2001年4月後半の行い(Jacky)
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2001.4.30(月) サンコンジェイアール
本日は演劇部のほうで、他校と合同練習ってやつでした。
魅力的な人間でいっぱいだった。
「逸材」が結構いました。
元から知り合いの方から、初めて会った方まで。
素晴らしいなぁ、こんな方々と芝居がしたいと思ったもんです。
最近よく「逸材」なんて言葉を使いますけど・・・
僕をしてそう言わしめるというのは、よっぽどのことです。
なんだかここのところ富みに、
「すばらしいひと」を見つけることに快感を覚えています。
逸材っていうのは結局「材」であって、どこまで伸びるのかわからないけど、
なんか逸材が見つかると嬉しいもんです。
人間、人間と出会ってこそ人間。
今日は楽しかったです。
今日のメニュー:宗司 豆太郎 恥捨て 人間彫刻 豆乳(Jのみ) フリーズ エチュード
昼食のメニュー:ドラえもん乳飲料 ドラえもんゼリー ドラえもんお菓子詰め合わせ(無論全てウケ狙い)
さて、楽しい楽しい合同練習(こんなに楽しい部活は久しぶりであった)を終えて、
向かう先はごはん屋さん。
ご飯食べながら演劇部のミーティング。
待ってくれおいら金ねぇっつーの。
昼食でウケ狙いすぎて865円も使ったっつーの。
爆笑問題の「時事少年」と「めちゃイケ大百科事典」買わなきゃいけないのよ。
んで、この店は・・・高いっつーの。
食わないわけにはいかないわけだ。
なるべくなら何も注文したくはなかった。
だが、立場的に食わねばまずいわけだ。
うちの演劇部ってのはそういう世界だ。
と、ひとくくりにしてみたものの、
半ば個人個人に対する恐れに起因しているところもあるのだが・・・。
つーわけで、食いますよ。でも高いっすよ。
いいですか、尾崎家は貧乏なんですよ(正味な話)。
無駄金は使えんのですよ。
昼食でウケ狙ったのは・・・まぁたまの贅沢ということで。
これ以上はとても・・・。
一品で800円900円は当たり前の世界。
ふざけるな。
なんで食いたくもないのに食って、払いたくもないのに払わねばならぬか。
というわけで間を取って、フルーツパフェのみを注文しました。
そうしたら当然、
「えっ、ジャッキーひょっとしてそれだけ?」
という忌々しい言葉がほうぼうから・・・でもないか・・・聞こえてきたりするのです。
悪いか。
別に今、飯食わなくたって帰ってから食えばいいじゃんか。
この言葉が嫌なんだ・・・
きっとこういう種類の言葉があの空間に存在するから、
僕は打ち上げをさぼったりするんだ。
いや、誰ともなく全体的にね。「色」とでも言うのだろうか。空気の色。
ま、いいや。
僕はこの部が好きだからね、愛しているから。
演劇部入ってからめちゃくちゃ賢くなったしさ。
ミーティング後、35歳のお友達と落語の話などしながら・・・
「古今亭志ん生のテープとか持ってないですか」
「わたし小さんのファンだから」
「小さんもいいですけど、なるべく昔のやつがいいですね、ものの本にも書いてありましたし」
「本とかは当てにしない方がいいよ」
「そうですね、それにその本がまた偏ってるんですよ、なんせ立川流の人が書いたやつ」
「そりゃ偏ってる。志の輔さんなんかはいいんだけど」
「それがまた志らくなんですよ」
「(笑)じゃ、ダメだ」
ま~僕は志らくの・・・というか、立川流の考え方は1も2もなく肯定派だから、
それを偏ってるとは思わないんだけど、一般の落語ファンにとってはきっと偏ってるんでしょう。
「今度また落語聴きに行くよ」
「小朝ですか?」
「そう、小朝」
「3000円くらいしますよね」
「え?」
「小文化劇場でしょう」
「いや、アートピア、4000円」
「小文化だと3000円」
「本当?」
「チラシ持ってますもん」
「それ詳しく教えてよ、明日」
「じゃあ今日チラシ見つけたらメールします」
「あっ、お願い」
なんて会話があったんですが、そのチラシが見つかりません。
どうしよう、もうちょっと探してみようかな。
それよりあいつと踊ろうかなぁ。
ちょっとだけだけど、思うんだよなぁ、夢の中に行ってみたい、って。
うふふ。
BSデジタル放送又はスカイパーフェクTV・CS放送に加入している方、こんにちわ。
5/1にBS FUJIの「LF+R MORNING YOUNG LIVE JAPAN」という番組に奥井亜紀さん生出演!
