少年Aの散歩/Entertainment Zone
⇒この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などとは、いっさい無関係です。

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2012/04/30 月 辛酉 今日までそして明日から

 どうしてそんなに自分を過信できるのかなと思った。
「自分のことは自分が一番わかっている」というのは、もちろんそうだろうと思う。しかし、その「わかりかた」で本当にいいのか? という疑問を持たずに生きていくというのは、僕はちょっと危ういのではないかと思う。
「自分のことを自分はこのようにわかっている」というふうにまずとらえたほうがいい。その「わかりかた」が妥当かどうかは、また別の話としてあって、常に疑い続けていなければならない。そうでないと、頑固親父のようになってしまう。大人がどうしてつまんないのかって、「自分はこのようなものである」が固まってしまっているからで、そうすると「世の中はこのようなものである」というふうに、なんでも自分の基準に当てはめて、決めつけてしまうようになる。

 わたしにはわたしの生き方がある
 それはおそらく自分というものを
 知るところから始まるものでしょう
 けれどそれにしたって
 どこでどう変わってしまうか
 そうです わからないまま生きていく
 明日からのそんな私です

 なんつうことを考えながらしゃべっていたのだが、結局その人は「生きているのがつまらない」というような種類のことをしか言っていないことがわかって、ちょっと自分が恥ずかしくなった。
「つまんねーなー」が最初にあって、すべての理屈がそこから生まれていて、その理屈の中では確かに矛盾がないものだから、何も言えなくなってしまった。「楽しくなるといいよねえ」とつぶやくくらいのことしか僕にはできない。

 とても久しぶりにリンクページ更新しました。
2012/04/29 日 庚申 日曜日/音は音である

 日曜日。6時半に起きて、ラジオ体操、炒め物を作って、ご飯を食べて、8時から12時のあいだ喫茶店へ行って難しくない本を三冊と、難しい本を一章読みました。それから喫茶店の隣にある本屋で参考書などを眺めて、向かいにあるスーパーで買い物をしました。消費期限当日の揚げ豆腐が半額で、少し迷って、肉の代わりに揚げ豆腐を入れたカレーを作ることに決めて買いました。みりんがなくなりそうだったので探していたら、三河産のおいしそうなみりんがあったので買いました。とても高級なものです。そのスーパーにはこの季節、岐阜産(中津川あたり)を中心に新芽がいろいろ売っているので、豆苗とおくらの新芽とかいわれ大根を買いました。特別な工夫は思いつかないので、カレーや炒め物や味噌汁に入れるつもりです。帰って、たまねぎ、にんじん、じゃがいも、なめこ、豆苗をごま油とみりんで炒めて煮込んで、待っている間に台所の整理をして、カレールウと、塩の入っていないカレー粉と、豆板醤と、献立いろいろみそと、はちみつを、味のバランスなど何も考えないで入れて、水を足して調整して、玄米にかけてよく噛んで食べました。
 ここまでの流れが実に完璧だったので、僕はすっかり疲れてしまいました。しっかり生きるというのは疲れるものです。完全に習慣化させないといけない。たまに、せいぜい週に何回かこういう生活をしてみたところで、それほど意味はないのかもしれない。あまり完璧な生活は効率がすこぶる悪かったりもするから、仕事が忙しい時にどうやって手を抜いていくかということも大きな課題。カレーは昇天するほどおいしかったわけですが、これほどおいしいカレーが毎日作れるというわけではないのです。食べるのに二日かかるとしても、週に三回はこの質でご飯を作らなければならないのです、この質のご飯を食べたいのであれば。ここで、何とどう相談するか、というところが難しいところです。

 読んだ本から考えたことなど。

 うちには仏壇がなくて、神棚はあった。そのせいか、僕には日本的な仏教による呪縛がほとんどないように思う。初詣は必ず神社に行った。
 はっきり言って僕は、あまり具体的に思想的な教育を家庭でされたことはない。お母さんはわりと思想のある人だが、それを押しつけられたことはないし、影響はあんまり受けていないと思う。いや、影響されていることは確かなのだろうが、それ一色に染まることはなかった。僕は何よりも岡田淳と藤子不二雄と手塚治虫、そして三人の兄たちに染まっていたのだ。もちろん父と母にも。それはおそらく虹になるか闇になるかの二択であって、ある色に染まることはありえなかった。
 父といえば、最近思うのは僕は意外に耳がいいのではないかということだ。僕はコンプレックスとして「音楽がよくわからない」というのを持っていたのだが、そうでもないなと思い始めてきた。僕のお父さんは毎晩のようにバナナレコードかピーカンファッヂの袋を下げて帰ってきて、真空管と巨大なスピーカーで聴いていた。だいたいはジャズかオーケストラ、オペラなどのレコードで、だいたいは目をつぶっていた。「寝てるのかな」と思って見ていると、曲が終わった途端に立ち上がって針を上げるのが通常だった。ときおり本当に寝ている時があって、針がすり減ってしまうんじゃないかと心配していたけど、なんだか悪い気がして起こすことは稀だった。
 生まれる前からずっとそんな調子だったはずなので、音楽に関しては、少なくとも耳については英才教育を受けていたはずだった。だけど僕はジャズにもクラシックにもはまることはなかった。コンプレックスというのはそれのことで、「僕にはお父さんのように高級な音楽がわからない」と思っていた。
 しかし生きているといろいろなことがわかってくるもので、そもそも音楽のジャンルに高級かそうでないかということはもちろんない。音は音である。
 また、僕は音楽を聴いて、楽器を聞き分けることがずっと苦手だった。今でもうるさいロックだとギターの音が聞き分けられなかったりする。ベースもよくわからない時がある。つまりいろんな音が渾然一体となって、重なって聞こえてくるわけだ。それもコンプレックスの一つだった。しかし、そんなことも今ではもうどうでもいい。音は音である。
 分ける必要なんかないし、必要があれば分かれる。
 分析と総合、というのが科学の基本であるようだが、べつに科学をする必要はない。必要があればあるだけ分析をするし、分析をしたぶんは責任を持って総合する。それを丁寧に、必要に応じてやっていけばいいだけのことだ。
 僕は僕の愛する音楽のすべてに誇りを持っている。僕は意味を愛すから、外国の音楽にはまったことはない。外国の音楽に意味がないと言っているのではなくて、外国の音楽は意味がわからないのだ。今の僕には。
 僕は意味を愛し、また音も愛す。だから僕はいつでも詩人である。もちろん、ここでいう意味とは音楽の話題であるからにはもちろん、言葉だけのことをさしているのではない。言葉ばかりではなく、文化全体の面で僕は意味を愛するので、文化そのものがわからなければ、そこにある意味もわからない。よって、わからない文化の音楽はわからないのである。僕には、異文化に突入していく能力は今のところない。僕は一度も日本を出たことがないし、出たいとも思わない。
 音は音であり、音は意味である。意味というのは言語化できるものばかりを言うのではない。身体に響く振動を言うのでもない(だから僕はライブやクラブが必ずしも好きではない)。僕にとって音は意味である。意味であるから、必ずしもミュージシャンの指図通りに身体を揺らすわけにはいかない。ミュージシャンと僕との解釈が一致した時にのみ、そうなるのである。
 音は音である。僕は無機質な音が好きではない。僕は中学生の時にYMOが本当に大好きだったが、それで外国のテクノを聴こうとはしなかった。YMOは電子音ではあるが、そこにはちゃんと僕に理解できる意味があったのだ。ある番組でYMOの三人が、当時自分たちが行っていた実験について詳細に語っていて、それは単純にいえば「コンピュータでリズムをいじることによって様々なグルーブ感を表現しようとしていた」というようなことで、たとえば沖縄民謡の絶妙なリズムを、シンセで表現しようというようなことだ。要するにそこには、意味しかなかったというわけだ。無機質な音によって、完璧な、演奏者が人間であるがゆえの誤差を排した、理想のリズムを作ろうとしていたのが、YMOだったようなのである。
 その後彼らは、もっと人間らしい音へと向かっていくし、僕もやっぱりそのような嗜好になってきて、いまはYMOよりも『終わりの季節』や『北京ダック』なんかをこよなく愛するのである。
 YMOの音の意味は電子音ゆえに単純であって、『終わりの季節』の意味はあまり単純ではない。特に、矢野顕子さんがピアノで弾く『終わりの季節』は、まったく単純ではない。しかし、単純なことがわからなければ複雑なことがわかるわけがない。僕がYMOを愛したのは、『終わりの季節』を愛するまでの準備段階であったのだと思う。歌詞や、曲の構成そのものだけを見ればもちろん複雑に見えるのはYMOなのだが、そういうことは問題ではなく。
 どんな音にだって、きっと意味があって、ただ僕には、わからないものもある。そのうちにわかってくるものもある。
 もし僕がいつかジャズを愛しオーケストラを愛し、オペラを愛するとしたら、それは相当遠い日のことであると思う。その時までお父さんは生きていてはくれないだろう。しかし僕がそういう音楽を愛するかどうかは全然問題ではない。ただ例の英才教育に感謝するのみである。僕が少なからず音について考えることができるのはそのおかげであるはずだし、何よりもあの、身体を揺らすこともせず、ただ目を閉じて聴いているという姿勢が、「音楽とは」ということへの一つの解答を教えてくれたのだと思う。音楽とは身体を揺らすものではなくて、心を揺らす、魂を揺らす、意識を揺らすものであって、しかも「揺らす」という表現は適切ではない。「回る」とか「進む」とかいったほうがずっと合っているし、それらすらも完全にしっくりとはこない。どんな言葉が適切であるかはわからないが、音楽とはたぶん、向き合うものである。支配されるためのものでも、支配するためのものでもない。それ以外の解答だってもちろんあって、たとえば音楽で身体を動かすことの意味だって僕は考える。でも僕はお父さんから、「動かさない」ことの意味を勝手に学んだのだ。
 お父さんが目を閉じて壮大な交響曲を聴いている時、幼い僕が思っていたことは、「この曲を聴いてどんな風景を想像するべきなんだろう?」ということだった。音の意味が視覚情報に変換できるという刷り込みは明らかに手塚治虫の『ルードウィヒ・B』を曲解した(僕はこの作品を少なくとも小学二年生までに、八九年の愛蔵版で読んでいるはずである)せいだろう。そういう聴き方を正しいと思いながら、ちっともそういう聴き方のできなかった当時の僕は、そのままそれをコンプレックスとして十年も二十年も生きていく。そういう聴き方を間違っているとは言いたくないが、今の僕にとっては、そんなのは愚問だ。
 そういえば僕には、「音楽が好き」という考え方が理解できない。
 音は音である。

