少年Aの散歩/Entertainment Zone
⇒この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などとは、いっさい無関係です。

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2021.12.31(金) 人の心の冷たさについて(嘘)
2021.12.26(日) 一対一対応の野蛮さについて
2021.12.22(水) 年末らしく人と会っている
2021.12.19(日)~21(火) ふたたび 新潟3days
2021.12.19(日) 本当に怖くないジャッキーさん
2021.12.10(金) 新潟3days
2021.12.05(日) 待つきちがい
2021.12.01(水) 静岡、沼津、熱海→四谷

2021.12.31(金) 人の心の冷たさについて(嘘)

 タイトルは本文と関係ないのですが書いてしまった以上そのようなテイストに近づけていこうと努力してみます。現在じつは1月2日の27時くらい、背中で『ピュンピュン丸』のDVDが流れています。年末の記事を書かないままというのも締まりが悪いので。

 日紀のほうを更新、書こうと思っていたことのほとんどがそっちに消えた。よって大事なところだけ。

 一年を振り返る。前の年のお誕生日に(正確にはその次の日付の日記で)「もう無条件に人に優しくするのはやめる!」(意訳)と僕は宣言いたしました。その実践の一年だったとも思っています。無理はしない、自分を脅かすものを甘やかさない。拒絶、排除、そういったものも必要があれば選択する。と書くと冷酷非情と思われるかもしれませんが、 それまでできるだけ努めてきたのを、ちょっと緩めようという話です。もちろん、そういったことを過去にしたことがなかったわけでもありません。心構えがほんの少しだけ変わったというだけ。

 大晦日と、そこへ向かって差し迫ってゆく一週間くらいのことが大好きでならない。引き締まって、ひらける。明ける。
 年末の記事をどうしても書きたかったのは、引き締まり極まったその瞬間に、凝縮されたゴールデンドリップを一滴、遺しておきたかったゆえ。

 この一年、別に人に冷たくしてきたわけではない。むしろこれまで通り、優しくしてきたのだとは思うし、これまで通りに冷たかったとも思う。あまり変化はない。ただ自分の繊細さを守ろうという気持ちは強くなった。具体的には、イヤなことには反応しない。気が進まないことはしない。ただそれだけ。
 BLANKEY JET CITYという大好きなバンドの『ディズニーランドへ』という曲。

 ノイローゼになってしまった友達が僕に言う
「あの楽しそうなディズニーランドへ一緒に行こうよ」って
 でも僕は行く気がしない なぜなら彼は気が狂ってるから
(略)
 でも僕はこう答えたんだ
「もちろん行こうぜ約束するよ」って
 でも僕はたぶんその約束を破ることになるだろう
(略)
 一緒にいるのがとてもつらくてたまらないから
 一緒にいるのがとても恥ずかしくてたまらないから
 そして僕は冷たい人間の仲間入り
 そして僕は冷たい人間の仲間入りさ
(『ディズニーランドへ』作詞:浅井健一)

 この曲の「僕」は、「つらくてたまらない」「恥ずかしくてたまらない」という状況を避けるために、「冷たい人間」になる選択をしている。もちろん、「つらくてたまらない」という言葉の中にはきっといろんな気持ちが含まれていて、「僕」はいいやつなんだろうなとは思う。優しい人なのだろうと想像する。
 なんとなくこの人の気持ちがわかるような気がする。たとえ相手のことが好きで、その人を拒絶したり約束を破ったりすることで自分が冷たい人間になってしまうのだとしても、手を離さざるを得ない時はある。
 自分が壊れていく、というばかりではない。たとえば狂った友達の手を握り続けて、ほかの人の手を取ることができない。トロッコ問題に近い。うまくバランスをとり、体温を保ち続けていかなければならない。
「僕」はディズニーランドに行く約束を破るだろうと言っているだけで、この友達と縁を切るというようなことは言っていない。ただディズニーランドには一緒に行きたくない。それに関しては仕方ない、そうするしかないと判断している。しかしその友達のすべてを拒絶するわけではない。

 ああなるほど僕のこの一年間もそういうことだったのかもしれない。「ディズニーランドには一緒に行かない」という判断を許す。それがたとえ約束を破ることで、冷たい人間の仲間入りを果たす結果になったとしても。
 やー実際むかしからそういう感じではあるんだけど、自覚的になったっていうことなのか。

 すごく具体的にいま悩んでいるのは、矢に対してどのように対処しようかということ。ひたすらよける。それでも刺さったり、終わらなかったり、疲れたりした時には、そのフィールドを去るしかないんでしょうか。
 できるならバリア張りながらその人のために祈り続ける、というくらいで考えています。でもそれが何の解決にもならない可能性もあって、永遠にそれが続くのだとしたら果たしてそれがいいのか悪いのか。そして急激にバランスが崩れたとき、核戦争にならんという保証はどこにもない。
 来年のテーマはこのへんですね。

2021.12.26(日) 一対一対応の野蛮さについて

 クリスマスが過ぎると「あと何日かで今年も終わるから」(ユニコーン『雪が降る町』)という歌詞が胸に湧き上がります。今年はどこで歌おうもんかなあ。(毎年末にどこかで歌わないと気が済まない)


 読んだ本を2冊。

 松本俊彦『世界一やさしい依存症入門 やめられないのは誰かのせい?』(河出書房新社「14歳の世渡り術」)
 こういうのは子ども向けに限る。ちくま新書『薬物依存症』もいいが、まずはこれ。薬物だけでなくゲーム依存や摂食障害、自傷とかの身近な話題が多い。それでいて当然根っこの部分はとてもよくおさえられている。
 松本先生が何度も言うのは、「信頼できる大人」を発見すること。見分け方まできちんと書いてある。自分にはそんな存在がいなかったなとか、自分はそういう存在になれているだろうかとかをやはり考える。
 後者については、過去はともかく今の自分だけ見れば、それなりにそういうふうになれたかもしれない。いつのまにか「なんとかしてあげよう」なんて考えなくなった。たぶんそれでいいのだ。「なんとかしてあげたい」とはもちろん思う。しかし自分にできることなんてほとんどない。結局はただ、その人と仲良くするのがいい。そのくらいしかできない。
「信頼できる大人」の役目として「支援に繋げる」というのがあるので、そういうこともできるようにはしておきたいが、ちょっと苦手である。それでもいざという時には何かを紹介できるようにはしておきたいので、こういう本をたびたび読む。
 また、もちろん、言うべき時には言うべきことを言うべきタイミングはあると信ずる。ちょっと前に珍しく強めに「そういう感じでしたらそれはぜったいにやめましょう!」というようなことを人に言ったが、けっこうエネルギーを使った。そのほうが絶対に良いという確証はない。そこはもう、自分のエゴも含まれていると割り切って言うしかない。もやもやした言い方で申し訳ないが、「あいつを呪い殺すために、借金して500万円の黒魔術キット買おうと思って、これからヨヤクするんすよ!」とか言われたら「それはやめよう」とは言うよね。「否定された! うざ! 信頼できない!」とは思われないような関係や気持ちがすでにあることは前提で、言い方も慎重にして。買う前に僕に話すって時点で、「本当に買っていいものなのだろうか?」という逡巡はあるんだろうし。
「買ってみてもいいかもね」と言う方針もある。5万円くらいなら言うかもしれない。500万円ならたぶん言わない。
 ガールズバーでバイトするなら反対まではしないが性風俗店だと「ちょっといま時間ある?」って言いたくなるような感じ。このさじ加減は本当に大事だと思う。
 もちろんその500万円の黒魔術キットを買ったほうがいい可能性もあるし、性風俗店で働いたほうがいい可能性もある。ただそれはすっごい期待値の低いギャンブルだとしか思えないということは、けっこうエネルギー使ったとしても伝える必要を僕は感じる。相手のことが好きであれば。

 ちょっと長く書いてしまった気もするけど、イヤこれは本当にいろんなことに通ずる問題なのです。「口を出す」ということの難しさ。

『現代思想 2021年9月号 〈恋愛〉の現在』
 ようやく時代が僕に追いついてきた……とはさすがに言い過ぎなので、「僕がけっこう前から時代のそこそこ先端らへんにいたということが証明され始めた気がする」くらいにしておきます。みんな気がつき始めているのだ、「恋愛などない」ってことに。
「いいかい、恋愛なんてないんだよ。常識と思い込みに惑わされ、欲望を書き換えられて、社会や他人にいいように利用されているだけなんだよ」みたいなことを、僕はみなさまに言いたい。口を出したい。実際してきた。意味がわからないと言われることもあったし、たとえ理解はしてくれたとしても、あんまりピンときてない人が多かった気がする。これからはどんどん当たり前のようになっていくだろう。恋愛などない。
 これはもちろん「ロマンティック・ラブ(あるいはマリッジ)・イデオロギー」的なものの否定であって、何十年も前から言っている人は言っている。ではそれを捨ててどうなっていけばいいのか、というのがだいじ。
「純粋な関係性」「重要な他者」「(多様な相手への)微量な恋愛感情」といった言葉がこの特集に出てきた。「二者間」や「一対一対応」というイメージがそもそも否定されてきている。


