少年Aの散歩/Entertainment Zone
⇒この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などとは、いっさい無関係です。

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2023.3.1(水) 今月のテーマは未来 たとえば夜学バーの次のこと
2023.3.6(月) 時代に追いつかれている
2023.3.15(水) 街の癖
2023.3.16(木) 多様性と、同時と、むかしのぼく
2023.3.18(土) 手暗がりの下

2023.3.18(土) 手暗がりの下

 気分がすぐれない。いまいち手詰まりという感じがする。最近ゆず(主に岩沢厚治さんの曲)を聴くのだが、「手暗がりを味方につけて いつもこんなんだ」って感じです。『手暗がりの下』って曲で、「それ以上でもそれ以下でもないさ 一体どうなんだ」と続く。手暗がりってなんなんだ、ってとこから始まって、よく意味はわからないんだけど、岩沢さんはこういうぼんやりどんよりな気分をなんとなく醸し出す名人。メジャーなミュージシャンの中では最も詩的な人間だと思う。
 手暗がりとは「光が自分の手にさえぎられ、その影で手もとが暗くなること」だそうだが、それを味方につけるとはどういうことなのか? なんとなくわかる気はするが、こういうことだろう、という説明はうまくできない。そういうところに詩は棲みつくのである。

夜は平気で寝てる小鳥 僕は絵葉書の中で一人 暗中模索のばかげた光
散り散りにバラバラになってた欠片探してるだけ
呆れるくらい君を想うほどまるで空が落ちてきそうなんだ
憂鬱な時間が過ぎてく 言葉は時に残酷で 目の前を通り過ぎてゆく
(ゆず『手暗がりの下』詞曲:岩沢厚治)

 サブスクにも多分YouTubeにもある。手暗がりの下。なんだかよくわかんないけどすごく鬱々とした歌詞ではあって、でも曲の勢いは結構すごくて、なんだかまったくよくわからないけど、すごいような感じがする。

 うまくいかない些細なことが複数無数にあって、なんとなく沈んでいる今日。一つ一つ書いていっても意味はないだろうし、まあ浮かぶことだけを書きつけておく。なんか最近はそういう日記らしい日記が書けるようになってきたな。再び。良い傾向だ、ルネッサンス。

 まず人間が実に愚かしいということだ。主語はでかい。いまさら僕を否定しようという人はいないと思うけど、言葉はすべて「あや」なのだ。それだけはご理解いただきたい。論理は奴隷根性の表れで、自由に詩が宿る。
『小山田圭吾の「いじめ」はいかにつくられたか』という本を読んだ。僕はけっこう本を読むのである。この日記にもどのSNSにもいちいち書かない、10冊読んで1冊に言及するかどうか。楽しくて読むのではない。仕事だと思って読んでいる。身の回りに常に膨大な量の本が置いてあって、「追われている」感覚がどうしても付きまとう。普段は何も気にならないが調子が悪くなるとこれもストレスの一つとなる。そういう生き方ってどうなんだ? 少し憧れる人がいたとしても、同時に「バカじゃねーの」とも思うことだろう。
 小山田くん(敬意をこめた呼び方)をめぐる一昨年の一連については、2021年7月の日記をご参照いただきたい。けっこういいことを書いている。振り返って思うのはとにかく、「人間は愚か」ということである。「本当に怖いのは人間!」みたいなことではない。ただ単に、人間って現状とりあえず愚かだよね、という一個の感想。
 諦めも冷笑もしない。ただ悲しいし寂しいし絶望する。20年以上、ずっとそうだ。だからこそ美しい人間の日々を追い求めて金にならない活動ばかりをし続けている。お店も同人誌も、この日記もすべてそうだし、せいぜいカッコつけて生きていることさえも。普段は「まあ仕方ないね、みんな愚かで悲しいけど、僕は僕で粛々と宇宙の中で良いことを決意していくしかないよね」と思っているのだが、弱っている時は「愚かで悲しい」という真ん中だけが残る。
 そんだけなら「人々」という抽象的な、遠い概念に対する絶望にとどまるが、具体的におろかな人と接したり見聞きする機会があると、直撃する。ドスーンと落ちる。悲しい!となる。
 それは自分に反射してくることもある。たとえば身近に「ずっとおろかなままの人」がいたとすると、「自分が悪いんじゃないか?」と思ったりする。人が人に影響を与えようなどおこがましいとは思わんかね、ではあるのだが、たとえばそれが塾の生徒だったりしたら、なんらかの影響を与えなきゃいけないわけで、「何年教えても成績が伸びない!」ということになれば、まあ先生としては落ち込むのです。

