少年Aの散歩/Entertainment Zone
⇒この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などとは、いっさい無関係です。

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2017.07.11(火) 17周年+ここんとこのこと

 2017/07/23に書いています。なかなかいろいろありすぎて書き切れないので、ダイジェストで。

【11日】
 Ez(このHP)17周年記念~ということでお店に行ったのですが、全国に30人いるはずの読者の方々はどなたもいらっしゃいませんでした(告知しなかったので当然といえば当然ですが)。その代わり、「僕=HP」(そういう時期も一瞬あった)なんかでは全然ない、最近知り合った若い人たちが何人か来てくれて、なんだか意外に幸せでした。
 やはりウェブサイトというものは、ひっそりと日常的に続き続けていくことに意義がある、それはお店でも、生きるということでも同じだなあ、などと、考えてしまいます。管理人の死んだ「閑古鳥の止まり木」は、当たり前に相変わらず、更新が途絶え続けております。これからも途絶え続けて、いつかなくなってしまうのでしょう。

 ところで、お店の前は勤務校の体育祭を観に行ってきました。学校ではふだん写真を撮れないので、生徒たちはここぞとパシャパシャしまくります。修学旅行などの行事に原則参加しない僕のような非常勤講師はとりわけレア度が高いので、「写真とろ!」ってめっちゃ言われます。
 昔は写真がとても苦手で、レンズを向けられるとぎこちない苦笑いのようなハニカミを浮かべることしかできなくて、だから僕の写真ってのはだいたい写りが悪いと(自分内)定評があったんですけれども、「楽しそうに撮ったらどうしたってかわいく写る」ってことに最近気づいて、思いっきり「ニコ!」って、ポーズなんかもするようになったら、その結果がどうだっていうのはあんまりわかんないんだけど、ともあれ写りを気にするようなことがなくなりました。

「自信ってのが何より大事」って僕は本当に最近強く思うんですよ。でも、「自信を持たなきゃダメ」っていうときの一般的な意味合いとは、やや違う。僕なりに「自信」ってことを考えると、それはやっぱ6/30に書いた「自分らしく」ってことで、すなわち「自分が好きだと思えるような自分でいる」ってことなのではないかな、と。

 自信という字は、「自分を信じる」「自分への信頼」「自分であると確信する」などなど、いろんな読み方ができると思うけど、「信」は「まこと」と読むこともできるので、「信の(うそのない)自分」というふうに考えたって、いいわけです。

 2013/5/25にも書いているけど、『レヴァリアース』で「おばば」がシオンに言う、あのせりふ。

自分の気持ちに… 感情のままに… 素直であってくだされ…
でなければ いずれ わからなくなってしまいます
(夜麻みゆき『レヴァリアース』第3巻P178

「信(まこと)の自分」ってのは、「真(しん)の自分」とは違う。
「真の自分」と言ってしまうと、「これが自分だ!」という確固たる答えが唯一、常に存在するかのような感じが、してしまう。
 対して「信の自分」というとき、それは「そのつど素直である」というくらいの意味しかない、ように思う。
 だから僕の言う「自信を持って」っていうのは、「君はできるんだ、やれる、がんばれ!」という励ましではなくって、「そのつど素直に」という助言に近い。そのつどそのつど、素直に考えて、振る舞って、「これでいい」と思えることが、「自信」なるもののまったく良き姿であろう、と、思うわけです。
(もうちょっとわかりやすく考えるならば、自信を持つ、というのは「自分の信(まこと)」を持つ、というふうに表現すべきかもしれません。このへんを掘るとさらに大きな話になりそうなので、またいつか。)

 生徒にカメラを向けられたら、そのことは嬉しいし、そのときは楽しいし、かっこつけたいし、かわいくもありたいし、「ノリがいい!」って喜んでもらいたくもある、んだから、ニコって笑ってダブルピースするのが、僕なりのそのつどの「素直さ」ってもので、それを僕は「これでいい!」と思えるのだから、それは自信、ということなんだろうなあ、と。

 で、実は、そのようでいたほうがいい、と思えるようになったのは、漫画家のMoo.念平先生のおかげなのであります。ということで、つづく。


【15日】
 Moo.念平先生ご出演のトークイベントへ。
 イベントの終わりに、壇上の出演者たちを会場のみんなが撮影できるよ、という時間がありました。Moo.先生は写真を撮るとき、おどけた表情やポーズを必ずとります。この日も例に漏れず、写真撮影タイムのあいだじゅう、あれこれいろんなふうにキメていました。僕の知る限り、Moo.先生がただマジメな顔をして写真を撮られているところは、見たことがありません。31年前に出た初単行本『あまいぞ!男吾』1巻の著者近影からして、両手の小指を口につっこんで広げ、ベロを出して目を見開いている様子なのです。たぶん30年ずっと、こんなふうな写り方をしているのだと思います。
 僕はそれをいつからか、「カッコイイ!」と思うようになりました。それで、上に書いたように、生徒と一緒に写真を撮るときなんかは特に、ニコッと笑ってポーズ! ってのを、するようになったのです。
 Moo.先生のモノマネをする、ということではなく、Moo.先生はMoo.先生らしく写真にうつるのだから、僕も僕らしく写真にうつろう! というわけです。