 僕は人間関係について基本的に、
「一対一対応で考えるのは野蛮」
「誰が誰を好きになってもいいし、誰が誰とセックスしてもいい」
 というふうに思っている。
 二つ目の後半は、「とにかくセックスしまくろう!」という話ではない、念のため。「自分はゲイの男なので男としかセックスしません!」という頑なさは無用で、「ゲイの男です、女とセックスします」を認めてもいいだろう、というようなニュアンスでぜひ。ノンケでも同性とセックスしたっていいし、そもそも自分や相手の性なんて何も考えずにただセックスする必要をお互いに感じればするのが当たり前でしょってこと。

「一対一対応」というのは、「AさんとBさん」という、個人と個人との対応を語るだけのものではない。「男のゲイ=男とセックスする」という単純さをも語っている。男のゲイは男とセックスしてもいいし、女とセックスしてもいいし、男とか女とかそういうことを何も考えずに誰とセックスしてもいい。セクシュアリティで人を差別しないというのは、そういうことである。
 それが進んでくると、もはや「セクシュアリティ」というものもあんまり意味をなさなくなる。まあ、それ(いわゆる「セク」?)を表明したほうが、自分がセックスしたい属性の相手を見つけやすくなるわけだから便利で、そのジャンル分けを消す必要はないけど、究極をいえばゲイだビアンだネコだタチだという言葉が必要なくなったほうが「進んでいる」感じはする。「わたしがなんであれあなたがなんであれ、わたしはあなたにさわりたい」ということだけでよい。それを互いに検討して都合が良ければセックスやなんかをするだけのこと。それがたぶん「純粋な関係性」というやつだろう。

「自分で手首を切っている=支援に繋げるべき」というのも野蛮な一対一対応。そうとも限らない。いったい何が良いのか、それは誰にもわからない。わからないけれども、その人に良き友達がいたほうがいいことだけは(なぜか)確信できる。だから僕がもし、その人と仲良くしたいなら、できるだけする。相手がそう思っていないなら、しないが、その可能性をこちらから消すこともしない。言ったほうがいいと思えることがあれば言うし、したほうがいいと思えることがあればする。それが良い結果を招くかはわからないながらも。


 まだまだ世の中はロマンティック大好きで、恋愛というものは「ある」と考えたがる。でも昔よりは絶対、そう思う人の割合は減っている。
 ほとんどの人は「一対一対応」でしかものを考えないけど、昔よりは絶対、そうでない柔軟な考え方をする人は増えている。僕調べ。
 それが将来、十分な勢力を持つに至るかどうかはわからない。しかし僕は、すでにそっち側に立っているので、勝つ(とは?)と信じて生き抜く。それが僕にとって革命の夢というものなのだ。がんばるぞ。

2021.12.22(水) 年末らしく人と会っている

 去年はそういうことがほとんどなかったが、今年は年末らしく人と会っている。お店をちょこちょこ休みにしているのは年末年始の怒濤の営業に向けた体力温存だが、そう決めたとたん取材のお仕事が立て続けに3件(原稿としては6本)入ったし、お茶やご飯の誘いもいくつかきた。自分から誘ったものもある。


 13日に春日部で取材2本(教育学部の学生と学部長)。9時に春日部駅集合、14時すぎまで拘束。疲れ果てたので駅から徒歩15分くらいの温泉に行って2時間くらい仮眠……のつもりだったがろくに寝られず。損な体質である。精神質といったほうがいいかもしれない。
 三郷がわりと近かったので、友人(夜学のお客さん)が1年前に開いた「居るカフェ」に行ってみた。拙著『小学校には、バーくらいある』が本棚にあった。うれしいな。いい意味で気の抜けた店作りで、たぶん成功している。このくらいの温度のお店がたくさんあったらいい。お洒落すぎなくて緊張感も特になく、たぶんだれでも肩肘張らず居られる。入りづらいとは言われるらしいが、だからこそ入ってみたら気が抜けていてホッとするんじゃないかしら。
 新松戸で乗り換え、松戸の「大都会」で古い(2006~)友人、魔王オディオことぼえぼえと飲む。コインを入れると自動で注がれるアサヒの黒生。おいしい。280円。山崎ハイボールも相変わらず安く380円。23時で閉店なのでステーション・バーで缶ビール。良くも悪くもお互い変わらない。ブレないことには僕もそれなりの自負があるが彼も相当なものである。
 や、ジャッキーさんはブレてるんじゃないんですか? ブレる柔軟性が大事だとお考えなのでは? それはそうなんですが、重心とか軸的なものの話で。自転車に乗る時も、「頭のてっぺんとタイヤの接地面をつなぐ線を地面に対して常に垂直に保つ」ことが大事なのであります。そうすればどんだけ車体や身体が左右にブレても問題がない。演劇でも、「丹田に力を込めれば一本足でどんだけ動いてもバランスが崩れない」と教わった。Marそんな感じ。

 15日、むかし一緒に同人誌を作った女の子とコメダに。その企画を始めたのは彼女が中3の頃だったが、もう大学を卒業するそうな。しかも教員になるらしくて驚いた。これからそういう話を(守秘義務を満たす範囲で……)聞けるようになると思うとワクワクする。僕ももう一回くらい教壇に立ちたいものだ、なにしろ「退役軍人が活躍する話」みたいなの大好き。『ドラゴンボール』のジャッキー・チュン(亀仙人)的な。『やまだたいちの奇蹟』の三原監督的な。『ダイの大冒険』のマトリフ的な(以上、すべて90年代半ばに終わったジャンプ漫画)。鍛錬しておかねば。

 16日、弟子(!)と中野でお寿司たべた。数年で数回しか会わないが、10年以上前、彼女が15歳とかだった頃とだいたい同じノリ。見た目についても、お互いほぼ変わらない(むろん経年の変化くらいはある)。頼もしい。価値観もそんなに変わっていないように思える。というか、たぶん二人とも一周まわって同じようなところに戻ってきている時期なんだと思う。
 中村一義の『謎』という名曲の最後に、「僕等の答えはゴールを旋回し、大手振り、出発地点へ戻る。」という一節がある。この意味がようやく胃の腑に落ちてきた。もうゴールは見たよな、「ほらみろ」つって帰ってきた。
 この詞の直前は、「もう二十年後に、また会いたい故に、今日、深長に友人に問う。」なるほど、それ、その通りじゃないか。
 快探偵ZEROの決め台詞が「よし、そうか、そうだったのか!」だっての思い出した。けっこう大切なことなのだ。

 このあたりでずいぶん疲れてきていたので休みを増やしたり、ひたすら寝たりした。

 20日に取材が1本(専門学生)入ったので、19日から21日まで新潟。このことは次に書く予定。
 22日(今日)はひたすらのんびりした。あすは某元喫茶店に行って(15162305)、都内で取材3本(いずれも専門学生)して、合間に原稿書いて、夜は友達と会う。24日はお店にいますのでぜひ来てください本当に。新潟で、夜のお店をやっている人たちが口々に「お客は戻らない、特に遅い時間に人が動かなくなった」と言っていた。日本全国どこもそうなんだと思う。夜学バーも例外ではない。どうか積極的に(かついろんなことを考え合わせて慎重に)おいでくださいね。25,26,27を休み、28からは5、6を除いて11日まではすべて営業。時間はいろいろなのでホームページをご確認ください。
 26~29日くらいのどっかで『雪が降る町』歌わんと。かつては毎年ゴールデン街のチャンピオンに行っていたが、さて今年は。

 26日に副管理人の添え木さんと会う予定。同じ都内に住んでいるのにたぶん数年ぶりだ……。

2021.12.19(日)~21(火) ふたたび 新潟3days

19日
 上野1818→2012新潟、車内で12月8~10日の日記書く。着いたら雪が積もっている。自転車を組み立てるがほとんどうまく走らない。慎重に古町へ渡っていったん宿へ。安居荘という老夫婦の取り仕切るゲストハウスで、朝6時から夜中までチェックイン可能、チェックアウトはいちおう正午だが22時までは居間やロッカーなどが使える。もちろん安い。
 雨を読みながらちょっと休憩して四ツ目長屋でビール一本だけ飲む。お隣のお兄さんから新潟県内の妙なお店や、モッズについてのことを教わる。駅前へゆっくり走り「C」で生ハイネケンと尾鈴山のジンを飲む。日曜の夜に悪天候というのにお客多くして騒々しい、それもまたよし。雪道をえっちらおっちら、合羽着てゆっくり走り、ぺがさす荘へ。ONPAS(バンド)の方々がいて新潟の話をしたり特攻の拓の話が一瞬出たりなど。こういうときにそれなりに話ができるのはいろいろなものを知っていてよかったところ。
 夜中までお酒を飲んですごす。またもちと飲みすぎた。ここに来ると飲んでしまう。


