ひごろのおこない/Entertainment Zone
⇒この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などとは、いっさい無関係です。

過去ログ  2024年11月  2024年12月  2025年1月  TOP
2024.12.5(木) 返事のない言葉
2024.12.6(金) コスモスが咲き乱れる
2024.12.8(日) ダイジェスターダスト
2024.12.15(日) ガンマ-グルタミルトランスペプチダーゼ
2024.12.16(月) 50万HIT達成日
2024.12.19(木) 犬は吠えるがキャバクラは進む
2024.12.20(金) 人間宣言
2024.12.22(日) 犬キャバ(2) 瞳にDiamond
2024.12.23(月) 私は人を殺した!
2024.12.25(水) 国民の末弟
2024.12.27(金) 人間としての僕の心の弱さについて
2024.12.28(土) 犬キャバ(3) 実践編
2024.12.31(火) 総決算/欠席力
2024.12.31(火)-2 大晦日度

2024.12.5(木) 返事のない言葉

 10月中盤からしばらくの日記について「緊張感があって良かった」みたいな褒めを得た。「あの透明性ゆえに、離れていく人も少なかったのではないか」とも。透明性ゆえに離れた人もいたのかもしれないし、そもそも読んでない人も多かったと思うけど。ともあれ結果的には致命傷とならなかったらしいのは、SNSでしっかり(不穏な空気だけ見せて)黙り込んだのと、ホームページでしっかり喋りまくったのが良かったのだとは思う。
 BBS(掲示板)もその頃はよく動いていた。10月は10件を超える書き込みがあり、開設当初を除けばこんなことはたぶん一度もない。批判・批難する人もいれば慰めてくれる人もいた。それらすべてに対して僕はできる限りのお返事を書いた。そして幸か不幸か、喜ぶべきか嘆くべきか、その返信に対する返信はほとんどなかった。いつも書き込んでくれるmakotoくんとだけ短いコメントの応酬をしたが、それだけ。残りは全員「書き込む→僕が返事をする」という1ターンで終わっている。11月に入ると「沖縄旅行中」さんが一回「返信の返信」をくださっているが演劇とはまったく関係なく「がんばってますね」方面の内容であった。ちなみにメールとかLINEとかで「返信の代わり」をくださった方もいない。長文日記をもってお返事とした相手からも、まったく返答はない。
「返事のない言葉」を投げかけるほど淋しいことはない。徒手空拳の徒労感。「返事がこないような言葉」を自分で書いているせいだという自己嫌悪が覆い被さる。良くも悪くも返しにくいような言葉しか書けない。批判的な人もそれ以上「レスバ」しようという気にならなかったらしい。僕の返信がある意味ではよかった(たとえば誠実で透明で隙がなかった)と解釈もできるが、最大の理由はたぶんそこがSNSではなくてBBSだったからだろう。フィールドの問題。
 一番嬉しいのはそりゃ「返事じゃない言葉」なんだけど、「返事」だって嬉しいし、「返事がない」のは不安しか呼ばない。
 ドラクエ3で死体に話しかけると「へんじがない ただのしかばねのようだ」と言われる。なんだかウェットで泣かせる。魔界塔士Sa・Gaでは「しんでるぜ」とクール。前者は「声をかけたが返事がない、つまり死んでいるということだ」という生々しさがあり、後者は確認した事実を表明するのみ。どちらも好きだ。面白い。
 僕はしかばね扱いされたくないから、一所懸命返事をする。やがてそれが「返事じゃない言葉」に繋がっていくはずと信じて。僕は生きている人間なんだ! 血の通った、殴られたら痛い、ばかにされたり舐められたら悲しい生身の人間なんだ!と証明するがごとく、ひたすら返事をし続ける。少なくとも10月の掲示板では、どんな内容に対してでも歯を食いしばって返事をした。それに対する返事は特にない。「それでいい」と思っているわけではない。すべての言葉に返事がほしいわけでもない。ただ「やっぱあんまり人間だとは思ってもらえてないんだろうな」と感じる。お父さんとかお母さんとか、学校の先生の寂しさ。あるいはリーダーの寂しさ。
 橋本治さんはある講演会で、「リーダーはもう来ないなんて当たり前じゃん、だって俺やだもん。ここで六時間話したって誰からも話しかけてもらえないよ、どこが面白いのそんなの?」というようなことを言っていた。リーダーはもう来ない。僕はこの音源を聴いてから16~17年間くらい?ずっとそう思っているのだが、「返事をしなくてもいい相手」というのを「楽だ」とか「便利だ」と思う気持ちが人の中にある以上、リーダーを求める気持ちもなくならないのかもしれない。
 人は基本的に、人と関わりたくなんてないものらしい。おかしいな。そんなことないはずなのに。これが近代とか現代ってやつなのか? いやあねえ。もう。
 人と関わることは楽しいし、得も大きいはずなのに、「面倒だ」という一発だけで「まあいいや」になって、それをサポートする装置が無限にあるのが今という時代なのだ。僕はそれを「さみしい」と言っているのである。誰からも「そんなもん自分には関係がない」と思われるようなことなのかもしれないけど、どう考えてもすべての人に関係があるようにしか僕には思えない。

2024.12.6(金) コスモスが咲き乱れる

 BUCK-TICKの新譜『SUBROSA』が出ましたね。ヴォーカルのあっちゃんが亡くなって最初のアルバム。ギターの今井さんと星野さんが歌っておられます。多くは今井さんの作詞作曲だけども星野さんの作もいくらか。詞今井、曲星野というのもある(『絶望という名の君へ』名曲だった)。
 それまではほとんど櫻井さんが作詞だったので声も含めた言葉の世界がすっかり入れ替わった。さみしくもあるが新鮮でもある。いま聴いている。
 雨に撃たれ生き抜くことだ。
 君はもう優しい光。それを希望と呼ぶ。

 何事もなかったように端からは見えることでも実はものすごい経緯や内情がある。他人には想像などできない。ゆえ無条件に優しくあらねばならない。

2024.12.8(日) ダイジェスターダスト

 最近のことをダイジェストで。と思ったのだが書き始められないまま数日経った。今はかつて11年4ヶ月住んだ富士見台にいる。11日の18時過ぎ。「タイム」という喫茶店。いろんな名店がなくなる中、かつてと同じ雰囲気を保つ場所があることは喜ばしい。ちょうど個展なんかやってて「生きている」感じがする。いいお店だ。これから15年以上付き合いのある友達と会う。初めて会ったのは無銘喫茶だったか、富士見台駅前の喫茶店だったか。彼は生まれてからずっと練馬区に住んでいる。
 とりあえず書けるだけ書いたら更新して飲みに出る。

 誕生日くらいから振り返ろうかな。11月1日は上野公園で誕生祝いをした。夜、何もないところにカンテラ灯して、座布団敷いて、雨予報だったのでパラソル立てて、シャンパンとペールと使い捨てのシャンパングラスを用意してひたすら人を待った。最初は2〜3人でわびしくやっていたが最後のほうにけっこう人が増えて嬉しかったな。
 その日は着物を着た。初めて冬物を着られた。
 11月2日は江古田に行って武蔵大学と日芸の学校祭をハシゴした。どちらも1年生に夜学の従業員がいる。
 11月9日、橋本治さんの『「わからない」という方法』という本について夜学バーで講義をした。ああいう、需要がどこにあるかわからないがどこかにはあって、よくわからないけど聞きにきたという人でもそれなりに楽しんでもらえるような会は、もっと色々やっていきたい。

 11月1日に「引き払い」を宣言したこともあって、人の誘いを断ったり、あとでキャンセルすることが増えてきた。「ごめん帰る」って無理やり帰ったことさえあった。申し訳ないとは思うが、もう僕は人生を「老い先短い」とさえ捉えているのかもしれない。胆力がないと自由は訪れない。体力も有限になりつつある。ごめんなさいだけどできないことは「できない」と言えるようにならないとこの先は厳しいのではないかと思っている。だからますます「できない約束はしない」ということを強く心がけていったほうがいいだろう。
 過去のカレンダーを見ていてそんなことを思った。できなかったこと、行けなかったところ、たくさんありすぎた。それだけしたいことが多いということなんだけど。良く言えば。

 11月15日、麒麟さん(すんたん)が東京に来てて、朝10時くらいまで遊んだ。楽しかったな。昔話ばっかりする大人はイヤだってのあるけど、さすがに『瞳にDiamond』を二人で歌うのはエモいを通り越して伝統の儀式でさえあるわね。恋愛相談してた女の子の後日談、僕は聞いたのでまた今度。
 あ、髪を切った。19日だったかな。久々にだいぶ短くした。かわいいと思う。