朝6:30~7:55の番組です。加入している人は絶対に見るように。
なんせ5~7年ぶりくらい(だと思う)のTV出演です。いやあ、めでたい。
ちなみにCSのフジテレビ721でも放送するそうです。
うちは映る、という方は僕のために録画をお願いします(強制)。
僕の人生を大きく変えた奥井亜紀さんの復帰後初シングル『大樹』(マキシ)は5/2発売です。
全国主要レコードショップにてお買い求め下さい。
見たいよう、見たいよう。動いてるのがとっても見たいよう・・・。
2001.4.29(日) 「バルバリシア」って10回言っても飽きないらしい
英語の先生(女史)が、こんなことを言っていた。
「人生はスリルとサスペンス、ドキドキハラハラ、ワクワク。これがなかったらきんさんぎんさん退屈で退屈で100まで生きてらんないよ。涙もあれば、恋もあり。授業も同じなの」
英語の授業に涙と恋のエッセンスが含まれているかどうかは別として、人生については、全くその通りだと思いました。
人生は面白い。
だから僕は生きている。
何が起こるかわかりません。
「てつがく」というのは、かっこつけてるだけなのかなぁ。
ぼくって、かっこつけてるだけなのかなぁ。
簡単に言ってしまえばそうなのだろうが、僕はそれが好きさ。
たとえ自分が自分の定義したかっこよさにあてはまる自分に酔っているのだとしても。
そしてそれをはたからみたときに、どこか抜けている間の悪さがあったとしても。
ある人からはかっこわるくうつってしまっているとしても。
一年前よりかっこいいと思っている自分が好きさ。
一年後に同じことを思っているとはっきり想像できる、そんな自分大好きな自分もアリだよね。
僕が生きているのは昔より優れた自分が好きだからかも知れないな。
思いこみと言えばそれまでだし、それで正しいとは思うのだが。
自分で勝手に納得してしまうことほど簡単で気持ちいいことはない。
それを僕は無意識に選んでいるのかな。
こう考えると、僕ってなんなんだろうか、そこまで考えが行き着いてしまう。
分かる日が来るのだろうか。来るのなら、なるべく後になってから戸を叩いてほしい。
それまでじっくり予想を立ててやるから。
2001.4.28(土) 仇も捨てアンタもステキねアダモステ by加藤茶
どうも、「がんばれ元気」で大号泣のジャッキーです。
シャーク堀口と三島栄司が死んだ所なんかは、えぐえぐ言ってました。
数年ぶりに。
今日の『夜もヒッパレ一生懸命』を見て。
水木一郎いいキャラしてきましたね。
松本梨香はテンション高すぎ前出過ぎ。
ちょっと引きますよ、日向仁さん。
それがあなたの良いところなんですがね。
僕も高校入学から1年経ちまして。
めっちゃくちゃ自分は変わったと思うんです。
勿論良い方向に。
それはひとえに、ネットのおかげだと思います。
最近だって、人生を語ったりとか・・・とにかく何かを考えたりするっていうのは、大抵ネット上なんですね。
それはある方面の方にいわせれば、社会問題に早変わりすることなんですが、僕は結構満足してしまっています。
メール、チャット、BBS、そしてこの日記。
こいつらのおかげがあって、この一年間、僕はでっかくなったと思います。
やっぱり色んな考えに触れられるということもあるし、なんといっても、素直になれるし。
携帯電話のメールでも同じことが言えるんですね。
だいたい「こいつはあまり上質でない」と文面でわかってしまうんですよね。
相手が自己装飾を意識していて、それがあまりに巧妙である場合は除かれますが。
さて、最近ネットマナーについて考えます。
自分は、1年前に比べてなんとマナーが良くなったことだろうか。
当時を回顧すると、恥ずかしくなってしまうほどです。
僕はマナーの悪い、ネチケットをわきまえない人間を見ていると虫酸が走るのですが、
ではそんなとき僕はどうしたら良いのか。
そう思ったとき、また昔の自分が浮かんでくるわけです。
さて、最近人生について考えました。
その中で、
「人が成長するときには過去の莫迦が伴い、莫迦はそれを通過しないと気付かない」
という考えを打ち立てました。
ネットマナーの悪い連中のほとんどは、年齢が若かったり、ネット初心者だったりします。
それでは、その連中を一概に「悪い」とは言えないんですよね。
自分がそうであったから、余計に。
だって、その人達はきっと、どれだけかかるかはわからないけれど、気付くと思うんです。
「ネット」というものは何なのか、その中で自分はどう生きていくべきかと。
僕はそれに期待したい。そしてその時が少しでも早く来るように、手助けをしていきたいと思う。
みんながそれに気付いたとき、完全なる「ネット」という社会が出来上がるはずです。
今の「ネット」という社会は、非常に不安定で、色むらがあると思います。
若い連中・初心の人々は「ネット」の本質を理解していないからです。
果たして僕がそれを理解しているのか、そもそも「本質」などというものが存在するのか、
まぁ、そういうことは置いといての話ですが。
「厨房」という言葉が何故出来上がったか、僕にはとってもよく分かるんです。
はっきり言って、差別と言われても仕方がないのだが、
ネチケットをわきまえた中学生というのは非常に少ない。
いや、この言い方はちょっとおかしいな。
僕流の言い方に置き換えるならば、
「かっこいい中学生というのは非常に少ない」のである。
だから2chの連中(かどうかしらんが)は「厨房」という言葉を発明したのでしょう。
これは何を物語っているか。
中坊に厨房が多いということは、言い換えるならば
「厨房は月日が経ち経験を積めば厨房で無くなる場合が多い」ということなのです、きっと。
だから待つんです、いや待つだけでなく、導いてやりたいのです。
そしてより良いネット社会を築き上げていきたいのです。
しかし問題はあります。
これに気が付くことができるのは、ネット界にどっぷり浸かりきってしまった、多くの経験を積める環境にある者だけであり、中途半端なネット人はひょっとしたら一生気付くこともなく厨房のままであり続けるのかも知れないのですから・・・
2001.4.27(金) 恋文順位散らむ・・・掃除大事。
とりあえずそこにいる全員を超えてから言えってことだよ。
さて、軽~く危機感です。
演劇部の後輩が、かなり濃いのです。
まぁ、それで僕が引退を決意するほどの濃さじゃあございません、今のところは。
彼はゲームと漫画とアニメと、一部の音楽に長けているようです。
ゲームについては、恐らく僕は負けを宣言せざるを得ないでしょう。
漫画について、僕が負けるわけはない、これははっきりと言えるのですが・・・
彼はメジャーな漫画のマニアックなところを突いてくるのである。
つまり、負けている部分も無いではない。
アニメ、昔のアニメならいざ知らず、最近のものなら僕はお手上げである。
音楽は、たぶん2人ともかなり偏っているであろうから何も言えない。
昔の曲で行けばきっと勝てるだろうが。
だが、まあ、きっと芸能関係においては圧勝であろう。
こう書くと、なんだ、危機でも何でも無いじゃないかと思うかも知れません。
しかし、奴は分けのわからんことを知っているのだ。
ハァ? って感じのことを。
奴の実力は計り知れない。
総合的な知識と、それの応用力について言えば僕は負けない、とは思う。
だが、奴がこれからどう伸びていくか、潜在能力はどのくらいか・・・
それによっては僕も引退を考えなければならない。
いい一年が入ったものだ。しかし・・・
これだけは聞いておけ。これは日本人全員に言うのである。
