少年Aの散歩/Entertainment Zone
⇒この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などとは、いっさい無関係です。
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2010/6/31 水色時代しか愛せない?
ジョージ秋山は『銭ゲバ』でも『オリは毒薬』でも似たようなテーマを扱っている。風太郎も毒薬も、「女は金と引き換えに性を明け渡すものだ」と思っていて、だから二人とも「清純で貞淑な女」というものに憧れる。中学生や高校生の、まだ金とも性とも関係がない年代の女の子にだけ、彼らは恋をして、心を許す。しかし、そんな彼女たちもやがて自らの「性」が「金」に変換させられるということを知り、それを実行に移そうとする。そういうところで、風太郎や毒薬は絶望する。
『ドブゲロサマ』という、九十年代にジョージ秋山が少年ガンガンに連載した作品でも、「清い心の持ち主は今や赤ん坊しかいないのだろうか」というようなことが描かれていた。
ジョージは(この方に関してはどうも「先生」と書くのが似合わないなあ。ツツイストが筒井をツツイと呼ぶようにここは「ジョージ」でいこう)、「子供」しか信じていないのだろうか。
僕もまあ似たようなところはあって、だから友達にも、子供のまま大人になったようなのがたくさんいる。良いんだか悪いんだか。
僕の子供観というのは、とよ田みのる先生の『友達100人できるかな』第10話(2巻に収録)にだいたい描かれている。子供というのは時に(大人から見れば)残虐なことだってするし、(大人が忘れてしまっているような)優しさを見せたりもする、まだ価値観の定まっていない真っ白な存在だ。彼らにどのような「色」がついていくかは、彼らがどのような経験を積むか、ということにかかっている。
かつて『水色時代』という漫画(およびアニメ)があった。やぶうち優先生という、僕の敬愛してやまない漫画家の作品だ。この作品のオープニングにはこんなナレーションがつけられている。
「真っ白な子供時代から、少しずつ青春の青に染まっていく……ほんのちょっとの水色のとき」
それが「水色時代」だという。なんともはや、素晴らしい造語だ。これは女の子の話なので、男の子には藤子不二雄A先生の『少年時代』あたりがよいのだろうか。「人はだれもが少年時代をとおる!」あれは本当に凄まじい作品で、ともすればA先生の最高傑作だと思うのだが、識者の皆さんどうですか。つか、僕から『少年時代』を借りてまだ返してない人、はやく返してください。誰に貸したか忘れたので困っています。心当たりの人に聞いたら「えっ、返したよ」と言われて途方に暮れました。よろしくです。
さて、水色時代というのはだいたい小学校高学年~中学生くらいまで(原作は小学校6年生から始まる)だ。僕は個人的に、人間の人格というのは10歳くらいで固まってしまうものだと思っている。言ってみれば「色がつくまえの真っ白な画用紙」が、10歳くらいでできあがるということだ。紙質だとか、サイズだとか、そのようなものが10歳までに決まる。それからが「水色時代」の始まりである。それが徐々に濃くなって、少しずつ青春の青に染まっていく……。
「青春の青」と一口に言ってもいろいろあって、どのような「青」に染まるかによって、その人の人生は決まってしまうと言ってもいい。その後、どのような色になっていくか。その助走と言うべき「水色時代」は、だから非常に重要なのである。
ジョージ描く風太郎や毒薬は、せいぜいこの「水色~青」に染まる過程の女の子をしか愛せないのだろうと思う。そして、ほとんどの女の子は風太郎や毒薬が満足するような「青」には染まらないのだろう。
いったん「青」に染まったら、ふたたび水色や白に戻ることはできない。
江川達也は、中学校の教諭になって、生徒たちが余りにも「人格的に凝り固まっ」ていることに驚いたらしい。彼は「自分が実践しようとする教育は、中学からでは遅い」と思って教職を辞す。というのはつい数日前に『“全身漫画”家』という彼の著書を読んで知ったのだが、なんとまあ、僕とほとんど同じことを言っていたものだ。さすが名古屋人。
そうなんだよね、中学生というともう「水色時代」の渦中だから、すでに画用紙はできあがっているし、色だってつき始めているんだよね。画用紙に絵の具がついたらもう、消せないもんね。
そもそも何を言いたかったのかって、そう、人っていったん成長しちゃうともう変わらないのだよ。んで、そのことを前提として人と付き合うということをしないと、みんなロリコンになっちゃう。ロリコンってけっこう、「人間とまともに付き合えない」から幼女に走るわけだと僕は思うんだよね。完成した、すでに色のついてしまった人間とは関係を作ることが出来ない。そういう欠陥のある人間が、ロリコンになるんだ。「完成した人間=自分とは異質な人間」をちゃんと愛することができなければ、ロリコンになるしかないじゃない。自分も子供になれたら、子供は「異質」ではなくて「同質」だから、怖がらずに関係を作っていける。子供は未完成であるがゆえに他の子供とは同質で、大人は完成しているがゆえに他の大人とは異質でしかない。
風太郎も毒薬も、「金」と「性」ということを抜きにしてはまともに人と付き合えない。異質にちゃんと向き合えない彼らは、そういったものを道具にしてしか人と繋がれない。とても虚しい。だけどそれをそもそも必要としないような相手、つまり子供とだったら、「自分も子供になって対等につきあえる」って思ったんだろうね。金と性とを捨てて子供になったら、金とも性とも関係のない子供とは「同質」であり「対等」になれる。大人と付き合えない彼らは、子供と付き合うしかなくて、そのために自分も子供になって、そして相手が大人になってしまうことを禁止する。
今のオタクとロリコンがほとんどイコールみたいなのは、よく言われる話、オタクが知識や情報を抜きにしては人間と付き合えないからでしょ。自分と共通する知識や情報を持っている相手とでなければ、付き合えない。でも現実にはそういう異性ってあんまりいないし、だいいちそんなもので人と繋がるってのは、やっぱりどっか虚しいもんなんだよね。もちろんここでいう「知識」や「情報」ってのは、風太郎や毒薬にとっての「金」や「性」と同じね。風太郎や毒薬が子供を求めたのと同じ理屈で、オタクもロリコンになるわけだ。「自分が対等でいられるのは子供だけ」なんだから。
んで、だからオタクも、子供に「大人になる」ことを禁止すんだよね。『かんなぎ』のヒロインが非処女だったかもしれないってことで暴動みたいなんが起きてたけど、冗談じゃなくってオタクの頭の中って、基本的にああなんだよ。せっかくだから、自分も一緒に大人になればいいのにさ。
2010/6/30 男から愛されるためには 24歳の江古田ちゃん考
かわいい女の子に「かわいい」と言うと、ほぼ例外なく「かわいくないよ」と言われる。かわいい女の子は自分のことを「かわいい」とは思っていない。かわいい女の子は、自分で自分のことを「愛すべき」人間だと思っていないのである。彼女たちは、自分のことを愛していない、と言ってもいいのかもしれない。だからこそ、彼女たちは「他人」から愛されるのだ。自分に愛されていないがゆえに、他人に愛されなければいけない。可愛い、すなわち「愛す可き」女の子というのは、そういうからくりで「かわいい」と言われるのだろう。
では、自分のことを「かわいい」と思っている女の子というのは他人から「かわいい」とは言われないのだろうか。あるいは、「かわいい」と言われるような女の子は、本当に自分のことを「かわいい」とは思っていないのだろうか。
結論を言えば、自分を「かわいい」と思っている女の子は他人からも「かわいい」と言われるのだろうし、自分を「かわいい」とまったく思わない女の子というのも、そう多くはいないのではないのかなと思う。
単純な話、「自分はかわいくないと思っているような女の子の様子は、だいたいがかわいい」というだけのことだ。そして、「自分はかわいいと思っているような女の子の様子は、だいたいがかわいくない」。「自分はかわいい」と思っていて、他人からも「かわいい」と思われているような女の子は、要するに「自分はかわいい」と思っているのを隠すのが上手なのか、「自分はかわいくない」と思っているのを見せるのが上手なのだ。
