少年Aの散歩/Entertainment Zone
⇒この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などとは、いっさい無関係です。

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2011/07/31 子供と塾(1)改め、子供と親(1)

※以下の文章は翌日以降に続きますが、ちょっと「言い過ぎ」「言い間違い」「誤解を招く表現」が多くなっていますので、注意してください。原因は筆者の怠慢によるものです。


 僕は理想的には、たとえば子供の数だけ先生がいればいいと思っていた。ただ「人件費」ということを考えると、小学校の教員数を何十倍にもすることは難しいらしい。ところがよく考えたら子供たち一人一人には、「天然の先生」が二人ずついるものなのである。お父さんとお母さんである。
 お父さんがいない、お母さんがいない、どちらもいない、という境遇の子だっているだろうが、それは大きなハンデだと思う。お父さんとお母さんは、そろっていたほうが何かと都合がよいはずだ。お父さんとお母さんがそろっていて、二人とも「子供を育てる」ということについてとても熱心で思慮深い、という状況が人間社会の子供にとって理想だと思う。
 すでに欠損家庭(そういう言葉があるくらいだから、親が欠けているというのはオオゴトだったのである)に生まれてしまった子供は、そのハンデを最終的にひっくり返さなければならない。どんな競技だって同じだと思うが、「ハンデのある人は決して油断をしない」はずだから、そのぶんだけ有利に試合を進められる、というのはある。諦めたり、投げてしまいさえしなければ。
 そして、欠損家庭が欠損家庭であることを認めるのならば(すなわち、欠損家庭のほうが子供の教育によい、もしくはどちらも変わらないと主張しないのであれば)、誰もが欠損家庭を作らないように気をつけて、慎重に生きていなければならない。別れるな。生きろ。

 僕が「親は二人いたほうがいい」と思うのは、「天然の先生は一人よりも二人のほうがいいだろう」と感じるからだ。教育は、可能な限り「天然の先生」によって行われるのがいいと思う。
 天然の先生がいれば養殖の先生もいて、塾の先生というのは多くの場合、質の悪い養殖の先生でしかない。学校の先生だって似たようなものだ。
 大量生産方式で生まれてきた養殖の先生の仕事は、大量生産的な教育を子供に施すことだ。「個別指導」や「少人数教育」がいくら言われても、それが「大量生産的なマニュアル」によって行われる以上は、大量生産と同じである。すなわち、大手の個別指導塾ではたいして優秀でもない大学生のアルバイトが「大量生産のテキスト」をマニュアルに則って教えている。学校は指導要領と教科書と、時間による制約から逃れることができない。
 個人でカリキュラムを組んで独自の考えで教えているような家庭教師なんかだったら、ちょっとは別かもしれない。そういうのは、「天然の先生」が何らかの理由で先生としての仕事を放棄しなければならないときに、仕方なくお金を出して来てもらうような存在としての役割を担えるだろう。

 中学受験の勉強は、だいたい四年生から始まる。しかし四~五年生だとまだ発達段階に大きなばらつきがあるというのもあって、できない子は徹底的にできない。まず「人の話を聞いて理解する」がまったくできないのに、塾に通わされている子もめちゃくちゃ多い。
 たぶん、そういう子の親って、こういう風に考えている。「あ、四年生になったからそろそろ受験勉強させなきゃ。どこの塾にしようかな」と。子供が今、どういう状況であるのかということを一切考えていない。考えていたとしても、「まあ、今から塾に入れておけばなんとかなるんでしょ」という具合に、すべてを塾に丸投げしようとする。
 しかし忘れてはいけない。「個別指導」や「少人数教育」をうたっているほとんどの塾は、「大量生産方式」でしかないのである。先生のほとんどはたいして優秀でもないアルバイトの大学生。勉強についていけない子供を、きめ細かく徹底的にサポートできるような体勢は、はっきり言って、ない。
 なぜか。
 単純な話、塾ってのは勉強を教える場であって、そのための機能しか基本的には持っていない。だから、「人の話をちゃんと聞けるようにする」とか、「コミュニケーション能力を育む」とか、そういった機能はないのである。そういうのは、家庭で、天然の先生によってされるべきもので、塾ができることではない。
 塾というのは「しつけ」をする場ではないし、「人格の陶冶」をさせる場でもない。塾にできるのは、せいぜい洗脳と恐怖政治だけである。
 洗脳と恐怖政治が成功すれば、受験にだけは受かるかもしれない。「それでいい」と思うような親だから、はじめから天然の先生としての資格なんかないよね、っていう、ね。

 よほど特殊な方針と機能を持った塾でなければ、塾の先生というのは、「意欲」や「コミュニケーション」に問題を持っている子供に対して、ほとんどなすすべを持たない。宿題をやってこない子供に対しては、怒鳴りつけたり、親に言いつけることしかできない(これも「洗脳と恐怖政治」の一環)。塾としては、子供が宿題をやってこないと、もうお手上げなのである。週に何時間かの講義(指導)だけで成績が上がるなら、それほど楽な商売はない。塾にとって講義なんてのはオマケというか、儀式みたいなもんなんじゃないかとさえ思うことがある。子供によっては、何を言っても何も理解などしてくれないからである。彼らにできるのはせいぜい丸暗記だけだ。塾のメインは宿題、それはきっと間違いない。とりわけ、理解力の低い子供の場合は。
 宿題をやってこない子供に宿題をやらせるためには、こわい先生が脅すか、もしくは「しつけ」 をするしかない。塾が「しつけ」をしようと思ったら、週に十時間や二十時間では不可能だ。百時間あっても足りないだろう。一人の子供に、そんな時間と手間をかけられる塾はないし、そのぶんのお金を出そうという親もいない。ビジネスとして成り立たない。

 子供に必要なのは、第一に「しつけ」であって、それから「コミュニケーション能力」や「勉強に対する意欲(知的好奇心)」を育てること、また「人の話を聞いて理解する」だったり、「はっきりと思ったことを言葉にする」だったり、要するに「質問に適切に答える」=「会話をする」という力をつけさせることだ。で、それは家庭が主導権を握ってやるしかないんじゃないですか? 塾には無理だし、学校だって無理だよ。地域社会はその意味では、眠っているよ。
 結局、子供と一対一で向き合えるのは、親だけなんですよ。一対一の個別指導や、家庭教師だったら、ひょっとしたらある程度はなんとかなるかもしれないけど、それだって任せっきりにするのは危険でしょう。金さえ出しておけばなんとかなる、と思っている親が多すぎる。

 ずっと、ずっと思っていたけど、勉強なんか、親が教えればいいじゃないか。何のために日本は中学までを義務教育としているのか。四、五年生の勉強なら、ちょっと復習すればわかるはずだし、わからないなら、勉強しろよ。なんでも専門家に任せればいいっていう信仰は、捨ててください。一緒に勉強すれば、親子関係は豊かになると思うよ。「忙しいから無理」? なんでそんな人生を選んでしまったの? 子供のこと、考えなかったの?
 子供のこと考えるなら、子供に時間を割ける人生を設計しましょうよお。
 子供の教育は専門家に任せて、その専門家に払うためのお金を稼ぐために働いているわけなんですね? ついでに自分のほしいものも買えるしね。
 結局、子供が煩わしいとか、子供とどう接していいのかわからない、というか、考えるのが面倒くさいんだよね。
「愛してる」だけを言い続けたいんだと思いますよ。
 反省しようよ。

 この話題はしばらく、たびたび、書くと思います。

2011/07/29 子供と塾(簡易版)

 子供を塾に入れる親なんか、たいていが頭狂ってるか、止まってる。
 塾に入れる前にすることがあるはずなんだがな。

2011/07/27 初演から十年

 十六歳のころに書いたお芝居『少年三遷史』が、今日で初演からちょうど十年だったので、密かに「観る会」を開催した。
 で、それについて書きたいんだけど時間がないのでまたあとで!
(金曜くらいに。可能なら掲示板に何か書きます。)

2011/07/25 仮説

 ハリーポッターと山田悠介と
 ケータイ小説と
 スラムダンクとワンピースは
 おんなじことなのではないかと思った。
 いずれも日本を代表するジャンク・フード。
 ただ、まあ、スラムダンクとワンピースは
 その技術的な点において他の三つを凌駕しているから
 まったく別物と見ることもできて
 ここにポケモンを含めて日本三大ジャンクサブカルとでも呼ぼう。
 なんて言うと「売れてるものは何でも嫌いなのか」とか言われそうだけど
 結果的には概ねそうなるなあ。
「よいものは売れない」という事実を受け入れるのは僕にとって非常に辛いことだけど。

 前者三つ、ハリポタと山田悠介とケータイ小説(例えば恋空)は
 圧倒的に共通点があると思うな。

 で、そういった作品の対極にある(のか?)僕の大好きな夜麻みゆき先生の『レヴァリアース』がネットで無料公開されたよ。

2011/07/24 音頭

 世の中には音頭が足りない。
 うちの近所のお祭りでは未だにおそ松音頭とかオバQ音頭とかやってるんですけど、その理由の一つとしては、「ワンピース音頭」がないからですよね。
「プリキュア音頭」もない。
 かろうじて「ドラえもん音頭」はあるけれども、子供が「ドラえもん音頭踊りたい!」と大声で言いだすほどのパワーはないようで、今年も富士見台町会はおそ松音頭とオバQ音頭をくり返すのでありました。
 まあ、それも伝統っつうもんなのかもしらん。
「今の子供はおそ松もオバQも知らないだろ!」って思ってたけど、考えてみれば大人だって東京音頭の歌詞とか知らなかったりするもんな。大切なのはリズムだ。だからあれでいいのかもしれない。むしろもし今おそ松とオバQがなくなったら、子供も大人も寂しい思いをするだろう。