僕は
「何で僕しか知らないの?」とか
「エッみんな知らないんだ~」等という言葉は
大ッ嫌いである。
俺様の前でその言葉を使うな。
なんなら何十倍にもして返してやるよその言葉を。
世界一の知識を手に入れてから言えそういうことは。
そんなに自分が一番でいたいのか。お前は次男か。真ん中の団子か。
2001.4.26(木) あたりきしゃりきのおおたっぴ
昨今、高校生の国語力の低下というものは、目を覆いたくなるほどです。
いや本日はそれを痛感・再認識しましたね。
現代国語の授業というものがあったのです。
今日から新しい単元に入り、『ミロのヴィーナス』という論説文を学びます。
先生は新単元に入るとき、まず生徒に音読させます。
今日は5人の生徒が当てられて、三章からなるこの論説文を音読しました。
目も当てられません。
文章を読めないのですね、皆。
つっかえつっかえ、漢字が読めない、ひらがなすら詰まる始末。
どうして「跳躍」が読めないのか不思議でならない。
先日この話題は現役中学生の方ともお話をしたのであるが、
その子も不思議がっていらっしゃった。
「漫画を読むときどうしているんだろう、絵だけ見ているのかな」
洒落た発想である。
今の高校生が本を読まないのは、「読めない」からではあるまいか。
小さい頃に読書ということをしなかったから、今そのしわ寄せが来ているのではないか。
確かに、文章をただ読むのと声に出して読むのとでは全く違うことではあるが・・・
演劇の話をしよう、例えば高校で初めて演劇部に入った人を例に取る。
さて、ここで、本を読んでいる人間とそうでない人間とでは決定的な差がある。
普段本を読んでいない人間は、台本を渡されても、すぐには読めないのだ。
つっかえつっかえ、噛み噛みで初見の「読み」は目も、いや耳も当てられないほどなのである。
話を戻すと、つまり本を読んでいる人間とそうでない人間とでは、様々の差が生じる。
本を読んでいない人間は、日常会話だって下手なのである。
もちろん例外はあるのだが、一般的にそうであることは間違いないだろう。
自分の中で語を構築して文章をつくることができなくて、口語でなくては意味の通じないようなことしか言えない。
はっきり言って、みんな言語能力が低いのである、これは小学生の頃から思っていた。
本日は5人の生徒が教科書を音読したわけだが、上手だった人は1人もいない。
その読み方といったら無い。まさに漫画調だ。
「みろの、う゛ぃいなすの、・・・みわく?的な、うつくしさは」
どんな簡単な漢字を読む時でも疑問符を付けて読む。そんなに自信がないのか。
そんなに「自信満々で間違えること」が恥ずかしいのか。
僕は自信を持てないことが一番恥ずかしいと思う。つーか、そのくらい読めろよ普通に。
この場合「うつくしさ」という語は、何故か皆非常に力を込めて言いたがる。
それほど噛みやすいというわけでもあるまいに・・・
音読は、全員下手くそと言うことで僕の中で終止符が打たれた。
問題はその後の先生から設けられた問。
「第1章から第3章までの文章をそれぞれ要約せよ」
3人の生徒が当てられて、前の黒板に書きました。
これがまたバカなんだ。
要約の意味わかってますか?
ちなみに第1章では「美の典型であるミロのヴィーナスのは両腕が失われていることによって、心象的な味わいが出ている」みたいな文章で、第2章が「その両腕を復元するということは、恐ろしくも虚しいことである」、第3章は「ミロのヴィーナスは、人間にとって最も重要な交渉手段である【手】が失われていることに美しさがあり、他の一部分が抜けていたとしても美しさは減すだけである」というようなことが書かれている。手元に教科書がないので、記憶のみに頼っているのだが、たぶん間違いは無いと思う。
さて、第1章を要約した人は・・・
重要そうな文章を本文中から抜き出して繋げただけ。
しかも抜き出すべき場所を間違えているし、本旨を掴めていない。
先生がその答えについて「どうしてこうなるの」と質問するわけですが、
これまたそれっぽいことを本文中から抜き出して読むだけ。
自分の考えというものはないのか。
せめて語尾くらい変えてくれ。答え方が妙である。しかも間違ってるし。
そのまんま「デアル調」で読まないでくれよ・・・
「どうして」と問われたら「~から、~ので」と答えるのは日本語を使う人間として常識ではないのか。
第2章を訳した輩へ。
要約というのはその内容を理解して、短い文章に「まとめる」ことです。
決しておおまかな概要を述べろと言ってるんじゃないんですよ。
箇条書きみたいに「復元についての反対意見」と書かれても困るよ。
具体的にどんな意見なのか、なぜ反対しているのかということが聞きたいわけですよ、要は。
そのために「両腕」という言葉は不可欠では?
それに一番重要なのは、要約というのは文章で答えるべきなんですよ。
この輩は4行くらい書いていたと思いますが、箇条書きでした。全部体言止めでした。
ハァ? 意味が伝わってこないよ、君ぃ。
続いて第3章。
『ミロのヴィーナス』という文章の内容を完璧に勘違い。
これは【手とは人間にとってなんであるか】という文章ではなく、
あくまで【ミロのヴィーナスの魅力】についての文章なんですよ。
諸君に問う。
どうやって向陽高校に入ったの。
ここは内申点平均40とか41とからしいですね。
どうやって内申点取ったのですか。
先生に取り入りましたか。
生徒会活動に取り組みましたか。
ガリ勉しましたか。きっとこれでしょうね。
数学できたって、どんな教科ができたって、
日常最も要求される「国語」という教科ができなきゃあ、しょうがないんじゃないかね。
勉強は頑張ったんでしょうが、人間として、しなきゃならんことをしてなかったのかね?
(借り)
ドリルキング・アンソロジー(オムニバス) 電気グルーヴ
2001.4.25(水) しゃにむにがんばる江角マキ子
多チャンネル時代です。
西川のりおが参院議員に立候補する動きがあるということです。
図書館だより。
みんなから意見を集めたところ、
「字と絵が半々くらいが良い」という意見があり、
「字が小さいと読みづらい」という意見があり、
「固い内容は嫌だ」という意見があり、
つまり、僕の目指すところの「字ばっかりで現代の社会や文学界への皮肉を存分に込めた上質の活字エンターテインメント誌」というのは、誰も読まないどころか、委員の賛成すら得られないようなのである。
・・・まあ、いいか。でも、惜しいな。
自分だけで出すのが理想なんだがなぁ。
いかんせん民主主義だし。
太田光が言うように、そろそろ資本主義もやめたほうがいいのかもしれない(笑)。
演劇部は文化祭公演というのを毎年やっていて、大講義室というちょっと大きめの教室で20~40人くらいの生徒を集めてやっていたわけですが、今年からはちょっと趣向を変えて、体育館でやってみないかという話が出ています。
どうやら昔はそうしていたらしいのですが、騒がしくて音が後ろまで聞こえないために現在の形に変えたと言うことなんです。
でも、今まで数十人単位を相手に演劇をしていた(大会の時でも客はそんなもんである)のが、突然1200人相手に演劇をするというのは夢のような企画なわけです。
まぁ、全員観覧までとは行かなくても、自由観覧でもきっと100人、200人は残ってくれるでしょう(たぶん)。
そうすれば部員も入るかも知れない。
というわけで、文化祭は体育館で、という方向に進んでいます。
(購入)
歴史への旅立ち 野田隆稔 サイン入り!