 僕は教育家を自認するのですが、ほんの少しでも成長が見られるような人が好きで好きでたまらない。ここで何を「成長」とするかといえば、「僕が良いと思うふうに変化する」ということで、「僕が良いと思わないふうに変化する」ことを成長とは僕は言いません。僕の考え方はこのように原則、「自分にとって都合の良い世界を目指す」ということをベースにしております。そしてその「自分にとって都合の良い世界」というのが、できるだけ他の多くの人にとっても都合が良い世界であるように自分の考えを作っていくように日々努めております。そのために本を読むのでもあるのです。
 すなわち自分は小さな独裁者でもあるのですが、せいぜい良い独裁者になりたいものだし、自分の代わりに他の誰かが独裁者になったとした時、かなり大きな確率で「特に何も変わらない」ような独裁を敷きたいというわけです。
 ただし、これは「多数派につく」ことを単純には意味しない。かなり複雑に意味する。

 こんなこと書いてもほとんどの人にはほぼわかってもらえないんだろうという悲しみと絶望がまた来る。多少わかってくれる人も多少はいるんだとわかってはいるが、証拠が少なすぎる。でも祈りを込めて今日も明日も頑張る。それでまた疲れる。消えも果てなむ。
 そんな気分は最近じゃ珍しいから、どうにか保存しようと書き連ねてみている。

 ほんの少しでも成長が見られるような人が好き、というのは、杉田俊介という人の『ドラえもん論』という本を読んで思った。のび太という人間は、なかなか良くならないけど常に少しずつよくなろうとしていて、実際ほんのちょっとずつ良くなっているはずなのだが、なかなか常に良いという感じにはならず、邪悪な部分はいつまでも残る。だけども彼はちゃんと、それが邪悪であるということに気づき得るし、実際気づくし、反省もする。しかしまた似たような邪悪に手を染めてしまう。読者は「まーったくのび太は成長がないんだから」と思いつつ、「でも彼はきっと、いつか」と信じることができる。
 教育者とは、のび太をそのようなあったか〜い目で見守りつつ、取り返しのつかない邪悪に近づきそうになったら「だめだよ!」と止めてあげる、まあドラえもんのような存在であればいい。ドラえもんとのび太は仲良しであり、完全に対等な関係でありながら、しかしドラえもんはやはり教育者でもあると思う。なぜならば、のび太はドラえもんのことを気にして不正をやめたりするからである。(1巻「一生に一度は百点を…」を見よ。)
 ドラえもんとのび太は大の仲良しであり、ゆえにこそのび太は、ドラえもんに軽蔑されるようなことはできない。教育とはそういうもので良いのである。のび太はなかなか成長しないが、今以上の堕落もしない。それはひとえに、「ドラえもんに軽蔑されるようなことはできない」と思うような関係が、二人の間に結ばれているからである。第1巻の時点で!
 すなわち、二人の人間がいた場合、お互いに教育し合う関係は成立するわけである。いや、なんかそこまでいくと「教育」って言葉である必要は全くなくなってしまうが。コマけーこたーいいとして。

 そんなこと書いといてなんだが、成長しないどころか、(僕の価値観に照らして)悪くなってしまう人もいる。ドラえもんに軽蔑されるようなことをしてしまう人。
 どうして、どうしてドラえもんに軽蔑されるようなことをするの?と僕は悲しくなってしまうわけだが、それはブーメランで、僕だって別にドラえもんに軽蔑されるようなことをしているのかもしれない。二重に辛くなってしまう。もう自分の考えていることが意味を持つのかどうかもわからない。
 だんだんわけがわからなくなってきたのでそろそろ終える。僕は僕なりに生きていくしかないのである。正しいも正しくないも瞬間的には「ない」時だってある。ドラえもんに軽蔑されるようなことをのび太は実際何度かしていて、でもだいたいそれは失敗したり報いがあったりして終了。
 迷いながらも信じるように生きていくしかないのである。いま、奥井亜紀さんの今日のライブのアーカイブを聴いていて、ちょうど多分これで最後の曲だと思うけど、アンコールで『Wind Climbing〜風にあそばれて〜』を歌っている。
 お店があるからライブ行けないなと思って配信チケット買ったんだけど、18時からだったのをすっかり忘れてた。今日は17時開店でいま0時46分、お客さんは一人も来なかった。土曜の夜に! そういうのもじわじわとダメージを与えてくれる。人気ないの辛い。進退を考えねば。誰も来ないならリアルタイムで一人きりで聴けたのに、なんで忘れちゃってたかな。落ち込んじゃうな。昨夜もちょっとやなことあったし。数え上げたらきりがないくらい、些細なことが積み重なっている。
 曲が終わる。この曲は9歳の僕を動かして、そのまま今まで動かし続けている。それだけが証拠である。もう何もかもどうでもいい。それだけを握りしめてやっていくしかないのだ。手暗がりの下。

