少年Aの散歩/Entertainment Zone
⇒この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などとは、いっさい無関係です。

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2019.6.29(土) 客観性(相手がどう思うか)

「相手からどう思われるか」は考えても、「相手がどう思うか」は考えない人がいる。
 絶妙にみえるが、かなり大きな違いである。

 たとえば、ものの食べ方が汚い人がいたとする。その人に「食べ方が汚いですよ」と注意する。すると食べ方の汚い人は、「いいんだよ、おれは、自分がどう思われたって構わないんだから」と言った、とする。
 その人は「食べ方が汚いと、人から悪く思われますよ」と解釈したわけだ。
 しかし注意した人の本心は、じつのところ「食べ方が汚いと、人を不快にさせますよ(自分は不快です!)」なのである。

 ものごとを自分中心に考える人は、「見られている自分」のことは考えるけれども、「それを見ている他人の気持ち」は考えない。
「こういうふうに思われるのはいやだ」という発想には二つの側面があって、「自分はそんなふうに思われたくない」という気持ちと、「相手をそういうふうに思わせるのは申し訳ない」という気持ち。
 この「申し訳ない」という観点がない、というわけ。


「また来ます」や「お久しぶりです」という言葉について、かねてから夜学のテキストページに書いてきた。
 いずれも、「自分の事情にのみしたがって発言していて、それを言われたほうの事情までは深く考えていない」という点を問題にしている。
「がんばって」という言葉もわかりやすい。「がんばって」と言う自分は、当然「応援している」という自分で、それだけなのだが、言われたほうにとっては、「がんばってって言われても」だったりするのである。
「十分がんばってるつもりなのに、これ以上なにをがんばればいいんだ?」かもしれないし、「がんばりたくなんかないんだよ」かもしれないし、「がんばらなきゃ……はぁ……そうだ……がんばらなきゃ……」かもしれない。「お前なんかになにがわかる!」ということもあるだろう。もちろん「ありがたい! そうだがんばろう!」となる可能性も大いにあるのだが、そうでなかった場合のことを考えると、あまり軽はずみには言えないはず。
 で、言った側は「そういうふうに思われてしまうかもしれない」という危惧はしても(しない人も多かろう)、言われた側の気持ちについては、あまりわかっていなかったりする。
 僕が嫌だったのは、「今日は元気ないね、あなたらしくないよ?」といった類の言葉だった。知るか、という話。僕の元気の有無を、なぜあなたが決められるのか。「僕らしい」というイメージを、なぜあなたが勝手に決めてしまうのか。
 これも、発言した自分がどう思われるかというのは、「他人を気遣う優しいわたし」で完結しているのだろうけど、言われたほうの気持ちをほぼ考えていない。「偽善っぽく見えちゃうかな?」とは考えても、「相手が嫌な気分になるかもしれない」という心配は、あまりしない。

 自分より年齢の若い女性を「○○ちゃん」と呼んで、相手が違和感を持ってしまった場合、呼んだ人は「おっさん」とか「気持ち悪い」とか「距離感おかしいだろ」とか思われてしまう。
 ここで同時に、「言われたほうの女性の気持ち」にも意識が向くことが当たり前なのだが、これが意外と、向かない人も多いのだ。「○○ちゃん」がじゅうぶん、容易に、相手を傷つけたり不快にさせるということに、思いが至らない。

 ツイッターだってそうだ。「こういうツイートをしていると、わたしはこういうふうに見られてしまうかもしれない」というところは考えることができても、「そのツイートを見てしまった人の気持ち」までは考えることができない。
 政権がどうのとか、性的少数者がうんぬん、フェミニズムがどうの、というツイートを大量にリツイートしたり、自分でもつぶやいたりしている人は、「自分がどういうふうに見られるか」は多少わかっても、「それを見た人たちがどういう気持ちになるか」はあんまりよくわかっていないらしい。
 下品なツイートばかりしている人も、「下品なやつだ」と思われるところまでは想像できても、その下品なツイートを目にして気が滅入っている人のことまでは、想像がおよばない。
 想像しないまま、持ち出される必殺技が「嫌なら見なきゃいい」。
「わたしは嫌だと思われても平気だ、あなたが嫌なら見なければいいだけのことだ。」
 そうですか、あなたは他人を「嫌」だと思わせて平気なのですね。
「ええそうです、わたしは他人を『嫌』だと思わせて平気な人間だと思われて、平気です。」
 自分中心の考え方、というのは、これである。

