少年Aの散歩/Entertainment Zone
⇒この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などとは、いっさい無関係です。

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2010/01/31 「怒る」の二つの意味

 僕はもうちょっと柔和に生きていこうと思います。
 語気を強めると怒っていると言われるので気をつけなければならないし、誰かに注意・勧告・諫言などの類をしても、怒っていると言われてしまうので、控えたほうがいいようだ。僕は、自分が怒っているつもりもないのに他人から怒っていると言われるのが非常に嫌だ。
 僕は日ごろ、あまり感情的には怒らないのだ。感情的に怒った時には「ああ、怒ってしまった」とわかって、それは年に一度あるかないか。その時を除いて、「ジャッキーさんが怒った」なんて言われると、「怒ってないのにな」と思って、非常になんだか嫌な気分になるのである。説教をしたり、理屈をこねたりすることはたまにあるので、たぶんそれを取り上げて「怒った」などと、言う人は言うのであろうが、僕は「怒った」という言葉の中には必ず「感情的に」という意味が含まれていると思っているから、「違う」というのである。

 たとえば、イタズラをして、見つかって誰かに「コラーッ」と言われたとする。「コラーッ」が感情的な「コラーッ」であれば、その人は「怒っている」のだし、言われたほうは紛れもなく「怒られている」になる。事後、イタズラをした側は「怒られちゃった」とも言うだろうし、「あそこのオヤジが怒ってた」とも言うことができる。
 が、イタズラをして、「コラコラ」と言われたとする。その「コラコラ」が、感情的ではなく、事務的または純粋に教育的に発せられた「コラコラ」であった場合、どうだろうか。その人は「怒っている」のだろうか。イタズラをした側が「怒られている」のは間違いないが、その人が「怒っている」かどうかは、難しいところだ。事後、イタズラをした側は「怒られちゃった」と言うだろう。しかし、「あそこのオヤジが怒ってた」と言うことができるだろうか? 事務的または純粋に教育的に発せられた「コラコラ」について、事後、「あの人が怒っていた」という表現は使われるのだろうか。
 僕は、「怒る」が能動態で使われる時には必ず「感情的に」という意味が含まれると思うのである。受動態で使われる時は「感情的に」が含まれない場合もあるかもしれない。これは、自動詞の場合は「感情的に」が含まれ、他動詞の場合は含まれない、というふうに概ねは考えてもいい。「怒る」という言葉はそのように使い分けられるべきものではなかろうかと僕は考える。

「怒る」とはそもそも、感情的な行為だ。感情的でない行為に対して「怒る」を使うというのは、まったく違和感がある。まあしかし、「叱る」「諭す」「説教する」という意味で「怒る」を使うことがあるというのは確かなので、ある程度は譲歩してもいい。

 辞書を引いてみよう。「精選版 日本国語大辞典(日国)」と「大辞泉」と「明鏡国語辞典」が手元にあるので、これらを参照してみる。辞書に絶対の権威を認めるわけではないが、一つの例として。

 日国には「自動詞」として二つの意味が書いてあり、一つ目は「感情的に怒る」のほうで、二つ目は「叱る」のほうである。もちろん前者のほうが歴史が古く、第一義である。用例は、「感情的に怒る」のほうが「怒った」という能動態、「叱る」のほうは「怒られる」という受動態が載っている。精選版なので用例が一つずつしかないが、能動・受動がはっきりと分かれているのは重要だ。
 大辞泉では、自動詞とも他動詞とも書いていないが、日国と同じように一つ目が「感情的に怒る」で、二つ目が「叱る」である。用例は、同じように前者が能動態、後者が受動態で書いてある。用法としては「日常的な怒りが行為や表情となって外に表れる場合には、(「いかる」という語と)ほぼ共通して使える」(カッコ内僕)とあった。見るからに(おそらくは視覚的に)感情が昂ぶっていることがわかる場合でなければ、「怒る」は使われないのではないか。
 明鏡では、自動詞と他動詞が分けて記述されている。自動詞はもちろん「感情的に怒る」のほうで、用例は四つあるうちのすべてが当たり前だが能動態。「他動詞としても使う」と但し書きがあって、そこに添えられた用例も能動態である。他動詞としては「叱る」の意味が書いてあり、用例は二つあって、一つ目が受動態、二つ目が能動態で、「当局の誠意のなさを怒っても始まるまい。」というものだった。「語法」として、「受身で使うことが多い。」と書いてある。

 少なくとも辞書の記述では、そのようになっている。僕の主張と概ね重なるようだ。つまり、「怒る」を「感情的に怒る」という意味で使いたいのだったら、これは主に自動詞としての用法だから能動態で使うべきであるし、「叱る」という意味で使いたいのだったら、受動態で使ったほうが一般的なのではないか、ということだ。「叱る」という意味の「怒る」を能動態で使うことだってできるのであろうが、それは日本語を辞書的に正しく理解している人にとっては誤解を招きやすい行為になるかもしれない。

 繰り返すが「怒る」は本来、感情的な行為なのである。説教された側が、「説教された」という意味で「怒られた」と言うのは、説教された側の体験を言っているだけだから、そこに感情があったかどうかは、少しくらい無視されたっていいということなのかもしれないが、ところが説教された側が、「怒った」という形で、説教した側の行為について言うのは、より直接的に他人の感情を無視してしまうことになりかねない。「怒った」と言ってしまうと、あたかもそこに「激しい感情があった」かのような意味になりがちである。本義が「感情的に怒る」なのだから、そうなるのは必定のように思う。
 実際にそこに「怒る」と言えるほどの激しい感情があったかどうかの判定は、慎重に行われるべきだと思う。明らかに頭から湯気が出ているような状態でなければ(つまり、行為や表情が見るからに感情的でない場合は)、他人に対して「怒った」なんて言わないほうが誤解は少なくてすむ。僕が「怒った」と言われるようなときは、僕に言わせれば99パーセントくらい、そこにそのような感情がないときなのだが、言う人に言わせれば「いや、あれは絶対に怒っていたでしょう」となるのである。それはその人が僕のことを何らかの意味で「おそれている」からじゃないかと思うし、何にしても印象やイメージからの「決めつけ」の域を脱しない。耳をつんざくほどの大声を出して、悪鬼のような表情を作ったわけでもないのだから、「わからない」にしておけばいいものを、何が怖いのか、「ああ、ジャッキーさんが怒っている」なんて思ってしまうようだ。
「ジャッキーさんに叱られた」という意味で「ジャッキーさんに怒られた」ならば、どうぞ言ってもらって構わないが、同じ意味のことを「ジャッキーさんが怒った」という言い方をすると、あたかも僕が右腕を振りかざしながら怒号を発したかのように思われてしまうので、できるならばやめていただきたいと思う。

 さてここでもう一つの問題。僕が怒っているかどうかなんてわからない、ということに関して。わからないのだから「怒っているの?」と聞けばいいように普通は思うのかもしれないんだけど、ここで困ったことに、僕は「怒っているの?」と聞かれるのが非常に嫌いなのだ。これについて書くとまた同じくらい長くなってしまうので、「これからは『怒っているの?』なんて言われないくらい柔和な態度を取っていきたいと思います」としか言えない。
 基本的に僕はあっけらかんとした人間なので、「感情的に怒る」なんてことは滅多にない。「叱る」「諭す」「説教する」は、自分のことを棚上げして偉そうにやるんだけど、それを「怒った」と思われるのは心外。罪を憎んで人を憎まずというか、そういうふうに分けて考えているのが僕なので、あんまり気にしないようにお願いします。

 アイポッドのある一側面を批判しても、別にアップル社の社員ひとりひとりを憎むわけではないというのと同じです。これがわからないから、「○○さんが私を否定した」なんて自意識過剰なことを言う人が出てくるんです。
 インターネットのある一側面を批判しても、それに携わっている人や、ネットを楽しんでいる人みんなを否定しているわけでもないし、自分がまったくインターネットをやらないと言っているわけでもない。そういうふうに細分化してものごとを考えられない単細胞な人が、「誤解」ということをたくさんして、世の中を見えにくく、みにくくしているのだと僕は思う。

 でね。別にそうやって、細分化して、論理的に、難しく考えなきゃいけないってもんではないのです。僕はいろいろなことを言いたいから、できるだけ頭を働かせているけれども、「いろいろなことを言いたい」というわけでもないのだったら、頭を働かせることなんてないんです。「わからない」でいいんですよ。なのに人はなんでか、「いろいろなことを言いたい」と思って、だけど頭を働かせることをしない。僕が問題だと思っているのはそこで、「何かを言いたいのならば責任を持つべきで、熟考に熟考を重ねて言葉は発せられなければならない」ということ。もちろん完璧にそれをすることなんてできないから、できる範囲でいいとは思うんだけれども、はなっから「言葉の責任」なんてもんを考えていないような人が、ちょっと多すぎるんではないですかね? 「頭を働かせる」をまったくできないし、しようともしていないような人が、「いろいろなことを言いたい」と思っている。論理的にものを考える能力もないような人が、論理的なふりをして、何かを言いたがる。
 この問題は実に根が深いので、また別の機会に。

2010/01/29 

 寝るのが楽しすぎてその他のことがすべておざなりになってしまっている。ゆ、ゆゆちき問題。
「高田よ…… よく事情はわからんが… 情けないぜ!!」で検索してこのページにたどり着いた人がいたらしく、ちょっと笑った。『逆境ナイン』は名作です。

2010/01/28 

 過去ログを復活させます。読んでみてください。
 随時少しずつ、復活させます。目標は、7月11日までに10年分アップすることです。絶対無理ですが。
 ひょっとしたらメルマガで流すかもわかりません。
 うーむ、ろくに読み返しもせずに再公開するのは怖いが、時間がないのでとりあえずこれで。明日になったら改変・削除などされている可能性があるので、マニアの方は血まなこになって読んでください。

 あと、相変わらずプロフィール書いています。これは新年度までには公開したいところ。プロフィールを書くのはもともと好きではないので、なかなか「書こう」って思えないのです。ゆえに遅々として進まぬ。

2010/01/27 女子寮

 その女子寮の前にはいつものようにうずくまる二十歳前後の女の子が寒がって携帯電話をちくちく動かしている。真夜中に眼を醒まして僕は散歩しながらそれを久々に横目で見る。今晩の宿を求めてか、寮内からの手引きを要請してか、かじかんでいるであろう指先の動きはとどまることがない。
 門限をすぎた場合、こういった寮のルールではどのようにするのだろう? 凍死するような雪の晩でも、今日のように閉め出すというのだろうか。おそらくそうではないだろうが、必死になるほどこの辺りは寒いところではない。24時間営業のファミレスだって何だって、ちょっと歩けばないわけではない。
 その女の子もべつに焦るでもなくぽちぽちとやっていて、朝が来るまでそうしているでもないのだろうが、すぐにどこかへ行こうというのでもなさそうだった。上気した顔は酔っているのかもしれない。
 まさか僕は声をかけるでもないのだが、ものの試し、その場に立ち止まってみた。このあたりは星だって見えるので、それを見上げて、白い息でも眺めていればいい。どうやら彼女は僕のほうをちらりと見た。ちらりとばかりでなく、じっと見ている。僕が視線を送ると、ゆっくりと顔をそらした。
 こういう時、ちっとも声が出ない。「うちに来ますか」なんて言ったら通報されるかもしれないが、そういう理屈ではなくて、見ず知らずの女の子に、真夜中に、声が出ない。だけど正義として、そしてさみしさに正直に、欲望にも素直になったら、僕はこの娘を家まで持ち帰りたいと思うのだ。
「門限ですか?」と僕は聞いてみた。「ああ、まあ」とあいまいな返事がわりとすぐに返ってきた。心臓がどきどきする。「寒いですよ」と当たり前のことを言うと、「寒いですねえ」。これはいけるなと思った。ここで「少し歩きませんか」とか言えたらいいのだが、さすがになんだか気取っているので、ちょっと考えた。「眠そうですね」「そうでもないです」「そうですか」困った。
「僕は眠いです」彼女はぷっと吹き出した。これだこれだ。「眠いですか」「はい、今起きたとこなので」「あ、この辺なんですか」「この辺じゃなかったらちょっとおかしな人だよね」「そうですねえ」「ほらこんなカッコだしでも、寒いから覚めた、目が」僕はけっこう適当な恰好をしていた。もうちょっとカッコついていたなら、カッコいいことも言えたかもしれない。「この辺なんであのー、寒かったらどうですか。うち空いてます」「あ。ホントですか。でも今、なんか友達が来てくれるみたいで」「なら友達も一緒に」「えー」
 このくらいまでいくと冗談になる。が、「それならちょっと電話してみます」ときて、その間ぼーっとしていた。頬もそろそろ冷たくなって、起き抜けの夢見心地も消えつつあった。早くしてくれないと死にたくなってしまう。「あ、行きます。面白そうなんで。この辺なんですよね」というわけで彼女はいま僕の布団で寝ているのであった。そのくらいの手腕は僕にだってあるのである。彼女の友達はたぶん僕の家の場所がわからなくて右往左往し、怒って帰ったのだろうと思われる。明日彼女が起きたら「また困ったら来なよ」と言おう。そうしたらたぶんさっきの感触だとにっこり笑って「うん」と言うであろう。一晩で「うん」だ。これが本当に素晴らしいなと僕は思う。彼女はやっぱりちょっぴりおかしな人で、僕の本棚のとある漫画のファンらしく、そういう話から、ほつれた糸を引っぱるようにするするとセーターを脱がしていった。最終的には、家の窓から月を見た。
 知らない肉体が部屋の中にいて僕は非常に安定している。誕生日だから、返事もくれないあいつが悪い。
2010/01/26 小説の神様

 しかし、どこの世の中に、作者が地の文で書いた説明をそのまま我が事として理解する「登場人物」がいるでしょうか? 「作者はこうだと言う、しかし、作中人物はそれを理解しない」というところで、小説というものは成り立っているのです。だから、作者が《海はきらきらと光っていた》と書いたって、作中の男の子がそれを理解するかどうかは分かりません。分からないけど、この作者は「それでいい」と思います。「自分はやるだけのことをやって、後は相手の問題だ」と思います。私はその程度に素っ気のない人間です。
 (橋本治『人はなぜ「美しい」がわかるのか』)


 橋本治は小説を書くとき、登場人物のことをすべて把握した上で書く。だからそこに「謎」は存在しない。このことについて、日々平安録というブログでは、村上春樹の短編を引き合いに出して「小説というのは自分の空虚を知るひとを主人公にしたほうがうまくいくのではないだろうか? そうではなく、主人公の空虚を作者だけが知っているという小説はどうもうまくいかないように思う。」と書いていた。橋本治は「自分の空虚を知らない人」を主人公にして、作者だけがその空虚さを知っているという視点から小説を書くから、あまり「文学的な」小説にはなりにくいのだ。ゆえに、文壇では評価されないし、それで結果的には彼の小説のファンも多くはないことになる。
 小説というものは、いかに作者が「作品の空白」を読者の前に提示するか、というところに妙味が、有り体に言うと「価値」があると言う研究者がいる。つまり「読みの余地」とか「読みの可能性」とか言われるようなものである。こういうことを言う人は、「読者の自由」ということを主張したがるが、つまりは「研究者が勝手にああだこうだ言いやすいような作品に価値があるということにすれば、研究者が仕事をやりやすい」ってことだろうと僕なんかは思う。ここでいう「研究者」とは、主に「文学理論」という、小難しいやり方を好むような人たちである。
「空白(読みの可能性=研究の余地)のある作品こそ価値がある」というのは、研究者が自分の職業を守るために言っているだけのようなものであり、必ずしもそれが正しいとは限らない。橋本治の作品がちっとも研究者によって研究されないのは、ずばり「研究の余地がない」からであり、「価値がない」からではない。橋本治は、「空白」など残さない。あるいは、あったとしても並の読み手では発見しづらいようなものだろう。だから並の研究者からは無視される。
 しかし、僕には一つの経験がある。上に紹介したブログで取り上げられているのは『蝶のゆくえ』という橋本治の短編集だが、僕はこれを、ふだん読書なんてまったくしないような女の子に読ませてみたことがあるのである。そうしたら『ごはん』という作品が非常に面白かったという。「なんだ、面白いんじゃん」である。この短編集をつまらないというような人はもちろんそうはいないが、それは「読書に慣れた人」のうちでの話でしかない。ふだん読書ということからは遠いような人でも面白いと思えるというのは、心強かった。
 橋本治が書く小説の主人公というのは、「普通の人」である。「普通の人」は、「自分の空虚」になんか気づいていない。だから「普通の人」が村上春樹なんか読んでも、何が面白いのかわからないんじゃないか。『1Q84』が何冊売れたって、それを読んでいるのは、ことに最後まで読み通して「面白かった」と思えるような人は、大半が「ふだん読書をしている」「自分の空虚を知っている」人ではないのかと思う。「自分の空虚を知らない」ごくごく普通の人たちは、本なんか読まない。特に『1Q84』なんか買わないし、買ったとしても読み通せないだろうし、読み通したとしても「面白い」と思うかどうかは疑問である。中には「売れてるんだから買わなければならないし、買ったんだから読まなければならないし、読んだからには面白いと思わなければいけない」と考えて「面白い」を言う人もいるのかもしれないが、そういう人は例外的に「自分の空虚を知らない」読者かもしれない。(そして、現代日本にはこのような例外が多いのかもしれない……。)
『蝶のゆくえ』は、普通の人の普通の生活を扱った小説である。橋本治の短編というのは、ほとんどがそれだと思う。普通の人が読んで面白い小説というのは、そういうものなのかもしれないなと僕は思う。しかし普通の人は本なんか読まない。そういうジレンマの中で、橋本治の小説は売れない。これはもう本当にどうしようもないことなのかもしれないが、「本なんか読まない女の子に読ませたら面白いと言われた」という経験を思い出すと、何かきっかけがあれば売れてしまうようなものなのかもしれないとも思わないではない。
 ただ問題は、その女の子が本当に「普通の人」かどうか。なんたって僕の友達なんだから、それも一年や二年の付き合いではないのだから、大いに疑問なのである。
2010/01/25