2012/04/28 土 己未 書くことについて

 書くことについて、ある人が七年以上も前に書いた文章を読み返した。それはその人が昨日また、書くことについて書いていたからである。ここでいう書くことというのは、主に「日記」、特に「Web日記」のことである。
 インターネットに日記を書いている人のうち、何割かは、書くことについて常に悩んでいるのではないかと思う。それはほとんどがたぶん、「なんのために書くのか」と「なにを書くべきか」だ。
 その人がインターネットに日記を書き始めて、今月でちょうど十年になった。しかし十年ずっと書いていたわけではない。断続的に、場所を変えながら、ほぼ十年続けて書いていて、僕はそのうち、かなり長い期間をフォローしているはずだ。
 十年。十年書いて、その人はまだ、書くことについて考えている。さすがにかなり固まってきているようだけど、これから五年くらいたったらまた、ちょっとだけ調整された考えについて新しく書くかもしれない。きっと、十年や二十年で結論が出るものではない。結論が出たと思っても、それが最終的な結論になるかどうかはわからない。ずっと考える。たぶんそうなる。
 その人は、昔作ったホームページをいまだに消していない。ログも全部残っている。最近はブログにいろいろ書いていて、2009年を最後に微動だにしていないけれども、ひたすら残っている。僕はホームページというものが好きだから、いつかまたここに書けばいいのになーとちょっとくらいは思うけど、べつにそれをすすめるつもりはまったくない。やりやすいようにやるのがいい。ぜひそうしてほしい。でも、「消さないほうがいいよ」ということは言いたい。「戻ってこい」とは言わないが、「いつでも戻れる」という状況をいつまでも女々しく残しておくことも、とても大切だと僕は思う。
 そのホームページがもし消えてしまったら、僕は本当に淋しい気分になるだろう。そこに書かれていることや、書かれなかったことは、僕にたくさんのことを感じさせる。心地よいことは多くないかもしれないが、しかし……以下略。書くことというのは、そういうことも含んでいる。で、そんなこととっくに激しくわかっているから、消さないんだろう。きっと。知らんが。

2012/04/27 金 戊午 ごせいちょう有り難う御座いました

「先生ほど私を教育した人はいませんよ」と弟子に言われた。いくらか思い当たる。ここでいう教育というのはどういう意味なのか、それはまあ、どうでもいいとして、確かにそうかもしれない。一時期は少々、説教のようなことをしたこともあったから、それのことを言っているとしてもいいかもしれないし、そうでないようなことを言っているとしてもいいだろう、そしてたぶんそっちだ。が、なんかもう、解釈は本当に無意味だな。冒頭に挙げた一言で言い尽くしている。それ以上でもそれ以下でもない。詩の利点はどんなことでも一言で言い尽くしてしまえることかもしれないのだが、そうだとすればこれは一分の隙もない良い詩。これ以上何を言っても無意味だと思われる。そのことが僕は本当に嬉しい。こういった感想が僕の一方的な思いこみであったとしても、特に問題はないだろう、ということも含めて。
 というのは、思いついたから、書きたいから書いただけのことである。
 それにしても彼女はずいぶんと柔らかくなりました。本当に心地がよい。それはまあ、三年間、正確にいえば二年半くらい、ずっと仲良くしてきているのだから、そりゃー仲良くもなるよなあ、というだけのことでもある。順調に仲良しであって、非常によろしい。
 予感としては、彼女は、彼女の人生のあるていど長い期間、僕からずいぶんと離れた暮らしをすることになるだろうと思う。そうならないかもしれないけど、そういう可能性を感じる。それを思うとけっこう淋しくなる。けれどもそれは別に問題ではないだろうとも思う。しかしやはり淋しい。意外と、べったりとした暮らしをする期間はほとんどないのではないかと思う。毎日のようにお茶をいれて飲むような生活にあこがれながら、今くらいの感じが緩やかに続いていくような気がする。その間は、たぶん順調に仲良くなっていくのだろうなとは思う。あちらに彼氏でもできた日にはその順調さは順調に失速するだろうし、少しはそれを望まないではないが、できればできるだけ祝福し、からかい、許されればみんなで鍋でもつつきたいと思う。たぶんかぐや姫の『妹』みたいな心境になることだろう。あれに彼氏が……ということを考えると、妹というもんはこのようなイメージでよいのかもなとか思わないではない。いろいろな兄妹がいるとして、その何パーセントかはこういうパターンの心境なのかなと。
 それにしても彼女にとって僕の存在は生きていくうえでけっこうな障害になるはずだ。あまり仲がよいので、彼氏ができたとして、まともな人であれば僕のことを快くは思わないのではないかなと。ちょっと前にとても仲の良い女の子に彼氏ができて、僕とその彼氏とはたぶんけっこううまくいっていて、三人で食卓を囲むようなこともしばしばあるのだが、相当なレアケースであろう。体よくそういう感じになったらいいけど。
 そしてもちろん僕にとっても巨大な荷物である。僕の恋人は常識的に考えて彼女のことを快く思うはずがないのである。困ったものだ。どうしようもないからレアケースに期待するしかない。
 とか、思うんだけど、それは僕らが現在たまたま今のような感じだからそう思うだけであって、これからいくらでも状況は変わっていく。どうなるかはよくわからん。ただ今はこのような感じだということを何となく保存しておこうかと思って書いている次第。
 なんかどうも、彼女のことばかり書いているようであるが、本当はいろいろな人のことが書きたいのである。しかしいろいろと気を遣うので、最もいろいろと気を遣わない相手のことを書いているのである。だから実は、弟子のことを書きながら、意識は実はいろんな人のほうへ向いているのである。本当に。
 なんですね、関係というものは移ろっていくもので、素敵な移ろいかたをして、今現在を切り取れば本当に素晴らしく心地がよいという、そのことが嬉しくて嬉しくてたまらない。それは本当に本当にいろんな友達に対して思います。本当にありがとうございます。

2012/04/26 木 丁巳 愛されるよりも愛したい真剣で

 僕はつくづく幸せだと思います。愛する人がいるからです。恋人よりも曖昧に、家族よりも偶然に、穏やかに、はるかに、愛する人たちがいます。彼ら彼女らは僕のことを愛してくれます。なんとも、幸福なことです。

 いくつかの顔が思い浮かびます。その人たちとのことをここにすべてぶちまけてしまいたい。そうしたら僕はどれだけ素晴らしい文章が書けることか。

2012/04/25 水 丙辰 妄念

 とても仲の良い友達の彼女と一夜限りの過ちを犯してしまい、それが友達に知られてしまっている、という妄念に、もうずいぶん長い間とらわれていたようだ。それは僕がよく見る夢の、一つのシリーズだったらしいが、夢と現実とがずっと長い間ごっちゃになっていたような気がする。さっきそんな夢を見ていて、ついにその友達から殴る蹴るの暴行を受けるというシーンだった。それはさすがに、あまりに非現実的な情景で、おかしいなと思っていたら、ある瞬間に友達の顔が別人にすり替わったので、「なんだよ夢じゃねーか!」と気づいたのだと思う。「待てよ、ってことは、これまでずっと現実だと思ってたことが実は夢だったってわけ?」と混乱した。こういうことが僕はよくある。
 人間の記憶は曖昧だと言うが、僕はけっこう、それが夢なのか現実なのかということが、わからなくなることがある。今回の場合は、本当に自分がそういう妄念に取り憑かれていたのかどうかすらよくわからない。そういう後ろめたさをずーっと抱えていたような気がするが、それさえもどうもあやふやだ。深層心理とか無意識とか、そういったレベルで抱えていたとかいうような話なのかもしれないし、そういうことですらないのかもしれない。もうだめだ。
 こういうことが一度や二度ならいいが、けっこう定期的にある。現実と夢とがごっちゃになる。僕は基本的に、見た夢はすぐにすべて忘れてしまうのだが、この「現実なのか夢なのかよくわからない」パターンだけは、かなり長いことよく覚えている。基本的にすべて忘れてしまうから、たまに覚えていると現実のような気になってしまうのかもしれない。よくわからないがわりと不便だ。
 記憶障害ってのはこういうような感じなのかもしれないな。僕はもうずっと長い間、友達に対して後ろめたい気分で過ごしていたような気がするが、実際はそうではなかったのかもしれない。妄念だとわかってよかったような気もするし、もとより存在しない妄念が、時間をさかのぼって植え付けられたような気もして、少し嫌な気分になったりもする。
 夢というのは嫌だな。
 あまり寝過ぎないようにしよう。

2012/04/24 火 乙卯 「you don't need another words」

 一度愛したら愛し続けるので、いま愛していなければ最初から愛していなかったのだなと思うばかりです。
「you can see the another world!」