20日
 昼すぎに起きて洗濯。そのあいだ原稿作成ツール(専用のがある)のセットアップや取材の予習など。バス乗って金衛町2丁目の喫茶店「モンプチ」に。ハンバーグランチを頼む。豪勢。食後のコーヒーのあと昆布茶いただく。あたたまる。
 バスは苦手だ。ほんの20分くらい乗っただけでとても気持ち悪くなってしまった。帰りは歩くことにする。ところどころ雪が残ってる乾いた道を……と言いたいところだがまた雨が降ってきて地面は濡れている。ブランキージェットシティの『ライラック』をエンドレスに口ずさみながら歩いていく。エンドレスといったら本当に飽きずにエンドレスなのがやはり我ながらそういう病気なのだなと振り返って思う。壊れとる。道々、いくつか素敵なお店を発見。
 古町に着く。「シュガーコート」で念願のクッキー缶とバッグを買う。こうして少しだけでも顔を合わせお話ができるのはなんと幸福なことだろう!
 16時20分から某専門学校で取材。18時ごろ終了。「奏」というお店でワインを。サンタリタの赤と白。安いのに極上、名古屋人の好きな概念。下田豚や女池菜を使ったお通しも絶品。「極上」と「絶品」だけですべての食レポをまかないたい。
 いったん宿へ。すっかりびしゃびしゃになった靴を新聞紙敷いてヒーターで乾かす。
 駅に向かう。件の「C」はちょうど閉店するところだったと思う。駅南の住宅街にある「KKR」というカフェで腹ごしらえ。さてどこに行こうかと、古町に戻って町をぐるぐるとしてみるが、なんとなくピンとこない。違うな、今日じゃないな、と感じてスッと帰った。一階に降りてストーブをつけ、深夜までカタカタと日記を書く。


21日
 10時くらいに起きる。健康的。人間らしい。下に降りてPCであれこれと作業。同じ部屋の人と話す。ちょっと仲良くなって名刺交換。夜学バーの近くにお住まいらしい。「行きます」と行ってくれた。ぜひとも……。再会を心待ちにしております。
「R」という、靴を脱いで上がる畳の喫茶店へ。周囲にお店がほとんどない孤独な立地。メニューはすべて安い。六畳くらいはあると思うが、座席は現在2人がけのテーブルが2つのみ。親が喫茶店を経営していて小さい頃からそこでパフェなんか食べていて、喫茶店という空間が大好きだった、それで自分でも始めてみたという。僕も祖母が喫茶店をやっていて幼い頃からたびたびそこでくつろいでおり、その想い出が僕のいまの仕事と趣味の源泉と言って過言ではない。そんな話をしたりした。
 このお店は、あまり見つかりたくはないようである。隠れていたいそうだ。繁盛しすぎても困るし、「なつかれるの嫌いなの」とのこと。すごい一言だ。なかなかこれの言える経営者はいない。僕もけっこうお客さんに言っちゃいますね~なんて話したら、褒められた。またきっと行きます。
 ぺんぎん商店でとん汁定食。スープジャーを買って箸置きいただく。ちょっと散歩。
 昼14時から24時まで週6でやっているバーカホリック(?)なバー「A」へ。赤ワインと白ワイン飲む。最近夜学バーでもワインを扱うようになった(箱ワインを1銘柄だけだけど!)のでたくさん勉強したいのだ。正直なことを言えば昨夜のグラスワインが美味しすぎた。
 新潟1537→1647高崎。せっかくだから帰りは寄り道していく。思ったより早く着いたのでカラオケまねきねこに行って『ライラック』歌う。この曲の中に「クリスマスの4日ぐらい前」というフレーズがあって、それがとっても好きなのだ。ユニコーン『雪が降る町』の「あと何日かで今年も終わるから」によく似ている。ピンポイントにこの日、というのではなくて、そこまでにあと何日かはあって、だんだん差し迫っていく感じ。高まっていくワクワクだったり、終わっていく寂しさであったり。年末はそういうのが2回もあるから大好きだ。『ライラック』→『クリスマスと黒いブーツ』→『ライラック』と熱唱し、それをツイキャスで生配信からのアーカイブした。もちろんどこにも需要はなかろう!(2人くらいは喜んだかも知れないが!)でもやりたいからやるのだし、20年後にはすばらしい音源になる。毎年続ければそれなりにそれっぽい行事にもなる。10年やったら許される。「まーたやってるよ(微笑み)」にもなるし、「えっなにこれ10年とかやってんの?(驚)」にもなる、はず。そのあとなぜかhideの『Misery』も歌った。めいきょくだ。
 身体を火照らせながら「K」に。ここは本当に見つかっていない。探しても探してもインターネットには出てこないと思う。がんばれば住所くらいは見つかるかもしれないけど、ぜひ歩いて見つけてください。ヒントは僕まで。さりげなくクリスマスの意匠に変わっている店内。何カ所かの置物や飾りが季節ごとに変わっているのだ。お手洗いまで。いろんな時季に来たくなる。ママが高崎や前橋の最新情報をあれこれ教えてくれる。「コーヒーもう一杯いれますね」とおかわりをいただく。それなりのお年なのだがいろいろなことにとても詳しいし、エネルギーもある。昼過ぎから、20時半くらいまで開いているらしい(メモ)。
 教えてもらった場所を見て回ってから「バク」へ。階下で50年ほど営業していたらしいスナックが二階へ移転したもの。二度め。あまり濃くは覚えておられなかったようだけど、「よくぞまた」と大歓待を受ける。お隣のおじいさんが台東区や墨田区あたりに詳しくて、楽しいお話し、ビールをごちそうしていただいた。頂きぼく! じり焼きという群馬特有の食べものをいただく。熊谷のフライ焼きに近いようなものか。
 最後にNeiro Cafeというお店に行く。高崎駅前でさくりと飲むなら最高だと思う。新潟の例の「C」というお店に概念としては(?)よく似ているが、全然違う。大雑把にいえばそこが「世間」になっているか、「広場」になっているかという違いかもしれない。
 高崎2130→2311上野。熊谷に寄ろうと思っていたのだが、車内でSNSチェックしたらどうやらA.L.F Coffee Stand休みらしいので下車せず、上野から自転車で帰宅。

2021.12.19(日) 本当に怖くないジャッキーさん

 ひょうばんをよんだ11月22日の日記について(まだやんのかって感じですが)、直接ご感想をいただいたのでちょっとだけ。23日と24日の日記(あわせて藤原紀香三部作)もぜひご参照ください。ところでおたよりをくれた(自称)元生徒さん! お返事したよ! 見てても見てなくてもいちおう連絡ちょーだい! また捨てアドでもいいよ!


 僕としてはあの文章、「こういう考え方って存在するよね~」くらいの温度で書いただけで、自分の意見とか姿勢そのものを写し取ったようなつもりはまったくないのです。とハッキリ書くとオイ23日の日記には「男≒僕くらいのことは言えると思います」って書いてるじゃないかと叱責されそうですが、どちらも同時にそうなのです。ご了承ください。
 どちらも同時にそうだというのは、「こういう考え方って存在するよね~。で、この考え方は結局僕が考えたことだから僕の意見が含まれている部分がないとは言えません~」くらいの感じです。
 大切だと僕が思うのは、あそこでのやり取り(特に男と思われるほうのセリフ)は、僕の「意見」ではないということ。「僕はこう思うのだ!」ということではなくて、「こういう考え方を思いつき(言語化し)ました~、これは僕の意見として提出するのではないですが、そのうちの一部分が僕の意見であることを否定することはできません~」というふうに僕は書いたつもりなのです。
 要するに、曖昧にしているのです。逃げるために。「なんてひどい考え方をするんだ!」みたいな批難を避けるために。どこからどこまでが僕の「意見」なのかをぼかしているわけです。でも、そういうつもりで書いたからといってそういうふうに読んでもらえるとも限らないというのは単に真実で、こちらは逃げ切ったつもりでも読み手は「ついにシッポを出しやがったな! つかまえた!」と思うかもしれません。それは仕方がないことです。偉大なる恩師A(通称?猫先生)は言いました。「文章を読むというのは誤解するということである」と。その人はまたこうも言っておりました。「人を傷つけない言論などない」と。(細部ちがったらすみません、ご指摘ください。)