 11月27日、吉祥寺で「面接」みたいなことをした。どうなるかな。帰りに阿佐ヶ谷寄って久々に「メリデ」へ。誕生月サービス滑り込みで受ける。マスターは84歳、友達というと烏滸がましいけど、「同業の仲間」って感じがする。向こうも敬意を払ってくださっているのが伝わって嬉しい。嬉しくてジャケット忘れちまった。取りに行かないと。
 29日、三河島であ君と飲んだ。松戸の人なので上野に呼ぶより少し電車賃が安く済むのだ。僕は自分よりお金を持っている(あるいは収入がある)人には甘えるだけ甘えるが、自分よりお金がない人には惜しむことなくご馳走する。ただし安い店にしか行かない。耳の遠いお爺さんがワンオペでやってる殺伐とした角打ちとか、チューハイ(レモンサワー)おつまみ付き350円の喫茶店とか。
 30日は友人の生前葬に夜と朝1回ずつ行った。12月2日、武蔵大学で神田伯山さんと石山蓮華さんの公開対談へ。夜学で働いてくれている人も登壇しトークしていた。かなり素晴らしい働きをしていて感動した。いずれ武蔵と日芸の合同イベントとして爆笑問題&神田伯山を呼んでほしい。今回はその布石にきっちりなったと思う。その後、その子の父親と二人で川沿いのバーへ。いい店だった。また行きたい。のち娘も合流し三者面談みたいになった。かなり珍しい光景で、僕としては実に嬉しかった。神回であった。なかなか江古田に遊びに行けなくてゴメン行きたいところたくさんあるからまた行くね。
 12月3日、この日唯一来てくれたお客さんと大久保の「おーちゃっこ」の話になったので、それぞれ行って合流して飲んだ。外で会うのは初めてである。特別って感じがする。年末だ。
 12月4日、トミーさん(誰やねん)の働いている歌舞伎町のお店にモネちゃん(誰やねん)も呼んで2年ぶりくらい?に3人で話す。持つべきものは友達だし、友達はいつでもいいもんだよね。そのあと、たまたまOくんが近くにいるというので呼び出して、10年くらい会っていないCさんのやっている文藝サロンへ。10年前と同じ顔してた。たぶん僕もだけど。それだけで好感が持てるというか、そういう生き方をしていたんだな、と思って、変な言い方だが以前よりも好きになった。Oくんが「Sを呼べ」みたいなこと言うので呼んで3人でしばらく話す。せっかくだからゴールデン街でもう一軒。KのYはYH。店主はまたも不在。8年くらい会ってない気がする。さっきから年数は全てテキトー、資料なしです。その後、SくんだけをTという店に送り出して帰宅。
 12月9日、ポレポレ東中野で『狂熱のふたり』観る。橋本治さんと岡田嘉夫さんのドキュメンタリー。『マルメロ草紙』の豪華本ほしすぎる。150部限定で定価35000円だと今いくらなんだ。10万くらいなら出すかもしれない。上映後、橋本治さんの妹さん二人と監督によるお話。素晴らしかった。僕はこれ以上無理ってくらい橋本さんという人が好きなのだが、まだまだいくらでも好きになれる。
 珈琲館、COCOSとハシゴして、かつて4年住んだ中野区中央周辺をぐるっと散歩し、「雪だるま」で夕食。マスターお変わりないが、「前は4時までだったけど、最近は2時まで。もう無理だね」とか言ってて、僕がよく言ってる「縮小」のターンに入ったことがわかる。老人の店は少しずつ縮小していくものなのだ。時間やメニューやサービスが。時には座席が。その過程をともに過ごすことは、ほぼ「看取る」ということに近い。通える限り通い詰めようと思う。
 その後は夜学バーにお客さんと集合し、新橋某所へ。この件については記事を改めてちゃんと書く。戻ってきて彼の友達のバーで2〜3杯ほど。せいぜい20分か30分しかいないのだが会計は5桁で、大人の世界ってのはこういうふうに回ってるんだよな〜としみじみ(してる場合じゃないのかもしれない、僕も大人になったっていいんだから)。
 その後また別のお店に行って、朝方まで付き合わせてしまった。申し訳なかったです。でも楽しかった。忘年会らしい忘年会はもうこれでいいや。すでに気持ちは新年です。
 また書くつもりだけど、この日は本当にいい区切りになった、というか、これからなるのではないかと思う。ガキは時間かけて遊ぶけど、大人はさくっと遊ぶんだよね。どっちがいいとか向いてるもないけど、肉体は確実に衰えていく。僕の旅も18きっぷから一筆書ききっぷに変わったし、質の転換を少しずつしていこうと思っている。そこには常に時間感覚がつきまとう。

2024.12.15(日) ガンマ-グルタミルトランスペプチダーゼ

 2年ぶりの健康診断の結果が返ってきた。生まれて初めてγ-GTPを意識した。これは「肝臓の機能を評価する検査項目」平たく言えばこの数値に異常が見られれば肝臓がヤバいよってこと。主としてアルコールや薬剤の摂取によって上昇する。
 僕のかかった区の検診の基準だと男性50、女性30を超えると注意が必要で、200を超えると「要医療」となる。亡くなったトルコロックさんという友人は10000くらいあったと聞いた覚えがある。まさに桁が違うというやつだ。
 ちょうど健康診断を受けていなかったこの2年、明らかに飲酒量と頻度が増えている。間違いなく人生で最も酒を飲んでいる時期で、週に1日も休肝日を設けられないことも多い。さすがに心配だ。しかも検査を受けたのは10月30日で、かの「無限テキーラ2days」の約半月後。さすがに前日は飲まなかったが2日前くらいは飲んだかな。これで何らかの異常が認められたら年貢の納め時、酒量を減らしていかねば。
 という事情ゆえあまりにも結果を見るのが怖くて1ヶ月半近く経ってしまっていた。ようやく病院に受け取りに行った。先生が対面で所感を述べてくださる。「何も問題のない、綺麗な結果です」やった!
 気になるγ-GTPは「17」であった。17て。拍子抜けした。
 ある友人は156だったという。1hyde。僕より10歳若く、酒の強さも頻度や量もたぶん大きくは変わらぬ。それでここまで違うというのは、体質とかそういう話なんだろう。
 ただあまり気を抜くわけにもいかない。数年前まで僕は今ほど酒を飲んでいなかったのだ。この飲み方をあと5年、10年続けていたらいつの間にか50を超え100を超え、やがて200オーバーの要医療領域に突入するかもわからない。1hydeの彼はたぶん10年くらいまあまあ(おそらく僕よりは多く)酒を飲んで生きてきたのだと思うので、その蓄積も考えられる。飲酒歴自体は僕のほうが長いとはいえ、少なくともおざ研時代まで(~2015年)は木曜+αくらいしか酒を飲んでいなかったし、夜学を開いてから(2017年~)も飲まない日のほうが多かったはずだ。旅行とか行ったらここぞと膨大に飲んでたけど。
 それが明らかに2年前くらいから増えている。その頃僕は「お酒(酒場)に関してはケチらないようにしよう」と決めたのである。ケチり続けてきたから僕はここまで生き延びられたのではあるが、そろそろそれなりにお金を使っていかないとわからない領域が増えてきた。お金を使う人の世界が見てみたくなったということでもある。また、多くの人が当たり前にしていることに対する憧れもある。
 とっちらかったがともあれ17という数値は頼もしい。この飲み方を上限として少しずつ節酒していくとしようかね。今でも家で一人で飲むということはないし、食事とか睡眠とかには人一倍気を遣っていると思う。実家末期や一人暮らし初期はかなり不摂生で、明確な影響が身体に出てものすごく反省したのだ。心の病院にも行ったことないしあらゆる服薬もできるだけ控えている。あと上等な酒を選んで飲むとか。そういう小さな積み重ねが大事なんだろう。豊かにやってって来年も良き数値が出ますように。またご報告します。

2024.12.16(月) 50万HIT達成日

 本日2024年12月16日10時07分頃、本ホームページに500000人目のお客サマがご来ホームページくださったようです。掲示板ならびにTxitterDMでのご報告まことにありがとうございました。本当に心から嬉しく思っています。ラブ。
 Entertainment Zoneという恥ずかしめな題を冠したこのホームページは2000年7月11日に開設されました。初日含んで8925日かけてようやく50万HIT。わり算すると1日に平均して56名の来訪者を得てきたようです。細く長くよく続いてきたものだと我ながら感心いたします。みなさまはもっと感心してください。これは偉業なのですから。こんなに「売れないのに続いている」ホームページはなかなかないですよ。もっと褒めたほうがいいと思います。褒められないと終わるので。そういうことをなかなかみなさんわかってくださらない。僕は口を酸っぱくしていつまでも言い続けます。いつも思いっきり伝えてなくちゃ!って。まったくもう。僕は好きで続けてるわけじゃないんですからね。毎日絶望や吐き気と戦いながら、使命感でやっているのですよ。誰に対しての使命感かって、ひょっとしたら顔も知れぬ、もしかしたら数年に一度でも見に来てくれているかもしれない未知なる誰かのためにやっているのです。恐ろしいことですよね。頭が悪いのかもしれない。そこをこそ褒めていただいたい。全然掲示板もメールフォームも動いてないですけれども。言えば言うほど誰も動かないみたいなことは承知の上で、それでも言わないと何も起こらないから言います。何かを言ってください。いつでもいいので。いつでもいいってことは、今すぐが最適ってことです。はよ!

