ひごろのおこない/Entertainment Zone
⇒この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などとは、いっさい無関係です。
過去ログ
2026年8月
2026年9月
2026年10月
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2026.9.1(火) 宿酔期の終わり
2026.9.2(水) 上海小吃
2026.9.3(木) 呼べば来る奴
2026.9.4(金) ヒス狂い動画
2026.9.5(土) 文章がうまいとは
2026.9.6(日) 続き 親切な文章とは
2026.9.7(月) 続き 親切とは
2026.9.8(火) シンスケ・麟・島
2026.9.9(水) 浜松
2026.9.10(木) 掛川→静岡
2026.9.11(金) ジョークには実績が要らない
2026.9.12(土) 葉葉葉 ー裸足であがるー
2026.9.13(日) 読書遍歴
2026.9.14(月) 待ち合わせと打ち合わせ
2026.9.15(火) 上北町
2026.9.16(水) 上北町、野辺地
2026.9.17(木) 上北町、青森
2026.9.18(金) 青森→6連勤
2026.9.19(土) 黒田勇樹さんニアミス
2026.9.20(日) 高校生のアナ雪に涙
2026.9.21(月) 台風の日≠暴風雨の時
2026.9.22(火) 号外!爆笑大問題
2026.9.23(水) おたんじょうびたいせつじゅく
2026.9.24(木) Drink Or Die
2026.9.25(金) 最近の性向の傾向
2026.9.26(土) 一日外出録ハンチョウ
2026.9.27(日) 今日も暗闇で盆踊り
2026.9.28(月) 「場」というものをわかっておる
2026.9.29(火) URまちとくらしのミュージアム
2026.9.30(水) 無理しねーぞ
2026.9.1(火) 宿酔期の終わり
《えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧えつけていた。焦躁と言おうか、嫌悪と言おうか――酒を飲んだあとに宿酔(ふつかよい)があるように、酒を毎日飲んでいると宿酔に相当した時期がやって来る。それが来たのだ。これはちょっといけなかった。》
言わずとしれた梶井基次郎『檸檬』の冒頭である。「酒を飲んだあとに宿酔があるように、酒を毎日飲んでいると宿酔に相当した時期がやって来る」わかるなあ。
3ヶ月くらい毎日酒を飲む「飲酒ターン」があったとすると、そのあと3ヶ月くらい「フツカヨイターン」がある、みたいな話だ。躁鬱って言っちゃえばそれまでか。アッパーな時期のあとにはダウナーな時期がやってくる。それを洒脱に(?)表現したのがこの文章かもしれない。
この文章は14日に書いているわけだが、半月近くも日記が空いてしまった。実際は8月31日ぶんを9月6日に書いているようだからまだ1週間くらいなのではあるが遅れていたのは確かである。なんとなくこう、宿酔に相当した時期がやって来た、と言って差し支えない。
主因はわかりきっている。プライベートなことだ。店や本のことは直接的には関係がない。しかし主因があると副因が暴れ出す。焦燥と言おうか、嫌悪と言おうか――さまざまについて不安や不満や絶望があふれ出す。
ようやくそういうターンが終わったな、という実感は一応ある。12日に『葉葉葉』という舞台を見るために新国立劇場のフロアを歩いていた時、ようやくピンと来た気がする。自分は堂々とここを歩けなければならないのだ。
主因はプライベートだというのは間違いないが、それはただ言い訳に過ぎない。副因との論理的繋がりは一切ない。それはそれで分けて考えるべきなのに、ごっちゃにしたのは手抜きに過ぎぬ。怠惰というよりは、沈んでいたいだけだ。なぜ沈んでいたいのかというと、浮かんでいることに耐えられないからだ。
いや、本当は耐えられる。結局のところ違和感のほうへ向かっていくのが億劫なのであろう。そのためには心の準備と覚悟、そして知らない道を歩き続けるための胆力が必要となる。イヤだよねえ~でもがんばんなくちゃね、偉そうなこと言えなくなっちゃうからな。
ところで、この日記に書かれる僕の文章は、たとえば『常連のいない場所づくり』に書かれる文章とは質がまったく違う。ここに書かれていることは「読み手に理解してもらう」ことを前提としていない。書籍はものすごくわかりやすい文章だが、日記はそうではない。僕の「文章のうまさ」にはいくつかの側面があって、書籍と日記とはそれぞれ別のうまさで書かれている。『小学校には、バーくらいある』のうまさもまた、別のものである。
昔からこの日記の特徴は「韜晦」である。隠しながら書いている。隠すことによって浮かび上がるものを僕は楽しみ、たぶんある程度は読み手も楽しんでくれている。
それは本心とか事実を隠すというだけのものではない。「論理」さえも包み隠している。というより、進んで飛躍している。飛躍というのは「過程を隠す」ということでもある。それは実のところ僕にさえ見えていない。だから常に新鮮なのである。自分にとっても。
あえて自分で、自分にすらわからない「隠し領域」を設けることによって、思いもよらぬ発想や着想がそこから生まれてくる。今日だってまったく何も考えずにPCに向かって書き始めた。何が出てくるかわからない。アドリブの練習でもある。どんなものができあがっても失敗はない。それはこれが日記だからである。
「違和感のほうへ向かって行く」というのは要するに「変化を受け入れる」ということである。誰だって変化などしたくはない。しかし変化というのは「してしまう」ものであって、それを受け入れないのはただの駄々っ子だから、何もできずにゴロゴロしているという形でしかそれは表現されない。そんなことはとっくにわかってはいるから、そろそろ起きるか~と重い腰を上げている。
僕にとっては今のところ必要な時間だったと割り切るしかないが、不便だからもうちょっと矯正していきたい。
2026.9.2(水) 上海小吃
1日から4日の朝まで高校時代からの旧友すんたんことメモライズネーム麒麟さんが東京に来ていたので新宿で待ち合わせてチョイと飲みに。ゲストなしで2人で飲むのはわりと久しぶりだ。と言ってせいぜい30分かそこらだったが思い出の抜け道にある「上海小吃」で青島ビールとおつまみを少々。それから死に損ない氏の立つ某店へ。
僕は北区、死に損ないは守山区、麒麟さんは瀬戸市の出身である。すべて名古屋の中心部、栄町から東北東に伸びる名鉄瀬戸線沿いで、乱暴にいえば同じ文化圏(だいぶ乱暴)。少なくとも親近感はある。いちど引き合わせたいと思っていたのだ。とりあえず顔合わせって感じで、ビジュアル系ロックバンドまわりの話などをした。
歌舞伎町はええのう。初めてゴールデン街に来たのは21年前じゃ。景色は変わったが、そんなには変わらない。上海小吃も往時のままである。奥井亜紀さんの曲で「何年も前にもう古い そして今でもまだ古い たばこ屋のおばあちゃん」という歌詞がある(『風紋』)が、そんな感じ。
その街に名鉄瀬戸線勢が揃うのは僕にとって格別なのだ。我が家から矢田川を遡ると死に損ないの家があり、さらに瀬戸川沿いに上がっていくと麒麟さんの家に着く。
ところで僕の実家は矢田川と国道19号との交わる点にあり、19号を北上していくと塩尻で20号に切り替わり新宿駅に至る。
東新宿から大江戸線で上野御徒町、「もう一軒付き合ってくれ」と湯島の「マリーゴールド」へ。混んでいてボックス席に通された。僕が斡旋(ブローカー)した「ももちゃん」もギリギリ勤務時間内、少し話せてよかった。さすがというのか、ほんのわずかな時間で麒麟さんはここのママ「まりこさん」の凄さがわかったようで、「目配せがすごい」と称賛していた。どちらに対しても鼻が高い。ここも引き合わせられてよかった。
単に、持つべきは友という話だし、生きていくにあたってこれがないと僕には厳しい。
2026.9.3(木) 呼べば来る奴
ドラえもんのお誕生日だってことで夜学バーの「呼び出しボタン」が鳴った。藤子ファンを何人か呼ぶからぜひ来てくださいと。非番だったが、予定を途中で切り上げて向かった。ドラえもんのシャツに靴下、暑いのにスカジャンまで着てドアを開けたら「あ、来た」くらいのことで、それ以外には何も起こらなかった。僕は怒った。
2026.9.4(金) ヒス狂い動画
新潟からかなみさん(駄菓子と喫茶みずのみば店主)が来ていたので都内屈指の大好喫茶(だいすきっさ)で待ち合わせ。浅草橋から上野に移動し、これまた大好喫茶に入ろうとしたのだが閉まっていたのでそのまま夜学バーへ。staff用マニュアルの撮影を手伝ってもらった。