 この12月19日、ある人から対面で、「11月22日の日記よかったです」とお褒めいただいた。細かくはあんまり覚えていないので以下は恣意的な超訳。「われわれ(誰?)が思うジャッキーさんの怖い部分が出ていて、ああやっぱりこういうふうに考える人なんだと改めて怖くなりつつ、それを人前で言語化することに凄味も感じました」的なような。このように直接ご感想をくださる方は本当に貴重で、ありがたく、うれしいものです。
 あんまりピンとこないのですがジャッキーさんって怖いのでしょうか。なめられてるような気もしますけど。わからないので22日のを読み返してきます。


 思い出してきた。実は書いてから初めて読み返しました。23日と24日の日記を書いたときは読み返しておりませんでした。つらいきもちだったから、読み返すとつらくなりそうでやだった。
 前半はぜんぜん僕の意見じゃないですね、二者どちらについても。まあフツーの、それなりにはありふれた考え方が記されているだけだと思う。その中に僕の意見と重なる部分が多少あったとしても、それはただ一般的の感覚ってだけだと思う。

「はっきりと正直に言えば、自分を不快にさせた人間のためになんか言葉を使いたくないのかもな。でもまあ改善というか、それを二度としないでくれるほうが僕にとっては都合がいいので、本人には知ってもらいたい。でもその本人のためだけに言葉や時間や労力を割くのは、だるい。別にやめてもらわなくたっていいんだもん、ちょっとくらいなら我慢できるし、あんまり不快にさせられるようなら、もう関わらなければいいだけだし。そもそも愚痴ってのは第三者に言わないとあんまり意味がないようなものだから、他の人にも聞いてもらいたい。しかも、それを読んでなるほど、わかるわかる、そういう考え方もあるのか、元気が出ました勇気が出ました、ためになりました頭が良くなりました生きる力が向上しました、なんて効用をほかの人に与えられるかもしれない。いやー、なんて効率が良いんでございましょ」

 このあたりからは、まあまあ僕だなー、という感じがします。
 自分を殴ってくる相手「だけ」のために何かをするほどお人好しではない。とりわけ去年のお誕生日以降はそうあろうと決めた。そこはけっこう冷徹にやるので、怖いといえば怖いかもしれない。でもたぶん注目すべきは「だけ」という二文字で、ここが僕の優しさとずるさの骨頂でありつつ、たぶん怖いところだと自己分析。
 その人「だけ」のためには何もしたくないけど、不特定多数の誰かのために何かをしようという時には、その人も含んでいる。切り離すのではなくて、むしろ合流させる。そのほうが都合よいと判断したということ。
 たぶん効率を考えている。この「効率」というニュアンスはたぶん伝わらないだろうな。どう言えばいいんだろう。きわめて多くのことを考え合わせたうえで、バランスを決めていく。バランスが良いということが、僕にとっての「効率」の意味。
 と思ったら引用箇所の最後に「効率」って言葉が出てますね、ちゃんと。無意識だった。

「怒ってはないけど、この人は自分を不快にさせる可能性の高い人だ、というふうには考えてるよ」
「友達に対してそういうふうに思うんだ」
「そりゃそうでしょ。別に嫌いだってわけじゃないよ。好きだよ。でも不快にさせられる可能性は高い」
「じゃあ、そんな人と付き合わなきゃいいじゃない!」
「は? なんで? それはこっちの勝手では? そして同時に、あなたの勝手でもあるのでは?」
「不快にさせられる可能性の高い人と、こうして喋ってるのがわからない」
「可能性は可能性だからね。気持ちよくしてもらえる可能性も同じくらいかそれ以上に高いし、何より、好きだってことだよ」
「不快にさせられる可能性が高い人を好きなの?」
「可能性だけの話だから。好き嫌いとは別だし、気持ちよくしてもらえる可能性とはほぼ独立した話」

 付け加えるならば、その「可能性」は変動する。この会話をした当時、「僕」はこの相手が自分を不快にさせる可能性が高いと踏んでいる。だから警戒を強めているし、この人だけに労力を割きたいという気持ちもあまり大きくない。しかし二人は友達(「僕」曰く)であり、「僕」はこの相手のことが好きである。だから関係を絶つ気もない。そして関係を続けていくうちに、件の「可能性」が低くなってきたとみれば、「僕」はきっとこの相手に対して警戒をゆるめ、労力を割きたい! とむしろ願うだろう。すなわち「仲良くしたい!」と。
 不快にさせられる可能性が高いと思えば付き合いを控えたくもなるし、低いと思えば(そして気持ちよくなる可能性がそこにあると思えれば)付き合いをいっぱい持ちたくなる。これも「効率」なるものの一側面。
「快」の可能性はできるだけ高いほうがいいし、「不快」は低いほうがいい。そうなるような努力もできる範囲でする。それがうまくいくかどうかはわからないが、努力はする。成功すれば「僕」のQOLは向上する。ただ、その努力の中で不快な思いはできるだけしたくない。そういうようなことを「僕」は語っているのである。

 僕を怖いと思う人がいるとして、いったい何が怖いのかわからないが、かりに僕がこのような考え方を自然にやっていて、それがけっこう正しいと思っているのだとしたら、そこを怖いと思う人はいるのかもしれないとは思う。

 誓って言うけど僕はふだんワンとかニャーとか言ってるだけのふにゃふにゃな人間である。上記の文章を読むと固そうに思えるかもしれないが、さにあらず。本当はぼんやりとぴょんぴょんしてるだけの男である。ただ、人見知りですので、心を許せる状態にない時は、論理を起動させて身を守っているのである。日なたで眠る犬のようにしていられる状況を僕は愛するのです。怖いのは牙を剥いているからであって、クゥ~ンとしてるときはかわいいもんですよ。ずっとそういうふうにしていたい。がんばります。

2021.12.10(金) 新潟3days

8日
 雨ざあざあ、普段なら自転車で直接上野だが今回は在来線から。あまり焦らずそれなりに睡眠時間を確保できる時間に出立。ぼくはなれてるからあわてないのだ。このおちつきがしろうととくろうとのちがいだ。(参考文献:てんとう虫コミックス『ドラえもん』2巻「恐竜ハンター」)
 上野1046→1338新潟1343→1305内野、新潟駅での乗り換えはYahoo!のアプリに出てこなかった(「急いで歩く」にしているのに!)が、自転車があっても余裕で間に合った。

◎新潟しろうとのための解説→内野(うちの)とは、新潟大学(五十嵐キャンパス)の近くで、ここ5年ほどでこころざし深き若者たちが次々と新しいお店を出している地域。数年前から行きたいと思っていたが、恥ずかしながら初めて降り立った。くろうととは何だったのか。

 新潟も雨。自転車を組み立て、傘をさしつつ、マンホールを撮りながら進む。新潟のマンホールはかわいいし種類も豊富な気がする。興味ある人は調べてみてください。
 なぜマンホールを撮っているのかというと、賞金がもらえるからである。11月だけで110500円の賞金(参加賞含む)を得ている。すごくないですか。

 まずは「古本詩人 ゆよん堂」へ。ゆよんは中原中也の『サーカス』から。店構え、空間、棚、品揃え、いずれも素晴らしいうえ、チャイやコーヒーも茶菓つきで注文できる。座る場所も机もある。とても良いお店。店主さんとも少しお話しをした。
 飲食物を提供する理由は、そこが「場」たりうるように、ということのようだ。そのようなことを仰っていた。そういう気持ちのある人がいるのは心強い。純粋に嬉しい。
 僕が常々不満に思っているのは、「面白い人や変な人は、なかなか飲食店をやってくれない」ということだ。面白そうな飲食店はたくさんあっても、そこにいるのはあんまり面白い人ではなかったりする。
 面白い人(とは何か、てのは置いといて)は飲食なんかやろうとしない。なにしろ自由度が低いのだ。むりに自由度を高くしてやるとまず儲からない。また儲かるようなお店は忙しいから、そんなに楽しくもなかったりする。面白い人ってのは、暇を愛する人が多いのである。
 面白い人で、飲食店をやっているのは、お金や土地のある人か、なにがなんでも飲食をやりたいという、よほどの変人がほとんど。しかも俗欲がない。そういう人はもちろんかなり少ない。
 ところが最近は、「一つの業態にこだわらない」というのがブームである。一つの分野だけでは食べていけないくらい不景気なのだ。たとえば「古本屋が飲食もやる」という形態が非常に増えている。これは僕にとって喜ばしいことだ。古本屋をやるような人というのは、少なくとも飲食よりは面白い人が多い。飲食従事者の母数を考えると、率としては絶対にそうである。
 ゆよん堂もそれだが、彼は「食べていく」ためにチャイを出しているのではない。結果的にはそうでもあるが、何より先に「チャイが出てきたほうがいい」と考えるからチャイを出すのである。なぜそう言えるかというと、あのお店ではチャイが出てきたほうがいいと僕も思うからである。
 詩というのはそういう時間にこそ膨らんでいくのであーる(かっこいい!)。