 人が「矛盾だ」と思うようなことでも、本当は共存できるようなものがある。だからこそ僕は「棚上げ」ということを大切にする。「棚上げ」と言えば聞こえは悪いかも知れないが、本人としては「だって、共存できるかもしれないでしょ?」という問題提起のつもりである。

 僕が「アイポッドは嫌いだ」と言ったとする。でも僕はアイポッドを使っているとする。すると人は言うだろう。「矛盾している」。本当にそうか? 「アイポッドが嫌いであること」と「アイポッドを使うこと」は、両立しないのか?
 少なくとも形式論理学的にいえば、「アイポッドが好きである」と矛盾をなす命題は「アイポッドが好きでない」だけのようだ。
「嫌いなら使うな(使うべきではない、使わなければいい)」といったような言い方が世の中には満ちている。
 しかしそこには、少なくとも論理的な根拠はない。
 なんとなくのイメージと、そこから湧いてくる感情しかない。
 日本人はたぶん、歴史的に、そのように生きてきた。だからある程度は仕方ないのかもしれない。

「アイポッドを一個作るために100人の人が苦痛を強いられている」という事実が、かりにあったと(されていると)する。それを僕が声高くして叫んだとする。しかし僕はアイポッドを使っているとする。これは矛盾しているのだろうか? 批難されるべきなのだろうか?
 僕は、その「事実」を知った瞬間に、アイポッドを焼き捨てるなり、二度と使用しないと誓うなり、するべきなのだろうか。
 あるいは、その「事実」を知った後にアイポッドを新しく買い替えたとしたら、批難されなくてはならないのだろうか。かりに僕がアイポッドを使って100万人の人の苦痛を取り除いているとしたら、これは非常に難しい問題になる。また、アップル社が「アイポッドが一個売れるごとに100億人の人の苦痛を取り除いている」としたら、これもまた難しい。
 もちろん、「100人×アイポッドの製造台数」の人が苦痛を強いられるのであれば、どれだけの人の苦痛が取り除かれようが、アイポッドなんかないほうがいいと僕は思う。
 ただ、「アイポッドが存在している」という事実に、どう立ち向かうか、というのが問題だ。「買わない」ことで立ち向かうのか、それとも……? と。

 僕が「アイポッドを買ってはいけない」と主張していて、しかし僕がアイポッドを新しく買い替えるのだとしたら、かなり矛盾に近づく。
「アイポッドを買う人間は人でなしだ」と断言した後に、アイポッドを買って、「僕は人でなしではない」と言ったら、矛盾しているような気がする。
 逆にいえば、僕の感覚ではそのくらいまでいかなければ矛盾ではないような気がする。
 そして、矛盾していないのであれば、「批難」は慎重に行うべきではないのかと思う。
 ちなみに僕はアイポッドを持っていない。

2010/01/24

 最近はインターネットによって「誰でも情報発信ができる」になっていて、「みんなが有名人」「みんながアーティスト」とすらいえるような状況になりつつある。それなのに「従来のメディアにおいて有名になった人」だけが差別を受けている。何をされてもいいことになっている。「有名人なんだから、有名であることによってお金をもらっている存在なのだから、悪口を言われたり、誤解されたり、道ばたで指を指されたりしても仕方がない」ということになっている。それを「有名税」などと言うが、わけのわからない税をむだに払わせて何も気にしない人々を僕は疑う。

 23日~24日は大阪にいます。

2010/01/22

 近所に友達が増えるのは嬉しい。
 それはそうと、なんだか、「何か」をやろうとするのは大変なことだなと思った。あっちを立てればこっちが立たぬ。行動力と厚顔無恥で、どれだけ強引にことを運べるか。それでいていかにして良い結果をつくり出すか。そこが問題だ。僕はやりたいことはとにかくやりたくて、そのための能力と行動力を日々研鑽しているつもりだが、しかし「こっちが立たぬ」は常に出てくるもので、それらをいちいち相手にしているのは非常に厄介だ。しかし結果的には「立てたいところをすべて立てる」ができなければ、本当に成功したとは言い切れない。そのためにちょっと、がんばってみよう。

2010/01/21

 いつのまにか僕にもついに「弟子」ができていた。自ら弟子を自称し、僕のことを「師匠」などと呼ぶ人間は初めてである。しんみりしてしまう。僕には面と向かって「師匠」と呼べる人間はいない。影でこそこそ「恩師」と呼んでいるような方は、二人ほどいる。高校三年生の時の英語の先生と、大学でお世話になった浅羽通明先生である。前者の方とはもう、完全に「我々は師弟である」という了解があるのだが、浅羽先生にはさすがにそんなこと言えない。恥ずかしい。しかしこのお二方のとの出会いがなければ今の僕はないのである、絶対に。僕も誰かにとってそのような存在になれるだろうか。僕は未熟で、ちょっと早い気もするが、やれるだけのことはやってあげなければ。
 昨日、いつまでも僕なんかを追いかけていてはいけないぞと、僕の尊敬する人間の「作品」を貸してみた。どうせ上を見るなら高いほうがいい。(と言うとなんだかミスチルみたいだ。本当は別にそうとばかりも限らないが、いちおうそう言っておこう。)
 弟子というのはいつか師匠を乗りこえ、離れて、独り立ちするものである。その日が来るのを楽しみにしながらも、それを思うとなんだか淋しいような気分にもなってくる。
 しかし僕ごときも越えさせることができないでは、僕の師匠としての力量がなさすぎるということなので、がんばってほしいものだ。


「若いということは想像以上にすばらしい、すばらしすぎるんだ!! 世界中の富をもってきてもつりあわないだろう。ようするにこの取り引きは不公平だった。」(藤子・F・不二雄『未来ドロボウ』)


みんな幸せだといいな願うほど
旦那とふたり撮ったハガキ増えてくる
五年前心の底から欲しかった
あなたの子供に私の面影はない

恋だって夢だってたくさんあるのに
今日だってあとひと押しができてれば
仮定のような言い訳が無駄に増えた

辛いこと悲しいことを逃げたくて
甘いカクテルに溺れた夜は要らない
辛いこと悲しいことに向き合った
長い格闘に私はまた逃げる

一日をこんなに長く感じるのに
一年がこんなに早く過ぎてしまう
一年をこんなに早く感じるのに
一生をどんなにうまく生きれるでしょう

(Hysteric Blue『カクテル』)

2010/01/20

 最近、駄菓子屋によく行く。いろいろ買うが、必ず買うのは「ヤッターメン」のような、金券の付いた10円のお菓子だ。僕がするギャンブルといったらせいぜいこの程度。昨日は40円もアタリがでた。
 あとは、煙草チョコレートというのにはまっている。これをふかすと、煙草のもたらしてくれる正の効果のほとんどが得られ、負の効果はいっさいない。最高である。家の中でもぷかぷかやっている。喫煙者はみんなこれに乗りかえたらいい。10本でたったの60円、リーズナブルである。
 僕はずーっと煙草が吸いたかったので、こういうお菓子に出会えてようやく夢が叶ったという感じだ。

2010/01/19

 インターネットってのは知らない人と容易に繋がれるものだ。
 そしてそれは喜ばしいことである。
 しかし、人はインターネットによって“実際に”繋がろうとはしない。
 インターネット回線によって、情報によって繋がろうとするだけだ。
 どうしてこんなにも簡単に人と人とが繋がれてしまうのに、それがインターネットの最大の長所の一つでもあろうのに、人は人と繋がろうとしないのだろうか。
 僕はインターネットっていうのを「出会い系」として捉えている側面が非常に強い。仲良くなりたいと思う人がいたら、積極的に働きかけていく。「興味はあるけど仲良くなれるかどうかは不安だな」という人ももちろんいて、そういう時は二の足を踏んでしまうけど、できるだけ、時間をかけてでも、その人たちに近づいていきたいなとは思っている。
 ここ数年は、仲良くなれそうなら、とにかく「会う」ようにしている。会うことが一番大事だ。一度も「会う」をしなければ、人と人とは平気で疎遠になってしまう。ところが一度でも「会う」をしていれば、「再会」は容易くなる。
 そのように思うから、僕もこうやってホームページを構えている以上、もしも僕のことに興味がある人がいたら、どしどし連絡をください、と思うわけであります。いきなり「会いましょう!」なんてことを、言うかどうかわかりませんが、しかし僕は確かに「会いたい派」です。「インターネットを通じて知り合って、実際に友達になる」に抵抗はないし、そういう相手はもう、数え切れないくらいいる。もちろんインターネットなんかを使わないで、自分の生活範囲の中で人と付き合っていく方が僕は健康だと思うんだけど、どうせやるんなら、中途半端な繋がり方はしたくないのだ。
 小沢健二さんがコンサートをするというニュースを聞いて、いろんな人が僕に連絡をくれた。久しぶりの人や、ほとんど初めての人までも。こんなところでも小沢さんは、人と人とを繋げているのだなと思うと、なかなか感慨深いものがある。直接間接を問わず、彼を通じて知り合った人たちの中には、本当にかけがえのない友人がたくさんいる。それはやっぱり、彼に共感する人たちは、何かしら「お互いに通じ合えるもの」を潜ませているからなんだろうと思う。美しいと感じる瞬間が似ている、とかかな。
 ただ、「同じものを見ていても、見え方、見方がまったく違う」ということはあるので、必ずしも仲良くなれる、というわけではない。そこがまた、人間の単純でないところで、面白かったりもする。

18
昨日僕は圭子と寝た
と昨日僕は日記に書いた
それが嘘か本当かは
僕にだってよく分からないのです
そう書いてみることが
僕の散歩の意味だというだけ
(谷川俊太郎『少年Aの散歩』)

吾輩は水子である

 吾輩は水子である。当然ながら名前は無い。
 どこで生れたか頓と見當がつかぬ。と言いたいところだが生まれてもおらぬうちに殺されたのだから言えようもない。もとより生命のない吾輩にもし「生まれた」とする瞬間があるのだとしたらそれは吾輩に自我の生じた瞬間に等しいと言う他はなく、恐らくあの時をさすのであろう。
 吾輩が存在を持ち始めた時、すなわち吾輩の実体の素となった逞しい精子が発射されたのは苦沙彌(くジャみ)先生中学生の頃であるが、幸いにして何億というライバル衆を押し退けて吾輩は着床した。子宮という温室の中でぬくぬくと生育していたはずであった。ところが苦沙彌先生、精一杯の親しみを込めてジャッキーと呼ばせて頂くが、ジャッキーは、温室たる子宮の所有者にして吾輩の母親にあたるところの女に向かって淡々とこう言い放ったのである。
「あ? 堕ろせよ。」
 吾輩に自我が芽生えたのはその瞬間である。女は泣き崩れジャッキーはその場を立ち去った。吾輩は母親たる女に付き添わんと欲したが、吾輩はもう温室の中にはいなかった。それ以来吾輩は、ジャッキーの背中にピタリと貼り付いていることになったのである。
 数年が経過し、吾輩は知恵を付け、仲間も増えた。年長者である吾輩は他の水子どもから兄貴分として慕われておるわけだが、なにぶんどの水子も名前を有しておらぬので紹介の場面は省かせて頂かざるを得ぬ。ともあれジャッキーの背中も今では水子6人の大所帯とこう相成っておるわけだ。
 ジャッキーは我ら水子の運命を字面通り一身に背負いながら供養の一つもしようとはせぬ。供養をせぬものだから水子も増える。だのにジャッキーはそういった考えの一つも巡らそうとはせずアア肩が凝りやがらあなどと言って首をカクカクとやっている。
 いったいジャッキーは我ら水子に冷酷であり非情である。水子といえど6人も揃えばフットサルを試みたりおそ松くんごっこに興じたりなど娯楽活動に暇がないわけであるが、そのフィールドとしてジャッキーの背中を選ばざるを得ないことは水子としての性格上致し方のないことであろう。それをジャッキーは目ざとく関知しては怒鳴り散らすのである。認知はせぬくせに。「やい、水子のくせに生意気だぞ。いやに背中なんかに貼り付いて、怪しからん奴らだ。」背中に貼り付いて怪しからなければ水子などは一人だって怪しかりようがない。
 我ら水子の姿は当人であるジャッキーを特例として人間の目に認められるべうもない存在であるからして、かくなる具合に水子に対し独り怒号を浴びせかけんとするジャッキーの姿は一般大衆の眼にさぞや滑稽、奇異に映ったことであろう。変質者としてまた変態として気違いとして軽蔑され外面的及び内面的の疎外処置を受けることしきりである。
 しかし我ら水子は曲がりなりにも人の子であるしジャッキーとて曲がりなりにも水子の親である。その間に何らかの同情的なエンパシイが生ずるのはこれ至極自明のことであって、水子にはジャッキーを憎めぬ水子なりの事情があり、ジャッキーには水子を憎めぬジャッキーなりの事情やら引け目やらがあるとおぼされるので我々の共生は割合に和をもって営まれているともいえる。少なくとも当人らは割合に巧くやっている積もりではある。
 ジャッキーは現実生活を傍目には謳歌しているかのように見える。現実生活を謳歌しておれば何かしらの責務責任が付きまとうのは当然のことであってなかなかまとまった余暇もできぬ。時折ジャッキーはそれを嘆いてはかく語る。「オイ水子らよ君たちは良いねえ毎日が気楽で。わしなんぞ云々かんぬん」だが我々に言わせれば余暇の有り余るという状況はゆゆしき切迫の事態である。フットサルもおそ松くんごっこも禁止された我ら6人の水子らはせんかたなくジャッキーの行動を見守っている外に娯楽はないのであって、時折はそれに茶々を入れ時折は感情を移入させともに笑い涙することもあるが、基本的には凡庸な生活を凡庸な仕方で眺めているだけに過ぎず、時間の浪費という以外にない。水子としてもこれは退屈という漢語の二字に尽きるのであるから、何度も供養を申し入れておるのだが聞き入れられぬ。自分らで勝手に成仏するがいいの一点張りである。仕様がないので本日もジャッキーの凡庸なる生活を覗き見ては茶化し笑い時に涙するといった次第である。
 ジャッキーは朝寝て昼過ぎに起床した。部屋の壁には大きな文字で「六時起床」と書かれた意思表示の紙が貼られているのだがジャッキーに対しては神棚以下の効果も持ち合わせておらぬらしい。アーアアーと大仰に欠伸と伸びをすると口をむにゃむにゃさせながらパーソナルコンピュータの電源をひねる。数時間それと戯れ落陽も程近くなって漸く重い腰を上げる。ジャッキー氏数日ほど前に携帯電話の充電器を破損させてよりわざわざ近所のショップへ赴いて充電にあたっているのである。実は昨夜の早い段階で既に寸分ほどの電気も残留しておらぬ状態にあったのだが行動を起こすのは半日と四半日以上の経過して後である。愛車「おざわ」にまたがって出立の格好をとる。なぜ自転車が「おざわ」という字を有しておるのかというとそのブリヂストンを購入した小売店舗を経営する中年男子の名が「おざわ」であったからにほかならず何らの創意工夫もないネーミングであるが当人至って満足げである。さて大声で歌謡曲など熱唱しつつ光が丘のショップに到着すると無料充電コーナーに携帯電話を安置しモールをうろつき始める。「コロッケ40円、ふむ安い。おや総菜はもう半額かね。」などと冷やかしの言葉を売り手に吐きかけつつ何も求めずマクドナルドに入る。一番安いセットを注文して席につくと真正面にいちゃつくカプールが一組いてジャッキーは奥歯をぎりぎりと鳴らす。どうしたら奴らが殺せるだろうかと思案を巡らすがいざ食事を始めるともう忘れてしまった体である。
 古いSFの書物を読みながらフムフムナルホドやっぱり思った通りだなどとわざわざ声に出して自分の解釈の精密度を発表するので近隣から客が逃げる。ガラス越しにもその異様さは伝わるらしく入店を取り止める若人もしばしば見られその子たる水子としても肩身の狭い限りである。店内の放送で『なごり雪』がかかるとサビだけ大声で歌いそれ以外の部分では口をもごもととさせている。「すみませんがほかのお客様のご迷惑となりますので…」うつむき加減でジャッキーは店を出て先ほどのショップで充電も中途の携帯電話を引っかけるとファミリーレストランへ直行する。チラシから素手で切り取った縁の汚いクーポン券を財布からとりだししたり顔で注文を取りに来た店員に手渡す。280円のところ150円になった山盛りポテトフライが届く。ケチャップを一つ一つにべたりべたりたっぷりと付けて食するのでまだ半分も喰わぬうちにケチャップの皿が綺麗さっぱりとする。しばらくは強がって生のままつまんでいたがそのうちに苛立って「アア味が薄い味が薄い」と呟いては食卓塩をかけ続けにかけしかし最後には「しおからい、しおからい。なんだこのポテトはふざけている」などと言って辟易の表情を作る。自己中心的性格もここまで行くと芸術であり天晴れである。
 結局朝四時まで居座るうちに500ページほども読書をしていた。さすがに疲れてきたのかチョコムースケーキを追加で注文し食し終わると店を出る。「おざわ」にまたがり声を涸らして歌ういや叫ぶ。もう何を言っておるのだか殆ど判別もできぬ有様で水子も目を覆いそれ以上に耳を覆った。吾輩は水子であるけれども人間存在の精神的維持に最低限要求されるところの美的感覚は持ち合わせておるのであって、その感覚からすればこの自称歌声はノイズであり叫ぶ苦悶の表情は皮膚でなく内臓を見ているかのよう。それでも羞恥心は完全に消えぬと見えて大通りを抜け小径に入ると急に声のトーンが下がる。それでも近所迷惑には変わりないのだからジャッキーには謝罪の責務がある。責務はあるのだけれども謝らん。ので我々水子が代理として謝罪の意を表したいと思う。本日はうちの者が様々な面で様々な方々にご迷惑をおかけいたして非常に済まぬ限りである。しかし最も迷惑を被っておるのは我々水子であるということも了解願いたい。かの酷い歌声を最も身近で聴くのは我々でありまた身内の恥は我々の恥でもあるのであるし、何より曲がりなりにも水子の父であるジャッキーがこのように人として最低である以上は水子としてもこれ、成仏できんわけであるから。

