少年Aの散歩/Entertainment Zone
⇒この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などとは、いっさい無関係です。

 過去ログ  2020年4月  2020年5月  2020年6月  TOP
2020.5.31(日) 中世りりちゃん物語

 懐かしいガウェインの結婚を貼っておく。世界史を学びはじめた高2の時にこのHPを見つけて、以来かなり読み込んだ。こういうテキストサイトもあったのですよ。たくさん。今もなお残っていて、たまに更新されているのが本当にうれしい。皿屋敷さんという友達と知り合った頃、「あのサイトいいですよね」と語り合ったのもよく覚えている。彼とはたしか2007年くらいにマイミクになった。当時は「明治」さんだった。

「ガウェインの結婚」というお話では、すべての女性が望むものは何か、という問いに対して「自分の意志を持つこと」という答えが提示される。12世紀から14世紀くらいにまとめられたということで、おそらく700年くらいはむかしの話らしい。なるほどすさまじい先見性というか、むしろ普遍的な本質を突いた話に思えて、当時の僕はけっこう興奮した。
 ところが、千ちゃんという同級生の女の子は「なんでそんなに感動するのかわからない」と言った。彼女は僕なんかよりずっと先の思考をしていたのかもしれない。今の僕もちょっぴり見方が変わっている。「自分の意志を持つこと」を女性が望んでいる、というのは男性による抑圧の結果ということなんだろうが、では男性のほうは「自分の意志を持つこと」をしているのだろうか? という話。

 前にりりちゃんという人物を紹介したが、彼女のことを僕が好きなのは「男性による搾取構造」の外側にいる部分があるからだ、と言える。部分がある、という煮え切らない書き方しかできないのはりりちゃんがホス狂いの風俗嬢だからだが、実にそこが大事なところ。彼女は「風俗は利用するもの」と言う。風俗でお店(≒男性)から中間マージンを引かれながら一所懸命働く、というのではなくて、風俗はあくまでも直取引をする相手を見つけるための出会いの場にすぎない、という考え方。裏引きするためのLINEの仕入れ先くらいに思っている。裏引きはもちろんお店に一銭も入らないし、性的なやり取りもない。風俗で働くのは「引きやすい男」と知り合うために(さまざまな理由から)合理的であるという理由が主で、ほかに手段があれば別にその必要はない。出会いがどこであろうと引ける相手からは引けるというのが実際らしい。ただ最も効率がよく、楽な方法をとっているというだけなのだろう。
 そこには当然「自分の意志」というものはある。ホスクラに行くのも「自分の意志」なら、月に数十万円使ってラブホテル住まいを続けるのも「自分の意志」。一般的な価値観から見ればこれは堂々たる不健全で、「自分の意志」だから偉い、と手放しに褒めてもらえるようなことではない。(それとは別に、僕は個人的にこの人の人格やギャグセンスがかなり好きである。)

「自分の意志を持つこと」を抑圧されれば、それを望むのは当たり前のことだ。しかし「自分の意志」を持ちさえすればいいのかというと、そういうわけでもない。僕はたまたまりりちゃんの「意志」が好きだが、誰もが好きだと思うような種類のものでは絶対にない。意志にも質はある。「自分の意志を持つこと」という言い方が危ういのは、そこでは「質」が問題にされていないからだ。
 ひるがえって、さて男性はそもそも「自分の意志」を持っているのか? 持っていたとして、その「質」はどうなんだ? というと、まあ貧弱なものですよね、実際。りりちゃんが相手にしている客層のメインは「夢も希望もないサラリーマン」だという。彼らは生活の中に何も楽しいことがないので容易に女の子にハマり、その目の前の夢に目が眩んで何百万ものお金を無理にでも出してしまう。給料の大半を地下アイドルにつぎ込むモテない男性の心理とかなり近い。キャッシングする人も中にはいるだろう。となるとその差はどこにあるか。そして、そこにある「自分の意志」というのは、いったいどういうもんだろうか?

 りりちゃんにお金を渡す男性というのは、結局のところ「受け身」が癖になっている人が大半なんだろうと勝手に想像する。生き方が受動的なので、言われた通りにお金を出すことが意外と自然なのであろう。彼らの「自分の意志」というのは、そのくらいのもんである。もちろん善人だということでもあり、そこにつけ込むりりちゃんはワルイやつでもあるのかもしれないが、「夢と希望を与える対価」だと言われてしまえば、それはそれで一つの理屈としては通りそうな気がしてしまう。現代では、そのくらいに「善悪」という考え方が意味をなさなくなっている。
 彼女はお金を受け取ったあと、「それじゃあバイバイ」するわけではない。引き続きLINEのやりとりを続ける。「ありがとう! 〇〇くんのおかげで助かったよ。本当にうれしい。早くいろんなところ出かけたりしたいな。ずっと一緒にいたいよ。大好き!」とか、そういうことを言う。

 むかし見た特殊詐欺の特集番組で、オレオレ詐欺に引っ掛かったおばあちゃんに「あれは詐欺だったんですよ」と言ったら、「間違いなく私の息子です! いったいなんなんですか? 私が息子だと言ったら息子なんです!」と返された、というシーンを見た。その人の中では「困っている息子にお金を渡した母親」として話が完結していて、それが本物の息子であったかどうかというのは、外野が決められることではないのである。そのくらいに現代は、「善悪」と同時に「客観的事実」というものさえ壊れてきている。それが嘘であるかどうかよりも、救われているかどうかのほうが大事だ、という考え方はむかしからあって、それがいよいよ「見えやすく」なっているのが今の時代なんじゃないか、とか。
 政治だってそうで、誠実にやるかどうかより、結果として国がどうなるか、ということのほうが大事なのである。そんなことは昔から誰だってわかってたはずなんだけど、「誠実さが大事でしょう」という前提が近代のいつの間にか強くなってしまったせいで、「誠実じゃないですよ!」という文句ばかりが聞かれるようになった。一方で当の政治家たちは「何言ってんだかね……政治ってのはそういうもんじゃないんですけど」くらいに思って、粛々と小ずるく、しかし手堅く政策を進めている。
 ここでも僕が思うのは、「誠実じゃないですよ!」と叫ぶ優等生たちが、どのていど「自分の意志」というのを持っていて、その質はいかほどでしょうね? ということなのだ。
「質」ということを考えると、男女に差はない。女性は「持つこと(表明すること)」を抑圧されているかもしれないが、それと質とは別問題である。

 三浦大知が18歳の時に歌った『Free Style』という曲に「本当のスタイルはオリジナルであるコト」という歌詞がある。オリジナルでないと「自分の」意志とは言えないんじゃないの? と今の僕は思う。少なくとも2005年にこの曲を聴いていた時分から。

2020.5.29(金) 嫌だと言えない

 前も書いたけど僕は嫌だと言えない性格である。理由は二つ思いつく。
 まず何より「相手の希望することを通さないのは申し訳ない」という気分。拒絶する理由がなければ「まあいいか」となる。それが通れば相手の利益になり、通らなければ不利益になる。通したとして、こちらの不利益はそう大きくもない。だったら差し引き、世の中にある利益(嬉しさ)の総量は「通した」ほうが大きくなるわけだから、それは善、というふうに思うのである。
 そして二つ目、「それを通すことが、実は自分の利益にもなるかもしれない」という発想。これが非常に強い。「自分に明確な利益をもたらさないような相手の希望」というのは、当然自分の内側からは湧いてこない発想なので、新鮮なのだ。そこから想像もよらないことを知ることができたり、思いつけたりするかもしれない。そう思うと、やはり「まあいいか」となるわけだ。
 虎穴に入らずんば虎子を得ず、というか。とりあえずそういう流れが存在するのなら、乗ってみるか、と。それでこれまで莫大なものを手に入れてきた自負はある。だから別に僕は、自分が「ちょっと嫌だな」と思うようなことに巻き込まれることを、それほど避けるべき事態だとは思っていない。嫌だけど、嫌なだけで、特に問題はない。その先に宝がある、かもしれない。

 ダンスだとすると、相手が足を出してきたから、こっちは足を引いた、ということ。だから当然こっちは、自分が足を出したとき、相手がスッと足を引いてくれることを期待する。もちろん、いつでもそういうふうにはならない。相手の足は固定されてて動かず、僕の出した足はぶつかってつっかえる、なんてことはよくある。
 そういうふうな足の動かし方を知らない人が望むのは、「手を引っ張ってくれること」だ。手を引っ張ってもらえれば、自分の意志とは関係なく動くことができる。手を引っ張った人の責任のもと、自分はひたすら受動的でいられる。「ねえねえ、行こうよ」って言葉を待っている。
 仲良しとは共犯関係だ、と一面いえる。「やっちゃおうか」「やっちゃおう」ってほぼ同時に思える。「やらない?」「うん、やる」っていうのは、まだまだ仲良しのずいぶん手前。
「こっちだよ」ってんじゃなくて、「あっちだ!」って同時に走り出すようなのが仲良しというものだし、「こうじゃない?」「うん、これだね」ってのがダンスの真髄だと、僕は勝手に信じているのです。

「嫌だ」ってんじゃなくて、「そっかあ、それなら、どうしようかな。こうしてみる?」というふうにたぶん僕は常に考える。それがストレスとか、疲れとして蓄積されているのだと思うから、別にまったくこれが正しい態度だ、というわけでもなかろう。
 そう僕はたぶんそれで困っているのだ。「嫌だ」を言えなくて、「そんならどうしようかね?」と、相手の顔色や出方を見ながら、不安定な板の上をぐるぐる走り回っている。疲れますわね。
 おっとお客だ。

