少年Aの散歩/Entertainment Zone
⇒この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などとは、いっさい無関係です。

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2019.2.23(土) ライラック

真冬にコートを着込んで 友達と2人で いろんな話をしながら
道を歩いて行くのは 好きだな 冷たい風が吹く
明るい光の中で 吐く息は真っ白さ
ところどころ雪が残ってる乾いた道を 両手はポケットに 襟をたてて歩いて行く
まだ昼の12時過ぎさ クリスマスの4日ぐらい前
その友達はきれいな心を持ってる
鼻を赤くしながら 楽しそうに話してる
オレは時々嬉しすぎて 道路標識を蹴っとばすほどさ
(BLANKEY JET CITY『ライラック』作詞:浅井健一)

「その友達はきれいな心を持ってる」という一節。
 そうながよ(土佐弁)。
 浅井さんは名古屋の人で、つまり僕と同郷で、50代の今でもきれいな名古屋弁を話す。
 書く歌詞も美しい。2018年の新譜『Sugar』は思わずCDで買ってしまった。名盤だった。

 きれいな心を持っている友達と話すのは楽しいと思う。

ライラックってどんな花だろう
たぶん赤くて 5cmくらいの冬に咲く花
(同上)

 この曲の視点人物はライラックという花を知らず、たぶんこんな花だろう、という予想を堂々と歌い上げる。この大胆さはファンの間でよく語られるようだ。(先週2人の人から別々に語られて驚いた。)
 僕もライラックという花を知らなかった。さっき歌詞を見ようと検索して初めて見た。この曲を初めて聴いて10年も20年も経とうというのに、僕はライラックという花を知らなかった。色も、形も。「赤くて 5cmくらいの冬に咲く花」だとしか思っていなかった。
 そういうことについて僕はずっとコンプレックスを持っていた。
 花の名前は知っていたほうがいい。そのほうが豊かだ。自分は豊かではない。
 そう考えていた。
 僕はあんまり花の名前を知らない。木を見ても名がわからない。それで植物の図鑑を買って眺めたりもした。でも大して覚えはしなかった。
 僕にとっては、それでいいのかもしれない。
 たとえば僕は名前のある料理がほとんど作れない。煮たり焼いたり、炒めたりすることはできる。皮も剥ける。僕にとってはそれで問題なかった。僕が作るものは僕にはなんだって美味しいのだから。時おり名前のあるものを作っても美味しいし、楽しい。だから。
 星座を覚えようとした時期もあった。だけど覚えられなかった。たぶん僕にとっては、それでいいのだ。
 空も星も星空も好きだし、花も木も草も実も愛しい。そして重要なことに、それ以外のものもだいたい。
 そのことだけで僕にはいいのだ。そう思えるまで、いったい何年かかったんだろう。
 深夜、矢田川のほとりに出て、「ああ」とだけ思って、気の利いた感想も浮かばなかった。あれは中高生のころ。僕はもっと、感動がしたかった。美しいと思いたかった。でも「ああ」で正解だったのだ。絶対。そう思えたのも、けっこうあとの話。でも本当は最初からわかっていたのかもしれない。言葉が間違ってただけで。

 ブランキーの『ライラック』という曲は、訂正されることなくそのライラックが想像され続け、終盤には「花の匂いが体中に広がってゆくのがわかるだろう」と来る。
 たぶん彼にとって大切なのは「花の匂いが体中に広がってゆく」ことで、「ライラックとはこういう花である」という、誰かが過去にした定義ではない。
「赤くて 5cmくらいの冬に咲く花」の「匂いが体中に広がってゆく」ことが、嬉しい。
 そういう話を彼が「友達」としていたのかどうか、そのあたりは描かれていない。
 急にライラックの話になって、聴いているとびっくりする。

 きれいな心を持ってる友達と、真冬にコートを着込んで2人で歩きながら、いろんな話をする。それが彼には嬉しい。それ以上に幸福なことがあるだろうか?
 ライラックがどんな花であろうと、「花の匂いが体中に広がってゆく」。