(2007年09月25日03:22)

2010/01/17 メモ

 僕の長所は、「自分はこういう仮定(前提)の上で話をしている」ということに非常に自覚的であること。
 短所は、そのことを相手(周囲)に伝えることをサボっているということ。

 だと思う。
 僕の言っていることが間違っている時は、たいていが前提から間違っている。
 僕は「今自分はこういう前提から出発して考えている」ということを、できるだけ自覚するように努めている。
 だから、「その前提は違うよ」と言われれば、なるほどそうかと方向を変える。
 そういうことができると自分では思っている。
 何かを言うときには、便宜的にでも「前提」を設定しなくてはならない。僕が「もし○○なら」という語り方をするときは、「前提」を設定していると思ってほしい。決して「どうせ○○なんだろう」という決めつけではない。だから、「いや○○ではない」と言われて、そのことに納得ができたら、また一から思考をやり直す。「もし○○なら」は、「僕は今から、こういう前提で思考した結果をあなたに提示しますよ」だ。悪意はない。本当の事情がわからないから「もし」を使うのだ。
 そして多くの場合、それは単なる「思考の提示」である。「前提がこうなのであれば、僕の価値観に照らし合わせて論理を展開した場合、このような結果が出ます」でしかない。それは「価値観の表明」ではあるが、「確固たる意見」ではない。前提が間違っている、と言われたらまた違った「意見」を作り直す。

 そういうことを相手に伝えた上で話し出さなければ、誤解されたり、不要な諍いを生むのはわかりきっているというのに、面倒だからといって、僕はそれをしない。結果、「誤解を恐れない」などと言われる。これは明らかに短所だ。もちろん時には、不確定なことを仮定して話す際に「もし」系の言葉を使わずに話してしまっていることだってあるだろう。それはもう、芯からNGなので、すみませんと謝らなければならない。そういう時は恐らく、「不確定であることに気づいていないか、忘れている」だと思う。確信できていない場合は、できる限り「もし」系の言葉を使うように努めてはいる。「○○から考える限りでは~」とか、できる限り条件をつける。確信していたことが間違っていた場合は、……これはもうどうしようもなくダメだ。自己嫌悪に陥るレベル。反省します。
 例外は、「それが冗談であるとき」。冗談の場合は、「もし」なんか使ったら面白くなくなるから、「極論を言い切る」をする。「Twitterやってるやつはみんな脳みそがスカスカになっている」みたいな発言がそれである。タチが悪いことに、僕は冗談だと思っていても、聞く人は冗談だと思っていないときが多々ある。僕は何だってすぐ冗談にしちゃう癖がついているのだ。これも短所といえば短所だろう。

「前提を間違える」ってことは、よくある。「知らない」という場合に、よく起きる。「よくは知らないんだけど、何かを言わなくちゃいけない気がするから、とりあえずたたき台のような簡素な前提を作って、考えて、発言する」をしてしまう。せっかちなんだろう。いちいち前提を確かめるということが、面倒なのだろう。これも短所だ。
 そういうわけなので、前提が間違っているときは前提が間違っていると言ってほしい。ほしいが、そんなもんは自分で気をつけるというのが当たり前のことなので、単なる願望としてここに置いておきます。

 前提が間違っているといえば、先日キリスト教とスポーツを一緒くたに批判したのだが、歴史的には「古代ギリシャ~ローマ帝国時代はスポーツが隆盛したが、ローマでキリスト教が国教化されて後はオリンピアの競技会は廃止され、その後中世までキリスト教ではスポーツは悪とされた」という事情があったことを、さっき本で読んで知って、赤面した。勢いだけで書くものではない。まあ、だからといって僕の主張が大きく変わるわけでは全然ないけど。できる限り「近代スポーツ」と書くようにしていたので、中世までの事情は軽視してもいい(かな……)のである。ある程度は。しかし、これを学んだことで僕の主張はまた強固に作りかえられるのだ。前提が間違っていたとわかった場合、僕はそれまでの主張に拘泥しない。もう一度、新しい前提から思考をやり直す。これは、日ごろから意識的に徹底していることだ。(もちろん、できていない場合も多々あろうから、「言動不一致だ」なんて言わないでね……)

 言動不一致といえば、僕は自分のことは棚上げする主義なので、「○○だ、と他人を批判しておきながら、自分も○○である」ということはよくある。だめ?

 そして、僕はあんまり怒らない。怒っていないのに「怒っている」と言われるのは心外である。怒ってないのに怒っていると言われるのは、だいたい「彼は怒ってるんじゃないか」という恐れが、相手側にあるときである。恐れないでください。僕は好意を持っている相手に対しては怒ったりしません。自分の価値観と論理を正しいと信じ、自らの行動は棚上げし、偉そうに説教を垂れるだけです。で、その説教の内容が間違っていたら、たいていは前提が間違っているのだと思います。たとえば、「お前は罪を犯した」という前提で話していたら、実は冤罪であった、というような。
 でも、けっこうくだらないことで怒ったりするかもしれません。ごはんつぶ残すとか。「言動不一致だ!」とか言わないでください。人間なんてそんなもんです。そしてこの作品はフィクションです。


 で、最も厄介なのは、「間違った前提に拠った間違った結論に対して怒りを表明する」だ。前提が間違っているのなら、前提が間違っていることに対して怒りを表明するべきで、結論に対して怒るのは違うのではないかと思う。前提が間違っていたら結論が間違うのは当たり前の話で、それなのに前提に目を向けず結論を叩くのは、「垂れ垂れ流しの便所の仕組みをほったらかしにしておいて 出てきた蝿を一生懸命追ってるようなもの」(岡林信康『おまわりさんに捧げる唄』)じゃないか。

 で、これもよく誤解(と僕は言いたい)されるんだけど、こういうのは別に誰か特定の個人に向けて言っているのではない。誰か個人に関する体験を元にはしていても、広く一般に訴えたいからネットに書くのである。別に怒っているわけでも、文句を言いたいわけでもない。ネットに書くからには、僕はいちおう、一般化して書いているつもりなのである。「こうやって考えると、面白いよね」を言いたいだけである。こういうことを考えるのは、そして読むのは、面白くないですか? 僕は面白いと思うから、書くのだ。別に自分の不満だとか、怒りだとか、そういう感情をぶちまけたいわけじゃない。そういうのは、僕は詩にこめる。散文に込めたら、絶対に邪悪になるから。それは十年というこのサイトの歴史のなかで、学んだことでもある。

2010/01/16 高田よ…… よく事情はわからんが… 情けないぜ!!

《女の子ってか弱いもんね だから守ってあげなきゃダメだよできるだけ》(岡村靖幸『カルアミルク』)

 女の子はか弱い。というか、人間ってのはけっこう誰でも、か弱い。人間は時にその当たり前のことを忘れてしまう。
「母親は、人間であり、女であり、か弱いものだ」ということを、考えたことがあるだろうか? 思春期までは、あまりこういうことを考えることのできない人が多いのじゃないか。だから中学生の男子は平気で母親に悪態をつく。僕は昔からそればっかりは許せなかった。
 父親や母親というのは、幼い子供にとっては「絶対的な存在」だ。だから、「か弱い」という当たり前のことに気づけない。『ドラえもん』にこんな感動的な話がある。パパのび助がタイムマシンで過去に行って、おばあちゃん(のび助からしたら母親)に「すごくいじわるな部長が、ぼくのこといじめるの」と甘えるのだ(てんコミ16巻『パパもあまえんぼ』)。お父さんだって、実はそのように弱い。家庭ではそれを見せないようにしているだけだ。だからこそお父さんはスナックなりクラブなりに通って、「ママ」に話を聞いてもらうのである。『はぐれ刑事純情派』を見よ。
 ……やばい。いま『パパもあまえんぼ』を読みかえして号泣中。すみません。みんな読めー。
 パパが泣きながらおばあちゃんに甘えはじめると、のび太とドラえもんは気を利かせて家を出て行く。そして二人は、屋根の上でこんな会話をする。

ドラえもん「おとなって、かわいそうだね。」
のび太「どうして?」
ドラえもん「自分より大きなものがいないもの。よりかかってあまえたり、しかってくれる人がいないんだもの。」
のび太「そういう考え方もあるか。」

 大人は、そういう事情で「甘える」を禁じられている。僕がよく「大人は『さみしい』を言ってはいけない存在である」と主張するのはそういうわけだ。しかし、本当は大人だって誰かに甘えたい。藤子・F・不二雄先生の『やすらぎの館』という名短編は、そのあたりのことを活写している。読んでみてください。
 子供に関しては、言わずもがな。誰だって甘えたいに決まっている。子供は誰だって弱い。子供の弱さと大人の弱さは質が違うが、「思春期」という時期はそのどちらもを抱えこんでしまうときで、ゆえに最も「悩み多き」季節となる。
 思春期でなくとも、大人だろうと、子供だろうと、男だろうと、女だろうと、「人間はみな、弱いものだ」を前提に考えるべきである。それをしないで、「この人は完璧だ」を妄信してしまうと、相手に負担をかけてしまうことになる。山口百恵は菩薩である、なんて本が出ていたが、それはブラウン管の中、レコードの中でだけの話である。スタアは菩薩になりうるが、人間はそう簡単に菩薩にはなれない。修行を積んだ仏教者でもなければ。
 恋をすると、盲目的になって、「この人は自分の全てを受け入れてくれる」と思い込んでしまうことがある。あるいは、そんなことさえも考えつかず、自分の思うがままに感情を、行動をぶつけてしまうことがある。自分の「甘えたい」しか考えられずに、相手の「甘えたい」を無視してしまう。自分勝手に、思うがままに、相手の好意と優しさにつけこんで、突っ走ってしまう。知らず知らずのうちに相手に負担を強い、傷つけてしまう。

時に僕は君のその優しさに甘え
自分勝手な思考に身を委ねていました
安定した日常に腹をすかして
甘い刺激を貪りました
 (ゆず・北川悠仁『未練歌』)

 この曲が身に染みるようになるころには、もう遅い。恋を溺れている時は、『未練歌』の歌詞の意味がわからなかろう。失ってから気づくのだ、こういうものは。
2010/01/15 Hysteric Blue

 好きなバンド。
 めっちゃくちゃいい曲を歌うんだが、あんまり注目されないのが勿体ない。
 シングル曲でいえば、『Dear』や『だいすき』なんてのは本当に素晴らしい。
 悲しいときだけに 涙は使わない
 あなたに会えて そう決めた
 それから楽しい思い出たくさん 作ってこれた

 どんな長い どんな深い
 愛に包まれて暮らしても
 夜は怖い 未熟だから 夜は怖い
 (『だいすき』)
 極上の幸福を歌ったすぐあとに、「夜は怖い」とくる。
 どれだけ幸せな恋愛をして、どれだけあらゆるものに恵まれていても、夜は怖い。この感覚は、きっと多くの人がわかる。しかしその理由を「未熟だから」と断言するところが、この曲の恐ろしいところ。
 全体としてこの曲がどういうものかというと、たぶん「未熟な二人が、ひとつおとなになる」だ。状況は、何かの記念日。誕生日か、つきあった日か、籍を入れたその日か、子供ができたとわかった時か、わからないが、それがこの曲の「今日」だろう。
 少しずつ少しずつ、不確かな愛が確信に変わっていく、その過程を歌い上げている。「未熟だから 夜は怖い」が最初にあって、だけど二人で生きていくうちに、「夜が見える 夜に居れる」になっていく。そして「日だまりのような あなた」にたどり着き、ささいなことで「永遠」を感じられるような、完全な関係を確信する。しかしそれはゴールではない。「これからも 今までも きっと今以上 よくなるね」だ。
 このフレーズ、すごいのは、もちろん「今までも」だ。未来だけでなく、過去さえも美しくなっていくことを確信している。なぜならば、二人の関係はもはや「永遠」なのであり、過去も現在も未来も、いっさい関係ないのだ。
 で、極めつけは最後のフレーズ、「ありがとう 産んでくれて ありがとう」。いきなり視点がぶっ飛んで、両親(母親)への感謝の言葉になる。これはむろん、たんに「産まれてきてよかった」というだけの意味ではない。二人がこれから育んでいくであろう家庭を、作って行くであろう家族を想っているのだ。「私たちはこういう幸せの中で産まれてきて、この中で私たちも新しい命を育んでいくんだ」と。