2023.3.16(木) 多様性と、同時と、むかしのぼく

 船橋にて、劇団うりんこ『わたしとわたし、ぼくとぼく』。
 ゲイの30歳男性保育士(ケント)が過去の自分に会いに行って戻ってくる、というのが大まかな筋。20年前、小学5年生の彼は好きな男の子(ショータくん)が転校してしまって落ち込んでいる。そこへ女子たちが「気持ち悪い」など酷い(本当に酷い)いじめの言葉を投げつける。かばうのはミドリという女の子。ミドリは「大人になりたくない」「女の子らしい服装をしたくない」という気持ちを抱えている。
 タイムスリップ(?)してきた大人ケント30歳の姿は、子供ケントとミドリの目には見えているのだが、他の子供たちや先生には見えていない。
 物語は「マイノリティ」としてのケントとミドリの気持ちに寄り添って進んでいく。1997年を生きるケントとミドリは「札幌でそういう人たちのパレードがあるらしい」と知り、貯金をはたいて、親に内緒で名古屋から陸路で(!)向かう。タグイマレナル興奮が僕を襲った。こういうのめちゃくちゃ好きなのである。

 ゲイ、あるいはセクシャル・マイノリティ(現状は少数派と言えるだろうし多数派はまだ存在するだろう)が作品のモチーフであるが、それはそれとして、これはロードムービーなのだ。小学5年生の子どもが、親に内緒で、たったふたりで、列車を乗り継いで北海道へ渡るのだ。1997年といえばまだ新幹線は盛岡まで。懐かしの特急、急行、快速でジリジリと北へのぼる。車内で怪しげなおじさんと親しくなったり、車掌さんの「家出じゃないか?」という追及をかわしたりしながら。
 札幌にはケントのおばあさんが住んでいて、2人はそこに泊まる。美味しいジンギスカンをいただく。翌日のパレードではドラァグクイーンと仲良くなる。列に加わって一緒に歩くこともできた。大成功である。
 僕は「スーパーこどもが活躍する話」に目がないのだ。だって楽しいのだ。児童文学や子供向けアニメってのはそういうものばかり(わりと!)なんだから、児童向け劇団のお芝居にもそういうものがたくさんあってほしい。説明が遅れましたが「劇団うりんこ」とは名古屋市に拠点を置く児童劇団(大人が演じて、子供が観る)で、僕の小学校の二つ下の後輩が女優をやっている。ちょうど関東で上演があるというので来たのだった。ちなみにこの作品はなんとか賞をとっているし、同時にその子も個人でなんとか賞をとっている。鳴物入りな訳である。


 僕も高校2年生の夏(16歳)に単身、名古屋から陸路で北海道へ渡ったことがある。その紀行文は未だにこのサイト上で読めるし、何度となく振り返り書いてもいる。人生に多大なる影響を与えた旅であった。
 新幹線(この頃も盛岡までだった)は使わずほぼ「青春18きっぷ」で。真夜中に金山駅から「ムーンライトながら」に乗り、早朝に東京へ着いて北へ、八戸〜野辺地間のみ特急「スーパーはつかり」でワープ(乗り鉄用語)しているのが趣深い。そこから快速しもきた、海峡、ミッドナイトを経て午前6時に札幌に至る。ちゃんと記録を残している当時の僕は本当に偉い。
 ケントとミドリはたぶん10歳で、僕は1人きりの16歳だったけど、旅先で変な大人に助けられたり友達(?)ができたりっていうのも含め、自分の体験とかなり重なった。16歳の僕だって十分に「スーパー高校生」だったと思う。僕はそういうことがたまらなく好きなのだ。だってそういうお話ばかりを愛してきたのだから。


 空間的なロードムービーではなく時間的ロードムービーとして、僕が高2の時に書いて上演したお芝居『少年三遷史』のことも思い出した。ネタバレしますとこれも実は「大人になった自分が子供だった自分と出会う」お話でもあるのです。
 登場人物は5人、「1981年の中学生男子と男の先生」と、「2001年の中学生男子と男の先生」が真ん中の時代、1991年に同時にタイムスリップして、そこで中学生の女の子と出会う、という筋なのだが、「1981年の中学生男子」は「2001年の男の先生」と同一人物なのですな! この設定を思いついた瞬間の自分は人生で3番目くらいに天才だったと思う。15歳の少年が20年後、35歳の教員になっているわけです。真ん中の時代にタイムスリップする、という発想は、僕の思考を貫く「中庸」とか「バランス」といった概念を既に映している。
『少年三遷史』では、大人の彼と子供の彼とが真っ直ぐに向き合うことはない。その代わり、大人になった彼は昔の担任の先生と大人になった状態で向き合うし、子供の彼は20年後の自分の生徒と友達になる。そのことが未来を変えてしまう。自分と向き合うのではなくて、自分ではない誰かと向き合うことによって、何かが少しだけ良くなる。16歳の僕(上記の旅をする直前)は、もう今とほぼ同じことを言っているのであった。すごい証拠が残っているもんだ。
 今回観たお芝居とは、さまざまな面で反響する。20年という時間の幅も同じだし、「時間移動」が前向きに歴史を動かして行くことも、ジェネレーションギャップが妙味あるネタになってくるところも。些細なところは数えあぐべうもない。これ作った人、2001年7月27日に守山文化小劇場にいたんじゃないか? と思うほど。

『わたしとわたし、ぼくとぼく』のラスト近く、大人ケントと子供ケントとがツーショットになるシーンがある。『少年三遷史』での最大の名場面、ラスト直前の「権藤先生(1981)と鈴村先生(2001)」のツーショットを思い出した。この2人は自分同士ではなくて、かつての先生と、大人になった生徒なのだが、たぶん言いたいことというか、表現したいことはどちらのお芝居でも似通っている。自分というものは、決して自分の中にだけあるのではない。権藤と鈴村はお互いに向き合い、認め合い、その瞬間に元の時代に戻ってゆく。大人ケントも子供ケントとのツーショットシーンを最後に、元の世界(時代)に戻るのであった。奇遇ですなあ。
 それにしても、やられた、と思うのは、時間的ロードムービーの中で、空間的ロードムービーをやってしまうという二重トリップの妙。あー、これどっかで僕もやりたい!