2012/04/23 月 甲寅 子供が死んだ話

 朝から重たい。僕は自動車というのがやっぱり嫌いで、普通ならここで「乗っている人に罪はないんだけど」とか言うのが礼儀なんだけど僕はきっぱりと「本当に乗る必要あるの?」と言いたい。友達で車乗ってる人はたくさんいるし、僕もときおり乗せてもらっているので、その点を非難された場合の言い訳や反論というのは特にないんだけど、だからといって「嫌い」とか「乗らないほうがいい」という主張はするべきでないのかといえば、そういうわけでもないと思うので、する。
 いろいろと、事情やバランスはあるものだ。誰だって自動車の恩恵は受けている。だから自動車を嫌ってはいけない、と言うのなら、現時点では誰も何も言えなくなってしまう。それに、誰もが恩恵を受けているのと同時に、誰もが不利益を被っているということも同時に確かだ。排気ガスや資源の浪費、種々の出費、事故の可能性などを代表として、様々な不利益がある。それらを引き受けてもなお、自動車の恩恵を得たいというばくち打ちが、自動車に乗る。そういうふうにみんなバランスを取っている。
 自動車に乗るということは、放射性物質のこびりついた包丁を抜き身で持ちながら街を歩いているようなものである。誰だって包丁を持って歩けばちゃんと気をつけるので、事故はほとんど起こらない。しかしやろうと思えば人も殺せる。だから銃刀法違反という法律があって、正当な理由のない場合は刃物を持ち歩いてはいけないということになっている。抜き身でなくとも、鞄の中でも罰せられる。
 包丁のもたらしてくれる恩恵は巨大であるため、「正当な理由があれば」という注意書きはある。お店で包丁を買った帰り道であれば、鞄にしまってあるだけで罰せられることはない。
 自動車もそのくらいの扱いにすればいいんだけど、自動車は金になるから、そういうわけにもいかなかったらしい。
 けさ、自動車が子どもたちの列に突っ込んで、報道によると今のところ何人かが意識不明の重体で、妊婦さんのおなかの中の子供が亡くなったとかいう話。その他重軽傷が複数人で被害者は合計10人と胎児。運転してたのは18歳で無免許。どこまで正確かわからないし、こっからまた変わるかもしれないけど、とりあえずそういうことだということにしておく。
 18歳が包丁たくさん投げて遊んでたらあさっての方向飛んでって、何人もの子供の身体に突き刺さった、というような話か。
 この場合、運転してた人に「正当な理由」があったんだろうか?
 たぶん、車を運転している人のうち、本当に正当な理由があるような人なんて、ほんの一握りなんじゃないかと思う。電車かバスか自転車使えば済むような人が大半なんじゃないか、なんならタクシー呼んだっていい。
 凶器になりうるようなものは、そういう意識で使うべきだろう。できるだけ、使わない。
 僕は理想としては、自動車を運転していいのはプロだけにすべきだと思っている。免許を持っているとはいえ、素人が車を運転するのは恐ろしいことだ。バスとタクシーがいっぱいあればいいんじゃないのかなあ。
 電車なんて、レールの上を走らせるだけなのに、素人が運転してたらやっぱ怖いわけじゃない。まあね、プロなら事故起こさないってわけじゃないし、プロの数が増えればその質も低下するし、プロはプロなりに手の抜き方を知っているしとか、いろいろあんだけど。そういう問題も、いろいろ考えつつ。
 自動車って怖いし、汚いじゃん。高いし。場所とるし。どうも、そういう気分が麻痺しているというか、どこかで操作されているように感じる。
 広大な田舎で、どうしても車がないと困る、死ぬ、なんていう場合は、区域を制限して、その中でなら乗ってもいいですよとか、そういう感じにすればよいのではないかねえ。そこから出る場合は申請が必要とか。どうとだってやりようはあろうのに、どうしてそんなに自由にさせるのを好むのか。銃や刃物は認めないのに。わかるような、わからないような話だ。
 よく、「田舎じゃ車がないと生活できない」なんて言うけど、「車がなくても生活できるような田舎づくり」は不可能なんだろうか? 自家用車を前提にして世の中ができているから、「車がないと」になるだけなんじゃないか? 「不便だ」って言葉を、「生活できない」にすり替えては、いけないと思うし。もちろん、まったく自動車を使わないというのは難しいだろう。野菜だって運ばなければならないし。だったら条件付きで認めるとか、なんだってかんだって、やりようはあるんじゃないの。それでも無理だと言うのなら、無理なのかもしれないが、それを目指して検討してみることは、無意味ではないと思うんだけどな。
 こういうことを言ってると若いとか青いとか言われるんだろうが、大人ってのはなんで理想を捨ててしまうんだろう。何も理想をやれとは思わない、理想を目指せと思う。理想がないから、子供が迷うんだと僕は思うよ。

2012/04/22 日 癸丑 デシ論

 嘘の上手な人は、嘘の中に巧みに真実を織り交ぜたり、あるいはその逆といったふうに、嘘と本当の構成比率をあやつって目くらましをするようです。木を隠すなら森の中という言葉に似ています。
 さて今日はデシの話です。たびたびダシにして申し訳ない。

 さあて朝起きて、カーテンを引っ張り、空を見れば、空が見えないほどの木があって、道は遠くの方までまっすぐで、そういうところで何を自分が褒められたって、やっぱり私はどこで生まれていても首都に来ていただろうなと思った。首都で生まれたことが良いことか、悪いことか、どっちにしろその差はけっこう大したことだと思う。
(引用者注:2012年4月14日付)

 この文章の巧みなところは、「わかるところ」と「わからないところ」の比率と、それぞれの位置です。
「【A】さあて朝起きて、カーテンを引っ張り、空を見れば、空が見えないほどの木があって、道は遠くの方までまっすぐで、」ここまではわかります。「【B】そういうところで何を自分が褒められたって、やっぱり」これがわかりません。「【C】私はどこで生まれていても首都に来ていただろうなと思った。首都で生まれたことが良いことか、悪いことか、どっちにしろその差はけっこう大したことだと思う。」再び、これはわかります。比率で言うと、8割くらいはわかるのですが、2割くらいはよくわかりません。「朝起きて、こういうことをして、こういうものを見た。」「そして、こういうことを思った」という大枠はわかるのですが、その二つの要素をつなぐ理屈がわからないのです。
【A】と【C】の内容には関連がありません。あるのかもしれませんが、読み取れません。【A】は、朝起きて窓の外を見た時の風景描写らしく、【C】は、「自分と首都」に対する思いです。うまく繋がりません。【A】に、すこぶる都会的な風景か、あるいは田舎的な風景かが描かれていれば少しは繋がるのですが、ここではどちらともいえない感じです。
 そんな【A】と【C】とをつなぐ【B】を見ると、【A】と【C】(の一部)と同じ一文の中にあるにもかかわらず、【A】とも【C】とも関係がないように思えます。正確にいえば、あるような気も少ししますが、ないような気が強くします。だから、僕は「わからない」と書きました。
 ただ逆にいえば、【B】がまったく関係のない独立した(ように見える)内容だからこそ、【A】と【C】があたかも互いに独立した話のように思えます。接続係であるはずの【B】が、逆に仕切り板のような役割を果たしているのです。そうすると【C】は、【A】や【B】からの支配を受けません。だから僕は、【C】について「これはわかる」と書きました。
 この筆者は、【A】【B】【C】という、まったく関係しない事柄を、むりやり一文の中に押し込めて、平気な顔をしています(「さあて」から「と思った。」までが、なんと一文なのです)。普通ならば、こんな意味不明な内容の文章は読めません。読ませる力を持ちません。しかし、不思議なことにこの文章は読めます。読ませる力を持っています。なぜといえば、それは「わかるところはわかるし、わからないところはわからないが、わかる部分とわからない部分が明確に分けられている」からです。【A】【B】【C】はそれぞれ別の話のようですが、単独で切り出せばちゃんと意味が取れるし、構成として【B】が【A】と【C】とをつないでいる接続の役割を果たしていることが明確にわかります。「彼の励ましの言葉を聞いて、学校で何を言われたって、やっぱりがんばろうと思った。」と同じ構成です。この構成は、すでに読み手の脳になじんでいるため、同じ構成をとってしまえば、内容が意味不明でも強引に文を成立させてしまえるのです。
 また、8割くらいが「わかる」ので、読み手は大きなストレスを抱えません。むしろ、「これは何を言っているのだろう?」と考えさせる余裕すら与えます。なんせ、考える必要があるのは全体の2割程度なので。これは相当な文章力がないとできません。文章の上手でない人は、意図しなくても何割かは読み手にストレスを与えるような書き方をしてしまうものです。しかしこの筆者は、わかるところはきっちりわからせるだけの文章力を持っています。さらに彼女は一般的な「文章力」というのとは別に、文体やリズムにも大きな魅力を持っています。どちらかというと前者よりも後者のほうに特徴のある書き手だと、ほとんどの読み手は思うはずです。
【B】がなぜ、【A】と【C】とをつなげることができるのか。そんなことは、たぶん誰にもわかりません。わかるとしたら、それは詩を解釈するようなもので、正しいような、正しくないような理解です。しかしそんなことは、別にわからなくってもいいのです。【C】まで読み進めれば「わかる」のだから、読み手は「まあ、いいか」と思ってくれます。そしてこのあとにもっとわけのわからない部分がくるので、読み手は【B】のことなんかすっかり忘れてしまい、「なんだか不思議な文章だった」という印象だけが残ることになります。

 もはやいっさいの体育会系動力は失われたと思う。これでは人間として生きていることにはならないのではないか。

 これは【A】【B】【C】のいずれとも関連がないように見えます。読み手はただただ混乱します。ただ、詩のような茫洋な雰囲気だけを掴み取って、「なんか知らないが、この筆者の心の中は“こんな感じ”なのだな」と、わけのわからない納得をするしかありません。
 もやもやした読み手の前に、今度は完璧に「わかる」文が来ます。

 師匠のことをすきなのは間違いないと思うけど、師匠と一緒にお花見をしている人たちを、特にそのなかでも女の人を見ると、とても心配になる。

 これは、この時点では完璧にわかります。普通なら、「心配になる」理由が次に書かれると予想できるから、むしろ期待して読み進めることができます。もちろん、そんな親切なことをしてくれるような文章ではないので、次はこうきます。

 そして桜なんかソースがかかってるも同じに見える。ソースかかった猫を見てるみたいな気持だ。変な意味はないと思う。

 で、この日の日記は終わりです。もう、狐につままれたような気分になるほかありませんね。わけのわからない、しかし意味ありげな比喩表現(これは比喩だということにしておきます)をしたあとで、「変な意味はない」と言って、さらに「と思う。」を付け加えています。「変な意味はないと思うけど、実際はわかりませんよ」と、読み手を翻弄するわけです。右へ左へ、あっちへこっちへ、鬼さんこちらをするように、跳びまわるわけです。この文章は。わかるような、わからないような。読むほうは目がまわって、酔ってしまうわけですが、決して嫌な気分にはなりません。文法が整っていて、文体に魅力もあって、リズムよくて、聞いたことのない比喩があって、わかるところとわからないところの配分が絶妙で、飽きさせないからです。
 特に最後の、桜とソースの比喩です。これは比喩として面白いというだけでなく、構成として、あたかも「心配になる」の答えであるかのように配置されていることに注目できます。読者は「心配になる」の答えを期待していますから、直後に比喩が出てきたら、「何か意味があるのではないか」と構えます。しかし直後に「意味はない」と言われ、なあんだと思っていたら、「と思う」が来て、考えることをやめさせてくれません。読み手は「ムキー」ってなりながらも、仕掛けられた無数のクイズに取り組みます。もちろん解けやしないわけですが、クイズって、正答した時も気持ちいいものですが、考えている最中もかなり楽しいですから、クイズの多い文章は読んでいて気持ちがいいんですよね。気持ちがいいと言っても、スッキリした気持ちよさではなくて、もやもやした気持ちよさです。人間はなぜか、もやもやした気持ちよさを好んでしまうものなのです。
「わけがわからないけど、なんだか気になる」というのは、非常に魅力的です。恋愛というのは、けっこうそういうふうに始まるものです。この筆者は、そのことをよく知っていて、それでこういう書き方をするのです。意図なんかしなくったって、ある種の名文家はそういうことが自然にできます。僕もよくします。

