ひごろのおこない/Entertainment Zone
⇒この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などとは、いっさい無関係です。

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2026.7.1(水) 鎖国と常識
2026.7.2(木) さようなら七階
2026.7.3(金) 冨樫義博五段
2026.7.4(土) 漫画と没入
2026.7.5(日) 焼津と沼津と大船
2026.7.6(月) 超文学フリマから13年
2026.7.7(火) 街に色がない
2026.7.8(水) 分からない
2026.7.9(木) 年下女性と年上女性
2026.7.10(金) 1stアルバム『木』
2026.7.11(土) 26周年でござった
2026.7.12(日) レコ発ライブ
2026.7.13(月) 暗い音のない世界

2026.7.1(水) 鎖国と常識

 ちょっとずつ引き払いが進行してきている。ごくわずかに。
 引き払いとは僕の場合、鎖国ということ。太平をもたらすが限界がある。黒船に象徴される時代の流れ、外側の環境変化にすこぶる弱い。
 閉じた国の常識のなかで生きていると、いざ世界に触れ合う必要が生じたときに何をしていいかわからなくなり、失敗する。

 僕は僕の常識の中で生きてい過ぎた。僕が僕として切れ味を増すごと社会とのズレが広がっていく。
「普通」ということを諦めて久しい。それでもこの世で生きていたい。うまくやっているほうだとは思うが、老いと衰えの前に未来は不透明だ。
 気持ちとしてはもっと閉じていきたい。外の人たちに迷惑をかけたり問題を起こしたくない。鎖国を徹底していきたい。忘れてたなあ~って感じだ。僕は相手の言葉で喋る必要があるが、相手は僕の言葉で喋ってなんてくれない。僕の立場は常に下なのである。忘れてはいけないのに、忘れていた。

2026.7.2(木) さようなら七階

 夜学バーで打ち合わせとちょっと仕事したのち、中立さん(弊社社長)と飲みに出る。荒木町でトミーさんのお店に行こうと思ったのだがいらっしゃらなかったので「荒木町猫目」へ。いいお店である。ただし新宿猫目より1.5倍は高い。これが荒木町価格ってやつか。
 社長と別れあひる社へ。7階に置きっぱなしにしていた本を段ボールに詰めて駿河屋に送る(売る)、そのための作業をしに。ちょうど10箱になった。「10箱以上は事前予約を」と書いてあったのだがそのまま送ってしまった。その後「今回は目をつぶりますが」的なお叱り定型文が届いた。こういうのも僕の悪いところだ。単純に甘え。手抜きなのである、結局は。反省した。次はちゃんと9箱に収めます(ヲイ
 終わったあと少し吉本さんと話す。何度でも書くが20歳のころからの恩人であり、仕事仲間でもあり、小沢健二作品を愛し世の中をよくしようと動き続ける同士でもある。向こうも多少はそういうふうに思ってくれていたらうれしいが、「ジャッキーくんいつまでもあひる社に粘着してくんねんな」と思われているくらいでも別にかまわない。こっちは十数年年下なので、めいっぱい参考にさせていただく。数少ないきちがいロールモデルとして。
 それこそ本当に吉本さんは偉いよ。社会に溶け込んで、フツーの人たちとコミュニケーションを取れている。景気あんまよくないらしいが、あひる社はリーマンショック直後に立ち上げた会社なので、その後どんどん上がっていったのを体験している。きっとここから似たような流れになっていく感じはしますよね~みたいな話をした。僕の事業も少しずつ上がっていけばいいなと思う。
 当然すっかり酒が抜けたので自転車を借りて帰ったが、道を間違えたうえに雨に降られ、本当に良いことがない。7月のスタートは暗い。涼しいのがせいぜい救いだ。

