ひごろのおこない/Entertainment Zone
⇒この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などとは、いっさい無関係です。
過去ログ
2026年2月
2026年3月
2026年4月
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2026.3.1(日) 和洋折衷 あげは蝶
2026.3.2(月) あげは蝶とあひる社と
2026.3.3(火) うまく行かない夜もある
2026.3.4(水) 間違いを認めない人
2026.3.5(木) あひる社→荒木町→ゴールデン街
2026.3.6(金) LINEくれねーじゃないですか?
2026.3.7(土) 卒業と依存(1) 場の本質
2026.3.8(日) 卒業と依存(2) ドラのびの事
2026.3.9(月) 卒業と依存(3) 理想の場
2026.3.10(火) 青森1 ノリと勢い
2026.3.11(水) 青森2 百流と一流
2026.3.12(木) 青森3 魔除けのカレンダー
2026.3.13(金) 上北1 あくまで湯治
2026.3.14(土) 上北2 革命の拠点
2026.3.15(日) 上北3 アクトレイザー
2026.3.16(月) 上北4 旅程の保険
2026.3.17(火) 郡山1 カフェのジレンマ
2026.3.18(水) 郡山2 店に手札を与える
2026.3.19(木) 郡山3 異常者を讃える
2026.3.20(金) 名古屋 犬もおだてりゃ!
2026.3.21(土) 松本 親子三代!
2026.3.22(日) 誇り高き田舎町
2026.3.23(月) ちのいちのきち1 紅豚
2026.3.24(火) ちのいちのきち2 2
2026.3.25(水) ちのいちのきち3 笹原
2026.3.26(木) 3月の日程まとめ
2026.3.27(金) 浅草をしよう
2026.3.28(土) 続き 独裁者が叫ぶ?
2026.3.29(日) 続き そのころのぼく
2026.3.1(日) 和洋折衷 あげは蝶
2/26の記事で引っ張った、「和洋折衷あげは蝶」というお店の答え合わせ。一言で言って狂ってました。
入店すると、まず間違いなく20代(なんなら前半)と見える男性が奥に座っておりました。L字カウンターのみの小さいお店で、土地がふんだんにあるはずの地方都市にはやや珍しい。夜学バーよりちょっと広い程度。入り口にはさまざまな「幟(のぼり)」が置いてある。なぜか今は使っていないようだが、あとで聞いたら蛹さん(後述)が「のぼり大好き」だそうで、つい集めてしまうそうだ。
こういう小さなお店で、「一見(いちげん)」である自分が入っていくと、けっこうな割合でものすごく警戒される。まず客かどうか。押し売り営業か間違いかと見定めるような視線が来ることが多い。そして安全かどうか。身内かどうか。「どなたかの紹介ですか?」とか「何でここを知ったんですか?」と身元確認をされる。「ここはこういうお店なんですけど大丈夫ですか?」といった念押しもある。
あげは蝶では一切そんな手続きはなく、「ああどうぞどうぞ」と一も二もなく「あなたはお客です」という意思表明があり、こちらはシステムも何もわからないのに「何にしますか?」といった態度を出される。堂々としたものだ。「アー、角を……ソーダで……」などと注文すると、ササッとドリンクが提供される。
前回の名古屋紀行に記した「ミ・カシータ」というお店もこんな感じだった。
イイ店は客を差別しない。客なのだから出すものを出し、もらうものをもらう。当たり前の話だ。「こいつは何者だ?」と客を訝しむのは非常に失礼だと僕は思う。何者かって、客に決まってるじゃないか。あなたが看板を掲げ、鍵を開け、客を待っている以上は。
Moo.念平先生という天才の名作『あまいぞ!男吾』にも「お客さんを差別すんじゃないよ!」という名言がある。もちろんこれは定食屋の話で飲み屋とは違うし、どんな場合でも同じ態度を取るべきという話ではない。しかし、相手が明確に悪いことをするまでは悪い人ではないというのは胸に刻みつけねばならない。これは未来食堂のせかいさん(大親友)も書いていた「その場性善説」というやつでもある。
あげは蝶はその点で完璧に僕の好みを一瞬でクリアした。いろいろ話してみたがヨソモノキチガイたる僕に一片の差別意識もなく、ただ単純に「来てくれて嬉しい」という素朴な気持ちで接してくれたように思う。
気持ちよくおかわりなどキメていると扉が開き、女性が現れて「ありがとうございます」と僕に言ってまっすぐにカウンターへ入っていく。あげは蝶は母親の「木かげの 蛹」さんと息子の「木かげの 青虫」さん親子が二人で営むお店だったのである。源氏名がおもしろすぎる。
息子さんもすごいが、このお母さんは本当の気狂いであります。「狂ってる」という言葉は親子ともども多用していたので僕がここで使っても問題ないと認識しております。本当に本当に心からの讃辞として「狂ってる!」という言葉を贈ります。長くなるので要約してお伝えしますと、彼らは長岡から20kmほど離れたA市に住まっており、わざわざクルマで通ってきているという。そして実はもう一つお店があり、そこは長岡から30km、A市からも10km以上離れたB市にある。また、なんともう一つお店が日本海に近い旧C村(現在は長岡市)にあり、こちらもまたすべての場所から数十キロ離れている。最も遠いA市のお店と旧C村のお店とは50km前後の距離で、普通に走れば1時間以上かかる。
長岡市内を含め三つのお店を同時にまわす、意外にも優れた経営者なのか!と思ったのだが、「従業員を雇っていないからなんとかやっていける」とのこと。ハ? つまり、彼らは「数十キロずつ離れた三つのお店を二人でまわす」というまったく意味不明なサーカスをしているわけである。すごすぎる。狂ってる! これ、褒め言葉ね。
もう僕は気持ちよくなってまたお酒をおかわりしてしまった。午後2時台に……。こういうタイプの異常者が好きすぎる。理性と狂気のあいだに立って、ギリギリのバランスで生きている人たち。ア~。思い切りブチ上げてリアルを手に入れている人たち……。
それは「社会と自分のあいだで生きる」ということでもある。彼らは社会の中に生きているのではない。自分の世界にのみ生きているのでもない。そのあわいに生命を輝かせている。僕は社会でしかないお店は好きではないし、自分や自分たちの世界に閉じきったお店も好きではない。あまりにも健常だと前者に偏るし、ある種のキチガイやインチキガイ(いま造語した、略してチキガイと呼ぼう)は後者に偏る。そのどちらでもないフワフワしたギリギリの狂気が僕の心を奮い立たせるのである。もちろん、自分がそういう人間でしかないから似たような人たちの輝きに安堵するという話である。仲間だ!と。
なぜそのような非効率な展開をしているのか。明確な意志があってそうしているというよりは、直感や欲求に従ったらいつの間にかそうなっていたというほうが近いのだと思われる。そしてそれぞれの土地でそれなりの顧客を得ている。ある種の天才ではあるので、そこに魅力を感じる人はどの土地にも一定数いるということだろう。
最初に作ったB市のお店はかなりの大箱で最も安定しているらしい。次に作った旧C村のお店は予約が入ったら開けるようにしているそうで、近所の会社だか役所だかの団体客が定期的に使ってくれるとのこと。そして長岡のあげは蝶が最新のお店で、ここは昼間を蛹さんが、夜を青虫さんが主に担当している。この中越エリアではもちろん長岡が最も栄えていて、「ここが最終到達地点」と述べていた。長岡を制するものは中越を制する、というわけか。応援したい。応援するぞ。そのうちB市のお店にも行くぞ! つづく。
2026.3.2(月) あげは蝶とあひる社と
もうちょっとあげは蝶の話。彼らの経営する「B市のお店」ではあるプロジェクトが進行している。20歳前後の若いお客さんが増えてきたので、その人たちをキャストとしてホストクラブとキャバクラを開くというのだ! B市のお店は大箱で、2フロアあるうちの片方を業務委託契約で若者に開放しようという話。天才すぎませんか。あんな小さな町でそんなこと成立するのか?と疑問はあるが、小さい町だからこそ「ホストごっこ」「キャバごっこ」としてスモールにやるのがちょうどいいのかもしれない。何より店の活性化にもなるし若返りにもなる。
たぶんほぼ、まったく、儲かってない人たちなのだが、なぜか常に前を向いておもろいことを考え続け、僕のような異邦人にも開き続けている。前回の日記に書いた店構え(看板など)の描写を思い出してほしい。彼らは「お客に来てほしい」のである、とにかく。その一心なのだ。結果的に一種異様な外観となっているだけなのだ。そして当人たちは「なぜか入りづらいらしい」としか思っていない。でもそれでいいのだ。
どんなビジネスも最低3年やらないと安定しない(成功するかは見えてこない)、とは僕の師匠たる吉本さん(あひる社社長)がよく言うのだが、蛹さん(お母さんのほう)もまったく同じことを言っていた。さすが三店舗を経営する敏腕オーナー。そして実のところ、吉本さんと蛹さんはちょっと似ている。頭のおかしさにおいて。
あひる社ははじめ、新宿区落合にある家賃30000円の「第一清風荘」においてスタートしたのだが、いつの間にか第一・第二清風荘に合計で4部屋借りていた。事業拡大に合わせて少しずつ大きくしていったのだ。その後四谷三丁目に引っ越した時も謎のマンションを別に借りていたし、さらに四谷四丁目に引っ越してから(現在)は同じビルを4フロア借りている。これももちろん、だんだん増やしていったのである。うち1フロアはほぼフリースペースとなっており、1フロアは渋谷系DJバー。さらに最近は新宿と京都にギャラリーをオープンさせた。吉本さんは僕から見ると「物件王」みたいな側面がある。小さな不動産王。事業拡大を物理空間とリンクさせている。それはスタートをあえてスモールにするからこそできていることでもある。
お金は、出ていったぶん入ってくるというのも吉本さんの経営哲学としてある。金は天下の回りもの。蛹さんにも似たところがある。動かなければ、動かさなければ何もやってこない。僕はもうちょっと石橋を叩いて渡るほうではあるが、それはこれまで「レベル上げ」の期間だったというだけで、そろそろそのようなことが冷静にできる局面に来ているような気もする。
かつて「無銘喫茶」というバズコンテンツを発明した吉本さんが10年くらい会社にかかりきりになって、「なんかやってくんないかな」と僕はちょっと不満に思っていたところもあったのだが、いつの間にかバーとギャラリーのオーナーとして返り咲いている。あの10年間(それは僕があひる社に労働力を捧げていた期間がすっぽり入る)もたぶん「レベル上げ」だったのだ。新しいことを始めるのには充電期間が要る。それは我々の信奉する小沢健二さんの活動を見ていてもよくわかる。
蛹さんもB市での「レベル上げ」を10年くらい(確か)やって、それから旧C村、長岡市の中枢へと広げていった。だからこその余裕が彼女にはある。「3年くらいはやんないとわかんないもんなのよ」とクールに言い放つ。その通りの言葉があったかどうかはさすがにハッキリはしないが、だいたいそんな意味のことを言っていたと思う。
そして満を持しての「ホスト部」「キャバ部」構想。部活のようにやりたい、と蛹さんは言う。新奇性がある。こういう発想が出てくるのはキチガイのいいところだ。またそれを「やりたい」と言う若者が何人もいるというのはカリスマ性のなせる業。レベルが上がっていないとできないことだ。ぜひ実現、成功させてほしいものだが、「なかなか打ち合わせができなくて頓挫している」とのこと。がんばれ~~。
みなさま堀之内にお寄りの際はぜひ大黒屋、覗いていってみてくださいませ。
2026.3.3(火) うまく行かない夜もある
1日にも言及した
この日記(2月8日)に登場する「ミ・カシータ」というお店には、僕以外にも二人の知己が訪れている。翌々日に一緒に行ったボウさんはなんと最終日の2月22日にも訪れたそうで、たぶんそれなりに面白がってくれたのだろう。しかもスーファミとカセを入手してきてくれた。形見分け。そして
2月28日の日記で言及した若者も
弾丸名古屋行の中で行ってみたようだ。興味を持ったら即行動! なんとも頼もしい人材である。
その彼がしかし、ミ・カシータではボードゲームのプレイに終始し、いまいち消化不良に終わってしまったようなのである。僕の文章により想起された「良さ」は感じることがなかったらしい。めぐりあわせと言うほかない。
「
ボードゲームをやっている間は、ボードゲームしかできない」のである。我ながら至言。リンク先はもう8年以上前の文章なのだがブレないですねぼかァ。夜学バーをひらいてまだ1年経たない頃。さらに遡ると2017年2月5日、まだ「夜学バー」という名前すら思いついていないような頃にもほぼ同じことを書いている。
余談だが「おみせをはじめます」という題で初めて開店を発表したのが
2月16日付の日記。ここには「夜学」の夜の字も学の字もない。それで4月1日にはオープンしてたんだから、すげー速さだったわけだ。どうしても「新学期」のその日に始めたかった。偉大だよね~。もっと褒めてよね。狂ってる!とかでいいから。それ、褒め言葉だから。
さてボードゲームをやっている間は、ボードゲームしかできない。かの若者はその波にさらわれてしまったのだと思う。そして溺れ死んだ。ただ、少なくとも店主の方針としては以下のようなものである。
店主曰く「ボドゲもカラオケもやらなくていい」。おっしゃっていたことを総合して要約すると「何をしていてもいいし、その選択肢は広いほうがいい」ということなんだと思う。いろんな人がいて、いろんな気分の時があるのだから、やることを限定すべきではないと。
僕はこの姿勢に大いに感銘を受けたわけだが、「やらなくていい」ということは「やってもいい」ということ。武富健治先生の超絶名作『鈴木先生』に「今のオレたちの世の中では<つけてする/傍点>という選択が―――<許されている/傍点>!」(4巻、変奏7巻)という名言がある(避妊に関する指導として登場)。これは様々に「使える」発想だ。
「許されている」とは「推奨」でもなければ「抑制」でもない。「どちらでもいい」のである。どちらでもいいということは、各々が自分の価値判断で行いなさいということ。日本という曖昧な国はこういうことがじつに得意だ。たぶんそのおかげで夜学バーは成立し、ミ・カシータみたいなお店も自然発生した。
と、いうことは、「許されていることをするかどうか」は、その場の成員の意思に委ねられる。誰にもボードゲームをやりたがる権利があり、やりたがらない権利もある。誰がどの権利を行使するかは、その場の流れやノリ、雰囲気、各人の気分やコンディションなどによって変動する。「めぐりあわせ」と書いたのはそういうことだ。