 そんなことを考えながら僕はいつも彼女の文章を読んでいるわけです。で、本題ですが、僕は以下の文章を読んで自分に似ていると思いました。

 ものをたくさん考えていると言い張る先輩に無理やり家から引きずり出されて、ほんとに嫌なのに上智大学のお兄さんにも絡まれて、まじこいつらほんと頭割れる、とか思いながら二人の話を聴いてあげて、まあそういう気分になることだってあります、と思うから、なるほど!といい、つうかなるほどなんて数学以外で思ったことないよ、とか溜息しながら緑茶を飲みましたヨ、と。
 なんかたぶん、
 あれ?どういう話だか忘れた。とにかくスピッツの歌みたいなね、「まあだれだってそういう気持ちになることは割とあるよねー」と私としては思うような、ことを、ね。

 ツイッタ―で知り合いがフォローしているものを見ていたら目がゴテゴテしてきて、ナニコレーってなりました。
 一応私としては外務省をフォローして満足しました。
 なんかツイッタ―で呟いてることを読んでると、その人のことすごい好きなはずなのにすごい嫌いになる…

 なんかね、家の前の留学生会館を上智大学が買い取って、これまで東大とかの学生しかいなかったんだけど上智の人がたくさんスーパーに買いに来てるみたいで、十人くらいできてみんなみんな一個ずつ籠持ってレジに並ぶんだよねー。レジそれじゃ進まないじゃん?それで私は三日買い物してないんですよ。並ぶのが嫌だから。ほんっっと、そういうささいなことがさあ!ささいなことがっさあ!べっつにいいんだけど!
(引用者注:2012年4月11日付)

 いったい、何が似ているのか? 確かに似てないとは言わないけど、こういう書き方をする人は他にいくらでもいるじゃないか。と思われるでしょうが、とにかく僕は一読したときに、似ていると思ってしまいました。何がというと、リズムです。文のリズムではなく、言葉のリズムではなく、段落のリズムです。
「ツイッターで」というのを読んだ瞬間に、「わー」と思いましたよ。「この段落の変え方……このリズム……!」と。そして「なんかね、」のところで、「気持ちいいなー」と思って、そのあとの「上智大学」という文字を再び見て、「うまい!」と思いました。上に書いたようなテクニックもほとんど同じような形で駆使されています。なんか、総合的に、僕が楽しくて好きでけっこうやってる構成の仕方とか、リズムの取り方とかを、一見するとけっこう個性の違う人間でありながら、やってんなーっていうのが、嬉しかったのです。こんなことを書くと普通の人間なら嫌がると思うんだけど、本当に思ったことを表明するのなら、遠慮することもなかろうと書きました。
 彼女と僕は、文章だけとっても、かなりいろんなことが違います。違うからこそ、似ているところがあると嬉しくなります。こっちから影響があったとか、なかったとか、そんなことはどうでもよく、僕が気持ちいいと思うものを彼女が気持ちいいと思っているのなら、それほど嬉しいことはありません。

 ただ端に寄せてあるいは壊して回転し続けて変わること、だけど忘れてないって言うのは自分への優しさだけじゃないのって、たまに、じっさいそれって言葉を使ってちゃ分からない、それより
良い桜だった
(引用者注:2012年4月15日付)

 これね、わけがわからないんだけど、「それより 良い桜だった」という、あまりにも完璧にわかりすぎる言葉を置いてしまえば、それより前のことはすべて意味を失うんで、本当にずるいやつだと思うよ。しかしある種の読み手は素直じゃないから、「それより」というのを嘘だと思って、「良い桜だった」ことと、それより前に書いてあることとを関連させて捉えようとします。で、そうするとまた味わいがあったりします。そういうふうに言葉は広がっていくんだけど、そういうふうにできるというのはやっぱり、頼もしいと思います。
 しかし、この日のような書き方は僕はあんまり感心はしません。たぶん。

2012/04/21 土 壬子 福満しげゆき先生の漫画を読んで

 僕はこのホームページに「プロフィール代わり」と銘打って自分史のようなものを書いているのですが、それは高校一年生までで止まっています。高校生になってから僕は、やや邪悪になってきまして、純粋で素朴な僕はいったん死にまして、それでどうにも書くことがはばかられるようなことが増えてくるわけです。
 本当はいろいろ、なんでも書きたいと思っているのですが、まだもう少し時間がかかりそうです。うまい具合に歪曲して、まずい部分が見えないように構成することはもちろん可能というか、むしろ容易なわけですが、それをするだけの価値があるかというとはなはだ疑問というわけで、やはり書くからには決定版のつもりで書きたいわけですから。と言って、ひょっとしたらひとまずは、当たり障りのない範囲で、ぎりぎりのところで書いてみるかもしれません。わかりません。
 中学生までの僕は、あんまり他人と人間として関わっていなかったから、今なにを書いても誰かに迷惑をかけるということはほとんどないはずです。ところが高校生より後は、人間としての関わり合いみたいなものが出てきますから、しぜん複雑で、内面的で、プライベートなことに抵触して、誰かに迷惑をかけたりなんてことも出てくるわけです。
 高校一年生からの当たり障りのない、いや、むしろ多少は当たったり障ったりしてしまっている「ライフログ(笑)」は、すでに過去ログという形で存在しているわけですから、それをなぞるようなことをする必要がないとも思えるし、すでに存在しているのならば、それの要約をしてみたっていいような気もします。
 そういうような感じで更新が停滞しているのです。(ある少年が一時期、毎日のように「続きを書け」と抜き身の飛び出しナイフを片手に脅迫してきていたので言い訳してみました。できるだけがんばりますよ。)

2012/04/20 金 辛亥 場が時間を担保する

 お祝い二連続ですが友達に目出度いことがあったそうです。
 その人とは奇遇に出会い、奇遇に再会し、奇遇に仲良くなって、それほど長い時間を過ごしたというわけでもないのですが、掛け替えはありません。

 人と人とが仲良くなるというのは、時間の問題ではないのですが、やはり時間が何よりも重要な問題です。ともに過ごした時間だけではなくて、ともに過ごさなかった時間も重要で、大人になったらこっちのほうが大きくなるのでしょう。
 高校や大学までは、一年に何千時間もの時をともに過ごす(そしてそれが何年も続く)ということがありえますが、大人になればありえません。同じ仕事をしている人とはもちろん何千時間も一緒にいるわけですが、「仕事」ということになるとやはり、「友達」というものとはいろいろ違ってくるようです。同じ仕事場で仲良くなって、それで友達になったとしても、「仕事仲間である時間」と、「友達である時間」というのは、明確に区別がありそうで、だから一日のうち、仕事仲間としては八時間、友達としては二時間、というような感じになってくるのではないかと思います。もちろん、例外はあるのかもしれませんが。

「ともに過ごさなかった時間」というのが、大人になると重要な問題になってきます。僕と彼女が仲良くなったのは、なぜなんだろう? と考えると、それはきっと、「一緒にいたときのこと」よりも「一緒にいなかったときのこと」のほうにより確かな理由があるのだろうと思います。
「一緒にいなかったとき」というのは、出会う前だったり、疎遠になっていた期間も含みます。もちろん、よく会ったり話したりする時期でも、そうでない時間こそが意味を持つということです。そういう時に、僕や彼女が何を思い、考え、暮らしてきたのか。というようなことが、当たり前のことなんですが、重要なのでしょう。

 当たり前の、本当に当たり前のことなんですが、人と人とが仲良くなる、というのは、その人とその人の、それまでの人生で積み重ねてきたもの同士が、うまく調和するということなのだと思います。かなり複雑な絡み合いかたをしても、全体的には完全に調和するような関係を、出会ってすぐに築けるようなことが実際にあります。そういう意味での一目惚れは、あるのかもしれないと思います。

 直接的な原因がなんなのかは、人間というものがあまりにも複雑すぎるためかよくわからないのですが、まったく事情の違う誰かと誰かが、なぜか仲良くなります。なぜか共感したり、好きだと思ったりします。
 そういう状態が永遠に続くのかどうかといえば、そうでない場合も多そうですが、一瞬でもそういう状態になったことを喜び、幸せに感じるなら、きっとずっといい関係でいたいと願います。僕はだいたいそう思います。

 彼女と出会ったのはもしかしたらもう四年くらい前だと思いますが、そこから比べるとお互いにいろいろ変わったと思います。二年くらい一切接点がなくって、もう二度と会うことはないのかなーと思ったりもしていたのですが、そうでもなく、巡り合わせがありました。それはやはり場というものの引力のおかげで、引力は、年を経るほど強くなります。いや、決して弱まることはないと言ったほうが正確かもしれません。場所を動かない、というのは重要なことです。これも昨日書いた、地球とか回転とかいったことと関係があるのかもしれません。だから無銘喫茶の木曜日は可能な限り、どんな形になっても続けていきたいと思います。
 お互いにいろいろ変わって、変わったからこそ深く調和することができて、そのための期間を担保したのがやはり「場」の力だったという、地球の回転のたまものであったという、とても美しい話のように思えます。うんうん。

 というようなことは何も僕と彼女の関係だけではなく、何にだって言えるはずで、そんなところでお祝いと激励のことばにかえさせていただきやす。

2012/04/19 木 庚戌 飛んでイセタンガール

 友達のお誕生日会だった。来ていた中で、このHPを古くから見てくださっているという方がいた。僕の友達と知り合う前からというから、かなり前だと思われる。二人はサークルで知り合ったらしいが、その友達が大学に入ったのは2006年。細かくいえばいろいろ前後するのかもしれないが、もしそのくらいであれば大変なことだ。
 やはりこの日記の読者は、全国で30人くらいはいるようである。いつか30人集めてファンクラブ限定イベントを催したい。
 先日花見で、「毎日仕事場で見てますよ。なんだったら一日二回くらい見ますよ」と言ってくれた人もいた。僕を持ち上げたって何も出ないのにあえてこういうことを言うのは、不気味であるが素直に喜んでおきます。ありがとうございます。

