くないし、まだまだ社会はそれで通用する部分が多いから。

 目の前で何か重大なこと、それこそ予想もしないような事態が起こった時に、現代の人がまず考えるのは「どこかに正解があるはずだ」なんだと思う。13日(日曜)の演劇をご覧になった方々から「どうしたらいいかわからなかった」というような感想を多くいただいている。「どう解釈したらいいかわからなかった」とか。とにかく「わからない」という言葉をたくさん聞いた。「どこまでが意図通り、予定通りなのか」「どういうつもりでやっているのか」「どこまでが正気でどこまでが狂気なのか」「どこまでが演技なのか」等々。これらはすべて「正解はどこかにあるはずだが、自分にはわからない」という態度である。そして「自分はいったいどうしたらいいのか」と迷う。そこでスタッフらしき人から「帰ってください」と言われるのは福音である。「ああ、帰ればいいんだ、それが正解か」と思うことができる。
 おいおい、ちょ待てよ、わけわからんことが起きたら「どうしたらいいんだ」って思うのは人間として当たり前のことだろ、この期に及んでまだ言いがかりつけんのか、という声が、聞こえてきました。その通りかもしれません。ただ僕は実感として思うのだ、「どこかに正解があって、それを握っているのはおそらくこの演劇およびお店の主催者であるこの狂った成人男性なのだろう」と思った人はかなり多かったんじゃないかな、と。

 僕はくぼくんという人の開いた、事実誤認(と僕は思っている)を多く含んだはずのスペース(談話)を聴きもせずずっと放置している。音声記録が残されて4000回以上も再生され、かなり偏った認識を人々に与えたに相違ない。くぼくんは友達なので「消してくれ」とか「釈明をたのむ」とか言えばそれなりの火消しにはなるだろう。しかしそんなことはどうでもいいのだ。聴いていないのでわからないが、どうも話を総合すると「狂った成人男性の凶行」という認識が大筋だったっぽい。それ自体は事実でもあるし、とりあえずそのあたりに落ち着いたなら細かい訂正は不要だと思う。
「あれはなんだったのだ?」という疑問に対して、「狂った成人男性の凶行です」という正解が与えられたら、とりあえず満足する人はいる。「自分はどう感じたらよかったのか? なぜ止められなかったのか? いや止めるべきだったのだろうか?」と悩む人にとっては、たとえば「あれは狂った成人男性の凶行です、止めるのは恐ろしいので実質無理です、止めるべきかはあの場にいる誰もわからなかったでしょう」というような答えがもらえれば、ひとまず溜飲は下がるだろう。
 極力一次情報にあたろうとする僕には珍しく(いや観てもない『シン・エヴァ』について憶測で長文書いたりもしましたが)、まったくそのスペースの内容を確かめようとしないでテキトーに書いております。これに関しては傷つかないためと、不快にならないためと、面倒だからです。極めて正直に言って。
 上記したようなことが実際にスペースで語られていたかどうかはさておき、ともかくそれが誤解に基づくものであろうがなかろうが、とりあえず正解らしきものを参加者は得たようなので、僕はそれについてはそれでいいと思っている。それが「狂った成人男性の凶行です」なのかどうかはどうでもよくて、なんらかの正解、答えを持ち帰った人がそれなりにいたらしいのは確認できた。じゃあそれでいいやと思っているわけです。

 正解を握っているのは「狂った成人男性」で、握った正解をそいつがいつまでも手放さないから自分たちは困惑したのである、あるいは、正解を握っているという権益を笠に着て好き勝手に振る舞っていたので誰もどうにもできなかったのであると。そのほうがわかりやすい(小夏ターゲット!)。
 それでも冷静に、僕のひごろのおこないを信じてかばってくれたり守ろうとしてくれた人たちに僕は心から感謝しております。音声を直接聴くことは僕は今はできませんが、いろんな人からいろんなことを聞いております。本当にありがとう。

