少年Aの散歩/Entertainment Zone
⇒この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などとは、いっさい無関係です。

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2022.7.3(日) 今年の抱負、22周年に向けて

2022.7.4(月) 泣き言が詩情を殺す

 昨日書いたように、いちおう7月11日までは、ここまでの振り返りをちくちくやっていこうと思う。
 何度目かのジャッキー2(ツー)。
 ここまでは「整理」の期間だったように思うことにする。

 新型コロナウィルスさんがご入国なさって以来、多くの人間が一気に、唐突に、解像度を上げて僕に迫ってきた。それは絶好の検体だった。それで、しなくてもいいような分析をたくさんしてしまった。まんまと。むろん必要で重要だったようにも思う。
 それでいい加減もう、考えるべきことは考えたし、言うべきことは言った。ひとことでいえば古いアニメマンガの小物ラスボスが言う「愚かな人間どもめ!」ということであり、それ以外ではない。
 その愚かさを前提とし、憎み、時に愛しつつ、進んでいかねばならない、ということは別にずいぶん前から僕は言っているはずである。だけどなかなかできなくて。
 6月に「ぐうたら」して、小沢健二さんのツアーがあって、札幌で古川ともさんにお会いしたことが、僕の中でかなり大きな出来事だった。信じられないものが確定し、同時に信じられるものも定まった。あとはもう進むだけである。昨日「心配するのをやめる」と書いた意味はそれだったのだなと今わかった。
 2020年の初頭から、愚かな人間どもが右往左往する中で、僕も同様に右往左往しながら、自分なりに全力疾走してきたわけです。まわりの飲食店がぐうたら(?)するなか、コーラも飲まずクリームもなめず(?)、お店を開け続けて(2021年から年中無休はやめたけど)、くたびれたんで1ヶ月のお休みをいただいたわけです。そいで7月1日から再開、いま4日の21時18分です。金土日月のここまでの客数を発表します、11人。プラス高校生が3人、2回ずつ。でもこれは打ち合わせのために貸し出した名残なので売上はなし。
 こういうのも泣き言の一部なのか? わかんないけど、分析と批評を行うのは性分なので、ひっそりとやる。これは少ないだろうか? みなさんピンとこないでしょうが、簡単にいえばうちのお店は一晩に10人くらいってのが一つの目標というか、目安。それが週末まるっと含む4日間で(まあまだ月曜これからわかんないけど)11人ってのは、まあ少ないと言えます。「少ない!」って昨日まで思ってやや凹んでたんだけど、夜中に付き合いの長い友達と電話して、なかなか実りのある話ができて、ジャニーズの録画(亀梨くんのてんとう虫のサンバよかった)見て寝て、おそく起きて探偵!ナイトスクープ見ながらたのしくゆったり鮭とか食べて、夕方にお店にあったシナモンとクローブとセイロンウバでなんちゃってチャイを作って飲んで、残ったガラにちょっと水入れて煮込んでスパイスと紅茶の香りを燻らせ、なんかぼんやりしながらもずっと「ストレスには損しかないでな」なんてことを考え、いろんな友達にLINE返してると、別に何が好転したってわけでもないけど、「多い!」にちゃんと、なった。
 すごく単純な話だけど、多いよね。11人もお客さん来るって。プラス3人が打ち合わせで2回も使ってくれるって。要するに上限とか目標、理想を設定するから数字外の幸福が見えなくなるっていう、僕がアホほど言い続けてることそのまんまのことが、リラックスすると当然わかってくるわけですね。自分の思想なんだから。
 こまごまとした悩み、やんなきゃいけないのにやってないこと、やりたいのにやれてないこと、そういうものが押し寄せて鬱々となる。そんなことは理屈上、当然。
 あって当たり前なのだ。不安は自由の代償であると村上龍もゆうとった。そりゃ不安だが、それがどうした? 座禅の最中に湧き上がる雑念のように、お空に飛ばしていけば良い。
 心配によって行動にブレが出るよりも、剣の達人みたく落ち着いて耳を澄ますべし。ゆえにこそハエも斬れる。

 僕の詩情は、無の際に現れる。何もない時。悲しみでも喜びでも、一瞬、心身が空っぽになる。そこに残った何かが詩情。悲しい時に嘆き、嬉しい時に自慢していては、詩情の湧き出る隙はない。
 もう何も説明しなくていいのだと思うことにする。

2022.7.3(日) 今年の抱負、22周年に向けて

 22周年を機に僕はもう心配するのをやめる。
 自らを客観視するのは当たり前のこと。わざわざ口に出すことはない。
 言うべきことはもう言ったし、伝わるところに伝わることもわかった。
 だったら同じ場所にいる必要はない。そこにもうあるのだから。

 7月11日でこのホームページは22周年。毎年7月11日と、お誕生日の11月1日は、僕が心を新たにするタイミング。過去ログを漁っていただければよくわかると思う。しばらく更新していない時期でも、その日になるとひょっこり現れる。契約更改の日、みたいな。
 この1年(いや2年半か)はしんどいことが多かった。そのぶん嘆くことも多かった。そろそろおしまいにする。僕は飽きないのが美点であり欠点。放っとけば同じことを死ぬまで続けてしまう。
「飽きない」という自覚を持って、「やばい」と早めに感じ取り、「飽きてないけど捨てて進む」を無理にでもやんないと。

 このホームページは僕のアネックス(別館)みたいなものなので軸として捨てない。むしろここを守るためになんだって捨ててゆく。根本的には何も変わらない。僕の大好きなピボットである。軸足はひとところ。もう一方はどこへでも置いて良い。長い時間で円を描く。

 ここからは真の孤独。本当の梯子を登ってゆく。
 さみしくても「さみしい」とは言わない。一応、キリが良いので7月11日から完璧にそうできるようアップしておく。そのための文章、これ。
 もちろん「さみしい」という言葉は書くかもしれないけども。禁止したいわけじゃなくて。

 僕は非常にかっこよくてかわいいのであり、それをあえて自分で宣言する面白さみたいなことを近年は狙っていた節があった。「別に面白くないよ!」という声は要らん。こっちは「誰かにとっては面白いかもしれない」という祈りと博打の意図でやっていて、あんたは抽選に外れたの。
 またここでいう「面白い」ってのは「笑える」とか「興味深い」とかだけじゃなく、ともかくあらゆる前向きな気持ちのこと。
 そういう説明もいい加減疲れた。少しずつやめていきたいものだ。
 何がやだって時間かかるから。
 もっと漫画描いたりしたい。

 美と愛に生きるとき、すべての言葉は旋律に乗る。

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