m ひごろのおこない / Entertainment Zone 2026年7月
ひごろのおこない/Entertainment Zone
⇒この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などとは、いっさい無関係です。

過去ログ  2026年6月  2026年7月  2026年8月  TOP
2026.7.1(水) 鎖国と常識
2026.7.2(木) さようなら七階
2026.7.3(金) 冨樫義博五段
2026.7.4(土) 漫画と没入
2026.7.5(日) 焼津と沼津と大船
2026.7.6(月) 超文学フリマから13年
2026.7.7(火) 街に色がない
2026.7.8(水) 分からない
2026.7.9(木) 年下女性と年上女性
2026.7.10(金) 1stアルバム『木』
2026.7.11(土) 26周年でござった
2026.7.12(日) レコ発ライブ
2026.7.13(月) 暗い音のない世界
2026.7.14(火) 大船
2026.7.15(水) くいな問題
2026.7.16(木) 王・コムギ問題
2026.7.17(金) 著者近影
2026.7.18(土) 好きな人に店をやってもらうしかない
2026.7.19(日) 鬱の才能
2026.7.20(月) 酒を食べたい
2026.7.21(火) 四捨五入したら0kg
2026.7.22(水) 『究極超人あ~る』を再評価しよう
2026.7.23(木) 『あ~る』旅程まとめ
2026.7.24(金) 芸術興味なし
2026.7.25(土) 自由と他由
2026.7.26(日) 岡田淳さんとの初接触(!)30周年
2026.7.27(月) 釈゛迦の説法
2026.7.28(火) 釈゛迦の説法2
2026.7.29(水) アウトプットとインプット
2026.7.30(木) 月末評価
2026.7.31(金) マヒトゥザピーポーDancin'

2026.7.1(水) 鎖国と常識

 ちょっとずつ引き払いが進行してきている。ごくわずかに。
 引き払いとは僕の場合、鎖国ということ。太平をもたらすが限界がある。黒船に象徴される時代の流れ、外側の環境変化にすこぶる弱い。
 閉じた国の常識のなかで生きていると、いざ世界に触れ合う必要が生じたときに何をしていいかわからなくなり、失敗する。

 僕は僕の常識の中で生きてい過ぎた。僕が僕として切れ味を増すごと社会とのズレが広がっていく。
「普通」ということを諦めて久しい。それでもこの世で生きていたい。うまくやっているほうだとは思うが、老いと衰えの前に未来は不透明だ。
 気持ちとしてはもっと閉じていきたい。外の人たちに迷惑をかけたり問題を起こしたくない。鎖国を徹底していきたい。忘れてたなあ~って感じだ。僕は相手の言葉で喋る必要があるが、相手は僕の言葉で喋ってなんてくれない。僕の立場は常に下なのである。忘れてはいけないのに、忘れていた。

2026.7.2(木) さようなら七階

 夜学バーで打ち合わせとちょっと仕事したのち、中立さん(弊社社長)と飲みに出る。荒木町でトミーさんのお店に行こうと思ったのだがいらっしゃらなかったので「荒木町猫目」へ。いいお店である。ただし新宿猫目より1.5倍は高い。これが荒木町価格ってやつか。
 社長と別れあひる社へ。7階に置きっぱなしにしていた本を段ボールに詰めて駿河屋に送る(売る)、そのための作業をしに。ちょうど10箱になった。「10箱以上は事前予約を」と書いてあったのだがそのまま送ってしまった。その後「今回は目をつぶりますが」的なお叱り定型文が届いた。こういうのも僕の悪いところだ。単純に甘え。手抜きなのである、結局は。反省した。次はちゃんと9箱に収めます(ヲイ
 終わったあと少し吉本さんと話す。何度でも書くが20歳のころからの恩人であり、仕事仲間でもあり、小沢健二作品を愛し世の中をよくしようと動き続ける同士でもある。向こうも多少はそういうふうに思ってくれていたらうれしいが、「ジャッキーくんいつまでもあひる社に粘着してくんねんな」と思われているくらいでも別にかまわない。こっちは十数年年下なので、めいっぱい参考にさせていただく。数少ないきちがいロールモデルとして。
 それこそ本当に吉本さんは偉いよ。社会に溶け込んで、フツーの人たちとコミュニケーションを取れている。景気あんまよくないらしいが、あひる社はリーマンショック直後に立ち上げた会社なので、その後どんどん上がっていったのを体験している。きっとここから似たような流れになっていく感じはしますよね~みたいな話をした。僕の事業も少しずつ上がっていけばいいなと思う。
 当然すっかり酒が抜けたので自転車を借りて帰ったが、道を間違えたうえに雨に降られ、本当に良いことがない。7月のスタートは暗い。涼しいのがせいぜい救いだ。

2026.7.3(金) 冨樫義博五段

 冨樫義博『HUNTER×HUNTER』読んでる。わたしは『狼なんてこわくない!!』『てんで性悪キューピッド』からのファンであり、そんじょそこらの『レベルE』礼讃者とは格が違う。と言ってリアルタイムではなく兄(おそらく次兄)が単行本を持っていただけで、『幽☆遊☆白書』の頃(小学校低~中学年)にまとめて読んだと思われる。マウントとりたいだけではなくてオタクだからそういう想い出にこだわるのだ。地下アイドルのオタクが「推しと初めて出会った日」やその時のセットリストをよく覚えているのと同じ。
 ハンターハンター読むのは20年ぶりだ。王が将棋を指し始めたところまで読んでいて、それが23巻だと思われて、2006年3月発売だそうで、確かその頃にブックオフ光が丘店に通って立ち読みしまくった記憶がある。今ちょうどキメラアント編に入った(18~19巻らへん)。無料公開されてるからむさぼり読んでいる。
 優秀な漫画なのでずいずい何も考えずに読み進められる。あえて「めっちゃ好きな漫画」とは言わない。冨樫(敬意を込めて呼び捨て)はとにかく漫画が上手い。どこがといえば、一般的な上手さはすべて兼ね備えたうえで、「情報量の多さ」と「情報量の少なさ」が彼の最も優れたところだと思う。
 読み返して驚いたのだが、冨樫はページを5段に割ることが多い。こんな割り方はもう『釣りバカ日誌』くらいでしか見ることがない。ちなみに『ONE PIECE』はだいたい2~3段で割ることが多く、4段(3.5段と言ったほうがいいようなもの)がたまにあるくらい。
 同じ週刊少年ジャンプでハンターは98年から、ワンピは97年からとほとんど同期だが単行本の巻数はそれぞれ39巻、115巻と約3倍の差がある。しかしページの密度を考えると実際には2倍くらいしか開きがないのかもしれない、話の進行としては。
 僕の言う「情報量の多さ」とは、単に台詞(文字)が多いということではなくて、1ページにたくさんのコマを詰め込むから少ないページでもしっかり話が進むということなのである。大ゴマはここぞという時にしか使わない。あの複雑なグリードアイランド編をたった5~6冊で終わらせているのは案外すごいことなのだ。
 また「情報量の少なさ」とは、ずばり絵の簡素さ。ほとんど線とベタのみ。背景も必要最小限しか描かれない。省エネのためでもあろうが、コマが多いのに読みやすく疲れにくいのは目に入るインクそのものが少ないからだ。デフォルメやデザイン、構図取りの上手さもあって本当に少ない情報で必要なことを伝えている。
 僕は趣味の古い人間なので、たった300ページくらいで壮大な物語を描ききった手塚治虫『来るべき世界』みたいなものを心底愛している(もともとは1000ページあったという話は置いといて)。冨樫先生にはその魂を感じるし、再読してビシビシと伝わるのは鳥山明先生へのリスペクト。『ドラゴンボール』もたった42巻であれだけの物語をまとめているのは(今の感覚だと)すごいと思えるが、ハンターハンターはまだ39巻で、おそらくそれ以上の密度を持っている(まだ後半読んでないけど)。普通ならそれだけギチギチに物語を詰めれば読みづらくなるはずなのに、意外と文句は聞かれない。(ちなみにドラゴンボールのコマ割りは主に3~4段である。)
『HUNTER×HUNTER』や『釣りバカ日誌』のような「五段漫画」は密度と読みやすさの両立という神業によって成り立っている。日本でいま何番目かに売れている(であろう)現役連載漫画がそのような古き良き漫画のあり方を土台につくられている(と僕は信じる)のが嬉しくて仕方ない。義博先生ありがとういつもおもしろい漫画を描いてくれて……。

2026.7.4(土) 漫画と没入

 漫画を読んでいると没入できる。それがHUNTER×HUNTERのような「情報量が多くて、情報量が少ない」(昨日の記事参照)ものであればなおさら、なのだろうな。余計なことを考えなくてすむ。僕は音楽のライブとかではまったく忘我できないし、映画も演劇も似たようなものだし、小説も詩も本当に気が散っていろいろ考えてしまうので、漫画くらいしか残るものがない。かつては児童書もそうだったけど最近はたぶんそうでもない。あんまり読まなくなってしまったのでわからないが。『冒険者たち』とか読み返そうかな。
「漫画と同じくらいすごい!」と思っていた行為もあったのだが(初公表)、いつの間にかそうでもなくなっていた。漫画も正直言えば昔ほど入り込めやしないのだが、それでも最後に残った砦という感じはしている。あとは「自転車で山を越えたり延々と似たような道を走り続ける」とかかな。これはもう身体的&環境的にトランス状態に持っていくのでチートのようなものだ。
 ちなみに酒やドラッグ類も僕はあんまりそういう意味で陶酔できたことがない。シャブとかやったら違うんかな?とか思えどなんのメリットもないのでしない。
 とにかく漫画だけを読んでいたいね。でも漫画ってのは「読む」っていうところに至るまでのハードルがいつしか高くなりすぎてしまった。没入するってことは時間をそれだけ「奪われる」ってことでもあるし、体力もかなり使うからしんどい。何も気にしないで漫画だけを読んでいられる世界に早く行きたい。

2026.7.5(日) 焼津と沼津と大船

 焼津と沼津と大船に行ってきた。嗅覚を完璧に発揮して満点の時間を過ごした。泊まったところにHUNTER×HUNTERが38巻まであったのだがやることが多すぎて1ページも読めなかった。
 ちょっと焼津に野暮用があったのだが、マァー何もかもすばらしかったですね。商店街の中に「まる」「さんかく」「プレイボールカフェ」「くりさんち」といった文化的な場の密集した地点があるんだけど、それらすべて昼間のもので夜にはまったく乏しい。「夜学バー焼津店」はちったぁ需要あるのでは?と思ったけどそれほどコトは単純ではない。
 とりあえずメモ。ふうみや、スウォットラブ、やいちゃん無人雑貨、イワシ、キャノン、トミヤ、宝月、北海(道ラーメン)ハウス+北海屋、beer stand yozzie、public house YAIZU。あとは秘密。リー、コデマリ、窓も気になっている。
 沼津はケルン行っただけ。本当にいいお店で、座った瞬間涙が出かけた。大船では立ち飲み屋を四軒ハシゴした。二軒目に行ったお店はまさに「俺じゃなきゃ見逃しちゃうね」案件で、外に出ている看板と中に見えているお店の数が合わないので、「あえて隠れて営業しているお店がある」と踏みこんでいったら、めっちゃいいお店だった。これぞ店師。