文字だと伝わらないことが多すぎるので映像にしようと思ったのだが、映像は一覧性が低いし情報の整理がしづらい。言いたいことをすべて言ってしまうので長くなる。良し悪しだな。どちらも必要だってことだろう。それにしてもみんな見てくれたのだろうか。反応がないのは普通のことだし(むろん僕は普通を憎んでいる)、無報酬で2時間くらいある動画見ろってのも搾取らしいし? 我ながらヒス狂っていた自覚もあるので仕方ないんだけどナ。
つってそんなもん冗談である。実際ヒスってようが狂ってようが、伝えたいことを本気で伝えようとしているのに変わりなく、出来上がったものは特に間違ったものではないと思う。どうにかして伝われ~、と思っている。
そういえばちかさん(かつてのジューギョーインだが、あんまり顔を見せてくれないのでさみしい)が、ジャッキーさんのえらいところすごいところは「伝えようとしている」ことだって言ってくれたな。そういう一言で生きていけるところがある。ありがとう、改めて。
2026.9.5(土) 文章がうまいとは
最近たてつづけにへたくそな文章を読んで疲れた。
僕にとってへたくそな文章とは、「読み手に負担をかける文章」である。読み手に負担をかけるとは、「文意を読み手に考えさせる」ということ。内容について考えさせるのではなく、どんな内容かを考えさせること。
①《私が文章を書くのは難しいと批判した知人がうまく伝わらないと悩んでいる理由は、それが全く理解されないわけではないにせよ、伝えたい相手の解釈が正しいのか、そもそも自身の表現が間違っているのかが誰にも分からないため、結果的に何を書くべきかを読む側が見失うことも少なくないからこそ、やはり容易ではないと言わざるを得ない。》
テキトーにGeminiに生成してもらった。こういう文章を書く人はいますよね。いるんですよ。しかも出版されてたりする。自費出版だとなお多くなる。
「いや~さすがにここまでヒドイのはほとんどないっしょ?」だと? いいだろう。引き続きGeminiに、段階的にわかりやすくさせよう。
②《私が「文章を書くのは難しい」と批判した知人がうまく伝わらないと悩む理由は、全く理解されないわけではなくても、相手の解釈が正しいのか自身の表現が間違っているのか誰にも分からず、結果的に何を書くべきか読み手も見失うことも少なくないため、やはり容易ではないということです。》
③《私の知人は「自分の文章がうまく伝わらない」と悩んでいます。私はかつてそれを批判しましたが、文章を書くのは確かに難しいものです。読み手の解釈と書き手の表現のどちらが間違っているかは誰にも判断できず、結果として読み手が文章の意図を見失うことも多いため、やはり文章作成は簡単ではありません。》
④《知人が文章がうまく伝わらないと悩んでいて、私は以前それを批判したのですが、文章を書くのが難しい理由は、全く通じないわけではないにせよ、読み手の解釈と書き手の表現のどちらに原因があるか分からないせいで、最終的に読み手が何が書かれているか見失うことが多々あり、それゆえに容易ではないと言えるからです。》
⑤《文章で意図を正確に伝えるのは非常に困難です。「自分の文章がうまく伝わらない」と悩む知人を、私はかつて批判しました。しかし、思い返せば伝わらない原因が書き手の表現不足なのか、読み手の解釈違いなのかを明確に判断することはできません。この曖昧さによって読み手が文章の真意を見失うことも多いため、文章を書くのはやはり難しいと言えます。》
オイオイGeminiさん、最後のは「完璧に理解できる」レベルにしろって言ったよなあ? 下手すぎんか? 僕は⑤でさえストレスを感じるのですが。 ①~⑤まですべて、書き手が「知人」に対して、何をどう批判したのかがまったくわからない。
書き手が批判したのは知人の「文章」についてなのか、それとも「悩み」についてなのか? その内容は? なんでこっちがこんなこと考えさせられなきゃいけないんだ。疲れる。こっちの気持ちになってくれ。
全部そうなんだよ! 想像力がない。「相手が何を知らないか」がわかってない。文章だけではない、話すときもそうだ。夜学バーでの接客にあたってならば、「すべてのお客が何を知っていて何を知らないか」を同時に把握していなければならない。文章はその練習というか、基礎になると思うよ。
1日の記事にも書いたように、僕はこの日記ではあえてわからないように書くことがある。しかし、「ここはわからない、ブラックボックスになっているな」というのは当然自覚しているつもりだ(完璧にとは言いませんけど、だいぶうまいと思います)。それはこの文章が日記であり、そういう芸術でもあると考えているから。この「そういう」が指しているものは、だいたいわかると思うが、あえて明示しないのも芸術としてである。Ezのジャッキーさんは読み手を揺さぶる芸風だからである。
一方で『常連のいない場所づくり』を書く尾崎昂哉さんは、「読み手に親切」をかなり優先していて、「わからない」領域はチャプターの終わりに余韻として残すくらいに努めている。文中にあったとしても、だいたいは明確な狙いがあるはずで、ミスってわからなくなっているところはほとんどないと思う。文章がうまいというのはそのコントロールが良くできるってことでもあると僕は思うのですよ。そこには一定の自信がある。
もちろん「読み手の読みグセ」までコントロールすることは困難で、最大公約数的なわかりやすさにはなる。たとえば編集からも「ここは読みづらくないですか?」と最終稿近くでいくつか指摘があった。検討のうえそのままにしたので、少なくとも編集が「読みづらい」と思った箇所はいくらか残っているわけだ。
「少しだけ酒の残ったグラスが輝いていた」という文があるとする。「少しだけ酒が残ったグラスが輝いていた」のほうが読みやすい、わかりやすいという人もいるかもしれないが、僕は前者のほうが好きだ。そういう感覚の差異をここでは「読みグセ」と言っていて、そこまでカバーできるほどの実力は僕にはまだない。
さらに言うと、この例の場合前者を美しいと思う感覚のほうが正しいと僕は信じている。「が」が重ならないほうがいいだろうと。後者のほうがわかりやすいと思っている人は、なんとかがんばって前者に慣れ、僕の信じる美しさに近づいてほしい。これは宗教であり、信仰であり、理屈などない。ただ僕はそのほうがいいとどこかで信じてしまったのだ。
ちょっとだけ理屈を言えば、「少しだけ酒が」だと、「酒が」の部分が主語であるという可能性を残してしまう。「少しだけ酒が残った」という主語+述語関係かもしれない。「少しだけ酒が残ったグラス」まで、その可能性は消えない。「少しだけ酒が残ったグラスに飛び散った」みたいな文だってありえないわけではない。この場合、酒という液体が「残ったグラス」に飛び散ったと解釈できる。「酒」が独立して主語(主体)になる可能性を消すために、「酒の残ったグラス」としたい、というのが僕の美意識なのだ。
「少しだけ酒が残ったグラスが輝いていた」だと、2回目の「が」が出てくるまで、「酒」が独立して主語になるのか、そうでないのかの判別が文法的に不可能なのである。そもそも僕のこの感覚が異常で、ケンジョーな人たちには「何言ってんの? フツーに読めばわかんないやついないだろ?」かもしれませんけどね。
お客がきました。続くかも。
2026.9.6(日) 続き 親切な文章とは
へたくそな文章を読んで疲れた、という話だった。
へたくそな文章というのは「一意に定まらない」とか「一意に定めるまでに手順を要す」もの、あるいは前回の話でいえば「一意に定まるのが遅い」ものだと僕は考えている。
いいかね、文章は前から後ろに読まれるし、発話というものは先に発された言葉が先に届き、あとに発された言葉があとに届くわけで、その逆にはならない。
言葉というものは「並べられた順番通りに相手に届く」のが原則というか、言葉というのはそういう仕組みを持っている。さすがにこれには異論なかろう。
書くときも話すときも同じで、大事なのは順序だし、英語でorderつったら「順序」とも「秩序」とも訳されるように、順序とはすなわち秩序だと僕は考えている。
僕のいう「へたくそな文章」は、「文法構造を推理するための後戻り」が必要な文章なのだ。内容を確かめるためとか、改めて考えるために後戻りをするのは当たり前のことだが、「この述語の主語はなんだ?」とかはできるだけ考えさせないほうがいい。
読者は何を知っていて、何を知らないのか。聞き手は、あるいはその場にいる人たちはそれぞれ何を知っていて、何を知らないのか。それを常に考えていなければまともに「伝わる」言葉の紡ぎ出せるものか。
この「言葉の紡ぎ出せるものか」で、ちょっと読むのに詰まった人がいるかもしれない。こういう「の」の使い方もある、と僕は思っているのだが、その感覚を持たない人もたぶんいる。「言葉を紡ぎ出せるものか」ないし「言葉が紡ぎ出せるものか」のほうが通りが良いだろう。なぜ僕はあえて「の」にしたのだろう?