2001.4.24(火) 坂本(高橋尚子)で、「見上げてごらん夜の星を」
初めて行った ダイエーに
値段は高いし 品薄い
客がいない 客がいない
他を 当たってみよう
APITAがある APITAがある APITAがあるさ
オウムがまた事件 起こしたぞ
江川昭子に 聞いてみる
わかりません わかりません
頼りに ならぬやつ
有田がある 有田がある 有田があるさ
「図書館だより」の四月号発行は見送りとなりました。
26日の朝までに全ての原稿を上げるのは無理だと悟ったのである。
とりあえず明日、係の連中を集めて会議を開いて様々のことを決めます。
トイレで友達に会いました。
友「よう」
J「やぁ」
友「・・・ごめんまだ
名前知らないんだけど」
J「まじで?」
友「いつも呼ぼうと思うんだけど知らないから呼べないんだよね」
J「あっ、俺
大曽根っていうの(大嘘)」
友「わかった。じゃあ
ゾネって呼ぶね」
あだ名というのはどこへ行っても似たようなものを付けられるものです。
さて、トイレに背の大きな人がいたとします。
こんな時には、ある誤解が生じる可能性がありますね。
J「ねぇねぇさっきトイレに大きい子がいてさぁ」
友「・・・見たのか? どんなだった?」
アブラカダブラテクマクマヤコン、マハリクマハリタ。
3つ呪文を唱えてみれば吹っ飛ぶ憂鬱。
2001.4.23(月) ぼくのおばあちゃんは明治生まれのゲームギア
仕事が増えてきた。億劫である。
できることなら明日から部活を休んで執筆活動に明け暮れたいものだ。
4月中に演劇部の台本を一本書き上げる、ということなのだが、まあアイディアも固まってきたので、無理な話ではない。が、図書館だよりという情報誌の編集長をやっている僕は、4月27日までにそれを発行しなきゃならんわけである。
ま~そうなるとちょっと難しい。
サイズ9.0の文字でB4(8段)を図書関連の文章で埋めるには、かなりの労力。
コラムとかポエムとか小説とかそんなのを企画してたりするんですが。
やりがいのある仕事なので頑張るとするか。
鳥山明さんが月刊ジャンプに「ねこまじんZ」を発表します。
みんな買うように。
演劇部の後輩がこの日記を読んだらしく、その量の多さにびびったらしい。
おそらくは今月の16・17・19日あたりのことを言ってるんだろうが・・・
・・・はて。
ここ数日の日記はかなり短いなぁ。
がんばらんとなぁ。
最近教室でビートたけしの物真似をしているんだけど、
誰も突っ込んでくれない。
全く似てないことを示しているのか
それともたけしを知らないのか
突っ込みができないのか
センスがないのか
どうなのか知らぬが、とにかくダメだな。
だって、聞いてくださいよ。
20日の日記にクラス統一Tシャツのことを書いたと思う。
僕の案は「ドラえもんの体をモチーフに」したものであった。
我ながらセンスのいいデザインだったと思った。
何年か前に同じことをやったクラスがあったと聞いたが、関係ない。
なんせ僕のデザインしたものには、背中に「DREAM ON 207」というロゴが入っているのだ。
パクリではあるが、センスは最高のはずだ。
これが採用されないはずはない、そう思っていた。
人気投票・1位 「DAKARA」
2位 「ドラえもん」
バカにすんなよ。
確かにサントリーDAKARAの缶をイメージしたTシャツは、面白い。
センスは悪くないと思う、・・・それが二番煎じ、いや三番煎じでなければ。
去年を思い出す。
2つ上の学年がサントリーのBOSSをパクっていた。
1つ上の学年はサントリーのごめんね。をパクっていた。
そして今年もまたサントリーのDAKARAをパクるというのか。
かぶせネタにしてもつまらんし、美しくない。
まあ、サントリーで揃えているのはちょっと面白い、それは認めるが・・・
お前らにそんな配慮はなかっただろ。狙ってないだろ。
ドラえもんネタも前例があったにしても、何年も前のことだと聞いた。
しかも正々堂々と全く同じネタだ。
神経を疑う。
2001.4.22(日) オタクは萌えているか
完全休日。
どこへも行かず。
台本の登場人物の名前考えるのに一日を使った感じ。
うちは貧乏だ。
だが、パパもママものほほんとしている。
生活に不自由はない。
でもぼくは知ってる。
本当はやばいんだ。
なのにぼくに心配をかけさせまいと、普通のふりをしてるんだ。
そんな状況の中で
毎日毎日
ぼくの1ヶ月のお小遣い以上のお金がドブに捨てられている心境は
なんとも形容しがたい。
仕事をしていると言えるのだろうか。
2001.4.21(土) 黒アメマんは間寛平でしょう。
のりけんフェア2日目。
会場でお昼ご飯を食べていると、お客さんが来ました。
演劇部のOB(S12年度卒業)、「本物」っぽい女の子2人、新入会員のクラスメイトたち、等々・・・
昼1時過ぎの時点で合計来客数が10名を越えました。
弁当食い終え、名残惜しくもOBさんと共に演劇部へ。
部室の掃除。
なかなか終わらないもんだ。
ぐっちゃぐちゃの状態で部活動終了時間を迎える。
部室にはなんか色いろなものがありました。
『スチュワーデスマガジン』とか『僕は愛で君は歌で』とか。
ま、変なものを数え上げればキリがありませんね。
捨てるのが惜しいものばかりでしたが、今後の部室繁栄のためにはいたしかたないか。
部活後、顧問の先生の家で作業。
学校ではゴミが捨てられないので、先生の家で捨ててもらうことに。
粗大ゴミはお金がかかるので、のこぎりで解体して不燃ゴミへ。
ま~今日あったことと言えばそんなもんです。まさに日記って感じですね。
2001.4.20(金) 明日はけんにょうだ、おねしょしたらどうしよう
体育のサッカー。
久々に点が入った。やったね。
立ち幅跳び、2m35cm。
足の長さか・・・? 思ったほど記録は伸びず。ちぃ。
今日は朝から乗り物研究同好会。