 いやはや、本当に、僕はMoo.念平先生にめぐりあえてよかった! 『あまいぞ!男吾』を小学校低学年から読んでいた、というだけで幸福なことだし、今に至るまで心の底から愛し続けていられることも素晴らしい。大人になってもずっと追いかけ続けていたからこそ、こうしてイベントに出かけ、熱く言葉を交わしたり、冗談を言い合ったり、一緒にはちきんガールズのライブを鑑賞したり(!)できて、その中で、僕は今なお、たくさんのことを先生から、その言葉から、振る舞いから、在り方から、学び、吸収しています。「ニコっと笑ってポーズ!」みたいに具体的なことだけじゃなくて、心の奥底にある大切なものも、たくさんその光を浴びています。

 イベントの終わりに、司会者から「最後に一言!」と求められたMoo.先生は、ちょっとだけ迷ってから、以下のようなことを仰いました。
「ぼくは小さい頃から、もっと漫画を描きたい、24時間漫画を描いていられる身分になりたい、と思い続けてきました。そして今、そのような状態になれています。これからもそれを続けて行きます。小さい頃の自分のあの気持ちを、裏切ることはできません」
 この時の発言には、「読者への感謝」だとかほかのいろいろな内容も混じっていた気がしますが、そのあたりは記憶がおぼろげなので、比較的正確なはずの、僕の記憶に鮮烈に残った部分だけを抜き出したのが、上記です。
「小さい頃の自分を裏切ることができない」と言うのならば、僕もまったく同じで、小さい頃に『あまいぞ!男吾』を読んで、「これは素敵だ」と思った、その気持ちだけは、絶対に裏切ることはできません。時に迷うことも、くじけそうなこともあるけど、そのたびに「いいのか?」とブレーキをかけてくるのは、小さい頃の自分だし、小さい頃からずっと続いてきた、自分の変わらない気持ち。それを大切にできないような人には、なりたくないなあ、という、美意識。そんなところも、いつの間にかきっと、Moo.先生から受け継いでいたのだ、あるいは、共鳴していたのだなあ、と、思います。
 橋本治さんも『ぼくたちの近代史』の中で、「17の自分に対してやめられない」と言っていました。こういう気持ちを「過去にこだわる」と斬り捨ててしまうのはやはり雑で、だってそれは「自信」っていうことに深く深く関わることなんだから、絶対に無視なんかできないよ、って僕は思います。
 自信、というものが「信の自分」、すなわち「自分らしい」ということだと考えるならば、そこに「過去の自分」が関わってこないはずがない。小さい頃の自分や、17の自分を、裏切ってしまえば、ある意味で生きやすくはなるかもしれない。でも、それで失われるのは「自信(自分の信)」です。それを失うと、たぶん10年、20年という長い時間の中で、少しずつひび割れが生じてくるんじゃないのかな、と。今年で54歳を迎えるMoo.念平先生の、ほんとうにカッコイイ姿を見ていて、そう思うのです。
(ちなみに、Moo.先生は「ぼく」「おれ」「わたし」という一人称をかなり柔軟に使い分けています。そんなところも、「そのつど感」があって、とても好きです。)


 そういうわけで17周年を迎えたこのサイトも、「15歳の自分」のことを考えれば、永遠にやめることはできません。
 本当に、今だから言いますが、やっぱり圧力はあるんですよ。インターネットで自分の思うことを表明し続けるっていうのは、家族や恋人や友人たちに、少なからぬ影響を与えます。だから暗に、「そんなことやめなさいよ」と言ってくる人はいるのです。そう書けば当事者は「私はやめてほしいなんて言っていない」と反論するでしょうが、「私が嫌な気分にならないことだけが書かれるべきだ、私が嫌な気分になるような過去の記事は書かれるべきではなかった」というオーラを気の小さい被害妄想の僕はどうしても感じてしまって、「ああ、もうやめたほうがいいんだろうな」「過去ログも消してしまおう……」と、半ば先回りして縮こまってしまうのです。
 社会や世間だってそうです。もちろん、これも被害妄想、自意識過剰、行きすぎたリスク管理といったことなのですが、普通の男が15歳から32歳までに書いてきた文章の中には、探せば炎上の口実なんて無数にあります。だから、こんなもん公開したってリスクがあるばかりです。特に「学校の先生」という肩書きがつけば。
 でもねえ、僕は過去のあらゆる自分を愛していますから……。そうであることが大切だと思っていますから……。間違っていたこともたくさんあるけど、間違いに気がつくことがなかったのなら、間違ったままだってことなんだから、間違っていたという証拠がいつでもわかっていたほうが、戒めだってしやすいんじゃないですかと……。
 普通に、一般的に考えたら、こんなものは消したほうがいいし、もう何も書かないで、フェイスブックにでも閉じこもっているべきなのかもしれないんだけど、そんな自分を自分で「好き」だと思えない。
 カメラを向けられたらピースするように、当たり前に「これでいい」と思えるようなことを、し続けていたいのです。それをするなというのは、Moo.先生に「漫画を描くな」と言うようなものだと思います。「Moo.先生みたいに能力があって、ちゃんとファンがついてる人が言うのはいいけど……」なんてことを、言われるかもしれませんが、そんなことは関係ないのです。それも社会とか世間からの目線ですから。そうじゃなくて、人間がどうやって「自信」というものをもって、かわいくかっこよく、楽しく生きて行けるのか、という話をしているのです。