2026.7.3(金) 冨樫義博五段

 冨樫義博『HUNTER×HUNTER』読んでる。わたしは『狼なんてこわくない!!』『てんで性悪キューピッド』からのファンであり、そんじょそこらの『レベルE』礼讃者とは格が違う。と言ってリアルタイムではなく兄(おそらく次兄)が単行本を持っていただけで、『幽☆遊☆白書』の頃(小学校低~中学年)にまとめて読んだと思われる。マウントとりたいだけではなくてオタクだからそういう想い出にこだわるのだ。地下アイドルのオタクが「推しと初めて出会った日」やその時のセットリストをよく覚えているのと同じ。
 ハンターハンター読むのは20年ぶりだ。王が将棋を指し始めたところまで読んでいて、それが23巻だと思われて、2006年3月発売だそうで、確かその頃にブックオフ光が丘店に通って立ち読みしまくった記憶がある。今ちょうどキメラアント編に入った(18~19巻らへん)。無料公開されてるからむさぼり読んでいる。
 優秀な漫画なのでずいずい何も考えずに読み進められる。あえて「めっちゃ好きな漫画」とは言わない。冨樫(敬意を込めて呼び捨て)はとにかく漫画が上手い。どこがといえば、一般的な上手さはすべて兼ね備えたうえで、「情報量の多さ」と「情報量の少なさ」が彼の最も優れたところだと思う。
 読み返して驚いたのだが、冨樫はページを5段に割ることが多い。こんな割り方はもう『釣りバカ日誌』くらいでしか見ることがない。ちなみに『ONE PIECE』はだいたい2~3段で割ることが多く、4段(3.5段と言ったほうがいいようなもの)がたまにあるくらい。
 同じ週刊少年ジャンプでハンターは98年から、ワンピは97年からとほとんど同期だが単行本の巻数はそれぞれ39巻、115巻と約3倍の差がある。しかしページの密度を考えると実際には2倍くらいしか開きがないのかもしれない、話の進行としては。
 僕の言う「情報量の多さ」とは、単に台詞(文字)が多いということではなくて、1ページにたくさんのコマを詰め込むから少ないページでもしっかり話が進むということなのである。大ゴマはここぞという時にしか使わない。あの複雑なグリードアイランド編をたった5~6冊で終わらせているのは案外すごいことなのだ。
 また「情報量の少なさ」とは、ずばり絵の簡素さ。ほとんど線とベタのみ。背景も必要最小限しか描かれない。省エネのためでもあろうが、コマが多いのに読みやすく疲れにくいのは目に入るインクそのものが少ないからだ。デフォルメやデザイン、構図取りの上手さもあって本当に少ない情報で必要なことを伝えている。
 僕は趣味の古い人間なので、たった300ページくらいで壮大な物語を描ききった手塚治虫『来るべき世界』みたいなものを心底愛している(もともとは1000ページあったという話は置いといて)。冨樫先生にはその魂を感じるし、再読してビシビシと伝わるのは鳥山明先生へのリスペクト。『ドラゴンボール』もたった42巻であれだけの物語をまとめているのは(今の感覚だと)すごいと思えるが、ハンターハンターはまだ39巻で、おそらくそれ以上の密度を持っている(まだ後半読んでないけど)。普通ならそれだけギチギチに物語を詰めれば読みづらくなるはずなのに、意外と文句は聞かれない。(ちなみにドラゴンボールのコマ割りは主に3~4段である。)
『HUNTER×HUNTER』や『釣りバカ日誌』のような「五段漫画」は密度と読みやすさの両立という神業によって成り立っている。日本でいま何番目かに売れている(であろう)現役連載漫画がそのような古き良き漫画のあり方を土台につくられている(と僕は信じる)のが嬉しくて仕方ない。義博先生ありがとういつもおもしろい漫画を描いてくれて……。