「その友達はきれいな心を持ってる」と言えるのは幸福だ。
 僕のくだらない種々のコンプレックスは、それで全て吹き飛ぶのだから。
 来月会えそうな名古屋の親友とは、花の名前を言い合ったことがない。でも、一緒に見た花の数なら誰とよりも多い。でもその花たちはみんな僕らの目の隅をちょっとかすめただけですぐ通り過ぎていった。なぜなら僕らはいつも自転車に乗っていたから。胸を張って僕は「その友達はきれいな心を持ってる」と言おう。道路標識を蹴っとばす速度で。(感動している暇なんかない。)

2019.2.20(水) 有価証券

 優香ショーケン。
 この日記はたいがい、個人的に身の回りで起こった複数の(基本的には異質な)できごとをまとめて一般化して、ひとつの文章に放り込んでいる。これから書くこともそう。別にたった一つのできごとについていうのではないです。
 離れている時が肝心なのだ。ある友人に僕はある時期、関わりすぎた。1年くらい会わないでいたらまるで赤ん坊と兵隊のようで、今では真に大親友である。
 ちょっと休憩することが大切だ。寝ている間に記憶は定着するから、受験期はきちっと寝る。ブレイクを入れたほうが全体の能率は上がる。ホイミしないと全滅する。
 これは「遠心的」とか「集中力はいらない」ということと深く関係する。
 散歩である。

 散歩で、旅で、観光である。
 それらがなにかというと、きっと洗脳を解くことである。
「距離を置く」ということをするとたいていのカップルは別れるが、それは「洗脳が解ける」からでもある。だからその後は、適切な距離となる。(時にはそれが途方も無い遠距離となる。)

 近づけば木しか見えない。遠ざかれば森が見える。どちらも見るために、我々は歩く。
 狭まった視野を広げるために、移動する。向きを変える。
 空を見る。海を見る。走る。
 思い込みを捨てる。


 喫茶店に行く。コーヒーを飲み終えて、何もせず5分ほどそこに座り続けてみる。
 すると何かが見えてくる。
 増えてくる。
 それであなたは自由を得る。
 考えたことのなかったことが、一つでも二つでも出てくるはずだ。
 その「5分」が肝心なのだ。

 いつもと違う道で家に帰る。
 なんでもいいから「これは一度もしたことがない」と気づいてみる。
 それが心の余裕であり、「大切なことに気づく」ための第一歩。
 なぜなら正解とは「あなたが今まで一度も考えたことのないこと」の中に必ずあるから。
 新しいことのほかは、すべて過ぎ去っている。

2019.2.16(土) 子どもはどうして正しいか(2)「ただ好き」

 昨日書いた三歳児(暫定)はたぶん僕のことが好きだったと思う。
(次に会ったら事情が変わるかもしれないから、早めに記しておく。)

 その「好き」は絶対に恋愛ではない。
 絶対に、と言ったら乱暴だろうか? でも少なくとも、恋愛と断ずる証拠はたぶんない。
 だからひとまず彼の「好き」は、「ただ好き」だった、ということにしておきたい。

 悪くなさそうな人(僕)が、それなりに心地の良い態度でとなりに座って、関わってみたら、それなりに楽しい時間が過ごせた。その相手に対する気持ちは「好き」だろう。
 それもたぶん「ただ好き」なのだ。恋愛ではなくて。
 めっちゃくちゃ好き、というほどではないだろう。たとえばパパやママに比べたら、圧倒的に。でも、好きなのだろう。きっと。
 そういう相手は僕にもたくさんいる。

 素敵な人と出会うたびに「好きだ」と思っている。
 それは本当に、「ただ好き」だ。
 その感情が関係の栄養になる。

 恋ってなんだ? って問われて、真っ先に浮かんだフレーズが「結果が先にあるのが恋」だった。
 恋っていうのは、原則として「結果」が先にあるものなのだ、と。
 こうしたい、とか、こうなりたい、とか、こうあるべき、だとか。
「付き合いたい」とかなんてまさに。
 理想の結果から逆算して、現状を嘆くのが恋だ。
「会う」という結果に対して、「会えない」という現状がある。そのギャップに苦しむ。それが恋である。