「とても手が出る値段ではない」
「とても手の出る値段ではない」
これだったらたぶん、どっちでも同じくらいわかりやすい。
しかし前回の理屈から後者をとったほうが「主語ではなく名詞句の一部になりそうだ」という予測を読者に与えられるから、良いと僕は思っている。「とても手が出ない」といった展開にはならないことが少し早めにわかる。
「とてもそんな言葉の紡ぎ出せる状況ではない」
「とてもそんな言葉を紡ぎ出せる状況ではない」
「とてもそんな言葉が紡ぎ出せる状況ではない」
「とてもそんな言葉は紡ぎ出せる状況ではない」
似たような話で、「が」「を」「は」と「の」ではあとに続く語や語群がどのような文法的性質を持ちうるかが異なる。「の」は唯一、そのあとに名詞句が来そうだという予測を与えられる。あとはいずれも「紡ぎ出せない。」が持ってこれる。
その心配りが「親切」ってことだと僕は思うのだ。
2026.9.7(月) 続き 親切とは
改めて。読者は何を知っていて、何を知らないのか。聞き手は、あるいはその場にいる人たちはそれぞれ何を知っていて、何を知らないのか。それを常に考えていなければまともに「伝わる」言葉の紡ぎ出せるものか。
で、この「言葉の紡ぎ出せるものか」を例にとって、親切な文法操作とはどのようなものかを前回書いたのであった。
「親切」とは何か、ということをそこから導き出したい。
僕に言わせれば親切とは、「他人が何を知っていて何を知らないかを慮った行動」のことである。これより優れた定義はない。以上。
それをしろってこと言ってんの僕はずっと。
2026.9.8(火) シンスケ・麟・島
湯島の老舗「
シンスケ」に初めて行った。10年近く近隣で店やってて初めて。だって誰も連れてってくんないんだもん! ンマ僕もべつに行きたがらなかったからそりゃね。なんとなく気が向いて行ってみた。再開発エリアではない。焦ったわけではなく、僕も大人になったんだからと。
思ったより安かった。同じく湯島の老舗、バー「琥珀」に一度行くお金でシンスケは3回行ける。由緒ある店だから背筋は伸びるし、何食べても飲んでも美味しいし悪いところがない。店員さんやお客さんとのコミュニケーションはたぶんほぼ発生しない。馴染みの客なら会計時にちょっと喋ったりするかな、という程度か。馴染みになろうかな、がんばって。いずれ湯島(ルビ:このまち)を征服する身としては。
そいで琥珀にでも行こうかと思ったのだが死に損ない女子から連絡が来て、これから錦糸町で飲むというので地下鉄に乗った。「麟」と「島」へ。
5年半経つズッ友なのだが二人でこうして肩を並べて飲むのはほぼ初めてでは? カラオケ一緒に歌うのも初めて。実にエモーショナルだった。島の人たちがたまたま名古屋にゆかりあって大曽根や守山や矢田川の話などした(僕は大曽根、死に損ないは守山某所、どちらも矢田川流域)。夜学バーの引き継ぎ(23時)に間に合うように解散。
島田紳助と麒麟川島の話ではない。
2026.9.9(水) 浜松
浜松行ってきた~。たのしかった。ところで『木』所収『よみがえる』の「歩いてた かわいかった」ってイイ歌詞だな。そんなこと書く人いないよほんとに。
木下惠介が通っていたという洋食屋「トム」(『二人の世界』のスナックの元ネタか!)、「たじま」、木下惠介記念館。「さくらんぼ」でお茶みたいなコーヒー飲む。
夜は行きたいところがことごとく閉まっていて困ったが、「田町南仲通り」は名通りだと思われる。良さそうなお店がたくさんあった。「立吞や じゃんだら&LA JANN」と書かれた謎の店は行く価値あり、非常に素晴らしかった。「エレファント」も浜松ではかなり文化的なお店で、僕の本すぐに買ってくれた。いい人過ぎる……!
ヒマな人はHonestyというバーの前に立ち、店主と目を合わせてみてほしい。めっちゃ営業かけてきて面白い。ただまあ、べつに中に入っても面白いことはないと思う。
モーニングしてお風呂入って五味八珍、移動。
2026.9.10(木) 掛川→静岡
掛川。「ウオコー」のダッチコーヒーすごい味がした。散歩し、商店街でお買い物など。休憩として図書館の地下でお茶を3杯くらい飲む。65周年のバー「DON」と蓬莱座のためにまた来てもいいな。あと商店街に「かけがわ「」front」なる文化拠点っぽいものが新しくできていた。「moi!」というカフェがそこにオープンとのこと。モイ! なつかしいな(分かる?)。
静岡のことはあとで書く。電車の時間。
上北町から青森に移動し、現在はその翌朝。しかし僕は静岡にいるのだった。まず南口のNJ CAFEに。木下惠介の話などする。娘サンが『のいない』買ってくれた。ありがたい。鞠舞でごはん食べる。いちごビールはちょうど切れていて9月下旬になるそうな。ペーパームーン入ったら中村一義『永遠なるもの』かかってた。終電で帰宅。
2026.9.11(金) ジョークには実績が要らない
もっとみんなギャグとかジョークとか飛ばしてはどうだ? お金はかからないし、何より実績が要らない。エピソードトークは実体験がなければ語れないが、ギャグやジョークは何も要らない。知識はあったほうが便利なこともあるが、基本的に笑いというのは構造だと思っているので、慣れとコツ。
ギャグやジョークは誰にでも飛ばせる。現代において笑いとは下剋上に続く唯一の道であろう。橋本治さんが『ぼくたちの近代史』の中で「笑ったんだから通ったよね」と言っていた。笑ったってことは受け入れたってことで、共犯ってことで、すなわち対等であるってことなのだ。
ところが素人の陥りがちなのは「パターン化」の沼である。笑いを取ろう、ギャグやジョークで人を喜ばせよう、と試行錯誤を続けたすえ「勝ち筋」を見つけた人間は、そこに拘泥してひたすらくり返してしまいがち。「鉄板」はいずれマンネリとなり、誰も笑ってくれなくなる。あるいは、ネタが先行して相手やTPO、タイミングなどを見失うことも多い。果たしてスベりっぱなしの人間が生みだされる。つまんねーヤツの大半はこれだ。
賢いつもりの愚者は「つまんねーヤツ」になるのを怖がって笑いを遠ざける。何もしなければ失敗もないとひたすら「笑う」側に回り、つまんねーヤツを増長させたりもする。いいから笑いを取りなさい、『雨に唄えば』を観なさい。Make 'Em Laugh! あの『Good Morning』の愉快さよ! 有名な雨の中でのダンスにもしっかりオチがついているじゃあないか? かの名画は全編通じて笑いに満ち、だから好きなのだ。
2026.9.12(土) 葉葉葉 ー裸足であがるー
戸塚祥太さん(A.B.C-Z)、黒川隆介さん、又吉直樹さんの『葉葉葉』という舞台を観てきた。「ばばば」と読む。新国立劇場中劇場。サブタイトルは「裸足であがる」。
朗読劇とアナウンスされていたが、コントのようなものもあり、詩の朗読、1行ずつ詩を読み合わせるやつ、ダンス、弾き語り、文字数限定小説、歌継(うたつぎ:連詩のような試み)、観客参加型朗読劇(?)など、さまざまな形式が詰め込まれていた。
細かく書くと無限に長くなるし観ていない人にはちんぷんかんぷんだろうから思ったことだけを記しておく。
裸足であがる、という表現は面白い。最初のコント(と言ってしまおう)では又吉さん演じる謎の男が、戸塚さん演じるケンタ宅に「ここは前俺が住んでた部屋やねん」とか言って土足であがろうとする(ってかあがる)のだが、なるほど「裸足であがる」とは「土足であがる」の反対語といえる。
「心に土足で踏みこんでく ソッコーマッハで刑事気取って♪」なんて曲があった(突撃!パッパラ隊の主題歌である)し、「心に土足で入ることのすべてがいけないわけではないんです~♪」ってのもある(カリガリの『君と僕』ですね)ように、「土足」というのは「他人の心にズカズカ入り込む」というニュアンスがある。では「裸足」というのは? 他人の心に丁寧に入り込むことなのかもしれませんな。
ちょっと前に「他者の靴をはく」って表現が流行りましたね。ブレイディみかこさんが日本に広めたと思われます。めっちゃ簡単に言うと「人の気持ちになろう」ということ、だと思うのですが、「土足であがる」とは「自分の靴を履いたままでいる」ことで、あくまで自分の立場や意見を崩さない。「他者の靴を履く」は、「いったん靴を脱いで、相手の靴を履く」という話。自分の価値観を脱ぎ捨てて、相手の価値観に立ってものを考える、と。