 ところで僕は「上昇志向」というのが嫌いだ。上昇志向というのは、「上昇したい」と思う心のことで、すなわち「数字を上げたい」と願うことである。しかし人間は地球のようなもので、上昇もしなければ下降もしない。僕たちが地球を美しく、豊かな惑星であってほしいと願うなら、自分自身に対して願うことも同じであればいい。上か下かなんて、単純な話ではない。

 時間のかかわるものごとというのはだいたい地球のような球体であるだとか、成長するということは入れ子型の箱みたいなもんを次々と開けていくことであるとか、そういうことはたぶん(つたない言葉ではあっても)高校生くらいの頃からずっと言っていて、その考え自体は上昇も下降もしてない。ただその場でひたすら回りながら、生命が生まれたり死んだりして、無生物の位置や構造が組み替えられたりしていたりする。

 このHPも地球のように生々流転しながらぐるぐると回転していくようなものであればよいと思っています。
 見守ってくださる方々に対しては、本当に感謝の念にたえません。
 というようなことで誕生日おめでとうにかえさせていただきます。

2012/04/18 水 己酉 ロマン 生きる為の切符

 昨日はやたらと偉そうなことを書きましたが、達成率は60~70%くらいですので、ご心配なく。
 さて、近所の「ヒロ」という喫茶店に久々に行ってきました。ちばてつや先生の『男たち』という作品で、「ノア」として登場しているお店です。
 ご近所さんの憩いの場に、若者ふたりで押しかけてわあわあ言って、ちょっと申し訳なかったかなあというのもありますが、とても素敵なお店なので、たびたびおじゃましたいものです。
 また、同じ商店街にある藤乃木というパン屋にも久々に行きました。ここの魅力はなんといっても、色と香り。おそらく何十年も前からこのままなんだろうなあ、と思わされる古めかしいパンが売っております。たまごパンと胡麻あんパンを食べましたが、非常においしかった。

 ところで僕は吉田真里子さんが好きで、『拝啓、愛しの友達』と『Roman』が、他人にも薦めたい曲なんですが、Youtube等から消えてしまったようです。代わりにインディーズ時代の名曲『ガラスの小びん』でも貼っておきます。アイドル時代から何曲か作詞・作曲をしていましたが、インディーズはほぼ自分で作っていたようです。『Miss Holiday』とか名曲だなー。

2012/04/17 火 戊申 健康的な生活について……

 僕は世界が健全であることを何より望みますが、同時に人々の身の健やかなることを切に願います。
 年を取ってようやく分かったけれど、身体が資本です。夜更かしはいけません。睡眠を、夜に、きちんととりましょう。早寝早起きは美徳です。
 朝にやる気が出ないのは実績がないからです。ちょっと無理をして実績を作ってしまえば、一日はちゃんと動き出します。掃除をする、ご飯を食べる、ラジオ体操をする、なんでも良いと思います。僕の場合は朝ご飯を食べてからずっと家にいると眠くなってしまうので、食後のお茶を飲んだらどこかへ出かけるようにしています。できるだけ。雨などで出かけられない、出かけるほどの時間はない、というような時は、家の中に設置したカフェにいます。あ、うちは二部屋あって、一部屋余っているので、カフェにしたんです。ええ。「リフォームだよっ!」です。台所に机を置いただけですが。
 パソコンの前にいるとよくないのです。
 ふかふかの座椅子だからまたたちが悪いのです。
 食事にも気をつけなければいけません。化学的なにおいのするものはできるだけ避けます。放射能も念のため避けます。野菜を多くとります。肉は、放っておいてもどこかで食べてしまうので、家では食べません。白米も同様に、放っておいてもどこかで食べるので、玄米を食べます。玄米! ついにそこまで行ってしまったか、と自分でも感慨深く思います。
 マヨネーズ、ケチャップ、ソースのような、得体の知れない調味料は使いません。ほんだしや味塩こしょうも怪しいのでやめました。ただ、ただ……「つけてみそかけてみそ」と「こんだていろいろみそ」だけは郷里の味ゆえ使ってしまいます。
 僕は、バーナード・ショーと藤子不二雄A先生の長寿は菜食が由縁と信じているので、肉を食うのは自殺するのと同じことです。あと信じているものは味噌とカレーです。大豆と胡麻が次点です。蜂蜜が昔から好きです。
 お菓子は食べません。あるとあるだけ食べてしまうので買いません。お菓子は大好物だからです。カップラーメンも大好物ですので、買いません。食べる快感よりも食べない快感が勝るようにさせています。ただ、時折和菓子は買います。特にお客さんが来たときや、誰かの家に行くときには。喫茶店に行ってもケーキセットにしません。僕はコロ助なみにケーキが大好きなのでこれは非常につらいことです。嘘です。慣れてしまえば一つも困りません。
 そう、慣れなのです。習慣は削り取れるし、付け加えることもできるのです。思ったよりもずっと容易に。
 人から「まるで別人」と言われるくらい、最近は早起きしております。これはラジオ体操のおかげであります。ラジオ体操を習慣にしてしまったのが勝因です。
 数年前まで、お風呂といえばシャワーで、朝起きてから入るという退廃した生活を送っていたのですが、覚醒して以来、毎日夜にお湯をためて、三十分~一時間ほど浸かるようになりました。歯も磨いています。
 相変わらず自転車には乗りすぎるほど乗っていますが、排気ガス等が恐ろしく、また何より不快なので、五千円近くする専用のマスクを着用しています。できるだけ交通量の多い通りを避け、小さな道を細々と走るように、道のりの研究を欠かしません。
 夏はさすべえ+日傘、あるいはおばさんがよくつけている黒いサンバイザーと手ぬぐいによって日差しを避けています。暑いから半ズボンをはきます。
 このへんまでくると気が狂っているように思われるかもしれません。おばさんやおじさんのように、周りの目よりも機能性を重視するようになってきたということです。昔からそういう傾向はありましたが年々強まっております。暑いから半ズボンをはく、ということが、なんとなくできない雰囲気があると思うのですが、それは思いこみでしかなく、そういった風潮には断固反対していきたいので、今年も半ズボンをはくでしょう。しかしまあ、去年までのように三分丈にこだわることもないかなとは思っております。同様に、排気ガスが嫌だから一見珍妙なマスクをするし、日差しが嫌だからサンバイザーをします。
 玄米を食うというのも恥ずかしいことのような気がします。白い飯がスタンダードだからです。玄米を食うというのは、他人と違うことをすすんでするということなのです。それは出過ぎたまねです。しかし、考えてみれば精米というのは、あんこをこすようなもので、つぶあん至上主義の僕は当然それを不要とみなします。もちろん僕がこしあんを喜んで食べるように、白い飯も喜んで食べますが、家ではまあ、玄米食ったっていいだろうと思っています。
 玄米に限らず、健康志向のものというのは恥ずかしいことのような気がします。少なくとも僕はそう思います。健康志向のものは基本的に高いからです。金をかけるということに対して世間はやっかみます。健康志向というのは、お金がある人しかできないということになっているようなので、健康志向の人はそうでない人からあんまりよくは見られないだろうと僕は感じています。「みんな白米食べているのに、自分だけは健康でいたいからといって、みんなと違うもの(玄米)を食べるなんて、抜け駆けだ。自分さえよければいいと思っているのか」というようなことなのかもしれません。これに似た言い方は、震災後にたくさん聞きましたね。
 有機野菜を買う人も、「なんだかやあねえ」くらいに思われているのではないか、と僕は感じています。しかし、考えてみれば有機野菜っていうのは「ふつうに作った野菜」のことなので、それを進んで食ったところで非難されるいわれもないように思います。世の中は、世の中ぐるみで、「ふつうに作った野菜」を追放しようとしているようにさえ見えますので、その流れに対抗しようというのは悪いことではないはずです。
 しかしこれも、「みんなが有機野菜を食べることは不可能だ。そんなにたくさんの有機野菜は作れない。あなたが健康によい、おいしい野菜を食べている一方で、ほかの多くの人は健康によくない野菜を食べているのだ。自分さえよければいいと思っているのか」という声が聞こえてきそうです。「増え続ける人類を養っていくためには、有機野菜を諦めなければならないのだ」という考え方を、世の中は世の中ぐるみで広めようとしているようにさえ見えます。
 でもたぶん、「有機野菜をみんなで食べるつもりならば、何かを諦めなければいけない」というのが本当のところで、多くの人は「ほかの何かを諦めるくらいなら、有機野菜を諦めるよ」と思っているのでしょう。有機野菜でないものを食べたところで、ただちに何かに影響しているという実感を得られないからです。ただちに実感を得られないものに対して人間は、「じゃあ別にいいや」と思うものなのです。
 健康というのは、確かに「自分のために考える」ものです。だから、健康を考えている人のことを、人は「利己的だ」という風にとらえて、なじります。健康志向が時に嘲るような失笑をもって見られるのは、そういうからくりだと僕は思っています。しかし、よく考えてみると、健康というのは「そういえば当たり前だった」ようなことを実践することでしかないわけです。たいていはそうです。
 ジョージ秋山先生が、貝原益軒の『養生訓』を現代語訳しました。僕はそれを買って読みました。当たり前のことしか書いてありません。益軒自身も、当たり前のことをするのが養生だと言っています。講談社現代文庫の原文もあわせてぱらぱら読みましたが 、確かにそのようなことが書いてあります。そういえばジョージ先生は大傑作『博愛の人』でも、二宮尊徳を材にとって、当たり前のことを書いています。
 有機野菜というのは、「土が汚染されていない状態で育てられた野菜」だと、その筋のサイトに書いてありました。だとすると、有機野菜というのは、「そういえば当たり前だった」ような作り方でつくった野菜だということです。それだけの話です。
 お金がないので、高いふとんは買えませんが、ちゃんとふとんと枕で寝ています。当たり前のことですが、以前はコタツで寝てしまうことも多かったのです。食べてすぐは寝ないようにとか、食べてすぐにお風呂に入らないようにとか、一応気をつけたりしながら。
 できるだけ姿勢をよくしたりとか、足は組まないようにとか、そういったことも大切です。面倒くさいようなことも多いですが、「そういえば当たり前だった」と思いながらやっています。よく噛む、とか。