彼にはボードゲームを拒否したり離脱することも許されていた。しかしどうするかはその場次第。「こっちかな?」と思って選択したことが、「やっぱり違った!」ということもある。そんなときは落ち込み、一人きりの感想戦に浸る。僕も未だに「今回は失敗した」と思うことはある。お店に立っていても、他のお店にお邪魔したときも。
大切なのは「間違えた!」と思うことだと僕は思う。だんだんよくなっていけばいいのだから。
2026.3.4(水) 間違いを認めない人
つーわけで、「間違いを認めない人」の話。そこに成長はない! いつまで経ってもレベルは上がらない(ゲーム脳)。
間違いを認めない人は、「でも」と「だって」を多用する。そのフレーズそのものを使わなくても、スッと透明に忍び込ませる。それは時に「代案」という形で現れる。
ある間違いをおかした人が、「間違ってしまいました、ごめんなさい」と言うのではなく、「このような原因でエラーが起きたので、改善のためにこのような制度の導入を提案します」と言うわけだ。自分が悪いのではなく「構造的欠陥」みたいなもののせいにする。
あるいはこう。「それをした理由はこのようなもので、私はその側面において正当なことをしている」という相対化。「自分にも言い分はあるんです」だ。「あなたの価値観では違うというなら、譲歩してそちらに合わせますよ? こちらにも理はあるんですけどね?」である。決してそれを「間違い」だとは言わない。
別パターンとして「冗談で誤魔化す」というのもある。遅刻したときに「いや~なんか今日このビル300階くらいありません? 階段登るのに50分かかったんですけど!」みたいな。特に迷惑がかかっておらず、かつちゃんと笑いが取れてたらいいんだが、そうでなければ「まず謝れ!」であろう。
そういう人はなぜそうなってしまうのだろうか?と考えてもわからない。自分はあんまりそういうことをしないなと思う。いや、三つめの「冗談で誤魔化す」はたまにしちゃってるかな? 冗談が好きすぎて。でも基本的に自分が悪いときには茶化したりなどしない、そこはちゃんと見極めているつもりだが、たまにミスってるかもしれない。
なんでかっていうといつものアレだけど末っ子だからなんだよね。言い訳しても無駄だから。向こうが怒ってたらもう有罪確定、起訴されたら有罪率99%なので。「誤解だ」とわめいても「うるせえ」で一蹴。学習制無力感により「はい、すみません」となるか、「殺される」と感じて凍り付くか。←かわいそうすぎる
ああ、ちなみに、凍り付いてたら「凍り付いてんじゃねえ! 解決に向けてすぐ動け!」みたいに怒られたことがあった。兄から。それ以来「言い訳よりも解決」とすり込まれ、すべき釈明もろくにできない人間になってしまった。巨大な欠陥で、直すべきだと思う。
よく言えば過去よりも未来を見ているってことだが、過去を無視していいという話ではない。でも僕は(少なくともこれまでの自分は)釈明というものが恐ろしい。「うるせえ」で無意味化される気がどうしてもしてしまう。まったく理屈ではないところで。それでどうなるかというと、釈明をこの日記のなかでしてしまうのだ。直接言わずに。なぜならば、ここに書いてしまえば「無意味」ではなくなるから。そう意識してしてきたというのではなく、いま半生を振り返って反省。
「間違いを認めない人」を僕はヤベーと思うけど、「間違いは認めるが釈明はしない」人とどっちがヤベーのかといえば、どっちもどっちかもしんないですね。僕の場合はさらに「間違いは心の中では認めるが何も言わないで次に進む」という超絶ヤベー時があるんで、まぁヤベーよなとは思います。人が怖いんです。がんばります。
2026.3.5(木) あひる社→荒木町→ゴールデン街
(株)あひる社で(株)夜学の打ち合わせ。前社社長の吉本さんも交えていろいろ話す。「スモールスタートでだんだん拡充させていくべし」「どんな事業も3年やらなきゃわからない」といったありがたいお言葉を賜る。事業に関する思いつきのアイディアも頂いた。
僕と後社社長に対して「お二人みたいな頭のいい人が考えることが間違ってるはずないんですよ(ゆえに慎重に時間をかければ大丈夫と信じるべし)」と言う。なるほどな。むかし皿屋敷さん(mixiネーム:明治)が競馬について「ジャッキーさん、いちど競馬場に行ってみてください。こんなやつらと金を取り合って負けるわけないって肌でわかりますよ」と仰っていた。これは一つの真理なのだろう。投資とかでもたぶん似たようなもので、頭のいい人が冷静に慎重に考えればまず負けることはない。ただ問題は、どんな人でも常に冷静で慎重でいられるとは限らないことなんだが。
ともあれ気張らず焦らず、ゆっくり堅実にやっていこうと思います。そのためのレベル上げだったのだ。
会議を終え、懐かしの荒木町。トミーさんの働いている「イルバッショ」というお店へ。ひとり出版社をやっている人なので、社長を紹介したかったのだ。いろいろと僕にはわからないような専門の話をしていて僕はホーンと聞いていた。みなさん頼りになる。持つべきは友、ですな。(これをせかいさんに言われて嬉しかったな~。)
この時点でだいぶ飲んでしまったのだが悪い癖で「もうちょっと飲みましょうや~」となり、僕も最近ありま猛先生の『あだち勉物語』読んでてそこにゴールデン街らしい飲み屋がよく登場するのでちょうどその気になっていたためビューンと新宿。
BOUYへ。古き良きゴールデン街の風情を残す素晴らしいお店。マスターは
友人のお父さんでもある。継いでくれないかな。決して手放したりはしないでほしい。
そんで結局朝まで飲んだんだけどどこに行ったんだが記憶がハッキリしない。これぞゴールデン街って感じの飲み方ですわね。がんばって思い出します。なんか知ってるお店がけっこう休んでて行き場に困ったんだよね。たまにしか行けないのに惜しかった。えまくんも非番だったし。
このあと八十八(はとや)なのかな。出た時点で4時くらいだった。そのあとZilchなんだけど、こんだけだっけ? 17時半あひる社、20時半くらいに荒木町? そんでゴールデン街着いた時にはもう24時くらいだったのか? そこから2軒で4時になる? 移動時間抜いても3軒で7時間、そんな飲み方するかな? したのかも。わからない。なんか一軒飛ばしてるような気がする。
言い訳(釈明)しておきますとこれは別に「めちゃくちゃ酔ってたから」ってことだけではなくて、僕の記憶っていつもこうなんですよ。ちょっと時間たつとすぐ忘れる。。毎回お店の営業が終わるともうその日に誰が来てたかうまく思い出せないのだ。思い出すのにかなりの時間とエネルギーを要する。何日も経てばほぼ不可能になる。今その状態。3月10日執筆なので。
でも最後に「Zilch」ってお店に行ったのは覚えている。ずっと行ってみたかったから。店名からして確実にhideファンなんですよね。朝4時に灯りついてたんで勇気出して二階上がって扉を開けてみたら、「ア~、今日はもう……(終わりなんですよね~)」とお断り的オーラを一瞬出されたが瞬時に「あ今日はもう終わりですか!」と先取りしたうえで「つい上がって来ちゃいました、hide好きなんで」と言ったところ「1時間くらいなら」とお許しいただけたのである。フ。誇るべき透明な交渉術。透明って言葉に最近ハマってるかも。あらゆる透明な幽霊の複合体。
いいお店だった。また行きます。
で最後の最後。ベロベロになりながらもう一軒いくか~とお店を物色していたら同行していた社長が路面のお店にまだ飲めるかを確かめにスッと入ったので自分もどっか開いているところを探そうと二階に上ったらキッパリ閉まっており、降りていったら彼の姿はそのお店の中にも周辺にもなく、見失ってしまった。その時の僕の感情は完全に「ああ、もう飲まなくていいんだ」という解放であった。こういう時って終わりが見えないですからね。もちろんちょっとは探したが見つからなかったのでスタスタと帰った。まったく薄情なもんだと自分でも思いますがマー泥のように飲んだ日はこんなもんです。翌日は泥でした。
2026.3.6(金) LINEくれねーじゃないですか?

マサルさん。金くれねーじゃないですか? 欲しいゲームとかフツーにあるじゃないですか? 俺、すごかったスよ ムカツイちゃって。知ってます? そんで愛沢さんに相談した訳ですよ。
(真鍋昌平『闇金ウシジマくん』2巻より)
通称「
金くれ三部作」の冒頭に引用した画像。引用の基準を満たすか微妙だがやっぱこれを思い出してしまう。最近女の子があんまりLINEをくれない。
ちょっと前まで僕のところにはかなりの量のLINEが来ていた。女の子たちからの「相談ならぬ相談」である。時に数十件という未読が溜まるほど「聞いてくれ!」「意見をくれ!」「肯定してくれ!」「メンケアだれか たのむ」「とりあえずおくるね」「あのね」「昨日ね」といった硬軟織り交ぜた内容が怒濤のように送られてきていてトーク画面は真っ白に染まり(未来人への注:相手からのメッセージは白地に黒字で表示される)、僕も生活の隙間に応対したり無視したりものすごく盛り上がって莫大な時間を溶かしたりしていたものだ。
しかしこれは歴史的事実として書いておきたいが、それが最近かなり減ってきている。なぜか? もちろんセーセーエーアイの登場、台頭、席巻である。と、僕は分析します!
僕だけではない。ある友達も「○○から(狂ったような)LINEがほぼ来なくなった。聞けばChatGPTに相談して溜飲を下げているらしい」と証言する。そういうことはあると思う。僕自身もどーでもいいLINEを人に送ることが減り(向こうから来ないからってのもある)、代わりにGeminiばかり使っている。個人的な相談をしているわけではない(極力しないようにしている)が、本来なら友達に投げかけていたかもしれない素朴な疑問などをGeminiに入力しているような気はする。
よく言えば「他人を消耗させることが減った」ということではある。同時に「人と人との触れあいが減った」ということでもある。これはじわじわと効いてくるはずだ。
たぶん、これからは意識的に「友達に話すこと」と「機械に聞くこと」を分けていかなければならない。ここがごっちゃになるときっと騒動が起こる。
具体的なことはこれから考えていきたいが、明るく捉えれば「会うこと」や「話すこと」が友達とのコミュニケーションの中心にまた戻ってくるということかもしれない。文字のやり取りのほとんどはエーアイが実のところ代替できてしまう。ゆえにこそ文字でない交流や、文字だけれども友達同士人間同士でなければ意味をもたないような対話が相対的に重要になる。あるいは直筆の手紙の意義もいや増していく可能性がある。いいところを見よう。
2026.3.7(土) 卒業と依存(1) 場の本質
卒業とは依存からの訣別という意味である。尾崎豊が「この支配からの卒業」と歌ったのは正しい。依存と支配は同じものだから。
長岡の「まちまち、ときどきカフェ」で見かけて後に買った山納洋『カフェという場のつくり方 自分らしい企業のススメ』とても良い本だった。当たり障りのないタイトルとは裏腹にカフェ的な「場」の本質を見事に分析している。なぜこんなタイトルにしたのだろう。あえてなのかな。
お店が世界に対して閉じているか開いているか、そこで「常連」なるものがどう機能するか、など僕がよく書いているような視点も入っていてバランスが良い。ただしもちろん、僕ほど尖ってはいない。タイトル通り一般の人が気楽に読めるようにはなっている。ただし後半になるにつれだんだん本音というか毒気が出てくる。浅い言葉で言えば「深い」内容が書かれるようになる。ここまで読んでくれた人へのサービスボーナス、といった感じで。猫こと浅羽通明先生もヒット作『大学で何を学ぶか』について「最後まで読むようなやつのために終章にだけかなり本質的なことを書いている」みたいなことを仰っていた。
ヘミングウェイやハドルストンの視点は、カフェという場の不能性というよりは、カフェという場には、人それぞれ卒業するタイミングがあるという事実を示しているように思えます。ヘミングウェイ自身、カフェでの交流によって、多くのものを得ていたわけですから。
多くの人にとって、出会いの場を希求するのは人生の一時期のことで、自分にとって大事な人、新たな可能性と出会えれば、そこから先、開かれた場に身を置き続ける必要はなくなります。それは店主も同じで、カフェを通じて得られた出会いや気づきから次の展望が見えてきて、その結果、お店を卒業するということもあり得るのです。(P175)
簡単にいえば、カフェという場は「依存先」になりやすいというのだ。作家なら書くことが仕事のはずなのに、カフェに入り浸って「議論」するのにばかり時間を費やすようになる。大学のサークルや文学系のゼミ、新宿ゴールデン街等には「オレは小説を書くぜ!……いつかな」とか言っているようなヤツがわんさかいるのですが、カフェというのは昔からそういうやつばらがクダを巻くだけの依存用コミュニティを育んできた。そのヤバさに気づいた偉大なるヘミングウェイは「こんなところにいてはダメだ!」と依存を断ち切り、カフェから距離を置いたっていう話。
これだけ読むと明確に「毒」なわけだが、この山納さんという著者の素晴らしいところは、「卒業」に対置する「回帰」という概念をちゃんと用意しているところ。
一方で、外の世界で様々なことを経験した後に、カフェという空間や、そこで起こるイノベーションに改めて可能性を見出す、という人もいます。
(略)
つまり、ソーテにとってのカフェとは、仕事や立身出世の機会を得る「インプットの場」ではなく、今まで培ってきたものを発信するための「アウトプットの場」だったのです。
人生においていろんなことを経験し、自分の果たすべき役割を見極め、その先に社会や人と関わることのできる場所を求めて、カフェを志向するようになる。こういう人はもはや、大きな心の揺れに翻弄されることはないでしょうし、より多くをお客さんに与えることのできる存在になっているでしょう。そしてそういう場が増えることは、地域社会の活性化にも繋がるのではないかと思います。
カフェには卒業のタイミングと、回帰のタイミングとがあります。(P175-176)
僕自身の例が非常にわかりやすいのだが、20歳の頃に通い始めた吉本時代の「無銘喫茶」はまさに「インプットの場」だった。実際そこから仕事も得た。バーテンダーもライター業もこのお店に導かれたものだ。そしてもちろん現在の「夜学バー」は「アウトプットの場」と言うことができる。山納さんの言い方なら「回帰」したわけだ。
しかし、僕はこの山納さんの考え方を「100%正しい」と賞賛しつつ、「僕はいやだ!」(懐かしい)と同時に拒絶もしたい。
次回、僕の考え方を述べる。
2026.3.8(日) 卒業と依存(2) ドラのびの事
奇しくも卒業シーズンである。前回の続き。
カフェに限らずあらゆる場やコミュニティには卒業するタイミングと、回帰するタイミングがあり得る。それは間違いない。ただ、僕がやりたいのは「そうではない場」なのである。
卒業なんてしたくないからだ。
また、卒業なんて死んでもされたくない。
なぜかって? さみしいからに決まってる。
なんであんなにさみしいことを「そういうもんだ」で見送らなければならないのか!