本日より「のりけんフェア」というのが開催される。簡単なジオラマを組んでレールを敷き、鉄道模型を走らせるのだ。
朝はいつもより早く来て、準備。
昼は早弁して準備。
帰りは本番・・・のはずだったが、準備だけで手一杯だった。
だけど電車を走らせるのは楽しい。トンネルから出てくるところをじっと見ているのは楽しい。
最終的にはかなり厳かになり、隣でやっていた向陽展(写真部・美術部合同発表会)なんかよりも立派だった。
準備に手間取ったため、演劇部には行けず、迷惑をかけた。
自分は演劇部であると同時に乗り研でもあるんだと自分に言い聞かせた。
旅をするなと言われたら、演劇部だって考えちゃうよ。
うちの学校には「クラス統一Tシャツ制度」というのがある。
好きなデザインで、Tシャツをつくるのだ。
もしかしたら僕のデザインが取り入れられるかも知れない。
副室長(みずでっぽうの人)が気に入ってしまったのだ。
どんなデザインかというと、
・青地
・お腹は白い
・首は赤。
・ポケット(絵)有り
・鈴(場合によっては本物)有り。
・お尻の部分にワンポイントで赤いしっぽのようなものがついている
おわかりですね。
これ41人+先生全員で着たら、すごいかっこいいと思うんだけどなぁ。
どうだろう、採用されるといいな。
2001.4.19(木) 単位円ガンダム(ネタ提供:川頁)
3月・4月に行った2回の公演の反省会がありまして。
その後、「2年会議」というのを開きました。
正確には、部長(♀)と副部長(J)と会計(♂)の会議です。
夏の大会の演出決め。
僕は「やりたい」と言った。
そしたら「5月頭には台本が欲しい」と言われた。やってやろうじゃないの。
それから、向陽高校演劇部の歴史に残る会議が始まった。
すべては「演劇部を変えよう」という僕の意見から。
こんなところに内容を書いてしまったら2年だけで会議した意味がないのだが、部内でこの日記を読んでいるのは他に3年生が1人いるだけなので(そしてその人には信頼を寄せられるので)、書いてしまおう。
我が向陽高校演劇部は何かと言えば「伝統」である。
もちろん良いところもたくさんあるが、「どうなの?」ってところまで伝統で押し切る。
しかも、これは言い過ぎかも知れないが、伝統を都合のいいようにねじ曲げている部分もあるのではないかと。
それなら伝統は伝統である意味がないわけで、変えてしまおうと思った次第。
そして、我が部は現在、完璧な女の子社会である、これは会計(男)が言った。
女の子社会特有の匂いが当然あり、しかも少数部の特性である「仲良し」という意識が、強すぎる。
それに縛られ過ぎている。
「仲良しでなければいけない」というある種の強迫観念が、この社会を表面化し、そのため部員の内面に不備があり、人間として間違った行動を取っているとしても、誰も口には出せない。社会が崩壊してしまうのを恐れているのだ。
演劇部という社会が崩壊してしまえば、結局火の粉が振りかかってくるのは自分であるから。
見た目ではいい人の集団、仲良し部活。しかしその実、見えない特殊な秩序が矛盾を生ぜらせているのだ。
現・3年生は5人。偏りがない人間ばかり、というわけではない。人間なのだから。
例えば自分たちの友達と、後輩の友達とでは、態度が全然違う、とか。
大切な話をしているときでも友達が来れば、中断してきゃーきゃー言う。
だのに僕らの友達が来たときには空気がピンっと張りつめ白い目をする、と。
この雰囲気。誰が悪いわけではないし、明確な原因はないかも知れない。
つまり、これを変えていくには、僕ら2年生が「かっこいい人間」になればいいのである。
一人一人が完成された「かっこいい人間」であれば、素晴らしい集団が出来上がることよ。
そんな人間になりたいなぁ、ということで満場一致。
かっこいい人間になります。
別に問題はそこにばかりあるのではなくて、なぜ新入部員の指導は部長のみで行うのか。
「かなり、きついよ」と部長は言う。そりゃそうだ。それに、部長だからといって、指導に不備がないわけではない。
ことに、去年から演劇部にいる、つまり指導が可能なのは我ら3人だけなのである。
3人寄れば文殊の知恵という言葉を、手塚治虫の『来るべき世界』で知ったが、3人というのは理想的な人数で、意見もまとまりやすいし、分裂もない。現に僕ら3人の意見が割れると言うことは少ない。
だが、「部長がやることになってるから口出ししちゃ駄目よ」などと言われてしまったら、為すすべなし。
では問うが先輩方は演劇を部長にしか教えていないのですか。
部長が演劇部の方針を全て決めるという伝統はあるのですか、あるとすれば、どうして崩してはいけないのですか。
僕は部長が指導している間ハラハラである。
アレ言い忘れてるよ、と思って口出ししたことも何度かある。
これからは、伝統にとらわれず、自分たちが「こっちだ」と思ったことはどんどん変えていきたいですね。
学校の敷地内で会議をしていたら、先生に「早く帰れ」と叱られた。
そのため僕らは近所の団地の駐車場に場所を移した。これがいけなかった。
赤裸々トーク、スタート。
ここから僕らはバカである。
自らの心の内を全てぶちまけた。
青春とはなにか、小さな頃の想い出、死刑判決の是非、かっこいい人間について、自分の生き方、ポリシー、守っていきたいと思っているもの、部活と友情、死ぬこと、自殺について、恋愛について、殺してやりたいと思ったこと、友達の選び方、教室におけるグループ形成、器の大きい人間とは、悪気の有無による人間判別、常識をわきまえない正直者と常識的な嘘つきならばどちらが偏っているか、虹のこと、・・・等々。
合計で3時間ほど話した。
この時、僕らは演劇部ではなかった。
1人の人間として、一個人として、一介の高校生として、友達として、僕らは語った。
初めてかも知れない。
いつのまにか、これまで確かにあった、見えない垣根のようなものが消え去ったような気がした。