「自分はどう思われようが構わない」が、そのまま「相手がどう思おうが構わない」になってしまっている。「相手がどんな気持ちになろうが知ったこっちゃない」である。
 いいやつってのはたいてい、「自分はどう思われようが構わないが、相手がどう思うかは気にする」ものなんだけど。(思いやりって、たぶんそういうものでしょう。)

2019.6.21(金) 客観的に相手を見る

「自分を客観的に見る」ことも大事だが、「他人を客観的に見る」ことも大事である。いま目の前にいて自分と接している他人なら、「相手を客観的に見る」ということになる。
「自分を客観的に見る」というのは、「他人から自分はどのように見えるか、見えているか」という視点で自分を捉えるということである。で、「相手を客観的に見る」というのは、「他人から相手はどのように見えるか、見えているか」という視点で相手を捉える、ということ。
 つまり、「自分から相手がどのように見えているか」だけでなく、「客観的な視点からだと、相手はどのように見えるのだろう?」と考えることが大切、と僕は言いたいわけです。
 客観的に自分を見て、客観的に相手を見て、その他の他人も客観的に見て、それで初めてその「場」とか「空間」を客観的に見つめることができる。
 そういう仕組みなんじゃないか。
 
 人はつい、向き合っている相手のことを「自分の視点」で見てしまうものだ、と思う。でもそれと同時に、「客観的な視線」でも相手のことをちゃんと見ないと、「思い込み」や「被害妄想」などの出番になる。
「あなたは私に冷たい!」と言うときには、「自分の視点」だけでなく「客観的な視点」からも見たほうがいいよ、というわけ。
 ここで第三者に、「あの人は、私に冷たいよね?」という問いかけをしても、「そうだね」か「そうかな」くらいしか返ってこない。あまり意味はない。「やっぱり!」というかたちで思い込みを強化するだけに終わりかねない。「そうかな」と言われても「そうだと思うんだけど」で終わるのが大抵であろう。
 だから自分の中にはいつも「自分の視点」と「客観的な視点」の両方を持っておいて、二つの目で相手を見るようにしたほうがいい。

「それも私の、ひとりよがりか?」とセリヌンティウスをついに疑ったとき、はじめてメロスは客観的な視点を得る。大げさに言えば、自我が芽生える。これをもって「大人になった」とか「近代人になった」とか、いろんな言い方ができる。(そういう授業をしていたもんです!)
 メロスはセリヌンティウスのことを、「自分の視点」でしか見ていなかった。セリヌンティウスは親友だ、私を裏切るわけがない、そう思い込んでいた。それを「ひとりよがり」と気づいたのは、たぶん「客観的な視点」から相手(セリヌンティウス)を初めて見たからなのだ。あるいは、自分を。自分たちを。ないしは、あらゆることを。
(人間が賢くなるってのはこういうプロセスを経るもんなんだ、ということを表現したお話として、僕はこの太宰治の『走れメロス』という作品を強く推します。で、賢くなったからには「恐ろしく大きいもの」に向かって、走んなきゃいけないんだよ、っていう、お話だと思っております。)

 自分を、相手を、自分たちを、その他の他人を、世界を、宇宙を、くまなく客観的に見られる存在がいるとしたら、それは神で、神に近づこうなんてのはおこがましいかもしれないけど、ちょっとくらいお手本にしてもバチはあたらないんじゃないかなあ。
 ある場においてよく振る舞うために、せめてその(小さな)場くらいのことは。

↑記事の補足、「主観と客観と葛藤」

「自分が当たり前だと思っていること」が、すなわち「みんなが当たり前だと思っていること」というふうに錯覚してしまっている人はとても多い。
 自分が当たり前だと思っていることと、他人が当たり前だと思っていることは違って、他人が100人いれば100通りの「当たり前」があるのだ、ということを、ちゃんとわきまえている人はとても少ない。
 いや、ほんとうに。