2011/07/21 伝統と愛校心~サマーってなんだよ~

 最近、高校の五学年後輩の女の子と母校について語り合っている。なにか思い出したらお互いにメールするといった感じで。
 たとえば我らが天下の向陽高校には夏と春に球技大会があって、それぞれ「サマーフェア」「スプリングフェア」と呼ばれている。そのうちサマーフェアはなんと「サマー」と略されるのだが、どういうわけだか生徒よりも教員のほうが好んで「サマー」という言葉を使いたがる。生徒はわりと「サマーフェア」とちゃんと言う場合が多い(と思う)。ちなみにスプリングフェアのほうは「スプリング」とは言われない。「スプリングフェア」とか「球技大会」とか呼ばれる。なんでだよ。でも教員の中には「スプリング」と言う人がごくまれにいたような気もしないでもない。それにつられて「スプリング」とか言ってた生徒もごくごくまれにはいたかもしれない。でも基本的にはサマーフェアはサマー、スプリングフェアはスプリングフェア。
 僕は在学中から「サマーってなんだよ」と思い続けていたので、このたび後輩の子に「サマーってなんだよ」と言ってみたところ、お互い爆笑。しかもその子がさらに同学年の友達に「サマーってなんだよ」と言ってみたところ、これまた爆笑されたらしい。やっぱりみんな違和感を感じていたのであるなあ。っていうか、そもそも「フェア」ってなんだよ。球技大会なのに「フェア」って。
 それにしても、サマーってなんだよ。夏かよ。

 ほかにも、やはり高校といえば「専門用語」とか「特別な行事」とか「その高校だけのルール」とか、そういったものがたくさんあるわけで、僕らは「エスポワール」とか「チベット」とか「ヒマラヤ杉」とかそういう単語でキャッキャと笑えるわけですよ。ジャージは何色だったかとか。
 五学年離れていると、同じ時間を過ごしたわけではない(実は教育実習で会っていて、先日奇跡の再会を果たしたわけだが)し、同じ先生に習っていたってことも少なくはなる。でも、同じ場所で同じ時期(年令的な意味で)を過ごしたということは、非常に大いなる意味があって、それだけで十二分に通じ合えてしまうのだなあと思った。それこそ、校舎の配置を話すだけでも盛り上がるのだ。南棟の一階には図書室があって、とか。中棟の四階にはLL教室と大講義室があってとか。違ったら違ったで、「えーっ、変わったの?」となるのも楽しい。

 そういう楽しさを支えているのって、やっぱ「伝統」ってやつなんだよなあ。五年経っても十年経っても、ひょっとしたら五十年経っても変わらないのが「伝統」で、そして「場」っていうものはたぶん「伝統」を育みやすいんだろう。日本では「伝統」は、それによって繋がれた「世間」というものを形成して、絆や紐帯といったものを生むんだけど、それもやっぱ、学校っていう「場」の力があるよなあー。
 向陽でも早稲田でもどの学校でもそうだけど、「同じ学校」っていうだけでものすごく親近感がわいて、何年離れていようと先輩は後輩に優しく接する。それは行きすぎると学閥のようなものを生むんだけど、僕は嫌いではない。

 同じ学校であることで親近感を抱くのは、ただ単純に「履歴書に同じことを書く関係」というだけではなくて、「同じ場所で、同じ年齢の時を過ごした」ということが大きいと思う。共通した体験が多いはずなのだ。同じ敷地内を歩き、同じ校舎で勉強した。同じ駅からの道を歩いたかもしれないし、同じお店で同じものを食べたかもしれない。何十年も経てば共通の体験は少なくなっていくかも知れないが、きっとゼロにはならない。それは「伝統」というものがあるからだ。向陽では伝統的に生徒のことを「向陽生」と呼び、北棟四階の端っこの教室のことを「チベット」と呼び、学校祭のクラス発表を「博覧会」と呼び、夏の球技大会のことを「サマー」と呼ぶのである。これらのうちいくつかは十年、二十年のうちに消えてしまうかもしれないが、いくつかは残るだろう。そして、十年後、二十年後の卒業生も、「サマーってなんだよ」とか言っているかもしれないのだ。そしてそのことが、卒業生同士の連帯感を育んで、人と人とが繋がっていくための一つのきっかけをも生むだろう。僕は「人と人とが繋がっていること」を極めて愛するので、伝統というものをすばらしく思う。それは日本という国全体を見ても同じだろう。千年前の人だって正月を祝っていたのである。タイムスリップして小野小町に会ったって、恐るるに足りず。

2011/07/20 あぶぶの唄

  外では冷たい風が
  吹いてるけど
  おまえを背負っているから
  こんなに温かい

  過ぎた日の出来事を
  おまえに話してあげよう
  やさしく貧しく生きた
  人々の話を
  おまえが行きてゆくときの
  支えになるように


 まのあけみさんという歌手がいます。愛知県を中心に、もう四十年近く歌い続けているそうです。上のは『あぶぶの唄』という曲の歌詞です。
 このたび実家からCDやテープを借りてきて、十数年ぶりに聴いたようなもんですが、幼少期、お母さんがよく聴いていたので、歌詞もメロディもよく覚えていました。
 流行り歌はなんだか、「恋愛」のことばかりを歌っています。家族や家庭や、子供や親や配偶者のことを歌った曲は、多くありません。まのあけみさんは20年ほど前に『まのあけみの歌事・育児』というアルバムを出していますが、子育てや家庭、あるいは主婦について歌った曲ばかり入っています。その後の曲も、多くは家族や家庭にまつわるものです。人生や年令、歌や平和についての曲なんてのもあります。
 歌ってのはいろんな歌があって、だけど商品になる歌っていうのは、ある種の、ごくごく限られた、本当にほんの一握りのものでしかない。
 それでもいい。
 けれども、それならば、商品にならない素敵な歌たちの「居場所」ってもんも、あればあるだけ、いいなと思う。
 彼らの居場所が、商品陳列棚によって削られてしまうようなことはあってはならない。それは歌だけに限らず。金にならない素敵なものが追いやられるのは悲しい。「悪貨は良貨を駆逐する」と言うが、それは人間が責任を持って、理性で押しとどめなければならないことだ。
 そういうわけでささやかながら。

2011/07/19 僕がある種の宗教とクスリを嫌うわけ/自律とは

 こんな前提を考えてみた。「よき宗教とは個人を支えるためのものではなく、社会を支えるためのものである」。そして僕は、社会を支えているような宗教を好み、個人を支えようとする宗教を嫌う。例外は釈迦の教えで、あれは個人のためのものでしかないが、「自分を支えるのは自分である」という点が徹底しているため、僕はむしろ大好きだ。(支えるという言葉は適当じゃないかもしれないが、難しいので便宜的にそう書いておく。)
 Wikipediaからの引用で恐縮だが、例えばイスラームは「ムスリムの信仰生活を、第一聖典クルアーン(コーラン)と第二聖典ハディースによって規定する体系」であり、「イスラーム国家の政治のあり方、ムスリム間やムスリムと異教徒の間の社会関係にわたるすべてを定めている」らしい。前提として「社会のための宗教」という側面があるのだろう。
 日本の例だと、天理教は天理市という自治体とほとんど一体化していて、宗教と社会とがかなり重なっていると思う。教義を見ても、彼らの理想は「親神さまに、人間が『陽気ぐらし』している姿を見せる」ことであり、「自分が救われる」ということではない。
「信仰と引き換えに現世利益が得られる」といったような、やたらに個人の救いを強調する宗教は僕は嫌いである。なぜかと言えば、それを信仰する人々に自律の精神が育つとは思えないからだ。
 個人を問題にするくせに、その個人に自律性を養わせない。それなのに「社会を支える」という力もない。そういう宗教を僕は嫌うのだ。
 たぶん釈迦の教え――悟りとは、そもそもは「個人が自律する」ためのものだったと思う。イスラームや天理教は、社会全体を支えるための仕組みを持っているため、個人が自律する必要性は比較的弱い。ところが世の中には、「個人に自律を求めず、社会を支えるでもない」、人間を人形のごとく操るだけのような宗教もある。多くの新興宗教がそうだと思う。
 ここで言う自律というのは、「自分で考えて行動する」ということだ。基本的には戒律が多かったり、信者に対する生活上の束縛が強いような宗教は、自律とは遠い。天理はそれなりにいいバランスな気はする。信者の友達がいないからわからないけど。
 宗教を「心のよりどころ」とか、「信念の中心」に据えることを悪いとは思わない。しかし、宗教を「判断や行動の根拠」にしてしまうことは、「その宗教によって成り立っている社会」にいるのでない限りは、良くないことだと思う。「いろんな考え方の人が存在する社会」において、「特定の宗教の教義に則った判断や行動をする」と、衝突が起きる。だから、自律という形で、「自分の宗教心と社会との折り合いをつける」ということをしなければならない。
「こうすればあなたは救われます」という形で、個人の行動を他律的に操る、という宗教が、多様性を容認する日本のような社会に存在していると、はっきり言って迷惑なのである。