 ケントとミドリは旅を経て大きく変わる。自分たちをいじめてきた女子たちと堂々と向き合うことができるようになる。その影響もあってか、ケントはリエちゃんといういじめの中心人物と和解するような流れになる。というのは、リエちゃんもケントと同じく、ショータくんのことが好きだったということが最後になって明かされるのだ。
 転校してしまったショータくんは、さらに遠くブラジルに引っ越してしまうことがわかる。ケントは一度、ショータくんに拒絶されたことがあるため、お見送りに行くことを躊躇する。急げば間に合うかもしれないが、急がなければ間に合わないだろうという段階。リエちゃんはそこで、「私は行かないから、ケントが代わりに行ってきて!」と叫ぶ。そしてケントは走る。大人になった自分と一緒に。(こことこの先が、先ほど紹介したツーショットシーンである。)
 リエちゃんはショータくんのことが好きだった。おそらく、ケントを執拗にいじめていた理由には、これが関わる。「好きな人がかぶった」ということがいじめやハブりの原因になることは女子同士で特によく聞くし、性別を問わずともありふれている。
 このお芝居はケントの話でもありながら、もちろんミドリの話でもあり、またリエちゃんの話でもあった。「いじめる側」というものをただの悪者にするのではなく、そこには「ストレートな(ゲイでない)少女の恋愛感情」が絡んでいて、それも性にまつわる現象の一つである、ということをきっちり描いているのだ。
 ケントはゲイであるが、ミドリがゲイ(同性愛者)かどうかはわからない。ミドリは「女の子らしい服装を拒否する」「大人になりたくない」女子児童だが、恋愛対象については語られていなかった(はず)。そしてリエちゃんはたぶんストレート。このお芝居は別に「ゲイの物語」ではない。たぶんもっと単純に「いろんな人たちが当たり前にいる」ということなのだ。

 ケントとミドリの家出を疑う車掌さんには、なぜか大人ケントの姿が見える。作中では明言されない(そこも流石である)が、おそらく何らかの「(性的?)マイノリティ」であるような人だけが、ケントの姿を見ることができる。鉄道オタクのおじさんには見えないが、車掌さんには見える。この車掌さんも何らかのマイノリティなのだろうが、それがどういうものかはわからない。車掌さんには何も不自然なところはない。彼が何かを「隠して」生活しているのか、それとも彼なりに自然に生きているかも、わからない。こういう余白をちゃんと用意しているのも、憎い演出であった。
 余白といえば、大人ケントの勤める保育園のある保護者が、「シングルマザーを経て女性をパートナーに持つ同性愛者」であるというのも。シングルマザーを経ているということは、もしかしたらかつて異性愛を経験した可能性もあるし、そうでない事情があったのかもしれない。そこについては触れられない。そんなことは別にどうでもいいのである。多様性とはそういうふうに「あなたの属性や過去によって特別な判断をすることはございません」という態度のことだと僕は思う。(むろん何らかの判断材料となることを否定するわけではない。特別な判断をするのではなく、通常の判断をするということ。先入観や偏見を排する、ということが多様性ではという話。←そうだとしたら僕はやはり時代に追いつかれつつある、逃げなきゃ!)
 いろんな人がいる、という物語なのである。


 僕の『少年三遷史』は「歴史(過去)を変える」物語だったが、『わたしとわたし〜』はちょっと違う。「大人ケントの生きている2017年よりも未来」は(ダイチくんの子供曰く)「変わった」のであろうが、彼が関わった1997年以降の「歴史」は、変わったかどうかわからない。彼は「忘れていた」だけなのかもしれない。そこも余白。自分と向き合い、過去を思い出すということによって「現在が変わった」だけなのかもしれない。しかしSFっぽく考えれば、歴史が変わったから記憶が生まれて、それを「思い出した」と思っているだけという解釈も可能。余白。