2026.7.4(土) 漫画と没入

 漫画を読んでいると没入できる。それがHUNTER×HUNTERのような「情報量が多くて、情報量が少ない」(昨日の記事参照)ものであればなおさら、なのだろうな。余計なことを考えなくてすむ。僕は音楽のライブとかではまったく忘我できないし、映画も演劇も似たようなものだし、小説も詩も本当に気が散っていろいろ考えてしまうので、漫画くらいしか残るものがない。かつては児童書もそうだったけど最近はたぶんそうでもない。あんまり読まなくなってしまったのでわからないが。『冒険者たち』とか読み返そうかな。
「漫画と同じくらいすごい!」と思っていた行為もあったのだが(初公表)、いつの間にかそうでもなくなっていた。漫画も正直言えば昔ほど入り込めやしないのだが、それでも最後に残った砦という感じはしている。あとは「自転車で山を越えたり延々と似たような道を走り続ける」とかかな。これはもう身体的&環境的にトランス状態に持っていくのでチートのようなものだ。
 ちなみに酒やドラッグ類も僕はあんまりそういう意味で陶酔できたことがない。シャブとかやったら違うんかな?とか思えどなんのメリットもないのでしない。
 とにかく漫画だけを読んでいたいね。でも漫画ってのは「読む」っていうところに至るまでのハードルがいつしか高くなりすぎてしまった。没入するってことは時間をそれだけ「奪われる」ってことでもあるし、体力もかなり使うからしんどい。何も気にしないで漫画だけを読んでいられる世界に早く行きたい。

2026.7.5(日) 焼津と沼津と大船

 焼津と沼津と大船に行ってきた。嗅覚を完璧に発揮して満点の時間を過ごした。泊まったところにHUNTER×HUNTERが38巻まであったのだがやることが多すぎて1ページも読めなかった。
 ちょっと焼津に野暮用があったのだが、マァー何もかもすばらしかったですね。商店街の中に「まる」「さんかく」「プレイボールカフェ」「くりさんち」といった文化的な場の密集した地点があるんだけど、それらすべて昼間のもので夜にはまったく乏しい。「夜学バー焼津店」はちったぁ需要あるのでは?と思ったけどそれほどコトは単純ではない。
 とりあえずメモ。ふうみや、スウォットラブ、やいちゃん無人雑貨、イワシ、キャノン、トミヤ、宝月、北海(道ラーメン)ハウス+北海屋、beer stand yozzie、public house YAIZU。あとは秘密。リー、コデマリ、窓も気になっている。
 沼津はケルン行っただけ。本当にいいお店で、座った瞬間涙が出かけた。大船では立ち飲み屋を四軒ハシゴした。二軒目に行ったお店はまさに「俺じゃなきゃ見逃しちゃうね」案件で、外に出ている看板と中に見えているお店の数が合わないので、「あえて隠れて営業しているお店がある」と踏みこんでいったら、めっちゃいいお店だった。これぞ店師。

2026.7.6(月) 超文学フリマから13年

 そういえば今日が誕生日だったな、と思って通電少女(とは?)の一人におめでとうLINE送ったら、「尾崎さんに初めて会った時の尾崎さんの年齢になったかも」とのことで、考えてみれば確かにその通りだった。2013年4月、超文学フリマで別の通電少女に出会ったのが切っ掛けなので計算が合う。その後みんなで同人誌(4人誌)つくったのである。客観的に見るとだいぶヤバい関係だったけど、長い付き合いになりましたのう。
 あんまり人の誕生日は覚えないし、覚えていてもあえて祝わない(キリがないし毎年言わないといけない気がして)のだが、なんとなくこの人の誕生日は「あ」と思うことが多い。翌日が七夕だからかもしれないし、七夕は今のところ唯一の「弟子」(一生言ってやる)の誕生日だからかもしれない。
 折しもその「でし」からは最近たびたび連絡が来ていた。海外に行っていたが帰って来たそうな。さみしいのかしらね。都内のようだから今度会いにいってしんぜよう。マジで。
 この二人に共通しているのは、誕生日と名前がなんとなくリンクしていることだ。「6」が入っていたり「7」が入っていたり。覚えやすいだけでなくて、誕生日もその人の一部という感じがより強くする。なんとなくだけど。それでわりと思い出すし、たまに祝う。7の人にはまさに当日LINEしてたのに祝いそびれてた。この場を借りておめでとう。長く付き合ってくれてありがとう。
 みんなとのことを考えて改めて思う。常識はないほうが楽しいけど、あったほうがいいこともある。そのバランスと見極め、僕は上手になっているんだろうか? まだまだ勉強です。