 印象としては、みんな通り過ぎていく。一時は熱心に読みに来てくれた人でも「最近読んでない」みたいなことにだいたいなる。僕は淡々と書き続けているのだが、淡々と読み続けてくれている人は少ない。もちろん10年、20年と読んでくれている人はいると思う。でもそういう人ほど静かだし、「今年は1回しかアクセスしてない」みたいなこともザラにある。わかりますか? そのことに対する、絶妙な感謝と悲しみが。だからこそ洞穴の隠者キャバクラになれるんだけどね。ってことも含めて。
 いいねもなければWeb拍手もない、掲示板もメールフォームもろくに動かない、そんな状況にあってもたまに褒めてくれる人がいるから、唇を噛みしめながら一所懸命、淡々と更新し続ける。それを24年と5ヶ月やって、50万HITという多いのか少ないのかよくわからない数値を、一度もバズったことのない身分で達成した。片手間にやってたんでもない、ここがホームだ、僕の本質だと思って熱を注いで、それ。このことをみなさまはどう思いますか? かっこいいよね。そりゃそうだ。これからもっと、僕が報われるように全力でお願いしますね。こちらも引きつづきがんばりますから。お返事は要りません。これまで通り黙って、ただ淡々と「好き」って思い続けていてください。ときおり利益や悦びを僕にください。よろしくお願い申し上げます。

 ともかく僕はずっとここで待ってますから。その証明はさすがに十分したと思う。僕はもっと喜びたいのだ。そのために生きているのだから。

2024.12.19(木) 犬は吠えるがキャバクラは進む

 昔から「女を金で買う」ということに強い忌避感と軽蔑心を持ってきました。売春やいわゆる風俗、ライトそうなものなら「アイドル」も「メイド」「コンカフェ」「ガルバ」等も人身売買に分類しております。ただし「あるべきではない」「売ってはいけない」「買ってはいけない」とは思わないし、「自分は買わない」とさえ思っていない。ここがなかなか意識してもらいにくいと思うので最初に書いておきます。忌避も軽蔑もしてるけど、あることだし、あらざるを得ないし、僕も多かれ少なかれしている。

「女を金で買う」と一口で言ってもいろいろな種類や質がある。そのすべてを否定するのは難しいしする気もない。ただ「これって人身売買……だよな?」という問いかけをいつも向けている、他人にも自分にも。
 人身売買を否定はしない。自分が商品になってそれが売れるなら嬉しいことだ。僕だって自分を売ることやぶさかではない。そうでなければ夜学バーの「受注」サービスのようなことは考えないし、「かわいいぼく」「頂きぼく」といった用語もつくらない。
 ではなぜ「女を金で買う」ことに強い忌避感と軽蔑心を持ってきたのかといえば、目立つケースが「ビジネス」でしかないからだろう。女をモノとして扱い、女も自分をモノとして扱うようなあり方を僕は不健全だと感じている。どのみち人は多かれ少なかれ自分を売って生きていくようなものなんだから、そのあり方はできるだけ健全であるほうがいい。

 夜学の近所に気絶というメイドバーがあって、誤解を恐れずに言えばそこはもちろん女を売っているわけなんだけど、可能な限り健全な売り方をしようと心がけているし、お客も「自分は健全な買い方をしている」と思いやすいような作りにたぶんなっている。
 メイドたちは自分らしく生き生きと働き、「女を売っている」とはあまり思っていなさそうに見える。お客もおそらく「女を買っている」という罪悪感(!)をあんまり持たずに済んでいるだろう。たとえばこのお店には「シャンパンをおろす」というシステムがない。店主はチェキも嫌いらしい。また「メイド単推し」ではなく「気絶箱推し」になるようさまざまな工夫が凝らされている、と思う。
 本当は自分の性を売り物になんかしたくない、本当は他人の性を金出して買いたくなんかない、そのように思っている人たちはものすごく多い。しかしかわいい格好をしてかわいく接客してお給料までもらえるのはものすごく得である。お客からしても、すべての行程を飛ばしていきなりかわいい女の子と仲良くすることができたらものすごく嬉しい。この対極的な気持ちのバランスをとった地点に、かの気絶というお店はあって、そのためすごく売れているのだと僕は認識している。性(ないし人格)の売買を最小限にする代わりに、人間対人間というコミュニケーションの率をギリギリまで上げる。
 さきほどメイドバーと書いたが、気絶はたぶんメイドバーとは名乗っていない。ホームページを見ると「本とメイドの店」「メイドのいるブックバー」等と言っている。ここにも巧妙な(褒めてます)バランス取りが見受けられる。商材は本とメイド(という文化なり概念)であって、酒と女ではない。ここのキャストは女を売っているわけではないし、客は女を買いにくるわけではない。店側は「本とメイド」を基調に心地よい空間を作り、客はそれを味わいに来ているのだ。僕の言葉でいえば、本当は不健全でしかないはずの人身売買を、できる限り健全に行おうという双方の努力の結晶なわけだ。
 悪口と受け取られたら僕が損をするだけなのでもうちょっと長く書こう。メイドが好きなだけなのに人身売買と思われてしまったらイヤなので編み出された工夫が気絶というお店なのだとも言える。あるいは、メイドというのは必ずしも人身売買のための文化概念ではないはずなのに世のメイドカフェ、メイドバー等がことごとく人身売買的になっている現状へのアンチとして現れた正義のメイド空間が気絶なのだ、とも言える。いずれにしても「メイドってかわいいんだから愛でたいじゃん!」っていう正直な気持ちをキャストも客もみんなで認め合い分かち合うためには絶対に人身売買になってはいけない。その健全さ(そう思えるための仕組み)こそが最大の売りなのである。
 気絶というお店に行って席に座るとマンツーマンでメイドが向かいに座っておしゃべりをリードしてくれる(※忙しくない時にソファ席に一人で座った場合)。気絶というお店において「商品(サービス)」のメインはこれであり、「女を売っているわけではない」とはかなり言いにくい。お客は実際女を買いに来ているし、メイドたちは客観的に見れば女を売っていることになる。
 キャストには男性メイドもいるのだが、それも「巧妙な(褒めてます)」というやつだ。男女差別の撤廃であり「性を売る」という雰囲気を和らげる効果もある。お店のアクセントとなり彩りは豊かに、多様性感も増す。ともすれば人身売買的になりかねない「メイドの店」というものをいかにして健全そうに運営するか、そのためには「若い女」という限定は絶対に外さなければならない。ゆえに年齢制限も(たぶん)ない。
 現実としてはメイドのほとんどが「若い女」であり、お客は男性が多い(はず)。どうしてもそうなってしまう。だからこそ「健全さへ向かう不断の努力」は絶対に必要で、そこに手を抜かないこのお店の姿勢には常々感服している。皮肉ではない。まじで偉い。そのくらいのことさえしない、思いもしないようなお店がほとんどすべてなのだから。
 どうしたって、女を買う男にお金を出させなければ成立しないのだ。その前提を踏まえたうえで、ギリギリのラインをうまく創り上げている。みんなにとって利益のある形で。

 女性が経営する小さなスナックがあったとする。お客は多かれ少なかれ「女を買いに」やってくる。その女性が若くても老人でも、美人でもそれなりでも同じである。喫茶店であろうが食堂であろうがそうは変わらない。「女」というのはそのくらい絶大な人気商品なのである。それを「悪い」と言うつもりは僕にはない。当たり前のことだ。男も女も、うっすらと女のことが好きなのだ。これは仕方のないことだ。
 そのスナックなり喫茶店なり食堂なりに男たちがわらわら通ってきたとして、それは当たり前のことなのである。男はそのようにして女を買い支える(養う)のだと身も蓋もない言い方だってできる。それが健全か不健全かはどこで分けられるのか?
「店と客」というビジネスだけの関係であるか、否かという話だと僕は思う。えっ、そしたら何がそれを分けるの? まあ色々かねえ。
 具体的には?

 結局それは「みんなごと」という僕の最近の術語に関わってくる。
 僕が「金で女を買う」ことを嫌がってきた(今でも当然イヤである)のは、目立つ多くのケースにおいて「自分事」と「他人事」の対立でしかなくて、「みんなごと」が存在していないように見受けられてきたからであろう。すなわち、買うほうと売るほうに断絶があるから。そこに「仲良しの発想」がないから、ですな。
 逆に言うと、そうでないやり方で人身売買様の商売を成立させている人に対しては敬服の念を抱かざるを得ない。そういうものを応援したいと僕は思うのだが、そういう志を持った人ほどなかなか売れないのが実情である。