 ダイチくんの子供って? 大人ケントを過去に連れて行った謎の、天使だか妖精みたいな存在(『少年三遷史』でいうと円ちゃんみたいな立ち位置)が、最後の最後になって名乗るのだ。「わたしはダイチくんの子供として生まれてくるはずの存在なの」と。ダイチくんとは、保育士ケントの保育園に通う子供で、さっき書いた保護者の女性と同性パートナーによって育てられている。
 旅(?)から戻ったケントは、保護者会でゲイであるとカミングアウトするのだが、それを聞いた保護者の女性が、他の保護者が帰宅したあとに「わたしも同性愛者で」とカミングアウトする。それによって彼女の「生きやすさ」はおそらく大きく変わり、当然ダイチくんにも影響する。それで、「あなたのおかげでわたしの世界は終わらずに済んだ」とダイチくんの子供はケントに言うのだ。もしケントがあのまま仕事に行けないで、カミングアウトもしないでいたら、ダイチくんの子供は生まれてこなかったかもしれない、というような話だと思う。一世代先のことを持ち出してくるのは新鮮で面白い、そしてきっとその視野の射程はとても正しい。

 ケントとミドリはずっと会っておらず、今何をしているかもわからないらしいが、ケントは再会を決意する。探せば見つかるよ、みたいなことをダイチくんの子供も言っていた。確かに。今はSNSもあるし、小学校の同級生なら誰か消息を知っているかもしれない。僕の人生のテーマは「再会」なので、ちゃんとそういうことが匂わされているのも好みであった。できればドラァグクイーンのおじさんや鉄道オタクのおじさんとも再会してほしい。実際、鉄道のおじさんは別れ際「またどっかで会おう!」みたいなことを言っていた。これは僕が高1のときに逆ヒッチハイクされたオキタさんとのやりとりとほとんど同じである。ちなみに高2の北海道旅行で出会った「ミスター」とはどうやら再会できそうである。メールは何度かした。感動的だ。涙が出る。ケントもぜひあの人たちを探しだしてほしい。ミドリと一緒に。可能なら車掌さんもね!


 ケントとミドリの人生は、交差して一度離れ、別々の道を進んでいった。でもそれは互いに矛盾する人生では多分、ない。今ミドリがどうなっていようが、ケントとミドリは仲良くできる。多様性の時代とは、そうでなければならない。たとえばミドリがあのあと「女らしい服装」を気にいるようになり、「大人になるのもいいもんだ」と思って、性的にもまったくストレートの女性として暮らしていたとしても、ミドリはケントと仲良くしていい。誰も何も負い目を感じてはならない。多様性とは、同時を許すということなのだ。
 あの老(と言っては失礼かもしれないが)ドラァグクイーンは、ケントたちに性別をたずねられてこう答える。「男でもあり女でもあるし、男でもないし女でもない」と。すべてが同時にある。令和以降の時代はそうなる。これは予言でもあり、現状認識でもある。同時!

2023.3.15(水) 街の癖

 カクテーをシンコク。ついさっき14時過ぎくらいにすべてを終えた。締切最終日のすべり込み。17時からお店なので喫茶店でご飯を食べて、別の喫茶店でこれを書いている。
 やや更新が滞り気味だったのはそういう事情もある。船橋に用事があったり、いきなり新潟に行ってみたりもした。


 街には癖がある。チェーン店だらけの駅前はつまんなさそうでも、少し歩いたら「真の繁華街」が見えてきたりする。船橋も鼻をクンクンさせながらキックボードで走り回っていたら、駅の南西にスナック、銭湯、古い中華屋、作業服屋の寄り集まったエリアを見つけた。裏通りには「ミネ」というソープランドもあった。労働者と赤線の匂いがする。
 なぜ僕がそこに辿り着けたのかといえば、「だんだんそういう雰囲気になっていった」から。街は途切れそうになりながらも文化を繋ぎ、次第に細くなる路地の奥の奥まで水を流してゆく。せせらぎの先に、人の気配。それを追う。
 たとえば十字路に出合ったとき、選択肢は四つある。一つは「引き返す」。進むのならば残りの三つからどれかを選ぶことになる。
 散歩する人間はどれを選んでもいい。目的地などない。せっかくだ、最も魅力的と思う道を選ぶだろう。道を選び、道を選び、また道を選び、その直観の繰り返しが、いつの間にか自分を好みの秘境に導いてくれる。
 眼前の三つの道のうち、自分はどれを歩きたいだろう? どれも歩きたくなければ、「引き返す」ということも許される。「さっきはあっちに行ったから今度はこっちに行ってみよう」と潰してゆく楽しみもある。自由。
「駅前」と「労働者と赤線」の境目くらいに、見るからに「アメリカ大好き!」なバーがあって、バーボンが豊富なようだ。日曜の16時半に開店しているという時点で、なんだかヤバそう。船橋へはお芝居を見にきたのだが、17時半からなので間に合いそうだ。入ってみた。

 一方、駅から北東の住宅街には「駄菓子屋リュウ君の店」というのがあって、日曜だからか大いに賑わっていた。小学生たち、親子連れ、カップル、店内で立って発泡酒飲んでるおばさん。駄菓子屋というジャンルでこれだけ成功しているところはなかなかないだろう。