で、僕が思うように「ほとんどの女の子は、自分のことを多少なりともかわいいと思っている」のだとしたら、世の中には「自分のことをかわいいと思っているように見せている女の子」と、「自分のことをかわいいと思っていないように見せている女の子」という二大勢力があって、前者は「かわいくない」と思われて、後者は「かわいい」と思われるということになる。もちろん得をするのは後者のほうだ。その手法が巧みであればあるほど、男からの「かわいい」という評価は高くなる。
『臨死!江古田ちゃん』という漫画に出てくる「猛禽ちゃん」という女子像は、「自分のことをかわいいと思っていないように見せるのが男子に対して極めて上手な女の子」だと思う。対して主人公の「江古田ちゃん」は、たぶん自分のことをある程度「かわいい」と思っていて、そのことに対して極端にあからさまで、正直であると思う。別段見せようともしなければ、隠そうともしない。見せようとしても見てほしい人(マーくん)に見てもらえないし、隠そうとしても空しいだけである上、良くも悪くも「正直」でありすぎる江古田ちゃんの性格にはそぐわない。江古田ちゃんは常に自然体に「私」であろうとする。
ゆえに彼女は男からはあまり「かわいい」とは思われない。江古田ちゃんは「私ってかわいいでしょ」と取り立てて主張することもないし、「私ってかわいくないよね」も主張しないのだ。そういう女は、男からは「肉体」としてしか見られない。だって、「かわいい(愛す可し)」という観念からほとんど離脱してしまっているからだ。「かわいい」ということに興味を持たず、自分に対して正直になりすぎると、女は男にとってただの「肉体」になる。江古田ちゃんが複数の男とじゃんじゃん関係を持っているのは、「孤独」とか「放埒」とかが理由ではなくて、彼女が「正直」であって、「肉体」でしかないがためだ。彼女は「かわいい」という「観念」になることを全身で拒否しているのである。だから彼女は「裸」なのだ。ヌードモデルも夜のお仕事も、個性という観念を脱ぎ捨てて単純に肉体になろうとした結果(もしくは過程)である! テレオペのバイトにおいては、もはや肉体すら消失して完全な無個性になっている。
江古田ちゃんが長い黒髪で化粧っ気が少なく、友人MがいつもVネックなのも、彼女たちがふだん「かわいく着飾る」ということに無頓着だからだろう。そりゃ「ここぞ」というときには着飾るんだろうが、「かわいい」ということに意識的な女性は、「常に着飾っている」ものである。ゆえに部屋でだって、全裸では過ごさない(たぶん)。
江古田ちゃんは「かわいい」ということに無頓着である。しかし決して「自分はかわいくない」と思っているわけではない。むしろその逆であると思う。ただ、他人の「かわいい・かわいくない」という評価から、徹底的に自由なのだ。そういう女は愛されない。「愛す可し」という範疇からそもそも外れているのだ。だから彼女は好きな人(マーくん)からも行きずりの男からも別段強くは愛されないし、唯一熱心に求愛してくれる「信者くん」は江古田ちゃんの内面を全く見ておらず、ほとんど「お人形(つまり肉体のみの存在)」として扱われている。サムという外国人の男との間にも、文化的摩擦という以上の溝が横たわっているように見える。
『江古田ちゃん』という作品の恐ろしさは何なのかというと、「男から愛されるためには、『かわいい』ということに目を向けなければならない」ということを、「かわいいということに目を向けない女性」の視点からハッキリと描いている点だと思う。現代女性が自由であろうとすると、それはまず「男の視線からの自由」ということになる。「男が求める女性像から離れる」ということが、彼女たちが描く「自由」の指し示す、代表的なものの一つだろう。「男に媚びたくなんかない、私は私らしくあって、それでいて男から愛されたい」というのが現代女性の一つの理想であろうと思うのだが、「そんなもんは無理なんだ」と『江古田ちゃん』は言うのである。みもふたもないことに。
これを読む女性読者というのは、いったいどのような気持ちでいるのだろう。世には、単なるギャグ漫画という以上に『江古田ちゃん』へ感情移入する女性がたくさんいる。彼女たちの多くは、もちろん江古田ちゃん寄りの視点に立って読んでいるのだろうが、決して江古田ちゃんのようなあり方を肯定してはいけない、そんなところにとどまっていてはいけない、と僕は思う。「うん、そうだよね。やっぱり私たちは男から愛されないんだよね」なんつって、江古田ちゃんと友人Mのようにビール飲みながら男や猛禽の悪口を言いあっているなんていうので、いいわけがない。現実が、そのようなものであってはいかん。『江古田ちゃん』は、漫画だぞ。男性向け青年誌の。
以前、その時初対面であった友人と漫画の話をしていて、『江古田ちゃん』の名前が出た。彼は「あれは面白い作品だけど、女の子にはあそこでとどまってほしくない」という意味のことを確か言っていた。そうなのだ。『江古田ちゃん』に描かれている状況というのは絶望的なことに確かに存在する。しかし、そこにとどまってはならない。まだ見ぬ幸せに飛び立とうとせずして、なんの人生か。
24歳の江古田ちゃんは今現在、ぜんぜん男から愛されていない。が、将来的にどうであるのかはわからない。最終回周辺で急速に話が動いて、マーくんとの幸せな関係に落ち着くのかもしれない。永遠に24歳のままであるかのように見える江古田ちゃんにも、そういう未来の可能性だってあるのだ。あるいは、たとえ「男から愛されない」という状況が変わらなかったとしても、何らかの幸せをつかむ日はくるのかもしれない。「24歳の江古田ちゃんだって幸せだ」とまでは僕は言わないが。
『江古田ちゃん』は、(今のところ)24歳の江古田ちゃんを描いた作品であるし、江古田ちゃんは江古田ちゃんであって、「あなた」という一読者と同一人物ではない。だから別に「あなた」が絶望する必要などどこにもないのだ。『江古田ちゃん』が言っているのは、「かわいいを意識しない江古田ちゃんは、24歳の現在、男から愛されていません」ということだけなのだから。猛禽になりたければ「かわいい」を意識すればそうなれるかもしれないし、江古田ちゃん路線でも自分の満足できる生き方はめざせるだろう。ただ「いたずらに男と寝たところで別に楽しくもない」という江古田ちゃんのメッセージ(?)を僕は正しいと思うし、「とりあえず男と寝ちゃうのも仕方ないじゃない」というメッセージ(?)は、「ザラにある事態」ではあっても、別に「正しく」はないと思う。
男から愛されたいのならば、「自分はかわいい」と思っている自分に意識的になって、「自分はかわいくない」と思っているように周囲に見せかけることが肝要だ。それが自然にできるようなら苦労はないが、できないのならば、もう「正直」に生きるしかない。しかし「正直」を「放蕩」や「放埒」に混ぜこんでしまうと、24歳の江古田ちゃんのような状況にはまりこんでしまう。
24歳の江古田ちゃんが男から愛されない最大の理由は実はここにあって、「正直」ということを「正しくまっ直ぐ」という意味から離れないように、そして自らの肉体から「自分」という観念をはぎ取らないように生きていさえすれば、自然と愛してくれる人は現れるんじゃないかと、そう信じていることこそがもっとも大切なんじゃないかと、無責任ながら男として僕は思うので、すべての女子は、軽はずみに絶望なんかしないでいてほしいなあと願います。
2010/6/29 「ポイ捨てと避妊」の法則 その2
「ポイ捨て」と聞いて思い浮かぶのは煙草と女の子である。だから「ポイ捨てと避妊」と言われたら多くの人は「女の子の話か」と思う。「火の付いた煙草をポイ捨てするやつは避妊をしない」と言われたら、「火の付いた煙草」とは「恋に燃える女の子」という意味かと思って、「なるほど、その気になっている女の子を簡単に捨てるようなひどい奴は避妊だってしないだろうな」と納得したりする。
別にそういう文章であったってよかったな。
火の付いた女の子をポイ捨てすると火事になる、というのは、ひどく含蓄に富んだ言い方で、中途半端に投げ出された恋愛エネルギーはともすればとんでもないところに行く。