 飲食以外の分野の人たちが飲食を取り入れて、お店に幅を持たせ、ひいては「飲食」というものが自由度を高めていく。喜ばしいことなのである。
「ツバキ舎」というお店を覗いてみた。若い人の始めた文房具(を中心としたいろんなもの)屋さんで、奥には駄菓子屋さんもあるらしい。ここも「飲食以外の業態に飲食(駄菓子ではあるが)をくっつけた」と言えるだろう。残念ながらお休みだったので、今度また来てみよう。
 お隣の「コズミックファーム」というお店に入ってみた。個人経営のヴィレッジ・バンガードといえばわかりやすいと思う。東京の友達の作品が売っていたりして感動した。また、エスエス製薬の「エスファイトゴールド」のビートたけし仕様グラスが、箱付きで売っていた。たった600円。即決。「目、肩、腰にエスファイト、ビタミンBです、エスファイト! エスファイト!」とたけちゃんが歌うCMが、幼いころ大好きだったのだ。店主さんに感激を伝えて、ちょっと盛り上がった。めちゃくちゃいい人。ここもまた来たい。

 お腹がすいていたので、マンホールのノルマを達成したところで「ウチノ食堂」へ。「ヒト・モノ・コト、日常が交差する」というコンセプトをホームページに掲げている。お店の一角で本などを売っているが、ここは「飲食」が先にあるほうのタイプ。
 食堂と言うだけあって(?)、食べものも飲みものも実にすばらしい。栄養満点で助かります。近くにあったらものすごく通うであろう名店。店のそこかしこに本が置いてあったり、紙が貼ってあったりする。文字が多い。そういうのを心地よいと思う人たちが来ているのだろう。
 きょろきょろと、お店の棚を眺めていたら、思わず「あっ!」と声が出た。なかなか声なんて出ないのだが、この時ばかりは本当に驚いた。
 拙著『小学校には、バーくらいある』が並んでいる。僕が選んだ席の、ちょうど真後ろの棚に。「すてきなことは光ってくれる」という帯文(自分で考えました)のとおり、ピカピカと光ってくれてすぐわかった。

「あっ」と声を出してしまったせいで、店主さんがこちらに注目している。
「この本……」と、座ったまま指さして、絞り出すように言うと、
「小学校には、バーくらいある。」
 タイトルを唱えてくれた。
 なんて言おうかちょっと迷って、「僕が書いた本です」
「……作者さん?」
 2019年秋(印刷直後)の文学フリマで買ったとのこと。僕が直接手渡して売ったということだ。遠く新潟で、こんなふうに再会を果たすとは!

 生きていると、世の中は非常に複雑だということがわかる。「世間は狭い」と言われるが、それは単純だからではなくて、むしろ複雑だからなのだ。複雑だからこそ、あらゆるものがあらゆるものと交差しうる。何度も何度も。あとはそれに気がつくかどうか。あるいは、たった一つの小さな選択のいかんによって、交差するかしないかが変わってくる。出会いや再会は、偶然にのみもたらされるものではない。偶然と、判断や選択とのコラボレーションから生まれるのだ。

 まだ雨が降っている。新大(新潟大学)まで行ってみる。部室棟のあたりを散歩する。学生たちが歩いている。
 いろいろあって、ある人にお店のショップカードを数枚渡した。どこかに配ってくれているはずである。妖精のような雰囲気があった。

 すっかり暗くなり、雨は上がっていた。新潟大学前駅から越後線で新潟駅に戻る。駅前すぐの宿にチェックイン。これからどこに行こうかを考える。今日は駅南に行くつもりなので、古町までは行かず、まずは駅前でちょっと飲んでいこうと決めた。
 ところが目当てのお店はことごとく閉まっているか、なんだか微妙な感じがした。歩いてみても、今日はちょっとこのへんじゃないなという感じがした。そういう日なんだろう、と思って南口に回り、なじみの喫茶店の存在確認(休業中とのことだった)をして、「狐狗狸」というお店で夕食を取ろうと思ったのだが、こちらも閉まっていた。珍しい。
 結局、最後に寄るはずだった「ぺがさす荘」へ。ここは新潟で一番すごいお店だと今のところ思っている。僕と似たような……というか、矛盾しない信念を持った同志のような存在。
 明日行こうと思っていた「ニュースナック 四ツ目長屋」という古本屋兼バーの店主さんがちょうど来ていた。3人であれこれ話す。鍋や貝柱などを少しいただく。ビール、ビール、57%のおいしいジン、アラン、ビール。ちょっと飲み過ぎてしまった。ビールはすべて別種のクラフトビール。
 ぺがさす荘には「すべて」がある。本当にすべてである。生活と文化のすべて。愛すべきものすべて。すべてと言って言い過ぎなら「おおむね」ある。行けばわかると思います。新潟駅南口から徒歩27分。
 25時くらいまでお邪魔してしまった。北口に戻る。あんまり「締めのラーメン」というのは食べないんだけど、お腹が空いていたので「天一」というお店で味噌ラーメンを食べて寝た。


9日
 11時のチェックアウトぎりぎりまで寝て、マンホールを撮りつつ萬代橋を渡って「安居荘」にチェックイン。荷物を置いてすぐに出かける。すぐ近くにある無人書店「今時書店」でちょっと本を買う。食の図書館「本間文庫」に行ってみたがお休み。「小松飯店」でカレーセット(半ラーメンとコーヒーなどがつく)を。このお店は、昔は手前が中華料理屋、奥が喫茶店と二つのお店だったのを、ぶち抜いて一つのお店にしてしまった不思議なつくり。奥に座れば純喫茶でラーメンが食べられる。大好き。

 新潟駅から新発田まで行こうと思ったら、電車が全然ない。仕方ないので豊栄(とよさか)止まりの電車に乗り、そこから自転車で向かうことにした。13キロくらい。
 こないだ名古屋出身の友達と、「なかよし」っていう名前の喫茶店って意外とないよね、あっ、新潟にあった! みたいなやりとりをLINEでした。それがたまたま豊栄だったので、寄ってみた。看板も何もなく、半分閉まったシャッターに「営業中」とだけ書いてある。その脇の階段を恐る恐る登ってみると、開いていた。レモンスカッシュを飲む。「芸とエコの店 喫茶なかよし」とメニューに書いてあった。お客はみんなお酒を飲んでいて、なかよさそうにお話していた。絶妙にツボに入る。好き。

 新発田まで走る。福島潟や田園風景の絶景を横目に見つつ、8インチの小さなタイヤで走る走る。自転車で走るのは楽しい。しかしどうも車体に限界が来つつある気がする。実はすでにキャリーミーのカスタム車をヤフオクで入札しているのだ、そっちならきっともっと楽なのにな〜と思いつつ頑張って、目的地に到着。
「三角フラスコ」というお店。かつて沼垂(ぬったり)でカフェ(Hoshino Koffee&labo.)をやっていたホシノさんが一年くらい前にオープンさせた焙煎所。前のお店は、見つけてから結構すぐに閉店してしまったので、数えるほどしかお邪魔できていない。覚えていてくださるか不安だったが、小さな白いキャリーミーを見て記憶がぼうっと甦ったらしい。
 すべて完璧なお店。まずホシノさんの姿かたちがすばらしい。どっからどう見ても「実験する人」なのである。ここまでかっこいい佇まいをしている焙煎師はまずいないだろう。立居振る舞いも含め、いわゆる「オーラ」みたいなものが宿った人間。お店の作りも細部まですばらしい。(沼垂時代とそっくりで感激した!)
 ここも「飲食店」ではない。「焙煎所に飲食機能をつけた」という感じ。コーヒーを淹れてもらうことは原則できず、豆を買って、店内で自分で淹れて飲むことは可能である。カップもあるので持ち帰りもできる。20グラムだけ300円で買うこともできる。すばらしいシステムだ……。ちなみにしぬほどおいしいです。若手の焙煎では一番好きかも。
 たまたま近所の酒蔵「かねます」の方と居合わせ、来年のブラジル独立200年にあわせ開発中というコーヒー焼酎(種別としてはリキュールになる)を味見させていただく。めっちゃ美味しい。完成したら夜学バーにも置く予定。お楽しみに。
 近所の酒屋を教えてもらい、かねますさんの焼酎を1本購入。新発田駅から電車。