 駅を中心に街を考えると多くの場合、線路を挟んだエリアのどちらかが古い繁華街であり、もう一方が住宅街。なぜというに、ほとんどの場合は最初に街があって後からそこに線路を通すからである。駅は街の門であり、ゆえに繁華街の端っこに作られる。わざわざ街を潰して線路を通すことはなく、何もないところに線路は作られる。
 それがまずは基本的な街の癖。とりわけ大きな駅があるような都市の場合は。ほかにもいろんな事情が絡まって日本の街はだいたい似たような作りになっている。ゆえにこそ「そうでない部分」が際立って、そこが街の個性になる。他のどことも似ていない街ごとの癖に気づくと非常に愛おしい気持ちがする。

 このあとお芝居を観に行って、そのことを続けて書いていたのだが中断してもう16日になってしまったので記事を改めます。

2023.3.6(月) 時代に追いつかれている

 恋愛とせっくすはオワコン!みたいなことがようやくバズるようになってきました。僕は正直、焦っております。たぶん時代は加速していて、何年か前に思っていたよりずっと早く世の中は価値観を変えていってる。
 最先端にいるのは疲れる。最先端よりちょっと先にいれば、そこは世間の埒外なので悠々と孤独でいられる。しかし最先端に追いつかれ、世間の内に取り込まれてしまうと、「ああ、君も仲間なんだね」といろんな人が関わりを持ちにやってくる。
 ちなみに「最先端よりちょっと先にいる」ということは、決して自覚できない。追いつかれて初めて、「あ、自分は最先端のちょっと先にいたんだ」とわかる。ゆえに「そこ」にいる時のその人はきわめて孤独である。そこが「最先端のちょっと先」であるかどうかは、自分でさえ確信を持てないから、誰も褒めてくれない。「最先端のちょうど先っぽ」にいる人はめちゃくちゃ褒められているのに。それをもどかしく思ったところで、「自分は最先端のちょっと先にいる」という証拠は提出できない。何を叫んでも狂った予言者気取りにしか見られない。それでも負けずに説得してまわり、がんばって人を集めると、宗教になる。

 僕は評価より孤独をとるし、答え合わせにも興味はない。これからも時代から逃げ続ける。まずシャイだから。胸を張って人前に出るほどの人物でもない。ただ趣味として、また人生を持続可能なものとするために、考えたいことを考えていたい。それを楽しんでくれる友達がいたら最高。


 恋愛やセックスはかつて「コスパ最強」だった。というより独占・寡占の状態だった。今はもうそうでない。それら以外にコスパの良いもの、すなわち「手軽に気持ちよくなれるもの」はいくらでもある。その象徴が「推し」という文化であろう。あるいはドラッグ。ラップとかアートとかの自己表現もそう。怠けることさえ認められつつある。恋愛やセックスはやがて「あー、そういうの好きな人もいるよね」と言われるレベルにまで相対化される。

 かつて、自由恋愛よりも家の判断やお見合いによる結婚がメインだった時代にも、恋愛のようなものは当然存在していただろう。しかしそれはもちろん現代のパッケージとは違う。現代の恋愛パッケージとは、たとえば手順で言えば「告白→付き合う→プロポーズ→結婚・同居→出産・子育て→同じ墓に入る」みたいなもの。序盤の「告白→付き合う」という部分にはものすごく密度の濃いルールがある。「付き合っている間にのみ許されること、許されないこと」「推奨されること、推奨されないこと」等がかなり細かく規定されている。また、「別れる」ということについてのルールもあるし、「周囲が彼らをどう扱うか」というルールもある。それらはたぶん昭和30年代くらいから徐々に醸成され、バブルくらいでほぼ完成し、平成の終わりまであんまり変わらずにきたのではないかと思う。年代は直観である。ご意見ある方はぜひ。
 昭和20年代以前の恋愛が(あったとして)どのようなものだったのか僕はよく知らない。令和以後の恋愛がどうなっていくのかもよくわからない。ただ、昭和後期から平成までに青春を過ごしたみなさまのイメージする「恋愛」というものは、せいぜい50〜60年くらいの歴史しかなくて、別に普遍的でもなんでもないということを僕は主張するものである。
 たった数十年くらいしか伝統のない「常識」を、なんでみんな無批判に、ありがたく、受け入れて殉じてんの? ということをずーっと思っている。もちろん恋愛だけではなくて、世の中のいろんなことに対して。