 ようやく本題ですが、「正解を握っているのはジャッキーさん(あの狂った成人男性)だ」とその場にいるほとんどの人に思わせてしまっていたことが、僕の今回の最大の失敗だったと認識しております。
 思い返しても、映像を見ても、役者たちや関係者たちは僕と妖精の暴走に明らかに「付き合ってくれて」おります。少なくとも吐くとか首絞めるとかに至るまで、あるいはそれ以降も、ともかく「ジャッキーさんが握っているはずの正解」を信じてくれていたのだと思います。その時点で僕の敗北、失敗なのです。
 僕は「自分が正解を握っている」ようなことをしたいわけがないのです。実はそうなのです。信じられないかもしれないが、当日の僕の一番の絶望は「なぜ僕だけがこれを決めなきゃいけないことになってるんだ?」ということだったんだと思います。だったらなんで客電をつけた人にキレてんだって? それがおそらくは「独断」だったからです。独断というのが言い過ぎであれば、僕や舞台上の役者との調整を経ていないと僕がその時に感じたから。
 常識的には! 主催者(しかもテキーラシーンで唯一20歳以上の男性)がしっかりして、すべてを決めて進めたり、最終決定を下すべきなのです。もしその人が暴走したら、実力行使で妨害するべきなのです。その点で客電をつけたりお客を帰すという行動は完璧に正解なのですが、そこで生まれるのは「暴走を止めた」という対立構造だから、僕は悲しくなってしまうわけです。「ああ、僕は悪いことをして、いまそれを咎められているんだ」と。それで僕はけんか腰になってしまったのでしょう。大人げないですね。
 主催者と、次のシーンに進むキッカケを握っている妖精がバグっておかしくなっていて、こりゃーやばいなと思ったら、むりやりシーンを先に進めることが他の役者にはできたはずなのだが、暴れている成人男性(絶対的権限を握ったと思われている主催者)に対して女子供(あえて書いています)がその意に反することをしようというのはかなり難しい。よりによってついさっきまで尊敬し信頼していたジャッキーさんなのだ。「何か考えがあるのかもしれない」とか「私たちには決める権利はない」と思ってしまっても無理はない。
 一応このお芝居というのはアドリブ劇で、「誰かがキッカケを忘れたり進行を間違えたりしたらみんなでリカバリしあおうね」ということで各シーンは入念に練習され、何度も打ち合わせを重ねている。とはいえ「くり返しテキーラ」シーンを終わらせるタイミングについては妖精のキッカケ待ちで稽古もゲネプロも土曜の本番もこなしてきてしまったので、「自分がリカバリする」という発想には当然なりにくい。そのうえに上記の「尊敬し信頼していた成人男性が狂って暴れている」という状況が追加されれば、それを実行するのはかなり難しいだろう。
 妖精と僕に「そろそろ次のシーン行って! 妖精さん早く死んで!」とか言って、強引に妖精を死に場所(下手にあった脚立)に押し込んでしまえば、どうにかなった可能性はある。妖精がその場にいなければ、もう一つあったランドセル(妖精の羽根的なもの)を誰かが背負って代役をやってしまえば一応は芝居の体裁にはなったかもしれない(現実にはその頃にはすでに地獄絵図だったので難しかろうが、発想として)。潰れる前でもランドセルを奪い取ってしまうとか。あとになればいろいろなアイディアが湧いてくるが、その時には無理だったと思う。なぜならば、「そういう環境」を僕らは(主に僕がなんだけど、一応チームなんだから複数にしておく)つくり上げてしまって、そのまま本番に臨んでしまったから。
 あの演劇の最大の失敗は、「ジャッキーさんとそれ以外」に結局はなってしまったことであろう。そりゃそうだ、僕が発案して、脚本をまとめて、会場や対バン劇団との交渉なんかもやって、暇なもんだから大道具とか会場のセッティングとかも誰よりもやった。本音を隠さずに言えばほとんど橋本治さんが高3の時に文化祭のハリボテを一人で作ったって話を思い出してしまうくらいだったが、みんな忙しい中で時間を割いて、手弁当で「手伝って」くれたのだから、文句を言う筋合いなどない。そう、この構図がすべての失敗の源だった。失敗というのは、戻るがけっきょく「みんなごと」として演劇をつくることができなかったということなのだ。結局どこかで「ジャッキーさんのお手伝い」になってしまっていたのだ。気持ちはわからないが、構図として。その証明が日曜の公演ということになってしまった。僕はそう思う。
 経験も能力も時間も足りなかった。一つの演劇を「みんなで」つくるには、そういうものがもっと何倍も必要なのだ。経験も能力も時間もないなかでそれなりのクォリティのものを作るには、誰かがものすごくがんばるしかない。今回の僕がそれで、そのせいで「僕の演劇」になってしまった。
 役者の一人とこんなようなやり取りをした(正確ではない)。「今回はジャッキーさんにいろいろ押しつけすぎたって(他の関係者と)話してたんですよ」「いや、押しつけたとかじゃなくて、自分がやろうって言ってやり始めたことだから」「それでもさすがにものすごく負担が大きかったんじゃないですか?」「まあ、正直、みんなもっと手伝ってくれてもいいのに!って思ってた」「ほらー!」
 本音を言うとそうなのだ。みんな忙しい。みんな僕ほどモチベーションがない。それは当然だ。だって僕がやりたくて、やろうって言って始まったことなんだから。しかし、なんだって自分はこんなに何もかもをやっているんだ?とは思った。いや本当は何もかもじゃないんですけどね、みんなそれぞれやれる範囲で最大限リソース割いてくれてたんですけれども、それでもある程度以上の質を持った演劇をやるってのは、想像を絶する作業量とか工夫とか、思考とか相談とか人手とか時間が必要なので、さっきも書いたようにいろいろ足りない中でそれを実現するには僕ががんばるしかなくて、まあすべての問題はそこにあったんじゃないかと今は思っております。
 ワンマンになっちゃって、本番で予想外のことが起きた段になっても、ワンマンの横暴になすすべなく付き合うっていう状態になっちゃったわけなのだ。分析すると。もちろん「成人男性が狂ってる」っていう恐怖もあると思いますけれども、そこを乗り越えてでも方向を修正する信頼関係とか演劇遂行への使命感とかを共有しておくことができていたら、ひょっとしたら事態は違っていたんじゃないか?という。そもそも「僕もテキーラ飲むことにしよう」とか「全部テキーラでいこう」と妖精と僕で合意していることについて、「ちなみにそれって酒量として大丈夫なの?」「さすがに上限設けなくていい?」等と確認、検討する体制や習慣すら育っていなかった。「ジャッキーさんがいけると思うならそれでいくしかないのだろう」と自然に思うような流れがあったんじゃないかと思う。チームとして脆弱である。それだけ僕が尊敬されて信頼されていた(過去形)ということでもあるんだろうけど、そんなこととは別に、演劇というものを「みんなで」つくるという感覚の共有に失敗したというのが大きいと思う。それは僕のせいである。ワンマンでやったんだから。時間ないし、ゆっくりとみんなで作っていく余裕はなかった。せいいっぱい、やったつもりなんですけれども。そこは能力の問題。

 ちなみに役者たちは基本的に、「演劇やります」というツイートに反応をくれた人に声をかけることで集めた。あとは話しているうちに「やりたい」と言ってくれた人。音楽家だけは完全にこちらからお誘いしたので、特に日曜の公演については申し訳ない気持ちでいっぱいである。ごめんなさい。
 ストーリーは、参加者の個性や特技を盛り込んだり、インタビューする中からエピソードを継ぎ接ぎしてつくった。妖精シーン以外はほぼ僕の創作ではなく、打ち合わせとアドリブのなかから生まれた内容である。台本は実際に練習してみてフィードバックを得てまた書き直し、ということをくり返して少しずつできていった。まとまりがないように見えたとしたらそのせいだし、「お店の開店から閉店まで」という時間で何が起こるか、というコンセプトだから一貫性はそこそこでいいかなと思っていた。それでもみんなでお話を作っていく中で伏線がどんどんできあがっていったり、整合性がとれていったり、少しずつ物語の完成度が上がっていった。土曜の公演はそれがほとんどうまくいって気持ちよかった。
 稽古や準備の進行についても、僕がやるべきと思うことや事前にやると決まっていたことはやったが、できるだけいろんな人にいろんな役割がいくようにあえて手を抜くこともしていたし、動きが遅いなと思ってもわざとしばらく放っておいたりもした。気づいたことを本当に何もかも自分がやってしまったら潰れて死んでしまうし、チームの中での偏りも大きくなりすぎてしまう。バランスは常に気にしてやっていた。手抜きにも見えてたかもしれないけど……(実際手が回らない状態ではあった、みんなそうなんだろう)。すっごく個人的に今回は「自分がやりすぎないで、みんなでやる」をテーマにしていたのだ。今後のために。
 そういうつくりかたをすれば「みんなごと」が「みんなごと」になるんじゃないか(14日の日記参照)と期待したのだが、そう単純なものではなかったのかもしれない。