 新潟駅北口を出て、自転車を組み上げると、すぐ目の前に「C」というお店が見える。コーヒーやビール、ウィスキーなどを提供しているらしい。ガラスの向こう、厨房には女の人が一人。店内のカウンターに男性が2名ほど。
 僕はその女の人を一目見た瞬間に、「これはただものではない」と直観した。これは本当に褒めてほしいところ。見た目だけからそう思ったのではない。駅を出てすぐ目に入るこの立地で、このメニューにこの価格、そしてこのサイズの、この外観の、小さなお店の中に一人で立っているという事実を踏まえた上で、その姿を見たときに、「いいお店だろう」と即断した。
 しかし僕は実はあんまり積極的な人間ではない。どんなお店にでもスッと入れるような心臓は持ち合わせない。いつもどんなお店でも、初めて入る時にはエイヤと気合入れて、深呼吸ためこんでやっとドアを開けるのだ。ちょっとすぐには入れない。クッションとして、お腹を先に満たそう。
「ほうらい」という、20時までランチが食べられる中華料理屋へ。12月末で閉店との張り紙が店内にあった。移転を考えているがまだ見つからないという。なんと。定食を噛み締める。美味しい。

 Cに入ってみた。お客はない。ハイネケンの生ビール。ちょっとしておでんの大根とたまご。ここから12月19日の夜、ふたたび新潟に向かう新幹線の中でしるす。ぽつぽつと話すうち、なんだか持論めいたズレゴトを言ってしまった気がする。それを受けとめる姿勢がなんだか素晴らしかった。言い訳のような言葉を言いかけたところでお客さんがやってくる。
 若い女性で、来店は二度め。前回は友人とやってきたが今回は一人で。前回話していたことの「続き」を持ってきたという。理想的な「居着き方」だと思う。こういう流れを自然と導くのも店の力で、店主の力なのである。めっちゃ褒めてるけど本当にそう。
 そういえば僕もだいたい同じだ。初めて通ったバーには初め、二人で行った。二度めは一人で、報告を兼ねて。それからすっかり居着いてしまった。よくあることなのだ。そしてそれは引力なのだ。「万有引力とは/ひき合う孤独の力である」とはよく言った。谷川俊太郎『二十億光年の孤独』より。(最近は「孤独」がテーマなの。)
 文体。「なの。」とかちょっとかわいこぶりったいもんだな。
 それから続々とお客が増えていった。中に入ってくる人もいれば、外の立ち飲みスペースでクイッと飲む人もいる。エリアは完全に分かれているが、場として完全に別々というわけでもない。絶妙な距離感。これはある種の芸術だと思う。

 まず店主さんのいる四角い厨房がある。ほぼ立方体と思ってもらってよい。その横にキューブのようにこれまたほぼ立方体の飲食スペースがくっついている。カウンターは2~3席程度しかとれないが全体がせまいのでテーブル席も実質カウンターのような距離感である。その横長の直方体の一長辺がガラス張りになっていて、同じくらいの長さのカウンターがひっついている。そこが屋外の立ち飲みスペースとなる。なんて説明するよりも絵を描くほうが早いのだが面倒なので記号でがんばる。

 駅
 道路
 __ ←屋外立ち飲みカウンター
 □□
 ↑↑
 厨客
 房席

 ずれていたらすみません。
 何が言いたいかというと、外のカウンターは意外に長く、厨房側だけでなく客席側もガラス張りになっていて、内外のお客がお互いに目が合うし声もなんとなくは聞こえる。強度でいえばかなり弱いコミュニケーション(交流、対話)が常に交わされていることになる。これはなかなか珍しい構造で、うまく成立させて味わいとする手腕を芸・術(アート)と呼びたい。このお店にはそれがあり、「好き!」となったわけである。最高!
 すっかり気に入ってしまって、めずらしいジン(GREEN ANT、DANCING SANDS)をハーフずっこ飲む。おいしかった。お酒の揃えもセンス光る。めっちゃ褒めてる。
 帰り際、領収書をもらいがてら結果的に夜学バーを宣伝。地方での草の根の営業活動は要。都内でもちょっとはしてみようかと考え中。あと全国に郵送でなんか送りつけたい。

 宿に戻ってちょっと寝てから「四ツ目長屋」に向かう。僕を待ってくれていた人がいたが、行き違いになってしまったようだ。「ちょっと寝る」をしながら、そんな事態になるかもなと想像はしていたが、本当にそうなってしまった。その点は失敗。だけどわからない。その代わりに別のことがあったのかもしれない。その方とはいつか会えることを願っております。
 22時すぎくらいに確か着いて、1時か2時くらいまでいてしまった。楽しかった。良いお店。開店からわずか数ヶ月でこの空気を作り上げてしまったというのは奇跡といえば失礼かもしれぬが、すさまじい手腕と「引き」があるのだと思う。引き集めるための条件が存分に揃っている。
 終盤ちょっと下ネタが多くなり、僕の中に眠る立川談志師匠が目を覚まし「下ネタ嫌いなんです」と叫びだした。すべての下ネタが嫌いなのではない。談志だってある種の下ネタは好んで言う。ただきっと線引きというのがあって、19年前のM-1でスピードワゴンがやったネタは埒外にあったということだろう。僕もあれは好きじゃない。
「バンドマンが好きなんじゃなくて、好きになった人がたまたまバンドマン」みたいな言い回しがある。「下ネタを言いたいわけではなくて、思いついた面白い発想がたまたま下ネタだった」みたいなふうに、「面白い」が主で下ネタが従であるような笑いは、嫌いじゃない、というのは僕にはたぶんある。下ネタが主になってしまうと、面白いとかは通り抜けて、「それを口にすること自体が気持ちいい」ということになりがちである。ハラスメントと同じ原理。自家中毒とでも言うのだろうか。それを複数人で言い合って、複数人で笑い合うという状況は、あまりにも同質的で、閉じている。


10日
 8時くらいに駅へ、東京から帰省して来た友達と待ち合わせ。むこうの聖地を紹介してもらいつつ、僕の知っている新潟の名店や名所を教えてまわるツアー。やすらぎ堤を歩いて波と鳥を眺め、八千代橋わたり「六曜館」でモーニング。古町と本町を下(しも)から上(かみ)まで歩き回り、ついに! あの! 悲願の! 「古町ぺんぎん商店」で昼食をとる。こちらの店長さんが前にやっていたお店には、2014年度(日時は今わからない)からおそらく毎年通っていた。1年前にそこを畳み、今年ここができた。初めて訪れた。感慨深かった。素晴らしいお店でした。おいしかった。
 前のお店とはまったく違った形態だけど、本質的なところに変わりはない。というか、変化によって本質があぶり出される面もある。なるほど、あれがこうなったということは、変わらない「ここ」が大事なところなんだな、と。
 大好きなお店の魂が、そのまま別の容れ物に宿っている。そのことが僕は本当に嬉しい。そうやってすべての素敵なものが生き続けていってくれたらいいな。
「シュガーコート」へ。ミルクティー、ミルクと煮て、紅茶本来。ケーキもいただく。ズコッタおいしすぎ。完璧な空間に時間が流れる。そう、かつてこちらの店主が仰っていた。「コーヒーとは違う時間があるでしょう」と。さっと思いついたことをそのまま書けば、コーヒーの時間は止まっていて、紅茶の時間は流れている。コーヒーは時間を止め、紅茶は時間を流れさす。テキトーですが、これが詩情ということで。
 またも散歩。途中で西堀の「蔵織」の方に声をかけられ、中を見学。これまで入ったことがなかった(お隣にばかり行っていた)が、こちらも実にすばらしかった。ぐるっと歩いて、ばいばいして、1510分新潟発、16時54分上野着。そのまま夜学バーを開店。

2021.12.05(日) 待つきちがい

 山ふかき洞穴の奥、隠居した大魔道士がひとり。
 彼は待っている。いつ来るとも知れぬ誰かを。
 やがて世界を救う勇者の到着を。
 助けるためか。導くためか。

『ドラゴンクエスト ダイの大冒険』って漫画に出てくるマトリフっていうじーさんのイメージ、単行本だと6巻あたり。そこだけ読んでいただければ僕の言いたいことはわかっていただけると思いますが終わりまで大活躍するのでよかったら。