 主観と客観がまぜこぜになって、分けられていない人は多い。
 自分の考えでしかないようなことを、客観的意見のように言う人。
「私は美人じゃない」と言ったとき、それは「自分の考え」であって、必ずしも「客観的意見」ではない。しかし「私は美人じゃない」という言葉は、客観的意見として言っているように周囲には聞こえる。
 正しくは「私は美人じゃないと(私は)思っています」だが、まだるっこしいから略して「私は美人じゃない」になるんだろうか。
 でも「私は美人じゃない」と言われると、「いやそれはあなたが決められることではないでしょう?」とツッコミたくはなる。
 自分は美人じゃないと思っても、誰かから美人だと思われてしまうことはある。「私はあなたを美人だと思います。」と告げられることもあるだろう。それで「いいえ、私は美人ではありません。」と返しても、謙遜にしかならない。「美人であるかどうか」の議論にはまずならないし、たぶんできない。美人じゃない一票、美人である一票。それだけのこと。

「自分の考え」と「客観的意見」の間にはけっこうズレがあって、そのズレに悩む、葛藤するのが、思春期というもの。
 それを経て、「自分はこう思うが、客観的にはこういう考えもあるだろう。」ときっちり分け、整理して、その上で悩まない、葛藤しないようになるのが、思春期の超克である。
「私は自分を美人じゃないと思うけど、私のことを美人だと思っている人はけっこう多いらしい。どうも客観的には私は美人であるということのようだ。でも私は私を美人だとは思わない。さて、どうしてなんだろう? このズレは、いかにして生じたものだろうか? そもそも美人というものとは?」
 なんてふうに思索を深めていくのが、思春期以後の世界。

(ちなみに、思春期は何度も訪れる。いくつになっても。だからこれは、別に若い人々についての話題ではない。)

2019.6.15(土) 「好き」と一方通行

 人と人とが関わるときに、「一方通行」はあまりよいとはいえないし、「双方向」も特によいわけではない。
 先回のキーワードだった「また来ます」は、「一方的」な宣言である。「また来ます」「また来てください」となれば、「双方向的」になる。
「好き」という宣言は「一方的」である。「好き」「わたしも」となれば、「双方向的」になる。
 もちろん、「好き」「うるせえ!」だって、「双方向的」には違いない。
「また来ます」「もう来るな!」も、双方向的。
「双方向的」というのは、原則的に一問一答(ないし多問一答、一問多答、多問多答)であって、クイズやゲーム、学校のテストと仕組みが似ている。5月26日の記事に書いた「質問」もこの形式。
 会話をキャッチボールやラリーにたとえる場合があるが、それらは「双方向的」なものである。「会話のキャッチボールは大切だ」と言うような人は、「双方向的な会話」を良しとしているのだろう。
「双方向的なコミュニケーションはよくない」と言うつもりはない。便利な手段の一つである。ただ、ほかにも会話の形式というものはある。たとえば「積み上げる」だったり、「突き合わせる」だったり、「置く」と「拾う」だったり、さまざま。
 コミュニケーションというものはたぶん「一方通行」から始まって、やがて「双方向」を覚え、さらにだんだん、少しずついろんなやり方を覚えていくものなんじゃないだろうか。まずは自分の言葉を自分のために言うことから始まって、だんだん「質問」や「返事」ができるようになって、それから豊かに、ふえていく。
「自分の言葉を自分のために言う」しかしないような人もいる。質問や返事ばかりしかしないような人もいる。

 さて、あなた[誰?]の口にする「好き」という言葉は、「一方的」か、「双方向的」か、あるいはそれ以外か。(このあたりは3月1日の記事に関連するかも。)
 べつにどれだっていい。悪いことじゃない。だけどその種類に応じてじつは、その言葉の持つ意味や効果、影響などが変わってくるかもしれない。そういうことを意図的に操作できたら、けっこうトクかもしれない。(詐欺師はみんな心得ている。)


