四国旅行記
「と出発」  ~関川頁也旅行記2~


2000年
~プロローグ~
12月23日
12月24日
12月25日
12月26日
12月27日
12月28日


~プロローグ~


 北海道から帰ってきた。無事に旅を終えたことについては、達成感があったが、本来の目的だった、「完乗」を果たせなかったこと(乗りつぶしのやる気がなくなったこと)は、残念だった。けれど、それはもっと視野を広げて考えると、日本全国完乗への第一歩として充分すぎるほど満たされたものだった。次の目標は、いくらでもあるし、それにもし、北海道の鉄道を全て乗ったとしたら、二度と北海道には行かないかもしれないと思うと、少し心配である。もう一度、北海道に行くことができる。完乗に固執するほうがむしろ奇怪なのだ。しかしながら、完乗の旅こそは、僕のライフワークになり得るし、正直言って、ただ乗っているだけとは言え、楽しい。帰ってきた後の妙な達成感が好きだ。結論として、「完乗の旅の『味』を残しつつ、もっと気楽に、時間に出来るかぎり縛られない旅に出る」と言う方針は固まった。
 夏休み前から、冬休みの四国行きを決め、なんとなく時刻表のそのあたりのページを眺めていたが、もし、北海道旅行で、二度と旅行には出たくないなどと考えてしまったらたまらないので、しっかりした予定は立てなかった。本格的には、2ヶ月前に出発を宣言し、予定表を作成し始めた。しかし今回は、夏の北海道旅行とは違い、何年か越しの計画表があるわけではない。また、冬の旅行は日中時間が短くなること(日の出ているうちに乗るのが条件)、四国には島内の夜行列車がないこととが、難関だった。どうにかこじつけて、出発日は前回のちょうど5ヵ月後、12月23日と定めた。




12月23日


 今回も出発は夜である。その日は早めに夕食を摂って、午後6時前に父の車で地下鉄の駅まで送ってもらい、そこから地下鉄で名古屋駅に行く。車内は空席が目立ち、毎朝ラッシュの渦中にいる身には、違和感がある。出発前は考え事が多くなるが、今日は、目の前に座っている人が、一体何の目的で地下鉄に乗っているかと言う議題だった。本当につまらないことで、いつもとりとめがない。
 18時40分ごろ、名古屋駅に到着。ここからは、電車ではなく高速バスに乗る。パンと飲み物を買って、2時間半近い暇に備える。風の入り込む寒いバスターミナルのベンチで我慢して待っていると、発車時刻直前にバスが入場。乗り込んですぐに発車した。
 今回の旅では周遊きっぷを使う。指定されたゾーンとそこまでの往復乗車券がセットになっている。往復の特例として、JRハイウェイバスにも乗れるので利用してみたのだが、運転手は、その事情をよく知らないようで、危うく乗せてもらえなくなるところだった。
 バスは工事渋滞中の国道22号の側道を快調に走り、一宮インターチェンジから、名神高速道路に入った。高速道路は、僕は毎年夏になると千葉にある親戚の家まで、連れて行ってもらっているので慣れたものだ。夜なので景色が見えないのが残念だが、どんどん迫ってくる距離標識は、目的地までのカウントダウンみたく、走っている間、楽しくてしょうがない。持参した英語の参考書を広げて、それほど退屈しなかった。途中、多賀サービスエリアで10分ほど停車して、京都には、定刻通り21時25分に着いた。八日市で降りた2人を除いて、全員が終点まで通して乗り、途中から乗ってくる人もいなかった。
 京都駅は改修されたばかりで、ものすごく大きい。条例で高層建造物は禁止されているはずだが、違反しそうなほどの大きさだ。屋内に、大きなクリスマスツリーがあって、きらきらの電飾をつけたもみの木の前には、記念撮影をするためにカップルが行列をなしていた。持ち時間が2時間以上あるので、広い駅を一周することにした。エスカレーターに乗せられて、10階の空中径路へ。昼には遠くまで見渡せそうだが、今はたいしたことない夜景しか見えない。大階段を下って、近鉄駅を見に行った。1時間ほど歩いて疲れてしまった。おまけに空腹になったが、売店はもうどこも閉まっていた。JR改札内にようやく麺屋を見つけ、おにぎりを注文する。具が入っていなかったが、たくあんがついていたので、普段は食べないのに食べた。疲れは取れないので、寒いホームのベンチで次々に去っていく帰宅客を見送っていた。随分そうして待った後、23時ごろ、やっとムーンライト高知が入線してきたので乗り込んだ。もう帰宅客も少なくなった頃だった。
2327京都(快速ムーンライト高知)高知713
 6両編成で、前3両がムーンライト高知として高知へ、後3両はムーンライト松山として松山へ行く。カーペット車もあるが、僕は座席車に収まった。菓子を広げて、大阪あたりまでは、寝ずにいようと決めた。複々線区間なので、同じ方向に走る普通列車と併走する。車内は閑散としていたが、新大阪と大阪でほぼ満席になった。僕の隣にもおじいさんが座った。