 お店というものは、きちがいでなければやれないのだと思う。待つきちがい。待つということを異常にできるきちがい。
 世の中には待つことができない人がいる。待つことの嫌いな人がいる。そういう人たちにお店はやれない。いや、やれるとは思うが、彼らは「常に忙しくて、行列ができるようなお店」を好むだろう。待つきちがいは、人なんて来なくてもいいのだ。来る可能性さえあれば待てるのだ。そのようなきちがいなのである。
 もちろん、待つきちがいにとっても、基本的に待つことは苦痛である。待つのは辛い。さびしい。誰も来なければとてもみじめである。少なくとも僕はけっこうそうである。だけどきちがいは、きちがいがゆえ、待てるのである。それでも待つのである。辛くてもさみしくても、みじめでも、待つのである。
 来る可能性を愛する、というのは、言ってみればギャンブラーの精神。パチンコ台にお金を入れて、ひたすら待つ。そういうきちがいも一方でたくさんいる。パチンコ狂いも、待っている間はきっとそう楽しくもなかろう。ずっと当たらなければ辛いだろう。しかし彼らは待てる。待つことが平気である。ひたすら待って、当たれば気持ちがいいし、当たらなければ何かに怒り、また絶望に沈み、しかしあくる日には懲りずにまた待つわけである。
 お店をやっている人も、パチンコ台の前に座る人も、似たようなものだと思う。ギャンブラーなのだ。人事を尽くして天命を待つ。ただ待っているだけのその間、彼らは瞑想のような気持ちでそこにいる。それさえも通り越えれば、ただそこで息をしているだけという境地にまで達するだろう。それはさながら引退して山奥に暮らす大魔道士のじーさんなのである。
 とにかく待つ。勇者を待つ。神を待つ。そのように客を待つ。当たりを待つ。釣りもけっこう、そうだろう。待つお店にとても向いているきちがいの僕は、きっと釣りにもギャンブルにも向いているはず。

 そんな話をしていたら、「先生(教員)ができるのは待てるからだよね」と言われた。そう、教育の9割は待つこと、だと思う。

「待っていてください!」なんて、誰からも言われていないのに、勝手に待つ。お店を開くなんてのはそういう異常な行為なのである。(やや乱暴だがけっこう本当にそう思う。)
 健全な経営者は、「そこに待っている人がいるはずだ」と思ってお店を開く。要するに「そこに需要はある」と見るから開く。需要があれば儲けも出る。儲けようと思ってお店を開く人は、よほど無能でなければ「需要」というものをちゃんと考える。(そして思った以上にその点に無能な人は多いから、お店というものは長く続けることが非常に難しいと言われるのである。)
 きちがいは、需要など考えない。「来る可能性」があるからお店を開く。ただそれだけなのだ。待っていたいのだ。待つということが大好きなのだ。たとえつらくとも。
 釣れるから釣るのではなくて、釣れる可能性があるから釣り糸を垂らす。非合理なギャンブル。それに魅入られてしまった人間は、釣果など考えなくなる。子供のころにしかやったことがないけど釣りの本質はきっと釣ることよりも待つことにあるんじゃないだろうか? 幼い僕にとってはそうだった。ぷかぷかと流れる浮きを眺めていることが至福だった。
 太宰治に『待つ』という名短編があるので、ちょっと読んできます。

 ある、人間ぎらいの若い女性が、毎日駅のベンチに座って待っている。なぜ待っているのか、何を待っているのか、本人にもわからない。だけどもとにかく彼女は待つ。ただそれだけの短いお話。角川文庫の『女生徒』という短編集がおすすめです。太宰治が女性の一人称で書いた小品だけを集めたもの。もちろん青空文庫にも。文庫でたった3ページなのでぜひ。
 久々に読み返してみて、彼女はやはり「可能性」を待っているのだろうと思った。無限の可能性。戦時下という閉塞した、自分の意思ではどうにもならない環境に取り囲まれているからこそ、「可能性」にまみれることのできる時間を日常に組み込みたかったのではないか。

「待つ」ということは、可能性にまみれるということである。可能性にうずもれると言ってもいい。僕がギャンブルや釣りではなくお店、しかも「カウンターのみのバー」という形態を選んでいるのは、その可能性の幅広さにある。ギャンブルや釣りは、もっとシャープで研ぎ澄まされた「待つ」である。バーのような場で「待つ」というのは、例の短編の娘が駅のベンチに座って待つような、無限の広がりがある。

 いったい、私は、誰を待っているのだろう。はっきりした形のものは何もない。ただ、もやもやしている。けれども、私は待っている。大戦争がはじまってからは、毎日、毎日、お買い物の帰りには駅に立ち寄り、この冷いベンチに腰をかけて、待っている。誰か、ひとり、笑って私に声を掛ける。おお、こわい。ああ、困る。私の待っているのは、あなたでない。それではいったい、私は誰を待っているのだろう。旦那さま。ちがう。恋人。ちがいます。お友達。いやだ。お金。まさか。亡霊。おお、いやだ。
 もっとなごやかな、ぱっと明るい、素晴らしいもの。なんだか、わからない。たとえば、春のようなもの。いや、ちがう。青葉。五月。麦畑を流れる清水。やっぱり、ちがう。ああ、けれども私は待っているのです。胸を躍らせて待っているのだ。眼の前を、ぞろぞろ人が通って行く。あれでもない、これでもない。私は買い物籠をかかえて、こまかく震えながら一心に一心に待っているのだ。

 このHPの2001年2月17日の日記に、角川文庫の『女生徒』を100円で買った記録がある。その日のうちに『恥』は読んだらしい。たしかこの作品を、誰か(わと先輩かもしれない)にすすめられたんではなかったかな。翌日には表題の『女生徒』を読んだ感動が記されている。その後もちょこちょこ「太宰を読んだ」みたいな記述があるので、『待つ』も高1のうちに読んでいるはず。強烈に印象的で、でも「よくわからない」と思ったのを覚えている。
 その頃から、というかごく幼少期から、僕は「待つ」ということが好きだったのだと思う。好きというより、それしかなかったのかもしれない。四男の末っ子で、身体も気も弱くて、相対的に完璧に無力。家の中では何もかも「待つ」しかなかった。「待つ」以外にすることは何もなかった。(これはもちろん言い過ぎであるが、ニュアンスをぜひ汲み取ってください。)

 お店に座って、あるいは立って、僕は待つ。何を待っているのか。もちろんお客を待っているのであるが、しかしそうとばかりも言えない気がする。とにかく何かを待っている。可能性を待っている。その扉がどのように開かれるのか。一度も開かれないのか。あるいは、ぜんぜん別のところから、何かが侵入してきてしまうのか。そういった現実的なこととはまったく関係がない、光のような何かを待っているのか。

「誰かの待つ歩道を歩いてく」(『ラブリー』)とか「呑みこまれてゆく魔法のようなもの 待っている」(『恋しくて』)とか「この線路を降りたら虹を架けるような誰かが僕を待つのか?」(『ある光』)とか、小沢健二という人は「待つ」という言葉をたまに使う。しかも極めて重要なところで。
 待っている人が出会うのは、同じように待っている人なのかもしれない。それで常に僕は待つようにしているんだと今、思った。今日もお客はあんまり来ません。歩いてきてください。待ってます。
 待つということと歩くということはだいたい同じです。

2021.12.01(水) 静岡、沼津、熱海→四谷

 今日から12月。21年の12月で、ファイル名が2112.html。2112年はドラえもんの誕生年。しかも今日は藤本弘(藤子・F・不二雄)先生のお誕生日です。めでたいですね。そして、高1の時に高2だった、尊敬するわと先輩のお誕生日。お会いしたいものです。本当に。
 0007から始まって、2112。すなわちHP開設から21年と5ヶ月。
 先月(11月)1日から、Ez史上初めて課金システムを実装したのですが、1ヶ月経って総収入は371円(Liberapay5円、Stripe366円)でした。税金対策としては(!?)これで良いのですが、現状、このホームページはそのくらいの値段のようです。しかも371円のうちの367円まではたぶん11月2日までに確定した「お誕生日&スタートダッシュバブル」のたまものなので、平場の残り28日間だけでいえば「4円」ということに。ふむ! よろしい!
 人はどういう時にお金を出すのか? ということを考えますと、「お金を出しやすい環境」を作るには工夫が必要です。長いことお店をやったり本を売ったりしてきたゆえ僕にもそれなりにはそれがわかります。クラウドファンディングサイト(たとえばキャンプファイヤ)のやり方は、うまいことそのツボをおさえていて、だから流行るのだと思います。
 といって、自分の何かを曲げてまで「お金をもらおう」という気には(まだ)なりません。それは本当に生活が苦しくなってからの切り札としてとっておきます。僕がなりふり構わなくなってきたら、みなさま泣きながら同情しつつ大いにお金をください。お金をなげてねシャラリーラララ。参考文献:エレファントカシマシ『珍奇男』
 とりあえず目安として、30人読者がいて、毎月500円課金してくださると仮定すると、15000円。このくらいになったら僕もやる気が無限に湧いてくることでしょう。しかし現状が4円だとすると、3750倍がんばらねばなりません。がんばります。
 毎月500円、払わなければ読めないとなれば、払ってくださる人も少しくらいはいるのかもしれませんが、このHPおよび僕がネット上に書くものの99%までは、おそらく永遠に、一銭も払わなくても読めるので、まあまず誰も払わないでしょう。払っても払わなくても、手に入る「もの」はまったく同じ。それでも払ってくださる奇特な方は、お金をなげてね。シャラリーラララ。