ああ、こいつらとなら僕はどんな話でもできてしまうかも知れない。
それは闇が手伝った。夜が僕らをしてそう思わせたに違いない。
だが、一度解けた鎖は二度とはそうそう絡まるものではない。
上手くやっていけると思った。
僕は謝らなければならない、会計についてだ。
僕は初め、そいつが好きじゃなかった。
間も悪いし、常識をわきまえないし、程度を知らないし、言い訳はするし、敬語も下手くそだ。
快くは思っていなかったのは確か。
でもしばらくして、どうやらそればかりではないことに気がついた。
数ヶ月も経つと、すっかり勘違いに気付いたものである。
そしてある時、その行動に悪気が全くないものだと気付いたとき、僕は赤面した。
なんてことを考えていたんだろうか、こんなに良い奴なのに。
表面的な部分だけで人間を判断していた自分に気付き、恥ずかしかった。
穴があったら入っていたことであろう。
だがそれだけではない、彼は本当は物凄いことを考えていて、全体を見渡して、自分の位置を確認した上で、行動することができる。ただ、その行動に粗が多く、結果に結びつかなかっただけである。
今回話をしてみて、良くわかったことだ。彼は僕なんかよりもずっと素晴らしいことを考えていた。
負けたかも知れない、と不覚にも思ったことすらある。
彼の高校生活の目標は「怒らないこと」だそうだ。
これには僕も大賛成だ。ほぼ同じ目標を、僕は持ってる。
部長は「自分がこれはいけないと思ったことには、怒る」と言った。
確かに怒らなければいけないときはあるかもしれない。だけど、遠回りだって他に方法はないものか。
それに、世の中には全く意味の無い怒りというものが存在する。
例えば、愚痴だとか、そういうもの。言ったって何の+にもなりゃしない。誰も喜ばない。ただの自慰。
「怒らないこと」これが我が演劇部になかった要素である。
それが良いことか悪いことかは真理的なことだから簡単には答が出ないのだが。
しかし、大声で目標が「怒らないこと」だと言えてしまう彼には、脱帽してしまった。
僕と彼とは、非常に共通点が多い、これは今日の会議でわかったことだ。
たくさんありすぎて、語ることは出来ないほどであるが、ひとつだけ紹介しよう。
奥井亜紀の『Wind Climbing~風にあそばれて~』・・・名曲である。
魔法陣グルグルの主題歌。
「一日が過ぎていく恐怖を感じた」
「調子づいてた小さな自分」
僕たちがこの言葉に強く心を動かされたことは事実だ。
実はこの曲は、「好きだ」と言う人が身近にも多い。
男の子・女の子に関わらず、この曲について真剣に語ったことは、一度や二度ではない。
もしかしたら僕は、この曲に影響を受けた人を無条件で好きになってしまうのかもしれない。
不思議な曲、それがWind Climbing。
今日も、この曲について語った。
そして、大きな共感を得た。やっぱり、どうしてだろうか、僕らは似ていた。
表面的には正反対に見えるのだが・・・。やっぱり人間は内面で判断すべきものなのだな。
ごめん、とお前に謝っておく。
これからもよろしくな。
地区大、頑張ろうぜよ。
8:30にもなると、流石に女の子が外にいるのは危ない。
「連絡も入れないでこんなに遅くなるのは初めて」と、心配したように、それでもどこかうきうきした感じで言った。
悪いことをしているとき特有の、あの感じだろうか?
後ろめたさとわくわくした感じが混じり合って・・・・・・・・・。
彼女は帰っていった。僕らも帰路につこうとした。すると、まだ灯りのついた夜の学校が見える。
見に行こう、と言って、見に行った。
入ろうか、と言って、入った。
探検した。夜の学校を探検、というのは、なんとも楽しいことである。
怖い怖い。
いつ先生に見つかって、どやされるか。
幸か不幸か、うちの学校は定時制と併用のため、全日制の生徒や先生たちはとっくに帰っている。
だから比較的楽ではあったが、やっぱり怖い。
一度定時制の怖い兄ちゃんに出会って、びくついた。
ひと通り探検していると、今まで発見できなかったことがいくつか発見できた。
楽しかった。怖かったけど、それがいいのだ。
帰り道、彼からメールが来た。「友達と話し込んでたら遅くなった、今から帰る」僕はふふっと笑って、返事を打った。
「なるべく早く、帰ってきなさいよ」
P.S 愛する先輩へ
今年はやっぱり、恥ずかし系が来るみたいです。
2001.4.18(水) ビックリマンセ・シール
本日はネタ羅列。
違うクラスの友達との会話より。
僕は学校の制服にパーマンのバッジを付けています。
友「おっ、そのバッジどら(名古屋弁で【とても】の意)いいじゃん」
J「どらじゃないよ、パーマンだよ」
1日HRという遠足みたいな行事があって、うちのクラスは“青少年公園”という所に行きます。
J「青少年公園まで行くんだったらさ、ついでに稲武に行けるよね」
友「そうねぇ」
J「行きは猿投グリーンロードを通って、帰りは153号線かな。猿投は上り下りがきついからね」
友「行ってどうするのさ」
J「向陽高校乗り物研究同好会の【のぼり】を立ててくるのさ」
友「駄目だよ【のぼり】なんか立てたらまた下らなきゃいけないじゃない」
J「下らないよ」
J「・・・ってわけで、とうとうネタは言えずじまいさ」
友「おーいおいおい、そりゃ無いだろう」
J「泣いてるみたいだ」
友「いや、後程ってこと」
J「おいおい」
友「・・・・・・」
J「・・・・・・」
2人「(狂言調に)あいおい」
2001.4.17(火) ハゲだっつーのアイスクリーム
化学の時間。
若い女の先生だ。
【なめて良いぞ】と脳から信号が送られる。
先生「鉄の含まれているものって何があるかな?」
僕の答えは決まっていた。
生徒1「鉄棒」
弱い弱い。さぁ、このまま来れば次の次の次は僕だ・・・。
先生「次の人はどう?」
生徒2「血」
先生「そうね、赤血球には(中略)じゃあ次の人は?」
生徒3「鉄板」
さぁ次だ、次だ!