12月24日


 いつのまにか寝ていたが、姫路、岡山と停車するたびに目覚めてしまう。特に岡山では、25分停車して、機関車の付け替えをする。その間ずっと目をつぶって、座っていた。体に異常を覚え、2度、トイレに入った。収まって、ほっとした表情で、おじいさんをまたいで席につくと、今度はおじいさんがもたれかかってくるようになった。頭の油が臭くて寝られず困った。そのうち気付いてもらって、他の開いている席へ移動してくれた。運良く、横になって寝られるようになった。
 目が覚めると、四国山地越えは終わり、ちょうど、平野に向かって、ぐんぐん下っているところだった。眼下の高知平野がよく見渡せる。すでにムーンライト松山は切り離され、僕の乗っている車両が最後尾になっていた。
 高知に着いた。先に進む特急の発車まで、57分しかないが、この間に、土佐電気鉄道(路面電車)の南北に走る系統に乗らなくてはいけない。急いで改札を抜けて、歩道橋から電停に下りて乗り込むとすぐ発車した。車がほとんどいないので、道の真ん中を堂々と走る感じがする。はりまや橋で東西系統と直交して更に南へ進み、岸壁の前が終点、桟橋通5丁目。一つ手前の電停との距離はわずかで、要するにここは折り返しのためだけの終点である様子。バス停みたいなポールが1本立っていて、本当にバス停のようだ。コンクリートの岸壁に登って、海を見ようとしたが断念。やけに眩しい朝日を後に出発した。再び高知駅。朝食を買って、発車を待った。
810高知(特急あしずり1号)宿毛1013
 この旅で初の特急となる。高知市内の住宅地のカーブを振り子で駆け抜けて、川を渡った。列車は南西方向に進んでいるはずなのに、佐川駅では進行右側に太陽が見えて、とても不思議に感じた。後で地図を見て分かったが、この駅のあたりだけは東向きに進んでいたのだ。それからトンネルがあったり、海が見えたりして、なかなか変化のある景色が続く。窪川からは土佐くろしお鉄道に入るが、手持ちの切符で乗車可能だ。北海道の教訓として、「夜行列車乗車後と、長時間乗車前には、コーヒーを必ず飲む。(眠気防止のため)」と言うのがあったが、怠っていた。窪川までは粘って、そのあとは座席に沈んでしまった。帰りに景色を見ればいい。宿毛に着くと、さっそくトイレに入り(大事!) 、それからコーヒーを買って飲んだ。駅前は町外れで、空地が多く、散歩をする気になれない。時刻表を貰おうと、改札へ戻ると、箱と、その中に時刻表がどっさり入っていて、10円と書かれている。納めて手にとると、広告付きだった。
1041宿毛(特急南風12号)中村1059
 2・3年前に出来たばかりの新線で、トンネルと高架区間が続く。駅はどこもきれい。中村の駅前も、あまり期待していなかったが、コンビニを見つけ、そこでカルビ弁当を買ったら、温めてくれなかった。脂肪が固形で浮き出て、肉の上に乗っている。最初のうちはよかったが、気付いたら喉にはびっしりと脂肪がこびりついていて、気持ち悪くなってしまった。おまけに駅の横には、手作りハンバーガーの店があって、そっちの方が安かった。
1140中村(土佐くろしお鉄道324D)窪川1238
 ローカル列車に乗るのも旅の楽しみ。乗客は高校生と年寄りが基本で、地元の空気を味わえる。方言が聞けるとさらに良い。海の横を走る。まさに社名どおりだ。海がこんなにきれいだとは思わなかった。気に入ったけれど、その景色もすぐに流れていってしまった。トンネルのループ線で山を登り、窪川に戻ってきた。お菓子とお茶を買って、長時間耐久に備える。
1311窪川(予土線4843D)宇和島1507
 四万十川の渓谷美を楽しんだつもりだったが、実際はその支流の仁井田川だった。一時間ほど川と併走して、ポテトチップをかじりつつ飽きずに見ていた。川から離れると、盆地の田舎道を一時間、これには飽きた。お茶を飲みすぎてトイレに行きたくなった。同じような駅がいくつも続いたが、田舎風情を味わうというよりも、駅のトイレに興味が注がれた。止まってもらえないだろうから、終点まで我慢する羽目になった。務田から急坂を下って、やっと宇和島に着いた。誰よりも速く降りて、全力で駆け込んだ。
 すっきりした後、海が近ければ見に行こうと思ったが、遠いようなのでやめて、待合室で座って待った。自動券売機を利用する人が多かったが、発券が遅く、いちいち「お待ちください。」と鳴くので、耳障りだった。
1557宇和島(特急宇和海18号)松山1718
 やっぱり特急は速いなあと感じた。急カーブの連続も、振り子を使ってすいすい走る。温州みかんの畑が多く、運搬用モノレール(人は乗れない)に目がついた。海から離れて新線区間に入ると、長いトンネルが多くなった。日が暮れて、松山に着いた。帰宅時間らしく、ホームには人が多い。
 駅の売店で穴子弁当(駅弁)を買った。それを持って、駅前から、路面電車で道後温泉を目指す。松山城の堀端の木に、イルミネーションが付けてあって、そういえば今日はクリスマスイブだったな、と思い出した。終点の道後温泉駅から、旅館の間を通って、裏手の山を登る。真っ暗で、隣に神社があった。道を間違えたかと思うくらい登って、やっと、今晩の宿、松山YHに着いた。今回は初めて連泊をする。2日分の宿泊料と明日の夕食代を支払って、部屋に落ち着いた。二人部屋だが、一人で使えるようだ。買ってきた駅弁を食べて、テレビのスイッチを入れたら、すごくつまらなかった。
 このユースは、「試み」と称して変わった事をしている。受付や階段には張り紙がたくさんあって、いろいろな事が紹介されていた。超能力開発講座もやっているようだ。廊下の電灯は、センサー式で、人が来ると勝手に付く。省エネらしいが、反応が遅いので暗い廊下を歩くしかない。風呂の石鹸やシャンプーは植物性100%の物しかなかった。風呂は、道後温泉の近くだけあって、期待していたが、個室シャワー(狭い!) が並んでいるだけで、体が洗えなかった。がっかりして部屋に戻った。もう一度テレビを見たが、やはり面白くなかった。英語の参考書を開くと、眠気を催した。




