少年Aの散歩/Entertainment Zone
⇒この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などとは、いっさい無関係です。
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2006/11/08
うそはうそであると見抜ける人でないと(掲示板を使うのは)難しい
それにしても性の乱れ著しい。
今時の小学生はqあwせdrftgyふじこlp;@:「」
うちのlsフッジッ/^o^\サーン♪は、平均フッジッサーン~~~ッ☆☆/^o^\ ほどで/^o^\フッジッサーン!☆最大☆彡/^o^\☆彡/^o^\☆彡/^o^\☆彡人いるぽ !
それでいて、マターリフッジッサ━━━/^o^\━━━ンした雰囲気のいいフッジッサーン ぱ~んち、☆/^o^(○=/^o^\o バコ~ン!!♪ls
今でも/^o^\きゃ~~FF続けてるのは、この/^o^\/^o^\ レッツフッジッサーン♪ lsに入ったおかげだなと思う。/ ^o^\//""" パチパチパチ
おかげで毎日oo/ ^o^\)o″フッジッ!! サーン!! 仕事から帰って、フッジッサ━━━/^o^\━━━ン するのが楽しみでしょうがないw
おいら「/#^o^#\フッジッサーン ^^
たるA「あ、/^o^\フッジッサーン フッジッサーン━━/^o^\━━━━━ン インしたお!フッジッサーン!☆/^o^(○=/^o^\o バコ~ン!!♪」
一同「/^o^\きゃ~~こんばんわ/^o^\フッジッサーン^^」
エルA「よーしフッジッ/^o^\サーン♪今日もフッジッサ━━━/^o^\━━━ンいくかー^^C= C= C= C=┌/^o^\┘フッジッサーン 」
一同 「/^o^\o/^o^ \oo/ ^o^\)o″フッジッ!!サーン━━/^o^\━━━━━ン^^」
上記リンクのBBS、読んでると時を忘れる。
ここまでくると壮大な釣りってことはなかろうし、
早熟な女の子の間では口コミで広がってんだろうか。
/^o^\フッジッサーン
どちらにせよ僕にはもう関係のないことだ。
2006/11/07
ここに文章書いてる時がいちばん落ち着く。
2000年っていうと、ちょうど個人HPが増え始めた頃で
=中・高生のネット人口が増え出したあたり。
チャットに時おり小学生が入り浸ってたりするとびっくりしたもんだ。
高1の時のクラスがIT率バカ高くて
男子の半分以上がネット環境(スキル)あるっていう
「当時としては」あり得ない状況。
当時の僕の友達にとっては、ここがインターネットの原体験だって人も多いんじゃないかね。
そう思うとなかなか、放置するのももったいないなという気になってくる。
なんで放置してるのかっていうと、歳を取って、
だんだんと発言に責任を持たなくてはならなくなってきたから、っていうのと
ブログ形式のほうが投稿が楽だっていうのとか
へたなこと書いたら検索で飛んできた2ちゃんねらーに晒されるっていうのとか
まぁいろいろなんだけど
htmlって過去の遺物なのかもしれんよね。
今の中~高生でhtml打てる奴がどれだけいるか
割合で考えたら、5~6年前のほうが多いかも知れない
昔はHP作るって言ったらそれしかないから(ビルダーとかはあったけど)
みんな必死で覚えたもんだ(僕はビルダー使ってたけど)
あとFTPとか
そんなん知らなくてもブログで何でもできますものね。
「チャット」=「メッセ」になり
「掲示板」=「2ちゃんねる」になり
「メール」=「mixiメッセージ」ですよ
時代は巡りゆきます。
たくさんの人と仲良くなってたくさんの人と疎遠になりました
あの人は何やってるんだろう
オーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーイ
オイちゃん見てたらへんじしろ(まだ言ってんのか)
生きてるのかすら定かでないよあのひと。
会いたいけどたぶん二度と会えない
っていう人が出てきますよね何年か生きてると。
本題行く前に尽きた。
ネットでどうやって検索しても彼が出てこないのだ。
2006/10/31 月下の夜想曲
21歳最後の日です。
音声日記は、録音環境の悪さに辟易して中座しました。
またその気になったら時おりやります。
というか「ウーチャカ大放送」をmp3でお届けできないかしら
ライブ感が損なわれて面白くないかな。
明日から22歳なんで死のうかと思ったけどやめた
思えばこのサイト始めたの15歳の時ですよ。
あ、ちなみに今日だれとも会話してない。もう午後6時。コンビニでも行くか。
みんなダメ人間自慢に勤しんでるけど
僕は就職決まってなくて卒論やってなくて学校サボってバイトもバックレて
家で2chとFF4ばっかやってるような人です。
これでも相当やる気がある時期なんだがな。
11月から知り合いの会社でバイトの文字土方として雇ってもらえるという話はどこへ行ったんだ!?