2026.7.6(月) 超文学フリマから13年

 そういえば今日が誕生日だったな、と思って通電少女(とは?)の一人におめでとうLINE送ったら、「尾崎さんに初めて会った時の尾崎さんの年齢になったかも」とのことで、考えてみれば確かにその通りだった。2013年4月、超文学フリマで別の通電少女に出会ったのが切っ掛けなので計算が合う。その後みんなで同人誌(4人誌)つくったのである。客観的に見るとだいぶヤバい関係だったけど、長い付き合いになりましたのう。
 あんまり人の誕生日は覚えないし、覚えていてもあえて祝わない(キリがないし毎年言わないといけない気がして)のだが、なんとなくこの人の誕生日は「あ」と思うことが多い。翌日が七夕だからかもしれないし、七夕は今のところ唯一の「弟子」(一生言ってやる)の誕生日だからかもしれない。
 折しもその「でし」からは最近たびたび連絡が来ていた。海外に行っていたが帰って来たそうな。さみしいのかしらね。都内のようだから今度会いにいってしんぜよう。マジで。
 この二人に共通しているのは、誕生日と名前がなんとなくリンクしていることだ。「6」が入っていたり「7」が入っていたり。覚えやすいだけでなくて、誕生日もその人の一部という感じがより強くする。なんとなくだけど。それでわりと思い出すし、たまに祝う。7の人にはまさに当日LINEしてたのに祝いそびれてた。この場を借りておめでとう。長く付き合ってくれてありがとう。
 みんなとのことを考えて改めて思う。常識はないほうが楽しいけど、あったほうがいいこともある。そのバランスと見極め、僕は上手になっているんだろうか? まだまだ勉強です。

2026.7.7(火) 街に色がない

 藤原カムイ先生の『カラーメイル』って漫画をちょっと前に買って読んだ。「少年ガンガン」でのリアルタイム以来ですごく感動した。世界から色がなくなって一色ずつ取り戻していくという筋で、雑誌上でもフルカラーで始まってモノクロになって、そこから少しずつ色が増えていって最後にフルカラーに戻る、という凄まじい連載だった。映画『オズの魔法使』の逆ですな。前作『ロトの紋章』の大ヒットがあったからこそやれたことだろう。
 白黒が流行っておりまして、街を歩いても色がない。気づいたら自分も黒ずくめで歩いていたりする。そうなると色の入った服を着ている人はなんだか個性的というか変人のように映る。みんながカラフルだったら目立たないのに、みんなが白黒だからやたら目立つ。
「誰よりも目立とうとわけのわからぬ服着て イマドキの男にでもなったつもりだったけど 大きな勘違い」(ゆず『シュビドゥバー』by北川悠仁・1998)なぁんて曲がありましたが、時代ですな。今だったらちょっと色の入った服を着ただけでけっこう目立ってしまう。
 かつては「目立つ」ことが大衆化していて、誰もが目立とうとしていた。今はそうではないから、目立とうとする人はかなりの少数派となっている。YouTubeやTikTokを「やる」こと自体は当たり前であって、そこで何をするかという質のありようで目立つ、目立たないが決まる。そんな気がする。
 学校の制服は色がなくて、そのまま踊れば色のないTikTokになる。カラフルな色のTikTokは思ったより多くないのではという気がする。
 明日は何色の服を着ようかねえ? 参政党がオレンジを着て、高市さんがブルーを着る。色が思想になってきた。「虹を返せ」じゃあないが、色を取り戻す必要があるんじゃないかと思います。

2026.7.8(水) 分からない

「人間は慣れぬということのない生き物である」とドストエフスキーが書いていた、って誰かが書いてたんだけど誰だっけ。
 荒療治なので危険もあろうが、トラウマを癒やすに最も原始的な方法は「慣れ」なんじゃないだろうか。僕には最近新しく得た軽いトラウマがあって、それに関連する人に会う可能性がある場所や連想される場所などを通ることにけっこうなストレスを感じる。無理して通ると頭が狂っちゃう場合もあるだろうが、僕はあえて自己責任ってことで気にせず通るようにしている。この程度であれば慣れるのが一番早いと経験的に信じているからだ。
 時は癒やしをくれる。時以外に癒やせないものもある。10年ちょっと前に負ったトラウマは、今でもトリガーに出会うと「ああ」とは思うが、別にまあ最悪でもちょっと動悸が早まるくらいで済む。まぁ慣れていくし、つらさはいっさいなくなる。ただ「ああ」と思い出して、「あんまり気持ちのいいもんじゃねえな」と思うだけだ。
 しかしそれができるのは僕が強くて、大した傷も負っていなくて、さまざまな人間的な感覚が鈍いからだろう。多くの人はきっとただ苦しみ続けている。
 僕もいろんな人に多大なトラウマを植え付けて生きてきたはずで、開き直るわけではなくそういうことを減らしていきたいとは思い続けている。また不用意に他人のそういう部分を突かないようにしたいとも思う。謝罪や贖罪については、何をしていいのかわからない。そんなことが可能なのかと考えてしまう。何もできないのならただ静かに生きていくべきなのだろうが、このように文章を公開してしまう。究極に自分勝手なまま生き続けてきてしまった。僕に鬱をもたらす可能性があるとしたらここにあると思うが、いつか向き合えるのだろうか。常識がないというのはすなわち、人の気持ちがわからないし、尊重する動機もないということなのだ。あらゆるものは独立していると思いすぎている。独立しているからこそその間に結ばれる関係が大きな意味を持つのだと。しかし実のところ世の中のほとんどの人は「あらゆるものは独立していない」と考えている。もっと言えば、「世界には一つのものしかない」というふうに考える。「分ける」ということをそもそもしない。僕はすべてを分けてしまうから、何もわかることができない。
 僕の未熟さは、たぶん「人の言うことに従えない」というところにあって、その「人の言うこと」というのを「常識」という言葉でまとめている。当たり前のことを当たり前にすればいいだけなのに、その「当たり前のこと」がわからないし、それをすべきだと言われても、「本当にそうなのだろうか?」と思うことが多い。だから「何もしない」という手を選びがちだ。そのまま時だけが過ぎていく。僕は時間泥棒なのではないかと思う。

2026.7.9(木) 年下女性と年上女性

 文化圏において若い女性は年上男性にかわいがられがちなので相対的に年上女性との関係が不足しがちである。その場合は積極的に年下女性と仲良くするのが良いと思う。自分が年上女性になってしまえばいいのである。すると「年上女性と年下女性」という関係のあり方が自分でわかるようになる。雛形がわかればそのどっちにもなれるようになる。
 結局のところ、「年上女性との関係がうまく結べない」という人は、「年上女性と年下女性」という関係がピンときていないのである。「年上男性と年下女性」にはピンときやすい。なぜならばそこにはさまざまな形の性欲をベースとした「かわいがる、かわいがられる」という単純明快な雛形があるからだ。雛形がわかれば「そういう関係がどこにあるか」もわかりやすい。そこに行けばいい。雛形がわからなければ「どこにあるか」もわからないから、「どこに行けば年上女性はいるのか?」ということもわからない。
「年上男性と年下男性」もわかりやすい。先輩後輩というホモソーシャル的な「かわいがる、かわいがられる」の存在しそうな空間に行けばいい。「年上女性と年下男性」だとどうだろうか? これは意外と難しい。「年上男性と年下女性」の場合ほどは性欲が介在しないし、「自分が年上女性になって関係の雛形を身をもって知る」ということも原則できない。
 しかし基本的には「年上男性と年下女性」の場合とあんまり変わらない。ゴールデン街にいたとき、とにかくユニコーン、電気グルーヴ、フリッパーズ・ギター、岡村靖幸だけおさえておけば大丈夫だと思っていて、実際これらすべてに僕はまあまあ精通しているので無双であった。僕より5~15歳ほど年上の(ゴールデン街にいるような)文化的女性はかなりの確率でこれらのいずれかをよく知っている。
 ってのは極端な話だが要するに「物知りなよい子」でいるのがいいのである。かわいがってもらえる。そこで「雛形」をある程度身につけると、知識に頼らなくても関係が築けるようになるし、どこにそういう人がいるのかもわかってくる。新潟で知り合った年上女性とのエピソードはけっこう象徴的だ。僕は「ROSIER」という店に行ったわけだが、そういう名前のお店には「僕と関係を結びうる年上女性」がいそうではないか。別にそれを狙ったわけではないけど、結果的に年上女性の友達ができた。知識に頼ったのではなくて信頼関係構築(!)の妙技によって。いや単に何かが「合った」ってことなんですけど、そこまでたどり着かせるのには技術もある。
 さて「年上女性と年下女性」の場合ではどうだろうか?「かわいがる、かわいがられる」関係だとしてもその質はかなり変わってくるし、他の組み合わせよりも「対等」感が強いような気もする。そしたらつまり「年下女性と対等な関係を築く」というステップ(あるいはその逆)を踏むのが良さそうに思えるが、「年上女性とも年下女性ともうまくいかない」という女性の場合は、ちょっと打つ手が思いつかない。そもそも友達をつくることから始めたほうがいいのかもしれないが、友達ってどうやってつくるのだろうか? 友達が一人でもいたことがあればそこから類推もできるだろうが、いなかった場合は?
 いなかった場合?
 疑似友人から始めるしかないのだろうか。確かに、そのために「金を払って人と話す」という商売はあるのかもしれない。

2026.7.10(金) 1stアルバム『木』

 7月11日の26周年を記念したファーストアルバムをつくるにあたり、空いた時間で録音したり編集したりCD焼いたりジャケと歌詞カードを印刷製本したり背にタイトルを書いたりしていた。全体として非常に良いものができたと思う。
 7月13日現在(本項執筆時)までに2枚しか売れていない。3枚売れたような気もするがそうだとしたらお金をもらうのを忘れたと思われる。なんでこんなに記憶力が悪いんだ。ともあれあと14枚か15枚(曖昧)あるので焦らずにお求めください。1500円ス。

 記憶の話少し補足するが、僕が「関係」にこだわってしまうのは脳がそういうふうにできているからかもしれない。たとえば、何を話したかは覚えているが誰と話したかは覚えていない。CDで言えば売ったような記憶はあるがその先が誰かがボヤけていたりする。もちろん毎回かならずではないがそういうことが割と多い。
 つまり「個人」が見えていないのだ。その間にあるものしか意識していない。「あれ、これ誰と話したんだったかな」と、いつもわからなくなる。とても失礼だし、他人に興味がないのかとなじられても反論できないが、たぶんそういう障害なのだ。なんでも障害で片付けていいとは思わないが今のところそう思わないとやってられない。直そうとして直るものかもわからないしけっこう大変なのだ。申し訳ないなとは思うけど、必死で直そうとするよりはそれを前提として生き方を組み上げていったほうがいいだろうと判断して、いろいろがんばってみている。(この方針が間違っていたらけっこうヤバい。)
 おそらく僕にとって関係とは「相手に宿るもの」ではなくて「その場にあるもの」で、個人とは独立している。そういうふうに捉えているのだと思えば説明がつく。インターネット(メールやLINEも含む)が好きなのは履歴が残るからかもしれない。誰と話したかをあとから確認できる。