「ただ好き」であるというのは「結果」というものを、まったく、あるいは少なくともほとんど、意識していない時の気持ちだろう。
「嬉しい!」「楽しい!」「大好き!」で完結する気持ち。
 だからどうだ、というのは考えない。
 ただ「心地よい」だけがある。
 それが関係を育んでいく。

 実は、そうなのである。
「結果」を完全に考えない、というのは生きていてまずありえないことなので、「あるいは少なくともほとんど」と書いておいたが、せいぜいは「こうすると楽しいだろう」くらいなのだ。「ただ好き」に付随する「結果」なんてもんは。
 今度あの店にいくときは、協会公認のけん玉を持って行って、あの子にプレゼントしてあげよう、とか。(暫定三歳児の店とは別の店。)
「そうすると楽しいだろう」とか「彼のけん玉はそれによってもっと上達するはずだ」とか、そのくらいは「ただ好き」に付随する。
 それをもって、彼に気に入られようとか、あの家族に好きになってもらおうとか、まったく考えないではないが、それを望むわけではない。っていうか、当然喜んでもらえるはずだから、望む必要がない。
 しかし、たとえば、「好きになってほしい!」と願いながら僕がけん玉を持って行って、さして喜ばれず「ああ、どうも」と素っ気なく対応されたとして。それで僕が悲しんだら、それは恋だろね。
 でもたぶん、実際はこんなふうだろう。ああ、なんだ。もうけん玉は飽きちゃったのか。外したな。残念。でも、今はそうでもなくたって、いつかまたけん玉をやりたくなる日は来る。絶対に来る。そのときは大活躍するだろう。ふっふっふ。待ってろよ。そのくらいに僕は、思うと思う。気恥ずかしさにはにかみながら。自分の間の悪さを呪いつつ。これは、恋じゃなかろう。
 では逆に、「わーっ」と喜んで、感謝の言葉も忘れてけん玉に取り組み、両親から「ほら、ありがとうは」とか促されて、ぽんぽん赤い玉ふりまわしながら「ありがとう、ございます!」とかノールックで(=一瞥もせず)叫んで、なんて状況になったら、それこそ「ふっふっふ」である。もう、「うれしい!」「たのしい!」「だいすき!」なのだ。僕としては。
 これは恋か? 違うんじゃないかね。

 恋というのは、「望む結果」と「現状の自分」とのギャップにあるものだから。
「好きになってもらいたいのに、なぜ私は好きになってもらえない?」と悩むもの。
「なぜあの人は、好きになってくれない?」と嘆くもの。
 恋に関係は関係なくて、自分の問題なんですな。

「ただ好き」というのは関係を育む。なぜかというと、それが「自分の問題」ではないから。
 ただそう思うってだけだから。何も要求をしないから。
 解くべき「問題」はそこにはない。「ただ好き」だってだけだから。
 一歩一歩、歩いていける。

 恋は崖の下に立って見上げてるようなもんで。
 散歩にならない。
「歩き続ければ、いつかは会える」って偉い人が言ってた。
 そういう人は、関係に栄養をたっぷりそそげて、幸福になれる。

 ここで「そういう人間同士は、関係に栄養を注ぎあえて、幸福になれる」となぜ僕は書かないのだろう?
 それは僕の考える「関係」というのが、必ずしも「人と人との間にあるもの」ではないからかもしれない。
 関係は意外と、その人の「周り」にあるのかもしれない。結合を待ちながら。