 ヒスブルの好きな歌詞を挙げ連ねたらキリがないが、一番好きなのは、やっぱり『Dear』かな。

2010/01/14 原っぱと近代スポーツ

 ここ何年か「原っぱ」なるものについて考えている。昨日もぽろっとこの単語を書いていた。すると知人から「原っぱって何ですか」と問われた。結局のところ僕にもわからないのだが、割と共感してくれる人は多いので、一応簡単にだけ書いてみる。
「原っぱ」というのは要するにドラえもんでいう「空き地」みたいなもので、公園のように整備された場所ではなくて、それこそ土管なんかが放ったらかしてあるような、草ぼうぼうの「何かの跡地」。とりあえず今は誰のものでもなく、何にも使われていないので、ここぞとばかりに近所の子どもたちが集まって遊んでいるという、そういう空間のこと。昭和二〇年代までは東京のあちこちにあったらしい。
 基本的に「原っぱ」というのは、「行けば誰かいる」というようなもので、必ずしも「今日は原っぱで遊ぼうぜ」と約束して出かけるようなものではない。そしてもちろん、そこで何をして遊ぶかというのも、あらかじめ決まっているわけではない。「誰がいるか」「何をするか」が常に流動的で、「そこにいる人」がその都度便宜的なルールを作っては、状況やノリによってそれをどんどん変更させていく。野球をやっているかと思ったらいつの間にかバットがチャンバラごっこの刀にすり替わっていて、「おしとやかなお姫様」としてチャンバラごっこに参加した女の子が、いつの間にか「戦うお姫様」に変わっている、といったように、臨機応変に遊びや決まり事を変更させていく。
 近代というのは、定められた「制度」の中で「ルール」というものに雁字搦めになってしまっている時代で、「そこにいる人が臨機応変に変えていく」なんてことはできない。それに対して「どうして、定まった制度やルールなんてものが必要なの? どうしてそんなものを絶対の前提にしてものを考えなくてはいけないの? 状況に応じて変えていったらいいだけのことじゃない」という立場に立つのが、「原っぱ」という考え方だ。

 僕はスポーツについてもよく考えるのだが、近代スポーツというのはまさに上に書いたような「近代」の在り方を象徴している。
 以前友達と「原っぱ」について話していて、いつの間にかそれがスポーツの話にすり替わっていたことがある。その人がその時言っていたのが、「スポーツって、ルールを疑えへんってことやんな」だった。その一言でいろんなことがわかったような気がした。そうかー、僕が近代スポーツを嫌いなのは、それが「ルール」というものを絶対視していて、決して疑ってはいけないというところに、結局は端を発するのかも知れないな、と。
 先日『古代宗教とスポーツ文化』(松浪健四郎)なんて本を買って、いま読んでいるのだが、そこに凄まじいことが書いてあった。その序に書いてある内容の一部を、誤解を恐れず僕なりに要約すると、「プレイヤーはそのことに気がついていないが、近代スポーツとは一つの宗教である。ルールおよび選手を管理する『レフェリー』は、『神』が転化した存在である」とのこと。レフェリーを日本語で「審判」と呼ぶことを考えたら、松浪氏の言っていることは一考に値すると思う。「審判」とは神(またはその代理)が下すものであり、これは確かに宗教の言葉である。
 近代スポーツとは、レフェリーに身を任せ、ルールに自ら殉ずるものである。プレイヤーは「ルールを守る」ことを絶対の前提とし、決定(審判)はすべて「レフェリーという神」に委ねる。これによって育まれる能力や特性というのは、「原っぱ」を作っていくための柔軟性などとは真逆である。近代スポーツの「ルール」とは凝り固まったもので、変わる時は上(神の側)から一方的に変更を告げられる。そしてプレイヤー(信者)は無批判にそれを受け入れなければならない。反抗すればレッドカードである。新しくなったルールに「抗議する」ことはできるかもしれないが、それを「破る」ことは絶対に許されない。決まりが「一時的」で「流動的」であることを前提にして、「そこにいる人たち」が次々とそれを変えていく「原っぱ」とは全く違うのである。
 西洋近代はキリスト教的な価値観を基礎としている。「近代スポーツ」はそれを人々に植えつけるのに最も適した装置である。「世界人類が(少なくとも日本人は)みんな、西洋近代的な考え方になればいい」という立場の人は、「近代スポーツ」を礼讃すればいい。僕はそうではないので、「近代スポーツ」がもてはやされる日本の状況をいかがなものかと思う。どちらかといえば「原っぱ」のような在り方のほうが僕は好きである。ただ、その実現は非常に難しい。みんなが「近代スポーツ」を奉ずるようなほうが、きっとずっと簡単である。

2010/01/13 インターネットと世間

 先日mixiを退会し、このたびTwitterアカウントも削除した。晴れてふたたびここEzに帰ってきましたどうも。掲示板も復帰させたので、何かあったら書き込んでください。チャットとTwitterの中間のような、「原っぱ」的なものも設置したいのですけれども、なんかいい意見あったらください。


 Twitterには「タイムライン」と呼ばれるものがある。色んな人の「最新の」発言が渾然一体となってごちゃごちゃしている表示状態をそう呼ぶらしい。僕はこれが非常に嫌いだ。同じ画面に一気にいろんな人の言葉が脈絡もなく表示されるというのが気にくわない、それぞれの発言がそれぞれのページにアクセスしなければ見られないような仕組みであれば、嫌いでもなかったかもしれない。たぶんそれだと流行らなかっただろうが。
「タイムライン」というのは共時性、すなわち「ヨコの時間軸」を重視する。もし「タイムライン」がなくて、「個人のつぶやきが多島海に浮かぶ島のように点在している」という状態だったならば、「島の歴史」という個々の「タテの時間軸」が問題にされるようになっていたかもしれなくて、少しは僕好みだったろう。なぜ僕が「タテの歴史」を重視したいかというと、「今」だけを見ていては何もわからないと思うから。
「過去」と「現在」を見てこそ「未来」は見える。「現在」にあるのは、「快・不快」という価値基準だけだ。「快・不快」を越えて何かを考えたい、発信したいという人には不向きである。Twitterというのは「現在の快・不快だけを問題にして生きていきたい単細胞」のためのツールだ。だから「好き勝手なことをただ垂れ流していたいだけ」の愚者がそれに惹かれてしまうのは当たり前で、愚者でない人が「愚者をより愚かにさせる」あるいは「愚者を愚者のままにさせる」ことをどう思うか、というのが問題になる。
 自己中心的な個人主義者は、「他人(愚者)のことなんかどうでもいい」と考えるかもしれない。その人はTwitterでいっぱい面白い発言をして、ちやほやされて、その場の「快」を得ることに執心するようになるかもしれない。「私はこれで気持ちがいい。あなたも気持ちのよい方法をTwitterで模索すればいいし、気持ちよくなければ辞めればいい」と、そういう人は言うのかもしれない。それがある種の個人主義というものだ。
 個人主義と言えばTwitterはアメリカ発のサービスで、つまりキリスト教圏の発想だ。「個人」というものを前提としたサービスだ。「キリスト教的価値観によって育まれた欧米社会の発想」から生まれたTwitterは、日本には合わないのではないかという疑念を僕は抱いている。マイスペースもセカンドライフもフェイスブックも日本では流行らず、代わりに国産のmixiが流行ったのは、「個人」と同時にコミュニティやマイミクなどの「世間」を重視したからだと思う。Twitterの「フォロー・フォロワー」という仕組みは「世間」を作り出せるか、というのが、日本においてTwitterがmixi並に流行るかどうかを考えるために重要な論点ではないか。もし「世間」を作り出せないでもTwitterが一般的なレベルで流行るようなら、日本人の考え方が「世間」から「個人」重視に変わったということなのかもしれない。
 僕が思うには、日本人が適応できる空間は「家」と「世間」だけだと思う。ネット上にはかつて「家」があった。それはホームページと呼ばれていた。掲示板やチャットルームは「世間」だった。家の中に「世間」を持ち込むのは「応接間を設置する」だと考えて良いだろう。インターネットは広すぎるから、そうやって範囲を狭めて、人々は交流していた。となると「ブログ」という、記事の一つ一つにコメント欄がついたようなものは、あれはなんだろうか。あれは「家」をすり抜け、応接間も飛びこえて、「個人」の「部屋」にそのまんまずかずかと上がり込むようになったようなもんだろうと思う。それがどのような「家」の中にあるかは問題とされず、その部屋(記事)には何が置いて(書いて)あるのか、ということばかりが重視される。このあたりで「家」は崩壊したのだと思う。
 そのあとに流行ったmixiは、「家」というよりは「個人」に近いように見えた。日記もブログのスタイルを踏襲していた。ただ、同時に「世間」もたくさん設けていた。コミュニティ機能や、「マイミク」という制度がそれだ。後述するがここがTwitterとは一線を画すところである。また、公式サービスではないのに「足跡帳(ゲストブック)」を設ける人も多かった。これは「応接間」か、そう言うのが大袈裟ならば「玄関」とでも言えばいいだろう。いや、「玄関」はやはり、詳細に書き込める「プロフィール」を喩えるべきか。ともあれmixiにはまだ、「家に入るなら玄関から」という意識、つまり、「アカウントは個人ではなく、家である」というような意識が残っていたのだと思う。「よく知らない人には玄関しか見せない」という、日本人的な意識である。日本は「他人には家の中を隠す」文化だ。日本の家には、塀があるのである。アメリカの家にそんなもんはない。
 mixiには塀があり、「他人に見せてもいい家の外観や玄関」と、「ごく親しい間柄にしか見せない家の内側」を明確に分けることができた。これはある意味では「ホームページ」よりも家らしい家である。「ごく親しい間柄」というのはもちろん「マイミクという世間」であり、これは日本人の生活感覚に非常に合っている。だから爆発的に広まった、というのもあるだろう。こうなると「ホームページ」よりもmixiのほうが日本人的であると言えるかもしれないが、「アカウント」という「個人」を重視したのは非常に欧米的である。鵺的なものだ。
 それらに比べて、Twitterはさらに、もっとずっと「個人」である。個人主義者やキリスト教者(つまりアメリカ人的な発想の人)は、たぶんmixiよりもTwitterのほうを好む。日本の進歩的(僕がこう言うとき、たいていは近現代の欧米的価値観に寄りそっていく姿勢のこと)な人たちは、そうだと思う。僕は進歩的な人たちが嫌いだ。だからTwitterも嫌い。なんで未だに、「欧米の輸入」に腐心しなければならないのか?
 何も個人主義自体がいけないというつもりはないし、mixiの流行に見られるように、「個人」を重視する方向は、もしかしたら不可避的な流れであるのかもしれない。そうであっても、そのまんま輸入するのではなく、「欧米的でない、日本に合った個人主義の在り方」というのを模索するべきではないか? 夏目漱石の『私の個人主義』や橋本治の『いま私たちが考えるべきこと』に、そのヒントがあるような気が、僕はする。目先の「快」にとらわれて、新しい、楽しそうなサービスに無批判に飛びついて、いたずらにネットばっかやってないで、そういうことを考えたほうがいいんじゃないか。
「これからの世界」を思うとき、「全世界が一つになる」という方向性を示す人が、いる。わかりやすくいえばグローバル○○とかそういうのだ。「人種のるつぼ」なるものを肯定する立場もこれに当てはまる。具体的には「移民を受け入れて何の問題があろうか?」と仰る方々。彼らにもそれを言うだけの根拠はあって、施策として注目すべきところ、立場(達成すべき目標の立て方)によっては受け入れたほうがいいようなことはあるのかもしれないが、しかしまあ、とりあえず僕はそういうのは嫌いだ。「全世界が一つになる」というのは、そもそも一神教の価値観だろう。もっと言えば、キリスト教的。「全世界が一つになる」は実は個人主義的でもある。なぜならばそれは「すべてがフラット=神のもとに平等」ということだから。全人類が等しく「人権」なる面妖な権利を同じように持つという、珍奇な(しかし進歩的な人たちはそれを珍奇とは思わない)考え方がここにある。あ、進歩ってのは「全人類がキリスト教的な価値観に近づく」ということなのかもしれない。
 なんでそんなにキリスト教を悪く言う(ような言い方をする)のかといえば、僕には多神教の価値観が根付いているから。そして日本人には、そのような価値観が代々根付いているはずだ。仏教にしても、日本人が様々な種類の仏像や神像(のようなもの)を過剰に造りまくったのは、古くから備わっている多神教的な考え方の表れだろう。どんなものでも形にしてしまう節操のなさたるや、偶像崇拝を(一応)禁じたキリスト教とは相容れない。
 キリスト教を基礎とした「個人主義」は、「(神のもとに)平等」であることを一応の前提とする。漱石や橋本治のいう「個人主義」は、「みんな王様」(『ぼくたちの近代史』)であるような状態をさしているのではないかと僕は思う。つまり「自分の頭でものを考える」を、「個人主義」と言ったのではないか。そりゃもちろん、「キリスト教的な個人主義」が良いか「漱石・橋本治的な個人主義が良いか」というのはわからないし、そもそも個人主義なるものの可否も不明だ。ただ、「風土や民族性などと照らし合わせて、日本にはどのようなものが妥当か」を考えるのは無意味ではないと思う。アメリカ的・キリスト教的に「世界が一つになればいい」と思うような人は、「人間は平等であり、どの国々に住む人も同じ(神の作りたまいし)人間である」ということを暗黙の了解にしている気がする。しかし少なくとも昔はそんなこと思ってなかっただろう。でなければヨーロッパ人が中南米の原住民を殺戮したのは不自然だ。「あいつらは人間ではない、人間に従属する自然界の一部だ」とか思っていたのだろうか。未だに欧米(主にアメリカ)が戦争をするのは、そういう意識が残っているのか。よくわからん。
 ついでに邪推すればアメリカの離婚率が高いのは、「自分以外のことはどうでもいい」と思っているからか。アメリカ人は主に恋愛でしか夫婦関係を捉えないから、「こいつは自分にとってもう魅力的でない」と思ったらすぐに離婚すると。これが彼らの個人主義。彼らには「家」という概念がそもそも希薄らしいから。そう考えると、僕なんかは「ウエー」って思うんだけど、そう思わない人も多いということなのかな。
 Twitterが前提とする「個人」とは、そのような「個人」だと思う。「魅力的だと思ったらフォロー」「魅力的でないと思ったらリムーブ」が容易くできる「ゆるいつながり」は、欧米人の人付き合いに近い。おなじみの世間論でいうと、欧米の多くの国ではプレゼントを受け取ったら「センキュー」「ダンケ」でことが済むらしい。日本だと必ず「お返し」が伴う。それが「世間」というものだ。ネットでいえばかつては「相互リンク」というのがあったし、Twitterなら「フォロー返し」というのが「世間」にあたる。mixiは言わずもがな、コミュニティや「マイミク」である。
 Twitterで「フォロー」と「フォロワー」の数がほぼ同じという人は、日本人的な人なのかもしれない。「フォローされたら、し返さなくては」という具合に、日本世間にある「贈与・互酬」という考え方を自然に反映しているのだろう。ならば、フォローとフォロワーの数がまったく食い違っていても平気な人というのは、たぶんTwitterに向いているのだ。「フォロー返し」をしなくても気にならないということは、そこに「世間」を感じていないということである。「個人」であることに慣れてしまった人だ。そういう人はもう年賀状のやり取りもあんまり力を入れていないのだろうと僕は勝手に思う。
 ところで、日本的「世間」というのもよく「横並びの価値観だ」と批判されるが、これは欧米の「神のもとに平等」であるという意識とは違うだろう。「機会の平等と結果の平等」という言葉がぴったり当てはまる。「結果の平等」は、「もらったら必ずお返し」ということと根本的には同じである。なぜなら、「贈与・互酬」を誰とでも行おうと思ったら、ある程度「結果の平等」が必要なのだ。「同じくらいの価値のものを交換する」をするためには、「同じくらいの(財)力がある」が前提となる。日本の「世間」は、「同じ世間内で同じくらい価値のものを交換する」ことによって、相手との力関係を確認し合っていたのだ。同じ世間内に、突出して力のある人間がいるのは脅威である。皆が同じくらいの力を持っていたほうが、安心して生活ができる。「村=世間」同士の贈与・互酬といった、やや規模の大きいやり取りもあったかもしれないが、それも同じ理屈だろう。それをやると、複数の「村=世間」が横並びになることが確認されて、それがまた、少しだけ大きな「世間」となる。
 つまり、欧米的平等と日本的平等の最大の違いは、「世界人類(と彼らが見なしている範囲)が平等」であるということと、「世間内で平等」であるということの違いである。当たり前のことだが「世間の外の人」とは「贈与・互酬」をしない。贈与・互酬は世間内で行われ、お互いに「同じくらいの力関係」であることを確認し、それによって生活の安心を得ていたのである。現在「結果の平等」と言われているものは、もともとは「世間内で贈与・互酬を行うことによって確認される均衡した力関係」だったんだと思う。「均衡」が「平等」という言葉に置き換わったのだ。
 Twitterっていうのは、そういう「世間」というものを全く問題にしない。当たり前だ、アメリカのサービスなんだから。だから「世間」に息苦しさを感じるような進歩的な人は「心地よい」と感じるし、「世間」に安心感を覚えるような人には向かないだろうと思う。mixiにヤンキーや「今どきの若者」がいっぱい流入したのは、「世間」が形成しやすいからである。そして進歩的な人ほど、実はmixiには向かないのかもしれない。
 だから、今後Twitterがmixiのように流行るのだとしたら、以下の二点のどちらかが満たされた時だと僕は思う。「Twitter(日本語版のみかもしれない)に『世間』を形成しやすくなるような機能がつく」か、「日本人の意識が、世間を必要としない方向に変わる」かだ。
 前者は『Twitter脳の恐怖』(背徳の三魔天)という本にも冗談めかして書かれていたのだが、日本での普及を第一に考えるなら、あり得ない話ではない。Twitterにはすでに「ハッシュタグ」という、同じ話題をしたい者同士で繋がれるという機能がある。これはmixiでいうコミュニティという機能にやや近く、「世間」を形成する可能性をわずかながら秘めている。また「リスト」という機能も最近できた。「フォロー(自分が注目している人)」をカテゴリ分けできるというものである。そういったものが進化していって、やがて「世間」に安心感を覚えるような人たちに「楽しい」と思わせたらTwitterはmixiのように流行っていくかもしれない。
 後者は、これは恐ろしい。恐ろしいというか、日本的な価値観が崩壊するということをしか意味しない。それの価値判断は僕にはできないが、直感的にイヤだなあと思う。僕は「世間」に息苦しさを感じるどころか、爪弾きにされかねないような人間なんだが、「世間なんかなくなってしまえ!」とは思わない。『「世間」と「空気」』という本を出した鴻上尚史という人は、どうやら進歩的な人で、そのような意味のことを言っているんだけど、僕は佐藤直樹先生のように、「世間とはうまくつきあっていくべきだ、あまりに息苦しいところは改善するように動いていけばいい」という立場である。「世間」には恩恵だってあるのである。
 Twitterを、僕が初めから大嫌いで、文句ばっかり言っていたのは、「世間をぶっ壊して個人偏重の世の中になる」という方向を牽引して行きかねない存在だなと思ったからである。欧米式の個人主義が横行し、「快・不快」をばかり追い求めるのを容認されれば、人はものを考えなくなるんじゃないかと僕は思う。