 という前提をおいたうえで、キャバクラの話をしようと思う。待て次回。

2024.12.20(金) 人間宣言

 昨日の記事には早くも二人の知己より直接感想を賜った。嬉しい。そういうことの積み重ねでしか生きていけない。続きはさらに次回に回します。

《残念ながら私は、蹴られれば「痛い」と思うし、人にツバを吐きかけられれば「悲しい」と思う、普通の人間です。誤解しないでほしい。》
 と橋本治さんはかの『101匹あんちゃん大行進!』最終回に書いております。この文章は本来表に出るべきものではないのだと思うが、橋本さんももう故人だし、早稲田にあったマンガ図書館的なところでヤングサンデーの当連載を全回全ページコピー取ってきた労力に免じて許していただきたい。この世のためになるために使うのだから。
 こんな文章を書く身になってみてください。どれだけ惨めで悲しいことか。「自分は人間なんだ」と主張しなければならない状況って、何よ? 人間だなんて当たり前なのに、「自分は人間扱いされていないなあ」という実感を持たなければならない人間の絶望たるや。むろん橋本さんほどではないにしろ僕にも多少その感じはわかる。
 夏くらいから僕はだいたいヒスっていてだいぶ人間らしい。しかし扱われ方が変わったという実感は特にない。もっとヒスったほうがいいのか。いやヒスっても無意味なのか。たぶん後者だろう。もっと別のやり方がある。
 1月13日(月)に「成人式」をやることに決めた。いわゆる「倍成人式」。僕ももう40なのだ。おお、ようやく実年齢をハッキリと書いたね。もう年貢の納め時なんだ。「わからない」という広がりが魅力を持たせてくれるのはあるが、「わからない」ってことは「自分とは関係がない遠くにあるもの」ということでもあるみたいで、それが淋しくてならない。わかりますかね。
 夜学バーにて、16時くらいから終電まではやっているつもりだからぜひみなさん来てください。50万HITと新年の挨拶も兼ねてね。みなさんってのは、あなたのことなんですよ。飛行機に乗ってでも、新幹線に乗ってでも、多少無理してでも来てくれたら嬉しいですよ。来いってことではないですよ。でも来てくれたら嬉しいんですよ。そういうものなんですよ。
 あなたの年収が500万円だとして僕の年収が150万円だとすると、350万円の差がありますよね。そういうことなんですよ。ってまーた誤解されそうだけど、その差は(その差が生まれている事情は)存外重要なのだ。
 なんてことを書いて、書いて、書いて、書いて、書き続けていて、このまま同じ風にやってたって何も変わりゃしないでしょうから、本当の本当に引き払うことを考えなくてはならない。今日なんか本当に「もうお店なんかやめたい」と本気で思っておりました。疲れてしまった。思ったより報われないなと思って。で、手を抜けば抜くほどさらに報われなくなる。必死でやってようやく少しだけ報われる。そしてさらに時折、奇蹟のような悦びがあって「歩ける。行こう」となる。そのくり返しにさすがにくたびれた。もう更年期障害であり、ミッドライフクライシスであり、意欲の減退である。
 そんなときに菊池風磨くんの声で(あるいは雅-miyavi-の声で)「なんて寂しいこと言うなよ」と聞こえる。そういう美しい記憶が僕を踏みとどまらせる。僕がしゃんとしないでどこに希望があるのか。そう思ってくれる人がたくさんいることを思い出す。嬉しいながらも、だったらもっとちゃんと伝えてよ!ってまたヒスる。ヒスれば花。いやホントに。ヒスれるだけマシだよな。
 もうちょっと具体的なことはまたそのうちに書くと思うが、ストレスが半端ない。そしてそのことは「みんな」に関係があるというか、「みんな」がどうにかできることなんだから、みんな(僕含む)で協力してどうにかしていかないか? だってみんな(僕とあなたを含む)の問題を僕は、必死に考えて行動しているつもりなんだから。頼むよって。そんだけの話。
 すごく大事なこと。僕はもう今日なんかたぶんストレス由来でまぶたがずっとピクピクってしてて、どうしたらいいんだろうって僕にはどうしようもないっていうふうにしか思えなくて、だったらもう命乞いしかないんだよな。お願いします。助けてください。って。
 というのをこの期に及んで「無関係」と思ってはいけないのではないでしょうか、ということを僕はたぶんずっと訴え続けている。僕のことを好きであるのならば、僕の苦しみはその人にものすごく深く関係があるはずなのだ。それが友達ってことでしかありえない。そして友達は友達に何ができるか?というと、「ただそばにいる」以外には何もないでしょう。(これは水谷修こと夜回り先生が言っていたようなことです。)
 むろんこれは僕を例に取った「全体」の話。みんなの話。みんなってのは、本当にたくさんのみんなってこと。これを読んでくれている人たちに限らず、本当のみんなについて言っている。

 物理的にそばにいられない場合はもちろんなんだってやることはある。究極の関係は「想う」だけによって成立するんだけど、それは「想う」側が想うことによって救われるのであって、想うことによって他人を救うことは絶対にできない。いま彼が僕のことを一切考えていなくたって、僕は彼のことを想えばそれだけで救われるし、彼が時折僕のことを考えているだろうことは確信できる。実際にどうかは検証できないが、どうでもいい。関係ない。そういう話。

2024.12.22(日) 犬キャバ(2) 瞳にDiamond

 原宿のアンセーニュ・ダングルにいる。三重野瞳さんの30周年イベント「青春のヒト」第一部が17時に終わり、第二部が18時半(開場18時)からなので合間の時間。こういう時に日記書いたり色々している僕は偉いなあ。えらい。
 今回の記事は19日「犬が吠えるがキャバクラは進む」の続編だがこの短い時間では書ききれないだろうから(2)として(3)以降まで続くことを前提としている。

 三重野瞳さんは94年『覇王大系リューナイト』EDテーマ『瞳にDiamond』でデビューしている。16歳だった。僕は小4でこのアニメ見てて覚えて良く歌ってたので一応最古参のはず、なのだが三重野さんは13歳の時(91年)の「『魔神英雄伝ワタル』カラオケ大会」で賞を得ていたそうで、こないだ山猫スズメ先生(拙著『小学校には、バーくらいある』の表紙絵を描いてくれた人で、強火虎ヒミ二次創作者)と話していたら「わたしそのカラオケ大会行ってたよ!」だそうで、うわあ僕より古参ってのがいるんだなあと恐ろしくなった。そして心の旅が友達よりも強い二人にする。なんのこっちゃね。

 まあ30年、三重野さんのことを人間として意識したのは97年の深夜(真矢)ラジオ「DEEPER STREET」と、同年の『超魔神英雄伝ワタル』からなので少なくとも27年、追いかけてきて初めて三重野瞳さんを直接見て聴いた。『瞳にDiamond』も超ワタの『ひとつのハートで』も。感無量というものだ。
 それが一体なんでキャバクラの話題に結びつくのか? 歌手(三重野さんは声優ではない)も多かれ少なかれ「性を含む自分そのもの」を売っていることが多い。純粋に「歌声」だけを売るのなら顔を出す必要すらないのだが、歌というものが肉体(表情なども含む視覚的要素)と切り離せないものだ、と考えるならば「全身」は必要だし、そうするとどうしても「自分を売る」ということになってくる。別に売るってのは悪いニュアンスばかりでもない。なんだって売るからには売れたら嬉しいんだから。
 や、実は要点はそこではない。肝は「30年間好きだった三重野瞳さんの歌を初めて聴けた、会えた、わーい」という部分である。第一部には握手会、第二部にはチェキ会が付随し、なんと僕は三重野瞳サマと「接触」すら果たしてしまい、その証拠まで残るらしいのである。なんということか!
 僕はそのようなことに価値を感じる、ということなのだ。そのようなこととは、「会う」ということだ。肉体をもって肉体に接し、気持ちや言葉を伝えあったりすること。
「好きな芸能人に会いたいとか繋がりたいとは思わない」という人はとても多いが、僕は正反対なのである。会いたいと思う。なぜならば、それこそが「自分はあなたを人間だと思っている」と証明する王道と信じるから。自分が人間であり、その好きな人も人間である以上、多少なりとも仲良くすべきと思うのだ。極端に言えば、そうでなければ好意や愛や感情の無駄遣いではないかとさえ思っている節がある。いろんな考えがあるだろうが、僕は基本的にそのように思う。
 以下のように信じているのだと言ってもいい。どんな人であっても、好きだとか素晴らしいということを正当な仕方で伝えてもらうことはとても嬉しくて、生きる活力となり、それが善きものとして積み重ねられていった先には、世の中に必ずや還元されていくはずだと。
 すなわち、僕が好きな人のことを褒めると、褒められた人はその褒められた内容を繰り返したり増幅させたりする。それをまた僕が享受して「好きだ!」とさらに思う。つまり、まわりまわって自分のためになるわけだ。だから「いつも思いっきり伝えてなくちゃ!」と考える。

 さんざん繰り返しているように、僕はこの日記を中心にいろんなことをやっているが、あまり褒められたりしないなと感じている。僕は褒めることに上記のような意味、価値を感じているので、「もっと褒めたほうが世の中がよくなるはずなのに」と信じ込んでいる。だからこそ、「褒められないってことは、僕は世の中にとって良くないことをやっているのか? みんな僕を褒めるとまわりまわって世の中が悪くなると思っているんんじゃないか? だから褒めようとしないのではないか? 僕はずっと間違ったことをし続けているのか?」という疑念すら湧いてくる。
 そういう僕だから、とにかく褒めに行きたいのだ。「あなたのしてきたことはとても素晴らしい」と伝えたい。だからライブ不精、イベント不精を自認しつつも、たとえば今回の三重野さんのイベントには「行かなければ」と思うのである。お店を他の人にお願いしてまで。これも一種の使命感なのだ。
 なぜ30年もイベントに行かなかったのかって、行きたいと思って行ける条件が揃った頃には三重野瞳さんはもうほとんど人前に出る活動をしていなかったからである。たまにそういうことがあったとしてもファンクラブに入っていたわけでもファンコミュニティに属しているわけでもないから情報が遅く、気づいた時には「えっ、そんなイベントあったの?」と機を逃して来た。本気じゃねーからだよと言われたらそれまでだがミエノミエノミエノミエノと僕がいかにずっと三重野さんを好きでい続けたかというのは知っている人は知っていると思うし自分が一番良く知っているから良い。ともかく今回は二部とも爆速でチケット取った。Txitterの「リスト」にミエノさんのアカウント入れといてよかった。
 麒麟さん(すんたん)やぺ〜こくんとは10代のころからよくカラオケで一緒に三重野の曲を歌いましたよね。ついこないだもね。涙涙。まあそれはさておき。

 繋がるんですよ、キャバクラとか「金で女を買う」という話と。僕にとって「金で女を買う」というのは同時に「褒めに行く」ということでなければならないのだ。そうして初めてそのお金は「世の中を良くする」という機能を果たす。あらゆるお金は世の中を良くするために使われたほうがいいと僕は信じている。
 どんな世の中が「良い」のかというのは当然人それぞれで、だから金の使い方にはその人の価値観が出る。その集積が「世の中」であろう。世の中を自分にとって都合の良いようにすること、それが「世の中をよくする」ということである。どのように金を使うか、ということが非常に重要だ。僕にとっては三重野瞳さんのイベントに行って伝えることが世の中をよくすることなのだ。ミエノさんの歌や活動を良いものだと心から信じているから、それを増幅させたい。小さな革命の心でもある。

2024.12.23(月) 私は人を殺した!