12月25日


 朝起きたが、サンタさんはやはり来なかったらしく、いやに寂しい。7時ごろに部屋を出て、坂道を小走りで駆け下り、駅へ赴いた。今日のノルマは伊予鉄道の全線完乗と、JRの松山以西の残った区間である。予定表には特に記載はなく、自由に動ける。まずは、伊予鉄の路面電車から攻めていく。一日乗車券が便利なので、買おうとしたが、8時半の開店時刻まで旅行センターは開かないので、待ちぼうけを食らった。近くにある道後公園を散策しようと歩いたが、にわか雨のために断念。風の吹く、寒いホームで待った。
 時間通りに旅行センターのシャッターが上がって、一日乗車券(460円)を手にして、すぐに乗り込んだ。3つ目の上一万で下車して、②系統に乗り換える。この区間は城北線と呼ばれていて、道路の上はではなく、専用軌道を走る。路地裏の狭い所をすいすい走る感じで面白い。古町で伊予鉄の電車線(普通の電車)を横切って、宮田町から、また車道の上に戻った。JRの駅前から、伊予鉄の松山市駅前(電停は「市駅前」)に入った。風が寒く、腹冷えをしたので、駅ビルのトイレに入った。電停は、客が乗る系統ごとに列を作る仕組みだった。とりあえず来た車両に乗って、すぐ次の南堀端で降り、⑥系統の本町6丁目行きに乗り換えた。本町線は20分毎の運転で本数が少ない。終点で降りて、これで、路面電車は明日の朝に乗る南堀端-上一万間(昨夜乗ったが)以外は、全て乗った。次に、電車線も制覇するため、一番近い古町まで、もう一度城北線に乗っていく。再び、雨が降り始めた。雨にも風にも負けて、ビルの陰に避難した。電車がなかなかやってこない。雨で運休になっても、それほど困らないが、乗れなくなるのは残念だ。風が少し収まった途端、やって来たので、やはり運休していたようだ。
 2つ目が古町。電車の駅に改札口はなかった。一日乗車券は路面電車専用なので、新たに切符を買って乗り込む。さっきの風雨のせいで、少し遅れて来た。
古町(高浜線)梅津寺
 電車はゆっくり走った。終点の一つ手前で降りて60円浮かせた。梅津寺は、瀬戸内海の目の前に駅があって、いつもなら穏やかな海が見られるのだろうが、今日は波が激しく立って、車両にバシャバシャと海水がかかった。海側のホームが使用不可になって、道路側のホームに降りた。駅前には、梅津寺パークとかいう公園があって、ジェットコースターなどの乗り物の他、古い機関車が1台あるそうだが、この天気で誰もおらず寂しく、入場料も高いので入らない。歩いて高浜まで歩く。特に目新しいものは無く、10数分で着いた。
高浜(高浜線・横河原線)横河原
 梅津寺でまた波にアタックした。ガラスには海水の塩分がこびりついて、外が見にくくなった。運転台のガラスにもついていて、前方が見えず、危険な運転だった。松山市に戻ってきて、数分停車する間に、運転手はホームに用意された柄杓に水を取って、ガラスにバシャバシャとかけて洗い流していた。おかげで前は見えるようになった。市街から市外に出ると田舎道が続き、横河原は重信町の中心にあった。切符を記念にいただいて、改札を抜けた。なにしろ今日はフリー行程なので、時間がたっぷりあるから、少し歩いてみた。二駅歩いて、見奈良から乗って戻った。
見奈良(横河原線)松山市
 向かいのホームの郡中線電車に乗換え、すぐに発車。
松山市(郡中線)郡中港