僕はカリスマやから((C)松本人志)依存されることがたびたびあって、そういう人はどこかのタイミングで「卒業」していく。「回帰」してくれる人もいる。僕の言葉で言えば「再会」だ。それは喜ばしい。しかし「卒業しなければ再会できない」ってことはない。じゃあねと別れて翌日ハローしても再会は再会。なんならそのほうがずっといい。
さて、また箴言を吐くぞ。「通わなければ卒業はできない」これである!
言い換えれば、依存しなければ卒業する必要はない。
依存して、バランスを欠くから卒業しなければいけなくなる。
依存せず、バランスをたもてば卒業なんてしなくてもいいのだ。
そしたらさみしくない。ずっと一緒に遊んでいられる。
つまりね、「さようなら、ドラえもん」時点ののび太ってのはドラえもんに依存してたのね。だから卒業が必要だったわけね。その通過儀礼が「ジャイアンに勝つ」だったわけよ。
それを果たしてドラえもんから卒業し、そのあとで「回帰」したのが「帰ってきたドラえもん」なのよさ。
ここで改めて、知らない人もいるだろうから僕が高校1年生の文化祭で生徒たちに講義した「ドラえもん学」のエッセンスを披露しておきましょう。15歳で僕はここまでハッキリと述べていたのだ。
まず、ドラえもんは最初「のび太を助けるため」にやってくる。ここでは「助ける側と助けられる側」という構図があって、ある種の上下関係が存在する。それで「依存」ということにもなる。
しかし、「帰ってきたドラえもん」以降の二人の関係はどうか? ドラえもんはのび太の使った「ウソ800(エイトオーオー)」という道具の効果で帰ってきたのであって、理由は何もない。再開時の二人のやりとりは以下。
ドラ「じつに不思議なんだよ。きゅうにまた、こっちへ来てもいいことになった。」
のび「な、なぜ? どうして?」
ドラ「それがぼくにもわからない。」
くっ、正しいセリフを確認するために最終ページを見ただけで涙が止まらないではないか。なんという繊細な神経……。なんというかわいいぼく。
いいですか、この時(7巻冒頭)をもって二人の関係は「頼る・頼られる」ではなく「なんだかよくわからないけど好きで一緒にいるだけの対等な友達」に転換したわけですよ。ここから永遠のユートピアが始まるのです。そして僕にとって理想の世界とは、まったくもってシンプルにこれなのだ。のび太とドラえもんがなんの理由もなく一緒にいてばくしょうのうずを作り続けるだけの世界。ハッハッハ。
それを「半日教室」っていう学校の行事で同い年か年上の生徒たちに映画見せて泣きながら講義していたのだから、狂ってる!と褒め言葉を送っていただきたい。15歳の僕は本当に偉い。ホームページつくったし。
しかし本題というのは、僕は「さようなら、ドラえもん」なんて本当は要らないと思ってるんですよね。なんで一回別れなきゃいけないんだ。そりゃ成長するためにそういう通過儀礼が必要だったってことは結果的にはいくらでもある。だけど本当は、一度もさよならしないでずっと仲良しでいられるほうがいいに決まってるじゃあないか。
これは島本和彦『逆境ナイン』において、野球で百点差をひっくり返して勝ち増長する主人公に対して突きつけられる「百点差をひっくり返して勝つよりも、一点も取られずに一点だけ取って勝つほうが偉い」という身も蓋もない真理と構造的によく似ている。僕はよくこういう考え方をする。漫画のせいだ。
「依存して、依存を断ち切って卒業して、しばらく離れてからまた回帰(再会)する」なんてことよりもずっと、「ただずっと仲良しでいる」ほうがいい。僕はそう固く信じているのだ。もちろん現実には依存が存在して、ゆえに卒業が必要で、救いとして回帰や再会があるなんてことは存じております、理想を言っているだけです。
ほんとね、卒業されるなんてゴメンだし、卒業するのもゴメンである。その時その時のちょうどいい距離感でいればいいだけのことだ。
うーむ紙幅、いや画面幅、ホームページ幅が足りない。まだ続こう。
2026.3.9(月) 卒業と依存(3) 理想の場
夜学バーは「卒業」の存在しない教育機関でなければならないんです。それが言いたかったのだ。
卒業があるってことは依存があったってことだから。で、みんなだいたいそうなんだよ。卒業しちゃうんだ。さみしいことに。「一時期は必要だったけど、今はもう必要ない」という形で。それは明確に僕の失敗です。そんなふうにはしたくなかった。でも、最初のうちは自分がそんなにこのことを望んでいるなんて自覚してなかったから、そういうつくりかたをできていなかったし、そういう主張もしていなかった。
今、僕は明確に、少なくとも働いてくれている人たちには、「卒業などという概念はありません」という意味のことを伝えているつもりだ。伝わっていなかったら「なんのことですか?」とたずねてほしい。それこそ失敗の証左である。アー、失敗したくない。でも人は間違える。間違えたら悲しみ、反省し、再び歩き出すしかない。
ほんとにみんなあんまり顔出してくれないね。たびたび言ってるけど。それはなんでかっていうと「夜学バーに行く」という行為がその人たちにとっていま不必要だからで、そりゃ単にマッチングの話だから文句ってんじゃないんだけど、僕もその程度のことしかできていない、してこられなかったんだなあ、今のところ、とちょっと落ち込んだりはするわけです。
ま失敗ですね。って、でもそう言い切っちゃうと「わたしたちとの関係や、いまのわたしの生活スタイルを失敗って言うんですか?」という話にもなって、まったく完全にイヤな発言になっちゃうんだけども、ある一つの側面だけから見た時にはそうだと僕は思うんですよ。みんなのことは大好きだし仲良しだって思ってますけど、自己嫌悪も含めてすべてがうまくできたとはまったく思わない。むしろダメなところばかりだった。デカすぎる理想に比せばね。
必要なときに必要なだけ行けるのが夜学バーの理想だから、必要がなければ行かなくていい。「必要が生じたらいつでも行ける」「いつだってジャッキーさんには会いに行ける」と心の中で思えることが大事だってのもある。ただ僕が勝手にさみしいだけだし、「1円の金も儲かんねーな」と思うだけで。だからファンクラブみたいな制度が必要なんですよね。入ってくんなきゃヤだよ、本当に。死ぬじゃん、干からびて。霞ってまじーんだよ。ギャー(雲から落ちた)。
そうは言っても仲良い人たちはいて、本当に有り難い。顔にも言葉にも出さない(だからダメなんじゃないのか?)けど、幸福なのですよ。ずっと、ということそれ自体が。たびたび、とかね。
生徒がたずねてきてくれた!みたいなのがどんだけ自分を支えてくれているか。「ウワー生きてきた意味があったわ~」って単純に思える。でもまぁなかなか多くはないですね。それが「バー」という形態の限界でもあるのだと思う。それでまた別の展開も考えていこうと思っているわけです。お会社のほうでなんかやりたいですね。
前向きに捉えると、「ゼロヒャク」ではなくて「ジュウゴとニ」くらいなんでしょうね。100じゃなかったぶん、0ではない。わかりにくくてすみません。夜学バーってわりと依存度が低いはずなんで15くらいだとして、そうすると白か黒かっていう二択じゃなくて減り方もグラデーションとなり、2くらいのわずかな何かが残ってそうな。うん。そういう発想が慰みです。
はぁ、必要ってなんなんだろうな。どうしたらもうちょっとくらい必要を生み出せるのだろう。あるいは必要などという概念をいっさい捨て去って、新しい考え方で楽しくやっていける道筋はないだろうか。カムパネルラ~~~~~~。どこまでもどこまでも一緒に行こう! 行こうよ~~~~~~~~~~~~~~!!!!