2020.5.25(月) 優越感のばーか

 名作漫画『ナニワ金融道』全19巻を読み返した。勢いで『青木雄二漫画短編集 完全版』も復習した。エッセイ『天下取ったる!』三部作(天の巻、地の巻、人の巻)もようやく読んだ。
『ナニワ金融道』がいかに名作で、青木雄二という人がどれほどの天才であったか(過去形なのは2003年に58歳で亡くなったから)を語ると日が暮れるので略。僕はこの人が好きである。以上。
 彼はさまざまな本で「資本主義は優越感を煽る」というようなことを言っている。僕が言いたいこともよく考えたら実はここに尽きるのではないかしら。
 資本主義という言葉は使わなくてもよい。「優越感というものを、みんな大事にしすぎじゃないの?」ということだ。よーく考えたらだいたいの問題は「優越感」というものを根底のどっかに隠している。

 僕の再三豪語する「楽しい」とか「仲良し」といったことは、優越感からそれなりに遠い。
「面白い」と「楽しい」があったとき、「面白い」はどちらかといえば他動詞的(形容詞だけど!)で、「何が面白いのか」という明確な対象を必要とする。「楽しい」は自動詞的で、「楽しい!」がその人の中で閉じている。「何が」という対象をとくに要求されない。
「楽しい〜」「何がそんなに楽しいの?」「え〜なんか楽しいんだよ〜」「だから何が?」「ん〜わかんないけど楽しいの〜」という会話は成立してしまう。「面白い」に置き換えてみんしゃい。成立する場面は「対象があるとき」に限定されるはず。
 だから「面白い」という言葉は客観的評価に使われやすい。「この本は面白い」「あの人は面白い」と。「面白い人」と「楽しい人」という言葉なら、前者は客観的評価で、後者は「(私が一緒にいて)楽しい人」という主観的評価になるか、あるいは「よくわからないけど楽しい感じの人だ」という評価不可能性を示す。(ようするに埒外、きちがいだということ。)
 優越感というのは、「ほかのものよりも優れていると評価される(であろう)ことへの快感」であるはずだ。それを刺激する機能は「面白い」のほうが「楽しい」よりも基本的にはたぶん高い。

「頭いいね」や「優しいね」は、優越感と仲が良い。
「それかわいいね」も「いい時計だね」も、優越感と仲が良い。
「素敵だね」も「かっこいいね」も何もかも。
 そういう言葉による快感を煽るのが、資本主義、というか、まあ今の世の中のだいたいだ。
「良い」ということを身にまとい優越感を得る。

「仲良いね」が優越感を煽るのは、それに嫉妬する誰かがいたときである。これは僕の大好きな「関係」の話だ。この場合、「誰かと仲が良いことで優越感を得る」ような人はとても邪悪。邪悪でない人は「仲良し」ということをただ楽しむものだ。「仲良いね」と言われれば「エヘヘ〜」であって、優越感とは別の嬉しさがあるべきだと思う。

 優越感が大好きな人は、ほかの人が優越感を得ているのが許せない。他人が優越するということは、こちらが劣っている証拠と考えるんだろう。
 そういう人は「他人との差異」を気にしますね。人と比べます。みんなの不幸はだいたいこのへん。


【しばらくわけがわからないゾーン】
「人と違う自分でありたい」なんて人はたぶんいない。「人より優れた自分でありたい」か、「自分が一番納得できる自分でありたい」なのだ。そういう人たちを見て、語彙力のない人がまとめて「人と違った自分でありたい人たち」とかって表現したのだ。
「人より優れた自分でありたい」人は、人より優れているという証拠をできるだけ多く集めるために、他人との差異を気にする。
「自分が一番納得できる自分でありたい」ほうの人は、人との差異は気にしない。気にするとしたら、「どうして同じことをしているはずなのに違うふうに見えるんだろう?」とか「どうして違うことをしているはずなのに同じように見えるんだろう?」といった観点から見ている。
 前者をA、後者をBとします。
 Aは社会的で、Bはべつに社会的ではないかもしれない。どちらかといえば。
 この場合の「社会」というのは、「優越感を煽ることによって経済がせっせと回転している社会」のことを指すから。
 なんでみんなができるだけ多くのお金を持ちたいと願い、それをせっせと使ったりするかっていったら、優越感を得たいから、というのが本当に大きいと思うんだね。
 インスタ映え〜とかそんなレベルの低い話をしているのでは決してなくて。
 もし「貧乏は嫌だ」と思うなら、かなりの高確率であなたは「優越感」ベースの考え方をしております。
「困るのは嫌だ」ならわかる。
「困らないなら構わない」とスッと思えないなら、たぶん「優越感」の側の人です。

 Bの人は、「納得」というのがキーワード。(最近よく出ますね。)
 彼らは死ぬまで「納得」というものを追い続けます。
「納得」というのは、「理解したような気になった瞬間に得られる快感」のことです。
 そのとき、きちんと理解していることもあれば、あんまり理解していないことも多々あります。
「納得」を重視する人にとって、「理解」などどうでもいいのです。「理解した」と自分が思えば、自動的に納得がやってくる、すなわち快感が得られるので、それでいいのです。
 もちろん宗教や、占いをはじめとするスピリチュアル、人生訓、自己啓発、先輩のアドバイスなどなど、「他人の考えたこと」や「自分の外部が決定してくれること」と相性が良いです。
「うちの宗教は素晴らしい、この教えを知っている自分はそうでない人と比べてなんと幸福なことか!」とか「お金を稼ぐことこそ正義! こんな真理を知らぬ人は地獄に堕ちるでしょう!」といった形で、優越感が付随する場合ももちろんあります。「納得→優越感」の流れ。
「納得」は通常、外部からもたらされますので、「自分の外部」にあるものによって優越感を得ているわけですが、まあ大きく見ればAの人だって持ち物とか属性、能力につけられたラベリングとかで優越感を持とうとする場合がほとんどなので、「外部」と見ていいでしょうね。
 ところで、Bの人たちの中には「優越感を持っていないと納得できない」という人もけっこういる。
「私が納得する私は、常に優越感に浸っている私だ」という人。
 この人はAと同じように社会性を強く持っていて、この世界で生きるのに合っています。うらやましい。

 AとBとは自己実現の典型的モデルだと思います。
 自己実現のほとんどは「自己の外部を利用した優越感」によって達成される。あるいは「自己の外部を自己として納得すること」によって。
 で「外部」の代表ってのがお金。
 お金で実現できることも含めて。

 まあちょっとわからないでしょうけど3年後くらいにまた読んでくだちいよ。
【しばらくわけがわからないゾーン おわり】


「楽しい」や「仲良し」は自分ないし自分たちの外部に頼らないってわけね。
 ずっと「内と外」について書きたかったんだけど、はからずもちょっと踏み込んでしまった。
「楽しい」も「仲良し」もその内側で完結するから好きなんだな。
 数字にもならないし最高なんだ。