 この件はじつは8月27日の記事から始まる地獄の落ち込み日記の内容とある部分、酷似している。なぜ僕が「やがっしゅく」で精神崩壊し、慟哭に至ったのであるか。のちに識者(その場にいた人)たちが分析したところによると、「暴漢候補おじさんの出現によって、〈ジャッキーさんという男性&若い女たち〉という1対5の構図ができてしまったからではないか」と。もちろんそれが直接の原因ではないが、その構図ができあがったことによって、僕は究極のさみしさに見舞われたのだと思われる。こちらは「みんなごと」という意識ですべてに臨んでいるのに、ある参加者は「ジャッキーさんという自分たちとは違う属性の人」として向き合ってきたのだとすると、そこで僕の心は壊されてしまう。実際そういうことがあった、ってことなんだと思う。
 暴漢候補おじさんの出現までは、本当に属性なんか関係なく、「みんな」っていう感覚でいられた。男女で部屋が違うのはそりゃ当たり前のことで、この「みんな」意識の前においてはそんな区別などまったく意味をなさない。そのくらい幸福な時間だった。しかしあのあたりからすべては崩れていった。何気ない一言がふたつ、みっつ重なり、すべてを否定されてしまったように思って、死ぬほど泣いた。
 どうして「共感」がそこになかったのだろうか? なぜそれが冗談になってくれなかったのか? それはその「一言」を言った人にのみ原因があるのではない。見えない1対5の構図がなければ、みんなでそれを「みんなの冗談」にしていけた可能性があった。でも僕はその場で唯一の成人「男性」で、それを言った人はその場で僕を除けば最年長の人だったのだ。そういうことが意味を持つような空間になっていたのだ。年齢や性別が分類以上の意味を持たないことが心地よくて、僕は一生をかけてそれをずっと追いかけてきたのに、最後にひっくり返されて僕は戸惑い、困ってしまったのだろう。当時はよくわからなかったが、今はそうだったんじゃないかと訝しんでいる。
 年齢や性別が分類以上の意味を持つ、というのは、「正解の所在や内容が年齢や性別によって左右される」ということだし、そもそも「正解が存在する」ということにもなる。「みんな」でいるということは、「正解などない」ということなのだ。そして冗談というものは、絶対に正解ではない。だから僕は冗談が何より好きなのだ。

 性別や年齢や立場や見た目が明らかに意味を持っていた。そのような空間だったことはもう証明されてしまった。正解が存在するような空間をつくりあげてしまったのが僕の失敗である。それを「二十世紀病リテラシー」みたいなものに帰するつもりなど毛頭ないです、そこをコントロールするのがエンタメの知性というものなのだから。つまり、「わかんねえやつが悪い」ではなく、「わかるようにやらなかったのが悪い」です。いや正解などないしわかるとかわからないとかもどうでもいいんだけど、受け入れられるか否かという意味。
「ジャッキーさん(あの狂った成人男性)が正解を握っているはずだ」と思うのは当たり前のことだが、本当は誰も正解など握ってはいない。状況はみんなで作っていくものだ。そのことに失敗した。今はそのように考えております。

2024.10.22(火) 傍観者効果と生贄

 さっきテレビでやっていたが闇バイトとして強盗団に加わり強盗致死の罪で懲役23年の判決を受けた人(当時19歳、現在21歳)が「この事件で最も罪深く、女性に申し訳ないのは、バールで殴打する行為を見て止めないといけないと思っていたのに、恐怖心から何もできず、その場に立ちつくしたことです。自分の選択や行動を後悔して絶望します」と述べたそうだ。
 つい最近読んだ『子どもは「この場所」で襲われる』という本に「傍観者効果」「責任拡散論」という言葉があった。よく言われることだが多くの人がいる場所のほうが人は救護行動などを起こさない。「他の人がやるだろう」「他の人がやらないのだから自分がやる必要はない」「他の人がやらないということはやらないほうがいいのだろう」といった心理が現れるのである。それで結局誰も動かず、悲劇に至る。
 心当たりのない人はあまりいないと思う。そして「なぜ自分は」と後悔し、自己嫌悪したことだろう。
 そこに「恐怖心」というオマケがつけばなおさら。また他にもたくさん考えることが加われば、より動きづらくなる。そんなようなことをあらかじめ企図してくだんの演劇(劇団夜学バー『夜学バー』2日目、日曜公演)は行われたのではないかと推測する人もいたが、もちろん偶然そのようになっただけである。
 つまり、こう思う人もいたと。「客が止めるかどうかを試しているのではないか?」有名なミルグラム実験(みんなで通電するやつ)になぞらえる人までいた。これもおそらく前回書いた「正解がどこかにある」と思い込んでいると生まれやすい発想で、実際世の中には「偶然そうなった」とか「自然にそうなった」ということも数多い。「どこかに原因があり、それは一つに定まる」という「答え合わせ思考」が現代を支配している。学校の最高に悪いところだと思う。
 状況は自然に「傍観者効果」を呼び込んだ。人間の心としてそれは当たり前のことであるらしい。責任は拡散したかに見える。だからこそ、「本当は一つの原因に定まるはずなのに」とモヤモヤする。それでたとえば「狂った成人男性」像が生贄として捧げられる。怒っていた人は溜飲を下げる。(事実でもあるし僕は一切そこに不満はない。)

 ジャニー(喜多川)さんが唯一絶対の悪人のように語られがちで、それで多くの人が納得しているらしいのも、「狂った成人男性」というわかりやすい生贄を燃やせば楽にスッキリできるからだ。もちろんジャニーさんは「実行犯」であり「利益の享受者」でもあるが、その周辺にまた別種のドス黒いものがいくらでもあるだろうというのは一部の人たちがいつまでも主張している(白波瀬を出せ!)。しかし世間的にはこの件はジャニーさんをセカンド殺しすることによって「済んで」しまったようなところがある。「悪いやつもいたもんだ」と。
 しかしまた同時に、ジャニーさんの周りには「光」もまばゆくあったはずである。その両面をしっかりと暴き尽くしたほうが僕はいい(しかも面白い)と思うのだが、どうもそう考える人たちは多くないか、大した権限を持っていないようである。