「彼氏に振られて、ヤケになって行きずりの男と××」ということもあれば、「彼氏に振られて、慰めてくれた○○くんと××」ということもあるし、「恋の楽しさを知ってしまって、それを突然奪われたから、とにかくはやく次の恋がしたくてたまらない」という状況から、あとあと考えれば「火事」としか言えないような恋愛に落ちてしまうといったようなこともあるだろう。
「ポイ捨てされる」というのはほとんど人格に関わる大事件で、不良になってしまったり淫蕩になってしまったり引きこもりになってしまったりもしかねない。そのような重大なことなので、想像力のある人は「ポイ捨てしたらこの子はどうなってしまうのだろう」というようなことを考える。
しかし「ポイ捨てとは言われないような別れ方」というのは一度愛しあってしまったらけっこう難しいものである。だから、男も女も、けっこう卑劣な手段を使ってそれをしようとする。「わざと嫌われようとする」とか「相手の悪いところを見つけて、それを理由にする」とか。それはそれで非常に醜い。かといってすっぱり爽やかに別れられる方法なんてそうそうあるものではない。「興味がなくなった」とか「他に好きな人ができた」という、そのあまりに人間的な理由はどうしても「ポイ捨て」としか言われないようなものである。別にそのくらい正直になってしまえばいいような気もするが、なかなかそれができないらしいので、恋愛というのは時に「どろどろ」してしまうのだ。
2010/6/28 「ポイ捨てと避妊」の法則
火の付いた煙草をそのままポイ捨てするやつは避妊をしない。
これはまったく確かなことだ。
火の付いた煙草をそのままポイ捨てするとどうなるか。火事になるのである。もしくは、火事になる可能性がある。火の付いた煙草が火の付いたまま飛んでいって、新聞紙にでも引火して、そのまま民家を燃やし尽くしてしまうかもしれない。などと言うと、「そんなわけない」と言う人がいる。「そんなことになる可能性は、ほとんどないよ」と。
待て、「ほとんどない」ということは、「少しはある」のである。「ほとんどない」からといって平気でポイ捨てをする人間は、「わずかな可能性を追いかける想像力」というものが欠如しているのだ。「このくらいなら大丈夫だろう」で、その先を考えない。
「外に出せば大丈夫」「安全日だから大丈夫」「精子が薄いから大丈夫」などなど、各種言い訳を持って、まともに避妊をしない男が、あるいは女が世の中には五万といる。こやつらも、「わずかな可能性を追いかける想像力」を持たないのである。なぜ持たないのか。面倒だからである。「大きな可能性」だけを追いかけていたほうが、楽だからである。「わずかな、無数の可能性」のすべてを追いかけようとすると、頭が疲れる。だから思考停止をするのである。
火の付いた煙草をポイ捨てするとどうなるか。「やがて火が消える、もしくは消される」というのが「最も大きな可能性」で、これは全体の99%以上を占めるだろう。だが、わずか千分の一、一万分の一という可能性であったとしても、「何かに引火して、火事になる」という可能性は完全に捨てられるものではないのである。実際、
総務省消防庁のHPによると日本の火災原因で最も多いのが「たばこ」であるということは歴とした事実なのだ。
ってことは、煙草を吸う人が誰もいなければ日本の火災の10%以上がなくなるということだが、そういうことを言う人は意外とあんまりいないのであった。健康とか環境とかも大事ですが、火の用心はもっと大切なんですよ!
僕はいつも「想像力が大事だ」と思っていて、年下の人間には偉そうに訓話を垂れたりもするのだが、想像力とは何かというと、ずばり「火の付いた煙草をポイ捨てしたら火事になるかもしれない」とか、「しっかり避妊をしなかったら子供ができるかもしれない、避妊をしたとしても子供ができるかもしれない」という、「わずかな可能性」へと目を向けて、それらにしっかり対処していく力のことなのである。「想像力」というと「空想力」や「妄想力」と混同してしまう向きがあったりもするが、そうではないのだ。
「もしかしたら……」を常に考えること。それが、それだけが大切なのである。ポイ捨てをする前に、セックスをする前に、よーく考えなさい。理性圧勝。それが大事なのです。
とは言いますが別に僕が完全無欠の聖人君子だってわけではないですよ。煙草は吸わないし、非避妊セックスなんて一度もしたことありませんが。そこまでのことです。念のため。
要するに「火事になってしまえ」と思っている人がポイ捨てをするのなら、それは「想像力の欠如」ではないのでして。
2010/6/27 こっちにこいよ
何日か前に紹介した、僕より年下の人間がhtmlで作ったサイトを見るたびに思う。「みんなこっちにくればいいのに」と。mixiで毎日のようにそこそこ面白い長文書いている人間もこっちにくればもっと面白いことになるような気がする。たとえばmixiは、その内部でチョコチョコやっているうちは楽しいし、手応えも感じられるんだが、それはあくまでもインスタントなもんで、しかも閉じられたもんであって、htmlで長く細くやってったほうが結局はしっかりした読者がついたりもするわけで。そんなにすぐ、そして簡単にそういった結果が出ないのでみんな息切れしてmixiないしTwitterに逃げ込むわけなんですが。
そんな僕がいま一番「面白い」と思っているのは僕より十近く年下の人間が書いているブログ。荒削りだけど将来に期待させてくれるような。そういう書き手がもっと増えたらいいんだがな。
htmlなんか覚える気ないよって人は別にブログでもよいのかもしれないが、自分でゼロからページを作っていく楽しみは格別ではある。まあ、件の彼女の場合は、「複数人で更新していくブログ」というのをやっていて、htmlではそれはかなりやりづらいので、それはそれでいい。ただ、FTPのパスワードを共有しさえすれば「複数人でホームページを管理する」ができるわけで、これはこれで非常に楽しいことだろう。そうしろとは言わないが。ケンカしたら大変だしね。全部消されちゃう。
Twitterは「やる人が楽しい」のであって、「見る人が楽しい」ではない。「楽しませる」という意味の「entertain」という語を後生大事にHP上に表示させ続けているような僕はだからああいうのにはちょっと冷たい。つって僕は別に今やもう昔のような意味では誰も「楽しませよう」となど思っていないのだが。しかし「面白い」ことを書きたいとは思っている。
よく「笑わせる」と「笑われる」の違いというものが例に出されたりするが、Twitterで人気がある人というのはある程度「笑われる」を覚悟しなければならない。だから「将棋のことをどれだけ熱心に書いても反応がないが、腐女子について書くともの凄く反応がある」という女性だって現れる。たぶん本当に書きたいのは将棋のほうだったりするんだろうけど。そんなことを「@」だの「RT」だの「ふぁぼ」だのという数的現象で突きつけられて、いちいち気にして生きるなんていうことは、非常に疲れるだろうなあ。
「数字にならないものは必要じゃない世の中 何にも感じなくなって 涙が凍えて落ちてこない」(奥井亜紀『冬灯花』)
何でも数字に変換しちゃうのは「スポーツ」も同じ。だから僕は嫌いなわけで。Twitterなんか「スポーツでは洗脳しきれなかった人々」を改めて洗脳しようという試みですよ。適当ですが本気です。
Twitterにはまる層ってのはたぶん、テレビをあんまり見なくなってる層と大部分重なるだろうからね。テレビで洗脳できないからネットで洗脳しなくっちゃいけなくって、そのツールがTwitterなんでしょう。
何だって自分でやんなきゃだめなんだよ。
最近どんな本を読んだってそういうことが書いてあって勇気づけられるが、同時に絶望もする。
2010/6/24 詩を書くんですよ僕は
ここで。→
詩
そして定期的に何かを言うのです。
詩には僕の精神状態がもろに出るんですよ。
19日は異様にたくさん書いていますでしょう。
相当いやなことがあったのでしょうね。
もっともっと意味から自由になりたいです。
2010/6/23 妹を広く募集します。
仲の良い女きょうだいがほしいなーと今唐突に思った。
「20歳兄と17歳妹が仲良し過ぎて母親が心配している」というネットの記事を見たからであった。
同じ部屋で何時間も遊んでたり手を繋いで歩いたり一緒にお風呂に入ったりしているらしいのである。
それを見て「うらやましい」と僕は言うのであるが、それは別に性的な意味ではないのである、もちろん。