 世の中にあることをよーく見て、それが「その時代の常識」に過ぎないのか、「普遍的」な領域にあるものなのか、ということを判断するのが、生きる楽しみってもんだと僕は思うのです。
 ただ、最近たまに見かける発想として、「そういう生き方ができるのは特権階級のみ、そうでない人間を排除するのは選民的な考え方だ」というようなのがある。
『小山田圭吾の「いじめ」はいかにつくられたか 現代の災い「インフォデミック」を考える』という長いタイトルの新書が最近出て、ネット上の書評にちょっと面白いのがあった。要約すると、「ものごとを複雑に捉えよう、というのがこの本の趣意だが、ものごとを複雑に捉えられない、単純にしか考えられない人間を排斥する思想なので嫌いである」的なもの。
 そう、ものごとを複雑に考えることができるとか、「常識」に踊らされず「本質」だの「普遍性」を捉える能力がある、というのは、「そういう人もいる」というだけで、別に正しいとも良いとも言えない。いや言うことはできるけど「それはあなたの感想ですよね?」でしかないし、「頭がいい人が言うからにはきっと説得力があるんでしょうねえ! 俺バカだからわかんねえよ!」といった返しも想定される。その時、「ええそうです、私は頭が良くて正しいのです。あなたはバカであって正しくないことを言っています」としかもう、言いようがないはず。
 この問題を解決するために、いろいろな人がいろいろなことを考えて、学問として蓄積されていることだろう。それを最大限に活用して、現代の政治は運用されている。たぶん簡単に言えば、バランスをとっている。ハンパなインテリは「政府はバカだ!」と言うのだろうが、政府なるものは「ハンパなインテリ以外の人の声」も聞いているし、「インテリの意見しか聞かない」ということこそ多くのハンパインテリが嫌いそうなことである。政治家や官僚はいろんな人の意見を聞きながら、いろいろうまいことやりつつ、たまにうまいことやれないでいる。

 世の中にはいろんな人がいて、いろんなことを考えながらいろいろに生きている。それをある程度束ねるために「常識」は発明された。恋愛パッケージも、現代においてきわめて効率的と思われる仕組みをみんなでじっくり編み出したものだ。時代に合わせて「こんなところで行きましょう」と決定されたのだ。
 それについていけない僕という個人がここにいて、うまく工夫して生きている。ただそれだけのことである。さみしくて、友達がほしくて、「僕はこう思うよ」ってことを言い続ける。「あ、それ面白いじゃん」って人が仲良くしてくれる。ただそれだけのことなのだ。

 話をぐるりと戻しますと、最先端に追いつかれる、というのは、僕が「常識」の範囲内に収まるということだ。それが心地いいならそれでいいのだ。たとえばシェア自転車が東京23区のほとんどの区域をカバーしていて、その存在はほぼ当たり前となっている。飽き足らずシェア電動キックボードまで登場した。僕が「追いつかれた」と思った象徴はこれである。ただ利用者は頭打ちじゃないかと思うし、電動自転車ばかりなのもSDGs的にいただけない。墨田区と台東区のみで運用されている「チャリチャリ」というサービスは、電動とそうでないのを選べるので好みである。これからもさらに進化して、普及してゆくことを期待している。
 僕はずっと「みんな自転車に乗れ!」と思ってきた。イヴァン・イリイチもそんなことを言っていたはず。シェア自転車の登場により、また新型コロナウィルスの流行に伴い、たぶん自転車を選ぶ人が増えた。通勤を自転車にしたとか、終電を逃したらタクシーではなくシェア自転車で帰るとか。ウーバーイーツも自転車の天下である。今のところ僕はその流れにムカついてはいない。みんなが自転車に乗るようになったら自分はもう乗らない、とかそこまで天邪鬼ではない。自動車を捨てよ、もっと自転車に乗れ。そうしたら多くの問題が解決に向かうであろう。名古屋に住む両親はいっさい車を運転しない。僕も運転しない。そういう人は少なくとも都心部では増えてきていると思う。自動車は必須ではなくオプションになった。恋愛やセックスもそのようにオプション化している。する人はするし、しない人はしない。

 僕に時代が追いつく(なんかもう本当偉そうですみませんが)、ということは、僕にとって世の中が住みやすくなる、ということでもある。それを嫌がる必要はないし、実際別に嫌がってはない。凡庸を過度に恐れることもない。望んでもそうはなれまいし。ただ、頭の中はもっと先に進めたいなとは思う。すべてが追いつかれてしまったら、書くことがなくなる。「まだ〇〇で消耗してんの?」という〇〇を書き続けていけたら退屈しない。あれ? いや別の刺激的なことを書けばいいだけじゃん、と今思ったので、無理して逃げなくてもいいのかもしれない。一瞬にして手のひら返し。書いてるうちに結論が正反対になってしまった。

 ああそうか、時代に追いつかれ切ったら、もう怒ることも寂しがることもなくなるから、いよいよ楽しいこととか可愛いことだけを考えていられるのか。そっちの方がいいじゃん。だけど、「はいこれでオッケー! もう時代は完璧です!」というふうにわざと考える(すなわち思考停止する)んじゃなくて、「大丈夫かな? これでいいのかな?」という半信半疑で、かもしれない運転していくことはとても大事。適度な孤独はなけりゃキチーし。結局ずっと何かを考え続ける性分なのだろう。あっちゃこっちゃブレたが、大きくはずっと同じことを言っている。
 無理して逃げる必要はないが、「逃げる必要があるんじゃないか?」と疑い続けるほうが良いのだろう。誰の真似より誰の言葉より疑う事〜 疑う事〜 ←歌ってる