2019.2.15(金) 子どもはどうして正しいか

 昨夜23時ごろ、あるお店に行ったら、子どもがいた。三歳くらいだろうか。
 初めて入って、ほかに客はなく、店主と子どもが遊んでいた。コーヒーを飲み、ビールを飲みながら、小一時間ばかりその子と遊んだ。
 水曜日も、ある居酒屋で子どもたちと遊んだ。若い夫婦が経営していて、幼稚園児の子どもがふたり、いつもお店を駆け回って遊んでいる。ほかに客はなく、一緒にけん玉などした。
 僕も子どものようなもんだが、とても賢い大人でもあるので、小さい人と接する時はいろいろ考える。完全に自然にではなく、あるていど計画的に、対等にする。
 ゆうべのお店では、カウンターで飲んでいた。左隣にその子はずっといた。「たまたまバーで隣り合った人と、話が弾んだ」というくらいの雰囲気で、遊ぶというよりは、おもちゃを介して会話をした感じ。
 バーで出会った人に、急に年齢をたずねたりはしない。名前も聞かない。年下であっても年上であっても、同じようにまずは丁寧に話す。打ち解けてきて、相手もそれを許すようであれば、くだけた口調になったりもする。相手が三歳であっても。(三歳かどうかは知らないんだけど。)
 ただ、「相手がわかるような言葉で話す」というのは、どんなときでも鉄則である。「アジェンダ」とか言って誰にでも伝わるわけではない。「それはブルデュー的な意味で?」とかも、普通の相手には言わない。(僕は誰に対してもギャグでしか言わない。)だから三歳相手に話をするときの語彙は限られてくる。しかし、三歳の人間がみんな同じ語彙を持っているわけではない。相手によってまったく違う。話しながら、どの語ならわかりやすいのか、ということを逐一考えて、伝わっていなさそうなら適宜言い換えつつ、お互いにとってちょうどいい言語の温度を探っていく。初対面の人と話すときって、いつでもそうだ。
 店主(おそらく父親)も、ちょうどいい距離感で傍らに立ってくれていた。僕らの会話に口を挟むでもなく、でも無視するわけでもなく、見守ってときどき混じる。盛り上がりすぎた時には、ちょっとたしなめたり。そうだバーのマスターってのは、そういう仕事だ。(感動してしまった。)
 ビールを飲み干し、帰ろうとすると「まだだよ」と彼(性別もわからないが、おそらく男児)は言う。お冷やのグラスを指さし「これまだあるよ」と。「それじゃ、これ飲んで行きます。」と僕。

 子どもは正しい。というか、子どものうちに正しいほうが、正しい。
 三歳の時点で正しければ、五歳も正しい可能性が高い。
 五歳で正しければ、十歳でも十五歳でも、二十歳でも五十歳でも、正しい可能性が高い。少なくとも、五歳で正しくない場合よりは。
 三歳で正しくて、十歳であんまり正しくなくても、十五歳で正しくなる可能性は、三歳の時点で正しくなくて十歳でもあんまり正しくない場合よりも、高いだろうと僕は思っている。
 小学生の時点で正しければ、中学生の時点で正しい可能性は高いし、中学生の時点では正しくなくても、高校生とかそれ以上の年齢になって、早めに正しくなれる可能性は、ちょっとくらいは高いんじゃないかと。

 ところで、「正しいか、正しくないか」という判断はたぶん三歳くらいから始まるのだ。二歳くらいまでは、正しいとか正しくないとかじゃなくて、あるがままで仕方ない。しかし複雑な言語を獲得する三歳くらいからは、どうしても「正しいか、正しくないか」という判断がされてしまう。邪悪な二歳児は想像しにくいが、三歳児なら邪悪な瞬間があるかもしれない。
 たとえば、文として成り立つ初めての言葉が「ママ、すき」だった人は、その時点ではもう完璧に正しい。(むろん状況にもよるが。)
 しかしその後に、「パパ、しね!」と言ってしまったら、ちょっと正しくない。(場合にもよるけど。)
 でも基本的に、いちばん最初の段階では、子どもってのは全体に、正しいのだと思う。それは「純粋」とか「清い」というような信仰ではなくて、ただまだ「正しくない」をあんまりしていないから。「正しくはこうだよ」と言われて、「正しくない」をやめる可能性が、まだまだ期待できるから。
 人は生きているうちに、だんだん「正しくない」を積み重ねていく。そのうちに、全体的にも「正しくない」になってしまう人が、(僕の価値観と美意識に照らせば)いる。