「もしここに性的な関係が何一つないのだとしたら羨ましいなあ」なのである。相変わらず僕は誤解されそうなことを言っているのだが気にするものか。
僕には男の兄弟が複数人いて、幼いころはそれはもう仲が良かった。
ラブラブだった。
でも成長していくにつれて「一緒に遊ぶ」ということは少なくなって、今や会うこともほとんどない。
淋しい限りである。
かといえば「兄と弟で一緒に住んでいる」という人の話だって聞く。どうしてこういう違いが生じたのかというのはよくわからない。ので問題にしない。
というわけで僕はいま「よく一緒に遊ぶほど仲の良い男の兄弟」がいないわけだが、「よく一緒に遊ぶほど仲の良い男の兄弟」が欲しいと思ったら、それを実現させるのは難しくない。すでに存在している男の兄弟と一緒に遊べばいいだけのことである。そんなことは、ちょっと勇気を出したらできるのである。相手が嫌がりさえしなければ。
問題は「よく一緒に遊ぶほど仲の良い女のきょうだい」が欲しいと思ってしまった時である。そうなると「偽物」を持ってこざるを得ない。今から本物の姉なり妹なりを作るのは大変だから。
姉のほうはすでに一人いて、これはもう姉としか言いようがない。「けっこう歳が違うが敬語を介さない」「二人きりでいても性的な匂いがしない」「会わない、連絡を取らない期間が長くても何の問題もない」「全体的には意見が合う」「意見が合わなくても特に問題はない」「意見が合わないことはあってもとにかく気は合う」「あんまり気を遣わない」「ゆえに様々なことがグダグダになりがちである」「感情的にではないが言い争いのようなこともする」……うーむ、挙げるときりがないのでやめるがそのような感じに姉であるような人はいて、だから「姉がほしい」という願望が今さらやってくることは別にない。
妹はというと、これが、いないのである。「年下の女友達」だったら掃いて捨てるほど……とは言わないが、「年下の男友達」と同じ程度にはいるのであるが、それが「妹」であるかというと、そういうふうに言えそうな相手は見あたらない。
その理由は何かというと、僕には妹というものがどういったものだかわからないということだ。なぜなら、僕には妹どころか弟もいないからである。僕自身は「弟」であるから「弟」がどのようなものかはわかるし、「兄」がいるために「姉」がどのようなものであるかもなんとなく想像できないではない。しかし「妹」というのは、いちばん未知である。「妹」ってのは、ちっともわからない。
それから、これまでに仲良くなった女の子というのが、圧倒的に「第一子」なのである。第二子、第三子だったとしても、少なくとも「長女」ではあるという場合が多い。あるいは「ひとりっ子」である。それで僕は「妹」というのがわからない。
僕が末っ子なので、やたらに長女と相性がいいらしく、僕と仲良くなるのは圧倒的に長女(第一子)だ。しかも一姫二太郎、すなわち「弟がいる姉」がとりわけ多い。(このへんについて興味がある方は畑田国男さんの『妹の力』『弟の力』あたりを読まれるとよいです。名著です。)
そういった事情があって、僕は「妹」なるものの事情には疎い。畑田国男氏によれば「姉」と「妹」と「ひとりっ子」とはかなり異なる性格に育っていくそうだ。つまり女には三種類あって、僕は「姉」のことは割とよくわかって、「ひとりっ子」もそれなりには理解しているのだが、「妹」というものがわからない。
いますぐにパッと思いつく身近な「妹」は、一月生まれのあの子と、二月生まれのあの子である。ともに「兄のいる妹」で、つまり「妹ではあるが長女」である。「姉のいる妹」というのは、ひとりも思いつかない。いるにはいるんだろうが、僕がその子の家族構成を把握していないのだと思う。把握している限りでは、いないなあ。
「第一子」と「ひとりっ子」と「妹ではあるが長女」は、いずれも広義では「長女」である。僕はこの「広義の長女」のことしかわからないのである。まあ、僕の兄弟は男ばかりなのだから、「妹ではあるが長女」という存在が僕の妹になるのが自然であって、ゆえに例の一月生まれの彼女や二月生まれの彼女が、「妹」としては最も近いのである。
と、ここまで書いて、一月生まれの彼女というのが最も「妹」っぽいことに思い当たった。とても仲が良く、スキンシップはいくらでもするが一線は越えない。何ヶ月でも連絡を取らず、年単位で会わないこともある。だけど会ったらラブラブの仲良し(だと僕は思うのだが)である。別に大げさに難しい話をするわけでもなく、趣味も合うような合わないような感じではあるのだが、なんというか気が合うことは確かである。けんかなんかは全然しないけど、そりゃ二十歳過ぎたらしないわな。十代の頃はいろいろあったけど。
そういうわけなので僕はいま勝手に一月生まれの彼女を妹認定するのであった。うむ。よし。
それにしても、僕の周りに「生粋の妹」(姉のいる妹)がいないというのは本当に象徴的なことである。いたら名乗り出ていただきたい。
いま一人、思い浮かぶには思い浮かんだんだが、「僕の周り」と言えるほどの親しさであるのかどうか。そのくらいの温度の人ならいるのかもしれないけど。「ある一時期仲が良かった」とか。うーむ。「姉のいる妹」と仲良しで居続けるのは、僕にとっては難しいことなんだろうか。いや、忘れてるだけかな。しばし研究を続けよう。
さて最初に戻る。
そういえばそもそも僕は「同じ部屋で何時間も遊んでたり手を繋いで歩いたり一緒にお風呂に入ったり」というのを羨ましいと思ったのであった、それでいて性的な意識や関係がないのだとしたら。
ところが、先ほど妹認定した一月生まれの彼女と一緒にお風呂に入ることは不可能である。当たり前だけど。そりゃ向こうがよいと言えばよいんだけども、それはさすがに「一線を越える」の「一線」になってしまう。そう考えると、これまた勝手に「認定取り消し」をしなければならんのかなあ。つっても、まったく赤の他人で、一緒にお風呂に入れるような相手なんてのは存在すんのか? きょうだいだって恥ずかしくて入れないだろうに。あ、いやいや。問題は「恥ずかしいかどうか」ではなくて、「性的に意識するかどうか」なんだっけ。それを考えても、一月生まれの彼女と僕との間にそこまでの成熟(?)があるかどうかは、ちょっとよくわからない。一度やってみなければ。嘘です。嘘ですがこんな話をしても冗談になるであろうから、やはり妹にはわりと近いであろう。などと一方的なラブコールをもうずっと送っている気がする。ふん。シスコンの兄とブラコンではない妹、というところか。なんて好意的に解釈。
マジメな話、お風呂はやりすぎだ。手を繋いで歩くというのも、これはグレーである。同じ部屋で何時間も遊ぶってのは、これはいいね! それとか、もうちょっと違うスキンシップね。こないだ「女の子の背中を枕にして寝っ転がる」というのをやったんだけれども、ああいう類のスキンシップが自然にできるというのはかなり妹的なのではなかろうか。残念ながらその人には「妹」とは別の称号をすでに与えてしまっているのだけども。一応言っておきますと彼女じゃないですけど。そう言うと「破廉恥なやつだ!」と言われてしまうんですけれども、いいんだよ! 妹的なんだから! 的? 的じゃだめか。うーん。十年経ちそうで未だにちゃらんぽらんですね。
そういうわけで「性的な意識や関係なしに背中を枕に使わせてくれるような年下の女の子」を僕は広く募集します。「膝を枕に」だとそれだけで性的なのでよくありません。やぶさかではないけど。
宛先は
こちら
2010/6/22
考えてみれば僕の十五歳の頃というのは本当に未熟であった。未熟であるということは成熟の余地があったということでもあるから、あの頃の僕を形容するのに最も適切な言葉はやはり「未熟」であろうと思う。
ここ二年くらい、中高生と接する機会が職業柄どっと増えたので、彼らをつぶさに観察してみるに、「未熟」と言えるような子とそうでもない子がいることに気づいた。「未熟」と言えないということは成熟しているということかといえば、そうでもなく、「成熟する余地があるのかないのかわからない」ということが多い。
「未熟」というのは「未ダ熟サず」である。つまり「まだ熟していない」。「これから熟しますよ」という意味。「熟していないし、これからも熟すことはない」という状態の場合は「未熟」とは言わぬわけだ。ちと無理矢理だけど。