「こうすればあなたは救われます」と囁きかけてくる宗教を(後天的に)信じるような人は、「操られていたほうが楽だ」と思う、自律性の低い人なのだ。よく「宗教は心の弱い人が信じるもの」という言い方がされるが、僕はそのことを全体としては否定しつつも、ある種の宗教に関しては「確かにそうだろう」と思う。ただし、「心」というより「自律心」が弱いと言うべきだと思うが。
 オウム真理教に高学歴の人が多かった、というのもよく聞く話で、それも同じようなことだろう。勉強はできても、「自分でものを考える力」に欠けていたのだ。すなわち自律性が低かった。むしろ他律的に「こうしなさい」をたくさん言った。その上、教義(と、それによって起こされた行動)は反社会的だった。だからオウムは害悪だったのだ。
 もちろん、どの宗教だって「いつかは世界の支配的な宗教になるから、そうしたら反社会的ではなくなる」というようなことは前提としているだろう。そのためにテロのようなことだって肯定してしまうのが宗教の恐ろしさだったりもする。理想の世界の実現のためには、その過渡期において反社会的であったり非常識であったりするのは仕方ない、と。
 つまり、たとえば「誰もが人形のように神に操られている世界」を理想とする宗教があったら、「そうですか」と言うほかはなくなる。「そんな世界は嫌だ」と僕が言ったところで、向こうは「そうですか。でも、そんなことはないんですよ」と言うだけだ。宗教という土俵の上で考える限り、それを悪いと言うことはできない。

 だけど、僕の基本的な考え方として、「君が代を歌わなければならないと決まっているのならば、学校の先生は君が代を歌うべきだ。歌いながら、反対なら反対と、然るべき場において主張すればいいだけのことだ。主張を通すために決まりを破るのはガキのすることだ」というのがある。

 どんな宗教も、「社会のルール」というものを守るべきだ。社会のルールがイコールその宗教のルールになっている場合は別だが、そうでなければ宗教のルールというのは社会においては優先されるべきでない。
 だから、「自律してはいけない」という宗教の教義があったとしても、その宗教がまだ社会と一体化していない以上は、社会の要請に従って、「ある程度は自律したほうがいい」と思うのである、僕は。
 実際、多くの人はそうしているはずだ。が、それのできない人もいる。そういう人がいるのだから、僕は「社会を支える力もないくせに、信者に自律を促さない宗教は嫌い」と言うわけだ。


 僕は、精神病のクスリも嫌いである。あれも人間から自律を奪うからだ。
 クスリを飲まないと暴れるとか、死ぬとか、そういう場合は「仕方ないから服用させる」のである。本当ならば、クスリなんか飲まずに自分の力でどうにかしたほうがいい。医者にだってかからないにこしたことはない。医者やクスリは、患者に「自律のための手助け」をしてあげなければならないのだが、実際は、おそらく主にお金が理由で、「できるだけ長く自律させないようにする」という方向になってきていると思う。僕の印象では。
 クスリを飲んでいる人は、だいたい思考停止に陥っている。クスリさえ飲んでいればどうにかなるとか、どうにかなるかわからないけどとりあえずクスリを飲むしかないとか。そうではなくて、クスリを徐々に減らしつつ、クスリなしで生きられるようにあらゆる手をつくさなければならないのだが、そう言うと「そんなことができるようならはじめからクスリなんか飲まないよ」と言われてしまう。だから、甘やかしてはいけないと思うんだけどな。方便として優しくしてあげるのは一時的にはアリだろうが、基本的には「自律支援」という方向でやらないと、不健全な期間が長くなるだけだ。
 お医者さんは、正直、たくさんの患者を診ているので、本当に適した処方箋を出しているかどうかは、怪しいもんだ。だから自分で考えなきゃいけない。で、たいていの人なら少しずつ、「自分で考える」を上達させることはできるはずなんだ。緩やかでもいいからそこを育んでいくような接し方を、精神病の人に対しては、するべきだと思うんだな。特に、それほど重くないような場合には。


 自律を阻む存在が僕はとっても嫌いなんだなと思う。
 僕ははっきり言って「自分で考える教」みたいなところがあるんで、そう思うんだけど、じゃあなんで、自分で考えたほうがいいと思うんだろうか?
 誰かに操られていても、自分が幸せならそれでいいんじゃないか?
 って、そういう、自分勝手な考え方が僕は嫌いなんです。
「自分が幸せならそれでいい」っていう発想が、絶対に間違っている。「誰かに操られる」っていうのは、「それが他人にとってどのような意味を持つか」という判断を奪われるということだから、みんなにとって非常に危険。操るにも限界があるから、常にみんなにとって素敵な判断を、「操る」ことによってすることは難しい。ケースバイケースだから。その都度、その人が判断しなきゃいけないことばかりだから。実際は。
 だから自律が大切なんだと思う。世の中はふくざつだから。

2011/07/18 七年ぶりで友達に会う/客観性とは

 高三の時の同級生で、「T添雷帝」とか「Grozny」という名前でこのサイトにもたくさん文章を書いてくれていた友達と、久しぶりに会った。
 顔を合わせたのは七年ぶりで、電話をしたのも三年前だという。
 時の過ぎるのは早いものだ。
 しばらく会わなかったのは「タイミングをはかっていた」としか言いようがない。僕はわりと常々、彼のことを気にしてはいたのだが、なぜか「よし、会おう」というふうにはならなかった。こっちにもあっちにも、いろいろと事情があったのだ。
 だが当然のごとく、久々に会ったところで、ぎこちなさもなかったし、しばらく会っていなかったような感覚もほとんどなかった。お互いにあんまり変わってないというのもあるのだが、それ以上に、友達としての信頼のようなものがあっただろうと思う。まあ、好きだということだ。
 友達が、友達であるということを確認するのは楽しい。大阪での結婚式のあと、本当は軽井沢の友達の家へ避暑に行く予定だったのだが、それを取りやめて彼に会いに行った。正解だった。
 大阪でたまたま、気が向いて連絡してみたら、通じたのである。電話番号を変えられていたりしたらお手上げだったが、幸いにも通じた。前に電話した時あたりから最近まで、彼はあんまりまともな状態ではなくて、携帯の電源も入れていなかったらしいから、タイミングとしては本当にちょうど良かった。
 だから僕も、電話番号やメールアドレスや、ここのURLは絶対に変えたくない。練馬のアパートからも極力引っ越したくはない。また会いたいと思ってくれる人たちと、滞りなく再会できるように。

 どこまで書いていいのかわからんけど、遠慮せずに書いてしまうと、彼はけっこうダメな奴なのだ。少なくとも社会的には。働いたり、人と接したりというのが、極端に苦手。「広汎性発達障害」とでも言ってしまえば一言で済むが、僕はあんまりそういうふうに、物事を「レッテル貼り」によって説明してしまいたくはないので、話しながら、いろいろ考えた。

 だいたい、人間の精神的な欠陥というのは、元を辿れば「たった一つの同じもの」でしかないのではと、僕は最近思っている。
 それは「客観性の欠如」だ。
 この「客観性」を二つに分けるとしたら、「自分を見る時の客観性」と「他人を見る時の客観性」。
「自分を見る時の客観性」とは、「自分は他人からどのように見えているか、どのようにすればどのように見えるか」を考えるということ。
「他人を見る時の客観性」とは、「この人はどういう人なのだろうか、この人はどう思っているのだろうか」を考えるということ。
「自分を見る時の客観性」がない人は、「自分は他人からこのように見えているはずだ、と思い込んでしまう」か、または「自分が他人からどのように見られているかをまったく考えない」ような人だ。
「他人を見る時の客観性」がない人は、「この人はこういう人のはずだ、こういうふうに考えているはずだ、と思い込んでしまう」か、「無意識のうちに、自分と同じことを他人も考えるはずだ、と思い込んでしまっている」ような人だ。

「客観性のない人」というのは、「自分というものを正確に把握できない」「思いこみが激しい」「他人が自分と同じ考え方をするのだと思い込んでいる」。自分がわからない、他人もわからない、自分と他人の境界線がわからない、人間の精神的な欠陥というのは、だいたいここに集約される。
 彼(雷帝と呼ぼう、僕の携帯には“雷帝”と書いて“バカ”と読むように登録してある、もちろん元ネタはイヴァン雷帝だ)も、そのような欠陥がある。
 欠陥という言葉が激しければ、欠点でも短所でも「迷惑な性分」でもいい。
 で、僕がこのような人たちに対して必ず言うことが「かもしれない運転を心がけよう」だ。
 自動車免許の講習を受けると決まって習う「だろう運転」と「かもしれない運転」。「対向車は来ないだろう」と考えるのではなくて、「対向車が来るかもしれない」と考えるべし。「まさか飛び出して来ないだろう」ではなくて、「ひょっとしたら飛び出して来るかもしれない」と常に覚悟していること。これが自動車を安全に運転するための鉄則だ。自転車でもそう。人生万事、同じこと。
(ちなみに、僕は自動車の免許を持っていないが、この言葉は『ナインティナインのオールナイトニッポン』で知った。ばかにできないものだ。)

 アスペルガー症候群の特徴の一つとして、「他人の言葉をそのまま、額面通りに受け取ってしまう」というのがあるらしい。「冗談が通じない」ということだろうか。これは言いかえると「『かもしれない』を考えることができない」ということだと思う。「この人は口ではこう言っているけど、本心は違うことを考えているのかもしれない」という発想が、ないということ。
「『かもしれない』を徹底させると人を信じられなくなる」と言う人もいるけど、僕は「たくさん想定された『かもしれない』の中から、一つの選択肢をあえて選ぶ(信じる)」っていうのが、人間として、美しいと思う。
「信じたいために疑い続ける」って岡林信康さんが歌ってたように。