2026.7.7(火) 街に色がない

 藤原カムイ先生の『カラーメイル』って漫画をちょっと前に買って読んだ。「少年ガンガン」でのリアルタイム以来ですごく感動した。世界から色がなくなって一色ずつ取り戻していくという筋で、雑誌上でもフルカラーで始まってモノクロになって、そこから少しずつ色が増えていって最後にフルカラーに戻る、という凄まじい連載だった。映画『オズの魔法使』の逆ですな。前作『ロトの紋章』の大ヒットがあったからこそやれたことだろう。
 白黒が流行っておりまして、街を歩いても色がない。気づいたら自分も黒ずくめで歩いていたりする。そうなると色の入った服を着ている人はなんだか個性的というか変人のように映る。みんながカラフルだったら目立たないのに、みんなが白黒だからやたら目立つ。
「誰よりも目立とうとわけのわからぬ服着て イマドキの男にでもなったつもりだったけど 大きな勘違い」(ゆず『シュビドゥバー』by北川悠仁・1998)なぁんて曲がありましたが、時代ですな。今だったらちょっと色の入った服を着ただけでけっこう目立ってしまう。
 かつては「目立つ」ことが大衆化していて、誰もが目立とうとしていた。今はそうではないから、目立とうとする人はかなりの少数派となっている。YouTubeやTikTokを「やる」こと自体は当たり前であって、そこで何をするかという質のありようで目立つ、目立たないが決まる。そんな気がする。
 学校の制服は色がなくて、そのまま踊れば色のないTikTokになる。カラフルな色のTikTokは思ったより多くないのではという気がする。
 明日は何色の服を着ようかねえ? 参政党がオレンジを着て、高市さんがブルーを着る。色が思想になってきた。「虹を返せ」じゃあないが、色を取り戻す必要があるんじゃないかと思います。

2026.7.8(水) 分からない

「人間は慣れぬということのない生き物である」とドストエフスキーが書いていた、って誰かが書いてたんだけど誰だっけ。
 荒療治なので危険もあろうが、トラウマを癒やすに最も原始的な方法は「慣れ」なんじゃないだろうか。僕には最近新しく得た軽いトラウマがあって、それに関連する人に会う可能性がある場所や連想される場所などを通ることにけっこうなストレスを感じる。無理して通ると頭が狂っちゃう場合もあるだろうが、僕はあえて自己責任ってことで気にせず通るようにしている。この程度であれば慣れるのが一番早いと経験的に信じているからだ。
 時は癒やしをくれる。時以外に癒やせないものもある。10年ちょっと前に負ったトラウマは、今でもトリガーに出会うと「ああ」とは思うが、別にまあ最悪でもちょっと動悸が早まるくらいで済む。まぁ慣れていくし、つらさはいっさいなくなる。ただ「ああ」と思い出して、「あんまり気持ちのいいもんじゃねえな」と思うだけだ。
 しかしそれができるのは僕が強くて、大した傷も負っていなくて、さまざまな人間的な感覚が鈍いからだろう。多くの人はきっとただ苦しみ続けている。
 僕もいろんな人に多大なトラウマを植え付けて生きてきたはずで、開き直るわけではなくそういうことを減らしていきたいとは思い続けている。また不用意に他人のそういう部分を突かないようにしたいとも思う。謝罪や贖罪については、何をしていいのかわからない。そんなことが可能なのかと考えてしまう。何もできないのならただ静かに生きていくべきなのだろうが、このように文章を公開してしまう。究極に自分勝手なまま生き続けてきてしまった。僕に鬱をもたらす可能性があるとしたらここにあると思うが、いつか向き合えるのだろうか。常識がないというのはすなわち、人の気持ちがわからないし、尊重する動機もないということなのだ。あらゆるものは独立していると思いすぎている。独立しているからこそその間に結ばれる関係が大きな意味を持つのだと。しかし実のところ世の中のほとんどの人は「あらゆるものは独立していない」と考えている。もっと言えば、「世界には一つのものしかない」というふうに考える。「分ける」ということをそもそもしない。僕はすべてを分けてしまうから、何もわかることができない。
 僕の未熟さは、たぶん「人の言うことに従えない」というところにあって、その「人の言うこと」というのを「常識」という言葉でまとめている。当たり前のことを当たり前にすればいいだけなのに、その「当たり前のこと」がわからないし、それをすべきだと言われても、「本当にそうなのだろうか?」と思うことが多い。だから「何もしない」という手を選びがちだ。そのまま時だけが過ぎていく。僕は時間泥棒なのではないかと思う。