 みなさんは人を殺したことがありますか。僕はあるかもしれません。

 鳥山明先生の『ドラゴンボール』というマンガに「フリーザ」という極悪人が出てきまして、そのフリーザがある老人に会いに行くシーンがあるんですね。その後まもなく老人は亡くなるのですが、主人公たちにはどうしても老人に生きていてもらいたい事情がありました。
 ドラゴンボールという球を七つ集めるとどんな願いでも一つだけ叶えられる。それで死んだ人間を生き返らせまくるのが『ドラゴンボール』という作品の定番なのだが、老衰によって自然死した場合は適用されない。ただし、たとえばある極悪人と出会ったことによって(ビックリして?)寿命が縮まったとしたら、その縮まったぶんの時間だけ生き返らせることは可能!というわけのわからない理屈がいきなり登場します。鳥山明先生の天才というのはこういうところだと僕は思っております。よくそんなこと思いついたなと思うし、思いついても「さすがにそれは」と引っ込めちゃいそうなところを、力業で描いてしまって読者を納得させてしまう。イヤー素晴らしい。
 かくして老人は、フリーザと出会って短くなった時間のぶんだけ生き返ることができて、おかげさまで主人公たちは目的を達することができたというわけ。めでたしめでたし。(かなり簡略化した説明なので詳しくは原作を。)

 この老人(最長老さま)は、フリーザに殺されたわけである。直接的には何もされていないのだが、会ってビックリしたぶんだけ寿命が縮まった、と神さま(地球の神龍〈シェンロン〉)は認定している。そのくらいの殺し方であれば、人はいくらでもしているのではないかと思う。
 僕のまわりには自殺した友達がいくらかいるし、自宅で孤独に病死したらしい人もいる。その人たちの死に自分はけっこう加担しているのかもしれなくて、罪の意識を時おり自覚する。パッと思いつくだけで4人。

 まずよく言及する西原くんで、彼はたぶん自殺ではないのだが、僕が彼と最後まで良い友達でいられたならばあのような死に方はしなかったのではないかとは思う。さすがにここには罪の意識はほとんどないが、後悔はある。別の振る舞いや関わり方はあったはずだ。同い年で、26歳。
 トルコロックさんはたぶんアルコール中毒からくる肝硬変で亡くなった。39歳。ついに僕は彼の年齢を超えてしまった。アルコールを飲んではならない身体でありながら夜学バーによく通ってくれていて、最初に来たときに10~20杯お酒を飲んでいた。それからしばらく来なくなって、久々にやって来たときにはソフトドリンクしか飲まなくなっていた。もしかしたら僕はあの時、知らずに彼に「スリップ」させてしまったのかもしれないし、その後でも彼にスリップ(再飲酒)の機会を与えていた可能性はあると思っている。また僕の乏しい知識と認識において中毒というものはやはり良き人間関係の中でしか宥めていくことのできない病気だと思うので、もっと仲良く、優しく付き合っていけば死なずに済んだ可能性も否定はできない。ただそうしていた場合、夜学バーはちょっと違う感じのお店になっていたと思うけど。彼については僕だけが殺したのではないが、片棒は担いでいたかもしれない。
 20代前半のある若い女の子は、晩年僕のことを好きになってくれて、バレンタインデーには3500-4000円級のチョコレートをくれた。そこへ紙きれに鉛筆で「本命です。」と書いて添えてあった。手作りのでっかいハートのチョコに「義理チョコ」って書いて渡すようなもんですね。その後すぐだった。LINEに反応がないなと思ったら、亡くなっていた。自殺と見られる。
 20代前半のある若い男の子は、彼が10代の時からちょこちょこ付き合いがあって、夜学バーが「従業員募集」みたいな長文を出した時に、「働きたい」と言いに来てくれた。そのこと自体は嬉しかったのだが、その時に僕の知らない、かなり年上の男性を連れてきていたのがまず気になった。それがどういう人で、なぜ連れてきているのかはまったく言わないし、その男性も特に何かを言うわけでもなく、保護者のような顔をして隣に座っていた。その時点で疑問が強かったというか、夜学バーというお店のことを理解してくれているとは思えなかったし、本気さも感じられない。「これまでにもバーなどで働いていたはずだが、いまさらなぜこのお店でなくてはならないのか? ほとんど通って来てくれていないのに」という内容のことを問うたら、凡庸かつ汎用的な答えしか返ってこなかったので、「じゃあむしろほかの店のほうがいいんじゃないか」と断った。しばらくして自殺した。

 亡くなった友達はほかにもたくさんいるが、「殺した」という感覚が割とあるのはこの4人か。ほかに忘れている人がいたらとんでもないことだが、忘れているかもしれない。あるいは無意識に殺していたか。恐ろしいのだが、人は人を、知らないうちに殺していたり、殺したことを忘れることだってあるのだと思う。
 かつて僕のお店で働いてくれていた人で、しばらく連絡をとっていないしネット上でも見ないと思っていたら、他の人から「しばらく前に亡くなりましたよ」と告げられたことがある。その死に自分はまったく関係がないと言い切ることはできない。
 上に挙げた4人にしても、直接の原因、あるいは最大の原因が僕であったというケースは一つももないとはさすがに思う。しかし「まったく関係がない」と言い切ることもできない。中毒や自殺の原因に孤独や不安があったとしたら、友達ないし知人であったという時点で、少しくらいはその絶望に加担しているはずなのだ。
 なんせ、最長老さまはフリーザという極悪人に「会った」というだけで、寿命を縮めてしまっているのだから。僕に『ドラゴンボール』のあのシーンは、ものすごく重たく響く。

 4つ目のケースの話。ある男の子が「働きたい」というのを断って、べつにそれが原因というわけではないだろうが、その後わりとすぐ死んでいる。働かせていたら、親身になって「鍛えて」いたら、生きながらえたのだろうか? わからない。今は「殺した(生きながらえさせられなかった)」という結果だけがある。
 そのような経験がしっかりとあったうえで、僕はけっこう他人に厳しい。そして残酷である。これから書こうとしていることも、人を殺す可能性のあることだし、これまでもこのホームページにはともすれば人を殺しかねないようなことを何度も書いてきたと思う。それは僕の呪われた部分であり、最大の欠陥と言ってもいい。それを面白がっている人もあるだろうが、誰よりも僕が僕のためにそれを書くのだから、本当に心のない愉快犯だなと我ながら思う。
 とここで終わったら「悪いやつが悪い自慢をしている」にとどまるので、ちゃんと釈明もしておきたい。僕は僕なりの価値観のなかで、ここに書くことが世の中に還元されて、それが良い結果をもたらすと信じているのである。内容もそうだし、その姿勢が。長い文章を書くこと自体も。自らの死(希死念慮)と戦い、殺人と戦いながら、どうすればいいのだろうかと考え続けるのが僕でありこのホームページなのだ。何もしなければ誰を殺すこともないのに、人を殺してでも続けようという危険思想の実践である。テロリストなのだ。そのことは本当に申し訳ない。
 ちなみに「私は人を殺した!」というのはジョージ秋山『告白』からの引用です。

2024.12.25(水) 国民の末弟

 自分本位だけど引っ込み思案、かわいくて小憎たらしいだけの国民の末弟です。よろしくお願いします。こうして日記に人を殺すようなことを書くしか能がありません。今日は簡潔に帰ります。
 年末なので総決算を始めたい。とにかく「自分はふつうに人と関われるような人間ではない」という自覚を新たにした一年だった。一人でしたことはわりあい成功し、誰かとしたことはたいてい失敗した。人と関わったり、ましてや人を使ったりすることには諦めの観しかない。それでも最後の悪あがきでお店に人を置いているが、これもまたうまくいかない。ひょっとしたらもう完全に一人でやることにするかもしれない。これは謝罪である。申し訳ない。無理でした。誰かを不快にさせる(殺す)かもしれないんだけど、つらいし、つらいことをここに書くしかできることがない。そうでなければ鬱々として死んでしまう。交通事故に遭ったと思って単純に恨んでほしい。勝手な言い分なのはわかっているが、あれこれ限界なのである。具体的に何が悪いってことではない。疲れ果てている。