【注】めっちゃくちゃフワフワとした話なので、詩としてお楽しみください。

 僕が「正しい」と思うのはどういうことかといえば、たとえば「ほかの人となかよくできること」「なかよくできない相手には、工夫して適切な距離をとれること」。これらもフワフワしてるけど、まあ詩で。
 こういうことが三歳とか、小学生くらいの時点でできていれば、もっと大きくなっても、同じようなことができるんじゃないか、と思う。
 世間では意外と、「人となかよくできない」とか「傷つけあってしまう」大人が出てきて、「でもそれが人間! 肯定!」みたいな物語が、好まれたりする。
 でも僕にはどうも、「三歳は大人を兼ねる」としか思えない。
「傷つけあってしまう大人たちの肯定」を描くより、「傷つけあわない三歳児たちの肯定」を描いたほうが、よっぽどいい。そういう物語が好まれるほうが健全のはず。
「三歳児の世界は単純だから、傷つけあわないのは当然。それを描いてもさしたる意味はない」という考えも想像できる。しかし、まずはその単純な世界で傷つけあわないことが、すべての基礎になるのだ。
 まず三歳児として傷つけあわない。五歳児として傷つけあわない。十歳の小学四年生として傷つけあわない。六年生として傷つけあわない。そういうふうに段階を踏んでいくことが必要だ。
「傷つけあう大人たち」は、「傷つけあわない」ことに失敗しているのだから、どこかの段階まで戻って、学びなおさなければならない。まずは三歳児まで戻ってみたらどうでしょうかね?
 はっきり言って、ゆうべ話した三歳児(推測)は、バーの客として十分に立派だった。初対面の人(僕)相手に、失礼なことは一切なかった。だだをこねることも理不尽に泣き叫ぶこともなく、ずっと落ち着いていた。一度ちょっとだけ興奮して、アンパンマン号を僕のグラス付近まで走らせてしまったことがあったけど、店主に軽くたしなめられ、僕も即座にアンパンマン号からドライバー(たしかその時はカレーパンマン)を降ろしたので、それ以上のことはなかった。(ちなみに彼は客というよりマスターらしい。)
 ここが始まりである。ここができていない人は、ここまで戻らなければならない。基本にかえろう。初心は三歳にあり。

 僕は子ども(小学生くらい)が主人公のお話ばかり好きである。岡田淳さんの作品をはじめ僕の好きな児童書の多くがそうだし、『魔神英雄伝ワタル』から『飛べ!イサミ』に至る1988~95年のアニメ作品で、僕が好きなものはことごとく主人公が少年少女だ。のび太だって小学生だ。弥生と千草も。なぜそういうものばかり自分はこんなに好きなんだろう? と思っていたけど、「子どもは大人を兼ねる」からなんだと最近言語化できた。
 子どもの正しさは、大人の正しさの基礎になる。小学生で正しいってことは、中学生の正しさの基礎ができているってことなのだ。逆に、基礎ができていないと相当ヤバイ。戻ったほうがいい。だからいつでも、そういう作品は出版され続けているべきだし、アニメも放映され続けているべきで、子どもはもちろん大人だってそういうのをちゃんとみなくてはならない。
 みるだけでなく、つくらねばならない。大人はそういうの上手だから。