 優越感はなんでも計量化してしまうでしょう?
「面白さ」だ「楽しさ」だと。
 比較可能にしてしまう。
 だから資本主義はそれを煽りたがるのだと思います。

2020.5.23(土) 手をのばせばドラえもん

 いちばんは実家だけどその次に長く過ごした家は練馬区富士見台のアパート。18歳から29歳まで住んだ。六畳に板の間がついて七畳弱くらいの部屋と、キッチンと、お風呂とお手洗いは別々、なんと庭付き。管理費込み47000円。
「あらま安いわねえ、さぞや交通の便の悪いど田舎なのでしょう?」とお思いか、さにあらずよ。西武池袋線でスッと池袋に出られるのはもちろん、副都心線直通で新宿三丁目、渋谷、横浜、みなとみらいまで乗り換えなし(本当に富士見台から一度も乗り換えないで行ける)。有楽町線直通で新木場までも一本。通学は自転車だったけど早稲田まではちょうど10キロというところ。上野に出るときは池袋から山手線が最安、あるいは有楽町線直通で飯田橋で乗り換えて上野御徒町かしら。いずれも40分くらい。本郷三丁目までならたった25分なので、夜学バーに来るならそこから歩いてみても良いと思います。頻繁に乗るなら西武とメトロの回数券を買いましょう、放送大学の学割だとさらに2割引!
 ちなみに練馬ってのは東京23区の左上くらいにある区。池袋からまっすぐ左。僕の住んでた家は練馬駅よりもちょっと先(左=西)のほうで、練馬高野台駅と富士見台駅とのちょうど間。閑静な住宅街。どちらも歩いて10分はかからない。東の富士見台方面は活気ある商店街が続き、中村橋、練馬駅へと延びていく。西の練馬高野台は新興の駅だからブックオフとかマクドナルドなどチェーン店があった。大好きな長命寺というお寺もあった。その先を川沿いに歩けば石神井公園。春はどちらへ行っても桜並木で、ちばてつやプロや虫プロダクションは散歩コース。まあめちゃくちゃ素敵な環境だったわけだ。
 有名な話ばかりして恐縮だがなぜ富士見台を選んだのかというとのび太の住んでいる町が「練馬区月見台」らしいことが15巻「不幸の手紙同好会」でのスネ夫の住所から明らかになってるんですね。実際は練馬区に「月見台」はなくて「桜台」「氷川台」「富士見台」がある。「見」がかぶってるから富士見台がよかろう。虫プロ(手塚治虫先生のかつてのお住まいでもある)もあるのだから、パワースポットとしても上々。受験しに来たその足で練馬駅前の不動産屋に行って「富士見台の物件をください」と言ったのは本当に有名な話である。そしたらスネ夫と同じ三丁目で、番地の末尾まで同じなのがあったので即決した。
 言い忘れましたが僕はドラえもんが好きなのである。かつては「ジャッキー ドラえもん」と検索窓に打ち込めばいちばん上にこのサイトが出てきたものだ。当然この練馬の家にもドラえもんは全巻備えてあった。寝床(お布団を敷いていた)の脇の、大きな本棚のいちばん下のあたりに並べてあった。もちろん「寝転がっている時にすぐ手に取れるように」ということである。これが本当に良かった。
 10代から20代の僕というのは不安定の塊で、毎日ウーウーと泣き暮らしていたわけである。布団にくるまって「もうだめだ」「死ぬしかないぞ」「みんな消えてしまえ」といつも願っていた。自らを嫌悪し、世界をのろい、立ち上がる気力もない、そんな時にでもスッと手をのばせば『ドラえもん』が何巻からでも読めたのである。これは本当にありがたいことだった。何度命拾いしたかしれない。
 本当に落ち込んでいる時、好きなマンガなんか読めない。落ち込んでいる人というのは基本的に落ち込んでいたいのである。落ち込んでいるという状況がもう気持ちよくなってしまっている。「もしかしたら自分を元気付けてくれるかもしれない」ようなものはその快感を阻害してきよる。僕も「ああ、いま、ドラえもんでも読んだら元気になってしまうな?」という状況はよくあって、「でももうちょっと、この状態に浸っていよう」なんて甘っちょろいことを、45冊並んだ黄色い背中を眺めながら思っていたのだ。そんなような記憶や感傷とさえ、ドラえもんは一緒にある。
 そしてもちろん、「よし、今だ、いまドラえもんを読めば僕はもう大丈夫だ」と薄暗い部屋の中で確信的に手を伸ばすこともあった。もちろん寝っ転がりながら。適当な巻を適当に読み、ウシャシャと笑って、「あー」とかいって「そういえば世の中の理想とか幸福というのはこういったものだったな」と復習を果たす。まったくすばらしい機能的なデザインの部屋だった。
 ストレスとかいう正体のわからない謎の物質(!)について調べていたら、スマホもよくないと書いてあった。ええ、みなさんそうおっしゃいます。でも本当にそうだよなとも思う。昨夜はすべてを忘れ、代わりにドラえもんを読むようにした。24巻と15巻を読んだ。大爆笑。うむ、人はこのように健やかになっていくのであろう。朝起きたら昨日よりは体調がよくなっていた。僕にとってドラえもんの世界はすべての始まりであり目指すべき理想郷である。夢があるだなんだって言い方は本当に嫌い。ただばからしくあほらしく、面白く楽しく、とち狂っていて仲良しなのが良い。

2020.5.22(金) ストレスとは

 高校までは「プリント」って言ってたのにそのあと急に「レジュメ」っていう言葉が出てきますよね。「僕はそんな言葉習ってないんだけどな?」と思っていた。そういうの、わけがわからなくてとてもいやだ。みんななんとなく、みんなが使う言葉を自然にマスターしていく。きわめて当たり前のことなんだけど。でも、急じゃないか? と思うことはよくある。
「ストレス」という言葉もそうだ。僕にはストレスというものがなんなんだかわからない。急に出てきた気がする。突然みんなが言い始めた。当たり前のように。戸惑ったままずーっと経って、それがいったいどういうもので、どうやって蓄積されどうやって解消されるのかまったくわからない。
 ここ数年、寝る前とかに耳がバリバリバリっと鳴る。主に右耳。インターネットで調べるとストレスが原因だろうという。耳鼻科にも行ってみた。ストレスだろうと告げられた。薬を出されたが改善しなかった。そのうちまた別の医院に行ってみようとは思う。
 火曜の夜くらいから体調が悪い。それより何日か前から、「なんとなくやる気が出ない」という気持ちがあった。症状をもとにインターネットにたずねるとやはり「ストレス」といわれる。ストレスは万病の素らしい。大袈裟な話ではなくて。
 僕はたぶんものすごくストレスというやつを抱えているんだな、というのはわかる。さっき心もちをしずめようと思って手にとったドラえもん24巻の「ションボリ、ドラえもん」という回を読んで大号泣してしまった。わんわん。のび太とドラえもんはすんごい仲良しなのだ。それだけなのだ。それが本当に素敵なのだ。「仲良し」であるということが、ほかのどんなことよりも絶対に大切だということが、完璧に真理だと僕には思える。
 でもそういうふうに思っている人はあんまり多くないんじゃないか、と考えると、つらくなっちゃうんですよね。とにかくもうずっとそう。
『宇宙船サジタリウス』というアニメを観てですね、僕は、宇宙で最も大切なものは「友達」であって、人は一人では生きていけないし、一人で生きていたってつまんないんだってことを学んだ。それは完璧な真理だと僕には思える。しかし……? みんなはそうでもないのだろうか。
 サジタリウス・クルーは時に金に目がくらむ。家族を養っていくために義を捨てかけることも何度となくあった。だが最終的には「友達ほど大切なものはない」に落ち着くし、家族たちだって、みんなで仲良く生き生きと暮らしていったほうがいいのだと考える。そういうもんじゃないんだろうか。
 理想論なのはわかってますが、「できるだけそのほうがいいでしょ?」ってのは、まず間違いなくそうなんじゃないのでしょうか。
 みんなお金の話ばっかでねえ。
 お金が大好きだでねえ。

 お金、欲望、優越感の三位一体。今日はもう言ってみますが、醜いじゃないか。「仲良しの発想」が微塵もない。
「みんな」っていう発想が、そもそもない。「わたしとそれ以外」しかない。「きみとぼく」くらいはあったってよかろうにね。
 なんて思うような価値観の人がこの世で生きていればそりゃストレスは自然とたまってくるってものなんだろうけど、「ストレス」ってものはドラえもんの世界にもサジタリウスの世界にもありませんので、僕は知らない。解消の仕方もわからない。
 それでついにここ数日でたぶんパンクしてしまった。ここまで体調悪くて情緒も不安定ってことは、たぶんまあストレスってことなんだろう。いろんなことが止まっています。ご迷惑かけてすみません。
 ちょっとしばらくストレスについて考えて、ストレスのないような生活を心がけてみますね。


 やっぱり、どうしても、「報われないなあ」と思ってしまうことはある。だけど「報われる」なんて考え方がばかげていることも当然わかっている。「それにしても、もうちょっと自分で考えたり判断したりしてもいいんじゃないのか?」と逆恨みしてしまうけど、もちろんそれも筋違いだ。
 粛々とやるのみなのだ。信じるように。その道で「ストレス」なるものをためてしまうのは何よりもあほらしいのだから、もうちょっとくらい上手になりたい。

2020.5.19(火) しますタグ

 ツイッターで「〜〜に抗議します」といった文体のハッシュタグが流行っている。さまざまあるが僕は一括りにこれらを「しますタグ」と呼んでいる。
 最も有名(?)なのは「検察庁法改正案に抗議します」だと思う。これはたとえば「検察庁法改正案反対」でも意味は同じだが、「抗議します」というタグをみんな使った。その後も多くの「〜します」系タグが生まれ、毎日おそらく何百万件とつぶやかれ続けている。
 漢字ばかりが続くと読みづらいし、「〜〜に〇〇します」という形式のほうがパッと見て内容がわかりやすい。そういう事情もあるだろうが、ごく個人的な見解として「〜します」には「主体的に意見を表明する」という感触がある。ここがミソだったんでないかと思う。
「します」という言葉は、主体を自分にする。そのツイートにおいて主人公は自分である。「検察庁法改正案反対」よりも「検察庁法改正案に抗議します」のほうが「主体的表明感=主人公感」が強い、と僕は感じる。言い換えれば「民主主義感」でもいい。「政治参加感」でもいい。
 観客ではない。御輿を担ぐ手応えがそこにはある。もちろん同時に「責任」だってついて回るが、流行ってしまえばこっちのもの。みんなで渡れば信号など関係ない。「青だ!」と叫びながら横断すればいい。戦う前から官軍である。