 二つ年下の後輩と久々に話したら、まるで57歳と55歳が会話しているかのように、そういった、身体に関する話ばかりが出た。「今ごろ気がつくなんて、遅すぎるよね」なんて言いながら、でも、三十年先取りしてるような感覚もありながら。

2012/04/16 月 丁未 健康

 インターネットを見ていると陰鬱に塞ぎ込んでしまうので、もうちょっと健康に生きていこう。みなさん、たまにはメールくれよ!
 僕もたまにはメールしないとな。

 昨日、高校の後輩と会って、なんとも具合がよかった。
 へこたれないように、気を抜いて生きていこう。

2012/04/15 日 丙午 どんなことがあろうとも

 あまりに感傷的。なんて熱い人間なんだろうかと思うよ。
 昨日の文章なんか、とことん冷徹なような内容で、僕自身も「自分は冷たい人間だ」っていつも思って生きているけれど、どう考えても僕は熱いな。
 愛されるよりも愛したいマジでってキンキキッキが歌っておりましたけど、そんな言葉の意味がいつの間にかわかっていた。で、愛とは何かっていうことを考えながら言葉を書き連ねてみた(例のところに載っています)。結果、愛は局面であるという従来の持論を敷衍したようなものになった。
 愛されながら愛したいとFolderが歌っておりましたけど、愛することと愛されることは不可分ですので、キンキキッキよりもこちらのほうに僕はより寄り添います。ただもっと言えば、愛するとか愛されるとかいうことは、愛がそこにあるということを前提として出てくるものであって、「後付け」にすぎない。愛がなければ、愛するも愛されるもない。それが順序。
 ですから幸せを感じる時というのは、愛の存在を目の当たりにした時ですね。
 愛するとか愛されるとかいうふうに見えるような現象に出会うと、「あ、愛があったんだ」とわかる、っていうような順序で。あるいは、「よしよし、今日もちゃんと愛がありますな」なんて確認する感じで。
 愛だねー、本当に。
 愛というからには僕はやっぱり女の子のことを考えている。なんでか知らんが、男との間に愛なんかない。別のものがあることになっている。別にそれで何の問題もないというのが、男同士なりの愛なのかもしれない。ということにでもしておこう。
 愛だと思う相手は、いろいろで、僕以外の男の人と付き合っている人との間にももちろん愛は見えるし、永遠に恋愛関係にはならないであろうような人との間にも見えるし、それほど長く親しくしてきたわけでもないような相手でさえ、見える時がある。

 そういえば、相手が無生物や、有名人であったりするような場合、一方通行でも愛のような状態が現れることがある。一方通行で良いのだから、そのほうが愛は生まれやすい。もしかしたらそれのことを信仰と呼ぶのかもしれない。
 片思いは信仰であり、多く偶像の崇拝である。たびたび言うけど大嫌い。それはつまり、人間を無生物か有名人に捏造してしまう行為だから。なるほどな。やっとわかった。

2012/04/14 土 乙巳 音楽のサドとマゾ

 ぼくは 地図帳拡げて オンガク
 きみは ピアノに登って オンガク ハハ
 待ってる 一緒に 歌う時

 ぼくは 地図帳拡げて オンガク
 きみは ピアノに登って オンガク
 ぼくは リンゴかじって オンガク
 きみは 電車ゴトゴト オンガク ハハ

 待ってる 一緒に 歌う時 ハハ
 待ってる 一緒に 踊る時 ハハ

 待ってる 一緒に 歌う時 ハハ
 待ってる 一緒に 踊る時 ハハ

 (Yellow Magic Orchestra『Ongaku/音楽』作詞・曲 坂本龍一)


 何か芸術の享受に、サディスティックなものと、マゾヒスティックなものがあるとすると、私は明瞭に前者であるのに、音楽愛好家はマゾヒストなのではなかろうか。音楽をきくたのしみは、包まれ、抱擁され、刺されることの純粋なたのしみではなかろうか。命令してくる情感にひたすら受動的であることの歓びではなかろうか。(三島由紀夫『小説家の休暇』)

 現代日本におけるロック・ポップスのコンサートでは、「ミュージシャンの命令に従順であること」が、音楽を楽しむための最良の姿勢ということになっている。
 身も蓋もなく図式化してしまえば、ミュージシャンが客に「こうしろ」というメッセージを送り、客はほぼ機械的にそれに応じる。それは言葉(「飛べ飛べ飛べー!」など)であったり、動作(拍手の動きなど)であったり、あるいは音そのもの(特にドラム)であったりする。
 コンサートを後ろのほうで見ていると、ドラムの音そのままに体を動かす人がやはり多く、「三島由紀夫が言うのはこういうことか」とか思う。
 僕も芸術を享受する態度は「明瞭に前者」であって、音楽に対してもそのような態度で臨んでいる。
 コンサートで音楽を聴きながら、「三島由紀夫が~」なんて考えてしまうのは、それこそ「明瞭に前者」であることの証明かもしれない。

 コンサートでは、僕のような態度はおそらく少数派であるため、あまり居心地はよくない。僕はミュージシャンの命令に従順ではないから、みんなと同じようなノリ方ができない。ミュージシャンの命令を聞くことに集中すると、自分の集中したいところに集中できなくなってしまうので、けっこう自分勝手にやっている。それはすなわち「ノリが悪い」とか「恥ずかしがってる」とか言われてしまうものなのかもしれなくて、それはなんだか申し訳ないなあと思うので、あんまり自ら進んでコンサートに足を運んだりはしない。
 と言って、僕がコンサート(ライブ)を嫌いかといえば、そんなことはない。大好きだ。音楽はやはり、生演奏を聴くに限る。とはいえやっぱり、周りは気になる。そのくらいに僕は小さいのである。
 僕には「生で聴きたい」と思うくらい好きなミュージシャンがとてもたくさんいるのだが、実際に生で聴いたことがあるのはその中の本当に本当に一握りだ。もちろんお金がかかるから行けないとか、面倒くさいというのもあるが、行かない理由の一つとして自分がミュージシャンの命令を聞くことが苦手であるということもあると思う。

 皆んな安心材料と
 共通語を探してる
 勿論音楽は宗教
 美しさに価値を

 (shame『THINK』)

 現代日本におけるロック・ポップスのコンサートでは、「ミュージシャンの命令に従順であること」と、「周囲と一体化すること」が、音楽を楽しむための最良の姿勢ということになっている、と思う。
 盛り上がっている人たちはきっと、「他人に合わせている」なんて意識はないのかもしれないが、結果的には「みんなが同じタイミングでジャンプする」とかいったことが快感に直結していることは間違いない。
 もちろん音楽は宗教であって、それが悪いとも思わないのだが、そういった空間には自分は肌が合わないと思っている。


 それで昨日はPANDA1/2とザ・キャプテンズとCASCADEのライブに行った。
 僕が最近力の限り応援しているPANDA1/2は『上海は夜の6時』『夢の中へ』『Untitled Melody』『Papa boy and I』『恋と月夜と線香花火』『中華街ウキウキ通り』をやった、と思う。ステージングがやっぱり物足りないのと、ヴォーカルが聞こえづらいのとを感じた。あのー、ロック系のライブってなんであんなに歌詞が聞き取りづらいんでしょうかね? 演奏ばっかりドカーっとでかくって。あれはああいうのが正しい作法なの? 僕がライブにあんまり行かない理由はここにもある。初めて聴く曲だと、ほとんど何を言っているかわからない。それはCASCADEも一緒だった。ザ・キャプテンズはほとんど聞き取れた。すばらしい。あれはエンターテインメントだなー。
 たぶん、ロックのコンサートで言葉が聞き取れないのは、言葉が聞こえちゃうと音楽に没頭してもらえないから、聴き入っちゃって、ノってもらえないからなんだろうな。聞こえないほうが、狂ってもらえる。聞こえないほうが、命令をすんなり受け入れてもらえる。
 ザ・キャプテンズの場合は、歌詞がそのまま命令になっているから、逆に聞こえないと困る。僕はこっちのほうが、「歌」としては健全なあり方だと思う。

 歌っていうのは、言葉と音楽の融合だという言い方もできると思うんだけど、ライブになるとたいてい「音楽」だけになっちゃう。
 もちろん中村一義とか、もともと何を言ってるんだかよくわからない歌い方をする人も多い。中村一義(特に初期)の場合は「歌詞を読む」という行為をしなければ聞き手は音楽と言葉とを融合させることが困難だった。彼はそれがわかってたのかなんなのか、初期のころはまったくライブをやりませんでしたね。奇しくも。で、ロックバンド形式になってからライブをやり始めましたね。やっぱりロックってのは言葉はどうでもいいんでしょうかね。言葉が意味としてではなく、単語としてですらなく、ただただ「音として」あればいいのだとすれば、近年のコーネリアスの音楽みたいなのがロックの究極系なのかもしれませぬ。
「歌」としてパッケージされて売り出されている音楽があって、それを聴いて気に入って、ライブに行ってみたらそこには「歌」がなかった。それは「歌」が大好きな僕にとってはちょっぴりショックなのだ。
 だから僕は、「歌」に満ちた奥井亜紀さんのコンサートが好きだ。新曲だろうがなんだろうが、すべて言葉が言葉として届く。

 ザ・キャプテンズ、『恋のゼロハン』は名曲だと思います。ゼロハン(50ccの原付)に二人乗りしたら捕まるだろ、っていうのと、時速30キロで走る原付を「メルヘンチック」とするセンスが良い。確かにその通りだ。この感覚がわかってくれる人を僕は愛すよ。

 愛するCASCADEは、最初期の曲と再結成後の曲だけでほとんどが占められており、初期~中期の曲はデビューシングルの『なりきりボニー&クライド』と『Yellow Yellow Fire』だけだった(あとスナックボンボン)。こういう姿勢も僕は好きである。
 初期大好きの僕としては、『VIVA!』と『Distortion Pinky』には興奮した。最後の曲は『しゃかりきマセラー』、アンコールに『なりきりボニー&クライド』。サビのところは七回ジャンプしました。
 七回ジャンプは、「命令を聞いた」とかいうよりは、「これをやらないとこの曲は完成しないよな~」とか、わけのわからないことを思っていたんだけど、もしかしたらみんなは始終、曲を、またはライブを完成させるために盛り上がっているのかもしれなくて、そうだとしたらそれにあんまり協力的でない僕はやっぱり場にふさわしくないってことなのかなと悩みます。