2019.2.14(木) ピカピカと光る本

 名古屋市立東図書館がまだ徳川園の隣にあったころ。長方形の一階の奥が児童書だった。小学校四年生くらいだった僕は毎週のように自転車で一人訪れていた。過去の名作マンガや大好きな岡田淳さんの作品、ズッコケ三人組など「安全パイ」を選んで同じ本を何度も何度も借りていた。子どもにとって児童書は重たいし、知らない本を借りて失敗するのが怖かったのだろう。
 今でも覚えているが、その本は長方形の一番奥、やや左手の棚の下から二段目くらいにあった。ピカピカと光る本。ピカピカと光るものだからいやに気になった。それは今振り返っての比喩ではなくて、その時本当に僕の目には光っているように見えた、というか、光っていたのである。
 光っていたその本は、さとうまきこさんの『ぼくらのミステリークラブ』であった。偕成社刊。初めて見る本で、知らない人の本だったから、当時の僕に借りる理由はない。でも光っていたのだ。
 何度も何度もその前を通ってみたり、離れて遠くから見てみたり。何をどうしてもピカピカと光るし、気になって気になって仕方がない。相当悩んで、もう負けたとばかりに借りて帰った。小さなことだがその時の自分には冒険だった。つまんなかったらどうしよう。そしたらなんだかソンな気がする。子どもってのは、あるいは僕だけなのかもしれないが、そういうふうにちょっとみみっちいとこがある。
 家で読んでみて、これがもう大ヒット。シリーズものの最終巻なのだが、そんなこととはつゆ知らず、はまり込んでしまった。4年生くらいだと僕はまだ断然暗い子で、どっちかといえばいじめられる側の存在で、かつ突出して特殊で異常な人間でもあった(多少は自覚していた)から、主人公の哲也だとかおぐちゃんだとか、れおんとかゆめみに共鳴した。モロくんには憧れとともに、なぜか共感もあった気がする。(『少年三遷史』という脚本に登場する「哲也」の名はもちろん、ここからとったのである。)
 それにしても、なぜこの本がピカピカと光っていたのだろうか。調べてみると93年の4月に出版された本だから、当時(94年ごろ?)発売したてで比較的ピッカピカだった、とはいえるかもしれない。でもそれだけではない。そういうんじゃなくて光っていたのだ。といって僕は、運命だとか引き寄せだとかのスピリチュアル方面に話を運ぶつもりはない。
 理由はたぶんこんなところだ。後にわかったことに、僕の兄がさとうまきこさんの作品を読んでいたのである。少なくとも『SOS!時計よとまれ』という作品は、過去に兄が図書館から借りてきて読んでいたことが判明している。同じ偕成社から出ていて、挿絵も同じ伊藤良子さんだった。
 たぶんその記憶がどこかに残っていたのだろう。子どもの記憶ってのはすごいもんだ。「分けて考える」ということをあまりせず、見たものを見たまんま覚える。取捨選択せず、すべてを莫大な記憶の海に浮かばせておく。それらは沈んだりたまに浮かんできたりしつつ、次第に新しい記憶の滝に埋もれてしまう。
 図書館でその偕成社の装幀と、背表紙にあった伊藤良子さんのイラストを見て、奥底にあった「兄が借りてきた面白そうな本」の記憶が呼び覚まされたのかもしれない。しかしその記憶は古すぎて言語のメモ書きがなかったのだろう、ものを語らず「ピカピカと光る」ということでもって、報せとしたのではなかろうか。

「娘が岡田淳さんの本を図書館で借りてきた」と、ある女性から報告を受けた。その人は僕のことが大好きで、僕は岡田淳さんの本が大好きだが、彼女がそのことを娘に告げた事実はないという。また、親のほうから岡田淳さんを紹介したというわけでもないらしい。つまり至って自然に、勝手に、たまたま岡田淳さんの本を借りてきたということらしいのだ。
 僕が聞いていないだけで、もっとほかの事情もあるのかもしれない。ちょっと前に聞いたことなので事実誤認も多少はあろうか。でも、とりあえず今はそういうことにしておこう。「自然に、勝手に、たまたま」だとして話を進めます。
 岡田淳さんは人気作家だから、ありえないほどの偶然ではない。でも、『かいけつゾロリ』のように、クラスの何割かが読んでいるようなシェアの高さでは決してない。岡田淳さんの本を手に取るのは、たぶんクラスに一人くらいだと思う。
 だから、その子が岡田淳さんの本を借りてくるというのは、確率でいえば数パーセントくらい(僕調べ)のもので、「運命的」とか「素敵な偶然」というくらいのものでは、あると思う。
 でも実は、これにもたぶんカラクリがある。『ぼくらのミステリークラブ』という本が、ピカピカと光っていたように。
 その娘さんは、それ以前に一度(二度?)、僕のお店に来たことがあったのだ。岡林立哉さんという方がホーミーと馬頭琴を披露してくださった日。そしてその時に彼女が座っていた席の目の前に、たぶん『星モグラサンジの伝説』が置かれていた。岡田淳さんの本である。また、わが夜学バーには『夜の小学校で』も常設してあるし、偕成社と理論社がそれぞれ作っている岡田淳作品のカタログも飾っている。
 もしかしたら、それが記憶されていたのかもしれないのだ。

