ひごろのおこない/Entertainment Zone
⇒この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などとは、いっさい無関係です。
過去ログ
2025年7月
2025年8月
2025年9月
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2025.8.1(金) 侍魂、ちゆ12歳、荒木浩
2025.8.2(土) 練馬の貧乏
2025.8.3(日) 工夫と根性、信仰と金
2025.8.4(月) ウチは2ちゃんねるではない
2025.8.5(火) オウム再稼働
2025.8.6(水) 「シャバい」について
2025.8.7(木) 誕生日週間
2025.8.8(金) 商品が主役の飲食店
2025.8.9(土) 金が主役の飲食店
2025.8.10(日) 年上の男と年下の女
2025.8.11(月) 愛情と所有、独占欲
2025.8.12(火) 商品と金が主役の飲食店
2025.8.13(水) デュオリンゴと生活
2025.8.14(木) 明日から合宿
2025.8.15(金)〜18(月) やがっしゅく総評(速報)
2025.8.19(水) やがっしゅく総評
2025.8.20(水) やがっしゅく総評2
2025.8.21(木) やがっしゅく総評3
2025.8.22(金) やがっしゅく総評4
2025.8.23(土) 全国夜学バー総合文化祭2025ちの大会
2025.8.24(日) ひとり芝居『さるかに合戦』
2025.8.25(月) 旅記 佐久平~小諸~横川
2025.8.1(金) 侍魂、ちゆ12歳、荒木浩
「侍魂」というホームページが約20年ぶりに更新された。21世紀初頭に開設され、あっという間に1億ヒットを達成したお化けテキストサイトである。Wikipediaによれば2001年1月18日開設という。同じく21世紀初頭のインターネットを牽引したサイト「バーチャルネットアイドル ちゆ12歳」は2001年2月14日らしい。たびたび更新はされているが今はnoteやTxitterがメインとなっている。
このホームページは2000年7月11日ですので、これら両雄の半年以上前にもう存在している。20世紀である。「ろじっくぱらだいす」は1999年1月20日だそうで、しかも間断なく更新されており、こちらにはさすがにかなわない。長生きするしかない。
1994年に京大の院をやめてオウムに出家した、現アレフ広報部長の
荒木浩さんのホームページは2001年10月1日開設と思われる(「はじめに」の日付より)。2003年2月1日付けで「おやすみ」の宣言をし、おそらくそれから更新されず今は消えている。(リンクはウェブアーカイブ)
16ヶ月という短い期間ではあるが、荒木さんが僕と同じ時期にホームページで毎日(抜けはあるかもしれないが)日記を更新していたらしいことに異様な親近感を覚える。森達也監督の『A』および『A2』というオウム(アレフ)ドキュメンタリー映画は「オウム信者たちが異常者ではなく普通の人間である」ということを映したとされる。一作目『A』の主たる被写体は荒木さんであった。ホームページの中の荒木さんもまさに「荒木さん」という人間で、最後の記事に引用されているのは少年期に観た映画『 銀河鉄道999』の主題歌(ゴダイゴのやつ)だった。
荒木さんは荒木さんという普通の人間なのだが、2021年公開の映画『AGANAI』においてはやはり普通とは言い切れない部分を持っているように見えた。しかしそれは「オウム=アレフだから」ということではなく、大半はもともとそういう個性であるように僕には思えた。むしろ「だからオウム=アレフにい続けるのではないか」とさえ感じられた。
そのへんのことをまたあとで書くと思います。
2025.8.2(土) 練馬の貧乏
7/31の補足として練馬時代のことを記す。
僕は18歳の春から11年4ヶ月練馬区富士見台に住んでいた。1K (7畳弱+約2.5畳)の角部屋で風呂(バランス釜)トイレ別、庭つき、エアコンなし、45000円+管理費2000円。大学まで10km、職場はたとえば成城学園12km、無銘喫茶10km、上落合の清風荘(あひる社)8km、四谷三丁目(同)12km、神田(あどアシスト)16km、巣鴨(ユリウス)12km。これらすべて雨の日も風の日も雪の積もった日も猛暑でも例外なく自転車で通った。仕事以外でも八王子くらいまでなら自転車で往復した(30km×2)。「好きだから」とかではない。「電車に乗るのが面倒くさい」というネガティブな理由はあったが、無料なら乗っていただろう。貧乏だから根性でカバーしたのである。
練馬でエアコンがなくどうしていたかというと、窓あけて換気扇、扇風機、打ち水などでしのいだ。縁側(?)に茄子の鉢植えを置いてみたりもした。なったものはもちろん食べた。それでも昼間は耐えられない日もある、そんなときは公共の自習室に行って本を読むなどした。無料であった。
近年は当時(2003年~2014年)より暑くなっているそうだから同じ生活ができるとは言わないが、僕に根性と知恵があったことは疑いない。あと、練馬区はデータ上都内のほかの場所に比べると以前から相対的にめちゃくちゃ暑い。それだけは言っておきたい。「むかしはそんなに暑くなかったでしょ?」ってことは別にない。ちなみにそれ以前、名古屋にいたころも子供部屋にエアコンなどなかった。居間にはあったが年に数回使われるかどうかだった。
冬は主としてコタツ。文章を打っていると手がかじかむので定期的にコタツの中に突っ込んだ。途中から灯油ストーブを導入して少し緩和した。灯油を買いに行くのは面倒だったが電気やガスに比べるととにかく安いのでそれも根性でカバーなのだ。
髪の毛はいまだにセルフカットである。最初のころはめちゃくちゃ下手なので生徒に引かれることもあった。必死に最低限の技術をつけた。これも根性と言っていい。
もちろん食事は自炊が中心で、たまに外食する時は極めて安くて栄養があり量も多いところに行く。自然と「家賃や人件費のない個人店」から探すことになり、いつの間にかそれが趣味にもなってしまった。
貧乏を豊かに生き抜くにはこういった我慢や手間を引き受けねばならない。ヒマでなければ難しい、とは半分思うが半分は思わない。状況次第だし工夫次第だろう。またそのうちにさまざまな技術が向上し知識も蓄えられていく。貧乏とは意外と生産的なのである。
2012年、西新宿に「おざ研(尾崎教育研究所)」を作ったときはDIYと物乞いによってほとんどコストをかけなかった。カウンターとテーブルは僕が設計して友達と3人でつくった。店の雰囲気は間接照明でそれっぽくしたのみだった。独特のアングラな雰囲気があって非常によかった。思えばこの頃もまだ練馬であった。10km自転車で走って来ていた。ゴールデン街よりはちょっとだけ近いので嬉しかった。
なぜ貧乏の話を書いているのかというと、7/31の記事に不足していると思う部分を埋めるためだ。貧乏を生きるには苦労が必要だという具体例と、苦労を全うするには根性が必要だということ。すなわち根性が機能する状態でなければ「貧困」に陥りやすい。またその苦労が根性によってカバーできないレベルのものだと豊かに暮らす難易度は急上昇する。たとえば親の借金を背負って毎月返済がいくらあり、怖いお兄さんが無理やり取り立てに来るだとか。
決して僕は「がんばれよ」と言いたいわけではないのだ。「がんばれる状態にあること」と「がんばった結果人並みの能力が発揮できること」、「人並みの能力が発揮できればなんとかなる環境にあること」そして「少なくともそれなりには人柄がよく他人と友好な関係を築きうること」といった諸点が満たされる場合にのみ、僕が言っているような「貧乏な生き方」は成立するということである。つまり、けっこう難しいのだ。本来はそれらをカバーするパッチのようなものが「金」なのだが、金が中心の社会ではそれが逆転する。「金でどうにかなることは金でどうにかする」という前提のなか、「金でどうにもならないことがある、どうしよう」とか「金がどうにかしたいのにその金がない、困った」ということになるよね、と。その構造の逆転を「やべーな」と思っているのである。常々。
2025.8.3(日) 工夫と根性、信仰と金
むかしの僕はもっと綺麗事を言っていた。「工夫」がすべてだと思っていた。今は違う。「工夫と根性」である。現実にはどうしてもそうなってしまうのだ。
頭がよかったり工夫ができたり能力があったりしても、「根性」と言えるような領域が機能しなければうまくいかない。僕はかなり怠惰な自負があり、それもあって会社員含む正規雇用の道には行けなかった(行くつもりが全くなかったわけではないのだ)。怠けるから貧乏だったわけだが、カバーしてくれたのは「工夫と根性」だった。
人それぞれいろんなバランスの取り方があり、まず貧乏を避けることは大事だと思う。しかし様々な事情で人は貧乏に落ちる。その時にどうやって生きていくかというのが、僕の場合は「工夫と根性」だった。どちらか、あるいはどちらもない場合は、別の何かが必要なのだろう。
かつては自分に根性があるだなんて思ったことはなかった、むしろないほうだと思っていたのだが、いつしか自分ほど根性のあるヤツもいないと思うようになった。そういえば『ど根性ガエル』のアニメ好きだしな……。ちなみにあれの舞台は練馬区。ドラえもんも練馬区。
「根性」みたいな精神論、嫌いな人は嫌いだろう。僕は「黒子のバスケ脅迫事件」の犯人(渡邊博史)が最終意見陳述において語ったことがかなり好きで共感する。日本には「努力教」なる信仰が国教としてはびこっており、努力という発想がない者は埒外に置かれるという。僕も「努力しろ」とか「努力が大事」とか言いたくはない。しかし同時に「根性があると非常に得である」とは思う。それは渡邊氏の意見と矛盾しない。そういう世の中なのだ。
努力と根性の違いはここではどうでもいい。要するにがんばれるかどうかだ。これができないと「金を使う」という単純に収斂していくほかない。それを許すのが現代社会であり、それを面白くないと思うのが僕である。
無理やりこじつけるようだがオウム真理教について(いまさら)調べれば調べるほど、彼らは「工夫と根性」の人たちだったんだなと思う。ただそれがあまりに雑だったのだ。それはたとえば
元R師のブログ「法友(とも)へ」なんかに詳しい。彼らはなんだって自分たちで作ろうとするが、工夫しては失敗し、工夫しては失敗していたようだ。サリンだって失敗した結果予定よりかなり薄まった状態で散布されている。しかしそこまでこぎつけたのはまさに根性であろう。その根性を支えるのは「すべては修行である」という信仰であった。
そのブログの読者が「
オウムは修行者集団であって宗教ではない」と書いていてなるほどと思った。彼らは努力と根性によって解脱するため必死なのである。修行したくて解脱したくて、いつの間にか人を殺した人もいた。それも修行のうち、解脱のためだと思うしかなくて。努力や根性というものにはそういった危険性や甘美さがある。
出家者はもちろん財産を捨てる(教団に渡す)のであるが、これは「金を使うという選択肢をまったく捨てる」ということになる。そうすると残されるのは「努力と根性」とか、「信じる」とかそういったことだけになってくる。それが「グルの言うことに無条件に従う」というところまで行ってしまったのと、教義のなかに「現世のことはどうでもよくて輪廻転生をくり返すなかでいつか解脱できたらいいんだよね」「そのためならLSDや覚醒剤を使っても問題はないよね」「悪行を積ませる前に殺しちゃったほうがいいときもあるよね」みたいなのが含まれちゃっていたのがだいぶ問題であった、のだろうなと浅知恵の段階で今僕は思っている。
財産を捨てて精神論世界(?)のなかでのみ生きていくとそういうバグり方が容易くなってしまう。金というものは意外に客観的物理的な世界とのつながりを担保するようなものでもある。金のやりとりという冷たい取引は否が応でも「物質」というものを考えさせる。
しかし、それを実現させるのはもちろん金だけではない。っていうか、金はそういったものたちを精製して純粋化させた結晶のようなものだ。実際はなんだっていいのだ。それを僕は総合して(なんだったら金を含めて)「人と人とが仲良くすること」とか「関係」という言葉で語っておるわけなのです。
この話は異様に長くなりそうだ。貧乏ということと、物質(人間を含む)ということについて考える際、日本でも最も極まった、そして多くのことがわからないと言われながらもかなりたくさんのことが知られているオウムという存在をヒントにするのは個人的にとても興味深い。まあしばらくそういう話が多くなるかもしれませんがお許しください。僕も考えながら書いているので、だんだんわかりやすくなっていくのだと思います。
2025.8.4(月) ウチは2ちゃんねるではない
なんだか知らんが2日と3日の記事が消えていた。アップロードしそびれたか?と思ったが「読んだけど翌日くらいに消えていた」という証言者がいて謎は深まる。クラウド上にも文章が残っておらずいったん絶望したが自宅のPCの「一時ファイル」から拾えた。死ぬかと思った。