 つっても別に棒立ちしてライブ見てるとかそういうわけではなくて、僕なりに超ノリノリなんですけど、どうも周りと違うから気になるんですよ。
 僕はだいたい常に自分メトロノームで横ノリしてるのですが、ああいうライブってだいたい縦ノリか、速めのメトロノーム、僕は寿命寸前の古時計みたいなもんですので。

 そういうようなことを延々考えているのです。

 マゾヒスティックとサディスティック、言い換えれば受動的と能動的ということなのかもしれないようなこの対比をするなら、僕はたぶん能動的であって、受動的ではない。で、言っちゃえばバンギャとかってだいたいマゾです。何かの追っかけをするってのはマゾです。何かに夢中になるというのは実はマゾです。入れ込むのはマゾです。主導権を握るのが実はマゾだというのは、客商売が客に支えられて成り立っているということにそのまま当てはまります。サド側は、マゾ(客)が喜ぶようなことをやらせなければならないわけだから。
 それは芸術を享受する態度だけでなく、ひょっとしたら全然別の次元のことと繋がっているかもしれません。ホストにはまる女はだいたいマゾですので。金を払うということは実はマゾです。ヒモを飼っている女はマゾだし、妻子を養っている男はマゾです。だからマゾでいたい女は働きます。
 このことはひょっとしたらとてつもなく大きな話になっていくかもしれないので、どっかで暖めておくことにします。

2012/04/13 金 甲辰 ヌケジャラソ ムンルリゲ

 子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥
 市中陰謀紳士語尾親友術害

 月末までの華麗なるスケジュールを立てたのでがんばる。

2012/04/12 木 癸卯 優雅なシーツ

 今日は典型的な日だった。6時半に起きてラジオ体操を済ませ、朝食を軽く食べ、少し部屋を片付けてから燃えるゴミを捨ててキックボードで駅前のカフェに行きモーニングをいただく。そして本を何冊か読み、昼になったら隣の本屋を眺め、スーパーで食材を買って帰宅し録音しておいたラジオを聴きながら昼食を作って食べ、読書しながらまどろんで、起きて、また本を読んで本を読みながら風呂に入って、出てきてそろそろ無銘喫茶に行く。伊勢丹に寄って日本酒と甘酒を買う予定。
 こんなふうに、働きもせず優雅な一日を過ごしていると、「ほかにもやることがあるだろう」と各所からお叱りを受けそうなのであるが、正直に書いてしまう。誠に、本当に勝手ながら僕はこのようにしてしまう。多かれ少なかれ、誰もがやっているようなことだとは思えど、僕の場合はちょっとあからさますぎるかもしれない。
 本ばかり読んでいるように見えるけれども、「このタイミングでこれをこれだけ読んでおかないといろいろな意味で次に進めない」というような事情が、なんとなくあるのですよ。けっこうマクロなレベルで。それは本来、大人なら我慢して進むべきところなのかもしれないけど、今のところどうにもそれが難しい。
 高校のころひとつ年上の女の子から手紙をもらって、「私のあなたに対する結論は、よくも悪くも子供だということです」と書いてあった。良くも悪くも。まさしくそれだと思う。僕は悪く子供であるからこそ、よく子供でいられるのだ。今のところそうだ。そこから抜けだすべきなのかどうか、今ちょっとぼんやり考えている。遅すぎるような気もするが、言ってみればもう十年以上は考え続けていることだ。
 で、そんなふうに一日を過ごして、さっきお風呂に入って頭を洗っているときに、やんなきゃいけないことへの糸口がぱっと見えた。たとえば、アイディアが湧いてきた。こういうのを衛藤ヒロユキ先生なら「天使待ち」とか言うのだろう。
 何もしないでいないと何もできないというのは悪い癖なのかもしれないが、どうにもそのように生きてしまう。

2012/04/11 水 壬寅 銀の匙が売れるなんて

 荒川弘先生の『銀の匙』がとても売れているらしい。二巻初刷りの帯にすでに「早くも累計100万部突破」とある。僕には信じられない。こんなにすばらしい作品がそんなにも売れるとは。僕一流の経験知である「すばらしい作品ほど売れない」という黄金律はここに破られたのであった。
 というのは半分冗談なんだけど、それにしてもこういう作品が売れるというのは嬉しい。しかし前作『鋼の錬金術師』がなければ、売れなかったどころか、サンデーで連載することもできなかったかも。そのくらいいいマンガです。
 ただ、僕が本当にすばらしいと思う『友達100人できるかな』『鈴木先生』『花もて語れ』といったような、魂の根幹を揺さぶってくるような圧倒的なパワーはない。要するに、読んでいてそれほど体力を消耗しない。そこがミソなんだろうな。

 荒川先生は『百姓貴族』というエッセイマンガも連載していて、個人的にはこっちのほうがオススメしたい。二巻まで出ています。一巻は「北海道の農家の実態」を解説することが中心だったが、二巻では非常に良い意味でネタ切れになっている。書くべきことは書き終わったということなのか、内容の自由度が格段に上がり、荒川先生のオリジナリティが存分に発揮されてきている。北海道開拓史にまつわる話は非常にエキサイティングだった。
 同じく二巻まで刊行されている木村紺先生の『巨娘』も、非常に非常に良い意味でネタ切れというか、むしろネタ切れなどという概念とは無関係と思わせるほど自由で、もはや何でもありといった感じになってきた。一巻はとにかく「巨娘ジョーさんの異常性」や「破天荒な展開」を強調していたが、二巻では一気に視野が広がり、野球やアニメ会社コンサルティングなど様々な材をとって、かつ勢いは死んでいない。
 当初設定したネタが切れてきたところで、どう変化するかというのがマンガ連載の一つの才能であるような気がする。「二巻からつまんなくなったよな」ではなく、「二巻からちょっと方向性変わったけど、これはこれでスゲー」となるような作品が僕は好きである。
 さて『銀の匙』は主人公・八軒の成長物語という筋が現在は強調されているようだが、ずっとこのままズルズル行ってしまう(サンデーならやりかねない)のか、途中で広がっていくのか、6~10巻程度でスッキリと終わるのか。どうなることでしょう。

2012/04/10 火 辛丑 GDC=EDC

 川と桜。
 甘酒。生姜、塩、日本酒、レモン。
 サミット。
 寿司の予定がわかさぎ。たこ焼き。(カキフライ、豚レバー。)カマンベールチーズ。お~いお茶濃い味。つけてみそかけてみそ。
 神社。わかさぎのためにゆず胡椒のチューブを探しに行ったがピュアセレクトマヨネーズ。桜は箸ではつまめない。
 パイロウ麺セットとチャーハンセット。黒蜜アイスで。
 つりがね池公園のベンチが新しくなっていた。
「かきあらわせれない」はなぜ腹が立つのかと思ったら、これは「ら抜き」ではなくて「れ入れ」だからだ。「書き表せない」でいい。ら抜きはまだ合理的な気がするが、れ入れはむしろ言葉の無駄遣いである。だって多いんだモン!

 桜の枝を揺らして花びらを落とす不届きな男の子(親の目も不届き)がいたので目の前にしゃがみ込んでじっと見つめ「イタイイタイイタイイタイイタイ……」と桜の気持ちになって腹話術のようにつぶやいてみたら子供は号泣、咆哮しながらさらに強い力で枝を揺らし続け、散るわ散るわ桜の花びら。あまりに大声で叫ぶので見かねた母親がやってきて「すみません」。訴えられても文句言えないところだった。反省した。

2012/04/09 月 庚子 こもよみこもち

 最近、百人一首や古今和歌集など平安時代の歌にばかり触れていたが、久々に万葉集の歌(奈良時代以前)を読んだらとても感動した。
 僕は平安時代の歌も好きだけど、悪く言えばあれは、手法は複雑で衒学的、内容はまるで昨今のJ-POP。掛詞、縁語、折句、本歌取り、引用、倒置、比喩、象徴など限りなく技巧を凝らし、「ドヤ! うまいこと言うたやろ!」のオンパレード。「わかるかなあ、わかんねえだろうなあ」といった態度で、「わかるやつは一流、わからないやつは二流」という傲慢さがある。それで描くのは恋愛のことばかり。あるいは権力がらみのことだったり、人生の喜びとか悲しみとか、要するに「自分の内面と体面」に尽きる。平安時代の有名な歌には、基本的に「自分」しかない。自然を詠んでいるようでいて、実は自分のことを語っている。そういうのが多い。自己中心的な文化だと僕は思う。
 ところが万葉集の時代にはまだ自然に神がいたものか、もっと素朴で、自分よりもその外側に意識が行っている感じがする。見えたものをそのままに歌うようなものが多い。「俺は旅人なんだけど、はたから見たら釣り人に見えるんじゃないかなあ」みたいな、のんきな歌が平気で載っているイメージ。
 万葉集は「素朴」、古今集は「技巧的」。そんなことは国語便覧を見ればたいていは載っているようなものだが、それだけをいくら覚えても実感は伴わない。知識としては知っていても、ちゃんと読み込まなければわからない。そんなことを感じた。

 籠もよ み籠持ち 堀串もよ み堀串持ち
 この丘に 菜摘ます子 家聞かな 名告らさね
 そらみつ 大和の国は 押しなべて 吾こそ居れ
 敷きなべて 吾こそ座せ 吾こそは告らめ 家をも名をも

 というのが万葉集におさめられた最初の歌である。菜摘ます子。原文では「菜採須兒」みたいだけど。

 ちなみに古今集の最初の歌は、とぼけた感じで良いです。

 年のうちに春は来にけり一年をこぞとやいはむ今年とやいはむ
(年のうちに春はやってきた。この一年を、今年と言おうか、去年と言おうか。)

 何を言ってんだかよくわかりません。
 けど、「ドヤ!」って声が聞こえてくるようです。
2012/04/08 日 己亥 花見沢俊彦

 2月14日頃の神社の話を褒めてもらった。これで二人目である。
 一流のきちがいはあの話に感銘を受けてくれるらしい。
 二流、三流の人間にはわからないことだ。
 真の童貞は、「性交など存在しない」という境地に達するという。
 非童貞には感じられないことだ。
 その高みに似ている。

2012/04/07 土 戊戌 詩

 定期的に言いますが僕は何よりも先に詩人でしかないのですね。
 僕は詩のことを何一つわからないのですが、先ほど他人の文章を読んでいたら、こう、むらむらと来まして、手帳に青い字で二編ほど書きました。
 その出来は関係がなく、それをするということは僕は詩人なのです。
 あなたも詩人になればいい。