2010/01/12 ゆず論

   そしてまたここへ
   帰ってきたわけさ
   風の音を聞きながら
   いつの間にウトウトしてた
   日だまりのあの公園へ
   (ゆず『日だまりにて』詞・曲:岩沢厚治)


 僕がゆず大好きと言うと意外に思う人もいるかもしれないが大好きなのである。というか岩沢厚治という、髪が黒くて背が小さくて声が高いほうが好きなのである。曲も声も好きだが、取り立てて詞が好きだ。彼の詞は、詞というよりも詩という感じがする。ゆずのもう一人、北川悠仁とは対極にあると僕は思う。悠仁はその卓越したポップセンスによりメロディにうまく乗ったそれでいてわかりやすい詞を書くが、岩沢先生の詞は詩情にあふれ、あふれすぎて、ともすれば意味不明ですらある。悠仁の詞は論理的に整合性のある、散文的にキチッとしたものが多いが、岩沢先生の詞は繋がりが悪かったり、明らかに説明不足でわけのわからないものが多い。
 悠仁の詞というのは例えばこういうようなものである。
 アゲイン 誰もがみんな一人ぼっちを
 抱きしめながら生きている
 アゲイン 泥だらけの靴だって何度でも
 歩き出せるさ
 君が君であるために
 わずかな光を頼りに
 僕とともにいこう アゲイン
 (『アゲイン2』)
 これはこれで名曲で、僕も大好きだし、二人の歌い分けすら完璧にできるのだが、これぞ悠仁お得意の「売れ筋のポップソング」の典型的なものである。
『アゲイン2』のカップリングで岩沢先生が作詞・作曲をした曲は、こんなふうである。
 散り散りにバラバラになってた 欠片探してるだけ
 呆れるくらい君を思うほど まるで空が落ちてきそうなんだ
 憂鬱な時間が過ぎてく
 言葉は時に残酷で 目の前を通り過ぎてゆく
 (『手暗がりの下』)
 別になんてことない歌詞だが、『アゲイン2』と比べると、より抽象的であることはわかるだろう。それは「A面曲とB面曲の違いだ」と言われればそうなのかもしれないが、ゆずのシングルで単独A面(両A面、3A面シングルの場合は、最初に記載された曲)になった岩沢先生の曲というのは、全30枚(『桜会』を含む)のうち『からっぽ』『飛べない鳥』『3カウント』『呼吸』『3番線』『歩行者優先』『超特急』『春風』の8曲のみである。うち『呼吸』と『3番線』は4週連続シングルという企画の一つなので、あんまり重みはない。一応書いておくと、『シシカバブー』という完全共作の曲もある(『スミレ』は作詞のみ共作)。
 30枚中、A面(1曲目)になっているのが8枚である。作った曲の絶対数は、初期を除けば(初期はほとんどが岩沢曲だった)悠仁のほうが多いのだが、それでもこの比率は注目すべきである。岩沢先生の曲はそもそもA面にならない。簡単に言えば、岩沢先生の曲はシングル向きではない、つまり、一般受けしないのである。
 さらに言うと、岩沢先生の曲はなんだか暗い。聴いてるこっちが心配になるくらい暗い。別に絶望的なことが書いてあるわけでもないのに、言葉の節々から本気の暗さが垣間見えるのである。
 今さら遅いとか早いとか 言わない方がいいんだけど
 あえてあからさまに 曖昧にどっちでもいいと言ってくれ
 雨が強くてよく晴れてたっぽい 月曜日の週末は
 あからさますぎて大事な事がわからない
 そんな事はよくある話だと 君は笑うかも知れないけど
 いつも僕は考えこむのさ ずっと
 (『月曜日の週末』)
 この曲の異様な暗さがわかるだろうか。「月曜日の週末」とは何を意味するのか。『カーテンのせい』という曲の歌詞を見ればわかるのだが、これは完全に引きこもりのメンタリティなのである。「前を見たり空を見上げたりして歩き出す」ような曲も書いているが、岩沢曲の本質はこの暗さ、引きこもり的メンタリティにあるのである。
 シングル『歩行者優先』と両A面となった『』にはこんな歌詞がある。「晴れた日はプラプラとホカ弁を買って あそこの丘の上に座り込んでかみしめてる」こういう感じを、ほかのどのポップシンガーが歌えるだろうか。
 上に「前を見たり空を見上げたりして歩き出す」と書いたが、「歩き出す」というのはゆずにとって非常に重要なモチーフであって、悠仁曲にも岩沢曲にもよく出てくる。しかし両者の「歩き出す」は微妙に違う。悠仁の「歩き出す」には希望がある(上記『アゲイン2』参照)が、岩沢先生の「歩き出す」は、「しょうがねえから、とりあえず歩き出すか」なのである。なんてったって『濃』のサビは「とりあえず歩きだそう 答えなんて初めからから フラリフラリと 答えは風に吹かれてる」なのである。答えなんてわかんねえけど、とりあえず歩くしかねえだろ、という気の抜けた、諦めに満ちた感じが岩沢先生の本質なのである。
 岩沢先生の、もしかしたら最も有名な曲『からっぽ』でも、「答えは今も見つからないまま 繰り返しの渦の中また一歩踏み出すよ」と言っている。「わかんねえし、どうせまた同じこと繰り返すんだけど、とりあえず踏み出してみるか」である。ほとんど同じことを歌っていても、悠仁だとこれが「何度でも歩き出せるさ」になる。同じようで、違う。と僕は思う。
 もう一つの代表曲『飛べない鳥』にも「歩き出す」は出てくるのだが、二番のサビには「確かな答えなんてさ 見つからないまま 飛べない鳥の様に」という歌詞がある。岩沢先生の詞世界の基調をなしているのは、この「答えはない、わからない」なのである。
『アゲイン2』にも「答えなんかなくても 確かな一歩踏み出した」という詞があって、これまた同じようなこと言っているのだが、やっぱり違う気がする。何が違うかといえば、「なくても」「確かな」という確信が悠仁にはあるのだ。『心のままに』には、「本当の答えを見つけるために確かに歩き出す」とある。「本当の」「確かに」に見られるように、彼には「確信」があるのだ。そこが悠仁の前向きさを形作っているのだが、岩沢先生の曲にはそれがない。もっとフワフワ、「フラリフラリと」しているのである。
 もう少し踏み込むと、悠仁は歌詞の中で「君」に対して信頼を置いているが、岩沢先生は「君」なんてもんをたぶん信じていない。これまた『アゲイン2』で恐縮だが、悠仁は「君となら笑い飛ばせるさ」と言い切ることのできる人であるけれども、岩沢先生は「君と歩きそして笑うために 全てを知ってゆく事 恐くなんてないさ」(『飛べない鳥』)と歯切れが悪い。ここにあるのは「信じている」ではなくて「信じたい」であって、僕の大好きな「真実への切なる祈り」である。
 先に述べた「暗さ」というのは、「祈り」と表裏一体のものである。暗さを抱えているからこそ、「祈り」が必要となるのである。確信なんかどこにもないし、信じられるものなんかないようにさえ思えるのだが、「信じたい」という祈りだけがそこにある。
 岩沢曲の特徴としてもう一つ挙げられるのは、冷静さ、客観性である。先に引用した『濃』の「あそこの丘の上に座り込んで噛みしめてる」や、最初に載せた『日だまりにて』の「あの公園へ」に注目してほしい。どうして「わざわざ話題にするくらい重要と思われる場所」に「自分」を存在させないのだろうか。これは作曲の都合、すなわち音数や発声上の問題でもあろうが、このように「丘」や「公園」との距離感を出すことによって、得も言われぬ客観性がにじみ出ているのだ。ここには「丘の上で弁当食ってるような自分」や、「かつてその公園にいた自分」を冷静に見つめるもう一人の自分がいるのである。ちなみに『踏切』なんてのは、客観性の極地のような曲である。自分が「ここにいる(いた)」ということをひたすら客観的に描写しただけの曲。恐ろしい。
 岩沢先生は、諦めの中の祈り、絶望の中の希望という僕の大好きなモチーフを、決して独りよがりにならない冷静な客観性で、それでいて豊かな詩情で描いている。こういうポップシンガーは希有だと思うのだが、彼がポップシンガーでいられるのは北川悠仁という「ポップの天才」とデュオを組んでいるからであり、もしも岩沢先生がソロシンガーだったらきっとこんなに売れなかっただろう。ゆずファンで岩沢びいきの人はそもそも少ない(自分調べ)が、積極的に「岩ちゃんが好き」という人にはヘンな人が多い。自分もその一人である。岩沢先生の一般性のなさというのは、おそらく「本質的な暗さ」「客観性」「詩情」というところに原因するのであって、考えるにつけ自分の趣味の一般性のなさというものを痛感するのであった。みんな「明るさ」や「主観性」や「わかりやすさ」が好きなのである。それらを兼ね備えた北川悠仁という人間は、スーパースターである。すごいなあ。

2010/01/11 

 悪意のないことを証明するのは難しいことだが、僕には悪意なんて基本的にはないはずなのである。僕が個人に向けて(直接間接を問わず)悪意を表明するなんてのは、数年に一度のことである。それをした相手というのは、ここ十年では指折り数えられるほどだ。それ以外は悪意がない。ないのに人を傷つけていることがあるというので、余計にタチが悪いという話もある。

 最近、名古屋弁を出して話していたら、怒ってないのに「怒られた」と言われた。その相手とは確固たる信頼関係が結ばれているのでその場は「怒っとれせんがね!」と名古屋弁で怒りながら怒ってないことを表明することによって冗談になったが、僕は考えこんでしまった。
 以前、懇意にしていた女性から「あなたはすぐに怒鳴る」というようなことを言われたことがあって、「白痴かこいつは。僕は怒鳴ったことなどない」と当時は思った。今でも断言できるが僕は女性に対して(ジョーク以外で)怒鳴ることなどないし、相手が女性でなくても基本的にはしない。その時は「うーん、ちょっとでも語気を強くすれば『怒鳴る』と言われてしまうのか、あるいは説教されたことを『怒鳴られた』と言い換えているのか……」とも考えたが、もしかしたらその子は僕が方言で喋ったのを「怒鳴られた」と勘違いしていたのかもしれない、とあとで思った。ちなみにその子は東京出身の東京住まいであった。
 名古屋弁というのは客観的に見れば汚い言語である。標準語では「そんなことしちゃだめだよ」と言うであろうところを、名古屋では「そんなんしとって、かんがや」と言う。なんとなくこっちのほうが迫力があって、語気が強まる。また名古屋人はこの「かん(ダメだ、いけない)」というのを不必要なほどに多用する。
 標準語で「失敗しちゃったね」と言うところを、「失敗しとるもんで、かんわー」と言うのである。直訳すると「失敗したから、ダメだね」である。思えばこれはひどい。失敗した人に対して、「失敗したお前は、ダメな奴だ」という烙印を押すようなものである。名古屋人は平気でこういう言い方をして、言われたほうも別に気にしない。「かんわー(ダメだね)」というのは、ほとんど名古屋弁的リズムを生む出すためにだけ使われるものであって、特に意味などないのである。
 名古屋弁に限らず、方言というのは汚いというか、標準語よりも強い語気を持っているものである。そういうわけでもしかしたら標準語に近い言語環境の中で育ってきた人にとっては、僕の話す名古屋弁に接して「怒られた」「怒鳴られた」と感じる人もいるのかもしれない。僕はそのような感覚は一切ないのだけれども。
「~だろう」という言葉についても似たようなことが言える。「~だろ(う)」というのは標準語にもあり、丁寧語にすると「~でしょ(う)」だ。名古屋弁でも同じ意味であるが、名古屋弁の場合は「だろう」を「だ ろうー!(ろに強いアクセント)」という具合に、ものすごーく強めて言うのである。これを「怒鳴る」と解釈する人も、いるのかもしれない。
 名古屋弁だけの問題ではなく、僕は男兄弟の中で育ったので、基本的に柔らかい言語は持ち合わせていない。男同士の言葉である。だから女の子の中には存在しない話し方もしているのだろう。それで僕の言葉が「怒られた」「怒鳴られた」に容易になってしまうというのは、ない話でもなさそうだ。
 あとはもちろん性格の問題もある。言葉は凶器であるが、僕はそれを抜き身で持ち歩いているのである。要は、思ったことはけっこう言ってしまうのである。本心でなくても、言いたかったら言ってしまう。「自分的に面白い」だったら、がんがん言ってしまう、慎みのない人間である。爆笑問題の太田さんのようなものである。この点は反省しなくてはならない。
 僕はひとかけらの悪意もなく、また相手を傷つけるつもりもなく、本心でそう思っているわけでもないのに、他人を平気で中傷するのである。なんでそんなことをするのか皆目わからないが、たぶん楽しいからするのである。最悪である。まあ、そういうことは相当に近しい相手にしかしないので、小学生が好きな子をいじめるのと同じ感覚だと思って、気に障ったら、あるいは第三者として気になったら、「やめやあ」(名古屋弁で「やめなよ」の意)とでも言ってください。こちらとしましても多少は気をつけます。多少は。たぶんあれです、距離が近しくなると、コミュニケーションの適切な取り方がわからなくなるのです。それも男兄弟の中で育ったことが遠因としてあると思います。言い訳終わり。これからも言いたいことは注意されるまで言いまくろうと思います。