BBSに通常アカウントはなく、名前は自己申告でしかないので 本人という確証のないまま相手を「〇〇さん」と信じ込んで話さねばならない だからこそ、「私は〇〇です」という宣言は重い 名乗ることの重要性が際立つ それをしなくて良い気軽さが2ちゃんねるにはあったが ウチは2ちゃんねるではない
午前4:09 · 2025年7月12日 346 件の表示
こちらは「Ez25周年祝ってよヒス」真っ最中の僕の
ツイート。当日23時の段階でBBSへの書き込みが2件しかなかったので絶望してヒスった。そしてヒスれば花、このあと怒濤の書き込みがあって本当に嬉しかった。
上記引用はヒスの結果ではあれど苦言ではない。分析と批判(≒批評)である。インターネットにおいて名前というものは何であるか。なんであったかという話をしたかった。
西暦2000年、僕がインターネットを好きだった理由の一つが「匿名性」だった。と言っても2ちゃんねるの「名無しさん@お腹いっぱい」的な、完全匿名で同じ名前が無数に並ぶような状態を指すのではない。ジャッキーと言ったら「ジャッキー」という存在がそこに生まれ、以後その名のもとに発言の責を引き受け続けるという仕組みが面白かったし、自由を感じたのだった。
SNSなどのように「アカウント」というものはない。あるのはその都度任意につけられる「ハンドルネーム」のみだった。なりすましは容易、名前欄に「ジャッキー」と書けばいい。それで誰もが僕のフリを演じられる。現在でも我が「Ez Mixed BBS」はこの仕様である。IPすら表示されない。誰か一人が「荒そう」と思えば一瞬で掲示板は乱れる。ブロックなどという機能はない。個人のアクセスを制限するにはかなり高度な技術が必要だし、それも端末やネットワークを変えられたらほぼお手上げである。
2ちゃんねる(型掲示板)は「荒らし」を前提にした世界で、そもそも治安を保とうという姿勢がない。なすがままになればよいという思想だった。巨大になれば棲み分けができ、平和なスレもあれば殺伐としたスレも生まれた。全体のバランスは奇跡的にとれていて、人類は放っといてもせいぜいこの程度にしか堕ちないのだなと思わされた。
しかしここのような個人ホームページの掲示板は実に小さく脆弱で、管理人(僕)は治安を保ちたいと強く願っている。
発言というものは「名のもとに」行われるべきだ。少なくとも僕は、自分の管理するホームページの掲示板はそのようなものであってほしい。ウチは2ちゃんねるではない。ステハン(捨てハンドルネーム)ではなくコテハン(固定ハンドルネーム)で書き込んでもらいたい。それは25年前なら常識であって、いわゆるネチケットとかネットマナーと呼ばれたものであったはずだ。今ネット上はSNSやヤフコメ、レビューサイトのような「言い逃げ」が許される(本当は許されてはいけないと僕は思うが)世界が支配的で、言葉というものはどこまで行っても「個人から個人に伝わる」ものであるということが忘れられている。
掲示板に匿名で書き込む人は、「画面の向こうにジャッキーさんがいる」ということは意識するだろう。しかし「画面の向こうのジャッキーさんが何を見ているか」は意識しない。「画面の向こうにジャッキーさんがいる、恥ずかしいから匿名で書き込もう」とは思うが、「画面の向こうのジャッキーさんは、匿名の書き込みを見て気持ち悪く思ったり不安になったりするかもしれない」とは思ってくれない。
最も大切なこととして、言葉を交わすには「信頼関係」というものがあったほうがよくて、それは通常名前や顔、身分などで担保される。インターネット上ではいずれも明かさないのが昔から普通で、その代わりに「ハンドルネーム」という記号にすべての「信頼スコア」を担わせることになった。ようやく自分でも言いたいことが見えてきたぞ。
僕は結局、ハンドルネームというものが好きなのである。一時的にであれ、その文字列だけがすべての信頼を背負う。なりすましが出てきたら、「これは本物だろうか?」と過去の「信頼スコア」と照らし合わせて考える。あるいは文体や内容から「これはあの人とは違う」と判断することもできるだろう。
信頼というものには「同一性の担保」がどうしても前提となる。言い逃げのような匿名書き込みに信頼は発生しない。どれだけいいことが書いてあっても容易には心に響かないし、もし驚くほど素晴らしい内容であったとしても、なんとなく不安にはなる。「これほど素晴らしいことを書いてくれているのに、なぜハンドルネームを設定していないのか?」と。これは僕が古風なのだろうか。違うはずだ。どう考えたって、完全に匿名では信頼関係が生まれるはずがない。あしながおじさんだって「あしながおじさん」としての同一性があったから成り立つのだ。ただ現金だけが定期的に投げ込まれても素直には喜べない。差出人のない手紙を受け取ったことがありますか? 僕は何度もあります。お店のポストに入れられていたり、自転車に結びつけられていたり。たとえそこに「好きです」と書いてあったとして、生じる気持ちは恐怖と不安である。
そしてワガママな僕はこう思うのですね。「どうして僕と信頼を結ぼうとしてくれないのだろうか?」と。僕はただ祝われたり褒められたいのではない、そういうことを通じて誰かと関係を結びたいのである。その「誰か」が完全匿名であれば関係は発生しない。
「おめでとうと言ってほしい」と言って、匿名の「おめでとう」が100件来たとして、それは非常に嬉しいことなのだが、所詮は「数」でしかない。数がほしいならSNSでいいね稼ぎしていますよ、こんな小さなホームページで掲示板を設置し続けてるってのは、言葉を通じて関係を結びたいからにほかならない。
重ねて言うが、僕は「正体を明かせ」と言っているのではない。「ハンドルネーム」という形で、同一性を持った人格として目の前に現れてほしい、と言っているのだ。そうでなければ関係も信頼も結べない。自分のよく知っている人が、ネット上でだけその身分を隠して接してくれたって別にいい。ただしその際にはなんらかの形で同一性を示してくれなければ、僕はネット上のその人を信頼することができなくて、何を言われてもそんなに嬉しくはなれない。
2025.8.5(火) オウム再稼働
お店で話していて一つアナロジー(類比)が思いついたから記しておく。
原発は、もともと反対派も多かったとはいえ2011年3月以降は「実際に国内で大きな事故をした」ということで、すなわち「前科がある」ということでより忌避されるようになった。
オウム真理教という存在も、もともと怪しんだり疑っている人もいたとはいえ1995年3月以降は「実際に複数の大きな事件を起こした」ということで、すなわち「前科がある」ということで徹底的に忌避されている。
殺人やテロに与した者はおおむね逮捕され、教祖や実行犯は死刑となった。残った信者たちの多くはおそらく「真面目な修行者」であって、ひとまずは殺人やテロに手を染めるようには思えない。ただし麻原の思想を信じていることは確かで、それは「目的(救済)のためには手段を選ばない」ということだったわけだ(と僕は思う)から、何らかのキッカケがあれば再び恐ろしい事件を起こすこともないとは言えない。ゆえに彼らを厳しく監視し、ある程度の活動を制限する(危険物となりうるものを入手させないとか)ことには正当性があろう。
なぜ僕が急にオウムの話をしているのかというと、公安発表や内部告発によれば麻原の次男がいま教団(後継団体アレフ)内で強大な力を持っているらしいからだ。そしてどうやら次男はかなり横暴で無茶苦茶な圧政を行っているとのこと。このあたりについては正しい情報か疑わしいところもあるので続報をワクテカしているのではあるが、もしもその通りだとしたらアレフの「危険度」は高まりそうだ。次男が父の名のもとに「殺せ」と指示したら実行する信者はいるかもしれない。
AIの進展に伴う電力需要をまかなうため原発の活用は避けられない、という考え方がある。確かにそうだろう。しかし原発には「前科」がある。反対の人、慎重な人、「仕方ないけど、ウチの町には作らないでね」という本音を持つ人も多いだろう。
オウムの再稼働(?)についてはどうか。麻原の思想には「前科」がある。しかし信教の自由はあり、信者は差別されるべきではない(人並みの権利が与えられるべき)と僕は思う。「解散しろ」とか「出て行け」と言うのはよくない。なぜ解散すべきなのか、なぜ出ていかなければならないのか、ちゃんと伝えたほうがいい。またそのあと教団や信者たちはどうしたらいいのか、あわせて考えられなければならない。しかしそういう具体的な摺り合わせはおそらくあまり行われず、平行線のまま人々の記憶と感情だけが薄まっていく。
実際、すでに原発は十基以上動いているしアレフも活動を続けている。新規の入信者も少なくないという。なんだかんだ時間は進み、なんとなくどちらも再稼働している。日本だなあ、と思う。
2025.8.6(水) 「シャバい」について
最近世間を騒がせている「シャバい」という言葉。漢字を当てるなら「娑婆い」だろう、娑婆とは「現世(ふつうの世の中)」を指す。「フツーだね(それってダサいね)」という意味になる。
「シャバい」とはどういう意味かをネットで調べると、「弱い」「つまらない」ともある。つまりこの言葉の話者からすると「強い」「面白い」ということが「フツー」なのだ。もともとは1980年代のヤンキー言葉だったらしいことを考えると合点がいく。強いことや面白いこと、カッコいいこと、すなわち「並でない」ことを当たり前とし、そうでない並以下のものを「シャバい」と見下げる。
「でも、それってけっこうシャバいじゃないっすか(ゆえに自分は嫌です)」とか言う人がけっこういる。そこには「フツーじゃ嫌だ」という、アイデンティティや自己実現、承認欲求などに関わる上昇志向が存在するのだろうか。あるいは単に「面白くないのは嫌だ」という快楽追求だろうか。いずれにせよ「並でない」ことが是とされ、それを他人や場面にも適用する。「お前それシャバくね?」「今日なんかシャバいよな?」とか。
他方、「ヤバい」はずばり「並でない」ことをそのまま示す、加点方式の言葉。「シャバい」は減点方式だ。「スゲーじゃん」と「スゴくねーじゃん」との違い。
教育的観点から見ると、前者が「上を伸ばす」または「出る杭を打つ」ために使われうるのに対して、後者は「下を底上げする」ために使える。
「ヤバい」は「お前はヤバい、もっとやれ」とも「お前はヤバい、もっと抑えろ」とも言える。視点は常に「過剰さ」に向けられている。一方「シャバい」は「お前はシャバいのでもっとヤバくなったほうがいい」と常に「不足」を見つめる。
それは「みんなで少しずつ成長してがんばろう」という上昇志向でもあるし、「俺たちが目指すヤバさにみんなで向かっていこうな」という同調圧力でもある。ともあれ「みんな」というものを視界に入れた言葉ではあるだろう。この言葉が定着するか、すぐに消えるか。僕がいつか「「シャバい」について2」を書くのかどうか。考えながら暮らします。
2025.8.7(木) 誕生日週間
8月7日 長兄 野比のび太
8月6日 radiwo(けんじ)
8月5日 麒麟さん(すんたん)
8月4日 ニート2号さん、皿屋敷さん/piyoくん
8月3日
8月2日 ODくん
8月1日 いむチャソ
珍しく機種依存文字(死語)を使ってしまった。この表は(スラッシュで区切ったpiyoくんを除いて)「出会った順」になっている。長兄は生まれたときから、のび太は物心ついたころ、radiwoは高1の夏、麒麟さんは高2の夏、ニートさんと皿屋敷さんはたしか2006~7年ごろ。OD(オーバードーズではない)くんは2017年、いむチャソは別にそんなに仲良くもなっていないのだが一応載せている、2024年末。
と、いうことは、2007年~2017年くらいまでのあいだに、僕はどこかで8月3日生まれの友達に出会っているはずなのだ。心当たりのある方はぜひご一報ください。時期がズレていても構いません。表を埋めたい。
その約10年間は、僕が教員をやっていた通算5年度にまるっとかぶる。教えた生徒は500人以上はいると思うので、その中に8月3日生まれの子がいる可能性は高い。ただしこの表に入れられるくらい仲良しかどうかはわからない。あんまり人の誕生日って聞かないので。
そう思うと、mixiはプロフ見ればだいたい誕生日が表示されているものだった。世界的に見て、どのくらい誕生日って気にするもんなんだろうか。祝う文化はわりと多そうだが、日本の場合は占いに使われるから年がら年中知っておきたいのかもしれない。mixiは国産だから誕生日や血液型がわかりやすく載せられていたのではないか、って話。
2025.8.8(金) 商品が主役の飲食店
僕は公の場での誹謗中傷が嫌いであり、絶対に許してはいけないと思っている。ゆえにこれから僕がすることは絶対に許されないことである。本当は何かを悪くなど言いたくはないし況して同業者に対してなど絶対にすべきでない。絶対に絶対に絶対に。しかし僕の頭から「ゴミ」という言葉がさっきからずっと離れない。ッんだよ……ゴミがッ!!