 結局みんなが求めているのって「やってる感」とか「やった感」だと思う。「いまの政権は、やってる感を出してるだけだ」みたいなことはよく言われる。これ実は庶民のレベルでもそうで、「やってる感」あるいは「やった感」というものがみんな本当に心地いいらしいのだ。いまに始まったことじゃなく。
 恋人同士の「話し合い」なるものはたいてい不毛で、たいして建設的なものではないが、そこで互いに思ってることを言い合って、泣いたり笑ったりして、なんとなく最後うやむやになったり「じゃあこういうところを努力目標にしましょうね」というあたりで手が打たれたりする。これぞ「やってる感」「やった感」の代表だと思う。そういうような儀式が世の中にはあふれている。
 デモも投票も「しますタグ」ツイートも、もちろん目標に対しての効果がゼロだというわけではないが、それだけで大きな効果が見込めるわけではない。わりと儀式的な意味合いが強いと僕は思っている。「やってる感」「やった感」の充足には寄与するが、そこが充足したぶん他の現実的なところに使われるエネルギーが削がれてしまっている、というような人は多いんじゃないかねー、と。
 だってそれは目の前に「イエスかノーか」という形で置かれたものに「イエス」と答えただけであって、その人が使ったエネルギーは実質それだけなのだ。100あるエネルギーの1を「イエス」に使って、残りの99は眠らせている。でもその「1」が「やってる感」「やった感」を充足させてくれるので、本人は眠った残りの99に気がつかない。
 100あるなら100、正義のために使ったらいいのだ。しかし「イエス」という手軽なボタンが目の前にあって、1のエネルギーを使ってそれを押すだけでなんとなく100が達成されたような気になる、というのが支配の仕組みの巧みさだ、という話で。残りの99はどこに行ったのか? というと、いろんなところに散っていくわけですよね。
 100のうちのたった1だけをボタンに使って、99をほかの素晴らしいことに使えるのならば、お手軽ボタンを押すことも有意義かもしれない。しかし1を使ったことによって99が眠ってしまうのだとすれば、そんなボタンは押さないに限る。
 また、かりにあなたが「100のすべてを有意義に使える」人間だったとしても、あなたの振る舞いを見ている他人がどうであるかはわからない。あなたがボタンを押すところを見て、誰かが真似してボタンを押した、そのことによってその人の99は眠ってしまうかもしれない。「0よりも1のほうがマシだから」と開き直るなら、まあわかる。そうでないなら、もうちょっと別の方法を考えたっていいと思うね。
「みんなでボタンを押す」という行為は、「そのボタンの効果を高める」ということに対しては有効かもしれない。しかし、もしそれで「ボタンを押す」ということがクセになってしまうのだとしたら、それ以上複雑なことはしなくなるかもしれませんよね。もちろん、「どうせほっとくと何もしないんだからボタンくらいは押させよう」というのは正論だろうけど。

 いま世の中がどういうふうにできているかというと、「みんなが平均1ずつのエネルギーを持ち寄って成立している」というようなものだと僕は思う。みんなが100とはいわないが、たとえば平均50くらいずつ持ち寄ることができれば、かなりいいんじゃないだろうかい。それをめざして、平均1よりは平均2、それよりは5、10……と増やしていけるようがんばるってのが、ほんとうのさいわいに近づいていくひとあしずつってえもんじゃねえのかいインテリさんよお?
 サボって、「このボタンを押しときゃいいんでしょ?」っていう怠惰な人たちが多いから、平均1程度にとどまっているわけで。「おういみんな、このボタンを押せばいいんだ!」とかね。手抜きの方法を見つけて、それに飛びついて拡散して、キャッキャして、また次のボタンを見つけて喜んで、というのが延々繰り返されている。あたらしいハッシュタグを見つけるみたいに。
 一人ひとりがせいぜい素敵に楽しく生きるしかない、と僕はいつでも誇らしく答えます。あなたの人生の主人公はあなたであります、人生ってのは信じられないほど壮大かつ荘厳なもので、たった1ツイートの主人公ごときにおさまっている場合ではないのですよ。

2020.5.17(日) ランタンzone

【おさらい】
 二十代前半は新宿ゴールデン街の某店で日雇い店長をやっていたが2012年11月1日に追い出され(当日解雇宣告)、同年12月1日、西新宿に「尾崎教育研究所(おざ研)」開設。ホームセンターで板買ってきて追い出された某店と全く同じ寸法のカウンター(足場付き!)を自作した。たった1ヶ月で次の物件に入居していた速度は我ながらすごい。実のところA社の社長であり某店の初代オーナーであったYさんのおかげである。「ジャッキーくんのやってることは芸術活動だと思うんですわ〜」と全面的に協力してくれた。一生恩返しを続けねばならない、と僕は心底思っているので彼のその投資は大成功だったと思う。
 西新宿の物件は定期借款だったため2015年8月31日をもって契約終了、野に放たれることとなった。しばらくは「お店」のようなことをしていなかったが記録によれば2016年9月3日〜10月31日までを中心に「ランタンzone」というのをやっている。
「おざ研」は飲食店営業の許可をとっていなかったので形式としては「会費制の飲み会」であった。一通りのバーらしい設備は揃えていたが「一杯いくら」ではない。カウンターの上に木戸銭箱を置き、そこに「千円くらい」入れてもらって、あとはそこにあるものを飲み食いし放題、もちろん持ち込み大前提で、というシステムだった。(「おざ研システム」と呼ばれる。)
 このやり方は場所を選ばない。むしろ花見とか月見とか屋外での集まりと親和する。あとは象徴がありさえすればいい。焚き火は場所を選ぶので、灯り、かつ持ち運べるもの、そうだランタンにしよう、と「ランタンzone」はできあがったわけである。
 ランタンのあるところ、どこでもその会場となる。サイゼリヤでもいいし大学のラウンジでもいい。どこでもできる。場所代は基本的に無料。経費はほとんどかからない。野外では4月〜10月以外は難しいが、11〜3月はペースを落として屋内で開催すればいいのだ、無敵、と思っていたところで、2017年初頭に「湯島でバーをやらないか」という誘いが来る。4月から「夜学バー」として運営開始、今に至る。


 2020年5月17日は「庚申の日」で、いつもならお店を夜通し開けているのだが、僕のお店は東京都の感染拡大防止に全面的に協力しているので、20時以降は営業しない。そこで「ランタンzone」を久々に、3年半ぶりに開催したというわけ。

 17時に開店、しばらくお客なし。20時ちょっと前に「まだ大丈夫ですか」とお客がいらっしゃる。ほうじ茶を提供する。ランタンのことを話したら「面白そうですね」とご参加いただくことに。明朝お仕事なのに朝までいてくださいました。すばらうれしい。
 21時、日本酒、水、ちょっとのおつまみ、コップ、おはし、スプーン、お手拭き、ビニールぶくろなど一式持って、上野恩賜公園野外ステージの真裏、不忍池を望むベンチ周辺に陣取った。
 はじめは二人。しばらくするとバイクがやってきた。こういうこともあるかもしれないと思ったが本当にあった。三年半前のランタン以来にお会いする方であった。2009年か2010年の文学フリマ(『9条ちゃん』と『パン』を買ってくれたそうな)で僕のことを知ってくれた人。旧交を温める。そういえば始めからいらっしゃるかたは去年のコミティアでチラシを受け取ってくださった方なのだった。そのあと、夜学バーによくきてくださるお客さんの弟さんが単独でお越しになる。僕さえ初対面である。彼が就活生だとのことで、四人でそのあたりの話など。
 自転車がやってきて、するりと止まる。「今日は頭のおかしな人しか来ていないと思って(楽しみにして来た)」とのこと。ここまで、僕以外の四人は全員それぞれ初対面だった。決して「内輪の盛り上がり」に堕していない、ということで、こういうふうな人を集める会をやっていて、これ以上に誇らしいことはない。その後、大学生。新社会人。学生のご友人で僕は初対面の方。社会人。このあたりでバイクの方、次いで弟氏お帰りになる。もうすぐシゴヤメ(退職)する人が尻込みしているようなので迎えに行く。
 朝方、自転車の人が一人と二人、計3名来る。中学生もいた。朝だからセーフ。でも寝てたらしい。庚申的にはアウト。(眠っちゃいけない日なのである。)

 僕を入れて13名が参加し、最後(朝5時ごろ)までいたのは11名。二、三人でゆったりやると思っていたので驚いた。なんせこのご時世だから、あまり大々的には宣伝しなかったのである。こっそりと、あちこちで囁いていたのを、意外と見てくれていたらしい。

 小さなお店を三年もやると「席が固定されている」ということが当たり前の感覚になりがちだが、公園は空間が実質無限なので、流動性は極めて高い。ちなみに「おざ研」はもうちょっと広かったので、いまの夜学バーよりはかなり人が流動的だった。とつぜん立ち上がってけん玉やったりしても何も違和感がなかったし、席の移動も自然だった。軽量なパイプ椅子(夜学にまだ何脚かあります)だったってのもあるだろうな。場のあり方の可能性について、よい復習になった。
 木登りが始まったり、買い物ついでの散歩に出たり。お話をする組み合わせがぐるぐると変わっていく。いきなり寝っ転がったり、靴を脱いで裸足になったり。飲みすぎたり。一升瓶が空になったり。ワインが増えたり。「ここだけの話」が始まって、いつの間にかそれを場の全員が共有していたり。また散ったり、忘れたり。ぼーっと景色を眺めたり。
 自由なのである。自己紹介なんてのはもちろんない。話の流れで「あーそうそう、この人はねー」とか「私ふだんは〇〇なんですけどー」とかいうのが節々にあって、断片的に、表情を知るように情報を知っていく。「その人にまつわる何か」という意味のうえで、あらゆることが等価になる。
 それが僕のいたい場所の原理原則であって、やはりこのランタンzoneは一つの原点、というか、原点よりさらに遡った、より原始的な点なのである。ここから文明的に味付けしていったのが夜学バーというわけで。この自由さを、座ったままでどこまで再現というか、顕現させられるかというのが、僕が3年前に仕掛け始めた勝負。当時ランタンをやりながら思っていたのは、「次に何かをやるときは、おざ研システムはいったん封印して、お店としてどこまでやれるかを試してみたいなあ」ということだった。どこまで、社会との折り合いをつけながら、楽しく自由にやれるのだろう、と。そしたら思ったよりはうまくできた、たぶん。今回のランタンが楽しかったのはみんなが夜学バーで「練習」してくれていたからだと思うし。(夜学バーに来たことのない人が三人いたおかげで、実践の場としてかなりいいバランスになっていたはず。みんなが「お客さん」だったら、場所を移しただけになりかねないので。)