 さて『木』。そのうちちゃんとしたページ作りたいけどとりあえずここに紹介しておく。12曲入り。サブスクにも申請しましたのでそのうち聴けるようになると思いますが、そっちはAIマスタリングにかけたうえ『夜学歌 第1番』をロングバージョンで録り直している(1分未満の曲はUPできなかった)。より生々しい雰囲気を味わえるのはCDのほうだし、音質もCDのほうが良いです。どちらもお楽しみいただけると幸い。またプロデューサーであるみつきちさんによるありがたいライナーノーツと僕の制作後記はCD版を買わなければ読めません。あと盤面に印刷した写真も貴重。

 1.大横川のうた
   2022.11.1 ひとり芝居『うさぎとたぬきと柿』挿入歌
 2.お散歩遠く
   2023.7.1 旧夜学バー最終日深夜
 3.スタアグア
  2023.8.27 「夜学バー博(ぱく)」最終日
 4.学校で
 5.懐かしさに
 6.あしたのよいこ
  2023.11.1 生誕文化発表会 in BAR DOCTOR HEAD
 7.カリフラワー
  2024.8.25 全国夜学バー総合文化祭ちの大会(総文祭)  8.夜学歌(第1番)
  2025.1.13 成雀式
 9.友達は変わる
  2025.8.17 全国夜学バー総合文化祭ちの大会(総文祭)
 10.静岡で会いましょう
  2025.10.4 喫茶みずのみば1st最終日コンサート
 11.木
 12.よみがえる
  2026.7.11 『木』

 3年8ヶ月にわたりぽつぽつと曲をつくり歌ってきたわけだが、恥ずかしいですよ、もちろん。こんな素人芸を堂々と見せるのは。しかしそれもちゃんと「世の中がよくなる」と思ってやっている。単純な自己顕示欲求ではない。「素人だろうがなんだろうが、やろうと思えばこういうことができるし、してもいいのだ」ということを示したくてだいたいのことはやっている。ひとり芝居なんてまさにそうだ。『うさぎとたぬきと柿』にせよ『さるかに合戦』にせよ、「これでいいんだよ」「これで成立するんだよ」と言いたいだけだ。根性さえあればね。根性論の正当化。
 思えばホームページをつくって続けているのもそれだと思う。「こんなもんでいいんだよ」である。2000年当時、インターネットは開かれていた。広大なフロンティアだった。誰でもそこへ行って土地を借りて表現してよかった。「自分なんかが」と思う前に好奇心が勝って、いろんな人がホームページをつくっていた。多くの人がその後やめてしまったが、僕が続けているのは「こういうふうに自分で何かを立ち上げて続けていくっていうのは、お金も技術もほとんどいらないし、なんなら読者だってごく少なくたっていいんだ」と主張したいのだと思う。
「誰も見てくれないから続けていくモチベーションがない」っていうのはもっともであるが、しかし「誰かが見てくれる可能性があるなら続けていこう」という祈りのほうが絶対に大事だ。そのように続けてきて、26周年でも掲示板の書き込みは数件、CDの売上は2~3枚、明後日の記事に書くと思うが12日にやったレコ発ライブの集客は2名(1名はプロデューサーみつきち、もう1名は終了予定時刻の数分前に来たので実質は0.1名)であった。いいか? それでもやるんだよ! わかってんのか?? どんだけ大変かをヨォ!

2026.7.11(土) 26周年でござった

 今年もつつがなくすぎた。本当につつがなかった。さりげなくお祝いしてくれた方、なんとなく気まずくて今年も何も言わなかったがちょっとだけでも胸の内で意識してくれた方々、みなさまありがとうございました。すべての読者に心より感謝しています。
 岡林信康さんに『26ばんめの秋』っていう曲がある。26という年齢を特別なものだと思っていると彼はどこかで書いていた。僕も26歳のときすでにこの曲を好きだったので、「遂に来たか」と思ったものだが、いやはやついに、ホームページまで26を迎えてしまった。
 僕は秋生まれだからこの曲の「そして僕はこの夏26」という歌詞にちょっと悔しさを感じていた。でもEzは夏生まれなんだよね。ああ、この曲は僕のための曲じゃなくって、このホームページのための曲だったんだな。
 今年は7月11日が土曜日だ、さぞやみんな、お祝いに駆けつけてくれるのであろう!と思っていたが当然そんなことはなく、2名かな、今日度(きょうど)にお店で直接お祝いしてくれたのは。それと方々からちょっとずつ「おめでとう」されて、嬉しかったよ。本当にこういうのは数じゃないし、言葉にされることだけが大事なのでもない。黙っていても心の内に持っていてくれた人もいただろうし、どこかで「26年か、すごいな、がんばってんな」と思ってくださっている読者もきっといくらかいるはずだ。そう信じられるくらいにはこれまでみなさんに本当にいろいろ優しくしてもらってきた。
 ただ、僕のそういう想いにつけ込んで(?)、「まぁジャッキーさんはほっといても別に自分で理屈つけて納得して立ち直るんだから自分は何もしなくてもいいや」と考えるような人は、僕はマジで許せないですね。なんでか? 仲良くする気がないからだよ。僕と。さみしいのはイヤだよ。

2026.7.12(日) レコ発ライブ

 リリパでした。14時にお店に入って照明と音響をセッティング。音のほうは数日前からマイクスタンド立てて、ギターにもプラグ挿して、PCとオーディオインターフェイス(M4)とアンプの調整して、プロデューサー&PAみつきち氏にサウンドチェックしてもらったりなどして、着々と準備してきた。
 ライブっていうのはやっぱり非日常感が大事ですから、いつもの夜学バーとは違う照明にしなきゃいけない。客電を落としてライトを3つ増やす。演者の顔にしっかり光を当てつつ、お客さんに光源が見えないようにしたり、楽譜(プロンプター!)も見えるよう調整したりなど考えることはけっこう多い。素人芸でもちゃんと工夫すればそれなりのものにはなる。質よりも「実現をめざしている」ことがめちゃくちゃ大事。意外と伝わる。
 16時台はかぐや姫、ゆず、尾崎豊、中村一義などを弾き語りながら最終チェック。17時すぎてゆっくりとライブ始める。AuditionでLINE録音して、Txitterのスペースで動画付き公開(アーカイブあり)し、iPadでも動画を撮った。記録魔。
 立って歌ったので、座って録ったCD版とは違う雰囲気が出ていただろうが、慣れていないのでミスも多かった。
 曲間すべてMCを入れたのと、失敗してやり直すこともあったので長引いた。30分くらい営業時間にかぶってしまった。
 聴衆は2名と僅少。もうちょっと人がいれば演奏も変わったであろうが、あれはあれでよい。

 なぜそんなにお客が少ないかといえばホームページのトップと日記内だけでしか宣伝しなかったからだろう。もっと全力でPRすれば5人くらいは来たかもしれない。ひょっとすれば10人くらいありえたかな。しかしこれは周年記念のCDだからホームページだけで告知しようと思ったのだ。一応SNSのほうでも匂わせはしたけど。
 まぁそんなに来ないとは思っていたがまさかプロデューサーのみとは。長引いたおかげで最後の数曲はもう1人聴いてもらえたけど。11日の営業のお客が4名で、うち周年を知っていた人がたぶん2名。それで12日のライブに何人か来るかな~と思っていたら全然そんなこともなかったわけだ。さみしいが意外とへこみはしない。当たり前のことだからな。そんなもんなのだ、宣伝しないのに人が来るわけない。「来てください!」と全力でやって初めて何人か来てくれるのだ。それは「7.11周年」で曲がりなりにも100人集めてみてわかった。何事もやりようなのである。
 また素人芸や自主制作CDに訴求力などないし、狭い空間で知り合いが自作曲を歌うライブなんて気恥ずかしいわな。だからこそ客席を暗くしてそれっぽい照明にするわけなんですけどね。
 ちなみにライブ後の営業はそれなりに来客があった。サイト周年を祝ってくれた人もいた(ありがとう!)。一言ね、たった一言で救われる命があるわよね。ありがたいです。ありがとうございますありがとう。

 んでも本音を言いますと、もちろん「BBSに書き込む人やLINEくれる人とかも含めて周年を祝ってくれる人が合計で30人くらいいて、その中の10人くらいは金土日のあたりでお店に来てくれてフツーにしてるんだけど最後にボソッとおめでとうございますとかつぶやいて帰っていく」みたいなのがやっぱ嬉しいですよ。そうでなかったらこんなことやってる甲斐がないですよ。甲斐がないのに続けてるからすごいってことなんですよ。甲斐があったらもっと続けますよ(もっと続けるとは)。
 26年やってもそこに届かないが、ここ数年じわじわと読んでくれてる人はたぶん増えてると思うので、50年くらいやればなんとかなるんですか? いや来年、お願いします。マジで。言ったからな!

2026.7.13(月) 暗い音のない世界

 妖怪人間ベムのOP口上より。フー。暗い音のない世界。アー。
 暗い音のない世界だよ。なんだかね。
 でも光のような笑顔がそこにあるね。ふふふ。
 うれしいな。
 そこに救いがあるから生きていけるんだが、その救いが永遠であるとは限らない。なぜならば僕にはそれを永遠として享受する資格がないから。またどうにか資格を得ようとする、そのための努力ができないから。
 すべてを捨てて引き払い、光のためだけに生きていけたら楽なのに、暗い音のない世界が足を掴んで離さない。ウウー。それは誰あろう僕の煩悩のせいである。世俗に執着がありすぎる。

「それはいつ生まれたのか誰も知らない。暗い音のない世界で1つの細胞が分かれて増えていき、3つの生きものが生まれた。彼らはもちろん人間ではない。また動物でもない。だが、そのみにくい身体の中には正義の血が隠されているのだ。その生きもの、それは、人間になれなかった妖怪人間である。」

 その正義の血とやらがなんとかしてくれるように祈りながら今日も寝そべるとすっかね。

2026.7.14(火) 大船

 大船に忘れ物を取りに。行きは混むのでグリーン車。「鞠屋」で飲んでたら「今から30分だけ合流します」と言ってくださる方が現れ「ヒグラシ文庫」に移り30~40分だけ飲む。いろいろ熱い話ができた、と思う。僕の新刊のゲラを、読み終わったほぼその足で興奮冷めやらぬまま来てくださった。すごく褒めてもらえた。勇気づけられた。アーよかったな(花*花)。いろいろなことは今後。それにしても「行く!」と決めたら本当に来てくれるのは嬉しい。そういうことですよ。
 終電までもう少し飲もうとぶらぶら歩く。前回行ったお店は一軒は開いていなくて一軒は混んでいたので、行ったことのない「パオーン」に行ってみた。大船駅前に四店舗あるミニチェーンの一店らしかった。非常にいいお店だった。
 もうあと一軒、というところでノーマークだったバーを発見。こんなもん検索では一切見かけなかった。文学だのアートだのとうたっている。そんなバカなことあるか? これは「よほど」のことだと思い、特に調べもせずスルリと中に。一杯目はほぼ無言だったが二杯目のところで会話が始まる。たぶんかなり気に入ってくださった。こういう時に最後に出す「夜学バー」の名刺は強力で、「コイツはただ者じゃない」と思ってもらいやすい。
 ちょいムズい話をするが、店内には僕に「わかる」ものがたくさんあった。たとえばBGMのビルエヴァンスとか、壁に貼ってある『伊豆の踊子』冒頭文とか。しかしすべてを口に出せばいいというのではない。『ハンチョウ』にあるじゃないですか、「言わない‥‥‥! そんな無粋なことは‥!」と。黙っていてもわかっていれば何かが伝わると(相手を)信じるほうがいいし、どんな武器でもタイミングを誤れば自分を切り裂いてしまうということもわきまえねばならない。どっしりと構えていたほうがいいのだ。
 たぶんあのマスターにはそれなりにわかってもらえたという気はする。だからこそまたすぐに大船に行かねば。往復2000円+グリーン車で……。高いけど安い。終電は上野までなら23:47まである。立ち飲みの町だから開店早いし。悪くない選択肢だ。