2012/04/06 金 丁酉 音楽は好きじゃない

 僕は音楽は好きじゃない。
 音楽で誰かと繋がりたいと思わない。
 音楽では何も分かり合えないと思う。
 僕らは音楽で分かり合うのではない。
 音楽を通じて何かを伝えあうだけだ。
 響きあうだけで、そこには確かに文化がある。意味がある。音楽ばかりがあるのではない。音楽なんてのはどこにだってある。あなたの好きな音ばかりが音楽なのではない。あなたが奏でるものばかりが音楽なのではない。あなたが誰かと分かり合ったと錯覚するための音だけが音楽であるわけがない。
 そんなこと、承知だろうけど、とにかく僕は言葉にするのだ。

2012/04/05 木 丙申 花と桜

 子供らと大人たちとで花見をした。
 偶然近くにいた女の子が飛び入りで参加してくれた。
 とりわけ接点はなかったが、ずっと気になっていた子だ。
 楽しんでくれたようだった。
 そういうことが生きていてほとんどもっとも嬉しい。
 友達が増えるということだ。
 それは知らなかった人と知り合うということではなく、誰かと仲良くなることや、仲良くなった誰かともっともっと仲良くなることをさす。それが僕にとって、ほとんどもっとも嬉しいことだ。
 小学生の作文のような文章であるが、ただ本心。

 十時くらいから新宿御苑にいて、夕方に無銘喫茶へ移動。
 朝方までで、入れ替わり立ち替わり、たくさんの人が来てくれた。
 月並みだが幸せなことである。

 さて、少し何か書こう。
 さっきある女の子の日記を読んでいて、それが備忘録のようになっていたのを少し羨ましく思い、しかしかつての自分の日記もそのようになっていたことを思い出して、うまくやれば今だってそのような形にできなくもないかなと考えた。いろいろ、ネットに本当のことを書くのは厄介ごとの原因になるため避けたいというのがここんとこずっとの僕の原則だったんだけど、試験的に少しずつ何かを書いていこうかなあとも同時に思っている。実はちょっと前からややそのようにしている。

 それにしても、備忘録という言葉。忘れることに備える記録。つまり備忘録というのは、忘れてはいけないことを書き留めておくものなのだろう。だが忘れてはいけないことなんて、実はそんなに多くはない。特に、具体的なことなんて幾らだって忘れていい、もっと大切なことをこそ書き留めておくべきなのでは? とか思う。それは極端にいえばきっと別に散文でなくてもいい。
 そういう意味では僕の日記は備忘録でしかなくて、それならば何もそのような形を目指したりしなくてもいいはずだ。うーん、どうしたものかな。
 そんなときに思い出すのは「うそでなければ語れない真実もある」という、岡田淳さんの『竜退治の騎士になる方法』に書かれていた言葉。具体的なことでなければ語れない抽象的なことというのはあるし、その逆もあるかもしれない。そのへんはもしかしたら散文以外のものが司るのだけれども、散文でしか書けない詩もあるのかもしれない。とにかくまあ、書いてみるか、というくらいのことだ。

 1.5リットルの水筒にあつあつの甘酒を入れた。市販の無糖の甘酒に、日本酒と生姜と塩とを混ぜた。とてもおいしくできた。
 十時前に新宿御苑に入って、ぷらぷら歩く。地面につきそうなほど枝の伸びた桜の木の下にシートを敷いた。目の前にすぐ花。絶景だこと。三十分くらいして人が来始めた。どんどん増えた。それほど内容のある話はしないで、ぼんやりとしていた。桜があれば、やはりそうなる。
 午後、もっとも暖かいころ、芝生でごろごろ寝ていたら、最近仲良くなった男の子が、僕の上をごろごろと転がった。僕は僕で、その子の背中にまたがったり、そのまま四つんばいで歩いてもらったりした。最終的には殴り合った。妙なものだ。書きながらつい少年三遷史という名作戯曲のことを思い出した。
 工藤ともだいたいそういう感じだから、本当に年齢とか性別とかはあまり関係がない。関係させようと思えば無限に関係してしまうが、関係ない。
 桜はとにかく咲いていた。午前中にまだ閉じていたつぼみが、次々と開いていった、ように思う。そうでなければ説明がつかない。甘酒をとにかく飲んだ。
 桜に甘酒。僕は何年か前の桜の時期を思い出す。
 確実に同じことを思い出しているやつがいるはずだ。
 その時に僕らが甘酒を飲んでいたかどうかなんていうのは、まったく関係がなくて、僕たちの間には確実に甘酒が横たわっているのだから、本当にまったく関係がない。
 ただ、とにかく、僕は桜のことをよく覚えている。何年か前に、キガサキ公園で貴之くんと花見をした、その光景も完璧に覚えている。あまりものを覚える気のない僕は、どうやら桜の記憶ばかりは、だいたい忘れない。といっても、ここ数年の桜に限っての話でしかない。僕の人生は、桜より後と、それより前とで、分かれるのかもしれない。
 僕は毎年、必ず正月には何杯かの甘酒を飲んでいた。高校生のとき通学路の自販機に甘酒が売っていて、たまに飲んでいた。僕は甘酒が好きだった。
 しかし僕は桜が好きだったんだろうか。幼いころは岩倉の五条川に、おじいちゃんを訪ねがてらよく行って、それが桜だった。しばらくはそれが桜だった。いつからか桜はもっと広がった。それがいつからだったかはわからない。山崎川を二人乗りして走った時の桜だったかもしれないし、まったく関係ないかもしれない。
「お花見するの初めてです」って、最初に少し紹介した女の子が言った。そういえば僕だって、初めて花見をしたのはいつだっただろう。西原と見た桜が初めてだったかもしれない。ああ、どんどん思い出してきた。僕は九段でも桜を見たことがある。
 そうか。僕は桜のすべてを覚えている。ただ、僕は十代のころにそれほど桜を見てこなかったのだ。
 桜ほど当たり前に咲くものはない。桜ほど美しいものはなかなかないが、桜ほど日常的な美しさもない。春にしか咲かず、咲けばすぐに散るものの、それ自体があまり日常的すぎて、一見すると儚くすらない。ナゴヤドームの近くの桜並木を思い出す。高校生のときの通学路だ。「ああ、桜だ。これは美しいのだろう。僕は本当なら、これに感動しなければならないのだろう。ああ、どうすれば感動できるんだろう」僕はあのとき、確実にそう思っていた。
 僕は桜並木のことを思い出し、漕いでいた自転車のことを思い出すが、桜を思い出すことができない。

 僕は相変わらず桜に感動をしない。当たり前の桜を、当たり前に見ている。かつての僕は、当たり前のものを当たり前だと思うことができず、何か特別なものだと思ってしまっていた。物心がつき、邪悪な風流を身につけた僕は、桜を桜として見ることをしていなかった。桜は桜でしかないものを、もっと神聖な何かと思おうとしていた。だから僕は本当に桜を知らなかったのだ。
 愛する君よ。僕はあの桜を覚えている。それは祖師ヶ谷公園に咲いていた。自転車は横たわっていた。存分に遊んだ。確かに桜は咲いていた。

 なんという二行を書いてしまったものかな。それはそうと僕らはこの日桜の下でごろっと寝たり、暴れたりした。何もなかったといえばなかった。何かを求める人ならば怒り出したかもしれない。確かに桜が咲いていたならばそれでいい。

2012/04/04 水 乙未 毎日花見

 しばらくは毎日花見をすることを宣言します。
 今日は名古屋から東京に向かう列車の中で、ずっと桜を見ていた。
 明日は強風のなか、新宿御苑で子供らと花見です。
 六日、七日は未定ですが、石神井川でも歩きます。
 八日は新宿中央公園で花見沢俊彦です。
 九日は故・西原の悪口を言う会のようです。
 十日以降は未定です。
 五日と八日は暇な人ぜひ来てください。

2012/04/03 火 甲午 うちのお父さん

 今日は渡辺さんの結婚式ではなく、うちのお父さんの誕生日。
 兄弟四人でお祝いした。(3月9日の日記参照)
 そのことはお母さんには言ってあったが、お父さんには伝えず、僕が帰るとだけ知らせてもらっていた。いわゆるサプライズのつもりであった。
 が、なぜかお父さんは僕たちが集まることを知っていたようだ。兄弟に確認してみたところ、どうやら誰もバラした人はいないようであった。
 ということはたぶん、お父さんはここを見たのであろう。
 恥ずかしいが、別にそれでいい。
 たった数時間のことだったけど、本当によい時間だった。
 誰も口には出さないけれど。

2012/04/02 月 癸巳 訣別のケルベロス

 もう誰の力を借りるまでもない。
 誠に勝手な話ではあるが、僕の中では最終回を迎えてしまった。
 cali≠gariの『マス現象ヴァリエーション1』みたいな終わりではなかったことを嬉しく、また誇りに思う。
 もちろん『まなび』と同様、最終回は終わりではなく始まりである。
 最終回を迎えたことによって、まなびたちは、シナリオから解放されて自由になった。もう誰にも縛られることはない。制作会社からも、視聴者からも。
 みんなはそれぞれに、自分なりの、自分だけの人生を歩んでいくのだ。
 それがあのラストカットの意味だろう。
 プリキュアのなぎさ・ほのかも同じことである。
 マックスハートの最終回で卒業式を迎えた二人の、その後の人生は誰も知らない。立派に成長した二人は、もうシナリオの力を借りるまでもなく、自分たちの意志で、自分たちの力で生きていくことができる。だからもう二人は自由であっていい。
 自由であるべきだ。
 自分で生きていく能力がないうちは、自信がないうちは、シナリオに頼るのもいいだろう。自分でシナリオを書くにしても、はじめはシナリオの書き方を誰かから学ぶ。それでいいだろう。が、いつかは独り立ちしなければならない。

2012/04/01 日 壬辰 

 http://www.geocities.jp/yazakit2112/seiou0907141834.mp3
 この音源は、『がくえんゆーとぴあ まなびストレート!』というアニメの挿入歌を僕が歌ったもので、高音がきちんと出ていないし、音程がずれたり、声がぶれている箇所なども多々あれど、なにか愛のようなものが伝わってくる。自分らしいということは、こういうことなのかと思った。

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