それはどういう状態を指すのかというと、「もうすでに価値観がすっかり固まっている」という場合。悪くいえば「洗脳が完了している段階」とでも言うか。「疑問を持たない状態」と言ってもいいかもしれない。
一度そうなってしまうと二度とそこからは抜け出せない、というのではないが、抜け出すためにはいったん「壊す」ということをしなければならないから、それはけっこう大変なことだ。相当なショックを与えなければ変わることはない。しかも僕の持論からいうと人間は十歳くらいでいったん完成してしまうので、それより以前の状態に遡って人格が形成し直されるようなことはない、のではないか、と、個人的には思っている。
「成熟していないし、そう簡単には成熟しそうもない」という、半熟のまま固まってしまったような子たちが、かなりいる。
そういう子たちを成熟させるのは、いち教員の力では難しい。教員ができるのはせいぜい「導く」というところまでであって、「引っぱる」ではない。「成熟」への地図を書いてあげることはできても、手を引いて、あるいはおんぶしてそこまで連れていってあげることはできないし、経験値をあげることもゴールドを授けることもしてはいけないことになっている。
ので、教員が注目するのは「未熟」な子である。わけもわからず生きていて、一つの結論も持たないで疑問だけを両脇に抱えて右往左往しているような子。そういう子には伸びしろがあるし、地図やヒントを一つ与えて放っておいたらそこから百でも二百でもよいものを掘り出してきてくれる。これには成績の善し悪しはそれほど関係がない。特に男子。
とはいえ、「未熟」のように見える子が本当にその後しっかりと成熟するのかというと、それは僕にはよくわからない。「その後」次第でもある。基本的に教員は無責任だから自分の監督すべき期限が過ぎたら「その後」の面倒なんて見ない。「そういうもんだ」と思えなければ、とても教員なんてやっていけない。たった二年しかやんなかったのに、僕は彼らの「その後」を考えるだけでもう頭の中が破裂しそうに悩ましいのである。その点においても僕は教員には向かないであろう。いや、実際はどの教員もみんなそうなんかもしれない、みんな「その後」を気に掛けてはいる、人間であればそんなことは当たり前だ。が、気に掛けたところで卒業生は自分のことを気に掛けてなどくれない。再び会話を交わすことなど多くの場合はあり得ない。それでも「そういうもんだ」として、「今年もやるぞ」と言えるのが、適性なんだろう。思えば人と人との出会いなんてほとんどそういうようなもんであろうしね。
2010/6/21 反対側
インターネットをやっているとくだらねーことによく遭遇する。あほくせーと思うようなことに満ちている。その中でどうにか上手にやっていくために、書くということに極力自覚的になって、可能な限りは慎重に、それでいて自分の書きたいこととの折り合いをつけていく。そのことばかりひたすらに考えている。うまくできないのでときおり波風が立つ。「そんなにまでして何を書きたいんだ?」という気にもなる。しかし「これをライフワークにしよう」と無邪気に誓った十五の自分に言い訳をするように頑なに書くのをやめない。中毒と言われれば僕は違うと思うが別に否定はしない。打算かと言われれば完全に打算だと答える。
夜中に誰もいない小さな公園で、女の子と、地べたに寝っ転がって、曇り空とおぼろ月を見上げているという光景があった。
本当に静かで、明かりもないから真っ暗で、酒も煙草も口づけもなく、言葉さえほとんどない。そこへ夏になる前の涼しげな風が吹く。
こういうのは永遠に覚えているのだと思う。
周辺にあるものはほとんど永遠に昔からあって、永遠に未来にも存在し続けるようなものばかりだった。
そういう時間やそういう時間を共に過ごせる相手がいることが、ほとんどそれだけが僕を勇気づけるのである。
それは中学生の頃に友達のTくんと永遠にくだらないことばかりをやって遊んでいた時間のように大切だ。
それは十代の終わる頃に友達のSたんと永遠にくだらない言葉だけを交わし合っていた時間のように重要だ。
けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。
笹錦洸はずーっと島本圭子を追いかけていたんだけれども、最終的には丘野ひろみと結ばれるわけです。まあ彼にとってはちっとも「最終」じゃないんだけども。いや『BE FREE!!』という漫画の話です。
くだらないことは幾らでもある。意味を考え出したら愛なんてわからなくなるし、意味を考えなかったら感情なんていつしか消え去ってしまう。だからこそ僕はいっさい意味のない世界で誰かとぼんやりしていたいわけである。
そうでなければもうイヤでイヤでたまらないのだ。
あの二十四歳の若い先生もそうだったのかもしれない。
2010/6/20 寓話「課長の悪口」
社員Aという人がいるとします。
社員Aは「ブログ」をやっておりまして、ある日の記事の中で「畜生」という二文字を書き込みました。その書きざまは鮮やかなまでにわかりにくく、前後関係から推察しようとしても、いったい社員Aが何に対して、あるいは何故「畜生」と思っているのかはわかりません。例えばこんなふうです。
「昨日は食堂でチャーハンを食べた。畜生。それから午後の仕事を頑張った」
社員Aのブログの読者たちは、「何が畜生なのだろう」と軽く思って、それからすぐにそのことを忘れました。
しかし、社員Aの同僚の社員Bという人は、「これは課長に対して言っているのではないか」と目星を付けました。この日の午前中に、社員Aが課長から叱られていたことを社員Bは知っていたのです。きっとそうだろうと勝手に確信した社員Bは、翌日課長にこう言いました。
「社員Aが、昨日ブログに課長の悪口を書いていましたよ」
課長はインターネットに疎く、「ブログ」と言われてもあんまりピンとこないような人でしたが、とにかく社員Aが自分の悪口を言っているということだけはわかって、すぐに社員Aを呼び出して叱りました。
「お前は俺の悪口をインターネットに書いているらしいな。ええ?」
「滅相もありません。そんな事実はございません」
「言い訳は無用。月夜ばかりではないことを肝に銘じておきたまえ」
といった具合で社員Aは課長に嫌われてしまい、窮屈な会社生活を送らざるを得なくなってしまいました。
社員Aが「畜生」という言葉に何を込めようとしたのか、それは誰にもわかりません。課長は実際にそのブログを見ていないし、社員Bは思い込みで勝手に思っただけだし、社員A本人だって、深い考えもなくただ軽い気持ちでそう書いただけでした。「なんだか昼飯を食いながらムカムカしていたな」という記憶だけがあって、それに従って社員Aは「畜生」と書いたのです。その「畜生」の背景には「課長に叱られた」という事情があったのは恐らく確かだろうとは思いますが、しかしそれが「課長の悪口」という種類のものなのかどうかは、判然としません。
もちろん普通に考えたら「悪口」というものではないのです。でも、社員Bがそれを「悪口」と表現してしまった以上、その内実が本当はどのようなものであったろうと、課長の耳には「悪口」という形で届きます。課長はインターネットには疎いのだし、だいいち部下のブログをわざわざチェックするなどという面倒なことはしたくありません。社員Bからの「悪口」という報告に裏付けを求めるというようなことも、別にしません。課長だって忙しいのです。もしもここに「課長は社員Aよりは社員Bのことを信用している」という些細な事情でもあろうもんなら、きっと課長は社員Bの言をそのまんま鵜呑みにし、「ああ、悪口を書いていたのか。けしからん」とくらいに短絡的に思います。別にこのことで特に課長に非はありません。この場合の課長は、「信頼できそうな部下は信頼し、信頼できなさそうな部下は別に信頼しない」という、人間として上司として割と当たり前なことをしているだけなのです。
「裏付けを取らなかった」という点に関して課長は責められるべき、という考え方もありますが、しかし課長にとっては「それをするほどには大きな問題でもない」のです。どうでもいいことに対して裏付けを求めないというのは当たり前のことです。社員Aなんて、所詮はたくさんいる部下のうちの一人なんだから。
さて。この不幸は、誰のせいで起こったんでしょう?