 そのうちまたこういうことはやると思います。7月11日のオフ会(10年ぶり2度め)は、昼から夕方まではたぶん同じ場所で行う予定だけど、日の当たり具合を調査してからかな。7月の直射日光はきついので。夜はたぶん夜学で。と思ったけど、意外と逆のほうがよかったりして。夜外バー。

2020.5.16(土) りりちゃんはホームレスです

「りりちゃんはホームレスです」というTwitterアカウントがあって、フォロワーは22000人くらい。そのサブアカウントが「りりちゃんの裏引きまとめです」という鍵つきアカウントで、フォロワーは12700人くらい。推測するに、その多くは性風俗または水商売または援交、パパ活ないしそれらを視野を入れた女の子たちである。男性と思われるアカウントからの反応はほとんどない。
「裏引き」とは主に「うらっぴき」と読むらしい。ツイキャスの配信でそう言っていた。意味は「お店を通さずに直接お金をもらうこと」で、主に性風俗や水商売の世界で使われる言葉。
 りりちゃんは裏引きの達人で、その手口を細かく記したマニュアルを情報商材として9800円とか12800円で売っている。りりちゃんのフォロワーである女の子たちはそれを買って読んで裏引きし、「成功報告」としてりりちゃんに届ける。それをりりちゃんが拡散する。で僕なんかが見て「ほえー」とか思う。
 僕も友達ふたりとお金を出し合ってマニュアルを買った。友達はふたりとも女の子である。太宰治の名作掌篇『座興に非ず』ではないが、三人とも座興で買ったのではない。直接であれ間接であれ役に立たせようと思ってお金を出した。生きるための投資である。みんな大まかにいえばそういうものと無関係ではない「お仕事」の人たちなのだ。
 このマニュアルのお金がどこに流れるのかというと、まずはりりちゃんのところに行く。それはたぶん概ねはホストクラブへの支払いに消える。それがさらにどこに行くのかは明瞭でないが、一部は裏社会に流れるかもしれない。だとすると我々は「闇の世界に金を落とした」ことにもなる。ただ、一部はりりちゃんの宿代(彼女には家がないのである)になり食費になり医療費になる。彼女だって座興でやっていることではないのだ。こんど読書会やろうという話が出ているので興味のあるかたご一報ください。

 さて、りりちゃんは「裏引きマニュアル」という聞いたこともない商品を自分で作って、たくさん売って、それを読んだ、あるいは読んでいなくてもりりちゃんのアカウントに触発された女の子たちが、似たような手口で裏引きをする。総額どのくらいのお金が動いたのだろう、一度に数十万あるいは数百万引いている人さえいる。ホストに使う人もいれば、生活費や学費、借金返済に回す人もいるだろう。りりちゃんという一人の女の子(21歳とのこと)が、ここまで大きなお金のうねりを生み出しているというダイナミズムには素直に心を動かされる。
 手口は一言で言って「色恋」がほとんどすべて。りりちゃん曰く、狙い目は「夢も希望もない貧乏サラリーマン」で、お金持ってても使いみちないし、楽しみが何もないから女の子にはまる、とのこと。地下アイドルやコンカフェなどに熱を上げる人たちとある程度は層が重なると思う。そういう人を風俗にくる客や出会い系などから見つくろって、LINEで「色恋」を仕掛けるというわけだ。もちろん身体は売らないし、対面すら極力避けて、口座に直接振り込んでもらう。そのための方法論が「マニュアル」になっている。
 ちなみに、お金持ってる人には裏引きよりも「定期」がおすすめらしい。食事したりカラオケ行ってお金もらうとか。ほとんど金貸しの考え方だ。貧乏人からは短期で毟り取り、金持ちとは長く付き合って、細くだが確実に利益をいただく。
 自分たちの武器は「色恋」であって、それがある種の男性に夢や希望を与える、ということをよく知っている。彼女はある時こう書いていた。「死ぬまで裏引きしてると思う」と。そんなことできるのは若い時だけだよ、という意見もありそうだが、たぶんそうでもない。相手の年齢にかかわらず、夢や希望は湧いて出てくるものだ。夢と希望に満ち充ちた状態の相手に、「実はお金に困っていて」と持ちかける。かなり、普遍的なはず。
 りりちゃんは時々、冗談めかしてこんな意味のことを言う。詐欺ではない。色恋を通じて、夢や希望を売っているのだと。これがノーだと言うのなら、「夢や希望を売る」あらゆる商法との差は、どこにあるのだろう。

「色恋による夢と希望」で、自分だけでなく一万人規模の女の子を巻き込み巨額のお金を移動させているりりちゃん。偏在する富の再分配。
 彼女と女の子たちは「対等」である。りりちゃんは決して女の子たちを管理したり、指図したり、あるいは組織化して指揮をとったりなどしない。ただマニュアルを作成してばらまき、「がんばって」と言うだけ。女の子たちから見れば、「自分よりも技術に秀でた友達か先輩」くらいのもんだと思う。女の子たちはりりちゃんの姿を見て、一種の憧れを持ち、「私も」と自主的に裏引きを試みる。成功すればりりちゃんにお礼を言う。「りりちゃん引けたよ! ありがとう!」「よかったね! がんばったんだね!」それだけ。

 なぜこんなことを書いているのかというと、実は2006年ごろにmixiを通じて知り合った人が「メンヘラ」をテーマにしたサイトを運営しており、それが資金ショートして困窮し、関係する人たちからは依存されっぱなしで誰にも頼れず、精神的にも追い詰められてしまっている、といった状況にあるようなのだ。
 そうなってしまった理由はいくらでもあるだろうが、一つには「トップに立ってしまった」というのがあると思う。「トップ」という立場から、手を差し伸べてしまった。その時点で上下が発生してしまうということを、もっと重く受け止めるべきだっただろう。
 りりちゃんは誰にも手を差し伸べない。ただ「こうするとうまくいくよ!」というアドバイスをするのみである。そして何より大切なことに、りりちゃんを慕う女の子たちは、「これなら自分にもできる」と思って、自主的に裏引きをしている、ということだ。
 りりちゃんはマージンを取らない。ただ「よかったね! がんばったね! これからもがんばろうね!」と言うだけ。組織化してトップに立てば、「管理裏引き集団」として巨万の額を引っ張り、りりちゃんはそこからいくらか天引きして大儲けできるだろう。しかし彼女は(あるいは、彼女にもしブレーンや相談役がいるとしたら、その人たちは)それをしない。そこまですれば逮捕されるリスクが高まる、というのが一番だろうが、たぶん「仲間意識」というのもある。りりちゃんと女の子たちは「色恋を武器にし得る女の子」という共通点があって、だから「一緒にがんばろうね」という気持ちが自然に出てくるのではないかと。
 件の彼は「互助的なコミュニティ」を作りたいと思っていたのだろう。そのためには一時的にであれトップ(リーダー)が必要で、自分にはその能力も志もある、と考えたのだろう。しかし結果は「1000万近い赤字を出して困窮し、やりがいも持てないどころか精神的にも疲れ果てる」だった。最大の問題はおそらく彼の人格や考え方にあるのだろうが(その辺は古い知人なのでよくわかる)、具体的にどこがまずかったといえば、「トップに立ってしまった」ことだ。そして「お金を自分のところに集める」をしてしまった。すると負債だって自分のところにすべてやってくるわけだし、責任も一点に集中する。
「トップがいる」と、自分が主人公になれないのですよ。りりちゃんの巧みなところは、女の子一人ひとりを主人公にしたことですよ。
 トップがいるコミュニティでは、「トップが各人に役割を当て、各人がそれに満足感を得る」という仕組みになる。成員が増えれば、一人では手が回らなくなる。だからせめて、もっと小規模にやるべきだったんじゃないかしらね。

 さてさて、僕はりりちゃんが好きである。やっていることはほぼ犯罪だが、構造として非常に面白いし、やり口が本当にうまい。現代、リーダーとはかくあるべし。組織化せず、トップに立たず、「対等」を重んじる。共感と仲間意識を持ちながら、コミュニティは作らない。利害関係のない場所でカリスマとスター性を輝かす。だから憧れを持たれ、愛される。自分が主人公になろうとしちゃ、だめよ。人生の主人公は、常にその本人なんだから。裏引きに成功した女の子に対する「おめでとうございます! 努力の成果ですよ!」といった言葉がけが、そのすべての象徴なのだ。

 3年半ぶりランタンzoneします。17日(日曜、庚申)21時から29時くらいまで、上野公園不忍池南側あたり。「上野恩賜公園野外ステージ」の裏側の通りを歩いていただければ見つかるとおもいます。目印はランタンです。ささやかに光らせておきます。
 念のため説明すると60日にいちど巡ってくる「庚申の日」は1000年以上前から「眠ってはいけない日」として伝承されていて、夜通しお話をしたり遊んだりする慣習があるのです。いつもはお店でやっているのですが、20時以降は休業なのでできません。扉に貼り紙をして公園にいきます。あったかいといいな。夜は冷えるかもしれないので防寒しっかりめでどうぞ。