 小学三年生のその子はそのまま岡田淳さんの本を好きになり、けっこうな冊数を読んでいるらしい。いつか語り合えたらいいな。同窓生のように。

2019.2.4(月) ピーター・パンは履修式

 もしあなたがお母さんに、小さい時にピーター・パンのこと知っていた? と聞いたなら、お母さんは言うでしょう、「あら、もちろんよ」って。それから、その頃ピーターはヤギに乗っていた? って聞いたら、お母さんはきっとこう言います、「なんてバカなこと聞くの、もちろん乗っていたわよ」って。今度はおばあさんに、子どもの頃にピーター・パンのこと知っていた? と聞くと、おばあさんも「ええ、もちろん知っていたわよ。」って答えるでしょう。でも、その頃ピーターはヤギに乗っていた? って聞いたなら、おばあさんは、「ピーターがヤギを飼っていたなんて聞いたことないわねぇ」、と言うでしょう。(中略)あなたのおばあさんが子どもの頃には、ヤギはまだいなかったのです。(中略)
 もちろんこのことから、ピーターがかなりの年寄りだということも分かります。ところが実際のところピーターは、いつだって同じ歳のままなのです。年齢には何の意味もありません。ピーターの歳は一週間です。生まれたのはずいぶんと昔ですが、誕生日を迎えていないので、一歳になることも決してありません。それはピーターが生まれて七日経ったところで、人間になることから逃げ出したからなのです。ピ ーターは窓から抜け出して、空を飛んでケンジントン公園に舞い戻ったのでした。もしあなたが、逃げ出したいなんて思うような赤ちゃんは、ピーターぐらいだよ、って考えたとしたら、それはあなたが自分の小さかった頃のことを、すっかり忘れてしまっている証拠です。
(J・M・バリ『ケンジントン公園のピーター・パン』)

 同じ作者の『ピーターとウェンディ』という小説を読んでも明らかなんだけど、ピーター・パンというのは歳をとらない。歳をとるのは、女の人のほうだ。
 ウェンディは大人になって、お母さんになる。代わりにピーターと遊ぶようになるのは、娘のジェーン。そういうふうにピーター・パンというのは、世代をこえてずっと存在しているもので、言うなれば「世代交代」していくものなのだ。
 おばあさんからお母さんへ。お母さんからわたしに。わたしからその娘。孫。それからずっと。

本当に誕生するのはパパとママのほうで
少年と少女の存在はベイビーたちが続けてゆくよ
(小沢健二『涙は透明な血なのか?(サメが来ないうちに)』)

 バリの描くピーター像を小学生の時から常に胸に抱き続けてきた僕は、2016年の「魔法的」ライブでこの曲を聴き、すぐ「そういうふうに」ピンときてしまった。
 ピーターと遊ぶ子どもたち(少年少女)の存在は、新しいベイビーたちが続けていく。かつて少年少女だったみんなは、大人になって、新しいベイビー=少年少女を生み出していく。
 ピーターはずっと、「少年少女」と遊び続ける。


 そこまで考えたところで、僕ってなんなんだろう、っていういつもの問題をかえりみる。
 ある女の子(c?をつけないと怒られてしまう)が、「みんな、ジャッキーさんを履修するんだね」と言った。いや、そんな大げさなものじゃないんですよ。「みんな」と言ってせいぜい常時3人くらい。
 なんで履修するのかといえば、おそらく「僕みたいな人間はほかにいない」から。ほかの科目を履修しても、なかなか埋められない部分がたくさんあるから。
 ありがたいことに、「この人は面白い」と思ってくれて、それで僕を好きになってくれる(その「好き」の種類はもちろんいろいろある)人は、けっこういる。そんでお店に来てくれたり、こういう文章を読んだりして、「僕」という存在について少しずつ知っていく。履修する。「こういう人はほかにいないな」と思いながら、楽しく学んでくれる。
 で、どこか満足か納得か、という地点で、「修了」する。
 そういうのって別に僕じゃなくても、誰だってあらゆるものに対して、原則としてそう。好きになって、離れていく。
 昔はロリータばっかり着てたけど、今はそうでもない。って人は、ロリータの履修が終わった人、なのかもしれない。「卒業」という言葉には、「修了」というニュアンスが(本来!)含まれている。
 修了ってのは「過去の話で、今は関係ない」ではなくって、「その領域についてはもう会得している」という状態。
 あるアイドルを好きになって、猛烈にその人を知っていって、どこかで「とっても好きだけど、もうあの頃ほどの情熱で追っかけることもないな」という境地に至る。
「自分にとってはもう十分なくらい、あの人のことを知ってしまった」ということ。それはもちろん「すべてを知った」ではない。「自分にとっては、ここで十分」というポイントに、もう到達したんだということ。
 逆にいえば、「まだ十分でない」と思い続ければ、永遠に「好き!」でいられる。