2026.7.15(水) くいな問題

 全員ハンターハンターの話してるから恐縮だがメモ代わりにも書いておく。「またハンターハンターの話か……」とげんなりしている若人もいつかハンターハンターを読むかも知れなくて、その時に「こういう意見」がどこにも存在していなかったら困るので存在させておく。
 いわゆる蟻編、キメラ=アント編の話である。僕は20年前、23巻まで読んで止まっていたので初めて最後まで読んだ。
 言いたいことは主に二つ。
①「レイナ」は『ONE PIECE』における「くいな」問題へのアンチテーゼである。
②王とコムギは生きていたほうがいい

 ①について、「くいな」という女の子は「ゾロ」という男に辛い過去を背負わせるためだけに造作され、魅力的に描かれ、即座に殺される(なんの脈絡もなく階段から落ちて死ぬ)人物である。こういうのを僕は「ふざけるな」と思う。『サマーウォーズ』のおばあちゃんも、別に死ぬ必要ない。生きていたほうがいいに決まっている。正直に言えば『タッチ』の和也も『あしたのジョー』の力石も別に生きていたっていいだろと思っている。もちろん人間が死ぬときは死ぬってのは確かなので、物語において人を死なせてはいけないなどとは言わない。ただやっぱり「くいな」みたいなのだけは許せない。マジで尾田先生、サイコパス過ぎる。
「くいな」という人物を、名前だけしか出さなかったとかだったら話は変わってくる。しかし尾田先生は「くいな」をめっちゃしっかり描いている。読者はくいなを好きになってしまう。だからこそ階段から落ちて死ぬと「えっ!?」ってなるし、「ゾロかわいそう」にもなる。そんだけのために作られたくいな、なんなの?「フハハハハ! お前らはワタシが楽しむために創造された人形どもに過ぎぬのだ、さあ殺し合え! 苦しんで死ね!」みたいな感じですよ、そんなの。

 それを踏まえて『HUNTER×HUNTER』を振り返る。蟻編の最初で「レイナ」という女児が現れて、兄とともにあっという間に殺される。このシーンだけを見ると、「わけのわからない怪物の強さと凶悪さを示すために創造され殺された兄妹」にしか見えない。
「レイナ」と「くいな」……あまりにも似すぎている。「レ」と「く」もよく似ている。偶然とは思えない! いやギリ偶然だけど。ただ冨樫先生はほかのマンガのパロディをめっちゃわかりやすくしまくってるので実際意識している可能性は高いと僕は思っている。僕同様、くいなが死ぬシーンに「なんじゃそれ!?」って思ったんじゃないかな?と想像してちょっと嬉しくなる。
 すっごいネタバレをするが「レイナ」は姿を変えて生きていて(転生みたいな感じ)、最後には故郷に帰って来ることさえできる。「物語を盛り上げるためにわざわざ作られて殺される」という「くいな型」のキャラクターに見せかけて、実はそのあと兄妹ともにかなり重要な役割を果たすし、なんなら最後にはものすごく感動的なシーンが用意されている。わかりやすくお涙頂戴すぎるきらいはあるが、必要なシーンであって、「レイナ」のおかげで最初と最後が綺麗にまとまったのは間違いない。
 おわかりだろうが①と②とはほぼ同じ話である。物語の中に、ただ読者を泣かせるためだけの無駄死にがあってはいけないと僕は強く思っている。

2026.7.16(木) 王・コムギ問題

 もちろん「一流の悲劇が三流のハッピーエンドに※」なってしまうのは承知しているが、それでも王とコムギは生きていたほうがよい。(※結城恭介『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』あとがきより)
『HUNTER×HUNTER』蟻編の話で、昨日の続きである。
 二人が死ぬことによってあの物語は美しく、多くの人にとって感動的で、またスッキリとテーマとして「閉じて」いることを一切僕は否定しない。実に完成度の高いラストシーンである。しかし、別に生きていたって同じくらい美しく感動的な物語は作れるんじゃないのか? そしてまた、生きていたうえでテーマを全うさせたほうがより素晴らしい思想を描けたのではないのか?
 っていうのはタテマエで、ただ本音として、「生きていたほうがいいだろ!」って僕はほとんど怒っている。なんだよ毒って。
「王は悪いことをしたんだから死によって償うべき」という意見は、あんまり見かけないけどあるかもしれない。僕は情状酌量が認められるべき(太っちょの魔人ブウがフツーに生活しているように)だと思うし、ヒソカとかゾルディック家とかがヨユーで生きてる世界なんで「こっち」の価値観で考えるのはそもそもお門違いだろう。王が自責の念から自ら死を選ぶのならまだわからんでもないが、たぶん彼はもっと冷静でサイコパスな判断をするだろう。個人的に王の思考の仕方にはものすごく共感できる。尊敬する人間 メルエム(虐殺行為はNO)
「死ぬことによってこういうことが描けて」みたいなのもどうでもいい。生きていたほうがいいだろ。どう考えても。もちろんすべて個人の感想だが蟻編で最も魅力的なキャラクターは明らかに王とコムギで、そういうキャラクターを最後に美しく殺せばみんな感動するに決まってるだろ。そしてだからこそ、その上で生きさせたほうがいいに決まっている。ディーゴ(本物)みたいに晴軍儀雨軍儀の生活で、一生幸せに遊び続けていたほうがいいじゃん。そういうのは二次創作でやれって? 逆。殺すなら二次創作でやれ。
 なんでゴンは一所懸命助けてもらえるのに、王とコムギはわけのわからない毒で死ぬんだよ! ずるいぞチクショウ!
 そういう理不尽こそが人間の業……南無……みたいなのもどうでもいい。いいやつなんだから死なないほうがいいだろ! そして、こう思わせるところが名作だよね~というのも当然わかっておる。とにかく王とコムギは「少なくとももうしばらく」生きていたほうがいい。なんでみんな、魅力的なキャラクターが最後に死んで喜んでるのか意味わからん。「名作!」じゃねーんだよ。王とコムギが最後に死んだ時点で駄作なんだよ。友達死んで嬉しいか? カス共がッ!!

2026.7.17(金) 著者近影

 撮ってもらった。録音された自分の声が自分の声のように(最初は)聞こえないように、自分の顔ってのは自分ではわからない。所詮鏡越し、レンズ越しにしか見たことがないのだ。

 初めての著書をもうじき上梓するわけだが、僕はあまりにもセルフプロデュースに向いていない。少なくとも自分でやってもセールスには結びつかない。ゆえに「文章を書く」ということ以外、できる限りのことは他人に任せている。具体的には社長であり担当編集者でもある中立氏に。そうでなければ僕は売れない。僕が売れないと中立さんも首を吊るしかなくなる。負担かけてて申し訳ないですが戦略なのです(言い訳)。
 方針、内容、章立てからデザイン、帯、流通に至るまですべて人任せ。これまでの同人活動ではそのすべてを自分でディレクションしてきたし、それでそれなりの売上(素人の同人としてはだいぶすごい)は出して来たのだが、商業となると話は違う。僕のまったく及ばない領域だ。このホームページにしてもなんにしても、僕のお客さんというのは基本的に「ひとクラスぶん」すなわち30人前後なのである。教室サイズ。そこから「数百」までは広げられるのは『9条ちゃん』や『小バー』が証明してくれたが、「数千」に届くには僕の力では足りない。

 著者近影についてもそういう気分があって、どの写真がいいかを選ぶのは僕ではないと思った。自撮りはその人の真実を写し出さない。「こう見せたい」という演出と、「こういうのが見たい」という需要がマッチした時に「人気」というものは出るわけだが、それはその人の自然な顔ではない場合が多い。他人が撮ったものを選択するとき、おそらく人は無意識に「自撮り」に近い顔を選んでしまうだろう。そしてその顔は、本人が思っているほど魅力的ではない。
 ゆえに「長い友達」に撮ってもらおうと決めた。僕よりも僕の顔を知っている可能性がある。その中で自然な写真が撮れる人、というと心当たりは一人しかいなかったのでその人にお願いした。「自然」と言った時に僕と近いイメージを持ってくれる人と言ったほうがいいか。忙しいなか時間を割いてくれて本当にありがとう。
 お店の中と近所の路上でいくらか撮ってもらった。それをセレクトして送ってもらって、その中からは僕が選んだわけだが、撮影中に「これいいね」とアシスタント(!)と三人で合意したものにした。っていうか撮ったときから決めていた。みんながいいと言ったのだからこれにしようと。自分でもいいと思ったし。
 それは外で笑っている写真である。もっとクールでかっこいい写真は無数に撮れていたのだが、ここで僕は笑っていなければならない。だって怖い人って思われがちなんだもん。笑ったりするんだって知ってもらわなければならない。もちろん僕はかっこいいと思われたいのでシンプルにただかっこいい写真を選びたい気持ちだってあるわけだが、やっぱ笑ってたほうがいい、っていうのはみんな(その場にいた2人)の創意でもあったし、僕もそのほうが柔らかく見えるんだからいいだろって気がした。もっとふざけたようなものでもいいのだが、それだとやっぱり僕の好みになってしまう。自分が決めたことなんて絶対に売れないのだからやめたほうがいい。
 餅は餅屋。僕は僕の得意なことをやるのである。

2026.7.18(土) 好きな人に店をやってもらうしかない

 結局僕が店を好きなのはその店をやっている人が好きなのである。これまで例外は一切ない。そして今、僕の行動範囲に「好きな店」がほとんどない。これは困った。
 どんどん減っていく。高齢化と経営不振。僕の好きなお店はお年寄りがやっていたり、尖りすぎて儲かっていなかったりするので当たり前なのだ。

 ああ、お店が終わったあと、帰り道にチラッと寄って、理性と知性でもって話せる清談の相手がほしい。ないものねだりすぎる。「朝まで」なんてのは望みすぎだろう、時間はこっちでなんとかする。とにかく店、店がないと。論理の通じる人が常にいる店が!
 なんかいいとこあったら教えてください、連れてってください。
 夜学バーが経営ギリギリなんだからその難しさは重々わかっている。論理のある店はなぜか流行らないし、論理のある人は飲食なんて(なぜか)やらない。好きな人がみんな店をやってくれたらいいんだけどなあ。自分がそういうハコを作るしかないような気もするが、それもそう簡単ではない。
 居抜きで適当な物件があったらとりあえずやってみたいけどね。そのためにはまず人気をつけよう。がんばります。