2024.10.23(水) 歌詞の味変(Amikaさんのこと)

 Amikaさんのライブに行ってきた。
 2018.09.02 仙川キックバックカフェ
 2023.08.18 南青山マンダラ
 に続き三回目、かな。Web Amika、じゃないやAmika.jpではキックバックカフェが吉祥寺になっている。Contactから報告しようかな。僕もホームページやってるからわかるが、細かい誤りの指摘は本当にありがたい。
 ちなみにAmikaさんはこのホームページ自分で作ってるようだ。すばらしい。そういうところも好きなところ。

 Amikaさんは1998年デビュー。僕が知ったのはmixiメッセージで友達から唐突に『世界』のMVが送られてきたのがキッカケなのでたぶん2005~6年だろう。その頃すでにAmikaさんは音楽の世界にはいなかった(と認識していいと思う)。Web Amikaだけがあった。
 2016年にかなりクローズドな環境でライブ出演し、たぶん『世界』のみを演奏した。本格的にライブ活動を再開したのは最後のオフィシャルっぽいライブからちょうど13年経った2018年9月2日。ここからのライブはすべて行っているが、それが今度で三回目。来年2月2日に四回目があるらしい。
 ところで、僕が愛する某カレー屋さんの店主はAmikaさんと同じプロデューサーに育てられたミュージシャンで、ある意味での姉妹のようなもの。それぞれについて書いた膨大な、小説のような文章も存在する。そこまでしたのはそのプロデューサーにとってこの二組だけだろう、おそらく。AmikaさんのほうはAmika.jpから「Amika File」というリンクを辿ると読める。カレー屋さんの所属するバンドのほうはごく少部数で製本されたのをお借りして読んだ。また読みたいのでお子さんたちが育って活動再開した折にはぜひWeb公開してほしいな。

 僕がAmikaさんを好きな理由はいろいろあるが、ともかく「歌の歌い方」に尽きるかもしれない。歌詞やメロディだけでなく、それを「どう歌うか」というところが群を抜いて素晴らしい。
「いろんなオタクの中でも女性シンガーソングライターのオタクが一番やばい」という箴言を聞いたことがあって、確かに彼らの信仰告白(?)はいつも大仰に聞こえる。「山口百恵は菩薩である」レベルで。しかしそこには一抹の真理もあると僕は思っている。女性シンガーソングライターのオタクには純粋な人がとても多い。たぶん僕もその一人で(なんせ初めて好きになった歌手は奥井亜紀さんですから)、歌をダイレクトに受け止めてしまう、受け止めることができてしまう。
 歌というものを自由に、自分のものとして、一瞬一瞬に一切気も手も抜かないで、心を込めて歌える人が僕は好きである。ただ上手ということではなくて、また誰の様でもなく、「自分の歌い方で歌う」人に魅力を感じる。Amikaさんはその究極だと思っている。
 シンガーソングライターであるAmikaさんの歌詞とメロディと歌(声)は一体化していて、それが「Amikaさんという人そのもの」であるように少なくとも聴き手には感じられる。人間をそのままぶつけてくるような音楽。だからこそ、20年前の曲しかライブで歌われない(2000年までにあった曲がほとんどで、2005年以降は新曲がない)ことにやや不足を感じていた。今のAmikaさんが今つくった曲を歌ったらどのようになるのだろう?とずっと新曲を待ち望んでいるのだが、僕だって5年も長い小説を書いていないし、その大変さ、難しさは不遜ながら少しはわかる。
 ところが、今回のライブでほんの少し変化があったのである。それが「歌詞の味変」と題したもの。

●『90&』(2000.05.24発売のシングル曲)
・1番
笑いながら泣きながら 光より速く
味方なのか敵なのか 時間は過ぎていく→続いてく

・2番
残しながら消しながら 音よりも速く
味方じゃなく敵でもなく 時間は過ぎていく→進んでく

※最後のサビくり返しは「過ぎていく」×2(原曲ママ)


●『世界』(1998.11.18発売のシングル曲)
もしもこの世界の向こうで戦争(あらそい)が起きたとしても
二人がこのままでいられるならいいの→よう祈る

 気づいたのはたったこれだけであるが、僕の心にはずしんと大きな意味を持って届いた。今になって歌詞を変えるってことは、「今」のAmikaさんはこの曲はこう歌われるべきだと決めたってことで、それはもう大げさに言うと新曲を作るのとそう変わらないことなのではないかと、新曲を待ちすぎておかしくなっている僕は極端に肯定的に思うのである。
 さっき書いたように僕が思うにAmikaさんの曲は歌詞とメロディと歌(もちろん演奏や身振り手振りも!)が一体化したもので、だから小さな疑念として「この20年以上前の歌詞やメロディは今のAmikaさんの歌や気持ちと本当にマッチしているのだろうか、昔の歌が今の自分に合わなくなっているということはないのだろうか」というのがあったのだ。歌詞を変えるということは「今はこっちのほうがいい」と判断したということとしか思うことができないので、歌詞のほうを「今の自分」に合わせていったと僕は解釈する。その逆だったら、ちょっと嫌なのだ。「昔つくった曲だから、一時的に昔の自分に寄せて歌います」とかよりも、「昔つくった曲だけど、ここをこう工夫すると今の自分により近づきます」のほうが好き。
 歌詞を変えたことで意味やニュアンスがどう変わるか、ということよりも、今のAmikaさんがその選択をした、ということに僕は興味があるし、なんだか嬉しい。まだまだ新しくなっていくということだし、「昔の曲」というだけの認識でもないということだ。『90%』や『世界』は今も「生きている曲」であると。そのことが嬉しくてならない。
 僕は決して「歌詞をどんどん変えたほうがいい」と言っているのではございません。次のワンマンで元に戻ってもいいし、これから先そういう現象が一切なくてもいい。とにかく今は感動している、というだけ。いろいろ考えたりやってみた結果「やっぱ元の歌詞で歌うほうがいいだろう」と考えることもごく自然だと思います。小沢健二さんもいっぺん変えた歌詞をライブごとに戻したりまた変えたりしてる。そういうのこそ自由にやるべきで、それがシンガーソングライターの魅力とか面白みでもあると思います。
 いちどリリースして定着した以上、何を変えてもそれは「味変」くらいのもの。演奏のアレンジが変わるのと大差ないのです。今回も本当に、とてもすばらしいライブでした。