「(あなたのことが)好き」という言葉は通常、かなり鋭利な矢印で、言われた側を強く撃つ。うれしいかうれしくないかは別の話で、とにかくそれは「飛んでくるヤジルシ」なのである。だから「対処」が必要になる。そのぶんだけ、撃たれた側は負担になる。言う側はそういうことを、いったいどれだけわかっているだろうか?
 そういうふうにヤジルシを飛ばすのが「一方的」で、互いに飛ばし合うのが「双方向的」。だけどヤジルシなんて物騒なものを使わなくたって、仲良くはできる。人と人とのあいだにテーブルを用意して、その上に言葉をそれぞれ出し合えばいいだけなのだ。そうしたらヤジルシが身に突き刺さることはない。テーブルの上が多少雑多になったり、殺風景になったり、ときおり芸術的な様相を呈したり、するだけなのだ。
「例の事件、どう思います?」じゃなくて、「いやあ、物騒なことがあるもんですねえ」にするだけで、ヤジルシではなくなる。相手の負担はかなり減る。もっと慎重にするならば、「なんか最近、ねえ。ほら……。」と言ってみて、相手がピンと来ていなかったらその事件を知らないか興味がないということだし、嫌そうな表情を見せたらその話はしたくないということだとわかる。それで違う話題のほうがいいなと思ったらさらっと「まあ、暑くなってきましたねえ。」とか言って向きを変える手もある。
「また来ます」にしたってヤジルシであることに変わりはない。だからそれは時に重大な意味を持つ。その意味がわからないうちは、気軽に使わないほうが無難なんじゃないかなあ。

2019.6.09(日) 「また来ます」

 何回も何十回もお店に来てくれていて、また来ることがほぼ間違いないような人でも、帰り際に「また来ます」と言ってお店を出て行くことがある。変なことを妙に気にする偏屈な僕は、「なぜ、わざわざ『また来ます』と言うのだろうか?」と考える。
 この件についてあまり書くと新しく出すおはなし(ちゃんと出ます)のネタバレっぽくなってしまうので軽く記すのみにしておくけど、また来ることが双方にとって明らかなのに「また来ます」と言うのは、たぶん口癖になっているということなんだろう。

 また来ることが明らかでない場合は、「また来ます」と表明したくなる気持ちは理解できる。表明する必要もないと思うけど、言いたくなる気持ちはわからないでもない。
 でも、「また来ます」と言う人にかぎって、なかなか(あるいは二度と)来ない、という話もある。なんでかっていうと、もう「満足」しているから。「また来ます」と言った時点で、そのお店はその人の中で「想い出」になっているから。つまりいったん、終わっているから。(そういう場合もあるって話で、絶対にそう、というわけではないです。もちろん。)
 ある場所に旅行に行って、「すばらしかった! また来よう」と思っても、ほんとうにふたたび訪ねていくことはまれである。だけど旅館のおかみさんには「また来ます」と言ってしまう。10年後にまた来るかもしれないが、その10年のあいだは「行けてないなあ」と思い続ける。近所のお店だって、そのくらいのもんだ。そういう時にお店は、観光とほとんど区別がつかない。
(「わたしは同じところに何度でも行くよ」と思っている方もおられますでしょうが、また行きたいと思ったすべての場所に複数回必ず通うのかといえば、現実的にはなかなかそうはいかないのではないかと存じます。)
 また行きたい、という気持ちを表明するだけだ、それを実現する気もある、だから「また来ます」と言うのは自然ではないか? という感覚に対しては、「それはわかるんだけど、それを表明することに何か意味がある?」と思う。「あら、また来たいと思ってくれるのね、うれしい!」と思ってくれる人ばかりではない。なぜならばお店の人というのは、「また来ます」と言うだけ言ってまったく来ない、というお客を無数に知っているからである。その言葉が基本的に社交辞令として使われる、ということが身にしみている。初めて言われた「また来ます」であれば、「また来てくれるんだ!」とまずは喜ぶかもしれないが、それが実現されなかった場合、「来ないなあ」と約束を破られたような気持ちになるだろう。待っているうちに第二、第三の「また来ます」が言われ、またそれも裏切られ、「ああ、また来ますと言ったって、ほんとうにまた来るとは限らないんだ」と学習し、「また来ます」という言葉を額面通りには受け取れなくなる。
 そこにこそ「風情」があるのだ、というのも一面の事実かもしれないが、それはお店の人が勝手に噛みしめるものであって、言う側はその風情をコントロールできない。つまり、「また来ます」を相手がどう受け取るのかは、言う側にはまずわからない。
 相手がどう受けとるのかわからない言葉を口にするのは、何のためかといえば、自分のためである。自分が言いたいから言うのだ。
 それでも、いや、だからこそ、人は「また来ます」を言ってしまう。言いたいのだから。自分の気持ちを満たすために、それを口に出してしまう。