 客観性というのは、「かもしれない」から始まると僕は思う。すなわち、「選択肢をたくさん持つ」というのが、客観性なのだ。
 客観の反対語は、主観。主観というのは「自分一人の考え方」ということだ。選択肢が一つしかない、選べない、それが主観というものだと僕は思っている。客観というのは「たくさんの人たちの考え方(の総体)」だから、無数の選択肢を想定するということ。
 無数の選択肢を想定するというのが「客観的なものの考え方」であり、その中からたった一つを選択するというのが、「信じる」ということなんだと、僕は思う。選択肢が一つしかないのは、「信じる」ではなくて、「思い込む」だ。
「信用・信頼」と「思い込み」の違いってのは、ここにある。

「客観性を持て」と言うのは簡単だが、実践するのは難しい。というか、言われたってどうしていいのかわからない。だけど、「かもしれない運転」という言葉だったら、少しずつでも実践していけるのではないかな、と思う。

 雷帝は、バカだけど、ただのバカじゃない。客観性を身につけることが、ある程度まではできるはずだ。その証拠に、別れ際には「そうだよな、クスリに頼るよりも、自分でいろいろ考えて改善をめざすほうがいいよな」というような意味のことを呟いていた。上から目線のようですまんが、とても期待している。

 クスリ、という話題が出たところで、この話は次の、「自律」についての話に続きます。客観性と自律性ということが繋がればいいな。

2011/07/17 賽の河原の上の星空の下の川沿いの家の音

 一日じゅう実家にいた。オーディオマニアのお父さんが最近スピーカーを自作しているのだけど、それの音がやたら良いので驚き、僕も作ろうかと思っていたら、僕のぶんまで作ってくれた。ワーイ。
 うちのお父さんは理系の人で、工作のようなことも得意なのだ。オーディオセレクタ(アンプと各種インプット先を繋いで切り替える装置)なども自作している。自作した製品には「OZAKIT(苗字+キット)」と刻印される。実はこのブランド名が本サイトのアドレスにも反映されている。我ら一家が作るものは原則的にOZAKITブランドなのである。そういえばかつて、兄弟全員ぶんの学習机を作ってくれたこともあった。思えばあれもOZAKIT製品だ。
 先日ラズウェル細木先生のサイン会に行ったんだけど、僕がラズウェル先生を知ったのはお父さんが講読する『ジャズ批評』に連載されていたエッセイ漫画(?)がきっかけだった。いろいろと影響は受けている。
 ポリフェノールを摂ろうと思った。

 夜はたかゆきくんと川で遊んだ。
「賽の河原ごっこ」をしてみた。面白かった。
 一人が河原に石を積み上げ、何個か積み上がったところで、もう一人がそれを崩すのである。ひどい徒労感と絶望感で、賽の河原にいる「親より早く死んでしまった子供たち」の悲しみの一端を体験できる。「ああ、冷酷非情な人のことを『鬼』って言うけど、鬼って本当にひどいやつらだなあ」とも思える。
 めちゃくちゃ面白いのでぜひやってみてください。
 そいから寝転んで夏の第三角形や星座を探した。
 デネブ、ベガ、アルタイル。岡田淳さんの『リクエストは星の話』を思い出して、おはじきをしてみたり、「イエイ」とか言ったり、いつものように。
 ケフェウス座ってなんだよっつって笑った。

2011/07/16 結婚式

 行ってきました。祝儀も出しました。スピーチもしました。
 祝儀には紙幣を四枚出しました。偶数じゃねえか! って突っ込まれたら困るんだけど、金額は素数なので自分を許しました。(これだけで僕がどういう出し方をしたかがわかるはず。)

 スピーチは緊張して、言いたかったことの五分の四くらいしか言えなかった。八〇パーセント言えればまあ、いいか。でも「自分の欠点も彼のおかげで改善されました」というニュアンスだけは、言えなくて後悔。あれでは上から目線なだけに見えてしまいかねない。あとは、あと三十秒から一分は短くできたら良かったかな、とも思う。

 一年生の時の同級生で、よく遊ぶ七人のうち新郎含め六人が集い、来られなかった一人はドラえもん電報で祝電を入れてくれていた。僕も、もし行かなかった場合はドラ電報を出そうと決めていたので、みんな考えることは同じなんだなとうれしかった。差出人は「103の会・○○」となっていた。粋なやつだ。

 二次会では、そこへ三人の大好きな子たちが加わって、僕はうれしくて死にそうになってしまった。新郎はもっと死にそうだっただろう。他人の結婚式でこれだけ幸せになれてしまうのに、自分の結婚文化祭ではどれくらい幸せなのだろうか、想像もできない。
 いろいろと言い始めたらきりがないけど「たろーで遊ぼう」が久々に見られて(できて)、非常によかった。鈴ちゃん権ちゃんシーンとうまいソードを再現できてよかった。あらためててし&お恭愛してると思った。なんであの人妻がいないのかと思った。僕の結婚文化祭ではピアノを弾いてもらいたいな。レクイエム弾けるようにしといてください。来られなかったらビデオ出演か録音でもいい!
 その人妻ってのはね、高校の時によくピアノ弾いてくれたんだよね。オリジナル曲の。名曲がいっぱいあってね。みんなで歌詞つけて歌ったり、CDやMIDI音源作ったりしてね。本人は恥ずかしいかもしれないけどみんな大好きなんだから責任取ってもらわないと。
 僕は本当に大好きなんだよね。彼ら彼女らみんな。
 それが母校愛につながっておるのですな。

 高校で出会ったすてきな友達ってのは数え上げたらきりがなくて、本当に幸福な三年間だったなと思う。勝手なことばっかしてて、反省も後悔もいっぱいあるけど、それでも僕のことを好きでいてくれることがうれしいし、だからこそ僕はみんなのことが死ぬほど好きだって言いたい。僕は少なくとも表面的にはかなりくそやろーだったので、それでも根気強くつきあってくれてた子たちには本当に、感謝してもしたりない。好きでいてくれてありがとうっていうのと、僕がみんなのこと好きだっていう気持ちをちゃんと受け止めてくれていてありがとう、というのが、両方ある。拒まれなくてよかったって。たとえその途中でいろいろなことがあっても、僕があの子たちのことを嫌いになるってことや、その反対のことはどうやらなかったみたいで、それはとても幸せなことだなあと。
 今はわりと僕は自分のことを「正しい」と思えるから、それなりに胸を張ってみんなに会える。だから素直にみんなと会うことを幸せに思える。
「今の自分」に自信がなかったら、申し訳なくて、みんなに合わせる顔がないって思っちゃうから、どっかで「ああー、ごめんなさい!」ってのが先に来ちゃうかもしれないんだけど、「もう大丈夫です!(たぶん!)」ってのがあるから、かなり楽しめちゃう。よかったなー、ずっと手抜きしないで、よかったなー。

 新郎に対してはけっこうスピーチで言ったことがすべてなんだけど、付け加えるとするなら、僕らはくだんないことしゃべってると本当に天才で楽しいよね、っていうのと、まじめなことをもっと話して、お互いの位置関係をさらに明確にしたい、っていうのと、ツーリング行きたい。おめでとう。

2011/07/15 宗教と高校生

 宗教を「宗教」と一言で表現してしまって、それを一掴みに把握しようとするから、わからなくなるのである。
 あるいは、宗教を「信じる」「信じない」というふうに、百かゼロかで考えるから、わからなくなるのである。
 宗教を信じるからどうだということもないし、信じないからどうだということもない。どんな宗教を、どんな風に信じているか、ということを考えなければ、どうしようもない。
 宗教にどんな力があるか、と言ったら、「そりゃー宗教によるでしょ」「人それぞれでしょ」ってことにしかならない。問いの立て方が稚拙すぎる。
 宗教は、果てしなく強い力を持つ場合もあるし、持たない場合だってある。どういう時に強い力を持つか、ということは考える価値があるが、どんな時にだって強い力を持つわけではないということはわきまえていなければならない。

 果てしなく力を持つ場合というのは、本当に果てしない力を持って、それはオウム真理教を知っている世代だったらわかるだろう。
 あるいは、新興宗教の熱狂のただ中に放り出されたことのある人なら、実感としてわかることだろうと思う。(僕は何度か体験している。)
「宗教」を「急性的な洗脳」によって広めようとする時に、特にそういうふうになるのではないか。(それは実はフランス革命の思想だって同じだっただろう。)

 今の若い人に、そういうことがわからなくても仕方がない。「宗教」なるものに触れることが少ないからだ。オウム真理教をぎりぎり知っている世代の僕でも、大学に入ってからいくつかの宗教団体と関わりを持ったり(洗脳されかけたり、勧誘されたり、好奇心で集会に参加したり)、主体的に宗教について知ろうとしたり理解しようとしたり(本を読んだり人と話したり自分で考えたり)して、初めて宗教というものがある程度わかった。高校生までの僕は、宗教と言われても「?」という感じだった。
 いま宗教をわかろうとしたら、たぶんそのように関わっていくしかないのだろうなあと思う。頭で考えていてもわかりっこない。実際に関わったり、本読んだり人から話を聞いたりすること。

 ただし。宗教というものを二つに分けるとすれば、「世界史の教科書に出てくる宗教」と「出てこない宗教」、あるいは「日本史の教科書に出てくる宗教」と「出てこない宗教」というふうにできる。んで、高校生、ことに受験生にとって重要なのは、「出てくる宗教」を把握することである。だからもう、「出てこない宗教」についてはいったん忘れたっていい。「現代文」において、ある種の文章を読む時にだけ思い出せるようにしておけばいい。