 ということで、17周年でした。あと3年で20周年。20周年のときは10年ぶりのオフ会(第二回)をやります。2020年7月11日の予定はあけておいてくださいませ。土曜日です。

 7月11日です。17周年でございます。掲示板ぶっ壊れているので、お祝いのさいはメールなどくださると嬉しいです。17時から終電まで「夜学バー」営業していますので、お時間のある方はお立ち寄りください……!
 お店に来てくださった方には、今夜限定で過去ログ読み放題(?)にいたします!!

2017.07.10(月) 係

 生徒たちからさまざまなことをしていただいた。感謝の念に堪えない。
 僕はけっこう前から「係」という言葉を好んで使う。給食係とか、保健係とかの「係」である。僕は僕という「係」なのであって、ほかの「係」にはなれない。
 僕はたとえば、いろんなことを考える係だし、自由っぽく見えるように生きる係だし、みんなが集まる場所を作る係でもあるし、「楽しい」ということを優先して行動する係だったりする。ほかにもいろんな種類の役割を請け負っている。
「先生はそういう係だからしょうがない。これからも先生らしく生きてください」
 だから、僕にとって、これほどにふさわしいエールはないのだ。
 どうやらそういうふうに送り出してもらえたと思う。本当にありがとう。

 僕はそのように勝手な人間だけど、そのように勝手な人間をそのように受け容れたり、送り出したり、あるいは認めたりする、ということは、僕の側から言うのもなんだけど、けっこう大事なことなんじゃないか、と思う。
 世の中にはいろんな人間がいて、その人ごとにふさわしい生き方がある。その生き方にしたがって、場ごとにふさわしい振る舞いをするのが、人間の自由というものだ。
 愛しき子供たちに、なんとなくでも伝わったら良いなあ。

 僕自身が、ずいぶんとなめられてきたから、未だに強く強く思うんだけど、本当に、子供をなめてはいけない。彼女たちは、あるいは彼らは、とても勘が良い。少なくとも、勘が良い子たちはとても多い。単純な知識や論理的思考力だけでいったら、多くの大人よりは劣っているかもしれないけれども、大人のほうは錆びついて、すでにある知識と、使い古した一直線の論理だけでもってあらゆることに対応しようとする。これは本当にそうなのだ。「職員室」みたいな空間にそれなりの時間生きていて、少なくとも「学校の先生」という人たちのかなり多くが、そうであるということが痛いほどわかった。
 一応断っておかねばならないが、これは悪口とか、非難のつもりで言うのではない。「そういうものなのだ」という報告である。
 それが一般的なことだし、普通のことだし、それ自体悪いことではない。むしろ、そういう真面目な人たちのおかげで今の世の中は成り立っていて、僕のようなはみ出した人間は彼らの恩恵を受けて何とか生きている。その点ではじつにありがたく、申し訳なくさえ思う。
 ただ、そういう大人の人たちと関わっていると、「こういう人たちが、またこういうたちを再生産するんだとしたら、この世の中はこのようなまんまでずっと行くのかな」と、暗澹たる気分にはなる。今の世の中を支えてくれているのは「そういう人たち」だから感謝はするけれども、「今の世の中」に対して「これでよい」とは思わない。もっとかしこくてやわらかくて素敵な人たちばかりだったらいいなとは夢想している。
 生徒たちを見ていると、かしこくてやわらかくて素敵な人たちが本当に多くて、どうぞそのまま、素敵なところだけは残して生きていってほしいなと心より願う。変わっていくことは多いだろうし、それは何も悪くもおかしくもないことだが、今のこの、かしこくてやわらかくて素敵であるような、輝きみたいなものは、絶やさずにいてくれたら、世の中はほんの少しずつ「僕ごのみ」になっていく。
 荒れる海原に舟を出そう。(奥田民生さんの『愛のために』という曲の言わんとするところが、ようやくわかってきた気がする。めっちゃくちゃいい歌だ。)

 善き勘の感覚を忘れないで、手を抜かないで生きていけば、絶対に素晴らしく生きていける。ただ、現実は厳しい。厳しいからこそ、僕のような「係」がちゃんといることは、きっと意味のあることだと思う。(思わないと。)

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