まってます
2006/10/31 レッドチャイルドの手をひねる
人間関係なんてないほうがいい。あればろくなことがない。
例えば仕事。人間関係が芽生えれば馴れ合いが生じる。
仕事は仕事、私生活は私生活と割り切らないと、能率は低下する。
例えば学校。人間関係があるからいじめが起きる。
学校空間においていじめが必要悪、というか、不可避悪だと言われるのは
人間関係を築き上げることを前提とした場所だからだ。
いわば人間関係の練習場所として学校があって
失敗すればそりゃいじめも起きる。
不登校や何やらが増えているのは、学校が練習場所じゃなくて本番に近くなってきたということか
それと逃げることを「あり」とする社会の風潮。
主に親の甘やかし。
あまりにも金がないため久しぶりに現場に出ている
現場とはつまりものを運んだり作ったり壊したりしてお金をもらう空間のことです
大学のホームページにバイト紹介するページがあって
そっから適当に現場選んで、事務所に直接電話して申し込むってシステム。
だから現場行っても顔見知りなんて一切いない、
ほかのバイトとも社員とも、まさに一度限りの関係。
そういう環境だから必要なこと以外ひとこともしゃべりません。
休憩中もみんな無言です。
僕にはそれがいたく楽です。
「群衆の中の孤独」になにか心地よいものを感じるのは、現代人たる証だろうか。
誰とも関係することなく、ただ言われた通りの仕事を黙々とこなして、てきぱきと身体動かす。
頭を使うといったら、「どうすればより効率よく作業をこなせるか」という一点のみ。
「数学的な考え方」とはおそらくこういうときに役に立つのだろうなどと思いながら。
それで時間が過ぎれば現金でお金をもらって即解散。
交わされる言葉は「お疲れ様でした」のみ。飲み会もなければ雑談もない。
それがいたく楽なんだが
たまにその「希薄な人間関係」の均衡を崩そうとするやつがいる。
「何年生ですか」「何学部ですか」などの質問に代表される、
相手の素性を知ることから会話の糸口を探ろう作戦。
これをやられると、もうたまらない。
相手の素性を知ることとは、自分と相手との身分の差を確認するという行為だ。
自分が上か、相手が上か、完全に対等か。
文明に生きる人は必ず、初対面の人と会うと、
この3種類のいずれかにその人を分類するはずです。
自分と相手の立ち位置を確認する。
ここが人間関係のスタートだからです。
人間関係のない状態では、みんなが平等です。
逆に言うと、平等という考え方は、無秩序状態でしか存在しえません。
だから「平等」という理念を民主主義の社会に持ち込もうとする考え方を僕は嫌いです。
「平等」と「自由」とは正反対の概念だってことを、みんなわかったほうがいい。
「何年生ですか」「何学部ですか」という質問によって
自分たちを取り巻いていた未知というやわらかな防護膜にメスを入れる。
と、それまでは年齢が10離れていようと、4年生と1年生だろうと、
お互いに敬語を使って礼節ある言葉遣いをしていたのに
相手の素性を知るや否や、途端に砕けた調子になったり、よりかしこまったりする。
「秩序の崩壊」…ではなく、「秩序の形成」が始まってしまった。
序列という秩序が生まれる。
東大生と他大生であれば、必ず学歴コンプレックスが発動する。
東大生は他大生を心のどこかで蔑視しているし、
他大生は東大生に心のどこかで嫉妬している。
人間関係がギクシャクして、時には仕事にも影響する。
これが1ヶ月も続く中期の仕事であったなら、それは必ずゆるやかな「いじめ」へと変わるだろう。
秩序ある空間というのは、人間ひとりひとりに序列がつけられている状態のことをさす。
そうでなければ社会は機能しないからだ。
で、正しい社会には序列があり、階級があり、いじめも発生する。
これが人間関係の「ある」状態だ。
しかし、単純な肉体労働のような作業の場合は違う。
ひとりの現場監督と、残り全ての均一化された労働者。
「人間関係」はこの二つだけで足りる。
指導者が一人いれば、あとの人間は駒になるだけで良い。
