山寺~北山形
「立石寺」



山寺駅に着いたのは十時過ぎだった。
外にはタクシーが一台止まっているきりで、他に誰もいない。展望台に登って、山寺を見る。意外に山は大きく、高かった。これからあそこに登るのだ。道は暗い。人っ子ひとり歩いていない。はっきり言って、怖い。私は駅から離れの便所で用を足してから、出掛けることにした。その時、手にりんごとおにぎりの入った袋を持っていて、便所にそのまま入るには気が進まなかったので、入り口に置いておいた。そして見事、その事を忘れ、便所から出てきて、袋を素通りして、暗い道を歩いていった。
おっかなびっくり、旅館街を進んでいくと、小僧さんの看板が登山口までの道案内をしてくれた。暗い道を、雪を踏み踏み歩き、たまに車が通ると、怖い。あの赤い車の中から恐ろしい大男が出てきて、などと下らない想像をして、楽しみながら、やっぱり怖くなってやたら早足になる。雪が、からみつく。雪。山寺はやはり積雪が激しかった。一面の雪景色、街灯のともる道、古い家、茶店、橋を渡る。川を見る。流れている。速い。広い川で、ごつごつした岩場がある。赤い橋だった。長い橋だった。この橋を渡るとき、ちょっとだけ自分が格好良く思えた。
しばらく歩くと、階段を見つけた。これが、立石寺までの第一歩になるのだ、雪で石段は見えないが、その一歩を踏みしめた。一段一段と登っていく。随分と登った。すると、小さな門のような入り口があって、そこをくぐると、お寺だった。だが、目指すところの立石寺はもっと、更に上だ。私はまだ、登山口にも辿り着いていないのだ。登山口、どこがそうだろうか。厳かな、建造物がいくつかあって、鳥居があった。お寺と神社が隣り合っているのだろう。数分探し歩くと、登山口らしき門があって、見ると、立て看板に、こうある。
「午前六時まで登山禁止」
私は今夜中に山を登って、明日の朝一番で発ってしまおうと考えていたので、拍子抜けした。仕方ないので元の道を引き返して、駅へ向かった。駅はもう、さすがにひっそりとしていて、人影すらない。待合室には、お座敷のようなところがあって、その気になれば寝転がって眠れる。ここで夜を明かそうと思った。無人駅の良いところだ。
そこには2匹の猫がいて、寄り添うようにしてふたり、椅子の上に座って、1匹の猫は常に喉から変な音を出している。そういえばお腹が減った。私ははじめて、自分がおにぎりを持っていないことに気が付いた。その時ふと、足下を見ると、銀紙がある。米がついている。昆布もついている。私は急いで便所に走った。入り口の所に、袋はあったが、中を見ると、やはりいくつか、減っていた。不可思議である。摩訶不思議だ。まさか猫たちが自分で、銀紙を開いて中身を食べたというわけではあるまいし、また人間が、お腹をすかせて私のおにぎりを盗み食べたというわけではなさそうだ。それなら袋ごと持っていけばいいし、りんごも食べればいい。第一、その行為は人間として間違っている。誰かが猫に餌をあげたと、そう考えるのが自然ではあるが、どこか納得がいかない。僕だってお腹を空かせているのだ。明日まで持たないかも知れないではないか。明日の食料が、足りなくなるかも知れない。良かれと思ってしたことであろうが、良い迷惑である。私は待合室に戻って、おにぎりを頬張った。すると、猫たちの視線が、私の口と、手に集中しているような気がして、罪悪感に似た感情を得る。だがお前たちは、さっき私のおにぎりを無断で食べたのではあるまいか。だのにこの上、少ない食料を私から奪おうと言うのか。しかし、勝てない。おにぎりを割って、中身を差し出す。すると、食べた。次に、米を与えてみる。これは食べなかった。猫は、米を好かない。少し学習して、善行の快感もあり、良い気持ちとなって、残りのおにぎりを食べた。味気ない。それはそうだ、出発から、ほとんどおにぎりしか食べていないのだから。猫はまた、こちらにすり寄ってきて、私が指を差し出すと、においをかいで、つまらなそうな顔をした。まだ食べたりないのか。もうない、もうおにぎりはない。わかれ。もう十分食べたのだろう、まだ足りないのならば、この落ちているものを喰えばいい。まだ米は丸々残っているし、具も少しある。さあ食え。とて、地面からおにぎりの具の部分を取って、食べさせた。食べない。食べろよ。食えよ。折角食わしてやろうというのに。もどかしく、気分が悪くなって、お前らなんか知らん、と思った。しかし、寒い。



とりあえずその景色を撮っておこう、とデジカメを取り出すと、壊れている。ずっと懐に入れていたせいだろうか、電池を入れるところのフタが、壊れて、閉まらなくなっている。焦った。ともかく、落ち着いた場所が欲しい、私は電話ボックスに入り、荷物をおろし、電話機の上に手袋を置いて、直そうとするが、なかなか。悪戦苦闘。部品を何度も落とした。







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