2026.3.10(火) 青森1 ノリと勢い
<9日(月)>
JR東日本の期間限定フリーパス「キュンパス」(\10000)を使って青森へ。東京→新青森→青森のみの利用ゆえ切符としての面白みは特になし。とにかく青森に行きたかった。ここんとこ毎年来てる。
キュンパス大盛況でちょっと出遅れると指定席が全然取れない。14時すぎに青森駅に着く便をようやく確保。3列の真ん中で窮屈だったが仙台で全員降りた。仙台日帰り勢が多かったのかもしれない。新幹線ではずっと本を読んでいた。
新青森から青森までの列車は2両しかないのでかなりの混雑。逆に言うと2両でまかなえる程度しか青森には向かわないということでもある。
自転車を組み立て、ひとまず昼食。「やきそば青森」を再訪。前回はそれなりにお話ししたのだが今回はほとんど会話らしい会話をしなかった。いろんなタイミングがある。今度は夜の居酒屋タイムに来てみようと思ったが実質2席しかないので僕みたいなのが来たら迷惑かな。でもそういうふうに遠慮されるのは自分だったらむしろすごく嫌なので勇気出していつか行ってみよう。それまで続いていますように。
宿に入る。寝不足なので昼寝。2時間くらいで起きたがまだ遊びに行く気にならずパソコンを取り出してカタカタとやる。21時近くなってようやく外に出る。行こうと思っていたお店はことごとく扉を閉ざしていた。強めに雪が降る。寒い。困る。
いつの間にか駅前まで来ていた。開いている店もあるがどこもピンとこない。とりあえず煮干しラーメンで空腹を満たす。凪の元ネタみたいな味。「喫煙処ワスレ草」というお店を発見、たぶん去年のこの時期には存在していなかった。入ってみる。2時間ほど過ごした。
入店した瞬間の店主の応対でお店についての考え方がほとんどわかる。ちょっとした表情の変化や話し方などにすべてが出る。このかなり若い女性店主は、警戒するでもなく自然に言葉を使っていて好感が持てた。物怖じせず話しかけてくる。それでいて緊張がないわけでもない。ちょうどよい。
いろいろなことを話すことができた。このお店を始めたのは完全に勢いとタイミングだったそうな。再開発で取り壊す予定だったから軽い気持ちで開店を決意、6月にオープンして3月には閉める予定だったのだが延びに延びてたぶん秋くらいまではやるし、なんならまだ延びるかも、と。そのあとは移転するつもりではあるらしい。「ぜひ2027年度の夜学バー全国ツアーまでなんらかの形で続けていてください」と後戻りのできないお願いをしておいた。
僕のかつてのおざ研(尾崎教育研究所)も取り壊し確定した定期借款物件で3年弱やったのだし、夜学バーも初期費用ほとんどゼロでそのままスタートできる好条件をいただいたのでそこに乗っかった。彼女の状況はちょうどこの二つを混ぜたような感じ。「ノリと勢いで生きてます」的なことを言っていて僕もそうなのでけっこう話が盛り上がった。
ビジネスはまず小さく始めて、うまくいきそうなら拡充していけばいい。
吉本直系の僕は強くそう思う。ここの店主もまさにその路線。まったく、何百万も借金して豪勢な店つくって、そこで人雇って、数年で閉店みたいなお店はとても多い。もちろん成功するケースだってあるのだろうが個人がやるにはギャンブルすぎる。どうしてそんなに「僕が考えた最強のお店」が必ず世間に受けると信じられるのだろうか。怖くないのか? もしくは想像をしないのか?「信じられないですよねえ」みたいな感じで結託した。
ワスレ草はとても良いお店だった。いまどき「喫煙処」と冠する逆張り根性も天晴れだし、身の軽さやこだわりの偏りも良い。こだわるべきところはこだわって、こだわらなくていいと自分が思うところはさしてこだわらない。店主のセンスと人柄がすべてのスモールビジネスにおいてはきっとそのほうがいい。こだわりたくもないことを無理にこだわると中途半端になってノイズ化し魅力が減る。肩肘張らず好きなようにやっているから客のほうも気楽に居られるのだ。仲良くしていきたいお店である。
2026.3.11(水) 青森2 百流と一流
<9日(月)・続>
駅南の「いいわけ」という立ち飲み屋は三桁におよぶ膨大なラムを備える名店。東京からUターンした店主で都会の風が吹いている。必ず再訪したいと思っていた。そこに向かう途中で「立ち飲み 自由空間」というお店を発見、「アメリカ大好き!」「ロック大好き!」な雰囲気が興味をそそる。Googleマップでは月曜休み、他の曜日も22時閉店となっているのだが明らかに営業している。時刻は0時過ぎ。覗き込むと店主らしき女性がカウンターにいる。気にはなったが「ごめんなさい、もう終わっちゃったんですよ~」というのは僕の一番嫌いな言葉なので恐ろしく、スルーした。
ところが! そこから盛大に道を間違えて、どのみちもう一度「自由空間」の前を通らなければならなくなった。苦笑した。運命なんだろうな。諦めて僕は「自由空間」のドアを開けたのであった。
営業していた。だいたい3時くらいまではやっているらしい。そして定休日なし。Googleマップなんか信用できないデスね、特に地方では。たまに「Googleマップでは営業時間内なのに閉まってる! 許せん! 星一つ!」とか激怒してる百流レビュアーを見かけるが、あんなもん信用するほうが悪い。誰が書いた、いつの情報かわからないんだから。22時までになってるってことはコロナ禍下から更新されてないのかもしれない。そこまで予想するのが一流ってもんなのじゃよ。
「いいわけ」も含め青森駅南のこのエリアは個性的なお店が意外とあってけっこう面白い。たぶん古い町。道路の形を見ればわかるのですよ、一流なので。地図を見れば「かつて電車が通っていたのでは?」と予想できる。一流なので。それで拡大してみると「旧線路通り」と出てくる。ってことはかつて栄えていた可能性があって、そういうところに「宝」は埋まっているのだ。ちなみに僕が青森で最も好きな喫茶店「シドニー」もこの道路の付近にある。
さて「自由空間」というお店は立ち飲みと歌ってはいるが椅子しかない。カゴにお金を入れるキャッシュオンシステムなのは上野の立ち飲み屋や大曽根の角打ち等と共通している。気軽に安く、しかも遅くまで飲めるいいお店。オーナー(「トニック」のマスター)も飲みに来ていた。「ロック大好き!」は彼の趣味らしい。ほのぼのとあれこれ話す。夜学バーのことにも興味を持ってくださってありがたい。営業と研究、これがすべてを経費にする……。ともあれ青森の人はいいな。嫌な思いをしたことが一度もない。みんな優しい。
お暇して「いいわけ」に向かったが、閉まっていた。うーむ。やはり月曜は弱いですね。最後の砦「喫茶まるめろ」へ。知る人ぞ知る青森最後の詩人ひろやーさんのお店である。看板は灯っているが「準備中」の札。構わず扉を開く。このお店は常に「準備中」なのである。魔除けの一種だろう。
席に着くなり「尾崎さんでしたっけ」と。よく覚えておられる。ヨソモノもそれなりには来るだろうに、ありがたい。結局ここで3時か4時くらいまで。楽しかったです。
2026.3.12(木) 青森3 魔除けのカレンダー
<10日(火)>
「シドニー」のモーニングに間に合うように起床。這うようにして向かうが閉まっている。実は昨日宿に入る前にも見に来ているのだがその時も閉まっていた。2カ所ある入り口はどちらもシャッターが閉められ、スタンド看板も大破していた。大雪で壊れたのかもしれない。心配だ。
「りとるはうすしもん」へ。物量系の名店。本当に素晴らしいので青森に行ったら必ず寄りなさい。「まるめろ」はこの意志を継ぐ者である(たぶん)。500円の超豪勢なモーニングを頂く。このあと「しおや」のやきそばを食べようと思っていたのだが不可能になった。
ひたすら東へ。雪が強くなったり弱くなったり。旅の荷物背負って自転車で移動するのはかなりしんどいが、自分が頑張れば済む話なのでがんばった。根性。すべては根性。
青森駅からかなり離れた「虎の穴」という珈琲屋に行きたかったのだが、開いていなかった。北上して「cafe0371」にも行ってみたが、ここも開いていない。いずれもけっこう個性的で文化的な香りがするので気になっていたのだが。残念。さらに東進して「ボヘミ庵」に開店凸。ようやく来ることができた。
思った以上に良いお店だった。新刊も古本も扱う書店でありつつ、カフェであり食事もできて夜はバー。11時間半の営業時間を毎日一人でこなしていると思われ、狂ってる! これ、褒め言葉ね。
選書もなかなかバランスが良くて好感が持てるな、と思ったらお手洗いに皇室カレンダーが! 一気に好きになってしまった。皇室カレンダーが貼られたお店は名店!と僕は日ごろから断じているのだが、いわゆる「文化的なお店」に貼られているのは珍しい。古い居酒屋や喫茶店、定食屋あたりではたまに見かけるのだが。
店主が右寄りの思想なのか、単にこだわりがないのかはわからないが、棚を見る限り大きな偏りはない。素晴らしいことだ。はっきり言って本とか扱おうってヤツらはだいたい左なのである。進歩的なことが問題なのではない、大概わかりやすい「左っぽさ」で面白みがなく、選書にもそれが表れることが多い。ゆえに「セレクト本屋」ってのはどこも似たような棚になりがちなのである。
あえて言ってしまえばお手洗いに皇室カレンダーがあるってのも一種の「魔除け」なのかもしれない。「ウチはそういう店じゃありません」という牽制。独立系書店やブックカフェには当たり前のように左翼的思想を持ち込んできて「言うまでもなくみなさんそう思いますよね?」とやってくる人がたぶんいる。それを潰せる。皇室カレンダーは「いろんな考え方の人がいる」証拠として機能する。
ってぇか書店とか古本屋、ないしブックなんちゃらは、さらに言えば「カフェ」もそうなんだけど、店主の側がむしろ「高市ってのは戦争したがってて最悪ですよね? 当然のことながら。言うまでもないことですけれども!」といった主張(やや大げさな書き方ではあるが方向として)をしている場合が多い、ように僕は思う。悪いとは言わない(言えない)が、人と人とを分断しよう、切り分けようという態度でもあるわけで、それはとりあえず僕の好みではない。人それぞれやでえ。
そういう業界にあって(というのも僕の偏見と思い込みかもしれんのだが)皇室カレンダーはしびれる。最高。嬉しい。夜学バーも東京新聞というだいぶ左い(形容詞)新聞とってるんだからバランスのために皇室カレンダー貼ろうかな。
カウンターに座っていろいろお話もさせていただいたが、柔らかく楽しい時間を過ごすことができた。夜学バーおよび全国ツアーのことにも興味を持っていただけた。無事に本が出たらイベントでもやらせてもらえないかな~。
小柳駅まで自転車で走り、乗る。青森駅から乗るより230円安いのだ……。
2026.3.13(金) 上北1 あくまで湯治
<10日(火)・続き>
10日の内容の13日の日付の日記を24日に書くとは。何の意味があるのか。よくわからないがしばらくはこういう感じで許されたい。
上北町駅で下車。定宿だった「玉勝温泉」はお湯がヌルくなりすぎて、それを直す予算もなく関係者の高齢化も進んだため閉鎖された。代わりに今回は「八甲温泉旅館」、2食付き4500円を2泊。素泊まりなら3000円なのだが玉勝は2500円だったので悔しい。しかもこのあと噂で聞いたのだが玉勝は「別館」のみひっそり素泊まりのみ受け付けていて、温泉がない代わりに2000円くらいになっているらしい。それはそれで魅力。温泉は八甲まで行けば200円で入れるのだし。また八甲は真水が出ないので真水で頭を洗いたい場合は他の温泉に行ったほうがいい。しかし泊まってみて実感したが宿で食事が出るのはいいね。時間も短縮できるし、考えなくていいし。今回は一度もユニバース(スーパー)に行かなかった。玉勝か八甲か。一長一短である。まご参考に。
部屋は8畳あるらしい。布団、コタツ、テレビ、20年近く前の古雑誌や漫画本、灯油ストーブ。そしてハンガーとモノを干すためのひも(重要)。
玉勝は温泉を利用した床暖房で真冬でもストーブやコタツ要らなかったが、八甲の部屋はめちゃくちゃ寒い。コタツとストーブをフル活用。しかし灯油使い放題で追加料金ナシはすごい。いい宿だ……。泉質もこのあたりで一番という噂だし、ごはんも豪勢。ただし朝の食堂は死ぬほど寒い。
自転車で走り、日のあるうちに「初雪舎」へ。駅から歩いて20分、ほとんどお店のなくなった住宅街の山の上にある。まだGoogleマップにも載っていなかった頃に自力で探し出したすばらしいカフェ。以来通って仲良くしていただいている。玉勝温泉が閉まったという話はこちらの店主がDMで教えてくださったのだ。お店に入るや「玉勝がなくても来てくれるなんて」と喜んでくださった。
電源を借り、カタカタと音を立ててキーボード叩きます。けっこう仕事しに来ている人もいるのだが、このあたりにもリモートワークという概念があるのだろうか。2時間ほどお邪魔して、18時半の夕飯に間に合うように宿に戻る。
よく時間かけて豪勢なごはんを食べ、部屋に帰って、またカタカタ。おなかが落ち着いた頃に温泉に入り、ようやく遊びに出る。21時過ぎくらい。
本音を言えば夕飯を食べたらすぐに飲みに出たい、そのほうが多くのお店を回れて、たくさんの人に会えて、より充実した「仕入れ」となる。また当然、楽しい。しかしそもそも僕が初めて上北をめざした動機は「湯治」だったのである。身体を休めたい。そしてゆっくりと本を読んだり文章を書いたりしたい。今回も上北に着いた時すでに寝不足だったし。
それで今回は「食事」「飲酒」「入浴」「就寝」の順序や間隔にけっこうこだわった。さすがに飲酒から就寝までの間はそんなに空けられないのだが、ごはんを食べてから時間を置いてお風呂に入り時間を置いてお酒を飲むか、お風呂に入ってから時間を置いてごはんを食べ時間を置いてお酒を飲むように努めた。
そのあともできる限りは時間を置いて眠るわけだが、問題は朝食。夜中まで飲んでしばらくして寝て、7時半にはごはんを食べなければならないわけだ。もちろんお昼寝したいわけだがすぐに寝るのは消化に悪いのでしばらく仕事してから寝る。またせっかく温泉入り放題なのだから日に何度か浸かりたいのだがこのタイミングも考えなければならない。お風呂に入って髪が濡れたら乾くまで寝られないとか、そういうのも含めて。ドライヤーなんてないし(これはけっこう困った、いま髪が長いので)。
ましかしそのおかげか、毎日飲酒していたわりには帰京後なんとなく体調も外見もよくなっていた、ような気がする。
2026.3.14(土) 上北2 革命の拠点
<10日(火)・続きの続き>
今回は上北でほとんど飲み歩かなかった。「R.」というお店に二晩続けて行ったのみ。というのも、インスタで相互になっている「かぐや」(音楽系)も「HIDE OUT」(ハリーポッター系)も両日お休みだったのだ。スナックのまち上北も週の前半は多くのお店が扉を閉ざしている。寒い時期なのもあるのかな。新しくできた「Bar Evid」(音楽系)も週末のみの営業になっているらしい。そこにきて「R.」は偉い。灯火を絶やさない。
前回(去年)ここでお会いしたIさんという方と再会。週に一度来るか来ないかおちう頻度らしいが運良くバッティング。もとは関東の方なのだが上北を盛り上げるために住み着いていて、いろんな活動を表に裏にしている。僕も上北に魅了された一人だが、彼の入れ込み具合はさらにすごい。ただし「上北が好きだ」とは言わず、むしろ辛口の批評をすることのほうが多い。地方創生の対象としてクールに見ているようにも見えるが、面白くってそういう活動をしているというのはたぶん間違いない。今は湖のほとりの建物を改装して「そこだけ表参道みたいにする」プロジェクトを進めているようだ。なんじゃそりゃ。楽しみだ。
実は「R.」のママは町会議員でもあり、それもあってか役場の人など町の中枢に近い人たちも多く訪れるようである。あんまりここでした話を具体的には書かないほうがいいのかもしれないので抑え気味にするが、おそらくこのお店から革命は始まるんだったら始まる。ママはこのお店を建物(雑居ビルならぬ雑居長屋)ごと買ってしまったそうで、今の「R.」は自分の母親のお店にして、自分は隣のテナントに移るそうだ。二つのお店は壁を壊して繋げる。巨大化である。いっそう人が集まるようになる。そして買ってしまったからにはきっとあと20年、30年と何らかの形でお店を続けていくのだろう。最近「R.」主催でかなり大規模なイベントをやって、年に一度の定例にしていくとも聞いた。彼女がこのままのバイタリティとカリスマで突っ走ることができたら、ひょっとしたら東北町(上北町駅のある自治体、とうほくまち)も変わらないではない。Iさんもまだ若いので20年、30年と是非ここでがんばってほしい。定点観測するにはあまりにも面白い町なのだ。
9月には選挙も控えている。定員割れしたら選挙は行われないのだが、もし行われるようならその時期に行ってみたいな。
ほかにもいろいろな話を聞けた。玉勝温泉は町会議員でもある建設会社の社長が買ったそうで、温泉を掘り直しリニューアルする計画だという。噂レベルでは健康麻雀を併設するとか。また道の駅の付近にお花屋さん兼カフェ兼フラワーアレンジメント教室兼まつエクサロンがオープンしたと。面白い。少しずつではあるが田舎町も変わっていくのだ。若く美しい方向に。世の中がよくなっていく。
僕は本当にこの町が好きだし、「R.」を中心とした小さな動きに期待している。一方で(別派閥なのかもしれないが)「かぐや」は精力的にイベントをしているし、「HIDE OUT」も隣にもう一軒会員制のカラオケバーを出店した。うごめいている。僕が行ったことのないたくさんのお店の中にも何か鳴動しているものがあるかもしれない。目が離せぬ。しばらく足繁く通いたい。季節毎に訪れたいくらいだが、JR東日本の4割引優待券がどのくらい手に入るか、にかかっております……。フツーに行くと18000円かかるので。それでも行きたいって人、案内するんで声かけてください!