2024.10.24(木) ごめんなさい

 謝っても謝りきれないことではありますが、わからないことはたくさんあって、誤解したまま進んでしまっていることも多々あると思います。そういうことを極力減らそうとは常に考えているのです。それでも力は及びません。このような「書く芸人」をやることの宿命でもあるようにも思います。「ここがおかしい」「ここが違う」とわかったら、それを踏まえてまた考え直すくらいの柔軟さはあるつもりなのです。悪気は基本的にはないのです。基本的にはというのは、勢い余って悪気が出てしまうことはあるという感じです。そこも欠陥であり人格の破綻です(これは開き直りではなく事実認識の表明のつもりです)。いちおう、その都度全力を尽くしています。どうか見捨てないで。
 また僕の書き方にはいつも、掲示板でご指摘を受けたことを踏まえていうと、「加害性の度外視」があると思っております。人の気持ちよりも「いま書いていること」を優先してしまうところがあります。それはまさに僕の自分勝手。あることをより正確に書きたいがゆえに、「いま書いていないこと」をないがしろにしてしまう傾向があります。客観的には文章として精度が高まったとしても、世の中にその文章が存在すること自体の意味みたいなことを考えた時には、つまり誰も(神以外)客観的には文章を読めず、誰もが主観的にしか読むことができないという前提に立てば、あんまり意味がないように思えてきます。今後はそのあたりもっと気をつけていきたいと思っております。すぐ完全にはできないと思いますが、10年くらいかけて少しずつ是正してきたなと思える部分も自分にはありますから、諦めずにもろもろ取り組んでみます。

2024.10.25(金) 夜年期の終わり

「夜ブーム」が来ていると2023年1月に僕は書いていて、それは今の今まで続いている。夜について知らなすぎたため、好奇心が知りたがった。いま好奇心は満たされようとしている。これ以上続けたら僕は夜になりすぎてしまう。
 そこまで染まったというのでもないが、「このくらいがせいぜいだろう」というくらいまでは知ることができた。「夜の世界の住人」という言葉は夜回り先生こと水谷修さんがよく使うフレーズだが、僕はあくまでも昼夜どっちもの世界にいたいのだ。世界の半分が見えなくなってしまうよりは、うっすらでも両方の世界を見ていたい。
 夜ブームは今月で一区切りつけたい。と言って夜遊びをやめるわけでもないが、意識しておかないといくらでも夜の底へ沈んでいってしまう。バランスを取ろうとしているだけ。
 夜職でもあり昼職でもある(闇であり光でもある)というのが僕のいいとこでありユニークな点なのだから、そこが損なわれるような仕方をあえて選びたくはない、というようなこと。モーニングとか行きたいし。

 これからは両立と同時の世界。矛盾を飲み込んでいく世界。白黒つける、正解を探す時代はとうに終わっている。そう思って僕は生きていくつもりなのだ。それがいかに茨の道かは、たぶん僕には深くよくわかっている。難しいというか、不可能なのだが、そことどう折り合いをつけてやっていくかが、今後の自分に試されている。
 これに関連して、けっこう重要な過去記事を貼っておきますので、僕の基本的態度を確認してくださる方はぜひ。

2024.10.26(土) 10代は騙せる

 すごく本質的な(=身も蓋もない)ことを言えば、10代は騙せる。善意か悪意かは関係なく、とにかく10代は騙される。20代だって騙される。若ければ若いほど騙されやすい。
 僕も10代の終わり、騙されて宗教団体に連れて行かれたことがあり、見事に洗脳されかけた。別の宗教にも朝まで監禁されて入信を迫られ、こちらもかなり危なかった。経験がなかったし、考えたこともあまりなかったので、騙されてしまったのだ。
 たとえば渋谷・原宿とか歌舞伎町には若い人たちがたくさんいるから、その人たちを騙すことを生きがいとしているような大人たちがけっこういる。大人は騙すことがやや難しいが、10代くらいであれば騙すことが容易なので、いろんな搾取にもっていける。最近闇バイトの強盗殺人とかで捕まっている中にも20代はもちろん18歳とか19歳とか、中学生なんてのもいた。若ければ若いほど、騙しやすいから。
 僕はかなり長い間、いろんな形で10代20代の若い人たちと仲良くしているが、忘れてはいけない、僕は基本的に彼らを騙しているのである。どんな形であれ、それが将来に彼らの人生にどう位置づけられるかはともかく、僕が世間一般とはズレた特殊なことを発言、実践していて、それを彼らが受け止めてある程度まで賛同してくれるとしたら、それを「騙している」と表現することは不自然ではない。まわりまわった言い方になったが、当事者(僕と彼ら)がなんといおうが、客観的にそれは「騙し、騙され」という関係として成立しうるのである。しかも僕にはわりかししっかりと騙している自覚がある。すごく大げさに正直にいえば「自分のための革命のために」。
 こう書いていることが、今現在「騙し、騙され」の渦中にいると解釈されうる人にとって、失礼、非礼極まりないものであることは承知している。ただ思いついてしまったから書いている。それも加害性の度外視と言えばそうかもしれない。
 これは言い訳でも開き直りでもあり、それでいて立場の表明でもある。僕は騙すつもりで若い人たちと向き合っている。それは構造上闇バイトと変わらない。「でも違う」と信じるほかはない。
 若い人たち、とりわけ10代の人たちが本質的に騙されやすい存在である以上、若い人と関わるというのはそういうことでしかない。騙す覚悟を持っていないといけない。それは悪いことなのかもしれない。そうだとしても僕はやってしまうのだ。善も悪もないと本当は思っているから。

 学校の先生をやるというのはまったくこの話そのものなのである。それをできる限り避けたいとするなら、「体制の代弁者」としてのみ学校に存在しなくてはならない。多くの教員は正しくもそのように努めているから、10代の若者からは「つまらない」と嘲られるのであるが、本当はただ「騙す主体にはなりたくない」というだけなのかもしれない。