『南国少年パプワくん』という漫画で、シンタローはパプワとの別れ際「またいつかきっと……」と言ってしまう。それに対してパプワは「いつだ いつかなんて日はいつだ!」と返す。それでシンタローは「大人はすぐに “また”とか“いつか”とか 言っちまうんだよ」と涙を流す。小学生だった僕はそれを読んでいたく胸をうたれたし、たぶん多くの人がそれを「名場面」と捉え、記憶に残しただろう。
 シンタローが「またいつか」と言ったのは、自分のためだった。それをパプワはすぐに見抜いた。そういうシーンだと僕は思う。シンタローはパプワとはもう、おそらくかなり長い間、会うことができない。その罪悪感を拭うため、あるいはパプワを一方的に(上から)慰めるため、そういう方便を言った。だけど子供にはじつは、そんな小細工は通用しない。「今度の日曜は遊園地に連れていくって言ったじゃないか、パパー!」っていうのと一緒で、それで子供はずいぶん傷つく。

 そんな(ふうに僕が理解している)「また来ます」という言葉が口癖になっている、というのがどういうことかというと、「その言葉がどういう意味を持つかをそのつど検討せず口にしている」といえないでない。「また来ます」が適した場面もあれば、適さない場面もあるはずなのだが、「好きだと思った店を出るときは『また来ます』と言う」が習慣になっていると、「そのつどの検討」がおろそかになってしまう。
 時間の都合などで話が尻切れになってしまい心残りがある、という場合なら「また来ます」は適しているかもしれない。でもその場合にしたって、「この話は、またこんど」とかいえばいいので、きまって「また来ます」という五音であるのならば、それはやはり口癖だという気がする。そのつど、そのときに合った言葉を発する、というのが「誠実な言葉の使い方」だと僕は思うので、妙に気になってしまうというわけ。
 初めて来たお客さんが、「また来ます」と言うのは理解できるし、嬉しくなくもない。素直に「また来てくれるといいな」と思う(言われなくたって思うけど)。で、何ヶ月も何年も来なかったら、「あの人はもう来ないのかなあ」とぼんやり思う。「また来るって言ってたんだけどな」とか「もしかして何かあったのかな」とか思ったりする。「橋本治が死んだら来ます!」と言ってお店を出ていった女の人もいたけど、橋本治が死んで四ヶ月半たった。まだまだ僕は、たぶん死ぬまで待っております。まあその人の時間感覚がたぶんちょっとゆったりしているだけのことで、そのうちひょっこり現れるとは思いますが。ちなみに、もちろん僕はその時に「死ななくても来てください!」と叫んだんだけど、ほんとに死んでからってことになっちゃったなあ。
 何回も何十回も来ている人が、「また来ます」と言うならば、「なんで?」と思う。「もう来ない可能性を、こちらが考えていると思うの? だとしたら、ちょっとさみしいなあ」なんて思ったり。こっちはその人がお店にくることを「当たり前」とか「日常」と思ってるんだけど、あちらはそうでもないのかな、とか。どうしてその言葉が、口癖みたいになっちゃってるんだろう? とか。
「じゃ、また」とかだったら、そこまで考えることはない。「うん、また」とだけ思う。「また来ます」の場合は「もう来ません」が反対語として内包されていて、それが同時に想起されてしまうから、じゃないかな。「好き」とわざわざ言われることへの違和感(ありませんか?)も、ここに由来するのだと思う。表裏一体。イエスと同時にノーが生まれる。二者択一。イエスをとればノーが消える。世界が半分ずつ見えなくなっていく。(「質問」の話と、大いに関連します。)

 いろいろ書いてしまったけどこんなのは言葉尻を捕まえて遊んでいるだけのことで、「また来るんだからまた来ると言ってるだけなんですけど?」ということならば、「そりゃそうだ」と僕だってストンとうなずく。ただ、その言葉が相手にどういう気持ちを抱かせるか、ということは、ちょっとくらい検討してもいいかもしれないよとは思いつつ。