時は8月15日に順のぼる。さかのぼるの逆はじゅんのぼるでいいのだろうか?「逆のぼる」ならそうだろうが「遡る」だからな。ムズカチィー。
そう、今は8月15日金曜日、長野県茅野市にいる。ベルビアのどっこいしょ広場で書いている。
ゴミをゴミだと断ずるのは容易い。それだけでは本当に誹謗中傷になってしまうので、もうちょっと抽象的で僕らしい仕方で考えてみようと思う。
僕はそもそも、たぶん、「商品が主役の飲食店」というものが好きではない。個人的な嗜好として。根源に「味に無頓着」「ブランドに興味がない」「スタンプラリー的な経験に意味を感じない」といった性向があるからであろう。
それゆえに僕は「商品が主役」と言い得るような飲食店に対してものすごく厳しい。悪いところが目につくようになっている。「季節のフレッシュフルーツカクテル」を誇示する店を警戒するのはその流れ。あれは「商品が主役」の象徴である。
飲食店で、商品以外に主役たりうるものはなんだろうか。店そのもの、空間、場としての機能、店主や従業員、その人柄や技術、客、年輪、食器や調度品、音楽、絵画、ショー、享楽、盛り上がり、まぁ色々思いつく。店というものには主役たりうる存在が無数にあって、しかし必ずしも「これが主役」と言い切れるものではない。それらの奏でるハーモニーが店なのである。
ところが「商品が主役」のお店には、商品のみが主役であるような場合が多い(資料ナシ)。あとの部分はかなり稚拙だったりする。もちろん「商品が主役」であったうえで全体にも素晴らしいバランスを持ったお店もたくさんある。しかし「おいしい」とか「映える」とか「実績解除」みたいな欲望概念で突破しようとする場合もかなり多いのである(当ジャ調べ)。
先ほど立ち寄ったお店はまさにこれで、「商品」とやらには産地やブランド、ストーリーなど含めこだわっているようだが、ただそれだけで満足している。カウンターの中に「人間」が一人立っていて、その人が「商品」を作り、提供する。ただそれだけであった。
そんな飲食店に僕は価値を感じないのである。ええ、もちろんこれは僕の偏見と私怨に基づいておりますよ。でもそういう視点が世の中にあったっていいだろうと思って書いています。
一応譲歩しておくと、そういった「商品」オンリーの店だって「商品」さえちゃんとしていればファンもつくだろうし、その人たちは幸せになるかもしれないので、その点で世の中をよくしているとは言えそうだ。ただし、それは鈍感な人たちを相手にして、その鈍感さを温存する(肯定する)ようなものでしかなく、教育になっていない。僕としてはあまり感心しない。ええそうですよ、僕は僕のことを敏感だと思っていて、敏感なほうがいいと思っています。また世の中のあらゆるところで教育はさりげなくささやかに行われていたほうがいいと思っている。これは信念です。揺るぎない。もちろん、僕も馬鹿ではないので、自分が生きている世界の外側でなら何があったって仕方ないとも考えております。ゆえにこそ「同業者」には厳しくなってしまうというのはあるかもしれませんね、自分の世界にかすってしまうから。でも僕も馬鹿ではないので、これを書いたら(吐き出したら)もう二度とそういうものに憎しみを燃やしたりしないつもりです。ただ僕は馬鹿なのでまた怒ってしまうかもしれないけど。
もう少し詳しく書く。僕は世界がおおむね愚かであるということをよく知っていて、だからこそ「自分が楽しく生きていられる平和な環境」を自ら作ることに命をかけている。お店であったりホームページであったり、プライベートで自分の好きな場所やものを探し続けることだったり、僕の活動や行動のほとんどすべてが「自分にとって生きやすい環境を育てる」ためになされている。件のゴミは、そのためにまったく役に立たない。しかし役に立たせないわけにはいかない(もったいない)から、こうして「何がそんなにゴミであったのか?」を考えているというわけだ。性格悪いよね。
かのゴミは、はっきり言って僕に強い不快感を与える存在であって、「僕の生きる環境」に置いておくわけにはいかない。ゆえに二度と来訪しないだろうが、類するゴミを避けるために分析しておかなければならない。これは戦争なのだ……。世界から自らを守る自衛戦争……。
ゴミの特徴としてまず思い当たったのが「商品が主役であり、脇役は全員ダイコン」という僕の観察。そして主役すら、それほどおいしくも映えもしていない。マァこれは味にも映え文化(?)にも詳しくない人間の感想なので置いておこう。僕が詳しいのは店と、人間である。
「商品が主役」ってことは、客は商品によってのみ利益を受けるということだ。ゆえにホスピタリティというものは存在しない。カウンター内にいる人間の稚拙な気まぐれですべてが動いていく。何も考えていない。商品さえ提供すればあとはどうでもいいからだ。
「お客さんに喜んでいただきたい」とは飲食店をやるものの多くが思い、口にすることだろうが、それが「商品のみによって喜んでいただきたい」となると、商品以外の要素はおざなりになる。よく考えられた店なら「商品を際立たせるために空間や接客を工夫する」ということをするが、何も考えていない店は何もしないで、ただ愚かに商品だけを生産し続ける。
店というものは調和なのだ。置いてある商品と金とをただ交換するための場所ではない。駅の立ち食いそばはどうか? あれも意外と調和してますわよ。たとえばあれは商品だけではなく「機能」も重要な役割を果たしている。そばだけで勝負しているわけではない。
ゴミには機能の一つもない。商品が置いてあっただけだ。そして金を払えと言ってくる。自動販売機のほうがまだ複雑な機能を持つ。
そのゴミの中で僕の身に何が起こったか想像がつくでしょうか? つかないでしょうか。たまにはそんなわけのわからない文章もいいでしょう。とりあえずちょっと落ち着いたのでセラピー終わり。
書いてみてわかったが、僕は「何も考えていなくてまったく世界を教育できていない(J基準)人」というものを目の当たりにするのがつらくて仕方ないんだろうな。こんなゴミが大手を振っているようでは世の中は良くなりませんよ〜的な。そういう人って100%「やなやつ」なのだ。「いいやつ」である時点で教育的だもんね。よし! もうゴミとか言うのはやめるぞ! 飽きた! 久々に悪口を書いて気持ちよかった!(邪悪)
「店においての主役」だとか「店の要素と調和」みたいなことは面白いのでまたそのうち書くと思います。
また「商品が主役」ということは「金が主役」ということにも当然繋がる。次回はその辺りをちょっと考えてみよう。
2025.8.9(土) 金が主役の飲食店
続き。
資本主義的生産様式が支配している諸社会の富は、「商品の巨大な集まり」として現れ、個々の商品はその富の要素形態として現れる。それゆえ、われわれの研究は、商品の分析から始まる。(資本論翻訳委員会 訳)
資本主義的な生産様式が広まった社会の富というものは、「商品のものすごい集積」という形で出てくる。個別の商品は、その要素的な形として出てくるわけだ。だからわれわれの検討も、商品の分析から始めよう。(山形浩生 訳)
だからなんだということはない。ただ思い出しただけである。こんなもんでなんの箔もつかない。カッコいいよね資本論の冒頭、ってことを言いたい。ある時猫先生こと浅羽通明先生がこの部分を暗誦されていて僕も覚えた。また同時期に教わっていたもう一人の恩師林淑美先生は「寝付けない夜は資本論を読むとぐっすり眠れるのよ」とおっしゃっていたが、あれはギャグだったのかいまだによくわからない。ちなみに僕は共産主義者でも共産党支持者でも左翼自認者でもない。俺たちはグレイ。
富とは商品の巨大な集積、と若き頭に刷り込まれた。単純な僕は「富=商品」とくらいに考えている。言い換えれば「金=商品」で、まぁ身も蓋もない。
金なんて商品でしかないのであって、商品なんて金にしか過ぎない。だから僕は昨日の記事で「商品が主役の店」を悪く書いたのである。そんな味気ないことやって楽しいのか?と。
「真心をこめて作りました」というのは僕の感覚では、金=商品の外側にある。店というものを人間が運営する以上、このような「外側」がなくてはならない、というか、その「外側」を豊かにしていくことでしか世の中は素敵になったり楽しくなったりしないはずだと信じるのである。
2025.8.10(日) 年上の男と年下の女
年下の女に狂う男も大概だが、年上の男に狂う女も大概である。僕は「年齢」というものについてかなり革新派であり、何歳と何歳が何をしようが咎める気持ちには全くならないのであるが、表題のような関係にはどうしても興味がわく。組み合わせの妙。
年上の女に狂う男も年下の男に狂う女もフツーにいるし、同い年でも狂ったり狂いあったりすることは自然にある。ただ定番はやはり冒頭に置いた二現象であろう。「狂い」の起こりやすい土壌なのだと思う。「狂う」とは「好き」とか「深い関係にある」といったレベルでなく「生活の危ぶまれる依存」であることを表現している。
愛情は上から下へ注がれる、原則である。年下の女に狂う男はただこれをすれば良い。たやすい。はずなのだが、男の注ぐ愛情が男の望むように受け取られなかった場合、狂うことになる。「おれが上から愛情を注いでいるのに、なぜそれを受け入れてくれないのだ!?」と。ゆえに「知らないこととか始めると超不安な顔するじゃん」(モーニング娘。『ここにいるぜぇっ!』)という話になる。
なんだか当たり前のことしか言っていないようだが「なぜ下であるお前が上である自分の知らない、理解できないことをするのか。お前はおれに100%把握され、従属すべきなのに」という感覚がそのような男にはある。ちなみにこれは若き日のジャッキーさんを例外としない。それに気づいたからできるだけそうならぬよう心がけた結果、今僕は「こう」なっているのだ。良いか悪いかは知りません。
つまりこの種の執着というのはいわゆる所有欲なわけですよね。欲というか、所有という形でしか愛情を持てないと言ったほうがいいか。「所有しているはずなのに思い通りにならない」と不安になるわけです。「年上の」「男」というのは、「年下の」「女」に対してウッカリするとそう思ってしまったりしやすいのである。恐ろしい。