 不惑で初老で更年期でミッドライフクライシスなのだ。決算の時だ。もうわがまま言うのはやめますよ。助けてと叫んでもいみないし、狡猾に人心を動かしていくのは向いてない。もっと自然を認めよう。みんなの中にある自然を、自分の中にも認めよう。
 根本的に人は人と関わりたくなんてない。もちろん基本的に人は人を助けたいとは思っているものの、実際助けるのはしんどいから、「助けは必要じゃないだろう」「まだ動くべきじゃないよな」と努めて判断する。それは自然なこと。割り切っていきたい。
 どうしても大変そうな時には誰だって出動するわけなんだけど、その「どうしても」はさじ加減で、「まだ大丈夫だろう」と思っているうちにいつの間にか死んでいたりする。それも自然なことだ。逆らわないようにしたい。大好きな矢田川の流れを思いだそう。僕はずっとそれを眺めていたい。すぐに飽きちゃうけど。だからいつまでもこうなんだ。

2024.12.27(金) 人間としての僕の心の弱さについて

 外がうるさい。こんな環境でやっていかなければならないことが辛い。年の瀬だから仕方ないと思えど、愚かしさというものは年がら年中どんがらがっしゃん。
 幸福と絶望の合間に生きている実感。ゆっくりと神として在りたい。

 いろいろ書きたいことはあるんだけどそれぞれ最低2時間はかかる。首が痛くてそれどころではない。これは放っといても治らない気がしている。

 早く休みたいのう。あと28、29、30と営業したらいったん止める。ここんとこ毎日が吐き気との闘いである。景気悪いことは言いたくない、客が逃げる。逃げないで無言で元気づけに来てくれる人たちに愛を捧げる。何も言わないでくれてありがとうだし、何かを言ってくれてありがとう。僕はいつでも字義通りのことを伝えているつもりだ。裏などない。書かれた通り。国語の先生なんだから。
 お母さんとお兄さんから同時に小包が届いた。私は生かされておりますなあ。

 12月9日に、ある従業員から「体調が良くないので休ませてください、迷惑かけてすみません…」と個チャで来た。営業開始予定の83分前だった。僕は用事があったので代わりを探すべく全体に投げたら「行きます」と即座に言ってくれた人がいてなんとかなった。ものすごく忙しいはずなのに本当に感動した。こういうことが肝心なんだよな。それにしても外がうるさい。こういうことが本当に無理だ。㍉。
 休むという連絡に対する僕の返信に既読はつかなかった。2日後に「12月後半はお店をどうするか」と問いかけたが、これも既読はない。さらに10日後に「できなさそうなら鍵を返せ」という旨を送ったら、これには1時間ほどして返事がきた。
 精神的につらかったようで、それはもう仕方ない。理解もするし共感もするし同情もする。僕だって同じ立場だったらなかなかLINEを開けないだろう。彼は「23日に入りたい」と言ってくれた。嬉しい申し出だが、すでにスケジュール上は「休み」としてある日で、しかも日付が変わってそれは翌日に迫っていた。
 嬉しい申し出だが、「それはさすがに無理だろう」と思った。嬉しい申し出だが、「さすがにそれは無理なんじゃないか?」と思った。
 嬉しい申し出だが、「どう考えてもそれはおかしいのではないか?」と思った。
 嬉しい申し出なのだが、「どうしてそういうことになる?」と思った。
 視野が狭くなっているのではなかろうか。彼は9日に急遽代わってくれた相手へお礼を告げたのだろうか。2週間の無視と音信不通が何行かのLINEと動物のスタンプとで帳消しになるものだろうか。「迷惑かけてすみません」と彼はまた言った。
 僕は果たして迷惑を被ったのだろうか。被ったとしてもほんの僅かである。ピンチヒッターで立ってくれた某氏は多少迷惑を被った可能性もあるが、前向きに考えれば「働く日が増えた」「思わぬ経験値を得た」ということでもあるし、こういう急場には一種ワクワクする楽しみもある。何よりだいぶ株を上げた。負担は大きかっただろうが、むしろ得したという見方さえできよう。店としても9日はちゃんと営業できたわけだし、16日と23日は休みにしたが途中で変更したのではなく最初からそう告知できた。月曜だし、どのみち人件費等を考えたら全体の利益にはあまり響かない。儲けたいなら僕が出勤すればいいだけだ。まあいろいろ考えて休みでいいかなと思った。もちろん彼が「やれます!」と言ってくれるのを期待して空けていたところもある。スケジュールを出す際の負担は多少増え、それゆえ公開がやや遅れたのはあるが、大きな迷惑は被っていない。僕の感覚が特殊なのかもしれないが、「なぜ迷惑をかけたと決めつけてしまうのだろうか」と率直に思った。たしかに負担はあったし、既読もつかないのは悲しかったし寂しかったし心配もした、また絶望もした。そういったネガティブな諸々を「迷惑」という言葉で雑にくくってしまうのは、ろくに物事を考えられていないってことで、まだかなり切迫した精神状態にあるのではという気がした。
 もうちょっと単純に語りますと、僕は「迷惑」を感じていたわけではない。舐めるのも大概にしてほしい。「悲しかったし寂しかったし心配もした、また絶望もした」という、まことに人間らしい心を持ってその2週間を過ごしていたのだ。「迷惑」とだけ言われたら、そこを一切想像してもらえなかったような気分になってしまう。つまり自分は生身の人間ではなく、「バイト先の経営者」という記号に落とされてしまったというふうに感じてしまう。繊細だからね。舐めんなよマジで。
 でもそういうことが想像できないのはたぶん、まだ精神的に切迫しているからだろうと想像できた。それが合ってるかはわからないが、次の一手を考えるために仮定した。それで僕は「23日の17時までに、12月2日までに書くと言っていた文書を仕上げ、始末書を添えて送信してください」と告げた。冷たいよ我ながら。そして「22日は庚申の日だから朝まで営業しています」とも書いた。
 すなわち唯一の「正解」は23日の朝までにお店に現れ、かつ17時までに「文書」と「始末書」とを僕が良いと思う内容で提出できることだったわけだ。それくらいできる状態であることが証明できないと(お店に立つのは)難しいと思って課した。彼はいずれも満たさなかった。元気だったらできるはずのことだし、予定が詰まっているなどしてできないのならそのように伝えることも元気だったらできると思う。でもたぶん元気じゃなかったんじゃないかな。結局17時17分に書きかけの「文書」のみが送られてきて、「始末書」のほうは見たところなかった。始末書ってなんだよって感じだが、始末書の意味をまず調べて、何を求められているのかを考えて、それまでの度重なる遅刻や欠勤等のことも含めて誠意を込めて経緯を記す、ということくらいはできないと、元気がないってことだよなと僕は判断しようと思ったのである。
(元気がないようじゃ無理か。元気はね、ないと。)
 そこに添えられていた言葉は「やっぱり今日は厳しいかもしれません」という言葉で、開店予定時刻の43分前に「厳しい」「かもしれません」という曖昧な言葉を送ってくる時点で、まったくどう考えてもこの人には元気がない。
 僕の彼に対するこのような仕打ち(とあえて書く)は、今この一方的な文章を書いて公開していることも含めて、パワハラでありモラハラであり、ともすれば人を殺しかねないようなことである。僕はどうしてこんなことをしているのでしょうね? 23日の記事に書きましたが、もう少し。
 すごく簡単に言って、僕は間違えているんでしょうね。もっと別の方法だってあるのに、ついそういうことをしてしまう。癖のようなもの。これは「くせ」と読んでも「へき」と読んでも成立する。その源は怒りだし、憤りだし、悲しみだし、寂しさだし、攻撃衝動だし、破壊衝動だし、あらゆる人間らしい心。ブチ切れて叫び散らす代わりに、こういうヒスり方をしてしまうってことだと思う。
 そしてみんなにこういう考え方を知ってほしい。直接言えばいいのに言わないでこんなふうに言いふらすのは、勿体ないと思っているから。だって誰だって何にもならない言葉を何時間もかけて書きたくないよ。いやけっこう、かなり、めちゃくちゃ、人の何十倍も僕はそういう言葉を書くほうなんだけど、「だめだ、伝わらない」と思った瞬間に「もうこれはみんなに読んでもらったほうがいいな」と判断してしまう。そんなことしたら当事者は嫌な気持ちになるに決まっているのに。どうしてもそうしてしまう。そしてそれをそう悪いとも思っていない。
 その源は人間らしい弱い心なのだ。僕は弱いよなあと僕は思う。どうしても「みんな聞いてよ!」って言いたくなっちゃうわけなんだけど、その「みんな」ってのは本当に「みんな」であって、その当事者も含んでいるのだ。ここが僕の価値観の最もズレているところなのかもしれない。

2024.12.28(土) 犬キャバ(3) 実践編

「女を金で買う」ということの問題はつまるところ人身売買すなわち「人をモノとして扱う」という点にあると僕は書いてきた。ここでは便宜的に「女を」としているが男だろうとなんだろうと変わらない。人はモノとして扱われると悲しい。昨日の記事の主眼もそこである。誤解しないでいただきたい。僕はただ「自分を人として扱ってくれないと嫌だ、悲しい」と述べ続けているにすぎない。