 JRとの競合区間だが、線路はかなり離れている。終点の郡中港はJR伊予市駅の駅前にある。郡中とは、伊予市の旧町名である。伊予鉄の電車線は、ここで完乗を果たした。古町-梅津寺:300円、高浜-横河原:740円、見奈良-郡中港:740円、計1780円。「い~カード」とかいう回数券(1000円で1100円分)を買ったほうが得だったと気付いた。
 相変わらず風が強い。伊予市駅に入ると、瀬戸大橋線が運休とある。鉄道旅行をしている身は、軟禁状態になった。ホームには立っていられないほど寒かった。
1306伊予市(特急宇和海12号)松山1317
 宇和海11号は伊予市には止まらないので、一旦戻る。あっという間に着いた。ホームで昨日売り切れだった醤油めしを買った。12号の車両が、11号になって折り返す。
1325松山(宇和海11号)伊予大洲1357
 伊予市の先、向原から海線と山線に別れる。新しく出来た山線はトンネルが多く、スピードが出る。昨日、夕日の中だった景色を改めて見る。
1409伊予大洲(予讃本線4734D)下灘1452
 少し風が収まったが、まだつらい。海線は河口近くで川幅の広い肱川に沿って走り、伊予長浜で方向を変えて、海沿いに走る。曇天と荒れた海が寂しい。下灘は、青春18きっぷのパンフレットの撮影地(今冬)なので、選んで降りてみた。崖下に国道があるが、眼前は海が広がっている。駅前には、五・六軒の建物しか無く、他に誰も降りなかった。風が無ければ、ホームのベンチに座って、ぼんやり海を眺めるのに格好の駅なのだが、強い風に加えて、雨が降り出したので、待合室に入る。下なだ小の子供たちが作った座布団があった。駅前は一本道で、散歩も出来ない。
1515下灘(733D)伊予長浜1530
 松山方面行きを待っていてもしょうがないので、3駅戻る。伊予長浜は海線の中心駅で、駅員がいる。風を我慢して辺りを歩くと、歩道に(美しい歩道)と書かれていて、特に美しくないので滑稽だった。
1601伊予長浜(4736D)松山1704
 海線ともお別れ。昨日と同様、夕日に照らされて松山に到着。再び道後温泉に戻るが、直通ではつまらないので、お気に入りの城北線を経由する。乗り換えて、道後温泉に着き、坂を登って、YHに帰ってきた。ただいま、と言って入り、昨日と同じ部屋に収まった。すぐに夕食を食べに食堂へ。YHで予約して食べるのは初めてだ(飛び込みで泊まって、頂いたことはあったが)。夕食は1000円。割高な気もするが、ご飯がおかわり自由なので、無理して3杯食べた。YHのおばあさんと話をしながら、(愛媛の)みかんを食べて、満腹になった。部屋で横になる必要があった。しばらくして、狭いシャワールームはこりごりなので、温泉に入りに行くことにした。500円玉を握り締めて、坂を走り下って、道後温泉本館に行った。入浴料金はピンキリで夏目漱石どうのこうのの部屋に比べて、入浴のみの料金は格段に安く、300円である。タオルを部屋に置き忘れてきたので、貸しタオル(50円)か、みやげ用の持ち帰りタオル(200円)かを勧められた。あと200円持っていたが、脱衣場のロッカーで100円使うことになったので、貸しタオルにして正解だった。浴槽は東西2つあるがどちらも同じ。どっぷり浸かった。温泉はやっぱりいい。
 石鹸(貸しタオル代に含まれている)と50円だけが残った。帰り道、お兄さん寄っていかない、と誘われたが、50円では何もしてくれそうに無いので断った。