2026.7.9(木) 年下女性と年上女性

 文化圏において若い女性は年上男性にかわいがられがちなので相対的に年上女性との関係が不足しがちである。その場合は積極的に年下女性と仲良くするのが良いと思う。自分が年上女性になってしまえばいいのである。すると「年上女性と年下女性」という関係のあり方が自分でわかるようになる。雛形がわかればそのどっちにもなれるようになる。
 結局のところ、「年上女性との関係がうまく結べない」という人は、「年上女性と年下女性」という関係がピンときていないのである。「年上男性と年下女性」にはピンときやすい。なぜならばそこにはさまざまな形の性欲をベースとした「かわいがる、かわいがられる」という単純明快な雛形があるからだ。雛形がわかれば「そういう関係がどこにあるか」もわかりやすい。そこに行けばいい。雛形がわからなければ「どこにあるか」もわからないから、「どこに行けば年上女性はいるのか?」ということもわからない。
「年上男性と年下男性」もわかりやすい。先輩後輩というホモソーシャル的な「かわいがる、かわいがられる」の存在しそうな空間に行けばいい。「年上女性と年下男性」だとどうだろうか? これは意外と難しい。「年上男性と年下女性」の場合ほどは性欲が介在しないし、「自分が年上女性になって関係の雛形を身をもって知る」ということも原則できない。
 しかし基本的には「年上男性と年下女性」の場合とあんまり変わらない。ゴールデン街にいたとき、とにかくユニコーン、電気グルーヴ、フリッパーズ・ギター、岡村靖幸だけおさえておけば大丈夫だと思っていて、実際これらすべてに僕はまあまあ精通しているので無双であった。僕より5~15歳ほど年上の(ゴールデン街にいるような)文化的女性はかなりの確率でこれらのいずれかをよく知っている。
 ってのは極端な話だが要するに「物知りなよい子」でいるのがいいのである。かわいがってもらえる。そこで「雛形」をある程度身につけると、知識に頼らなくても関係が築けるようになるし、どこにそういう人がいるのかもわかってくる。新潟で知り合った年上女性とのエピソードはけっこう象徴的だ。僕は「ROSIER」という店に行ったわけだが、そういう名前のお店には「僕と関係を結びうる年上女性」がいそうではないか。別にそれを狙ったわけではないけど、結果的に年上女性の友達ができた。知識に頼ったのではなくて信頼関係構築(!)の妙技によって。いや単に何かが「合った」ってことなんですけど、そこまでたどり着かせるのには技術もある。
 さて「年上女性と年下女性」の場合ではどうだろうか?「かわいがる、かわいがられる」関係だとしてもその質はかなり変わってくるし、他の組み合わせよりも「対等」感が強いような気もする。そしたらつまり「年下女性と対等な関係を築く」というステップ(あるいはその逆)を踏むのが良さそうに思えるが、「年上女性とも年下女性ともうまくいかない」という女性の場合は、ちょっと打つ手が思いつかない。そもそも友達をつくることから始めたほうがいいのかもしれないが、友達ってどうやってつくるのだろうか? 友達が一人でもいたことがあればそこから類推もできるだろうが、いなかった場合は?
 いなかった場合?
 疑似友人から始めるしかないのだろうか。確かに、そのために「金を払って人と話す」という商売はあるのかもしれない。