 人として扱われたいし人を人として扱いたい僕はこれまで「女を金で買う」ということを避けてきた。風向きが変わったのは今年の1月30日であった。2月13日の記事に詳しい。要約すると「長岡(新潟県)のバーのマスターからおすすめされたキャバクラに一人で行ってみた」ということである。これが僕の正真正銘最初のキャバクラ経験となった、はずなのだが、僕の乏しい知識と経験からするとあれをキャバクラと言うのはちょっと微妙で、たぶん分類としては「キャバレー」であろう。大箱でステージがあって、バカラ台があって、女の子のドリンクやおつまみは無料。僕に最初についた女性(たぶん50歳くらい)はかなり距離をおいて座り、とりたてて話を盛り上げようとか話をしようとか質問しようということもなく、こちらが黙っていればただ黙って座っておられた。やたら酒が進んだ。ともあれ消化不良であった。これは「キャバレー」の実績解除であり、キャバクラとしてはノーカウントでいいだろう。
 それから12月の頭くらいだと思う、友達に友達が働いているイチャキャバに連れて行ってもらった。キャバクラより上(上?)のお店である。時は深夜2時台くらいで、すなわち違法営業。いろいろ勉強になった。そこは本格的に「女を金で買う」場であった。
「女を金で買う」ということをすると、その買った相手からは「女を金で買うような人間」として扱われる。他人をモノ扱いするということは、自分もモノ扱いされて仕方ないということなのである。どれだけ必死で「自分はモノじゃない」とアピールしようとも、人をモノ扱いしに来た人間が何を言うか、お前はモノ、なんならモノ以下だよとしか思われない。そのようなさみしい空間であることよと、改めて実感した。楽しかったです。そのせつはありがとうございました。

 そしていよいよ12月9日(月)なのであるが、これは明確に推し活のようなものであった。えー。とある活動をしていた女の人がいて、かなり有名だったのだが引退し、数年後に名を隠してブログを始めた。僕はその熱心な読者であった。
 その人のことを知ったのはたぶん高校生のときで、今池かどっかだと思う。それからなんとなく心に留めていたのだが、くだんのブログを知った時に「こんな面白い人だったのか」と感激してむさぼり読んだ。
 誰かわかってしまうが元AV女優で、その立場から色々なことを発信していた。ブログは2005年10月から2年半ほど続いたところで更新が極端に少なくなり、2009年7月の記事を最後に完全停止した。あとで聞いたところ「アクセスできなくなったので書くことも消すこともできない」とのこと。今でも全部読める。
 彼女が誰なのかはわかる人にはわかるように書かれていて、目ざとく見つけて読んでいたファンもいたかもしれない。僕はたぶん2007~8年くらいに「このブログ〇〇じゃね?」みたいな書き込みを見かけて知ったので、かなり終盤だったと思う。広く知られれば当然変なのも大量に湧いてきて、終わるのほうは正直かなり嫌な雰囲気があった。「知る人ぞ知る」で続けることができれば良かったのに、と思うが、そうなると僕が知ることもなかったのだろうから複雑である。
 そのブログを僕は過去に2周はすべて読んでいた。知性と誠実さ、そして優しさに惹かれた。文章も上手で、本人も文章とか芸術とかの仕事がしたかったと何度も書いていた。

 そもそも僕はなんでキャバクラの話をしているのか。「行ったことがない」から好奇心で「行ってみたい」とずっと思っていたのだ。連れて行ってくれるような先輩や上司が僕の人生に存在しなかった。「キャバクラに連れて行かれる」というのは行くところに行けば「極めてフツー」の経験であって、それがまったくないというのがずっと寂しかった。人としてどこか不足している気さえしていた。僕は合コンにすら出たことがない。断っているのではなく、誘われなかったのだ。
 それで折りに触れ「誰か連れてってくんねーかなー」とぼやき続けていたら、ついに先日「行きましょうよ」と行ってくれる方が現れた。「実は行きたいお店というか、会いたいキャバ嬢がいて」と話したら、「そこしかないでしょう」ということになり、けっこうお高いお店なのだが甘えることにした。頂きぼく。この御恩はいろいろなことを続けたり発展させ続けたりすることで返し続けます。ようするに、がんばります。
 くだんのブログ主が今年の頭から、都内のとあるお店に出勤しているのである。ブログ終了から15年、「現役引退」からは21年を経た。思えば遠くへ来たもんだ。今回は名を伏せておらず、昔の名前で出ています。それがキャバクラだったので、この1年間は「行きたい! いつか行く! いつ行こう? いつかな~」と思い続けるだけ思い続けて、なかなか重い腰が上がらないでいた。
 ここで22日の「犬キャバ(2)」で三重野瞳さんについて語った話が出てくるのだ。僕は「行きたい」と強く思っていた。なぜか。大好きなAV女優に会いたいから、と言えばまったくその通りだが、「会う」ということを僕がどのように捉えているかというのを(2)で復習していただけると、少しはこの感覚が伝わるのではないだろうか。伝わらないのかな。「あなたは素晴らしい人間だ」と伝えたいし、「そう思っている自分はこのような人間です」ということも示したい。あなたの文章は素晴らしかったし、また読みたいのでどこかで何かを書いたり創作したりしてほしい。これは意外と大きな一票であるはずだ。もしちゃんと伝わって少しでも影響したら、僕にとって計り知れない巨大な利益である。そのような利己的な動機がある。
 できるならばその時に、彼女も人間であり自分も人間であるような状態でありたい。一票にもより重みが出る。あらゆる力を総動員し、わずかな時間で、自分が思っていること、考えてきたことを、相手にわかるように、響くように伝える。そのために彼女のブログ全163記事(いずれもけっこう長い!)を改めて通読した。コメント欄の返信も読めるだけは読んだ。自分はあなたを人間だと思っているので、僕のことを人間だと思ってくれたら嬉しいと、金で買いながらも全力で主張するために。
 また彼女は、インターネット上で一切顔出しをしていないし、過去のように長い文章も書いていない。彼女がいまどのような人間かは、SNSの少ない情報ではほとんどわからないようになっている。それを確かめたかったのもある。僕が好きであった人が、今でも好きな人でいてくれるのか。
 たぶん生まれて始めて「指名」というものをした。思ったよりたっぷりと話す時間があって、だいたい僕が思った通りの素敵な人だった。店での人格で何がわかるんじゃ、というご意見もあるでしょうが、こちとら163記事を最低3周は読んだうえでこの1年のSNSも全記事チェックしとるんじゃ。ある程度のことはわかると思わせていただきたい。
 見た目も本当に変わらない。顔つきがいい。人生に手を抜いてきた形跡がない。ちなみに一番おもしろかった会話は「オザケンに似てるって言われない?」「たまに言われます」「だよねー! 私も言われる!」というものでありました。
 その人が自分に似ているとは言わないけど、似ていないとも言わない。なんか「好き」ってのはどこか自分に似たところがあるから、ってのはけっこうあるよね。
 LINE交換してサザンの話とか何往復かしたけど、こっちからやり取りを止めてしまった。マメな人だから返してくれちゃうんですよね。さすがナンバーワン嬢。相手を人間と思うんだったらだいたいこのへんでやり取りって止まるよねというタイミングで僕はつい黙ってしまった。客であることにあまりにも慣れていない。ただ「客である」ということと「人間である」ということは当たり前に両立すると思っている、というかそういう考え方のお店が夜学バーなんで、半年に一回くらいは指名しに行きたいものだ。みなさまいつでも誘ってください。お金はありません!

2024.12.31(火) 総決算/欠席力

 本日は欠席いたします。夜学バーという自身の経営するお店には行かないことにいたします。蓄積した疲労と、久々に年越しを静かに過ごしたいゆえ。2年参りにはもちろん行く。欠席しない。
「いない」ということが意味を持つような欠席を昔から心がけている。自分がいないほうが面白くなると思えば積極的に行かない。行きたくないのではない。行きたい時こそ行かないという選択が見えなくなりやすいので、「行くべきか?」をよっく考える。もちろんみんなは「来てほしい」と思ってくれるかもしれないが、それでも「行かない」を選ぶということは僕にとって非常に大切だ。なぜなら僕は「来てほしい」と言われればホイホイ行っちゃうような主体性のない人間だからだ。僕はずっと流されて生きている。みんなの期待に合わせて生きている。これは今年ずっと言ってる気がする。自由奔放、傍若無人に見えるような僕だが、実のところ芯はない。僕の持つ自由は、いつでも他人に流されてやるという自由なのだ。末っ子の中の末っ子にはそういうところがある。
 頑固でもなければこだわりが強いわけでもない。神様がいっぱいいるだけなのだ。
 風磨くん。
 風磨くん。
 行かないってどういうことですか。
 行かないってどういうことですか。(Sexy Zone『イノセントデイズ』MVより)
 行かないってのは僕にとって「わがまま」である。自分の好きな他人が期待しているのにそれを跳ね除けるのは悪事だと思っている。自分の好きな他人が望むことは可能な限り叶えるのが僕の性質なのだ。その性質が必ずしも良いものではないから、「行かない」という力、欠席力がむしろ能力として強調されるのである。
 令和6年の大晦日だからこそ、欠席力を発揮したい。本当は行きたい。行ってみんなに会いたいしあけましておめでとう、晴れたれば鮮やかれと言い合いたい。だからこそあえて休む。それは自分の希望でもありつつ他人の希望でもあって、すなわち「自分を含んだみんな」の希望だから絶対に叶えたいのだが、そうやって無理して生きてきたゆえに僕はいまめちゃくちゃくたびれているのである。
 僕はどうやら「自分を含んだみんなの気持ち」というのを重視しすぎてきた。そのせいで疎かになって来たのは「自分の気持ち」である。わが処女長編『たたかえっ!憲法9条ちゃん』(2009年)で知恵院左右(本当にいい名前だよな)にそれを言わせたのは僕自身の無意識の心の叫びだったのだ、今思うと。(参考記事:2016年3月15日2019年11月8日
 実際のところ知恵院はあの時点で「自分の気持ち」がどんなものであるかはたぶんよくわかっていない。そこがあの作品の素晴らしいところだ。「自分の気持ち」の内実はわからないけれども、大切にすべきなのは「自分の気持ち」であることだけはわかってきた。終盤の知恵院のカッコ良さは「わからないけれどもわかる範囲でやる」という開き直りにある。すべてがわかるなんて不可能なのを彼女は悟った。
 ま、夜麻みゆき先生の『レヴァリアース』で暴走したシオンにザードが「お前は知るコトを知るために学んでいるのだな」と声をかけたシーンを僕なりに焼き直したんでしょうね。(誰も知らないようなマンガのことを一生言い続けているのはみんなに読んでほしいからです。(参考記事:2014年10月28日、そこから飛べる2013年5月25日
 自分マニアだから過去記事をすぐ貼ります。ぜひ読んでください。この年末年始を利用して。