むろん、社員Aが軽率だったのです。自分が「ブログ」に記すことが、将来どのような結果を招くのかを考える想像力が、社員Aにはなかったということです。ただ同情すべき点も多々あって、「まさかそんなふうに勝手に解釈して、勝手に上司に告げるような人がいるとは思わない」というところです。
社員Aが書いた「畜生」という二文字は、本来どのようにでも解釈できることですし、別に解釈する必要もないことだったのかもしれません。実際、社員B以外の人間は誰もその二文字に「解釈」というものを与えませんでした。ひょっとしたら、書いた本人ですら。
無限の解釈可能性があって、それがゆえに「ゼロ(=解釈しない)」という“答え”だって存在できたような表現に対して、社員Bという第三者が恣意的な解釈を作って、当事者「かもしれない」というだけの課長のところへ提出する。それを聞いて課長は怒る。一次情報には当たらず、社員Bからの二次情報のみをソースとして怒る。なぜなら課長にはそれ以外の情報というものが与えられていないし、能動的に情報を得ようと思いたくなるような重要な問題でもないので、「向こうから勝手に飛びこんできた情報」をのみソースとして扱うのです。これは、誰だってやっていることです。
たとえばスポーツ新聞や週刊誌の記事を鵜呑みにするのは、だいたいその記事の内容に関してさしたる興味を持たない人です。「芸能人Cが芸能人Dを殴った」という記事を読んで、「ああ、そうなんだ」と思うような人は、だいたいCにもDにもあんまり興味がないのです。ないくせに、「ふーん」とか思って、学校や会社で、あるいはメールでネットで、「ねえねえ知ってる? CがDを殴ったんだってさ」なんてことを言います。こういう人には罪はありません。が、それがゆえにたちが悪いと思います。
本当はCとDとの間には「とても週刊誌の記事なんかには書ききれないような複雑な事情」があったのかもしれないし、あるいは「事情なんて一切ない」のかもしれません。それはわからないことなのです。わからないので、「わかりたい」と思ってしまうような人は、「とりあえず目の前にある唯一の情報源である週刊誌」を信じます。週刊誌以外に情報源や検討材料を持っている人はもうちょっと慎重に考えるのかもしれませんが、週刊誌(ひいてはそれを引用したネットニュースやワイドショーなど)しか知らないような人は、それを信じる以外にやりようがないわけです。「わからない」というモヤモヤした状態を嫌う人は、現代には腐るほどいます。
僕はそういう人たちは全員、嫌いだけどね。
ここで僕が何を言いたいかということは、だいたいの人はわかっているかと思います。要は僕は「社員A」のような軽率さも、「社員B」のような浅薄さも、「課長」のような頭の固さも、すべて嫌いなのです。こういう状況が僕は、本当に心の底から嫌いなのです。それを言いたいだけです。
そして、「週刊誌」のような卑劣さも、「それを鵜呑みにする人たち」のような愚劣さも、同様に憎んでいます。
すべてがもうちょっと慎重に進んでいったらいいのにと思うが、どうやらそうもいかないらしい。
人は急いでいるのだ。
2010/6/16 くびら
リンクを追加というか、変更しました。幾つか年下の友達が開いたサイトで「鯨のびらびら」と言います。以前は同名のブログだったのですが、考えるところがあってhtmlにしたそうです。僕はhtmlが大好きなので、仲間が増えて嬉しいです。ワーイ。
僕は二十歳の頃に二十五歳の自分に出会いたかったなあと若干思います。若干というのは、もしも二十歳の頃に二十五の自分と出会っていたら、その五年後には恐らく現在の「二十五の自分」とは違った「二十五の自分」になっているだろうと思うから。僕は現在の二十五歳の自分が好きだし、二十歳から二十五歳までの五年間に、何か遠回りをしていたり、無駄なことをしてきたという実感が一切ないので、別に二十歳の頃に二十五歳の自分と出会っていたっていなくったって、そんなに変わらないのではないかと。
「鯨のびらびら」の昨日付の記事に、こう書いてあった。
「自分の写真とか映像とか平気で見られちゃう人って凄く地続きに生きているというか、恐らくずっと本質的には変わっていないのだろうなと思う。」
これはもう僕のことですね。別にこれを書いた彼は意識なんかしちゃいないのだろうと思うけど。僕は昔の写真だろうが映像だろうが、平気で見る。ちょっと恥ずかしいけど他人にさえ見せられる。当時の自分も、そこから時間を隔てた現在の自分も、どちらも肯定できるし、本質的には同じものだと思っているからかもしれない。「鯨のびらびら」を読んでそう感じた。
そういえば最近僕の弟子(一人だけいるのです。十六歳の女の子)も、昔の写真を見て思ったことなどをネットに書いていたりした。それをさすがに僕ほどは肯定的に見ていないみたいだった。まあ、若いから比べるのも何なんだけど。
僕は自分の写真を見ても「かわいいなあー」とか「写り悪いなあー」とか思うだけで、そこにいるのは紛れもなく「自分」だと思っている。見た目も小学生くらいからほとんど変わっていない。髪型がほとんど変わらないから、よりそう思える。珍しく髪型が変わっていても、「ああ、この頃はこういう髪型だった」くらいにしか思わない。僕はそのくらい地続きに生きているらしい。
あまりにも地続きに生きすぎた結果、今までの自分がすべて一本の線に統合されてしまったのがここ数年くらい。と言ってもまだまだたくさんのノイズはあって、実際に一本の線なのかどうかってのはよくわかっていないんだけど、ほとんどそんな感じがしている。ってのは、逆にいえば、二十歳とかそれ以下の年齢の人ってのは、ちっとも自分を「一本の線」として見られていないのかもしれない。そして、いつか自分を「一本の線」として捉えるような時が来るのかもしれない。それを「人格の完成」とかなんとか言うのかもしれない。
「自分は地続きに生きていない」と思っているような人でも、いつか自分の昔の写真を平気で眺められるようになるのかもしれない。僕は比較的地続きに生きてきたような気が「今は」しているが、昔はそんなふうには思っていなかったかも知れない。思春期のころはもっとグラグラしていて、「自分」というものがよくわからなかった。わかるようになった、と思えるようになったのは、本当にここ三年間くらいだから。
そう思うと、二十歳とか、それ以下の年齢の人たちっていうのは、まだまだ全然完成されていないのかなと思う。だから「若いなあ」と偉そうなことを思ってしまうことだってあるし、その裏であまりにも大きな期待をかけてしまう。
僕は多少、「自分より若い人にしか可能性はないんじゃないか」とか思っている傲慢な人物なので。もちろん無限の可能性をまだまだ秘めている年上の人だって死ぬくらいいるんですが、若い人はもう、ほとんど無条件でそうなのだ。
2010/6/14 『ようこそ・おちこぼれカレッジ』と『BE FREE!!』
友達から「今宵深夜にやる映画が面白いから見るべし」という旨のメールを受け取り、珍しくテレビをつけた。『ようこそ・おちこぼれカレッジ』という、日本ではソフト化もしていなければ地上波で放送されたこともないアメリカのコメディ映画だった。
どの大学にも落っこちて両親にも見放されかけていた主人公バートルビーが「サウス・ハーモン工科大学(SHIT)」という架空の大学を作って運営していく、というわけのわからない無茶苦茶な話。合格通知書の捏造から始まり、ウェブサイトを作成し、廃墟となった精神病院を改造してキャンパスにしたり、近所のキチガイおじさんを連れてきて学長に仕立て上げたりして両親を騙す。ここまでで終わればいいのだが、面白いのはこの架空の大学に「新入生」が多数入ってきてしまうこと。ウェブサイトに「ワンクリックで合格」という意味不明なキャッチを書き、実際にワンクリックで手続きができるようにしてしまったところ、それを本当だと思い込んだバカやキチガイがたくさん群がってきてしまったのである。リアリティを無駄に追求した結果、取り返しのつかないことになってしまった。
バートルビーは最初はみんなに事情を話して解散させようとするが、「どの大学にも拒絶されてここにたどり着いた新入生たち」に同じ境遇の自分を重ね合わせ、ついつい「大学に入る機会をサウス・ハーモンが与えよう!」と演説してしまう。
そんなわけで「大学」が始動するわけだが、集まった学生はバカとキチガイばかりなので、キャンパスは無法地帯となった。やりたい放題である。スケボーとバカンスとロックンロールが支配する空間はほとんどパラダイス状態。そこでバートルビーたちは「ここでは自分がやりたいことを学べる」として、自由奔放なカリキュラムともつかぬカリキュラムを組み上げる。一人一人から学費は集まり、金はあるから、本当に何だって好き勝手にやれてしまった。……。