2026.7.10(金) 1stアルバム『木』

 7月11日の26周年を記念したファーストアルバムをつくるにあたり、空いた時間で録音したり編集したりCD焼いたりジャケと歌詞カードを印刷製本したり背にタイトルを書いたりしていた。全体として非常に良いものができたと思う。
 7月13日現在(本項執筆時)までに2枚しか売れていない。3枚売れたような気もするがそうだとしたらお金をもらうのを忘れたと思われる。なんでこんなに記憶力が悪いんだ。ともあれあと14枚か15枚(曖昧)あるので焦らずにお求めください。1500円ス。

 記憶の話少し補足するが、僕が「関係」にこだわってしまうのは脳がそういうふうにできているからかもしれない。たとえば、何を話したかは覚えているが誰と話したかは覚えていない。CDで言えば売ったような記憶はあるがその先が誰かがボヤけていたりする。もちろん毎回かならずではないがそういうことが割と多い。
 つまり「個人」が見えていないのだ。その間にあるものしか意識していない。「あれ、これ誰と話したんだったかな」と、いつもわからなくなる。とても失礼だし、他人に興味がないのかとなじられても反論できないが、たぶんそういう障害なのだ。なんでも障害で片付けていいとは思わないが今のところそう思わないとやってられない。直そうとして直るものかもわからないしけっこう大変なのだ。申し訳ないなとは思うけど、必死で直そうとするよりはそれを前提として生き方を組み上げていったほうがいいだろうと判断して、いろいろがんばってみている。(この方針が間違っていたらけっこうヤバい。)
 おそらく僕にとって関係とは「相手に宿るもの」ではなくて「その場にあるもの」で、個人とは独立している。そういうふうに捉えているのだと思えば説明がつく。インターネット(メールやLINEも含む)が好きなのは履歴が残るからかもしれない。誰と話したかをあとから確認できる。

 さて『木』。そのうちちゃんとしたページ作りたいけどとりあえずここに紹介しておく。12曲入り。サブスクにも申請しましたのでそのうち聴けるようになると思いますが、そっちはAIマスタリングにかけたうえ『夜学歌 第1番』をロングバージョンで録り直している(1分未満の曲はUPできなかった)。より生々しい雰囲気を味わえるのはCDのほうだし、音質もCDのほうが良いです。どちらもお楽しみいただけると幸い。またプロデューサーであるみつきちさんによるありがたいライナーノーツと僕の制作後記はCD版を買わなければ読めません。あと盤面に印刷した写真も貴重。

 1.大横川のうた
   2022.11.1 ひとり芝居『うさぎとたぬきと柿』挿入歌
 2.お散歩遠く
   2023.7.1 旧夜学バー最終日深夜
 3.スタアグア
  2023.8.27 「夜学バー博(ぱく)」最終日
 4.学校で
 5.懐かしさに
 6.あしたのよいこ
  2023.11.1 生誕文化発表会 in BAR DOCTOR HEAD
 7.カリフラワー
  2024.8.25 全国夜学バー総合文化祭ちの大会(総文祭)  8.夜学歌(第1番)
  2025.1.13 成雀式
 9.友達は変わる
  2025.8.17 全国夜学バー総合文化祭ちの大会(総文祭)
 10.静岡で会いましょう
  2025.10.4 喫茶みずのみば1st最終日コンサート
 11.木
 12.よみがえる
  2026.7.11 『木』