では逆に、年上の男に狂う女というのはどういうものなのか。ここからは実感ではなく想像でしかないので自信はないが、叩き台として提出してみる。
そこには「100%所有してほしい」と願うワガママと「所有しようとしてくる男なんて矮小すぎる」という蔑みが同時にあるのではないか。「どうしてちゃんと所有してくれないの? だって男の人の愛情ってそういうものでしょ? ちゃんと独り占めしようとしてよ、私を逃さないでずっと捕まえていてよ!」という感情と、「私ばっかり見てないでちゃんと自分のしたいことをしなよ、夢を追ったり仕事を頑張ったり、前を向いて上を見て走り続けるあなたが好きだったのに……」という感情とが二律背反して、訳がわからなくなって狂ってしまう女もけっこういるのではなかろうか。資料はありません。すべては想像、いや妄想です。
人間関係における所有という概念のヤバさは「常に100%」ということで、「アナタのことを30%だけ所有っ(はーと)」みたいなことはありえない。株式とかじゃないのだ。「いろんな女があの人の株買ってるみたいだけど筆頭株主はアタシだし過半数占めてるもん♪」という考え方もないではないと思うけど、それを所有と言っていいかは微妙。じっさいに株が売りに出されているわけではなく、例え話に過ぎないので。
所有ということがそういうものである以上、「ゼロかヒャクか」になりやすく、思考がゼロヒャクになるとすなわち人はバグる。狂う。「所有しろ!」と「所有してる場合か!」が融合した結果、「わたしを所有しつつ全部のことをちゃんとやれよ! 男なんだから!」というような感覚にさえ達する。
ある種の男の愛情が「100%把握したい、支配したい」という所有型の愛情である以上、ある種の女にとって愛されるとは所有されることになってしまう。所有されていないと愛されていない気がしてしまう。しかし所有ということが本当はかなりヤバいもので、ダサいことだともわかってしまっていたりすると、「所有しろよ!」と「所有とかシャバすぎだろ!」という二律背反に到達しがち。なんのこっちゃね!と思えど、それを同時にこなせる男がいい男であるというふうに思う人はじっさい多いのではないでしょうか? 所有もしてくれつつ、尊敬できる素敵な男性でも同時にあること。そんな男はじっさい想像できないが、相性によってはそれが成立しているように見えるケースも観測できる気がするため、「いるはずだし、お前にもできるはずだ」と考え、バグが加速してゆく。
なんの話をしているんだろう。自信がないままもうちょっと続く。
2025.8.11(月) 愛情と所有、独占欲
独占欲というものは「独占したい」という欲でもあり「独占してほしい」という欲でもある。たいていはそれらが同時にある。お互いがそのように思っていると共依存になりやすい。独占してほしい人が「独占されているのだろうか」と不安になると、わざと浮気をしたり思わせぶりな態度をとったりする。するともう一方は「こんなに独占しているつもりなのに何が不満なのか、もっとわかりやすく独占を示さねば!」と、殴ったり閉じ込めたりする。所有という概念はかくも恐ろしい。(僕はべつに所有アンチ左翼を自認するものではないが、所有はヤバい。)
そもそも所有というのはモノについてすることであって、人に対してするべきではなかろう。人をモノとして考える、道具として思うときに所有という気持ちが出てくる。さらに独占は「共有」を許さない。いや人間を「共有」したらもっとヤバいか……。
そもそも所有って発想がヤバすぎて、それの起こりやすいのが「年上の男と年下の女」という組み合わせであると。なぜならそこには「強弱」のあるのがふつうだから。この意味だけでいえば「同い年の男女」とか「やや年上の女とやや年下の男」という組み合わせのほうが平板な安定を保ちやすい。「一姫二太郎」という言葉があるのも、古来より常識的に長幼や男女に力の差があった証拠だと思う。
本当は、「所有による悲劇」の起こりやすさが年齢や性別によって変わるべきではない。データがあるわけではなく僕が勝手に言っているだけだが、れいの組み合わせが圧倒的ではないかとにらんでいる。ンマアそうであろうがなかろうが、「所有による悲劇」そのものの避けかたを考えるのがまず健康的であろう。
愛情とは所有しようとする態度などではない。また「上から下へ注ぐもの」でもない。「上から下」という発想がそもそも「力の差」を前提としていて、「所有」を生み出しやすい。では愛情なるものはどのようなものとして捉え、扱えばよいのか?
それに関してはいつもいろいろ書いているので割愛させていただきます。圧縮すると「関係しかない」ということと、「愛とはシーン(場面・局面)である」ということ(わかりにくい)。
「恋愛などない」という主張とも重なるのだが、これは「愛おしく思う気持ち」と矛盾しない。問題はやはり「執着」ということにあるのだろう。「執着ではない愛おしさ」というものが果たして存在するか? 存在するのなら、それはさすがに愛だと思う。愛らしい愛。(もちろん愛ってのは結局執着だよね~という考え方も否定しない。そう見るのならそりゃそうだと思うが、その考え方に益があるとは思わない。。)
2025.8.12(火) 商品と金が主役の飲食店
飲食店において「商品が主役」ということは消費者が求めるのは味覚や視覚の快楽、また実績解除や承認欲求である。かなり即物的な欲望。それを金と引き換えにするのだから、「個人の欲望が主役」ってことになる。
僕の言葉で言うと、そのようなお店は「求心的」になりやすい。「よい商品を提供する」とか「お客を増やす」とか「お金を稼ぐ」とか、ある目的のもとに向かっていこうとする性質を強く持つ。求心とは「中心を求める」という意味である。
逆に「遠心的」な店というのは存在するだろうか? 中心を求めるのではなく、中心から離れていこうとするような。できるだけ遠くへ行こうとするような。「分散的」とか「発散的」という言葉に変えると少しだけ想像がしやすい。僕はけっこうそのような「なにがなんだかわからない」お店が好きである。とっちらかって何がしたいのかよくわからないが、とにかくたくさんの魅力に満ちていて、いろんな方向へエネルギーが放たれているような。
阿佐ヶ谷の名店「メリデ」は、10代の頃からバーテンダーをやっている84歳(たしか)のマスターが営んでいる。僕にとって「私淑する友人」である。むろん腕前は確かで、安い材料でおいしいカクテルをつくる。それだけで十分お店としての魅力は担保されるのだが、このお店はもっと分散している。
たとえば内装。ぱっと見は殺風景だが細かいところに様々な意匠が凝らされていて、それがたびたび変化していたりする。ネタバレになるので言えないが「からくり」もあって、実は17日にやった(なぜか過去形!)ひとり芝居『さるかに合戦』に応用させてもらった。それはまた別の記事に書こう。
マスターは隙を見て手品を見せる。占いもする。女性にはお花や綺麗な石を必ずプレゼントする。とにかく「人を喜ばせること」が好きなのだ。会話や場づくりについても彼なりの理念があって、「バーテンダーってのはねえ、自分を反射してお客同士を会話させる仕事なんですよ」と仰っていたのを忘れない。このようなことをしっかり言語化して実践しているのはほかにほぼ僕くらいなのだ(いや本当に)。僕が胸を張って「私淑する友人」と書けるのはこのような点も踏まえている。
「メリデ」にはたくさんの魅力的な要素があって、それぞれ発散的に伸びていこうとする。決して「求心的」ではないし、「商品が主役」でも絶対にない。ゆえに「お金が主役」にもならない。僕が彼のお店に心地よさを感じるのはここに尽きる。
一方で、まったくまあ色々な店があるものだが、けっこうな割合で「自分の仕事は商品を提供することであってそれ以外ではない」という態度の店に出くわす。「流行を追うだけの売らんかな主義」であろうと、「ひたすらに道を究めようとする職人的態度」であろうと、それが「店」、ことに「飲食店」となると警戒する。
かなりうがった見方だと自分でも思うが、なぜ金を介して、他人を巻き込んで、自分の欲望を満たそうとするのだろうか?とつい考えてしまう。「店」というのは「金を介して他人を巻き込む」ものである。自己実現のために使われるべきではない。もっとも客のほうも欲望を満たすためにそこに来るからWin-Winなわけで何も問題はないのだが、僕の住みたい世界とは縁遠い。
2025.8.13(水) デュオリンゴと生活
恥ずかしながら(?)Duolingoをやっている。言語学習アプリだが最近は音楽、数学、チェスなども学べる。いろんな人に勧められてラテン語はじめ色々やってみたのだが結局は英語に落ち着いた。リスニングやスピーキング領域が少しでも良くなればという動機だった。
Duolingoは思った以上に上手くゲーミフィケーションされていてフツーに毎日続けている。そして僕はゲームに弱い(ハマってしまう)のでフツーに最上位のダイヤモンドリーグ(クイズマジックアカデミーでいうところのドラゴン組)に残り続けトーナメントでは予選→準決勝→決勝と勝ち進んで先日(合宿中だというのに!)しっかり「入賞」を果たした。ギリギリではあったが言語問わずDuolingoをやっているすべての人たちの頂点グループに入ったということである。8月21日現在で連続記録164日、英語レベル126。
ここまでやってようやく「もういいか」となる。それまでは狂ったようにやってしまう。さすがに僕も忙しいのですべてスキマ時間に行うのであるが、この1ヶ月くらいは入浴や移動の時間がほぼDuolingoに占められていた。あとは寝起きとか営業後とかにサクッとやるなど。ゲームにハマっている時だけ時間の使い方が異様に上手い。
ようやく肩の荷が下りて「もうDuolingoやらなくてもいいんだ!」と解放的な気持ちにはなっているがせっかく習慣化したのだからもうちょっと続けようと思う。英語だけだと飽きるので中国語も追加した。あえて英語話者モードで。
中国語レベルはまだ10だがまったく学んだことがない身にはちょうどいい。まったく知らないものを始めるってのは気持ちがいいですね。頭がザクザクします。