 僕は世界史選択だったので世界史を例に出そう。「出てくる宗教」はたくさんある。特にキリスト教、イスラム教、仏教の三大宗教には、「○○派」とか「○○宗」みたいな宗派がたくさんあって、それぞれをすべて理解しようとするのは非常に大変で、頭がこんがらがる。だから細かいことはひとまず無視してもいいと思う。「イスラム教ってのは、多数派のスンナ派と少数派のシーア派がある」というくらいのとらえ方で構わない。
 わきまえるべきは、「世界史の教科書レベルでは、その宗教(宗派)がどういう考え方であろうと、そのことを考える必要は特にない。覚えるだけでいい」ということだ。知識としては知っておくべきだが、それを歴史的事実と結びつける必要はない。万が一設問として出てきた時にだけ考えればいい。
 なぜその必要がないのかというと、最初に言ったように、宗教について考えるのに大切なことは「どんな宗教を、どんな風に信じているか」だからである。
 たとえば、「キリスト教は隣人愛を唱えている」ということを覚えても、あんまり意味はない。なぜならば、キリスト教の国だって戦争はするし、キリスト教の信者だって殺人はするからである。
 また、キリスト教にもイスラム教にも「(我々の)神を信じない奴らは殺してもいい」という解釈だってあって、「すべてを愛するのと同時に何かを憎む」という矛盾を存在させてしまうのが宗教だったりするのだ。
 同じ理由で、「仏教は殺生を禁じている」と覚えたところで、意味はない。
 仏教徒だって殺し合うし、同じ教会の人同士だって憎み合う。それが事実であって、事実を記述するのが歴史なのである。(建前としては。)

 歴史では、「その宗教がどういうことを言っているか」ではなくて、「それを信じる人たちが実際にどのように行動したか」ということだけが問題にされる。前者を問題にするのは「倫理」という科目だ。科目としての歴史は思想を問題にしない。事実だけを問題にする。
 歴史を考えながら宗教や思想を考えるのは、大学に行ってから、あるいは生活の中で行っていく作業で、高校生がやるにはあまりにも複雑で高級すぎる。だからわざわざ科目が分けられているのだ。「社会」(正確には「地理歴史」と「公民」)という教科は、高校では「世界史・日本史・地理・現代社会・倫理・政治経済」という科目に分かれている。これらは本来同じものでもいいようなものなのだが、分けて教えざるを得ない、教える側と教わる側との事情があるのである。
 だから、歴史を学んでいる高校生が宗教について考えるのは非効率的で、あまり意味がない。考えたければ倫理をやったほうがまだいい。

 結論。歴史をやるにあたって、宗教なんてもんはわからなくていい。ただ「この国(この人)は○○教を信じていたらしい」「○○教とはこういう宗教らしい」だけでいい。そして、この二つを関連させて考える必要はない。設問として出てきたら、その時に初めて関連を考えればいい。「ふーん、この王様は今までとは違う宗教を信じたんだ。それでそれを国民に押しつけようとしたんだ。それで反発があって、国が乱れたんだ」「へー、○○教ってのは一神教で、聖典の名前は××っていうんだ」みたいなレベルで、構わない。細かいことはどうだっていい。それは科目としては倫理の範疇である。共産主義だとか、王権神授説だとか、そういう「思想」に関しても同じことだ。深く考えることはない。それは科目としては政治・経済の範疇である。

2011/07/14 留守

 19日くらいまで留守にいたします。
 更新されない弟子のブログでも見ていてください。

2011/07/13 縛られたプロメテウス

「読まなきゃいけない本」というのはない。
「読みたい本」しかない。
 そのことがわからないと本に食われて自分がなくなる。

 もう一度あのセリフを反芻しておこう。
「読書は勉強じゃないよ ただ楽しむだけさ 人間には犬も豚もいるんだよチコ 本から学ぼうなどと思っては犬にされてしまう 本も読まないようでは豚になる 仲間達もいろいろなことを教えてくれるだろう」(『二十面相の娘』より)

 知人のライトノベル作家志望の人が、本ばっかり読むことに躍起になっていて、何かもっとずっと果てしなく大切なことを見落としているような気がするので、遠くから警鐘を鳴らしておこう。
 貧しい人間からは貧しい言葉しか生まれない。
 まあ、心の貧しい人間でもラノベ作家デビューはできるかもしれないし、金持ちにもなれるかもしれないけど、金持ちであるだけの人間がどんだけつまんねーかっていうのを、先日「金持ちの男と金目当てに集まってくる女の集うパーティ」にたまたま参加した女の子から聞いたので、僕は貧しい金持ちにはなりたくない。素敵な女の子にモテていたいなあ。

2011/07/12 唐沢なをき先生

『カスミ伝』シリーズと『怪奇版画男』だけは読んでおいてもらわないと心が通じ合えない。
 高校生の時に札幌に行って、ついでにもちろん唐沢薬局にも寄った。
 最近だと『まんが極道』は面白かったなー。
 ぼんやり。

『カスミ伝』(ことに『S』以降)というのは、「漫画表現」をネタにした非常に実験的な漫画で、はじめはコマやセリフやトーンなどをいじくることが多かったが、後半になってくると編集者100人に一枚ずつ絵を描かせたり、ページを観音開きにして宇宙の大きさを表現したり、シールを貼ることによって漫画が完成するような仕組みにしたりと、どんどん複雑で大胆になっていく。まあとにかく漫画に興味がある人は読んでみてくださいよ。
 そう、この作品は「漫画が好きな人」じゃなくって、「漫画に興味ある人」が読むべきものだと思う。
「一流の漫画読み」って言葉があるけど、漫画にも「読む能力」ってものがあって、それがある人とない人とでは作品に対する評価がまるで違う。ドラゴンボールやスラムダンクというのはあんまり「読む能力」を要求されないけど、唐沢なをき先生の作品はたぶん漫画を読み慣れていない人にとっては何が面白いのかわからないか、わかったとしても「ふーん、すごいね」で終わってしまうようなものだろう。
 漫画を読み慣れていて、漫画をよく知っていて、漫画について深く考えている人ほど、唐沢なをき先生の作品にビックリする。ビックリして感動して、敬服する。「これは敵わないな」と思う。
 それについて難しいことを言おうとすればいくらでも言えるかもしれない。まあ、漫画を描く人も読む人も無意識に遵守してしまっている「暗黙のルール」を意識に上げて破壊し、「ギャグ」として面白い形に作り替えるということをしているのだ、というくらいでいいだろう。でも大事なのはそういうことではなくて、重要なのは唐沢なをき作品が「徹底的にくだらない」ということ。唐沢なをき先生はただくだらないことだけを二十数年間書き続けてきた偉人だということ。

 僕は小さい頃からたぶん漫画に興味があって、手塚治虫がコマを突き破ったり、作者を登場させたり、こっそりローマ字で突っ込みを入れたりするようなメタ的な手法を見て「こういうのもあるのか」と面白がっていたものだ。で、そのような興味を育み、「超一流の漫画読み」にまで鍛え上げてくれたのはたぶん唐沢なをき作品だったんだろうなあ。もちろんそれだけではないけど、でも唐沢なをき作品は「漫画というものを徹底的に意識的に捉える」という姿勢を教えてくれたという点で、最も意義があっただろう。意識的というのは、「無意識を排除する」ということだ。そして「徹底的」っていうのがさらなるポイントで、この人は本当に徹底している。並のギャグ漫画家なら「一本の漫画の中のちょっとしたアイディア」で終わらせてしまうところを、唐沢なをきは一つのネタを徹底的に煮詰めて出してくる。そして決して手を抜かない。全編版画で描かれた『怪奇版画男』はその完成形だと言っていい。普通の漫画家なら「一コマだけ版画で描く」くらいにとどまるだろう。

 漫画が好きな人、と言うと、「漫画を読んでいると気持ちがいい」というだけの人たちを大量に含むんだろうと思うが、漫画に興味がある人、と言うと、やはり唐沢なをき作品を外してその人たちと何かを語ることはできないような気がしてしまうのである。

2011/07/11 11周年

 2000年にサイト作ってから11年経ちました。早いもんです。
 1が六つ並ぶめでたい日だったのに何もしませんでした。
 九年後にはオフ会やります。
 それが結婚文化祭になるってのも悪くはないですね。

2011/07/10 結婚式について

 来週は友達の結婚式に出席することになっている。
 僕がこれまでに出席した結婚式といえば、実の兄と、東京でお世話になっている偽兄のものだけで、二度しかない。二次会は一度だけ。なんかもうそれだけであらかた経験してしまったような気がするので、もう結婚式はいいや、と思っていた。
 ところがまあ、今度結婚する友人の場合は、11年の付き合いがあって、嫁とも顔を合わせたことがあって、さらに「友人代表の挨拶」とかいうものまで頼まれてしまったものだから、出ることにした。
 実は、出るか出ないか、というのは相当悩んだ。それで出欠確認のハガキにも、二次会についてのメールにも、返信ができないでいた。正直に告白させていただくと、僕はそのくらい結婚式が苦手なのである。
 もしもハガキとメールだけで言われていたならば、断っていたと思う。いや、ハガキにもメールにもろくに返事もせず、当日も行かなかっただろう。ところが今回は対面で、しかも嫁のいるところで言われた。僕もその場で「わかった」と言ってしまったものだから、これで出ないと言ったらさすがに仁義にもとる。しかも一ヶ月以上前ならいざ知らず、二週間前、一週間前に「行かない!」なんて言うのは、いかに友達といえども、いや友達であるからこそできないことである。そういうわけで覚悟を決めた。
 んなことを言うと、「しぶしぶ祝ってもらっても、ちっともうれしくないぞ!!」(※てんコミ23巻)って怒られてしまうかもしれないけれども、べつにしぶしぶ祝うわけではない。祝福の想いは人一倍あるはずだ。でも、僕にとって「結婚式」っていうのは、そのくらいつらいものなのである。
 誤解されないように言っておくと、実兄のときも、偽兄のときも、後輩の二次会のときも楽しかったし、「行ってよかった」と思った。行けば楽しいし、直接祝えてよかったなとか、こっちまで幸せな気分だとか、いろいろ思う。だけど、「心の底からジーンとなるわウキー!」という感じかといえば、そうではない。