 3年8ヶ月にわたりぽつぽつと曲をつくり歌ってきたわけだが、恥ずかしいですよ、もちろん。こんな素人芸を堂々と見せるのは。しかしそれもちゃんと「世の中がよくなる」と思ってやっている。単純な自己顕示欲求ではない。「素人だろうがなんだろうが、やろうと思えばこういうことができるし、してもいいのだ」ということを示したくてだいたいのことはやっている。ひとり芝居なんてまさにそうだ。『うさぎとたぬきと柿』にせよ『さるかに合戦』にせよ、「これでいいんだよ」「これで成立するんだよ」と言いたいだけだ。根性さえあればね。根性論の正当化。
 思えばホームページをつくって続けているのもそれだと思う。「こんなもんでいいんだよ」である。2000年当時、インターネットは開かれていた。広大なフロンティアだった。誰でもそこへ行って土地を借りて表現してよかった。「自分なんかが」と思う前に好奇心が勝って、いろんな人がホームページをつくっていた。多くの人がその後やめてしまったが、僕が続けているのは「こういうふうに自分で何かを立ち上げて続けていくっていうのは、お金も技術もほとんどいらないし、なんなら読者だってごく少なくたっていいんだ」と主張したいのだと思う。
「誰も見てくれないから続けていくモチベーションがない」っていうのはもっともであるが、しかし「誰かが見てくれる可能性があるなら続けていこう」という祈りのほうが絶対に大事だ。そのように続けてきて、26周年でも掲示板の書き込みは数件、CDの売上は2~3枚、明後日の記事に書くと思うが12日にやったレコ発ライブの集客は2名(1名はプロデューサーみつきち、もう1名は終了予定時刻の数分前に来たので実質は0.1名)であった。いいか? それでもやるんだよ! わかってんのか?? どんだけ大変かをヨォ!

2026.7.11(土) 26周年でござった

 今年もつつがなくすぎた。本当につつがなかった。さりげなくお祝いしてくれた方、なんとなく気まずくて今年も何も言わなかったがちょっとだけでも胸の内で意識してくれた方々、みなさまありがとうございました。すべての読者に心より感謝しています。
 岡林信康さんに『26ばんめの秋』っていう曲がある。26という年齢を特別なものだと思っていると彼はどこかで書いていた。僕も26歳のときすでにこの曲を好きだったので、「遂に来たか」と思ったものだが、いやはやついに、ホームページまで26を迎えてしまった。
 僕は秋生まれだからこの曲の「そして僕はこの夏26」という歌詞にちょっと悔しさを感じていた。でもEzは夏生まれなんだよね。ああ、この曲は僕のための曲じゃなくって、このホームページのための曲だったんだな。
 今年は7月11日が土曜日だ、さぞやみんな、お祝いに駆けつけてくれるのであろう!と思っていたが当然そんなことはなく、2名かな、今日度(きょうど)にお店で直接お祝いしてくれたのは。それと方々からちょっとずつ「おめでとう」されて、嬉しかったよ。本当にこういうのは数じゃないし、言葉にされることだけが大事なのでもない。黙っていても心の内に持っていてくれた人もいただろうし、どこかで「26年か、すごいな、がんばってんな」と思ってくださっている読者もきっといくらかいるはずだ。そう信じられるくらいにはこれまでみなさんに本当にいろいろ優しくしてもらってきた。
 ただ、僕のそういう想いにつけ込んで(?)、「まぁジャッキーさんはほっといても別に自分で理屈つけて納得して立ち直るんだから自分は何もしなくてもいいや」と考えるような人は、僕はマジで許せないですね。なんでか? 仲良くする気がないからだよ。僕と。さみしいのはイヤだよ。

2026.7.12(日) レコ発ライブ

 リリパでした。14時にお店に入って照明と音響をセッティング。音のほうは数日前からマイクスタンド立てて、ギターにもプラグ挿して、PCとオーディオインターフェイス(M4)とアンプの調整して、プロデューサー&PAみつきち氏にサウンドチェックしてもらったりなどして、着々と準備してきた。
 ライブっていうのはやっぱり非日常感が大事ですから、いつもの夜学バーとは違う照明にしなきゃいけない。客電を落としてライトを3つ増やす。演者の顔にしっかり光を当てつつ、お客さんに光源が見えないようにしたり、楽譜(プロンプター!)も見えるよう調整したりなど考えることはけっこう多い。素人芸でもちゃんと工夫すればそれなりのものにはなる。質よりも「実現をめざしている」ことがめちゃくちゃ大事。意外と伝わる。
 16時台はかぐや姫、ゆず、尾崎豊、中村一義などを弾き語りながら最終チェック。17時すぎてゆっくりとライブ始める。AuditionでLINE録音して、Txitterのスペースで動画付き公開(アーカイブあり)し、iPadでも動画を撮った。記録魔。
 立って歌ったので、座って録ったCD版とは違う雰囲気が出ていただろうが、慣れていないのでミスも多かった。
 曲間すべてMCを入れたのと、失敗してやり直すこともあったので長引いた。30分くらい営業時間にかぶってしまった。
 聴衆は2名と僅少。もうちょっと人がいれば演奏も変わったであろうが、あれはあれでよい。