「裸足であがる」は、「靴を脱ぐ」ところでとどまる。あるいは、そもそもどの靴もはかずに「あがる」ことをする。
書くのも野暮でしょうが詩というのは言葉を「意味」の呪縛から自由にするものであります。個人的には! 詩ってのは「靴を脱いだ状態の言葉」って感じがするのですね。
詩には立場とか意見とか、あるいは価値観というものさえ関係ない。僕がよく引用する、芥川龍之介が佐藤春夫について書いた文章にはこうある。
故に佐藤はその詩情を満足せしむる限り、乃木大将を崇拝する事を辞せざると同時に、大石内蔵助を撲殺するも顧る所にあらず。佐藤の一身、詩仏と詩魔とを併せ蔵すと云うも可なり。(佐藤春夫氏の事)
「同時」(←これは僕のターム=術語です)って事なんですよ! 詩というものは「同時」を許す。なんの靴も履いていない、裸足の状態だからどこへでも行ける。何だって表現できる。
「裸足であがる」とは、他人に対するプリミティブなアプローチであり、「他者の靴を履く」といったような「自分の価値観と異なる相手の価値観」を前提とした計算高い手法とはまったく異なる。そこには価値観などない。『ただ美しいだけで生きている』って名前の詩集を僕は以前つくりましたが、あるとしたら美意識だけなのです。それが僕に言わせれば「他人の心に丁寧に入り込む」ということになる。
『葉葉葉』で、自作の詩から1行ずつ選んで、それぞれ順番に読み上げていく、それを5周する、という時間があった。意味のつながりはなくていい。ただその時に「これだ」と思ったものを選ぶ。そんな感じだった。まさに、お互いの価値観の介入しない、感覚で交歓する行為。それはべつにバスケットボールだっていいのだが、言葉でやることもできるわけだ。そしてバスケットボールは苦手でも、言葉なら得意という人がいる。
3人が詩を交換しあう時間はまさに「裸足であがる」を互いにやりあっているように思えて、拡大すれば『葉葉葉』という舞台そのものが自由に得意分野の芸術を渡し合う「プリミティブなアプローチ合戦」であって、「他人の心に丁寧に入り込む」の結晶であった。
戸塚さんがダンスや弾き語りをし、黒川さんが詩を読み、又吉さんが小説を読むということが、それぞれの仕方で「裸足であがる」ということだったし、三人が同じ舞台に立って行う「朗読」や「歌継」や「劇」が、異なる他人どうしが同じ舞台に裸足であがったときにどのようにうまくやっていくか、という実践となっていた。黒川さんは詩が専門ではあるが、逆に「劇」は門外漢のはずで、しかし裸足の舞台の上ではまったく違和感なくそこにいた。それは間違いなく、お互いが「他人の心に丁寧に入り込む」ということを常にしていた結果だと僕は信じるのでございます。素晴らしい舞台でした。
2026.9.13(日) 読書遍歴
いろいろ書いたけどお蔵入りにした。
むかしは無理していろいろ読んだり、読もうとしたりしたな。
もう無理しないでいいや、と思ったら読める本がかなり少なくなった。無理なもんは素直に苦痛だと思うようにしたら、「読まなくていいや」と投げ出せるようになった。
「他者の靴を履く」ってことがもっとちゃんとできたら、どんな本でも読めるのだろうか?
本くらいは自分の靴か、もしくは裸足で読ませてほしい。
2026.9.14(月) 待ち合わせと打ち合わせ
僕がお店でやっていることは「待ち合わせ」だと
以前語った。
「この時間、この場所にいますから、どうかおいでください」とみんなに頼んで、ひたすら待つ。
省線のその小さい駅に、私は毎日、人をお迎えにまいります。誰とも、わからぬ人を迎えに。
(中略)
私を忘れないで下さいませ。毎日、毎日、駅へお迎えに行っては、むなしく家へ帰って来る二十の娘を笑わずに、どうか覚えて置いて下さいませ。その小さい駅の名は、わざとお教え申しません。お教えせずとも、あなたは、いつか私を見掛ける。
(太宰治『待つ』)
よく考えたら僕のしていることはただひたすら、これなのだ。
ちょっと長いが、以下の部分なんかまさに、夜学バーをやる僕の気分そのものである。
「いいえ、私の待っているものは、人間でないかも知れない。私は、人間をきらいです。いいえ、こわいのです。人と顔を合せて、お変りありませんか、寒くなりました、などと言いたくもない挨拶を、いい加減に言っていると、なんだか、自分ほどの嘘つきが世界中にいないような苦しい気持になって、死にたくなります。そうしてまた、相手の人も、むやみに私を警戒して、当らずさわらずのお世辞やら、もったいぶった嘘の感想などを述べて、私はそれを聞いて、相手の人のけちな用心深さが悲しく、いよいよ世の中がいやでいやでたまらなくなります。世の中の人というものは、お互い、こわばった挨拶をして、用心して、そうしてお互いに疲れて、一生を送るものなのでしょうか。私は、人に逢うのが、いやなのです。だから私は、よほどの事でもない限り、私のほうからお友達の所へ遊びに行く事などは致しませんでした。」
この女性のいやがるようなコミュニケーションを、僕もいやなので、そうではない場として夜学バーをやっているというわけです。
そんでまた、この女性のように「もっとなごやかな、ぱっと明るい、素晴らしいもの」を、あるいは走るメロスのように「もっと恐ろしく大きいもの」を、待っている。
もちろんそれは人なんかではないが、人が関わるものだとは思う。だから待っている。
待ち合わせに成功して、僕たちが何をやるかというと、「打ち合わせ」なのかもしれない。『銀河鉄道の夜』ふうにいえば「僕たちしっかりやろうねえ。」といったような。カムパネルラはそれに答えてないようだけど。
もうちょっと具体的にいえば、「さてどうやってこの場、この時間を楽しいものにしましょうか?」という打ち合わせ。打ち合わせはいつの間にか本番のようになっていくこともあるが、依然それは打ち合わせでもある。永遠に打ち合わせをずっとやっている。打ち合わせだからいくら脱線したっていいし、話題やルールはどんどん変わって構わない。
この待ち合わせと打ち合わせの価値をどれだけわかってもらえるのだろうか? これによって我々は「もっとなごやかな、ぱっと明るい、素晴らしいもの」や、「もっと恐ろしく大きいもの」に近づこうというのだが!
2026.9.15(火) 上北町
ひどい二日酔いで起き上がれず、予定の新幹線を逃す。4時間遅れて家を出た。はやぶさは全席指定なので車内で330円払って指定席を買う。その程度で済んでよかった。
八戸で乗り換え、上北町に着いたのは18時くらいで、いったん宿に入ってからあきさん(Bar「R.」のママ)の選挙事務所へ。定員ピッタリで無投票になったから、夜の街頭演説もなくなったとのこと。そりゃないよ~19時くらいからって言ってたからギリ間に合ってたはずなのに。でも仕方ない。ともかく当選おめでとうございます。そいで約束通り、あきさんがゴルフかなんかで当てた折りたたみ自転車を借りた。RPG!
まだ断然気持ち悪かったので酒を飲むのはやめ、100均で自転車用ライト買って、ユニバース(地元スーパー)で食料を確保、「くつろぎコーナー」であっためて食べる。星野真里がゲストのしゃべくり007に金八、幸作、ラーメン屋、桜田友子、ちはるチャ~ンが出てたのをTverで観る。あとは何もせず「東北町テレビ」つけたまま就寝。
2026.9.16(水) 上北町、野辺地
昼すぎに起床、まだ少しぼんやりしている。二日酔いにしてはあまりに長い。14日の酒量のせいというよりは、蓄積した疲労やストレスのせいだと思う。
無料ドクターフィッシュ足湯が16時までだったのでギリギリですべりこみ20分くらい入る。それから温泉(まつのゆ)へ。このまま何もせぬまま旅が終わるのかと思うと悲しくなってきたので勢いで野辺地に向かった。自転車折りたたんでたら駅員さんに「袋に入れないと載せられない」と言われたので100均で自転車の雨よけカバー買って包んだ。工夫! 文句あるまい。
野辺地に降り立ったのは高2のとき28分滞在した以来。その時は駅前を歩き回っただけだったが、今回初めて繁華街へ。「松竹食堂」でとんかつ定食。最高の店だった、みんな行こう!