ギターや笛(現在はオカリナとケーナ)をたまにものすのもそうだが、六十の手習いっていうかどんどんできることが拙くも増えていくのは嬉しい。なんだって「すごくよくできる」必要はないのである。「なんとなくできる」ことの喜びよ。そういうことを常にやっているとあらゆることに寛容になれる、気がする。「いいんだよ、後はだいたいで。あ、まぁまぁ休んで。」的な。(中村一義『いっせーのせっ!』)
思えば僕には完璧なものってのがない。勉強もそこそこだったし運動も芸術も弱い。文章でさえパッとした成果を得たことがない。それで「バランス」だなんだと言い訳しているようなもんでもある。しかし何も究めたことがないおかげですべてのものを平板に見られている自負はある。何一つ「すごくできた」記憶がないので「できなくて当たり前」という世界に永遠に住んでいられる。だから恥ずかしげもなく下手くそなギターで自作自演できるのだろう。
僕だって昔はもっとゼロヒャク思考で、毎週アニメ録画してても一話取りそこねたらすべてのやる気をなくしてもう録らないってなる。いまだにそういうところがないではないが、だいぶ和らいだ。なんだって完璧ってことはなくグラデーションのどっかにある。だったらどこにあってもそう変わりはなく、あとは「それが役に立つかどうか」でしかない。そしてこの「役に立つ」という範囲をどこまでも果てしなく広げていけば、何をしても、何をしなくてもあんまり関係なくなる。
僕がバズらないのは「すごくできる」部分がなくて、「すごく他人に訴える」ことをしない(できない)からなのだが、それでもなんとなく一連の様々な「仕事」が成立しているのは、「役に立つ」ということを知っているからだろう。「役に立つ」は地に足がついた地道な活動で、派手さがない。毎日のささやかな暮らしの中でコツコツと続けていくことである。「この端材はこっちの部品に使えるな」という工夫や応用を常に実践するのが「役に立つ」の世界。その点で実のところ僕は芸術家ではなく職人かもしれないのだが、職人ならもっと「道を究める」ものだろうから、結局はどっちつかずで「ジャッキーさん」としか言いようのない存在。そこが我ながら唯一無二だと思う。仙人に近い、と言えばカッコいいが、実のところただ「生活」しているだけである。
2025.8.14(木) 明日から合宿
まにあわねーので8/8~13は後回しにします。欠番にはならないといいな。がんばります。いろいろ書きたいことはあるので。
さて15日から18日まで合宿に入ります。「やがっしゅく」というやつですね。詳しくは7月17日の日記を参照のこと。時間ないからリンク張りません。
ところでリンクを「張る」と「貼る」とでは意味が変わってくるような気がしますね。なんとなく。未検証。
思ったより参加人数が多くなりそうで嬉しい。今日になってまた増えた。さてどうなることやら。乞うご期待。
時間あったらちまちま更新します。
2025.8.15(金)〜18(月) やがっしゅく総評(速報)
15日から18日まで長野県茅野市にて「やがっしゅく」と称した合宿大会を行いました。まずデータを記しておきます。
現住所で表記、「首都圏」には東京都も含まれる。
ユニーク参加者数21名、あんぱんさん、りささん、楚そっと店主を入れて24名。
21名のうち首都圏13、県内3、山梨3、愛知1、鹿児島1。
<15金>
15名参加。宿泊者12名。日帰り2名(17時→2054各駅増発・東京、19時ごろ?→深夜車・県内)、近隣宿泊1名(首都圏)。
<16土>
15名参加。宿泊者12名。早朝帰宅1名(山梨)、正午すぎ帰宅1名(山梨)、1644各駅1名(鹿児島)。
<17日>
15名参加。宿泊者6名。日帰り1名(総文祭直太朗→2039あずさ・東京)、総文祭短期滞在2名(チェロ→ビバップ・県内)。午前帰宅2名(東京、神奈川)、夕方のバス1名(東京)、2004あずさ2名(4・6号車、東京)、夜中の各駅1名(山梨)
坐禅会参加者7名。総文祭参加者13名(店主を入れると14名)、うち出演者6名。
<18月>
6名参加(東京3、愛知1、首都圏2)。始発1名。コミケ拍手5名。
日帰りが5名あり、県内3東京2。かなり優秀な(?)結果だと思う。県内の友人がちゃんと来てくれたのも嬉しいし、東京からわざわざ日帰りする猛者がいたのも頼もしい。両名女子。
一応性別(僕判定)も記しておくと、男11女10。総宿泊数では男21女10。日帰りは男1女4。1年め、2年めは女子が多かった印象でじっさい大部屋を女性が使っていたのだが今回は逆。去年現れた謎男性(怖かった)の件も多少は踏まえた。またどうせみんな大部屋(の寝所ではないほうの部屋)に集まるのだから「男子がやってくる」より「女子がやってくる」のほうがいろいろと具合がいいのだ。高1の時の「稲武野外学習」でもそうだったではないか(私事)。
今回は初代呼びかけ人Mの不参加や今年の実質的発起人であるUの学業的事情による泊数減少などにより女性の存在感が例年よりやや薄まった。また僕が中心になっていったことでいわゆる「求心力」が男性に向いていったのかもしれない。最近の僕は妙に男の子にモテますし、何をどうしたってやっぱり男の子なのだ。女の子だけど女っぽくはない(自認)。
ただ、「ノリ」とか「フットワーク」という面では印象としてやはり女の子たちに軍配をあげたい。日帰りというのもそうだし、急遽来たとか、いったんキャンセルしたけどやっぱり来たとか。いろんな予定(誘惑)を振り切って来たとか。明日仕事だけどもう一泊しちゃおうとか。起きた瞬間に起きて坐禅に行くとか。茅野に着いてから総文祭出演を決めた子もいた(男女ユニットで参加)。去年も飛び入り参加は女子だったな。
男子たちはゆっくりと複数泊して休暇を堪能していた印象。
おっといけない電車が出ちゃう。今年も琥珀行ってから隣のキートスに来て書いています。速報はいったん幕引き。
2025.8.19(火) やがっしゅく総評
日記が追いついた(祝!)のでやがっしゅくについてまとめる。
<15金>
前日は深夜1時で店を終え、帰ってから準備していたら5時くらいになって、1時半くらい寝て7時の電車に乗った。車内ではスイマーのアイマスクつけて寝ようと努めたのだが眠れた感覚はない。しかしやらないよりマシである。今回のテーマは「睡眠」だったかもしれない。僕は電車でもなんでも、人がいると寝られないのである。そんなやつが雑な合宿をやるなよ、って感じですよな。
9時51分茅野駅着。いったんベルビア(駅ビル)の中などを散策しつつ、考える。昼食をまともに食べたら夕飯が食べられなくなるので早めに食べたい。改札横の立ち食いそばしか開いていなかったのでそこで食べた。ちゃんとうまいのです。
定店(じょうみせ)である「琥珀」が開いていたのでコーヒーを飲む。8月15日にしっかり営業していて、近所のおじいさんたちも全員(!)来ていた。すばらしい。
お客。つづく。
2025.8.20(水) やがっしゅく総評2
<15金>
つづきである。「琥珀」で眠いなかコーヒーを飲み、17日の演しもの「さるかに合戦」の登場人物と小道具を洗い出す作業をした。どこか店に入ろうかとも思ったが、天気もいいので上川の河原に出て、橋の下の日陰でケーナ、オカリナ、ギター弾き語りの「コソ練」を1時間ほど。こういうちょっとした時間の復習が非常に大事なのである。
それから某店に行ってもうちょっと作業を、と思ったのだが「ウチは喫茶店じゃないので」と断られてしまった。cafeと名乗っているのに「喫茶店じゃない」とはトンチか何かか。仕方ないので大しておいしくもないジュースを飲み、ひたすら店の観察に励む。その成果がちょこちょこ書いてきた「商品が主役の飲食店」」というやつ。閉店間際にもかなり嫌な態度を取られ続け、領収書をもらったらカンマの位置が間違っていた。おい!「¥8,00」ってなんだよ。そういうとこだぞ!
なんて書くと賢明な読者諸氏には「お前が悪いんじゃねーの」「悪い態度取るから悪い態度取られるんだよ」とお思いの方もおられましょうが、そうでもないと思います。彼は世の中に「他者」というものが存在することを知らないのです。領収書の書き方が間違っているのも、その紙切れがどこに行って何に使われるかとか、なんのためにカンマを打つのかといったあらゆる因果について興味がないのです。ただ「そういうものだからやっている」というだけ。「想像」ということをしたことがない。ちなみに彼と会うのは三度目で、来店は二度目。もう一度はイベントでした。目の前の人間が「リピーター」であることすら想像してもらえなかったということ。覚えていないのは仕方ない、ただ「想像」くらいしてもいいのでは。それともまさか、それほどまでに僕のことが「すでに」嫌いだったのだろうか? ンマァ彼は神谷宗幣似のガタイ良き短髪染髪の関西人で僕とは属性として正反対、単純な脳みそで考えるならそういうこともあるのかもしれません。
どんだけ嫌いやねん、という感じだが、僕は繊細なのでただ「大した理由もなく他人から冷たくされた」というだけですごく辛い気持ちになるというだけです。そしてネチネチしているのですぐに文章にしたためます。ベルビア(駅ビル)のどっこいしょ広場で1時間ほどかけて記したのが件の日記でした。
15時半くらいになったので安定の夜学バーフレンドリー山道具カフェ「Eightdoor」にてふたたびコーヒー。ここで「さるかに合戦」の台本を書き始め、小一時間ほどで完成。そこへ山道具を見に麒麟さん来る。キックボード(彼は電動)ツーリングでセブンイレブン行く。彼は煙草を買い、僕は台本を印刷し、小道具「青い柿」として使う駄菓子を購入。17時、初日の会場である居酒屋「BのB」に入る。
店主(あんぱんさん)おらず、いとこの女性とそのお連れが従業員ゼロの空間で飲食していた。なんという自由さ。30分ほどしてあんぱんさん戻ってくるが、19時くらいまで料理が出ない。完全に一人営業で、いつもいらっしゃる彼女はどうしたのかと問うと「別れたよ。もうよりを戻すことはない(大意)」と。これは伏線である。労働力不足のため夜学従業員を中心としてドリンクはすべて自分たちで作った。自由!