2026.3.15(日) 上北3 アクトレイザー
<11日・水>
起床、朝食。読書、お腹が落ち着いたら温泉。しばし作業、髪が乾くころ自転車で道の駅に。お店で使うものなど買い込む。湖を見に行く。Iさんが手掛けている(?)らしい「そこだけ表参道」施設もチラ見。なるほど。玉代・勝世姫像初めて生で見た。
「LUSH」というできたばかりの花カフェでコーヒーを頼み、また本を読む。捗った。数年前までこの土地にコーヒーが飲める場所はまったくなく、そこに「初雪舎」ができて、このたびこちらができた。充実してきている。いずれも個性的な良いお店。
思うのだ、もう「右へ倣え」の店は要らない。大都会ならまだしも、田舎では特に。同じようなモノが2つ以上あっても、それを受け止める人口がない。一つ一つが個性を発揮していくしかない。厳しい時代だ。しかしそのおかげで豊かにはなる。世は本当に多様性のほうへ向かっている、必然として。
帰り際店主とお話をし、夜学バーのショップカード渡す。「このあたりにはコーヒーの飲めるお店が(徒歩30分以上かかる初雪舎を除いて)なかったので嬉しい」とちゃんと伝えておいた。
ちなみにこの日は初雪舎おやすみ。休日がかぶっていないのもありがたい。もちろん宿でやればいいんだけど気分変えたいからね。外にも出たいし。
夕飯前に入浴、本を読んだか仕事したか。そして夕飯。規則的! そいでまた22時近くまでカタカタとして、飲みに出る。
すでに書いたが馴染みのお店はたいがい閉まっていたし、昨日行こうかなと迷ったお店も灯りが消えている。ともあれ「R.」には挨拶しようと扉をくぐる。偶然「きんぎょ」のママがいらっしゃった。僕は行ったことないのだが夜学バーstaffの「さく」が去年お邪魔したそうな。そのことを話したら「あー! 覚えてる」と。ありがたいねえ。次くるさいには必ず。
2時間くらい飲んで帰り際、ママが「昨夜の尾崎さんの話はとてもありがたかった。外から見てこのスナック街やいろんなものを資源だと言ってくれて、やる気が出た」(大意)と。ああ、これほど嬉しいことはない。お互いに良い刺激や影響を与え合えているということだ。胸を張って仲間と言いたい。世の中をよくしていきやっしょう!
「けやぐ」という銘の、ヤーコン(アンデス原産の根菜)をつかった焼酎を一本いただく。まさにRPGだじゃなあ。昨夜の言動によって翌日にアイテムもらえるかどうかが決まる。しかも2日続けて通わなければならない。時限ゲームスイッチとその回収。
なんかやる気が出てきて、どこにも寄らずに宿に戻り1万字くらいの長文を一気に書き上げる。4時くらいになった。7時半には朝食なのに。仕方ない。
2026.3.16(月) 上北4 旅程の保険
<12日・木>
朝食食べたらさすがに眠くて、本当は食べてから数時間空けてから寝たほうが身体にはいいのだが1時間も待たずに寝てしまった。仕方ない。起きて温泉入って、荷物まとめて宿主にご挨拶し、初雪舎へ。昼食いただく。「(よく来ていただいているのに)ごはんは初めてですね」と。そうかもしれない。健康という概念そのものを胃に流し込むような食事!でありながら、むろんまことに美味しかった。食後ちょっと読書。
上北町1421→1451八戸、接続50分待ち。特にやることがないので放送大学八戸サテライトスペースを拝みに行く。ありがたやありがたや。八戸1542→1656仙台1725→1805郡山。
ここでジャッキーさんの鉄道うんちくコーナー(フーフー)。期間限定の乗り放題きっぷ「キュンパス」は指定席を2回まで取ることができる。往路は「東京→新青森」のみ。復路は「盛岡2029→2344東京」と上記「八戸→仙台」「仙台→郡山」。3枚とっとるやんけ!という感じだがトランジットは1枚扱い。ありがたやありがたや。
このようなきっぷの取り方は若干邪道というか、ちょっと迷惑である。申し訳ない。旅程が完全に定まっていなかったゆえの苦肉の策なのだ。
この「盛岡→東京」は最終電車で、停車駅の多い「やまびこ」。これさえ取っておけば盛岡以南のどの土地にいてもその日のうちに帰ってくることができる。復路の寄り道候補は八戸、盛岡、仙台、郡山から1つか2つ選ぼうと思っていて、決めかねていたため上記となった。
もうちょっとわかりやすく説明すると、「盛岡→東京」の指定席を取ってはいるが、この列車で盛岡から乗るとは限らない。盛岡で遊ぶなら盛岡から乗るし、仙台で遊びたかったら仙台から、郡山で遊びたかったら郡山から乗る。同じ電車で。
盛岡→→→仙台→→→郡山→→→東京
↑ここから乗ってもいいし
↑ここで乗ってもいいし
↑ここから乗ってもいいってことね!
結局は郡山からこれに乗ったのだが、そうなると「盛岡→郡山」間は座席が空っぽになるので、その分ちょっと無駄になる。これが「申し訳ない」という部分なのである。あんまり良いことではない。でも2枚まで取れちゃうから……その……。
僕は「鉄道ハック」がめっちゃ好きなのだが、こういうのは二流である。美しくない。ちょっとだけ後悔している。しかし旅程を事前に決めておくのは僕にとってはけっこう難しいことなのだ。お許しください。
直前に取ればいいという考え方もあるがキュンパス期間(特に終盤)は指定席がアッという間に埋まるため早めに取っておくのが鉄則で、たぶんこのような「保険」はちょっと慣れている人ならかけていると思う。そこで僕だけが正直にやったら「バカを見る」のが結果だ。そこで僕はまたドラえもん9巻「世の中うそだらけ」を思い出す。ドラえもんはのび太にこう言うのだ。
むじゃきというか、お人よしというか…。
もう少しこすっからくてもいいがなあ。
正直者がバカを見る世の中なんだから。
そう、僕はもうちょっとこすっからく生きなければならない。美しさを損ない過ぎぬ範囲で……。そのバランス取りはけっこう難しく、下手すれば老いとともに醜さが。マ頑張ります。
2026.3.17(火) 郡山1 カフェのジレンマ
<12日・木 つづき>
三つの候補地から選ばれたのは郡山。降り立ったのは初めてである。一度だけ乗り換えの待ち時間に改札を出たことくらいはあったかもしれないが、何をした記憶もない。改札内外にまたがる知る人ぞ知る立ち食いそば屋は見に行った気がする。食べてはいない。たぶん閉まっていた。
疲れ切っていたので下調べはあまりできなかった。自転車を組み立ててとにかく町中を走り回る。18時5分に着いて22時25分の便に乗るので、およそ4時間。前にも書いたがまるで『銀河鉄道999』だ。スリーナイン号の停車時間はその星の一日(自転一回分の時間)と決まっていて、短い場合も長い場合もある。郡山は今回、4時間で自転する。
めちゃくちゃウロウロして「WEEKEND」というカフェに入ることにした。清水台というあたりを流していたら偶然発見、本が並んでいるのが見えたし、コミュニケーションの発生しやすい店内構造になっていたのでたぶん文化的交流拠点なのだろうと踏んだ。調べてみるとふだんは18時までなのに木曜は20時、金曜は21時までとある。木金を「コミュニケーションの曜日」として設定しているに違いない。
やはりメニューにお酒があり、店側と客側が気軽に会話していた。しかし問答無用で巻き込まれていくタイプではなさそうである。ここでわが故郷、大曽根の「喫茶はじまり」のことを思い出す。
壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁
店員
カウンターカウンターカウンターカウンター
机 机 机 机
机 机
客席客席客席客席客席客席客席
客席客席
壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁
このような構造のカフェが最近流行っている。「WEEKEND」も「喫茶はじまり」も、三河島の「あきの珈琲」もこれ。まちづくり系というか、「常連さんたちのハブ的存在」を志向するお店は特にこれを選びがちな気がする。サンプルは少ないが。
通常カウンターに席はなく(WEEKENDのみいくらか置かれていた)、1メートルほど離れてベンチ状の客席がカウンターと平行に一本通されるのが常である。ベンチの前に小さな机がいくつか置いてあり、そこにドリンクやプレートを置く。
おそらく「カウンター席とテーブル席の分断」を避けるための措置でもあろうし、小さい土地を効率的に使う工夫でもある。またお手洗いに行ったり店内(本棚など)を見たりするのに必ず客と店員の間を通ることになり、両側から視線にさらされ、「ちょっと失礼します」などのコミュニケーションも生まれやすい。通路空間に視線とコミュニケーションが集中し、見えないカウンターのような役割を果たす。
「カウンター席とテーブル席の分断」とは、「カウンター席の人たちの背中が壁となって、テーブル席の人たちと店員とのコミュニケーションを封じてしまう」という事態。そうなると場は「店員とカウンター席」に閉じがちになり、テーブル席は切り離さる。コミュニケーションの自由度が下がり人と人とをつなぐハブ的機能は弱くなる。
上記「カウンター//ベンチ」構造はこれを回避する。ただしあくまでも平行(//)なのでL字型カウンターなどとは違いお客同士のコミュニケーションはほぼ隣同士に限られ、一人隔てた隣の隣との交流は持ちにくい。結果、たいてい店員とお客との一対一対応のコミュニケーションが人数分生まれる、ということに終わりやすい。もちろん「常連同士」であればそれを飛び越えて複数人で会話することもありうるが、今回の僕のように一人で初めて来た人間はとりあえず孤立するしかない。
これから「カフェのジレンマ」と呼ぶことにしたいのだが、カフェに行く動機は人それぞれである。本を読んだり一息ついたり雰囲気に浸ったり、おいしいものを摂取したりかわいいものの写真を撮ったり。コミュニケーションを目的に行く人間はあまりいない。とりわけ、初めて訪れるカフェにそれを期待する人はまずいないだろう。僕のような奇妙な趣味の人間を除けば。
しかしこのタイプのカフェはコミュニケーションをかなりの程度求めている。彼らが目指しているのは「文化的交流拠点」とでも言えるような何かで、そこにコミュニケーションは不可欠である。しかし初見のお客は必ずしもそれを求めてはいない。「カフェ」ないし「喫茶」という形態を選んでしまった以上、いきなりコミュニケーションを投げかけるわけにはいかない。それが「カフェのジレンマ」である。
むろんこのジレンマを乗り越えて、とにかくどんなお客にもコミュニケーションを投げていこうというお店だってあると思うが、嫌がるお客はきっといる。難しいところなのだ。
結果、「何度も通ってもらって常連となったら少しずつコミュニケーションを濃厚にしていきましょうね」ということにdしかならない。三顧の礼が必要というわけだ。
もちろんバーにも同じことが言える。「バーのジレンマ」もある。純粋にお酒を楽しみに来ているだけでコミュニケーションなんか取りたくないという人もいるし、静かに本が読みたいという人もいるだろう。しかしカフェのジレンマほど重くはない。バーは「店員やお客と喋る場所」というイメージがカフェよりは強いし、店のつくり方や見せ方で「ここはコミュニケーションが発生しうる場所ですよ」というアピールもしやすい。僕のやっている夜学バーというのはきっと、静かにグラスを傾けてみんな黙って酒と向き合うような店(そんな店は実際のところ世の中に四個くらいしかないんだけど)とは思われない。名前だけでもそう伝わるだろうし、ちょっとでも調べたらコミュニケーション発生の可能性が高そうだと誰もがわかるだろう、と、僕は思います。