12月26日


 朝起きて、洗面所で歯を磨いていると、にゃ~おと一声鳴いて、猫が寄ってきた。ここのユースで飼っている猫だ。猫は部屋までついてきて、部屋でうんこでもしたら大変と、ひやひやしたが、窓から外を見ている。身支度をしてから、一緒に階段を下りた。また来てください、という感じで、猫がそのつもりなら上手い商売だ。「おまえ、ずるいぞ。」と一言言ってやった。
 今日で松山を離れ、舞台を西に移す。
 路面電車で乗り残した区間を制覇して、JR松山駅へ。大手町で降りて、路面電車が電車線の踏切を待っている様子(全国唯一)をカメラに収めようとしたが、時間が少し足りなかったので止めた。松山駅でコーヒーを2つ買い、一つをそこで飲み、もう一つを車内に持ち込んだ。8時3分、しおかぜ10号が入線。その前側に、いしづち6号を併結した。最前席に陣取り、前面展望を楽しむことにする。
813松山(特急いしづち6号)高松1036
 海沿いに走り、今治の手前でしまなみ街道が見えた。鉄路は無いものの、連なっている島々が駅のようで、一度行ってみたいものである。明日の宿泊地、伊予寒川を通過。松山自動車道が併走しているのが見える。多度津で、しおかぜ10号を切り離し、2両編成になって高松へ。車内は混雑し始め、暑くなった。
1051高松(特急うずしお7号)池谷1149
 高松駅は、改修工事の終わりかけで、トイレは仮設だった。
 列車は高松市外を一周して、ここでも海沿いになった。山に入り、民家の無くなった峠で県境を越え、徳島県に足を踏み入れた。池谷(いけのたに)は、鳴門線の分岐駅で、二股状に分かれた線路の間に駅舎がある。小鳥が何匹か飼われていた。そういえば、僕のうちで飼われていたインコは、ストーブの前でも寒がっていたが、ここの鳥たちは、冬の風の中にあって、たくましいものだ。ただ、手を出したらバタバタと驚いて、かわいそうだった。今日も風が冷たいので、あまり出歩けない。
1226池谷(鳴門線4740D)鳴門1244
 終点の鳴門には、高速バスの乗り場案内板があった。明石海峡大橋が出来て、バスで神戸や大阪へ短時間で行けるようになった。それ以来、鳴門線は、地元の足らしさが一層増した。
1252鳴門(4745D)徳島1329
 高校生が次々乗り込んで、車内は満員になった。おかげで、片側の景色しか見られず、残念だ。徳島では、駅ビルの地下の土産屋で徳島ラーメンを購入。JR四国直営のパン屋、ウィリーウィンキーで昼食を買った。駅前はビルが立ち並んで、とりわけ珍しい物も無さそうだ。眉山のロープウェイに行くのも、風の寒さで断念した。14時21分に剣山8号が入線。この車両が、次に乗る、むろと1号になる。指定席と書かれた座席カバーをすばやく剥がし、全車自由席になった。最前席で前面展望をするため陣取り、パンを食べて発車を待った。
1457徳島(特急むろと1号)牟岐1603
 普通列車の本数が少ないので、高校生が特急に乗って帰宅する姿が見られたが、違和感がある。試合帰りらしきサッカー少年たちが大勢いて、一人が僕の隣に座った。
1605牟岐(4561D)甲浦1637
 ホームで乗換え。まだJR区間だが、車両は阿佐海岸鉄道のものだ。サッカー少年たちが降りてから、車内は静かになった。高い所を、トンネルを通って走る。どの駅も、山と山に挟まれた、狭い集落にある。海部から阿佐海岸鉄道に入ると(手持ちのきっぷで乗車可能)、トンネルがさらに多くなった。終点、甲浦は本当に何も無く、「←国道55号」という標識があるくらい、町から離れている。県境を越えて、高知県に入っているから、今日は4県を制覇したことになる。夕暮れが始まって、ものすごく寂しかった。17時29分発の便を待つ予定だったが、あまりにも何も無さ過ぎるので、すぐに発車する車両に飛び乗った。
1647甲浦(5576D)海部1658
 乗客は僕一人だった。中間の宍喰で4人乗ったが、海部に着くと、みな自転車でどこかへ去ってしまい、駅にぽつんと残されてしまった。ここから先は、接続が無く、結局予定通りの便を待つことになるが、この漁村を散歩していてもつまらないので、隣駅まで歩くことにした。国道の長い橋を渡って、海南町に入った。20分ほどで阿波海南駅に着いた。ベンチに座って、残陽がうっすらと山に消えていくのをずっと見続けた。残しておいたドーナツを食べ終え、駅の明かり以外、何も見えなくなってしまった。高校生が煙草を吸いながら、隣に座っている。いつ絡まれるか、ひやひやした。やがて暗闇から光が現れて、それが列車になった。それで安心した。
1748阿波海南(4580D)牟岐1802
 景色が無いので時刻表をバラバラとめくって暇をつぶした。
1819牟岐(584D)日和佐1841
 日和佐に着いた。店はどこも閉まっていて、夕食なしを決めた。ユースまでの道のりは、なんとなく分かっていたつもりだったが、人のいない夜道をうろうろと歩き回ってしまった。ユースに電話をしたが、方言がきつくて、何を言っているのか分からなかった。ちょうど車に乗るところだった人に声をかけられ、その車に乗せてもらった。ずいぶん離れていたので助かった。
 建物に入ったが人の気配が無い。大声で呼ぶと、さっきの電話のおばあさんが出てきて、その人しかいなかった。3000円を払って(ガイドには2750円と書いてあったが)、二階の部屋を案内された。他に客はいない。床は凸凹である。風呂にお湯を入れている間、居間兼食堂でテレビを見ていたが、画が悪く、ふちの方は緑や紫に発色した壊れかけのテレビだった。半分ぐらい湯が入った所で風呂へ行けば、ぶよが一匹死んでいた。風呂から上がって、トイレに入ったら臭かった。おばあさんは、それ以来、自分の部屋に入ったきり出てこない。広い居間でテレビを見ている気にはならず、部屋に戻った。エアコンはあったがつけず、毛布を二枚かけても寒い部屋で、早めに寝た(20時30分)。
 ふと目を覚ます。外が明るいのでもう朝かと思ったら、街灯の光だった。カーテンが薄いので、部屋が明るくなってしまうのだ。道では、酒の入った大人たちが三三七拍子をしていて、うるさくて寝付けない。まだ23時過ぎ、滅入ってしまった。