 2000年8月5日の、花火のときの日記を思い出すなあ。
 花火は美しいんだけど、どす黒い煙も同時に生むんだよね。
 それに花火大会ってのは大きなお金の動くイベントだから、そのせいで生じる歪みも当然あるはずだし、河原が必ずゴミだらけになってしまうってのも、いいことであるとは思えない。人はやたらと浮き足立って、中身のない恋愛が花火のように輝いて、すぐに儚く消えてしまうようなことがいくらでもあるだろう。美しさゆえの魔力だ。美しく見えるものには、必ず暗い面がある。だからこそ「花火は人生のようだ」とか言うのかもしれない。
 一般論として「結婚式は花火のようだ」と言うわけではないけど、僕の個人的な思想史の中では、花火に対する気持ちと結婚式に対する気持ちというのは、けっこう似ている。
 たぶん彼なら、「ああ、そりゃジャキさんは結婚式が嫌いだろうな」とくらいには理解してくれているだろう。「でも、俺の結婚式なら来るよな?」とも、思ってくれているだろう。(だから行こうと言うのだ。)

 一応、ここに宣言しておこう。僕は、「どんなに親しい人だろうが、その人の結婚式には呼ばれても行かない場合がある」。さらに、出席する場合でも「正装をしない場合がある」。式はともかく、二次会はほぼ100%正装をしないと思う。実際、後輩の二次会はスーツを着なかった。(それは実は「二次会には正装で行くものだ」という常識を知らなかったからだが。)かといって短パンやジーンズで行くかといえば、相当急いでいる場合を除けばないと思う。「僕なりの正装」をします。
 また、「祝儀はおおむね語呂合わせ等で出し、自分より貧乏と思われる夫婦にはそれなりの金額を、裕福と思われる夫婦にははした金を包む」。ただ偶数にならないようにだけは気をつけるかな。二次会は実費(?)を要求されるだろうから言われたぶんだけ払う。
 簡単に言えば、「呼んでくれるのは嬉しいし、来てほしいと思ってくれるなら行かせてもらうけど、常識はある程度外しますから、そのつもりでいてください」ということです。
 僕を結婚式に呼ぼうと思うような人なら、僕がどのくらい非常識であるかということくらい知っているはずなので、言う必要もないのかもしれない。まあ、さすがに式の最中に野次を飛ばしたりとかはしないし、あからさまに周囲から浮くような格好もしないけど、スーツは着るけどネクタイはしてこないとか、そのくらいはあるかもしれない。

 でね。僕もね、「世間」っていうものについてはかなり意識しているし、「伝統」や「慣習」や「常識」や「マナー」の大切さってのもわかっているつもり。だから、結婚式ってものが、というか「儀式」というものがどれほど大切で、その中でみんなと同じように振る舞うということがどれだけ「儀式」というものの根本の意義を支えているかということも、理解してはいると思う。「儀式の意義をぶち壊す」という方向にだけは、絶対に行かないようにとは思っているわけですよ。
 ただ僕は、「儀式」それ自体は肯定したいけれども、「現代日本における結婚式という儀式の在り方」については、ちょっと否定したいのだ。
 今みたいな結婚式の形になったのって、戦後でしょ。いわゆる「神前結婚式」にしたって、明治以後に固まったものなわけでしょ。
 たったそれっぽっちの歴史しか持たないような「伝統」に縛られることもないんじゃない。だいいち、現代の結婚式の在り方っていうのは「いかにして多くの金を回すか」を主眼にしているものばっかで、僕はそういう考え方を否定したい人だから、基本的に否定の構え。本当に、あくまで、基本的に。

 金をかけるというのは、儀式としての格を高めるためには意味があるかもしれない。なら、金持ちは格の高い儀式をやればいいし、貧乏人はそれなりの儀式をやればいいんじゃないのかと思う。ワープアの年収二年分みたいな金をかけてまでやるのが「それなりの儀式」とは思えない。
 でも、社会の仕組みというか、常識として、「それなりの儀式」をやるだけでも、数百万円というお金がかかってしまうんだよね。
 で、「それなりの儀式」に参加する人は、ご祝儀として数万円を包むわけなんだよね。これは、これはね、ホント、いろいろと目に見えない意義もあるかもしれないから、まったく否定しちゃおうって気も今のところないんだけど、そのせいで呼ぶ側が気を遣ったり、呼ばれた側もいろいろと悩んだり、仲間内で祝儀の額についてもめたりとか、するわけでしょ。
 冠婚葬祭に関する常識やルールやマナーがちゃんとあるってことは、社会を秩序だったものにすると思うんですよ。それにたくさんのお金がかかるっていうのも、儀式に求心力(んまあ重要性って言葉でいいんだけど)を持たせるためにはいいと思うんですよ。だから、そこを否定するのかっていうのは、非常に難しい。難しいんだけれども、難しいからこそ、「僕はどういう立場に立って、どういうふうに関わっていこうか」ということを真剣に悩むんです。

 実は、呼ばれた側として考えるのは一つだけなんだよね、「祝儀をいくら包むか」っていう。それだけ。「スーツ着るのだるいなー」とかってのもあるけど、それはまあ、そんなに大した問題じゃないというか、理屈としては祝儀の問題とだいたい同じだから略。
 まあ、普通の人は「常識的に○万円なんだからそのようにしよう」と思うんだろうけど、僕は死ぬほど悩むのね。
 どのみち、僕は貧乏だから100円くらいしか出せないし、出したくない。でも「本当は一円も出したくない」ってのは誰にだってあるんだよね。呼ぶ側にしたって、「何万円も出させるのは忍びない」ってのがある。だから、常識にお伺いを立てて、「みんながそうしてるから、そうしよう」「みんながそうしてるから、そうさせてもらおう」っていうところで、密かに合意しちゃうわけね。常識を媒介にしてね。
 そういうのって僕の最も嫌う怠惰というものだから、あんまり乗っかりたくないと思うの。だから、はじめっから結婚式なんて参加しないでおきたいっていうのが本音なわけね。
 呼ぶ側が常識と合意しているのに、呼ばれる側が常識と合意していないっていうことになると、呼ぶ側はちょっと困っちゃうんだな。だけど僕は常識と合意したくなんかなくって、「呼ぶ側」と合意をしたいわけなんだよね。だけど「呼ぶ側」は一足先に常識と合意しちゃってるから、僕とだけ特別に合意を結ぶってことは不可能なんだよね。常識と合意するっていうことは、「その常識を介して出席者全員と同じ合意をする」っていうことなんだから。こっちとしては為すすべもなくて、「自分も常識と合意するか、否か」ということになる。で、「否」を選ぶと、「欠席する」か「非常識な振る舞いをする」のどちらかだけになる。困ったな、というのが僕の今の状況なんですね。
 よくわかんなかったら上の段落をもう一回読んでくださいお願いします。

 まあ、つまり
 ≪呼ぶ側-(合意)-常識-(合意)-呼ばれる側≫
 っていう怠惰な構図があるんだよなと。

 んで、僕が今のところどういう結論に達したかっていうのはもう書いた。常識をほんのちょっと外させてもらう、ということ。
 迷いはあるんだよ。「社会のルールを守るのは、社会の秩序を保つ上で大切である」っていうのはわかってるから。だけど、ここでいう「社会」っていうのは、僕が嫌いな社会なんだよね。嫌いな社会のルールなんて守りたくないんだよ。そんな社会の秩序は、崩壊しない程度に緩やかに噛み砕きながら、少しずつ作り替えていくべきだと思っているから。だから僕は、「僕がこうあるべきだと思う世の中のルール」を勝手に守ろうかと思うわけです。それはもちろん自分勝手な行為なんだけど、僕は世の中を変えたいと思っている人だから、確信犯。政治犯みたいなもんだ。