みんな好き勝手なことを好き勝手にやるだけだが、実はそれが「本来の学び」になっている、というのがこの映画の一つのテーマである。スケボーの好きな人間はスケボーをやる。しかしスケボーの設備を作るために工学が必要であったり、物理学や空気力学も関係してきたりして、学びたい者はそういうことも学ぶ。本来「学び」とはそういうものであって、凝り固まった「カリキュラム」などというところから解き放たれたところにこそ、教育なるものの真髄はあるのだ、と。
もちろん僕はこの映画が好きだ。一度しか見ていないが、ほとんど愛しているとさえ言っていい。なぜならここには「学ぶとは何か」「教育とは何か」を根本的に、真剣に考える過程があるからだ。サウス・ハーモン工科大学のやり方が唯一正しい方法だとは言わない。しかし彼らのやり方は、非常に大切なことを語りかけてくるようには見える、少なくとも。それでいて、全員が全員、バカでキチガイなのである。これは真剣な映画ではない。バカ映画だ。最初から最後までバカでキチガイで荒唐無稽だ。笑える。抱腹絶倒のエンターテインメントの中に、本当に大事なことが「あからさまに隠されている」という作品が僕は大好きなのだ。考えてみれば『9条ちゃん』や『39条ちゃん』というのは、ほとんどこの映画と同じような作り方がされているのかもしれない。
実はこの映画を見ながらずっと、「何かに似ているな……」ということを考えていた。見終わってからハッと気づいたのだが、それは江川達也氏のデビュー作『BE FREE!!』という漫画だった。
僕は『BE FREE!!』ほど根本的にそして真剣に教育というものを考えている作品を一つも知らない。そして『BE FREE!!』ほど愉快で型破りな「教師もの」の作品も見たことがない。「マジメな思想」と「バカなお笑い」とのバランスが、これほど程よくブレンドされたエンターテインメント作品は本当に希有である。さらに言えば、そこに「エロ」が含まれているというのも……。もっと読まれて評価されたっていいと思うのだけどなあ。
考えてみれば僕が(一時期とはいえ)学校の先生になってしまったのは、確実にこの『BE FREE!!』という作品のせいである。僕は笹錦洸になりたかったのかもしれない。そういえば笹錦は確か24歳で、僕が教員だった年齢とちょうど重なる。どうでもいいけどこの作品は僕の生まれた年に連載を開始している。どうでもいいけど。
『ようこそ~』と『BE FREE!!』とは、ほとんど同じ教育観を理想としているように見える。そのあたりは暇な人に作品を鑑賞してもらうことにしよう。前者はともかく、後者はだいたいどこでも読める。運が良ければ一冊100円以下で全巻揃えられるので、オススメする。前者は「サウス・ハーモン工科大学が大学として認められるかもしれない」というところまで行くし、後者は「笹錦が文部大臣になる」というところまでちゃんと行く。理想の教育観が、実際の社会に大きく働きかけるところまでを描いているのだ。教育革命というものがあるとしたら、このくらいのところまで行ってくれなければ困る。
2010/6/12 前例
「前例がない」ということでとりあえず僕は高二の秋に一週間の停学を申し渡された。自分がしたことは確かに問題行動であって、当時も今も反省し続けている。ただ、僕が反省している「問題」とは「前例がない」ということではなかったが。
路上に枇杷が落ちている。美味しそうに色づいている。君はそれを食べない。路上に落ちている枇杷を君は食べたことがないからだ。「前例がない」ということで君はその美味しそうな枇杷を食べない。道ばたに落ちている枇杷を食べたって死にはしない。家に持って帰って表面を洗えば、それはもしかしたら八百屋やスーパーで売っているものよりも安全だ。だけども君はその枇杷を食べない。八百屋やスーパーで買ったのでないものを食べるということは君にとって「前例がない」から。それで君はその枇杷の前を素通りする。
一度その枇杷を食べてみたらどうだ。勇気を出して持って帰って、洗って口に入れてみる。美味しければそのまま喉を通して胃に運べばいい。そうしたらそれが前例となって、君はこれから枇杷でも柿でも蜜柑でもなんだって食べられるようになる。そのはずだ。幼き日には君はそうやって成長していたはずなのに、いつの間にかできなくなっている。
自分でものを考えるんだよ。君は自分でものを考えたことがない。そういう「前例」を君は持たない。だからいつでも人任せだ。君は誰かに「やれ」と言われて何かをやって、「前例」にして、そればかりをする。繰り返す。
自分で見て聞いて考えて判断して、という「前例」をできるだけ早く作っておかないと、一生そういうことのできないままになってしまう。
ちょっと勇気を出すだけのことだ。道ばたに落ちている枇杷を食べてみること。そういったことから始まるんだ。消費期限切れの牛乳を飲んでみるとか。そうやって僕たちはあらゆることを学んでいたはずだ。それがどうして「他人の前例」ばかりを基準にするようになってしまう。
だから僕は、塾なんて行かなくったっていいんだと思っている。
本当に本気で。
2010/6/5~10 旅行
五日。
訳あって飛行機の往復チケットがタダで手に入ったので、生まれて初めて飛行機に乗ろうと思って自転車で羽田空港まで行ったはいいが、初めて空港に行ったのでどこに行ったらよいのかわからない。第一ターミナルと第二ターミナルがあって、それぞれ到着と出発と入り口が違う。しかもそれらがすべて数百メートル単位で離れているのだから、すっかりてんてこ舞いしてしまった。ゆえに僕は飛行機に乗り遅れた。
仕方ないから川崎まで自転車で走って、鈍行列車で十時間近くかけて大阪へ。友人宅へ泊まらせてもらう。毎度ながら面白い話ができて嬉しかった。
六日。
朝十時、寝ている友人をそのままにして出立、神戸へ向かおうとしていたら、自転車が深刻なエラーを起こした。なんとハンドルがまともに切れなくなってしまった。おっかなびっくり尼崎あたりまで行って、街の自転車屋さんに修理を依頼。本当ならパーツを全部取りかえなきゃいけないところを、「本来穴があいてないところに穴をあけて、そこにねじをねじこむ」という離れ業によって解決。予定より一時間ほど遅れて三宮に到着。
人脈を駆使して人を集め、東遊園地公園というところで宴会。最終的には十三人(累計かな)もの大所帯に。小さなビニールシートでこぢんまりとお茶を飲む。アルコールは入れず。なんという健全な。
ひふみよを観る。ちょっと挨拶。それからまた違う人たちと七人くらいで飲みに行って、それからまた別の人たちと飲んだ。やっぱり酒なんだな、どこへ行っても。僕は大好きだから構わないが飲めない人は大変だ。
生田神社の脇の坂を登ったところにあるバーは、完全に「お姉さん」しかいなくって、楽しかった。また行きたいな。神戸でお会いする方がもしいたら、ぜひ。友達と三人でホテル泊。うち女の子二人だけど僕は何も気を遣わない。片方は姉なもので。
七日。
七時過ぎに電車に乗って笠岡へ。友人の出身地なのでそこから走り始める。これまた友人の出身地である福山を通り、尾道を横目に見て、山道へ。このあたりから雨が降り始める。目的地に着いたころにはすっかりザーザー降っていて閉口した。
ひふみよ会場に着くと、無銘喫茶で知り合った友達が三人ほどいて、「ここは新宿か!」と笑いあった。終わってから兄と合流し挨拶して四人くらいでちょっと飲む。駅前ネットカフェ泊。あまりに疲れていたため寝すぎて超過料金取られた。
八日。
広島駅から三次まで電車に乗る予定だったが、間に合わないような気がしたので備後落合まで乗ってしまった。ワンマン列車に一人きり。貸切状態を満喫しながら単線の静かな音を聴く。ほかの列車とすれ違うということが絶対にないから、ゆったりとしてのどかだ。
自転車を組み立てていると、広島駅に工具を忘れてきたことに気づく。あれがなければサドルが固定できない。しかたないのでグラグラしたまんま走り出す。怖くてスピードが出せない。このようなアクシデントがあるから自転車というのは難儀である。そこがまた楽しいんだけど。途中のガソリンスタンドで工具を借りて直す。こういう非日常の「助けてください」が急に飛びこんでくると、だいたいの人は笑顔で嬉しそうに迎えてくれる。「他の人を助けたり、他の人と仲良くすると、気持ちが良くなる」だ。小沢健二さんの『うさぎ!』より。
びゅんびゅん飛ばして「奥出雲」へ。出雲から五十キロだから六十キロだから離れており、出雲大社に行くにはものすごーーーく遠回りなのだが、用事があるので仕方ない。途中、奥出雲バーガーなるものを食べる。おいしいけど、少し高い。380円。目的地は玉峰山荘というところで、将棋の棋聖戦第一局の会場。梅田望夫さんが観戦記を書きにくるとのことで、姉に誘われて行ってみた。楽しかった。温泉に二度浸かった。信号所に汽車が止まった。いや、宿泊所に記者が泊まった、とすれば正しいか。それにつけても米のうまさよ。