12月27日


 6時ごろに目が覚めた。布団をたたんで、おばあさんの部屋の戸を開けると、布団の中からテレビを見ていた。こっちのテレビは新しく、しっかりしている。さようならを言って、出発した。とんびが鳴いていて、いかにも漁村の朝という感じだ。
 駅併設のコンビニが開店していたのでサンドイッチを買った。剣山3号に乗る予定だったが、早起きをしたので、先行の列車で日和佐を去る。
730日和佐(532D)由岐743
 田井ノ浜駅(臨)は海岸の目の前だが、冬なので通過。日和佐の隣町、由岐町の由岐で降りてみた。駅前にいた人に道を尋ね、漁港へ赴いた。数分歩いて、漁港の船溜りで手をつけると、海水は冷たく、潮の匂いがした。小高い丘に登ると、公園になっていて、湾が見渡せた。漁船が漁を終えて、入港してくる。とんびが羽を広げて、目の前を横切った。実にいい画だと思った。
 8時の町内放送を聞いて、丘を下る。駅は円形水槽があって、水族館っぽくなっていた。
826由岐(特急剣山3号)阿波池田1027
 徳島までは昨日と同じ景色。乗客は意外と多かったが、徳島でみんな降りてしまい、その先は空席が目立つ。徳島線に入ると、吉野川が見えると期待したが、ちっとも見えない。川の向こう側に、高速道路が見えて、家並みが続いているが、こっち側に家は少なく対称的だ。途中で乗降する人はいない。吉野川は終点近くで少しだけ見ることが出来た。
1040阿波池田(特急南風1号)高知1150
 車体にアンパンマンの描かれた車両で、更に吉野川を遡る。8kmにわたって、切り立った岩肌が続く大歩危小歩危渓では、充分すぎるほどの、絶景を楽しめた。一山越えて、高知平野にぐんぐん下る所は、ムーンライト高知のとき見えた景色だった。
1156高知(4745D)伊野1216
 路面電車に乗るために乗り継ぐ。高校生が多い。伊野で降りて、駅から2分ほど、路地みたいな所に待合室があって、その前に、道路と線路がある。ごとごとと音を立てて、電車がやってきた。すぐさま乗り込む、乗客2・3人。電車は道路の真ん中から脇に入り、車道に併走して専用軌道を走る。併用軌道になって、川を渡り、街に入ると、しだいに人が多くなる。はりまや橋で多くの人が下車。更に東へ進み、景色は住宅街に変わった。文殊通で終点になり、下車。乗継券を受け取り、続行の後免町行きに乗り継ぐ。行き先が、平仮名で「ごめん」と書いてあるので面白い。電車は南国市に入り、駐車場の真ん中で終点。時計を見るとちょうど14時だった。予定では15時10分発の南風14号に乗るところだったが、14時10分発でも間に合いそうだ。後免町電停からJR後免駅まで走って5分程。全力で走った。お遍路さんを追い越して、疲労困憊になったが間に合った。これで予定より1時間の貯金が出来た。
1410後免(特急しまんと6号) 琴平1534
 さっきとは反対側に座って、再び大歩危小歩危を味わった。阿波池田から吉野川を渡って、東から西に180°向きを変える。人家の無い山を越えて、讃岐平野に下ってきた。1時間の余裕をどうしようか考えた。早くYHに着いても良いが、つまらない。「次は琴平、琴平」というアナウンスを聞いて、とっさに机の上に広げてあった荷物をつかんで、降りてしまった。金比羅宮へ行くことにしたのだ。