つづく。
2026.3.18(水) 郡山2 店に手札を与える
さて「WEEKEND」という店がそれをジレンマだと思っているかどうかはまったくわからないが、僕は「コミュニケーションを求める客」としていろいろ努力した。上図の右のほう、太字になっている部分に僕は座ったのだが、当然ドリンクを置くのは右側ではなく、左側の机である。そうすると空間全体に対して「開く」ことができる。当たり前だがここを外すとかなり不利になるので当然おさえておかねばならない。
またカウンターに並んでいる本や、店内のさまざまなものに対して興味を示し、それを持ってきて読んだりなどもする。こちらから声をかけることはひとまずしない。それは店の仕事だと思っている。
こないだ珍しく取材を受けて、そこでも話したのでちゃんと記事になると嬉しいのだが、「初めての方がご来店したらどのように対応しますか?」というようなことを聞かれた。「まず観察します」と答えた。
「もちろんジロジロ見るというのは絶対にダメですし、値踏みをするような感じでもむろんいけません。ああ、言い方を変えましょう。まずその人に興味を持ちます。その人をまず人間だと思って、人間として興味を持つ。すべてはそこから始まると思います。」
って、めっちゃいいことを言ったのだ。興味を持てば、気になることが出てくる。もし「質問」するにしてもそれは「トオリイッペンな紋切り型の問い」ではなく「腹の底から出た必然的な問い」になる。しかしすぐには問わないほうがいい。ただ手札にしていくのだ。その人が本を手に取ったとして、「あ、本を手に取ったな」ではなく、どの本を手にとって、どのページをどのように読んだか、ということをちゃんと把握する。興味を持って観察を重ねていくと、自然と「手札」が増えていく。
たとえばその日に「文学フリマ」という即売会があったとして、その人が小さなジンのような本ばかり手に取っていたり、古い文豪の小説に興味を示していたら、ははあたぶん文学フリマ帰りだなとアタリはつく。もしカートに載せた大荷物を持っていたら遠征か、出店者の可能性が高い。そこで「ご旅行ですか?」だの「何が入ってるんですか?」「文学フリマ帰りですか?」だの聞くのは愚の骨頂と言うか、非礼極まりない。強奪である。「答えろ!」という圧迫。質問は暴力と知るべきである。何か言うんだったら「大荷物ですね」これだけでいい。話したければ話す。
話が逸れてきたけどね、みんな怖がってるんですよ。自分の感想を言うのが怖い。だから相手に答えさせる。そのために質問をする。質問をした自分は何も怪我しない。相手に喋らせて、自分は無傷で涼しい顔を続けたい。身銭を切る気がないのだ。まずお前が感想を言え。まったく。質問の9割は手抜き。夜学新書。
手札が増えてきても、別にその手札を切る必要はない。ただ目の前のことに対して感想を述べればいい。地震が起きたら「ん? 地震?」とか言えばいい。そういう小さな糸口からコミュニケーションはするするとほどけていく。手札を使うとしたらそのあとだし、そうこうしているうちに両手に余るほどの手札が溜まっていくことになる。文豪が好きそうだったら例え話にさりげなく文学作品を織り交ぜたりしてもいいし。(ちょっとイヤらしいか?)僕だったら「まえに国語の先生をしていて~」という自己開示がちょうどいいかもしれない。言うべき必然があればだが。
僕がお客としてしていたのはズバリ「手札を与えること」なのであった。いま闖入してきた謎の男はこのようなパーソナリティを持った存在なのだ、ということをあの手この手で示す。できるだけ多くの情報をさりげなく開陳する。そのためにまず身体を空間のほうへ開く。左の机を選択した理由である。
スマホケースをずっとドラえもんにしているのは実利的な面(なくしにくい、なくしても返ってきやすい、落としにくい、落としても壊れない)もあるし、「話しかけられやすい」というのもあるが、一番は「情報」である。自分という人間の断片を表現している。髪型も服もそうだし、自転車に乗っていることもそう。
そういう工夫をいくらがんばろうが気の利いたことを言ってもらえるとは限らないし、逆に客のほうが店を値踏みしているみたいなところもどうしてもあるわけだが、しかし自然なコミュニケーションの発生方法を日夜研究している身としてはこういう機会にしっか実践せねばなるまい。
それでどうなったか? さて今日はもう寝るわいね……。
2026.3.19(木) 郡山3 異常者を讃える
20時くらいまでいた。もう一度繁華街に戻ってうろつく。かなり迷ったが最終的に入ったのは「A.C's」というバー。しっかり狂っていたし「狂ってる? それ、褒め言葉ね。」と返してくれるような感じだったので100点満点のチョイスだったと思う。ハイネケン生ビールおいしかった。
僕は異常者が好きなのだがここの店主もしっかり異常者で、とてもいい人だった。「このお店に初めて入ってくる人は勇者と呼んでるんです」と言われた。僕はよくこのような街歩き、飲み歩きをRPGにたとえるが、ここにきてまさに勇者の称号を得られるとは! そう、確かに極めて入りにくい。入ってしまえば天国なのだ。それがわかっているから、意を決し、覚悟を決めて、勇気を出して入るのだ。
ちなみに異常者、というのはもちろん褒め言葉だし、かなり広い範囲を持つ言葉で必ずしも「愉快である」とか「ファニーである」とか「刺激が強い」という意味ではない。世の中には静かな狂気というものがある。穏やかな狂い方というものがある。そういうものに触れるとなんともいえない幸せな気持ちになるんだ僕ァ。
洞窟の隠者が僕の夢だが、洞窟の隠者ってのは静かに穏やかに勇者の来るのをただ待っていて、ずっと狂っている。
「かま道楽ってお店に行くために郡山に来たんです」と告げた。これは事実で、かなり長く夜学バーに通ってくださっているお客さんが、「郡山でとんでもないお店を見つけた」と教えてくれたのだ。彼もかなり腕の立つ店師(みせし)で、店の趣味がかなり合うものだからワクワクしていたのだ。本当はもうちょっと「A.C's」にいたかったのだが、断腸の思いでお会計を申し出た。「短時間でごめんなさい、もう一軒どうしても寄らなければならないんです」という意味で上記の言葉を発したのであった。
「かま道楽ですか。あそこは悪いお店ではないと思うし、ママもいい人なんですけど、もれなくボッタクられますよ。」
「えっ!?」急に不安になる。
「と言っても500円とか1000円とか、絶妙に腹立たないくらい、最初に言われた金額より高くなるようです。」
「そのくらいならむしろ面白いですね、行ってみます。」
「けっこう断られることもあるみたいです。」
「そしたら戻ってきますよ。」
今にも崩れ落ちそうで部分的に本当に崩れている廃墟のような雑居ビル。おおむね真っ暗な中「ミスターレディー かま道楽」という看板だけが輝かいていた。扉を開ける。ごく短いカウンターに椅子が五つ。ゴールデン街でもこんなに小さいお店はまずない。地方の飲み屋は不必要にだだっ広いことが多く、ここまでだだっ狭いとかなり新鮮だ。
飲ませてもらえるらしい。断られなかった。ペラっとしたメニューを見せていただく。飲み放題1時間3000円。けっこう強気だ。キャストドリンク、たしか1000円。ママが何杯飲むんだかわからないがどのみち1時間以内に出なければ新幹線に間に合わない、上乗せがあっても総計5000~6000円程度だろう。覚悟を決めて焼酎をいただく。
バブル期からずっと水商売やってるオカマ。短く刈った頭に花輪をかぶっている。わかる人にしかわからないがcali≠gariの禿児がそのまま年を取ったような雰囲気。めちゃくちゃいい人だったし話も面白かった。「愉快」で「ファニー」で「刺激が強い」タイプ。間断なく喋り続けていた。御本人もおっしゃっていたがオカマの水商売は「人を楽しませる」ということに特化した場合が多く、このノリで数え切れないほどの人間を笑顔にさせてきたのだなあという、貫禄。
郡山が地元だが日本全国をまわって働いた経験があるそうで、僕がさっきまで上北にいたと言ったら「上北! あそこのスナック街でもアタシ働いてたのよ!」と。そんなことある? 奇跡、神秘、真実、夢! ディテールがしっかりしていたのでテキトーに話を合わせたわけではなさそう。上北という町がいかに、かつて隆盛を誇っていたかがうかがえる。
本当に話のコンテンツ性は高いし、なんでも率直に話していただけて嬉しかった。いろんなエピソードを聞いたが商売やプライバシーに関わることばかりなので割愛。ぜひとも夜学バーか、かま道楽へ!
一つだけ。このボロボロの小さなお店に家賃はかかっておらず、払っているのは組合費のみだという。「もらった」とのこと。ゴールデン街と似たようなもので、もとの土地の持ち主がわからないとかそういう話なのかもしれない。「あなた先週の土曜日ぶりのお客さんよ」と木曜の夜22時に言っているのだから、家賃がかかっていたらそりゃやっていられないだろう。ぜひ行ってあげてください。たぶん毎日開けていると思います。
2026.3.20(金) 名古屋 犬もおだてりゃ!
<20日・金 春分の日>
名古屋に向かう。日記上では昨夜東北から帰ってきたような感じになっているが実際は1週間空いている。
いつもなら華麗にして無駄のないきっぷを鮮やかに作るのだが体力の限界!ということで脳死で(この表現もいつまで許されるか?)東京→名古屋の新幹線きっぷを買った。11500円! 高い。工夫すれば10000円切るのに……。だけどビューカードゴールドで決済すれば約1150ptのJREポイントがつくのだ。誤差の範囲におさまる。ただ年会費11000円(!)払ってるんでずいぶんがんばらないと。ふだんの200円くらいの乗車券でもえきねっと予約すれば8%はもらえるんで……。そういうのコツコツやっていかないと……(体力の限界!)。
しかも今回は指定席とりあえず取ったんだけど体力の限界!なのでスルーして2時間くらいあとの自由席に乗った。2時間の睡眠がどうしてもほしかった。英断。無理は禁物。祝日だが「ひかり」自由席を狙ったらゆうゆうと座れた。僕は窓際じゃないとイヤなのだ。
「ひかり」は自由席が5両ある。「のぞみ」は2両に減らされたので勝手が悪い。僕が乗ったのは東京、品川、新横浜、豊橋、名古屋に停車するもの。つまり豊橋以外は「のぞみ」と同じで所要時間もほぼ変わらない。ハック!
夕方に大曽根着。「喫茶はじまり」でコーヒーチケット消費。東京から遊びに来ている某田氏と合流しつねかわ、スナックはじまり、マイスタイル。この時点でかなりの酒量。バスに乗って名東区へ。うりんこ劇場の隣のバーで東京から出稼ぎに来ている友達の接客を浴びる。
お店は25時にスッパリと閉まったが、某田氏「酒買って外で飲みましょうよう」などと言う。いま調べたら気温3~4℃くらいだったようだ。朝までの最低気温は2度だったそうな。これは「名古屋」のデータだがあのへんは標高50mくらいあるし体感ではもうちょっと寒かったような。まぁ狂ってるのはいいことだ。公園へ移動。
某田氏コンビニで酒だけでなくご丁寧に手袋やカイロまで買ってきてくださる。僕も気分が乗ってきて妖精を召喚し木の上まで連れて行ってもらったりした。5メートルくらいでも空を飛ぶのは気持ちがいい(何か危ないことの比喩ではない)。
力尽きた頃に帰宅。ごめんよお父さん今回の帰省は本当にまさに寝るだけだ。
2026.3.21(土) 松本 親子三代!