2020.5.12(火) 絶望の裏面

 僕に日本橋ヨヲコ先生の『G戦場ヘヴンズドア』を薦めてくれた友人は「絶望と焦燥感!」と叫び続けて死んだ。ええ、また彼を出汁にして書き始めるわけです。いま僕は彼が死んだ場所から数百メートルくらいのところに住んでいて実に運命、と感じる。
 有名なせりふを引用しよう。

 かわいそうになあ。気づいちゃったんだよなあ、誰も生き急げなんて言ってくれないことに。
 見ろよ、この青い空 白い雲。そして楽しい学校生活。
 どれも君の野望をゆっくりと爽やかに打ち砕いてくれることだろう。
 君にこれから必要なのは絶望と焦燥感。
 何も知らずに生きていけたらこんなに楽なことはないのに。

 それでも来るか、君はこっちに。

 ここから先は若干、あえて、偏ったような書き方をいたします。
 絶望と焦燥感、若者を突き動かすものはこれであらねばならぬ。
 もやもやとした理想があって、それは具体性がなかったり、あったとしてまったく的外れだったりもするけど、とにかく自分が「そこ」に届いていないということだけはよくわかっている。見えない理想に近づこうとして、どっち行ったらいいかもわからず右往左往、ときに間違え、誤り、傷つけたり傷ついたりする、ジェイポップの歌う若さそのものみたいな心境にほぼ常にいる。
 しかし正しい若者というものは、無意識に「上」へと手を伸ばす。正しくない若者、というのがもしいるとすれば、その人は「下」へと落ちていこうとする。あるいは潜っていこうとする。
 いずれにせよ、その推進力は絶望と焦燥感。理想とかけ離れている絶望と、そこへ近付きたい焦燥。もちろん時により上を目指したり下へ向かったり一定でないが、その時点でのトータルがかつてのある一地点よりも上にあれば「成長」といえるだろうし、上を見ている時にその人は「正しい」状態にある、などと考えると便利なのでそう思うことにする。
 その西原という人間は右往左往、いや上往下往のすえ、トータルで閾値を下に超えた。つまり死んだ。彼だってもちろん上を見ていたし、実際上に動いていた瞬間も確かにあった。しかし足りなかった。間に合わなかった。彼の絶望と焦燥感はついに上昇気流をつくらず排水溝の渦となってやがて消えてしまったのである。(ドヤ!)

 さあ君の絶望は、君の焦燥感はいまいかほど? どちらを向いている? どう手を伸ばしているか? それが概ね「上」を志向するものであれば、未来は安泰である。そうでなければ、死に近づくと言ってひょっとしたら比喩でない。
「そうは言ってもこの無重力の(あるいは多重力の)世界でどっちが上であるかなんてわからない」、そうなのだ、だから苦しい。ただ「絶望の望を信じる」などと言うように絶望は希望の裏面であって、焦燥は強いほどスピードが増す。(ドヤドヤ!!)
 絶望をひっくり返して裏面を見よ、そこに方角はきちんと書いてある。そして焦燥を燃料に。とても単純にいえば「どうしてみんなは仲良くしようとしないんだ!」という絶望の裏面は「みんな仲良くしてほしい」で、その人の望みはそこにある。
「どうして僕は素敵じゃないんだ?」の裏面は「こうだったら素敵といえるのにな」で、だったらそっちのほうに手を伸ばす。そこで湧く「でも自分はそんなに素敵ではないんだ」の裏面は「どのくらいならば素敵なんだろう?」であるし「どうすれば少しは素敵になるのだろう?」で、そこに地道な道はあるわけだ。や、綺麗事なんですけど、それ以外に道なんて思いつかない。
「自分が素敵になるなんて不可能だ」の裏面には「どういう人ならば素敵になることが可能なのか」というのもあって、その中で自分が満たせそうな要件は本当に一つもないのか、考える。ないのなら「そもそも素敵ってなんなんだ」「素敵になる必要なんてあるのか」等々と解体していく。解体できたら当面その悩みには用はない。次の絶望へと検討を移す。
 絶望なんか、吐いてすてるほどあるのだ。

「正しい道の上にも水たまりはできる」とは奥井亜紀さんの『ハジマル。』という曲の一節。『銀河鉄道の夜』にいう「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠の上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」というのと同じ。
 若いというのは「わけがわからない」ということ。そこで安易に「わけがわかる」のほうに直進してしまうと「納得」の世界の住人になる。「しかたないよ、そういう仕組みなんだから」が口癖になる。「わけがわからない!」という絶望の裏面は「わけがわかるとはどういうことなんだ?」であって、そこから離れなければ悪いことにはならない。決して、「わけがわからない!」という絶望を脇に置いて、「わけがわかる」という安直な用紙を手にしてはならぬ。「わからない」と絶望し、そこに焦燥を抱き、「わかるとはなんだ」へと進んでいく。ザードの言う「知るコトを知るために学んでいるのだな」の答えまで、僕だって二十年以上かけてほんの少しずつ近づいているのだ。

2020.5.08(金) さしずめインテリ/都市と土着

 通学路にある、とっくの昔に閉業したかと思い込んでいた喫茶店が開いていた。こじんまりとした店内には店主夫妻と5人のお客がすでにあり、全員が全員とおしゃべりしていた。人間関係のみで構成された空間に僕も少しだけ引き込まれて、いつの間にか「上野でバーをやっている」と話してしまった。「なんて店?」と訊ねられたので一瞬ひるんだが隠す必要もない、「夜学バーといって、あの、夜に学ぶと書きまして」と答えた。それでいくらかやりとりをしたあと、「勉強の好きな人がたくさん来るんでしょう?」と言われた。
 そこにはおそらく、「てめえ、さしずめインテリだな?」というニュアンスがある。インテリの存在する世の人間は「インテリか、そうでないか」に分かれ、現代日本においては大きな懸隔がある。僕は大卒でありもちろんインテリに属する。
 大卒と非大卒の溝は深い。大卒にもいろいろあるし非大卒にもいろいろあるが大まかに捉えればそれは「ある」と思う。とくに「自分はインテリではない」と思っている人が「あの人はインテリである」と認識するとき(もちろん「インテリ」という語を用いるかどうかは問題ではなく)、それは多くの場合「非大卒による大卒への目線」であることが多かろうと想像できる。いや、「非大学進学者から大学進学者への目線」としたほうがより適当か。

 僕の卒業した中学校は、たぶん大学進学率がかなり低い。高校にすら上がらない友達がけっこういた。大親友のたかゆき氏は商業高校からコンピュータの専門学校に進んだ。今でも仲の良い同じクラスだった女の子は、そこそこの進学校に上がったものの学年(クラスだったかも)でたった一人、専門学校に行った。「だって地元じゃ大学行くのってべつに普通じゃないし」という気分もあったんじゃないだろうか。
 うちは四人兄弟だが、うち二人は大卒、一人は高校中退、一人は高校に行かなかった。父親は公務員、母親も保育園で働いている。二人とも教養深い趣味人であり人格者。本棚には本が並び、巨大なスピーカーからジャズやクラシックが毎夜流れ、パソコンは少なくとも僕の物心ついたときからあった。上の三人はピアノ(家にピアノがあるのだぞ! 昔はエレクトーンもあったはず!)を習ったりさえしてたのである。家庭環境としては全員大学か専門学校には行っててもおかしくないもんだ。それで半数というのは、我らファミリーの感覚がちょっと特殊だからというのが一番だろうけど、「地元が地元だから」もまったくないわけじゃないと思う。
 大学進学率の全国平均は50%ちょいだけど、都市部では高く、そうでなければ低くなる傾向は必ずある。下関出身の友人は「地元で大学行ったのは数える程度」みたいな話をしていた。実際、都道府県別のデータ(2019年)では40%から65%まで差が出ている。山口県はワースト2位で43%。愛知は58%もあるけど、名古屋市の周縁部、某ゾネ中学の大学進学率はどのくらいなんだろう?

 地方都市の、川沿いの荒れた中学の学区には、なんとなく「大学は行かなくて当たり前」という空気があったと思う。地域によっては「大学は行って当たり前」という空気が強いところもあるはずだ。それがそこに生まれ育った人間の意識に影響して、地区の大学進学率を左右させているという事実はあると思う。
 東京の場合は、名古屋市の周縁部やそれ以上の田舎とは話がぜんぜん異なる。私立中学に進む割合がまるっきり違うから。統計の元データのページにたどり着けなかったけど、2018年ごろの東京の私立中学進学率は24%くらい(23区に限ればもっと多いはず)で、全国平均は7%ちょい(人口の1割以上を占める東京都も含めての数値!)ということだった。
 私立中学に進む人たちは「土着の価値観」からかなり自由になれる。荒れた地域に生まれ育っても、中学から私立ならばその影響はかなり小さくなるだろう。東京の私立中学だと大学進学率が9割以上なんてのはザラにありそうだ。「専門学校などを含む高等教育機関」まで広げれば東京の私立中学に進んだ人のほとんどが該当するのでは(全国平均でさえ80%)。そういう環境にいれば、「大学には行って当たり前」という意識にたぶんなる。