2019.6.05(水) 涙をとっておく

 05301048母方の祖父が亡くなった。3日4日は通夜と葬儀のため長野のとある地方都市に行ってきた。多くのことを考えた。身内のことなのであまり多くは書かないが、自分にとって大切なことだけ記しておく。
 朝バスで新宿から乗って、納棺に立ち会う。飲みながら座敷でゆったりと、7時間くらい食事していた。いい時間だった。21時前から街をぶらついて、良い飲み屋でもないかと目星をつけていく。2軒入ったが、どちらも名店だった。ほかにいくつも間違いなさそうなお店があったが、おとなしく23時くらいに帰った。
 僕がいう「いい店」とか「間違いない」というのは、「そこにすばらしい人がいる」というくらいの意味である。街は巨大な出会い系、と思っている。(そうやって良い人たちと知り合うことが、自分の未来を作ってくれるのだと思う。)
 その夜、なぜかまったく眠れなかった。階下にじいさんがいたからだろうか。起きたのも7時くらいで、喫茶店にでも行こうと家を出た。11時すぎに出棺だから、それまでに帰ればよい。
 泊まったのは祖父母の家。それで通夜と葬儀のあいだに2度も出かける、というのはひょっとしたらちょっと珍しいのかもしれない。とがめる人もさみしがる人もいなかった。そういう家、というか、そういう一族なのだろう。根底に「自由」がある。
 となり駅まで歩き、そこの喫茶店でモーニングして、骨董屋やパン屋や洋菓子店などをまわり、散歩しつつ、もういちど別の店でモーニングを食べて帰った。
 出棺。火葬。葬儀。食事。途中で抜けて特急で帰った。で店に立ったが、着いてからお客は一人もこなかった。
 祖父は「ろくに働かず酒を飲んで暴れる」ような人だったという。それもちょっとやそっとではない。詳しく書けないし書きたくもないので、察していただきたい。それで91まで生きた。
 同居しない孫である僕(ら)からしたら、「ちょっとキテレツな優しいじいさん」でしかなかった。しかし、僕なんかは60を過ぎてからの彼しか知らない。ほかの兄弟でも事情は似たようなものだ。まだ若かった頃の蛮行については、祖母や母や伯父から聞くしかないわけだが、それで十分である。母ははっきりと「父親を尊敬できない」と言った。それで十分なのだ。それによって僕は、彼を尊敬するわけにはいかなくなる。
 悪い思い出は何もない。好ましい思い出しかない。ボケちゃったあとで「誰だお前! 人の家でなにしてる!」と言われた時はさみしかったけど、その程度だ。60を過ぎてからボケるまでの祖父は、ものすごく面倒くさい存在ではあったが、だいぶ丸くなっていたとは思う。弱くなっていたというのもある。一緒に住んではいなかったからわからないけど、孫やひ孫に対しては優しく、面白く、楽しい人間だったはずだ。晩年は酒も、それほど飲んではいなかった、と思う。
 それでも、好きか嫌いか、と問われれば、口ごもるしかない。それは、僕が心から大好きで尊敬している母と、その母が(あるいは伯父が、そして一族みんなが)心から愛する祖母を、大いに苦しめてきたからである。
 僕はお母さんが本当に好きだが、同じくらいお父さんが好きだ。一緒に過ごした時間や、直接してもらったことだけならばお母さんのほうがずっと多いんだろうけど、そのお母さんがお父さんを心から尊敬しているんだから、僕はそのぶんもお父さんのことを好きになる。尊敬する。そういう理屈って、あるのだ。
 お父さんのことを僕は本当にすごいと思うし大好きである。そして「お母さんがお父さんを好きである」という事実が、さらにそれを膨らます。その逆もある。そういうことどもによって「この二人が大好きだ」という気持ちが強くなる。セットで好きになる。だから僕はお父さんもお母さんも、同じくらい好きだと言える。いや言わなければいけない。「お母さんのほうが好きだ」と言っても「お父さんのほうが好きだ」と言っても、二人ともいい顔をしないのはわかりきっている。
 こういうことは本当にむずかしい。僕は、ある人のことを、永遠に許すことがない。僕の大好きな人たちのことを、まちがいなく苦しめたからである。僕のことも苦しめた。しかも、今に至るまでそれについての反省は見られない。しかし、もしも僕がその人のことを憎んでしまったら、いちばん悲しむのは僕の大好きな人なのである。だから憎まない。許すこともないし、好きだとも言えないけど、憎んだりもしない。むずかしいところだ。