<21日・土>
今回、名古屋は経由地である。ここから松本に向かう。本当は昼くらいに到着していたかったのだが昼くらいまで寝ていた。体力の限界! お父さん朝ごはんありがとう。
「名古屋市内→(塩尻)→東京都区内」(6710円)「塩尻→松本」(260円)「松本→塩尻」(260円)のきっぷはすでに東京で発券済。特級しなの「多治見→松本」自由席(2200円)のみ大曽根駅で発券。しかしどうやらJR東日本管内で発券したほうが0.5%ポイントが多くつくらしい。しくった(この言葉もいつまで存在できるのだろう)。
しろうとのために説明しておくと、鉄道で名古屋から長野県内を通って東京まで向かう(東海道ではなく中央道を通る)場合、塩尻という駅が特急「しなの」から「あずさ」への乗換点となる(ここでJR東海とJR東日本が分かれる)。ゆえにきっぷは上記のように塩尻を経由するものになるのだが「塩尻・松本」間を満たさないため、松本まで行きたいのなら別途購入する必要があるわけだ。
御託。15時くらいに松本着。ハァ~いい町だなあ。ニンゲン以外のすべてがよい。思わず自転車を借りてぐるぐる周遊。アー、最高喫茶「シンフォニア」が跡形もない。
パン屋とか和菓子屋めぐる。蕎麦食べる。イヤホン落とす。探すが見つからない。絶望。適当なところでママさん(一族は祖母のことをこう呼んでいる)の家へ。天丼などいただく。
今年93歳になるそうな。さすがに弱ってきたということで娘(=僕のお母さん)も頻繁に顔を見せに来ている。今回はそれに合わせて僕も寄ったのである。親子三代揃うのは珍しい。グッときた。写真の一枚も取らなかったが、このわずかな時間はかけがえない記憶となるだろう。もちろん今回でおしまいにはしたくないから、またそういうタイミングがあれば行きたい。
夜学バーに最近「駒」と書かれた暖簾を飾り始めたが、これはママさんが70歳までやっていた喫茶店にかけられていたもの。西口再開発にともなう道路拡張であえなく閉店した。僕が生涯で最も愛着を持つ店は、もちろんこの喫茶「駒」で、その暖簾を譲り受けた責任と喜びは大きい。
その暖簾の近くには「駒」閉店の際に松本市民タイムズで取り上げられた記事が貼ってあるのだが、よく見るとちゃんと同じ暖簾が映り込んでいる。興味ある人は確認してみてね。
「駒の暖簾、ウチのお店に飾ってるんだよ~」と写真を見せたら、喜んでくれた。これだけでもう今回本当に行ってよかった。
フゥ……この時間が長く続けばいいのに……でもあと1時間くらいで最終の特急が出る……みたいなタイミングでおじちゃん(お母さんの兄)が寄り合いから帰ってきて「飲みに行こう!」と。いやいや僕はママさんに会いに来たんだよ!と思いつつ、おじ孝行も大事なのでついていくことにした。
ほんの1時間ほどおじちゃんなじみの居酒屋で飲む。日本酒と焼酎。一発目が日本酒だと回りますな。
おじちゃんに改札まで送ってもらって、最終の特急に乗り込む。20時10分のあずさ60号で……………………………………。
2026.3.22(日) 誇り高き田舎町
導かれた先で、愛ゆえにさんの働くお店に寄る。ボウ氏と合流。すでにお酒を飲んでいたしこれからも飲むからはちみつ紅茶を飲む。
少し時間があったので「S倶楽部」に初めて行ってみた。めちゃくちゃいい店なのだが、やっぱりこの町の人はヨソモノに興味がない。土地に対する誇りが高くて、人が外から来るのは当たり前、身内以外は身内じゃない「身外」なので関わっても意味がないです、とりあえずここは質の高い土地なんで楽しんでいってくださいね、あとはどうぞお好きにやってください、私なんかが相手しなくたってこの土地には凄まじい価値があるんで、いるだけで楽しいでしょ? おつかれさまで~す、みたいな。
イメージとしては、老舗寿司屋の頑固な職人。ラーメン屋でもなんでもいいや。ウチの寿司なりラーメンはうめえんだから、黙って食え。オレも黙ってるから、と。かつて隆盛を誇り、今もそれなりの隆盛を誇っている町はそういう雰囲気をまといがち。
町全体にそういう雰囲気があるのはすごいし、全国でもかなり珍しいことだけど、店単位だといくらでもある。「ウチはすべてに自信があるんで、愛想とかないです。なんか用事あったらそっちからアプローチしてくださいね。」イメージとしては、高飛車な美人。
「Fujisan's Bar」という数年前にできたバーボンバーにようやく行けた。素晴らしかった。エンシャント・エイジが好きらしい。地方のバーボンバーにありがちなことだが、やはりバーボン好きの層は薄いわけだから僕ていどでも「この味をわかってもらえるなんて!」と喜んでもらえる。次「ゴトーショテン」へ。遅くまでやる日はやるらしい。そして「園」というスナックへ。キテレツな店なのにちゃんと客がたくさんいてクレイジー。タクシーで隣駅に移動。
「タクシーで隣駅へ移動」ってサラッと書いたが、深夜2時の地方都市にタクシーなどいない。問い合わせても「もう終わってるんで、駅前にいなかったらいません。まだやる気のあるドライバーは駅まで戻るんで、そこで待つしかないです」と。それで駅前行って、ロータリーが空っぽだった時の絶望! 運良くすぐにやって来たが、来なかった場合はどうしたらいいのか。平日だったら詰んでたのかも?
そして心なしかこの運転手さんも、なんとなく「ヨソモノに興味ない」感じが若干した。単にお客さんと必要以上の話をしないってだけだったのかもしれないけど、愛想よく喋ってくれる運転手さんもいるし、たまにアメとかくれたりするし、こういう傾向って土地柄でも変わると思う。
お店に行っても、喋ってくれる人は他地方在住、ないし他地方出身の人が多い。誇り高き田舎町の血を濃く保つためには、外のニンゲンとは喋ってはいけない。考えすぎの被害妄想かもしれないが、明らかに地方によって異なるのである。
2026.3.23(月) ちのいちのきち1 紅豚へ
ボウさんとともに茅野に到着。「紅の豚(べにのぶた)」の明かりは消えていた。深夜二時、このお店に弾かれたら行くところはない。真っ暗な屋根付きのテラスをずんずん進んで歩き店舗の扉に手を掛ける。動かない。終わった。鍵が締められている。
隙間から覗き込むと人の姿が見える。店主の「あんぱん」さんである。つないだ椅子に転がって、たぶん酔い潰れている。傍らにもう一人誰かがいる。「あんぱんさん! 開けてください!」と叫んでみた。あんぱんさんはピクリともしないが、もう一人の人が気づいて開けてくれた。ありがたかった。普通なら警戒されるはずだが「あんぱんさん」と名を呼んだのがよかったのだろう。
鍵を開けてくれた男性はまたあんぱんさんの元に戻った。「焼いてるんですよお」とか言ってた。あんぱんさんのすぐ横にストーブがボウボウと燃えていた。あの距離だとめちゃくちゃ熱いはずだが、潰れているせいか微動だにしない。「じゃ、私は帰ります」とかなんとか言ってその人は逃げるように出ていった。
状況や散らばっていた紙などから察するにどうやら今夜は「無尽」の集まりだったようだ。現金の積立による共助機能を持つ飲み会で、山梨や長野の一部に多く残る。いつも通りあんぱんさんの用意した食べものが多すぎたようで、テーブルには手つかず残り物がズラリと並んでいた。とりあえずそれらを食べたり、ジョッキ持ってきて水汲んで飲むなどした。あんぱんさんは起きそうにない。「寝ますか」と明かりを暗くして、そのまま座敷で朝を待った。
めいめい目を覚ます。しかし元気に動けるほど元気ではない。全員が半分眠ったような状態でボウさん「あんぱんさんの朝ご飯が食べたいです。なんかすごいいいお肉があるとのことなんで、それをぜひ。」堂々としたリクエスト。遠慮というものがない。勝手に入り込んで勝手に寝て起きて、そのうえで(ほぼ)第一声がこれである。それですぐスイッチ入れてご飯を作り出すあんぱんさんもすごい。狂ってる! これ、褒め言葉ね。
あんぱんさんはかなり狂った人間だが飲食のセンスと腕は凄まじい。ふきのとうの天ぷらや焼いた高級和牛など具だくさんの謎の蕎麦が出てきたが、信じられないほど美味しかった。蕎麦の仕入れ値は30円くらい、ふきのとうもそのへんで摘んできたもの、その他の具材もかなり安く手に入れたようだが、和牛だけ死ぬほど高いらしい。このアンバランスさ、極端さにあって、和牛が浮いていない。ギリギリのラインで調和している。あんぱんさんの生き様そのままである。
食後のデザートにはお好み焼きが供された。この流れも意味わからんが美味しいので問題ない。
しばらくすると70歳前後とおぼしき老人が一人お店に入ってきて、勝手にビールをジョッキに注いで飲み出した。昼営業しているわけではない。自由以外には何もないのだ、ここには。そしてなんだか知らないがあんぱんさんがその人にけっこうな額の現金を渡していた。とにかく金が動くのだ、ここでは。
「○○も悪いやつじゃねえんだよ、350万貸してくれたし」「この店はとんでもねえ、行かねえほうがいいよ、200万貸したのに一切返さねえ」みたいな話が無限に出てくる。とてもここには書けないようなこともいろいろある。
あんぱんさんはとにかくスケールがでかい。ああ、なんか僕がこの人のこと好きなワケが今急にわかったぞ。この人は「うさんごろ」なんだ。せなけいこさんの絵本で「うさんごろ」ってシリーズがあって、幼き日の僕はたいそう愛読しておった。「うさぎのうさんごろは、体がでっかい。目玉もでっかい。もひとつ、話もでっかいって。」どのくらいでっかいかっていうと、海を両手でひっくり返すくらいに、でっかい。
2号店のようなものを作っているらしいのだ。1号店は大枚はたいて買ってしまったらしい。どっからそんなお金が出てきているのか。どっか公的なところから借りたっぽいことも言っていたからインディーズ金融ばかりではないとは思う。意外とまともなところもあるのだ。2号店のほうはひとまず無料で借りているとのこと。そういうところもすごい。人の懐に入り込む人なのだ。嫌われることも多いけど。ああ、なんだかそういうところも他人事に思えないのだ。ひょっとしたら向こうのほうもそう感じてくれているのかもな。年齢としては僕の一個上で旧友のすんたん(麒麟さん)と同じである。そう考えるとなんかしっくりくる。
たぶん僕もあんぱんさんも「誤解されて嫌われる」ってこともあるし「誤解されないでも嫌われる」こともある。「理解! 嫌いです!」と。なぜというに変人だから、キチガイだから、狂っているから。常識や他人の気持ちが意に介さないから。常に自分中心だから。ただ、自分を中心にしつつできるだけ多くの人やもののことを考えようともしているから、好かれる人にはかなり好かれる。
おなかが落ち着いてきたところで、2号店に行ってみようかということになった。次回はそのお話。なかなか通常日記に戻れなくてすみません、忙しいのです、しばらく、死ぬほど。
2026.3.24(火) ちのいちのきち2 2
「べにぶた」2号店(名称は未定)に向かう直前、「スクーター貸してやるよお、二台あるからあ、ってか山の上まで運んでもらえると嬉しいからさあ」と急に言われ、いきなり我々は原付に乗ることに。何年ぶりだ? かつては自転車とともにスーパーカブにも乗っていた。練馬時代にひろりんこくんから買って、中野坂上時代につぼいくんに譲ったのであった。彼は死ぬほど乗り倒したすえに事故って大破させた。仕方ない。三代で十分乗った。
あ、そう。僕免許持ってるんですよ。原付だけの。おざ研最終日に財布ごと盗まれて再発行しなかったので少なくとも2015年8月31日(のはず)以降乗ってないわけだ。でも、こんなこともあろうかともっかい取りに行ったんだよね。府中と鮫洲と両方で原付免許取った人間ってそんなにいなかろう。フッフ。本当は平針に行きたかった。
にしても10年半ぶり! しかもカブってまたがるマニュアル機、スクーターのような座るオートマ機は試験当日の講習でコースをちょっと走っただけ。そもそも慣れないうえにウィンカーの出し方とか完全に忘れてたし、二段階右折は何車線以上かも怪しかった(そうでなくても怖かったので二車線以上は原則二段階右折した)、二段階右折は三車線からだそうです。ウス。
でもね走り出してみると快適だし、勘もすぐに取り戻せた。えらいもんだね。日ごろ自転車乗ってるからかな。ロードレーサーで山道をビュンコビュンコ走るのが当たり前の人間なので、むしろ車しか乗らないボウさんよりもすぐ順応できたかもしれない。先導するあんぱんさんの車が遠慮なしにけっこうな速度で走るので必死についていく。ひねるだけでスピードが出るの恐ろしいな。カブだったらギアチェンが足動+手動で要る。あれが醍醐味だし慣れてくればギア下げとくとスピード出ないんでむしろ安全。スクーター腕ひねればどこまでも行くぞ。
めちゃくちゃ楽しかった。ひねるだけでスピード出るし……いやもちろんカブのほうが好きだしたぶん楽しい。あと格好いい。カブほしい。
都内じゃいみないって思ってたけど自転車の罰則が厳しくなった今ならカブでもあんま変わらないんじゃないか? ただ、駐カブ場がね。あるところにはあるけどないところにはないからな。道路も複雑だし。までも原付は間違えたら即座に降りて押して歩けるからいいんよ。誰かいらないの持ってたらください。
やがて2号店に到着。山奥の別荘地(三井の森)の隣、というかほぼ一角。茅野駅から約9kmで、300m上がる(標高1083m)ので自転車だと素人にはおぬぬめできない。僕なら余裕だけどね。なぜならば、そこからさらに先の笹原水聴庵(1144m)や、そのさらに先の明治温泉(1540m)まで行ったことがあるからだ。標高はすべてGoogleマップで軽く調べたものなので参考値。ってか、なんなら和田峠とか超えて上田や小諸まで行ったことも(何度か)ある。フ。
はなもど。いやー、すごかった。べにぶた2(ツー)。まだ開店まで半年や一年はかかりそうだというが、何がって、もうすでに「べにぶた」になっていた。同じ人がつくれば駅前でも山奥でも同じ色のものができあがるのだなあ。感動と感嘆と感心がオレと一緒に行く。ウウ。ウウ。ウウ。
もう運転はしないのであんぱんさんが野外に椅子とビール出してくれた。プシュッと開けて森を見ながらゴクリとやる。昨夜も今朝もべにぶたで飲まなかったから、あんぱんさんのもとで少しは飲んでおきたかった。あんぱんさんはさすがに飲まなかった。当たり前だが「遵法意識あるんだなあ」と感心した。
と、そこへチョーさんがクルマで登場。チョーさんはさっきべにぶたでビールをジョッキで2~3杯飲んでいた人と外見が酷似していたのだが、そんなわけはない。ビールをジョッキで2~3杯飲んでいたのだから。その人もチョーさんと呼ばれていたがチョーさんなわけがない。チョーさんは今ここでクルマを運転しているのだから。よく似た人もいるもんだと思った。
店の前に巨大な炉(炉としか言いようがない)があって、あんぱんさんがそこへ燃料を放り込み、火を付けた。こりゃあいい。キャンプファイヤーが毎日できる。それから薪を割ったり、ものすごい勢いで風が出るバズーカみたいなやつ(なんて名前なんだ?)で掃除をしたりなどした。バズーカみたいなやつ使わせてもらったが出力を上げるとものすごい抵抗、吹っ飛びそうになって楽しかった。動画送ってください。
2026.3.25(水) ちのいちのきち3 笹原
しばしチルアウト、べにぶた2の未来を夢想して語り、やがて笹原へ行くことに。友人(もとはヤエという子のお友達)である水聴庵のあるじ達がその隣に宿泊施設をオープンさせ、今日そのお披露目会をやっているそうなのだ。チョーさんと別れあんぱんさんの運転で向かう。あっという間に着いた。「ここおれの親父の実家らへんだなあ」とのこと。
水聴庵およびりゅうの家は筆舌に尽くしがたいすばらしさなのでぜひたずねてほしい。たくさん人が来ていて、けっこういろんな人と交流できたし、あんぱんさんがものすごく興味を持ってくれたのも嬉しかった。水聴庵とりゅうの家は夫婦のDIYによってほとんどできあがっている。あんぱんさんも自分でなんでもつくる人だから、シンパシーを感じたのかもしれない。引き合わせることができてよかった。また、偶然あんぱんさんの知人がそこに来たり、共通の知人を持つ人がいたりして世間(八ヶ岳周辺)の狭さを味わえた。
あんぱんさんに駅まで送っていただき、ボウさんと駅そばタイムアタックして「あずさ」に乗り込む。彼は甲府で降り、僕は新宿まで。そのまま店に立つ。フ。楽しかった。
あんぱんさんにはあまりにもお世話になった。そして一層彼のことが好きになったし、尊敬も深まった。狂ってるヤベーヤツだけど妙なところで筋が通っててスケールがでかい。何より働き者だ。朝ご飯食べる前後、喋りながらずっとこまごまとした仕事や掃除をしていたし、ちょっとでも手が空くと薪を割ったりバズーカで風を吹かせたり、火をおこしたり調節したりする。長野県にはけっこうこういう異常者がいる。うちのお母さんやママさんもこの手合いだと思う。とにかく働くし、なんでも自分でつくる。山しかないから物資に乏しく、一方で資源だけはあるからだろう。
余談だがわが次兄もこの血をかなり濃く継いでおり、子供の頃からなんでも自分でつくっていた。あるインタビューで「三倍の量を三倍のスピードでこなす」とか言ってて怖かった。死ぬほど忙しい人なのにLINEは一瞬で返事が来る。どういうクロックサイクル(!)で生きてるんだろう。詳しくは「洋服天国」で検索!