2026.7.19(日) 鬱の才能

 そういえば友達が「鬱とADHDの断薬に成功しました」と言っていた。妊娠出産、仕事の変化、その他いろいろたぶん事情は絡み合っているのだろうが、ともあれ断薬を「良いこと」と捉えているのは当たり前だが健全である。飲まないなら飲まないにこしたことはない。もちろん飲まないと仕方ない局面もある。そのあたりは当人の問題で、こちらはただひたすらに仲良くするだけである(悟り)。
 鬱の才能とか服薬の才能については折りに触れて考える。なぜ僕は一度もそういった経験がないのだろうか。ただナチュラリストでいたいだけなのかもしれない。ピアスやタトゥーと同じだし、コロナワクチンを打たないのも同じ。「何かをする」ということをなぜか嫌っている。「何もしない」のが好きなんだと思う。
 それはずっと言っているが、「押すと死ぬボタン」は絶対に押さないが、「押さないと死ぬボタン」もひょっとしたら押さないかもしれないというのと似ている。ただ苦しくて困っているだけなのに、なぜ「何か」をせねばならないのか?と。鬱だろうがなんだろうが、何もしなくてもいいなら何もしないほうがいいじゃん。ただ床でのたうち回ってたらいいじゃん。って。
 でも歯医者には行くし、こないだ入院もしたんだけどね。自分にとって耐えられる苦しみと、耐えられない苦しみがあって、それは人それぞれだ、ってことなんかね。シンプルに。

2026.7.20(月) 酒を食べたい

 リチクク(仙台)のじゅんさんからオススメされた『酒を主食とする人々』(高野秀行)読んで面白く、そのネタ本的な『酒を食べる エチオピア・デラシャを事例として』(砂野唯)を借りてきた。後者5280円もするですよ、定価で。200ページくらいなのに。図書館にあってよかった。
 そう考えると250ページで2420円(税込)の拙著(8/31発売!)はマシですね。ページあたり10円切ってる。300ページの文庫が1500円とかすると高いな~って思うけどページで割ったら5円ですからね、安い!『酒を食べる』はページあたり26円(可食部ならぬ可読部で計算)とかするわけで。うーむ、それにしても割り算は邪悪、つべこべ言わずに買ってくれ~というのが売る側の気持ちですね。
 拙著につきましてはマジでもうすぐ宣伝始めるのでそしたら何もかもかなぐり捨てて拡散お願い申し上げます。

 エチオピアのデラシャという人々は酒から主たる栄養をとっていて固形物をほとんど食べないそうだ。もちろん日本で普通に飲まれているお酒にはほとんど栄養がないので同じように考えたらすぐ健康を損ねるだろうが、生のどぶろくならイメージとしては「甘酒からほとんどの栄養をとる」ようなものだから成立しなくもなかろう。試してみようかな(死)。とりあえず吉池(スーパー)に行って生どぶろく探そう。
 前掲書を読んで、酒の常飲に憧れた。もちろん長い歴史の中で遺伝子だかなんだかが酒向きに変化していたり、幼い頃から飲んでいるから慣れていたり、あるいは酒自体も度数が低くて栄養がたっぷりだとかいろいろな要因があって成立している文化なので真似しようとしてできるものではない。生兵法は大怪我のもと。しかし憧れませんか。僕は今のところ酒酒酒~って感じの人間ではなく、まだまだアル中には遠いと思っている(みなさんそうおっしゃいます)のだが、朝から晩まで365日、幼児から老人までみんな酒だけ飲んで暮らしている世界観にはSFあるいはファンタジーを感じ心が燃える。
 酒から栄養をとる、その手があったか。玄米どぶろく飲みてぇ~、でも高いんですよね。自分で作ると捕まる(?)し。みなさま僕への貢ぎ物はこれからどぶろくがおすすめです。水かお湯で割れば度数問題は解決!ってか甘酒で割ればいいのか! 甘くなるし天才? エチオピア~♪←歌ってる
 ってことで(??)最近わりと飲み歩いている。と言ってあんまり時間がないので家に帰る寸前にちょっと近所のお店に寄る程度。あとは「営業」ですね。イベントとかいっぱいやりたい。業界に友達が少ない(できにくい)ので仕事で関わるしかないような気がしている。それにしても東京東側は本当に文化がないので営業の甲斐もない、もっと西側も攻めたいものだ。新刊背負って行商とかしたい。流しの出版社。

2026.7.21(火) 四捨五入したら0kg

 グアー! 酒を主食としたせいか(?)体調を著しく崩し、現在24日の昼である。23日は完全に使い物にならず珍しく当欠してしまった。「かわ清」にも行けなかった。
 そう、22日の時点で伝説の店「かわ清」が23日に開店するという情報を掴んでおり、「いきたすぎるので数時間だけ留守番して」とギン氏に頼んでいたのだが数時間どころかまるっとお願いすることになってしまった。彼には大きな負担をおかけした。ごめんなさい。本当にありがとう。いろいろあるだろうに申し訳ない。
 あんまり自己嫌悪するのもよくないがさすがにちょっと最近すぐれない。しかし正念場だからがんばらねばな。あれこれ溜まっているのだがとりあえず日記から。まだ体調がよくないので、できることからやっていきます。ごめんなさい本当に。

 体重は49.4kgまで減り、さっき久々にごはん食べて水やコーヒーも摂取し、もういちど試みに体重計ったら50.2kgだった。四捨五入したら100kgだ。復活! 49.4kgは四捨五入したら0kgなので消えているようなもの。入院以来ここ20年の最低体重を更新し続けている。でも長生きするよ僕は。

2026.7.22(水) 『究極超人あ~る』を再評価しよう

 無理しすぎた。あまりにも何もできず、何も考えられないのでひたすら『究極超人あ~る』のことだけを考えていた。この一世を風靡した、80年代後半~90年代のオタク生態の基礎を作った(ないし広めた)作品が令和の現在ほとんど顧みられないのは残念である。みんな読んでほしいしOVA観てほしい。
『あ~る』は85~87年サンデーに連載され、イメージアルバムやCDドラマがつくられ、91年にOVA化した。いまからすると当然「ノリが古い」し、なんというか遵法意識も低い感じがして「ある時代のオタクにまつわる空気」が詰まっている。歴史的資料、というかまさに歴史をつくった作品なのだから当たり前か。この作品にアテられた(今で言うと「食らった」)人間は90年代、あるいは00年代まではオタクとして超元気で、僕もその一人なのだがそろそろ絶滅危惧種というか、世間に『あ~る』のノリを感じることがもうほとんどない。『けいおん!』とかの「部室モノ」の源流でもあると思うのだが、それすら20年近く前なわけである。
 高1の冬に青春18きっぷで名古屋を出て豊橋から飯田線全線乗って松本に寄り、新潟、山形、山寺とまわって仙台、上野経由で帰ってきたのであるが、それもすべて『あ~る』の影響だし、自転車に乗りまくるのも『あ~る』の影響である。わけのわからないことをテキトーに言うのも『あ~る』の影響だし、マァ僕のオタクっぽい要素のほとんどすべてが『あ~る』に由来すると言って過言ではない。
 自分はもう古い人間で、どこにも通用するモノではない。それを象徴するのが『あ~る』人気の凋落だと思うのだ。なぜか『あ~る』を好きな若者を見たことがほぼない。小梅さん(僕より10歳下)世代が記憶の最後だ。「こんな素晴らしい作品が過去にあったのか!」と感動する人がたぶん少ないってことなんだろう。かつてあんなに人気があったのに……。不思議だが、そりゃそうだろうなとも思う。古いんだろうね、『あ~る』はもう。そして僕はもう。
 というわけで次回、誰も興味のないOVA版の旅程について考える。

2026.7.23(木) 『あ~る』旅程まとめ

 誰のためでもなく自分のために。いつか誰かに発見されても嬉しい。
 OVA版『究極超人あ~る』は東京駅を出発し、各所でスタンプを集めながら最終的に長野県の「伊那市」駅に到着する、というただそれだけの筋である。ただそれだけのことが本当に面白いのであるが、今の人が見てもそんなに本当は面白くないのかもしれない。いちどみなさん試してみてほしい。
 まずスタンプ箇所の一覧である。これらの場所でスタンプをすべて集めつつ、出発翌日の午後6時までに伊那市駅に到着するのが旅の目的(そうすると旅費がタダになる)だが、主人公たち「光画部」の撮影旅行も兼ねている。

東京
熱海
伊東
伊豆急下田
石廊崎
修善寺
三島
豊橋
船町
三河一宮
茶臼山
鳥居
柿平(かきだいら)
出馬(いずんま)
上市場(かみいちば)
中部天竜
大嵐(おおぞれ)
為栗(してぐり)
温田(ぬくた)
田本(たもと)
門島(かどしま)
唐笠(からかさ)
金野(きんの)
下山村(しもやまむら)
飯田
伊那上郷(いなかみさと)
上片桐(かみかたぎり)
伊那市

 以上28箇所。なんと聖地中の聖地「田切」はスタンプ設置駅ではないのであった。
 さて誰も興味ないと思うがさらに細かくまとめてみる。


【東京】
・7番ホーム、7:24発普通列車伊東行き(構内アナウンスより)に乗車、しているはずなのだが明らかに特急車両であり「踊り子」と書いてある。

【熱海】
・ここからもやはり「踊り子」に乗っている。

【伊東】
・伊豆急下田行きの「踊り子」に乗る。西園寺と鰯水はグリーン車。

【伊豆急下田】
・「光画部旅行マニュアル改訂等157版」に則り1時間ほど海水浴。なぜかそのあと「伊豆急下田駅」行きの東海バスに乗っている。謎。バスで海水浴場まで行って、バスで駅まで戻って、そこから石廊崎行きのバスに乗ったということなのか? たぶん単なる間違いで、石廊崎行きのバスだと思われる。

【石廊崎】
・灯台に行く。「ばちあたりな奴ら」撮影。
・鳥坂先輩の「一度通った道を二度通るなど言語道断」という持論により、下田に戻らず「松崎まわりで」バスに乗り、そこから「湯ヶ野で」「あのボンネットバスの」伊豆の踊子号にスイッチする計画を立てるが山道で遭難し、いるかの曲芸部こと土木研究部のトラックに助けられ、修善寺、三島とトラックで乗り付け、そこから普通列車の終電で豊橋に着いたと考えられる。
 このとき、あ~るたちはどこでバスを降りたのだろうか? 僕の仮説では松崎から県道115号線を走るバスに乗り、終点「池代」の一つ手前の「長九郎登山口」で降りたのではなかろうか。アニメの描写だと終点という雰囲気ではない(ここは微妙だが)し、県道らしき道路から垂直にまっすぐ伸びる道の前に降りていることから、北側の山道を抜けて湯ヶ野方面に出ようとしたのではなかろうか?
 普通に考えれば池代まで乗り、115号をそのまま歩き続ければいいのだが、鳥坂先輩のことだからあえて厳しい道を選び、「林を抜けたほうが早い」とか言って適宜ショートカットしながら「湯ヶ野」よりやや北の地点(国道414号の河津七滝付近)から踊子号に「スイッチ」しようとしたのではなかろうか。というのも踊子号は「フリー乗降制度」をとっていたらしく、手を挙げればどこでも止まって乗せてくれたそうなのである。
 ただし、OVAの映像ではバスを降りた瞬間から未舗装の林道に足を踏み入れており、少なくとも2012年のストリートビューにおける長九郎登山口の風景とはかなり異なる。VHS『光画部旅行マニュアル』でもこのあたりの描写や写真は一切ないので、取材していないか、作劇上の演出かもしれない。あるいは僕の仮説が間違っているか。さらなる研究が待たれる。