 好きだとは言えないけど、いい思い出がないわけじゃない。それなりにある。これがまた僕に対してはけっこう優しかったりもする。だから嫌いだということもない。
 好きでもないし嫌いでもない、許すことはないけど憎むこともない。愛しているか、と言われたら、これは口ごもる。ひょっとしたら愛しているとは言えなくもない。感謝していることもある。ありがたかったと思うこともある。人格的にも良いところはある。悪いところもたくさんある(と、僕は思う)けど。
 その人が死んだら僕は、たぶんじいさんを亡くした伯父の気持ちの、縮小版みたいな感じになるのだろう。
 伯父は言った。「涙は祖母のためにとっておく」と。なんて深く重たい一言だろうか。実際、通夜でも葬儀でも、目に涙をためるくらいのことはあったかもしれないが、伯父はまったく泣かなかった。もちろん母も、そして僕も。同じように、涙は祖母のためにとっておきたいのだ。(祖母には特別な呼び方があって、本当はその呼び方でみんな話しているのだが、あえて「祖母」と表記する。)
 ああ、でも、「その人」が死ぬころには僕の「大好きな人たち」はとうに亡くなっているだろう。涙をとっておく先がない。しっかりと泣けばいいのかな。そのために「大好きな人たち」は、先に死ぬのかもしれないな。どこまでも優しい人たちだ。わかった。そのころにはただ、素直にやります。
 ところで、祖母は67年間ものあいだ、祖父に耐えた。べつに好きで一緒になったわけでもないらしいのに、話を聞くだに恐ろしい、凄惨な目に遭い続け、それでも立派に一族を作り上げた。祖父と祖母の間に生まれた一族は、数え上げると血縁だけ(嫁や婿を含まず)で17人いる。もちろんまだまだ増えるだろう。なんという偉大さだ。そしてその祖母を間近で見て育った僕の母も、同様に偉大だ。偉大なる伴侶を得たうえに、奔放な僕ら兄弟に耐え抜いたのだから。耐え抜いた結果、僕らはみんな、それぞれなりに立派になった。一生頭が上がらないし、永遠に尊敬し続けたい。お父さんとともに。
 祖母と母の血が、僕にも流れている。僕もちょっとやそっとのことは耐え抜いてしまう。運命を受け入れ、「それならば」とがんばれてしまう。血というならば祖父の血だって入っているのだから、本当はそうではなく、「見ていた」ことが大きいのだろう。母の姿を尊敬するがあまり、母のそういう部分を受け継いでしまったのだと思う。どれだけ理不尽でつらいことがあろうと、耐えることができる。「耐えることによって守られるもの」を優先できてしまう。ちょっと悲しい気持ちもあるけど、祖母も母も世界一美しいわけだから、それで正しい。僕はあの二人が好きだ。
 葬儀に来られなかった兄がいた。「祖母のときはみんな集まるといいね」と送ったら、「そうだな」と返事があった。
 話は変わる。母の葬儀は、母があげるなと言うならば、絶対にあげたくない。これだけは生前の願いを叶えてあげたい。母はなんでも耐えてきた。本当は喪服も着たくないだろうし、合掌だってしたくはないんだろう(べつにほかの特定の宗教に入っているわけではないです)に、当たり前のようにそういうことをこなす。僕が小さいころから、葬式はあげてくれるな、と母は言ってきた。だけどよく話にも聞くが、あげたくなくてもあげざるをえない、ということはあるようだ。もしあげざるをえないようなら、母は黙って受け入れるだろう。着たくもない服を着て、したくもない焼香をするように。でも最後くらい、好きにやらせてあげたいのだ。もしも本人が「あげるな」と言うなら、あげないであげたい。どうにかならんもんですかねえ。まあ、こんな願いも、もし「やらざるをえない」というなら、僕も黙って受け入れますよ。そういうことを、受け継いでるんだから。
 それにしても母、つよいので、職場からの香典や弔電のたぐいを、すべて断ったらしい。ほかの人の時は黙って出すが、自分は断固として拒む。そういう人なのだ。そういう「しがらみ」や「風習」のようなもの、だれかの「自由」をおかすもの全般が、原則として好きじゃないのだ。「宗教」だって同様だ。僕の根底に「自由」があるのはその影響だし、なぜ母の根にその思想があるのかといえば、おそらくは祖父のせいなんだろう。

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