 橋を渡ると、参道の入り口まで土産屋が並んでいる。うどん屋さんに、うどんを勧められたが、参拝を優先した。来てから知ったが、本堂までは795段もの階段を登らなくてはならない。途中で止めようかと思ったが、とにかく、1段飛ばしで、走って登った。汗だくになって、何とか登りついた。10円玉を放って、さあ戻ろうかと思ったら、更に上へと続く階段を見つけてしまった。時間の余裕は無くなった。もう乗り遅れても良いから、一応、上まで登ってみようと決めた。足が上がらず、気力で上がって行く程の疲れだった。そうしてようやく着いた。もう一度10円玉を投げてから、少しだけ休んだ。疲れた代わりに、山の上から見えた讃岐平野は、なかなか良かった。登るのに30分かかった。下りのほうが速いだろうから、時間は気にならなかったが、それよりも、着地するたびにズボンが落ちるのが気になった。追い抜いた子供に笑われたが、気にしないで急いだら15分ほどで戻ってくることができた。時間に安心したところで、さっきのうどん屋に、お兄さんお疲れ様、うどん食べていかない、と言われて、もう一度断った。
1636琴平(特急南風14号)多度津1646
 本州(岡山)行きの特急は、乗客が多い。多度津のホームでコロッケを買って食べた。考えてみると、今日は昼食が無かった。
1707多度津(特急しおかぜ19号)伊予三島1747
 いしづち19号が先に来て、その後から、しおかぜ19号がゆっくりと入線、連結する。満員のしおかぜに比べ、いしづちの方は空席があったが、それでも、しおかぜの車両に乗った。実は、しおかぜに乗れば、四国の特急に全種類乗ったことになるのだ。これまでに、あしずり、南風、宇和海、いしづち、うずしお、むろと、剣山、しまんと、の8種類に乗って、最後がしおかぜだった(深夜に走っている「ミッドナイトEXP」を除く)。アナウンスに誘導されて、いしづちに人が移り、しおかぜにも少し空席ができて、座れた。日は暮れ、外には真っ暗な海が見えた。四国唯一の電車特急(他の特急は気動車である。) は、振り子をフル活用して走った。
1757伊予三島(1141M)伊予寒川1802
 伊予寒川には特急が停まらないので乗り換えた。ここは愛媛県で、今日も4県を制覇した。伊予寒川は無人駅で、他の客は三々五々、家路に着いた。駅前は何も無く静かだが、国道に出ると、交通量が多く賑やかだ。大型車がたくさん走っていて、歩道が無いので危ない。国道沿いの弁当屋でカルビ弁当を買った。温めてあるので3日前の二の舞にはならない。
 真っ暗な中、看板を見つけ、新長谷寺YHを目指す。民家と畑の混じった所で、人影も無く寂しい。暗い所は苦手だが、妙に勇気が出て、どんどん歩く。高速道路の下をくぐる所はさすがに恐くなって、足が速まった。勝手に足が動いて、運ばれるように歩いた。急で長い階段は、冷えた手すりに掴まりながら登った。そうして、ようやく着いた。部屋は新築なのでものすごくきれい。お茶を入れてもらって、弁当を食べながらくつろいだ。僕の他に客は一人だけだそうだ。テレビは見ながら寝た。