2024.10.27(日) wantとshould

 食べたいものがない。僕の行動原理はwantではなくshouldに支配されている。そこが表面上ストイックに見える所以でもあり豊かさに欠ける部分でもある。「こうしたい」という積極的な意思がない。「こうすべき」「こうしたほうがよい」という打算的感覚が行動のほとんどを決めている。
「何が食べたいか」ではなく「何を食べるべきか」で食べるものを決めるのだ。栄養、価格、食べるのにかかる時間、当日の消化器の具合(空腹さも含む)、お店や食品に関する付加価値などが主たる検討対象である。
 自分について説明するとき、これでほぼすべて言い尽せてしまうようにさえ思える。
 問題はshouldの精度。常に最適解を選べるわけではない。あらゆる行動について、できるだけ最適な選択をしたいわけだが、それができれば人生に苦労はない。またwantが大きなノイズとなり計画を狂わせる。僕にも欲望がないわけではない、むしろ人一倍強くあるのだ。
「こうしたい」という意思はないが、「こうなると気持ちがいい」という感覚だけは持っているので、それが訪れたらとくに拒絶しない。能動的な選択はshouldによって行うが、受動的にあらゆるwantへの刺激を受け入れてしまうので、両立させるためにものすごくエネルギーが要る。まあそういうことを徐々に解除していこうというのが「引き払い」ってことでもあるわけだ。
 wantによる選択を増やし、shouldによって刺激を拒絶する、ということ。たぶん。
 とにかく「こうしたい」が言えないし、「それはいやです」も言えない。幼少期からの育ちに原因があるのは明白だ。どんな時でもただ黙っていた。「ほしい」も言えないし「いらない」も言えなかった。意思表示をして良いことなど何もないと思っていた。今でも怖くて固まってしまうことがかなりある。
 兄が家で暴れていても、自分には何もできない。ただ固まっているしかない。すべてを停止させ、時が過ぎるのを待つしかない。無力であり、無意味。
 いつしかwantを考える習慣は完全に消えた。mustもない。ただshouldのみだ。比較的安全な選択肢をとり続けるしかない。黙ることだったり、停まることだったり。高校に行ったのも上京したのも、結局は逃げたってこと。べつになんでもよかった。今あるマイナスを少しでも削っていくことしか考えられない。自分の意思なんてものはないのだ。あったとしても意味などない。
 ただ生存を脅かすものを排除していきたかっただけだ。就職活動を2秒で辞めたのも「こっちに行ったらむしろ自分の生存は危うくなる」と思ったのだろう。流れに乗ることだけは上手くなっていった。卓越した器用さでなんとかここまで生き延びてきた。
 さすがにそろそろ少しくらいwantを見つめなければならないし、shouldに縛られなければならない。これまでは自分にとって都合の良いshouldだけを享受してきた。そこは実のところあんまり変えようという気もないのだが、もう少し角度を広げてもいいのかもしれないとは思う。そして「断る」ということをもっと覚えたい。それはwantでもshouldでもいいが、とにかくNOと言えなすぎるのだ。ほとんどの問題はそこに集約される。すべて任せてしまうのである。「どうぞお好きに」と。
 泳がせる、と言ってもいい。「あなた(たち)の意思に任せますんで」と逃げているのだ。非常に無責任である。そこを完全に切り替えようということでもないのだが、もうちょっと自覚的に調整する力を身につけないと、たぶん詰んでいく。
 まずは自分が何を食べたら気持ちいいのかをよく考えてみたい。あまりにも食べもののもたらす快楽について無頓着だと思う。最近ちょっとカップラーメンとか食べてみている。なんかいろいろ、美味しいものを僕に与えてください。よろしく。ただし、ママのつくったケーキをテレビ観ながら食べきったあとに「ふうん、ぼくはケーキを食べたの?」とかのたまうのび太みたいな態度(14巻「ムードもりあげ楽団登場!」)しかとれません、あしからず。

2024.10.28(月) wantとshould つづき

 昨日書きたかったのは実はそんなことではないのだった。もともとは「wantは一つだがshouldはいろんな要素を総合して検討できる」というshould礼讃の分け方だったのだ。
 ところが自分自身の生き方を振り返ると「wantとshouldの使い方が下手くそ」だということばかり思い当たって、肝心のshouldの効用みたいなことを書き忘れてしまった。
 悪い言い方をすれば、wantだけで生きているヤツはテイノウ(なぜか変換できない)すぎる。shouldの軸をたくさん持って、そのバランスをとって生きている人が立派(変換できた)なのである。ものすごく単純に、乱暴には。
 そしてshouldによって動くことは使命(感)でもある。「こうしたい」とかいう個人的な領域を超えた、「こうしたほうがいい」というわりかし公的な世界。すると「大義名分をもって人を巻き込む」ということになりがちなので、よりその質や精度が問われる、という話である。

 wantしかない世界では「wantの共通する者同士が集う」というかたちになる。趣味の集まりとかかな。shouldしかない世界、というのがあるとしたら「利害関係がメインとなり私は封じられる」すなわち会社組織とかそういうものであろうが、これはmustとの差がわかりにくい。そしたらshouldオンリー世界は宗教組織になるのだろうか? should宗教は比較的平和だがmust宗教はカルトとか、そういう感じなのかもな。するとmustな会社組織はブラック企業、みたいな考え方もできる。面白い。
 しかし世界は実際そう単純ではなくwantとshouldが併存しているものだ。人間関係はそれゆえ難しい。
 たとえば、shouldとwantが一致している人間たちで集まったが、「wantだけあってshouldのない人間がいるのでshould側に負担が偏っている」とか、「shouldをこなすとwantが損なわれるという文句が出ている」とか、そういった問題がよく起こる。
「あんたはあんたでそのshouldやってろよ、オレたちはべつのwantで集まって新しいshould組織を作るからさ」みたいな話もある。「want」というものは自分事と他人事とを分けるナイフのようなものなのかもしれない。shouldは「みんなごと」を作り出すための口実、接着剤のようなものだ。
 wantだけで始まったはずなのにいつの間にかshould要素が出てきたり、shouldでやっていたはずなのに個々のwantがふつふつと湧いてきて齟齬が生まれたり。前者は「プロとしてやってくにはもっとポップな曲作らなきゃ」とかで、後者は「自分、バンドやめてソロ活動したいっす」「もう化粧なんかしたくないっす」みたいなことかね。あ、僕ヴィジュアル系好きなので。
 どうでもいいけど友達がこないだ「ヴィジュアル系は劇団」という話をしていて感銘を受けた。そうなんだよ! 劇団としての自覚を失うとヴィジュアル系っぽくなくなるし、こんな劇団やってられませんよ、というメンバーが出てくるとあっという間にバンドの世界観は崩壊する。ヴィジュアル系は演劇であって、そのために設定とか世界観とかがあるのだ。そこにバンギャたちは陶酔するのだ。
 その意味で「ユメリープ」とか好きだったな……。あれは劇団だった……。
 劇団が劇団として成立するためには「should」の共有が不可欠であり、同時にメンバー全員が最低限のwantで繋がっていなければならない。PIERROTというバンドは劇団であろうとしたがゆえにメンバーのwantのズレに耐えられなかったのかもしれない。DIR EN GREYはいつまでも劇団であり続けていてすごい。それはたぶんキリトより京のほうがより柔軟だったってことなんじゃないかと、最近の彼らを見ていると思う。やっぱ『Withering to death.』の路線にスッと(かどうかは知らないが)移行できたのはすごいのだ。