 なぜそんなにお客が少ないかといえばホームページのトップと日記内だけでしか宣伝しなかったからだろう。もっと全力でPRすれば5人くらいは来たかもしれない。ひょっとすれば10人くらいありえたかな。しかしこれは周年記念のCDだからホームページだけで告知しようと思ったのだ。一応SNSのほうでも匂わせはしたけど。
 まぁそんなに来ないとは思っていたがまさかプロデューサーのみとは。長引いたおかげで最後の数曲はもう1人聴いてもらえたけど。11日の営業のお客が4名で、うち周年を知っていた人がたぶん2名。それで12日のライブに何人か来るかな~と思っていたら全然そんなこともなかったわけだ。さみしいが意外とへこみはしない。当たり前のことだからな。そんなもんなのだ、宣伝しないのに人が来るわけない。「来てください!」と全力でやって初めて何人か来てくれるのだ。それは「7.11周年」で曲がりなりにも100人集めてみてわかった。何事もやりようなのである。
 また素人芸や自主制作CDに訴求力などないし、狭い空間で知り合いが自作曲を歌うライブなんて気恥ずかしいわな。だからこそ客席を暗くしてそれっぽい照明にするわけなんですけどね。
 ちなみにライブ後の営業はそれなりに来客があった。サイト周年を祝ってくれた人もいた(ありがとう!)。一言ね、たった一言で救われる命があるわよね。ありがたいです。ありがとうございますありがとう。

 んでも本音を言いますと、もちろん「BBSに書き込む人やLINEくれる人とかも含めて周年を祝ってくれる人が合計で30人くらいいて、その中の10人くらいは金土日のあたりでお店に来てくれてフツーにしてるんだけど最後にボソッとおめでとうございますとかつぶやいて帰っていく」みたいなのがやっぱ嬉しいですよ。そうでなかったらこんなことやってる甲斐がないですよ。甲斐がないのに続けてるからすごいってことなんですよ。甲斐があったらもっと続けますよ(もっと続けるとは)。
 26年やってもそこに届かないが、ここ数年じわじわと読んでくれてる人はたぶん増えてると思うので、50年くらいやればなんとかなるんですか? いや来年、お願いします。マジで。言ったからな!

2026.7.13(月) 暗い音のない世界

 妖怪人間ベムのOP口上より。フー。暗い音のない世界。アー。
 暗い音のない世界だよ。なんだかね。
 でも光のような笑顔がそこにあるね。ふふふ。
 うれしいな。
 そこに救いがあるから生きていけるんだが、その救いが永遠であるとは限らない。なぜならば僕にはそれを永遠として享受する資格がないから。またどうにか資格を得ようとする、そのための努力ができないから。
 すべてを捨てて引き払い、光のためだけに生きていけたら楽なのに、暗い音のない世界が足を掴んで離さない。ウウー。それは誰あろう僕の煩悩のせいである。世俗に執着がありすぎる。

「それはいつ生まれたのか誰も知らない。暗い音のない世界で1つの細胞が分かれて増えていき、3つの生きものが生まれた。彼らはもちろん人間ではない。また動物でもない。だが、そのみにくい身体の中には正義の血が隠されているのだ。その生きもの、それは、人間になれなかった妖怪人間である。」

 その正義の血とやらがなんとかしてくれるように祈りながら今日も寝そべるとすっかね。

2026.7.14(火) 


2026.7.15(水) 


2026.7.16(木) 


2026.7.17(金) 


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