翌朝まで、日帰りの方を含め15名の参加者があった。あんぱんさんと件の女性たちを入れれば18名である。終始賑やかで、しかしうるさくもなく、とても楽しかった。
朝7時くらいか、ほかの人が全員寝たので流石に眠ろうとしたのだが興奮しすぎて、あるいは緊張して一睡もできなかった。他人のいる空間ではよう寝ん。ほとんどの人は2階の座敷で寝ていて、女の子が一人(U)一階で寝ていた。僕はその奥のお風呂の前に座布団敷いて横たわり、ひたすらがんばって目を閉じていた。
<16日>
10時くらいにチラホラ起きてくる人がいて、話し声が聞こえてくる。眠れないので全部聞いていた。幸い悪口は言われていなかった(と思う)が、「あれ、ジャッキーさんは?」「あそこ」「ああ、あの死体みたいな(?)足ですか」みたいな会話はなんか覚えている。その後の音楽の話とかもだいたい聞いていた。
12時ちょうどに起き上がり、うどんをいただく。何から何まで本当にありがたい。そう、これは状況として「翌日の昼まで営業している飲食店で宴会していたら、ほとんどの人が寝落ちしてしまった」のである。ぼちぼち出て、みんなで定宿に荷物置きに行く。「尾崎さんっすよねえ、毎年チェックアウトが遅かったり使い方が汚かったりしてキチーんでマジ今回お願いしますね」というちくちく言葉を浴びせられて自殺した。違う、初期の頃は明確なチェックアウト時間は設定されてなかったし、去年はフツーに10時くらいに出たぞな。午前中に琥珀→Kiitosしたはずだもんね。使い方が汚いというのも心外、去年のやがっしゅく記を見ればわかるがものすごくがんばって片付けたのである。そりゃ完璧ではなかっただろうし「自由!」とか言って調子に乗ったのも事実だが、しかし立つ鳥跡を濁さず、来た時よりも美しくは意識したつもりだったんだけどな。ンマ言われちまったもんは仕方ない、誤解だったとしても印象はもう動かせない。謝って今回、いつも以上にがんばって片付けるだけだ。
宿出ていったん解散、麒麟(すん)カーで「縄文の湯」行く。ついでにたぁくんの整体受ける。JSU皆。その後笹原の水聴庵にちょっと挨拶して宿に戻った。
新幹線が佐久平に着く。時は24日の14時すぎ、これから小諸なのである。久々に高地を自転車で駆け巡る。またあとで。
2025.8.21(木) やがっしゅく総評3
小諸にいます。掘り進んで来ました。「掘り進んで来ました」ってのはブエノスアイレスとかじゃないと成立しない言葉なんだけどまぁいいじゃないですか。元ネタはEclectic時の小沢健二さんのWeb日記。
<16日>
24日なのに21日の日付で16日のことを書くのはバグってるけど時間ってのは一個の球って思えば問題ない。
宿に戻り、みんなが連れ立って夕飯を食べに行くが僕は遠慮して買い物に出た。同じく部屋に残った某氏は仕事していた。えらい。彼は前日も茅野に着くなり夕方からコワーキングスペースにこもり、そこが閉まれば会場の2階でしばらくコツコツ仕事していた。えらい。
ロードサイドの無印良品でコーヒー豆を、セリアとデリシアで一人芝居用の小道具を買う。白養生テープ、ロープ、ベランダ用の日除けシェード(たしか160cm×70cmくらい)、紙コップ、栗まんじゅう、柿の種。おにぎりが売り切れており、はちみつも良いのがなかったので当日買うしかない。
宿に戻る。某嬢が合流。ミスドのホームカットをたくさん買ってきてくれていた。ホームカット。僕はホームカットが好きなのだ。嬉しい。ありがたくほおばる。
少しずつ人が戻ってきて、あるいは増えて、宴の様相を呈しつつ、明日の「総文祭」に向けて打ち合わせや練習が進められる。楽しすぎる。
寝不足だから寝ればいいのだが眠れないのでひたすら遊ぶ。0時くらいになって、今日から来た人に「BのB」を体験させたいと思ってひとりふたり連れていく。すでに飲んでいる人もいたし、また増えたりもして結局6〜7人で飲み食いする。昨日「別れた」と言っていた店主の彼女(元カノ)も来ていた。おい! ヨリを戻すのも時間の問題ではなかろうか。
深夜2時半くらい?まで飲んでいたが、明日5時半から徒歩20分の寺で坐禅を組む予定があるので流石に帰る。どうも某きちが「ジャッキーさんはわたしと一緒に坐禅を組みに行くはずなのに飲みに出かけた! どういうことだ!」とご乱心だった(伝聞ママ)らしいので、絶対に行かないわけにはいかない。約束は守られねばならない。
この日は2時間くらい寝られた気がする。
<17日>
5時に起床。坐禅寺に向かう。なんと7名もの大所帯。みんな狂ってる(褒め言葉)。5時半からビデオ見て6時から坐禅、45分+α座る。足が痺れた。でもよかった。もっと慣れたい。半歩くらい歩くやつとか座禅組みながらお経読むやつとかやって、7時20分くらいに終わった。車座になっての自己紹介ターン、面白いと思えば笑えるほど面白かったが、すごく素直に正直に言えばとても嫌だった。ああいうことはやはりないほうがいい。
キックボードでビューンとそのまま河原に行き、橋の下で再び「コソ練」。8時半にベルビアのコンビニが開くので、1時間ほど台本並べて立ち稽古。演出をつける。動きの段取りを考えたり小道具の使い方やセリフの言い方を練ったり、また細かな文言の変更などもここで行なった。覚えるべきセリフも叩き込む。総練習時間1時間弱! 我ながらヨーやるわ。
8時半にコンビニ行ってみるが開いていない。Googleマップでも公式サイトでも8時半とあるのに。さすが田舎、アバウトである。仕方ないのでとりあえず改札横のそば屋に。食べ終わるとコンビニ開いていたので、おにぎりとはちみつを買う。
ちょっと夕飯近くなってきたのでここらで一旦。
2025.8.22(金) やがっしゅく総評4
<17日>
坐禅→コソ練→蕎麦→買い物を経て宿に戻って9時前、10時には会場入りして『さるかに合戦』のリハーサル(イメトレ)を行う。人が増えてきたところでホームカット買ってきてくれた子とやるゆずの『待ちぼうけ』やYMO(夜の学びオーケストラ)の合わせ、笛の練習など。
13時から本番。「全国夜学バー総合文化祭ちの大会」、通称総文祭。これは別立てで書きます。
宿に戻り、シャワーを浴びて着替える。この夜20時台に帰る人が何人かいたので、それまでに楽しもう!とブーストかけて酒池肉林の宴。飲めや歌え。疲れ果てた僕は寝てもよかったのだが、あと数時間で帰る人たちが何人もいるのにぐうすか寝てなどいられない。友達のことが好きすぎる。3日間で実質6時間くらいしか寝てないのにな~! じっしつ! 実質って何? 目を閉じていた時間をトータルすれば10時間くらいにはなると思うけど、意識を失えたのは6時間くらい、って感じ。
<18日~>
結局朝方まで起きていて、9時すぎには起きて片付けて10時にチェックアウト。みんなのおかげで間に合いました。ありがとうございます。
「琥珀」が開いていたので麒麟さん(フル参加)とコーヒー飲み、新聞とビッグコミックオリジナルとビッグコミックをゆっくり読む。11時に隣のKiitosが開いたので麒麟さんと別れ「速報」をしたためる。12時45分の列車で甲府へ。車内で4日ぶりに「眠気」というものを感じて感動。本当に、合宿中はいっさい眠気がこなかったのだ。ずっと興奮と緊張のさなかにいて、それがようやくやわらいだ。13時47分着。パン屋さんと喫茶店寄って宿に入る。20時くらいまで寝て、Uさんと合流して何軒か飲む。最後のお店、台湾人のお姉さんがやっているスナックで「金杯」というお酒をラーニング、帰って作ったらちゃんと美味しかった。
夜中に宿に戻り、また寝る。翌日ちょっと家に寄って、夜には夜学バーに入り、庚申の夜なので朝まで営業。その後ようやく思いっきり寝た。あったかいふとんでぐっすりねる! こんな楽しいことがほかにあるか。
2025.8.23(土) 全国夜学バー総合文化祭2025ちの大会
2025/08/17(日)13時~16時、茅野駅(長野県)近くのカフェ「楚そっと」にて開催。去年に引き続き「限界芸術の持ち寄り」をテーマとした。以下演目。
01 『信濃の国』(長野県歌) ケーナ:j
02 『夜学歌』 ギターと歌:j
03 『無伴奏チェロ組曲 第1番 前奏曲』(バッハ) チェロ:g 譜めくり:m
04 『流星ビバップ』(小沢健二) ギターと歌:m タンバリン:g
05 『世界タービン』(平沢進) 歌:s ギター、野次、歌:sh
06 『どこもかしこも駐車場』(森山直太朗) ギターと歌:k
07 『サイモンの季節』(サンタラ) ギターと歌:k
08 『待ちぼうけ』(ゆず) 岩沢:k 北川:j
09 『ヒバリのこころ』(スピッツ) ギターと歌:j
仲入り
10 一人芝居『さるかに合戦』 すべて:j
11 『ゆうちゃん』(小山田壮平) ギターと歌:g
12 『Kapachino』(小山田壮平) ギターと歌:g
13 『街の灯』(中村一義) ギターと歌:m
14 『魔法を信じ続けるかい?』(中村一義) ギターと歌:m
15 『プレゼント』(高橋幸宏) ギターと歌:m
16 『あしたのよいこ』 ギターと歌:j
17 『お散歩遠く』 ギターと歌:j
18 『カリフラワー』 ギターと歌:j
19 『スタアグア』 ギターと歌:j
19 『友達は変わる』 ギターと歌:j
20 『信濃の国』(長野県歌) YMO(夜の学びオーケストラ) ピアノ:m チェロ:g ギター:k オカリナ、タンバリン、歌:j
片付け
SE 『流れ星ビバップ(Instrumental)』(小沢健二) ギター:j
20演目のうち音楽が19、ギター弾き語りソロが14。「総合文化祭」と名付けるには偏りすぎている。理想はもっとごちゃごちゃで何でもありの余興大会にしたく、来年以降(あるなら)の課題である。それでもなんとか『さるかに合戦』をねじ込めたのは良かったし、YMO(夜の学びオーケストラ)のような即興楽団が作れたのも幸いだった。コラボレーションもいくつかできたし、何人かがソロで数曲ずつやれたのもちょうどよかったな。総合的には最高でした。
ターダァ!(未来人へ:粗品という芸人のヤツです)
ジャッキーさんとかいう人が出張ってますよね。当たり前だし仕方ないんだけど、松永太が女の気を引くために自社「ワールド」の従業員に無理やりバンドやらせて1100人のホールで50人くらいの客相手にワンマンコンサートやったエピソードを思い出してしまいます(豊田正義『消された一家』文庫版P71~72あたり参照)。マァソノ、やりたいし、やれちゃうから、やるんですよ。「やる」ということを全身で主張したいんですよ。全部やる。
限界芸術ってのは「素人がつくって素人が享受する」もので、質は問われない。やれることはやってしまえばいい。そういうことが最も許されるのってたぶん高校とかの文化祭で、そこでは「やる」ということ自体の価値が最も尊ばれる。「がんばってたわねえ」と目を細めてもらえる。それを現出させたいわけである、「総文祭」では。
自分がやりたいからやっている、というのはもちろんあるんだけど、それはそれとして「限界芸術」とか「文化祭」というものの素晴らしさを表現したいのである。総文祭がそれ自体「表現」(作品)であるようにしたいわけだ、夜学バーあるいはやがっしゅくと同じように。
【演目解説】
01 『信濃の国』(長野県歌) ケーナ:j
去年練習したけどまったく音が出なかった「ケーナ」という南米アンデス地方の楽器でリベンジ。つっかえながらも最後まで吹くことができた。成長!