僕は言うだろう、真顔で
「黒柳徹子」と。
爆笑は起こるだろうか。・・・きっと起こる。僕は信じていた。
もし「テツの字が違うじゃん」と突っ込まれた場合は、「じゃあ武田鉄矢」と返すのだ。
僕の心は決まりきっていた。さぁ、来るぞ、来るぞ・・・!
先生「それじゃあ
次の質問。水の含まれているものと言えば? はい尾崎くん」
・・・ちょっと待て。僕の計画はどうなる。
全て水の泡じゃないかぁ!
水だ? そんなんこれっぽっちも考えとらんわい!
J「え~っと・・・水の含まれているもの、ですか?」
先生「そうです」
焦るな焦るな。まだチャンスはある。
J「水野晴郎」
しまったぁ!
・・・そのまんまやんけ。
漢字まで同じだよ・・・これじゃ突っ込みようがないよ。
我ながらベタベタな所を突いてしまった・・・
さて、反応は?
し~ん。
間。
先生「あははははは」
生徒たち「(中途半端に爆笑)」
・・・その間はなんでしょうか。
最近よく言っているように、僕は新しいクラスでは特に面白いことも言わない、大人しい存在だ。
そんな僕が突然訳のわからないことを言うもんだから、生徒たちは引いてしまったのかもしれない。
それともつまらなかっただけであろうか。
先生の笑い声につられたように爆笑しおってからに。
だがこのままではやばい。
再び静寂が襲ってきたのだ。
先生「みんな、笑ってあげようよ」
殺すぞこのアマ。
完全なるボケ潰しだろ。
僕が一生懸命自己フォローしようとしているのに全て台無しだ。
なんにもわかっちゃいないな。
J「いやそんなこと言われると余計哀しくなりますから」
苦し紛れのフォローである。
それでもこの空気を和らげるのには成功した。
先生「そうね、水野晴郎も人間だから、水は含まれているわよね」
そうそうそれそれ。
たまには良いこと言うじゃない。
J「もちろん、そういうつもりで言ったんですよ」
言うまでもなく、嘘。
先生が黒板に、【水野はるお】と書く。
先生「えっと、はるおってどういう字だっけ」
J「【晴れる】に【ロウ】、えっと、【有島武郎】の【郎】です」
再び爆笑。「なんで知ってんだよ」「そのたとえもわかんねぇよ」「誰だよそれ」「マイナーだな」等。
有島武郎も知らずによくこの向陽高校に入れたもんだ。
なぜか笑いが取れたので良しとするか。
僕は黒板に目を移した。
『鉄棒』や『血』や『鉄板』などのイラストが描かれている。
J「先生、水野晴郎のイラストは描かないんですか」
先生「えっ?(困惑)」
J「似顔絵ですよ」
先生「え? え・・・ わかんないよ」
J「簡単ですよ、棒人間にヒゲつけりゃおしまいです」
さらりと綺麗な笑い。
うむ、これならとりあえず及第点かな。
しばらく、笑いは続いた。
ツボにはまったらしく、大爆笑し続けている男の子もいる。
僕は勝ったのだ。
先生が説明のために水野晴郎の名前を言うたび、笑いが起こる。
やった。普段は大人しいジャッキーは、爆笑王の称号を得たのだ。
先生「じゃ、次の人に聞きます、水の入っているものと言えば?」
次に当てられたのは副室長を務める女の子だ。
みんな緊張している。
僕が「答える側としてはやりにくい空気」をつくってしまったからだ。
水野晴郎より面白いことは言えない。みんなそう思っていただろう。
僕だってそう思っていた。
なぜなら見たところ、このクラスには笑いのセンスを持った奴はいないし、
ましてや次の回答者は副室長だ。
で、その副室長がなんて答えたと思います?
わかるかなぁ、わかんねぇだろうなぁ。
女副室長「みずでっぽう」
負けました。
クラスのみんな、爆笑。
僕も思わず、爆笑。
面白すぎる。
これは・・・これには絶対に勝てない。
天然には、勝てない。
おいおいまじかよ水鉄砲だぜ水鉄砲。
へこんだ。まじでへこんだ。
僕は天然に負けたのだ。
その時、僕はひらめいた。
「トミーズ」の方が、面白いな。
でも、誰もわかんないだろうな。10秒くらいしてから、「あ~、なるほど」みたいな空気になっただろうな。
ある意味では、偏差値は低くても水野晴郎で正解だったかも知れない。
でも、ちょっとセンスのある人が見たら、ぶっちぎりで「トミーズ」だと思うけどなぁ。
それも「水野晴郎」あっての「トミーズ」だから、単体で出してもたぶんダメだと思うけど。
そういった意味では、「水鉄砲」だって、単体ではその面白さは十分に機能しない。
前のボケ、つまり「水野晴郎」がなければ、「水鉄砲」という発言は失笑で終わっていただろう。
つまり、僕は前座。ザ・ドリフターズとビートルズの関係。
僕は、試合に負けて勝負に勝ったと言えるだろう。
そう思うと、すこし凹みが膨らんだ。
体育の時間。
持久走。1500m。
全身筋肉痛の中、走る走る(トンネルをすりぬけて)。
5分22秒。
不本意な結果。
記録はなかなか良い。去年よりずっと上がっている。
しかし、僕は1400m地点から全力疾走していた。
なぜそんなことができるのか。
ペース配分がしっかりできていなかったからだ。
なぜペース配分を間違えたか。
楽に走ろうとしていたからである。
体力を使うまい使うまいとして、手を抜いて、いや足を抜いていたのである。
もうちょい頑張ったら5分10秒くらいはイケたかもしれない。
足が痛かったというのもあって、1週目から「早く終わらないか」と思っていた。
それが敗因だ。うむ、遺憾である。
全体ではわからないが、文化部では恐らく1位だったろう。
これで文化部差別は撲滅できるだろうか。
2001.4.16(月) マッキントッシュくらいわかるよバカヤロウ。
体育がありました。
4時間目でした。
持久走でした。
3位でした。
5週(1000m)で3分28秒でした。
1500mの目標は5分30秒を切ることです。
5分は恐らく切れそうにありません。
走っていると、なぜだかテンションが上がりました。
いや、実際、走る前からテンション上がってました。
なぜかクラウチングスタートでした。
「菊次郎だよバカヤロウ」と何度もつぶやいていました。
序盤飛ばしました。
それでも後半でバテバテってことは無かったので、たぶん1500mも行けるでしょう。