 いずれにしても、ものごとには「適切な距離のとりかた」というのがあって、すべてのライブに行くのじゃなくても、「年に一度のワンマンライブだけ行く」とか、「ドームツアーだけは行く」とか、そういう感覚(間隔)になっていったり。「年に何回か気分がいいときにロリータ着る」「昔の趣味仲間と会うときはロリータで固める」とか。
「天気いいから今日は着物で出かけよう」みたいなもんで。
 毎日着物着てたらロリータは着られないし、毎日ロリータ着てたら着物は着られない。だんだんバランスが最適化されていく。

 たとえば大学で「近代文学」を履修していた僕は、その期間はどっぷりと近代文学を読んでいたけれども、履修が終わればそんなにたくさんは読まなくなった。だけどまったく読まないではないし、折に触れて思い出しては「履修しといてよかった」と感じる。
 そういうたくさんの「履修科目」の中に、人によっては僕がいる、という話なのだろう。(確信を持ってそう言えるくらいには自分のことを珍しい人間だと思っている。)

 履修しては修了し、適切な距離感になっていく。その「距離感」というものが、ものすごく遠いものだって場合もあって、会ったり連絡したりって頻度が極めて低くなってしまったりもする。それについて「さみしい」とまったく思わないではない。でも、いま履修している人たちとかつて履修していた人たちっていうのは、同じなんだなって最近思えた。まさに「少年と少女の存在はベイビーたちが続けてゆくよ」ってやつで。
 5年3組ってクラスがあったら、1年後はその5年3組に同じ人間はふつう、一人もいない。でもそれは確かに5年3組なのだ。それを学校に広げても、国家や地球に広げても、同じこと。

 ピーターはたぶん、すべての子どもたちのことを「子どもたち」だと思っている。ウェンディのことも、別にそれほど特別だとは思っていないだろう。彼女がたまたま「お母さん」という役割に合っていたから、その時はそういう遊び方が流行ったというだけで。子どもたちはザクザク死んでいくし、帰りたいと言って帰っていく子たちもいる。でも大丈夫、ネバーランドには新しい子どもたちがぞくぞくとやってくる。で、死んだり帰ったりして、入れ替わっていく。
 ピーターは、それでぜんぜんさみしくない。だって彼の周りには、いつだってたくさんの子どもたちと、海賊たちと、インディアンたちと、妖精たちと……さまざまなものたちが、いるのだから。


 ピーターは、子どもたちとどれだけ楽しく遊んだって、同じ子どもと遊んでいるってことはない。子どもは大人になってしまうからだ。大人にできるのは、ピーターに関するおぼろげな少しの記憶を、子どもに話してあげることくらい。子どもはピーター「本人」と今まさに遊んでるんだから、あんまり意味ないんだけど。

 じゃあ誰がピーターとずっと仲良くしていられるのか? っていうと、ティンカー・ベルなんだよね。
 この「ティンカー・ベルなんだよね」ってのが何を意味するのかは、よくわからない。でもとにかく妖精って「いる」し、僕は妖精と遊ぶのがいちばん好きだ。

 これについてはこの記事。読み返したらジーンと「感動」してしまった。はっは。
 上に引用した『サメ』が初演奏された「魔法的」ライブは2016年の5月6月で、この記事はまさにその直後だから、きっとその時もいま書いたようなことをイメージしていたのだろうな。
 んじゃ僕にベイビーが生まれたらどうなんだろう?
 あのフレーズにはそこまでが歌いこまれていると思う。


 初めて橋本治さんの『蓮と刀』を読んだ時は「幼児語」ってのにいまいちピンときていなかったけど、今はわかる。本当に対等っていうのは、文法みたいな約束事から解放されたところにある。だから詩が好き。詩は幼児語だっていいんだもん。

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