02 『夜学歌』 ギターと歌:j
30秒くらいの短い曲。今年1月13日の「成雀式」で初披露。
03 『無伴奏チェロ組曲 第1番 前奏曲』(バッハ) チェロ:g 譜めくり:m
04 『流星ビバップ』(小沢健二) ギターと歌:m タンバリン:g
「二人でなんかやってよ」と無茶振りしてできたユニット「ゴンキチ」(仮)。チェロや弾き語りはもちろん、タンバリンすごく上手だった。
05 『世界タービン』(平沢進) 歌:s ギター、野次、歌:sh
こういう色物っぽい演目があってよかった。おかげで全体のバランスが凄く良くなったと思う。ありがとうございます。
06 『どこもかしこも駐車場』(森山直太朗) ギターと歌:k
07 『サイモンの季節』(サンタラ) ギターと歌:k
去年も出てくれたkっsー。演奏もよかったがあさりちゃんのノート(譜面)もMCもすべて最高。毎度ちゃんと「ライブ」っぽい構成でやってくれるのが本当に良い。
08 『待ちぼうけ』(ゆず) 岩沢:k 北川:j
2023年7月7日午前0時34分に「誰かゆずの『待ちぼうけ』を一緒に歌ってほしい」とツイートしたのを2年間覚え続けていてくれたkっsーが「やりましょう」と言ってくれた。声の高さとギターの技術を考えて僕が北川悠仁、彼女が岩沢厚治パートになったのだが、僕がふだん岩沢先生の声しか聴いていないせいで(?)ハモりパートの音がうまくとれず苦労した。直前の練習でかなりよくなったのだが、ここで練習しなかった簡単な(はずの)箇所が岩沢パートになっちゃっていたような気がするな。あんまり覚えていないし恥ずかしいのでまだ聴き返せない。ともあれ夢を叶えてくれてありがとう! この曲は二人の掛け合いが多くてとても楽しいのです。曲も良いし歌詞も詩的で最高。聴いてみてください。タンバリン難しかったけど楽しかったのでもっと練習したい。
09 『ヒバリのこころ』(スピッツ) ギターと歌:j
テンションが上がって、自分も何か(自作でなく)有名な曲をやりたい!と思って急遽飛び入り。暗譜してる曲が少ないので進行の単純な『ヒバリのこころ』を選んだ。好きな曲である。ロックは初期衝動!
仲入り
『さるかに合戦』の仕込みと休憩時間を兼ねる完璧なタイミング!
10 一人芝居『さるかに合戦』 すべて:j
これについて詳しくは別項を立てる予定。おおむねうまくいったと思う。
11 『ゆうちゃん』(小山田壮平) ギターと歌:g
12 『Kapachino』(小山田壮平) ギターと歌:g
事前に「この2曲だったらどっちがいいですか?」と問われ、『ゆうちゃん』と答えたのだが、結局本番で「もう一曲!」と野次を飛ばして両方やってもらった。せっかく声もよく歌もうまいのでもっといろいろやってもらいたい。
13 『街の灯』(中村一義) ギターと歌:m
14 『魔法を信じ続けるかい?』(中村一義) ギターと歌:m
15 『プレゼント』(高橋幸宏) ギターと歌:m
なぜか(?)初期の中村一義にドハマリしているらしいmtkt(≠まちくた)さん。渋めの2曲をチョイス。僕も『謎』とかやりたいなぁ~。二人で『金字塔』再現ライブやりましょか、勝手に。
『プレゼント』は去年の総文祭において、ギター歴3日(!)でチャレンジした曲を再演。1年前と比べたらまるで赤ん坊と兵隊だ!
16 『あしたのよいこ』 ギターと歌:j
17 『お散歩遠く』 ギターと歌:j
18 『カリフラワー』 ギターと歌:j
19 『スタアグア』 ギターと歌:j
19 『友達は変わる』 ギターと歌:j
わたくしのパート。たくさんやっているようですが「16」はCM中(?)に軽くやっただけだし「18」はごく短い曲なので許されたい。
今日のために作ったのは『友達は変わる』、とてもいい曲です。これも別項で語ると思います。
20 『信濃の国』(長野県歌) YMO(夜の学びオーケストラ) ピアノ:m チェロ:g ギター:k オカリナ、タンバリン、歌:j
急遽結成されたバンドYMO。「楽器できる人たちは楽譜さえ渡せばなんでもできるよね!」というインストゥルハラスメントにより成立した幻の楽団。めちゃくちゃよかった。オカリナも歌もタンバリンも失敗したけど問題なし。松永太も音程外れたのをバンドメンバー(社員)に指摘されると「お前らが俺に合わせろ!」ってブチギレてたらしいし!(前掲書P71)
片付け
時間ほどよく余ってスムーズに進行。ヘトヘトでありましたが充実感があった。準備は少人数でやることも多いけど、片付けって絶対にみんなが手伝ってくれるから大好き。
SE 『流れ星ビバップ(Instrumental)』(小沢健二) ギター:j
片付けがほぼ終わったところでちょっとだけエンディングテーマを演奏。アルバム『刹那』では1曲めに歌入り、最後の8曲めに歌なしのトラックが入るので、それを踏まえた。インストと言いつつ2番は歌った。
2025.8.24(日) ひとり芝居『さるかに合戦』
台本は
こちら。元原稿は
これ。
僕によるひとり芝居、初演は2025年8月17日14時ごろ、茅野市のカフェ「楚そっと」にて、全国夜学バー総合文化祭ちの大会において。
台本制作に1時間、買い物に1時間、演出と練習に1時間、リハーサルや仕込みなどに1時間として、総制作時間は約4時間。これでひとり芝居が完成してしまうのだから、「やらない手はない」だろう。みんなもやってみてほしい。ひとり芝居と言って今回はほぼ人形劇に近いようなものだったのでよりハードルは低い。本当に、あの程度のことなら僕のような天才(!)じゃなくても容易にできるはずで、やる気があって照れをなくせばほとんど誰でもできる。そのようなものをめざして僕はやっている。
映像はすでに切り抜いてYouTubeに限定公開してあるのですが、恥ずかしいので1000円くらいくれたらURL送ることにします。いずれ全面公開に踏み切るかもしれませんが10年後くらいかも。
なぜ『さるかに合戦』を演目に選んだのか。理由は二つ。まず「柿が登場すること」。僕は柿が大いに好きなのであります。そして「みんなが個性を持ち寄って協力して問題解決にあたること」。それが復讐劇であり、根拠に乏しい感情先行のリンチ殺猿であるのはご愛敬というか、昔話ってそういう雑で残酷なところがあるから面白い。
僕は『ファイナルファンタジー6』というゲーム(1994)が大好きだが、あれも『さるかに合戦』の変奏と見ることができる。むろん『FF6』のより優れたところは「それぞれの主人公たち(十数名いる)はそれぞれ異なった事情を持っているが、たまたま『ケフカを倒す』という点で利害が一致したので一時的に結託して戦う」というところにある。『さるかに合戦』は極めて素朴で、「子がにが泣いているので同情して検証もせず無条件で殺猿に手を貸す」というマジで意味のわかんない流れなのだが、逆にいえばその部分に手を入れると『FF6』のような名作に化けるということでもある。プロトタイプとして優秀なのである。
たとえば、栗と蜂と昆布(ないし牛糞)と臼が、それぞれ異なった事情で猿に対して恨みや不都合を持っており、たまたま子がにと利害が一致したため「じゃ、みんなで殺すか」となる話は簡単に作れる。そうなるとほぼ『FF6』なのだ。
そういうふうに脚色することも今回できたわけだが、そこまでやると野暮であり、普遍性がむしろ薄れる。昔話は、雑で余白に満ちているから永遠なのである。余白が多い雑な原作のほうが二次創作(特にBL)が捗るのと同じ。
一つだけ脚色したのは、「なぜ子がには親がに殺しの犯人をさるだと断定できたのか」ということへのアンサー。原文にはろくな説明がないので、探偵っぽく死因を考える場面を追加してみた。
『さるかに合戦』のひとり芝居化にあたって、まず登場人物を考えた。
かには「左手が親がに、右手が子がに」と分けて手(エスパー魔美の指)で表現。さるは帽子(キャップ)の前後ろで存在の有無を示す。帽子の裏側に「さる」と書いた白い養生テープを貼り、前にかぶれば黒子、後ろにかぶればさるとした。
栗は栗まんじゅう(ドラえもんのバイバインの回に出てくるようなやつ)、蜂ははちみつ(オレンジのとんがったふたのついたアレが蜂の針を模す)、昆布はソフトギターケースの先端部分、臼はいろいろ迷ったが紙コップが都合よかった。白いし、形も臼っぽいし、ひもも通しやすいし、軽い。
絵本などでは昆布ではなく牛のくその登場することが多いが、伝承された地方によるらしい。楠山正雄の原文(たぶん1921年頃に整理されたテキスト)でも昆布になっていたし、下ネタ嫌いなんです(2002年の立川談志)。
誰も具体的には褒めてくれないから自分で褒めるが、これらの段階でもう「勝ち」なのである。面白いし、飽きにくい。たとえば四天王(?)、登場シーンは栗まんじゅうで掴み↑、はちみつで意外性↑↑、昆布で疑問と違和感→、臼は普通↓、という盛り上がりの流れだが、その後に臼の中からひもが出てきて天井に結ばれるセンスオブワンダーでひっくり返り、ラストのアクションシーン(?)ではむしろ栗と蜂が「フリ」となって、昆布が猿のダイナミックな転倒を導き、臼が空から華麗に降りてきてクライマックスを迎える。演劇的にとてもバランスのよいキャラ設計なのである。
舞台上には人形劇のような幕を張り、「地平線」をつくった。かにのかに歩きが象徴するように劇の初めは「線(一次元)」で展開するのだが、柿の種を植えるときに初めて「上下」が生まれて「平面(二次元)」となる。しかも種は地平線の下に埋められ(柱に養生テープで貼り付けた)、最初に生まれるのが負の方向というのがまた趣深い。それが上に伸びて芽、枝、葉、花、青い実、赤い実と順々に貼り付けられていく。しかしかには一次元の生きものだから柿を取ることができない。さるは「木に登る」というアビリティを備えていて、もともと二次元に住んでいる。それが「柿の位置エネルギーを利用してかにを殺す」というアドバンテージ殺蟹を導いた。ちなみに、位置エネルギー(y軸のアドバンテージ)でかにを殺したさるが、最後には臼の位置エネルギーで殺される、という(原作からすでにある)皮肉にまで気づいて言語化してくれたのは当日の観客であるG氏であった。ありがたい。
栗、蜂、昆布、臼の登場後、殺猿現場たるさるの家シーンでは「地平線」の幕が外され、「空間(三次元)」となる。ここもこの芝居の本当に優れたところで、素人演技でも飽きさせない工夫。ここでのさるは肉体を持ち、栗、蜂、昆布、臼の攻撃を受けて空間を跳ね回り、最後にかにによってクビをちょん切られる。