「自分がいないほうが面白くなると思えば積極的に行かない」と最初に書いた。今日の夜学バーは16歳、19歳、20歳の3人が13時から31時(!)まで営業している。※16歳は22時まで。念のため。
 そりゃ僕がいないほうが「面白い」可能性が高い。僕は熟しすぎたし、怖すぎる。みんなにとっていい経験になるだろうし、いい思い出になるだろうし、お客さんにとっても新鮮でいいんじゃないでしょうか。そのうえで「ジャッキーさんがいたらもっと楽しかったのになあ」と思ってもらえたらそれ以上に幸福なことはない。ミロのヴィーナスの腕のように、ないからこそ想像される無限の可能性、それがなくてはただの「欠席」にしかならない。「力」と言うからには欠席した場がそれによってより輝かなくてはならない。果たしてそうなるか、どうなるか。本記事に「総決算」という言葉を冠した理由はそこにもある。これでみんなにとって楽しい大晦日になれば総決算としてプラスだし、ならなかったら失敗だったのだ。この1年は。

 いま、毎年お願いしている古い古い商店におせちを取りに出て、もうちょっと時間がかかるということだったのでキラキラ橘商店街で買い出しをし、大火事で騒々しい町はずれの喫茶店に入ってこれを書いている。18時半で閉店する。いま17分。
 最後になりましたが、この記事を正月の朝までに読んだ人は、もれなく夜学バーにおいでください。みんなが待っております。行ったことないとか知らない人しかいないだろうとか、そんなことは関係ないのです。僕の欠席したこの大晦日が「みんな」にとって楽しいものにならなければ、僕の1年は失敗だったということになってしまう。何度も言いますがこの「みんな」には僕も、あなたも、含まれているのです。這ってでも夜学バーに行って、どうにか死ぬ気でがんばって「楽しかった」と思って帰ってください。電車も朝まで動いてますよね。7時までに着けばきっと感動してもらえます。よろしくお願いいたします。
 これは「お願い」なのですが、今年は「褒めてほめてキャンペーン」が見事に失敗しました(僕はそう認識しております)ので、どうかお願いです。僕を幸せにしてください。この一票は死ぬほど重いです。掲示板に「お前がそんなに言うから行ってきたよ! 眠い!」とか書くかどうかは、お任せいたします。
 僕はけっこう無理して生きているので、同じように無理している人を見ると「仲間!」って嬉しいんですよ。

 今日はもうちょっと書くかもしれないので、また見にきてね。

2024.12.31(火)-2 大晦日度

「今日度(きょうど)」という概念がかつて夜学バーで生まれた。だいたい日の出とか始発とかくらいまでは明日じゃなくて今日ってことでいいだろう、っていう話。「今年度」が3月までのように、「今日度」はまあ5時くらいまで続くのではないかと。
 いま午前3時50分なのだが、まだ「大晦日度(おおみそかど)」ってことでいいわね。12月31日の日記です。

「初夢は1月1日の夜に見る夢」と知った時、「年が明けてから寝たら1日の朝に見た夢が初夢でいいのではないか?」と疑問を持った。それも「大晦日度」という概念の導入でなんとかなる。初日の出までに寝れば初夢ではない。初日の出のあとに寝たら初夢、ってことに僕はする。今年はどうなるものかな。今年? まだ大晦日度だけど年は明けている。ややこしいな。いいかまあ、これからは「同時」の時代なんだから。大谷翔平が二刀流ってのは本当に象徴的だ。

 紅白見て、そば食べて、神社ふたつ行って、散歩して帰った。甘酒と御神酒飲んだ。年末飲みすぎてもう酒はしばらくいいなーって思ってたけど風情。凍える頬も寒くはない。
 そいで正月の番組表を7日まで全部チェックして予約入れた。テレビっ子なのだ僕は。この正月はとにかく休む、あと掃除する。と思ってたけどテレビですべて終わりそうだ。明石家サンタすらまだ見てない。セットで~。いやそれだけは避けたいからせっせと見るし、つまんないのは飛ばす。見たいのはおおむねネタ番組なので。
 小さいころから漫才とかお笑いの「ネタ」を見るのが好きなんだけども、こんにち実に役立っている。夜学バーっていう僕の30代を焼き尽くしたお店は僕の立つ限り基本的に「面白い」ということを重視していて、それは原則「知的刺激」という形をとるのだが、どこかでだいたい「笑い」を通る、あるいはそこへ収束する。

 ウーマンラッシュアワー村本大輔さんの「独演会」に行ったことがある(なぜか名古屋会場)のだが、彼はどんなシリアスな話題についても必ず「笑い」に落としこむ。毎度おなじみ橋本治さんがかの講演『ぼくたちの近代史』で「笑ったんだから通ったよね」ということを言っていた。村本さんのやり口はそれと同じである。笑ったら共犯になる。彼の言い分は「通った(聴衆がそれを肯定的に認めた)」のだ。また橋本さんはこの講演のなかで「泣くことによって通す」ということもやってのけている。ぜひ聴いてみてね。
 書かないでと言われたのであんまり書かないし、実のところあんまり覚えてもいないので事実を無視して雰囲気だけ書くが、こないだある女の子と話していて、その子がある理屈を通そうとしていた。それに対して「いま僕は混乱しているのだからそれは無効である」と反発した。それで「あなたは本当に頭がいいのですね」と感動してもらえた。
 これだけ書くと意味が分からないだろうが、要するに僕は「ひと筋の理屈」を否定したのだと思う。理屈というものはたくさんの筋が交錯するとても複雑なものだ。いろんな理屈が同時に存在するもので、「ひと筋の理屈」だけで押し切れるほど単純なものではない。しかし相手が混乱している場合は、あっさりとまあ押し切れてしまうものなのだ。カルト宗教の洗脳がまず精神攻撃から始まるのと同じである。
 彼女がどこに感動してくれたのかは定かでないが、僕としてはそのようなことを伝えた……ような気がする。その日は18時から朝の10時までずっと(いろんな人といろんな場で)お酒を飲んでいたので何一つ定かではない。
 理屈は無数に同時に存在し、それらのバランスをどう取るかが問題となる。いかにたくさんの理屈が見えているか。その理屈のなかで自分は何を重視し、何を軽視するか。また成功と失敗は同時にありうる。どこに成功し、どこに失敗するか。
「あなたはこういう面で失敗している」と指摘された場合、「そうだよ知ってるよ、だけど別のこういう部分で成功しようとしているんだよ」と返すことができる。「自分はそういう失敗をしていてとても傷ついているけれども、失敗したらダメだってことでもなくて、別のところで成功する可能性があるから今のところはそれに賭けてがんばっているんだよ」と言うこともできる。
 そう思えることは長所だが欠陥でもある。「失敗」をいくらでも背負ってしまうからである。失敗しているとわかっていることでも続けてしまうからである。それでずっと傷つき続けてしまうからである。それをこそきっちり自覚し、今年は……明日度以降はもうちょっと「自分を大切にする」ってことを心がけようと思う。まずは休むことだ。

 僕は大きな失敗をたくさん抱えている。それでストレスや疲労が絶えない。しかしその先を見てしまうのが僕の癖なのだ。「絶望の望を信じる」ってやつだ。みんな頼むぜ。
 この記事は12月31日の「-2」としたが、無印(-1)とだいたい同じ内容になった。そういうことばかり考えているってことだな。なぐさめてしまわずに。
 言い忘れたことを記しておこう。漫才を見ることが夜学バー空間を成立させる要素の一つになっている。それがなんであろうが構わないが、どんなものでも「役立たせる」という気合いがなければ役立たないし、たくさん役立たせるためにはたくさんの材料を蓄えておかなければならない。暇なんてないのだ。僕はずいぶん怠けがちな人間だと自分では思っているが、たぶん基準がけっこう高い。当たり前に努力していて、それを努力だとは思っていない。その積み重ねが能力になっている。「手を抜け、気を抜くな。」若人への訓示じゃ。

 4時半になった。そろそろ大晦日度も終わる。新年の挨拶は「晴れたれば、鮮やかれ。」です。よろしう。

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