19時半、狙ってたお店がどこも開いていない(このあたりは20~21時開店が多いらしい)ので、勇気を出して「ノンベヂ(呑兵衛路)」へ。ここも天国のような場所だった。たぶん飲み放題で、お通し6種ついて2000円。と言って僕は2杯だけだったので、もっとがぶがぶ飲んだら少し高くなるのかも。豊盃(弘前)と稲生(十和田)飲んだ。どちらもよかったが豊盃わすれられないな。
ノンベヂは本当、僕じゃなかったら見逃してた。ネットのごくわずかな情報には「休業中」とか「完全予約制」とあったし、実際行ってみても営業しているようには見えない。しかし灯りは一応ともっているし、小さな小さな隙間から中を覗くと階段が見え、その途中に「OPEN」と書かれた板が置いてある。おそるおそる開いてみると、「勇気のある者は登って来いよ!」とでも言いたげな構え。たぶん大丈夫だろう、とおおむね確信した。そしたら「よく入って来たねえ!」と褒められた。フ。幅広いジャンルの音楽が用意されていて、お酒もいろいろある。ただの名店なので、ぜひ行ってみてね!
まだ時間があったのだが、狙っていた泉山会館の「つくし」と「6ROKU」はどちらも開いていない。三つ子がやってるスナックに行くか、マスターが亡くなり姪っ子が継いだという老舗バー(現在はスナック)「バロン」に行くか。前者に行ったらカラオケうるさかったので後者にした。大正解だった。4杯(たしかハイボール→ケツメイチャハイ→ハイボール→ギムレット)4000円、やさしいものだ。すごーくきれいなママには娘が4人いて、次女は湯島の、夜学バーの斜向かいくらいのビルで働いているそうな。なんたる奇縁。すぐに連絡をとってくれて「(夜学バー)行く」とのこと。さらに四女(高3)も上野で働くかもしれないそうな。ちなみにお店には三女様がいらっしゃった。カップラーメンかなんか食べてた。
やっぱいまだに東北って上野と縁が深いのだな~と思わされましたとさ。それと、奇縁の存在を引き出すのは技術だとも思った。奇縁はたぶん無数に眠っていて、なかなか起こされないでいるはずだ。
上北町に帰るも、あきさん忙しくてR.開けられないとのこと。ガーンさみしい。ほかの店もあんまり開いていない。選挙の打ち上げみたいなのがあるのかも。「ベストテン」に行ってみた。ママとパパと息子とその友達がいて、一家総出だった。地方スナックあるある、家族親族がたまってがち~。
2026.9.17(木) 上北町、青森
なんだかあんまり眠れず、早起きして道の駅んとこの温泉へ。ドクターフィッシュもふたたび楽しむ。それから買い物。LUSHでコーヒー飲みながらちょっと日記書く。初雪舎でごはん食べながらまたちょっと文章書くなど。
上北には昼にコーヒーの飲める店が二つしかなく、どちらもここ数年で開かれた。地方に芽が生えてきている、そんな実感がある。
R.に自転車を返却し、青い森鉄道で青森へ。駅のハローサイクリングで自転車を借りる。12時間1500円とかなり高いが、ポートが一個しかないので借りっぱなしにするほうがよいだろう。仕方ない。初日に寝坊した僕が悪い。
まず宿にチェックイン。ドエルノースポイント。青森の宿は最近どんどん値上がりしているらしいし、そのうえイベントが重なって軒並み満室か空いてても10000円くらいした。そこへきて5600円は破格であった。室内に洗濯機と乾燥機があるのアツすぎる。レンジもあるしIHもシンクもあって自炊余裕。おおむねイイ宿だがWi-Fiが弱すぎて泣いた。そのせいでやる気出ず仕事ほとんどできなかった。デスクあるし椅子にも背もたれあってほぼ完璧なのになあ~。
洗濯機が終わり、乾燥機に移して回し、いったん外出。町外れのcafe0371へ。ショウコさんめっちゃ歓待してくれた。僕が僕だとわかった途端、大阪のおばちゃんみたいにバシバシ叩いて喜んでくださった。息子さんとも一瞬お会いできたし、あおもり万華堂のショウコさんとも知り合えた。なんとこの場で『のいない』2冊売れた。すごい。行商の天才というか、本を出したことによっていろんなところで伏線が回収されていく感がある。つまりそのなんといいますか、いろんなところへ旅をしてきた実績と技術が結実して形になっているというかですね。
それは一つには僕がかわいいからなのですが、かわいいので「ビール飲む?」みたいな話になって、ごちそうしていただいた。ショウコさん(0371)の息子さんがデザインを手がけたクラフトビール「贅沢なひととき」おいしかった。チーズとクラッカーもつけてくだすった。しばし世間話。
かわいいってのは別にニャンニャンかわいいってン(だけ)ではなくて、要するに「快適さを提供できている」ってことだと思うんですよ。21日(この記事から数日後の未来)のあらしのよるに夜学staffみつきちさんとサシで話したのだが、夜学バーに立つために大切なのは「快適さ」なのだとわかった。この「快適さ」というフレーズはみつきちさんの口から出た。ありがたい。使っていく。詳しくはちょっとそのうち書きます、長くなるので。
旅をしていくうちに僕は「快適さを与える人間である」か少なくとも「害を与えてくる存在ではない」という状態でいることが上手になったと思うのだ。それゆえビールが出てきたりお菓子がもらえたりしやすいのだ。ここでいう「旅」とは「近所の喫茶店に行く」とかも含んでいい。そして快適さを与える人間であるためには、技術が必要なのである。(またいつかの別の記事につづく)
18時ぎりぎりにすべり込んで後藤食堂でやきそばをテイクアウト。いったん宿に戻る。15日、16日と珍しくあんまり眠れなかったので、ここでお夕寝を敢行。体力の限界! わたしはリフレッシュするため青森に来ているのだが、あんまりストレスが解放されなかった。そろそろ自転車で山越えとかしないとたぶん破裂する。
20時半くらいに起きて、駅前銀座の「うさ美」へ。9年めというがこれまでまったく注目できていなかった。悔しい。昭和レトロとサンリオであしらわれた小さなバー。3杯飲んで2000円~、やすいですね。いいお店でした。
「青森駅周辺は自転車の飲酒運転の取り締まりが厳しく、10~15万円支払う事案が複数発生している」(大意+僕の解釈)という話を聞く。以前喫茶まるめろでも同じ話を聞いた。僕はお酒を飲んで自転車を運転したことが一度もないのだが、危ないのでお酒を飲んだら自転車に乗ってはいけないなと改めて思いました。それはそうとここで自転車をポートに返却。おさけのんだからね!
そのあと「ワスレ草」へ。1時くらいまでいた。再開発のため2027年11月に閉店することになっている。まだ延びるかもしれないが気を抜けないのでできるだけ通いたい。「たぶん移転して続ける」とは言ってたけど。
お店やってる人とお店について語りたい~という欲求がものすごくある。『常連のいない場所づくり』なんて本を出してしまったからには、それをベースに実際の声を収集したいのですよね。どういう形でやるかは難しい。録音してPodcast、ってのがいちばん楽だけども、ろくなギャラも出せないのに時間つくっていただくのは申し訳ないし、悩んでいる。イベント化して収益化できれば最高なのでとりあえず売れるか……。
いったんなぜか「クレイジーホースサルーン」で一杯。Gooseとビリーストリングスで盛り上がっていたのでArea Code 615の話をしてみたが伝わらなかった。似たようなものだと思ってるんだけどな。615はCakeやWilcoくらい夜学バーで流れている(珍しい、洋楽の話をするジャッキーさん!)。
歩いて「いいわけ」見にいったが閉まっていた。喫茶まるめろで〆。県会議員の人と、スコットランドに住んでいるドエルノースポイント人と知り合った。
2026.9.18(金) 青森→6連勤
10時にチェックアウトして、そのまま駅前のガストに行ってモーニング(500円)、14時01分の列車に乗れるギリギリまで文章書くなど。すかいらーくポイントとdポイントを貯めたうえでOlive支払い。9%還元……。
連日あんまり寝られてないんだけど新幹線でも寝られない。しかし金曜日なのでそのまま朝まで営業。そしてここから6連勤である。だましだましやっているが、あんまり何もできていない。この文章も22日、カモメ氏が23時まで立ってくれている日なので書けている。
もうちょっと休みを増やさねばならないな。ジューギョー者がたくさんいるのに休んでいる気がしないのは、当然店が動いているときは常に店のことを考えてしまうからだし、人を使うというのはそのぶん仕事が増えるということでもある。しかし、だからといってやる気のある人たちをリストラしてすべてを諦めるのもイヤだし間違っている。薄給でがんばってくれてるんだから究極に優しくしたい。ただ全部やるのは不可能なので、一部やる、という感じでがんばっていこう。一部やるヤバいな。すごい言葉だ。よーし、一部やるぞ!