【修善寺】
【三島】
 ・トラック移動。

【豊橋】
・駅前で野宿、交番でお米を炊かせてもらう。あ~るは豊川稲荷を轟天号(自転車)で往復、瓦を奉納。

【船町】
・「あれでも駅~?」のところ。停車中にさんごと椎子がスタンプ押す。

【三河一宮】
・停車中に小夜子がスタンプ押す。

【茶臼山】
・停車中に兵藤(たぶん)がスタンプ押す。
・91年時点では旧駅舎。

【鳥居】
・小夜子、さんご、曲垣がスタンプついでのトイレ休憩。次の列車に乗る。
・踏切が見えるのでたぶん鳥居駅と判断。

【柿平】
・茶臼山、鳥居、柿平のうち2駅しか描写がないが、どちらも明らかに柿平ではない。
・柿平~出馬間のどこかで成原博士が爆発、あ~るも車外に吹き飛ばされる。一行は出馬で下車、スタンプ帳を持ったあ~るを追って引き返し、レバーで強制停車させる(遵法意識が低い)。

【出馬】
 追い出された一行はどこかの駅(一つ前なら東栄?)まで歩いて戻り、次の列車であ~ると合流。

【上市場】
 描写なし。

【中部天竜】
 さんご、あさの、あ~るがスタンプを押す。乗り遅れて線路を歩いて佐久間駅へ。鉄橋を渡るときに天竜峡行きに追い抜かれるが、たぶんそれに間に合った(遵法意識が低い!)。ちなみに僕は高1のときしっかり聖地巡礼した(遵法意識が低すぎる!)。

【大嵐】
【為栗】
【温田】
【田本】
【門島】
【唐笠】
【金野】
【下山村】
・ここまで一切スタンプ描写なし。あ~る、あさの、きしだが「電車と競争」。

【飯田】
・椎子「ここで3分停車ね」
・えりかがスタンプを押す。鳥坂はジュースを買い、小夜子も列車の外に出ている。

【伊那上郷】
・小夜子がスタンプを押す。3名ギリギリで間に合う。

【上片桐】
・このへんみんな寝てる感じなのに誰がスタンプを押したのか不明。

(田切)
・スタンプないのに無意味に下車。この時点で18時までに伊那市に着く列車はなく、轟天号に10人乗りで伊那市駅へ向かうが、鳥坂とあ~るの「角を曲がる」という信念(?)によって「まんじゅうと城跡しかない」高遠(たかとお)まで行ってしまい、そこから西に向かう。
・高遠の手前で高速道路のような道(バイパス?)も走っている。

【伊那市】
 17:59:59駅前の西園寺ツーリスト着、さんごがスタンプ押す。


●ジャッキーさん(2000年12月)の聖地巡礼
<豊橋>
 当時はまだあの広場と交番があったけど、けっこうすでに風景変わってたかも。
<船町>
 下車はしていないが「あれでも駅~?」が追体験できて良かった。
<中部天竜~佐久間>
 歩いた。(とだけ書いておく。)
<下山村~伊那上郷>
 電車と競争して、勝った。ただし飯田での停車時間が9分というヌルいもの。そのかわり荷物アリだし、スマホもないので道を間違えたりしてわりとちょうどよかった。原作と同じ「3分停車」で勝負してみたいものである。
<飯田>
 当時も書いたのだが、飯田駅を降りたときの感覚は忘れられない。なんかめっちゃよかった。
 当時の資料によると実際の旅程は「天竜峡→飯田→伊那八幡→下山村~伊那上郷→田切」だったらしい。伊那八幡まで戻っているのは、「下山村で降りた電車と同じ電車に伊那上郷で乗る」のがルールだからである。
 すなわち「全線乗った」と主張しているが、「桜町」駅のみ踏破していないことになる。またよく考えたら「中部天竜~佐久間」も歩いてるんだから乗ってない。これらを補完するためにもう一度行かねばと思っているが(結局26年間飯田線乗ってないわけだ……)、結局中部天竜で降りて歩いてしまいそうである。
<田切>
 田切通信、通称「Rノート」に記入。今はなき駅前の売店にも行った。おじさんの写真が残っている。
 当時はまだ自転車を持ち歩く(輪行する)習慣がなかったので、高遠には行っていない。
<伊那市>
 西園寺ツーリストのモデルになった建物を見るためだけに降りた。

2026.7.24(金) 芸術興味なし

 泥のような状態で、何かをしなくてはならんな~と思いながらインターネットを見ているというのが常態だが、なぜインターネットを見ているのかというとインターネットを見ているうちにムクムクとここに書きたくなるような発想が浮かんでくるからである。「あー書きたい。書こう。」と思ったらムクリと起き上がりパソコンに向かう。いや~よくあることよくあること。
 大きな才能を持ったアーティストがなぜ短絡的な拙い思想に染まり、恥ずかしげもなく開陳するようになるのか。単純に言って情報処理能力の問題なのだと思いついた。
 めちゃくちゃ頭が良い、少なくとも記憶と論理的思考が人並み外れて優れていて、かつ永遠に飽き足りず考究を続ける誠実さと一種の狂気を持った(ここまでを「情報処理能力」とする)人間だけが世界についてまともに考えることがギリギリ可能なのである。そのくらい世界なり社会というものは巨大で複雑なのだ。
 しかし「大きな才能を持ったアーティスト」がそのような情報処理能力を同時に持っているというのはまさに「天が二物を与えた」状態であって、まずありえない。誰もが「塾とか行かないで、東大」に行ったり、世界中を住み渡ったり論文を読みあさったりしながらアーティスト活動を続けていけるような人間ばかりではない。
 たとえば優れた歌手が扱うのは恋愛とか日常における文学的な感情とかであって、そのサイズのものならばアート力(ぢから)でなんとかなるだろう。しかし見つめる対象を「世界」「社会」に広げてしまうと、パッションやアート力(ぢから)だけで適切に処理することは難しい。並外れた情報処理能力が必要となる。そしてほとんどすべてのアーティストはそんなもん持ち合わせていない。ゆえに「なんであんなんなっちゃったんだろう、音楽はすばらしいのに」みたいな感想をファンからさえも抱かれる。あるいは同様に情報処理能力の乏しい人からは「ほんまや! ○○はんの言うとおりや!」と同調されたりもするだろう。
 極めて優れたCPU(思考力)とメモリ(作業記憶)と記録媒体(長期記憶)を持ち、かつ常時電源に接続されているような感じ。そんなコンピュータみたいな人間が、かつ芸術的なセンスや体力を兼ね備えてるっていうのはほとんどあり得ることではない。
 僕は平沢進という人にまったく興味を持って生きてこなかった。そこがジャッキーさんのジャッキーさんたる所以というか、たぶん僕が平沢進さんを「師匠!」とか呼ぶような人間だったらぜんぜん違う人生だったんだろうな。結局僕が好きなのは芸術ではなくてこの世界なのだ。

2026.7.25(土) 自由と他由

 ゴン氏は「自由」ということをとても大事にしているという。自らに由る(拠る・依る・因る)こと。言い方を変えれば「他由ではない」ことだと。具体例として向井秀徳というミュージシャンを挙げていて、ステージ上でめっちゃ煙草吸ってんだけど片手に灰皿持ってる、みたいなのがイイらしい。なんとなくわかる。(ロックなんだから)灰皿持つのはダサいだろ! みたいな「他」から解き放たれている。僕も向井さんがいきなり路上ライブ始めたりファンと写真撮ったりしてるのを見ると「いいな」と思う。ナンバガもZAZENもほぼ聴いたことないが、かっこよさそう。

 フジロックが配信されててベンジー(浅井健一)だけ見た。名古屋市出身、今回もMCで「みんな見に↑来て↓く↑れ↓て↓ありが↑と↓~」と名古屋弁で言っていた。これも自由である。東京とか標準語という「他」に由っていない。
 ブランキージェットシティの曲を含めいろんな時代の、いろんな名義の曲をバラバラに歌っていて、それも自由である。ノドの調子が悪そうだったのもあろうがメロディやリズムも本当に自由に(テキトーに思えるほど!)歌っていたし、歌詞まであちこち変えていた。
 衝撃を受けたのは最も有名であろう『赤いタンバリン』の、「そんなに美人なわけじゃないが」という部分、ここをなんと「そんなに美人なわけじゃあるが」と歌っていたのだ。さすがにダサいというか、文法としても変じゃあないか。「そんなに美人なわけじゃある」ってのは通常の言葉として成立していない。「美人である」と言うほかないはずである。普通なら。そのあとの歌詞は「腰と肘とハートで軽やかに撃ちふるう」で、むろん「美人じゃないけど」という条件が効いているわけなのだが、美人がタンバリンを腰と肘とハートで軽やかに撃ちふるっているのとでは印象がだいぶ違ってくる。でもそんなことはどうだっていいのだ。ベンジーはそのとき「ない」を「ある」と歌いたかったのだ。そのほうがいいと単純に思ったのであろう。自由。それが彼のいいとこ。(参考文献:浅井健一 & THE INTERCHANGE KILLS『GINGER SHAKER』「それが俺のいいとこ」)

 昨日の記事に書いたが、ミュージシャンとかが社会や政治について言及することに忌避感を持つ人は多いと思う。僕もたいていの場合そうである。なぜならばたいていの場合、彼らは「ほかの誰かが言っているようなこと」を言うからである。その意見は他由であるか、凡庸な自由であり、芸術的ではない。もちろん「ミュージシャンが凡庸で非芸術的な発言をしてはいけない」というわけではまったくないが、ダサいと思うのも自由である。
 たとえばベンジーという人も世の中についてものを言うことがけっこうある。彼も昨日の記事でいう「情報処理能力」に優れているわけではないだろうが、かなり「自由」寄りだとは思う。素直さが僕は好き。

2026.7.26(日) 岡田淳さんとの初接触(!)30周年

 昨日書いたベンジーは名古屋市名東区出身。彼の実家から歩いて10分くらいのところにうりんこ劇場っていう子ども向け劇場がある。2027年3月に閉館するらしい。劇団うりんこは残るってことでそれは安心だけど、すごくさみしいし残念である。
 初めてうりんこに行ったのは1996年7月26日で、岡田淳さん原作の『びりっかすの神さま』をお母さんと観に行った。上演後に岡田淳さんの講演とサイン会があって、『扉のむこうの物語』『ムンジャクンジュは毛虫じゃない』『雨やどりはすべり台の下で』(これのみ文庫)にサインをもらった。すべてその場で買ったのか、持参したのもあったかは覚えていない。それにしてもすべて名作だ。タイトルを打っただけで心が満たされる。
 つまりすっかり30年。岡田淳さんとは30年にわたる親しいお付き合い、と強弁できるわけだ。ワッハッハ。
 2000年7月26日は初舞台の日。守山文化小劇場で『L^2』ね。初めて劇場で演劇を観たちょうど4年後というわけでもある。うむ。
 こういうことを書いていると「自分のことが大好きなんだね~」みたいなあたたかいまなざしをいただくことがけっこうあるが、それもあるけど僕は「時間」が好きなんですよ。時間。それは感覚であって生きたということはただの記憶でしかないって本で読んだ~!←歌ってる
 時間=感覚=記憶、ということであれば、じゃあ時間ってめっちゃ最高じゃん!ってむしろ思うわけです。参考文献:ゆらゆら帝国『時間』、楳図かずお『ロウソク』

 ところで劇団うりんこには隣の団地に住んでいた二個下の女の子(のぶちゃん)が女優としてがんばっていて、「わたしがもう一度岡田さんをうりんこに呼ぶ!」と豪語した数年後、本当に久々の岡田淳原作公演が実現した。5年にわたったロング公演『学校ウサギをつかまえろ』千秋楽(2022)には岡田さんとのぶちゃんと3人で写真を撮った。夜学バーに貼ってある。時間!(時間~!)
 2017年の公演にはひろりんこくん(高校の2個下)夫妻も来てて、久々に会えた。彼とは2019年以来会ってないかな。時間……。(時間!)