2010/01/10 恋の余剰エネルギーについて

 恋をすると周りも自分も見えなくなって、「俺は恋をしている!」ということを四方八方へ唾液と一緒に撒き散らし、それで白痴のような顔になってしまっていても一向に気にしなくなる。そのような状態になることは仕方ない、忌野清志郎には『世界中の人に自慢したいよ』という名曲があるし、河村隆一の『ジュリア』にも「君は急にまじめな顔して世界中に発表しました」なんていう(意味不明な)歌詞がある。恋をして、恋しか見えなくなるということは、美しいといえば美しい。「恋なんて虚妄ですよ! 幻想ですよ! 妄想ですよ!」という立場だってあるにしても。
 好きで好きでたまらない、そのエネルギーはあまりにも膨大だ。恋する相手にそのすべてをぶつけられるのでなければ、エネルギーは自分の中に鬱積していき、やがて爆発しそうになる。行き場をなくしたエネルギーを成就させるため、「俺は恋をしている!」という発表をしなければならなくなるのである。第三者に、時には不特定多数の人々に向けて。
 好きで好きでたまらないエネルギーをすべて相手にぶつけるということは、四六時中一緒にいて愛し続けるということである。そうでなければ、何十万字にも及ぶ手紙なりメールなりを延々と送り続けるというようなことでもあるし、毎晩何時間にも及ぶ電話をかけ続けるというようなことでもあろう。
 それが叶わないとき、あるいは相手のことを考えてブレーキをかけてしまうとき、人は一人で悶々としていることに堪えられない。だから「発表」する。友達に話したり、ポエムをインターネットに書き散らしたりする。
 美しいといえば美しいのかもしれないが、それは関係を二人の中で完結させることができていないということである。「発表」が必要な段階というのは、関係として未完成であり、未成熟な状態である。
『闇金ウシジマくん』に、「本当に幸せだったら、わざわざ言葉にして、彼氏自慢する必要ないじゃん」というセリフがあるのだが、本当にその通りだ。このセリフは確か、「彼氏との関係は実は全然うまくいってないのだが、それを自分で誤魔化すために大仰に彼氏自慢している女」に対して向けられたものである。
 どんな幸せなラブソングでも、歌ってしまった時点で、不安や悲しみを含んだものになる。『世界中の人に自慢したいよ』という曲は、一見脳天気に幸せを歌っている曲のように見えるが、「何もかもうまく運ぶさ」「きっと幸福になろう」という言葉は、「幸せである」ではなく、「幸せでありたい」という祈りなのである。
「君とつきあえて、僕はなんて幸せなんだー」というようなことを歌った曲があったとしても、本当に「幸せ」を表現することはできない。「幸せ」は口に出してしまえば「祈り」にしかならない。「幸せなはずだ」ということを自ら確認しているだけにすぎない。本当の幸せは「幸せだ」という言葉の中にはない。本当に幸せな曲というのは、好きだも愛してるも幸せだもなく、自然や日常をただ淡々と描写しているだけだったりする。「ラブソングなんてくだらない」と言うような人は、「恋とは幸せなものであるが、恋を歌うことで幸せを表現することはできない」というジレンマに気づいている人なのだと思う。
 ただ、恋をしている当事者にはラブソングというのは効く。「うんうん、そうだよなー」となる。チャゲ&飛鳥の『LOVE SONG』であれば、「君が思うよりも僕は君が好き」という歌詞があって、それを聴いた恋する人は、「そうなんだよなー」となる。いわゆる「共感」である。恋する人は恋しか見えていないので、ラブソングが実は何も歌えていないということに気づかない。それはラブソングが素晴らしいのではなく、恋する自分の心が素敵な状態になっているだけなのだが、恋する人は簡単に「名曲だ(なぜなら自分が感動したから)」となってしまう。ラブソングは恋心を確認させるだけのものであって、実際は何も歌っていない。歌うことができない。恋とは個人的なものでしかないから、「歌」という一般性の中に閉じこめることなどできないのだ。
 余談ながら、恋を正しく歌い上げたラブソングがあるとすれば、「共感」などしようもないくらいに個人的なものだと思う。恋のエネルギーをそのまま歌ってしまったようなもの。それは「自然や日常を淡々と描写する」ということに似ているのかもしれない。「空に散らばったダイヤモンド」とか。わかんないけど。

 恋というのは、ラブソングごときに心動かされてしまうような危うい精神状態を容易く生むのである。が、それは関係が未完成であり未成熟であるような段階に限られるのではないか。たとえば片想いとか、気持ちの大きさが違うとか。二人の間で恋が完結して、安定しているような、本当に幸せな状態であれば、ラブソングのような雑音が介入する隙間などなくなると思うのである。
 完璧な恋には、ラブソングを聴くことも、歌うことも必要としないのだ。他人の恋に「共感」することも、相手以外のどこかに向けて「発表」することも、要らない。それを求めてしまう、あるいはそれによってやっと充足できるような状態は、恋のバランスが崩れているのである。恋の崩れているところには愛は絶対に生まれない。歪んだ、一方通行の気持ちがあるのみ。
 ああ、閉じたい。僕はあなたと二人だけの世界で恋を完結させたい。僕の気持ちをすべて受け入れてほしいし、僕もあなたの気持ちをすべて受けとめよう。余剰エネルギーを外部に発散するなんて馬鹿げている。余りなんてない、僕たちだけの生態系を作り上げよう。僕たちに関するあらゆる感情を二人の関係の中でだけ循環させよう。などということは、相手にだけ伝えればいいのであって、世界中に発表する必要などないのである。
 インターネットの恐ろしいのは、余剰エネルギーを容易に発散させられてしまうところだ。本来ならば相手に向けられるべき気持ちが、熱が、ネット上に散らされる。それは「こんなに重たい気持ちを、すべて相手に受けとめさせるわけにはいかない」という気遣いでもあるのだろうが、同時に「こんなに重たい気持ちを、自分の中だけに抱えているのはつらい」でもある。「つらい」を我慢することができなくて、目の前に容易に発散の場があるのだから、やってしまえ、ということである。僕も淋しさゆえネット上にものを書いてしまう人間なのでそういう気持ちはよくわかる。
 では、有り余る恋心はどう処理したらいいのか? すべて相手にぶつけてしまうべきか? ある程度は自分の中に閉じこめておくべきか? 第三者に向けて発散したほうがいいのか?
 それがわかれば苦労はしないんである。すべては相手との「関係」次第、としか言えないか。
2010/01/09

 友達のブログに書き込んだら「スパムコメントと判定されました」と出たので、ここに記す。FC2ふざけんな。
 大学のレポートへのコメント。


・引用が長すぎる

・「原文に自分なりのプラスアルファを付け加える芥川のファンだったと言われている太宰治も同じようにやっていると考えられる。」
→「考えられる」根拠が乏しい

・「近代」ないし「近代主義」とやらの定義が恣意的で非常に怪しい。また「王が人を殺す」のに「おどろいた」というだけでメロスを「近代的」と断ずるのは無理がないか。

・「西欧の例では、かつて民衆は王の所有物であり、命や財産は王から分け与えられたものであった。」
→これはどの国のどの時代を想定しているのか? このような時期はあったとしてもごくわずかな期間だったのではないか。

・「物語中の王はもちろん近代主義ではない。」
→これは「封建制(王制)の頂点にいるから」が根拠なのかな。もしくは「他人の(作った)ものを自分の思い通りにできると思っているから」? 何か説明がほしいところ。

・「二項対立的に分析するのは正しくない。あくまで、近代へと成長する物語なのだ。」
→「近代へと成長する物語」は二項対立的ではないのか。また、「正しくない」のはなぜか。それと「成長」の主体がわからない。何が近代へと成長するのか。メロスか、王か、この国(世界・社会)か、「物語」そのものか。

・「果たして近代人は信頼というものを持っているが、それを疑うことが許されることなのか」
→なんか妙な文だなと思った。「近代人は信頼を持っている」がどっから出てきたのかが謎。「信頼を(または信頼を持っていることを)疑う」というのはどういうことなのかもよくわからない。

・「猜疑心という黒い風」
→とすると、「黒い風のように走った」というのは、「猜疑心のように走った」と言い換えても問題ないということ? ここでメロスは猜疑心を本当に纏っているのか?

・「やはり太宰の意図としては猜疑心の風に「黒」という色を付けているのだからの良いイメージではないように見えるが、果たしてどうだろうか。」 →思考の順序がおかしい。「黒という色をつけているのだから良いイメージではないだろう、ゆえに黒い風とは猜疑心を表しているのではないか」が正しい順序なのでは。

・「もしかしたら黒は赤を引き立てるからではないだろうか。」
→この程度の主張は、次の主張に繋がらないのなら書かないほうがマシ。

・最終段落は言っていることが全くわからない。



 本人も言うとおりテキトーすぎる。ウェブで公開するレベルにすら達していないのによく公開したなと感心します。まあ僕も大学一年くらいの時はこのくらいのクォリティのレポートを平気で公開してましたけどもね……今から探して読み直して赤面してくる。



 で、読み直した。ら、意外と面白かった。転載してみる。
 ※言い訳……これらは僕が十代(大学一年生)の時に、しかも〆切りに迫られて数時間で一気呵成に書いた文章であって、拙いのは仕方ないと思ってください。


 まず梶井基次郎『檸檬』についてのレポート。発想としては別に面白くもなんともない、割と優等生っぽいレポートなんだけど、とりあえずレポートとしての体裁は整っているような気がするので、現役大学生の方々に「少なくともこういう形式でなければレポートにはならない」ということを示すことはできるかと思う。


  物語としての『檸檬』と時代のなかの『檸檬』

 柄谷行人が『檸檬』について、『資本論』を絡めて興味深い考察をしている。
 非常に単純化していうと、『檸檬』で梶井が《爆破》しようとしているのは、「交換価値」によって、あるいは「概念」(意味されるもの)によって体系づけられている世界である。たとえば、びいどろや南京玉は美しい、と「私」は考える。それらを「見すぼらしく」させているのは交換価値であって、丸善の西洋美術書にある「美」はまさにそのようなものである。しかし、私たちの日常の知覚は、すでにそのような  交換価値=概念の体系のなかにある。梶井の企ては、そのような体系を《爆破》することである。(1)
「びいどろや南京玉は美しい」と考える「私」の美的感覚と「丸善の西洋美術書にある『美』」を良しとする「交換価値=概念の体系」のなかにある美的感覚とは異なるものであり、『檸檬』では前者は後者を「爆破」しようと企てている、というのである。前者はわかりやすい。後者はわかりにくい。「交換価値=概念の体系」とは?
 マルクスの「労働価値論」に基づけば、ものの価値(交換価値)とは抽象的人間労働が対象化または物質化したものだという(2)。ここで『資本論』論を展開する訳にはいかぬので、「価値は労働を前提にしたものだ」ということだけを問題にしよう。そうであるなら、「交換価値=概念の体系」(社会的な価値体系)は労働をする者を基準とした価値観、即ち「(非生産者としての子どもと比較する意味での)おとな」の価値観だと言えよう。つまり、柄谷をふまえれば『檸檬』は「おとな」の価値観を破壊しようとしている小説だ、ということになる。
『檸檬』で「おとな」の価値観を破壊しようとするのは「私」である。「私」は「おとな」だろうか。それとも「子ども」なのだろうか。先に倣って「おとな」という概念を「労働者(生産者)」と定義するなら、「私」は「おとな」ではない。「子ども」である。
 では精神的にはどうだろうか。「生活がまだ蝕まれていなかった以前」の「私」が愛したものは、人工的で複雑なもの、あるいは芸術などだった(3)。文化的で、「おとな」の嗜好を持っていたと言える。本来「子ども」であるところの「私」が「おとな」の世界に首を突っ込んでしまった。これが「不吉な塊」の原因となったのだ。
 金銭の問題は「おとな」が抱える最も実際的な問題の一つだが、「子ども」である「私」がこの危急の問題に対面することは、辛い経験に相違ない。事実、「私」は「借金取の亡霊」に取り憑かれてしまっているのだ。「不吉な塊」の裏側にあるのは、「子ども」である「私」と齟齬を起こしてしまった「おとな」としての意識である(4)。だとすれば、「私」が子どもがえりしてしまったのはこの反動であろう。
『檸檬』を「物語」として読むと、幼児退行の物語と読める。びいどろや南京玉を嘗めるのはフロイト式に言えば口愛期への「固着」か「退行」ということになろうし(5)、檸檬を「掴む」ことに幸せを感じるのはピアジェの認知発達理論でいえば感覚運動期乳児の世界認識行為ということになる(6)。「あの頃」に「私」が愛したものは、単純な自然のものだった(7)。自然と子どもとは組み合わせて考えられやすいテーマである(8)。結末部では画本を引っぱり出して元に戻さないという無責任さや、「大爆発をするのだったらどんなに面白いだろう」などと子どもっぽい発想も見られる。「私」が最後の最後まで「子ども」として描かれていることは、「おとな」の嗜好の象徴である丸善を「気詰まりな丸善」と言っていることによってもわかる。
 こうすると『檸檬』は「『私』が幼児退行することによって『おとな』の価値観を否定する物語」と読めるだろう。
 しかし『檸檬』が否定したのは「おとな」の価値観だけではない。視点を変えて『檸檬』を歴史的コンテクストの中で眺めてみよう。一九二五年一月に発表された『檸檬』という「作品」として読む。するとどうなるか。
 まず、『檸檬』の書かれた一九二〇年代というのはどういう時代であったか。松山巌が面白いことを書いている。
 松山巌によれば、一九二〇年代は「何やらわからない不明瞭な緊張感、曖昧な嫌悪感が、都市生活者の心象に漂い出した時代であった」という(9)。松山は「この不明瞭な緊張感に追いつめられた男の話」として江戸川乱歩の『屋根裏の散歩者』をあげているが、そのわずか七ヶ月前に発表された『檸檬』もその一つ、むしろ先駆けであったと言えよう。「不明瞭な緊張感」の原因は視聴覚文化の開花にあると松山は言う。『檸檬』の冒頭で「私」は蓄音機を聴きに行っても「居堪ら」なくなってしまうと語っているし、結末では「活動写真の看板画が奇体な趣きで街を彩っている」と語っている。『檸檬』はその構造上奇しくも視聴覚文化という枠で囲われている小説なのである。視聴覚文化の隆盛と、それに対する焦燥や嫌悪を書き込む。ここに『檸檬』の批評性があるのだと言ってよいのではないか。
 松山はまた、視覚や聴覚が重視されるようになって、触覚という体性感覚の地位が下落したとも言う。江戸川乱歩はこれに異議を申し立てるようにして一九二五年『人間椅子』を発表したというのだが、図らずも同じ年に梶井基次郎は『檸檬』を発表していたのである。どちらも視聴覚より触覚に重点が置かれた小説だ。『檸檬』がそうであることは言うまでもない(10)。
 だめ押しにもう一度松山巌の言をひこう。
 刺激は……自らが求めたものでなく、他人から与えられる、一方的なものならば不快でしかない。……聴覚や視覚は、……自分の身体と他者との距離を知覚する。この距離感を自分で制御し、知覚できる限りは不快にはならないが、他者から一方的に視覚や聴覚に刺激を与え続けられれば、その距離感を知覚できず混乱に陥る。(11)
 乱歩の『人間椅子』に(正確には『人間椅子』の中に書き込まれた「作品」に)登場する男は、「世にも醜い容貌の持ち主」である。つまり、「視覚の暴力」の被害者にもっともなりやすい種類の人間だ。また「美しい詩歌(これは視覚にも聴覚にも関係する)」をつくることもできない。だから男は触覚的な刺激へ逃避するしかなかったのだ。では『檸檬』の場合はどうだろうか。
 確かに梶井基次郎の容姿は、「霊長目類人猿科最大の動物を連想させてしまう」(12)とまで言われるほどで、あまり結構なものではないし、『檸檬』は「私小説」のように見える。しかしだからといって文字だけで構成されるべきところの「文学テクスト」を読むのに作者の顔が影響するというわけではないのだ。
『人間椅子』は「視聴覚/触覚」+「容姿のまずさ」というコードで読めた。しかし『檸檬』はそうではない。ではどういったコードで読めばよいのだろうか。もちろん、「視聴覚/触覚」+「おとな/子ども」でいい。「視聴覚」が「おとな」つまり、人工的で複雑な現行の社会諸制度を表し、「触覚」が「子ども」つまり、自然で単純な原始の姿を現している。一口で言えば、「革新/保守」の対立なわけだ。
 そして「私」は、どちらにもなりきれていない。
 『檸檬』は「おとな(人工・複雑)」の価値観を否定し「子ども(自然・単純)」の価値観に帰っていった小説だった。だがそれと同時に、「視聴覚」を否定し「触覚」を重んじた小説でもあり、ひいては一九二〇年代という時代を批評した小説でもあるのだ。そこには、大人になっていくはずの自分と、めまぐるしく変わっていく時代とに適応しきれなかった男の姿が書き込まれている。