 僕は中学までは「非大卒」の世界に生きていたと思う。学年が300人いて50人くらいはろくに学校に来ていないのでテストがほぼ0点でも250位くらいは取れる。まあまあ勉強すれば50番以内に入れた。学年1桁の順位をとったこともある。僕が賢いのではなくて層が薄かったのである。
 それが一転、高校は「大学進学率が99%」というくらいのところ。ここで僕は「中学までの世界」と断絶してしまった。仲の良かったはずの不良たちとは20年、連絡もとっていない。ケータイなんて持ってなかったし。「約束しなくても毎日会えた」じゃないけど、団地の合間をぶらぶらしてたら無限に友達と巡り会えて、何も言わなくてもそのまま一緒に遊んでだらだらしてたみたいな、あの緩慢で刺激的な日々はもう「まったく別の世界」になってしまった。
 そしてたぶん、あの世界はまだ続いているのである。東京の下町で居酒屋なんか入ると、なんかそう確信してしまう。
 あの頃の自分に意識を巻き戻すと、たしかに「勉強」だの「学び」だのというものはまったく遠くにある。川原でバイク、道端でタバコ、屋上でビール。公園で全部。自転車パクって万引きして自販機荒らして弱いやつ殴ってたような奴らが、すぐ隣で常に笑っていた。そこから今いるところとは、本当は完全に繋がっているはずなのに、高校一年生の僕は「飛び越えて」しまった。そうしたくてしたわけでもなく、いたって自然に。ただ、当たり前に。だって僕はタバコも酒もやんなかったし暴力も嫌だったもの。ただ「その土地にいた」というだけで価値観を共有できていたのだ。
 僕は相変わらずその土地に住んでいたけれども、上飯田のゲーセン(メイチカ)や宮グラ、六中(南荘の六棟中央)などには足の向くはずもなかった。彼らはずっとそこにいたのかもしれないし、そこから別の居所に移っていったのかもしれない。それすらも知らない。誰がいなくなり、誰が残っているのかも。ただ同級生がうちのマンションにペンキ塗りにきてて「よお」なんて言ったのは覚えてる。そのくらいのもんだ。もちろん高校のとき。

 土地というのは、「生まれた」「育った」「住んでいる」だけでは本当の威力を発揮しない。そこで「暮らす」ということがなければ。暮らすというのは、買い物に行ったり外食したり遊んだり、そこらへんを歩き回るということ。その中で人と触れ合うということ。また何よりも、そこで働くこと。「生まれた」「育った」「住んでいる」の三つの上に、「暮らす」が重ならなくては、土地というものはなかなか自分のためになど働いてくれない。
 一度「暮らす」を放棄した僕は、もうそこには戻れない。いや、もちろんふたたびその土地に戻って、「暮らす」をふたたび始めたら話は別だろう。毎日あのへんを歩き回れば。あの地域で働けば。そんなことはまあ、ありえない。
 土地に土着の価値観は限定的で、オリジナル。都市部の価値観は普遍的で、ありふれている。都市に慣れても、ときに懐かしくなる。あの鳥カゴのような見通しの良い世界が。僕が東京で喫茶店や食堂にばかり入るのは、そうやって失ってしまったものに再会したくてたまらないということなのかもしれない。「生まれた」も「育った」もなく、「住んでいる」だけを握りしめ、必死に「暮らす」で食らいついている。土の味を噛みしめたくて。

 僕の世界は、高校を経て東京に出て大学を卒業し、トンネルを抜けるように景色を変えた。非大卒の世界から大卒の世界へ、なんて言うと反吐が出るほど甘苦しい。地元から都市に出ただけだ。で、もう道端に唾を吐いてた世界と、鉛筆持って文字を書く世界との間には埋められない溝があるように思える。それは再会が絶たれるということ。そんなのいやだな、あいつらにまた会いたいな、と思っても、いったい何をすればいいのか? 実際にまた会うのか、あるいは別の誰かと、何かと、再会するしかないのか。
 今そんなことばかり考えてる、なぐさめてしまわずに。

 5月8日は同じ小学校の、ある友達の誕生日。東京でホストとかやってるらしい。彼にピッタリの職だと思う。中学を出てからは高校のときに一度か二度会ったきりだ。でも誕生日は永遠に覚えていてしまう。これも呪いのようなもの。

2020.5.05(火) こどもの日

 僕はもうそろそろな年齢なのですが自分がコドモであるということから離れたことはないように思います。離れようとしたり、離れたかなと思ったことはあったかもしれないけど、離れたことはない。それは「少年の心を持った」みたいなあほくさい言い回しのニュアンスとは違って、本当にコドモなのである。
 高校二年生のとき、ある女子校に通う一つ年上の女の子と仲良くなった。その人からもらった手紙に「あなたに対してわたしが出した結論は、良くも悪くも子供だということです」なんてことが書いてあった。この文面は(正確な記憶ではなかったとしても)一生忘れない。高校二年生にして「結論」を出されてしまった僕は、「子供」だったようなのだ。
 たぶん僕が身勝手であったこと、奔放だったこと、そして「未成熟な欲求に忠実だったこと」などのせいだと思う。
「未成熟な欲求」というのは野蛮とか貪婪みたいなことではなくって、「お菓子があればそれで満足」みたいなこと。泣いてわめいて、でもアメもらったら笑顔になるみたいな。そういう幼稚さだったのかな、などと今になって考えている。
 お菓子を食べすぎたらご飯が食べられなくなる、ということに鈍感なのだ。お菓子よりもご飯をちゃんと食べたほうが体にもいいし、家庭だって「ご飯をちゃんと食べる」ことを念頭に置いていろんなことを設計、計画しているわけだから、自分だけの問題ではない。でも「未成熟な欲求」は、目の前にあるお菓子を食べて満たされて、「ご飯はべつにいいや」ってなる。ご飯、もう用意されちゃっているのに。

 そういう未熟さ、幼稚さというのには流石にいつしか気がついて、なんとか矯正しようとやってきたのがこれまでの長い時間だったような気がする。小手先はそれなりに上手になった。でも本質は、根本的には、たぶん「未成熟な欲求」がいちばんある。
 僕は相変わらずお菓子が食べたいのだ。それでご飯は食べなくてもよくなる。「食べていいよ」と差し出されても「ううん」ってなる。
 重要なのは、「食べていいよ」と言うのはいつも大人だということ。子供同士のやりとりだったら、「おかしおいしい」「おかしおいしい」で終わりである。「ご飯」なんてのは頭にない。
 しかしいくらなんだってお菓子だけを食べて生きていけるわけがない。だったらどうするかっていうと、ご飯をお菓子みたいにするのがいい。僕の方針はいま現在、断然にこれである。
 僕はご飯をお菓子みたいに食べるのが好きで、そうできる環境にいま生きている。
「ごはんおいしい」「ごはんおいしい」の世界である。なんだ、これでよかったんじゃないか、ってあまりにも単純な喜びを、最近ようやく言葉にできた。

「成熟する」っていうのは、必ずしも「オトナになる」ということではない。「コドモのまま成熟していく」ということで問題がない。「オトナ」ってのは社会ってことでしかないのだ。それはそれとして尊敬し尊重しますけれども、十分に成熟したはずの僕たちコドモだってその辺で遊んでたっていいでしょ? っていうふうには思うわけです。
 僕はね、どんな人間だって、結局のところ「ニャー」とか「バブー」とか言うもんだと思うんですよ。それを封じているのはその人自身であって。えら〜い政治家のおじさんがSMクラブでワンワン言ってる、みたいなのがありふれているなら、それを別にどこでやったっていい。隠れてお菓子を食べるんじゃなくって、栄養のあるご飯を堂々、お菓子みたいに食べたらいいのだ。
 それで成立しちゃう世の中、っていうのが、一つの理想だと思う。


 ところで、僕はお菓子の味が好きだというわけではなくって、お菓子の楽しさが好きなのだ。だからお菓子の味が好きな人にとっては、あまりピンとこないかもしれない。
 置き換えちゃいますと、ある行為について、「気持ちいい」という部分を大切にする人と、「楽しい」という部分を大切にする人、そしてその行為の持つ「契約的な意味合い」を大切にする人と、がいますわね。いずれに重きを置くかで、その代替行為も変わってくる。
 僕はたいてい「楽しさ」のほうを重視してきたから、「気持ちいい」を重視する人や、または「オトナ」であるような人たちとはズレちゃうことが多かったんだと思う。

2020.5.01(金) 理解と納得

 水曜日、東中野で所用があり自転車で12キロくらい走っていった。最近はもっぱらママチャリである。ずっと調子悪かったが浅草橋の、おじ(い)さんが一人でやってる小さな小さなリペアショップで直してもらった。
 途中、戸山公園の端っこにある団地の一階に入っている喫茶「メルヘン」で休憩しつつ軽い昼食をとった。新宿と早稲田の間くらいの場所。サービスセットとして「じゃがコーン+サラダ+コーヒー」というのがあり初めて注文してみた。じゃがいもとコーンだけのチーズたっぷりグラタンにバターはさんだ小さなロールパンがついてきた。コーヒーは同時提供。iPadを机に立てて作業していたら「もうランチタイム終わったしゆったりして」という感じでとなりの机をくっつけて二倍にしてくれた。
 いい店なのだ。ひっきりなしにお客がやってくる。団地の一階なので、おそらくそこの住人の方と、また周辺のオフィスの方。おなじ会社の名札を下げた人たちがたくさんいた。売上を一社で支えているといった風かもしれない。
 換気とディスタンスには気を遣っている。テラス席も充実している。食べ終えて外に出るとすわりこんで缶チューハイ飲んでるおじさんが何人もいた。子供も遊んでいる。あたたかな陽気の日。汗がにじむ。
 東中野で待ち合わせ相手と落ち合い、かねてから噂に聞くコーヒーとお酒のお店へ。飲みながら話す。待ち合わせ相手が次々到着し4名となる。1名退出。次いで僕も退出。
 荒木町(四谷三丁目)の喫茶店「私の隠れ家」に寄る。飲み物だけいただくつもりだったが、「お腹空いてるでしょ、正直に言いなさい」と、ありがたいことにたべものをたくさん出していただく。最近おとうふが好きなのでおとうふにテンションが上がる。お店の未来、将来についてなど話す。頼もしい人だと改めて思う。