具体的にどうするかは何も考えていないが、ともかく今のやり方には無理がある。僕はのんびり生きていきたいのだ。がんばりかたを変えたほうがいい気がする。
このままいくと4月にはバーンアウトしているので、徐々に力を抜いていって軟着陸をめざしたほうがよかろう。
べつに忙しいわけではない。もっとヒマになりたいだけである。ヒマになるべきなのである。
2026.9.19(土) 黒田勇樹さんニアミス
さーて、現在10月5日の夜、明けて6日ですけど律儀に(?)ここから更新しますよ。本当は飛ばしたほうがいいのかもしれないけど、短くてもいいから埋めていきます。短くするの苦手なんだけど、少しがんばります。
書くことは無限にあって頭の中では毎日10000字くらい日記みたいなのが流れて消えてゆきます。勿体ないですなあ。でも心身ともに不可能でした。その話はおいおい。
ちょうど本日5日、冨樫義博先生がTxitterで「心身の不調が重なり、現在お受けしている依頼を最後に、今後は締切がある仕事の依頼を全てお断りして自身の原稿作成を優先する事にしました。」と仰っておりました。潔い! すばらしい! 僕もそうしたい!
とりあえずしばらくは日記のような感じで進めていきます。
この日は黒田勇樹さんがガッポリ建設の仕事で御徒町に来てて、10000円4時間飲み放題でたぶんフツーに雑談とかできる感じだったんだけど行けなかった。行けばよかったけどこっちもお店あったし体力の限界!もこの時点で来てたんだろうね。フツーに舞台観に行きたいな今度。黒田くんとはむかし、大学の先輩であり伝説のイベンターである岡田さん(新宿ゴールデン街チリチリナイン奇数日曜の夜、朝までいます。安いです是非)のイベントに一緒に出てキャッキャしたりそのあと駅で偶然会ったりなんかもした。10年以上前カナア。
ヤバいな、と思ったのは青森に行って帰って来ても、まったくリフレッシュできていなかったこと。たぶん自転車(ロードバイク略してロバ)持ってって八戸→上北→青森と走ったりなんかすればちょっと違ったんだと思う。でも仕方なかった。起きられなかった時点でもう体力の限界!は手遅れだったわけだ。
2026.9.20(日) 高校生のアナ雪に涙
夜学staffみつきちさんの文化祭へ。引きつづき体力の限界!だったんだけどもう高3でこれが最後だからと這うようにして行った。起きるまで自分が起きられると思ってなかった。みつきちのため……そして他の知ってる子たちのため……。つって彼女らが喜ぶかどうかは知らん、実際自分のため、そしてまちくたの時(何年前だ?)は行ったのに、というのもあったりして。その時もみつきちさんは来てたし。負けてられないというかなんというか。なんとか昼すぎくらいに到着。
校内ざっと歩いて、絵とか漫研とかそういうの眺めて、軽音部へ。毛無垢邪裸というバンドよかった。最後は頭脳警察『最終指令自爆せよ』のカバーで華々しく締めくくっていた。毛無垢邪裸について検索に引っかかる形でインターネットに書いたのはもしかしたら僕が最初かもしれない? 当て字が間違ってたりして?
それからみつきちさんがドラム務めるミュージカル『Frozen』。知ってる子がほかにも出てて嬉しかった。その会場に向かう途中に知ってる子二人とすれ違ったのもすごく嬉しかった。
アナ雪好きなので最後のほう泣いてた。演技歌演出が素晴らしかったのもあるが、これはもう自動的に涙が流れる仕組みになっているのである。僕の身体は。真実の愛~~~~。
駅までの道中良さそうな店(閉まってた)があったのでまた行きたい。そいで夜学。
2026.9.21(月) 台風の日≠暴風雨の時
あんまり覚えてないけどこのへん台風だったんだっけな。僕は台風の日は絶対に店を開けたい人なのだが、台風の日に夜学バーはほとんどお客がない。みんな本当に、台風の日こそ来て欲しい。こんなこと言うだけで炎上しそうなのが現代ではあるが、違うのである。「台風の日」というのは「暴風雨の時」とイコールではない。僕は決して「暴風雨の中、来い」と言っているのではないのだ。「暴風雨じゃないなら来たほうが楽しくない?」である。「でも暴風雨になる可能性もあるから」というのはわからないでもないが、その可能性がものすごく低いはずの時でも、お客というのは来ないものなのである。ほとんど雨も風もなく、天気予報でもそれほどの脅威が(少なくとも台東区周辺は)訴えられていないのに、「台風がこの社会のどこかに存在している」というだけで、人は外に出ない。それは自然なことだが、自然なことばっかしてんじゃないよ!というのである。僕はさみしいのだし、そういう特別っぽい日こそ誰かと遊びたいのです。
2026.9.22(火) 号外!爆笑大問題
何度か書いているが僕がこれまで最も好きになったテレビ番組は(アニメを除けば!)『号外!爆笑大問題』である。近年YouTubeにけっこう上がっているので見ていた。大いに影響を受けたことが改めてわかる。これで僕は爆笑問題のファンになったのだ。
この番組で青森県北津軽郡車力村(現在は五所川原市)に「大田光/太田光(おおたっぴ)」という地名があることを知り、番組で一日町長的なこと(正確には覚えていないし、この回がどうしてもWebでは見つからない!誰かどうにかして!)をしていたのも見た。高2の夏に18きっぷで現地まで行った。その簡潔な旅記は「流離い」コーナーに置いてあります。
なんちゅうかのう、何かに凝ったり狂ったりするってのはいいことだ。僕は本当にこの太田光という人物が好きでのう。今でも好きでいられることに大いなる誇りと感謝。ありがとうございます、偉大でいてくれて。
太田さんもまぁあれこれ失敗したりしてると思うんだけど、偉大でいるのですよね。僕もいろいろ失敗ばかりだけれども、ある側面から見れば誰かからは偉大だと見えるように生きていくしかないのかもな。30年近くも太田さんのファンをやっているようでは。
彼の最大の美点は「優しさ」であって、僕もそうだと思っている。ただ、たぶん彼もそうなんだけど、近くにいる人に対しては必ずしも常によい振る舞いはできないのだ。優しいことと、誰かを心地よくさせたり傷つけないでいることとは違う。そこが僕の欠陥であり、太田さんのことをずっと好きでいる理由の一つでもあるのかもしれない。
2026.9.23(水) おたんじょうびたいせつじゅく
かなみさんはぴばー。藤子・F・不二雄先生のご命日(31回忌)でもあるから、忘れにくい。
リンク貼るのめんどいから口頭(?)で言うけどかなみさんというのは新潟で喫茶店やってる人です、リンク集にいます。
14時から営業して家に帰ったの7時か8時。うーむ。ははは。
こういうことをしているから身体を、そして精神(こころ)を壊すのである。無理しないほうがいい。人に流されたり気を遣ったり、ってこともあるんだけど一番は自分の好奇心と期待、そして欲深さなんだろうな。「なんか素敵なことがあるかもしれない!」という。実際楽しいことが多いのでいいんだけども、それで倒れていたら仕方ない。もうちょっとバランス取れるようになりたい。
僕のお誕生日は11月1日です。今年は生誕みたいなことやろう!と思ってたんだけど、疲れてるからどうかなー。でもなんかやる。話は変わるが昨日(10/4)落語を見たら、バーカウンターの中で「立ち落語」みたいなことやりたくなった。つまりスタンダップコメディ? いや結局は楠美津香さんみたいなことがしたいんだろうなあ。あんなに上手にできないんだけど、やりつづけないと上手くもならないからちょっと練習がてらいろいろやりたい。
2026.9.24(木) Drink Or Die
17時間働き+飲み続けて満身創痍のなか、約束があったので昼には起きてごはん食べて散歩するなど。夜は9月生まれの中尾さん(リンク集にいます)と阿佐ヶ谷で待ち合わせ。さすがに時間ギリギリになった。もうちょっと早めに行けば「かわ清」がやっていたのになあ~勿体ない。でも飲み過ぎちゃうし生命にはよかった。行き先は大好きな「メリデ」。誕生月に行くと素敵なサービスがあるのだ。そこへkっsーとmmmさんが偶然(!?)現れてサプライズはぴばー。kmbk氏からの祝辞も読む。おたんじょうびたいせつじゅく! 実は台風前日でお客が計4人の20日、上記伏せ字三人衆(みんな中尾さんのお友達)がこれは本当に偶然、一堂に会した(ちなみにもう一人も中尾さんのお友達)ので、これはさすがに呼ぶしかなかろうと、こっそり誘っていたのだ。kmbkはymnsにいるとのことで美しい風景写真が送られてきた。自慢か! でもうれしかったよ。
二次会(?)は鈍我楽。一回しか行ってないが入るなりわかってもらえた。カウンターにも座れた。ありがたい。
TMーさん(某ひとり出版社社長)に連絡したら店P(もちろん、てんぴーと読む)にいるというので新宿で降りて中尾さんを改札まで送り、歌舞伎町へ。店PからのMバーへ。なんと店主がその場で『常連のいない場所づくり』を買ってくださった! いやーありがたい。でもちょっと一回僕トラウマなるくらいスベったので辛かったです。がんばります。なんか調子悪いのかもしれない。
一人になってから大人しく帰ればいいのにたしかZilchに行ってビール2杯くらい飲んだ。これがいけなかったですね。ビール飲まなきゃいいのに。でもビールなんだよな。Zilchって店名のとおりhideちゃん好きな店主なのですよ。hideの話をしてるとやっぱり日本酒バーボンビールにアブサン焼酎どぶろくテキーラなんでもこい! 酒持ってこい!ってなるわけじゃないですか。わからない人は『D・O・D』という曲を聴こう!