2026.7.27(月) 釈゛迦の説法

 夜学バーstaffカモメ氏が本日20歳を迎えるとのことで昨夜1時間だけ緊急でヤガバを回した。そのあと結局朝までいて、帰り際お説法(お説教かどうかは議論がある)をしてしまった。間違ったことを言ったわけではないはずだがとても恥ずかしい。というわけで落ち着いてもう一度自分のために振り返る。彼へのメッセージではない。(ものすごく不親切な書き方をする予定だから。)
 まず、まあ、すごくすべては難しいことなのだ。それをわかったうえで机上の空論をぶつ。正しい保証も当然ない、ただの個人の持論を。

 世の中で最もありふれた間違いは「自分と他人とを量的に比較する」ことである。これさえしなくなればかなりハッピーになれる。ストレスは減るしやるべきことが見えてくる。
 そしてもう一つ、「正解は事前に存在しない」ということを胸に叩き込むべきだ。振り返って「正解だった」と決めるのは勝手だが、事前には正解は存在しないので、「正解はなんだろうか?」と考えるのは無用。と言い切りたいところなんですけど実際は「正解を探す」ことって社会生活においてめっちゃ役立つんですよね。
 社会における正解とは「常識に則っている」ことであり、「相手の機嫌を損ねない」ことである。さらにいえば「相手に利益をもたらす」である。また「自分が得をする」も一つの正解でありうるし、「自分と相手がともに気持ちよくなる」も正解である。仕事であれば当然「会社(事業主体)に利益をもたらす」なわけで。こういうものを事前に検討して「探す」のは実際のところものすごく大切な能力となる。僕はあんまり普通の世界に生きていないから多少軽視できるというだけで、たまにこれが下手くそすぎてトラブルを呼んでいる。
 ただそれは仕事など「常識によってのみ結ばれた他人同士の関係」での話であって、プライベートな領域では「正解は事前に存在しない」としたほうがいいと個人的には思う。
 なぜ「社会的な関係」においては正解が事前に存在するのかというと、それは「常識」というものがすでに先立って存在しているからである。ということは「常識」を無視していい関係にある場合、正解は消える。友人関係とは基本的に「常識」によって成立するものではない。常識を持ち込むと友人関係は壊れやすくなる。「友達だろ!」みたいな言葉がその象徴である。
「友達というのはこういうものである」という先立ったルールによって運営されるのは友人関係としてかなり脆弱である。恋人や家族でも原則は同じだ。もちろん事前の約束事はあっていい。それを守ることが「事前の正解」の一種ではある。ただし「例外を認め合う(余白を持つ)」ことが信頼というものなのだ。

「こういう状況に至ることが正解だ」と措定して、そこから逆算して態度を決めるのは求心的態度というもので、僕の主張する遠心的態度の正反対。「どういう状況に至るか」という着地点を考えるのではなく、「いまを磨き上げていく」というイメージでいいと思う。(何を言っているのかわからないだろうとは思う。)
 たとえば「俺たち、修二と彰みたいな最強のダチになろうな。そのためにまず地元で勝ちまくろうぜ!」みたいな目標を定めて切磋琢磨していくのはプロジェクトとしては正しいかもしれないが友人関係としてはだいぶ脆弱である。「一度でも地元で負けたら修二と彰になれないので、別の人とコンビを組みます」に容易になってしまうからである。(なんて雑なたとえなんだ!)
「仲良く楽しく遊んでいた結果、地元で負け知らずになっていた」という順番でなくてはならない。ンマこれも僕の考え方なんですけどね、もちろん。

「地元で負け知らずになるためには……」と、目標に対する正解を探す態度はビジネスの上で有用だがプライベートではそんなに活躍しない、と僕は思うのである。
 むろん婚活だったら話は別で、あれは逆算したほうが早い。お見合いだってそうだったはずだ。「こういう家庭を築きたいですよね」という合意がまずあって、そのうえで互いに調整しつつ確認を重ねていく。恋愛だってそのように進めたっていい。恋愛工学。
 ロマンチックな出会いと展開を求めるのならば「どうしたらロマンチックな出会いができるだろう?」と考えても実にムダだ意味ない。オミャーがロマンチックに生きとったら勝手にロマンチックな出会いが起こるんだで日々をせいぜいロマンチックに過ごすしかやることニャーがや。

 なんかすべてはここにある気がしますね。「オミャーがロマンチックに生きとったら勝手にロマンチックな出会いが起きる」これですわ。
 すなわち自由に生きるものにだけ自由は訪れる。それは祈りであり確実性はない。ゆえに誰もが不安になり「目標からの逆算」にいそしむようになる。「どうしたらロマンチックに出会えるんだ!」と。しかしそんな発想はちっともロマンチックではないのでロマンチックはむしろ逃げていく。結果的に「ビジネスロマンチック」みたいな人と出会えたりはするのかもしれなくて、そりゃそうでその場合自分もすでにビジネスロマンチックなんだからちょうどいい。でもだいたい人はワガママだから「ビジネスロマンチックなんてイヤ!」と拒絶したりもするわな。おまえだってビジネスロマンチックのくせに!
 さーて何の話をしてるんだかね。仕切り直すため記事を変えます。

2026.7.28(火) 釈゛迦の説法2

 僕が夜学バーで実践しているのはその「ロマンチック」なのである。承前!
 ロマンチックってのは「未知」ってことなのだ。勝手に定義するぞ。「思いもかけない素敵な出会い」がロマンチックなのであって、「予想の範囲内にあった素敵な出会い」はロマンチックではない。ロマンチックには常に驚きが付帯する。キラキラ。
 僕がいて、お客さん来たとする。そこからもうロマンチックは始まっている。《超ロマンティック! 心を解き放っておいで!》
 見据えるべきは「そこから始まるロマンチック」であって、「互いに未知をひらいていく」ことに尽きる。《バラ色の人生はもうこの夜から始まる!》
 僕がよく言っている「遠くへ行く」というのは「ロマンチックな世界へ行く」ということでもあるわけだ。未知の世界へ。
 それを怖がると「頭で考えて正解を探す」になってしまうのだが、虎穴に入らずんば虎児を得ずっていうか、未知なものに対してあまり考えたって仕方がない。

 あー、『逆境ナイン』っていう名作マンガ(夜学バーにあります)で女好きの新屋敷というキャラクターが先生に「好きな女の子が米米CLUBの大ファンだったらどうする?」とたずねられ「米米CLUBのCDをぜんぶ買って覚えます!」と即答する。マジでそういうことなんだと思うぞ、すべては。
 好きな女の子がいて、その子について多くのことは知らないがとりあえず米米CLUBの大ファンだということだけはわかる、だから米米CLUBのCDを全部買って覚えるくらいしかやることがない。
 僕はここで、「お客さんの好きなものを調べて覚えて利用しなさい」とか言っているのではまったくない。そんな媚びた真似はしなくていい。もちろん興味があれば別だ。僕もお客さんが言及したものはとりあえず調べて、ちょっとでも面白そうだったら手を出してみる。その人と仲良くなるためではない。興味があって、せっかく偶然に出会ったからである。ここは新屋敷(恋愛)とは違う。「何に使うか」と打算的に踏みこむのではなく、「偶然」というロマンチックに身を委ねる。
 米米CLUBの例で言いたいのは、「それしかよすががないのだからそれをするしかない」という話なのだ。見る前に飛べ。考える前に米米CLUBを聴け。みたいなことか。
 人間が目の前にいれば、かならずどこかに「よすが」がある。そこにロマンチックの萌芽がある、かもしれない。確証はもちろんまったくないが、それしかないのだからそれしかない。まごまごしていると時間はどんどん過ぎていき、「帰ります」まであっという間だ。
 たとえば何かの「よすが」を見つけたとする。「これは正解だろうか?」という検討など要らない。事前に正解などないので、永遠に決め手は見つからないだろう。「これは不正解だろうか?」というのなら話はちょっと別で、「失礼にあたるかもしれないからやめておこう」みたいな判断はしっかりあるべきだ。ただ、なんでも「失礼かも」と却下していたら何もできないので、「ええい、ままよ」という精神もめっちゃ大事である。マジで殺されるくらい失礼なことを言ってしまったら問題だが、さすがにそんなことはほぼありえない、どちらかがよほどきちがいでなければ。
 あと僕がやるのは「ほかにもよすがはあるかもしれないから、ちょっと保留しておこう」とか「よすがを見つけたが、今じゃないな」というので、手札をどんどん増やしていくわけである。急いては事をし損じるというのも真理。頭のなかには常にたくさんの手札が生まれては消えていき、それをテキトーに場に出している。テキトーに、というのはむろん「適切」というニュアンスも含まれているが、あまり考えすぎずに、正解だと思って出すのではなく「今だな」という軽い気持ちで。
 で、それは近視眼的には「これを言ったら笑いが取れるな」みたいなことでもあるし、「ちょっと揺らぎを起こしてみよう」とか「場の重心をこっちに動かしてみるか」といったもので、だいたいすべて「もののためしに」である。結果を求めてはいない。「ちょっと変化を起こしてみよう」「どうなるだろうな?」と。未知を、すなわちロマンチックを作りに行っているのだ。

 たとえば三人のお客がいて、二人は慣れていて一人は初めて。初めての人はじっと本を読んでいる。そういう時にはもちろんむりに初めての人に話しかけることはしないが、必ず常に視界に入れておいて何かあればすぐに対応できるようにする。ジロジロではなく目の端で。その時点でもういくつかの「よすが」はだいたい見つかっている。どんな本を手に取っているか、どのような読み方をしているか、などなど。そして本を仕舞ったり置いたりしたタイミングでちょっと信号を送ってみたりする。それはあまり「質問」でないほうがいい。「コメント(感想)」か、身体言語でもいい。質問だとしたら「答えが確実に一瞬で定まる思考を要しないもの」で、かつ「その人の内面や素性に関わらないもの」にする。そこでまた「よすが」は生まれうる。
 この間、当然店内の「身体と目線によってつくられる重心」は「すべての人の中心」もしくはやや「初めての人」に寄るようにする。会話をしているのは3人でも、構図上は4人で会話をしているときのようにする。これは演劇的な体感かもしれないし、教室的な工夫かもしれない。
 少しずつ「よすが」を増やし、時にそれを自然に用いながら時を過ごしていると、いつの間にか「4人の場」になっているものである。こういうのは自分で言うのもなんだけど職人技で、ちゃんとやるとかなりの確率で成功する。単純な理屈によって組み立てているので意識してやっているとだんだん身についていくと思う。
 大事なのはとにかく相手を「対等の人間」として捉え、仲良くなれるかもしれない相手としてよすがを感じ取り、素直にそれに対峙していくこと。ただそれだけである。ただそれだけがとりわけ複数の人を同時に相手にしていると難しいものではあるが、結局は慣れと場数。それは「店に立つ回数」とかっていうんじゃなくて、「そういうふうに他人と向き合うってことを当たり前にする」っていう話だから、どこででも練習はできる。
 そうだな別に特別なことをしているわけではない。ただ「自分を含めたみんなが楽しくなるような方向に僕は行きたい」とずっと思っているだけ。それは僕の勝手な望みだから、それが良いことかどうかはわからないけれども、少なくとも自分のお店をそのような方針でやることに文句はないと思うので引きつづきがんばる。