希薄な人間関係の場においては、社会的活動はできない。
その分機械的な労働には向いている。
労働者に個性など必要ない。工場で作る製品の形がそれぞれ異なっていたら問題だ。
「労働」の現場に人間関係が持ち込まれると
組合を作って運動を始めるようになって、うざい。
人間関係のない場では誰も文句を言わずにせっせと働く。
これは自明なことだ。
逆に言うとせっせと働くためには人間関係なんかいらんというわけ。
面倒なだけだ。金をもらって帰るのが目的なんだし。
だから「何年生ですか」「何学部ですか」なんて質問が来るとがっかりする。
馴れ合いの開始。
残りの労働時間、気を遣って働かなくてはならない。
気を遣われて働かなくてはならない。
あるいは蔑視され、嫉妬されてるかもしれない。
やりにくいものだ。
思えば、ファミレスでバイトしてた頃も、できるだけ自分の個性を押し殺してやっていた。
他のバイトや、社員なんかとは、できるだけ人間関係を作りたくなかった。
だんだんと馴れ合いになっていって、自分がその社会にとけ込みそうになった頃に、
辞めた。
職場に人間関係ができ、馴れ合いの癖がつくと、さらにその社会にとけ込んでしまうと
惰性になって、なあなあになって、仕事は適当になるし、だらだらと長く続けてしまうことになる。
古参バイトは威張り散らすし
仕事のできるやつはできない奴をバカにする。
仕事のできるやつ同士が徒党を組んで、仕事できないやつをバカにする。
そういうのが嫌で辞めたってのもある。
(一番の理由は、バイトを人間と思わぬ店長の横暴さだったが)
懇親会とか、忘年会とか、バイトの飲み会みたいな集まりにも、一度も出なかったなあ。
ま、別に職場で人間関係を作るのが悪いことだと言ってるんじゃないんだ。
ただ僕には性に合わないってだけで。
能率は著しく低下するけど、みんな「人間関係」のほうが楽しくてバイトしてるわけでしょ。
面白くもない労働内容と劣悪な労働条件にバイトを縛り付けておく見えない鎖なわけでしょ。
そんならそれでいいんじゃないかね。
長期のバイトの場合は、人間関係が労働意欲を湧かせているってのがあるだろうからね。
あと、みんな淋しいし暇なんだろうから。
※音声による日記をやってみた。これは試みとしては面白かったが、恥ずかしい。ことに「知行合一」は内容がトンチンカンでさらに恥ずかしい。前半はともかく、紙ジャケの考察には無理があるし、ゴミの分別なんてしたってどのくらいの意味があるのだかわからん。ペットボトルのリサイクルが虚妄に過ぎないということは「絶望的常識」になりつつあるというのになあ。まあ、人に歴史ありといったところか。
あと、全体的に読み方が気持ち悪い。我ながら。でもまあ、一応残しておこう。面白いから、そのうちまたやろうかな。今だったらもうちょっと上手に表現できるかも知れない。
なんというか、これは「意味」よりも僕の声と、言葉の響きを楽しんで貰いたい。どういう意味のことを言っているかなんて、本当どうでもいい。あー、どうでもいい。こういう恥ずかしい時期も人間、あるということですよ。隠さないよ僕は!
当時から恥ずかしかったけど、開き直ってたな。若さってそういうことか。(2010/03/04)
とか言ってたにも関わらず、わずか数時間後にURLを削ってしまいました。でもWeb上から消したわけではないので、工夫を凝らして探してくだされば見つかるかもしれません。(2010/03/04)
rec-20061022-0417.mp3/「知行合一」
あの川/小沢健二
rec-20061013-1036.mp3/「武装」リンチ/cali≠gari
rec-20061003-0324.mp3/「結婚」流れ星ビバップ/小沢健二
rec-20061001-0326.mp3/「不安」ぱにぽにX!/レベッカ宮本
rec-20060928-0242.mp3/「五感」無条件スペクトル/菅野よう子
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