 僕の弱点は、wantとshouldのどちらもなかなか人と共有できないってことにある。せめてshouldのほうをもうちょっと分かち合いたい。自分の考えていることを上手に伝えたり、相手の考えを的確にくみ取ったりといった練習をした方が良いのだと思う。

2024.10.29(火) 杉村太蔵でも褒めるか

 2021.6.5(土) 杉村太蔵(41)
 2024.1.8(月) 芸能界と政治の話

 僕はいろんなところで杉村太蔵さんを褒めそやしているのだが、まとまった記事としては「杉村太蔵(41)」というのがあって、こないだの衆院選に際して炎上した内容は「芸能界と政治の話」で書いたこととかなり親密にリンクする、杉村さんの名もこの記事には出てくる。

 彼が直近に炎上した発言は次のようなものである。

 行けば変わるって言うでしょ、みなさん。
〈略、いろんな人の発言〉
 過度な期待を持たせすぎてんじゃないかって。要は、あなたの一票で日本が変わる、そんなわけないから。
〈略、ざわざわ〉
 だって「あなたの一票」以上に、「あなた(自分を指さす)の一議席」でも変わらなかったんですから。
 いやいやだから、いやだから、「あなたの一票が日本を変える」っていうのは、すごくキャッチーなんだけど、変わりましたかと。そんな実感ありますかと。みなさん考えてもらいたいのは、若い人は、まだ自分の力でなんとかできません? やっぱわれわれ年取って働けなくなった、病気になった、こういったところにやっぱり社会保障、国のお金って使われるべきじゃない、弱者だから。
〈略、他出演者による異論〉
 だから、児童手当が増えました、子育て支援策も増えました、待機所も、どんどんどんどん児童待機所が減っていきました。もう、ずーっとこう、改善され、支給もされていますと。なので、まあ僕からしたら、十分そこはやってるんじゃないかな。で、今候補者を見ても、そんなにそこに、大きな差はないんじゃないかな。もしあるのであれば、これじゃ不満だと、おかしい、もっとほしいという方がいたら、一つだけ選択肢があって、そういうあなたがぜひ立候補してくださいってことなんですよ。民主主義は。

〈他出演者「じゃあ太蔵さんは、変わらなくてもいいと思ったから二期目をやめたんですか?」〉
 そう! 僕は、日本を変えないっていうのがキャッチフレーズでいいかと。今の日本すばらしい国だと。わたし自身はね、何の不満もない。何の不満も。これ以上いい国があったらぜひ紹介してほしい。もう、今の日本もう完璧。僕は何一つ変えるところないから立候補しない。で、これ以上いい国があるんだったら教えてほしい。で、ちょっとだけ良くなるかもわかんないけど、僕からすると誤差の範囲。僕はすごく今の国に満足してる。だから立候補しない。
〈略、他出演者による感想〉

(2024/10/26放送 読売テレビ「今田耕司のネタバレMTG」)

 これについて何か書こうと思ったのだが、杉村さん自身がメルマガで2500文字の釈明(?)をしていたので、そちらも引用する。

 大前提として、我々ひとりひとりに与えられた選挙権を、すべての候補者、すべての政党の主義主張にしっかり耳を傾けて、ご自分の考えにもっとも近いと思われる候補者や政党を選んで一票を投じる行為は民主主義の基本であり、とても大切なことです。

 したがって、ぜひとも投票所に足を運んでもらいたいと思います。〈略、立候補者への敬意、投票率について〉

 そうした中、ぜひ読者の皆様と一緒に議論したいテーマとして、「あなたの一票が日本を変える」は本当か?という問題ですね。私はどう考えてもこれは言い過ぎではないかと感じているのです。特に若い世代に対して、「あなたの一票が日本を変える」というのは、政治に対する過度な期待を抱かせる危険があるのではないかと強い懸念を抱いています。

 冒頭申し上げた通り、有権者として一票投じていただくことは極めて大切なことです。ただ、これまで数々の選挙が行われてきましたが、その都度、多くの有権者から聞かれる声として、「政治は変わらない」という意見をよく耳にします。これはいったいなぜなのでしょうか?

 私なりに考えていることをまとめますと、民主主義国家において健全な選挙を繰り返した場合、ある一定の年数が経過したら有権者は大きな変化を感じられなくなるのではないか、という点です。今回の総選挙は現行憲法下では第50回目になります。50回も総選挙を繰り返した結果、我々の国というのは基本的にはかなり良い国になっているのではないでしょうか?すでに50回の選挙を経て、大きな問題点は改善されているのではないか、という点です。

 結果としてそれほど選挙のたびに大きな変化を感じることは難しくなっているのではないかと思うのです。つまり、成熟した民主主義国家では選挙のたびに政治の変化を感じ取るのは難しくなってきており、投票率は低下傾向にあり、有権者からしたら選挙はどこか権力の椅子取りゲームに見えてしまうのではないかと思われるのです。

 逆に選挙ごとに政治の変化を感じ取るとしたら、私たち有権者はかなり勉強しなければその変化を感じ取ることは難しいと思います。今でも実は国会では年間で100本近くの法律が改正されています。数字だけを見れば大きな変化です。よくよく勉強したら社会は変化しているのです。しかしながら、多くの有権者からは「政治は変わらない」と断罪を受けるわけです。それは有権者が政治の変化を感じにくくなっている、その背景には選挙を繰り返している中で国家としての制度的な完成度が高まっている、とも言えるのではないでしょうか?