(1)柄谷行人『批評とポスト・モダン』福武文庫、一九八九年
(2)岩井克人『貨幣論』ちくま学芸文庫、一九九八年
(3)視覚…琥珀、翡翠など凝った色 嗅覚…オードコロン、オードキニン、香水 聴覚…美しい音楽、美しい詩 味覚・触覚については言及なし (7)と比較すると、より複雑で人工的な雰囲気=「おとな」の価値観が読みとれる。
(4)「不吉な『塊』」=「『おとな』の価値観の象徴」だとするなら、気詰まりな場として「『丸』善」が描かれたのもわかる。
(5)フロイト『精神分析入門(下)』新潮文庫、一九七七年 本文にびいどろなどの「無気力な私の触覚に寧ろ媚びて来るもの」について「私『自』身を『慰』める」「『自』然私を『慰』める」とあるが、フロイトがしゃぶる行為を「自慰」と結びつけて考えたことを思うと、まさに象徴的な描写である。間接的には同書の上巻や小此木啓吾『フロイト』講談社学術文庫、一九八九年も参考にした。
(6)神谷育司他編『教育と発達の心理学』共同出版、一九九四年
(7)視覚…檸檬、花火などの単純な自然の色 嗅覚…檸檬 味覚…無味のびいどろ 触覚…びいどろ(口腔)、檸檬(手) 聴覚には言及なし (3)と比較すると、より単純で自然な雰囲気=「子ども」の価値観が読みとれる。カンナや向日葵、野菜や青物への態度にも注目したい。
(8)石原千秋『教養としての大学受験国語』ちくま新書、二〇〇〇年
(9)松山巌『乱歩と東京』ちくま学芸文庫、一九九四年
(10)注(3)(7)を見よ。「おとな」の価値観として触覚は登場せず、「子ども」の価値観として描かれている(びいどろや檸檬)。肯定的だとまでは言えないが、どちらが小説の主題になりうるかは言うまでもない。
(11)前出『乱歩と東京』
(12)石原千秋他『読むための理論』世織書房、一九九一年


 担当教授の影響で、とにかく二項対立的に考えることに終始している。そういうわけで面白くはないのだが、形としてはそれなり。結論部が弱いのと、「ダメ押し」とされている松山巌の最後の引用がさほど効果的でないところが今読むと非常に恥ずかしい。

 次は「戸坂潤の思想を下敷きにして文学作品を論じよ」という題だったので、戸坂潤の思想がわからないとよくわからないかもしれない。よくわからない言葉が出て来たらすべて戸坂潤の用語である。それがゆえに誤魔化しが効いていて、なんだか面白いような感じがする。別に知らなくても読めると思う。



  時代の「モラル」――『破戒』と『白痴』(文学研究の方法)

 日本で唯一、誰に対しても敬語を使う必要のない人がいる。かと思えば、誰に対しても敬語を使わねばならない人々もいる。これは「天皇制」や「差別」などと呼ばれる「肉体的なリアリティー」を持った「風俗」であり、もちろんその下には、日本特有の「モラル」が横たわっているはずである。
 島崎藤村の『破戒』は被差別部落民を描いた小説である。部落差別に実体的な根拠はない。あるとすれば、封建制を引きずった歴史的な根拠と、天皇制を中心とした心理的な根拠だ。『破戒』に関して「道徳」を問題にするとき、差別はよくない、非道徳的だなどと声高に叫ぶのは、戸坂潤の言うところの「道徳に関する通俗常識的観念」であり、それを哲学的な視野で捉えようと試みるのは、「道徳に関する倫理学的観念」であり、天皇制が云々、階層構造が云々、中心周縁が云々と論じるのは「道徳に関する社会学的観念」である。では「道徳に関する文学的観念」の視座から『破戒』を眺めると、どのような言説になるであろうか。
 明治期においては、部落差別を告発することはそれ自体が意味深いものであり、『破戒』が結果としてこの「差別制度」への痛烈な批判になったということは事実である。しかし、瀬川丑松は、他のあらゆる日本人と同じように、あらゆる「制度」を内面化した存在であり、「制度習得感(安易快適感)」に骨まで浸かった人間として描かれていることに注意したい。
 まず丑松は著しく家父長制を内面化していた(このことは家族主義的国家観を内面化すること、つまり天皇制を無条件に肯定することと無関係ではないし、結果として差別意識の再生産にも繋がっている)。父の戒めを絶対視し、父の期待に添って立身出世を遂げることが人生第一の目標、第一の意義であると考えている。丑松は父の戒めにより、そしてそういったものを目的に据えている己の人生を成功させしめんがために素性を隠し、生きている。素性を隠すということは当時の社会にあった世界観(つまり「モラル」)を受け容れるということである。制度を受け容れ、「制度習得感」に甘んじて生きているのだ。
 丑松は自らが被差別者という立場にありながら差別意識や差別制度を肯定していたとも言える。だから生徒の前で土下座などをするのだし、『破戒』から「なぜ差別されねばならないのか」といった魂の叫びが聞こえてこないのはそのためだ。
 被差別者という立場は、確かに丑松にとって実際的には「安易快適」ではなかったのかもしれない。しかし少なくとも丑松は「安易快適感」の中で生きていた。現状の制度に安住していたとさえ言えるかもしれない。それは丑松が「小学校の教員」というエリートの身分を確保していたからだ。素性が知られさえしなければ世間的に人並み以上に見られ尊敬される身分にいたことが、ともすれば実際的にも丑松を「安易快適」な状態にいさせたのかもしれない。このエリート意識、「新平民」の中でも自分だけは違うのだという意識が、『破戒』における被差別部落民の描写を極めて差別的にしているのだろう。第拾章(一)などに顕著だが、描写には明らかな侮蔑の念や一種の悪意すら感じられる。
 藤村自身の差別意識についてもとうに多くの研究者によって指摘がなされている。先に挙げたような侮蔑的描写にはじまり、部落出身の登場人物に動物の名前を織り込んだり、丑松を生徒に土下座させて「許し」を乞わせたり、問題の解決をテキサスに逃げることで置き換えたりするのは、もちろんすでに批判されていることだ。これがその時代に「モラル」が許していた範囲の限界だったのかもしれない。
 戸坂によれば、文学(「モラル」)は「通俗道徳に対してその批判者として立ち現れる」。『破戒』の通俗道徳とはすでに無条件に存在している差別である(何せ被差別者までもが差別を肯定しているのだから)。それでは『破戒』はどの程度制度に対して批判的であったのか。
 問題の解決をテキサスへの逃亡へ求めたことは、すなわち制度からの脱却を意味する。それが差別に対する根本的な解決にはまったくならないことは周知の通りだ。なるほど丑松は部落差別という「制度」からは抜け出したかも知れない、しかし「制度習得感」は消えない。確かにテキサスに行けば実質的な「部落差別という制度」はなくなるかもしれないし、「部落差別という制度についての制度習得感」も忘れられるかも知れない。だがもっと根本的な、「制度習得感」に関する「意識」はまったく変わらないのである。もしもテキサスにもそういった差別があったらどうなるか。丑松はその新しい「制度」を無批判に内面化してしまうかもしれない。そういった危うさを含んだまま、『破戒』の物語は終わってしまうのである。
 戸坂の思想を見事に体現しているという坂口安吾の『白痴』を考えてみよう。ここに描かれているのは紛れもなく制度と、制度習得感からの脱却だ。
 伊沢は隣近所の眼を非常に気にして生きていた。それは当たり前のことだが、白痴が住んでいた家にはそれがなかった。気違いだったからだ。制度から外れた者は気違いとして生きるほかはない。それがこの時代の限界であるし、今でもそうだろう。
 伊沢は空襲のさなかにあっても世間というものを忘れなかった。
 彼がこの場所を逃げだすためには、あたりの人々がみんな立去った後でなければならないのだ。さもなければ、白痴の姿を見られてしまう。
 この時の伊沢はまだ世間の中にいて、常人としての立場を保っている。秩序の中で無秩序を抱え込んでしまった伊沢はまだ戸惑っている。この場合の秩序というのは路地の秩序であり制度だ。無秩序というのは白痴のことで、狂人をさしていう。
 もう三十秒、もう十秒だけ待とう。なぜ、そして誰が命令しているのだか、どうしてそれに従わねばならないのだか、伊沢は気違いになりそうだった。突然、もだえ、泣き喚いて盲目的に走り出しそうだった。
 実際に伊沢を走らせたのはアパートの火であったが、この瞬間に「気違い」の仲間入りを果たしている。「なぜ、そして誰が命令しているのだか、どうしてそれに従わねばならないのだか」という問いは、そのまま制度への問いになっている。なぜ、どうして秩序というものが我々を縛るのか。アパートが火を噴いてさえ、伊沢は白痴を見捨てずに逃げた。無秩序の肯定であり、気違いの肯定であり、制度からの脱却である。 『破戒』との大きな違いは、それが「実存的な脱却」であるだけでなく、「意識上の脱却」でもあるだということだ。観念的な、と言っても良いだろう。伊沢がその後どのような生活を送ったか、それはわからないが、社会的な諸制度と何らの関わりもなく生きることはおそらく不可能であろう。重要なのは伊沢が観念的なレベルでの「孤独」を選んだということだ。実質的に連れ合いとなった白痴の女を「豚」と呼び個人として自己と他者の社会的関係を結ぶことすらを拒む。白痴の女はおそらく伊沢のことを「人間」という枠組みの中で捉えていないだろうし、また捉えることもできなかろう。白痴の女には動物的な肉体の欲望しかないのだ。伊沢も白痴の女を「豚」と呼ぶことで、同じ枠組みの世界に身を置こうとしたのではないか。
『白痴』が制度を否定し、まったく別の秩序体系をつくり上げようとしたのに対して、『破戒』が描いたのは単に制度からの逃避であり、ある秩序体系に対して別の秩序体系で対抗したにすぎない。しかしそれを藤村の視野が狭かったのだと説明することはしない。それがその時代に許されていたモラル範疇の限界であるからだ。
 安吾がこの制度からの脱却を明瞭に描き得たのは、太平洋戦争の敗北や当時の道徳に対する粗悪な言説があったからではないだろうか。天皇制を疑問視することができなければ、天皇制に大きく関連する社会の差別構造は描けないのだ。気違いは差別される対象であるから、『破戒』と『白痴』が取り扱っている題材は近しいものだとも言える。前者が被差別共同体からの肉体的脱出を試みたのに対し、後者は被差別共同体の内へ精神的に入って行こうとしているのだ。
 風俗は文学を規定するものだという、あるいは風俗を描けるのは文学だけであるという戸坂の考えは以上のように理解できる。文学とは時代を写す。それは着物だの家屋だのといった流行の具体的な内容や、世相や各人の生活様式などはもちろんのこと、思想的な限界すらも表すのである。逆にいえば、時代が進み風俗が変わればすなわち思想も変わるということであり、思想が変わればまた風俗も変わっていくだろう。それを止めることはできない。もしそれをしようとするなら、治安維持法のように暴力を用いて統制していくしかないのである。しかしそのような法が許されるためには許されるための「モラル」がなくてはならない。現代は思想も風俗も進みすぎているだろう。


 若干意味がわかりづらいというのと、言説(笑)実存(笑)というのはあるのだが、それなりに面白いような気はする。冒頭の「日本で唯一、誰に対しても敬語を使う必要のない人がいる。」というのはもちろん比喩的に言っているのだが、実際には今上天皇陛下は常に公的には丁寧語でお話しになるので、あんまり適切な表現ではないのかもしれない。ここでいう「敬語」が「尊敬語・謙譲語」に限られるのだったら、たぶん天皇は国内では誰に対しても敬語を使う必要はないだろう。
 他にも、「更級日記は日記でも物語でもなく、自伝である」という主旨のレポートや、橋本治の文体模写を試みた『青空人生相談所』のパロディレポート(日本現代文化論)なども見つけたが、長くなりすぎるので割愛。


 上に挙げた二本のレポートは若干左翼っぽいというか進歩派っぽくて、今の僕だったら絶対にしないような言葉や書き方をしている。なぜかといえば僕が若かったというのもあるが、大学および担当教諭が進歩的だったから、どうしてもそうなってしまうのである。僕は早稲田大学という日本有数の左翼大学に通っていたので、在学中、ことに1~2年次に書いたレポートは割と左に寄ってしまっている気がする。
 僕は石原千秋というテクスト論で有名な先生にレポートの書き方などを教わった。テクスト論というのはかなり左巻の文学研究方法で、「テクスト論をやる=西洋の思想をたくさん勉強する」ということでもあるから、それがばかばかしくなって僕はやがてテクスト論から離れてしまった。大学三年くらいで、格好良く言えば見切りをつけたわけである。フッサールがどうとかバルトがどうとか、U・エーコがなんだとか、テクスト論でレポートや論文を書こうと思ったら西洋人(もしくは西洋人の思想を取り入れた日本人)の本をたくさん引用しなくては論にならない。引用しないまでも、前提として踏まえていなければならない。そういう在り方が吐き気がするほど嫌いだったのだ。「そうでないテクスト論の在り方を自分で構築する」をすればいいのだが、そこまでの力は僕にはなかった。というか、そこまでしてテクスト論なぞというものに拘泥したくもなかった。
 ヨーロッパ中心の(つまり邪教たるキリスト教的な)思想や、いたずらに難しいばかりの語り口にはもう飽き飽きしたというか、そんなもん要らないでしょ! って思ったわけだ。それはたぶん大学二年の時に浅羽通明先生の「日本現代文化論」を取ってから確信したことだと思う。僕が橋本治を真剣に読むようになったきっかけもこの授業だった。
 そういうわけで昔のレポートを読まれるのは恥ずかしいのだが、人に歴史あり。笑って流してください。


 七日くらいまで名古屋にいます。

2010/01/03

 そっかー。村上龍の『ラブ&ポップ』が刊行されてからもう今年で14年になるのだねえ。ってことは、「援助交際=子供による自発的な売春」が問題になったのは、もっとずっと前からなんだろう。
『ラブ&ポップ』の出た96年を一つの基準として考えると、あのころ女子高生だった人がいま、30歳前後になっているっていうことだ。
 さっきニュースで見たんだけど、「一歳の娘を売春させた」という、一見意味のわからない事件を起こした女性は、31歳だって。まさしく『ラブ&ポップ』世代で、あまりにもできすぎた符合にちょっと、おののいた。
 この31歳の女性が当時「援交」をしていたかどうかは知らないが、もしそうだったとしたら「容易に自分を売る人間は、容易に他人をも売る」ということになってしまう。そうでなくとも、「お金のために自分を売ることを当たり前としている人が比較的多かった世代」に彼女が生きていたことは確かで、そういう価値観の中で育ったことがこの事件と無関係であるとは誰も言えないだろう。

 誰かを好きになったことのある人間ならばわかるだろうが、恋の欲望っていうのは最初はほんとにささいなものなのだ。言葉を交わすどころか、目が合ったり、すれ違ったりするだけで満足してしまうことすらある。(最初から「セックスしたい」が来るような場合もあるかもしれないが。)
 ところが、たとえば恋人ができました。最初のころは手を繋いで歩くだけでウキウキワクワクドキドキ楽しかったのが、三度目のデートくらいでちゅーをして、それ以来ちゅーをしなくては満足できないようになりました。以下、欲望はどんどんエスカレートしていきます。
 欲望には際限がない。「こんな気持ちいいことがあって、しかもあなたはそれをすることができるのです」ということを言われたら、したくなるし、一度してしまったら、やみつきになってもう、やめられない。「恋は麻薬」とはそういうようものだ。