言い訳しておきますけどね、酒飲んでるから調子悪いっていうことなんじゃないんですよ、どっちが先かっていうと僕の自認では「調子悪いから酒を飲んでしまう」のですよ、つまりよっぽど悪い状態ってこと! 酒飲んでるから調子悪い、のほうがいいに決まってる。調子悪いから酒を飲む、なんてのは完全にもう、終わってるのだ!
「今さら病院怖くて酒が飲めるか!」「二日酔いが怖くて酒が飲めるか!」とhideちゃんは歌っておるのですね。そんなことのたまいながら夭逝した天才のことを想って、その欠片に触れたくて、故人の話をしながら飲みたくて、始発があるのに行ってしまったわけですよ、Zilchという店に。病院も二日酔いも、もっと怖がったほうがよかったんですよhideさん!
33歳ですからなあ。
心身のコンディションが最悪の時に、妙な死に方をしてしまった憧れの人物のことなんて絶対に考えないほうがいい。死が近づいてしまうではないか。それからしばらくhideとかToshIさんYOSHIKIさんTAIJIさんHEATHさんなどXまわりのことを調べまくってしまったではないか。今挙げた5人のうち3人がもう亡くなってるのですよ。死神の虜さ~←歌ってる
ちょっと内容は次に続くとして、このあとどうしたか覚えていないな。記憶がないほど飲んだというよりは、いつものことで、過ぎたことを時系列で思い出すことが本当に苦手なのである。
2026.9.25(金) 最近の性向の傾向
今日はねー「りょう」の誕生日だね。毎年書くわけではないけど毎年必ず思い出す。僕は他人の誕生日を祝うのが苦手だし、必ずしも覚えていないし、誰かを祝ったら全員祝わなければならない気がしてあんまり祝いたくないというのが本音。だけど彼の? 彼女の? 誕生日は別だ。たぶん死んでるから。生きてたらほんと連絡ほしいけど、最後に電話したとき(それも誕生日だったはず)練炭自殺に失敗して重度の記憶障害になってたし、「チャンスあったら今度こそ死ぬ」って言ってた。いつの間にか電話は繋がらない。それからもう10年? 15年? だいぶ経ったよね? 君のこた忘れられないよ、ちょっと後悔していることもある。オイちゃんのこともそうだ。アー、まったく。なんで友達はすぐ死ぬんだ(飛躍)。ただまあ実際2000年ごろインターネットにしか存在していなかったような少年少女は死亡率が有意に高そうではある。二人はそうだった。ちなみにオイというのはりょうと一緒によく遊んでた(チャットでね)子で、こっちは確実に死んでいる。
あんときはごめん、って僕は言えないんだ。言えないからずっと仲良くするしかないんだ。死なれると困るんだ。んまー、親に感謝!は言っといたほうがいいよね(ひとりごと)。さりげなくでも今度言っとくワ。
「言えないんだ」って書いたけどたぶん正確には「言えなかったんだ」で、今なら言えるかもしれない。そういう段になればというか。そういう段ってなんなんかわからないけど、言えなかった頃よりはずっと言える度が高いと思う。多少は成長をしていて、だから先立たれたことが悔しい。こっちの勝手でしかないんだけども。
気がつけば尾崎豊(26歳で死去)を聴いてたり歌ってたり、hideのオールナイトニッポンR(死ぬ直前に収録)聴いてたり、あとなんだっけな、なんかあんまりこう、健全じゃない感じがする。無意識だし、前向きな曲だってすごく多いわけなんだけど、単純な前向きさではなくて複雑な前向きさだったりはして、なんだか自分の心ってすごくわかりやすいな。複雑なときはちゃんと複雑なものを味わおうとするんだな。それとどうでもいいけど福田和子の書いた本読んだ。すごかった。あとハンチョウ全話読んでカイジの地下チンチロ読み返した。一気に読んだのではなくて9月下旬から10月にかけてゆっくりと少しずつ。もちろん二階堂地獄ゴルフも最新話まで読んでおります。
ハンチョウ読んでた理由はなんとなくわかる。次回にゆずる。
昨夜朝まで飲んでたのに14時には店にいて、16時から打ち合わせ、そのまま朝まで営業したあと、7時くらいにギン氏とPodcast収録。すべて自分のせいなんだし、みんな同じくらい大変な人生をやってるわけなんだが、ともかく「流れが悪い」としか言いようがない。つまりそのー、疲れているから疲れたくなるんですよね、人間ってやつは。これがいちばんよくないんですよ。現状維持をめざしたって維持しつづけられる保証もなし、たいがいは現状より下がってしまうのだ。疲れているという現状から離れるのが苦痛だから無意識に疲れ続けようとするのだが、それをやっていると絶対に落ちるところまで落ちてしまう。なんとか抜け出さないと。
2026.9.26(土) 一日外出録ハンチョウ
カイジ(そういうのがある)のスピンオフ漫画でたぶん一番売れてるやつ。ちょこちょこは読んでたけどこのたびなんか全話読み通してしまった。
予定があったんだけどこの頃には体力の限界!とかふざける気力すらなくなっていてキャンセルしてしまった。申し訳ありませんでした。やれるのは寝ることと『ハンチョウ』読むことくらい。これが意外と22巻も出てる。
なんでこのタイミングでハンチョウを? たぶん自分を客観視するためだな。あれは結局のところ「中年男性たちのあるあるを客観的に描く」みたいなことで、それがしかも大まかに言えば僕みたいな「多趣味でそれなりに教養も能力もあるカルチャー好きのインテリ崩れ」を主として描いている。ハンチョウ(大槻)ってそういう人だからね。
ここんとこうまくいかないから、ちょっと自分を客観的に見るために、いったんハンチョウ(たち)を客観的に見ようと思ったのかもしれませんな。副作用として心中のモノローグがハンチョウっぽくなった。孤独のグルメ読み過ぎた時とかもたぶんそうなる。
2026.9.27(日) 今日も暗闇で盆踊り
アウー浮世は舞台~←歌ってる
デッカチャンという芸人が小学校の体育館でDJするイベントに行ってきた。着いたら真っ暗で、小学生たちが光る棒振り回して踊り狂ってた。すごい! 小学生たちに響くような選曲を続けられるのもまたすごい。
体育館なら目張りすれば昼間っから真っ暗にできる。これはすごい。ミラーボール的なものをじゃんじゃか回してしっかりと享楽的な雰囲気になっていた。マジで子供たち狂乱してて「こりゃー将来どうなんの日本?」とさすがに思った。ダンスネイティブなんですよねすっかり。ええじゃないかみたいなこと、また起こるんじゃないかね?「高市やめさす♪」どころじゃすまんよ。楽しかったです。デッカチャン→盆踊り→デッカチャンという流れで、ものすごく無茶苦茶だった。子供たちは盆踊りしないし、大人たちは(一人を除いて)暗闇で踊り狂ってなかった。断絶!!!