 立ち寄ったおとうふ屋さんで気まぐれに豆乳買って飲むようなことをこれまでの長い時間かけて奪いつづけてきたのはどこのどいつだい?
 東上野の中山豆腐店というお店で通りがかりざま豆乳買って飲んだり、そのすぐ近くにあるぶるっくすっていう大きめの喫茶店でコーヒー飲んだりしてる。500円って少し相場より高いけどそれがまた特別な感覚ゴージャスで楽しいんだ。
 豆乳は160円。

 新宿方面にとって返して四谷四丁目のあひる社7Fで浅羽先生から古本をいくらか買う。奈良本辰也『日本の私塾』、三島由紀夫『アポロの杯』、星新一『きまぐれ星のメモ』、橋本治『青空人生相談所』(もう5回くらい買ってる)、石ノ森章太郎『サイボーグ009』10巻(天使編)、河合雅司『未来の年表2』。
 5Fに降りて社長と会談。これがいつも長くなる。説明しますとこの社長という人、僕が20歳の時に迷い込み通い詰めたバーのマスターであり、僕にライターの仕事を初めてくれた(そして今でもくれている)人であって、すなわち僕の生業三本柱のうち二つの分野において師匠筋にあたる存在。残りの一つ(教育)に関してもけっこう影響受けている。数ヶ月ぶりに会うので積もる話がたくさんあった。新しい話ばかりだった。
 ふたたび東中野に戻ってバーに一軒。平気で開いていた。終電まで飲む。未来人のために説明しておくと4月11日の休業要請以降は20時以降ほとんどの飲食店が店内営業を止めている。酒類提供は19時まで。要請に従わなくたってペナルティがあるわけではないが、「協力金」という名の50万円がいただけなくなる。だからほとんどの場合は店を閉めている。あるいは、閉めているフリをしている。
 夜学バーは広い範囲に知られている(たくさんの人に知られているわけではない)お店なので不正はせず、正々堂々20時にお店を閉めて50万円をもらう予定。
 ここのお酒はとてもおいしかった。マスターの振る舞いは「ストック型」で「セッション型」ではない。どちらの場合も僕は好きだが、自分の適性は「セッション」のほうにあるだろうなと思っている。この話は長くなるので読みたい人は掲示板などからリクエストお!


 社長とはいろんな話をしたが、その中に「人ってけっこう話を聞いていない(理解していない)」というテーマがあった。教室のことを思い出せばわかりやすくて、みんな先生の話を聞いているようで聞いていない。理解しているようで理解していない。この時も僕はそのように考えていた。

 数日経って昨日の深夜、ナインティナインの岡村隆史さんのラジオに相方の矢部浩之さんが初登場し岡村さんに対して「公開説教」をした。僕はやのひろみのエピソードを中1の時にリアルタイムで聴いていて今なお毎週欠かさず聴いているくらいにはヘビーリスナーなのだが、実のところ矢部さんがいなくなってからのオールナイトニッポン(2014年10月以降)は、この際だからはっきり言ってしまうとあんまり面白くはなかった。こうなっちまうんだな、という悲しみすらあった。それでも毎週聴き続けていたのは僕が岡村さんのことをずっと大好きだからである。
 思っていたことは矢部さんの指摘とだいぶ重なる。この期におよんで風俗の話ばかりする、下ネタのハガキばかり読む、ツッコミ不在で独りよがり、イエスマンしか周りにおらず、自虐もぬるい。僕は岡村さんのことが好きなのでべつにそれでもよかったが、「岡村さんのラジオ面白いよ!」と他人に言ったことは一度もないし面白くはないのだからとても言えない。
 偉くなるというのはこういうことなのだな。誰も注意してくれないというのはこういうことなのだ。とある僕の崇敬する歌手も、50歳をこえて今ちと怪しい。僕はその人のことが好きなのでそれでいいのだが、それを面白いとか良いとはとても言えないし、純朴にキャーキャーとその言動を褒めそやしている人たちを見るのは苦しい。
 岡村さんも今年で50。岡村さんを取り囲んでいた風俗野郎Aチームたちの存在は本当にきつかった。御輿にゃ乗らんが吉ですな。
 来週からはもう、下ネタも風俗の話も一切なくして、小西さん(収録に同席している構成作家)との対話形式にして、まあ半年くらいは生放送やめて録音で、ってくらいにすると僕にとっては非常に聴きやすくなる。矢部さんがいたらもっといいけど、それは難しかろうから。

 話を戻そう、矢部さんの説教を岡村さんはどこまで理解したんだろうか? 「理解してないよね」「話聞いてない」と、その放送を聴いていた僕の信頼する友達2名のうち2名が言った。岡村さんはもちろん「お前の言う通りや」「その通りや」という意味の反応を繰り返していた。

 学校の先生をしていた経験から言うのだが、授業をまじめに聞いている生徒は、「わかった」ような顔をしている。しかし、その生徒が「理解」ということをしているかというと、非常に怪しいのである。「わかった」というのが偽りだというわけではない。決してわかったふりをしているわけではない。確かにその生徒は「わかった」のである。その瞬間には、「わかっていた」のである。
 この場合の「わかった」というのは、「理解」ではない。では何か? 「納得」なのだ、と考えたら、すべて腑に落ちた。あーなるほど。僕がここんとこずっとこだわってきたワードに行き着いたわ。
 授業をまじめに聞いている生徒は、「納得」をしているのである。「なるほど、わかった」と思っているのである。ただし、たいていは「理解」というプロセスをすっ飛ばし、いきなり「納得」に至っている。一人ひとりに丁寧に「理解」させるには、そうとうな時間と手間ひまがかかる。数十分の一斉授業で数十人に対してそれをやるのは至難の業。だからとりあえず「納得」だけはしてもらおう、というのが、学校の先生たちの編み出した苦肉の策、というか、現実的な落とし所なのであろう。

 理解と納得は全然違う。ここの説明をちゃんとすると長くなりそうなので納得だけしてもらうとしよう(便利!)。人の話を聞いて、わかったような顔をして、実はあんまり理解していない人は、意外と「納得」だけは勝手にしていたりする。や、けっこうそういうもんでしょう。
「納得のいく説明を!」というのは、「理解できる説明を!」とはちょっと違う。長々と説明をされて、「なんだかよく理解できなかったけど、こちらに対して誠意を見せてくれたのは伝わった」と判断したら、「オッケー」となるのが人の世である。それが「納得」。だいたいのことは雰囲気なのだ。
 ひょっとしたら岡村さんもこれで、矢部さんの言っていることは理解できていなくても、なんだか「納得」だけはしていた、ということなんじゃないか。「自分は悪くて間違っている、相方の言っていることは正しい」という気持ちがまず強くあっただろうから、そこを軸にしてすべて「納得」してしまっていたように僕は思う。「反省」っていうのはまあ、通常そのように行われますからね。

 理解ってのはくるとしたらけっこう後にくることもあるもんで、来週以降、少しずつ理解していく可能性はある。その中で「納得」がくつがえされる(解除される)ことだってありうる。どうなるかはわからない。なにも理解しないまま時が経って、記憶も感覚も薄れていって、また元どおり、なんてパターンもあるだろう。どう転ぶだろうな。50歳になって、人はどういうふうに変わっていくのかな。あるいは、どういうふうに変わらないのかね。なんか、ラジオ聴くのが楽しみになってきた。


 立ち寄ったおとうふ屋さんで気まぐれに豆乳買って飲むようなことをこれまでの長い時間かけて奪いつづけてきたのはどこのどいつだい?
 世の中がそういうふうになっているのって、みんなが理解すっ飛ばして納得に走っていたからだと思いますよ。それはべつに僕の生きてきた数十年っていうだけじゃなくて、少なくとも高度経済成長以降のことだし、明治維新からずっとかもしれない。たとえばお金っていうのが納得のツールとして超優秀だってこと、一つとっても。それより前は、世の中っていうのは今とあまりに違うみたいだからちょっと考えがめぐらない。
 いま起こっていることもだいたい、「理解と納得」っていう観点から見ると面白いような気がする。みんな「理解」してないで、勝手に何かに「納得」をして、その納得の上に立って何かものを言ったり行動をするでしょう。そういう人たちに足りないのは、「わからない」っていう謙虚さ。「自分は理解できていない」というのを出発点に、「だから納得なんてこともできようがない」っていうのを前提に。「ほいじゃどうしようかね?」って、落ち着かないとね、そこで。
 なんか、「わかった」ような顔をしている人がよく目につくでしょう。そういう人たちは「納得」だけしてるんだって疑ったほうがいい。なんもわかってない上に、「わからない」という謙虚さもない。ただ「納得」だけを握りしめて、振りかざし、それが不気味にかがやいている。

 過去ログ  2020年4月  2020年5月  2020年6月  TOP