 さて静岡県に行ってきました。参考:昨日の日記

11月30日
 昼くらいまでたっぷり寝て、いろいろ活動をしたのち、ちょっと夜学バーに寄って久々に店に立つf氏にちょっと申し送りをしてから、小さな自転車をたずさえ、ひかり号に乗って静岡へ。21:02着。
 駅前の安ホテル(2500円)にチェックインして、NJ CAFEへ。開いていた。よかった。麦焼酎水割りと赤ワイン飲む。このお店は外観、内装が本当に素晴らしく、お店の人たちも僕はとても好きなので、静岡に寄ったらぜひ行ってみてください。22時まで。
 そして喫茶ペーパームーン。24時まで。バーボンコーヒーをいただく。カッコつけずに普通のコーヒーにしておけばよかった。反省その1。赤ワインの時点でちょっと酔っぱらっていたのである。本や音楽があって、カウンター中心で、店主やお客さんとお話できる良いお店。いろんな文化を受け止めている。
 鞠舞。扉を開けた瞬間に「あ、お久しぶりです!」。そう簡単に一見さんがやってこないお店だからってのもあろうが、こういうところが、この人は本当に飲食をするために生まれてきたのだなとまた思わされる。数年おきにしか来ていないのに。こちらの店主はたべものきちがいで、料理の天才。盛り合わせと、「オリジナルクラフトビール」2種いただく。1杯目は静岡いちごのビール。非常に良い意味で頭がおかしいので、いちごの栽培から醸造レシピまで自分でやって樽に詰め、生ビールとして提供していた。こう言うと「違法ビールですか?」と言われそうだが、ちゃんと農園や醸造所と契約して作っている、ちゃんとした合法のクラフトビール。ただ、それを個人が道楽同然でやっているというのが凄まじいのである。しかもめちゃくちゃ美味しい。2杯目は和紅茶のビール、これもめっちゃ美味しかった。度数が8.5%もあり、量は350ml。本当に美味しかったので何も文句はないが、酔っぱらってしまった! こんなはずじゃなかった! ここではしかし反省せず。このお店に行くためだけに静岡に寄ってみてもいいと思います、本当に。名店中の名店だし、飲食きちがいとして本当に尊敬しているので。まだ若い店主です。
 近くのメロウライトシティというバーに寄ってしまった、そこでヒューガルデンを頼んだのが反省その2。ソフトドリンクか、せめて焼酎水割りとかにすべきだった。バーボンコーヒーと、このダメ押しのビールがなければ、翌日はスッキリ起きられたと思う。
 その後、事もあろうにJETというバーボンバーに向かった。「いいバーボンをハーフでもらおう、それならギリギリ死なないだろう」と考えていたが、もしこれを飲んでいたら破滅的に動けなくなっていただろうから、そのお店がたまたまお休みで本当によかった。行きたかったけど。バーボンコーヒーとヒューガルデンを飲まず、最後に高級バーボンのハーフで締めたら完璧だったと思う。

12月1日
 2500円で朝食バイキング付きだったので、期待せずに降りていったらものすごく豪華でびっくりした。カレーとかもけっこう美味しかった。いろいろサービスも良かったしいい意味で雑なところもあったのでまたここ泊まろう。しかし二日酔い気味だったので少量だけ食べて、部屋に戻って、チェックアウトぎりぎりまで寝た。本当なら早く出て清水にでも寄りたかったがこれは無理だ。そのぶん昨夜は充実していたので良いといえば良いが。
 電車に乗って沼津へ。ものすごい風の中、喫茶ケルンへ。ご飯ものを頼んでもよかったが、まだまだ気分がすぐれなかったのでコーヒーとタマゴサンドにした。提供までに20分くらいかかったと思う。ゆっくりと過ごす。天国のような空間である。このためだけに沼津で降りたのだが、せっかくだからマンホールの写真を30個くらい撮った。なぜマンホールを撮るのかというと、賞金をもらうためである!(なんかそういうのがあるのだ。)むかし「国際ボランティア貯金ラリー」の青少年の部で1位となり文部科学大臣から賞状をもらったことがあるのだが、それに近い楽しさがある。
 熱海に移動。ジャズ喫茶「ゆしま」へ。湯島でお店をやっていて熱海のゆしまに行ったことがないのはモグリじゃろうということで、過去に何度も足を運んだのだが、いつも定休日か間に合わず。今回は大成功。100歳のママはご不在のようだったが、ものすごく素晴らしいお店だった。観光客のような人はおらず、おじいさんたちの溜まり場になっていた。やはりジャズ喫茶というのは男の空間なのだろう。コーヒー飲む。しばらくは水木金土の営業とのこと。
 偶然、「ひみつの本屋」というのを見つけてしまった。ネットで500円のチケットを買って、コーヒー屋さんにそれを見せて鍵を受け取り、南京錠を開けて中に入る。良い空間づくり。置いてある本もなかなかいい。欲しいものに限って非売品だけど、そりゃ当たり前といえば当たり前。絶版前の『ちびくろ・さんぼ』と岩波版ほるぷ図書館文庫『宝島・ジーキル博士とハイド氏』(合本)、吉家光夫『すまいの設計』買う。計1100円。伝票とともに現金を箱に入れ、QRコードを読み取って領収書を発注。

 静かだった。でも、自転車をとめているあいだに、女の人の話し声が始まった。英語だった。扉をあけると、おじいさんが何人かいて、女の人の声はレコードだった。座ってコーヒーをたのむころには、ややけたたましいジャズが流れていた。時間。ふつかよいの自分にはこの響きが必要だった。なだらまっていった。
 お店を出て、扉を閉めると音が小さくなった。路地を歩くと、絶対にその音は背にかかる。角を曲がるころ、完璧なボリュームでBGMとなり、僕はかっこよかった。
 湯島といえば夜学バー。少しだけまた、お酒を飲んだ。ぐう。

 山田湯に入る。300円。何もない硬派な温泉。丘の中腹の路地の奥、山田さんという人の家にひっついている。「山田さん温泉」とは田切(たぎり)にあるものだと思っていたが、まさか熱海に本物があったなんて。参考文献:OVA『究極超人あ〜る』
 丘を上がって来宮駅まで出る。「おがわ」という喫茶店に行ってみたいのだが、なかなか開いている時に行けない。別方面から下って、海を見る。17時すぎたので、「A」という魚メインの居酒屋に行ってみる。そこは主人が自船で昼に釣った魚が夜にそのまま出てくる、というのがウリなのだが、高齢になってあんまり海に出なくなっているらしい。特に最近は風が強いのもあり、ほぼ魚屋さんの魚だった。だけど美味しい。お酒は自作のヒレ酒。何らかの魚の南蛮漬け、いろいろのったお豆腐、ブダイのしゃぶしゃぶ、イラのしゃぶしゃぶ、アイゴのさしみ、タカノハダイのさしみ、サバフグのみりん漬け焼き、タチウオのみりん漬け焼き、ウツボの唐揚げ。さらに煮魚が出てくるという話だったが、満腹となっていたし、実のところまだ前日のお酒が残っていたので、ここらでやめにした。5000円。表には「3000円」と書いているが、内容によって上限5000円まで上がるようだ。特に断りもなくいつの間にか5000円になっていたわけだが、そういうものはそういうものなのである。
 胃の中に魚と酒しか入っていない、という状態はすさまじい。脳にもまだ古い酒がダブついている。ちょっと気持ち悪い。どうにかしてこれを気持ちいいと思えないだろうか? と、自分で自分を騙しながら駅に向かう。行ってみたかった「マリリン」という、駅近くの暗い二階のお店がやっていたので入ってみる。基本的にはお酒のお店なのだろうが、コーヒーだけでもよいみたい。500円。『家、ついて行ってイイですか?』を一緒に見た。一緒にと言っても、無言でただひたすら見た。なんかすっごく気に入ったので、今度はお酒を飲みに行きたいものでございます。たぶん地元の人が来ているのだろう、キープボトルがたくさんあった。
 小田原で小田急に乗り換える。優待券550円。これで静岡→沼津→熱海→新宿の交通費が確定、990円+420円+418円+550円=2378円。JRオンリーで静岡→新宿だと3410円なので、1032円安い。すごーい。ちなみに沼津、熱海に寄らなかった場合は1690円+550円で2240円。優待券がもっと安く手に入ればさらに。ケチくさいようですが、ただ楽しいんですよね……。ゲーム性があって。
 四谷四丁目まで自転車を走らせ、あひる社の地下バー「ドクターヘッド」の(再)開店初日パーティへ。人が多くて辛かったので5秒でオレンジジュースを飲み干して7階に避難。やがて社長が上がってきてくれたので2時間くらい雑談。ふたたび地下を覗いてから自転車で10キロくらい走って帰宅。おしまい。

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