2026.9.28(月) 「場」というものをわかっておる
旧友Tくんが浜町の立ち飲み屋の店長をやっていると知って即座に行ったのが2週間くらい前で、今日でもう卒業(最終日)だそうな。早すぎるだろ! とはいえ同じ会社の別の仕事に変わるようだから「立ち上げはやったんであとはよろしく」みたいな感じでもある。月に10日くらい高知に住むことになるんだと。ヨシ! 僕も遊びに行きやすくなるぞ~。
で、行ってきたんだが、飲みすぎましたね。それなりに長くいたのもあるんですが、終盤テキーラがジャンジャカ出てきて、みなさんは別の店に行ったんだけど僕だけお暇しました。
本当に僕は彼のこと好きだし彼も僕のことすごく好きなので、とてもよい関係だと思う。それでいてつかず離れずっちゅうか、たまに会って話のような話じゃないような話をして、それでチューニングしあうような。今回も個人的な話はあんまりできなかったけど、そのような感じはあったし、たった二回だが彼がお店に立つときの理想みたいなものは見えたような気がする。そんで、フツーに上手だと思う。さすがおざ研にいきなり来てハマってくれただけのことはある。「場」というものをわかっておる。
まずほんとこの「場」というものをわかっておる、かどうか、というのが大事なのだが、なかなかこれが教えたり言葉にするのが大変で。しかしとりあえずここをどうにかせねばならん。といったところで、17日の記事に書いた、21日にみつきちさんが言っていた(ややこしい)「快適さ」の話が役に立ちそうだ。これについては来月分に書こうか、あと2日のところで書こうか悩む。
2026.9.29(火) URまちとくらしのミュージアム
575。ユーアール、まちとくらしの、ミュージアム。行ってきました。古い団地の再現など。とてもよかった。
やっぱ僕は古い電気のスイッチとか、配電まわりが好きだな。これはお父さんの血かもしれない。電気回路の分野は中学のときたぶん100点取った。林本(教員)がビビってたわ。2か3しかくれなかったけどな! こいつが、マジで偉そうなヤツだったんだが、将棋で「おれは初段」みたいなこと言ってたからボコボコにしたったら「お前は二段」とか言ってきてめっちゃムカついたうえに死ぬほど面白くて、なんかもうあんまり嫌いじゃなくなった。多少はいい話だと思う。僕に負ける時点でアマ初段ですらあるはずがない。
そういえばこの、倒れている間(おおよそ青森から戻ってきた9月18日から10月5日のあいだ、僕は動きながらずっと倒れていた、実際家ではほとんど身動き取れなかった)、将棋の動画を見たりしたな。AIとAIの対局棋譜をただ見るだけのやつ。漫画を読んでいるときと将棋の動画を見ているときはマジでそれ以外のこと何も考えないからすごく楽。ほかのものはだいたい、あれこれ考えてしまって頭の中がグチャグチャになってしまう。僕が漫画を好きなのは本当にただそれだけのためなのかもな。心が静かになる。
団地の話。『限界団地』というドラマは面白いので見よう。漫画なら『かんかん橋をわたって』がここ10年で最大のヒットなのだが、ドラマなら限界団地かも。あんまり見ないからね。あとはマンハッタンラブストーリーかな。
団地の話。うーん。UR~はとてもよかったが今文字にしたいことは特にないかも。あるっちゃあるけど長くなるし疲れそう。帰りに十条に寄った。オーシャンの隣の立ち飲み屋よかった。あの町はとりわけ好きだったお店がどんどんなくなっていっていくし友達も引っ越してしまったが、大衆演劇の篠原演芸場があるからたびたび行くと思うんで、好きなお店を少しずつまた増やしていきたい。
2026.9.30(水) 無理しねーぞ
ここがXデーですね。この夜から10月5日まで死んだように暮らしておりましたし、本当に珍しく自分都合でお店を休みにしました。本来は2金、3土、4日、5月と四連勤で金曜は朝までってなってたんだが、すべてやめた。スケジュールを見て「あ、無理だこれは」となって、とりあえず日月を休もうとは早めに(たしか25日には)決めていたのだが、木曜の夕方までお店で気を失っていたのでいよいよ「これは金土も休まないと(精神的に)死ぬか誰かを(精神的に)殺す」と確信、絶対に休む!と誓って、ちゃんと休んだ。と言っても実のところギリギリまで迷っていた。17時からお店で打ち合わせがあったので行かなければならず(実は無理して行かなくてもよかったのかもしれないが)、元気があったらお店をやろうとも思っていたが、やはり無理そうだったので休みということにした。そしたらstaffさく氏が来て「やりますよ」と申し出てくれたので甘えた。翌土曜は似たような感じでstaffカモメ氏が「やりますよ」と言ってくれたので甘えた。助けられている。みんな、ありがとう。日月はそのまま休んだ。
30日、夕方に高円寺の蟹ブックスに行き、10/7のイベントにお呼びしたphaさんに御挨拶。それから阿佐ヶ谷メリデでマスター高木さんの86歳を祝う。3杯飲んだのだが、この時点でやめておけばよかったのだ。すべてを。しかし僕はもう25日の記事に書いたように「疲れるという現状を維持したい」という異常な状態にあったので、御茶ノ水で降りて歩き、「あお」で2杯ほど飲み、馴染みの「マリーゴールド」に行って何杯か飲み、そこのみなさまとともに夜学バーに移動した。酒量としてはそこまで多いわけではないが、メリデのペースがちょっと速かったのと、何よりコンディションだ。まぁ、この日の僕は全体としてすべてよくなかった。夜学に行くまでは「べつによくはない」くらいだったが、夜学では「だいぶ悪い」だった。悪い癖が出るのは疲れているからだな。たぶん、劇団夜学バーのときにワーってなっちゃったのも、あれ疲れてたからだよ。で、疲れてるってのは体力の話だけではなくて、主としては「なんで僕は!」っていう心の叫びが体中に充満している状態っていうことなんだよね~。客観的に見ますとね!
「どうして自分は一人でこんなに大変なことをこなしてるんだ? みんなでやってるはずなのに? いや、これぞ自分が勝手に始めた物語とやらだし、自分がそういう体制を作れなかったのが悪いんだ。自分でやったほうが早い病みたいなもんだ。結局いつも自分は他人とちゃんと関係を作れないんだ。悪いのは自分だ。ワー!!!!」
つまり「体力的に疲れている」ということを免罪符にしたいわけではなくて、「精神的に疲れている」ということを免罪符にしたいわけです! 免罪符にすなよ!と怒られるかもしれないが、許してほしいじゃないか! 正直に言えば、誰だって。ここでだけはできる限り正直にやらせていただきたいです。←これもホームページだぞっていう免罪符なんだけどね~
本当に、ですな、わかっているといえばわかっていると思います、さすがに。そんなん勝手すぎると。なんかした人が「許してほしい」なんて言ったらだいたい炎上するわよ。存じております。でも本音をいえば誰だって許してほしいわけで、それを隠すのは嘘になるよ。許してほしいよ。それとは別に反省はするし、できる償いならしたいですよ。でも怒られたり、罵られたり、嫌われたりはできればしたくない。受け入れるということと、されたくないということとは分けております。受け入れはしますが、されたくはありません。すごく正直に言えば。
たぶん僕が「疲れていた」というのは、「なんでなにもかもうまくいかないんだ?」ということでフラストレーションがたまっていたということなのです。そしてそれらはことごとく他人が関わることで、他人とうまくいかないことは自分のせいだということでもあって、他人のせいにしたいけどしきれなくて、他人のせいだと思えば思うほど自分のせいでもあると跳ね返ってきて、内心ウワーってなってるところに過度に酒が入ると、良い結果などありませぬ。その片鱗が浮かび上がるを見て、僕は1日から当面すべてを封じ込めたのです。具体的にどこかに迷惑がかかるかもしれないし、損もするかもしれないが、死んだり殺すよりはマシだろうと。
まーったくLINEは開かなかったしSNSもほとんど見なかった。珍しく未読が溜まっていった。無理すればもうちょっとなんとかできたのだろうが、結局無理はできなかった。このくらいなら無理じゃないかな?と試行錯誤してみたが、たいていのことは不可能であった。
30夜からは40時間近く絶食。1日から4日まではほぼ寝ること以外しなくて、寝過ぎとカフェイン離脱とで常に頭が痛かった。4日の夜にようやく(これはちょっと無理して)知人の落語会に行き、5日に家事をこなしてようやく元気になってきた。
文章が書けるようになり、夜は外食もした。そして深夜、こうして12日ぶんの日記を書いている。フゥー。でも無理しねーぞ。疲れたくないのだ。もちろんそれは、精神的にという意味であるが、物理的身体的肉体的体力的に無理をすると、必ず精神にも影響がある。休むのが一番だ。もうしばらく省エネでいきます。
なんで物理的(略)に無理すると精神に影響があるのか? そのぶん人間と接するからですね。僕の場合は。それ以外たぶんない。午前3時10分。散歩行ってきまーす。
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