昆布によって転ばされ、臼に潰されることによってさるはペシャンコの「線(一次元)」の世界に閉じ込められ、よって一次元的存在であるかにも殺せるようになる。もともと「はさみ」というものは「線(一次元)」を切るための道具で、一次元の世界におびき出さないとかににさるの首は落とせない。実にうまくできている。さるかに合戦は「一次元が二次元・三次元に勝利する話」とか「線が空間に勝利する話」とか表現することができるわけだ。そう思うと「下剋上の物語」にも見える。上の人間を下の人間が引きずり下ろして懲らしめる、トラディショナルなスカッとジャパン。それを視覚的に表現することが少しはできたと思う
線→平面→空間と世界を広げていく演出は、思いついたというよりは「それしかない」というか、結果的にそうなった。会場の舞台が低い(ほんの数センチ)ので、地面でいろいろやっても観客から見えづらいし、カメラにも写りにくい。動きも小さく地味になってしまう。幕を張って地平線を上にズラせば種を植える地下も自然にできる。しかしラストのアクションは人形劇のようにやると一人だとかなり難しいし、どうしても地味になるので、さるが暴れ回るために幕を外した。
「天井から臼が落ちてくる」は絶対にやりたかった。この物語の花形であり目玉である。「天井から床」という、あの会場でできる最大の距離を出してこそ面白く、数十センチではまったく足りない。さるには地面に横たわってもらわねばならない。
やってみてよかったのは、「こういうのなら無限にできるし、僕でなくともできる」という確信を得たことだ。前回の『うさぎとたぬきと柿』は正直、僕のような天才(!)でなければ難しいものだったが、今回はお話もアリモノだし複雑な演出はしていない、なにせ取りかかってから4時間ですべてが完了したのだ。このくらいのものなら毎年でも、毎月でもできる。機会があればいつでもがんばるよ。
見てみたい人はなんらかの方法でお伝えください。
2025.8.25(月) 佐久平~小諸~横川
15-18と長野県にいたわけだが24-25も長野県にいた。ロードレーサーを駆り上野から新幹線で佐久平下車、そこから小諸市の御牧原にある「読書の森」という茶房へ。もう何度目かわからない、宿もしており長らくお世話になっている。
夜学バー従業員の「さく」氏が、長野か新潟で山ごもりをしたいがおすすめの宿はないかと言うので一も二もなくここを紹介した。三泊ほど逗留するそうで、僕も一日だけ合流した。翌日の夕方にはお店を開けねばならず泊まって帰るだけになりそうで、せめて自転車に乗る時間を長くしようと最寄りの小諸ではなく佐久平で降りたのだ。
僕は自転車が好きであるが、自転車に乗ることを自己目的化することがどうしてもできない、というか好きでない。サイクリングやポタリングといったことは一切しない。自転車はあくまでも移動手段で、ゆえに楽しいのである。「読書の森」は山奥で、駅から歩けば1時間半くらいかかりバスもない。自力で行くなら自転車を持って行くのが一番いいわけだ。
佐久平駅から「読書の森」までは10km程度だがマイナーな道を選んだせいで異様に険しかった。舗装されていない砂利道や草ぼうぼうの土の道も多く、坂も思ったより厳しい。炎天下で汗だくだく、しかし道中ポカリ以外のカロリー摂取は一切しなかった。18時から凄まじい量と質の夕飯が約束されているからである。
勝手知ったる宿に着くと、主たちが笑顔で歓迎してくれる。言葉にはしないで、顔に「歓迎」と書いてある感じ。勘違いじゃなければ。麦茶をいただき、喫茶に座っている方に紹介していただく。人と人を繋げるのがとことん好きな場で、それを何十年も続けた結果こんな山奥なのに信じられないほど多くの素晴らしい人たちが集う。その方は高校の社会の先生で、僕も現役ではないが教員なので話は弾んだ。
さく来る。その方はお帰りになった。しばしお互い作業に没頭する。「山ごもり」が目的なのだから邪魔してはいけない。だが彼はここでは大して仕事を進められはしないだろう。先述したように18時から深夜にかけて毎夜楽しい宴が繰り広げられるはずだから。わかっていてこの宿を勧めた僕はじつに人が悪い。でもそれを含めてここでの体験は勉強になるはず、そう信じて勧めたのでもある。実際、僕が来る前にもたくさんの出会いがすでにあったようで、「もっと早く来ればよかったなあ」と思わず漏らしたほどである。
ややあって来客。長野市でギャラリーカフェをやっているご夫婦。「やっぱり尾崎くんが来るときは誰か来るわね、人を呼ぶのねえ。今日は静かかと思ったけど、尾崎くんが来る日は決まって私たちの好きな誰かが来るのよ。ねえ、雄さん、ねえ。」と言うのはめぐみさん。「ねえ、雄さん、ねえ」は、ご本人が意識しているかはわからないが彼女の口癖である。大好き。
それにしてもこのように言われると、そのジンクスから外れた日が怖くなる。そんなこと気にしてたら何もできなくなるので何も考えず来るようにしているが、毎回そう言われるので意識はする。「日曜なら誰かいるんじゃないかな~」と思っていたのも事実である。
ご夫婦とは夕飯もご一緒した。初めて来るというゲスト二人も含め食卓には8名。新鮮な野菜を中心に組み上げられた豪勢な名作たちをつつきながら飽きるほどお酒を飲む。だんだん人は減っていき深夜は僕とさく、そして雄さんで諸々語る。22時半くらいだったか雄さんが抜ける。僕ら二人は絶妙に残った茜霧島の瓶を前に「これを飲み干すまで帰れないな」と合意、結局25時くらいまで飲んでいたか。離れのゲルで就寝。
9時くらいに朝食に出る。新ゲスト二人はすでに帰ったようだった。鎌倉で宿を始める予定というおそらく夫婦で、個人的にはちょっと勿体ないというか、せっかくここに来たならもっと貪欲に吸い尽くせばいいのにな~と思った。単に僕がこの「読書の森」をとても好きだからではあろうが、それにしても色々思うところはあった。なんというか、経験率をもっと高めてもよいのではないか? 経験率とはマンガ『鈴木先生』に登場する概念で、「体験」したことを「経験」として身につける割合のこと。「経験/体験=経験率」という式で表現される。作中で鈴木は、率を上げることと分母を増やすことの両方が大切だと説く。なんで見ず知らずの相手に説教じみたことを書いてんだか、非礼極まりないと承知しつつ、彼らは少なくともこの場ではどちらも意識していないように思えた。ひょっとしたら「この場」が「
あわない」ってことなのかもしれないが。
朝食とコーヒーをいただき、去年師走の「雑記帳」(主が毎年年末にまとめているエッセイ群)を読む。「つい最近ケータイを持った」という話と、「今年初めて、雑記帳を認めるのに億劫さを感じ」たという話とを読み、まさかケータイを持ったから文章が書けなくなったのか?と勝手に「つなげて」しまった。僕はこの雑記帳の大ファンで毎年楽しみにしているし、なんなら毎月くらい書いてほしいと思っているのに、このまますぼんでいったら寂しすぎる。ただし、ご本人も「自らに理由を探ろうとするが、残念ながらいずれも憶測の域を出ないでいる」と記しているが、ケータイごときに理由を求めるのは邪推の極みだ。あるいは理由など考えること自体が失礼。でもやっぱ思っちゃいますよね、この二つのトピックが並んでると。とはいえ雄さんも未だそのケータイを使いこなしているとは言いづらいし、食卓に置きっぱなして寝室に行くところを見ると支配もされていない。わざわざ関連付けるのは杞憂だろう。ともかく自作を楽しみにします、ファンとして。
10時ごろ宿を出て、温泉へ向かう。シャワー浴びて一瞬だけ湯に浸かって前回よかったマサージを受けてみるが足で踏みまくってくれる(谷川流というらしい)おばちゃんはおらず別の男性だったが、この方もかなりよかった、と思う。あんまりマサージて受けないから良いも悪いもよくわかんないけど。でもたぶんこの温泉に来たら毎回受けてはみると思う。ルーティンというか、様式美というか。
露天風呂でさくと合流。しばらく入って、出て、牛乳飲んでちょっと休憩してお別れ。自転車で横川をめざす。
距離は42km程度なのだが、思った以上に登りがきつい。その温泉は読書の森(標高約776m)からかなり下ってだいたい標高689mくらい、そこからさらに下って千曲川沿いは610mくらいらしい。そして群馬県境の入山峠は1038m。たかだか430m~って夏じゃなかったら僕だって思うんですけど、暑すぎて辛かった。そこから標高388mまで下った。下りは楽しいけど怖い。つくづく僕はゲームがそんなに好きじゃないんだなと思う。自転車で下りが好きな人ってゲーム好きなんじゃないかな? 僕は上りのほうが好きで、ゲームというより瞑想である。え?
御代田のパン屋に寄ったら夏期休業とのこと、どっと疲れた。
目的地を横川にしたのは、安く済ませるためである。軽井沢と横川のあいだには在来線がなく、新幹線に乗るか500円出してそこだけバスに乗るかしかない。軽井沢から上野まで新幹線だと5280円(自由席)~6210円(最繁忙期指定席)かかるが、横川から乗ったら2310円。しかも僕はJRE BANKの優待でSuicaグリーン券を持っているので高崎→上野の2時間はグリーン車に無料で乗れる。フツーに買ったら1550円(通常料金1810円)であるぞ。高すぎ。
ところで、長野県の地理に明るくない蒙昧な方々のためにすべてを説明してさしあげよう。
長野
上田 小諸 軽井沢 横川 高崎
松本 佐久
諏訪・茅野
甲府 新宿・上野
飯田
僕のエディタとPCブラウザだとこれで完璧でございます。幅のせまいスマホだと「新宿・上野」あたりが崩れるかも。画面を横にしてみてね。あとの環境差はしらん!
横川駅に着いたのは14時40分ごろ。途中ちょっと寄り道したり道に迷ったりしたわりには健闘した。15時10分に乗れば18時の開店に間に合うので、ゆっくり自転車を袋に入れ、山菜そばを食べ、すでに着いていた電車に早めに入った。
このように旅の終わりにがんばって店を開けた日ほどお客が来ないのはジンクス、月曜日だしふだんは別の人が立つイレギュラーな状況、にもかかわらずけっこう来客あり、遠方の方や珍しいお客、また面白い話もたくさんできて、朝方に及んだ。心地よく疲れ果てた。うれしい。おしまい。
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