2023.3.1(水) 今月のテーマは未来 たとえば夜学バーの次のこと

 2月は過去と現在(主に体調)の話ばかりだったので今月は未来について考えると思う。いろんな側面から。
 やるやると言ってやれないことばかりなのだが、この日記を冊子にする計画は忘れていない。7月11日(23周年!)に合わせて「2000年版」と「2022年版」を同時発売できればいいなと思っている。価格は5000円くらいになるんじゃないかって感じだが、5部とか10部とかしか作らないと思うんで好きな人は買ってくださいましね。とにかく自分のためにほしいのだ。パラパラ参照できるようにしておきたい。
 その次は2001年版と2021年版を出す、みたいに、『火の鳥』と同じシステムでやっていきたい。あとは最新版を毎年作れたら理想。絵に描いた餅だけど、周年という目安があるのは心強い。
 しかしどう考えてもページ数が異常に多くなる。分冊はせず1年1冊にしたい。大判にもしたくない、美味しんぼサイズ(小バーと同じB6版)にしたい。んまあ、乞うご期待ということで。お手伝いしてくれる人は相変わらず募集。(過去に「やる!」と言ってくれた人たち、全然こちらが動けずに申し訳なかったです……。)

 先月末にチラリと書いたが、ちょっと先の未来として、「夜学バーの次」のことをようやく真剣に考え始めた。今のイメージをめっちゃざっくりと言えば「もうちょっと広い一階の物件」が望ましいのだが、そんなものを東京の比較的アクセスの良い場所で求めると、家賃は数十万になってしまう。すごく安く貸してくれる物件とか、上に人間が2、3人住める戸建ての物件とか、うまく巡りあえればいいんだけど。何年もかけて「探してます」と言い続けるほかないと思うので、もう言い出してみている。早くても令和9年にはなる予定だけど、もし良い物件があったら前倒しで借りてしまってもいいや。本当に、物件がすべてだと思う。何にしても。
 夜学バーは、運よく素晴らしい条件の場所を人づてに紹介してもらえた。そういうことを待つしかないとは思う。でも青い鳥だって、探しに行ったから「家にいた」のであって、ずっと家にいたって見つからなかった(青くならなかった)だろう。僕が「無銘」やって「おざ研」やって「ランタン」やってなかったら、誰も物件の話なんか持ってきてくれなかったはずなのだ。当たり前だけど。物欲しい顔、ちゃんとしていないとな。

「次のこと」を考えるにあたって、一層「世の中のこと」をよっく考えなければならなくなった。4年とか5年かけて、しっかりと計画していくつもり。そういうことが僕は苦手というか、したことがない。出たとこ勝負ばっかりだ。生まれて初めて「時間をかけた何か」をやってみてもいい、最初で最後になるかもしれない。結局「やっぱ無理だな」となるかもしれない。どう転ぶのかを試してみよう。

 それで本をたくさん読んでいる。考える時間も増えた。いろんな人に会いに行ったり、呼び出したりしてみようと思っている。この10年弱くらいは僕にとって、「人と空間について知る期間」だったと思う。いろんな地方に行って、いろんなお店や場所を訪ねた。十分ということはない、まだまだ足りないのではあるが、ある程度のことはわかった気がする。古いお店はどんどん閉まってゆく。比較的新しいお店でも店主が死んだり、引っ越したり、儲からなくなったり、気が変わったりして無くなっている。全体としてやはり「次のターン」が来ているのだなと肌で感じている。自分が思いつくことなんて大したことではなかろうが、だからこそ更新していかねばならない。人生のホームページ!

 最近、歌舞伎町に「学問バーKisi」というお店ができた。チャージ(席料)に「学割」が存在する。夜学バーのパクリだ!という話ではない、世の中にはそういう潮流が確かにある。「高校生以下限定ライブ」とかも増えてきた。バンドもメン地下も中高生から搾取するし、コンカフェやアイドル等は演者も客も低年齢化し続けている(と思う)。僕は夜学バーを開いた6年前から「より若い人を顧客にしたほうがより長い間お金を払ってくれる」と主張してきた。心の友たるサロン18禁のせかいさんと「意外とみんなそこに気づいていないよね」という話をしたのを覚えている。しかし吉野家の「生娘シャブ漬け戦略」という失言(2022年4月)に象徴されるように、もうみんな気づいている。若ければ若いほど、洗脳は効く。宗教2世問題や、大学でのカルト勧誘なんかとも根で繋がっている。
 良くも悪くも僕の考えていたことは時代に追いつかれつつある。そろそろ次のことを考え始めないと間に合わない。彼らが後ろにいてくれるうちは追い風になる。追い抜かれてはいけないのだ。(なんとも偉そうな言い方ですが、自らを鼓舞するためなのです。おゆるしを。)

 焦るのは早いほうがいい。少なくともあと4年くらいは夜学バーをやっていると思うし、その先も続けているかもしれない。余裕を持って焦れるというものだ。ホームページはやめないと思いますので、みなさん本気で、僕におこづかいをくださいましね! リベラペイ匿名なんでおすすめ。今んとこ何もトラブルないです。ご心配なく。

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