 今の社会を「良し」として、年に500万円稼いでいる人は、500万円の結婚式をすればいい。僕は5万円くらいの結婚式をしたい。式っていうか、僕が考えているのは「結婚文化祭」みたいなやつなんだけど。
 どっか安めの会場探して借りて、来てくれる人からちょっとずつお金もらって、お芝居とか落語とかトークショーとか、美人コンテスト(もちろん優勝は嫁)とかベストカップルコンテスト(もちろん優勝は新郎新婦)とかやりたい。特にトークショーはね、僕とお嫁さんがゲストを交えて楽しくお話するのね。ラジオの公開録音みたくするのもいいよね。ハガキとか読んでね。もちろん出店も出るのね。食べものはみんなそれぞれ持ち込んでくれればいいんだけど、スーパーボールすくいとかわたがしとか、あったらいいよね。そういう形で僕は結婚を披露したいね。
 つってもそれらは全部、嫁やみんなと相談してのことだから、必ずしも僕がしたいようにはならない。だけど、「一緒に何かをつくり上げる」ってことこそが、僕は結婚に最も必要なことだと思うわけだ。しかもそれは、たった二人でするんじゃなくって、家族やら友達やらとも一緒にさ。ぜったい、結婚を説明するんだったら「必要」とか「協働」っていう言葉が正しくって、しかもそれは「みんな」を巻き込んでするものじゃなくっちゃ絶対にダメだから、僕は「みんなで作る文化祭」がしたいんだよね。そんなにちゃんとしてなくていいし、時間も手間もかけなくていいけど、一緒に何かをすることだけが、唯一大切なことだと僕は今は思ってる。

 作家のさとうまきこさんは、旦那さんと一緒にホームページを作ることが、ウツから脱出するための大きな助けになったという。「なんだか私たちは何かを育てていると、いい関係でいられるみたいだ。」と本に書いていた。どんな夫婦だって同じだと思う。子供を育て終わったあとに、いったい何が残るのか? というと、やっぱり「一緒に何かをする、作る、育てる」っていうことじゃないと、ダメなんだよね。

 いわゆる普通の結婚式だって、共同作業には違いないんだから、これから結婚をする人は、「一緒に何かをする、作る、育てる」ということを意識して結婚式なり入籍なり、その後の生活なりをしてみると、きっと素敵な夫婦になれるんじゃないかなあ、と、相当無責任ですが思います。絶対に正しいという確信のもとで。

2011/07/09-2 岡田淳さん(児童書を書く人)

 クレヨンハウスにて講演を聴いてきた。三年ぶり。
 初めて講演を聴いてからはまる十五年。
 劇団うりんこが『びりっかすの神様』を舞台化した時だ。
 奇しくも僕の初舞台(学芸会除く)の日と同じ七月二十六日だった。
 その時にいただいたサインに日付が記されている。
 彼の作品を読み始めてからだと、二十年くらいになる。

 三年前といえば『9条ちゃん』を書く前のことだ。
 僕は『9条ちゃん』を書くことによって、というよりは「物語」を書くことによって「自分」というもののあらましをようやく確認できたようなところがあるので、三年前には僕はまだ「自分」がわかってなかったと思う。
 もちろん、当時の講演の内容と今日聴いてきたものは違うから、そのせいもあるのだが、おそらく今日とまったく同じ話を三年前に聴いていたとしても、「用意」はまだ完全ではなかっただろう。
 僕は「物語」を書くことによって、自分がすべきことが何なのかをわかったし、そのために自分がどのようなことをしてきたかもわかった。わかったというか「決めた」というほうが近いかもしれないが、とにかく三年前、「物語」を書く前の僕はきっと「用意」ができていなかったのだ。

 初めてまともな「物語」を書いて二年が経って、四つの愛すべき作品が生まれた。その中でたくさんの人と関わってもきた。そのことが、僕に今日の岡田淳さんの話が「伝わる」ための「用意」をさせてくれた。

 講演を聴きながら、僕はあと何十年生きようと、ここ以外のところに帰ってくることはないのだろうと思った。僕はここだけを目指して二十六年間を生きてきたのにちがいない。「物語」を書くのに決めたのだって、岡田淳さんの『扉のむこうの物語』を読んだからだ。実際に書けるようになるまでには十数年かかったけど、あの時確かに僕は「物語を書こう」と思ったのだった。
 今日、岡田淳さんの語ったことはすべて、僕の知っていることだった。いや、本当は知らなかったんだけど、用意はぜんぶできていた。「あ、そうだよ。こういうことを言うような人だから、僕はこの人のことがずっと好きだったんだ」と、まんべんなく感じていた。

 なんていうか、僕にはこの人からはるか昔に受け取ってしまったものがあって、それを誰かに伝えないといけない、そういう使命があるような気がする。そのために生きている。
 この確信は今日気づいたんじゃなくって、ずっと思ってた。わかってた。用意はずっとできていた。ただ言葉になっていなかっただけ。
 いや……言葉にもなってたような気がする。今日はただ、そのことを確認しただけなのか。きっとそうだ。確信じゃなくって、確認だった。
 んで、自覚と責任と義務ってもんが、今日からはさらに強くなるっていう、そんだけのことだ。

 岡田淳さんっていう人は、児童書を書いている人で、図書館に行けばどこでもたいていは置いています。はじめは『ムンジャクンジュは毛虫じゃない』『扉のむこうの物語』『びりっかすの神様』『ようこそ、おまけの時間に』『二分間の冒険』あたりを、おすすめします。そのあとは、何を読んだって大丈夫です。『雨やどりはすべり台の下で』とか『竜退治の騎士になる方法』なんか、とってもいいと思います。『ふしぎな木の実の調理法』とか。いやその、本当に、全部。

 僕は孤独でした。ずーっと孤独でした。
 今でもかなり孤独です。
 だけど諦めるわけにはいかないから、伝える側に回るしかないよなって思ってるんです。僕が五万人いたらいいのにって、本気で思う。
 クレヨンハウスの講演会には、たぶん100人弱くらいの人が来ていたけど、若い男の人や、若い女の人や、男の子や、女の子が、ほとんどいなかった。おじさんも少なかった。
 僕はどうしてこんな孤独な世界で生きていかなければならないんだろうって、絶望しちゃうんだけど、僕は僕みたいな正しい子供が孤独になってしまうような世界なんて絶対にいやだから、がんばってみようって思ってるんです。
 本当に、涙が出るくらい、孤独で仕方がない。
 僕の残りの人生は、この孤独感を絶滅させるためにある。
 僕みたいなのだって五万人もいれば、力になれるし、それに、五万人もいたら、もうちょっとくらい孤独じゃなくなると思うんだ。

2011/07/09 文明とは

 先日思いつきで、「原始的な欲求を代替行為によって補完するのが文明」という妙な定義をした。そしたらそのフレーズを気に入ってくださった読者さまがいらっしゃって、是非詳しくとのことだったのでちょっと書いてみる。

「原始的な欲求」というのは、ここでは「本能」という意味ではない。「単純な欲求」と言いかえてもいいし、単に「欲求」と言ってもいいだろう。欲求に対する抑制が、すなわち文明なのだ。
「殺したい」と思った時に、「殺してはダメだ」という抑制をかけるのが、文明なのである。「人を食べたい」と思った時に、「食べてはダメだ」という抑制をかけるのが、文明。
 欲求に抑制をかけた文明は、代替行為によってそのストレスを発散させようとする。「殺す」ということの代替として「憎む」ということがあるのかもしれないし、「人を食べる」ということの代替として「(性的な行為として)二の腕を噛む」ということがあるのかもしれない。
 こういうことが文明なのである。
「死にたい」と思った時に、死なない程度に腕を切るのは文明だ。
「あいつを殴りたい」と思った時に、机を叩くのも文明。
 授業中に「射精したい」と思った時に、我慢するのも文明。
 単にそういうこと。

 文明的であるとはすなわち、「してはいけないことがある」ということで、「その代替として許されている行為がある」ということである。

 こうやって言うとすっげー当たり前のことだけど、このことを自覚していれば、より文明的に振る舞うことができる。そして僕は、文明的に振る舞うことこそを「正しい」と思う。
「このことは許されているか?」ということを常に疑って、「許されていないとすれば、その代替としてどのようなことが許されているのか?」というふうに考えていく。たとえば「殺す」ということが許されていないということ(許される状況だってあるかもしれないが)を自覚し、許される範囲の代替行為によってその欲求をしずめていく。人を殺すことは許されていない、ネコを殺すことも許されない場合が多い。生物を無駄に殺すことは美徳ではない。要らなくなった新聞紙をちぎるくらいならなんとか許されるかもしれない。そういうふうに考えていくことが文明的であるということだ。「人を殺したい」という欲求があった場合、人を殺すよりも代替として猫を殺すほうがより文明的であり、猫を殺すよりは新聞紙をちぎるほうが文明的である。「より許されている行為」を選択すればするほど、文明的。だから文明的であるということを突き詰めていくと「代替としては何もしない」ということが最も文明的であるということになる。たとえば「人を殺したい」という欲求の代替行為として、何も選択しない。「悶々とする」とか「ストレスを溜める」ということさえ選ばない。そうなると「人を殺したい」という欲求はもともとなかったのと等しいことになる。要するに、完全に文明的であるというのは「あらゆる欲求から解放されている」という状態で、仏教の境地みたいなもんだと思う。

 だから、「感情的に怒る」ってのは、ずいぶんと野蛮なことで、「感情的に怒ることがない」というのは、相当文明的なのだ。僕は文明的でいたいと思って生きている人だから、感情的に怒るということがまずない。「感情的に怒る」ということをすると、「より許されていないこと」をしてしまう可能性が高まる。

「自殺をしてはいけない」という禁止事項の存在は、文明である。手首を切るのは、自殺よりは許されている。それよりも手首にしっぺすることのほうがずっと許されている。さらに言えば「手首をなでる」ことは相当許されている。このレベルになるともう誰も咎める者はいないし、他人に迷惑をかけることもほとんどないだろう。「手首をなでる」すらもしないのは、もっと文明的である。文明的であるとは何もしないことなのだ。ボーッとしていることではなくて、本当に何もしない。「何もしないをしている」のではなくて、それよりも高次元の、まったく空であるような状態。実はそれが文明的なのだ。