走り終わると、それはもうテンションが上がっていて、その後のサッカーなんか動きまくりました。
試合がないときも常にジャンピングボレーシュートをしていました。
教室に戻ってからも、何度かきまぐれでジョークを放ってみたりしました。
例としては、「ポートボールとか、どうかなぁ」など。
もう少しで殻が破れてしまいそうです。
授業後は図書委員任命式。
校長先生のお話があった後、図書担当の先生紹介。
図書委員会の仕事の説明が終わると、委員長決め。
先生「次は委員長を決めますが、誰か立候補はいませんか」
急展開である。委員長の仕事の説明など何もしないで、単刀直入にコレだ。
なぜならこの時点で、誰が委員長になるか決まっていたようなものなのだから。
J「はい(挙手)」
先生「尾崎に対抗馬はいませんか、いませんね」
速い。そりゃそうだ、他の人に手をあげられては先生も困る。
先生「では委員長は尾崎ということで、信任ならば拍手」
・・・ぱちぱちぱちぱち。
ジャッキー、図書委員長就任。
先生「次に副委員長の立候補は?」
とある生徒「はい(挙手)」
先生「対抗馬はいませんか? はい、いません。では拍手」
・・・ぱちぱちぱちぱち。
とある生徒、図書副委員長就任。
とある生徒というのは僕と仲良しこよしの女の子で、当然これも
あらかじめ決められたことであった。
かようにして、いんちき委員長選挙は終了。
J委員長は副委員長と共に前に出て、なんだか色々な説明をする。
仕事分担希望用紙を回収した後、2人で2,3年生40人分の役割を振り分ける。そりゃあもう
適当に。
それが終了すると、副委員長は部活へ。
僕は先生やOBの先輩と世間話をしていました。
すると、まだまだ仕事が残っていることに気付きました。
1人で40人分の召集状を書け、と。
・・・・・・。
内職内職。
先生と世間話をしているのは楽しい。しかし・・・
先生「じゃあ俺は部活の方に行ってくるから」
行かないで~。
誰もいない司書室(図書室の隣の部屋)で、1人黙々とデスクワーク。
ああ寂しい。
これが図書委員長というものなのか。
終わった頃には部活終了時刻。ハァ。
職員室に召集状を持っていく帰り、放送室で放送部が活動していた。
窓から僕を発見するや否や、2年間同じクラスである女の子が飛び出してきました。
女の子「ゾネっ、インタビュー答えて!」
は、はい。部活~・・・まあいいか。
女の子「最近の高校生ってコミュニケーション不足だと思いませんか」
ゾネ「・・・思う」
非常にうかつであった。
女の子「でしょ!」彼女は目を輝かせた。「具体的にはどうしてだと思いますか」
なにぃ! そこまで問われるとは思っていなかったぁ!
ゾネ「そ、そうだなぁ・・・ 最近の高校生は日常会話にウィットが足りないね言葉と遊び戯れながら会話を楽しむというテクニックを身につけていないのは仕方ないにしても本当にちょっとした工夫で例えば身振り手振りを交えてみるとか口調を変えてみるとかそういう簡単なことでいくらでも会話は面白くなって場の雰囲気も盛り上がるというのにそれを知らないというのはやはり問題だねそれは基本的人格形成の要である初等教育及びそれを育むという意味で非常に重要な位置を占める中等教育に於いて俗に言う歯車をつくるというか家畜を育てるというかそういったあまりにも出来上がりすぎた型による教育方法が採られていて当たり前の決まり切った言葉しか発せ無い人間を作り上げてしまうということが大きな要因だと思うんだけどやっぱりそれだけじゃなくてほら最近よく言われる親指族じゃないけど携帯電話とかパソコンとかのメールが流行してるじゃないだから面と向かってモノが言えないというコミュニケーション下手の高校生なんかが増えてることは否めないよねでもメールというのが短所だけじゃなくて長所だってたくさんあって例えばさっき言ったように面と向かってはとても言えないようなことでも無機質な活字としての文章に起こしてみれば割と簡単に言えてしまうとかってことがあるじゃないそれに何よりなんだかんだ言って便利だしねというわけで一概に悪いとは言えないんだけど社会に出ても一番大切になってくるのは協調性とかコミュニケーションとか言うものだしいわゆるすね者とかはみだし者とか呼ばれる人っていうのはたいがいがそのコミュニケーション下手っていう部類に入って来るんじゃないかと思うなつまり携帯電話を携帯電話だと割り切って使っていて日常と分けて考えられるうちはいいと思うんだでもそれがごっちゃになって日常会話で成り立つことまでメールに頼っちゃうとかほら今問題なのは意味もない例えば“元気?”とかそれだけのメールだってそれは直接会って言ってしかるべき言葉であると思うんだでもそういうことまで意味もなくメールを使ってしまっていつしかそれでしか表現方法が取れなくなってきたら大変だよねあっそうそうこれもあんまり言いたくないことなんだけど今って視聴覚混同メディアが増えているでしょうそれによって想像力が欠如するというのは言われていることなんだけど言語という側面から考えると言葉離れというのかなとにかく活字を読まなくなってきたし遊びにしたってTVゲームとかカードゲームとかあまり言葉を必要としないものが増えてるし極端に言えばテレビやマンガだってそれを手伝っていると言えなくもないんだそれにね・・・」
僕は喋った。かなり喋った。
言ったことは思い出せる限り書いたつもりだが、まだまだ喋ったような気がする。覚えていない。
とりあえずこれより長かったことは確かである。
こういう状況になると僕は饒舌だ、恥ずかしい。
しかも内容は薄い薄い。それが正しいかどうかも怪しいもんだ。
つい時間を忘れてしまった。
すると、担任の先生がちょっと面白い動きをした。
部活へ行くと、「おつかれさま」の直前であった。
僕は“言い訳”をした。
「おつかれさまでした~」
一年生に特製の名刺を差し上げた。
宇宙船サジタリウスはやはり面白かった。
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