夜十時そこを出て、一路出雲へ。月が出ておらず、真っ暗で何も見えない。対向車とすれ違った瞬間はライトに目を潰されて本当に一切が目に入らない。。自転車を走らせていていちばん怖いのはこのときかもしれない。代わりに、星が無限に見えた。「星がいくつでも、星がいくつでも見えるよ~」などと歌いながら走った。たまに街灯があるとオアシスのように見える。
この、奥出雲から出雲までの真夜中の行程が、この旅の中で最も幸福を感じられた道だったかもしれない。こういう気分は本当に、長距離を自転車で走る人にしかわからないだろうと思う。冷たい風。温まる身体。暗闇と数えきれぬ星々。車の通らない自然に囲まれた一直線の道。かつて「こんな恋を知らぬ人は地獄へ落ちるでしょ」と歌った人がいたが、僕は同じことを自転車についても感じる。もちろん恋愛についてだって感じるけど。
午前零時ごろ。出雲市に入ったくらいの川沿いの道を走っていたら、数十メートル向こうに点滅する光る物体が浮かんでいるのが見えた。なんだろうと思って近づいてみると、それは蛍のようだった。あわてて、走りながら辺りを見渡してみると、たくさんいる。深呼吸をするようにゆっくりとおしりを点滅させながら、すらすらと飛びまわっている。ガードレールの下の雑草に止まっていた蛍を手にとって撮影して、何人かの年下の友達に送ってみた。「初めて見た!」という感想が返ってきた。嬉しくなった。いつか彼女らもこうして自転車で走りながら蛍を見つけて手にとって撮影して誰かに送って「初めて見た!」とか言われるだろうか。そんな状況が誰にでもあるわけがないけれども、それに似たうれしさの瞬間はきっとあるだろう。
出雲市のネットカフェ泊。最近のネットカフェは本当に至れり尽くせりで、びっくりする。
九日。
七時に出発し、出雲大社へ。ぐるぐる見て回る。宝物殿に入ると、東京からやってきて出雲大社に魅せられて居着いてしまったという係員のお兄さんが展示のガラスを拭きながらいろんなことを話してくれた。やったら豆知識が増えた。「今日のお客さん第一号です」と言ってもらって、どうでもいいことかもしれないけどやっぱりなんだかちょっぴりいい気分だった。
出雲大社は遷宮の準備で本堂は見ることすらできなかったけど、それでも充分に伝わってくるものがあった。去年の暮れに伊勢神宮に行ったばかりなんだけど、僕は出雲大社のほうが居心地の良さを感じられた。単純に人の多さが違うということもあるんだろうけど。
大社を出て北へ。山を登る。海へ出てぐるっと時計回りに松江に行こうと思っていたのだが、見事に道に迷って、同じ峠を何往復もする羽目になって心身ともにズタボロになった。晴れすぎていて暑い。日御碕のドライブインで出雲そばを食べて身につけた元気が全部どっか行った。ぐるぐると迷いに迷って数十キロの山道を走り、最終的に出雲大社から数キロという場所に再び出てしまったときは唖然としたものだった。時間がないので仕方なく大社に戻って、再びそのあたりを観光したのち、出雲市駅から電車に乗ることにした。まったく、うまくいかないこともあるものだ。まあ、迷ったおかげで日御碕神社を見ることができたし、灯台にも行けたから、結果的に悪かったということはないんだけど。
さすがに疲れたし、待ちあわせもあったので倉吉まで電車で行った。そこで数年前からネットで目をつけていた若者と会う。自転車を車に積んでもらって、鳥取観光と相成った。砂丘や投入堂といった名所は本当に素晴らしかった。二十五歳にもなって砂丘を走り回ってキャッキャ言ってたのは恥ずかしいけれども、しかし初めて行ったのだから仕方ない。波打ち際でキャッキャ言ってはしゃいでたのも、海なんてあんまり行かないから、仕方ないのだ。
彼はやたら鳥取に詳しく(いや、鳥取にというよりは色んなことに詳しいのだ。それで目をつけたいたというのもある)、様々な「トットリビア」を僕に仕込んでくれた。ためになったなあー。ありがとう。
夜はまたもやネットカフェ。2480円で12時間、これだけなら普通の値段だが、なんとわりとしっかりした食事が二食付く。しかもポップコーンとソフトクリームと飲み物各種が食べ放題飲み放題。牛乳とかもあった。安いなー、鳥取。せっかくなのでぐっすりと寝た。
十日。
宿を出て、湖山あたりを通って鳥取大学へ。学食でLサイズ262円のカレーを食べる。味は甘口。鳥取大学文芸部の冊子を貰ってきてトイレで読む。あとでメールしてみようかな。鳥取大学はキャンパス内に古墳がある。すごいなー。雰囲気はなんだか以前行った愛媛大学に似ていた、ような気がする。筑波大学の一部にもちょっと似ているような。地方の国立大学はみんな似たような作りなのかしら。あ、みんな自転車に乗ってるっていうのも、似てるな。
それから空港行って、びゅーん。
羽田。自転車で新宿へ行って無銘喫茶。朝になって今に至る。以上。
種から実をつけるのを待っている。
君が成長するのを待っている。
世界が動くのを待っている。
それまでは不貞のまま僕は向日葵になっていたい。
2010/6/5~10 予定
東京→大阪→神戸→大阪→笠岡→広島→島根→鳥取→東京
大阪~鳥取間は自転車で参ります。
ただ、大阪~笠岡間は電車に乗らないとたぶん間に合わないのでそうすると思われますが。
となると純粋に自転車で移動する距離は、せいぜい500~600キロ程度か。
余裕すぎるぜ! とか思うけど持病的に膝が悪いので心配ではある。
2010/6/4 受験勉強
受験勉強か。やったなあ。
つまんねーやつになんないように苦労したもんだ。
自分で自分に課していたのは
・塾・予備校の類は行かない
・学校は一日たりとも休まない
・遊びに誘われて、少しでも「行きたい」と思ったらその時点で勉強ぜんぶやめて遊びにいく
・年が明けるまで「暗記」は一切しない
というところ。これらはすべて頑なに守った。
ほぼゼロからだったけど勉強を始めたのは5月からで、8月中旬くらいからはすっかり気が抜けて、部活の夏合宿にも行ったし、まあ楽しいことはだいたいやった。女の子とも遊んでいたけれども、だいぶ精神状態がいかれていたのでずいぶんと迷惑をかけた。ごめんなさい。
それでまあなんとかなったのか私大文系だったからであって、東大とか目指してる人には参考にもならんのだろう。が、まったく関係のない話でもない。
15歳から18歳までの期間ってのはやっぱり、大切だからねえ。それを犠牲にしてまで東大行く意味があるのかっていうのは思いますよ。「高校では遊んで、一浪して東大」ってのはもしかしたら、いちばん正しいやり方なのかもしれないな。おざわさんしかり、橋本治しかり。僕ももし浪人してたらたぶん東大に向けて猛勉強して、実際に入っちゃってたかもしれない。そう考えると落ちていたほうがよかったような気もしないでもない。高三のとき、中途半端にいっぱい勉強しちゃったから、よくないのだ。ってのはまあ、現役でうまくいったから言えるんだけども。
そういうわけで、これから受験勉強でもしようかと思っている人は、上手にバランスをとって、あとから「勉強しかしていなかったな」と振り返るような青春にならんように、そして「ああいうふうに勉強していてよかったな」と思えるようなやり方で、やっていってほしいものよ。
上に挙げた中でいちばん大事なのは実は、「暗記はしない」だったりするのだ。前に書いたけど勉強というのは理屈を知ることだから、ある程度(高校レベルで)根本的なところから理解しないと、やる意味がない。詰め込むだけではそれ以降役に立たんし、つまらんことにしかならん。
どうせすべてすぐに忘れるのだから。
高校時代に覚えたことをすべてすぐに忘れてしまうなんて、僕だったら耐えられない。
2010/6/3
5日から旅に出るので、その準備で大わらわ。
数学を明日の夜だけで終わらせなければならない。困ったなあ。
2010/6/2
最近よいことが立て続けに起こるんだけど、その代わりお風呂のバランス釜が調子悪い。携帯電話が充電できない。なんだかんだ言って、大学の勉強がけっこう大変。暇なときに限って仕事が入り、忙しい時には仕事がない。忙しい時に仕事が入ればもっと忙しくなればいいだけの話だが、暇な時に仕事が入ってしまったら常に満遍なく忙しい人になってしまう。
ぐうたら感謝の日くらい、もうちょっとぐうたらしたかったが、午前中は仕事をして、午後はわざわざ早稲田まで授業を受けに行った。ああ、あああ。
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