また余談、今回あんぱんさんに一銭も払っていない。なんちゅうこっちゃ。朝ご飯だいぶ豪華だったのに。「酒飲んでねえなら、いいよ」とのこと。缶ビールやガソリン代も甘えた。昨夏のやがっしゅくでだいぶ売上に貢献できたのと、あとは「おもしれーやつら」と思ってもらえているからだろう、笹原を紹介したことも含めて。とはいえ早いうちに埋め合わせせねば。もう日程は決めている。フッフ。また閉まっていたらどうしよう。電話かDMしておけばいいのだが、なんとなくいきなり行ったほうが楽しいのである。
2026.3.26(木) 3月の日程まとめ
しばらくイレギュラー日付での旅行記が続いたので3月の正しい動きを振り返る。
1日 夜学
2月 下総中山
3火
4水
5木 打合、四谷~新宿
6金 夜学
7土 夜学
8日
9月 →青森
10火 青森→上北
11水 上北
12木 上北→郡山
13金 打合、夜学
14土 夜学
15日 夜学
16月
17火 打合、夜学
18水 夜学
19木 夜学
20金 →名古屋
21土 名古屋→松本→上諏訪→茅野
22日 茅野→夜学
23月 夜学
24火
25水 屏風浦→長後→向ヶ丘遊園→北千住
26木 夜学
27金 打合、夜学
28土 夜学(13時スズメさんオフ→深夜)
29日 夜学
30月 夜学
31火 夜学(4/1まで連勤)
すぐわかる、思い出せるのはこんなもん。こまごまとした活動は当然略している。空白の日もたぶん何もしていないわけではない。
あちこち飛び回ってはいるがそれほど自由に遊べたわけではない。もっと風に吹かれたい。
長距離(青森、郡山、名古屋、信州)と中距離(千葉、神奈川)はあるが都内でのちょっとした遊びをもっと増やしたい。阿佐ヶ谷とか行かないと。ひさびさに荒木町とゴールデン街行ったのは楽しかった。
遠くへ遠くへ、と志向しても、すべてが「遠く」に向かってしまうならそれはむしろ求心的で、「遠近などない」という態度こそが真の遠心。近くも遠くも、ちゅっくらいの場所も、すべて等しく見なすのが悟りなのである。
2026.3.27(金) 浅草をしよう
毛皮のマリーズというバンドのファーストアルバム『戦争をしよう』が『ファースト』に改題される、というニュースを見て思っちゃった。
僕は毛皮のマリーズの曲を一切知らない。そのあとの志磨遼平さん(ドレスコーズ)の曲もほとんど聴いたことがない。しかし10代~50代くらいのさまざまな友人知人たちが志磨くん(身近な人がこう呼ぶので僕も倣ってときおりこう書きます)のことをとても素晴らしい存在として語っているのをよく見聞きしてきたし、タワレコでインストアイベントをけっこう間近で見た(弾き語りも聴いた)ときこの人のことは好きだと思った。人を介して会員用ブログを読ませてもらうこともたびたびあって(良いことではないのだろうが大事な内容だからとこっそり共有してくれたのだ)いつも「いいこと言うなあ」と感じてきた。
今回の改題について広く公にされた声明を呼んだ。ドレスコーズのリスナーというより主に毛皮のマリーズのリスナーに向けてのものだと思う。毛皮のマリーズは15年前に解散しているが、それまでもそれからもなんというか若い魂を刺激するエネルギーとして在り続けている、と僕は認識している。曲を聴いたことがなく本質的なことを何も知らない人間がファンダムにおける現象のみをできるだけ客観的に捉えようとした結果そのような感想になった。
そういうエネルギーがあると自覚するからこそ、「戦争をしよう」というタイトルをより危険に思ったのかもしれない。
「今やこのことばは口にすることすらおぞましく」(ファーストアルバムの改題に寄せて)
「ぼくにそれを決めさせたのは民衆を弾圧し命すら奪おうとする世界中の独裁者たちです。ぼくは今、まちがっても彼らと同じことばを毛皮のマリーズとそのメイニアたちに口走らせたくないのです。」(親愛なるマリーズメイニアへ)
これをどこまで額面通りに受け取っていいのか僕にはわからない。すでに書いたようにこれは「広く公に」そして「毛皮のマリーズファン(メイニア)に向けて」書かれたものだ。彼にはクローズドな表現場所がほかにもあるが、そこでのみ発表してもあまり意味がない。できるだけ多くの人の目に触れる形で「リリース」する必要があった。その事情が文章に反映されているかもしれないし、100%本心で完璧にクローズドな個室居酒屋とかでも同じことを言うかもしれない。それはわからない。
保身やリスクヘッジでもあるかもしれない。いつ何で炎上したり怒られるかわからないのだから先手を打って危うい表現は撤回するのが賢明だし、その際にはしっかり広く発表して、文句を言いそうな方面から文句の出なさそうな表現で固めなければならない。
そうだとしても彼は偉いからがんばっている。ちゃんと当時の思惑や今のおそらくかなり正直な考えを併記してバランスをとろうとしている。その「正直な考え」を伝えるためには、引用したようなやや激しめの憎悪を前に出さなければならなかったのだろうと個人的には考える。
2026.3.28(土) 続き 独裁者が叫ぶ?
ところで「世界中の独裁者たち」は何を指しているのだろう。僕は現在起きている戦争のほとんど(ないしすべて)は独裁者の独裁的意志によるものだとは思っていない。またそのようなことがあったとしてもその独裁者は「戦争をしよう」なんて言うだろうか? さすがにもうちょっと違う表現をするのではないか。
戦争の背中を押す権力者は、いろいろな事情を背負っている。周囲の人、自分より偉い人、そして国民のことを考えて、それが最良の選択肢と信じてそうするのだ。「あー戦争がしたい。自分の一声だけで人をたくさん殺したい。権力欲がおさえられない。戦争をしよう。そうだ戦争をしよう!」みたいなガチで狂った人間が国のトップになれるとは思えないし、国のトップになってからそう言い出したのなら近くにいる人が命を張って殺すべきだ(乱暴)。おそらくその「トップ」以外の人も「確かにこの戦争には一理ある」「メリットがある」と思っているからトップは殺されないのであって、独裁者だけがそう思ってるなら側近がなだめるか無視するか殺せるのでは? これはもう「独裁者」という言葉の定義の問題だし、組織というのはどこ行ったってそういうもんだというのもあるんだろうけど。
たとえば「独裁勢力」と言うならまだわかる。そういう意味で「独裁者たち」と言うのならまぁわかる。そして独裁者にも独裁勢力にも「支持者」は少しくらいいる。この支持者は「独裁者たち」に含まれるのだろうか? むしろ「戦争をしよう」と口にするのは独裁者(国のトップ)本人ではなく居酒屋や喫茶店で無責任なこと吐き散らす一般の人、という気さえする。そこまで含めて「世界中の独裁者たち」と言っているのなら文学的にアリだと思うが、そのように読める文脈は存在しない。はっきり「民衆」と対置されているから。
独裁者に見える「トップ」が民衆を弾圧し命さえ奪おうとするのには理由があり、それは独裁者個人の主観的な意志のみではない場合がほとんどだと僕は考えている。またその「理由」に同調する人々が少なからずはいるはずで、「独裁者」というのは間違いなく「本人+組織+支持者」という構成を取っているはずだ。その外側にいる人たちは弾圧される可能性があって、その人達からすれば「圧政」ということになるだろう。しかしその責任を「独裁者たち」というシンプルな単語に閉じ込めて批難すれば済むとは思えない。ドラえもんの「どくさいスイッチ」では、ジャイアンを消したらスネ夫が暴君となり、スネ夫を消せば別の人間たちが徒党を組んで暴政を敷く。構造とか、集団的な意志がそうさせるのであろう。いろいろ考えると志摩くんの表現はちょっと単純すぎる。しかし、このリリースを読む人たちのうちで、何か文句を言ってきたり不快感を感じる可能性のある人たちの溜飲を下げるにはこのくらいの書き方をしなくてはならなくて、だからこの文章はどこまで額面通りに受け取っていいのか僕にはわからないのである。
2026.3.29(日) 続き そのころのぼく
では『戦争をしよう』というアルバムタイトルを残すべきだったかというと、それは自由でいいし、むしろ15年(実際は14年ちょっと)前に解散したバンドのファーストアルバムが、20年の時を経て新しい意味づけを付与されたとしたらそれはもう「奇跡の新譜」のようなものであって、「やべーこの名盤をもっかい味わえるぞ」と喜べるようなものだ。小沢健二さんが『犬は吠えるがキャラバンは進む』というファーストアルバムを『dogs』として再発したことに関してもファンたちは楽しそうにやんや言っていた。
また『ファースト』という名前に関しても、ガンダムみたいでわかりやすいしファーストミニアルバムが「ファウスト」(『Faust C.D.』)なのでじつにややこしくて面白い。よいとおもう。
そのうえでどんなタイトルが他にあり得るかな、と考えると、『戦争がしたかった。』とかですかね。KANの『野球選手が夢だった。』をパロって電気グルーヴ(瀧勝)が『野球選手だった』ってやったのが思い出される。
『戦争をしよう そんなふうに思っていた時期が俺にもありました』というのはふざけすぎだが、このニュアンスを出して『戦争しようとはもう思わない』みたいな。おおおおお、何をどう考えてもダサい! ゆえにやっぱり『ファースト』くらいがいい。そもそも『戦争をしよう』というタイトルに多大なる思い入れがあるからこそ、ただ単純に『ファースト』としたのだろうし。
しかしそういう可能性というか、道もあった、ということだけは考えておきたいのだ。『ファースト』という無機質な、しかし持ち慣れた呼称も良いが、まったく別の意味づけを新しく自由にするやり方もあった。『アルバトロス』とかにしてもいいわけだし、『Eclectic』とかにしてもいい。いっそ『No War』にしたっていいわけだ。
いろいろなやり方の中でおそらく悩みに悩んで「これ」を選んだことにはきっと大きな意味があるし、ああいうリリースを出したのも正解だったと思う。僕としてはいずれもまったく素敵だとは思わないのだが、それは僕がメイニアではないからであろう。メイニアであれば、もう心の中に『戦争をしよう』というタイトルが刻みつけられているからなんだっていいのだ。「そのころのぼく」は死なないのだから。
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