 幼い女の子に興味を持っている男が、「世の中には幼女に対して性的な行為をする人がいる」ということを知ってしまえば、「自分もやりたい」と思ってしまうかもしれない。そしてそう思っている男に、「お金を払えばそれをさせてあげる」と言ったら。もしも欲望が理性を上回ってしまえば、男は金を払って、それをしてしまうだろう。
 あるいは、こうも言える。「お金がほしい」と思っている母親に、「娘を性的に売ってくれれば、それをあげよう」と言ったら。母親はそれをしてしまうかもしれないのだ。
 母親がなぜ「お金がほしい」と思ってしまったのかといえば、それももちろん、「欲望の際限ない膨張」と関係がある。食うに困らない程度にはお金があるのならば、「ここまでで満足」という段階を設定すればよいし、食うに困るくらいにお金がないのだとしても、「娘を売らずに生き抜ける方法」を考えるべきだ。おそらくたいていは、「娘を売れば、簡単にお金が手に入る」から、そうするわけであって、「それ以外に母子が生き抜ける方法はない」なんていう状況は、常識的に考えて、この日本にはあり得ないはずだ。僕はそう思いたいが?
「娘を売れば、簡単にお金が手に入る」という発想は、「楽をしたい」という欲望から来る。「楽に生きるのが当たり前」という価値観の中で育てば、「楽をしたい」は真っ当な望みとして、疑われることがない。
 売春だって、多くの場合「身体を売れば、簡単にお金が手に入る」からそうするのである。しかし、実際のところそんなにお金が必要になるようなことがあるのだろうか? 多額の借金があるとか、食べるお金もないとかいう状況が仮にあったとしても、「どうしても売春はしたくない」と思えば、それをしないで生きのびる方法などいくらでもあるはずなのだ。脅迫されているとか、他の事情があれば別かも知れないが、「金」だけの問題であるならば、よく言われるように自己破産という手段がある。
 多額の借金があって、売春をせざるを得ないという人がいるのは、自己破産をしてしまうと、「世間の中で普通に生きる」ができないのだと、多くの人が思っているからだろう。(もちろん、そんな制度自体知らないとか、知っていても調べて実行する余裕も能力もないという場合もあろうが。)実際は、ちょっと調べてみたところでは自己破産したところでよほど生きにくくなるようなことは(僕の感覚では)なさそうに見えるのだが、「人並み(もしくはそれ以上)の生活がしたい」と思っている人や、「自己破産なんかしたら世間に顔向けできない」と思っている人にとっては、「どうしても自己破産はしたくない」なのだろう。僕の感覚では、売春してるほうが世間に顔向けできないと思うのだが、「破産するくらいなら売春する」と思っているような人も多いのかな。
 実際は「借金で首が回らないから売春する」は、今やそれほど多くはないと思うから、「売春して、楽(ないし贅沢)をしたい」もあるのだろう。「騙された」「脅された」「洗脳された」「好きな人に貢ぐため」「流れでなんとなく」「この仕事が好き」など、他の理由も考えられるが。
 ちなみにもちろん、この「売春」というのは個人間だけでなく性産業の一部を含み、ここには明らかな職業差別があります。僕は彼ら・彼女らを差別します。差別されるからこそ、高いお金がもらえるのだ。
 第一さー。「職業に貴賎はない」なんていけすかないね! 「職業」ってのが「お金をもらえる仕事」なのだとしたら、それって「お金」だけを基準とした考え方ってことでしょ? 「お金がもらえる行為は、どんなものであれ等しい価値を持つ」ってことでしょ? そんなわけないじゃん。「世の中にはお金以外に職業を判断する基準はありません」って言っているのと同じで、つまり道徳や倫理など、あらゆる価値観の放棄だよね。
 職業に貴賎はある。「どんな職業であれ、その人が一所懸命、誇りを持ってやっているのならば批判すべきではない」という考え方を僕はしない。誇りを持とうがなんだろうが、悪いもんは悪いのである。売春は悪い。「必要悪」だとしても、それはれっきとした「悪」である。善悪の基準は時代や土地によって違うので、「売春が悪とは言えない文化」だって古今東西にはあるのかもしれないが、少なくとも僕は「売春は悪い」という価値観を持つように育った。「悪い」という言葉がどうしても納得できなければ、売春は「禁忌」であり「非日常」である。
 何も「売春はあってはならない」とまでは、僕は言わない。幼い人間がそれをすることはいけないと思うが、心も体も成人しきった大人のすることであれば、もしかしたら「必要悪」と見なして黙認することはできるかもしれない。売春が存在していることにもよい点は、たぶんあるのだ。だから僕は今の日本の売春の在り方(ソープランドを条件付きで黙認している)を、悪くはないかなと思っている。ただ、「18歳未満の素人とやりたい」という欲望がかなり一般的になってしまったらしい昨今においては、児童売春の抑止力にはならないだろうとは思う。
「売春はあってもいいかもしれない」というのが僕の一つの立場だが、「売春は悪いことではない」にはならない。売春は悪いことなのである。理屈はどうあれ「悪い」ということにしておかないと、世の中の秩序は保たれないだろうと思うのだ。「悪い」という意識がなくなると、「一歳の娘を性的に売る」というような事件が平気で起こるような気がする。

「人を殺すのは悪いことだ」ということには、根拠も理屈も要らない。そういうことにしておかないと、殺人が横行するかもしれないから。「殺人が横行してほしくない」と思っている人は、「人を殺すのは悪いことだ」を言えばいい。「殺人が横行したって別に構わない」と言うような人は、「殺人が横行してほしくない」と思う人たちに、よってたかって軽蔑、攻撃、あるいは無視されたらいい。どういうわけだか、世の中には「殺人が横行してほしくない」と思う人たちが圧倒的に多いようだから、そうしたら自然と「人を殺すのは悪いことだ」という価値観が主流になり、「殺人が横行したって別に構わない」という人たちは「キチガイ」として爪弾きにされる。それでいい。秩序というものはそのようにして保たれる。
「秩序って保たれていたほうがいいの?」という質問がもし出たら、また返答に窮するわけで、「僕はそう思う」としか言えない。だって治安の悪い状態よりも治安の良い状態のほうが、僕は「いい」と思うもの。好きな人がレイプされたり、友達が殺されたりといったことは嫌だもの。たいそうな思想的根拠よりも、そっちのほうがずっと大切だし、説得力もあるだろうと思う。これに同意しない人はただのキチガイか、「思想なるものを信じすぎてしまっている人」だ。

 世の中には「論理的に穴のない考え以外は受け入れない」という人が少なからずいて、そういう人の言う「論理」っていうのは、だいたい「前提を疑わない論理」なんだ。前提を疑うってのは、たとえば「秩序って保たれていたほうがいいの?」というような疑問を抱くことだ。こういう「そもそも論」を繰り返していくと何が何やらわからなくなってしまうから、論理を妄信する人は、どこかで「確固たる前提」を作ってそれを疑わなくなる。その確固たる前提ってのが「宗教」や「自分の感情」なんかだったらまだ話はわかるんだけど、そうでなく、何やらよくわからないような「思想」、悪く言えば思いこみであったりするから、タチが悪いというか、頭が悪い。
 そういう人ってさあ、すぐ「あなただって○○だと思うでしょ?」という言い方をするんだ。例えば、「南北格差はどうにかするべきだと思うでしょ?」とか。「貧困にあえいでいる国の人々を助けたいと思うでしょ?」とか。こういう人たちは「格差」とか「貧困」という思想を「確固たる前提」として置いているわけだが、それに気づいているのか、いないのか。
「あなただって○○だと思うでしょ?」は、「この前提から論理を始めれば絶対に勝てる」という目論見から、相手に前提の共有を強いているのだ。ああはい、その前提から始まったあなたの論理は正しいかもしれませんが、それが何か? と僕なんかは思うね。それに論理は使われる要素(材料)によっていくらでも枝分かれができるようなものだから、同じ前提から始まったって常に「あなたに都合の良い結論」が導けるとは限らないように思うんですけどもね。
 突き詰めようとすると「前提」ってのはいくらでも疑えてしまう。「疑う」はもちろん、論理によってなされる。論理が疑えないのはただ一つ、「論理」という仕組みそのものだけである。どんな前提だって論理にかかれば疑ってしまえる。それこそ神様だって「科学」なる論理で否定できるし、「神様はいない」という前提だってひっくり返すことはできるだろう、「そもそも神という言葉の定義は……」とか言って。で、おそらくその意見すらも論理は覆してしまうだろう。そのくらいに論理は強い。とても人間の制御できるものではないのだ。論理という途方もない法則を完璧に使いこなせると思っている人間は、よほどの天才か、視野の狭い人だろう。僕は「論理」というものをかなり大事にするほうで、それが故に「自分は論理的にものを考えることができる」と妄信している人は嫌い。完璧に論理的であれる人間なんて、いるのか?

 岡林信康の『自由への長い旅』という歌の中に、「信じたいために疑い続ける」なんてフレーズがあるけれども、「疑う」を伴わない「信じる」は、「信仰」にしかならない。「信用」や「信頼」は、「疑う」なくしては生まれ得ない。
 僕の中にある確固たる前提は、「好き」ということに尽きる。特に、幼い頃に読んだ漫画、児童書、見たアニメなどに今でも感じる「好き」という感情。この「好き」は何か? ということを常に考えながら生きている。この「好き」という感情だけを、僕は疑わない。昨日今日好きになったものであるならば、「疑う」ということもあるのだが、もう十数年もずーっと好きでいるようなものを、今さら疑ったりしない。明日や明後日、もしくは十年後に、僕が『ドラえもん』を好きでなくなることがあるだろうか? 絶対にない。それが僕の、ほとんど唯一の「確固たる前提」である。あとは、「お母さん大好き」くらいだ。

 一歳の娘を売ってしまった母親は、もしかしたら「別に一歳の娘に売春をさせてもいい」という価値観を持たざるを得ないような環境(どんな環境だ?)で育ってしまったのかもしれない。だとしても、しかし、31歳になるまでその価値観を持ち続けていたということは、それまでその価値観を「疑う」ことをしなかったのか? もしくは「疑う」の結果、「やっぱり信じる」に戻ってしまったのか? どうしたらそうなるんだ? なぜ、そうも邪悪な人間が存在する?
 おそらくここには、「別に売春くらいしてもいい」という思想、「欲望(この場合お金)を充足させることばかりをひたすらに求めてもいい」という思想、「子供は親の所有物である」という思想、などなど、さまざまの思想が入り混じって存在している。この事件は多くの人が「ありえない」と思うほど残酷な事件だが、その基盤となった思想の一つ一つは、それぞれを取りだしてみれば割とありふれているのだと思う。邪悪な思想が鵺的に寄り集まれば、より邪悪な事件が生まれる。とりたてて邪悪な思想でなくたって、邪悪な思想の手助けをすることは往々にしてある。「別に売春くらいしてもいい」は、それ単独であれば「自分の身体を売る」で済むが、「子供は親の所有物である」という思想と結びつけば、容易に「娘に売春させる」へ行くのだ。そして根本には、「欲望を充足させることばかりをひたすらに求めてもいい」がある。
 この思想がいかん、あの思想がいかん、とかを、殊更に言い立てるつもりはない。が、好き勝手な思想を持つのなら、せめてそのことを自覚して、あまり邪悪な方面へ行かないように努力してほしいと願うばかりだ。

 余談:だいたい、意志の通じないような赤ん坊や、精神的に未熟すぎる人間(年齢ばかりの話ではない)を性対象としてしまうのは、犬や猫に欲情するようなもんだろ?

2010/01/02

 今さらながら、昨年12月20日からのいろいろをまとめ。

●大阪から、暗峠を自転車で越えて奈良へ
 日本有数の「酷道」として有名な国道308号線は、大阪-奈良間を最短距離で結ぶ。頂点、暗峠の標高は455メートルと低めながらも、平均斜度20%、最大斜度37%という常識外れの傾斜である(Wikipedia情報)。ピンとこない人のために説明すると、普通の人は5%の坂でも相当「きつい」と感じるし、そうとう自転車に慣れた人でも6%以上になると息を切らすだろう。参考として、正月なので駅伝を例に出そう。

「神奈川県箱根町を通る国道1号線(箱根駅伝の道)に於いて、宮ノ下(標高417m)~箱根峠(標高818m)間の区間距離は13.4kmそして標高差は401m。上の計算器で計算すると平均勾配は3%となる。ただし、下り坂も含まれているので、上り坂だけの平均勾配はこれよりやや大きくなると思われる。なお、最大勾配は13%(恵明学園前~湯坂路付近)。」(http://www.geocities.jp/jitensha_tanken/slope.html)

 僕は正直、「ひどい坂と言ったって、せいぜい箱根レベルのものだろう」と軽い気持ちで行ったのだが、甘かった。段違い。まったく質が違う。ニコニコ動画に、この峠を自転車で登っている動画がアップされているのだが、それがどれだけ凄いことなのか身を以て理解した。今回僕は荷物を背負っていたし、変速も壊れていて最も軽いギアに入らなかったので、そのぶんのハンデはあったのだが、それにしたってあれは無理だ。死ぬまでにあそこを一息に越えられる日は来るのだろうか。箱根ならいけるんだけどなあ。
 頂上から奈良側へ下る道も、傾斜がきついため、一瞬たりともブレーキを離せない。「今ここでブレーキワイヤーが切れたら即死」ということはもう明らかだったし、切れたらどころか、思いきり握りしめても自転車が止まらない。僕の自転車はかなり良いブレーキを搭載しているのだが、それでも止まらない。
 荷物を減らし、整備も完璧にして臨めば、もうちょっと戦えるかもしれない。またいつか行くことにする。

●法隆寺
 (そのうちこの先書く。十年以内に)

2010/01/01 

 30日、新宿ゴールデン街の入り口にある「チャンピオン」という外人の集まるカラオケバーでユニコーンの『雪が降る町』を熱唱し、「ああ、もう今年はこれでいいや」と、もう全てが終わったような顔をしていた。

 31日、年越しに甘酒を飲み、ビールを飲み、また甘酒を飲み、さらに甘酒を飲み、ポプコーンを食べた。かがり火にあたりながら。おみくじは「吉」だった。一緒に年を越した、三人が三人とも守護矢を買った。

 1日、起きたらすこぶる体調が悪かった。頭が痛く、立ち上がることすら困難だった。「このまま死ぬのかもしれない」と思うほどだった。
 夕方くらいに、守護矢を鞄に差しっぱなしのまま放置していたことに気がついた。原因はこれにあろうと思い、正しい作法もわからぬまま、家の中の少し高いところに飾って、拝み、祈り、懺悔して、電気を消して寝てみたら、朝方には立って歩けるくらいまでには快復していた。


 そういうわけで新年明けましておめでとうございます。晴れたれば鮮やかれ。


 最後に残る差別は「年齢差別」である、という話がある。雇用条件で「○○歳まで」というのがよくあるが、一般的にはああいうものを指す。
 もうちょっと広い意味で捉えると、「年齢で人を判断する」ということ全般を年齢差別と言ってもいいのかもしれない。「若いくせに」とか「いい年して」とか、そういうの。
 制度としての年齢差別(雇用の問題とか)ってのはしばらくなくならないかもしれないけど、人々の意識の中では「実年齢」ってのはだんだん気にされなくなっているんじゃないかと思う。
 たとえば年下に対して敬語で喋る人っていうのが、意外と多い。(そういう人は昔から多かったのだろうか?)
 これは「年上だというだけででかい顔をしない」ということだから、そういう人には好感を持つんだけど、同時に「あなたは目上の方なのだから、僕なんかに敬語を使わないでください」という想いもある。
 僕は意外にも実年齢ということに割とこだわっているので、目上の人には極力敬語を使う。ただ、仲良くなってくると敬語が不便に思えるようなことも増えてくるから、「最低限の敬意」だけを残してタメ口になる。兄姉に対して敬語を使うのを不自然に思う人が多いのと同じように、「あまりにも仲の良い年上の友人」には、敬語を使うほうが不自然な場合もあるのだ。
 逆に年下の友人に対しては、あんまり敬語を使わない。もちろん初対面だったり、あまり親しくない相手の場合は別だけど。
 敬語というのは「距離のある相手」に対して使うものだから、「距離」があるうちは敬語を使うし、「距離」を感じなくなったらタメ口になる。僕の敬語との付き合いかたは、そのようなふうだ。
 で、そういうふうに考えると、「誰にでも敬語を使う」という人は、他人との距離の取り方がわかんないとか、「誰とでも同じ(遠い)距離を保っていたほうが楽だ」と考えているとか、そういうことなんじゃないかと。
「年下に敬語を使うこともある」だったら、「実年齢を意識せず、その相手の人格や能力、または自分との関係などに従って話し方を決めている」と言うことができるが、「誰にでも敬語を使う」になってしまうと、「相手の人格も能力も自分との関係も考慮せず、誰とでも一律同じように付き合う」というふうに見えてしまう。

 年上の方から敬語で接せられると、「なんでだ?」といつも思う。不遜な考え方をすれば「自分は一目置かれている」なのだが、そうでなければ「この人は僕と“不必要に”距離を取ろうとしている」にもなる。または「この人は謙虚なんだなあ」にもなるのだが、誰に対しても謙虚であるような人は、誰に対しても謙虚ではないというふうにも僕は思うのである。

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