 ただし、「何もしない」という状態では、自分一人が文明的であるだけで、社会全体が文明的であるというわけではない。だから、本当に文明的であることを目指す人は、「みんなが文明的であるように働きかける」ということをする。だから釈迦は、悟ったあとに教えを広めたのである。
 また、「自分一人が完全に文明的である」という状況は、かなり難しい。自分が文明的であるような状態を、他人が邪魔してくるからである。だから結局、周りが文明的になるように働きかけない限りは、自分一人の文明を保つことも困難なのだ。だから釈迦は、以下略、ということかもしれない。

 僕は僕が文明的でありたいがために、みんなが文明的でいられるためにはどうしたらいいかを考えるのである。

2011/07/08 ポロシャツについて

 ポロシャツはポロ(よく知らないがたぶん馬に乗ってやるスポーツ)をやる時に着てたからポロシャツって言うんだとどこかで聞いた。
 そのため、ある種のポロシャツにはポロをやっている(馬に乗っている)人の絵が刺繍されている。
 ひょっとしたらポロシャツに刺繍されている人が着ているのもポロシャツで、そこにはポロをやっている人の絵が刺繍されているのかもしれない。そういうのもフラクタルと言うのだろうか。

2011/07/07 七夕の夜、君に会いたい。

【七夕ゲーム】
A「織姫ー」
B「彦星ー」
A「げんきー?」
B「げんきげんきー」
A・B「じゃ、また来年」

 こんだけ。とても楽しいので七夕に人と会ったらやりましょう。
 去年僕と七夕ゲームをやった人たちは覚えていてくれているだろうか。

2011/07/06 それはそれでいい

 って思えるけれども
「それはそれでいい」という具合に
 思考を放棄した人の人生というのは
 やっぱりうまくいかないもんなんだよな。

 現在の僕ってのは十六歳の自分の魅力に
 理性と論理を付け加えたような存在なんだから
 今そこからそれらを引き算したらば
 何も考えていなかった十六歳の自分にしかならない。
 彼は確かに魅力的だったけれども
 誰かを幸せにするための魅力ではなかったと思う。

 それはそれでいい
 とは思えるけれども
 それはそれでいい
 という形で何かを放棄してしまって
 保留ということをナシにするのは
 やっぱり十六歳でしかないんだよ。
 なんでか、そのような落ち着きのない
 焦りと本能と好奇心に支配された時代が
 なぜか再びあったような気がした。
 なぜか再び

 大人になるということは
 何かを保留にすることができるということなんだ。
 それは未来を考えるということでもある。
 現在ということしか問題にしないと視野狭窄に陥る
 それが子供ということなんだ。

 それはそれでいい
 というのではなくて
 それはそれではいけない
 とか
 それがそれでいいのかわからないのでひとまずそれを保留する
 という選択肢を常に存在させなければならないのだ。
 それはそれでいい、というのは子供の頭だ。
 それはそれでなければならない、ということにたどり着いて初めて
 確信をもって何かを為せるのだ。

2011/07/05 せいてはこ

 なんか夜の魔力に酔わされて急ぎすぎたような気がする。
 反省するけど後悔しない。
 うまく言えないけど
 宙ぶらりんのまま揺られ続けているのも善し悪しだから。
 それで何らかの突破口がほしかったのかもしれない。

 十六歳だった頃の僕は
 思えばそんなふうだった。
 今日の僕は十六歳ということにこだわりすぎたのかもしれない。
 一時的に何もわからなかった頃の僕になっていたような気がする。
 十六歳という言葉を免罪符にして。

 十六歳の僕は他人のことなんて考えていなかった。
 十六歳の僕は想像力を甘く見ていた。
 実のところ想像力を越える現実はないが
 しかし想像力のぎりぎりのところまで現実は追随するのだ。

 僕は夜の闇の輝きと
 十六歳ということを言い訳にして
 想像力という恐ろしい魔物から逃げ出してしまったのだった。

 想像力を働かせ続けるというのは疲れる。
 それは四六時中理性を保ち続け、すべてを理屈によって支配させようとする、道徳的な心の働きだ。
 ときには捨ててしまいたくもなる。
 都合のよい言い訳を用意して。

 もう必要がなくなってしまったはずの
 十六歳である自分を
 僕は試してみたかったのだろうか。
 そしてそれが不要であるということを
 身を以て知ってしまいたかったのだろうか
 しかし十六歳の僕の魅力というものは
 二十六歳の僕の魅力ごときでは到底及びもつかないものだった
 のではあるが
 二十六歳の僕が十六歳の僕のふりをしたって
 なんの意味もないようなことではあるんだけれどもね。
 それでもやってみたくなったのだ。
 そのくらいに魅力的だった。
 夜が。
 町が。
 そして十六歳の僕たちが。

2011/07/04 夜は目をあけて

 もう会えないと思っていた人に会えるのは嬉しい。
 これからもしかしたら、以前よりもっと仲良くなれるかもしれない。
「一度はぐれてしまったら会えない人がいるよね だからなんかきっかけくらいほしい Oh Yeah」って三重野瞳さんが歌ってましたね。『瞳 Fall in Love』って曲。
 好きになった人に対して、何のアプローチもしないでぼーっとしてると、その人が目の前からいなくなったときに、なすすべがない。連絡を取りたいと思っても、連絡先を知らない。もう一度会いたいと思っても、難しい。
 僕にも、会いたくて会えない人がたくさんいる。わりと後悔してる。ちゃんと連絡先を聞いておけばよかったなって。

 でも僕は運命っていうのを信じているから、もしかしたらひょっこりどこかで出会えるんじゃないかって思ってる。初めてヒッチハイクのようなことをした時に乗せてくれたオキタさんは、名刺をくれようとしたけど、切らしていたようで、代わりにこう言った。「まあ、こんな妙な縁で知り合ったんだから、お互い生きてればどっかでまた会えるよな」。彼は愛知県の一色町というところで建築の仕事をしているらしかった。11年前の9月20日に153号線を、飯田方面から豊田方面へ走っていた人だ。そんだけしか知らないから、もう二度と会えるはずなんてないんだけど、僕は心のどこかで、また会えるんじゃないかって思ってる。

 最近、10年近く連絡を取れないでいた人と再会したり、5年前に少しだけやりとりをしただけのような人と再会できたり、にわかに再会づいていて、そういうのを信じるのもいいもんじゃないかって思ってる。

 夜は、音の総量が少なくなる。静かで、風と木の音と虫の声だけが遠く近く聞こえる。色も少なくなる。とにかく世界の情報量が減る。
 記憶や想い出だけが、昼間と同じだけの音と色とを持って、生き生きと語りかけてくる。夜中に散歩していると、いろんなことを思い出してしまう。
 あるいは懐かしい人と、懐かしい記憶を共有しながら、夜のベンチに浮かんでいると、とても不思議な気分になってくる。夢の中にいるような感じ。
「懐かしさ」が消え去れば、その感覚も薄まってくるだろう。
 そこに残るものはなんだろう。何も残らないことだってあるんだろうか。
 静かな夜、二人でベンチに浮かんでいた、その感覚が新しい関係を連れてくるんだと、思う。
 そうでなければ悲しいけれど、たとえそうなってしまったとしても、再び会える日だけは信じ続けていたい。

 懐かしい夜をともに過ごすことが
 過去をともに過ごすことではなくて
 現在をともに過ごすということに
 ちゃんとなるように
 そして新しい未来を連れてきてくれますように
 そう願いながら
 今夜だけは懐かしさに溺れていたい
 というような感じです。
 そのために僕らは
 僕らの知らない過去の話と
 僕らの現在と
 未来の話を試みるのですよ。

2011/07/03 個人的なことを日記に書くこと

 個人的なことは日記に書きづらい。
「個人的なこと」って言っても、それが「出来事」である場合は、だいたい「第三者」ってもんが関係してくるから、自分ひとりの問題じゃなくなってしまうんですよね。「これ、書いていいのかな?」ってことが多すぎて、それで身動き取れなくなって、結局何も書けない。
 けど、それほどばかりらしいこともありゃしません。

「ありとあらゆる種類の言葉を知って何も言えなくなるようなそんなバカなあやまちはしないのさ」と昔の歌にありました。「何も言えない」ってのは知性の証ではありますが、「それでも何かを言う」ってのは、それよりももっと高級な知性のあり方です。だから僕は、「何も言えないということを前提にして何かを言う」ということをしたいです。それをずっと考えてるんだけど、できないもんはできない。友達に迷惑はかけられない。

「それでここで君と会うなんて予想もできないことだった」と、さっきと同じ歌に出てきます。「神様がそばにいるような時間」と続きます。

「神様なんていない。信じられない」という冷静さは知性です。しかし、「それでも神様を信じる」っていうのは、それよりももっと高級な知性なのです。

 何でも相対的に見て、「すべてのものの価値は等しい」なんてうそぶいてみるのは、知性です。が、「それでも僕はこれに価値を置く」というのは、もっと高級な知性です。
 ただし、「すべてのものの価値は等しい」ということを前提にしないで、「僕はこれに価値を置く」だけが先に来てしまうのは、知性ではありません。


「これを書いても大丈夫かな?」と思って、それでも書いてしまうのは、賭けのようなものでして、ひょっとしたらどこかで問題があるかもしれないけれども、その危険を冒してでも書く価値があると信じるからこそ、僕は書くのです。
 一筆一筆を大切にしたいと思います。

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