12月28日


 6時過ぎに起床して、昨日言われた通り、勝手に玄関を開けて出た。境内には、毎日来ている様子のおじさんが、お堂に手を合わせていた。僕も続いて10円玉を投げた。山の中腹にある境内からは、三島や川之江の製紙工場が煙を上げているのが見える。まだ夜は明けきっていない。真下の高速道路を、松山行きの夜行バスが、通り過ぎていった。駅まで歩く。昨夜は、真っ暗な中をよく歩いたものだと感心した。高速道路のガード下には、何かあって、恐かったのだが、見ると廃車が捨てられていた。伊予寒川駅には、大きな椰子の木が2本立っていて目立っている。
734伊予寒川(130M)伊予三島738
 この電車に乗って多度津まで行く予定だったが、時刻表の臨時列車の欄に、いしづち92号を発見して、乗り換えることにした。いしづち92号は昨晩のミッドナイトEXPの折り返しだから、これで、全特急制覇は少し完璧になった。
740伊予三島(特急いしづち92号)多度津821
 乗客は一人もいなかった。途中から乗る人が数人いたが少ない。ミッドナイトEXPも、この調子なのだろうか。心配だ。
840多度津(1241M)琴平853
 他の旅行者が気になった。一緒の行程だったら嫌だなと思ったが、琴平で改札を抜けることなく安心した。僕は、昨日と同じように金比羅さんの方へ歩いて、橋の手前にある琴電琴平駅に着いた。川には白い鳥が群れていた。田舎私鉄らしく、車内は寂しい。
912琴電琴平(高松琴平電鉄 琴平線18)瓦町1007
 小高い丘を上り下りする。讃岐平野特有の、平野の真ん中にぽっかりと小さな山が点在する景色は、見ていて面白い。高松に近づくに連れ、乗客が増え、ついには満員になった。瓦町は琴電の中心駅で、新しく大きな駅だが、やってくる列車はどれも古めかしいのでアンバランスである。三つの路線の分岐駅で、そのうち志度線のホームは離れている。琴平線を乗り終え、残りの2つのうち、まず志度線に乗ろうとしたが、終点までいく電車がしばらく無いので、先に長尾線から制覇する。
1018瓦町(高松琴平電鉄 長尾線2023)長尾 1050
小さな駅が多く、片田舎である。終点の長尾は他の鉄道との接続が無い。戻るとお金がかかるので、最も近いJRの造田駅まで3Kmほど歩く。通りにバス停があったが、バスは、すぐには来ない。四国なので、お遍路さんを見習ってどんどん歩いた。畑が多く、その向こうには、例によって妙な山が並んでいる。気分がよくなって、鼻歌が出た。
速めに歩いたので、「造田駅↑」の看板が見えたとき、発車時刻まで余裕があった。駅で待っていてもつまらない。次の駅(オレンジタウン駅)までさらに歩くことにしたが、失敗だった。意外に遠かった。無理するんじゃなかったと後悔したが、造田に戻るわけにもいかない。さっきのバスの発車時刻も迫ってきたので、乗ろうとしたが、バス停が見つからない。もたもたしていたら、バスが目の前を通り過ぎていった。車体の後にはフリーバス(=バス停以外でも自由に乗降できるバス)と書かれていた。更に後悔した。あとはひたすら走って、ようやく丘の上にオレンジタウンが見えてきた。駅もすぐ見つかった。オレンジタウン駅は、新しい分譲住宅地のために作られた駅だが、まだ家数は少ない。
1147オレンジタウン(4332D)志度1150
 一区間だけの乗車。高校生が多い。
1156琴電志度(高松琴平電鉄 志度線1032)瓦町1230
 琴電志度駅はJR志度駅の前にあるが、分かりづらい。電車は、名古屋の地下鉄(黄電)を改造したものなので、新しい。海の横を通って、屋島のケーブルカーを見ながら、高松市内に戻ってきた。瓦町に着くと志度線ホームから通路を渡って、長尾線のホームに再び降りた。
1234(高松琴平電鉄 長尾線2032)高松築港1238
 ラストの区間は、戸籍上は琴平線だが、琴平線の電車と長尾線の電車が一緒に走っている区間だ。高松城の堀に沿って曲がって、終点。高松琴平電鉄も全線完乗した。
 少し歩いた所にJR高松駅があって、多くの乗り換え客と歩いた。四国で、やり残した事は何かと考え、讃岐うどんを食べることを思いついた。駅の立ち食いで、わかめうどんを注文した。食べ終え、後は帰るだけだ。
1257高松(快速マリンライナー30号)岡山1358
 坂出を過ぎ、瀬戸大橋に入る。壁に、また来てください、と書かれていて、見たら、急に寂しくなった。何だか、心残りがあった。瀬戸大橋の橋脚には数字が振られていて、その数がどんどん減っていった。瀬戸内の小さな島々を見ているうち、カウントダウンは続き、やがて終わってしまった。岡山平野の景色が妙に殺風景だった。
1414岡山(山陽本線1418M)姫路1544
 山越えの区間で、割に本数が少ない。外の景色を見ていたが、面白くないので、他の客の会話を聞くのに興じた。
1547姫路(新快速3350M)野洲1741
 新快速は速い。ディーゼル特急なんかより速い。明石海峡大橋が見える辺りは、山陽電鉄と併走して、海沿いを快走する。三ノ宮(神戸)、大阪、京都で客が入れ替わり、乗り通す人は少ない。滋賀県内は、帰宅客で混雑する。
1742野洲(快速784T)米原1815
 ホームで接続している。快速とは言え、この区間は各駅に停車する。もう日が暮れているので、車内に読み捨ててあった新聞を読んで過ごした。
1825米原(新快速2256F)名古屋1933
 JR西日本の新快速とは違って、この新快速は岐阜まで各駅停車。名古屋までが、長く感じられた。本を読んで過ごした。
 家に電話したら、僕の夕食は無いとのことで、きしめんをホームで食べた。昼食に続いての麺類である。乗り換え時間が少ないので急いで食べたら熱かった。
1942名古屋(中央本線171M)鶴舞1949
 今日は随分あっけなかった。つい数時間前は四国にいたのに、もう帰ってきてしまった。帰ってきても、北海道旅行とは違っていた。ただ当然のように乗っている気がしていた。四国の鉄道は全て乗り尽くしたが、不本意だった。その理由は言い表せない。もう一度、旅に出たい。楽しかったから、というより、心残りがあったから、だと思う。目線は、すでに次のターゲット、九州を向いていた。


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