2026.7.29(水) アウトプットとインプット

 何につけても出力が大事だ。自分とは関数なのである。
 入力に応じて出力する。ある入力に対して何が出力されるかはもちろん(関数なのだから)決まっている。ただその関数はとても流動的で常に移ろい、出力にはブレがある。そのブレの範疇を把握し、またコントロールするのが肝要。
 常に移ろうということは、ある入力がなされた時に出力されるものがAだとしても、タイミングが違えばBになったりする。入力から何秒後に出力されるかも決まっている。それらを決めるのはそれまでの自分である。自分という関数をどのように育ててきたかにかかっている。
 わかりやすくいえば、あるボケに何秒でどうツッコむか、みたいな話。0.1秒でツッコめる人もいれば、3秒かかる人もいるだろう。そして0.1秒後と3秒後とでは「間」が違うため適切なツッコみ方は変わってくる。また0.1秒で思いつくツッコミはたった一つでも、3秒あれば4パターンくらい思いつくかもしれない。どう出力されるかにはブレがある。……結局わかりにくくなっちゃったかな。
 自分という関数が「あるボケ」に対して「その瞬間に」返す反応は決まっているのだが、「その瞬間」がズレれば別の反応になり、それがたとえばマァ10パターンくらいのブレ幅があるとする。その10パターンのすべてが面白い反応となるように自分を仕上げておくというのが「自分という関数を育てる」というわけで、そのためには当然「出力の練習」ってもんは必要だよね?ということである。
 出力の仕方ってのはいろいろあって、コミュニケーションでも文章でも短歌でもダンスでもなんだっていいのだが、あらゆる出力は(出力なのだから)つながっていたり、関係していたりする。そうでないならば「出力」という言葉ではくくれないのだから、「出力ではない何か」であるはずだ。つまり「わたしの文章とダンスとは絶対に繋がっていない」としたら、どちらかは(同じ意味としての)「出力」ではない、という話になる。
 ゆえに、コミュニケーションをうまくしたいのなら文章を書いても無駄、ということではなくて、「出力」という概念によって繋がるようにそれらをすれば、どちらかをすればどちらもの役に立つということである。これは入力でも同じで、何を見ても何をやっても「入力」という同じ行為として享受すれば、それは関数を育てるのに与するはず。
「入力」と「出力」を一所懸命やる。練習でもあり本番でもある。ひたすら積み重ねていく。そうすると「自分という関数が育つ」みたいなことになって、良い出力ができるようになっていくし、良い入力もできるようになっていく。
 大事なのはあらゆることを「入力として受け止める」ことだし、あらゆることを「出力としてやる」ことである。そうでなければ「入力ではない何か」とか「出力ではない何か」にしかならない。もちろんその先になにか別の素晴らしいことがあるならいいのだが、そうでなければもったいない。
 一方で気晴らしやレジャーも大切だ。息抜きは必要だし、何も意識していない時にこそ脳は活発に働くとも言う。あまり気を張りすぎることもないが、できるだけ入力として受け止めたり、入力としてやったりすることは大事だと思う。そうでないとただすべてのものごとが通り過ぎてしまうだけになる。

2026.7.30(木) 月末評価

 この日記は行動記録というより思考記録みたいなものなので、いつ何をやっていたかが明確でない。せめて月に一度くらいは大まかに行動を振り返っておきたい。毎月やるかは不明ですが。
 で、いつ何をやっていたかが最もわかりやすいのはカメラロールである。なんだかんだ写真は毎日のように撮る。

 7月頭は精神的にどん底で、自らの社会性のなさ、常識のなさ、「狂っている」ということが世間では基本的に許されない愚の極みであることを再認識させられていた。その中で店に立ち、出版関連の作業をしつつフォークシンガーとしての1stアルバム『木』の制作にあたっていた。おかげさまで鬼気迫る良き録音になったと思う。
 精神的に参っているときは良くも悪くも判断力が落ちる。落ちるというよりは「もうこれでいいや」と投げる勇気や覚悟が決まる。正直言って自作曲を下手くそな弾き語りで録音するのは恥ずかしいし、「こんなものを世に出していいのか」という逡巡も常につきまとう。しかし精神的に弱っている時は「いいやもう、これで」と諦めがつきやすくなる。それで7月11日、予定通りにリリースできたし、予定通りにライブもやれた。ただし精神的には依然燃え尽きていたので大した宣伝はせず、来場者も売上もグローグーの片手で数えられる程度におさまった。でもいいんだ、これは永遠に細く長く聴かれ続ける。僕のかつて描いた漫画『芝浦慶一短編集1』のように。

 そういえば7月頭に「あひる社」の通称「七階」が閉まった。ずっとフリースペースのように使われていて、どんな夜中でも開いているのでたまに勝手に立ち寄っていた。不景気ゆえ解約したそうだ。それで猫(浅羽通明)先生の「星読ゼミ」や「どらねこ堂」も撤退せざるを得なくなり、僕も(当初はそこで売る目的で)ずっと置いていた本500冊ほどを駿河屋に売っぱらった。箱詰めをしながら吉本さんとあれこれ喋る。会社というのは時にこのような部室と化す。っていうか、部室みたいになる会社はいいよね。いつか「夜学」がオフィスを持つのなら『まなびストレート!』の生徒会室のようにみんなが楽しめる場所にしたいものだ。
 ちなみに500冊は10箱の段ボールに詰めて15000円「弱」で売れた。1箱につき1500円つかないと送料を請求される。ギリギリ足りなかったのだが許してもらえた。駿河屋だいすき。1冊30円というのは微妙だが、1円にもならないような文庫本が半分くらい占めていたし、セットでもなんでもない半端なマンガとかも多かったので、まぁこんなもんかと思う。実質1冊100円くらいになったんじゃないかな?

 旅行は、焼津→沼津→大船に行ったくらいか。大船にはもう一度飲みに行った。店師すぎて行くたびにいい店を見つけてしまう。ペイネ今度はゆっくり行きたい。黒川隆介さんと急きょ飲めたのもいい想い出だ。拙著めっちゃ褒めてくれた。(ゲラを読んでいただいたのだ。そのうち解説文?出します。)
 著者近影撮った。
 あと何があったかな。後半の記録があんまりない。
 何もなかったのかもしれない。
 HUNTER×HUNTER読んだり色々なことを考えたりしていた。あと、夜にけっこう飲み歩いていた。湯島ではなく家の近所で飲むことが増えた。試験的にそうしてみている。どっちの世界も「田舎」で、村社会で、根本的には合わないのだが憧れは持っているし、良さも十分にわかる。そこに溶け込もうとしているってよりは、溶け込みきらずにどうやってポジションを取り続けるか、という練習をしているんだと思う。
 そういう点では僕はスナフキンなのだが、実はムーミンなのである。ムーミンの心を持ったスナフキン、って感じなのかもしれない。あるいはスナフキンにあこがれたムーミン。

2026.7.31(金) マヒトゥザピーポーDancin'

 この手にVictory!
 未来人のためにご説明いたしますとGEZANというバンドのマヒトゥ・ザ・ピーポーさんが自身のTxitterで「性加害をしました」と表明し、それについていろんな人がいろんなことを言っているのです。細かいことには関わりたくないので置いときます。
 基本的に僕は、全員がその話をしているような時にそこに関わることを徹底的に避けている。進撃の巨人も鬼滅の刃もチェンソーマンも呪術廻戦も読まないで来たのはそのためだ。しかし『チ。』とかはわざわざ雑誌で読んでいた。『HUNTER×HUNTER』だって無料祭りに乗っかって370話まで読んだ。読んだうえで思うことがあれば書く。売れているものはできるだけ避けたいのだが、興味があるのに避けるというのは愚かなので、こっそり読むし、言いたいことを言わないでいるのも性に合わないから、何かあれば言う。そういうふうに「自由」というものを自分なりに処理している。
 ちなみになぜ、売れているものを避けたいのかというと、巻き込まれることがイヤだからである。「読んでない」「見てない」と言えばそこで終わりにできる。読んだり見たりしたら、「どうでした?」という質問に沈黙することはできない。どうしても関わらなくてはならなくなる。そして「どうだったか」への答えは、ほとんどの人にはたぶん理解してもらえないので、最初からそれを回避しておきたいのだ。カッコよさそうにいえば、孤独になるのを防ぐために、あえて孤独を選んでいる。

 さてマヒトゥザピーポー(以下マヒ)の話。全員がその話をしている、とは言ったが、実際お店に立っているときに「マヒトゥザピーポーって知ってます?」と4人くらいの人にたずねたら、一人も知らなかった。その程度のものなのだ。一方でいま夜学バーに関わっている若者(十代後半から二十代前半)のほとんど(ギ、さ、ま、み、モ)がマヒのTxitterをフォローしているか、ライブに行ったことがある(僕の認識している限り)。マヒの赤ウントを見に行くと「○○さんがフォローしています」とか知り合いの名がたくさん出てくるわけだが、めちゃくちゃ多い。僕は自身ではフォローこそしていないもののマヒトゥ・ザ・フィルターバブルの内側にいて、関連するポスートがたくさん流れてくる。その外側にいる人は名前すら知らないのに。
 現在の日本のロックが好きだったらだいたい知ってるけど、そうじゃなかったらフツーは知らないって感じ。フォロワーは50000人台。
 マヒ氏は小沢健二さんとコラボレーションしていて、小沢さんのライブで歌を聴いたことはあるし、みんなが好きだからということでサブスクでちょっと聴いてみてそれきりであった。
 マヒさんはNO WARとか言っていて、いつも赤い服を着ていた。小沢さんのライブで同じチケット列に並んだことがあるし、カズレーザーさんは中野坂上のジョナサンで見かけたことがある。

 思っていることは二つ。「戦争はコンテンツとしてスケールしやすい」ってことと、「情報処理能力はやっぱり大事」ってこと。
 あるいは「自由と他由」。戦争について「自由」として語れる人なんているんだろうか?
「情報処理能力」がよっぽどあったとしても難しいだろうに。
 たぶんある程度の賢さになると「それは他由でしか(当事者にならない前は)語れないよね」というふうに思ってしまうんではなかろうか。
 ただ、ゆえにこそ他人の「他由」へ訴えかけることはしやすくて、だからスケールしやすい。自由を他人に届かせるのは大変だが、他由を他人に届けることは比較的易しい。
 そして彼の自由は別のところにあったという話なんじゃないかと今のところは思う。

過去ログ  2026年6月  2026年7月  2026年8月  TOP