 それからもうひとつ、若い方々に「あなたの一票が日本を変える」と教えることは政治に対する過度な期待を助長することにつながらないでしょうか?私はやはりこれまでもこれからも日本の社会を変えてきたのは政治家ではなく、民間企業のイノベーションによるところがはるかに大きいと考えています。私たちの暮らしや生活をより豊かにしてきたのは政治家ではない。民間人だというのが私の基本的な考えです。加えて、自分たちの生活をよりよくするのは、やはり個々人の努力によるものが極めて大きい。まずはそのことをしっかりと教えることが私は重要だと考えています。

 自分たちの暮らしの不満を政治にぶつける気持ちはわかりますが、政治に対する過度な期待を抱かせるのは決して良くないと考えます。菅元総理も国会で言明されていましたが、まずは自助です。自分のことは自分で、というのは当たり前のことなのです。その上で共助・公助という議論になるわけです。

 ただ、実際に政治は何もしていないわけではもちろんありません。〈略、子育て支援が充実してきた具体例〉

 いずれにしても「あなたの一票が日本を変える」というのはやや言い過ぎだと思いますし、「あなたの一票では日本は変わらない」、それよりも、選挙後に当選した人がどういう政治を行うかを有権者としてしっかり注視をすることの方がはるかに日本を変えるきっかけになると思います。言い換えれば、それ以上に実際に当選した人たちに「もっとこうしてほしい、もっとこうしたら良くなる」と働きかけることの方が効果的です。一票入れるだけでは全くもって不足です。つまり、日本を変える最も大きな原動力はやはり我々民間企業によるイノベーションの方がはるか大きいです。

 さらに言えば、我々の生活を豊かにするのはやはり我々個々人の努力によるところが非常に大きいということを若い有権者にしっかり伝えることも重要だと思います。政治に過度な期待を抱かせるよりも、自分たちひとりひとりが社会のために何ができるか、どんな貢献ができるかをしっかり考えて行動する有権者を増やしていくことが重要ではないでしょうか?

 本日、第50回衆議院議員総選挙の投票日です。残すところもあとわずかとなりました。ぜひ投票所に足を運んでいただき、大切な一票を行使していただきたいと思います。

 杉村太蔵のすごいところは「民間」の力を信じているところだし、それを民間人として実践しているところ。旭川を中心とした彼の活動をつぶさに追ってみれば納得してもらえると思う。彼は(橋本治さんが言っていたように)国の中枢の中枢を四年間見て来た人間であって、だからこそ「政治の領域」と「民間のすべきこと」をうまく切り分けることができている。
 個人的見解としては、彼は必要があれば旭川市長までにはなるかもしれないが、北海道知事とか、国政には出ないと思う。ただ、彼の息のかかった人間がその方面に進むことは今後けっこう出てくるだろう。彼は「政治」と「民間」の二刀流、あるいは「芸能」を足した三刀流を実践し続けるある種の偉人だと僕は思っている。逆にいえば、このバランス感覚のあるうちは僕は杉村太蔵のファンであり続けたい。失われたら「どうした?」といったん思って、より深い考察に身を傾けるだろう。

 僕もとにかくがんばれるうちはがんばろうと思うのである。

2024.10.30(水) 性能のいい連続体

 昨日の記事の冒頭に貼った「杉村太蔵(41)」という記事は本当にすばらしい。先見の明、というより彼の著書をよく読み込んでいて偉い。3年半くらい経って例の炎上発言&釈明文とともに振り返ると、彼の思想のエッセンスをしっかりと僕は掴みきっている。

 僕はずーーーーっと、長い間、「実効性」ということばかり言っている。投票も実効性はゼロではないが、それだけを信じれば足りるほど大きなものではない。ところが世間にはそうは思わない人もけっこういて、それが杉村さんの言う「過大評価」ということ。投票の意義はゼロではないのでしたほうがいいと思えばしたほうがいいのだが、それ以外のところがもっとずっと重要である。そんな数年に一度(いろいろ含めても年に一度ていど)の行動よりも、毎日少しずついろんな側面から世の中をよくしていこうと努めたほうが「実効性」の総量は大きいに決まっている。
 このような考え方はけっこう猫先生こと浅羽通明先生の影響によるところが大きいのだと思うが、べつに彼にのみ依拠、依存しているのでもない。たまたま「気が合った」ということだと僕は思っている。猫先生とは「ツレ」なのだ。僕の意識としては、不遜ながら。同時に尊敬も限りない。もちろん。
 杉村太蔵は「投票よりも実効性の高いことはあるんだから、それも同時にしなければならない、投票を過大評価しすぎるとその意識が低まるので注意したほうがいい」と言っている。それだけのこと。

 また杉村さんは「今の日本はすばらしい」と言い切っている。これも面白いし、僕もかなり近い立場だ。
 杉村さんの強みは「26歳から30歳まで衆議院議員として自民党の中枢にいた」という点に尽きる。だから政治家がどれだけがんばっているかを知っている。がんばった結果、じわじわと何かが良くなっていっているのも実感できている。そして何より、政治というのは「いろんな人の意見を聞くもの」だという大前提をわきまえていて、たびたびそのような発言をしている。ある特定の思想のワガママだけを聞いているわけにはいかない。全体でのそのそ、少しずつ動いていかなければならない。その舵取りをするのが政治家、ことに国会議員の仕事なのである。
 その「みんな」には創価学会も統一教会も入るわけで、その人たちの意見を聞くのは当たり前のこと。ただ、その「聞き方」がちょっといびつだよねという形で問題になっている。そこはそこで是正されるべき問題だとは僕だって思っている。しかし大事なのは、政治とは「みんなの意見を聞く」ものであるという大前提であり、「正しいことを追究する」のが(民主)政治の仕事ではないということなのだ。
 中根千枝先生は『タテ社会の力学』で、日本社会というものは巨大な「軟体動物」のような「性能のいい連続体」と表現していた。日本人は小集団を無数に形成し、隣接する小集団と影響し合ってうねうねと無法則に動く。そこが強みだというのである。
 日本の社会はそのように少しずつ、答えのないなかで最適をめざして(すなわち遠心的に?)、ゆっくりと変化している。そして、杉村さんが「何の不満もない」と言うほどに成熟した。これ以上いい国があるなら教えてほしい、というのも本心だろう。この世界を生き抜くには今のまま「性能のいい連続体」としてあり続けるのが適正だと彼は言っているのだと思う。それを政治家たちはいま必死にやっているし、「有権者」もそれを意識して日々を生きていけばさらによい国になるのではないかと、彼は提言しているはずだ。投票のことだけを考えるのではなくて。

2024.10.31(木) 雲隠


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